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八尾太陽リンクスサッカークラブ
●大阪府中河内地区八尾市山本地区で活動する小学校6年生〜幼稚園年長までの少年(少女)サッカーチーム。
 大阪府サッカー協会第四種・八尾市サッカー協会・八尾市サッカー連盟に加盟

八尾太陽リンクスS.C.の発足
●八尾太陽S.C.(1977年発足)と八尾SSSリンクス(1985年発足)の2チームが、1990年4月に合併し八尾太陽リンクスS.C.が誕生。

卒部生をふりかえって
●1期生(平成3年3月卒部)   6年生2名でスタート。
                    なかなか勝てなかったが、全日本大阪府予選はPK勝ちで突破。
●2期生(平成4年3月卒部)   5年生から6年相手に試合をしてきたので期待したが、勝ち越せなかった。
●3期生(平成5年3月卒部)   負けん気が強く、また5年生に各ポジションの控えがいたため気を抜いたプレーが出来ない。
                    NTT杯3位・八尾ロータリー杯では八尾のチームとして初優勝など勝つ喜びが意欲としてでたチーム。
●4期生(平成6年3月卒部)   勝ち癖を引き継ぎ、自分たちで考え行動でき、常勝チームとなった。
                    エイトリーグ春・冬とも無失点完全優勝。八尾ロータリー杯2連覇。
                    大阪府知事杯ベスト8など太陽リンクス最高成績のチーム。
●5期生(平成7年3月卒部)   人数が少なく、4期生の陰に隠れ、また栄光を引き継いだ気負いもあり、勝ち越せなかった。
●6期生(平成8年3月卒部)   人数は17名と多く、ずば抜けた選手はいなかったが努力し、全日本大阪府予選ではベスト16に。
                    また、桔梗が丘招待でも初優勝。
●7期生(平成9年3月卒部)   メンバー個々に個性があり、また技術面でもばらつきがあってまとめにくいチーム
                    大阪府知事杯の中央大会出場。また、PK戦は7戦全勝と粘り強いチーム。
●8期生(平成10年3月卒部)  メンバーがそろっていたし、個人のレベルが高く期待したが、
                    試合になれば借りてきた猫のようにおとなしく、大きな大会で結果が残せなかったチーム。
●9期生(平成11年3月卒部)  4年生まで人数が多く良いチームになると思っていたが、6年生では8名となり、勝ち越せなかった。
                    しかし、卒業間近の他の招待試合では続けて良い成績を残し有終の美を飾った。
●10期生(平成12年3月卒部) 7名と人数が1期生の次に少ないが、みんな一生懸命走り八尾連盟新人戦優勝、加守田杯優勝、
                    桔梗が丘招待・八尾ロータリー杯準優勝と大きな大会で結果を残したチーム。
●11期生(平成13年3月卒部) 4年生までは強かった。最終的には8名になりやや物足りなかったが、
                    出場できると思わなかった大阪府知事杯に出場し、ベスト16まで勝ち進んだ。
●12期生(平成14年3月卒部) 高学年になるほど強くなっていったチーム。記念トロフィーなども5・6年でかなり取ってくれた。
                    試合によって波のあったチームでもあった。
●13期生(平成15年3月卒部) 大事な試合でのポカはあったが、優勝回数が20回と3期生・4期生以来の黄金期を作ってくれたチーム。
                    ドリブル主体のチームカラーを作ってくれたチームでもあった。
●14期生(平成16年3月卒部) 15名全員で最後までがんばってくれた。 試合でも4年生までは負け越していたが、
                    5年・6年は勝ち越してくれた。
                    最後の大会で初優勝と印象に残る終わりかたをしてくれた。
●15期生(平成17年3月卒部) 最後は6名となり、1期生に次少ない人数になった。 
                    5年生までは負け越していたが、下の学年の力を借り6年生では優勝を含め勝ち越すことが出来、
                    有終の美を飾った。
●16期生(平成18年3月卒部) 6期生に続く16名と多く、身長も高い選手がそろっていた。
                    1年生からの優勝が24回と最高回数を更新し、初めて大阪トレセンにも選考された。
                    1月以降全大会優勝を目指し、7大会中6大会優勝、1大会準優勝と第3期黄金期を作ってくれた。
●17期生(平成19年3月卒部) 低学年から人数が少なく、3年までは負け越していが、4年生から入部した3名を加え最終的に9名が卒部。
                    4年生で初優勝し、最終的には優勝8回とチーム・個人とも成長を遂げたチーム。
                    個人的にはナショナルトレセン、U-13日本選抜まで選考される。
●18期生(平成20年3月卒部) 低学年から人数は多かったが、メンバーの出入りが激しく、もう一歩のところで優勝を逃していた。
                    しかし4年生で初優勝し、6年生では柏原JC杯を初制覇するなど合計11回の優勝を飾る。
                    PK戦はすごく強かったが、大切な試合では勝ち切れず、公式戦では結果を残せなかった。
                    個人的には昨年度に続き、ナショナルトレセンまで選考される。
●19期生(平成21年3月卒部) 低学年は負け越しており、4年生から勝ちが上回り、5年生で初優勝を飾る。
                    優勝は3回に終わるが、もう一歩で優勝というゲームが数試合あり、PK戦3勝11敗と勝負弱かったのが残念である。
●20期生(平成22年3月卒部) 1年生からの優勝が26回と最高回数を更新する。
                    初めてU-11大会に参加し、中河内4位と惜しくも中央大会を逃すが、U-12大阪府知事杯では中央大会へ出場する。
                    ドリブルが上手な選手が多く、6年生でサイドバックが攻める攻撃パターンを完成させる。
●21期生(平成23年3月卒部) U-11小学生大会では大阪3位となり関西大会出場を果たす。
                    U-12大阪府知事杯でも大阪府中央大会ベスト8と太陽リンクスの最高記録を更新する。
                    個人的にもナショナルトレセン選手もおり、GKの1人もPK戦で9戦全勝と活躍し、試合ごとにヒーローが誕生するチームであった。
●22期生(平成24年3月卒部) 3年生までは、この学年は本当に上手くなるのか心配であったが、4年生で初優勝後はすごく成長し、11回の優勝を数えた。
                    ただ、大阪府知事杯中河内予選でのロスタイムでの失点やPK負けが多いなど、勝負弱い一面もあった。
                    初めて選考会があったU-11大阪府トレセンに選ばれるなど、1年生から最も成長した学年の1つである。

*過去のトレセン選考メンバー
10年度以前は不確定な為、11年度(10期生)以降のみ掲載します

年度   中河内トレセン 大阪府トレセン 関西トレセン ナショナルトレセン(関西)
11年度   梶田和希(DF) 植村翔平(GK)
12年度   大賀隼人(GK) 伊藤正和(FW)
13年度   山田浩貴(GK)
14年度   森田託郎(DF) 安倍裕貴(FW) 三田薫(GK)
鬼塚慎太郎(FW) 樫本(5年のみ)
15年度   武本孝晃(GK) 江口雄一郎(MF) 梶田舟哉(MF)
16年度   小川健(MF) 坂東達(GK)
17年度   西川智哉(FW) 竹内隆仁(GK) 竹内隆仁(GK)
18年度   坪井雄哉(MF) 山内慎介(FW) 郡大樹(DF) 坪井雄哉(MF) 坪井雄哉(MF) 坪井雄哉(MF)
19年度   和田一真(MF) 加藤慎也(FW) 竪山愁翔(FW) 和田一真(MF) 和田一真(MF) 和田一真(MF)
20年度   坂東衛(MF)
21年度   坪井謙伍(MF) 岡林勇太(MF)
22年度  坪井一真(MF) 向井章人(FW) 中野晃(GK) 坪井一真(MF) 坪井一真(MF)
U-11 奥田優人(FW)     奥田優人(FW)    
23年度 奥田優人(FW) 竪山海翔(MF)        
U-11 泉柊椰(FW)   泉柊椰(FW)    
24年度 泉柊椰(FW) 渡部快斗(FW) 中留光祐(MF) 渡部快斗(FW)
U-11トレセンは22年度より

*八尾中央ロータリークラブゴールドカップ争奪 栄光の記録

平成 平成 優勝 準優勝 3位
1年度 2年 千里馬FC 柏田FC 阿山JSC
2年度 3年 堅下北JSC YAMAMOTOキッカーズ いかるがSC
3年度 4年 アオヤマSC 新条城北JSC 藤井寺JSC
4年度 5年 八尾太陽リンクスSC 八尾大正FC アオヤマSC
5年度 6年 尾太陽リンクスSC 八尾久宝寺JSC 八木FC
6年度 7年 八尾大正FC 八尾南山本JSC 八尾FC
7年度 8年 阿倍野JSC 八尾南山本JSC 八尾大正FC
8年度 9年 上牧まきのはJSC 八尾大正FC 阿倍野JSC
9年度 10年 村野FCポーラスター枚方 八尾FC 阿倍野JSC
10 10年度 11年 YAMAMOTOキッカーズ 国分FC 八木FC
11 11年度 12年 国分FC 八尾太陽リンクスSC 阿倍野JSC
12 12年度 13年 阿倍野JSC 桃の里FC ハーバーJキッカーズ
13 13年度 14年 阿倍野JSC 長池フューチャーズ 八尾久宝寺JSC
14 14年度 15年 阿倍野JSC 玉手FC 門真沖SC
15 15年度 16年 八尾大正FC 国分FC 門真沖SC
16 16年度 17年 阿倍野JSC 盾津東JSC 富田林葛城JSC
17 17年度 18年 八尾太陽リンクスSC 大阪市ジュネッスFC ハーバーJキッカーズ
18 18年度 19年 大阪市ジュネッスFC つばさFC 新金岡FC
19 19年度 20年 生野ヒーローズ 柏田SC 新金岡FC
20 20年度 21年 柏田SC 大阪市ジュネッスFC 志紀FC
21 21年度 22年 柏田SC 盾津東FC 八尾南山本JSC
22 22年度 23年 大阪市ジュネッスFC FCB2 進修SC
23 23年度 24年 志紀FC 柏田SC 八尾太陽リンクスSC

記念作文

2010年度 NEW韓国遠征 21期生 坪井 一真 作文はここをクリック
日韓少年サッカー交流 21期生 向井 章人 作文はここをクリック
韓国遠征 21期生 中野 晃 作文はここをクリック
2009年度 前座試合 20期生 岡林 勇太 作文はここをクリック
広島遠征 20期生 坪井 謙伍 作文はここをクリック
広島遠征 20期生 岡林 勇太 作文はここをクリック
2008年度 知事杯の前座試合 19期生 坂東 衛 作文はここをクリック
広島遠征 19期生 坂東 衛 作文はここをクリック
2007年度 韓国遠征 18期生 和田 一真 作文はここをクリック
広島遠征 18期生 加藤 慎也 作文はここをクリック
広島遠征 18期生 竪山 愁翔 作文はここをクリック
全日の紅白戦 18期生 和田 一真 作文はここをクリック
2006年度 北京遠征 17期生 坪井 雄哉 作文はここをクリック
広島遠征 17期生 郡   大樹 作文はここをクリック
広島遠征 17期生 山内 慎介 作文はここをクリック
長居スタジアムのピッチに立って 17期生 坪井 雄哉 作文はここをクリック
2005年度 全国大会前座試合に出場して 16期生 竹内 隆仁 作文はここをクリック
2002年度 ワールドカップ前座試合に参加して 13期生 三田 薫 作文はここをクリック
日韓交流親善試合を終えて 13期生 小林 祥晃 作文はここをクリック
海外遠征に行った 13期生 沢田 将太 作文はここをクリック

New韓国遠征(坪井 一真 君)
 僕は、大阪府トレセンとして韓国でMBCワールドユースフットボールトーナメントという大会に出ました。
この大会は、計5ヶ国6チームが出ました。
全選手が同じホテルに泊まって、食事なども同じ所でしました。
そこで、日本と外国との違いが出てて、外国人はものすごい量を取ってて、その量は体に出ていました。
180cmくらいの選手もいました。
施設は田舎だけど、ものすごく良い所で、サッカーコート2面、メインピッチ1面、フットサルコート1面、
ほかにも色々なスポーツのコートがあり、韓国のスポーツに対する気持ちがすごいなと思いました。
この環境を見て、ますます気持ちが入りました。
サッカーは、1戦目、東ティモールで、相手が全員黒人でした。
ものすごく出たかったけど、この試合は出れませんでした。
2試合目は韓国Bと当たり、CBでスタメンで出ました。
この試合は韓国全土にに流れるTV中継があって緊張したけど、
君が代を歌って日本を背負っている感じがして気持ちが高まりました。
試合が始まると韓国人の目つきが変わり、威圧感がありました。
ボールを持つと、何がなんでもボールを、ボールを取りに来るボールへの執着心がものすごく強かったです。
その試合は勝って、3試合目はウズベキスタンで、この試合は右SMFで出ました。
あまり大きくなくて、ドリブルでいっぱい抜けました。
この試合も勝ち、4試合目は中国戦で、1−3で敗北しました。
この試合で負けたので、3位決定戦で韓国Bと当たりました。
前回負けているので本気で来ました。
せも僕のクロスがアシストとなり、先制点を取り、追加点も決め、2−0で勝ちました。
そして銅メダルをもらって嬉しかったです。
この遠征で得た事を、日本でも充分に発揮したいです。
(2010年11月初めに、大阪府トレセン代表としてMBS国際大会に参加した坪井君の感想文です)


韓国遠征(中野 晃 君)
 8月5日から7日まで韓国に行きました。
最初はどんな感じになるのかなと思ってました。
そして、バスで関空に行きました。待ち時間が長かったです。
そのあと、説明があって、やっと飛行機に乗れました。
初めての飛行機だったので、テンションが上がりました。
飛行機から見た海がきれいで感動しました。機内食は、おいしかったです。
韓国に着いた時は、かなり、テンションが上がっていました。韓国はとても暑かったです。
ホテルの部屋は、きれいでした。僕は、夜ご飯がとても、楽しみでワクワクしていました。
初めて、相手チームの子にあって、強そうやなと思いました。
仲良くなった子に、韓国語で、「キーム、ジュセヨ」(のり、ください)と言ったら、
その子が、「まてて」とジェスチャーして会場を走って出ていきました。
10分後くらいに、韓のりを1袋もってきてくれました。
言葉が通じて嬉しかったけど、驚きました。
2日目は、いよいよサッカーができる。試合には、勝ちたいと思いました。
3試合中、3試合の半分ずつでました。2勝1敗でした。4失点中、僕は1失点でした。
韓国のチームは、10番の子がよくボールを運んでいました。
僕より少し身長が大きい子が5人くらいいました。
試合は、楽しくできました。そのあと、プレゼント交かんをしました。
夜ご飯の時、章人がしんどそうで心配でした。
そして、その日の夜は、最後だったので、ずっと起きて、話しをしていました。
3日目は、飛行機で日本に帰ってきました。あっというまの、3日間でした。
3日間で友だちがいっぱいできました。とても、楽しくて、いい経験でした。
(2010年8月5日〜7日、八尾市少年サッカー協会の代表として日韓交流大会に参加した中野君の感想文です)

日韓少年サッカー交流(向井 章人 君)
 ぼくは、日韓友好しんぜん大使として韓国のテグ市に行きました。
前の日に八尾市長にあいさつをして、しょうじょうとバッチをもらってすこしきんちょうしました。
かんこくにつくとカメラマンがいっぱいいました。
そしてホテルについてすぐに、ばんさんかいがありました。
ボクはひっしに友だちになろうとし、通訳の人に、ぼくの名前は向井章人といいますと
言ってくださいと言うと、かんこくの友だちはわらっていました。
料理もおいしかったです。その夜のばんさんかいの帰りの時、手をふってくれました。
2日目、その2人の友だちと会いました。うれしかったです。
人工芝のグランドで試合をし、1試合目は勝って、2試合目は1点1アシストでうれしかったです。
おとなの試合も出るかと言われて出ました。すごくしんどかったです。
試合が終わって、おんせんに行くと、テグチームの人たちもいました。
そしてその時しんどくてあつくて、歩く時くらくらしました。
そして食べるところについてテグチームのみんなとやきにくを食べたけど、2枚しか食べれなかったです。
そのあと夜の表しょう式で、ゆうしゅう選手しょうに選ばれてうれしかったです。
帰りのバスの中で、寒くて八尾青年会の人が服をかぶせてくれました。
みやぎコーチにポカリスエットをかってもらいました。
ホテルにつくと熱をはかったら38.0度ぐらいありました。
そして病院に行くと、つうやくの人と病院の人がしゃべっていてなんかこわくなったけど、ねっちゅうしようでホッとしました。
それから手にてんてきをして、2時間ずっと、みやぎかんとく、八尾青年会の人、つうやくの人がこうたいしてくれました。
本当にありがとうございました。
それでも熱が下がらなかったので、おしりにちゅうしゃをうつと10分で熱が下がりました。
ホテルに帰ると2時ですぐにねました。
次の日、おみやげを買ってから、かばんけんさの時、ライターがぼくのかばんに入っていました。ぼくは入れてません。
かんこくに行けたのは、ますいけそうかんとく、みやぎかんとく、コーチ、青年会、チームのみんなのおかげです。
めいわくもかけましたが、いいけいけんをすることができました。
ありがとうございました。楽しかったです。
(2010年8月5日〜7日、八尾市少年サッカー協会の代表として日韓交流大会に参加した向井君の感想文です)

前座試合(岡林 勇太 君)
 今日、中河内トレセンで長居スタジアムのピッチに立つことができた。
前半はジャンケンで負けて後半からのスタートになりました。
初めは緊張しましたがプレーしている間に緊張がなくなり、得点チャンスもありました。
中河内トレセンが勝ったので、エスコートキッズができるようになりました。
ぼくは香川選手と乾選手と手をつなぎたかったけどつなげなかったのが残念でした。
でも憧れのピッチに立ててうれしかったです。
これからもこのピッチに立てるようにがんばりたいです。
(2009年9月20日、中河内トレセンのメンバーとして知事杯サッカーの集い事前試合に出場した岡林君の感想文です)

*広島遠征(坪井 謙伍 君)
 ぼくは7月の18日〜20日まで、中河内トレセンの広島遠征に参加しました。
初日は朝がはやかったので、行きのバスの中では、ねていました。
着いたら、すぐに2チームに分かれました。ぼくらのチームのコーチは岩田の藤岡コーチでした。
一試合目は藤岡コーチが、「自分達でポジションを決めろ。」と言われて、ぼくは左サイドハーフで出ました。
その日はずっと、同じポジションでした。二日目の三試合目で兵庫県の北地区トレセンとやりました。
その試合だけ藤岡コーチにポジションを決めてもらって盾津東の大江君とセンターハーフを組むように言われました。
一番好きなポジションで、いつもやっている所なので、やりやすかったし、うれしかったです。
その試合のハーフタイムでコーチからボクと大江君のコンビはバルセロナのシャビとイニエスタのような役割を目指しなさいと言われて、
ぼくなりにイメージしながら、プレーできたと思います。
 今回の遠征で、学んだことは、前に書いたような、サッカーのことだけでなく、遠征での過ごし方、意識の持ち方がすごく印象にのこりました。
これは自分のチームで、キャプテンをしているぼくとしては合宿で是非チームのみんなに伝えたいことだと思いました。
それが遠征に気持ちよく参加させてもらった監督、コーチ、チームメイトへの恩返しだと思いました。
ありがとうございました。
(2009年7月、中河内トレセンの広島遠征に参加した20期生 坪井君の感想文です)

*広島遠征(岡林 勇太 君)
 ぼくは、7月18日から20日まで中河内トレセンで広島遠征に行きました。
当日の朝、6時15分集合で6時30分出発です。
集合場所は、2カ所ありました。近鉄ハーツとと久宝寺駅前です。
ぼくは久宝寺駅前でした。6時15分に集合して大型バスで行きました。
バスの中で昼食をして、AとBのメンバーを発表されました。
ぼくはAチームになりました。だいたい5時間位で着きました。
みろくの里について、まだ部屋に入れないから、会議室に荷物をおいてAチームは12時に試合があるから、グランドに行きました。
道具はちかくのお寺におきました。一試合目の前半はジャンケンで負けてベンチでした。
後半は左ハーフで出ました。7−0で勝ちました。
午後からは、3試合して、2試合勝って3試合目は、サンフレッチェ常石U−13と練習試合で、3−0で負けました。
その後、みろくの里にもどって会議室から荷物を持って、自分の部屋に荷物を置いて、お風呂に入りました。
その後夕食は焼き肉でした。おいしかったです。その次に部屋にもどって、少し遊んでからねました。
二日目の朝7時に朝食を取りました。
Aチームは9時に試合だから8時30分には、お寺に道具を置いてグランドでアップをしました。
一試合目の前半は左ハーフで出ました。相手に先取点を取られました。その後、ぼくが二点取りました。
後半も左ハーフで出て、中河内がまた一点取って3−1で勝ちました。のこり2試合勝って、一位通過しました。
Bチームは2回も引き分けで2位通過で明日のトーナメント戦の一回戦はAチーム対Bチームになりました。
3試合が終わって宿舎にもどってお風呂に入った後、
夕食をして会議室で会議室で明日の予定をコーチたちが言った後、自分の部屋にもどってねました。
三日目の朝も7時に朝食をとりました。
今日の一試合目も昨日と同じでお寺に道具を置いて、グランドでアップをしました。
アップが終わった後、雨がめっちゃ降って来ました。いったんお寺にもどって雨宿りしました。
雨がやんで来たから試合をしました。前半は左ハーフで出たけどとちゅう交代しました。
Aチームが一点決めました。それから雨が降って来て中止になりました。
宿舎にもどってシャワーを浴びて、昼食しました。バスが来るのが3時30分だから2時間ぐらい会議室で遊びました。
バスが来て2回ぐらいサービスエリアでおみやげや、ご飯を買って帰りました。
こんな良い経験が出来たのもコーチや監督のおかげです。本当にありがとうございます。
(2009年7月、中河内トレセンの広島遠征に参加した20期生 岡林君の感想文です)

*知事杯の前座試合(坂東 衛 君)
 ぼくは、知事杯の開会式でプロの前座試合に中河内トレセンのメンバーとして出場しました。
相手は、北河内トレセンでした。ぼくは、右ハーフで前後半出ました。
入場する時は、すごくきんちょうしました。試合は、10分ハーフでした。
前半は、2本位チャンスボールが来ました。1本は、ディフェンスにボールを取られてしまいました。
もう1本は、味方にパスをしたが得点にはつながらなかったです。
後半は、ずっと左サイドからせめていたので、あまりチャンスボールが来ませんでした。
結局、試合は、3対1で中河内トレセンが勝ちました。でも、得点を決められなかったので、残念でした。
でもあんなに良いフィールドでできたので、良かったです。
とてもいい経験ができました。監督、コーチありがとうございました。
(2008年10月、中河内トレセンのメンバーとして知事杯サッカーの集い事前試合に出場した坂東君の感想文です)

*広島遠征(坂東 衛 君)
 ぼくは、7月19日から21日まで中河内トレセンの広島遠征に行きました。
当日の朝、久宝寺口駅で集合して、バスで行きました。
4時間位で広島に着きました。 10時ごろだったので、すぐにグランドに行きました。
それから、AとBにチームを分けました。 ぼくは、Aチームでした。
午前中に、1試合して、8対0で勝ちました。
そのうちの1点は、ぼくが左サイドからのクロスボールに、ぼくが、ヘディングであわせて決めました。
ちなみにぼくのポジションは、右ハーフです。
その後、お弁当を食べました。 午後からは3試合しました。
3試合とも、かちました。 それから宿舎に帰りました。
帰ったらすぐにお風呂に入りました。 夜ごはんは焼き肉でした。 おいしかったです。
それから部屋に帰って、少し遊んでからねました。
そして2日目、朝、さんぽに行きました。 それから、朝ごはんを食べてグランドに行きました。
朝から2試合しました。 2試合ともかちました。 昼からは、3試合しました。 2試合かちました。
そのうちの1試合は、1対0で、その1点は、ぼくがスライディングシュートで決めました。
3試合目は、サンフレッチェ広島の中学生と戦いました。 0対2で負けてしまいました。
やっぱり、中学生は、パス回しが速く、体も大きかったです。
でも、そんな相手でも、せり合わないと、交代させられるのでがんばってせり合いました。
その日は、もう宿舎に帰って、お風呂に入って、ごはんを食べて、すぐにねました。
そして、3日目、かちすすんだので準決勝です。 その日も、右ハーフでした。 結果は0対0でPKになりました。
PKでぼくは、外してしまいました。 PKは4対0で、おしくも負けてしまいました。
準決勝で負けたので、次は3位決定戦です。 3位決定戦も2対2でPKでした。
そのPKは、ぼくはけってません。
PKは、5対3で負けてしまい、結果ぼくたちAチームは4位、Bチームがゆうしょうしました。 くやしかったです。
それから、お風呂に入って、バスに乗って、サービスエリアまで行きました。
サービスエリアで、おみやげや、ご飯を買って、帰りました。
こんないい経験ができたのも、監督、コーチのおかげです。 ありがとうございました。

(2008年7月、中河内トレセンの広島遠征に参加した19期生 坂東君の感想文です)

*韓国遠征 11/1〜11/7(和田 一真 君)
                                    和田 一真
 11月1日、関西空港にみんな集まり、韓国へ飛び立った。
一時間半後、やっとプサン空港に着きました。
プサン空港から、バスに二時間半乗り、やっと僕達が泊まるホテルに着きました。
ホテルは8人部屋で、ドアを開けると、びっくりするほど、きれいで広くてとても気持ち良かったです。
WELCOMパーティでは、いろんな国の人達と過ごしながら食べたりして、とても楽しかったです。
そして、その日は、疲れていたので、次の日のドイツ戦に備え、すぐに寝ました。
初戦はドイツ戦です。
試合は、大阪府トレセンチームのまとまりや、みんなの調子が良く、前半1点後半1点を取り、2−0でドイツに勝ちました。
みんな大喜びで、次の日の東ティモール戦にのぞみました。前半は、0−0で終わりました。
僕は、スピード、個人技、体力には、少し自信がありますが、東ティモールの選手は、みんな大きくて、スピードもあり、
あたりも強く、同じ6年生とは思えませんでした。
みんな一生懸命がんばっていましたが、後半に1点を入れられてしまい、試合は、0−1で負けてしまいました。
とてもくやしかったです。
でもドイツに勝ったという自信もあり、次の日の韓国戦は、絶対に勝とう、と思っていました。
しかし、さすが韓国代表という事もあり、僕より頭1つ分は充分に大きい選手がたくさんおり、僕達と同じ、東洋人とは、思えませんでした。
試合は、0−4で負けてしまい、大阪府トレセンは決勝リーグに出場する事が出来ませんでした。
フレンドリー戦は、オーストラリアでした。
韓国での最後の試合と言う事もあり、又、大阪にいるみんなの事を想い出し、チームワークを大切に、みんなでがんばった結果、
1−1の同点で、PK戦になり、僕は3番目にけり、入り決めました。結果4−3で勝ちました。
 夜はミーティング、朝は散歩で、海へ行ったり公園で遊んだり、ガレージでサッカーテニスをしたりしました。
11月3日には、8カ国で、大縄跳びやリフティング大会などをしました。
リフティング大会は、ボールとちがって、韓国専用のおもちゃみたいなのでしました。
1カ国から3人選ばれ、3人のリフティングの合計で競うのです。
その大阪府からの3人の中に僕は入っていました。
その結果、僕達日本が一位になりました。すごくうれしかったです。
しかも、その8カ国の24人の中の一位が僕になりました。そして景品を貰いました。
大縄跳びも、日本チームが一位になり、盛り上がりました。
11月6日は4人グループで観光をしました。
おみやげなどを買い、とても楽しかったです。
小学校6年間の中で、このようなすばらしい思い出、成長が出来たのも、監督、コーチ、
太陽リンクスのチームメイトの協力があったからこそ出来たんだと思います。
これからも毎日サッカーの練習をして、もっともっとうまくなりたいです。
本当に素晴らしい経験をさせていただき、ありがとうございました。

(これは、2007年大阪府トレセン選抜で韓国遠征に参加した18期生和田一真君の感想文です。)

*広島遠征(加藤 慎也 君)

 7月14日、近鉄ハーツ前に集合しました。
ぼくは 朝早く起き、竪山君の家にむかえに行きました。
近鉄ハーツ前に行くとトレセンの友達がぼく達より早くいました。
トレセンのコーチ達がバスに乗ってバスが出発しました。
みろくの里に着いて3時からしか部屋に入れなかったので、会議室で待ちました。
 会議室でごはんをたべて部屋に入らずにそのままサッカー道具を持ってグラウンドに行きました。
チームはAチームが東大阪のメンバーで、Bチームがぼく達の八尾と柏原のメンバーでした。
一試合目は1−0で勝ってよかったです。
でもその日は雨が降っていたので1試合で終わって、みろくの里に戻りました。
おふろに入って部屋を決めました。1日目は試合があまりなかったのでみんなと遊んだりして楽しくすごしました。
2日目はサンフィレッチェとの試合が楽しみでした。
Aチームは勝ったので、ぼく達Bチームも勝てると思いました。でも結果は1−1で引き分けでした。
でもJリーグのチームのジュニアと試合ができてうれしかったです。
 その日は試合に全部勝ったのでコーチとみんなで散歩に行きました。
お寺の中などを通ったりしてきもだめしみたいです。少しこわかったです。
 3日目は1試合目1−1でPKで負けてしまいました。
だけど3位決定戦を4−0で勝ちました。1点を決めたのですごくうれしかったです。
1位はAチームで3位がBチームでした。
広島遠征に行けたのも監督、コーチなどみなさんのおかげで行けたと思います ほんとうにありがとうございました。

*広島遠征(竪山 愁翔 君)

 僕は、出発前からすごく楽しみでした。理由は『どんなチームがくるかなぁ。』と思ったからです。
バスに乗った時、僕はすごくねむかったです。なぜなら、朝とても早かったからです。
そしてバスが出ました。2回目のサービスエリアぐらいまでねていました。
4時間ぐらい走ってやっと宿舎に着きました。
バスから降りて、みんなでコーチを待っていると、コーチに『すぐ試合やから準備しろよー』と
言われたので、僕は急いで準備をして試合会場に行きました。
そして、AチームとBチームに分けられました。最初の試合、僕はセンターハーフをしました。
僕は、左のコーナーキックをけりました。水たまりですごくけりにくかったです。
でも、ヘッドで決めてくれました。僕は、コーナーキックでは初めてのアシストだったのでうれしかったです。
初戦は、そのゴールだけだったけど1−0で勝ちました。2試合目は、雨がひどかったので2日目に延期になりました。
宿舎に帰ってお風呂に入りました。そして試合で着たユニフォームを洗いました。とてもしんどかったです。
その後、夜ご飯を食べました。ご飯を食べた後は自由でした。僕は10時にはねました。

 2日目の1試合目Bチームは勝ちました。2試合目に1点を取ることができたのでうれしかったです。アシストもしました。
その時から、僕は左ハーフでした。3試合目は、僕が楽しみにしていたサンフレッチェとでした。
試合は1−1で引き分けでした。勝ちたかったのでくやしかったです。
サンフレッチェの残りの試合結果で、Bチームは1位トーナメントにいけました。
宿舎にもどって、またお風呂でユニフォームを洗いました。そしてご飯を食べて寝ました。

 次の日、準決勝でBチームは0−0でPK戦で負けてしまいました。くやしかったです。
次の3位を決める試合に勝ったので3位になりました。Aチームは、決勝戦も勝って優勝しました。
そして宿舎にもどって、お風呂に入りました。帰る用意をして、バスに乗りました。
1回目のサービスエリアでお土産とおにぎりを買いました。帰りも4時間ぐらいで若江岩田サンクス前に着きました。そして家に帰りました。
広島に行って、たくさんの友達ができました。3日間だけだったけど、すごく良い経験になりました。
この経験を今後の練習や試合に活かしたいです。
こんな良い経験を出来たのも、監督やコーチのおかげだと思います。
本当にありがとうございました。

(2007年7月、中河内トレセンの広島遠征に参加した18期生 加藤君と竪山君の感想文です)

*全日の紅白戦(和田 一真 君)
                                    和田 一真
 4年生からの、あこがれの地、ガンバ大阪のホームグランドで、試合することが出来ました。
フィールドに入った瞬間、生れて、初めてのすごい緊張感を持ちながら、キックオフされました。
ぼくは、ブルーの9番で、前半は、右ハーフでした。
前半は、少し押し気味で、試合を進めていましたが、先制点を決められてしまいました。
後半は、左ハーフで、ぼくがスルーした時に、足がひっかかり、フリーキックを得て、一点を入れてくれました。
ぼくは、すごくうれしかったです。
そのまま試合が終わり、1対1で楽しく終わることができました。
本当は、試合に勝った方がプロ選手と手を繋ぐことになっていましたが、試合の後ジャンケンで勝ち、
ブルーチームが選手と、手を繋ぐことになって、さらにいい思い出になりました。(二川選手)
この一日はとても楽しかったです。
ここまで導いて、連れて来てくださった監督、コーチのみな様に感謝して、これからもサッカーがんばります。
ありがとうございました。

(これは、2007年全日本少年サッカー大阪府予選 サッカーの集いの前座試合に出場した18期生和田一真君の感想文です。
和田君は一昨年の竹内君、昨年の坪井に続き、大阪トレセンのメンバーとしてピッチに立ちました。)

*北京遠征(坪井 雄哉 君)
                                    坪井 雄哉
 7月29日関西国際空港に集合しました。
 大阪から北京へは約3時間くらいでした。
1日目は、万里の長城へ行きました。万里の長城は思っていたよりすごかったです。
何がすごかったかと言うと、とても急な坂が続いていたからです。
2日目は中国の『北京国安』というチームと試合をやりました。
午前20分ハーフを3本午後も20分ハーフ3本やりました。
ばくはこの日1ゴール1アシスト出来ました。
ぼくと、試合の時マッチアップしていた相手のチームの人と英語を使って名前を教え合いました。
ちがう国の人と友達になれたのが一番良い経験でした。
3日目は試合会場へ向かう途中雨が激しく降ってきたので、午前の試合が中止になってしまいました。
午後から室内でフットサルをしました。この日も相手は北京国安でした。
ぼくはとても調子が良くて4ゴール2アシスト出来ました。
試合が終わって帰る時に昨日友達になった人に「バイバイ。」と言ってホテルへ帰りました。
そのあと雑技団を見に行きました。
4日目は北京動物園へ行きました。そこで友達のお土産を買いました。
5日目北京国際空港から大阪へ帰りました。日本へついた時とてもほっとしました。
北京へ来れてとても良い経験が出来ました。
このような経験が出来たのは、監督コーチをはじめ参加出来なかった桔梗ヶ丘招待でも、がんばってくれたチームメイトのおかげです。
これからも日々努力してもっと上を目指せるようにがんばります。

(これは、2006年大阪選抜で北京遠征に参加した17期生坪井雄哉君の感想文です。)

*広島遠征(郡 大樹 君)
                                    郡 大樹
7月14日広島遠征に行くため若江岩田サンクス前に集合します。
ぼくは、早くおき、準備をして、サンクス前に行きました。
ぼくよりさきに、トレセンの友達がいました。
みんながバスに乗って、バスが出ました。
3時間ぐらいたって、やっと、サービスエリアにつきました。
3分ぐらいたって、バスがまた出ました。
それから2時間ぐらいたってやっと宿舎につきました。
それからすぐ試合でした。
ぼくは、Aチームでスタメンでした。
試合がはじまりました。
前半、0対0で終りました。
後半、1対0で、ぼく達のチームが勝った。
そして、ほかの試合、ぼく達が全部、勝ちました。
1日目、ぼくは、3点をきめました。
1日目の夜、へやをきめて、ごはんを食べたらすぐ、おふろへ入って、自分の服を手であらいます。
ぼくは、なんとか服をあらい、そしてやっとねました。
2日目、1試合目、中河内トレセン、A対Bでした。
その試合は、1対0でまけましたが、その次の試合は、2回とも勝ちました。
2日目は、サンフレッチェ広島ユースにも勝ってみんながよろこんでいました。
3日目、3日目は、1日目より、チームみんながまとまっていました。
試合の前に、チームがえがありました。
ぼくは、AチームでBチームは、山内くん坪井くんがいました。
Aチームは、1試合目0−0でPK戦でした。
ぼくは、きんちょうして、PKをはずしてしまいましたが、みんながきめてくれました。
みんなのおかげで勝てました。
そして、次の試合、ぼくたちは、1対0でまけてしまいました。
そしてBチームの試合も終わりました。
雨がふってきて、みんなは、いそいで、バスに乗って大阪に帰ってきました。
みんなとなかよくなりみんなが、家に帰っていきました。
ほんとうに広島にいけてよかったです。
広島へいけたのも、監督・コーチ・そしてみなさんのおかげと思います。
ほんとうに、ありがとうございました

*広島遠征(山内 慎介 君)
                                    山内 慎介
 僕は、合宿のバスに乗る時、すごく緊張していました。
なぜなら、友達があまりいなかったからです。
だから、友達をいっぱい作ろうと思っていました。
広島のみろくの里に着いたら、いきなり練習でAチームとBチームに分けられました。
Aチームのコーチ(後藤コーチ)に僕の名前を呼んでもらった時、なぜかしら嬉しかったです。
アップをする時に4人ぐらいに僕に声をかけてくれる友達がいました。
その時、初めて合宿に来て、友達が出来ました。
その後、1日目はみんなコミニケーションをとって、チームになじめたらと思っていました。
試合で勝って、雰囲気がよく、コミニケーションをチーム全体としてとれていて、僕自身も、すごく嬉しかったです。
その夜、お風呂でユニフォームを洗いました。
予想以上にしんどくて、いつもやっているお母さんの苦労が分かりました。
2日目にサンフレッチェ広島と試合をするのが楽しみでした。
試合で勝ちたいという気合がいっぱいで、Bチームは5点入れたと言うのを耳にして、僕らは「10対0で勝とう」と言っていました。
でも、5分で1点、入れられてしまって、夢がいきなり消えました。
その後、チームメイトが1点入れてくれたので、僕は1点をとりに行きました。
が、結果PKしかとる事が、できませんでした。
PKは、キーパーの正面でしたが、入りました。
結局、チームは勝ったけど、宣言通り10点いれたかったです。
その日、最後の試合に勝ったので、海に連れて行ってもらいました。
とても、楽しかったです。
その日、コーチに「慎は、ムードメーカーやから、チームを盛り上げろ!」と言われました。
僕は、がんばろうと思いました。
3日目、合宿の最終日で、思いっきりしようと思っていました。
強い所と当たって、負けてしまったけど、とても楽しいサッカーをする事ができました。
 このような経験をさせて頂いた、監督、コーチの方々、ありがとうございました。
この3日間の練習で学んだ事、感じた事をこれからも生かして、日々、練習や試合に発揮できたらいいなと思います。

(2006年7月、中河内トレセンの広島遠征に参加した17期生 郡君と山内君の感想文です)
坪井君は 大阪選抜中国北京遠征の感想文を掲載予定

*長居スタジアムのピッチに立って(坪井 雄哉 君)

                                    坪井 雄哉
4月29日、ぼくはこの日をとても楽しみにしていました。
なぜなら、全国少年サッカー大会の開会式があり、その後の大阪府トレセン紅白戦に出ることになっていたからです。
前の日までは全然緊張していなかったけれど、やはり当日になると胸がドキドキしてきました。
長居スタジアムに着くとぼくは真っ先にスタジアムを見上げて、『ここでプレーするんや〜!』と思いました。
スタジアムの中に入ると府トレのコーチからユニフォームを受け取りました。
白色の『9』でした。
そろそろピッチへ入るという時が一番緊張しました。
ぼくはスタメンでポジションはボランチでの出場でした。
笛が鳴ると緊張はなくなり、『良いプレーをするぞ!』という気持ちになりました
選手が良いプレーをするとスタジアムから『ワァ〜!』という声が地響きのように聞こえてきました。
前半はぼくらのホワイト大阪が1点を取り終わりました。
後半のぼくのポジションは左サイドでした。
5,6分が過ぎた時ぼくにパスが来て、前を見たらスペースが空いていたので、敵と競争しながらドリブルで駆け上がりました。
競り勝って中に入り左足でセンタリングを上げたら味方がシュートを決めてくれました。
そして試合終了!2-0でぼくらのホワイト大阪が勝ちました。
2002年にワールドカップが行われたこのスタジアムでプレーし、1アシストを決める事が出来てすごく嬉しかったです。
この経験が出来たのは太陽リンクスの監督・コーチ、そしてチームメイトのおかげだと思います。ありがとうございます。
これからも努力を忘れず上を目指して頑張りたいと思います。

(これは、2006年全日本少年サッカー大阪府予選 サッカーの集いの前座試合に出場した17期生坪井雄哉君の感想文です。
坪井君は昨年の竹内君に続き、大阪トレセンのメンバーとして長居スタジアムのピッチに立ちました。)


*全国大会前座試合に出場して(竹内 隆仁 君)

                                          竹内 隆仁
 5月14日に長居スタジアムに行った。
試合が始まるまで、すごくきん張したけど、入場して歩いているあいだも、
すごい観客でまたきん張しましたが、あいさつをしたら、ちょっときん張がほぐれた。
ピッチに立つと、観客席から見るより、グランドがかなり広かった。
前半ぼくは、右バックだった。ぼくはあまりフィールドをやっていなかったので、不安でした。
でも一度ボールにふれると、ふだんの自分にもどれた。後半はやっとゴールキーパーでした。
ゴールの大きさが全然ちがいました。右バックよりキーパーのときの方が時間が短く感じました。
1点を入れられてしまいました。ショックでした。
だけど、チームメイトが「ドンマイ」と言ってくれたし、リンクスの仲間の応えんが聞こえたので、安心しました。
20分間だったけど、すごく楽しかったです。
こんないい経験ができたのも、かんとく、コーチとチームメイトのおかげです。本当にありがとうございます。
これからも、練習にはげんで、もっと上手になれるように頑張ります。

(これは、2005年全日本少年サッカー大阪府予選 サッカーの集いの前座試合に出場した16期生竹内隆仁君の感想文です。
竹内君は大阪トレセンのメンバーとして長居スタジアムのピッチに立ちました。)


*ワールドカップ前座試合に参加して(三田 薫 君)

 6月14日に長居スタジアムに行きました。前座試合は1時50分に始まりました。
行進するとき観客からのはく手でとても緊張しました。
 ぼくは初めはベンチでした。ベンチにはチュニジアの選手がいてあく手をしました。
試合は、いいプレーがあると観客から「おーっ」とかん声がわきおこりました。
 後半からフォワードで出場しました。芝生はとても蒸し暑かったです。
選手たちはここを90分間も走り回るからすごいと思いました。
後半ちょっとして点を入れられました。でもすぐにおいつきました。
ぼくは、緊張してあまりいいプレーができませんでした。
 結果は2−1で負けました。でもとても楽しかったです。
 その後、日本ーチュニジア戦を観戦しました。
前半は0点でした。後半はぼくたちの見ているすぐ下のゴールで2点がはいりました。
点がはいったときはすごいかん声でした。ぼくも感動しました。
 ぼくは一生忘れられない夢のような体験をしました。
これも、かんとくをはじめ、コーチの方々。そしてチームのみんなのおかげと思います。
本当にありがとうございました。
 これからもこの気持ちを忘れずにサッカーにはげみたいです。
                                         三田 薫

(これは、2002年ワールドカップの前座試合に出場した13期生の三田薫君の感想文です。
三田君は中河内トレセンのメンバー代表として前座試合のピッチに立ちました。)


*日韓交流親善試合を終えて(小林 祥晃 君)

                                       6年 小林 祥晃
 8月24日、韓国大邱ワールドカップスタジアムを初めて目の前で見て、
すごく大きくてきれいだったので、びっくりしました。
そのスタジアムで試合ができるなんて、胸がわくわくしました。
式典が終り音楽と共に、韓国チームと手をつなぎ、入場行進をしたときは、とても緊張しました。
韓国チームの、花園(パーオン)小学校は、韓国の全国大会で優勝したチームだと、
前の日に、JCの人から聞きました。
ぼく達のチームは、どこまでできるかなぁと思いました。
会って見ると身長が170cm以上の子が3人もいて、
体では、負けると思うけど、試合では、精一杯がんばろうと思った。
ぼくは、スタメンで出れてうれしかったし、絶対得点を取ろうと思った。
最初は、どちらもなかなか点が入れられなかったけど、前半の途中から、相手のペースになってしまった。
結局0−7で負けたけど、最後まで、一生けん命がんばれたから良い思い出になったと思う。
韓国へ行けた事も、監督とコーチのおかげです。
どうもありがとうございました。


*海外遠征に行った(沢田 将太 君)
 
 8月23日、24日、25日で韓国に海外遠征に行きました。
試合は24日に大邱スタジアムでしました。
大邱スタジアムの芝生はとてもきれいで気持ちよかったです。
試合が始まりました。ぼくはベンチでした。
前半3点ぐらいとられてのこり五分ぐらいでました。
出してもらったけどあまり良いプレーができませんでした。
後半は出れませんでした。
けっきょく0−7で完敗でした。相手はとても強かったです。
次はJCの人たちがして0対1で負けました。
二試合目は前半しかありませんでした。
フリーキックからこっちが先しゅ点をとりました。
最後の五分ぐらい出ました。1対0で勝ちました。
相手は韓国全国大会一位で背が高い人が三人いて、トラップや体のむきがしっかりできていました。
ぼくはとても良い経験をしました。一生忘れません。
かんとくやコーチのみんな、八尾JCのみなさん、ありがとうございました。
また日本代表のユニホームを着て試合ができるように練習にはげみます。
                                          沢田 将太

(2002年8月、八尾サッカー協会(JC企画)の韓国遠征に参加した13期生 小林君と沢田君の感想文です)

今までの思いで写真集←過去の思いでの写真がみれます。

平成8年度 7期生を中心に八尾のチームがジーコにサッカーを教わる。


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