【平野川取水口】
大和川から国道25号線の下を通して取水しています平野川です。
この川は、八尾市、大阪市平野区、生野区、東成区、城東区を経て第二寝屋川と合流し、大阪湾へと注がれています。
その源流となる部分です。
これから先は、今町の黒田神社前を通り、国道25号本郷橋交差点の下を通り、八尾へと流れます。
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【青地樋改修記念碑】
築留(長瀬川)・青地(平野川)両土地改良区には、「大和川付替記念碑」がある。
青地土地改良区には、取水口の西側に青地樋改修記念碑がある。(国道25号線沿い)
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【青地水門管理事務所】
平野川の取水口には、青地水門管理事務所がありますが、今は自動化されているようです。
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【三番樋の石碑】
アクアロード案内版があります。
昭和30年代は、生活排水・工業排水が酷く、どぶ川でしたが、下水道の完備や鯉の放流など色々な対策を行われた結果、長瀬川周辺がアクアロードとして美観エリアとなりました。
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【長瀬川 築留三番樋取水口】 1
大和川から長瀬川への取水口は、2箇所あって、この取水口は西側にある築留三番樋です。
二番樋や平野川の樋のような取水池は、ございません。
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【築留土地改良区】
築留土地改良区の事務所です。
青地土地改良区は、平野川の管理をされていますが、同様に長瀬川の管理は、築留土地改良区でされています。
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【利水300年石碑】
今から三百年前の1704年十月ここ築留の地から北へ流れていた旧大和川は今米村の庄屋であった中甚兵衛翁の生涯をかけた運動により川の流れは現在のように西へかえられました
川の流れがかわったことによりたびたびの洪水で大きな被害を受けていた河内の人々はその災難から救われました
流れがかわると農業に必要な水が来なくなるので川付替えと同時に新しい大和川に取水樋門を設け 旧大和川の川跡に長瀬川と玉串川という農業用の水路を造り田畑に用水を供給しその水路の維持管理をおこなうため七十五ヶ村の農民により築留樋組を作りました
当時は四千町歩以上もあった農地も現在では約三百町歩に減少していますが当改良区は三百年の伝統を守り地域においても貴重な財産である水路を保全し周辺の美観保持にも努めています
2004年7月 築留土地改良区
石碑に刻まれた文面です。
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築留土地改良区の上、国道25号線のそばに「大和川治水記念公園」がありモニュメント・ゾーンになっている。
「大和川付替二百五十年記念碑」や大和川付け替えに生涯の半ばをかけた中甚兵衛の銅像などが、立ち並んでいます。
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【長瀬川取水口】 築留二番樋
こちらの取り込み口は、安堂交差点の下を通りゆったりと流れてきます。
明治末から大正時代にかけて設置された。
レンガ積み構造のアーチ型樋門で、最大幅は1.57メートル。
トンネルのような馬てい形の暗きょが特徴で、近代河川景観の様子を今に伝えている。
平成13年に国の登録文化財建造物に指定されました。
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↓こちらは、築留二番樋からの流れです。−−−−−−−−−−こちらは築留三番樋からの流れです。↓

【長瀬川合流地点】
写真の様にすぐに合流して一本になり柏原市を北に流れて行き、 八尾市二俣で支流の玉串川と分水しいてます。
大和川工事事務所が長瀬川に設置された大和川水位計です。 大和川柏原上市の現在の水位が
表示されており分りやすくなっています。

長瀬川は、八尾市、東大阪市(字の通り近鉄大阪線長瀬駅近くを流れる)を通り、第二寝屋川に注いでいます。
玉串川は、八尾市、東大阪市を通り、同じく第二寝屋川に注いでいます。
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