TITLE: 試食
BASENAME: 2010803
DATE: 11/01/2005 17:34:53
-----
BODY:
買い物に行く。
一駅向こうのスーパーまで歩くので、途中、結構な頻度で近所の奥さんと出会う。
立ち話は苦手なので、挨拶する程度だが、それなりの情報をいただける。
今日は、スーパーの手前で、
「惣菜コーナーでトンカツの試食してるで」
との情報をいただく。
早速惣菜コーナーへ駆けつけたが、トンカツの試食の皿は空っぽだった。
もともと試食の量が少なかったのか、昼前の主婦とは貪欲なものだということか。
口惜しい・・・。
ちなみに、店頭に並んでいるトンカツの数は相当量あった。
試食した人の何割が、トンカツを購入していったのだろう。
-----
--------
TITLE: ニンニク
BASENAME: 2013745
DATE: 11/02/2005 13:02:56
-----
BODY:
風邪気味だと思ったら、ニンニクをたっぷり使った料理を作る。
特に、ニンニク揚げは、旦那にも好評で、風邪対策の定番メニューだ。
私はガーリックライスが好きで、よく作る。
昨晩もガーリックライスだった。
ニンニク。
食べる時はおいしいのだが、次の日のトイレがたまらん。
強烈なニンニク臭で、消臭剤も役に立たない。
目を閉じて、
「ここは、中華料理店だ、ここは、中華料理店だ」
と言い聞かせてみる。
ここは中華料理店だ・・・と、思えないことはなかったが、そんなことをしている自分を客観的に想像して、ちょっと泣きたくなった(T_T)
-----
--------
TITLE: お好み焼き
BASENAME: 2018003
DATE: 11/03/2005 21:12:02
-----
BODY:
今日の晩ご飯は、お好み焼き。
大阪粉モン文化を担う定番メニューだ。
よく、結婚一年目の夫婦が、お雑煮の味でモメるなどという話しを聞く。
それだけ、「我が家の味」にこだわりがあるのが、お雑煮やお味噌汁などの料理なのだと思う。
大阪において、お好み焼きは、お雑煮やお味噌汁と同レベル・・・もしかしたらそれ以上に、各家庭ごとにこだわりがあるメニューかもしれない。
女二人集まって、安易にお好み焼きパーティーなどをしようとすると、最初っから意見が食い違ってびっくりする。
まず、キャベツの切り方でバトル。
誤解されている方が多いと思うが、お好み焼きの主役はキャベツだ。
小麦粉は、つなぎ!
小麦粉の海にキャベツが泳いでいるお好み焼きを、スキー場などに出かけると、見かけることがあるが・・・ちが~う!!
とにかく、キャベツはたっぷり。小麦粉は、それに絡む程度で良いのだ。
そんなキャベツの切り方でまずもめる。
私は千切り派なのだが、「絶対、角切り!」と主張するレイディもいるのである。
次に、山芋や、天かす、紅しょうがの量で軽くモメる。
豚肉を先に焼いてから、タネを乗せるか、タネを広げた上に豚肉を乗せるか、細かいことのようだが、これは譲れないという人がなぜきか多い。
そして、焼き方。
叩くか、叩かないか。
叩く!という人は、とことん叩く。パンパンパンパン、と、しつこく叩いて、伸ばす。
叩かない焼き方は、中に火を通すために、長時間焼くか、蓋をして蒸らすなどの工夫が必要になる。
そして、焼きあがったら、何をかけるかで、軽い誹謗合戦が起きる。
ソースは定番だが、そこに醤油をかける人、マヨネーズをかける人、カラシを乗せる人。
これらを一つ一つクリアしないと、女同士のお好み焼きパーティは終わらないのだ!あぁ、めんどくさい!!!
うちの旦那は、雑煮・お好み焼共に、文句は言わなかったが、茄子の揚げ物だけは、「こんなの茄子の揚げ物じゃない!」と、不満そうだった。
人それぞれこだわりはあるもんだなぁ、と思う。
-----
--------
TITLE: 予習・復習
BASENAME: 2020200
DATE: 11/04/2005 12:01:17
-----
BODY:
昨日は、旦那と二人で、河内長野市にある観心寺に詣でてきたので、今日は復習をすることにした。
紅葉の季節とて境内は人で一杯だったが、私達夫婦の目的は紅葉ではない、南朝史蹟だ。
観心寺は、楠木正成公が兵法を学んだとされる場所で、数ある大楠公の首塚の一つがここにある。
正成公の兵法の師匠は大江氏、つまり、土師氏であると、寺伝に残っているらしい。
寺務所で聞いて見ると、確かにそういう寺伝はあるらしいが、門外不出とのこと。
しかし、大楠公を指南した大江時親公の祖父が北条氏の兵法の師匠であった、など、寺伝について、簡単に教えていただいた。
大楠公の首塚のほかにも南朝の史蹟があるということだったので、早速境内の散策を開始。
首塚の奥に、「新待賢門院墓」という看板がある。
「新待賢門院って、楠公さんのご母堂だっけ?」
と訪ねたのは、最近、古典太平記(現代語訳)を読み終えたばかりの私。
「そうやったっけ?後醍醐天皇のお母さんちゃうかったっけ?」
と答えたのは、南朝研究の本を読んでいる旦那。
答え。
阿野廉子のことでした~。
阿野廉子は、後醍醐天皇の寵妃で、政事に首を突っ込み、北条討伐後、褒賞の分配に口を出し、実際に戦った武家より公家を優待したため、結局武家の反乱に合うことになった。
その上、我が子かわいさのあまり、皇位継承順位が我が子より上で、実力抜きん出て、人望厚かった、護良親王を廃した。
がために、南朝の衰退を招いたとされる女性。
そんな有名かつ、南北朝史において重要な女性の名前もチェックできてなかったとは・・・、古典太平記を読んだなんてことはここだけの話しにしておこうと思う。
余談だが、中国の「傾国」は、
紂王を狂わせた姐己といい、玄宗皇帝を堕落させた楊貴妃といい「絶世の美女」なのだが、
日本の「傾国」「傾城」は、この、阿野廉子にしても、淀君にしても、美女というより、「馬鹿っ母」という印象が強いのは、お国柄か、その国における女性の立場の違いだろうか。
新待賢門院墓に詣でた後、後村上天皇陵に詣でる。
後村上天皇は、後醍醐天皇の皇子である。
苔むした坂道を登りながら、
「後村上天皇って、阿野廉子の息子やったっけ?」
「どっちやろ?」
という会話。
答え。
その通り。
後醍醐天皇と阿野廉子の子で、住吉大社で没とある。
・・・つくづく、予習してけよ、と思う。
-----
--------
TITLE: 発表
BASENAME: 2022501
DATE: 11/05/2005 04:51:30
-----
BODY:
今日は、山岳修験学会の大会。
私はそこで、研究発表をする。
動機は、「折角会費払うんだから、なんかせにゃもったいないやん!」という、大阪のおばちゃん根性丸出しのもの。
ついでに、「折角だから、目立たないと意味ないやん!」と、派手派手な服を着ていこうかと思ったが、研究内容がお粗末なのに、服装だけ派手にしても意味がないと悟り、これは却下。
発表者名を見ると、どっかの教授とか研究員ばかりで、ちとひるむ。
「もったいない根性」で、発表するような人間は、私くらいだったのだろうか・・・。
とりあえず、行ってまいります。
-----
--------
TITLE: 学術大会
BASENAME: 2025885
DATE: 11/06/2005 10:00:45
-----
BODY:
学術とは、日常生活にはあまり役に立たないものと見つけたり。
昨日は、山岳修験に関する学術大会に参加してきた。
「とにかくなんかせんともったいない」
と、研究発表に名乗りを上げたのだが、いや~~・・・身の程知らずは恥ずかしい(^^ゞ
なにしろ、どの研究者も、ピンポイントで深い。
一つのテーマに絞り込んで、何年も密着し、研究しつくしておられる。
正直、
「そのテーマに興味を持つ人間が、日本人口の1%いるかどうか?」
と思うぐらい、専門的な内容なんである。
いや、1%いるかどうか?と表現したが、絶対いない。
主婦の井戸端会議で話題になることは、絶対にない。
もし、なることがあれば、私は好物のチーズ・・・いや、すべてのチーズとは言わないが、カマンベールチーズだけならば断ってもいい。
その点、私は、ちょっと面白そうなものを見つければ飛びつき、こっちに甘い水があればがぶりつき・・・と、全くまとまりがなく、浅いしトンデモだし、わっはっは!
・・・ということで、却って気楽に発表できたのが良かったのか、後の懇親会で、いろんな方とお話させていただくことが出来た。
研究発表資料もいくつかいただいた。
内容を見ると・・・う~むやっぱし専門的だ(笑)
1ページを読むのに、10回くらい辞書をひくかネット検索をかけなくてはならなくなりそうだ。
しばらくは、この資料を相手に悪戦苦闘だ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/09/2005 00:55:26
こんばんはー!ぶろぐ始められてたんですね。さっそくぜんぶ読ませていただきましたよ(^^) とくに、ここのところ↓
>「そのテーマに興味を持つ人間が、日本人口の1%いるかどうか?」
>と思うぐらい、専門的な内容なんである。
お、お、おもろい。
学術大会に参加しつつ、また違った視点で傍観もされている、そんなのりちゃんの姿を想像してしまいます。いいなぁ、そういう見方、素敵♪
明日は朝起きれたら柳生へいってまいります。
でももうこんな時間、、、。
-----
COMMENT:
DATE: 11/09/2005 13:30:44
ご覧くださってありがとうございます。
いや~・・・本当にすっごい専門的なんですよ。
例えば、ある神事について、古今東西、漢文・現代文・種々の資料を揃えたレジュメに沿って20分の持ち時間を超過して講演なさって、その結論が、
「年占ではないようである。複雑なので、今後も研究を続けたい」
って、えぇええええ???
って感じでしょ。
「起承転結は、基本でしょっ?!結はどこ?結はっ?!」
と言いたくなりましたが(笑)
でも、それが学術ってもんなんだなぁ・・・と、妙に感心しました。
柳生の感想、また聞かせてくださいね♪
-----
--------
TITLE: カメムシ
BASENAME: 2029624
DATE: 11/07/2005 14:08:22
-----
BODY:
一年のうち、洗濯をするのが最も憂鬱なのが、この時期だ。
近くの河原から飛んでくるのだと思うが、洗濯物にカメムシがビッシリ付く。
取り込みが、夕方遅くなればなるほど数多くつくので、15時ごろに取り込んでいるのだが、それでも5~6匹はいる。
特に、白い布にぺったりしていることが多いので、まず柄モノを簡単にチェックしながら取り込む。
そして、白モノを丹念にチェックし、カメムシがついていれば払いながら取り込む。
これが時間かかるのだ。
なにしろ、この小さくて地味な色をした華のない虫は、その分しつこくて、簡単に振ったくらいではそうそう落ちない。
ブンブン振り回してやっとどこかへ飛んでいく・・・そして、その多くは、干してある他の洗濯物に付くのだが・・・。
そうして、カメムシから解放された洗濯物は、さっさと取り込む。
ベランダでぼやぼやしていたら、また取り憑かれるからだ。
これが他の虫ならば、乱暴に払い除けて、それでも離れない場合は、ティッシュで、プチ!とできるところだが、この虫の場合、そうはいかない。攻撃されると、強烈なニオイを出すからだ。
しかも、一度このニオイが手や布につくと、簡単には取れない。
一度、捨てる草履を使って、一匹一匹叩き潰したことがあるが・・・。
ベランダにただよう、彼等の残り香は、3日は消えなかった。
この事件を、私はこう呼んでいる。
「試合に勝って、勝負に負けた事件」
カメムシには勝てないのである。
-----
--------
TITLE: 写真
BASENAME: 2032699
DATE: 11/08/2005 15:31:43
-----
BODY:
来年は戌年ということで、年賀状の題材に愛犬(というほど良いものではないが)の写真を使おうと思い、写真撮影を試みた。
「びーこ」という名前が示すように、我が家の犬はビーグルの血が少し混じっているため、耳が大きい。しかも垂れてない。色は総じて黒。
三角形の大きな耳をピンと立てた黒い犬が、大きな口を開けている姿を想像していただきたい。
かなり、怖い。
写真も、かなりの枚数を撮影しないと、閲覧に堪えるものは出来ないのだ。
横顔は、割合とりりしく賢そうに見えるのだが、私が近づくと、絶対にこちらを見詰めてくる。
ふと眼を逸らした瞬間にシャッターを押しても、すぐにこちらを向きなおすので、ブレる。
仕方がないので、口を閉じている瞬間を狙うが、油断すると、すぐ舌を出して、笑う・・・本人は多分笑ってるつもりなんだと思うが、見た目は、かなり怖い。
インドネシアの魔女・バロンと似ている。
やっと可愛く見えないこともない写真が撮影できたが、今度は、それを加工しなくてはならない。
ペイントソフトの機能をちゃんと把握してないため、四苦八苦して出来たのが、これ。
今年の年賀状、今の時点で既に・・・力尽きた・・・。
-----
--------
TITLE: 風邪
BASENAME: 2035354
DATE: 11/09/2005 12:59:21
-----
BODY:
天気予報では、今朝の気温はぐっと下がるということだったが、確かに、起きたとき、かなり寒く感じた。
旦那を送り出して、いつものように簡単な体操と、掃除をする。
・・・なんか、体が重い・・・ような気がする。
買い物へ出かける。
節々が痛い・・・ような気がする。
晩ご飯の下拵えをして、昼ごはんを食べる。
苦い。
これはもしかして・・・。
熱を測ってみると、37度7分。
平熱は36度だから、結構熱があるようだ。
でも、そんなにしんどいかぁ???
歳をとると、しんどさに鈍感になると聞いたことがあるが、ここまでとは(T_T)
ということで、寝ます。
-----
--------
TITLE: 呼称
BASENAME: 2038661
DATE: 11/10/2005 13:44:40
-----
BODY:
「配偶者が体を壊し」
というメールを頂いて、なんと返事をしたものか、迷った。
「家内が~」とあれば、「奥様のお体を大切になさってください」と返せるのだが、「配偶者が~」となると、「配偶者様の~」と返事をするのもなんだか変だし、「奥様の~」でもまずいような気がする。
というのも、「奥様」「家内」という言葉が、差別的呼称である、という考え方があるからだ。
「女は家を守ってればいいんだ」
という言い方があることや、対する男性配偶者の呼称が「主人」「旦那様」という言葉であることに対する相対的イメージから、差別的呼称と考えられるのかもしれない。
そもそもは、もしかして、「奥の間にいてもらうべき大切な人」という意味だったかもしれない・・・とも思うのだが、その言葉を不快に思う人に対して、わざわざ不快な言葉を使うこともないと思う。
余談だが、ドイツ語の教授が、
「『妻』というのは、刺身のつまのことなんだ。だから、僕は配偶者のことを、『ワイフ』と呼ぶのさ、ベイビィ」
と、ちびまる子ちゃんに出てくる花輪くんのようなことをおっしゃっていたのを思い出す。
しかし、万葉集などで、女性が恋人に「わがつま」と呼びかけているものを見かけるので、「刺身のつま=妻」説は、どうも信憑性に欠けると思う。
ドイツ語の教授がなんで英語を使うのか、と今になって思うが、当時は、全く気付かなかった(^^ゞ
で、なんと返信したかというと、悩んだ末に、
「ご家族ともどもご自愛ください」
と、なんだか変な文章で返してしまった・・・。う~む。
私は、旦那のことを、「旦那」と呼称する。
現実に、私は、旦那に自分の命の半分くらいを預けている。
旦那がいなければ、登れない山は多い。
旦那の腕に支えられてなんとかかんとか山道を制覇できた時などは、
「旦那様、ありがとうごぜぇますだぁ」
という気持になるから、旦那を旦那と呼ぶことには、全く抵抗はない。
ちなみに、私は旦那にとって「お神さん」である。
「旦那」と「お神さん」。
どちらが「偉い」かは、説明するまでもない。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/10/2005 23:15:37
言葉ってむずかしいですよね。ソコマデコダワランデモ!と思いますが、こだわる人がいる以上は気をつけていかなければならないんでしょうね。正直いってああしんど、と思います。
のりちゃんの旦那さん、きっととても素敵な方なんだろうな。命の半分を預けられる人がいるなんて、かなり羨ましいですよ。
でも結のところでは大いに笑わせてもらいました。
風邪早く治してくださいね(^^)
-----
COMMENT:
DATE: 11/11/2005 07:25:43
本当に言葉って難しいですよね。
私は割りとすぐ失言しちゃうので(~_~)
気付いた時くらいは気をつけようと思ってるんです。
でも、気を使いすぎて失敗するんですけど・・・たはははは・・・。
うちの旦那は、ぼ~よ~とした人ですが、体力的にはかなり優れてて、頼りにしてます(^^ゞ
えへへ。
-----
--------
TITLE: 正倉院展
BASENAME: 2042109
DATE: 11/11/2005 18:43:50
-----
BODY:
美術展などは、誰と一緒に行くかによって、感動が全く違ったりする。
パートナー選びは、結構大事な問題だ。
私は基本的には一人で出かけるのが好きなのだが、こと、美術・芸術に関しては、自分の審美眼に自信がなく、感想を確かめ合う相手が欲しくなる。
しかし、相手がむやみやたらと感動すると、自分はなんだか冷めてしまう・・・というへそ曲がりな私は、あまりの感動屋さんは困る。
今回は、いつもよく一緒に出かける友人達は、既に鑑賞済み。
人ごみが大嫌いな旦那は、最初から、頭数に入っていない。
ということで、半年以上顔を見ていなかった、8歳年下の友人を誘ってみた。
彼は休みが不定期なので、平日でも付き合ってくれるのがありがたい。
さて、今年の正倉院展の目玉は、聖武天皇が使用したという、碁盤と碁石だ。
碁盤には、亀とスッポンの意匠が組み込まれていて、面白い。
「どっちが亀で、どっちがスッポン?どっちも亀やんなぁ?」
「亀とスッポンは全く違うでしょう」
「どう違うん?」
「スッポンは甲羅が柔らかいんですよ」
「ということは、スッポンは甲羅の柔らかい亀と違うん?」
「違うでしょう」
「違わへんやろう?」
そんな会話を交わしているうちに、人並みに押されて、碁盤と碁石の展示場から離れてしまった・・・。
青や赤に彩色された碁石はとても可愛らしかったのだが、あまりゆっくり見ることは出来なかった。残念。
第二展示室は、最初に巻物などが置いてある。
・・・何が書いてあるか、さっぱり読めない(T_T)
友人は、ちらりと見て、諦め顔をしている。
そそくさと次の展示場に向う。
袱紗絵という、お面が展示してある。
正直、私でも書けるんじゃないか、というような挿絵が入っている。
「ピカソってね」
友人が声をかけてきた。
「後年の作品に、『牛』っていうのがあるんですよ」
「知ってる。自転車のサドルやろ?」
「そうそう。もう、その頃には、何を書いても、何をやっても作品と認められたんですよね。どんな落書きでも」
・・・・・・・・。
わかる。友人が、どういう発想でそういうことを言い出したか、私にもよ~ぉくわかるのだ。
「あ、これは、欲しい!」
友人がそう言ったのは、「如意」。つまり、孫の手である。
色とりどりの彩色がしてあり、華やか。多分、装飾品で、実用品ではないのだろう。
使用形跡もない。
「でも、ダイソーにもありそうなデザインですよね」
・・・そういわれてみれば、そういう気がしてくる・・・。
正倉院展。
毎年楽しみにしている人も多いと聞く。
遠方からわざわざいらっしゃる方も多いらしい。
が、私が一番印象に残ったのは、「ピカソの牛」だった。
かように、誰と一緒に行くか、は、大問題なのである。
友人とは、久し振りに会いたかったから、いいんだけどね(^^ゞ
-----
--------
TITLE: ご縁
BASENAME: 2045376
DATE: 11/12/2005 21:23:12
-----
BODY:
百合ノ神社を訪ねた。
この神社は、空海を高野山に案内した狩場明神が、百合に姿を変えた・・・という伝承が残るお社だ。
ただ、資料などから、住所はわかるのだが、その付近の細かい地図がない。
とりあえず、あたりをつけて、車でその付近まで行ってみる。
鳥居が見えた。高台にあり、見晴らしのよい場所だ。
しかし、扁額にあるのは、「丹生・狩場神社」という文字。
「百合」の字はない。
「百合」は、狩場明神が姿を変えたものだから、もしかしたら、百合ノ神社に丹生津姫命と狩場明神を勧請したのだろうか・・・。
そう思って見ると、社殿二つの間に小さい祠が鎮座している。
これが百合を祀ったお社?
そういう気もしてくる。
しかも狛犬さんが、やたらとホンモノの犬っぽい。
普通の狛犬は、「犬」という名称ながらも、犬というよりも獅子っぽいものなのだ。
実は、狩場明神は、二匹の犬を連れていたとされる。
・・・この狛犬は、その二匹の犬?
そんな納得もされてしまう。
それに、見渡す限りでは、それらしき森や建物は、この神社以外に見えない。
・・・う~~~ん・・・・・・。
悩んでいると、坂の下からトラックが登ってきた。
この山の上にある社に来るまでに、トラックのエンジンは、それなりの回転数に安定していることだろう。
ここで一度ブレーキをかけることが、トラックの燃費に与える損失は、想像に余りある・・・が、しかし・・・。
「すいませ~ん」
トラックの運転手さんは、穏やかに停まってくださった。
「このあたりに、百合ノ神社という神社はありませんか?」
「・・・聞いたことないなぁ。どんな字?」
「百合は、お花の百合です」
「見たことも聞いたこともないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
やっぱり、この神社が百合ノ神社なのだろう。
納得して、帰ろうとすると・・・トラックが急スピードで、しかも、バックで戻ってきた。
「あったあった、あった!」
運転手さんが、手招きしてくださる。
「あそこらへん、ここから200メートルほどのところ。左側」
「ありがとうございます」
旦那は車を取りに戻ったが、私はその間も惜しいので、徒歩で登って行く。
150メートルほどのところで前方にトラックが停まっている。
運転手さんが窓から手を出して、指で指し示す先に・・・。
あった!
木で繁って見えづらいが、「百合ノ社」と書かれた鳥居、そして、こじんまりとした祠。
日本酒が供えてある。
おじぎをすると、トラックの運転手さんは、手を振って、発進。
そのまま、見えなくなった。
親切な人だ・・・ありがとうございます
不思議なもので、何かを探している時は、必ず誰かが案内してくださる。
それが、「神慮」と呼ばれるものなのかもしれない。
百合ノ社は、少し盛り上がって、古墳と思えないこともない、小さな丘の上に鎮座していた。
そして、その前に、夏ごろには可愛らしい花を咲かせていたに違いない笹百合の種坊主が揺れていた。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
URL: http://www.h2.dion.ne ~hiru/
DATE: 11/12/2005 22:29:59
見知らぬ人との出会いがあると旅の醍醐味が増しますよね。
「神慮」か、いいなぁ。
今日はいいお話聞かせていただきました。
-----
COMMENT:
DATE: 11/13/2005 00:34:29
「神慮」なんて書いちゃうと、私が参拝できたのは、「神様の意志」なんて意味に聞こえちゃうといけないんですが、
そういう意味じゃなく、つまり、神様は、人間の一人一人をご覧になって、心配してくださってるんじゃないかな、と感じたんです。
それくらい、すごい嬉しいタイミングで今日はいろんなことが起こりました。
ほんと、いろいろな人の親切で、自分の生活が成り立ってるな~、なんて思いました。
そう思えると、嬉しいですよね(#^.^#)
毎日、そう思える出来事に遭遇できますように。
ひるさんにも同じように嬉しい遭遇がありますように(~_~)
-----
--------
TITLE: 図書館
BASENAME: 2047275
DATE: 11/13/2005 15:38:29
-----
BODY:
私達夫婦は、3週間に一度、府立図書館に通っている。
なぜ3週間に一度かというと、つまり、3週間が貸し出し期間なわけ。
府立図書館は、検索システムが充実しているのが嬉しい。
例えば、「和泉式部」をキーワードに検索すると、彼女について説明された本などが一覧になってはじき出される。
本屋でやみくもに本をめくっていても、思う本が見つかる確率は低いが、図書館ならば、ボタン操作で見つけることができる。
しかも、蔵書の量は、都会の大型図書館でも太刀打ちできるモノではない。
そんなわけで、私達は図書館へ通う。
そして、本を借りて、読む。
私の脳みそには、既にかなりの知識を入れたはずなんだが、問題は、私の頭の検索システムが、図書館のそれと比べると、格段に劣ること・・・というより、興味を持ったことしか覚えていないことだろう。
そして、もっと問題なのは、新しいことを覚える速度よりも、古いことを忘れる速度の方がずば抜けて速いことだ。
記憶の消去は別に良いのだ。
ただ、記憶から消去する対象を自分で選びたいと思う。
忘れちゃいけないことは、どんどん忘れていくのに、
忘れてしまいたいっ!
と切に願っていることは、いつまで経っても忘れることができず、時として、
「ぐひぇえええええええ」
と身もだえすることになるんだから、もう、タチが悪いんである。
図書館ならどの蔵書を残し、どの蔵書は廃棄するか選べるというのに。
脳みそというのは、都合よく出来てないもんだと思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: mind
URL: http://www5f.biglobe.ne ~dayfornight/
DATE: 11/13/2005 22:59:24
お久ぶりッス。
水面に映った月影に興味ある?
-----
COMMENT:
DATE: 11/14/2005 00:07:34
どっちかっつぅと、紙の月に興味ありますね。
満月って、なんであんなにのっぺりして見えるんでしょ。
まるで、紙で作った月のように。
満月って、人を狂わせるというよりは、喰ってかかってくる・・・という気がしてなりません。
ということで、リンクさせてくださいね。
バナー、勝手に作ってよかですか?
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
URL: http://yukarihiru.exblog
DATE: 11/14/2005 00:25:33
最近は何も覚えられないです。無理に頭に詰め込むと混乱を招きます。だからメモ帳を持ち歩いています、、、なさけない。
でも府立図書館が中ノ島図書館より凄いってことは覚えてます。これは10年程前に友人から聞いたので、10年間忘れなかったことになりますね、わはは。
私のブログ“柳生の里2(天乃石立神社)”のところにのりちゃんサイトへのリンクをはらせて頂きました。フレームを使用してらっしゃるのでどうしようかと思いましたが、各ページにトップへのリンクが貼られているのでこれでいいかなと。
事後報告になりますがよろしくお願いします。不都合がありましたらおっしゃってください。
-----
COMMENT:
AUTHOR: mind
DATE: 11/14/2005 07:59:51
おはよう。
> ということで、リンクさせてくださいね。バナー、勝手に作ってよかですか
うちの方も、なるたけ早くリンクするからよろしくお願いします。
> どっちかっつぅと、紙の月に・・・
「紙の月」はマニアックな映画史の話を予定中。たぶん、アップしても誰も読まないでしょう。
下のほうの、「cafe bernadette lafont」と言うボタンから掲示板に入れるよ。
-----
COMMENT:
DATE: 11/14/2005 08:05:27
図書館ではビデオも借りれるんで、ツタヤの会員やめました(笑)
リンクありがとうございます。
ブログの存在に気付かなかったうっかりものですσ(^^;)
これからも、いろいろな情報交換お願いします
-----
COMMENT:
DATE: 11/14/2005 08:10:12
掲示板もあるんですね。
今から掃除を始めるので、また夕方にでもゆっくり拝見します。
こっちこそ、どうぞよろしくお願いします!
-----
COMMENT:
DATE: 11/14/2005 08:20:46
なんか誰あてのレスかわかりづらくなってしまった(^^ゞ
下がひるさんあて。
上がmindさんあてです。
で、この機会に、ひるさんのサイトにリンク貼らせていただきました。
ご確認お願いします
mindさんのサイトへのリンクは
http://www.norichan link/linkkodai.htm
ひるさんのサイトへのリンクは、
http://www.norichan link/linkfriend.htm
からです
-----
--------
TITLE: 衣替え
BASENAME: 2050194
DATE: 11/14/2005 14:32:35
-----
BODY:
いつ、衣替えをするか、は、難しい問題である。
涼しくなった~・・・と思って半そでをしまった途端、暑さがぶり返したりするからだ。
特に、私は、汗かきだ。
しかも、動くのが嫌いじゃない。
ということで、下手に厚着をすると、だくだくと汗をかき、それが冷えると却って寒い。
そして、風邪をひく、というハメになるので、
私の場合、春の衣替えは早く、秋の衣替えは遅い、という傾向にある。
今年の秋は、先週金曜日まで、半そでだった。
今日、買い物に出かけた時、途中で、三人のご近所さんと出会った。
そして、全員に、
「やっと長袖になったなぁ」
と、指摘された。
「見られてるもんだな」
と気付く瞬間・・・。
見られてないと思って、恥ずかしい行動をしていなかったか、と、違う意味で汗を掻いてしまった(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: mind
DATE: 11/14/2005 23:55:31
リンク、ありがとう。バナーもどうもです。
今日、気づいたけど、自分のパソコン意外のブラウザから見ると、ムチャクチャに表示されるみたい。もしも、読んでたらかなり読みずらかったでしょう。悪かったッス。しばらく調整してから、またこっちからのリンクをお願いにきますね。
-----
COMMENT:
DATE: 11/15/2005 06:41:15
私はネスケですが、背景色が緑で、文字が黒なので、ちょっと文字が判別しづらかったかも。
いろいろ調整してみてくだせ~。
-----
--------
TITLE: 旬野菜の謎
BASENAME: 2052860
DATE: 11/15/2005 12:08:58
-----
BODY:
私は、旬の野菜をよく使う。
栄養価が高く、味が良く、そして、何より安いのが魅力だ。
私は、野菜は多くの場合、八百屋で買うのだが、例えば夏場など、バケツ一杯の茄子が100円で売られていたりする。
麻婆茄子をして、焼き茄子をして、煮びたしにして、茄子揚げにして、餡かけにして・・・と、1週間ほど楽しめて、100円。
ものすごくお得。
今は、小松菜やほうれん草が旬・・・もちろん、これらの菜は、一年中育つのだけれど、夏場は虫害がひどくて、無農薬で育てるのは、ほぼ、不可能なんである。
八百屋では、三束150円程度で売られている。
バターソテーにして、おひたしにして、サラダにして、3日間のおかずになる。
お得だ。
さて、秋といえば、「きのこ」のシーズンだと思う。
きのこは、八百屋じゃなく、スーパーで買うのだけど、しいたけにしても、しめじにしても、エリンギにしても、舞茸にしても、旬の秋が一番高い。なぜか。
夏場は、しめじ二株100円程度で買えるのだが、今は、一株120円もする。
旬なはずなのに、なぜ?
現在、一番の謎である。
-----
--------
TITLE: 結婚披露宴
BASENAME: 2055591
DATE: 11/16/2005 12:04:44
-----
BODY:
「結婚式・披露宴 1997.6.7」
と書かれた一本のビデオがある。
早い話しが、私と旦那の結婚式と披露宴の記録である。
お察しの通り、昨日の、黒田さん・紀宮さんの結婚披露宴報道に触発されて、出してきたのだ。
ああいう、穏やかで、品の良い結婚披露宴を見ると、「結婚式というのも、いいなぁ」と思う。
しかし、私達の結婚式は、参列者に、
「面白い結婚式だった」
「楽しかった」
といわれるようなものだった。
花嫁がお色直しをして帰ってきたら、宴場は、カラオケ大会になっていたのだ。
私は、式場の係りのお姉さんに、
「あなたほど印象的な花嫁さんは、初めてです」
と言われた。
つまり、ぶっちゃけて言えば、ガツガツと料理を食べ、注がれた酒はすべてその場で飲み乾すような花嫁は、滅多にいない、ということだろう。
和装での式だったため、正直、かなり縛り上げられていた。
しかも、カツラが重くて痛い。
一般的な花嫁さんは、これだけで息苦しくなり、しかも緊張するあまり、ほとんど食事には手をつけないんだそうだ。
ましてや、酒はほとんど飲まないんだそうだ。
が、私は、親族でも有名な呑んべぇである。
一般的に、酔っ払ったおっちゃんに常識は通じないもんであるが、まさにその通り。
いい気分になった、私の親族のおっちゃんが、
「あんたが酒呑まないなんてことはないやろう」
とお酌に来てくださるわけで、私としても、注がれたお酒を呑まないほど、無粋な(?)人間ではないし~・・・ということで、多分、ビール3杯、日本酒4合ほどは呑んだ、と思う。
勿論、出てきた料理は、全部平らげた。
式の間、私の母は、何度も花嫁の席に来た。
「あんまり呑んだらあかん」
「ガツガツ食べるんじゃありません」
「大口開けて食べるんじゃないの」
「杯を一気に開けてどうすんの。可愛く呑みなさい。花嫁なんだから」
宴の最後に、「花束贈呈」というセレモニーがあったが、母は、心から、「ホッ」とした表情をしていた。
「やっと終わった~~~」
という安堵感と疲労が、体全体からにじみ出ていた。
(ちなみに、私は、着物の締め付けに疲れることもなく、酒に酔うこともなく、ピンシャンしていた)
昨日の報道で、美智子皇后は、少し寂しそうにも見受けられた。
しかし、同時に、本当に晴れ晴れと嬉しそうな表情を浮かべておられた。
そういう、母としての醍醐味を、私の母は、結局味わうことが出来なかったろうと思う。
今、そのことを、「大変申し訳なかったな」と、思うに至ったのである。
反省。
-----
--------
TITLE: ポケモン
BASENAME: 2058523
DATE: 11/17/2005 12:38:27
-----
BODY:
新作ソフトが出た。
「不思議のダンジョン」
というタイトルで、どうやら、今まであったダンジョンモノの新作ということにもなるらしい。
これは、自分がポケモンになってしまったところから物語が始まるらしい。
どんなポケモンになるかはよく知らないが、とにかく、ピカチュウになる可能性もあるらしい。
何を隠そう、私は、ピカチュウのグラフィクを見るためだけにゲームをしていると言っても過言ではない。
正直、ゲームする時間があれば、本を読むか、山でも登りに行きたいタチなのだが、ポケモンだけは別。
ピカチュウがいるからだ。
ピカチュウは、私が昔飼っていたハムスター、ももちゃんにそっくりなのだ。
いや、誰がなんと言おうとそっくりなのだ!!!
さて、ゲームである。
最初に簡単な心理テストのようなものがあり、その結果により、自分がどのポケモンになるかが決まるらしい。
テストの内容は、
「いきなりやる気がなくなることがあるか?」
「暗闇に閉じ込められたらどうするか?」
という、何が知りたいのかよくわからない内容だが、とりあえず、答える。
さて、私は、どのポケモンになって物語が始まるのか???
・・・ピカチュウだ!!!
うゎああああい、うわぁあああい。
ピカチュウだ、ピカチュウだぁ!!
嬉しいよ~、嬉しいよ~。
わ~いわ~い、らりっほ~、ひゃっほ~。んぼっぽほ~。
ぴぴぶっぽ~。
らりらっら~ん。
・・・すいません、今日はオチも何もありません
-----
--------
TITLE: 愛情と嫉妬
BASENAME: 2061574
DATE: 11/18/2005 12:30:32
-----
BODY:
愛しているからこそ嫉妬をするのだろうが、
谷崎潤一郎の小田原事件を見るに、また、岡本一平氏のかのこ夫人に対する態度を見るに、愛情の深さと嫉妬の強さは必ずしも比例するものではないらしい。
いや、反比例するのかもしれない。
小田原事件というのは、有名な話なので、ご存知の方も多いと思うが、谷崎潤一郎と千代夫人、そして佐藤春夫の間に起きた、痴情入り組んだ事件だ。
そもそも、谷崎は、その随分以前から、千代夫人の妹と恋仲になっていて、寂しい千代夫人に恋心を抱いたのが佐藤春夫だった。
そうならば、話しは簡単。
谷崎は千代夫人の妹と、佐藤は千代夫人とそれぞれやり直せば良い、ということなんだが、土壇場になって、谷崎が翻意。
谷崎が千代夫人に対して、「冷たい」だの「ひどい人だ」などとなじった・・・という話しを聞いたことがあるんだが、記念館に行けば残っているだろうか?
また、岡本一平氏は、かのこを掌中の玉のように溺愛していたが、しかし、かのこの「浮気」を黙認してもいた。
それは、一平が、若い頃の浮気でかのこを苦しめたことに対する反省もあるのだろうと思うが、かのこの晩年の手記を見ると、二人の間に、ほっこりとした情愛が存在することは間違いないように思う。
なぜこんなことを言い出したかというと、うちの文鳥のチュッチュなんである。
おしどりに限らず、鳥というのは、夫婦仲睦まじい。
ベランダに遊びに来るスズメも、大概ペアである。
しかし、チュッチュは一羽飼いで、お相手がいない。
そんな理由からか、子供の頃から、私の手でご飯を食べていた彼女は、私を「夫」と思っているらしい。
しかし、私よりも旦那の方が好きで、旦那の手の中でちんまりしている時に、私が手を出すと、激しく鳴いて、抗議する。
そのくせ、私が他のものに熱中していると、脳天に突き刺さるような声で怒って、つつくのだ。
・・・というわけで、昨日からゲームに熱中している私は、チュッチュのくちばしで、首やら指やらをつつかれて、えらい目にあっているのである。
・・・嫉妬するのと同じくらいの深さで、好きでいてくれるんなら、まだ救いがあるのだけれどねぇ・・・。
ねぇ、チュッチュや?
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/20/2005 00:12:24
神戸芦屋の谷崎潤一郎記念館に行ったことがあります。別にたいした目的もなく訪れたのですが、展示されている資料をずらずらと読んでいるとまるで作家の女性遍歴を辿っているような気分になりました。彼は一生涯に何人の女性と?と思い「いち、に、さん、、、」と資料を再び読み返しに戻った記憶があります。
別室に高価なソファが展示してあったのもたぶんここの記念館だったんじゃないかな。たしか、誰かさん(女性)にこのソファに座ってもらうために購入したとかなんとかって、そんな女性宛の手紙文が残ってました。
こじんまりした小さい記念館です。空いているのでロビーの椅子に座って中庭を眺めながらほげーとできます。
-----
COMMENT:
DATE: 11/20/2005 07:07:49
それで、両手の指で足りましたか(笑)?>女性の数
写真を見ると、決してハンサムじゃないと思うんだけれど、モテたみたいですよね。
岡本かのこも、彼に恋したとかなんとか。
恋文も素敵な文章だったんでしょうね。
記念館、一度訪ねてみます(#^.^#)
-----
--------
TITLE: アート
BASENAME: 2064299
DATE: 11/19/2005 12:33:53
-----
BODY:
私は芸術音痴である。
ゴッホ展に行った時は、
「デッサン狂ってる!!」
と叫んで、連れに殴られた。
高校時代の恩師に連れられてムンク展に行った時は、同じテーマの習作(ほぼ同じ図柄)ばかりが続くので、
「いや~、タヌキに化かされて、同じ通路をぐるぐるしてるんじゃないかと心配になりましたよ~」
と感想を述べて、親切な恩師を悲しませてしまった。
かくもかように芸術音痴な私であるが、
「最先端アート志向の演劇的コラボレーション集団」
の舞台を見てきた。
私にライティングの仕事をくださっている方が主催する劇団の舞台なのだ。
仕事をくださってる方・・・としか表現しようがないのだが、長くなるので、「仕事主さん」と呼ぶが、彼は・・・(ここを見てないと思うから書くが)・・・ノリで生きてるんではないか?と思わせる軽やかさを持ち、とても話しが早い。
そういう人がどんな作品を作るか、と興味があったのだ。
仕事柄、取材と言うことで、他の集団のパフォーマンスを見ることがあるが、彼は横であくびをしてたりする。
そういうある種尊大な人が、どういうものを作るかに興味があった。
前売り券を頼んだ時も、
「ご期待ください」
といわれた。
そういう自信満々な人が、何をどんな風に表現するか、見てみたかった。
寺山修二の「映像実験室」を見て、
「全くわからなかった」
と言った私に、簡潔に、多分的確に、その映像の意図を説明してくださった。
そんな「理知的」な人が作る「アート」ならば、私にも、その良さがわかるんじゃないか、と思ったのだ。
仕事柄、私は、彼に一目置いておきたいと思っている。
尊敬できない人に、自分の仕事を監修されるのは、堪らんもんだ。
ということで、ある種、賭けでもあったのだが、
「ま、良くなくても、それは私が芸術音痴だからということにしとこう」
と、出かけてみた。
正直、それが何を表現しているかは、良く分かりませんでした。
ただ、一人、すんごいうまい女優さんがおられるな~と、彼女ばっかりを見てたら、いつの間にか舞台が暗くなっていた。
あっという間に時間が経ったという意味で、私は舞台に引き込まれてたんだろうが、全体として、ストーリーや主旨は全くよくわからなかった。
だが、終わったあと、仕事主さんに挨拶に行ったら、
「ども~っ」
とだけ言われた。
「よかった?」とか、「どうだった?」なんて聞くそぶりもない。
ただ、
「んども~~っ!」
なのである。
それを見て、なぜか、
「あぁ、すごい舞台だったな」
なんていう感想が湧いてきた。
人間、ノリとハッタリはすごく大事だ・・・と思った・・・ことは、仕事主さんには内緒にしとこう・・・。
-----
--------
TITLE: 町内行事
BASENAME: 2067494
DATE: 11/20/2005 16:51:30
-----
BODY:
うちは田舎である。
いまだに、かつての大地主数人が、幅を利かせていて、彼らの間で、区長の座を取り合っているような田舎だ。
そんな土地柄だからか、町内行事は多い。
主要な行事だけでも、町内運動会(いっちょ前に、フェスティバルと呼ばれる)、盆踊り、秋祭り、とんど。
屋台も、10店舗くらい出る。
すべて、町内の主催だから、味はあんましよくない、けど、安い。
で、今日は町内のどぶ掃除だった。
どぶ掃除ったって、もう下水は完備されてるので、大したことはしない、側溝を箒で掃いて、水を流すくらいなのだが、町内の奥さん方が一斉に参集することになるので、掃除が終わったあとも、井戸端会議に花が咲く。
私は、基本的に、井戸端会議が得意ではないのだけれど、別に、
「すっごくいや!」
というわけでもないので、その場になんとなく加わって、話しを聞いている。
今年の話題は・・・。
なんと、韓流スターだった!!
実は私、韓流ブームって、マスコミが勝手に騒いでいるだけだと思ってました。
身近な友人では、それほど夢中になってる人いないし。
本当に、韓流ドラマとかスターって、ブームだったんですね(^^ゞ
いや~、やはり、たまには、近所の奥さんとじっくりゆっくり話しをしてみるもんである。
ひっじょ~に、勉強になりました。
-----
--------
TITLE: ダイエット
BASENAME: 2070062
DATE: 11/21/2005 12:13:22
-----
BODY:
ジーンズがきつい・・・と、体重に乗ってみたら、2キロもオーバーしている。
食欲の秋の総決算なんだろうが、ちょとやばい。
食事の量をチェックせねば。
私は、8年ほど前、半年で20キロのダイエットをしたことがある。
と言っても、その前に、半年で20キロ太ったから、元に戻したのだが(というわけで、私の太ももには肉割れがある、とほほ)、今でも、身長155センチに、体重48キロと、決して細身ではないというのに、最太時は、 んもうぶっくぶくだった。
旦那と結婚して、旦那にあわせて食べてたら、一日3000~4000キロカロリーも摂取してたんで、太るのは当然だが、その分、食事の量を人並みに制限して、少し運動すれば、見るみる痩せた。
最初の頃は、一日1キロ痩せるのは簡単だった。
10キロの米袋を2つ持って体操したり歩いたりすることを考えたら、そりゃ痩せるよな・・・と思う。
今は一応標準体重というやつなもんで、多少運動したくらいでは痩せなくなってしまったので、地道に食事の量を減らすしかない。
がんばります。
-----
--------
TITLE: 夢
BASENAME: 2072988
DATE: 11/22/2005 12:46:46
-----
BODY:
「人が夢を見る」と書いて、「儚い(はかない)」と読む。
「平安時代の人々は、誰かが夢に出てくるのは、その人が自分を偲ってくれているからだと考えていました。だから、恋人が夢に出てこなくなると、『心変わりをしたのだ』と考えたのです。そんなことから、『人の夢』を『はかない』と感じたのでしょう」
というような説明を読んだことがある。
確かに、恋愛中は・・・、特に片思いの最中などは、思う人が夢に出てきただけで嬉しかったりすることもあるから、こういう解釈もなるほど、と思う。
しかし、私はどっちかというと、夢の記憶が「儚い」のではないかと思っている。
良い夢を見て、その余韻に浸りたいのに、生活が始まると、その余韻は「儚く」消える。
自慢ではないが、私は夢の中で、ご馳走を味わうことが出来る。
脳は味を再現するのが下手糞らしい。
ご馳走を目の前に、「さぁ食べよう」と手を伸ばした瞬間目が覚めることが多いのは、脳が拒否するからなのだそうだ。
ところが、私の場合、脳まで食い意地が張っているらしく、ちゃんと食べものの味を再現してくれる。
昨日、ダイエットを宣言したせいか、今朝は、ステーキ・中華料理・会席料理が食卓の上に並んでいる夢を見た。
ステーキは肉汁たっぷりでうまいし、会席料理も手が込んでてうまい・・・というのに、ベランダに遊びに来た雀に起こされた。
急いで続きを見ようと思ったのに、私が目を覚ました気配に、文鳥のチュッチュまで起きてきて騒ぐので、もう眠れない。
余韻に浸ろうにも、鳥たちの騒ぎ声で脳はどんどん現実に引き戻されていく。
全く、夢とは儚いもんなのだ。
余談だが、OL時代、後輩男性の結婚祝いの宴会の時、幸せ一杯の彼に向かい、
「あんな~、人が夢を見ると書いて、儚いって読むねんで~」
と言ったことがある(なんちゅういけずぅな先輩や)。
言われた本人は、それでもえへらえへら嬉しそうにしていたのだが、それを聞いて、涙を流すほど大爆笑した後輩がいた。
彼は、夫婦仲が良いことで有名だったもんで、
「い・・・・・いろいろ・・・・・あるんか・・・・・な???」
と、戸惑った覚えがある。
全く、人の夢は儚いんである。
-----
--------
TITLE: 新嘗祭
BASENAME: 2076525
DATE: 11/23/2005 18:53:46
-----
BODY:
今日は全国的に、「新嘗祭」が行われているようだ。
私は、葛城にある神社の新嘗祭に参列してきた。
新嘗祭とは、実りに感謝するお祭。
神前に、たくさんの収穫物が並べられ、感謝の祝詞が奏上される。
たくさんの収穫物の中で筆頭に並べられるのが、やはり稲穂だ。
なにしろ、「日本の主食」なのだから。
「主食」とは、字の通り、「主」に「食べられる」ものを指すと考えていいだろう。
日本の場合、それは米だ。
パン食の国ならば、「麦」だろう。
パスタの国でも、「麦」。
トウモロコシが主食の国もある。
すべての主食の共通点は、「炭水化物」が多く含まれるということじゃないだろうか。
人間が生きていくのには諸々の栄養素が必要だが、エネルギー源として、炭水化物が一番効率が良いということだろう。
脳みそは、炭水化物・・・というよりブドウ糖しか栄養にできないとも聞く。
しかも、米も麦もトウモロコシも保存がしやすい。
保存がしやすいものが、人間にとって一番効率よい栄養となるなんて、なんてうまくできてるんだろう。
そう思う。
やはり、神様はいるんだ!・・・とも思う。
・・・が、逆に言えば、人間は、保存がきく食べものを効率よく栄養に出来る体に進化してきた・・・のかもしれない。
動物は酸素を燃やしてエネルギーにする。
しかし、活性酸素の例を出すまでもなく、酸素って、燃え易いし、危険なもんでもあるんである。
つまり、動物は、「厄介者」の「酸素」を有効利用出来る体で登場した。
もし、植物だけの地球ならば、酸素だけが地上に溢れて、すべての植物は死に絶えてしまっていたかもしれない。
それが、動物が生れて、二酸化炭素と酸素が循環するようになった。
これが、神のご意志なのだとしたら、やっぱり、「人間は地球のガン」なんて考え方はちょっとおかしいように思う。
人間が今やってることは、人間の目から見れば、「破壊活動」としか見えないかもしれないけれど、神の目から見れば、何か有効なことをしてるのかもしれない。
・・・祭りの間中、そんなことを考えていた。
-----
PING:
TITLE: 勤労感謝の日・新嘗祭
URL: http://jimu.cocolog-nifty.com/gaku/2005/11/post_f191.html
IP:
BLOG NAME: ガク爺の一日
DATE: 11/23/2005 20:57:03
今日は,「勤労感謝の日」です。 紅葉の綺麗な時期を迎え,紅葉狩りに出かけた方
-----
--------
TITLE: お出掛け食
BASENAME: 2078397
DATE: 11/24/2005 12:33:09
-----
BODY:
私は一応、主婦だ。
ライターの仕事もやってはいるが、合間に家事をする余裕が十分にある程度の仕事量で、1週間の「主婦業」と「執筆業」の総仕事時間を比べたら、主婦仕事の方が、5倍くらいかかっている。
ということで、「副業」は、主婦業をサボる口実にはならない。
サボったところで、旦那は文句を言わないような気がするが、一度怠け癖がつくと、どんどんダラけてしまうので、自分で、怠けないように自制している。
が、私は、ふら~っと出かけることが好きな性分だ。
旦那も、私が昼間何をしようが、口出ししない・・・口出ししないんじゃなくて、積極的に、地図をプリントアウトしてくれたり、便利な経路を調べてくれたりする。
問題は、ゆっくり散策していると、帰ってきてから、夕食の仕度をする時間的余裕がないことだ。
だから、遠くへお出掛けする日は、朝に、もしくは前日に夕食の用意をしておく。
いきおい、レパートリーは限られてくる。
カレー、おでん、八宝菜、豚汁。
そんなところだ。
「今晩はカレー」
というと、旦那は嬉しそうな顔をする。
「おでん」
でも、まぁまぁ嬉しそうな顔をするが、
「おあげたくさん入れてや」
と注文はする。
「八宝菜」
というと、表情は変わらない。
「豚汁」
というと、かすかに顔色が曇る。
顔色が曇るからといって、豚汁を作るのをやめることはないが、まぁ、自分は遊んでくるんだから、旦那が喜ぶものを作ってあげたいもんだとは思っている。
作り置きできるメニューで、ほかに何かありませんかね?
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/25/2005 01:05:10
ううむ、、、やっぱカレーとおでんですね(^^)/
-----
COMMENT:
DATE: 11/25/2005 08:16:31
やっぱりカレーとおでんですよね(~_~)
栄養のバランスもいいし、おいしいし。
カレーの具や、おでんの具に変化をつけて、工夫しようかなぁ?
-----
--------
TITLE: 晴天ナリ
BASENAME: 2081494
DATE: 11/25/2005 12:53:17
-----
BODY:
良い天気が続いていることだし、予定もないので、どっかに出かけようかと思っていた。
紅葉を見に、山の方へ行くのもよし、美術館をぶらぶらするのもよし、そう思っていた。
どこに行こうか、と、本をめくっていたんだが、どうも、ピンと来るところがない。
・・・計画倒れになる予感・・・
で、案の定、今日になったら、予定狂いっぱなし。
掃除をしてたら、普段は気にならない細かいところの汚れが目に付き、ごちゃごちゃやってたら没頭しちゃうし、
わんこの散歩に行けば、お話が長い奥さんのお話に巻き込まれちゃうし、
資料を送っていただいたので、眼を通してたら止らなくなっちゃうし、
昨日の晩、空腹に耐えかねて食べたチーズがいかんかったのか、ジーンズがめちゃキツだし(これはあんまし関係ないけど)、
さ、すべての用事が終わったぞ、という時には、もう昼を周っていた。
昼からでかけてもな~・・・と、今日は資料を読んで過ごすことにした。
結局、私の無意識は、お出掛けするのに気乗りしてなかったんだろうな。
折角いい天気なのに勿体ないんだが、ま、来週末くらいにはどっか行くつもりで、予定立てとこうと思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/26/2005 01:33:06
ああわかる、わかる。わたしもこういうのってよくありますよ。
もったいないもったいないと思ってるうちに季節は過ぎていく。来週こそは!が来年こそは!にならないうちに、お尻軽くしとかなくっちゃ(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 11/26/2005 21:58:50
なんか、普段は、
「あそこに行きたい」
「ここに行きたい」
って思ってるのに、いざ出かけようと思うと、どこに行きたかったんだか、忘れちゃうんですよね(^^ゞ
お尻軽くして、あと、メモっとかなきゃ、と思うです(~_~)
-----
--------
TITLE: 秋祭り
BASENAME: 2084891
DATE: 11/26/2005 22:00:55
-----
BODY:
今日は、近所の神社の秋祭りに行ってきた。
この神社の祭りは一風変わっている。
まず、祭りの2日前に、餅で人の形を作る。
そして、その餅は、祭りの日、神楽を受けた人に拝受されるのだ。
この人の形の餅がどういう意味を持つのかは、わからない。
が・・・、宮司さんは、「祓えの人形と同じ意味ではないか」とおっしゃっていた。
つまり・・・人の罪穢れを受けたのが、この餅なのである。
もちろん、拝授される前に、神前でその罪穢れを神に取り払っていただいているわけで、拝受した餅にはもう既に、罪穢れは残っていないはず、はずなのだが。
私は、こういう祭りには、「参加しなきゃ損」と思うタチである。
当然、神楽を受けた。
餅も拝受した。
・・・が、この餅を食べるべきか、旦那に食べてもらうべきか。
もんのすご~~~く、悩んでいる。
ただでさえ、罪穢れの多い身なんだもの。
これ以上・・・ねぇ?
この記事へのトラックバックですが↓
なんか、アダルトサイトみたいなんで、お気をつけください。
・・・とか書いてたんですが、トラックバックも消せるんですね(^^ゞ
今(2006.1.3)気付きました。たはははは~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: なべちゃん
URL: http://www.ayabun.net/
DATE: 11/28/2005 15:04:18
はじめまして
当然、家族全員で仲良く分けて食べられるべきでは。福分けです。
綾部には甘酒講と云うのがあります。
"http://www.ayabun.net/kaiho/bfor/amazake.html" 甘酒講について
食べ物に関してこのような風習は、色々あったのだとおもいます。
参考になりました。有り難うございました。
-----
COMMENT:
AUTHOR: なべちゃん
URL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/15478
DATE: 11/28/2005 15:13:33
追伸:ブログのURL入りませんでしたので・・
修験道:大峰山、女人禁制についてもジャンル作っています。
-----
COMMENT:
DATE: 11/29/2005 07:01:02
お知らせありがとうございます。
こんな「講」があるんですね。
恩智神社の祭りにつては、ケルトの「罪喰い」と似た意味ではなかったか、と考えています。
つまり、死人の罪をパンに移し、それを旅人に食わせたというのです。
旅人は、その罪を体に受け、運び、海に捨てるのだそうですが、二度とその地を訪れることは叶わなかったそうです。
恩智神社で神楽を受ける人々は、旅人であったこともあったでしょう。
その旅人に、罪を背負わせた「ぶと」を食べさせ、遠くに運ばせる・・・。
罪喰い人と似ているな、と思ったんです。
多少トンデモですが、無碍に否定もできない気がします。
-----
COMMENT:
DATE: 11/29/2005 07:01:29
有名な話ですが、追儺の鬼もほぼ同じ意味ですね?
尾張国霊神社の儺追人は、餅を背負わされ、罪を負わされたそうです。
この儺追人は、祭りの日その村を通りがかっただけの旅人などが強制的にその役を押し付けられたそうです。
現在の恩智神社では、「餅は神様に清められている」と説明されていますが、これは、どうも後世の後付っぽい気がします。
-----
COMMENT:
DATE: 11/29/2005 07:01:44
で、結局、お祭を追いかけておられる民俗学講師の先生と、私と旦那の三人で分けました。
これで、私達三人、そろって、儺追人となったのかも(笑)
どんな意味の餅なのかはわかりませんが、神様から下されたものなので、その意味ごと、いただきました(~_~)
サイト拝見しました。
いろいろなジャンルで情報をお持ちですね。
ゆっくり拝見させていただきます。
-----
--------
TITLE: お勉強
BASENAME: 2085938
DATE: 11/27/2005 07:25:28
-----
BODY:
今日は、史学研究会で勉強です。
先日出席した山岳修験学会で知り合った、田中教授の主催しておられる研究会で、そのご縁で招待していただいたのだ。
修験学会の学術大会が終わったあと、これまでないくらい、論文を拝読した。
懇親会で、いくつかの冊子を頂いたのだ。
正直、私は、論文が苦手なのだ。
人が調べて考えた軌跡には、あんまし興味がないからだ。
それよりは、原典を読んで理解するのに時間を使いたいと思う。
現場に出かけて、自分の目で確かめたいと思う。
だから、学術書などはほぼ未読。
世にどんな学説があるのか、ほっとんど知らない。
が、ここしばらく、自分の思いを篭めて各地を周り、資料を求め、研究を重ねられた方の論文を読んで、ちょっと考えが変わってきた。
文章に吝嗇さがないのだ。
「全力投球!」
そんな感じがする。
結論を急がず、手柄を求めず、ただ、自分が調べたいことを熱心に調べておられる方の文章は清々しい。
私もそういう態度でありたいと思う。
というわけで、今日の研究会は、楽しみ。
さて、どんな話しが聞けるかな?
-----
--------
TITLE: 遊び
BASENAME: 2089554
DATE: 11/28/2005 12:28:33
-----
BODY:
遊びたって、私が遊ぶわけじゃない。
文鳥のチュッチュだ。
うちは、私がパソコンの前にいる間は、ずっと放し飼いにしてある。
私は、ニュースを読むにも、仕事するにも、サイト管理をするにも、メールをするにもパソコンだから、一日のうち、パソコンの前に座る時間は、かなり長い。
朝1時間半、昼間(仕事によるが)1時間、夜2時間といったところか。
・・・パソコン中毒と言われそう(^^ゞ
でも、朝晩とニュースのチェックをしているとあっという間に時間がたってしまう。
ま、そういうわけで、チュッチュが籠の外にいる時間は結構長い。
何気なく見ていると、いろいろな遊びをしている。
立てかけてあるノート類の間に入ってページをかじる。
私の肩の上で飛び跳ねる。
私の服の中に入って、トンネル探検。
しかし、私が見てないと、隅っこに行って、じ~っとしている。
こんな小さな動物でも、「視線」は重要なファクターらしい。
視線があるから安心し、視線があるから楽しめる、視線があるから反応があるから、いろいろな冒険をする。
反応があるから、いたずらをする。
「人間、一人では生きていけない」
という言葉に、
「すべてのものが揃っている世界ならば、一人でも平気だ」
という反論があるけれど、チュッチュを見ていると、
「やっぱ平気でないんでないかい?」
と思わずにいられないのである。
-----
--------
TITLE: 仕事
BASENAME: 2093114
DATE: 11/29/2005 12:21:05
-----
BODY:
私は一応、ライターである。
今、定期的に頂いている仕事は、あるグルメ検索サイトに掲載する記事を書くこと。
つまり、グルメ検索サイトのトップページに、
「今週のお薦めショップ」
というような特集記事があるのだが、そこに載せる記事を書かせていただいてる。
そして、もう一つ。
その記事の上で推奨するお店、と、そのサイトを探し、当該検索サイトに登録することと、記事を掲載することの了解を得ることも、私の仕事だ。
無料なので、厳密に言えば、営業ではないのだが、作業内容は営業に近いものがある。
全く未知の人にいきなり電話をし、何事かを了承していただく、というのは、思いの外、難しいのだと知った。
検索サイトを運営している会社は、業界トップの大会社で信頼があるため、この会社名をご存知の方だと話しが早い。
が、時にはご存知ないショップオーナーさんもおられる。
そういう方に、いきなり、
「検索サイトに登録させていただいて、特集記事として貴店の紹介を・・・」
とお願いしようとすると、大概そこで、
「間に合ってます」
となってしまう。
「無料で」というのが、却って怪しまれてしまったりする。
システムとしては、閲覧者の集まるサイトを作り、そこに広告を載せることにより、広告料をいただく・・・というしごく真っ当なものだと思うのだが、そういうシステムいついてご存知ない方に、電話で、言葉だけで説明するのは、ものすごく難しく、結局、
「結構です・・・」
と断られてしまうことが多い。
最近は、アプローチの言葉を変えたので、かなり率は良くなったんだけどね。
でも、それでもたまに、断られてしまう。
ショップオーナーさんにとっても、得とはいわないまでも、損にはならない話しなのに、勿体無いなぁ、と思う。
さて、私である。
昼間、家にいることが多いので、セールスの人がよく来る。
セールスの電話も多い。
もちろん、私は、ろくろく話も聞かずに、
「必要ないので~」
と断っている。
・・・これから、ちょっとくらいなら話しを聞いてみようかな~・・・と、思っている。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 森脇
EMAIL: webmaster@yoshinokuzu.jp
URL: http://www.yoshinokuzu
DATE: 11/29/2005 12:54:03
こんにちは、
ご無沙汰しています。その節はありがとうございました。
こんなブログもされてるんですね。
驚きです。
さきほど、雷の話を読んでいて思わず笑っていました。
雷も彼にかかれば、捕まえられるのですね。
今後ともよろしくです。
このブログと、HP、遅くなったんですけれどリンクさせて頂きたいと
思います。いいですよね。
さくら庵
-----
COMMENT:
DATE: 11/29/2005 13:55:03
ありがとうございます!!!
まさに、お仕事でご縁をいただいた、さくら庵さんにコメントいただけて、とても嬉しいです。
(順番にトップ記事掲載になっていますので、もう少しお待ちくださいね。掲載されましたら、必ずご連絡いたします)
雷の話の舞台である、雷の丘、この間、発掘調査により、実際に古墳なのではないか・・・などというニュースをみかけました。
なんだか、すごく良いタイミングですね(#^.^#)
もし、現地説明会があるのならば、是非、参加したいと思っているのですが、残念ながら、そういうニュースはまだ見ないです。
リンク、ありがとうございます。
本当に、今後も、どうぞよろしくお願いいたします。
一度、吉野のお店へも伺いたいと思ってます。
-----
--------
TITLE: 寒い
BASENAME: 2095891
DATE: 11/30/2005 12:40:39
-----
BODY:
動物は、体が冷えると、体調が悪くなってくるもんだ。
私をはじめ、犬のびーこも、文鳥のチュッチュも、寒くなると、出不精になる。
例外は旦那だけだ。
びーこは、旦那が朝出かけるとき、ちゃんと見送りをする。
夏場はそりゃぁ元気に見送りをする。
旦那の胸に前脚を載せ、尻尾も盛大に振る。
寒くなってくると、小屋の中から、上半身だけ出して、見送る。
もっと寒くなると、首だけ出すだけになる。
今は、まだ体全体で、いってらっしゃいをしているから、まだそれほど寒くないということだろう。
でも、チュッチュには寒い朝だったらしい。
朝、籠を開けたらすぐ飛び出してくるのに、今朝は、なかなか出てこない。
出てきても、首を小刻みに震わせ、足取りも重い。
米はばくばく食べるから食欲が無い、というわけじゃないんだろうけど、でも、雑穀類には目もくれない。
こりゃいかん。
と、ひよこ電球で暖めたら、昼には元気になった。
わんこは体がでかいだけあって、体調が急変することはあんまりないが、文鳥は小さいので、いきなり調子が悪くなる。
気をつけなきゃなぁ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/30/2005 16:49:09
チュッチュ元気になってよかったですね。小さい生き物は目の表情が読み取りにくいので何もわかってやれずいつもごめんね、ごめんね、ということになります。
巣から落ちたツバメやスズメの雛を何度も保護しましたが、だいたい1日か2日が限度でした(;;)
ひよこ電球というのがあるのですか?普通の白熱灯ではだめなのかしら。火傷しちゃう?また雛にご縁があるときまで覚えておこうと思います。
(買い物にいかなきゃいけないのにストーブいれたらすっかり座り込んでしまったひるでした)。
-----
COMMENT:
DATE: 11/30/2005 18:38:31
多分、白熱灯=ひよこ電球だと思うんですが・・・確信ありません(^^ゞ
パッケージには、「保温電球」と表示されてます。
また、調べておきますね。
鳥の場合、なにはともあれ、まず保温が大事だと、以前、保護した雀を診ていただいたお医者様にも言われました。
鳥は、飛ぶために、必要最低限のご飯しか食べないので、1日食べないだけでも、かなり衰弱するそうで、保護するのは難しいですよね。
次にご縁がある子が、無事、大空に戻ることが出来ますように。
-----
--------
TITLE: クリスマスカード
BASENAME: 2098912
DATE: 12/01/2005 13:15:16
-----
BODY:
私には、年賀状だけのお付き合いならぬ、クリスマスカードだけのお付き合いの友人がいる。
一組は、香港在住の夫婦。
一組は、アメリカ在住の夫婦。
前者はイギリス旅行の際、後者はハワイ旅行の際、ひょんなご縁で親しくなって、文通を続けている仲だ。
香港人の友人とは、本当に不思議なご縁だった。
ホストファミリーのおばあさんに連れていかれた日曜日の片田舎の教会で、初めて出会い、同じアジア人として会話をし、別れた。
その後、ロンドンでバスに乗っていると、窓を叩く音が。
読んでいた本から目を上げ、窓の外を見ると、彼女が笑っていた。
こんなご縁なもんで、彼女とその旦那さんが大阪に来るときは、旦那が車であちこち案内してくれる。
基本的に、漢字が分かるので、分からない単語があれば、漢字で会話できるのがありがたい。
アメリカ人の友人は、本当に、クリスマスカードだけのお付き合いだ。
社内旅行でハワイへ行った時、体験ダイビングにおいて、少しでも安くあげようとしたら、日本語が全く通じないグループに入れられた。
そこに、彼ら夫婦がいた。
旦那さんが私に、(キタナイ)スラングを教えてくれようとしたら、奥さんが、
"You are a bad man!!!!!"
と、厳しく旦那さんをしかっていたのが印象深い。
旦那さんが、本当に悲しそうに目を伏せてたのも、思いだす。
アメリカにも、カカァ天下ってのがあるのだな、と思った。
そんなわけで、この二組には、毎年、クリスマスカードを送っている。
今年もそろそろ出さなきゃ・・・と、今、文案考え中なんである。
-----
PING:
TITLE: 外資と内資の年末年始、X'mas
URL: http://blog.goo.ne yuriko-ritzfan/e/43f4ec0840df033eefd258c3d555807b
IP:
BLOG NAME: リッツファン番外編/ゆりこの日常
DATE: 12/01/2005 17:14:53
(過去記事一覧はこちら)
こんばんは、ゆりこです{/hiyo_eye/}
つい先日テンプレートを冬仕様{/kaeru_ w/}にしてみたわけですが、
12月に入ったとたん、一気にX'mas気分{/kirakira/}になっちゃいました{/face_tehe/}
ゆりこの会社は本社がアメリカにある外資系の企業なわけで、だから
お盆休みがない{/namida/}というのには頷ける。でもだったらX'mas休暇{/onpu/}が
あってもいいのでは???と思うのですが、特にそれはないん
ですね...
-----
--------
TITLE: たまにはわんこの話
BASENAME: 2101176
DATE: 12/02/2005 08:28:12
-----
BODY:
文鳥は同じ部屋で生活してるため、ついつい話題に出易い。
でも、わんこも同じくらい大事な家族なんで、たまには、わんこの話しをしてみたいと思う。
彼女の名前はびーこ。
母親がビーグルと柴犬のハーフなのだが、ビーグルの特色が色濃く出ていたので、ビーグルの「ビー」を取って、
「びーこ」とした。
食い意地が張っている。
ものの本を読むと、「犬は叱られるとしょげるので・・・」と大概書いてあるが、びーこは、全くそうではない。
私がしかっていると、一応、しょんぼりした表情をするのだが、1分以上怒り続けると、
「もういいじゃん?」
てな風に、とぼけた表情をして、私の手をぺろっとなめたりする。
「ごまかすんじゃないの!」
とさらに怒ると、肩をすくめる。
次いでため息をついたりする。
しかも、私が怒り終わると、
「やれやれ、や~~~っと終わった」
というような表情をする。
ほんと、懲りない。
ご飯を食べる時、私はいつも、「待て」をさせる。
私が「よし」というまで、びーこは待っていなければならない。
が、私が階段を登ったり、風呂場に入ったりすると、彼女は、
「もうええやろ」
とばかりに食べ始めたりする。
そこで、私は怒るわけだが、そうすると、
「えへへへへ~」
という感じで首をすくめて小屋に入り、鼻だけ出して見せる。
私が二階へ上ろうが、風呂に入ろうが待っていることもあるが、それで、「びーこ、かしこい、いい子!」と褒めると、食べ終わった後、私に聞こえるように、食器をべろべろ舐める。
そして、私の顔を「チラ?」と見る。
まるで、「おかわりほしいな~」というように(笑)
他の犬がどんな様子なのかは、あまり知らないが、この犬が人間だったら、さぞかし、調子こいた奴だろうな、と思う。
-----
--------
TITLE: 明日香
BASENAME: 2104874
DATE: 12/03/2005 18:38:11
-----
BODY:
カヅマヤマ古墳の現地説明会があった。
ニュースで見た時も、多少興味が惹かれたのだが、古墳好きの友人に、「すごい古墳!興奮!」と聞いたので、私もその気になり、行ってきた。
現地説明会というより、現地見学会。
説明はない。
しかし、一般人が、古墳を目にすることが出来るのは今日だけ。
チャンスを逃す手はない。
現場に車が置けるかどうかわからないので、1キロほど手前に駐車して歩く。
道がわかるかどうか心配だったが・・・。
たくさんの人がぞろぞろ、みんな同じ方向に歩いてる・・・。
まさか、このすべての人が現地見学会に???
と恐れていたら、やっぱりそう。
現地の手前50Mは続くかという列だった。
しかも、なかなか進まない・・・そりゃそうだ。ゆっくり見たいもんね。
ってことで、1時間弱並んで、やっと現地へ。
私は古墳については全くの門外漢なので、よくわからないが、なんだかでかい。
玄室には、漆喰で並べた石が見える。
管理されてる方に聞くと、漆喰が見つかるのは結構珍しいそうで、
「珍しいものを見た」
と満足。
なんだかよくわかんないんだが、それにしても、すごものは、全くの素人にも、「ななしらんけどすごい気がする」程度の驚きを与えてくれる。
なんかよくわからないまでも、そういうのは、嬉しいもんだと思った。
-----
--------
TITLE: クリスマス色
BASENAME: 2107124
DATE: 12/04/2005 15:26:45
-----
BODY:
最近は、11月から、クリスマスツリーが飾られたりして、年の10分の1はクリスマス気分を味わえる感じだが、私個人としては、12月に入ると、「年末年始の準備」と同時に「クリスマスの準備」をしょうかという気分になる。
といっても、チキンが安い日に買い込んでおくこと、クリスマスカードを書くこと、くらいなんだが、街の雰囲気が、
「クリスマスだぞ~。キラキラだぞ~。」
と訴えかけてくるもんだから、ついつい、
「今年は、クリスマスツリーくらい飾ろうかな」
なんて考えてしまう。
結局、
「掃除の時邪魔」
という「理性の声」が、それを止めてくれるんだけど、そうすると今度は、
「じゃ、もっと小さいもので何か、クリスマスらしいものを」
なんて考えてしまう。
・・・ま、結局、
「ムダ」
という「理性の声」がここでも活躍してくれるんだが。
そうすると、今度は、
「んじゃ、旦那にプレゼントを~」
と考えたりする。
これは、旦那の、
「それやったら、電池いっぱい買ってや」
とかいう、夢もロマンもない希望に、打ち破られる。
何をやってんだか、な話しである。
全く、クリスマスには魔物が棲んでいる。
-----
--------
TITLE: 大掃除
BASENAME: 2109924
DATE: 12/05/2005 13:18:11
-----
BODY:
私は、小学生の頃から、夏休の宿題を7月中に終わらせてしまう子供だった。
とは言っても、真面目な子供ではなかった証拠には、「夏休の日記」も、8月末までぴっちり、7月中に書き上げていた。
天気欄だけを残して。
天気が雨でも晴れでも通用する日記を40日分書くのは結構大変だったんじゃないか、とは思うが、それでも、締め切り間際にバタバタするよりは、やるべきことをさっさと済ませて、後はぶらぶらする方が性にあっていた。
ということで、12月に入ったので、早速大掃除にかかった。
今日は、ガスレンジの下と、換気扇。
一番いやなことから始める。
ガスレンジの下は気付いたらドロドロになっている。
油でベタベタしてたら、もしゴッキーがやってきても、ゴキブリホイホイのように捕まって動けなくなるから良いのではないかと思って、わざとやっているのである。
・・・というのは、勿論嘘で、毎日ガスレンジをどけるのがめんどくさいので、機会がくるまで、見ないふりをしているだけだ。
この二つの掃除をするときに、台布巾と、食器洗いスポンジは、捨てる。
油でドロドロになるからだ。
というわけで、この二箇所の掃除を終わったら、台所は、割とすっきりする。
・・・すっきりしたが、正月まで、あと25日もある。
今年は、もう、油を使う料理はしないでおくことに決めた。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 12/07/2005 01:00:46
かなり自分と似てるなぁと。
夏休みの宿題で四つ切画用紙に水彩画っての、必ずありましたよね。夏休み前には仕上げていました(^^)
大掃除は換気扇から、これも同じです。しんどいとこばかりを先にやるので、後の楽しみにと残しておいたガラス拭きは2年しないままだったりします。
-----
COMMENT:
DATE: 12/08/2005 07:59:06
あはは、似てますね(#^.^#)
ただし、私の場合、結構雑かったりもしました。
水彩画って言えば、一度、めんどくさくなって、画用紙の左よりに、灰色のクレヨンで太めの線を一本引いて、下の方を黒い絵の具でべたっと塗って、その上を水色の絵の具でべたっと塗って提出したことがありました。
美術の先生に、
「なんやこれ?」
と聞かれて、
「家のくもりガラスを通して見えた風景で、(灰色の線を指差して)電柱、(黒い部分)向かいの家の屋根、(青い部分)空です。なんせ、くもりガラスなんで~(^^ゞ」
と答えたら、出席簿で頭はたかれました(笑)
でも、書き直しはさせられなかったから、よかった(~_~)
-----
--------
TITLE: 裏技
BASENAME: 2112770
DATE: 12/06/2005 12:55:45
-----
BODY:
今日は、風呂場の大掃除。
風呂は、台所の次に厄介な場所だ。
カビと水垢がすぐにつくからだ。
まず、洗面器についた水垢を落とす。
今までは、プラスティックのかけらでごしごしこすっていたが、今年は違うものを用意した。
フェルトのはぎれ。
伊東家の食卓で、「水垢を落としたいなら、フェルトでこするといい」と言っていた。
ただし、乾いてないと水垢が落ち難いということなので、昨晩から乾かしておいた。
さて、おもむろに、フェルトでひとなで。
うぉ~~~!!!
びっくり!
いや、本当に、落ちます。
するりと落ちますよ。
ま、多少の力は必要ですが、プラスティックのかけらなんかでごりごりやってるよりずっと綺麗に、しかも、手早く落ちる。
楽しくなって、バスラックや、バスチェアーも、一気に洗う。
風呂蓋のかびも洗う。
気付いたら、昼前になっていたので、わんこの散歩が遅くなってしまったが、このつるぴかさは、気持が良い。
水垢にはフェルト。
お勧めです。
***
とか言ってたら、昨日の伊東家の食卓で、
「大掃除に使える過去の裏技」
を紹介していた。
「水垢を綺麗に落とす裏技」
もやっていた。
それはいいんだけど、紹介されたのは・・・。
フェルトじゃなくて、ジーンズの切れ端で拭く!・・・だった・・・。
しかも、ジーンズなら、濡れたままでも良いらしい。
軽く、裏切られた気分(^^ゞ
-----
--------
TITLE: ひなたぼっこ
BASENAME: 2115838
DATE: 12/07/2005 15:10:22
-----
BODY:
掃除の間、約1時間くらい、私は、家中の窓や扉を開け放つ。
これは、冬の間でも一緒。
空気の入れ替えをしたいからだ。
・・・近所のおばちゃん達がひっきりなしに通りがかるので、下手すると立ち話に巻き込まれるが、治安の上では安心だ。
で、今日、掃除をしながら、何気なく見ていると、わんこのこまめさに気付いた。
太陽が差してくると・・・小屋から出て、太陽光を背に受けている。
太陽が雲に隠れると、さっさと小屋に入って丸まっている。
太陽が差すと・・・背に太陽熱。
雲隠れすると、小屋でちんまり。
実にコマメにやっている。
太陽が隠れたことは、寒くなるからわかるんだろうが、太陽が出たことは、どうやって判断してるんだろう。
明るさの変化に気をつけているのか、それとも、微妙な気温の変化で気付いているんだろうか。
不思議だ。
不思議だが、そういうわんこの律儀さが、なんかおかしかった。
-----
--------
TITLE: 歩き方
BASENAME: 2118302
DATE: 12/08/2005 12:45:18
-----
BODY:
歩き方に特徴があるとよく言われる。
旦那が、
「変な歩き方やな」
と笑うので、
「どんな歩き方してるん?」
と聞くと、
「前から見ると、脚だけが歩いてきてる感じ」
・・・よくわからない。
自信たっぷりな歩き方だといわれることもある。
女ばっかり5人くらいでぶらぶらしている時、気付いたら、私が先頭を切って歩いていて、他の子達は後ろをついてきてたりする。
「どこへ行くつもりなん?」
と聞くと、
「目的があるんちゃうんかいな。そしたら、そんなに自信たっぷりに歩きなや!」
と怒られたりする。
別にふんぞりかえって歩いてるわけでもないので、
「どこらへんが自信たっぷりなん?」
と聞くと、
「いかにも自信ありげな雰囲気」
といわれた。
さっぱりわからん。
今日、買い物の帰り、遠くから名前を呼ばれたのが、遠くて誰だかよくわからなかったので、近づいていくと、近所のおくさんだった。
「歩き方ですぐわかったわ」
といわれたので、
「どんな歩き方なんですか?」
と聞いたら、
「う~~~ん、なんか、火の玉が歩いてきてる感じ」
と言われた。
なんじゃそりゃぁ?!
むわぁ~~~~~~ったく、わからんっ!!!!!
誰か、わかりやすく説明してください。
ちなみに、自分では、「大また歩きだが、総じて普通」と思っとります。
-----
--------
TITLE: 冒険
BASENAME: 2120966
DATE: 12/09/2005 12:43:58
-----
BODY:
やっちまいました。
毎年、クリスマスのチキンは、家で作る。
まず、ブイヨンにたまねぎ、にんじん、じゃがいもなどをぶっこみ、チキンの股肉と一緒に煮込む。
圧力鍋で約5分。
それ以上煮込むと固くなる。
煮上った肉を、みりん・日本酒・醤油などで調合した漬け汁の中に放り込んだら、そのまま半日。
あとは、溶かしバターでかりっと焼くだけ。
煮汁はそのままミキサーにかけて、ポタージュにする。
簡単なのだが、旦那はこれが好物なのだ。
チキンの股肉は、クリスマスが近くなるとバカ高くなるので、12月中旬くらいに買い込んでおくのが例なので、スーパーに行ってみたら・・・。
大山地鶏が特売だった。
特売ったって、普段買ってる肉の倍くらいする。
でも・・・、旦那の好物だし・・・。
てなことで、やっちまいました。
あ~、失敗できない。
今年のクリスマスは緊張です。
-----
--------
TITLE: 洗濯
BASENAME: 2123684
DATE: 12/10/2005 12:53:24
-----
BODY:
久し振りに晴れた。
うちらへんでは、こんなに明るいのは、1週間ぶりくらいだ。
ということで、張り切って洗濯。
うちは家族二人なので、毎日洗濯する必要はない。
夏場は2日一度、冬場は3日に一度で十分だ。
だから、今日は3日分の洗濯。
洗濯をするとき、柔軟剤を使う人ってどれくらいいるんだろう?
私は、いつからか使い始めて、そのまま使い続けているのだが、実家に帰ったとき、母に、
「うちでは使わないから、あげる」と言われ、
それを見ていた義妹から、
「お義姉さん、使うんですか?それならもらってください。うちも使わないんです」と言われ、
またたくまに、5本、溜まってしまった。
「薬剤のついたもので顔を拭くのがいや」
とか、そういう感覚は、私にはあんまりなかったんだが、母と義妹の二人の主婦から、「使わない」といわれて、ちょっと考えてしまった。
でも、ジーンズなんかは、これを使ったほうが履き易いんだよな~。
う~ん。
しかしなぁ、環境汚染にも繋がるんだろうか。
排水についてはいろいろ言われるけど、柔軟材の排水ってどうなのかなぁ。
化学物質だから良いわけないよね。
でも、それを言い出すと、皿も洗えないし・・・。
でも、五十歩百歩とはいえ、なんや言うても、百歩逃げた人間より、五十歩逃げただけの方が勇気があると思う。柔軟剤だけでも使用をやめたほうが、環境のためかもしれない。
でも、そもそも、柔軟剤の汚染度はどれくらい?
この手の話しはでもでもばかりで、はっきり結論が出ない。
一般論を見ていても、それに対する反論、またそれに対する反論、またまたそれに対する・・・と、結論が出てないことが多いと思う。
逡巡の末、いつもより控え目に柔軟剤を使った、軟弱な私でございます。
折角気持よく洗濯してるってのに、なにやってんだか。
とほほ・・・だ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 12/11/2005 23:55:36
わたしも柔軟剤つかわないので、あげようか~~(^^)と思ったら、使用を躊躇しているんですね。
私が使用しない理由ですが、洗濯物を畳んだときにボリュームがでるのでタンスの引出しに入りにくくなる、それと鼻が犬並にきくので香りが苦手、だからです。
しかし柔軟剤って、リンスとどう違うんだろう。
-----
COMMENT:
DATE: 12/12/2005 17:15:31
な・なるほど!!
確かに、タンスに入りにくくなったかも!
説得力がある意見です。
でも、リンスと一緒だと考えてみたら、気にするほどのこともないのかも。
ジーンズを洗うときは、使って、それ以外は、使わない、とか、ちょっと工夫してみようと思います(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 墓誌
BASENAME: 2126567
DATE: 12/11/2005 15:26:04
-----
BODY:
中国長安で、日本人(遣唐使)井真成という人物の、墓誌が発掘されたというニュースをご存知の方はどれくらいおられるだろうか。
「井」という文字が付く姓は、当時の日本においては、「藤井」「井上」だけだったということ、「藤井」も「井上」も、藤井寺出身の氏姓だということで、大阪府藤井寺市は大盛り上がりだった。
そして、先週から、その墓誌が藤井寺市に貸し出されているということで、展示会をしている。
最終日は今日だ。
友人と一緒に見に行くことになった。
それほど混んでないだろうと思っていたが、なんのなんの、墓誌の前には、いつも人だかりが出来ている。
その横で、ボランティアと思しき男性が、いろいろな説明をしてくださる。
墓誌といっても、墓石に文字を書き込んだようなものなんだろうと思っていたが、そうではないらしい。
棺の上ではなく、棺の横に置かれていたとのこと。
また、直方体(1m×1m×10cmというところか)の墓誌の上に、四角錘の上部を切り取ったような形の「蓋」がついている。
蓋は、「表紙」のようなもので、「この下に井さんの墓誌がありますよ」というようなことが書いてある。
そして、墓誌には、井真成についての説明が書かれてあるわけだ。
墓誌の内容は、いわゆる「おざなり」なものだ。
ただ、「優秀な人物だ」というようなことが通り一遍に書かれているが、内容に具体性はない。
装飾もないということで、説明の方曰く、「これはかなり質素なものです」ということ。
ただ、この墓誌の価値は、低いわけではない。
なぜなら、墓誌の中に、「日本」という文字があるからだ。
つまり、井真成の時代、すでに、日本は「日本」という呼称で呼ばれていたということになる。
ボランティアの男性曰く、この墓誌が、最古の「日本」という記述になるんだそうだ。
感心してさかんにうなずいていると、ボランティアさんが近づいてきて、すぐ横に立って、耳打ちするようにこっそりささやいてこられた。
「わかってもらえましたか~。いや~~~~、日本という記述があることが何が特筆すべきことなのか、わかっていただけないこと多いんですよね~~~・・・・・」
そうかもなぁ(^^ゞ
私も、興味のない展示会に行けば、同じように、トンチンカンな反応をしてしまうと思うが。
係りの方は、存外にがっかりされるものみたいだ。
展示会に行くときは、すこしは予習してこう、と思った。
-----
PING:
TITLE: 遣唐使船で海をわたった井真成
URL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/60459/2077026#2077026
IP:
BLOG NAME: タバさんの旅行記
DATE: 12/18/2005 18:16:36
2004年に、中国の西安市の郊外で、奈良時代に遣唐使船で日本から唐へ渡った、井真成という青年の墓誌が発見されました。
新聞などでもたびたび取り上げられ、ご存じのかたもおられると思います。
井真成という人については、残念なことに他に記録などがなく、今回墓誌が見つかったことで初めてわかりました。
彼は717年に第9次遣唐使の一員として唐に渡ったと考えられています。
そして、墓誌に記された内容から、その後ふたたび日本に帰ることなく、734年に36歳の若さで唐で亡くなった...
-----
--------
TITLE: パワーストーン
BASENAME: 2129508
DATE: 12/12/2005 17:15:53
-----
BODY:
実際のところ、私は、こういう分野は、全く門外漢である。
が、友人と共通の知人が、パワーストーンのお店を開いたということで、
友人と二人で、訪問してみた。
石といっても、「宝石」とまでは行かない。
「貴石」と呼ばれるレベルなのか、それとも、そこまでも行かないのか。
ちょっと私にはわからないが、緑やらピンクやらブルーやら、色とりどりの石が飾ってある。
私は、明るい青が好きなので、「アマゾナイト」という水色の石を購入した。
友人は、鈍い緑だが、光にかざすと、きらきらと光る、「ラブラドール」という石を購入して、ブレスレットを作るそうだ。
アマゾナイトはどうなのか知らないが、ラブラドールは、「インスピレーションを呼び起こす」石なんだそうで、石が好きな人は、そういう「石の力」に重点を置いて、石選びをする・・・ようだ。
石の力をアテにするなら、私は、「落ち着きを与える石」が欲しいんだが、ネットで調べたら、そういう力があるとされる石は、どれもこれも、私好みの色じゃないのだ。
ということで、私が好きな色の石の「力」がどんなものかと見てみると・・・。
「活力を与える」
・・・う~ん、これ以上、活力はいらないかも(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 雪
BASENAME: 2132084
DATE: 12/13/2005 13:13:23
-----
BODY:
「日本で一番暑い」大阪なはずだが、今年は、12月半ばにして、初雪となった。
さすがに、こう寒いと、心持ち、背中を丸めて歩いてしまう。
襟のところを合わせて、風を受け流すように頭を低くして歩いていると、額に、ひときわ冷たいものが当たり、それが、雪だった。
ま~さ~か~~、雪だなんて思わんので、いきなりデコピンでもされたように、びくっとしてしまった。
白い雪が風に舞う光景は、本当に綺麗だ。
実際のBGMは、「ゴォオオオオオウ」なんていう、全く可愛げのない音なのだが、雪の舞う風景だけを見ていると、
「チラチラチラリン」
なんていう、可愛い金属的な音を想像してしまいそうになる。
この冬、あと何度、この景色を目にすることになるんだろう。
出来れば、部屋から眺めていたいものだと思う。
-----
--------
TITLE: 顔
BASENAME: 2135281
DATE: 12/14/2005 12:51:35
-----
BODY:
性格は、ある程度、顔・・・というより、表情に出ると思う。
まじめな人は、それなりにまじめそうに、短気な人は、それなりに短気そうな顔になってくる。
さて、私は、超短気な人間である。
「これをされたら困るから、やめてくださいね」
というようなことを、3度言わされたら、その時点でちょいギレ。
5度目で、ブチ切れてしまう。
「そんなに何度も同じ文句を言わせる人間はおらんやろ」
といわれるんだが、私は、結構な頻度でキレていると思う。
というのも、都合の悪いことに、私は「優しそうな顔」に見えるらしいのだ。
どうでもいいことには全く心を配らないので、「怒らない人」と勘違いされているところもあるようだ。
相手は、「許してもらえるもの」と決めてかかっているもので、私がキレると、ものすごくびっくりするらしい。
キレる方も、キレられる方も、精神衛生上よくないと思うので、すこし表情を変えたいと思っている。
というわけで、眉毛をすこし釣り気味に書いていたんだが、効き目がない。
それなら・・・と、突拍子もなくいかつい眉に書いてみたら、タケチャンマン(古い)のようになってしまって、単に面白い顔になってしまった(T_T)
性格は顔に出る・・・と思うんだが、思うんだが・・・。
-----
--------
TITLE: 年賀状
BASENAME: 2137956
DATE: 12/15/2005 11:57:42
-----
BODY:
この時代、年賀状のあて先も、絵柄も、パソコンプリントだが、さすがにメッセージは、手書き。
が・・・なんというか、みみずがのたくったような字になってしまう。
「久しくペンを握らないからなぁ。下手になったのかなぁ?」
と、頭をかしげたが(もともと達筆ではないけれど)、半年ほど前に、ハガキを出した時は、ここまでひどい文字じゃなかったと思う。
・・・と。
いきなりひらめいてしまった。
「手がかじかんでるんだ!!」
冬になれば手がかじかむ。
そんなことを、すっかり忘れていた。
そういや、2月の電車の中で聞いた、高校生の会話を思いだす。
「なんか足痒いねん。水虫かな?」
「じゅくじゅくしてるん?」
「いや、赤くはれて、ひび割れとかしてて。足で踏んだら気持ちええねん」
「ひびわれする水虫もあるみたいやで」
「うわ、ほんだら水虫か?かっこわる!」
「早く、クスリ塗ったほうがええんちゃうか」
・・・・・・・・。
それはしもやけやぁあああああああっ!!!!
おばちゃん、叫びそうになってしまいました。
もし、電車がもうすこし空いてて、高校生達と場所が近ければ、絶対、
「水虫ちゃう。それ、しもやけ」
と口を挟みに行ってたと思うが、残念ながら、電車は満員。
動ける状態ではなかった。
昭和は遠くなりにけり。
妙に感傷的になってしまった。
-----
--------
TITLE: 力関係
BASENAME: 2140849
DATE: 12/16/2005 12:34:53
-----
BODY:
「どんなに愛し合っている二人でも、必ず愛するのは片方だけで、もう一方は愛されるにまかせているだけなのだ」
サマセット・モームの「赤毛」に出てくる言葉で、「フランスのある聡明で皮肉な公爵の言葉」だそうだ。
若い頃に読んで、
「ぎぇええええ」
と震え上がったもんだが、この歳になってよくよく考えてみると、別に驚くことじゃない。
結局、二人の人間がいれば、多少なりとも力関係は生れる。
それがいやだから、なるべく執着しないようにしているという人もいるだろうが、それだとて、結局は力関係に負けているからそうなるのだろう。
「ある時は勝ち、ある時は負ける」
という人間関係が、一番長続きするかもしれない。
人間関係において、私は、他人のペースに合わせるのが苦手なので、仕事以外では、あまり「負けちゃうかも~」と思う人と深く付き合うことはない。
「大体ちょぼちょぼでしょ」と思う人と親しくなる。
旦那と私は、得意分野がほぼ重ならないので、御互いに御互いが必要なことが多い。そういう意味で、まったく「ちょぼちょぼ」で、私の方がえばってはいるが、実際の力関係は、平衡していると思う。
反対に仕事では、「勝っちゃうかも~」と思う人と付き合っても、勉強にならないので、自分が大負けしていると感じる人と付き合いたいと思う。
相手は迷惑だろうが、気にしない(笑)。
「盗ませてもらいますんで!」
「勉強させてもらいますんで!」
と、相手に有無を言わせずくっついて、質問責めにしたりする。
図々しいんである。
私の厚かましさは特別として、他のことは、誰でも皆、無意識にそうしているんじゃなかろうか。
それがどうして・・・。
ペットだけは別なんだろうと思う。
いや、わんこには、「勝って」いる。
私が呼べば、寝てても飛び起きて尻尾をふる。
わんこが遊んで欲しいときも、私が急がしければ、
「うるさい!」
と怒られてしゅ~んとしている。
もちろん、病気の時などは、立場が逆転するが、大概の場合、私の一人勝ちだ。
文鳥が相手だと、大負けも大負け。
ドン負け!とでも表現したくなるほど負けてしまう。
「遊ぼうよ~」
とちょっかいを出すと、
「キャルルルルルルッル!」
と怒られる。
そのくせ、仕事してても、籠の中から
「チュッチュ♪ チュ」
と呼ばれると、出してしまう。
そしてキーボードの上でダンスを踊られて、とんでもないタイプミス(ミスじゃなくて文鳥のダンスのせいなんだが)が続出しないように、校正に慎重にならざるを得なくなったりする。
それでも嫌いになれないんだな。
と、今、タイプしてる私の指に(なぜか不明だが)怒りの嘴攻撃をかましてくる文鳥を見ながら、ため息が止らないのである。
-----
--------
TITLE: 防寒
BASENAME: 2143506
DATE: 12/17/2005 12:34:03
-----
BODY:
雪だ~、雪が降ってるよ~。
私達夫婦は、これから、春日大社の御祭りに行く予定なので、しっかり防寒すべく、セーターなどを引っ張り出してきている。
が、しかし、祭りの見物というのは、「動けない」ため、念には念を入れておかねばなるまい。
ということで、ババシャツ。
その上から、くそ分厚いセーター。
そして、硬いほどにごっついコート。
そして、マフラー、手袋。耳アテ。
鏡に映してみたら、「昔懐かし、冬の子供」みたいな恰好になってしまった。
今は、機能性の高い保温服があるんだろうに。
それでもなんでも、寒くなきゃいいや、ということで、行ってきます!
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 12/17/2005 16:29:32
いってらっしゃい!
肩こらさんように、、、。
-----
COMMENT:
DATE: 12/18/2005 08:00:41
さぶかった!
ほんと~に、さぶかったです。
西ノ京に住む知人に聞いたら、
「毎年、御祭りの日はさぶなりますねん」
とのことでしたが、ほんと、その通りでした。
ごつい手袋をしてたのに、手に感覚が戻るまで、1時間くらいかかっちゃいました(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 昔語り
BASENAME: 2145717
DATE: 12/18/2005 08:17:28
-----
BODY:
御祭りは寒かった。
2時間弱、見物していただけなのだが、また、分厚い手袋をしていたのだが、帰り道、歩いても歩いても、指先に熱が戻ってこなかった。
ので、ちょっと暖まろうと思った・・・というわけでもないのだが、西ノ京にある、親しい酒屋さんに寄った。
ご主人は、私の好みを大体わかってくださって、新しい日本酒の銘柄が入ると、試飲させてくださる。
私が「あんまりおいしくないお酒」を選ぼうとすると、「それでっか?あぁ、それでっか?」とあんまり嬉しそうな表情ではなくなるので、このお店でまずいお酒(というより良心的でない作り方をしているお酒といったほうが正解かも)を購入したことは一度もない。
試飲も、10杯程度を超えると、酔いが入ってくる。
そして、温まってくる。日本酒は体を温めるお酒だと思う。
いつもは昼間に立ち寄るので、ご主人は忙しく、てきぱき注がれたお酒を飲み干して、商品を選んで帰るのだが、
昨日は、もう閉店間際だったためか、なんだかゆっくりとした雰囲気。
のんびり話しをしながら試飲させてもらっていると、ご主人の学生時代の話になった。
テニスサークルとスキーサークルを主催していたこと。
九州まで自転車の旅をしたこと。などなど。
人が自分の昔を語りだす瞬間の、「間」というものがある。
いや、もちろん、自分のことばっかり聞いて欲しがる人もおられるとは思うが、そうではなく、自我がはっきりしていて他人との距離感を適当に保っている人が、ある日、突然、自分の思い出を語りだす時、私は少しウキウキしてしまう。
その人との間にある空気に、ぽっと火が灯った感じ。
本来、人と人との関わりは、暖かいものなのだと思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: とんととんとん
DATE: 12/18/2005 08:46:28
おはようございます♪
コメントも入れずにブックマークしちゃってごめんなさい
素敵なことを書いている方だなって思って見せて頂きました
日本酒の試飲が出来る酒屋さんとのお付き合い、羨ましいです^^
>本来、人と人との関わりは、暖かいものなのだと思う。
私もそう思って、楽しんでいます^^
これからどうぞ宜しくお願いします^^
-----
COMMENT:
DATE: 12/18/2005 19:40:05
こちらこそ、ご挨拶もせず、申し訳ありません。
ちょっとバタバタしていたものですから(^^ゞ
ブックマークありがとうございます。
本当に日本酒を愛しておられる酒屋さんで、おいしいお酒を試飲させていただくときも、
「味について、私何もコメントしませんから、全く先入観なしで飲んでください」
と言いながら注いでくださるんですが、表情に、
「おいしいでっしゃろ?ね?おいしいでっしゃろ??」
と書いてあるんですよ(笑)
とても素敵な店主さんです。
こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 12/18/2005 23:53:27
お話読んで、私の心まであたたまりました。昔話をぽつぽつと語りだすゆっくりとした時間がいいですね。
なぜか高倉健さんが北国の一杯飲み屋で熱燗をクイッとやって息を吐く場面がイメージされましたよ?(なんでやねん)
-----
COMMENT:
DATE: 12/19/2005 07:54:07
高倉健さん・・・。
ご主人に伝えておきます。すごく喜ばれそうです(笑)
いつもニコニコと穏やかな方なんですが、ご自分の代で、酒屋を大きくし、ネットショップも展開し、お土産屋さんまで始められた、「やり手」さんでもあります。
西ノ京へおいでの際は、「地酒処きとら」に、是非立ち寄ってみてください。
試飲もお忘れなく!
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 12/19/2005 23:44:00
いや、いや、ちがうんです。吹雪の中、暖簾をかき分けて店に入ってくるのが高倉健さんなんですが、ここでなぜかのりちゃんがイメージされてしまったんです。ぽつぽつと語りだすおかみさんの話を熱燗をひっかけながら黙って聞いているのがのりちゃんなわけです。 雰囲気、雰囲気(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 12/20/2005 07:14:42
私が健さん・・・。
嬉しい~~~~~(#^.^#)
でも、「ツッコミどころがあれば黙ってられない性分」なので、
実際は、
「なんででんのん?」
「ちゃいますやろっ!」
と健さんなら絶対しないツッコミ入れまくりです(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 喧嘩
BASENAME: 2149327
DATE: 12/19/2005 13:50:03
-----
BODY:
喧嘩といっても夫婦喧嘩じゃない。
「殴り合いの喧嘩」だ。
恥ずかしい話しなんだが、私は小学校5年生から6年生の一時期にかけて、毎日喧嘩ばかりしていた。
どんくさい子供で、決して喧嘩が強いわけじゃなかったんだが、クラスの番長と反りが合わなかったのだ。
何かあると衝突して、殴り合いの喧嘩になっていた。
「ムカつく」
そう思っていた。
昨日、「少年時代」という映画を見た。
ガキ大将が、決して恵まれていない自分の境遇や、自分の気持を自覚しないまま、クラスを支配したり、級友をいじめたり、級友を助けたり、守ったり。
そして、クラスのほとんどの生徒から離反され、いじめられる立場になる。
主人公である少年が、これまた自覚しない愛情と、申し訳なさから、ガキ大将に、同情すると、
「近づくな。俺はちっとも可哀想やない!」
数人に不意打ちをくらってボコボコにされても、告げ口をすることなく、歯を食い縛って、強い瞳を下に降ろすことはない。
それで、ふと思い出した。
私と番長が喧嘩しているところを先生に見つかった時、先生は番長ばかりを叱った。
「男が女をいじめてどうする」
と。
私が、
「喧嘩をしかけたのは私です」
と言ったら、それまで黙ってた番長がものすごく怒った。
「うるさい!余計なこと言うな!」
私は6年生の2学期を待たずに転校したが、その後、同窓会が開かれた時、忘れられず招待してもらった。
後で聞いたことだが、くだんの番長が、私を呼ぶことを主張してくれたんだそうだ。
考えてみたら決して好敵手じゃなかったはずの私の喧嘩に付き合ってくれてたことや、箒で殴り合うときも、私が木の棒の箒を持っても番長は、竹箒だったこと。
彼は幼いなりに、「男」であろうとしてたんだろうな、といきなり思った。
胸が熱くなって、隣で一緒に映画を見てた旦那に質問を投げかけた。
「子供の頃、喧嘩した?」
「うん」
「強かったんやろなぁ?(旦那はバカ力)」
「うん」
本当は、
「女の子、殴ったことある?」
と聞いてみたかったのだが、いくら幼い頃といっても、旦那が女の子を殴ったとは考えられなかった。
番長をちょっと美化された思い出としてとっておきたかったので、
だから、旦那の「女の子を殴った経験」については、聞くことをやめた。
-----
--------
TITLE: ジンクス
BASENAME: 2151921
DATE: 12/20/2005 12:14:15
-----
BODY:
私は、割とジンクスを気にするほうだ。
ジンクスは、悪い前触れのみに関するものだそうだから、本当は、「ラッキージンクス」という言葉はおかしいんだそうだが、私は、「良い前触れも」「悪い前触れ」も両方なんとなく気になってしまう。
例えば、
「黒猫が前方の道を横切ると悪いことがある」
というジンクスがある。
家の近所には野良猫や放し飼いの猫が多いので、黒猫も2~3匹いるのだが、
道を歩いていて、前方で黒猫が道を横切ろうとしていたら、全速力で駆けて、黒猫が渡りきる前に、通り過ぎようとする。
・・・大概の場合、向こうから突進してくる人間に驚いた黒猫は、大慌てで道を横切り、逃げてしまうので、意味がないのだが、たまに、身を翻して、元来た道を戻っていく猫もいるので、とりあえず、全速力でダッシュすることにしている。
茶碗や食器が割れると、気になって旦那にメールを入れてしまったりする。
「無事?」
と。
「なんでそんなこと聞くんや?」
と返事が返ってきて、ホッとする。
ホッとする自分がおかしい・・・おかしいんだが、気になってしまう。
・・・というか、まずは、「食器を割るな!」という話しなんだが(^^ゞ
困るのは、右と左に関するジンクスである。
例えば、右耳が痒い時は良い知らせが、左耳が痒い時は悪い知らせが、もうすぐやってくる前兆である・・・などのジンクスだ。
なぜ困るかというと、人によって、場所によって、左と右が逆転することが、ままあるからだ。
実は・・・ものすご~くせこい話しだが、私の運動靴は、左だけが固く結ばれている。
「右の靴紐がほどけると、良いことがある」という「ラッキージンクス」があるからだ。
ずっとその気で、右の靴紐がほどけると(かなりよくほどける)、
「なぁんかいいことあるに違いない!」
とわくわくしていたものなんだが、最近、ふと目にした雑誌の一コーナーに、
「左の靴紐がほどけると良いことが、右の靴紐がほどけると悪いことが起きる」
と、あった。
どっちの靴紐を固く結べばいいのか、判断に困る。
本当に、左と右のジンクスは困ったもんなんである。
-----
--------
TITLE: ひとり言
BASENAME: 2154662
DATE: 12/21/2005 12:50:03
-----
BODY:
私はひとり言が多い。
自覚はしているが、それでは、さて一日のうちどれくらいしゃべってるか、というと客観的把握は全くできてない。
ただ、掃除をしながら、大概は歌を歌ってるし、
「なんでこんなに汚れてるんや~!!」
と騒ぎながら掃除してることもある。
料理してる時もしかり。
テレビを見ている時なんかも、
「なんでやねん!」
「おいおいおい」
「うまそ~、おなかすいた~~、一口食べさせて~~」
などと、うるさいうるさい。
でも、一番うるさいのは、ペットと遊んでいる時だと思う。
「びーこ(わんこの名前)ちゃん、どないしたん~?」
「ん?あしょん(遊ん)で~って言ってるん。あしょんでほしいん。ほな遊んだろ」
「ほれほれぐりぐり~」
「痛い、やめてよっ!って言うてるん。痛い、痛いん?そうかそうか、ひっひっひ」
「チュッチュ(文鳥の名前)たんはなんでしょんなにかわいいんでちゅかぁ?」
「ん?なんでもくそもあるかい!生まれつきかわいいんじゃ!って言ってるん?」
「チュッチュたん、ちゅめたいでちゅ~、ひどい、ひどいわっ!」
ペットからしたら、
「私、なんも言ってませんけど・・・」
といいたいところだろうが、彼らが人間語を話せないのをいいことに、好き勝手言っている。
で、ついでに気付いたが、私はどうも、わんこより、文鳥の方が口が悪いと思ってるらしい。
これもまた、文鳥からしたら不本意かもしれない。
-----
--------
TITLE: 筋肉
BASENAME: 2157387
DATE: 12/22/2005 12:41:40
-----
BODY:
筋肉痛になって初めて、自分がどういうとき、どこの筋肉を使うかわかる。
今朝、なぜかわからないが、肩甲骨あたりの筋を違えたらしく、左に振り向こうとすると、傷みが走る。
振り向くのに肩甲骨あたりの筋肉を使ってたなんて知らなかった。
山登りの後、ひどい筋肉痛になることがある。
でも、階段を登るのは辛くない。
降りる時、「いだだだだ!!」となる。
下りに使う筋肉が炎症を起こしているわけだ。
ということは、つまり、私は普段、下りに使う筋肉をあまり使ってないということなのだろう。
そういう風に、傷めて初めて、どこにどんな働きをする筋肉があるかわかる。
ひとつ勉強になったな・・・とは思うが・・・。
できることなら、あんまり知りたくないな、とも思う。
パソコンの前に座って、左側の本をとろうとするだけで痛いんだから、ほんと、辛いっす。
この寒さがまた堪えるったら。
-----
--------
TITLE: 読書
BASENAME: 2160089
DATE: 12/23/2005 13:11:07
-----
BODY:
最近は、古典ばっかり読んでいた。
日本書紀・古事記・風土記・日本霊異記・大鏡・古本説話・今昔物語・・・などなど。
久し振りに、人に薦められて、現代小説を読んでいる。
私は、学生時代から、OLを辞めるまで、活字中毒だった。
本がないと間が持たないのだ。
電車の中でぼ~っと景色を眺めるなんてことは、絶対できないタチだった。
本屋では手当たり次第に本を抜き出し、レジへはこんだものだ。
そんなわけで、私の読書歴は、なんの脈絡もない。
ただ、最後まで読むのが苦痛な本というのもあった。
どういう本を読みたいかは、人によって全く違うと思う。
とにかく物語の起承転結がしっかりしているものが好きな人がいる。
旦那がそのタイプなので、所謂心理小説を読むと、
「これ、物語がない」
と言う。
推理小説がお好みだ。
私は、とりあえず、文章の好悪がはっきりしているので、まず文章が美しいと感じることができれば、どんなものでも読める。
また、登場人物に感情移入できれば、どんな物語の世界だろうと、没頭できる。
物語の世界にどれだけ共感できても、人物描写が下手な作品だと、全く没頭できない。
好みの本の種類で、ある程度、その人の性格が測れるらしいが、私の読書癖からは、
「文章にこだわりがある」
ことくらいしか、判断できないと思う。
でも、没頭して読み終わった後、私は、その物語の世界に、片足を突っ込んでいる。
任侠映画を見た後、無意識に肩で風を切ってしまうという人は結構な割合でいると思うが、私は小説でもそういう現象が起きる。
今読んでいるのは、「ホテル ニューハンプシャー」。
女権に強い関心を持っていたというアメリカの作家、ジョン・アーヴィングの作品だ。
作者曰く、「レイプされた女性が立ち直る姿を描いた」ものなのだそうだ。
(この本を薦めてくれた知人は「家族愛を描いた作品だ」と言って奨めてくれた)
この作家の「ガープの世界」という作品は、女手一つで息子を育て上げた女性の物語。
映画では、「危険な情事」の女優さんが主役を演じていた。
・・・そのことからわかるかもしれないが、多少エキセントリックな主人公である。
ホテル ニュー・ハンプシャーに登場するヒロインも、多少エキセントリックな女性である。
そんなわけで、私がこの作品を読み終わった後、旦那がちょっと可哀想だな、と思う次第。
多少エキセントリックな奥さんは、扱いづらいだろうな。
-----
--------
TITLE: サンタ
BASENAME: 2162296
DATE: 12/24/2005 09:01:44
-----
BODY:
クリスマスイブ、我が家にはサンタがくる。
といっても私の枕元にだけ。
当然、そのサンタは旦那である。
プレゼントと言っても、本当に、心ばかりのものだし、そのうちひとつは、私が自分で用意したものだったりするのだが、
「朝起きたら、枕元にプレゼントが!」
というのが嬉しい。
というわけで、毎年、12月24日の晩、旦那は私が寝るまで起きていなければならない。
だから、私も、いつもより早めに布団に入る。
私は、布団に入ると、10秒で寝てしまうから、明かりが消えてから1分ほどしたら、もう、準備OKなんだが、こう寒いと待ってるのは辛いだろうな。
・・・ということで、今日は風呂からあがったら、すぐ布団に入ります。
-----
COMMENT:
AUTHOR: なべちゃん
DATE: 12/24/2005 09:24:35
メリ-クリスマス
素敵なサンタさんですね。微笑ましい日記ですね。
ご馳走様。
今日のお料理はなぁに。ハズの喜ばれるもの・・ですね。
-----
COMMENT:
DATE: 12/25/2005 14:54:10
ありがとうございます(~_~)
今年のプレゼントは、防寒着でした。
旦那の好物は、クリスマスチキンなので、23日の夕食が、チキンでした。
そして、24日は、仲間で宴会でした。
今日がクリスマス本番。
良いクリスマスを!
-----
--------
TITLE: クリスマス
BASENAME: 2165498
DATE: 12/25/2005 14:54:59
-----
BODY:
わが国では、なぜかクリスマス本番よりも、イブの方が盛り上がる傾向にあるように思う。
そりゃ、プレゼントを貰う前のうきうき感は最高だから、イブの方が気分的に盛り上がるのは当然かもしれない。
それと、もうひとつ。
キリスト教の国では、クリスマスは家族のものだが、日本では、恋人同士のものだからかもしれない。
恋人同士にとって、「夜」の方が盛り上がるのは、不思議なことじゃないだろう。
で、結婚してる人間にとっては、「恋人」=「家族」なわけで、夜も昼も、あんまり関係なく、クリスマスイブに特別な思いいれはない。
・・・もちろん、私にとっては、枕元にプレゼントを置いてもらえる日という意味で、思いいれたっぷりだが・・・
ということで、仲間を集って、友人が営むうどん屋さんでパーティをした。
うどん屋さんとはいえ、友人のレパートリーは豊富だ。
ローストチキンならぬ鳥のカラアゲは、カリッとしてて、中身はジューシー。
サラダならぬきんぴら牛蒡は味がしっかり、歯ごたえもばっちりだ。
スープならぬロールキャベツは、ほこほこ暖かく、懐かしい味。
クリスマスパーティは、友人の店の常連さんも集まって、かなり賑やかなものになった。
日本人にとって、クリスマスは、必ずしも、「宗教的祭礼」」ではない。
でも、日本人は、本当にいろいろなことを受け入れ、「遊ぶ口実」にしてきたと思う。
江戸時代の「庚申待ち」も、そもそもは、体の中に棲む「さんしの虫」が庚申の日の夜中に体から抜け出て自分の罪科を天帝に告げ口しにいかないように、寝ずの番をするという意味があったのだが、いつの間にか、「村の男が集まって夜通し騒ぐもの」になっていたという。
「日本人としての心意気」を受け継ぎ、私は、クリスマスは知人同士で大騒ぎ、大晦日は暖かい蕎麦をすすって、除夜の鐘。あけて正月は神社の元旦祭で玉串を捧げ、日本古来の「正月神」を迎えるため、雑煮を食べようと思う。
-----
--------
TITLE: 掃除
BASENAME: 2168227
DATE: 12/26/2005 12:56:52
-----
BODY:
私は、旦那が家にいる日は、掃除は休ませてもらっている。
旦那が寝ている間はバタバタうるさくしたくないし、旦那が起きれば一緒に出かけることになるので、掃除をしている時間がない、というのが一応の理由。
実際は、「なんとなく、しないことになってる」というのが正解なのだが。
そんなわけで、月曜日は、3日分の埃がたまっている。
階段なんかは、「たった3日でなんでこんなに?」といぶかるほどの埃や細かいゴミが溜まっているし、玄関のわんこの毛は、結構すごい。
それともうひとつ、普段は無視している、玄関の細かい置物の埃を一つ一つ払うのも、月曜日のルーチンワークにしている。
だから、月曜日の掃除は、他の日の、1.5倍くらいかかってしまう。
だが、なぜかわからないが、掃除が終わったあとの爽快感は、普段の3倍くらいになる。
「すっきり~♪」
と声に出してしまうくらい、なんだかいらないものがなくなって、綺麗になったという感覚がある。
3日分でこれである。
さて、もうすぐ旦那はお正月休みに入る。
さすがに、大晦日には大掃除をするが、それ以降は、ほとんど掃除をしないことになる。
一年のうち、ゴールデンウィーク・盆休み・正月休みの3度、、4~5日分の汚れを一気に落とす機会に恵まれる。
そうすると、
「よっしゃ、頑張るぞ!」
と、ひきしまった気分になることができる。
これはなかなか、他では味わえない、手軽でかつ、それほど非日常ではないリフレッシュ方法だ。
旦那の初出勤の日が、かなり楽しみ。
-----
--------
TITLE: 注連縄
BASENAME: 2171068
DATE: 12/27/2005 13:43:34
-----
BODY:
先日、百円ショップに行ったら、可愛い注連縄が置いてあった。
赤い獅子舞がちょこんと乗っていて、造花の梅のピンクと松の緑が映えて、なかなかに華やかでもある。
100円という安値だし、思わず購入してしまったのだが、ふと、不安になった。
なにしろ、注連縄は、歳神様をお迎えするためのものである。
ケチってよいものだろうか?
千円程度ケチって、歳神様が来てくださらなければ、その損失は、千円では到底利かないんじゃないか。
・・・まぁ、歳神様がそんな細かいことを気になさるかどうかはわからないにしても、やはり、それなりの気持を持って、新しい歳の神様をお迎えしたいもんじゃないか、と。
そういう目で見ると、この注連縄、稲藁で作られていない。
どうも、プラスティックのように見える。
稲藁ってのはなかなかに意味深いものだと思う。
そこには「前年の実りを感謝する」という意味も篭められているだろう。
梅の花や松の葉が造花なのはまぁ、良いとして、藁がまがいもんなのは、ダメなんじゃなかろうか。
考えれば考えるほど、いかん気がしてきた。
・・・で、結局、今日、近所の八百屋で見かけた注連縄を買いなおしてしまった。
安くあげたつもりが、結局は100円の損。
なんか、セコい話し(笑)
しかもである。
そうしてみると、今度は、「縁起物」として作られたはずなのに、「まがいものだから」と、打ち捨てられる、100円の注連縄が不憫になってきてしまった。
う~~ん、と悩んで、玄関にはホンモノの藁で作った注連縄を。
ベランダには100円の注連縄をつけることに決めた。
こんなことで悩むくらいなら、初めから、ケチるもんじゃないな~、と思いつつ、ちょっとでも安いものがあれば、ひかれちゃうのが、どうやら私のさがというものらしい。
やれやれだ。
-----
--------
TITLE: 思わぬ便り
BASENAME: 2173662
DATE: 12/28/2005 13:03:40
-----
BODY:
「あなたは印象深い人だった」
と、割とよく言われる。
特に、恩師にあたる人からよく言われる。
それは、
「傍若無人だった」という言葉の婉曲表現だったり、
「やたら元気だった」という意味だったり、
「よく食べる人だった」ということだったりすることがほとんどで、決して喜ぶべきことじゃない場合が多い・・・ような気がする。
が、短大時代の英会話の教師からいただいた、この同じ言葉だけは、ちょっと事情が違う。
私は、公立高校の受験に失敗したため、私立女子高に進み、楽な方に流される習性でそのまま短大に進み、就職してみれば、なぜか女性ばかり100名(パートさんも入れれば150名)もいる巨大課に配属された。
もちろん、男性社員もいたのだが、10名ほど。
所謂「左遷課」で、ここに配属された男性とはつまり「お荷物」であり(失礼(^^ゞ)、男の頭数に入ってなかった。
私は、仕事量よりも、べったりひっついて束縛してくる女性達のために一人の時間が全く持てないことに辟易し、3年足らずでやめたが、
つまり、10代半ばから20代前半まで、女の園一直線だった。
パレートの法則というものがある。
「2割理論」とか、「2:8の法則」と表現するほうが、ご存知の方も多いかもしれない。
つまり、働き蟻のうち、実際に働いているのは2割しかいない、というものだ。
面白いのは、その働いている2割を別に行動させると、働いていた蟻のうち8割が怠け出す。
そして、働いていなかった8割の蟻のうち、2割の蟻が働き出す、というのだ。
この法則があてはまるかどうかわからないが、女性ばっかりになると、2割ほどが、「男性」の役割を果たし始める。
弱音を吐かず、弱者に助力をする、という良い反面もあるが、乱暴になったり・・・という悪い面も目立つ。
でも、何より悪いことは、甘え下手になってしまうことだろう。
私は、意識していたわけではないのだが、なぜか(特に社会人になってから)、男として扱われていた。
もともと負けず嫌いでへそ曲がりだったから、というのもあるだろうが、結局生まれつき甘え下手であるのが一番の原因であるように思う。
人から同情されるのが死ぬほど嫌いだったし、なんの根拠もなく、自分は人より「力持ち」だと信じていた。
実際のところ、私が結婚した時、
「一人で生きていくと思ってた」
と、男友達からも女友達からも、かなりびっくりされた。
「守ってあげたい」
と言ってくれたのは、旦那が空前絶後だ。
その中で、この英会話の先生だけは、私を「弱い者」として、大事にしてくださった。
それは、彼がアメリカ人で、体力的にも骨格的にも、私が小さく弱く見えたということもあるとは思うが、なによりも、彼の講義の最中に、私の祖母の死の知らせが届いたという事実が原因だと思う。
先生は、男の先生というだけでファンクラブのひとつやふたつできる女の園で教鞭をとっておられたにも関わらず、そういう浮ついた「ファン」は、多分一人もいなかったと思う。
魅力がなかったわけではない。
確かに、当時40代と、若くはなかったが、「若いだけ」のほかの英会話の教師と比べても、顔立ちは飛びぬけて優れていた。
講義も、さまざまな話題に富み、面白かったし、学生の発言に対する細やかなフォローは、学生を積極的に授業に参加させるのに十分な力となっていた。
だから、彼に教わっている学生で、彼を好きでなかったのは、多分、ほぼ、いないと思う。
だからこそ、浮ついたファンはいなかった、ということだと思う。
そういう先生だから、自分の目の前で、祖母の死にショックを受けた私に対して、その後、「元気ですか?」「何か心配事はないですか?」と折々に心をかけてくださった。卒業してからも手紙をくださって、いろいろな話しをしてくださった。
その先生が、休職されたのは、私がOL2年目の時だった。
理由を知らないまま、花束を送ったら、とても長い手紙が届いた。
一見して、「普段の先生じゃない」と思える内容だった。
会って話しがしたいとおっしゃってくださったので、お会いしたが、何かが、掛け違えているような気がした。
随分後になって、別の教授から、
「娘さんが小児がんで亡くなった」
と教わった。
先生が休職なさったのは、その診断が下った直後だったのだ。
学園祭で娘さんを見たが、欧米人の血が混じったアジア人特有の、エキゾチックな美しさと独特のはにかみを持つ、本当に可愛らしい娘さんで、学生達の間ではたちまちアイドルになってしまっていた。
娘さんがどこへ行っても、学生達が、握手を求めたり、話しをしたがったりしていた。
自慢の娘さんだったと思う。
その娘さんが亡くなったのだ。
卒業してから、月に一度くらいの頻度で手紙のやりとりがあったのだが、先生からの返事は間遠になり、クリスマスカードと年賀状のやりとりだけになり、去年は、それさえも、届かなかった。
何があったのか、他の教授に確かめることも、私はしなかった。
なんとはなく怖かった。
それが・・・。
なぜか、いきなり、インターネットのメールが届いた。
去年、クリスマスカードにメアドを書いて送ったのだが、そのまま音沙汰なく、1年が過ぎていたので、返事は諦めていた。
それが、いきなり、素晴らしい新しい年を願う内容のメールが届いたのだ。
冬の休日は、息子がアメリカから帰ってくる、というだけの内容だったが、昔の先生の明るい調子が甦っていた。
先生が、私が祖母を亡くしたショックから立ち直るまで(実際それは、そんなに長くかからなかった)してくださった数々の心配りを再現することは、私には出来ない。
私に、先生に対してできることが、それほどあろうとは思わない。
ただ、先生が、私を本当に心配してくださったこと、見守ってくださったことを、今、もう一度、ちゃんと思い出したいと思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 12/29/2005 02:15:56
好い年の暮れになりましたね(^^)ほんと先生お元気でよかったですね。
行動とか言葉で伝えられなくっても、のりちゃんの先生に対する心配とか感謝の気持ちは、きっとどこかで通じているのだと思います。
-----
COMMENT:
DATE: 12/29/2005 08:18:28
たいした用事はなくても、ちょこちょこ連絡しようと思ってます。
悲しいのは、卒業して20年近く、英語力がガタ落ちで、伝えたい言葉が上手に伝わらないってのがあるんですね(^^ゞ
先生は、本当は、日本語ペラペラなんですが・・・
英会話の先生に対して日本語で話すのも、がっかりされちゃいそうで。
なんか、英語の勉強になりそうです(笑)
-----
--------
TITLE: SPAM
BASENAME: 2175753
DATE: 12/29/2005 09:00:05
-----
BODY:
SPAMメールと言っても、ごくごくたまに、
「お、センスあるぅ」
と思う文章にぶつかるので、一応、初見のSPAMには、目を通している。
SPAMというのは、無作為にばらまくものだから、相手の個人情報には触れることなく、「あなただけに送っている」ことに信憑性を持たせなくてはいけないし、「この娘なら信用できるな、会いたいな」と思わせねばならないから、かなり難しいと思う。
だから、まずは最初に「メル友から始めませんか?」というものを送り、レスがあった人に、少しずつ親しげなメールを送りつけ、時には同情をひき、時には媚態を示し、最終的に悪質サイトにアクセスさせるというパターンがほとんどだったらしい。
それが、最近は、「メル友から始めませんか」だけでは引きが弱いということになったらしく、いろいろな手法を見かける。
例えば、今までで、なかなかセンスがあると思ったのは、トレンドマイクロがエラーをだした直後に来たSPAMメール。
「ウィルスバスターをお使いの方はアップデートしてください」
という内容で、
「WINOSをご利用の方」
「MACOSをご利用の方」
と、いろんな条件別にリンクが張られていて、どんどん下に下がっていくと、途中から、
「巨乳好きの方」
「ロリ顔好きの方」
と、明らかにアダルト系な文句になっていく。
これには大うけして、保存しといたつもりが、間違って消してしまった。
残念。
しかし、大概は、「またこのパターンか・・・工夫ないなぁ」と思うSPAMばかりなので、ジャンクメール指定してしまう。
そうすれば、次から、メーラーのジャンクメールコントロールによって、私の目に触れる前に、ゴミ箱行きとなる。
24日の日、「いいのしずか」を名乗るSPAMメールが来ていた。
ほんとによくあるパターン。
「このサイトにアクセスしてもらえれば、私の個人情報がわかるから、写真も見ることができるから、それを見て、気に入ってもらえたら連絡が欲しい」
と、有料(多分悪質)アダルトサイトに誘導するもので、悩むことなく、即、ジャンクメール指定。
しかし・・・この「いいのしずか」は、なかなか手ごわかった。
しつこいのだ。
しかも、何度ジャンクメール指定しても、通常メールと一緒に受信メールボックスに入ってしまう。
そんなわけで、とりあえず目を通すのだが、多少アレンジはしているが、内容は一緒。
ただ、
「今日会えなかったら、もう会えない」
「一生懸命すぎてひかれちゃうけど、真剣なんです」
というような言葉が、入れ違いに入るだけ。
ほんと、工夫がない。
しかも、一日5~10通くる。
こういうSPAMメールを送るのは、「アルバイト」かなんかなんだろうか。
歩合制なんだろうけど、文章も自分で考えるんだろうか。
ライターの仕事として、「SPAMメールの文章を書く」というものが、あるSOHOグループから、発注されたことがある。
アダルトサイトへの誘導ではなくて、「楽して儲かる方法を教えます」という、これまた有り勝ちなサイトへの誘導SPAM。
しかも、その募集が、「400文字で、楽して儲かる方法を教えるサイトへの誘導文を書いて募集してください。採用になったらお金を支払います」という・・・それ、誰も採用にするつもりないんちゃうん?ただでサンプル文集めるだけちゃうん?????という怪しいものだったんで、それを「ライターの仕事」と言っていいのかどうかはわからないが・・・。
とりあえず、「SPAMの文章を書く」という仕事が、ライターの仕事として発注されているということは、このSPAMメールの文章も、「ライター」が考えているのかもしれない。
だとしたら、プロ失格じゃ!
ちゃんと工夫せ~~~~いっ!!
無視すりゃいいんだけど、だんだんムカついてきて、思わず、返事を書きそうになってしまった(笑)
・・・あっぶな~~~~い・・・・・・
-----
--------
TITLE: 干支
BASENAME: 2178553
DATE: 12/30/2005 13:18:01
-----
BODY:
年賀状の出し忘れに気付いた。
今年の年賀状はすべてパソコンでプリントアウトしたが、出し忘れの1枚に関しては、忘れていた反省を込めて、和紙の千切り絵で作ることにした。
まず、四角い和紙を用意し、その上に、和紙を千切って犬を描いていく。
作ってみて初めて思ったが、犬って千切り絵にするのは、かなり難しい。
ペンで描くのはそれほど難しい作業じゃないのだが、和紙で表現しようとすると、胴体の形、脚の形など、かなり難度が高い。
それじゃ、何年ならば作り易いだろう。
ねずみ・・・げ、難しい。
うし・・・作れません。
とら・・・シマシマを表現するだけでも、無理。
うさぎ・・・雪うさぎでいいなら、なんとか。
たつ・・・ひもみたいな龍でいいなら。
み・・・ひもみたいな蛇でいいなら。
うま・・・細い脚を千切るのは難しそう。
ひつじ・・・もこもこの体に角をつけるだけだから、これは結構和紙が合いそう。
さる・・・顔だけでいいならなんとか。
とり・・・白い体にとさかとあごひげ(?)とくちばしをつければそれらしいかも。
いぬ・・・難しかったっす。
いのしし・・・鼻のあたりが結構難度高そう。
ってことで、どうやら、ひつじ年ならば、和紙でなんとかできそう。
・・・う~~ん。
10年後かぁ(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 年越し蕎麦
BASENAME: 2180609
DATE: 12/31/2005 08:47:35
-----
BODY:
年越し蕎麦の具に地域性はあるのだろうか?
お雑煮などは、地域によってガラッと違うものだが、蕎麦というのは、割りと普遍的なものだと思うから、年越し蕎麦に地域的な違いはないかもしれない。
大体、うちの年越し蕎麦からして、毎年具が変わる。
海老天と、おあげさんは必須。
これに、にしんや、とろろなどが加わる。
今年は、海老天・あげ・山の芋すりおろしを入れる予定。
蕎麦を食べたら、風呂に入り、二年参りにGOだ!
-----
COMMENT:
AUTHOR: アクティブシニア
DATE: 12/31/2005 08:58:09
なんで、年越すのに蕎麦なんですかね? 理由がよくわかりません。 江戸時代に蕎麦屋さんの販売戦略ではやらせたのでしょうか???
-----
COMMENT:
DATE: 12/31/2005 15:08:11
年末から年始にかけての食べものは、ものすご~く
「縁起かつぎ」
が、されていて、お蕎麦は、「長い」ことから、「長生きできますように」という意味があると聞いてます。
鏡餅に、干し柿は付いてますか?
関西では、干し柿の数は10個。
2個・6個・2個と繋がって付いています。
これは、「いつも ニコ(2個)・ニコ(2個)、仲睦(中六つ)まじく」とかけてるそうです。
いや~、日本人の縁起かつぎってすごいですね(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: とんととんとん
DATE: 12/31/2005 19:43:10
年越し蕎麦でも豪勢な感じですね^^
うちは簡単にかき揚げを乗せただけです^^
細く長くでお蕎麦なんですね^^
太く長くだったらうどんでも良いのかもしれないけど^^
楽しく読ませていただいてますが、コメントしないで失礼しています^^
どうぞ良いお年をお迎え下さい
来年も宜しくお願いします^^
-----
COMMENT:
DATE: 12/31/2005 20:09:56
こちらこそ、ご挨拶もろくにできずにいて、申し訳ありません。
そうか、「細く長く」だったんですね。
「長く」だけ知ってて、「細く」は知りませんでした。
なんか、欲張りですね(笑)
とんととんとんさんも、どうぞ良いお年をお迎えください。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
-----
PING:
TITLE: なんで、年越すのに蕎麦なんですかね?
URL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/2749/2180624#2180624
IP:
BLOG NAME: 知的なターザン
DATE: 12/31/2005 09:00:09
[おばちゃんのブログ]
なんで、年越すのに蕎麦なんですかね? 理由がよくわかりません。 江戸時代に蕎麦屋さんの販売戦略ではやらせたのでしょうか???
-----
--------
TITLE: あけましておめでとうございます
BASENAME: 2183233
DATE: 01/01/2006 01:48:28
-----
BODY:
新年が明けました。
今年もいつもと同じように、葛城にある神社で初詣を済ませ、祈りの滝で若水を頂いてきました。
朝になったらこのお水でお雑煮を作り、若水を戴き、お神酒を祝います。
今年も、良い年になりますように!
-----
COMMENT:
AUTHOR: とんととんとん
DATE: 01/02/2006 20:45:22
あけましておめでとうございます♪
ちゃんと恒例の行事をして居るんですね^^
もう手抜きの私は、ちゃらんぽらんですが…^^
今年も色々のりちゃんならではのお話し楽しませていただきます^^
どうぞ宜しくね♪
-----
COMMENT:
DATE: 01/03/2006 07:48:40
あけましておめでとうございます。
恒例の行事と言っても、二年参りの後若水を汲むこと、それからお雑煮を作ること、実家周りをすること、それだけで、おセチ料理を作ったことは一度もないんです(^^ゞ
「日本の伝統が失われるかな~・・・」
などと思いつつ、黒豆やたづくりを作っても、誰も食べないだろうなって思ってしまって。
こちらこそ、今年もどうぞよろしくお願いします。
-----
--------
TITLE: お雑煮・・・そして初夢
BASENAME: 2186723
DATE: 01/02/2006 15:22:49
-----
BODY:
お正月は、
朝は自宅でお雑煮を祝い、
昼は旦那の実家でお雑煮とお節料理をいただき、
晩は私の実家でおせち料理をいただく。
これが毎年の恒例となっている。
私が作るお雑煮は、母譲りのもの。
金時人参と細い大根と小芋を分厚く輪切りにし、豆腐を角切りにしたものを具として、白味噌で仕立てる。
母と私が違うのは、母は木綿豆腐を使うのに対し、私は絹越豆腐を使うことくらい。
だしは、こぶと鰹節を使う。
義母のお雑煮も白味噌だが、いわゆる「だしのもと」を使うので、ちょっと塩辛い。
そして、私や母がどろりとするくらい白味噌を使うのに対して、義母はさらりと仕上げる。
具は、ねぎと揚げが加わり、豆腐が入っていない。
あと、人参は金時人参ではなく普通の人参で、大根も普通のものを使ってあり、きり方は短冊切り。
多少の違いだが、これが結構「別物」という感じに仕上がるから不思議。
分厚い輪切りと、薄い短冊切りでは、食感もかなり違うので、朝昼と続けてお雑煮を食べても飽きない。
旦那の実家のお節は、焚物が多い。
蕗・こんにゃく・れんこん・ごぼうなどの山の幸を焚いた物と、かまぼこ・たづくり・海老・昆布巻きなどの海の幸がバランスよく入っている。
うちの実家は、鯛の塩焼き(甥の誕生日でもあるので)と、できあいのお節。
できあいのお節は、品数は多いし色鮮やかだが、味は・・・だ。
だが、それに、カラアゲだとか、エビフライが付くので、昼晩とお節が続いても、飽きない。
そんなわけで、お正月、家に帰ってくると、体重が増えている。
・・・まぁしょうがないといえばしょうがないのだが、かなり、水太りという感じ。
塩分を取りすぎるのだと思うが、ぶよぶよ・・・というより、たぷたぷという感じ。
これからはりきって水分を抜かないと。
ついでに脂肪も減らさないと。
・・・そんなわけで、初夢は、
「きつかったスカートが入った!」
と喜んでいる夢だった。
他にもオムニバスのものを見たが、記憶に残っているのは、
見知らぬ女の子が、
「私は地図ですか?」
と歌っているというもの。
私は彼女に対して、
「地図みたいに、人を導くことが出来るの?」
と尋ねている。
これは、多分、自分に対する問いかけなのだろうと思う。
目標を決めて、そこに自分を導けるように、今年はしっかりと生きようと思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 01/03/2006 02:50:12
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
ご実家はどちらもお近くですか(^^)両方でお雑煮が頂けるなんていいですね。
そういえばうちの母も大阪人でしたが、やはり白味噌のお雑煮で大根は細めの短冊でした。
煮えすぎて型崩れした大根が餅といっしょになって、何食べてんのかわかんない、というのが常でした(笑)。
ことしもどうぞよろしくお願いします。
-----
COMMENT:
DATE: 01/03/2006 07:58:43
あけましておめでとうございます。
煮崩れた野菜と餅の組み合わせがおいしいんですよ!!
ひるさんちのお雑煮は、白味噌じゃないんですね。
お澄ましや赤味噌もおいしいんだけど、お正月はやっぱり白味噌が食べたいと思ってしまいます。
こちらこそ今年もどうぞよろしくお願いいたします。
-----
--------
TITLE: 三度目の正直
BASENAME: 2189431
DATE: 01/03/2006 17:13:59
-----
BODY:
平群に「船山神社」という神社がある。
初めて参拝したのは、もう、一昨年になる。
参拝しおわって、境内にある案内板を見ると、こんな言葉があった。
「境内後方の矢田丘陵八合目付近には丸木船状の三つの巨石があり、神が乗って地上に下ってきた船石として信仰されてきた。」
つまり、この船石がご神体なのだろう。
この日、早速、矢田丘陵を登ってみたのだが、結局船石は見つからなかった。
その後、平群の方からたまたまメールをいただいたので、船石について尋ねてみると、わざわざお役所まで出向いて確認してくださった。
そして地図まで送ってくださったのだが・・・。
地図を見て登ったにも関わらず、二度目も、船石に邂逅することは出来なかった。
それぐらい、ややこしいのだ。
山というものは、「道」がないので、少し方向を見誤ると、目的地に辿り着けないことがよくある。
そして、今日。
天気も良いことだし、遠出している時間はないし、ということで、三度目の挑戦。
今度は、地図とは関係なく、境内裏山を直登することにした。
角度は、多分、25度くらいだと思うのだが、枯れ葉が積もっているので、かなり滑る。
ずり落ちながらも、一歩ずつ上へ。
道なき山を登るとき、降りる時。
大事なのは、
「頼りになる木」を見つけることだと思う。
もちろん、自分の体重を支えるだけの腕力がなきゃ意味がないんだが、とにかく、木に捕まってさえいれば、とにかく、上へ下へ動くのは、それほど難しくない。
一度、「枯れ木」を、「頼りになる木」と見誤ってしまい、滑落したことのある私は、割りと、慎重に木を選ぶ。
それでも途中、にっちもさっちもいかなくなって、旦那に、
「う・・・動けない!なんとかしてっ!!」
と引っ張り揚げてもらった場所が2箇所ほどあった。
とにかく滑るので、どこかに確かな足場を確保しないと体重の移動をすることが出来ないのだが、その確かな足場が、手近に見つからないことがあるのだ。
それにしても、岩が多い。
つまり・・・。
多分、ここらへんにあるのだろうということはわかるが、たくさんあるうちの、どの岩が船石なのかわからないという状態(^^ゞ
「これかな?」
「小さいんちゃうかなぁ?」
「う~~~ん」
という会話を何度か繰り返しているうちに、頂上に来てしまった。
船石は、「八合目付近」のはず・・・。
少し違う場所から降り始める。
道がないと、好きなところから降りられるので・・・道があっても好きなところから降りていいんだが・・・、便利だ。
下りは、のぼり以上に、「頼りになる木」の存在がありがたい。
しっかりした木の根本めがけて滑り降りる。
どっしりした木を掴んで、滑り降りる。
途中で旦那が
「ちょっとあっち行ってみよか」
と小さい尾根のような場所を指差した。
さっき、そのあたりに大きな岩らしきものが見えたからだ。
そして・・・。
あった、ありました!!
いや~~、ほんと、三度目にしてやっと出会えました。
ほら、確かに、船の形をしてるでしょう?
この石に乗って神様が降臨したと考えるのは、昔の人にとって、とても自然な心の動きだったことでしょう。
大きさは、カヌーより少し大きいかな?というくらい。
昔の人は小さかったのか、それとも、神様はカヌーの操縦がお上手だったのか。
なんにせよ、地図を送ってくださった方、つきあってくれた旦那、どうもありがとうございました。
余談だが、山を降りてきた後、たくさんお土産をいただいたことに気付いた。
滑り降りた時に入ったのだろう。
ポケットの中に、たくさんの枯れ葉が入っていた。
-----
--------
TITLE: 届いた年賀状
BASENAME: 2192391
DATE: 01/04/2006 19:05:47
-----
BODY:
なぜか・・・。
元日を4日も過ぎてから、こちらが送っていない人から年賀状が届いたりする。
今送ったら、6日には届くのだろうか?
なんかしらじらしい気がして、普通のハガキで送ろうかとも思うが、それもまた開き直りのようで、ちょっと悩む。
新しい知り合いの場合、こちらが「改まったお挨拶は抜きでいっか」と思っていたら、年賀状が届いて、焦ってこちらからも出すということがある。
これは、初年は失礼してしまうが、次の年からは普通にやり取りを続けることができるから、それほど問題ではない。
難しいのは、「年賀状だけの付き合い」のやめ方だ。
もう、本当に、10年以上会ってない高校時代の同級生数人から年賀状を貰う。
必ず、「今年こそはみんなで会いたいな!」と書いてある。
学生時代に仲が良かったメンツで、卒業してから何度か集まっていたのだが、私が幹事をすることが多かった。
だから、つまり、「今年こそはみんなで会いたい!」という言葉は、
「また集まりを主宰して!」
という意味なのかな?
とは思うが、メールに慣れてしまうと、どうも電話というツールがめんどくさくて、次の年の年賀状に、
「集まりたいと思う人は、メールちょうだい」
と自分のメアドを書いておいたのだが、だ~れからも連絡が来なかった。
・・・もちろん、インターネットに接続していないという人もいるとは思うのだが、携帯メールもしてない人は、それほどいないんじゃないかと思う。
結局、「みんなで会いたい」というのも、どうやら虚礼なのだなぁと思う。
いや、多分、集まりたいという気持はあるが、具体的に話しを振られると、ちょっとめんどくさいと思ってしまうということだろう。
そんなわけで、年賀状を出すのをやめてもいいかな・・・とも思うのだが、こちらが出さなくても、やはり年賀状が届くのだ。
「今年こそはみんなで集まりたいな!」
と(笑)
どないしたもんか。
今日届いた、「今年こそはみんなで~」と書かれた年賀状を見ながら、今、思案中である。
-----
--------
TITLE: 花の寿命
BASENAME: 2194648
DATE: 01/05/2006 12:41:37
-----
BODY:
花はなんのために咲くのだろうか。
「実を結んで、次の代を残すため」
という答えが返ってきそうだが、私はどうもそれは違うんじゃないかと思っている。
もし、実を結ぶためだけならば、なにもこんなに色鮮やかに、薫り高く、美しく咲く必要はないと思う。
「受粉を助ける虫を呼ぶために色と香が美しいんだよ」
と説明されても、やっぱり納得いかない。
花によって、受粉の方法が特定されていることもあると聞く。
確か、最近、ミズバショウの受粉方法が判明したということがニュースになっていたはずだ。
風で受粉すると決まっている花もあったはずだ。
大体、小さい花をたくさん咲かせるのが風媒介の受粉のものだと聞いている。
つまり、風による受粉は確率があまりよくないため、「数打ちゃ当る」方式でたくさん花をつけるのだという。
しかし、その手の小さい花が美しくないかというと、決してそうじゃない。
むしろ、小さい花は、可憐で愛らしいと思う。
虫をひきつける必要があるかどうかは関係なく、花とは美しいものなのだ、と考えた方が自然だと思う。
話しが逸れるが、以前、「遺伝子」を中心とした考え方が流行したことがあった。
動物は、遺伝子を残すために活動しているという考え方だ。
例えば、集団で生活する猿。
敵を見つけた猿は奇声を上げて危険を知らせるそうだ。
そして大概の場合、危険を知らせた猿は、敵に襲われて命を落とすのだそうだ。
猿は、自分を危険にさらしても、仲間を助けるために声をあげる。
これは、自分ひとり助かるよりも、同族達を多く逃がすほうが、自分と同じ遺伝子が残る確率が高くなるから、と説明されていた。
そうかなぁ・・・?
私に科学的素養が欠けているだけかもしれないが、それはあまりにも、猿の個性や感情を無視した考え方であると思えてしかたない。
同じように、花は受粉のために美しく咲くという考え方は、「植物の心」を無視しているような気がしてしようがないのだ。
去年の暮れ、例年より時間的余裕があったので、正月の花を活けた。
最初、松と梅と南天、万両、そして銀にペイントされた枝のセットを購入したのだが、水盤に活けてみると、文字通り「華がない」。
そこで、フリージア・ガーベラ、そして名を知らない白い小さな花を新たに買ってきて、足した。
それが、12月30日のことだから、今日で1週間だ。
だが、まだ花は綺麗に咲いている。
もし、実をつけるだけのための花ならば、切られたらすぐしぼんでしまっても良さそうに思う。
どちらにしろ、実を結ぶことはもう出来ないのだから・・・。
今朝見ると、白い小さな花が、蕾のまま萎れていた。
念のため、水切りしてからもう一度水に漬けたのだが、
「一週間たつんだから、萎れても仕方ないのかな」
とも思っていた。
それが、さっき見たら、元気を取り戻しただけじゃなく、花開かせてまでいる!
「非科学的なことを言う」
と笑われそうだが・・・。
「花を咲かせることなく萎れたくない」
と、ものすごく頑張ったのだと思う。
花は、実をつけるためだけにあるのではない。
花にとって、花開くことは、ひとつの目的なのだ。
なんの根拠もないし、科学的でもないが、私はそう思う。
-----
--------
TITLE: お神酒
BASENAME: 2197643
DATE: 01/06/2006 13:50:12
-----
BODY:
丹生縁の方から、丹生都比売神社のお神酒をいただいた。
度数は18度~19度。
日本酒としては、かなり強い。
おいしいと評判の天野米で作られた純米酒だ。
株式会社吉村芳雄商店という酒造が醸造しているらしい。
日本酒ほど、値段と味が比例しないものは珍しいと思う。
手ごろな値段で、目が覚めるほどおいしい日本酒もあれば、万に手が届くほどの値段なのに叫びたくなるほど・・・なものもある。
金箔入りで見た目は豪華なんだが、醸造アルコールの味が強すぎて、米の味がわからない!
というものも結構ある。
だから、栓を開けるまでは、どんな味のものが入っているかわからない。
値段から類推できない。
それが、日本酒なのだ。
さて、お神酒である。
頂いたので、このお神酒の初穂料はわからないのだが、本当においしい日本酒だった。
おいしいお米と水で、心を込めて作られたお酒だと思う。
まさに、「神に捧げるために作られた酒」なのだろう。
以前、ある宮司さんが、
「神前に捧げたお酒はおいしくなります」
とおっしゃっていたから、「神様の御前に捧げられた」ということも、おいしさに関係しているのかもしれない。
丹生都姫命は、ご自身がお酒を醸されたとする伝承が残っている女神だから、お酒の味は、神に捧げられることで、グンとアップしたのかもしれない。
もちろん、酒造さんの丁寧な仕事があってこそのことだけれど・・・。
が、しかし、である。
お神酒を何本も買い込むのは、なんとなく、気がひける。
お神酒本来の意味は、
「神様に捧げられたお酒を分けていただいて、健康や福をいただく」
ことなのじゃなかろうか。
決して、
「がぶがぶ飲んで、酔っ払う」
ものではないような気がする。
「親戚に配るんで~」
と言い訳することも出来るが、神様の前であからさまな嘘を吐くのは嫌だしなぁ。
あんまりおいしすぎるお神酒というのも、なかなかに人泣かせなものなのかもしれない(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 「開いている窓の前で立ち止まるな」
BASENAME: 2200443
DATE: 01/07/2006 13:53:46
-----
BODY:
小説「ホテル・ニューハンプシャー」で繰り返し出てくる言葉である。
もちろん、小説の中で、この言葉に関わるエピソードが説明されているのだが、私は、それをぼ~っと読み過ごしてしまった。
年末年始はバタバタしていて、一応読んではいても頭に入っていなかったらしい。
私がこの言葉で思いついたのは、
「窓から糞尿を投げ捨てていた」
という中世フランスの事情だ。
そんなわけで、
「開いている窓の前で立ち止まったら、糞尿を頭からかぶってしまうかもしれないということね?」
そう納得して読み進めていたが、話しも最後に近づくと、どうもそういう認識では話しが通らない。
しかも、考えてみれば、糞尿を頭からかぶるのを恐れているのなら、
「開いた窓の前」
じゃなく、
「開いた窓の下」
に近寄らないようにするべきだ。
そこで、最後まで読み終わった後確認してみた。
開いた窓についてのエピソードはこうだ。
ねずみの王様と呼ばれる大道芸人がいた。
彼は、
「人生は苦しいが芸術は楽しい」
という遺書を残して、彼の動物達と共に、「開いた窓から」飛び降りたのだ。
つまり、開いた窓で立ち止まる人の頭に去来するのは、
「to be or not to be」
という言葉なのである。
実際、登場人物の中の一人、家族の末娘は、開いている窓から飛び降り自殺をした。
「開いた窓の前で立ち止まらないでやってる」
という言葉は、「死を考えないで済む程度に幸せだ」という意味になるようだ。
そんなことを思いつきもしなかった。
「死」どころか、「糞尿」・・・。
多分、私は幸せなんだろうなぁ・・・と、思う。
-----
--------
TITLE: 龍王山城
BASENAME: 2203629
DATE: 01/08/2006 18:35:07
-----
BODY:
三連休の中日だというのに、旦那は仕事。
ということで、朝からだらだらとネットニュースを拾っていると、携帯電話が鳴った。
友達のanne猫さんからで、
「今から龍王山城に行くんだけど、一緒にどう?」
という内容。
喜んで、連れていっていただくことにしたが、1時間後には待ち合わせ場所に到着するとのこと。
待ち合わせ場所まで、家から歩いて15分。
鳥の世話も、犬の散歩も・・・それどころか歯磨きさえまだだったので、慌ててそれら全てを済ませ、家を飛び出た。
龍王山城は、龍王山の頂上にある城で、松永弾正により滅ぼされた、十市氏の城だ。
標高は、583Mと、中程度の山だが、麓から登るので、結構時間がかかる。
しかし、実は、この山道、嬉しい「おまけ」があった。
野いちごの実がたくさん成っているのだ。
春にはまだ早いのだが、植物は、もう春の予感を感じているのかもしれない。
昼食前のこととて、ついばみながら登る。
1時間ほど登っただろうか。
龍王山城の南本丸・北本丸の分岐点に辿り着いた。
この山城は、北の頂上・南の頂上にそれぞれ城があり、北が本城、南が詰城らしい。
が、南の方が標高は高い。
まず、南から攻める。
乾いた雪が残っていて、踏み固められていたりするので、かなり滑る。
山城攻めは、山道のない道を行くことが多いため、これは結構怖い。
案の定、土塁を見るために堀を滑り降り、また上ろうとするとき、かなり苦戦した。
捕まる木がないのだ。
が、途中の見晴台らしきところから見た奈良盆地は、雲間からの光を受けて、かなり幻想的で綺麗だ。
次は北本丸へ。
・・・・・・と・・・・・・・。
いきなりの雪。
しかも本降りだ。
山はこれだから侮れないと思う。
しかも、北城は、本丸に登るための道が見つからなかったので、横の斜面を直登。
角度は30度以上あったと思う。手を使わなければ決して登れないほどの斜面。しかも、木がない!!!!!!!
「ここを降りるんか?」
と自問したが、ここまで来て、本丸を見ない手はないと思ってしまう。
降りる時はその時悩むさ。
・・・本丸跡は、かなり広かった。
雄大だ。
ぐるりと回ってみると、放射状に、「廓」が見える。
・・・・・が、私がぐるぐる周っているのは、廓を見るためだけではなかった。
「他に降りる場所はないか」
と探していたのだ。
30度以上の雪の斜面を、しかも、高さ10M(そんなになかったかな?)あるところを・・・その上、捕まる木のない傾斜を、降りるのは、かなり、怖い。
一箇所だけ、なだらかな斜面があったため、そこから降りることにした。
降りてみたら、すぐそばに階段があったのだが・・・。
全く気付かなかった(^^ゞ
階段といっても、かなり急なもので、しかも、雪が積もっていたから見えなかったのだ。
これだから、雪の山は侮れない(笑)
が、怪我することもなく、分岐点まで戻った。
あとは、それほど急な斜面もないので、しゃべりながら快調に降りるだけだ。
山の中では、すべてが「自己責任」だ。
旦那が一緒ならば、「助けて~」ともいえるが、旦那がいないときは、人に甘えることは出来ない。
どの人も、自分の体力一杯で登り・降りているのだ。
自分だけが頼り。
下界にいれば、そんな経験は、滅多にない。
結婚前、私は一人暮らしをしていたが、それでも、何かあれば親を頼ることが出来た。
仕事の上では、上司や同僚・後輩に助けを求めることができる。
生活の上では旦那に頼りっぱなしだ。
なだらかな登山道を下りながら、
「私は、いろんな人に助けてもらって生きてるよな~」
と、しみじみ思った次第。
-----
--------
TITLE: 野いちご
BASENAME: 2205820
DATE: 01/09/2006 13:23:01
-----
BODY:
昨日、野いちごを食べながら山を登った。
私は田舎に住んでいるので、野いちごや木苺が自生する場所をいくつか知っている。
でも、それがどこかは、内緒(笑)
私は、いちご類・ベリー類は全て好きだが、
甘いだけの果物よりも、酸味の強い果物が好きなので、普通の苺よりも、野いちごや木苺の方が、おいしいと思う。
が、ふと思った。
野いちご・木苺・普通の苺
という区別は正しいのだろうか?
いちごってなに?ベリーってなに??
そこで、三省堂の「大辞林」で調べてみた。
結果、「普通の苺」は、正式にはオランダ苺というらしい。
野いちごとは、野生の苺の総称。当然、木苺もそれに含まれる。
木苺とは、木になる野生の苺の総称。
私が「野いちご」と読んでいたものは、「草苺」と呼ばれるものらしい。むろん、それも「野いちご」の一種類なのだが。
すべて、バラ科。
ついでに、英語で「ベリー」と呼ばれるものの定義を調べて見た。
小学館の「新選英和辞典」で、「berry」をひいてみると、
「ベリー、イチゴ(小粒で果汁の多い食用果実)」
「液果(果肉が柔らかく多くの種をもつ果実」
と説明され、
前者の例は、「strawberry,raspberry,gooseberryなどのイチゴ類」とされ、
後者の例としては、tomato,grapeなどが揚げられている。
ちなみに、strawberryはいわゆる「イチゴ」、raspberryは「木苺」、gooseberryは「西洋すぐり」と訳されている。
それでは、「イチゴ類」とは??
前出の大辞林で「いちご」をひくと、
「バラ科の草木、または小低木」となっている。
が、すぐりはユキノシタ科であり、バラ科ではない。
つまり、すぐりは「いちご」じゃないのだ。
それに、「いちご」には、「蛇いちご」も入るが、berryは、「食用果実」を差すのだから、蛇いちご(食べても毒はないがまずいので食用にはならない)は含まれない。
はっきりした定義はわからないが、とにかく、
beryy=いちごではない、とだけ覚えておくことにする。
けれど、イコールではないにしても、共通項は多いと思う。
色や形が愛らしくて、甘酸っぱくて、それを好きな人が多い。
とにかく、いちごもberryも、素敵なものたちなのだ!!
・・・とかなんとか理屈をつけて、昨日、龍王山で見つけた「野いちご」の写真をアップします。
-----
--------
TITLE: 野菜
BASENAME: 2209217
DATE: 01/10/2006 14:02:34
-----
BODY:
年末からニュースになっていたことだが、野菜が高い!!
寒さのせいで、野菜が満足に育たないのだそうだ。
私は、文鳥のチュッチュのために、ベランダで小松菜を育てているのだが、確かに生育状況が悪い。
毎日一枚ずつ鳥かごに入れてたら、もう、ほとんどはげちゃびんになってしまった。
仕方なく、八百屋に買いに行く。
野菜が高い時でも、ベランダで自家菜園していたら大丈夫・・・と思ってたのに、野菜が高い時には、自分の菜園でも「高い」状態になってしまうのだ、と今さら気付いた。
くくく~。
・・・ま、それは良いとして、行き着けの八百屋における小松菜のお値段は、2束180円。
世間の相場から見れば、かなり安い。
で、そのすぐ側にあるスーパーで見ると、小松菜1束が、240円。
確かに、八百屋の野菜は土もついているし、多少霜に焼けているようだが、それでも、軸は太いし、葉も元気だ。
スーパーの野菜は、水洗いの手間はないが、なんとなく鮮度が悪い。葉の厚みもイマイチ。
・・・誰がスーパーで買うんだろう。
でも、誰も買わなきゃ、スーパーだって壊れちゃうよなぁ。誰かが買ってるんだよなぁ。
謎だ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 01/10/2006 23:40:59
ここ2ヶ月ほど、お鍋に菊菜が入っていません。お正月もそうでした。
白菜と豆腐と、かろうじて椎茸の茶色が鍋の中に見え隠れするぐらいの、白~いお鍋。ほんと、いつになったら安くなるんでしょうね、青いお野菜。
今度、箕面に行ったら、お猿の鳴き声にじっくり耳を傾けてみようと思います。
それが「キー」なのか「キャー」なのか(笑)。
-----
COMMENT:
DATE: 01/11/2006 07:14:23
今週末から暖かくなるようですが、それですぐ野菜の値段が戻るかどうか。
戻って欲しいですね。
特に、キャベツが高いのに参ってます。
>鳴き声
そういえば、鹿の鳴き声って聞いたことありますか?
「奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋はかなしき」
というイメージを覆すような声だと最近知りました。
「ふぇ~~~~っ」
ってあほみたいな声なんですもん(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 01/13/2006 01:06:40
鹿の鳴き声、ずっと気になってます。奈良公園は何度も行っているけどあそこでは聞いたことがないように思います。いつだったか、雪山の奥の方にぶらぶら歩いて行って、「ケーッ」という声を聞いたことがありますが、あれは鹿じゃなかったのかしらん。「ふぇ~~~」っていうんですか?(爆笑)
なんかの和歌集に「ぴーと鳴く・・・」ではじまる歌がありましたが、当時の大学の先生も「ほんまにぴーなんて鳴くんかいな?誰か聞いたことないか?」と言ってました(^^)
-----
COMMENT:
DATE: 01/14/2006 08:58:16
春や夏に、奈良公園に行った時は、鳴き声を聞くことができませんでした。
11月に行った時、初めて聞いたんです。あっちこちで鳴いてました。
その後、12月に行ったと時にも、聞くことができましたが、「あちこちで」という感じじゃありませんでしたので、やはり「秋」が、鹿の鳴く時期なのかと。
「けーっ!」
と聞こえないこともないんですが、それより少し間抜けだったような気がします(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 十日ゑびす
BASENAME: 2212436
DATE: 01/11/2006 13:30:04
-----
BODY:
この時期、西宮えびすの開門神事に絡んで、テレビで友人の姿を1度や2度は見る。
他の参加者よりは、(ときにはかなり)長時間、テレビに映っている。
彼にはドラマがあるのだ。
初参加から2年連続、二番福。
3年目はトップを独走するも、本殿前で転倒。
それだけでも、十分ドラマチックだが、
その年の冬・・・次の開門神事の直前、バイクで高速道路を走っていた彼は交通事故に遭遇し、トラックに脚を「つぶされた」。
今では脚は繋がっているけれど、松葉杖が必要になってしまった。
いや、脚どころか、命さえ落とすかもしれない大事故だったのだそうだ。
それでも彼は、毎年の開門神事を、「走って」いる。
実行委員として、年末から神事のために走り回り、当日は参加者として走っている。
そのことと、彼の一本気で力を惜しまない一生懸命さのおかげで、テレビでは、彼は、とても感動的に取り上げられる。
「ハンデに負けず」という枕詞がつくことが多い。
VTRが終わると、コメンテイターの何人かが涙ぐんでいる。
でも、私にとって彼は、確かに「とてもいい奴」ではあるが、普通の若い男の子だ。
彼の脚のことで、気を使ったことなんてない。
一度だけ、一緒に史蹟に行った時、少し難しい小山の上にそれがあったため、
「やめとく?」
と聞いたことはあるが、その時も彼は、
「いや、大丈夫っす」
と、もたもた木に捕まって登っている私を尻目にすいすい登ってしまった。
降りる時も、さっさと降りて、
「気ぃつけてください」
と私を見上げていた。
・・・それから、気を使ったことは一度たりともない。
むしろ、「私の方がずっと高齢なんだからもう少し労わってよ!」と思うほどである。
正直なところ、私が彼を頼りにしている場面は多い。
一緒に出かける時は、大体ずっと歩き廻っている。
食べる時以外は、とにかく足早にざくざく歩く。
山の坂道などでは、彼の方が心持、私より速い。
負けず嫌いな私は、「負けるもんか」と、ペースアップするので、軽く息があがってしまうのだが、彼の呼吸は乱れない。
集団で出かけるときなどに観察していると、登山の経験値が高い人以外は、少しでも坂道が続くと、私より遅れて息を切らせているのが常だから、彼は一般的な男性よりもずっと体力があり、運動能力も高いということだと思う。
また、大変機敏でもあるから、よっぽど意識しないと、彼が脚に障害を持っているなどということは忘れてしまう。
旦那の運転で細い曲がりくねった道を移動していたとき、彼がこう言ったことがある。
「うまいっすね~。ぼくだったら脱輪してますよ」
その時、彼は運転免許をとりたてだったので、こんな発言になったのだろうが、事実、彼は、脚の不自由さよりも、運転能力やその他の能力の方に、よりもどかしさを感じてるように思える。
大体、彼が自分の障害について引け目を感じているような態度や、グチっているところを見たことを、私は一度もない。
あるとしたら、
「できることならまたバイクに乗りたい」
というセリフくらいだ。
話すことは、仕事の話し、会社での失敗、面白い発見のこと、好きな芸能人のこと、好きな歌のこと、それからたまには異性の話し。そして、多くのバカ話し。
他の友人となんら変わらない。
だから、私は、この時期のテレビを見て、彼の脚の障害について、改めて、「思い出す」ことになる。
そして、「ハンデに負けず」という言葉に軽い違和感を感じる。
だって、実際、彼は、他の多くの人よりずっと運動能力が高いのだから。
それに、そもそも、「ハンデ」というものは、他の人達より優れている人が、つりあいをとるために受けるもののこと。
それに「負けず」というのは、なんか妙な気がする。
生活するのに支障をきたすという意味では、
私の先天的どんくささや、先天的方向感覚のなさの方が、よっぽど障害・・・「ハンデ」だと思う。
確かに。
彼の「ハンデ」は「後天的」で、私の「ハンデ」は「先天的」である、ということが大きな違いであるとは思う。
その違いは、彼をより深く傷つけるだろうし、もどかしさも感じさせるだろう。
が、それでもなんでも、とにかく彼は、一般的な人よりよっぽどしゃきしゃき生きていると思う。
一度、
「あの時、バイクに乗ってなかったら・・・とか後悔することある?」
と聞いたことがある。
彼は、一瞬、真剣な表情をして黙り込んだ後、口だけで「ニッ」と笑った。
「可愛い後輩と飲みに行った時、喜びすぎて飲みすぎたことの方が後悔ですね」
そう言い終わると、明るい目になって私の目を覗き込み、本当におかしそうに笑った。
遠くない将来、彼を見るすべての人が、彼の松葉杖は「個性」であり、「ハンデ」ではないと知ることになるだろう。
そして、その時には、本当になんの屈託もなく、彼は自分の事故について話せるようになっているかもしれない。
-----
--------
TITLE: 夫婦仲
BASENAME: 2214958
DATE: 01/12/2006 13:14:07
-----
BODY:
「いつまでも夫婦仲良くしていられる秘訣はなんですか?」
と自分より若い女の子に聞かれて困ることがある。
秘訣といわれても、特に何かを意識しているわけではないので。
悩んだあげく、
「結婚する相手を間違わないことかなぁ???」
と答えると、大概、
「がっかり」
とした顔をされてしまう。
そりゃそうだろうなぁ、われながらなんの参考にもなってないと思う(笑)
他の仲良し夫婦に尋ねると、
「相性の良い人と結婚すること」
とか、
「感謝すること」
なんていう答えが返ってくるが、イマイチピンと来ない。
いや、どちらも大事だと思うが、「まさしくこれ!」というものじゃないような気がするのだ。
仲良し夫婦と一言に言ってもいろいろなパターンがあると思う。
カカァ天下かつ仲良し夫婦というのもあれば、亭主関白かつ仲良し夫婦というのもあるし、喧嘩しながらも仲良し夫婦というのもあると思う。
その「仲良しさ」のパターンによって、その答えは違ってくるように思えて、どうも、「これ」という答えを見つけることができなかった。
1ヶ月に一度とは言わないが、一年に10回くらいは・・・、大きな夫婦喧嘩をしている友人がいる。
心の綺麗な人で、気持がとても若いから、ついつい同年代のような付き合いをしてしまうが、年は私より少し上で、結婚して15年だかなんだか、割りと長いと聞いたと思う。
大概、「喧嘩!」というタイトルのメールが入り、
「むっちゃムカつく!家出や!!!」
などと書いてある。
そして、次の日かその次の日、
「ムカつくけど仲直りした」
というメールがまた入る。
理由を聞いてみると、大体、(こう言っちゃなんだが)つまらないことが原因で、彼女曰く、
「旦那は完璧主義で、私はどっちかというといい加減やから気が合わない!」
のだそうだ。
とはいえ、彼女と話しをしていると、旦那さんの話しをする時は、とても嬉しそうな表情になる。
写真を撮って、無差別に人に見せ、
「擬音をつけてください」
と言ったら、8割方は、
「ニコニコ」
という言葉を思い浮かべるんじゃないかいうくらい嬉しそうに旦那さんの話しをする。
旦那さんと一緒にいるところを見ても、「しっくりとしている」という感じがする。
夫婦のことは本人にしかわからないと言うが、「仲の良い夫婦」と言って間違いないと私は思っている。
そんな彼女が、旦那との喧嘩を「ムカつく!」といいながら説明していたとき、こんなことを言ったのだ。
「完璧な家事を要求してくるからムカつく。
大体、好きだから結婚したんであって、ご奉仕するために結婚したんちゃうわ!」
・・・・・・目からウロコが落ちまくってしまいました・・・・・・
なんて爽やかなんだ!!!!!!
相手を怒りながらの、
「好きだから結婚したんや!」
というセリフ。
これ、これ、これなんである。
これから、若い女の子に、「仲良し夫婦でいる秘訣」を聞かれたら、
「好きな人と結婚すること」
と答えようと思う。
-----
--------
TITLE: 食欲
BASENAME: 2218062
DATE: 01/13/2006 14:53:35
-----
BODY:
私は、光熱費や、旅行の積み立てなどで、細かく口座を分けているので、月に一度は銀行に行かなくてはならない。
うちは田舎なので近所には地方銀行ばっかり。
ということで、少し「都会」まで出なくてはならない。
余裕を持って設定してあるので、まぁ、1ヶ月くらいはさぼっても大丈夫だが、まぁ、できれば毎月欠かさず出かけることにしている。
で、いつ行くかというと、目安がある。
「外食がしたい時」
だ。
ということで、銀行に行ってきた。
私は、割りと、「食べることに手間を惜しまない」タチだと思う。
並外れて食い意地がはっているとは思わないが、夜中にお腹が空いたら、サンドウィッチを作る手間くらい平気だ。
話しを聞いてみると、
「食べるのがめんどくさくて、何も食べない日がある」
などと言う人もいるらしい。
私なら、お腹がすいたら、小麦粉をこねてパンを焼くくらいのことは、してしまうところだ。
この「やる気」が他の場合にも適用できれば、もう少し大成してるんじゃないかと思う。
-----
--------
TITLE: バイキング
BASENAME: 2221303
DATE: 01/14/2006 19:38:47
-----
BODY:
今日は雨。
山歩きは無理なので、ドライブに出かけた。
うちの車にはカーナビゲーションシステムはついてない。
地図と旦那の記憶力、そして、私の地図を見る能力をフルに(?)利用すれば、カーナビは必要ないと思っている。
カーナビは「デジタル」な分、融通が利かないことが多いと思う。
カーナビで移動していたら、
「時間が余ったけど、どっか寄ろうか」
という場合どうするんだろう??
地図があれば、ぐるりと一目見渡せば、
「ここにこんなんがあるから行ってみよ!」
となるのだが。
カーナビで広域地図も見ることが出来るんだろうか?
画面が小さい分、それほど広域は見えないんじゃないの?
・・・なんて穿ってるわけである。
決して負け惜しみではないのである。
あるのであるったらあるのである。
実際問題、渋滞&空腹時の私のナビは、ちょっと神懸り的でさえある。
「ここ、曲がったら抜け道になるっ!!!!」
と、普段ならばすぐには判断できない抜け道の把握が、瞬時に出来てしまう。
こういう時、
「人間の脳は、普段は3%しか使われていないというのは本当だなぁ」
と実感する。
だから、いつも空腹ならば、私のナビは完璧であるかもしれないが、問題は、私は空腹になると、異常に機嫌が悪くなるということにある。
そんなこんなで、私達は頑固にカーナビなしの旅行を続けている。
さて、今日は雨だということで、外を移動せずにすむ場所へ行こうということになった。
で、どこに行ったかというと、和歌山のマリーナシティ。
高速を飛ばせば、1時間ほどで辿り着く。
ここのバイキング料理は、魚介類が豊富だと聞いていたので、一度行ってみたかったのだ。
料金はランチならば一人2200円。
私は、最近、「水銀含有量が多い」といわれている、マグロや鮭などの大型赤身回遊魚が大好物なので、スモークサーモンのマリネや鮭・マグロの握り寿司を大量にゲット。
旦那は割りとまんべんなく皿に盛っている。
一通り食べ終わったら、お腹が一杯。
旦那が、
「まだ元はとってないんちゃうか?」
というので、
「バイキングはいろんなものが少しずつ食べられるのが楽しいんやからいいの!」
と答えたが、実際私が食べたものを見てみると、大量の握りずし・大量の麻婆豆腐(好物だが海産物は全く使われていない・・・)・大量のスモークサーモンマリネ、それから、その他をほんのちょこっとずつ・・・。
海鮮バイキングの意味はあんまりないかもしれない。
でも、その他もちょこっとずつ食べたからいいの!
いいのったらいいのったらいいのである。
・・・と、今日は、なんだか、全体的に負け惜しみ風味に仕上げてみました(笑)
しかしまぁ、私はバイキング初級者だなぁ、とは、しみじみ思った。
-----
--------
TITLE: バーグマン
BASENAME: 2224114
DATE: 01/15/2006 19:07:22
-----
BODY:
ハンバーグ人間のことではなく、イングリッド・バーグマンのことだ。
あれは高校時代のことだったか、「ガス燈」という映画を見て、
「この人が世界一の美女!」
と決めた。
今見ても、映画のストーリーもかなり秀逸なのだが、最初に見たとき、物語は全く頭に入らなかった。
ず~~っとバーグマンの顔だけを見ていた。
それ以降、エリザベス・テーラーも見たし、マリリン・モンローも見たし、その他、さまざまな美女を見てきた。
また、新しい女優さんが次々登場しているのも知っている。
でも、今でも、「最高の美女は誰?」と聞かれたら、
「イングリッドバーグマン!」
と答えると思う。
気品溢れる美・・・などというとあまりにも陳腐だが、まさにこの言葉にぴったりな美人だと思う。
さて、では翻って、
「最高の美男は誰?」
と聞かれると、頭を抱えてしまう。
アラン・ドロンを始めてみた時も、「綺麗な顔の人だな」と思ったものだが、
「うっとり♪」
とまではしない。
私が、とても素敵だと思う俳優さんを挙げろといわれたら、すぐ思い付くのは、古田新太さん。
テレビで見ると、小太りなおっちゃんなのだが、舞台に立つと、ぴぃかぴかの美男子になったりするのだ・・・三枚目の役が多いけど・・・。
昨日、旦那と一緒に、「ビリケン」という映画をビデオで見ていて、
「岸部一徳かっこい~」
と、かなりうっとりしたが、冷静になるまでもなく、岸部氏は「男前」ではない。
どうも、いわゆる「男前」を見ても、私はうっとりできないらしい。
理由は、なんとなくわかっている。
実は・・・私は、旦那が男前に見えるのだ・・・。
というか、好きになると、その人が世界一男前に見えてしまうのだ(^^ゞ
釣り目がいい、とか基本的な好みはあんまり変わらないが、結局、
「好きな人が好みのタイプ」
という、非常~に、分かり易い頭の構造をしているのだ。
そんな人間が、「最高の美男」を決められるわけがない。
まぁ、強いて言えば、「最高の美男」=「旦那」ということになるのかもしれないが(笑)
・・・ということで、私は、所謂「男前」にはご縁がないのである・・・。
-----
PING:
TITLE: 一息コラム 名俳優たち ≪イングリッド・バーグマン≫(スウェーデン)
URL: http://ameblo bluenote7777/entry-10002776852.html
IP:
BLOG NAME: 極私的映画のススメ
DATE: 01/16/2006 21:54:36
おそらく、20世紀最高の女性なのではないだろうか?
容姿もしかり、性格もしかり、演技力もしかり。
僕がイングリッド・バーグマンの映画を始めてみたのは『カサブランカ』。
ほとんどの人がそうなんじゃないかな?
『カサブランカ』はAs Time Goes Byという名
-----
--------
TITLE: 数字
BASENAME: 2226631
DATE: 01/16/2006 15:27:05
-----
BODY:
私は算数が好きだ。
・・・学問としての「数学」にまで発展すると、もうチンプンカンプンで何がなんだかわからなくなるが、ただ数字をいじくることは好きだ。
9以外の1桁の数字を9で割ると、その数字が循環して表れるということを知ったときは、かなり感動した。
9の倍数の各桁の数字を足すと、必ず9の倍数になるということは小学校でも習ったが、11の倍数の各桁の数字を右から順に、+・-・+・-・・・と計算していくと、11の倍数になる、と教えてもらったときには、
「ひょえ~~~っ!!」
と叫ぶほど、「しびれた」。
その他にも、整数を7で割ると、6ケタで同じ文字が繰り返されることも最近気付いた。
1÷7=0.142857142857・・・
2÷7=0.2857142857142857・・・
3÷7=0.42857142857142857・・・
「142857」
という6ケタの数字が、先頭を異にして、続いているのがわかるだろうか?
これが他の奇数であるところの素数でもあてはまる・・・んじゃないか、と探すと、もうひとつあったんだが、今、思い出そうとしても、思い出せない(^^ゞ
すんません。
これって、10進数だからおきることなんだと思う。
2進数や12進数では違う不思議な現象がおこっているのだろう。
もちろん、式にあてはめてしまえば、それほど不思議なことじゃないんだろうが・・・。
こういうことをやっていると、時間が過ぎるのを忘れることができる。
ならば、数学者になればよかったのに・・・と言われるかもしれない。
しかし、残念ながら、確かに高校数学までは面白かったのだが、それ以上の数学の参考書などを見ても、ちんぷんかんぷん。
結局、素質はないようだ。
ので、私は、
「私は算数が好きだ」
と言うことにしている。
これなら、胸を張っていえるのだ。
・・・なんかちょっと、せこいけど(笑)
-----
--------
TITLE: 117
BASENAME: 2228863
DATE: 01/17/2006 07:38:20
-----
BODY:
私は大阪から出たことはない。
阪神大震災の朝、激しい揺れに目を覚ましたが、私の住んでいた場所は、震度3~4程度。
大きな被害というほどではなかった。
だから、割りと冷静にテレビを点けて、震度のチェックをした。
だが、地震についての詳細がはっきりするにつれ、私は動くことができなくなっていったのだ。
体の力が、どこかに溶け出していくような感覚だった。
私には弟がいる。
血の繋がった兄弟は、弟一人。
4歳年下で、「一世代違う」のだが、似たような感性を持って生れてきたようで、気の合う兄弟だといえると思う。
結婚するまでは、ある意味、弟は私の「一番の理解者」だった。
つまり、私の言葉を、私が意図した意味とかなり近い意味で理解してくれる、という意味で。
「なんでも話せる」という意味で。
そんなわけで、弟が大学に入学して、下宿するまで、一日何時間かは、一緒にぐだぐだとしゃべっていたものだ。
弟が受験勉強している時も、私は、弟の部屋で、弟の漫画を読んで邪魔をしていた・・・なんちゅう姉や(笑)
弟の下宿は、神戸・六甲道駅そばにあった。
そう、震源地に間近く、駅舎が陥落してしまった、あの六甲道駅である。
地震の後、何度も弟の部屋に電話をしたが、繋がらなかった。
当然だ。
その部屋はその時間、炎に包まれていたのである。
しかし、幸いに、弟は逃げることが出来た。
本当に幸い、弟は無事だった。
10時ごろ、芦屋市の友人宅に避難した弟から電話がかかってくるまでの記憶がない。
ただただ丸まっていたように記憶している。
私はそれまで、
「その気になればなんでもできる」
と、楽天的に思っていた。
なのに、こんな大事なときに、どうして私はこんなに無力なんだろう。
弟からの電話に飛び起きて、弟の声に安堵して・・・そして、初めて会社に電話を架けた。
「今から家を出ます」
と。
社会人として失格だと思う。
でも、本当にそれまで、何も考えられなかったのだ。
私は、直接の被害には遭わなかった。
弟も無事だった。
が、この災害は、間違いなく、私の心の中の何かを変えたと思う。
世の中には、いろいろな災害がある。
その災害に直面した人は、きっと私と同じような「何か」を、その災害から乱暴に受け渡されたであろうと思う。
阪神大震災は、私にとって忘れられない事件だ。
が、世の中のいろいろな事件についても、同じように忘れられないと感じる人がいるということを、自分の想像力の中に置いておきたいと思う。
-----
--------
TITLE: 旦那様
BASENAME: 2232337
DATE: 01/18/2006 12:52:42
-----
BODY:
うちの旦那は、身長180センチ弱、体重70キロ前後。
筋肉質なためか、食べても太らない。
つまり、
「ダイエットの苦労を知らない男」
なのである。
私は、そんな旦那と一緒にずんずかずんずかと食べまくって、20キロも太ったことがある。
筋肉質でバカ力の旦那は、ころっころの私を背負って、
「軽いなぁ」
などと言っていたもんである。
「まだ太ってもええで」
などとも言っていた。
私も、
「旦那がええというんだからええか?」
と油断していたが、そのうち、家にあるどの服(ジャージ素材のものさえ)も、入らなくなったため、一気に危機感を覚えて、食事制限をし、体操やウォーキングなどで、元の体重に戻した。
それだけならば、別にいいのである。
問題は、今になって旦那が、最高に太っていた時の私の写真を見て、
「ぶっくぶくやったなぁ」
などとおかしさをこらえきれないように背中を震わせて笑っていることなのである。
太ったのは私のせいであって、
「あなたが太ってもいいっていうから太ったのよ!!」
などと逆恨みするつもりはサラサラないのだが・・・。
ほのかに、納得いかない・・・。
しかも、
「また太ったらどうする?」
と聞くと、
「いややな」
と即座に答える。
かすかに、腹の奥で、「ふつふつ」と何かが煮えてくる。
・・・まぁ、それは別に良いのであるが、良くないのは、私が太る原因は、主に旦那にあるということだ。
私は、食べることが好きだが、普通にしていたら、少なくとも週の6日は自分が作ったものを食べるわけだ。
私の献立は、野菜が多いので、私のカロリー摂取量は、一日1400キロカロリー程度。
お酒を飲むから、それよりも多少はカロリーが増えるけれども、甘いものが苦手なので、間食はまずしない。
運動量は多いというわけではないが、家事と40分の買い物ウォーキングと、軽いヨガなどで、まぁ、そこそこの運動はしていることになると思う。
これだけの生活なら太るわけがない。
旦那がお土産を買ってくるのである。
私の好物である刺身・日本酒・そしてなによりもチーズ類が多い。
私はチーズが好きだ。
だから、チーズを買ってきてくれると嬉しいことは嬉しい。
旦那は自分は食べたいものを我慢してでも、私のためにお土産を買ってきてくれるような人だ。
それで、私が喜ぶと、本当に幸せそうにしているような人だ。
嬉しそうにニコニコしながら、鞄からチーズ(それも徳用ビッグサイズ)を取り出す旦那を見ると、
「ありがたいこって」
と、思う。
しかし、チーズはカロリーがぐっちゃめちゃに高いのだ!!!!!!
夜食べたら太るに決まっとるやないかい!!!
その上、チーズは、お酒に合うのだ・・・というより、チーズの一番おいしい食べ方は、お酒のつまみとして食べる食べ方だと思う。
ということで、私は、旦那の喜ぶ表情を見るべく、お酒のつまみにチーズを食べる。
そして、次の日、その分運動量を増やすか、食事を減らすなどの努力をしているのである。
「チーズをおいしく食べて欲しい」
「太ったらいやや」
というこの相矛盾する二つの旦那の願望を叶えるべく、努力しているわけである。
人は、私達夫婦を見て、
「旦那さん、優しくてええなぁ」
と言う。
・・・が、旦那の優しさの影で、私はかくも努力をしている!
そう、声を大にしていいたい!!!!!
・・・わけである。
というわけで、旦那に言いたいのは、
「チーズじゃなくて、日本酒か刺身を買ってきて」
ということなんである。
よろしく頼んだよ。
***
後記
今日、旦那が帰ってきたとき、私は入浴中だったのですが、しばらくすると、
「スーパー行ってくる」
と出て行きました(^^ゞ
で、風呂から上った後、確認すると、冷蔵庫には刺身・・・さっきスーパーで買ってきたらしき刺身が。
そして、棚には、こっそりと・・・百貨店の袋に入ったチーズが掛けてありました(^^ゞ
そんで、台所の入口には、百貨店で買ったと思われる日本酒。
どうやら、私が風邪気味なため、百貨店で日本酒とチーズを買ってきてくれたみたいなんですが、帰ってきて私のブログを見たら、
「チーズより刺身と日本酒!」
と書いてあったもんで、慌てて刺身を買いに行ってくれたようで・・・。
ご・・・ごめんね?????
これだから、
「優しい旦那」「鬼嫁」
といわれるんだと思う。
・・・思うんだけど・・・今日もチーズを食べて、明日は、多目の体操と食事制限をする私です。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 01/18/2006 23:29:00
いい旦那さんですね~。この歳になってそこまでしてくれるというか、今でも新婚当時の愛情?(付き合っている頃の、と言ったほうがいいのでしょうか?)をもってやさしいと言うのは、なかなかいないと言うよりも、いないと思います。旦那さん大事にしないとバチが飛んできますよ~。
ってか、普通そこまで気がつかないんじゃないんでしょうか。
いい話のことろ腰を折って申し訳ないのですが、チーズ、刺身、お酒を別けて置かれているのは、几帳面なだけ?それとも何かのプレイ、いやゲーム?チーズにお酒の置いてあるところのヒントが書かれているとか。
-----
COMMENT:
DATE: 01/19/2006 09:02:02
いや、結婚前はもっともっともっと優しかったんですよ(笑)
でもまぁ、確かに旦那を大事にしないと、すり鉢が飛んできますね(笑)
泰澄和尚が飛ばした鉢なら飛んできてもらいたい気もしますが(なんのこっちゃ)。
で、別けておいているのは、多分、楽しみを分散させるためかと。
まず、台所に入ったら日本酒
「わ、嬉しいな♪何かアテがあるかしら?」
と冷蔵庫を開けたら刺身
「きゃっ!刺身まで買ってくれたのね。どんなお皿に盛ろうかしら」
と棚を見たらチーズが・・・
「きゃ~~~っ!嬉しい~」
てな具合に(笑)
・・・なんか言えば言うほど、私がひどい奥さんなような気になってくるんですが・・・気のせいでしょうか?
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 01/19/2006 15:32:40
いやあ、素敵な旦那様ですねぇ。先日のブログに 「最高の美男」=「旦那」 と書いてあるのを見て、いやーのりちゃんオノロケね~♪なーんてほほえましく思っていましたが、それだけじゃなくさらに優しさが加わっちゃうなんて、かなり羨ましいですよ(^^)
うちの旦那も優しいといえば優しいのですが、好物のあんぱんを買ってきてくれても中の餡子は粒あんばかり。
「私は粒は嫌いでこしあんが好きなの」と言っても、
「だって粒しか売ってへんもん」といまでも粒あんを買ってきます。
こういうとき、のりちゃんの旦那さんだったら、あっちこっち探し歩いてでもこしあんを買ってきてくれるんだろなと思います。
-----
COMMENT:
DATE: 01/19/2006 18:42:13
客観的に見て、旦那が男前かどうかについては、ノーコメントなのですが・・・(笑)
でも、優しいのは、本当に優しいです。
ただ、結婚当初と変わったのは、ベタベタさせてくれなくなったことなんです。
腕組もうとすると、
「何するんや?」
って。
何するんやって、腕組もうとしてるだけやん・・・と思うんですが(笑)
もうすぐ、丸9年になりますから、そんなもんなのかなぁ(^^ゞ
アンパンの話し、なんだかわかります。
食べものに関しては、旦那は熱心に探してくれますが、飲み物については、割りと。
「ポカリスウェットが飲みたい!」
って言っても、アクエリアスを買ってきてくれるようなとこあります。
・・・でも、買ってきてくれるだけでも感謝しなきゃですよね(笑)
-----
--------
TITLE: 言葉
BASENAME: 2236030
DATE: 01/19/2006 18:44:56
-----
BODY:
私は、「言霊」というものの存在を信じている。
良い言葉や、良い感情は、人に良い影響を与える、と漠然と感じる。
「あの人に幸せになって欲しいな~」
と思うことは、直接的ではないにしても、何か良い影響を与える・・・ような気がする。
それは、相手にとって、よりも、私にとって、である。
私は、神の存在も信じている。
それがどういうものかは知らないし、知ろうとも・・・というか、私ごときにわかるわけがないと思っているのだが、とにかく、なんらかの、大きな存在は信じている。
なにしろ、これだけたくさんの生き物が、この地球・・・宇宙に存在しているのだから、よっぽど大きな存在が、
「生き物がいっぱい、生きて欲しいな~」
と願ったんじゃないか、なんてことを考えているわけである。
それを神と呼ぶのかどうかはわからないが・・・。
まぁ、そういうわけで、よくわからないなりに、私は、自分が
「生かされている」
と感じているのである。
以前、「ご利益がある神社」についての情報をいただいたことがある。
私は、神社紹介サイトを運営しているので、参考として、教えてくださったのだ。
ある地方掲示板で噂になっているということで、その掲示板を訪ねると・・・。
確かに、すごい盛り上がり。
曰く「森に守護霊がいて、願いを叶えてくれる」
曰く「真摯に願えば、なんでも叶えてくれる」
・・・神社に守護霊様?????
なんとなく首をかしげたままにしていたのだが、今日、その神社に参拝することができた。
神職さんにお話を伺うと、
「噂が一人歩きしちゃってる」
というようなことをおっしゃって、ちょっと戸惑っておられるようだった。
そもそも、神道とは、自然の恵みに、そしてご先祖様に感謝するところから生れている。
もちろん、感謝だけでなく、畏れもあるのだろうが、それでもとにかく、「自分の環境」に感謝する気持は、原始の信仰には不可欠な要素だったんじゃないかと思う。
だから、神社は、「ご先祖様に感謝する場」でもあるわけだ。
その「ご先祖様への感謝と祈り」が、なぜか、「守護霊様が願い事を叶えてくれる」というような噂になっちゃったらしい。
神職さんはちょっと困っておられるようにも伺えたが、
しかし、同じ話しが、
「人を呪えば必ず・・・」
などという風に一人歩きする可能性もあったかもしれない。
それが、
「守護霊様が叶えてくれる」
と、プラス面・明るい面が強調される形で噂になったのは、一重に神職さんのお人柄のおかげかと思った。
優しげな方だったのだ。
言葉遣いも柔らかく、穏やかな方だった。
「ご先祖様に感謝と祈りを捧げる」
という、「ニュートラル」なものを、「願い事を叶えてくださる」という、「プラス」のものに、・・・しかも、その地方掲示板を見る限りでは、その願い事は、「あの人に幸せになって欲しい」などという、他人に対する愛の溢れる願い事が多いように見受けられた・・・転じたのは、その神職さんの「言葉」や「雰囲気」「人柄」によるところが大きいと思われた。
良い思いや言葉は、なんらかの形でプラスになる、とやっぱり思う。
・・・神職さんは、多少困惑されていたようではあるが・・・
だから、今、私に、
「この人に幸せになって欲しいな~」
と思える友人が何人もいるということは、幸せなことだな~・・・と、しみじみ思ったわけである。
-----
--------
TITLE: 歌
BASENAME: 2238215
DATE: 01/20/2006 13:09:15
-----
BODY:
私は、掃除をしながら、歌を歌っていることが多い。
歌といっても、「鼻歌」。
断片的に繰り返すという感じで、もし、聞いている人がいたら、
「やめんかいっ!!」
と言われそうなほどいい加減な歌だ。
最近の歌はほとんど知らないので、口をつくのは、古い歌ばかり。
高校時代~20代半ば頃に覚えた歌が多い。
若い頃に覚えた歌のうち、どの歌が口に上るか、冷静に観察していると面白い。
その時の自分の感情と、微妙にシンクロしている。
例えば、やらなきゃいけないことがあるけど、それがいやな時は、
BEATLESの、Across the universeのフレーズを繰り返し口ずさんでいる。
”Nothin’s gonna change my world"
・・・ま、そんな大げさな話しじゃないのだが・・・。
なんとなく一日を過ごしてしまって、「もったいないな」と思っている時なんかは、井上陽水の、「白い一日」のフレーズが頭に浮かぶ。
「この腕を差し伸べてその肩を抱き寄せて、ありふれた幸せに持ち込めればいいのだけれど・・・今日も一日が過ぎていく」
曲の背景とは全く関係なく、その歌詞の持つ雰囲気と、その時の雰囲気が、マッチしてしまっているのだ。
だから、こんなこともある。
今日、掃除をしながら、吉田拓郎の、「人間なんて」が、頭から離れなかった。
「何かが~欲しいおいら~、それが何かがわからない」
・・・お腹がすいていたのである。
ということで、今日の昼ご飯は、きんぴらと、小芋の味噌汁を山ほど食べました。
晩ご飯も、きんぴらと小芋の味噌汁。
きんぴらは、冷めた方がおいしいんだな。
-----
--------
TITLE: 温泉
BASENAME: 2241519
DATE: 01/21/2006 16:22:56
-----
BODY:
今日は、祖母の90歳の誕生祝いだった。
といっても、「数え」で言うと去年が卆寿。
今年は、ごく身内だけが集まって、温泉&昼ごはんという、簡単な祝いとなった。
私が3歳くらいの頃、母はパートに出始めたから、小さい頃の遊び相手は、主に祖母だった・・・らしい。
嫁である母には、少し厳しい姑でもあったようではあるが、私は、べた可愛がりされたようだ。
私自身の記憶がはっきりするのは、幼稚園に上る頃からだから、よくは覚えていないのだが、初めての内孫ということで、とにかく、可愛がられたらしい。
祖母の記憶の中で、私は、4歳頃で成長を止めている。
素直で、大人しくて、利発(祖母にとって)な小さな女の子。
祖母にとって、私は、いつまでもそんな存在なようだ。
反抗期も、自分の世界を持ち始めてからも、独立してからも、結婚してからも、祖母の頭の中で、私は、いつまでも、「可愛い子供」らしい。
だから、祖母と二人で対面して話しをすると、私自身、自分がまだ子供のような錯覚に陥りそうになる。
私は、他の家族より一足先に到着したので、先に風呂から上がって、久し振りに祖母と二人で話しをした。
窓辺に座った祖母は、私を手招きして、
「しんどいことがあったら、おばあちゃんに言いなさい」
と言う。
祖母にとっては、私はいつまでも、そういう存在なのだろうと思う。
私は、甘えるのが苦手な人間だったから、両親や祖母に相談したり、頼ったりした記憶が、ほとんどない。
・・・事実、両親には、そのことで、よくこぼされる。
「おまえは自分一人で生きてると思っている」
と。
祖母にとっても同じだと思う、が、祖母は二人きりになると、いつもこう言う。
「しんどいことがあったら、おばあちゃんに言いなさい」
と。
私は、「これはしんどい」と思ったら、最初から手をつけないので、滅多にしんどいことになるはめにはならないのであるが、祖母の目には、
「幼い子供の行く末にある、数多の困難」
が見えるらしい。
「しんどくなったら言うよ」
と答えたら、祖母は、じっと目を閉じた。
目の辺りの皺を見ると、祖母も年をとったなぁ、と思う。
90歳なんだから、当たり前なんだけど。
家族が皆揃って食事をした後、私はまた一人で温泉に入りに行った。
ゆっくりお湯に浸かりながら、
「あぁ、なんだかたくさんの垢がついちゃったんだな」
なんて思った。
-----
--------
TITLE: 番狂わせ
BASENAME: 2243442
DATE: 01/22/2006 08:14:00
-----
BODY:
今日は、神戸で勉強会。
折角なので早めに出て、神戸の神社を巡ろうと思っていたのだけれど・・・。
朝、文鳥を見たら、なんだかだるそうにしている。
卵を産むつもりらしい。
仕方ない。
ぎりぎりまで様子を見ていることにした。
小鳥は、なるべく卵を産ませないようにする・・・というのが、基本だ。
無精卵は、「生きていない」。
でも、それを生み出すために、親鳥は、栄養を分け与えるわけだ。
それは、親鳥の体に、無理をかけることになる。
よくわかっているのだが、だからといって、卵を産ませない決定的な方法があるわけでもない。
・えさを与えすぎない
・巣箱になるようなものを撤去する
・あまりかまいすぎない
などの方法が挙げられているが、すべて諸刃の剣なような気がする。
えさを少なくしていても、文鳥が「生みたい」と思えば、卵を作ってしまう。
いざ、卵を作った文鳥に、えさを少ししか与えないのは、危険ではないかと思う。
巣箱になるようなもの・・・無限にある。
うちのチュッチュは、本棚の隙間を「巣箱」にしている。
だから、「巣箱」を意識させないようにしようと思えば、籠から出さないようにするしかあるまいと思う。
閉じ込めたままでいられたら、鳥だってストレスが溜まるだろう。
あまりかまわないようにする・・・というのも同じことだ。
うちの文鳥の場合、かまわないでいると、かまわせようとして、余計に発情している・・・ように思う。
難しいのだ。
そんなわけで、文鳥が産卵する間は、じっと観察して、だるそうならば、籠の室温を上げる。
そして、見守る。
これを続けるしかない・・・と思っている。
そして、私の予定は、おじゃんになるのだ。
・・・あぁ、鳥中心の日々よ。
-----
--------
TITLE: 好きこそものの上手なれ
BASENAME: 2247479
DATE: 01/23/2006 15:09:15
-----
BODY:
これは、確かに、その通りだと思う。
好きなことは、進んで楽しんでやれるから、上達も早いだろう。
が、反対に、「嫌いだからこそ」ということもある。
私の母は、ニンニクが大嫌いだ。
私が、「ニンニク一欠入りカレー」を「一口」食べただけで、
「あんた!ニンニク食べたやろ!」
と、ビシッと指摘する。
・・・あたり・・・。
なんで分かるんだろう?と思うが、嫌いな人には、我慢ならないにおいがするようだ。
旦那は、パクチーが大嫌い。
エスニックなどを食べに行ったときなど、パクチーがかかっていたら、私が全部取り除いて、平らげるのだが、
「残り香がする!」
と言って、半べそをかきながら食べている。
私は、横からにおいを嗅いでみるが、どこににおいが残ってるか、さっぱりわからない。
これまた嫌いだからこそわかるのだろうと思う。
ピーマンが嫌いな人は、料理の中から、綺麗にピーマンを取り除いてから食べる、なんて話しを聞く。
私は、
「酢豚にパイナップルが入ってるのは許せない!」
とか、
「サラダにリンゴが入ってたらいや!」
などの好き嫌いはあるのだが、絶対的にダメな食材というのはないので、この点、よくわからない。
が、一つだけ。
「少しでも残り香があったらいや」
というほどではないが、ダメなものがある。
・・・日本酒に添加されている、醸造アルコールだ。
昨日、研究会の帰り、百貨店に立ち寄ると、日本酒の試飲をしていた。
4合5250円也。
普段、私が飲んでいる日本酒の、4倍以上だ。
喜び勇んで、試飲をお願いした。
・・・・・が、鼻に持っていった瞬間・・・もう、だめ・・・。
醸造アルコールの香りだけがする・・・ように感じる。
確かに、ラベルを見たら、「純米」の表示はない。
とりあえず、口に含んでみたが、醸造アルコールの味しかしないんである。
「30%まで米を研いだ大吟醸」
と説明されても、米の味がわからない(T_T)
「純米のものはありますか?」
と聞いたら、
「醸造アルコールを添加すると味が安定するので、どうしても入っちゃうんですよ」
とのこと。
味が安定するっていうか、どれもこれも同じ風味になるのは間違いない。
その味が好きな方もいらっしゃるんだろうなぁ。
でも、私はダメなんである。
ただ、ありがたいことには、日本酒というのは、高いからおいしいとも限らない代りに、安くておいしいものがたくさんあるのだ。
・・・探せば。
ということで、家に帰って、「自分の酒」を、「いつもよりずっとお得な気分」で飲んだ。
あぁ、お得だなぁ。
-----
--------
TITLE: テリトリー
BASENAME: 2250277
DATE: 01/24/2006 12:31:24
-----
BODY:
多分、ほとんどの人が、自分のテリトリーというものを持っていると思う。
結婚してからは、自分の部屋を持っていない・・・といっても、主に作業する部屋というのはあるが・・・が、実家にいたときは、自分の部屋の扉はいつも締め切っていた。
部屋が私のテリトリーだったわけだ。
テリトリーとは少し違うが、「パーソナルスペース」というものもある。
自分の周囲1メートルほどが「パーソナルスペース」で、その中に他人が入ってくると落ち着かない・・・そういうものだ。
もちろん、相手との親密度によって、そのスペースの広さは変わる。
親しい友人ならば、50センチまで近づいてもOKだし、反対に上司だとか目上の人に対して、1メートル以内に近づくのは、ためらわれてしまう・・・これは、上司のパーソナルスペースを侵すことに遠慮があるかららしい。
また、場面場面によっても違うと思う。
例えば、風呂に入っている時に、他人にずかずかと入って来られたら大概の人は、びっくりするだろう。
そして、すべての「テリトリー」「パーソナルスペース」の広さは、個人個人の性格によっても、変わってくる。
例えば、夫婦でも、決して着替えを見せないという友人がいる。それぞれ相手の部屋に入るときにノックを忘れたら喧嘩になるらしい。
私は、風呂は勿論、例えばトイレで用を足している最中に旦那が間違えて入ってきても、多分、気にしない・・・そんな性格だ。
当然のことながら、相手が旦那に限った場合だけだが。
それでも、私は多分、平均よりは、かなりパーソナルスペースが狭いんじゃないかと思う。満員電車もそれほど気にならない。
と、こういう小難しい(?)話しを枕にしておいて、本題は、わんこのことだったりする。
わんこは、かなり、テリトリー意識が強い。
少なくとも、うちのびーこは、かなりテリトリー意識が強いようだ。
そして、面白いのは、相手によってパーソナルスペースの広さが微妙に違うということだ。
例えば、私や旦那に対してのパーソナルスペースは、0だろう。
自分から積極的にべたべたしてくるのだから。
散歩している時など、
「かわいいね」
と言って近づいてきてくださる方もおられるが、相手がある程度以上近づくと、びーこは唸り出す。
ただし、相手が子供の場合は、割りと無抵抗に頭を下げていたりする。
また、私達以外の人間が、家に入ろうとすると、ものすごく吠える。
入った後も、ずっと吠えている。
これは、びーこの「テリトリー」が「家の中」ということなんじゃないかと思う。
だから、電気工事などを頼むと大変。
ず~っと吠えているのだ。
が、これも、よくよく観察していると、相手によって、かなり対応が違うことがわかる。
もう何度も遊びに来ていて、びーこにおやつをあげてくれたこともある友人に対しては、最初は、
「わふっわふっ!」
と声を出すが、玄関を上ってしまうと、
「まっ、いっか」
とばかりに小屋に戻ってしまう。
初めて来た友人でも、全く吠えられなかった人もいる。
いや、一応吠えようとしたみたいだが、友人が玄関に腰をかけて、びーこを見詰めると、
「なんかしらんが、ま、いっかな?」
と、小屋の中でちょこんと座ってこっちを見ていた。
電気工事の人が来た場合は、もう、泡飛ばしそうに激しく吠える。
・・・が、電気工事の人の中で、一人だけ、びーこが妙に親密さを示した人もいた。
玄関で私に説明をしてくださってる間、びーこは、
「なでろ」
とばかりに、その両脚の間に首を突っ込んで尻尾を振っていた。
・・・なぜか、吠えながら・・・なんだけど。
「人懐こいですねぇ?」
といわれたが、びーこは、決して人懐こい犬ではない。
どちらかというと、警戒心の強い性格なんじゃないかと思う。
「いや、普通はこんなことしないんですよ。吠えるだけで。(あなたが)動物に好かれるタイプなんじゃないですか?」
と却ってこちらから尋ねたんだが、
「いや~そうでもないですよ~」
という答えが返ってきた。
不思議だ。
わんこにも、好き嫌いがあるのだろう。
それも、第一印象によって決まる好悪が。
それは、結構興味深いことだと思う。
さて、こないだ、北大阪の山の道を歩いていたら、久し振りに、野犬に出会った。
ある場所に差し掛かったら、藪の中からいきなり犬が飛び出してきて、猛烈に吠えてきたのだ。
とりあえず両手を挙げて、害意がないことを示すが、わんこは変わらず吠え付いてくる。
中型犬。
多分、本気で喧嘩したら勝てるだろうと踏んで、背中で用心しながら歩き出したが、わんこはずっと付いてくる。
100メートルほど歩いただろうか、ある地点にくると、わんこはぴたりと鳴きやんだ。
振り返ると、さっさと戻っていく後姿が見えた。
つまり、吠え出した地点が彼(か彼女かはわからないけど)のテリトリーの始まりで、鳴きやんだ地点がテリトリーの終りだったのだろう。
・・・野犬って、広い家に住んでるなぁ、と、ちょっと羨ましかった。
あの地域で、野犬狩りなどがなければいいなぁ。
-----
--------
TITLE: ダウン
BASENAME: 2252741
DATE: 01/25/2006 11:20:33
-----
BODY:
今日は映画を見に行こうと思っていた。
原作となる本を読んだら「好み」の話しだったので、
また、「好みの俳優さん」がたくさん出演していたので、
「久し振りに映画館に行くかぁ」
と、その下調べをし、慌てて帰って晩ご飯を作らなくてもいいように、カレーを山ほど作った。
が、朝起きたら、腰・背骨・頭、全身痛い。
起き上がれないということはなく、熱も、今のところないようだが、安静にしといた方が良さそうな程度のしんどさ。
う~ん、昨日、カレーを作っておいたのは、天啓???
ということで、今日は久しぶりに、なんにもせずに寝てることにします。
・・・掃除も体操もウォーキングも、なんもしません。
妙にわくわくするのは、なぜでしょう。
風邪もぶっとびそうな勢いで、わくわくしてます(^^ゞ
なんだかなぁ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: とんととんとん
DATE: 01/25/2006 12:00:59
こんにちわ^^
体調不良を理由に何もしないで良いという嬉しさって有りますよね^^
ゆっくり休んでくださいね^^
横になっているのがしんどいって言うほど寝ていたくはないのですから^^
って、tonは毎日ぐうたらなのでお恥ずかしい^^
-----
COMMENT:
DATE: 01/25/2006 19:03:21
ありがとうございます。
一日ずっと寝てましたが、おかげで、随分体が軽くなりました。
ほんと、横になってるのがしんどいって言うほどは寝ていたくないもんですもの。
寝てても許されるチャンスは、楽しんで寝るのも良いかもしれませんね。
なんて、さぼりの言い訳でしょうか(~_~)
-----
--------
TITLE: 恋の季節
BASENAME: 2255915
DATE: 01/26/2006 13:22:19
-----
BODY:
夜ともなると、どこからともなく、
「んにゃおぅおぅぅうううん」
と、鼻にかかったような、咽喉を鳴らすような、独特の猫の鳴き声が聞こえてくる。
猫の恋の季節なのだ。
いつまでもいつまでも鳴いているのを聞くと、
「雄が寄ってこないのかなぁ?それとも、寄ってきた雄が気に入らないのかなぁ?」
と、少し心配になるが、野良猫も放し飼いの猫も年々減っているから、仕方ないのかもしれない。
うちの裏庭(というほど広いものでは決してないが)は、猫の休憩所となっているらしい。
洗濯機の上に、よく猫の足跡が残っていることから、そう推測している。
で・・・。
この時期、つまり、猫が発情する季節、時々足跡と一緒に謎の液体が落ちているのだ。
それは、黄色い。
おしっこのような色だと思ってもらえば間違いないと思う。
粘性は中程度。
無味無臭・・・というのは、嘘。
無臭なのだが、舐めて味を確かめる勇気はない。
猫のおしっこは、大変くさいという印象があるので、おしっこではないんじゃないかと思っている。
大体、もしおしっこなら、この季節だけここに落ちているというのは、変だと思う。
とすると、恋に関係する液体だろうか?
雄の精液とか?
もしくは、雌のフェロモンとか???
雑巾でふき取ると、あっさり綺麗になって跡形もないから、酸はきつくない・・・んじゃないかな~~~などと思っている。
わかったからどうというものでは決してないのだけれど、今、一番気になっているのが、これである。
なんなんだろう?
-----
--------
TITLE: 恐怖体験
BASENAME: 2258783
DATE: 01/27/2006 13:24:01
-----
BODY:
私は、心霊現象懐疑派である。
幽霊らしきものを見たことも、ない。
霊というものを全く否定するわけではないし、「魂」の存在はどちらかというとあるんじゃないかと思ってはいるのだが、それが、私達になんらかの働きかけをする、ということに懐疑的なのだ。
「違う世界」にいる魂よりも、同じ世界にいる魂に心を配りたいと思う。
が、それにも関わらず、私はものすごい怖がりだ。
夜中、トイレに行きたくて目が覚めた時など、絶対天井を見ない。
鏡も見ない。
子供の頃に聞いた、
「夜中にトイレの鏡に死人の顔が映ってた」
とか、
「夜中、様式便座にすわり、天井を見上げたら・・・」
などという話しを、普段は忘れているのに、夜中は、寝ぼけてるくせに、バッチリ思い出してしまう。
怖い映画などは、旦那がいる時しか、絶対!!!!!!見ない。
一人旅が好きなのだが、夜は、かなり苦痛だ。
お札を持っていって、枕の下に敷いたりもしたが、一度、朝に取り出して行くのを忘れていたら、ベッドメイキングされたベッドの中央にそのお札がちょこんと置かれていて、客観的に見ると、自分の行為(お札を枕の下に敷く)が、かなり痛いものであることに気付いたので、それ以降は多目のアルコールで誤魔化すことにした。
アルコールを摂取すると、ほとんどの人間は、気が大きくなる。
私もそうだ。
・・・が、それでも、
「おばけなんて怖くないぞ~、どこからでも来~~~い」
という気分には、絶対ならない。
怖いのだ。
子供の時、よっぽど怖いテレビでも見たんだろうと思う。多分。
だから、車に酔わない私にとって、夜行バスの出現はものすごくありがたい。
何しろ、周りにたくさんの人がいるので・・・。
安心して眠れるのだ。
夜行バスは眠りづらいと言う人もいらっしゃると思うが、私は、
「夜行バスはゆっくり眠れる」
のだ。
そんな私が、一般的に「心霊現象」と言われているもので、全く怖くないものがある。
金縛りだ。
主婦になって、山登りをすることが多くなり、その上、昼間、うとうとする機会が増えたので、金縛りに合うことが多くなった。
外が明るいから、容易に意識が醒めるのだろう。
でも、体は割りと疲れているから、起きないのだと思う。
この時、意識は醒めていると言っても、まだ「寝ぼけて」いるから、割りと簡単に、幻覚を見ることが出来る。
だから、怖い金縛りが好みならば、それを実現することも可能だと思う。
が、私は怖いことが大嫌いなので、そういう幻覚は見ないことにしている。
大抵、空を飛んでいる幻覚を見るように努力するのだが、これがかなり爽快だ。
が・・・昨日の金縛りは、勝手が違った。
というか、どこまでが夢だかわからないのだが・・・。
もしかしたら、風邪薬ゆえの悪夢かもしれないとは思うのだが、一応、「金縛り」の夢だった。
私は体が動かせない。
横に旦那が座っている。
「寿司食べるか?」
と聞いている。
でも、私は答えられない。
「いらんのか?」
「欲しい!」
そう思うのに、しゃべることが出来ない。
「折角買ってきたのにな・・・」
「だから食べるって!」
でも、動けない。
「卵(私はさほど好きではない)食べるで」
「・・・・・」
「いくら(同上)食べるで」
「・・・・・・」
「鯛(好物)食べるで」
「・・・!!!!!」
「マグロ(好物)食べるで」
「・・・!!!!!!!!!」
「穴子(大好物)食べるで」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ここで、私は、意識を「失った」。
また夢に戻ったようで、次に目ざめたときは、普通に起き上がることができたのだが・・・。
これが、私にとって、一番「怖い」金縛り体験である。
-----
--------
TITLE: 酒蔵見学
BASENAME: 2262919
DATE: 01/28/2006 22:50:37
-----
BODY:
葛城にある千代酒蔵の見学会に参加した。
日本酒ファンを増やすべく、OL時代の後輩二人を連れて。
実は、私は、この酒蔵を見学させていただくのは、4回目。
でも、見学させていただく度に新しい発見がある。
日本酒を造る行程で、何に一番神経を使うか、ご存知だろうか?
精米・洗米・麹による糖化・醗酵・濾過。
麹による糖化か、醗酵が大変だと思うでしょう?
実は、洗米に一番神経を使うのだそうだ。
米が水を吸いすぎてはいけない。
かといって、全くすわなくてもいけない。
この見極めは、やはり、「人間の経験」で行われるんだそうだ。
私はこの酒蔵のファンなので、とりあえず、この酒蔵のお酒ならば、安心して購入する。
が・・・。
この酒蔵発信でも、「安心できない日本酒」もあるらしい。
なんと・・・。
なんと・・・・・・・。
日本酒の原料米は、いわゆる「酒米」と呼ばれるような、日本酒を作るための米だ。
米の芯がある、「固い米」なのだそうだ。
「山田錦」は有名だと思う。
吟醸酒なら、その米を3割くらいまで研ぐ。
とすると、7割分の米粉が出るわけだ。
それを買い取り・・・。
「醸造アルコールに添加」して、「清酒」として売るメーカーもあるのだそうだ。
現在の法律では、米粉も、「米」としてカウントされるらしい。
「米」の量と、同じだけの量の「添加物」が許されているらしい。
ということで・・・。
恐ろしいことに、米粉を糖化したものと、「日本酒」と同量の「醸造アルコール」・・・を添加したものが、「清酒」として売られているのだそうだ。
その世界にはその世界なりの、いろいろな事情があるのですね(^^ゞ
試飲させていただいた日本酒は、すべて「新酒」。
まだ熟成はしていないので、半年後くらいに、楽しもうと思ってます。
-----
--------
TITLE: 若さ
BASENAME: 2265152
DATE: 01/29/2006 19:41:31
-----
BODY:
昨日、一日行動を共にした後輩とは、実は、それほど長い期間、一緒に仕事をしたわけではない。
私が辞める半年ほど前に、彼女は入社してきた。
私は事務職だったし、彼女は技術職だったから、机を並べたことはないし私が彼女に何かを教えたというおことも、ほとんどない。
ただ、私が勤めていた事務所は、当時、女性はすべて事務職で、男性はすべて技術職という風に別れていたから、お局だった私は、多少の気は使った。
だから、彼女については、ただでさえ、他の後輩よりも、印象が深い。
その上、彼女はとても個性的な人だった。
歓迎会のお店を決めようと、
「嫌いなものはある?」
と聞くと、即座に、
「虫はあんまり好きじゃありません」
と答えた。
「負けるもんか」
と思った私は、
「わかった。んじゃ、虫料理を出さない店を探すわ」
と答えたが、彼女は真面目に、
「お願いします」
と答えた。
惨敗である。
その上、彼女はとても「力持ち」だった。
二人で向かい合ってお酒を飲んでいたとき、彼女が放った言葉を覚えている。
「大概のことは、自分の心の中だけでケリがつくんですよ」
「あんた、そんな考え方してたら疲れるよ~」
と、答えたが、実際問題、彼女の口からグチらしきものは聞いたことがない。
退職した後、彼女と飲んだことがあるが、なんだか事務所は急に忙しくなったらしく、随分疲れた表情をしていた。
話しを聞くと、かなり「劣悪」といえるような状況にあるらしかった。
が、
「もう疲れました」
とか、
「勘弁して欲しいです」
などの「結論」に、彼女は達していないようだった。
「だから、頑張らなきゃ」
というのが、彼女の言い分だった。
彼女の日常を聞いてみると、早朝に目を覚まし、簡単に掃除を済ませ、スポーツクラブで一泳ぎ、日中は仕事に励んで、夜中に帰宅。そして、就寝。
かなりハードな生活を軽くこなしている。
というわけで、私にとって、彼女は、かなり「印象深い後輩」だ。
正直に言えば、
「こんなに無理して突っ走ったら、いつかエンストするんではないか」
という心配も、少し、ある。
というわけで、何か気分転換になりそうな企画があれば、彼女に声をかけているのだが、彼女は何しろ忙しい。
テニスサークルの幹事もしているらしく、なかなか時間が合わなかった。
で、久しぶりの再会。
「元気そうだったので、安心しました!ちょっと心配してたんです」
別れ際にそういわれて、ギャフンとなった。
心配しているつもりが、心配されていたのか・・・。
彼女が私の何を心配してくれているのか、私にはわからない。
が、彼女も私が彼女の何を心配しているのか、理解できないんだろうな。
彼女のそのひたむきな若さだけにさえ、私はなんだか勝てる気がしない。
-----
--------
TITLE: レンジでチン
BASENAME: 2267571
DATE: 01/30/2006 13:59:51
-----
BODY:
旦那の会社の食堂にレンジがあると聞いたので、レンジOKのお弁当箱を買ってきた。
朝、旦那が鞄に入れるとき、
「チンして食べてね」
という。
旦那は、
「ん」
と答える。
つまり、
「チンして食べてね」=「レンジで温めて食べてね」である、と、旦那に通じているわけだ。
この「チンして食べる」という言葉は、かなり普及していると思うが、もし知らない人が聞いたら、どう判断するだろう?
私は子供の頃、何か食べる時は、まずお仏壇に供えて、鈴を鳴らしてから、と躾けられた。
だから、その頃の私が「チンして食べなさい」といわれたら、多分、仏壇にそれを供えて、鈴を「チン」と鳴らしてから食べただろう。
大阪弁なのかと思うが、座ることを「おっちんする」と言う。
だから、大阪の子供なら、なんの予備知識もなく、「チンして食べなさい」と言われたら座って食べるかもしれない。
が、この「チンして食べる」はかなり市民権を得ていて、仏壇に供えるだけ、座るだけでレンジで温められない・・・という間違いは、まずないだろうと思う。
これだけ市民権を得た理由はいろいろ考えられると思う。
まず、レンジで温めるということが、日常的なこととなったこと。
1年に一度しか操作しない機械について、「チンする」なんていう表現は生れないだろう。
また、いろいろなメーカーがレンジを作っていても、出来上がりの音は、「チン」で統一されていた・・・少なくとも当初は・・・こともあげられるだろう。
もし、「ぴょろり~」というお知らせ音だったとしたら、多分この「ぴょろり~」は、「レンジで温めること」の略語にはなりえなかっただろう。
つまり、「チンする」という表現の裏には、いろいろな事情が見え隠れするわけである。
・・・などとゴタクを述べているが、実はうちには、レンジがない。
わかってるのに、わかってたのに、知ってるのに、知ってたのに、レンジで温泉卵を作ろうとして・・・そして、壊してしまったのだ。
買い替えようと電器屋さんに行くと、レンジだけならば、一万円ほどで購入できる。
が・・・折角だから、もう少し待って、蒸気調理器っていうんだろうか。
いわゆる、「ヘルシオ」という商品名で知られている、アレがもう少し安くなってから購入しようかと思っている。
そんなわけで、今、スーパーで、
「レンジで温めるだけのレトルト」
が、いくらおいしそうでも、いくら安くなっていても、素通りする私である。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 01/30/2006 19:20:46
のりちゃん様
そういえば、うちも「チンして食べなさい」って子供の頃言われましたよ。仏壇に供えてましたね。
そうそう、この前、その癖でもらいものの大根を神様に供えようとしたら、高校の時の恩師に、神さんにもらいもの供えたらあかんのやで、と言われた。口がついている訳でもなく、畑から抜いたばかりの大根だから、気持ちのものだからいいかと思ったのだが。あたしゃ知らなんだよ。
和歌山でも「おっちんする」って言いますよ。
-----
COMMENT:
DATE: 01/31/2006 06:35:38
え?
頂き物を供えたらダメなんだ?
げげ~、わたしも知らなんだわ。
うちのばさまは、頂き物もまずは仏壇に供えてましたから、「(近い)ご先祖様」と「神様」では違うのかもしれないですね。
覚えておこ~っと。
で、おっちんするって言うんですか。
大阪弁じゃないのかなぁ?
・・・と検索したら、
http://matumap.s35.xrea.com/cgi-bin/mpatio/patio.cgi?mode=view&no=1
なサイト発見!
関西弁なんですね。なるほど~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 愛流豚せな
DATE: 01/31/2006 15:49:27
初めまして、ポータルの新着から飛んできました♪
チンして、、言いますよ~♪
それより、うちも電子レンジが壊れてて(笑)
まだ買ってません!
勝手に親近感です♪
温めなおしが困りますけどねぇ、、
-----
COMMENT:
DATE: 01/31/2006 17:29:24
はじめまして。
レンジ壊れてますか(笑)
温めなおしが不便ですよね、ほんとに。
うちの場合、旦那と二人暮しなんで、ご飯がどうしても余るんですよ。
でも、チンできないとなると、おじやにするかチャーハンにするか・・・。
困ってはいるんですけどね(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 02/01/2006 20:22:57
富山では正座することを「ちんちんかく」って今日の朝のテレビで言ってました。おっちん、といい「チン」には何か座るような意味があるのかも知れませんね。
-----
COMMENT:
DATE: 02/02/2006 06:35:42
確かにどうも、
座る=ちんがつく言葉
みたいな感じなんでしょうか???
体育すわりをしている姿は、確かに「ちんまり」と表現したくなる風情はありますよね。
これまた「ちん」。
しかし、「ちんちんかく」って・・・ちんちんかくって・・・・・・
-----
--------
TITLE: ビーズ細工
BASENAME: 2270781
DATE: 01/31/2006 15:13:09
-----
BODY:
何も考えず、頭を真っ白にしたいとき、私はマフラーを編む。
できれば、なるべく複雑な模様を入れるほうがいい。
マフラーに使える模様は、ある程度限られているから本当はセーターの方が良いのだろうが、セーターを編もうと思うと、最低でも3~4日はかかる。
3日以上、頭を真っ白にするのも、あんまり面白くないので、マフラーぐらいがちょうどいい。
余計なことを考えずに、網目を数えていると、頭の中で、たくさんのことがリセットされる。
編みあがった時には、気持が新しくなっている。
かといって、マフラーばっかり何本も持っていても仕方がない。
私は、タートルネックのセーターが好きだから、マフラーはあまり必要ない。
旦那は、
「首がチクチクするから、いや」
と、マフラーを編んでも喜ばない。
過去に、なるべくチクチクしない毛糸を選んで、編んだことがあるが、
「汗が出るから、いや」
と、結局ほとんど巻かなかった。
旦那は暑がりなのだ。
それに、毛糸は結構値が張る。
そんなわけで、最近はマフラーをやめて、ビーズ細工をしている。
ビーズは、物を選べば、それほど高価ではないし、2~3時間あれば、十分一作品出来上がる。
チマチマと小さなビーズに糸を通しているうちに、頭から雑念が消えていく。
まず、好きな模様にビーズを配置してから、編み方を考えていく、という方もおられるが、私はあ、まず適当に編み、そこに、思った色のビーズを足していくという方法をとっている。
考えるより、まず手を動かす方が性にあっている。
つまり、イラチなわけだが。
今日は、特に、頭をリセットしたいというわけでもなかったのだが、棚の上をちょこちょこ動かしていたら、以前、知人の店で買った天然石が目に入ったので、何か作品を作ることにした。
適当にざくざく編んで、その後、ちまちま付け足していく。
この方法の難点は、出来上がった後、つらつら見直すと、気に入らない部分があったりすることだ。
でも、糸が複雑に絡んでいるので、その部分だけ直すということが出来ないため、作品全体が気に入らなくなってしまう。
「あ~もったいないことした」
と思ってしまう。
折角雑念をリセットしたのに、新しい雑念が生れてしまうわけだ。
「雑念の自転車操業」
というか、
「無駄骨」
というか。
というわけで、何か他に、決して失敗しない、しかも半日ほどで出来る細工物がないか、今、考え中。
めんどくさがらずに、最初に図案を考えれば良いんだけれども(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 方舟
BASENAME: 2273880
DATE: 02/01/2006 12:58:44
-----
BODY:
三日間も雨が続いている。
渇水気味だったから、この雨は恵の雨なんだろうが、洗濯物が乾かないのは、困る。
天気予報を信じるならば、明日は晴れるようなので、一気に乾いてくれたらいいな、と思う。
雨の降り続く中、部屋でぼんやりしていると、方舟の中にいるような気分になる。
外の世界と隔絶されて、世界に自分だけが生きているような、妙な孤独感をもてあまし、
「自分がノアだったら」
などと想像してみる。
もし、絶対神に、
「これから、大雨を降らせて世界を滅ぼすから、方舟を作って、家族と、それからすべての動物について、ワンペアずつ乗せなさい」
といわれたら、大変だと思う。
動物達は自分から方舟に乗り込んだ・・・と聖書にはあるから、まぁ、動物を集める苦労はないとしよう。
しかし、家族って、どこまでが家族なんだろう?
狭義では、私の家族は旦那だけだ。
が、御互いの両親と兄弟、その配偶者と子供、それから、長寿の祖母・・・くらいまでは、家族と認めてもらえそうに思う。
さて。ここで、ふと疑問。
友達はどうする?
ノアは、絶対神に、
「あの、友人にごっつええ奴がおるんですわ。乗せたってもよろしですやろか?」
なんて聞かなかったんだろうか。
ノアの時代、悪が蔓延っていたとは言うけれども、それでも、ノア以外に、一人や二人、良い人がいてもおかしくないだろうし、類は友を呼ぶの喩え通り、良い人同士は気が合うだろうから、ノアにも友人の一人はいたんじゃないかと想像するのだが・・。
いなかったのかなぁ?
アンブローズ・ビアスという作家の作品に、「悪魔の辞典」というものがある。
つまり、いろいろな事象を、ちょっと皮肉に解説した辞書体のエッセーとでも言うべき作品。
ちょっと皮肉だが、「悪魔の~」というほどブラックではない。
皮肉というよりも、ウィットという方があたっているものも多い。
例えば、「はつかねずみ」については、こう説明されている。
「その通る道に卒倒する婦人たちをまき散らす動物。云々」
ま、現代のご婦人たちは(私を含めて)はつかねずみくらいでは、まず卒倒しないだろうけれど。
そんな皮肉屋さんの辞書において、「友情」はこう説明されている。
「天気のよい日は二人ぐらい十分乗れるが、悪い日はたったの一人しか乗れない船」
冷酷な人間は、皮肉屋にはなれないと思う。
もし本当に冷酷ならば、「天気の悪い日」に自分が友人のことを慮ることが出来ない事にも気付きゃあしないだろう。
ヒューマニストだからこそ、皮肉屋にもなるんだと思う。
それはさておき、確かに、自分のことで精一杯の時、私は、友人のことを考える余裕を持たない。
誰でも、その人のキャパを越える問題が降りかかったとき、他の誰かのことを考えるのは、かなり難しいだろう。
だからこそ、キャパを大きくすることが大事なんだが、とにかく、「天気の悪い日」は、自分のことを考えるだけで、あっぷあっぷになってしまう。
さて、まさに「天気の悪い日」であるところの、この世の終末、神に、
「方舟を作りなさい。そして家族とすべての動物を一対ずつ乗せなさい。もし、友人を乗せたいなら、あなたが降りなさい」
といわれたら、どうするか。
・・・多分、降りないんじゃないかと思う・・・。
もし、
「あなたの旦那を降ろしたら、友人を乗せてもいいよ」
といわれても、旦那を降ろしたりしないと思う。
それどころか、もし、
「旦那を降ろしたら、100人の友人を乗せてもいいよ」
といわれても、旦那をとると思う。
究極、
「旦那を降ろしたら、人類すべてを助けるよ」
といわれても、
「いやいや、旦那を助けてください」
といいそうな気が・・・。
う~む。
私は、とんでもない奴だったらしい。
知らなかった。
許せ、友よ!人類よ!!!
-----
--------
TITLE: 八百屋
BASENAME: 2276784
DATE: 02/02/2006 12:29:38
-----
BODY:
私は、野菜はなるべく八百屋で買うか、畑主さんから直接買うことにしている。
新鮮で安くて、農薬の心配が(それほど)ない。
そして、味もいい。
スーパーの野菜は、どうも・・・気が抜けた味がするように思うのだが、私の気のせい??
うちから徒歩15分圏内に、八百屋さんが3件ある。
どのお店も、スーパーで買うより、3割がたは安く買える。
場合によっては、半額で買えることもある。
ただし、泥がついてたり、虫が食ってたりはする。
菜っ葉類は、洗っても洗っても、小石が残ることもあったりするので、旦那にはちょっと不評だが、大根なんかは泥がついてても平気。
鮮度もいい。
なのに、スーパーでは、中くらいの大根が150円ほど。
八百屋で買えば、太いものでも100円で買えたりする。
ほうれん草なども、八百屋で買えば、今なら80円程度。
なのに、スーパーでは、「大安売り!」としてあるにも関わらず、100円以上する。
なのに、そこに主婦が群がってたりする。
なぜなぜなぜ??
困るのは、小松菜が安くならないこと。
八百屋でさえ、人束125円ほどする。
文鳥に、アクの強いほうれん草はあげられないので、小松菜か白菜を切らせない我が家としては、これは、大きな問題だ。
どうも、「おもいっきりテレビ」かなんかで、
「小松菜は体にいい!」
とかなんとかそういう特集を組んだらしいのだ。
全く、みのもんた効果は侮れない。
しかし、いらんことを、まったく!!!!!
・・・ま、ブームはそれほど長続きしないとは思うが・・・。
今日は、駅前筋の八百屋が安かったので、ほうれん草78円と小松菜125円を購入。
しめて203円。
小銭入れをかちゃかちゃさぐっていると、
「姉ちゃん、元気ええから、200円でええわ」
と言ってくださったんで、
「ありがと~」
と200円支払って、店を出る。
商売人さんは、絶対「おばちゃん」とは言わない。
「どうみても70歳は越えてるやん?」
という高齢のご婦人に対してさえ、
「姉ちゃん」
という。
決して、
「おばちゃん」
「ばあちゃん」
とは言わない。
わかってるんだけど、気分がいい。
「姉ちゃん、元気ええから」
とか言われても、
「私だけが特別♪」
なんて思ってはいけない。
他の上品そうな奥様には、
「姉ちゃん、感じええから」
大人しげな奥様には、
「姉ちゃん、美人やから」
などといって、同じようにまけてくれてるのは間違いない。
それは、わかっているんだが、やっぱり嬉しい。
たった3円のこと、たった「姉ちゃん」だけのこと。
しかし、それは、確実に、私のテンションをあげてくれる。
だから、八百屋が好きなのである。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 02/03/2006 00:44:48
のりちゃんは元気がいいんですね(^-^)文体からもその元気の良さは充分伝わってきてますよ♪
小松菜、新婚当初はほうれん草との区別がつきませんでしたが、今ではわたしも小松菜が安ければ必ず買う派です。
アク抜きしないでいいからそのまま炒めてもOKだし、アクがないからお鍋にいれても出汁に色うつりしないし、それにビタミンBも豊富ですもんね。
とかなんとか言っても結局‘楽だから’なんですが(^^;)
こちらではスーパーより八百屋のほうが高かったりするので困ったもんです。
-----
COMMENT:
DATE: 02/03/2006 06:49:00
小松菜はクセがないから、どんな味付けでも合いますしね(#^.^#)
でも、スーパーより八百屋の方が高いって、びっくり。
そういうこともあるんですね??
それは、スーパーが安いのか、八百屋が高いのか???
去年まで、うちの近所の畑で、おじいちゃんが自作の大根や小松菜、ほうれん草を売っておられたんです。
無農薬なんで、本当~に、甘い。値段も、大体、1束70円ほどと安いし。
それが、今年は生育状況が悪いのか、お店が出てないんです。
畑を見ると、確かに、生えソロってない感じ。
なんか、がっかりです。
-----
PING:
TITLE: まずい手料理
URL: http://tabokichispirit.seesaa.net/article/12638875.html
IP:
BLOG NAME: たぼ吉の挑戦 ~魂のブログ~
DATE: 02/02/2006 12:43:45
「ほうれん草」つながりです^^
-----
--------
TITLE: 唐辛子
BASENAME: 2279807
DATE: 02/03/2006 12:21:35
-----
BODY:
私は、辛いものが好きだ。
といっても、味噌汁に一味をかけたり、フルーツにタバスコをかけたりといった、極端なことまではしないが、本来辛くあるべきもの・・・例えばカレーなんかは、徹底的に辛くあって欲しいと思う。
丼物などを作ったら、一味をどばっと振りかけて食べるのが好き。
・・・子供の頃からの性癖ではない。
ほんの、7~8年ほどの習慣である。
きっかけは、タイ旅行だった。
私達夫婦は、現地の知り合いに案内してもらったのだが、彼が案内してくれた店のメニューに、それが入っていた。
プリッキーヌー。
「ねずみの糞」
という意味らしい。
赤く小さなそれは、破壊的な辛さを持っていた。
一口食べたら、10分間口を開いていないと辛さが取れない。
水を飲んでも、まさに、
「焼け石に水」。
それを、現地人の人達は、全く平然と食べていた。
「負けるもんか」
私は、いらんところで負けず嫌いである。
「次に来た時は、平然と食べてやる!」
日本に帰ってきてから、積極的に辛いものを食べるように心がけた。
・・・そして、それがクセになってしまったというわけである。
でも、まだリベンジは叶っていない。
タイは遠い。
目的は果たせないまま、辛いものにどんどん慣れてきてしまった。
うちのカレーは、「超激辛」だと思う。
一時期は鷹の爪を輪切りにして料理に入れたりしていたが、おいしい一味を見つけてからは、もっぱらそれを使っている。
一味は粉っぽくなってしまうが、最初に他の具剤をいためる時、一緒にいためると、かなりまろやかになるのだ。
で、昨日、拭き掃除をしていたら、棚の奥に、何年も前の鷹の爪が落ちているのが見つかった。
袋に入って、5つ。
・・・多分、腐ったりするものじゃないとは思うが、食べるのはちょっと・・・。
考えた末、風呂に入れることにした。
広いとはいえないが、それでも小さくなれば二人十分入れるほどのバスタブに、5つの鷹の爪。
正直、大したことはないと思っていた。
お湯を張って入ってみると、実際特に大したことはない。
鷹の爪を触ってみると、少し柔らかくなっていたので、ちょっと揉み解す。
種がいっぱい出てくる・・・と同時に、赤い液体が飛び出てきた!
「すごっ!!」
張り切って、すべての鷹の爪を揉み解し、種を湯垢掬いで取り除・・・いてる途中で、額の汗が落ちてきた。
ものすごい発汗している。
お湯で顔をなでると、ちょっとぴりっとする。
そして、左手の人差し指の付け根がひりひりしてきた。
「なんで?」
よ~くみると、小さな傷跡が出来ている。
どこかですりむいたらしい。
後で、調べてみたら、バスタブに10粒くらいが適量、となっている。
嘘でしょ~?!
私は、結構な鈍感肌だから、平気かもしれないけど、敏感な人が入ったら、火傷すんじゃないかと思う。
唐辛子は小粒でも、ぴりっと痛い。
侮ってはいけないのだ。
-----
--------
TITLE: 初心者
BASENAME: 2284044
DATE: 02/04/2006 22:57:28
-----
BODY:
私は、甘え下手だ。
「わからないです」
とか、
「できません」
なんて、絶対!いえないタチだ。
本当に知らないことを聞くのはいい。
ただ、考えればわかることを、ちゃんと自分で考えずに人に教えてもらってしまったりすると、
「くきぇ~~~ぇええええ」
と叫びながら頭をかきむしりたくなっちゃうのだ。
そういうところ、もう、どうしょうもないほど、不器用なんざますんである。
そんなわけで、OL時代の私は、あっという間にお局様になってしまっていた。
そういうタイプの人間は、下手したら、思いっきり叩かれたりするんだろうが、幸い、私は、いじめられることも、きつく当られることもなく、「偉そう」になってしまっていた。
今、私は、ライターとして仕事をいただいている。
でも、ど初心者だ。
私に仕事を下さっている方は、好きなように仕事をさせてくださる。
何を言っても、至極事務的に、あっさりと聞いてくださるんで、多少、
「失礼かな?」
と思うことも、ズバッと聞くことができる。
が、この方は、私がぐっちゃ緊張してなんとかこなせる仕事を、軽~くこなしてしまう方なわけなんである。
「ま、それほど難しいもんじゃないですわぁ」
と仕事をくださると、ついつい甘え下手が出てしまって、
「わかりました!やらせていただきます!」
なんて答えちゃったりするんである。
事務仕事というのは、机に向ってする仕事だ。
失敗しても、自分でチェックできれば、誰にも気付かれずに挽回できる。
自分で調べるのもそれほど難しいことじゃない。
ベースさえ頭に入っていれば、あとは、応用だけ。
一人でも、それほど困らない。
一度お局様になってしまえば、後は、自分から人を巻き込むことが出来るから、本当に困らない。
が、ライターという仕事はそうは行かない。
営業の要素も入るし、何より、自分一人では、絶対挽回が利かない。
人に迷惑をかけてしまう。
だから、
「人に聞くのが嫌い」
なんて、本当は言ってられない・・・のだ。
今日、取材の仕事を頂いた。
イベント取材とインタビュー。
インタビューの相手は、所謂「大物女優さん」であった。
現場に出かけたら、今までならば、仕事主さんと、カメラマンさんと、私というこじんまりしたものだったのが、今回は・・・所謂フィクサーさんというんだろうか?仲介の方に、ビデオの方と、えらくものものしい。
しかも、「インタビューではどういうことを聞かれるんですか?」とピリピリした雰囲気。
カメラにも細かい指定があるらしい。
緊張。
でも、私は・・・黙っていてしまった。
「私で勤まるんですか?私、まだインタビューって二回目ですよ?」
・・・と言うべきだったんだろうと思うが・・・黙っていてしまった・・・。
あかんや~~~んっ!!
実は、初めてのインタビュー仕事の時、相手の方に、
「え?もう終り?」
と驚かれてしまった。
私としては、失礼なことは言ってないし、記事を書けるだけの話しは伺ったから、も、いっかな?
と思ったのだが、通常のインタビューはそんなもんじゃない・・・らしい・・・ということは、薄々わかってたんである。
でも、他のインタビューシーンを見たことはないし、他のこの会社のイベント記事を読んでも、大体、こんな感じのことを聞いて記事にしておられうようだし、私が上げた記事は、NGなく承認していただいたし・・・いいんだろうなぁ???
という、ごく不安定な状態だった。
それが、二回目にして、こんな難しそうな・・・。
でも、私は黙ってしまっていた。
あかんやんっ!!
で、インタビュー。
用意してきた質問を終えて、さぁ・・・と思っていると、ベテランカメラマンの方が、会話に加わってくださった。
それで、会話が脹らむ。
その話題が終わったら、付き添ってくださっていた仲介の方が、また新しい質問を。
多分、OL時代に、自分が自分なりにまとめた仕事にフォローをされたら、ものすごく口惜しかっただろうと思う。
フォローしてくださることに、感謝の気持はあるのだが、それ以上に、自分の仕事がダメだった・・・と思うことが、嫌だったんじゃないかと思う。
それが、今回は、ごく自然に、
「いや~、ありがたいな~」
なんて思っていた。
ごくごく普通の初心者になれていた。
好きに仕事をさせてくださる仕事主さんと、フォローしてくださる先輩達。
いや~、ラッキーだぁ・・・と、嬉しく思ってしまっていた。
年をとって丸くなったのか。
旦那に甘えているうちに、甘えるのが平気になったのか。
よくはわからないが、とにかく。
37歳、遅咲きの春である。
・・・これから、まだ記事を書かないといけないんですが、より良いものを。
頑張ります。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまちゃん
DATE: 02/05/2006 22:44:08
こんばんは。
インタビューですかあ~。私は営業マンですが、営業ベタなんですよね~。私の勝手な思い込みなんですけどね、インタビューも営業マンも一緒のところがあるんですよ。それは、その会社、インタビューならその人の事を良く知らないといけないという事です。その人が気を許してしゃべってもらって、いろいろ話を膨らませるんです。そうすると会社であれば新しい需要を聞き出せたり、インタビューなら他の雑誌では話していない内容なんかが出てくるとおもうんですよね。
その会社に行く前にその会社の情報を取っておくのです。新聞でもいいし、インターネットでもいいし。人は自分の会社のいいところや、自分のいいところを聞かれたりすると、どんどんしゃべってくれます。人間というもの多くの人は自分のいいところ、自分の会社のいいところを話したいものだと思います。
次回もインタビューがんばって下さいね。
-----
COMMENT:
DATE: 02/06/2006 06:08:13
結構いろいろ資料を集めて行ったんですけどね~。
でも、インタビューの相手が、憧れの人だったりすると、そんだけで舞い上がってしまうんですよ~(>_<)
営業的な仕事は、好き・・・とは言いませんが、苦手でもないと思うんですけどね(^^ゞ
今回は、周りの方の雰囲気もかなりピリピリしてましたし(T_T)
でも、女優さん自身は、とても親切な方でした。
こちらが聞きたいと思っていることを理解してくださり、それに添った答えをくださって。
ご主人と一緒に仕事をなさってるんですが、そのご主人がまた、絶妙のフォローをされるんですよ。
夫婦仲が良い姿って、やっぱりいいですね(#^.^#)
実は、父がこの女優さんのファンで、私もかなりファンだったんですが、今回のインタビューで、この女優さんだけでなく、ご夫婦のファンになっちゃいましたよ。
-----
--------
TITLE: 龍王山再び
BASENAME: 2286588
DATE: 02/05/2006 21:46:31
-----
BODY:
ということで、緊張した頭をほぐすべく、龍王山登山をしてきました。
一応、昨日、ざざっと書き出してあったのですが、緊張した頭を反映して、固いのなんの(T_T)
ってことで、約3時間の運動。
ついでに、体重が減っていることを期待したんだが・・・。
昨日一日で1キロ痩せたのに、今日は、1キロも・・・。
脳みそは、筋肉より、カロリーを燃焼するらしい。
勉強したら痩せるかも・・・。
-----
--------
TITLE: 自分の声
BASENAME: 2288274
DATE: 02/06/2006 12:36:38
-----
BODY:
原稿に間違いがないように、録音テープをチェックする。
これが・・・結構きつい。
自分の声をテープに録音して聞いてみたことのある人ならば、
普段自分が聞いている「自分の声」
と、
テープから流れてくる「自分の声」
のギャップに戸惑うだろう。
声は、骨を伝わって耳に届くので、自分の耳で聞く「自分の声」は、他人が聞く「自分の声」より、心持落ち着いた、低い声となるのだそうだ。
・・・ってことで、ただでさえ、甲高い系の私の声は、テープで聞くと、聞いてらんないっ!!
しかも、自分では、ちゃんと標準語をしゃべってるつもりなのに、後で聞きなおすと、緊張のせいかなんだか、妙なイントネーションになっている。
その上、滑舌の悪いこと。
だ~~~っ!!!!!!!
これが終われば、山を越します、多分。多分、多分・・。
・・・さ、がんばろ・・・。
-----
--------
TITLE: 直感
BASENAME: 2291436
DATE: 02/07/2006 12:53:19
-----
BODY:
社会生活・・・特に事務的シーンにおいて、私は「直感」というものを全くアテにしていない。
もちろん、経験から来る勘は不可欠のもので、これがなきゃ、能率悪くて仕方ない。
でも、「理由はないんだけど、パッと見た瞬間コレだと思った」的な、直感は、私はほとんど当らない。
資格試験を受けたときなど、直感的に選んだ答えを、後で理詰めで考えて他に替えたら、それが裏目に出た・・・ということはある。
それはすごく口惜しいので、よく覚えているが、客観的に統計を取れば、理詰めで考えて出した答えの方が在っている確率が、随分高いだろうと思う。
直感といっても、どこかで無意識に見たものを、無意識に記憶している・・・ということだろうから、「問題」と「答え」が正しく結ばれている可能性はそれほど高くなかろうと思う。
例えば、「うちの犬はブルドックだが、シーズーのような顔をしている」という文章をどこかで見て、「うちの犬」「シーズー」という部分だけはっきり記憶しているかもしれない。
「うちの犬の種類は?」と聞かれて「シーズー」と答えたら、それは勿論間違いである。
直感なんてのは、そんなに的中率のいいもんじゃないと思う。
・・・と、斯様に理詰めな私だから、直観力がないだけかもしれないが・・・
さて、しかし、それにも関わらず、私は、人間関係においては、かなり直感的だ。
「この人とは親友になる」
とか、
「この人に惚れる」
と言うような「結論」を、会って、一言二言交わしただけで出してしまう。
で、その「直感」が外れたことは、今のところ、ない。
反対に言えば、「親しくなりそうな感覚」がなければ、あまり親しくなれないということで、自分が「親しくなりたい」と思わないからこそ、親しくなれないのかもしれない。
また、ピグマリオン効果という言葉がある。
ピグマリオンとは、自分の彫刻した女神像に恋してしまった、確かギリシャの王様の名前だ。
その彫像を見て、「動いたらいいな、動いたらいいな」と思い続けていたら、ある日、その像に命が宿り、そして二人は幸せになりましたとさ・・・というもの。
つまり、相手に何かを期待すれば、相手はそれに答えようとする・・・という現象をピグマリオン効果と呼ぶわけだ。
だから、第一印象で、「この人は私と親友になるな」と思うことで、相手もその期待に応えてくれる・・・だけかもしれない。
でも、今のところ、大体第一印象の直感は、私にとっては、ハズレがないと思う。
その「直感」が一番早く働いたのは・・・ドラマティックなことを言うつもりはないが、やはり旦那である。
旦那とは、お世話になっているご夫婦の送別会で知り合った。
会の1週間ほど前、幹事をしていた旦那に、前もって、用意していくものなどをメールで問い合わせた。
返ってきた返事は、
「費用・・・○○円
ハンケチ 一枚
ティッシュ 適宜 云々」
というような、なんとも素っ気のないものだったんだが・・・。
なぜか、私はこれを見て、
「あ、私、この人と結婚する」
と思ったのだ。
いや、まじで、まじで。本当に、本当に。
そして、当日、会って3言ほど交わした後、惚れて、アタックして、その半年後には、もう、入籍していた。
・・・もんだから、周りから、
「後悔せぇへんか?」
とかなり心配された。
が、結婚してから9年。
平和だったらありゃしない。
と、なぜ、こんなことをウダウダ言っているかというと、仕事なんであるわけであるんである・・・はぁ。
最初に書いた文章に手を入れる。
後になって見直したら、最初に書いた文章の方がよかった・・・なんてことも、たまにではあるが、ある。
文章に手を加えながら、
「直感を大事にすべきか、理詰めになるべきか」
ハムレットのように、苦悩している最中なんである。
・・・すいません。
まだ、てんぱってます。
くすん。
-----
--------
TITLE: 博士の愛した数式
BASENAME: 2295007
DATE: 02/08/2006 20:33:53
-----
BODY:
原作が結構好みだったのと、寺尾聰が好きで、他の出演者も結構好き・・・ということで、見てきました。
原作は・・・まさに、ファンタジーだ。
記憶が持続しないという障害の苦しみの中で、この上ない愛情を持続し続ける博士と、
父のいない子供を一人気丈に育て上げながらも、思いやりを忘れない家政婦。
いつもいかなる時も、敬意と思いやりを忘れない弱冠10歳の少年。
そして、10年以上前に記憶を更新させることが出来なくなった恋人を今でも思い続ける未亡人。
全くありえないとは言わないけれど、滅多にありがたい人々が4人も終結して織り成す奇蹟の物語。
ま、つまり、奇蹟なわけだ。
どんな映画になってるかな・・・と、楽しみにしてたんだが、
ファンタジーとしては、夢がなさすぎ、
現実としては、嘘っぽすぎる、
・・・う~ん、不完全燃焼。
良い話ではあるし、個々の演技は素敵だったんですけどね。
私は、映画をそれほど見てるわけじゃないし、映画のことは全くわからない。
小説は・・・好きだが、「構造的」に見ているわけじゃないので、えらそうなことは言えないのだが、
「これ、映画化するのは難しいだろうな」
と思う小説と、
「映画のノベライズみたいな小説だな」
と思う小説がある。
後者の筆頭として、浅田次郎さんの小説を思いつく。
「天国までの100マイル」という小説を読んで、
「主役・西田敏之、ヒロイン・室井滋」
と思ったら、まさにその配役でドラマ化されてたので、笑ってしまった。
反対に、前者は、ほとんどの小説がそれにあてはまると思う。
小説というのは、言葉で情景を表すことが出来るから、読者は、微妙な心理描写にも気付き易い。
が、映画というのは、映像の中で、微妙な状況を表現しなくてはいけないから、どうしても、その微妙さを、もっと明確なものに変換せねばならないように思う。
そうすると、小説の味わいが消えてしまう・・・ように、私は、思うけど、なにしろ映画を知らない人間なんで、愚にもつかないことをほざいてますが、ご容赦。
ってことで、好きな小説ほど、ドラマ化・映画化されたらがっかりすることが多いんじゃなかろうか。
でも、好きな小説を好きな俳優さんが出演する映画で、自分の頭の中の映像そのままに見ることが出来たら、最高だろうなぁ・・・。
今回の映画で、私が、特に、
「いや~ん、がっかし」
と思ったのは、「慕情」なんである。
家政婦は博士に、
博士は家政婦に、
それぞれ、恋というには淡すぎる慕情を抱く。
その慕情に、独占欲は存在しない。
・・・こんなことがありえるのかなぁ・・・と思ってたのだ。
愛とは・・・なんて、愚にもつかない定義をするつもりはない。
無数のカタチの愛が存在するだろうに、それを一つの形に当てはめるのは不可能だと思う。
「男とは」「女とは」などという定義が無意味なのと同じ。
「愛とは」なんて定義も、全く不毛なものだと思う。
ただ、一つだけ、つくづく感じるのは、男女間の恋愛感情には、必ずと言っていいほど、独占欲が交じり合うということ。
勿論、独占欲がない人もいるとは思うが・・・。
でも、大概の人は、自分のパートナーが、他にもパートナーを作ったら、悲しむでしょう?多分??
そして、厄介なことに、恋慕の情は、他の感情と容易に交じり合う(ように錯覚してしまう)ように思う。
例えば、スウェーデンシンドロームなんて言葉がある。
人質となった女性は、自分を虜にしている男性に恋慕の情を抱く・・・確率が高いらしい。
つまり、人質となった女性は、自分の立場を合理化するために、
「私はこの人が好き。だから、虜になっている」
という理屈づけをするんだそうだ。
つまり、恋慕の気持は、人間にとって心地よいもんなんじゃなかろうか。
それが思いつめちゃうと苦痛に変わるけども。
「寂しい二人がいつしかくっついてしまう」
ってのも、「恋愛が心地よい」ものだからなんじゃなかろうか。
それこそ、「恋」というものは、気をつけてないと、どこにでもするりと入り込んじゃうものなのだ。
そして、それとは別に、恋愛は、独占欲を産みだす。
いや~、困難だったらありゃしない。
いや、だからこそ、「真のパートナー」を見つけることが肝心・・・と私は思うのだけれど。
それが思い込みであろうが、事実であろうが、自分が唯一無二の存在だと思える相手・・・でなければ、嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい。
自分が、相手を唯一無二だと思えて、なおかつ、相手にもそう思ってもらえるというのは、難しいことなのか、相手さえ間違えなければたやすいことなのか、それは分からないけれど、少なくとも、自分は、相手を唯一無二の存在だと思える人を、「真のパートナー」と認定したいと思う。
「独占欲」と、「容易い恋慕」の狭間で苦しむのは、どうも、無駄な苦しみであるように思っちゃうのだ。
・・・どうも、ここらへん、乙女チックにはなれない性分だと自分でもつくづく思う。
しかし、まぁ、とにかく、現実的には、矛盾する独占欲と恋慕で苦しむことは、全くありふれてるように見える。
ここんとこ、この映画がどう描いているか、かなり興味があったのだ。
・・・が・・・。
二人の間に恋慕の情らしきものの萌芽は描いていたが、二人は二人とも、その恋慕に独占欲を滲ませることすらしてなかった。
・・・う~ん、そうか。
自分が「無駄」と思える苦しみを、映画の登場人物に求めちゃぁいかんのか。
はっはっは。
-----
COMMENT:
AUTHOR: http://utsugi.ex
EMAIL: mozar@sumoto.gr.jp
URL: http://utsugi.exblog
DATE: 02/09/2006 00:59:26
『心理小説』という語で検索してたまたまひっかかったブログを見さしていただいて、とてもユニークで面白い文章だと思いましたので、足跡を残したくなりました。
自然体で八方破れというか、これだけの量がすらすらとかけ、しかもツボを得ているのは、素晴らしく羨ましいですね。
ときどき来て拝見したいと思います。
-----
COMMENT:
DATE: 02/09/2006 06:47:04
なんだか過分の言葉をありがとうございます。
面白いブログを書いてらっしゃいますね。
いろは歌や、じゃがたらお春。
具体的な内容を初めて知りました。
また、心理小説をお探しなんですか?
「博士を愛した数式」
は、心理小説と呼べるかどうかわかりませんが、「優しさ」というものについて考えさせられる、綺麗な小説でした。
まだお読みでなければ、是非。
-----
--------
TITLE: もてもて
BASENAME: 2296642
DATE: 02/09/2006 10:55:34
-----
BODY:
最近、私は、
「もてもて」
らしい。
しかも、知らない女性複数に、だ。
・・・どうも、最近のSPAMの傾向は、しつこく一日に何件もメールを出し、(多分)悪質有料サイトに導くというものらしい。
多分、男性が書いているであろう「気配」をくっきり残したまま、
「一目だけでも会いたい」
と、秋波を送る。
う~ん・・・不気味だ。
不気味なんだけど、とりあえず、このSPAMには、「男性の願望」がてんこもりなんだろうな・・・と、目を通して見る。
この手のSPAMの「送り主の女性」には、共通項がある。
・人妻である=あとくされがない
・お金を支払うから会って欲しいと訴えている=人妻をいただいちゃってお金までもらえるなら、ラッキー
・今回一度だけのチャンスしかない=人妻が本気になったらやばいことになるかもしれないが、今後会うチャンスがないのならば、安心
・自分に自信がない=謙虚な相手である
などなど。
以前によく見た、
「私はEカップ」
「女優の○○に似ている」
などというアピールは、全く影を潜めてしまった。
容姿の美しさのアピールは、「彼女が出来るかも」という欲心を満たさせるためのSPAMにこそ相応しい。
一夜限りの性欲と金銭欲を満たすだけならば、容姿は関係ないということか。
そして、この、「一夜限りの関係」を示唆するSPAMが増えているということは、今は、「刹那主義ブーム」なんだろうか。
いや、これを見た人の中にも、「いい女だったら、彼女にしたい」・・・という「あわよくば」心をもくすぐられちゃったりする人もいるんだろうか。
なんつぅか、かんつぅか。
こういうSPAMは、ただ迷惑なだけなんだけど、こういうのに騙されちゃう人がいるんだと思うと、ちょっと・・・さびしーっ!と思ってしまう、冬晴れの一日である。
-----
COMMENT:
AUTHOR: romrom
DATE: 02/09/2006 15:44:45
はじめまして。
うちもこの手のメールたくさんいただいてます。
迷惑だけど意外とおもしろがってもいます。
同性として「×××していただければ月○○万お渡しします」って
いう内容にはどうしても笑いがこみ上げてきますが、これで
引っかかる人いるんでしょうか?
-----
COMMENT:
DATE: 02/09/2006 18:22:16
はじめまして。
ほんと、笑いが込み上げてきますよね(~_~)
でも、私も、初めてこの手のメールをもらった時、
「しつこいっ!」
と返事をしそうになってしまいました(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: にゃみ
URL: http://www18.ocn.ne ~senjyu/
DATE: 02/09/2006 22:03:09
初めまして!
愉快ですよね・・・書いている人の顔を想像すると(笑)
男性が書くからこそ、男性が釣れるんでしょうね~。
どう言われれば願望にストライクなのかがわかるんでしょう・・・。
男って阿呆やなあ~(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 02/10/2006 08:35:41
にゃみ様、はじめまして。
にゃみさんは、古寺を周っておられるんですね。
しかも、ライターさん。
うわ~、親近感(#^.^#)
SPAMを書いてる男性を想像して楽しんでいる人、結構いらっしゃるもんですね。
・・・・・実は、ものすごい男前さんだったりして・・・・・・
なんて考えてみたんですけど、だめですね。
男前さんだったら、もてない男の気持なんてわかんなさそう。
う~ん、夢がないなぁ(笑)
-----
--------
TITLE: 病み上がり
BASENAME: 2299895
DATE: 02/10/2006 13:38:39
-----
BODY:
昨日、どうも調子がおかしい・・・と熱を計ったら、38度4分あった。
38度以上熱があがるのは、かなり久しぶりなので、ちゃんと布団を敷いて寝ることにした。
熱があるときの夢は、どうも荒唐無稽というか、意味不明なものが多い。
一度、大汗を掻いて目が覚め、汗を拭いてからもう一度寝たときの夢は、特にぶっとんでいた。
汗の染み込んだ布団は、ある種の薬品と化合すると、核を凌ぐほどの爆発を起こすらしい。
そんなもんで、私の布団が、悪の組織に狙われていることを知るわけだ。
私はその悪の組織から逃げるべく布団を背負って逃げるが、野原にさしかかった時、周囲に火が放たれる、危機一髪!!!
てな夢。
なんじゃそりゃ?
考えも、かなり理性を欠いている。
8度4分の体温計を見た直後の感想。
「これなら、苦労せずに痩せられるわね、きっきっきっき(ちびまる子ちゃんの野口さん風に)」
おいおいおいおい。薬飲めっ!!!
結局、夕方ごろ、あまりのだるさに音をあげて薬を飲んだが、風呂に入る前、体重計に乗ったら、確かに、昨日の晩ばか喰いしたわりには、500グラムほど痩せていた。
・・・が、病気で痩せても、すぐ戻っちゃうんだな。
熱のある時、布団に入っていると、部屋の中に、風邪菌に混じって、たくさんの愚にもつかないような妄想や、馬鹿馬鹿しい雑念が、ぷかぷかと浮いているような気がしてしまう。
それこそが妄想なのかもしれないが・・・。
今朝、熱が下がっていたので、ちょっと丁寧に掃除をした。
窓を開けると、風邪の菌や、熟んだ妄想や雑念が、ぷわぁ~っと飛び出して行く気がする。
あ~、気持いい。
しかも、今日は快晴。
こういう気分が味わえるから、たまには寝こむのも悪くないと思う。
-----
--------
TITLE: 眠い
BASENAME: 2302334
DATE: 02/11/2006 12:44:55
-----
BODY:
何時間寝ても眠い。
昨晩、0時には寝たと思う。
朝は、7時半に起きた。
7時間半も眠れば、睡眠時間は十分のはず。
なのに・・・ちょっと横になった途端、夢が始まってしまう。
風邪薬の副作用が、1日以上続くとは思えないし・・・。
更年期の症状として、「やたら眠い」ってのがあるらしい。
う~む、思い当たりすぎ(^^ゞ
眠いんだから、寝ておいて、体に悪いことはなかろう。
ここは、眠気に負けておくことにしようと思う。
さ、ちょっと寝るかぁ・・・。
なんか、怠惰だなぁ(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 厄除け
BASENAME: 2305242
DATE: 02/12/2006 11:40:24
-----
BODY:
旦那は今年、数えで42歳。
所謂男の大厄だ。
私が大厄の時、病気にはならなかったが、町内の女性部長にあたってしまった。
古い田舎のことで、これはかなり大変だった。
人間関係のしがらみって、単純で、しかも、絡み合ってるのがややこしいと思う。
旦那は、あまり人間関係で悩みそうではないけれど、仕事が忙しくなりつつある。
勿論、仕事が忙しいのは良いことだと思うんだが、あまり忙しすぎても、妻としては心配である。
ということで、今日は、旦那の厄除け祈願をお願いしに、神社へ行くことになっている。
先ほど、神社に電話を入れたら、
「雪が降ってますので、昼間のうちにどうぞ」
とのこと。
山にある神社だから、思いがけないほど、寒い。
一応、タイヤチェーンは積んであるけど、できれば、雪の道を行きたいとは思わない。
ってことで、もう少ししたら、出かけます。
-----
--------
TITLE: 梅
BASENAME: 2308406
DATE: 02/13/2006 12:31:08
-----
BODY:
どの花が一番好きですか?
そう聞かれると困る。
美しくない花は・・・そうそうあるもんじゃないから。
どの花が一番好きか、決めるために、
「一面の~の花」という場面を想像してみる。
一面のチューリップ。
う~む。パトラッシュとネロが飛び跳ねている。
それはそれで楽しげでかつ和やかな風景であはるけれど、耽美さには欠けるといわねばなるまい。
一面のバラ。
眠り姫がその向こうで眠っているようだが、ええ年こいた私にゃぁ、あまり興味のない風景だ。
一面のスミレ。
ゼウスに白牛の姿に変えられた、イオが尻尾で蠅を追っている。
しかしまぁ、どうでもいいんだけど、いくら嫉妬深い妻の目をごまかすためとはいえ、なんでまた、ゼウスは自分の恋人を牛に変えたんだろう。
牛って言えば、反芻でしょう?涎でしょう?
自分の可憐な恋人が反芻してる姿見て楽しいか?
私は、絶対ゼウスとはセンスが合わないと思う。
それでは、一面の菜の花ではどうか。
山村暮鳥には悪いけど、からし酢味噌和えが何杯できるか、という興味しかもてない。
一面の菊の花?
どこ?三途の川はどこ??
まだ、渡らないぞ~~~っ!!!
・・・とまぁ、こんな具合に、どうやら、どの花も、私の耽美心を満たしてくれるほどではないようだ。
大体、私は、何かを愛でるよりも、何かに圧倒されるほうが性に合っているように感じる。
かといって、香りのキツイ花はいただけない。
一面のクシナシであるとか、
一面のキンモクセイであるとか、
一面のジンチョウゲであるとか・・・。
考えただけで、息が詰まる。
桜は好きだ。
桜のシーズンになると、旅に出たくなる。
しかし、桜は、菊よりもダイレクトに死に繋がっているように感じてしかたがない。
「死」という単語を目にすると、なぜか、花冷えの夜、満開の桜の下、花びらに追い立てられるように黙って歩いていく自分の後姿が目に浮かぶ。
それは西行法師の影響かもしれない。
「ねがはくは 花の下にて春死なん その如月の望月のころ」
なんて言われたら、「うんうん。私も、私も」と思ってしまう。
もしくは、坂口安吾の「桜の森の満開の下」のイメージからかもしれない。いや、もっとチープな映像を見た記憶からかもしれない。
しかし、桜から死をイメージするのは何も私だけではなかろうと思う。
梶井基次郎は、「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と言ったのであって、決して「死体」が埋まっているとは書いてない。
たまらなく臭い屍に貪欲に触手を伸ばし、その臭い臭い体液を吸い上げ、昇華し、そして、あのように美しい花を咲かせるのだ・・・と、言うのである。
が、人は、「桜のきのしたにはしたいがうまっている」というフレーズから、桜の樹の下に眠る蒼く静かな死人を想像しがちではないだろうか。
特にソメイヨシノは、空をピンクに染めてしまうから。
花びらをハラハラとこぼすから。
そこに「死のはかなさ」を連想するのは、自然なのかもしれない。
だから私は梅が好きだ。
白梅・紅梅それぞれの表情で、冷たい空気に香りを乗せて、小さなメジロをはべらせる。
ころんと丸いつぼみは、小さな声で歌っているような風情がある。
なにかほのぼのと美しい。
近所の神社では、白梅の花が一つ二つと開き始めている。
春は、もうすぐだ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 02/21/2006 01:32:38
遅ればせながらコメントを。
もう笑っちゃって、笑っちゃって、書かずにおれませんわな。
からし酢味噌和えの黄色に交じって牛と蝿と生首が今宵の夢に出てきそうです~。
でも文の最後はいつも綺麗に結ぶんですよね(^^)
-----
COMMENT:
DATE: 02/21/2006 06:46:15
笑っていただけると嬉しい関西人です(笑)
菜の花のからし酢味噌和え、好きなんですよ~。
苦くて、甘くて。
去年、野に咲く菜の花を摘んで、からし酢味噌にしたら、ちょっと固かったです。
八百屋さんに並んでる菜の花は、絶妙の時に摘まれてるんでしょうねぇ。
-----
--------
TITLE: 月
BASENAME: 2311490
DATE: 02/14/2006 13:00:44
-----
BODY:
今日はバレンタイン。
旦那に、
「何か欲しいものがある?」
と聞いたら、
「明治ブラックチョコレート」
と言う。張り合いのない奴・・・。
一応用意はしたが、それだけではつまらないので、旦那が撮影した月を・・・。
月の模様は、なんだか不思議だ。
よく、騙し絵の類で、白い部分に注目すれば壺に、黒い部分に注目すれば二人の横顔に見える・・・という類のものがある。
私は、エッシャーの騙し絵の中で、白い部分を近くに見ると、白い透かし窓から月夜が、黒い部分を近くに見ると黒い透かし窓に太陽が見えるというものが、一等気に入っているけれど、その類の絵は、他にもいろいろある。
月は、自然の・・・しかも第一級の騙し絵ではないだろうか。
白い部分に注目すれば、豊満な女性の横顔に見える。
黒い部分に注目すれば・・・日本では、兎の餅つきだと見ている・・・そして、確かにそう見える。
でも私は、兎よりも、ハサミを振り上げた蟹の方がもっとそれらしいと思う。
他にも、羊だとか馬だとかに見ている国もあったと思うし、言われてみれば、確かにそんな気がする。
月は、ちょうど30日で、満ち欠けする。
人の両手3組分で満ち欠けするというのは、暗示的だ。
「まるで墓場から抜け出してきた女みたい。死んだ女みたい。まるで屍をあさり歩く女みたい」
「黄色いベールに、銀の足をしたかわいい王女のようだ。鳩みたいなかわいらしい足をした王女のようだ。踊りを踊っているとしか思われぬ」
サロメの冒頭、二人の小姓が月を見て語り合うシーン。
これは、勿論、サロメのことを暗示しているのだが、確かに、月には二面性がある。
マザーグースの歌に、月はチーズで出来ていて、人がかじるから、欠けるんだよ・・・なんて、可愛らしい歌もあったと思うが、確かに、月は、闇夜を照らす母の顔がある。
そして、夜の女王たる、暗く蒼い顔も持つ。
満月の晩、タヌキが腹鼓を打っている光景を想像すると、楽しげだが、
フランスでは、月を肩越しに振り返ると、気が触れると考えられていたという。
狼男が乱心するのも、満月の晩だ。
ルナティックというのが、「精神病」を意味するのは、有名だろう。
ルナとは、月のことだ。
総合すると、月の明るさよりも暗さの方が、印象的なのかもしれないと思う。
月にしてみたら、かなり心外だろうけれど。
月の光は、どこか冷たい風情があるからだろう。
でもそれは仕方がないのだ。
なにしろ、月の黒い部分は海。
海から発する光が、暖かいわけがない。
それに、夜の光が暖かかったら、眠れやしないじゃないかと思う。
だけども。
確かに、月には二面性があるのだ。
月の裏側を私達は、通常、目にすることはない。
いつも、彼女は、私達に同じ顔を見せる。
けして心を許さず、その裏に隠れた表情を、決して私達には見せない。
そして、そういう「月」を魅力的に思うか、近づき難く思うか、は、その人それぞれの好みだろう。
もし、月が、私にだけ、その隠された裏側を見せてくれたら、さぞかしドキドキするだろう。
でも、月が私だけを特別視してくれるほどの、隠された裏側を私は持っているだろうか・・・と思うと・・・。
「ま、見せてくれなくていいや」
と思ったりもするのである。
底が浅くて、悪かったね!ちぇ。
-----
--------
TITLE: 青春アミーゴ
BASENAME: 2314456
DATE: 02/15/2006 12:37:48
-----
BODY:
つらつら思い出すに、バレンタインには、ろくな思い出がない。
だいたい、女子高だったから、バレンタインにチョコをあげるより、もらった方が記憶に古い。
生徒会やらなんやらで人前に出ることが多かったので、その関係で、チョコやらお守りやら、花束やらは、結構もらったのだ。
最初にあげたのは、よくしてくださった先生に対する義理チョコだった。
女子高だったわけだし、その先生に対する淡い恋心はなかったのか?と聞かれたらなんとも微妙なんだが・・・その先生は、当時定年間際だった。つまり、60歳前後だったと思う。
私はまだぴっちぴちの16歳。
恋心って言われても・・・堪忍してくれよと思う。
ただし、あげたチョコは手作りだったと記憶している。
・・・と言っても、なんでも作ってみたい、好奇心旺盛な年頃だからで、熱を込めて作ったというわけじゃなかったとんじゃないかな。残念ながら。
最初に「恋人」と呼べる男性にチョコをあげた時も、やはり手作りをしたと記憶している。
といっても、いわゆる、製菓用のチョコなんてものの存在を知らなかったので、ガーナチョコを溶かして、トリュフ・・・しかも、レシピなんかなく、適当な配合で作ったので、ガナッシュクリームが固かったと思う。
一応、その恋人は喜んでくれたと思うんだけど、
「ガーナチョコみたいな味がするね」
「うん。ガーナチョコを溶かしたから」
「・・・あ・・・そう・・・」
という会話のあと、妙に気まずい沈黙に支配されたのを覚えている。
いらんこと言うんじゃなかった、全く。
次につきあった恋人は、
「手作りやね~ん」
というと、
「手作りって言うても、溶かして固めただけやろ?」
と、にべもないことを言いやがったので、
「お好み焼もようひっくり返さん男に言われたないわ~!!!!」
と大喧嘩になった。とほほ。
その後は、手作りチョコなんて作った記憶がない。
本命チョコは、そこそこ張り込んだチョコを用意するが、私が半分以上ぶんだくって、食べてたと思う。
あとは、同僚への義理チョコの記憶しかない。
最初の職場は、女性100名に男性5名ほどの巨大課に配属されていたから、チョコをあげるのは楽だった。
滅多に顔を出さない部長が、バレンタインの日に限って顔を出し、
「もう、行っちゃうよ~。僕、行っちゃうよ~」
と、全くオブラートに包まない催促の仕方をしていたのを、思い出す。
部長!あなたは焼き芋屋さんですか?!
次の職場は、反対に、女性3人に対して、男性9人ほどの職場だったから大変だった。
一人500円ほどのチョコを渡すにしても、女性は一人1500円の支出。
一度、「虚礼廃止にしましょか」と提案したが、男性社員(特に子供のいる男性)に、
「楽しみにしてんのにっ!!」
と、案外激しい反発を食らって、虚礼は続行されることとなった。
・・・まぁ、職場の仲はよかったから、同じ500円でも、相手によってチョコの内容を変えたりして、女性社員もそこそこ楽しんではいたが・・・。
ホワイトデーに、ぬいぐるみなんかを返されると、がっかりだ。
義理チョコのお返しは、食べもので返していただきたいものだと思う。
所詮義理チョコ。
こっちも相手に対してそれほど興味はないし、相手もこちらに対して、さほど興味を持っていないはずだ。
ので、「趣味の小物」であるとか、「趣味の置物」をくださっても、「きゃっ、嬉しい!」となる確率は極端に低いと思うぞっ!!!!!
その点、豪勢なクッキー詰め合わせをもらった時などは、かなりホクホクして、その商品をチョイスした男性社員の株はぐぐ~んと上ったものだ。
同じ値段のものを返すならば、普段ちょっと手が届かない食べものなどを選ぶのがベターだと思う。
ただし、最低限の好き嫌いは把握せにゃならんと思うが。
さて、本命といえば、大本命、旦那に対するバレンタインである。
うちの旦那は、何をあげても、最上級に喜んでくれるんだが・・・。
ムードってものを全く解してくれないんである。
「バレンタインに何が欲しい?」
と聞くと、満面に笑みを浮かべ、
「がーなぶらっくちょこれーと!」
と答える。
「いや・・・もう少し高価なものを言ってよ」
「そんじゃ、がーなぶらっくちょこれーと5枚っ!!(頬をてかてかさせてものすごい嬉しそう)」
「いや・・・もっと豪華なもんがいいな・・・」
「がーなぶらっくちょこれーと、10枚っっ!!(興奮のあまり少し上ずった声)」
・・・わかった・・・。
ま、ものすご~~~~~く、喜んでくれるからいいんだけども。
・・・なんというか・・・バレンタインの醍醐味がないじゃないかっ!!!と石ころの一つでも蹴りたくなるんである。
さて。ここからが本題(長い前置きですこと)。
うちの犬の散歩コースに、神社がある。
昨日の晩、わんこを連れて神社前を通りがかると、向かい合って俯く、高校生らしき男女の姿が目に入った。
女の子は手に、リボンのついた包みを持っている。
「うわ、バレンタインだ、愛の告白だっ!!」
ぞくぞくと好奇心をかりたてられたが、邪魔をしてもなんなので、さっさと通り過ぎた。
そして、わんこのうんちを処理して戻ってくると・・・。
さっきの男女がまだそこに突っ立っていた。
包みは男の子の手に渡っている。
二人の距離は、さっきより、すこ~し近づいたようだ。
う~ん。
青春アミーゴ!!ビバ!青春!!!!!!!
これこそ、バレンタインってもんである。
今年のバレンタインは、例年になく、良いバレンタインだった。
寿命が延びたってもんだ。眼福・眼福。
-----
COMMENT:
AUTHOR: おばちゃま
DATE: 02/15/2006 13:16:45
こんにちはー。
義理チョコ廃止反対の男性もいるんですねぇ。へー
女子高出身の友人は、とてもボーイッシュでモテてましたね。
マジで告白もされたこともあったそうです。
-----
COMMENT:
DATE: 02/15/2006 13:46:45
こんにちは。
おばちゃん繋がりということで、これからもよろしくお願いします
うちの職場は、結構仲がよかったんで、義理チョコのやりとりだけでも結構話題が盛り上がったんだと思います。
値段も、まぁ、適当でしたし。
旦那がもらってくるチョコおお返しは、相手の顔が見えないから、余計めんどくさいんですよね(^^ゞ
なんで、顔も知らない女の子に、プレゼントを用意せにゃならんねんと。
しかも、酒飲みの私は、特に最近は甘いものが苦手になって、チョコをもらってきても、全然うれしくないし。
御互い、ホワイトデーは、忍びましょう(笑)
女子高・・・アイドル系の友人は、かなり本気でモテてましたが、私は芸人系のモテ方でした(笑)
-----
--------
TITLE: 似てない夫婦
BASENAME: 2317528
DATE: 02/16/2006 13:02:10
-----
BODY:
似たもの夫婦というのと、似てない夫婦というのがある。
うちら夫婦は、多分、かなり似てない夫婦だと思う。
得意分野が全く違う。
うちでは、主に旦那が外で働き、私はうちで働くという形で収まっているが、最初からそうだったわけじゃない。
私も結婚して4年ほどは働き続けていたし、結婚するまで一人暮らしをしていたのだからそこそこの収入はあった。
、旦那が会社を変わる2ヶ月の間、専業主夫をやってくれていたこともある。
が、いろいろやってみて、今の形が一番効率が良いので、今の形でおさまっている。
片方が得意なことは、もう片方は、えらい苦手・・・ということが多いのだ。
例えば、料理。
私は、特に、料理がむちゃくちゃ得意というわけじゃないが、ありあわせのもので、栄養のバランスがとれて、味もそこそこ・・・というものを、時間をかけずに作ることは、割りと得意だ。うちの食費は、他の家庭と比べても、かなり安くあがってると思う。
旦那は、献立を考えて、作るまで、半日かかる。
ので、午後から何か予定が入ったら、その日の晩ご飯はレトルトだったりした。
コストがかかりすぎ。
反対に、車の運転に関して、旦那は、かなりの上級者だと思う。
細い道や山道を苦としないだけじゃなく、一度通った道は、すべて頭に入っているらしい。
最初に地図を見て、大体のことを頭に入れたら、後は、私のナビゲーションでも、問題なく目的地まで辿り着く。
それに引き換え、私の運転はひどいもんだ。
学生時代は、車で学校に通ってたので、決してペーパードライバーじゃないんだが、初めて通る道は、ダメ。
かなりフラフラした運転をしてしまう。後の人はすごく怖いんじゃないだろうか。
他のことも、かなり違う。
でも、役割分担がはっきりした今は、それがすごく助かっている。
特技はそういう風に収まっている。
ところが、私達夫婦は、趣味もかなり違う。
例えば小説。
私は、どちらかというと、心理描写がしっかりしているものを好む。
旦那は、ストーリーの起承転結がはっきりしているものしか読まない。
だから、私が好む小説を読んで、旦那は、「これ、ストーリーがない」と言う。
旦那が読む小説を読んで、私は、「この人物の性格、一貫性がない」と言う。
映画もそう。
旦那は、アクション映画が好き。
私は、ストーリー映画が好き。
・・・だった。
が、結婚して9年も経つと、趣味は似てくるんである。
私は、アクション映画が大の好物になったし、旦那が読む推理小説も、あまりにもひどい文章じゃなければ、まぁ、読める。
旦那も、私が見るストーリー映画を一緒に見て、「面白いな」というようになった。
休日の過ごし方に関しては、旦那は私が喜ぶことを喜んでくれる人なので、私が何かに興味を持ってさえいれば、それが二人の趣味になる・・・ので、感謝してます。
・・・でもさぁ、私がなんの趣味もない人間だったら、旦那はさぞかし退屈してたんじゃないかと思うんだな・・・これも相性だと思うんだけど・・・けどな~・・・。
それに、私が、旦那の趣味に合ってきてもいるのだ。
結婚するまで、私は体を動かすことは嫌いじゃなかったが、山登りなんかしたことがなかった。
今、私が山登りを好むのは、明らかに旦那の影響である。
でも、結婚して、旦那が一番変わったのは、「うんこ」に対する態度だ。
結婚前、旦那は、この手の話しが大の苦手だった。
それに対して、私は、この手の下ネタが大好きだった。
私が、「うんこ」という単語を口にすると、「そんな話ししたらいやや」と、悲しそうな顔をしてたもんだ。
それが、今では、旦那もイキイキした表情で、うんこを語る。
ところで、「脳を鍛える」と銘打ったゲームがある。
旦那と競争すると、得手不得手がはっきり分かれるのが面白い。
私も旦那も、数学は得意な方だと思うが、計算ものは、私は旦那に、僅差ではあるけれども、勝てない。
音楽系は、ピアノをやっていた私の方が、もちろん、強い。
それは、まぁそれだけのこと。
このゲームのオプションとして、片方がタイトルに添った絵を描き、もう片方がその絵だけを見て、タイトルを当てる・・・というものがある。
私が絵を描いて、旦那が当てるというパターン。
ところが、そのタイトルというのが、並大抵じゃない。
「一輪車」や、「トランプ」などというものならば、描き様もあるが、
「ぴかぴかの一年生」なんて、どう描けばいいんだ?
・・・が、不思議と、こういう、「どう描けばいいんだ?」と悩むようなタイトルのものほど、旦那は当てるんである。
「越後屋」というタイトルの時など、私は、「こんなもん、描けるかっ!!」と、手招きのような手の形をして、笑顔を作るちょんまげの男を描いたのだが、旦那はそれを見るなり、「越後屋!」と当ててしまった。
そのくせ、「桜」とか、「福笑い」とか、私からすれば、「誰が見ても当るだろう」と思うものは、わからないらしい。
わからないので、考えたあげく、「うんこ」と答えるのだ。
しかも、満面に笑みを湛えて。
「ベターハーフ」という言葉がある。
夫婦というのは、もともとは一つの球で、それが二つに割れて、この世に生を受けるという考え方だ。
だから、二人が出会うと、二人は、ぴったりくっついて、また元の球になるのだそうだ。
しかし、その色合いは、さまざまなんじゃなかろうか・・・と、最近思う。
淡いピンクだったり、はっきりしたブルーだったり、二人の個性によって、千差万別なんじゃなかろうか。
そして、私達夫婦のカラーは・・・さぞかし、茶色っぽいんじゃないか・・・と、ちょっとばかり、妙な汗をかいてしまっている、今日この頃だ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: おばちゃま
DATE: 02/16/2006 17:24:57
う○こをさらっと連発されていてステキです(笑
旦那さん、なにもイキイキした表情で語らなくても・・(爆
うちらもなにかにつけて対称的なんで自分が劣ってるとこを穴埋めしあってますね。
普通の会話も下ネタだらけなのでうちらも茶色っぽいかも♪
-----
COMMENT:
DATE: 02/17/2006 06:18:12
おばちゃまさんちも、茶色っぽいですか(笑)
以前、確か、トリビアの泉かなんかで、「旦那の前で始めてオナラをするのはいつか」という調査をしてました。
「1年以内」
というのが一番多かったとは思いますが、それでも、「まだしたことがない」という人もおられて、「うわ、大変!」と思った記憶があります。
でも、一緒に暮らしてると・・・ね(笑)
-----
--------
TITLE: トリコロール
BASENAME: 2320002
DATE: 02/17/2006 08:08:57
-----
BODY:
フランスの国旗は、青・白・赤のストライプで、その色が、自由・平等・博愛を意味するというのは、有名。
でも、自由も平等も博愛も・・・本当の本当に理想なんだと思う。
博愛・・・一言で言えば簡単だけど、人間に個性がある限り、
「すべての人を同じように愛せる」
などというのは、却って気味が悪い。
それは、人の個性を無視した発言だと思えてならない。
若い頃、よく・・・特に、男性に、
「子供が好き?」
と聞かれた。
「その子供による」
と答えると、鬼を見るような眼で見てくる人が結構いたように思う。
でもさ~、「にくったらしいガキ!」と思っちゃうこともあるし・・・。
大人なんだから、大きな目で見てあげなさいよ・・・と言われても、やはり、ずっと付き合うには難しい子供というのも、いる。
小さいなりに、相性ってのがあるのである。
大人となればなおのこと。
私は、すべての人を愛することなんて、無理だ。
「関わらないでおこう~っと・・・」
と思う人が、身の周りでさえ、存在してしまう。
世界中の人の中ならば、無数にいるだろう。
平等という言葉も、難しいと思う。
人は、それぞれ特化されて生れてくる。
そして、育っていく環境も千差万別だ。
そんな不公平な世の中において、「平等であろう」とする方が不平等だと思う。
例えば、背筋100キロ(以上あると思うけど)ある私と、背筋80キロの人がいて、10キロの荷物と8キロの荷物があれば、私が10キロの荷物を運ぶのが、真の意味で「平等」なんじゃないかと思う。
男だ女だ、大人だ子供だ、健常者だ障害者だ、関係なく、その人それぞれの力に応じたやり方ってのがあるんじゃなかろうか。
でも、無類の個性や生活があるわけで、その一人一人に対応した「平等さ」を見つけるのは、至難の業だと思う。不可能じゃあないんだろうけど。
そして、私が一番違和感を感じるのは、「自由」という言葉。
自由たって、人間は、生きて行こうとする限り、何かに束縛される。
生きていくためにはなにかしら働かなくちゃいけないし、結婚すれば、結婚制度というものに束縛される。
でもなにより、人間は、食べなきゃ生きていけない、寝なきゃ生きていけない。
喩え、何もしなくても、周りの人間がすべてを用意してくれる・・・という恵まれた生まれの人でも、「睡眠」「食事」から解放されることは有り得ない。
この、「食べなきゃいけない」「眠らなきゃいけない」というのが、人間の不自由の源流だと思う。
いや、違う。人は、「死の恐怖」に束縛されてるんじゃないかと思う。
いつ死んでもいいと言う人もいるとは思うけど、「死の恐怖」に寄り添う気持とて、やはり、ある種の束縛なんじゃないかと思えてならない。
ほとんどの人間は、働くことをやめたら、食べていけない。
何かをしなきゃ、生きていけない。
もし、食べなくても生きていけるなら、眠らなくても生きていけるなら。死なずに住むならば。
かなり多くの人が、働くことをやめ、もしかしたら、恋することもやめ、好きなことをして暮らすだろう。
楽園とはそういう場所かもしれない。
しかし、私は、そんな楽園なんかいらない、と思う。
何もしなくても生きていけるなら、何を張り合いにして生きていけば良いんだろう?
つくづく、人とは、矛盾した存在だと思う。
死を恐怖して生きなくちゃいけないけれど、死の恐怖が人生に張りを与える。
死を恐れるから、博愛を、平等を、自由を求めるのだ。
人類の歴史を見てみれば、いろいろな偏りはあるけれど、人達は皆、それらを求めて、悪戦苦闘している。
間違って、余計に迷い道をすることもあるけれど、それでも人は、博愛を平等を自由を求めて、苦闘している。
そのか細い肩に、実現することのない理想を背負うて、足を踏ん張っているのだ、そう思う。
人とは、健気なものだと思う。
・・・と、なんでそんなことを考えるかというと、やらなきゃいけない仕事があって、
「あ~、やだな~」
なんて思ってるからなんである。
あ~、やだな~~~。はぁあ。
-----
--------
TITLE: 失敗作
BASENAME: 2323021
DATE: 02/18/2006 12:48:52
-----
BODY:
私は計画性がない。
ビーズ細工でも、セーターでも、とにかく、まず作り始める。
作りながら、デザインを考えたり、調整したりする。
だから、出来上がってみたら、ここをこうすればよかったなぁと後悔することや、全く気に入らないことさえある。
で、それをどうするかというと、ほとんど遣わずに、うっちゃっておいてしまうのである。
・・・もったいない。
大体私は、なんに関してもそういうところがある。
人間関係でさえ、そうだ。
そもそもは、小さな見解の相違・誤解・行き違いなんだけど、それに気付いても、ちゃんとつき合わせずに、猪突猛進的に進んでしまい、気付いたら、それが大きな相違になってしまったりする。
それで、相手から、
「見損なった!」
とか、
「あなたがそういう人だと思わなかった!」
と怒られて、関係が切れてしまうということが、かな~り多い気がする。
「人生やり直したい」
といわれたことも・・・。
ご・・・ごめんなさい・・・(^^ゞ
最初は小さな差異であっても、それをちゃんと直さないままずるずるとしていると、結局、最後は破綻してしまう。
当たり前といえば当たり前のことなんだろう。
ビーズ細工にしても同じ。
「ここ、なんかちょっと好みと違うなぁ」
と思いながらも、とりあえず編んでしまうと、出来上がってから、
「うわ、全く好みじゃない!」
ということになってしまったりする。
全体的にはうまく出来上がっているようでも、ほんの一箇所、おかしな取り合わせがあるだけで、全体が気に入らなくなってしまったりもする。
そんなこんなで、遣わないビーズ作品が、山程ある。
正直、無駄だし、勿体無い・・・だが、ほどいて作りなおすのも、なんだか難しいような気がして、そのままにしておいてあった。
でも、やっぱりそれは、無駄なことなのだ。
収納場所も、石やビーズ達も。
今日は、良い天気。
気を取り直して、気に入らない作品を解いてみた。
どうだろう。
アンバランスな配列によって精彩を失っていた個々の石やビーズが、解き放たれて、本来の輝きを取り戻したのである。
-----
COMMENT:
AUTHOR: おばちゃま
DATE: 02/18/2006 17:53:07
あ・・もしかして気安く声を掛けたりしてご迷惑だったでしょうか・・・。
勝手に共感してBMしてしまいましたね。ごめんなさい。
差し障りがありましたら消しますので言ってくださいね。
-----
COMMENT:
DATE: 02/18/2006 19:25:46
いやいやいやいや・・・。
すいません(^^ゞ
ありゃりゃ。
ごめんなさい。
そういうつもりじゃあまったく。
こっちこそ、なんか無神経でした~(^^ゞ
ごめんなさい
-----
--------
TITLE: ドラマティック
BASENAME: 2326601
DATE: 02/19/2006 19:22:02
-----
BODY:
図書館で、ビデオ「プリティ・ウーマン」を借りてきた。
うちの旦那が好きなストーリーは、とにかく「ハッピーエンド」なのだ。
どんなに途中経過がひどくても、ハッピーエンドでさえあれば、「よかったなぁ」と言う。
反対に、ハッピーエンドじゃなきゃ、どんな大作でも、「最後があかんな」と言う。
久しぶりに、ラブストーリーを見たいな、と思ったので、「間違いなくハッピーエンド」である、この作品を借りてきたというわけだ。
が・・・。
最初、リチャード・ギアが商談をしているシーンなどを見て、
「あ、ホリエモンだ」
と思ってしまったら、その後、リチャード・ギアが、どれほど男前な笑顔をしても、ホリエモンの顔とダブっちゃって、ロマンティックもクソもなくなってしまった。
私は、堀江貴文という人を、別に好きじゃないが、今のテレビでの騒がれ方は、なんかおかしいと思っている。
逮捕前、まだちやほやされている時の彼のイメージは、「胸を張って成金してる男」というもので、スマートじゃないが、まぁ、こういうのも、「アリ」なんだろうと思っていた。ただ、冷酷無非な独裁者も、初歩はこんな感じだったんだろうな、とも思うけど。つまり、何かしら、感受性が鈍っているような感じがしたので・・・。
しかし、法に触れる行いはあかんとは思うが、正直、耐震偽装に関わる人々よりは、格段に・・・っていうより、その「あかんさ」は、別者だと思う。
ホリエモンのこと騒ぐより、耐震偽造について、もっとしっかりちゃんと騒いでくれよっ!!!
耐震偽装に関わる人々の「表情」は、今にも、
「お代官様こそ、悪でございますね、うぉ~~っほっほっほ」
と言いそうに「歪んでいる」が、堀江氏は、ただ、「鈍い表情」だと思う。
しかしまぁ、なんというか、堀江氏の印象で一番強いのは、「垢抜けない」ってやつだった。
服装がじゃなくて、言うことが、な~んか、垢抜けないと思えた。
「どこが、新時代を担う旗手やねん?ただの成金趣味やん」と、持ち上げられ方には疑問を持っていた。
いやまぁ、余計なお世話だけどもどもども。
んなわけで、「堀江版プリティ・ウーマン」は、ロマンティックからかけ離れてしまって、感動どころじゃなかった。
例えば、エドワードが、ヴィヴィアンに、「このカードで好きなだけ服を買えばいい」とカードを渡す。
これ、リチャード・ギアがやれば、「余裕あるのね」と感じるかもしれないが、
堀江氏がやれば、「うっわ~~~、金でなんでも買えると思ってるのね、無粋っ!」ともなり兼ねない。
つまり・・・、ドラマティック・ロマンティックは、美男美女の特権なんじゃないのか。
あぁ、現実って厳しい・・・。
私は、ドラマというものを、まず見ないんだけど、井上陽水ファンなので、彼の歌が主題歌となっていた、「素晴らしきかな、人生」というドラマをちょこっとだけ見ていた。
10年以上前のドラマなんで、ちゃんとは覚えてないが、これが、ほんっとにひどいストーリー。
浅野温子がヒロインで、彼女をずっと思い続けるのが織田裕二。
・・・それがね、奥さんっ!
織田裕二ってば、まんま、「ストーカー」なんざますのよっ!やぁね~。
・・・なんだが、ドラマを見ていた女性の先輩は、
「あんな風に恋されてみたい」
なんておっしゃってた。
・・・相手が織田裕二なら、でしょ?
もし、同じことを・・・例えば、「ぶさいく芸人ナンバーワン・岩尾くん」がやっていたら、警察沙汰だと思う。
つまり、ドラマティックというのは、ごく一握りの人にしか許されないもんなんだと思うわけである。
・・・しかし、諦めてはいけない。
流行ってのは変わるんである。
たとえば、私が高校生の時、「チャゲ&飛鳥ファン」は、迫害されていた。
「なに?あの飛鳥のイモっぽいステップは!?」
「あの髪形が許せないっ!」
と、散々に言われるのである。
私は、チャゲがちょっとだけ好きだったので、身を小さくしていたのであるが・・・。
それから10年もたたないうちに、「SAY YES」がヒットしちゃって、みんな大手を振って、「チャゲ&飛鳥ファン」に名乗りをあげちゃって、口惜しいったらありゃしなかった。
同じように、女子高において、蛇蝎のように嫌われていた先生がいた。
理由は、しごく真っ当だったと思うのだけど・・・つまり、彼の授業は本当にひどかったのだ。
英語の教師だったんだけど、高校一年生が聞いても、間違いのない明らかな誤訳を平気でする。
それを指摘すると、開き直る。
「今日はえらくスムーズな授業だなぁ」
と思っていると、他の学生曰く、「マニュアル本をほぼそのまま暗記してた」らしい。
うちの学校は、英語教育で有名な学校だったので、こういう英語教師は、珍しい。
・・・んで、なんで、こういう英語教師が存在したかというと、彼の父上が、学校のエライサンだったというわけ。これもまた、嫌われちゃう理由の一つ。
そのくせ、こう・・・なんというか・・・一時期流行った、「熱血先生」に、中途半端にかぶれていたのも、生徒の反感を買った。
実は、その先生は私の担任で、私は学級委員だったので、いやでも顔をあわせることが多かった。
一度、職員室に呼ばれて、
「学級委員にとって一番大事なことはなんだ?」
と聞かれたことがある。
「クラスをまとめることじゃないんですか?うちのクラスはまとまってます。」
と答えたら、
「ふ・・・青いな。学級委員にとって大事なのは、担任との愛の交流だぁ!!」
と人差し指を鼻につきつけられて、
「御免蒙ります」
と答えた・・・てなことがある。
もちろん、クラスに帰った後、ネタにしたことは言うまでもない。
考えてみれば、私もかなり残酷なような気がするが、女子高生ってそんなもん・・・じゃないのか・・・なぁ??
いや、残酷すぎる??う~ん、謝っとこ。若気のいたりでした。すいません。
こんなこともあった。
ある時、学校で一番恐れられている古株女教師に、私は説教を喰らった。
理由は忘れたが、確か、制服のカラー(うちの制服は白いカラーを紺色のカラーの上からつけるタイプのセーラー服だった)が汚れたので、洗うために外していたところを、たまたまうるさい先生に見つかったとか、そんなことだったと思う。
いきなり居丈高に、「あなた、なんて恰好してるの?」といわれて、こっちは悪いことをしているつもりは全くないもんだから、「こんな恰好ですが?」と居直った・・・んだったと思う。
私が全く反省の色を見せないので、くだんの女教師は、担任のところに直談判に行ったらしい。
その後、私はまた職員室に呼ばれた、
担任は、私の肩を叩き、
「気にするな、気にするなぁ!おまえのよさは、オレがわかってるぞ」
と言ったもんだ。
私は、
「はぁあああああああ???」
と、なんのことだかわからなかったのだが、後で、私を怒った女教師から直接その経緯を聞いて、
「ひょえ~~~」
と、腰を抜かした。
・・・これまたネタにさせてもらったが、「こういう目」にあったのは、私だけじゃなく、どの生徒も多かれ少なかれこのような目にあっていたので、この先生は、もんのすご~~~~~くっ、避けられていた。
わけのわからない、青春ドラマに配役されちゃうのは、御免蒙りたい世代なのだ。
ただでさえ、「思春期」なんだから。
美的感覚が狂っちゃうのだ。なんだかわかんないが。
卒業式。
惨いことではあるが、この先生の元にだけ、誰一人挨拶に来なかった・・・というのは、職員室でも伝説になっていたらしい。
それがですよ、あなたっ!!
この先生、私達が卒業して10年ほどで、いきなり大ブレイクしたらしい!!!!
えええええええええええっ!?
まぁ、この先生が嫌われていたのは、一重に授業のまずさと人柄の浮き具合が原因だから、10年も経てば、改善されているかもしれない。
しかし、それよりもやっぱり、「流行は変わる」ってのが大きいんじゃないかと思ってしまう。
この先生の結婚式で起きたことを聞いて、驚いた。
この先生は、クリスチャンだったので、教会での挙式だったらしい。
式場に据え付けられたもんじゃなく、町の教会なので、誰でも列席できる。
その式で・・・。
泣き叫ぶ女生徒が、片手の指の数くらいいたそうなんである!
えええええええええええええ?!
だから、諦めてはいけないんである。
10年後、20年後、ドラマティック・ロマンティックは、あなたのものかも・・・しれない。
ま、望むかどうかは別として。
-----
--------
TITLE: 烏
BASENAME: 2328736
DATE: 02/20/2006 12:38:29
-----
BODY:
ゴミの日になると、烏が集まってくる。
うちの近所は、「見張り」のおばちゃん達が、あちこちでうろうろしたり、立ち話をしているので、烏はあまり寄ってこないが、ちょっと向こうのゴミ集積場上の電柱には、烏が2~5羽ほどたむろっている。
しかし、烏ほど不当な扱いを受けている鳥は珍しいんじゃなかろうか。
ゴミを食い荒らすのは、烏だけじゃない。
鳩だってそうだ。
鳩も「糞害」が問題になってからは多少旗色が悪いが、それでも公園などで、鳩にパン屑をやる人は、まだいる。
しかし、烏にえさをやる人を、私は見たことがない。
それどころか、鳩にやったパン屑を、烏が横から奪おうとしたら、
「しっ!図々しい烏め!」
と怒られる。
烏は雑食だから狩りをするが、それを言うなら猫だって同じ。
が、烏ばかり、「気味が悪い」とそしられる。
烏をよくよく観察していると、気味が悪いというより、「人の良いお間抜けさん」という感じがする。
大きいお尻を振りながら、ひょこひょこ歩く姿は、怖いというより、愛くるしい。
が、彼らを不利にさせているのは、
・人の近くに暮らす鳥としては、最大級にでかいこと
・色が真っ黒であること
・「カァ!」なんて可愛げのない鳴き声であること
そして、何よりも、頭の良い鳥であることなんじゃなかろうかと思う。
・・・不吉な黒い姿と、頭の良いという先入観から、烏は一度悪口を言った人を、いつまでも恨む・・・なぁ~んて都市伝説が生れたりする。
・・・いや、多分、都市伝説だと思うんだけど。
ある街で、烏が問題になった。
ある人が、烏を駆除すべきだと言い張った。
烏を駆除するため、毒団子がまかれたが、それを食べて命を落とした烏はいなかった。
・・・そして、それからしばらくして、件の烏駆除を言い出した人が、ビルの屋上から飛び降りた。
ただ、不思議なことに、その人には自殺をする理由はなかった。
その人が飛び降りる直前、激しい烏の鳴き声が聞こえた。
その人は、「何か」に追い立てられるようにフェンスを乗り越え、そしてビルから落ちたようである。
その人が落ちたあたりには、夥しい烏の羽が散ばっていた。
なぁんていう、まことしやかな話しを聞いたことがあるんである。
そして、それを聞いた人間の何割かが、それを信じていた。
・・・いや、本当かもしれないけど、私の感覚としては、
「嘘つけっ!!!」
という言葉がまず浮かぶ。
烏が・・・というか動物が、自分を敵視するモノを恨むことは、そりゃぁあるだろうが、烏が人の言葉を解して、誰かが烏を退治しようとしていることを察知するなんてこと・・・。
だ~~っはっはっはっは。
烏を買いかぶりすぎるにも程があるってもんだと思う。
でも、烏は、人の「恐怖心」に火をつけてしまうらしい。
でかくて黒くて、「かぁ」で、賢いから。
だから、私は、烏を敵視する人に、こう言いたいんである。
「烏がいくら賢いったって、あなたの方がず~~っと賢いですって。烏がでかいったって、あなたの方がずっとでっかいですよっ!」
と。
烏に対して、もっと余裕を持っていいと思うんである。
そしたら、烏がどれだけ愛すべき間抜けさを持つ鳥か分かると思うんだけど。
まぁ、とはいえ、朝方から、烏が、
「んかぁ」
「か~」
「かっかっかっかっか」
「カァ!」
と騒いでくれると、なんか「不吉な予感」が胸に浮かんじゃうんですけどね。
ごめんね。
わかってるよ。烏たち。
わかってる・・・けど、できれば、もう少しかわいく騒いでくれよ・・・。
って言ってることが、なんか違うなぁ(^^ゞ
-----
--------
TITLE: ジーンズ
BASENAME: 2331389
DATE: 02/21/2006 08:14:43
-----
BODY:
私は、ジーンズ派だ。
というか、スカートが苦手だ。
いや、はっきり言おう。
ふくらはぎがとっても太いので、スカートを履くと、不細工なのだ。
といっても、太ももはもっと太いので、ジーンズもかなり不恰好なんだが、つまりなんというか、「女性らしい脚の太さ」じゃないので、まだジーンズの方が、整合性がつくのだ・・・ってなんか書いてて情けないけど。
以前、「あるある大辞典」で、「太もも痩せ」の特集をやっていたので、ビデオ録画までしてチェックしたのだが・・・。
結論は、「太ももの筋肉をつければ痩せる」のみ、だった。
でも、私、太ももの筋肉はあるんである。
現に、「太ももの筋肉がないと出来ない運動」もかるがる出来てしまったし、「太ももの筋肉をつける体操」なんかは、鼻ちょうちん膨らましそうに、らくらくできてしまった。
そんなわけで、私は、ジーンズばっかりで過ごしている。
しかし、ジーンズというのは、どうにもこうにも、優しさがないと思う。
前述のように、私は太ももが太いので、ウェストに合わせて選ぶと、絶対太ももがぱっつんぱっつんになる。
太ももらくらくのものを選ぶと、ウェストが余って、ベルトをしなきゃならなくなる。
それになによりも!!!!!!
ジーンズショップの店員さんと、丈の長さを調節してもらいながら、
「ジーンズって、絶対余りますよね~」
なんて話していたら、あっさり、
「いや、切らなくても済む人、最近増えましたよ」
と返されてしまった。
うそだっ!!!!!!!
どこのどいつじゃ、でてこ~~~い!!!!!
私なんか、ポシェットが出来そうなくらい余るぞ~~~!!!!!!
ひ~~~ん。
どうにもこうにも、ジーンズって、あまりにも、はっきりしすぎた性格だよな、と思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 02/21/2006 18:05:41
いっしょ~~~(^^)のりちゃんもいっしょ、ちょっと嬉しいなー。
でもね、あと5年くらいしたらジーンズがしんどくなって、裾に余裕のあるロングスカートがよくなるかもよ。
私は片足で膝の屈伸運動ができます。。。
-----
COMMENT:
DATE: 02/22/2006 09:12:25
そうそう。
ひるさんが、「ししゃも脚」って書いてはったんで、「一緒いっしょ」と思ってたんですよ(笑)
でも、片足で膝の屈伸は無理です(笑)
というより、両脚でも、屈伸をすると、踵が浮いちゃうんですよ・・・。
これ、どこの筋肉が弱いんでしょうね??
-----
--------
TITLE: キット
BASENAME: 2334778
DATE: 02/22/2006 11:56:18
-----
BODY:
もうすぐひな祭り。
私はもう「女の子」ではないのだけれど、桃の節句にお雛様を飾る・・・というのは、なんとなく好きなので、手芸屋さんで、雛飾り製作キットを購入してきた。
製作キットというのは、多少割高になるのだが、何をそろえたら良いかわからず、製品を作る手順もよくわからない人間には、かなり便利なものだ。
型紙から、必要な材料がすべて揃っている。
説明書通りに作っていけば、いつの間にか、製品が出来上がっている。
自分の頭で考えなくちゃいけないことは、ほとんど何もない。
だけど、
人生の製作キットはない。
自分の頭で考えて、自分の責任でいろいろなパーツを集め、自分なりのセンスやら思いやらで、それを作品に作り上げていかなくちゃいけない。
出来上がったものが気に入るかどうかは、自分の思い次第だけど、とにかく、自分が出来る精一杯を行動していくしかないと思う。
何かを他人に任せるというわけにはいかないからだ。
そういうもんだと思う。
昨日、旧オウムの麻原被告に、訴訟能力があるという判断が出たというニュースを見た。
・・・あたりまえじゃん・・・っていうか、あんだけのことやっといて、訴訟能力がないから裁判が出来ないって、そりゃないでしょ?
でも、旧オウム(現アレフ)信者は、未だに麻原被告を教祖として尊敬している・・・と、少なくともニュースでは言っている。
私はどうも、宗教・・・とくに、現世利益を謳う宗教に傾倒してる人の人生って、「製作キット」みたいな人生だなと感じてしまう。
教祖の言う通り、教祖の教えを忠実に実行していたら、教祖の言うすばらしい何かが起こる。
そこに自分の意志(その宗教に傾倒するという「意志」はあるかもしれないけど)は必要ない。
出来上がった製品を気に入るかどうかは、その人の好みだから、何もいえないけど・・・。
手芸作品はいくらでも作れるけど、人生はやり直しがきかないんだぞ~・・・と、余計なお世話ながら、思ってしまうんである。
いいのかなぁ。
-----
--------
TITLE: 折口信夫
BASENAME: 2337827
DATE: 02/23/2006 13:24:00
-----
BODY:
「おりぐちのぶお」ではない。
「おりぐちしのぶ」と読む。
民俗学者でもあり、国文学者でもある。
この人物の作品として、私が一番最初に読んだのは、「死者の書」という文学作品だ。
中将姫伝説をベースに、大津皇子の魂の遍歴を描いた・・・こんなもん、古代史を知らなかったらチンプンカンプンやで、絶対!・・・な作品であった。
自分の世界が確立してしまうと、他の人間には容易に理解できない文章を平然と書いてしまうことがよくある。
私は神社紹介サイトを運営してるもんで、平均的日本人よりは、神道についてちょこっとぐらいは詳しいと言っても差し支えないと思う。
で、自分ではそれを理解しているつもりなんだが・・・。
神社などで、他の参拝者が、何気なく私に質問をぶつけただけなのに、私は、濃くややこしく難しい解説をしてしまっているんだそうだ。
当然、何気なく質問をぶつけた人は、どんびきしていたらしい・・・。
ぎゃ~~~っ恥ずかしいよ~~~。
でも、そういうことって、ありがちな気はする。
・・・いや、言い訳じゃなくて。
今週初めから、折口信夫の論文を読み始めている。
一時間かかって、やっと20ページ読めたらいいほう。
ちゃんと理解しようと思ったら、多分、1時間で10ページが関の山かと思う。
総ページ数460。
ということは、読むのにかかる時間46時間。
図書館で借りた本だから、3週間で返さなくちゃいけない。
出かける日もあるし、月曜日は仕事なので読めない・・・となると、本を読んでる余裕があるのは、多分、15日ていど。
46÷15=3…1
一日3時間。
家事の時間をさしひけば、ぎりぎりだぁ。
まったく・・・。
やっぱり、誰にでもわかるように、平易に説明するのは、とても大切なことだと思うっ!!!!!
・・・などと叫ばずにいられない私は、多分、折口信夫を読む資格がないのかもしれない。
・・・ふんっ!
なにもかも、私が悪いのよ~~~!!!
・・・取り乱してみました(笑)
どうも私は、何か大変な作業にとりかかる前には、ぐちゃぐちゃ言いたくなる性分らしい。
大人にならなきゃなぁ・・・。
-----
--------
TITLE: オリンピック
BASENAME: 2340529
DATE: 02/24/2006 13:04:13
-----
BODY:
朝、テレビをつける習慣がないので、オリンピックについてはノーチェックだった。
メダルが出れば、夕方のニュースでも流すんだろうけど、昨日までの夕方のニュースでは、ダイジェストだけ。
だが、今朝は、旦那がフィギュアスケートの中継を見ていたので、今季初めてオリンピック中継というものを見た。
と言っても、主婦の朝はなかなかに忙しく、旦那も出勤時間が結構早いので、見たのは荒川選手と村主選手の演技だけなんだけど(安藤選手が演技していたときは、まだ寝てた)。
技術的なことはまったくわからないのにえらそうなことはいえないが、優雅さという点では、荒川選手の方が数段勝っているように見えた。
手の伸びや、ポーズなど、ため息が出るくらい美しいと思った。
CMで見た時は、特段美人だとは思わなかったのに、リンクの上では、本当に綺麗な人だと思った。
優雅さの差は、表現力とか技術力の差が大きいんだろう。
でも、「体力」の差もかなりでかいんじゃなかろうか。
演技を終えた選手は、自分の席に戻り、背中を丸めて汗を拭いていることが多いように見える。
そんな中で荒川選手は背筋を伸ばして微笑みを浮かべていた。
その差が、演技にも出ているような気がして仕方がない。
上品な振る舞いというと、なんとなく、か弱くて繊細な人の振る舞いを思い浮かべるが、実際は、筋力なくして上品な振る舞いをするのは難しいと思う。
大体、背筋をしゃんと伸ばした姿勢を保つというのは、かなり背筋を使うことだ。
私は、女性らしく振舞うためというよりも、筋力を鍛えるために、椅子に座るときは膝をつけているようにしているが、初めてこれを意識したその次の朝、太ももがひどい筋肉痛になったのを覚えている。
茶道においても、筋力がない人は、決して優雅なお点前は適わない。
水がたっぷり入った水指を静かに床に置く・・・これだけの所作でも、筋力がないと、
「えぇ、よっこらしょ」
となってしまうものだ。
お湯を注ぐのだって、腕を適当な高さに保ち、脇を中途半端な角度のまま、柄杓を静かに運ばなくちゃいけない。
これも結構筋力を使うのだ。
長時間同じ姿勢を続けることは、体力も使う。
長いお茶会の途中、「だれ~っ」となってしまっては、誰も「優雅」とは思ってくれないだろう。
筋力・体力なくして、優雅な振る舞いは適わないと思う。
勿論、茶道において、優雅なお点前が最重要事項ではない。
茶の心というのは、「一期一会」という言葉で言い表されるという。
つまり、「今できる最高のおもてなしをする」という意味だ。
相手の思いを想像し、思いやり、相手にとって最高の御茶を差し上げる。
その心意気こそ大事だというわけである。
例えば、石田三成の「三献茶」は有名だ。
秀吉に茶を所望されたとき、三成は、一杯目はぬるい御茶を茶碗にたくさん入れて出した。おかわりを受けて二杯目は熱めの御茶を半分くらい、三杯目は熱くて濃い御茶を茶碗にほんの少し淹れて出した。
これは、咽喉がからからに乾いた状態の人はごくごくたくさん飲みたいものだから、熱い御茶よりぬるい御茶をたくさん飲むほうがありがたいから一杯目はぬるく多目に。咽喉の乾きを癒した後は、御茶の味を楽しみたいからおいしいものを少なめに・・・という心遣いの表れなのだ。
秀吉は、この三成の心遣いに感激し、彼を側においたという。
しかし・・・一期一会のおもてなしと簡単に言うけれど、これも、心に力がなければ、難しいことだと思う。
心に力がなければ、自分のことで精一杯になってしまって、他人の心を慮る余裕なんか出てこない。
「私はこんなに頑張ってるのに」
なんて独りよがりになりかねない。
優雅な心栄えを持とうと思えば、心に力をつけなければならない。
そう思う。
心を鍛えなければならないのだ。
とは言っても、心を鍛えるのは、なんとも難しいと思う。
心で腹筋が出来るわけじゃないし、空想でランニングしたって意味がない。
体力になぞらえれば、「座るときはなるべく膝をつけて座る」ように心がけるしかないかもしれない。
例えば、どんなときも、まず自分以外の人のことを考えるように気をつける、とか。
不機嫌な表情を見せないよう心がける、とか。
日ごろの心がけを積み重ねることが重要かもしれない。
今日、演技を終えた荒川選手の表情は、くもりのない晴れ晴れとした笑顔だった。
解説者は、前回のオリンピックの後、荒川選手に対する嫌がらせがあったと言っていた。
いろいろな障害もあったらしい。
しかし、表彰台の上の荒川選手の表情には、
「見返してやった」
などという吝嗇の影はまったく見えないと思った。
心の強さを思わせる、まっすぐに晴れやかな笑顔だった。
そのことが、この人は嫌がらせを受けている最中もこの同じ笑顔を、少なくとも対外的には保ち続けたんじゃないかと信じさせた。
優雅な人はやっぱりいいな、と思う。
今晩の特番、チェックしてます。
いや~、ミーハーだなぁ、私って(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 電話
BASENAME: 2343023
DATE: 02/25/2006 13:39:42
-----
BODY:
夜中に電話のベルが鳴る。
不吉なフレーズだ。
でも、私は、
「電話のベルがなる」
ということだけでさえ、とっても苦手だ。
用事があって、こちらからかけるのはいい。
用件だけ話して、「それじゃ」と切ることが出来る。
それが出来ない相手には、ハガキで知らせることにしている。
こちらからかける場合、「電話のベルは鳴」らない。
仕事の用事でかかってくるのも、構わない。
が、仕事の電話は携帯にかかってくるので、「電話のベルは鳴」らない。
「着信音が鳴る」だけである。
仕事関係の着信音は「真夏の果実」に設定してあるので、その音が鳴れば、
「仕事だ、仕事だ」
とわかるわけである。
苦手なのは・・・。
「世間話」のためにかかってくる電話である。
それは、うちの電話のベルを鳴らす。
一人暮らしを始めた時、仕事から帰ってくると、留守番電話が1件入っていた。
聞いてみると・・・、留守録のテープ1本分、延々と一人の知人のメッセージが入っていた。
内容は、要約すると、
「花粉症は辛い」
というものだった。それだけの話しを30分、相手のないまましゃべれるのはすごいと思うけど、残業で疲れて帰ってきて、晩ご飯の仕度もせにゃならんのに、この電話を聞かなくちゃならなかったと考えると、かなり辛いものがある。
う~ん・・・。
よかった、留守で、と思った。
とはいっても、類は友を呼ぶとはよく言ったもので、OLをやめて、しがらみがなくなった今、親しくしている友人に、長電話の癖を持つ人はいない。
友人には、いない。
で、友人もまた、自宅ではなく携帯に電話をしてくる。
「さくら(独唱)」の音が鳴ると、「あ、友達の誰かだ」と安心して出ることができるわけだ。
つまり、自宅の電話が鳴ったとき、その相手は、親戚か、近所の奥さんだということになる。もしくは、勧誘の電話。
しかし、町内の「女性部長」という役をしていた時は、週に1回はかかってきた、町内の電話も、最近では、パソコンが壊れた時くらいしかかかってこなくなった。
「動かなくなっちゃったの~」
といわれたら、
「今すぐ行きます」
だけで済む。
長電話にはなりようがない。
旦那のご両親は、「共通する知人」の数が少ないこともあって、世間話をしても、それほど話しが広がることはない。旦那の実家は近所というほどではないけれど、車で1時間ほど。
「また会ったときに詳しく話します(伺います)~」で済ませることができる。
が、長電話の被害に合わないのかといえば、そういうわけにいかない。
というのも、とても身近に、電話魔が存在するからだ。
そう、まい・マザーである・・・。
まぁ、悪口だとか文句を延々しゃべっているわけじゃないので、そういう意味では苦痛じゃないんだけど・・・本題に入るまでに時間がかかるのだ。
この間かかってきた電話。
「このあいださぁ、○○さん(遠縁の親戚)のお葬式に、お母さん列席したんやんか」
「あ、私も出るべきやった?ごめん、留守かなんかやった?」
「あんたは会ったこともない人やし、かまへんやん。ちゃうやん。ほんでさぁ、○○さんのうち、田舎やん?家も木造で、ものすごい広いねんやんか。欄間っていうの?立派やねん。どんな彫刻かわかる?」
「いや・・・」
「牡丹の花と蝶ちょやと思うねんけど、古くて立派な彫刻で・・・古い家やしなぁ、広いねんわぁ。床の間とかあってさぁ。何部屋くらいあったっけ?」
「見たことないから知らん」
「あ、あんた、行ったことなかったっけ?」
「ないと思うけどなぁ。子供の時行ったことあるかもしらんけど、記憶にない」
「そうやったっけ。とにかく広いねん。ほんで古いしさぁ、文化財かなんかに指定されてもおかしくないくらい古いねん。あれって、申請するべきなんかな?」
「え?文化財?さぁ~~~・・・ただ、文化財に指定されたらお金もかかるって聞くよ?」
「あ、そうなんや・・・まぁ、とにかく広いねん」
このあたりで、私は段々じれてくる。
私は、かなりイラチなのだ。
そんなわけで、私は母親との電話に必ず、このセリフを吐くことになる。
「そんで、用件はなんなん?」
と。
すると、母親は、慌てたように、用件を話し始める。
「そうそう。でさぁ、広いから寒いやん?で、黒いストールを買おうと思うねん」
「あぁ、ええやん?」
「あんたもいる?」
「いらん」
これで終わる話しである。
・・・が・・・。
母親の話しはループするのである。
「長い葬式だと寒いで~。こないだお母さん、○○さんのお葬式に列席してな・・・」
「広い家やから寒かったんやろ?わかるけど、私がお葬式に列席する時はお母さんから借りるやん。別に2枚もいらんって」
「お葬式ってのは急にくるもんやで?」
「そやけど、普通はお通夜かお葬式かどっちかに出たらええって場合が多いやろ?旦那と一緒に列席するならお葬式になるから、借りにいってる時間はあるって。そうじゃない場合は、自分が裏方せなあかん立場やろ?裏方するのにストールかぶってるわけにいかんやん?だからいらん」
「別に無駄になるもんちゃうし、買っておけばええやんか。お母さんが買うたるやん」
「いや、遣わないもんはいらんって。タンスのスペースがもったいない」
「かさばるもんちゃうやんか。お母さん、こないだ○○さんのお葬式に行ってな」
「広くて寒かったんやろ?」
「それが言いたいんちゃうやんか。お葬式でコート着てるわけにいかへんやろ?ストールは便利やで」
「いやそやから、借りるからいらんって」
終わらないのである。
だから、私は、母親との電話には、このセリフも必ず言うことになる。
「お母さん、もう、用件なかったら、電話切るよ」
と。
すると、母親は、
「あぁ、うんうん。ほな、またな」
とあっさり切ってくれるんだが・・・。
どうもよくわからないのは、私は決して別に、実家と疎遠にしているわけじゃないんである。
歩いて45分の距離。
結構実家には帰っていると思うし、帰れば母親とは結構しゃべる・・・というより、父親が無口なので、勢い母親としゃべることになる。
急がない話しはその時にすればいいと思う。
のだが、電話をしてくると長いんである。
そういや、OL時代の後輩にも、毎日会社で会っているのに、電話をしてきて2時間は延々しゃべっている女の子がいた。
どうも、電話には、普通のおしゃべりと違う楽しさがあるらしい。
その楽しさは、
「二人きりの会話」というところに起因するのか、
「自分の部屋で寝そべりながら」しゃべれることがその理由なのか、
もっと他の理由なのかわからないのだが・・・。
というわけで、「電話のベルが鳴る」というフレーズは、どうも苦手。
「今、風呂入ってて、体拭いてないから寒いねん」
「料理の最中やねん」
「びーこ(わんこ)が、散歩待ってるねん」
電話のベルが鳴ると、
長い電話を切り上げるための口実が、瞬時に3つくらいは浮かぶ私である。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 02/26/2006 01:08:57
「今てんぷら揚げてる最中やねん」と言ったことが何度もあります。。。
-----
COMMENT:
DATE: 02/26/2006 08:49:41
同志ですな(笑)
テンプラは、勧誘とかセールスの電話には使ったことあります(笑)
でも、うちの母は、私がテンプラを作らないことを知ってるんですよね(^^ゞ
テンプラの後、油の始末がめんどいので、テンプラは外で食べるものと決めてるのです(横着)
-----
--------
TITLE: 古本
BASENAME: 2347583
DATE: 02/26/2006 23:10:33
-----
BODY:
私が欲しいと思う本は高い。
例えば、「延喜式内社調査報告」という本がある。
つまり、延喜式神名帳に記載されている神社について調査して報告した本なのだが、全国分そろえようと思うと20冊以上。
1冊万円以上するから、全部そろえようと思えば、古本でも、20万以上はする。
神社関係の資料は、本当に高い。
一冊2万円以上することも珍しくない。
・・・が・・・。
最近は、ブックオフのおかげかいなか、廉価版の古本屋が増えた。
こういう大手チェーン古本屋というのは、その本の希少価値に関わらず、美品か否かで、その値段が決まる。
所謂、「古書店」で、○万円!!!!!・・・という本が、500円で売られていたりすることも・・・まれにではあるが、ある。
例えば、絶版になっていた、高木彬光氏の本を探していたことがある。
「古書検索」のサイトで調べてみると、売値2000円、送料500円程度のものが見つかった。
が、たまたま入ったブックオフで、当該本を見つけてしまった。
売値、50円。
・・・う~~~む、ネット通販で買わなくてよかった。
さて、私が今探している本は、文庫にもなっている。
文庫・豪華本、ともに品切れ中。
全20巻以上の全集のうち、1冊だ。
古書市では、別巻を見つけた。
定価より1割程度安い。
つまり、増刷される可能性があるということかと思う。
しかし・・・。
ブックオフのサイトにあるメニューの一つ。
「文庫オフ 古文庫検索」で調べてみたら・・・同全集の別巻が、500円で売られている・・・。
う~~む、う~~~む、う~~~~~~~む。
も一つ、手がある。
図書館で借りてきて、必要な箇所だけコピーするという手だ。
その本、総頁数、400あまり。
すべてコピーしたとしても、定価より安いんである(^^ゞ
手元に置いておきたいのは、全体の3/4程度。
1枚5円のコピー屋さんでコピーすれば、定価の1/3くらいですんでしまう・・・。
とはいっても、3/4もコピーすると、著作権上、問題がある・・・。
し、格納場所も悩むし。
できれば、本として遺しておきたいと思う。
もちろん、金に糸目をつけないんなら、古書検索で調べたら、豪華本の方が見つかると思うんだけど。
それもしたくないんである。
だって、ブックオフで見つかったら、むっちゃ口惜しいじゃん(>_<)
ということで、ブックオフ(もしくは大手古本チェーン店)巡りの日々である。
そういや、昔、「あぁあ~あ、小市民~♪」っていう歌があったよなぁ。
あれ、私のことだなぁ。
はぁ~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 02/27/2006 07:57:58
おはよう おはよう
なんか中世城郭期、戦国関係でいいの見つけたらまた連絡をすぐ
くで~
こっちもなんか安いの見つけたら連絡しますは(=^ェ^;=)
-----
COMMENT:
DATE: 02/27/2006 12:48:18
了解!こっちもよろしく~。
ところで、大阪第三ビル(方向音痴なのでイマイチ自信ないです)の地下にある、古書街知ってます?
こないだ旦那に連れていってもらったんですが、確か、城がどうたらこうたら言う古書があったと思います。
閉店間際にどわ~~~っ!!!と周ったんで、ゆっくりチェックしてる時間がなくてすいません!
もしご存知ないなら、今度一緒に行きましょう!
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 02/27/2006 22:24:52
>大阪第三ビルの古書街
このまえ私も偶然にも旦那と宝くじ買いに行ったついでに
地下街ウロウロして発見しました
最近できたんかいなあ??
でもブックオフほと安くないよね
最近、旦那は壬申の乱関係の本が好きみたいで
出張の生き帰りに読んでますわ(いい傾向です)
だから一番わかりやすいよといって黒岩重吾氏の古代史入門編を
買ってあげました
帰りに阪急八番街に迷い込んだら
うちらの好きそう~な
ベトナム料理店、タイ料理やインドカリー屋がありました
また寄りましょう
-----
COMMENT:
DATE: 02/28/2006 07:19:40
勢田大橋は行きました?
壬申の乱とも関係があるし、俵藤太の平将門征伐とも関係深いし。
面白い場所ですわ。
梅田の古書街といえば、かっぱ横丁が有名ですが、探してみたら結構あるものかもしれませんね。
タイ料理やインドカリー。
いいですねぇ、是非。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 02/28/2006 07:53:46
のりちゃん様
そうなんですね。ブックオフってそんな値段の付け方してるんですね。
以前雑誌で、ブックオフで買ってアマゾンで売って儲けてるって人見ましたけど、案外ほんとなのかも知れませんね。
-----
COMMENT:
DATE: 02/28/2006 18:41:45
ブックオフは、結構、掘り出し物があるようですけど、
やはり、ブックオフ掘り出し物発掘人ってのもおられるようで。
掘り出し物はあっという間になくなっちゃうみたいで。
頻繁に足をはこぶといいかもしれませんね。
-----
--------
TITLE: 伊藤晶子さん
BASENAME: 2349267
DATE: 02/27/2006 16:34:00
-----
BODY:
彼女からメールをもらうようになって・・・3週間あまりだろうか。
「今日を逃すともう会えないんです」
と言っていたのも、もう3週間ほど前になるような気がする・・・。
「ほぉ。そりゃあよかった。んじゃ、もうメールはこないね」
とほうっておいたら、
「あきらめきれません。今日なら主人がいないんです」
と来たもんだ。
この繰り返しで、3週間。
いやさ。
このメールがSPAMだとわかってるから、まだいいんだけど・・・。
これ、SPAMじゃなかったら、却って怖いと思うぞ(^^ゞ
なにしろ、しつこい。
しかも、メールの調子は、
「ここにアクセスしてくれたら、すぐ連絡がとれますから!
簡単ですから!」
というように、一方的である。
こんな女と知り合いになりたい男がいるんだろうか?
・・・とは思うんだけど、ここんとこ、同じパターンのSPAMメールが、増えた、ふえた。
それなりにひっかかる男性がいるってことなのかなぁ。
う~~~む、ひっかかった君!!
こんな女に会ってみたいと思ってるようじゃ、現実の女でも失敗するぞ!!!
・・・SPAMメールのネタはもう、2度ほど書いてるんだけど、あんまりにも不思議だったんで。
う~む、本当に不思議だ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: CAMUS
DATE: 02/27/2006 20:03:43
はじめまして。
奇遇ですね。今日、 "http://www.doblog.com/weblog/myblog/7562/2348625#2348625" 同じ内容のSPAMの記事 を上げました。
アクセスするURLやメールアドレス、伊藤晶子という名前まで、バリエーションがあるらしいです。
-----
COMMENT:
DATE: 02/27/2006 20:51:43
はじめまして。
偶然ですね~。
いや~・・・。
今日は、
「とうとうこの日がきてしまいました」
というメールが来てました。
もう今日で会えなくなるから今日こそは・・・って、そのセリフ、何回聞いたか(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 02/28/2006 07:37:22
読み始めは、のりちゃん様面白いお友達もってるんだなあー、実名出していいのかなあー、なんて思ってました。
そっかー、のりちゃん様とお茶でもしたいのかなあー、レズなのかなあー。のりちゃん様はレズじゃなく、Mなのに。爆
SMAP友達なんだー。そう言えばのりちゃん様SMAP好きだったよなー。
なんて、人間の記憶というものはいい加減なもので。SPAMをSMAPと間違えた私が悪いんですが。
-----
COMMENT:
DATE: 02/28/2006 18:40:04
いや~~~~~~・・・そういや、SPAMをアナグラムしたら、SMAPになりますね。
かまどさんの記憶通り、私は、SMAP(というより中居くん)ファンですよ~。
あの眼がいい!!!!!
しかし・・・かまどさんとこには、こういうメール、来ませんか?
最近、多いっすよ~~~。
-----
--------
TITLE: 花粉症
BASENAME: 2352300
DATE: 02/28/2006 18:42:19
-----
BODY:
どうも、朝方、くしゃみが出る。
といっても、単発。
「くしゃん」
これだけ。
しかも、晴れの日は出ない。雨の日にくしゃみが出る。
・・・ということは、杉花粉症ではない・・・んじゃないかと思う。
が、どうも、春先にこういう症状が出る。
私は、杉花粉症じゃないけど、カモガヤの花粉症ではあると思う。
カモガヤって?
という人もいると思うが、どこにでもある、雑穀小さい版みたいな雑草・・・といえば
「あぁ、あれかぁ」
と納得する人も多いんじゃなかろうか、そうそう、あれ、あれである。
これは、杉よりも、症状がキツいらしい。
ある春、河原を歩いているだけで、白目が黒目より盛り上がるくらい腫れた。
そして、くしゃみが連続して出る。
ただ、鼻が詰まって息が出来ないというほどひどい症状にはならない。
というのも、私はそもそも粘膜が弱いらしく、どの季節でも、一日平均10回くらい鼻をかんでいるので・・・。
花粉が常時くっついたままにはならないんじゃなかろうか。
そんなわけで、それほどひどい症状じゃないながらも、春は結構憂鬱。
田んぼの畦に「アイツ」が出現するのを、憤然とした思いで待っているところである。
-----
--------
TITLE: 勧誘
BASENAME: 2354801
DATE: 03/01/2006 14:26:44
-----
BODY:
理由はわからないけれど旦那が喜ぶので、再度電話ネタ。
迷惑な電話は、長電話以外にもある。
そう、タイトル通り、勧誘の電話だ。
私は、家にいることが多いので、よく勧誘の電話を受ける。
契約している銀行やなどからの、システム変更や季節ごとの勧誘などは、まだいい。
問題は、「クリーニング」「エステ」「英会話」などなどの、「悪質な商売やってはるんちゃいますやろね?????」な勧誘電話である。
一年間、契約社員として、ある就職情報誌を出版する会社の、「広告審査室」に勤務していたことがあるので、どういう形態の悪徳商法があるか、は、(情報が古いけど)ある程度は知っている。
布団のクリーニングなどは、確かに格安でやってくれることもあるのだが、
「ダニがいっぱいですよ!」
などと脅し、新しい(法外に高い)布団などを買わせる・・・というのがその手口。
まぁ、クリーニングだけしてもらって、何も買わずにさっさと帰ってくることが出来ればいいのだろうが、実際は、「ちょっと確認」などと言って布団を切り裂いたりする強引な手口も多いと聞く。
ま、布団を切り裂かれたら、「器物破損」ってことで、こっちが訴える立場になるわけだが、実際、数人の相手に囲まれてしまったら、あっちの雰囲気に呑まれちゃうらしいので、注意が必要だ。
私は、基本的に、
「夫が○○の商売をしてますので~」
というのが、断る口実となっている。
クリーニングならば、
「夫が白洋舎に勤めてますので、結構です~」
などだ。
英会話ならば、
「夫がぁ、バリアメリカ人なんでぇ、英会話はノーサンキューって感じぃ(なぜかギャル語)」
と答える。
こういう電話の中で、最もしつこいのが、なぜかエステだ。
「いとこがエステティシャンなので」
と断っても、
「エステの技術はいろいろあるのよ。値段はいくら?どこまで綺麗になるん?」
などといわれたりする。
それで、私は、
「そんなことしなくても~、私、ナイスバデーだし!」
と答えることにしている。
相手はしつこいので、
「スリーサイズは?」
などと聞いてくることもある。
失礼なやっちゃ。
しかし、ここでひるんではいけない。
ちゃんと答えてやるのだ。
しかも、
「上から、90・56・88です~」
なんていう、中途半端なボケはしない。
本当のこと!
を答えてやるのである。
この、ぽっこりお腹、でっかい尻であるところの、私のスリーサイズを、まんま答えてやるのである。わっはっはぁ!!!!
そして、間髪いれずに、
「ね?ナイスバデーでしょぅ~~~???」
と聞いてやるのである。
幸いなことに、それに対して、
「スタイル悪いよ!」
と答えたテレフォンアポインターの女性は今のところ、いない。
「あ・・・そう」
と切ってくれるのである。
どうだ、参ったかぁあああああ!!!!!・・・くすん(T_T)
ま、それはいいとしよう。
そんなわけで、電話勧誘は、割りと問題なく、さっさと切ることが出来る。
有無を言わせずガチャ切りしてもいいんだが、それで逆恨みされることもあると言うんで、とりあえず、上記のような断り方をしている。
問題は、訪問悪徳業者である。
インターフォンで応対するんで、電話と一緒といえば一緒なんだが、家の場所を知られているわけで、下手な応対をするのは、ちと怖い。
勿論、うちにも、リフォーム詐欺はやってきた。
「向こうの筋で工事をやりますんで、ちょっと車置かせてもらいます~」
というのが、最初のとっかかり。
「わざわざご丁寧に」
と答えると、
「いえ、ところで、お宅の雨どい、はずれかかってるのご存知ですか?」
と来た。
その時はまだ、リフォーム詐欺について、新聞ダネになってはいなかったが、なんとな~く、怪しい雰囲気は伝わってくる。
「あら?そうですか?」
と答えると、
「えぇ・・・今のままだと雨漏りしちゃいますよ」
「えぇっ!?どうしましょう」
・・・ちょっと芝居かかりすぎたかな?と思いつつも、驚いてみせると、
「工事担当に見せてみましょうか?」
だそうな。やっぱりね。
「あぁ、そうそう。義父がエクステリア関係の仕事やってたんでした。あぁ、教えてもらって良かった。早速見てもらいます~。ありがとう~」
「チッ!」
聞こえるように舌打ちをして、その勧誘員は去って行った。
姓名判断や占いの勧誘もくる。
「画数があまりよくないようなので」
「えぇっ!?それじゃあ早く結婚して、苗字変えなくちゃ!」
「結婚しなくても、いろいろな方法がありまして・・・」
「結婚しなくちゃ、結婚しなくちゃ、結婚しなくちゃ~、どんな名前がいいでしょうか?今んとこ候補は、勅使河原くんとか、有栖川くんと・・・あと、まだまだいるけど、どの名前がいいかしら~、あぁ、悩んじゃう~。あなたの鑑定は何流ですか?私もいろいろ調べなくちゃ~いや~、忙しいわぁうふっ♪」
しゃべっているうちに、家の前は無人になっている。
これに懲りて、二度とくんなよ~~~!!!
しつこいのが、新聞の勧誘。
「以前とってもらってた~○○新聞ですぅ~」
「うち、ネットニュースをチェックするので必要ないんですぅ~」
「洗剤つけますよ~」
「洗剤より、新聞の方が高いですよ~」
「新聞、いらないんですか~」
「いらないんですよ~」
「チッ!」
ほんまに、どうして勧誘の人は、失敗すると、こうも態度を急変させるんだろう。
ま、ここまでは、まだ、断るのがそれほど難しくない。
一番厄介なのが・・・。
そう。宗教の勧誘である。
宗教の勧誘における一番厄介な点は、その勧誘主が、見知らぬ他人ではなく、近所の方だったりすることだ。
生憎なことに、私は、町内の女性部長という役をしていたため、浅く広く知り合いが多い。
選挙の時など、複数の人から、同じ候補について投票を頼まれる。
その宗教や党は嫌いでも、その人自身は嫌いじゃないことも結構あるので、本当~に困る。
「あぁ、あの人が○○○○の会員じゃなければ、もっと親しくできるのに」
と思う人も、一人いたりする。
が、その人は、選挙のお願いはされるけれど、決して勧誘はされない。
ただ、「××の展示を見に行かない?」と誘われてうっかりついていったら、○○会館だったということがあって、会館内では滅多に口をきけなかったけど。
この人の場合、人柄がすごく良くて、勧誘されるままに入会しちゃって、素直な心そのままに信じてる・・・という感じなのかなぁと思うのだが・・・素直に善意にその教えを信じているだけに、もし万が一勧誘されたら、すっごい困るだろうなぁ。
勧誘をしてくる人は、大概、中途半端な親しさの人である。
もしくは、あまり親しくないが、強引な人。
だから、本当に、断りづらい。
こういう勧誘は、とにかく、
「会館に来て、えらい人の話しを聞いて欲しい」
といわれるんで、本当に困る。
複数の会員に囲まれてまくしたてられている状況を想像するだけでぞっとしない。
ので、この場合、
「私、▽▽さんのこと、好きじゃないですかぁ?だから、▽▽さんのお願いだと断れないじゃないですかぁ?でも、宗教って思想でしょう?しかも、えらい方が悩んで修業してやっと辿り着いた思想でしょう?そんな立派なものに、私程度の貧弱な思想が適うわけありませんから、その思想に随うことになるじゃないですかぁ?でも、私、まだもう少し、自分の頭で悩みたいんですぅ。自分の頭で考えたいんですぅ。年とって、もう自分で十分悩んで考えたと思ったら、こちらから▽▽さんに入会お願いしますよおぅ」
と答えるようにしている。
必ずといっていいほど、
「いつぐらいになる?」
と聞かれるので、
「ん~~~、最低40年ってとこでしょうか?孔子でも、70でやっと悟り開いたんでしょう?私はもっと考えなくちゃ、考えすぎるというところまでは絶対いかないと思うんですよねっ!」
と答えることにしている。
甘いようだけれど、今のところは、それで、納得してもらえている。
「孔子」
というビッグネームは、割りと効くのだろう。
ただし、孔子の70歳は、「従心」。
つまり、心のままに行動しても、人の道を外れなくなった年である。
だから、考えがまとまったのは、「不惑」。つまり、40歳のことになると思うんだが・・・。
不思議なことに(?)、そう反論されたことはない。
そして、その後、再度誘われる確率も(今のところ)低いように思う。
ってことで、この断り方は、割とお勧め。
「幸せにする」「迷わせない」
のが宗教。
「迷ってみたい」
という人を、迷わせてくれる宗教は、そうそうないらしい。
-----
--------
TITLE: ご神体山登拝
BASENAME: 2357049
DATE: 03/02/2006 06:46:31
-----
BODY:
今日は、おばちゃん仲間と、松尾大社のご神体山に登拝させていただきます。
昨日、松尾大社に電話させていただいて、登拝の可否を念のため確認した。
というのも、昨日は大雨だったので。
「雨がやめば大丈夫」
と教えていただいて、ちょっとだけ不安(^^ゞ
天気予報はくもりだったが・・・。
このメンバで出かける時、かなりの確率で雨が降るのだ。
前回の集まりでは雨が降った。
その前の集まりでも雨が降った。
その前も・・・。
かなりの確率どころちゃうやん(~_~)
が、どうやら雨もやんで、なんとかかんとか登拝させていただけそうだ。
往復20分ほどのお山のようなので、疲れて帰ってくることはないと思うが、しゃべりすぎて疲れて帰ってくるかも(>_<)
なにしろ、賑やかな仲間なんで。
それでは、いってきます!
-----
--------
TITLE: 尊敬語と謙譲語
BASENAME: 2361960
DATE: 03/03/2006 23:02:45
-----
BODY:
仕事のビデオを受け取りに行き、仕事主さんとお話をした。
言葉使いの決まりなどを説明してくださった後・・・、多分、私が敬語の使い方を間違っていたのだろう。
唐突に、こうおっしゃった。
「『ご利用いただける』という言葉はおかしいんですよね」
一瞬首をかしげたが、確かに、「利用する」のは、他者なのだから、謙譲語である「いただく」はおかしい。
正しくは、「ご利用になれます」だ。
こういう場合、
「え?私、そんな間違いしてましたっけ?」と聞くのは、職業的態度としては、あかんと思う。んな他人まかせな。
「敬語と謙譲語の使い方をどっかで間違えてたんだな」
と自己チェックせにゃしゃあないと思う。
大体、仕事主さんが、「あなたのこういう言い方、間違ってましたよ」と、はっきり指摘されないのは、決してもったいぶっているからとか、「自分で気付けよ」という意味だというわけでは・・・多分ない。
多分、私がどんな間違いをしたか覚えておられないんだと思う。
・・・新しい仕事にかかってたんで、過去のチェックはまだできてないんだけど・・・。
で、だ。
帰り道、反省しながら、考えた。
「そうか、『していただく』は変だよな・・・例えば、『教えていただく』は、『お教えになる』で・・・あれ?」
混乱。
「教えていただく」
の言い換えは・・・無理なんじゃないか?
「ご利用いただける」は確かにおかしい。
が、「教えていただく」は・・・おかしくないんじゃないか?????
いきなり閃いた。
そうだ。
「教えていただく」のは、先方じゃなく、自分なのだ。
主体が自分である以上、謙譲語である「頂く」で正解なのだ。
「ご利用になれる」
のは、他者・先方だ。
だから、謙譲語ではおかしい。尊敬語を使うべきなのだ。
そもそも、日本語というのは、自己と他者の区分が曖昧な言語だと思う。
大阪弁で、他人を呼びかけるとき、「自分」という言葉を使うということは、結構有名だと思う。
「自分さぁ」
というのは、
「あなたさぁ」
という意味なのだ。
これは、相手の立場にたって考えるからだ、と言う。
「自分から見るあなた」は、「相手にとって自分」なのだ。
たとえば、クリスマスカードと年賀状の文言を見比べても、その違いは明らかだろう。
どちらも、当日に間に合うように届けるメッセージカードだが、
クリスマスカードの場合は、「I wish your merry christmas」と書く。
つまり、「私はあなたの楽しいクリスマスを祈ります」だ。
年賀状は、「あけましておめでとうございます」と書く。
その意は、「今、あなたの元では年があけましたね?おめでとうございます」だろう。
つまり、クリスマスカードは、あくまでも自分の立場から。
年賀状は、相手の立場にたって、相手を祝福していると言えるだろう。
これは、日本人の「和の精神」と関係が深いだろうから、素晴らしいことだと思う。
思うが・・・。
ただでさえややっこしいのに、その上、尊敬語と謙譲語に分けるから、最上級にややっこしいよ~~~~~(T_T)
・・・仕事で文章を書いているんだから、こんなこっちゃいかんのである。
いかんのであるが・・・。
日本語を作り上げてきた先人に対して、限りない尊敬の念を持つと同時に、ちょっぴり恨みを持ってしまうのである。
-----
--------
TITLE: 日本語
BASENAME: 2363492
DATE: 03/04/2006 15:39:03
-----
BODY:
昨日問題にした、
「ご利用いただけます」
という表現。
旦那には、
「利用してもらう機械は自分のものなのだから、『使ってもらう』という言葉の主体は自分にあり、謙譲語でもOKとならへんか?」
といわれてしまった。
う~~ん・・・。
また混乱してしまう。
塾で中・高生に国語を教えている友人に聞くと、
「どっちにしても、許容範囲にある言葉だと思う」
という返事。
う~~~~~~ん・・・・・・・。
つまりは、ここまで来ると、文章センス・好き嫌いの問題じゃないかと思うのだ。
例えば、
「~させていただく」
という表現がある。
これは、文法的には間違っちゃいない。
が、丸谷才一氏は、「気にくはない」と書いておられる。
しかし、谷崎潤一郎が「春琴抄」の中で「寝させて戴く」と書いているのは、「文句のつけやうがない」のだそうだ。
・・・結局、好き嫌いの問題ぢゃん。
もちろん、丸谷氏は、
「なぜいいのかといえば、口さきだけでないからである」
と説明しておられるが・・・。
口さきだけかどうかなんて、なんでわからはりますのん?ということになる。
天才大谷崎が、好きでない相手に対し、偽りの表現で感動させてみせることができぬとおっしゃるのであろうか。
それこそ失礼ではないか。ねぇ?
結局、好みの問題だと思う。
文句のつけようがない文章なんて、存在するだろうか。
100人いれば、100人なりの評価がある・・・それが「文章」というもんじゃないかと思う。
ただ、何が書いてあるかわかれば良いというもんじゃない。
文法的に間違ってなければ良いというもんじゃない。
「多少おかしな文法だが何か人の気を惹く文章」の方が、「間違いはないけど無味乾燥な文章」より、ずっと勝ってると思う。
以前、サザンオールスターズの特集番組かなんかで、彼らのデビュー曲である、
「勝手にシンドバッド」
の中の、
「砂混じりの茅ヶ崎」「胸騒ぎの腰つき」
という歌詞について、金田一春彦氏に、「こんな文法はない」と指摘されたと言っていた。
確かに、おかしな文法ではある。
でも、「砂浜が広がる茅ヶ崎」とか、「砂が多い茅ヶ崎」などと冗長に表現するより、「砂混じりの茅ヶ崎」と言ったほうが、ピシッと締まるし、美しいと私は思う。
「胸騒ぎの腰つき」についても同じ。
「胸騒ぎのするような(色っぽい)腰つき」と表現するのが正しいんだろうけど、それでは、私は惹かれない。
THE YELLOW MONKEYの、「花吹雪」という歌の中に、
「『君と死にたい』 それくらい今は 力まかせな言葉の中に埋もれてたい」
という歌詞がある。
「君と死にたい」というセリフを、「力まかせな言葉」と表現するのが正しいかどうかはわからない。文法的に言えば、ちょっと変だと思う。
でも、この表現にぶちのめされて、私は、このバンドのファンになったのだ。
これが、「非常識な言葉」とか、「思いつめて言った言葉」なんて表現をしていたら、絶対ファンになんかなってなかったと思う。
これも好みなんだろうけども。
いや、今回の仕事は公的機関の報告記事だから正しい文法で記事をあげるべきだし、仕事なんだからクライアントの好みに合わせるのが正解だと思いますが・・・。
そんなわけで、
個人的には今後も、「ご利用いただく」と、言っちゃおうと思っている次第である。
-----
--------
TITLE: 効果
BASENAME: 2366626
DATE: 03/05/2006 19:20:22
-----
BODY:
「吊り橋効果」
という言葉がある。
好きな人の側にいると脈拍があがる・・・というのは、誰でも経験していると思う。
そのことを何度か経験すると、脳は、「脈拍が上る」=「好きな人の側にいる」と覚えてしまうらしい。
だから、恋愛以外のことで脈拍があがったとしても、その時側にいた人のことを好きなのだと勘違いしてしまうことがあるのだそうだ。
これを「吊り橋効果」と呼ぶ。
だから、好きな人をデートに誘う時なんぞは、ドキドキするようなこと、例えば、ジェットコースターに乗るとか、オバケ屋敷に行くとか・・・そういうことをすると、二人のボルテージが上って、「恋愛度」が増すらしい。
さて、私は高所恐怖症ではないが、高いところは決して得意じゃない。
というより、怖い。
動けなくなるとか、気を失うとかそういうわけじゃないので、「恐怖症」というほどじゃないと思うんだが、ものすごく腰が引けてしまう。
だから、吊り橋なんてのは大嫌い。
日本一長いという、谷瀬の吊り橋を渡ったときは、ずっと旦那の腰を両手で掴んでいた。
そして、渡りきった後、声が出なかった。
つまり、渡っている間、ずっと叫んでいたので、咽喉が枯れたのだ。
子供を抱いた若いお母さんが、スリッパでスタスタ渡っていたりするわけで、実際は、大して危ないものでも怖いものでもないんだと思う。
でも、私はダメなのだ。いやなのだ。嫌いなのだ!!!!!
しかしまぁ、このことによって、旦那のことを、
「頼りになる人だなぁ」
なんて惚れ直したりしたわけだ。
大阪に住んでいても、少しだけ移動すれば、広い公園がいくつもある。
特にお勧めなのは、奈良にある「葛城山麓公園」や「民族公園」。
駐車場もただだし、中は広いし、一年中、なんらかの花が咲いている。
大阪市内にも緑地があるが、混むし、駐車場も結構高かったと思う。
だから、ちょっと街中から外れた場所にある公園がお勧め。
例えば、大阪北部に「ほしだ園地」という府民公園がある。
山の中にあるような公園で、その気になれば一日遊べる。
難を言えば、駐車料金が必要なことだが・・・。
そして、ここにもあるのだ・・・。
吊り橋が。
この土日は良い天気だった。
今、ちょっとバタバタしていて、夫婦ともにあまり時間がないのだが、まったくなんにもしないのはあまりにも勿体無い!ということで、まったくバタバタと外出することにした。
星田には、磐船神社という古社があり、「胎内巡り」が出来るということで、胎内巡りのついでにこのほしだ園地に寄った。
私と旦那は既に結婚9年弱。
一緒にドキドキ体験をしたい!なんていう初々しい感情は、ほとんどなくなっている。
一緒においしいものを食べたい!とか、一緒に面白いものを見たい!という気持はあるんだけどね。
そんなわけで、私は当然、「吊り橋嫌いだから、わたるなら一人で渡って」と主張する。
旦那は、面白がって、私を引っ張る。
私は怒る。
旦那はもっと面白がって引っ張る。
私、絶叫!!
結論。
「吊り橋効果」は、付き合い始めたばかり、もしくは、付き合うかもしれないというカップルにのみ適用されるらしい。
付き合って、何年もたったカップルは、喧嘩になる可能性大。
旦那と知り合って、9年ちょっと。
結婚して、9年弱。
私は結婚当時と変わらず旦那のことが好きだし、旦那も結婚当時と変わらず私を大事にしてはくれるけど・・・。
何かが変わったんだなぁ。
なんてぇか・・・つまり、新鮮味がないんでしょうね。
恥じらいがなくなっちゃうというか。
でもそれが気楽なんだよな~。
「初々しく瑞々しいときめき」と、「心地よさ」のどちらかを選べといわれたら、後者を選ぶけども・・・。
なんていうのだろうか・・・。
結婚前なら、旦那も面白がって私の手を引っ張ったりせずに、
「絶対守ったるから、渡ろう?」
と言ってくれたはずなんである。
・・・で、多分私も、「一人で渡って!」などといわずに、
「怖いっ(ぶるぶる)」なんてぇ可愛い反応をしたはずなんである。
私もそういう可愛い反応をするから、旦那も私を結婚当時のように扱ってくれ・・・と・・・無理かなぁ?無理だよなぁ。
-----
--------
TITLE: きつつき
BASENAME: 2368991
DATE: 03/06/2006 14:11:49
-----
BODY:
衣食住の中で、一番切実なのは、「食」だと思う。
裸でも、寝るところがなくても(極寒の地でなければだが)、死にはしないけれど、食べないと死んでしまう。
特に、野生の動物にとっては、衣は必要ないし、住む場所は・・・テリトリーなどの問題はあるだろうが・・・自然そのものが「住」だろう。
また、動物は睡眠をとらないと死んでしまうし、呼吸をとめると死んでしまうし、排泄をとめても死んでしまう・・・かもしれないが、寝るのも息をするのも、うんちをするのも、その気になりゃぁどこでもできる。
でも、食事だけは、「食べるもの」がなきゃできないのだ。
だから、動物にとって、生きていくために一番切実な問題は、「食」だと思うわけだ。
人間の場合は、食べることと食べものを手に入れる努力は、必ずしも直結していない。
自分の食べものを、自分で捕ったり育てたりしている人は、現代ではそうそういないだろう。
まずは働いてお金を稼ぎ、そのお金で食べものを手に入れる。
人によっては、生まれつき、稼がなくてもお金があり、食べることにも困らないという場合もあろう。あ
が、動物の場合は、何かを食べようと思えば、そのものを手に入れる必要がある。
秋の田を行けば、雀がたくさん群れているのに出くわす。
彼らは、努力して・・・るかどうかは知らないけれど、とりあえず、人間がしかけたかかしを「戦い」ながら、食べている。
春は、青虫などのハンティングにもいそしんでいる。
ほしだ園地を歩いていると、どこからか、
「コンコンコンコンコン」
という可愛らしい音が聞こえてきた。
「きつつき?」
と、音のする方を見てみると、いたいた。
コマメに場所を移動しながら、木の幹を熱心につついている。
暖かくなってきたので、虫も表面に移動してきているのだろうか、
「ココココ・・・パク」
チョンチョンチョン(移動)
「コココ・・・パク」
チョンチョンチョン。
という感じで、割りとたらふく食べている模様。
冬の間は、食いっぱぐれることもあるんだろうな。
現代の日本人は、いろいろと保護されているから、そうそう食いっぱぐれることはない。
「困っても、誰かが助けてくれる」
そう思っちゃっている人は、結構いるんじゃなかろうか。
実際、困っても、行政やらボランテイアの方やらに助けてもらえることも多いんだろうと思う。
それは勿論、いいことなんだろうけど、「それが当然」では、決してない。
こういう時代は、多分、そう長くない人間の歴史から見ても、「一握り」だと思う。
そう思って見ると、野鳥のせわしない動きが、なにやら逞しく、力強く思えた。
小鳥を見て、
「かわい~」
などと言うべからず。
「たっくまし~」
と思うべきなんである、多分、きっと。
-----
--------
TITLE: 関心
BASENAME: 2371546
DATE: 03/07/2006 12:59:42
-----
BODY:
自慢じゃないが、私は、異性からアプローチを受けたことがない。
・・・いや、まったく自慢じゃないと思うけど・・・。
ので、今まで付き合った男性というのは、すべて、私からアプローチして、強引に付き合ってもらった・・・というのが始まりだったりする。
勿論、ふられることもあったし、相手が乗り気ではないのに力づくで付き合い始めることもあった。
ちなみに旦那は、最初、かなり引いてたと思う。
割りと私は直感タイプなんで、その人に惚れるかどうかは、30分も会話をすれば決めてしまう。
で、とりあえずはアプローチをするわけだが、その際、
「こりゃ、あかんな」
と思わざるを得ないことがある。
つまり、相手が私に対して無関心な場合だ。
「好き」と言ってる相手のことに関して、全く興味をもてない。。。というのは、他に思ってる人がいるとか、その人が全く好みじゃないとか、そういうことなんじゃなかろうか。
好きな相手に対して無関心だということは、そうそうないと思う。
人によるとは思うけども。
まぁ、かといって、相手が激しい反応をしたとしても、「ものすごく嫌われてる」場合もあるので、一概に喜べないのだが・・・。
なんでこんな話しをするかというと・・・。
そう、文鳥のチュッチュなんである(またかいな)。
私は勿論、彼女のことをかなり観察していると思う。
ペットを飼う時に一番大事なのは、「観察」かもしれないと思うのだ。
今日の調子はどうか?
こういう場合はどうすれば快適そうにしているか?
そういう日々の観察が、物を言わないペットを飼うためには、必要不可欠だと思う。
で・・・だ。
チュッチュはどうかというと、私以上かもしれないと思うのだ。
す~ぐ怒るし、冷たいし、ほんとひどい鳥!・・・なんだが、私を観察しているということに関しては、間違いなく旦那以上。
朝、どれだけ寝坊しても、8時以降まで寝ていられない。
チュッチュが起こすからだ。
朝日が差すと同時くらいに、鳥は目ざめる。
そして、まず、ご飯を食べるようだ。
で・・・その後、じ~~~~~~っと私を見ているらしい。
私が目ざめた気配を感じ取るや、
「チュチュチュッ!!!チュッ!!!」
と大騒ぎをする。
風邪ひいてたりする時なんかは、流石に眠いので、このけたたましい鳴き声にもめげずまた寝入ってしまうこともある。
すると、チュッチュはまた黙る・・・ようだ。
で、私が寝返りでも打つと、
「チュッチュッチュッチュッチュ!!!!!!」
私を起こそうと、必死になって鳴く。
でも、私が本当に調子が悪い時は、それ以上は騒がない・・・ように感じる。
「運動させたげなきゃな」
と籠から出しても、決していたずらをせず、私の顔の周りをうろちょろして、飼い主の顔を覗き込んでいる。
私と目が合うと、
「大丈夫?」
というように首をかしげる(ええ。親バカです、つっこまないでください。お願い)。
私が元気な時は、籠の外に出すと、体外私の周りをうろちょろして、タイプする手の上に乗ったり、服の中に入ったりするのだが、時々、隣の部屋に飛んでいって隅っこでじっとしていたりする。眠っているように見える。
・・・が、それでも、私が部屋を出ようとすると、慌てたように飛んできて肩に乗る。
このことだけを見ると、私はすご~く愛されているようだ・・・と思う。
でも、私が、
「チュッチュたん、あしょぼ~」
と寄っていっても、相手してくれないこともあるし、
旦那がいる時は、私の側に寄ってもこない。
旦那の手の中で、まったり幸せそうにくつろいでいる。
どうにもこうにも・・・。
なんでこんなに振り回されてるのか・・・と思う。
はぁ。
-----
--------
TITLE: 微熱
BASENAME: 2374411
DATE: 03/08/2006 12:03:32
-----
BODY:
ブログを書いて初めて気付いたことだが、私はどうも、ちょくちょく微熱を出すらしい。
だいたい、
「な~んか、何もやる気がおきないなぁ」
と思っていると、背中が痛くなってきて、熱を計ると7度ちょっと・・・という感じで、熱があることがわかる。
今日も、なんか掃除に手間取るなぁ・・・と思っていたが、買い物の途中にだるさを感じ、家で熱を計ったら、うむ。7度3分。
昨日の午後、やたらくしゃみが出るので、
「杉花粉症を発症したか?」
と怯えたんだが、どうやら風邪だったらしい。
まぁ、掃除とかご飯の仕度とか、必要最低限のこと以外は何もせず、安静にしていたら、すぐ治るんだけど。
・・・・・ただ・・・・・。
もったいないのだ。
熱が出たのが雨の日ならばいい。
「どうせ雨でどこにも出かけられないんだから、ちょうどいいや。いや~、熱が出たのが雨の日だなんて、ラッキーだなぁ。日頃の行いがいいんのね、私。うふっ」
などと浮かれていられるが・・・いや、熱が出た時点で日頃の行いが良いというわけがないことはわかっているんだが、というより、浮かれてる場合じゃないんだが・・・。
今日のように、明日からすっきりしない天気が続くことが予想される、最後の晴れの日、に、熱が出ると、くきぇ~~~っ!!と叫びたくなるほど口惜しいんである。
あんまり口惜しいので、家で出来ることをなんかしたるねん!!・・・と、フェルト細工のサイトをチェックしている私である。
普段なら、絶対フェルト細工なんかしないくせに・・・。
大体、作っても使いようがないんだが。
最近のフェルト細工は、羊毛を固めて微妙な模様を出すなど、かなり凝ってるみたいだが、我が家にそんな設備があるわけはなく、ただ切って縫うだけの細工である・・・から、よっぽど実用的なものを作らないと、絶対使わない、勿体無い。
だから、使うもので、フェルト細工を・・・。
おお、そうじゃそうじゃ。
こないだ旦那に、リップクリームのおまけについていた小さいミラーをあげたんだった。
そのカバーを作ろう。そうじゃ、そうじゃ。
ぐわあぁあああ!!
全く貧乏性だよ、わたしゃ(T_T)
つぅか、寝てろよ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 03/08/2006 21:30:35
昔はフェルトでお人形つくってカバンにぶらさげたりしてました。あの頃はフェルトって1枚70円ぐらいしたので、欠片でさえ捨てずに大事にとっておいたりしてました。だって人形の目ぐらいはできるもんね。
いまでは数枚はいって100円均一、、、。
フェルトで擦ると水垢が綺麗に落ちるってお話、いつか試してみようと思ってますが、なんとなくもったいなくて。
気持ちはわかるけど、寝てましょう~~。
-----
COMMENT:
DATE: 03/09/2006 06:35:12
結局昨日は、いつもより精力的に動いてしまいました(^^ゞ
恩師にさくらのカードを作って出して、手紙も書いて、
CDを一枚焼いて、
フェルトのミラーカラーを作って。
でも、夜は早々に寝たんで、今朝は爽快です(#^.^#)
フェルトは、今は本当に易くなりましたよね。
私も子供の頃は、大高輝美さんのフェルト人形の本を見ながら作ってました(~_~)
あの頃は、本当にはぎれまで大事にとってたなぁ・・・。
-----
--------
TITLE: 靴擦れ
BASENAME: 2377478
DATE: 03/09/2006 12:52:17
-----
BODY:
ジーンズはどこから破れますか?
膝ですか?お尻ですか?裾から破れますか?
私は、内股から破れます。
どうせ太ももが太いのよっ!うわぁあああん!!
・・・じゃなくて。
まぁ、ジーンズなんてのは、そうそう破れるものじゃないし、破れてもしばらくは問題なく履くことも出来るから、それはそれほど問題じゃない。
ぱっつんぱっつんに太っている時は、内股が破れたら、皮膚がすれて・・・いわゆる「股ずれ」状態になり、歩きづらかったりすることもないこたぁないが、そこまで太ってたのはほんの一時期のこと。
スカートやら、セーターやらが破れていると、なんかびんぼくさいが、ジーンズだけは、破れていても「ファッション」として許されることもあるので、破れた後もかなりの間、履いている。
ジーンズ1本あれば、3~5年程度はもってると思う。
問題は靴だ。
私は、踵が硬いのかなんなのか、とにかく、靴の踵部分がすぐに破れてくる。
すると、スポンジがはがれ、中の硬い部分が露出してしまう。
割りと着るものに気を配らないタチなんで、気付かずに履いていると、靴下の踵部分がすぐ破れるようになってくる。
で・・・恥ずかしいことに、靴下が破れていることに・・・気付かないことが多い。
親指のところが破れてたりしたら、そりゃ目につくから気付くけど、踵って、結構気付かなくないですか?
で、そのまま踵の破れた靴下に踵の硬い部分が露出した靴を履いて、わしわし歩いていると、当然のことながら、靴擦れしてしまう。
その段階で、やっと、
「そろそろ靴を替えなきゃ」
となる。
これが、大体、3ヶ月。
靴ってどれくらいもつもんなんだろうか?
安物ばかり履いてるからいけないのかと思って、一度、奮発して、上等のスニーカーを買ったことがある。
といっても、アウトレットで買ったんですけどね(笑)
ま、とにかく、良いものを買ったので、布も、縫製もしっかりしているはずだ。
でも、やっぱり3ヶ月ほどでダメになった。
普段買っている靴の5倍以上だして買ったんだから(定価は、10倍くらいするはず)、最低15ヶ月は持ってほしかった。
そんなわけで、
「どうせ破れるものなんだし」
と、1000円程度の靴を履きまわしている。
で、3ヶ月に1度、靴擦れすることになるわけだ。
これが痛い!
家から20分ほど離れた場所で靴擦れに気づいても、家に帰るまで、後20分歩かなきゃならない。
これが、結構拷問なのだ。
3Dワイズの靴(私はこれ)だとか、伸縮性がどうたらな靴とか、最近は、足に優しい靴がたくさん出ている。
なのに、「踵が破れにくい靴」というのがいつまでたっても発売されないのはどうしたわけか。
そんなに需要がないってことなのかなぁ?
-----
--------
TITLE: ファンタジー
BASENAME: 2379961
DATE: 03/10/2006 09:29:00
-----
BODY:
世の中にはいろいろなファンタジーが溢れている。
例えば、「ナースは優しい」なんてのもその一つ。
確かに、かなりの奉仕精神が必要だとは思うが、奉仕精神が必要のない職業なんてあるか?
私のごく近辺に、現役ナース及び元ナースが3人いるが、彼女らの印象は、
「タフじゃのぅ」
というのが正直なところ。
人の死に日常的に接する仕事だけに、ある程度精神力が強くなければやってけないんじゃないかと思う。
仕事の内容も、重労働だ。
優しいというより、タフだと思う。
そして、人妻。
毎日山ほど届くSPAMメールを見ていると、どうやら、
「人妻は、性に飢えている」
というファンタジーがまかり通っているらしいと思う。
「裕福な人妻が割り切った関係を望んでいます」
てなSPAMメールが多いこと。
友人達と話している感じでは、確かに、人妻の「浮気願望」は0じゃないとは思うんだが、その実情は、
「オダギリジョー(が人気だと最近知った)レベルの男が熱心に言い寄ってきたら考えてやってもいい」
という、かな~りタカビーな態度だ。
私はといえば、
「佐藤浩市が上司で、一緒に得意先に謝りに行ったとしたら、その帰りの車の中で、
『今日の部長謝りすぎでした。でも・・・素敵でした』
くらいのセリフは言ってもいい」
という、極めてえらそうな態度である。
もし、上司が佐藤浩市ではなく、もっと一般的な男性だったら、帰りの車の中で鼻くそくらいほじくってると思う。
いやまぁ、勿論、部長が謝罪が自分のミスに起因するのではなければ・・・だが。
現実的な人妻なんて、そんなもんだ。
確かに、まだ、乙女チックな恋愛願望もないこたぁないだろうが、それは、想像の中でも十分事足りる。
それよりも、現実の方が大事なのだ。
そりゃそうだろう。
そこそこ安定した生活をしている人妻ならば、その生活を守りたいと言うのが、まず第一の願いなはず。
どんな人間かわからん男を相手にしようなんて賭けには出るはずないっつぅの!
生活が安定しなけりゃ、忙しくて浮気どころじゃなかろうし。
・・・大体、私の周囲だけかもしれないが、配偶者とうまくいってない人妻の比率なんてそんなに高くないと思うんだけど・・・。
実際どうなんだろう?
だって、好きで結婚したんでしょう?
勿論、現実に満足せず、幻想の世界に逃げ込んでいる人妻もいるんだとは思うが・・・。
そういう人妻と「割り切った関係」が保てるはずないぞ!男性諸君!
なんでこんなことを言い始めたかというとだ。
「幻想」に騙されている人間が、身近にいることを知ったからなんである。
母からの電話。
いつものとおり、いろいろな話しの後、
「仕事あげるからって呼び出されても、ホイホイ付いていったらあかんよ」
「はぁ?」
「何か貞操に間違いがあったらあかんから・・・」
「はぁ?いや、私らの仕事って、普通に募集広告を見て、履歴書送って、採用されたら仕事・・・っていう手順やで?」
「そやかて・・・いろいろあるんやろ?」
「はぁあああああああああ????」
私の仕事は、所謂「自由業」。
ライターというやつである。
私の職歴を言うと、
短大卒業後、所謂大手金融機関に2年半勤務。
中堅の上の出版社に契約社員として1年。
小さい特許事務所に8年。
で、今、ライターをやっている。
浅い私の経験の中では、
「会社組織がしっかりしていればいるほど、社員の性は乱れて」
いたんだけどなぁ。
一番、性的に乱れていたのは、大手金融機関だった。
女性の比率が高く、転勤が多く、給与がバカ高い。
んもう、むっちゃくちゃだったですよ?
何股かけてるんだか把握できない同期の男の子がいた。
私は、女の数に入れてもらえてなかったので、女の子から相談を受けて知るのだが・・・。
私が相談受けただけでも、4人。
声かけられたけど断ったという女の子も3人。
実際は、多分、それ以上だと思う。
私は、同年代の男の子からは本当にモテないんだが、上役から、結構しつこいセクハラを受けた。
気の弱い子にいかないあたり、それほど悪質じゃあないと思いはすれどもしつこかった。
まるで私と性的関係があったかのようなことを、酒の席で言いふらすというのはまぁ可愛いもん。
鬱陶しいのは、宴会の度に触ってくることだった。
服の上から触るのはまだ罵声だけで済ますのだが、スカートの中に手を突っ込まれた日にゃぁ、無言のまま座布団で殴り倒してしまった・・・のはまだ、許す。
許せなかったのは、次の日、他の上司から、
「あの人は君に甘えてるんじゃないか。もっと母のような広い気持で接することはできんか?」
と言われたこと。
直接的な原因ではないが、これは、仕事を辞める決心を強くさせた。
当時(20年近く前)は、こういうことがあっても泣き寝入りせにゃならんかったですよ。
ですから、女性の台頭に対しての賛否は両論あるでしょうが、この意味においては、大きな進歩であることは間違いありません。
次の中堅出版社は、そこまでひどくなかったが、
ある次長が外出すると、必ず財布を忘れ、部内の決まった女の子に持ってこさせる・・・ということはあった。
女の子は、その後たっぷり半日は戻ってこないんだが、それについて公に質問することはタブー。
う~ん、隠微だ。
まぁ、当該女の子によると、御茶に付き合わされるだけみたいだけなんですけどね。
しかしまぁ、そういう「私用」で社員を使うことが許される雰囲気はあったわけだ。
で、次の事務所。
所長の性格もあるだろうが、全く健全なもんだった。
小さい事務所だから、社員間でゴタゴタしてちゃ、仕事が回らず、事務所の存続に関わるということもあるだろう。
確かに「アットホーム」ではあったけれども、恋愛に関しては、極めて事務的であった。
今の仕事も、正直、カツカツでやってるクライアントがほとんどではないかと思う。
私的な事情から、仕事を回す余裕はないと思うぞ~。
少なくとも、今仕事をくださっている仕事主さんは、非常に事務的な人である。
ちゃんと仕事をしなきゃ仕事がもらえない、それが「自由業」ってなもんだと思うんだが・・・。
いやそもそも、私は今年、38歳。
客観的に見て、女としての商品価値があると思うんだろうか?我が母は。
・・・親ってのはそういうもんなのかもしれないが・・・。
世の中に、ファンタジーは氾濫していると思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かずしげ
DATE: 03/11/2006 14:05:14
う~ん・・・・
色々ありますねぇ。。。。。
追伸
おばちゃんと言うから、いくつかと思ったら・・・同い年やんか!(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 03/11/2006 22:36:13
はじめまして・・・と思ったら、ブックマークしてくださってたんですね。
すんません、そこらへんが、イマイチ疎くて、どうにもこうにもいやはやなんとも。
ちゃんとブログの機能を把握せんとと思いつつ、全くよくわかってない段階で、トホホのほ。
さてさて。
同い年ですか。
ということは、おっちゃんですね・・・いやいや、すんません。
もう、この年になるとねぇ。
男とか女とかじゃなく、「わたしゃおばちゃんやねん!」と開き直りたいんですわ。
もう、女とか男とかめんどくさくてめんどくさくて・・・枯れてますなぁ(T_T)
しかし、食事会、楽しそうですね。
大阪かぁ・・・次の食事会はチェックしときます。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かずしげ
DATE: 03/20/2006 11:01:00
今夜は東京、週末は福岡でオフ会です。
いかがですか?(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 03/20/2006 15:37:43
お誘いどうも!
・・・って、東京と福岡ですか(^^ゞ
たははは(笑)
福岡には一度行きたいんですけどね。
-----
--------
TITLE: 妖怪
BASENAME: 2383090
DATE: 03/11/2006 13:01:11
-----
BODY:
私が子供の頃・・・30年前・・・には、まだ、「妖怪」はいた。
勿論、科学万能が叫ばれている時代のこと、私の親世代はそんなもな信じちゃいなかった。
が、祖父や祖母は・・・しっかり、妖怪の存在を信じていた。
例えば、友達と川で遊ぼうと出かける時、祖父には、
「深いとこにいったらあかんど。河童に引っ張られる」
といわれた。
勿論、それは、祖父流の注意の仕方で、
「溺れないように、浅いところで泳ぎなさい」
という意味なのかもしれないが・・・。
それでも、そういうことを言って笑われない雰囲気はあった。
「タヌキに化かされた」なんて話しも、普通にあった。
近所のおじさんが、宴席の帰り、池に浸かって、
「ええ風呂や~」
と目を細めていたというのだ。
勿論、お土産のお寿司はなくなっていた。
油揚げじゃなかったのが、ちょっと惜しい感じだ(笑)
夜、わんこの散歩をしていると、
「ぎゃああっ!」
と喚いて飛ぶ鳥がいる。
うちの近所には古墳が多いからか、青鷺が群生しているのだ。
大きさもかなりのものだから、夜、彼らの姿を見ると、確かに、「禍々しい」という印象を受ける。
妖怪にも「青鷺の火」というのがあって、年老りた青鷺は、光るようになるという。
昨日、本屋で、「鳥山石燕画集」が、角川文庫から出版されていたので、購入してきた。
鳥山石燕の名を知らない人でも、彼が書いた百鬼夜行図などは、一度は目にしたことがあるだろう。
「橋姫」「がんばり入道」など、本当によく見かける。
私は結構な数知っているつもりでいたが・・・。
いやいや、所謂「憑喪神」の数の多いこと。
どんな道具でも、古くなると化け物になるようだ。
すりこ木・琴・箒・・・家にある道具は、どれもこれも化け物と変ずる。
う~む・・・それなら、古くならないうちに捨てなきゃ!
・・・いやいや、そうではないのである。
道具はただ古くなったからと化けるのではない。
古くなって、人から見向かれなくなって初めて、「化ける」のだ。
つまり、古くなっても、人から大事に使用されていたら、その道具は、「化けない」。
昔の人が、それだけ道具を大事にしてきたということだろう。
そして、こう考えていたということがわかる。
「道具は、使われることが嬉しいのだ」と。
人に対する感情は自分に対する感情を映す鏡だから、人間は、自分が人のために動くことを嬉しいと感じるものだということかもしれない。
誰かから、笑顔で「ありがとう」といわれて嬉しくない人は、そうそういないと思う。
疲れている時は、気分が苛立っていてそう思えないかもしれないけど。
今は忙しい人が多いから、昔と人の心が変わってしまったように思われがちだけど、実際、本当のところはそんなに変わっちゃあないと思う。
妖怪の存在感がなくなってから久しいけれど、人間の心の中をじっくりと発掘すれば、多分、まだ妖怪はイキイキとそこに存在しているんじゃないか、なんて思った。
-----
--------
TITLE: 雨の日曜日
BASENAME: 2385986
DATE: 03/12/2006 13:08:01
-----
BODY:
どうせ、今日は、
旦那は仕事だし、
文鳥は卵を産むつもりらしくやたらだるそうにしているし、
だらだらしてたから、用事が終わったらもうこんな時間だし・・・。
雨が降ってようが、晴れてようが、出かけられなかったわけで、
今日の雨は、心静かに眺めていることが出来るというわけである。
はっはっは。
痛くも痒くもないんだよ~~ん。
とか言って、だらだらしてたらあっという間に一日が終わってしまうので、来週こそはどこか出かけようと、調べ出した。
ところが・・・面白そうなものがひとところに集まっていないのである。
まずは、とりあえず、行ったことのない場所に行ってみたいと探し始めた。
・・・が、旦那がマメに運転手をしてくれるおかげで、ほとんどのところは
「行ったことがある場所」
なんである。
「行ったことがない場所」は、「遠くで日帰りしづらい場所」なようだ。
そんじゃ、行ったことある場所でもいいから、面白いイベントのある場所を探そう・・・と思ってみていると、三宮にある大丸で、私好みの画家さんの展示会をやっている。
それから、久しぶりに、海遊館にも行ってみたいと思う。
動物園に行くのも良いかもしれない。
生き物を見ているとリラックスするし、ついでに美術館を覗いてもいい。
あと、海南市を散策というのも面白そうだ。
・・・が、なぁんか決定打に欠けるんだなぁ・・・。
そんじゃ、その決定打になるものはなにかと考えて見ると、まぁ、多分、食事なんだろうと思う。
「これが食べたい!」
ってのがあれば、ウキウキ出かけることが出来るんだけどなぁ・・・。
今、自由に思うままに食事をすることがままならない状態なのだ。
この冬肉が悪いのよっ!!!!!
てなことで、まぁ、多分、海遊館か、海南市あたりに行ってくると思います。
-----
--------
TITLE: 船旅
BASENAME: 2389936
DATE: 03/13/2006 18:13:51
-----
BODY:
ということで、海遊館へ行ってきました。
ジンベェザメのことなどは、また明日に書くとして・・・。
入場券を買おうとした時、目に入ったのが、
「サンタマリアセットチケット」3200円也。
海遊館の入場券が2000円。サンタマリア号乗船券が1500円だから、別々に買うより、300円お得になる。
知ってる人は知っているだろうが、サンタマリア号とは、ユースケ・・・ではなくて、コロンブスがアメリカ発見に繋がる冒険航海の際、命運を共にした船の名である。
つまり、「ジパング」を目指した船の名でもあるわけだ。
というわけで、日本に関係が深く、新しい発見にも、冒険にもご縁のある船の名なのである。
う~む、ロマンだ。
なんやかんや言うて、海遊館に来るのは、公私合わせて5度目。
サンタマリア号に乗船したことは一度もないので、話のタネに乗ってみるか、と、セット券を購入した。
で、まず、海遊館を一周してから船に乗ったわけだが・・・。
いや~、見事に、カップルばっかしだった。
老若はあるものの、見渡すばかりカップル。
そうか、クルーズは、デートコースの一部として人気なのだなぁ。
思い出して見ると、私が船に乗る時は、大体一人だった。
瀬戸大橋と平行して渡る船(名前忘れた)に乗ったのは、一人旅の途中だった。
船を見るためだけに乗ったので、乗船中、ず~~~っと橋を見上げていて、首が攣りそうになったものだ。
これは、岡山と四国を結ぶ連絡船でもあるから、乗客はカップルばっかじゃなかったと思うが・・・。
橋しか見てなかったらしく、全然覚えてない。
船は他にも乗ってると思うが、もう一つ、はっきり覚えているのは、琵琶湖の中に浮かぶ、竹生島への連絡船だ。
都久夫須麻神社参拝のための旅だったが、これも一人だった。
家から遠い上に、掃除をすませてからの外出となるため、乗ったのが最終便に近かったからか、ガラッガラだった。
私以外に乗ってたのは、島に住むおばちゃんらしき女性一人・・・だったんじゃなかったか。
余呉湖に残る、羽衣天女伝説がアナウンスされていた。
余呉湖の羽衣天女は、実は、ものすごい有名人を産んでいるのだ。
誰かご存知?
なんと!
菅原道真公である。
つまり、菅原道真公というのは、かなり伝説の多い人物なのだ。
「本朝神社考」では、妖精のような姿で表れたことになっている。
・・・話しが逸れるが、ということは、どれにしても菅原道真公についての「史実」は、眉に唾をつけて聞いたほうがいい・・・ということかもしれない。
雷神になったことだけでなく、「太宰府左遷」が、本当に「左遷」なのかどうかを疑う説も聞いたことがある。
とにかく、一筋縄で考えてはなるまい。
閑話休題。
ということで、こんなにカップルにまみれた船の旅は、今回が始めて。
最初は船内でカップルに混じって風景を眺めていたが、いまひとつパッとしないので、甲板に出てみた。
「どう~せカップルばっかしだろうよ!」
と、多少やさぐれていたのだが、なんと!
誰もいないんでやんの。
今日は寒かったからねぇ~。
ビバ!寒気!ビバ!雪!!!!!
・・・とはいえ、舳先のところで潮の香りを嗅ぎながらぼんやりしていると・・・
人目を気にせず、「タイタニック」をやろうとしたカップルが一組だけやってきたが、女の子が重かったのか、男の子が非力だったのか、持ち上げられずに、しょんぼり帰っていったのであった。
いやはや、実行に移す前に考えろよ、とは人のこと言えないが・・・。
かっちょわり~ぞ~~~。
鍛えろよ~~~。
さてさて、今日は寒かったので、トリップするにはちょっと厳しすぎたのだが・・・。
波に揺られるというのは、なかなか幻想的な体験だ。
サンタマリア号は、しっかりした動力を持つ船だから、波に流されることはない、とわかってはいても、不思議な無力感に捉われてしまう。
日本には、「えびす様」という神様がいる。
七福神の中で、日本由来の神様は、このえびす様だけだと言われている(大黒様が大国主命だとすれば話しは別だが)。
この神様、宝船と共に描かれる時は、鯛と釣竿を持つほがらかな神様であるが、神社に鎮座まします「えびす神」は、多くの場合、「漂着神」である。
つまり、海から流れ着いた神なのだ。
船乗りさんが、水死体を「えびす」と呼ぶのはこういう事情からきたものだろう。
漂着したものを「神」と呼ぶ例は他の国にもあるのだろうか?
私は寡聞にして知らない。
異国から流れ着いたものには、なにやら不思議でありがたいものが多かったから、漂着したものを「えびす」と呼んでありがたがったのかもしれない。
が、私はそれだけじゃないと思う。
他の国でもそうであろうが、特に日本人は、「他人」の目線でものを見ることを、ごく自然に行ってきた民族じゃないかと思う。
日本人のいう「和」は、そのことと決して無関係じゃないだろう。
往古の日本人は、「漂着した神」の視線でものを見たのではないだろうか。
遠くの地からはるばるやってこられた神様。
その神が、生まれた地を離れたのには、何かワケがあったに違いない。
例えば、えびす神と同一視されている、蛭子命は、手足がしっかりしないということで、父母から葦の船に載せられて捨てられている。
えびす信仰とは、
そういう、「辛い目に合った神」「長い辛い旅を終えて辿り着いた神」を、大切に斎き祭り、安堵していただこうという、
また、不幸を知る神ならば、民の不幸にも共感してくださるのではないかという、
寛容で温かみのある信仰に根ざしているのではないかと思う。
波に浮かんで、揺れる景色を眺めていると、なんの悲しみもなくても、心に、なんともいえない寂しさが浮かび上がっている、不思議なものだ。
そして、地上に降りた瞬間、大地に受け入れられた安堵感に、胸をなでおろすのだ。
私は今日、密かに、えびす神になっていたのかもしれない。
-----
--------
TITLE: 海遊館
BASENAME: 2392301
DATE: 03/14/2006 12:25:48
-----
BODY:
大阪に行くなら、海遊館にいかなきゃ!
という人は結構多いかもしれない。
多分、大阪の観光スポットとしては、USJと並んで有名な場所だろうと思う。
私は大阪に住んでいるので、ここには既に、5回来たことになるが、それでも、
「また来よう~っと」
と思う。
入場料2000円。
普段、山やら神社やらで時間を過ごすことが多い私としては、
「遊ぶために2000円」
というのは、かなり、バカ高く感じる・・・が、それでも、
「また来よう~っと」
と思うのだ。
なぜなら、ここには、ジンベェザメがいるからだ。
この水族館には、たくさんの目玉がある。
まず最初に目につくのは、アクアゲート。
自分の目の上をサカナ達が泳いでいくなんて体験は、そうそうできるもんじゃないから、これは、なかなかの見物だ。
そして、ラッコ、あざらし、イルカ、ペンギン、まんぼうなど、「人気者」がたくさんいる。
ラッコは本当に可愛らしい。
水の上で回転したり、泳いでみたり・・・その仕種すべてを、あのきょとんとしたような可愛らしい表情でやってのける。
あざらしも、イルカもペンギンも、なんだかリラックスして、とても楽しそうだ。
まんぼうは・・・なんというかかんというか。
何を考えてるんだかようわからんが、とにかく、のほ~ん、とほ~ん、ぼほ~んと浮かんでいる。
なんというか・・・脱力。
しかし、それら水棲動物すべてが、もし、この水族館にいなくても、私はここにやってくると思う。
なぜなら、ここには、ジンベェザメがいるからだ。
彼(か彼女かは知らないが)の、どこに、そこまでの引力があるのかはよくわからない。
目は・・・どちらかというと、うつろだし、大きな口は無表情に横一文字に開いているだけ。
何か芸をするわけでもない。
ただ・・・、様々な魚を引き連れて、周りの何をも気にせず泳ぐ姿は、何かしら、私の心に印象を残すのだ。
彼のお腹にはいつも、コバンザメがくっついている。
そのことを、彼はどう思っているのだろうか?
彼の周りには、いつも十数匹の魚が戯れている。
そのことを、彼はどう思っているのだろうか?
どう~も思ってない。
そういう気がするんである。
欲もなければ、憎悪もない。もしかしたら快楽さえないかもしれない。
彼は、ただ、泳いでいる。
そんな印象を受けるのだ。
生きること。
言うまでもなく、一生の中で最重要事項だ。
感情というものは、「生きていく」ためにあるんじゃないだろうか。
「楽に生きていけるから楽しい」
「生きていくために苦労が必要だから苦しい」
「生きていくためのパートナーが出来て嬉しい」
結局、感情は、
「生きていくために」
があってこそ生まれてくるものなんではないかと思う。
勿論、感情というのはとても複雑なもので、そればっかりではないのだけれど、根本は、「生きていくために」ではないかと思うのだ。
ジンベェザメの、ゆったりとした泳ぎを見ていると、そのことを改めて思い出す。
この日・・・、よほどこのところの日頃の行いが良かったのか、ジンベェは、私の目の前を何度も通り過ぎてくれた。
私が上階にいる時は、上階のガラスの前を、
中階にいる時は、中階のガラスの前を、
下階にいる時は、下階のガラスの前を、本当にガラスギリギリのところを、ゆっくりと旋回していった。
目があった・・・と思ったのは、多分、私の勘違いだろう。
「なぜ泳ぎ続けなければならないのだろう・・・なんて考えない。今は泳ぎ続ける力があるから泳ぎ続ける。力がなくなるまで泳ぎ続ける」
そう語りかけられたような気がしたのは、勿論、私の幻聴だ。
が、無意識にでも、このメッセージを、この大きな魚から受け取ってきたからこそ、私は、何度でも、このちょっと高めのレジャー施設に脚を運んだのだと思う。
「生きる」と一言で言っても、単純なものではない。
どういう生き方をしたいか、は、人それぞれだから。
でも、
「ただ、生きていられるから生きている」
そういう人生もアリなのだ。
そう考えると、なんだか肩の力が抜ける。
ただ、肩の力を抜けるだけか・・・とバカにするなかれ。
この「肩の力を抜く」ということが、存外に、活力を与えてくれるのだ。
ということで、明日は、また出かけます。
一人旅の楽しさを思い出してしまったなぁ。
-----
--------
TITLE: 御田植え祭り
BASENAME: 2395969
DATE: 03/15/2006 18:32:09
-----
BODY:
天気がよかったので、春日大社の御田植え祭りを見学してきた。
本当は、海南市に行こうと思ってたんだが、金曜日に呑み会が入ったので、少し財布の紐を引き締めるために、近場に変更。
・・・実はそれが幸いしたのだが・・・。
ま、それは置いとこう。
神事の始まりは10時だが、いわゆる「祭事」の始まりは、11時。
私が、JR奈良駅についたのは、10時10分過ぎ。
春日大社本殿前についたのは・・・10時45分ごろ。
駅から本殿前まで30分近くかかる・・・ということは、重々承知しているはずなんだが、何回参拝しても忘れてしまう(^^ゞ
まぁ、とりあえず祭事には間に合った。
御田植え祭りというのは、田植え前に、今年も無事田植えをさせていただけることを感謝し、今年の豊作を祈る祭りと総括してしまって、そう問題はないと思う。
稲苗に擬した松の葉を使って、田を耕し、畝を立て、稲を植える所作をする・・・という次第は、多分、どこの「御田植え祭り」もある程度共通してるんじゃなかろうか。
ここに、例えば、飛鳥坐神社の御田祭では、男女交合の所作をし、田の神の発奮を促したりする。
春日大社の御田植え祭りの場合は、八人の巫女さん・・・所謂、八乙女が、田植えの所作をしていた。
これがなかなか不思議なのだ。
雅楽の演奏と、「や~れぇやぁれぇ」という掛け声に合わせての舞いは、多分意味があるのだろうが、それは私にはよくわからない。
一箇所だけパタリロの「クックロビン音頭」のような所作があって、それがなんとも場違いな感じだったが・・・。
不思議だと思ったのは、松の葉の苗を植えた後、上から何かを撒いていたこと。
後で確認したら、稲籾と角切りにした餅らしい。
稲を植えた後に、その上に、「なった後のもの」を撒くというのはどういうことだろう?
稲苗を「子供」としたら、稲籾は「赤ん坊」、餅は成熟しきった「実年もしくは壮年」というところか。
それとも、稲籾や餅も何かを擬しているんだろうか?
祭事は約30分ほど。
これが、まず、本殿前、榎本神社前、そして最後に若宮前にて斎行される。
若宮神社がかなり重要な位置にあるかわかる。
私が面白いと思うのは、祭りというのは、「繰り返し」であるのだということ。
例えば、清見原神社では、節分に翁の舞いが舞われるというが、これは、天武天皇の時代、吉野の翁が天武天皇のために舞いを舞ったからだというが、これを毎年繰り返すというのが面白い。
祭りについて、
「故事にちなんで・・・」
という説明をよく見かけるが、これもつまりは、「故事の繰り返し」だ。
・・・こう言ってしまうと甚だ乱暴だが、人も神も「変化を好まない」のかもしれない。
私は、今、幸せだと思っている。
が、それは、「幸せだと思うことで、一歩前に踏み出すことを拒んでいる」だけかもしれない。
そう疑ってみることは、無意義ではなかろう。
疑ってみて、それでもなお、「やっぱり幸せじゃん」と思えるなら、それに越したことはない。
やっぱ私、幸せじゃ~ん、やっぴらっぴはっぴ~!
とはしゃげる。
もし、「ここは幸せじゃない」と思うなら・・・祭りの手順は変更可だ、と思う。
で、今日、なんで近場に行って正解だったかというと、祭りの後、昼ごはんを食べてたら、仕事の電話がかかってきたのだ。
去年の11月に送った原稿についての問い合わせだった。
「今出先ですので、今晩中に調べて折り返し連絡します」
と答えると、
「それじゃ間に合わない。今すぐ連絡をくれ」
との催促。
この仕事、私がショプオーナーさんにOKをいただいて原稿を書き、クライアント側で記事にするというもの。
11月末に原稿をあげて、予定通りならば、1月末には記事になってたはずなんだが、クライアントの方で埋もれてた・・・ということで、記事掲載が遅延していたもの。
この状況で、
「今すぐ確認しろ!」
って、なんちゅう横暴な、ムカチ~ン!!!
その後もいろいろと、なかなか意志の疎通が図れなかったりして、イラッ!!
・・・となったわけで、思わず短気な対応をしそうになってしまったが・・・。
こういう短気な「変化を求める態度」は、いかんのである。
前向きな変化をするのは、かなり難しいことなのだ。
いやはやなんともはや、やれやれ。
-----
--------
TITLE: 空模様
BASENAME: 2398136
DATE: 03/16/2006 12:44:19
-----
BODY:
女心と秋の空・・・という。
また、
男心と秋の空、ともいう。
三省堂の「大辞林」ではどちらも記載されているが、
「女心と~」を引くと、
(元来ハ「男心と秋の空」変ワリ易イコトノタトエ)
と、注釈されている。
つまり、男心も女心も、変り易いということだろう。
ちなみに、小林一茶は、自分の心のことを秋の空に喩えた歌を詠んでいるはず。
勿論のことながら、小林一茶は男である。
やはり、秋の空は、男心に擬えられたのが、本来のことなのだろう。
そして、同じ対ならば、秋の空のことを言えば、春の空のことも言わねばなるまい。
春の空も変り易いっ!!!!!!
今日も雨。
「昨日の晴れは、嘘だったの?」
と言いたくなるばかりの、鬱陶しい天気だ。
・・・とgoogleで、「女心」を検索してみたら、
「女心は四月の空のごとし」
という言葉もあるらしい。
秋の空のイメージが男心なのならば、女心のイメージは春の空なんだろう。
女が春で、男が秋。
春は男も女も、(花粉症以外の人は)なんとなく、外へ出かけたくなったり、食べもしないのに土筆を摘みにいったり、おたまじゃくしを捕まえにいったりしたくなるもので、なんとなく、楽しげ。
男も女もそれぞれに似合うといえば似合う。
まぁ、お花畑をイメージしちゃうと、どうしても、白いワンピースの美少女以外は、そこに置きたくなかったりするが・・・。
これは、男は除外するにしても、ほとんどすべての女性も除外されちゃうから、まぁ、ほっとんど公平だと思う。
大体、「お花畑に似合うのは、白いフリルのシャツを着た美少年でしょっ?!」とおっしゃるムキもあるだろうし。
春の空は、そのまんまでも、男心とも女心とも、似合う。
それじゃ、秋は?というと、秋に似合うのは、圧倒的の女性だと思うんだが、いかがでしょうか?
だって、馬肥えるわけだし、うろこ雲だし、秋風だし。
しかし、「変り易い」という意味では、「男心」と似ているんだろう。
そして、変わり易さでは、女心も一緒。
つまり、人の心とは、変り易いものなのだ。
うまくしたもんだと思う。
人は、変化を好まないのかもしれないと思う。
日常に、小さな変化があると、人はいらだち落ち着かなくなる。
もし、心が変り易いものでなければ、人の生活は、ほんと~にっ!変わり映えのしないものになっているのではないか。
心が変わるからこそ、
「生活を変えなきゃ」
と思うんじゃなかろうか。
変り易い心やよし!!!
とはいえ、変り易い空までよしとは思えないところが、また、私の身勝手なところなんである。
そりゃさぁ、毎日雨ばっかでも困るし、全く雨が降らなくても困るんだけどさぁ。
こう、私に都合よく、雨が降ってくれないもんかと思う、わがままな心は、変わってくれないんである。
-----
--------
TITLE: 樹木
BASENAME: 2400947
DATE: 03/17/2006 17:04:15
-----
BODY:
今年の正月に活けた花は、本当に長持した。
3月の初めまで、ガーベラの首が落ちなかったということにも驚いたが、これは、自然とドライフラワー化していたのかもしれない。
あまりに首が落ちないので、不審に思って、花の首あたりを探ってみると、硬くなっていた。
しかし、もしそうだとしたら、色鮮やかなままドライフラワーになったことよ、と驚く。
玄関は、結構日当たりもいいのに。
さて、その中でも、特に驚いたのが、銀色にペインティングされた名も知らぬ樹だ。
千両は、赤い実がわんこの気に入ったのか、気付いたら、わんこが食べ散らかしていた。
・・・これも、植物としては、そう悪くない最期かもしれない・・・。
南天や松や梅などは、結構早くに処分してしまっていた。
銀色にペインティングされた樹だけは、ガーベラの副えとして、いつまでも一緒にグラスに活けておいたのだが・・・気付いたら、根が出て、新芽まで出していた。
こうなると、棄てるのは可哀想だ。
ということで、100円ショップで植木鉢を買ってきて、植え替えてみたのが、先週のこと。
根が傷まないか、うまく根付くか、と心配したのだが、今日見たら、新しい新芽が出ていた。
うまく根付いてくれたらしい。
植物は、体の一部が残っていれば、新しい命を芽吹かせることが出来る。
それは、それだけ、その構造が、複雑ではないということだろう。
植物は、自分で動くことも出来ないし、声を発することもできない。
その代り、
「生きよう」
とすることで、喜びを表現しているのではないかという気がしてしかたがない。
昔、草木染をする人から聞いたことがある。
さくらの美しいピンクを出す方法が一つだけあるのだそうだ。
さくらの花びらで布を煮詰めるのではない。
桜の樹皮で煮つめるのだそうだ。
いつでもいいわけでもない。
桜のつぼみが脹らむころ。
そのほんの一時期だけ、樹皮から美しいピンク色が染まるのだそうだ。
花を咲かせるために、花を美しいピンクに染め上げるために、樹全体で準備しているのだろう。
樹木が幸せでなければ、美しい花が開くわけはない。
そんな気がする。
もちろん、どういう時に樹木が幸せなのかは、私にはわからない。
太陽光線の量とか、風の具合とか、虫がついてるかどうかとか、もしかしたら、誰かの賛美の言葉とか・・・いろいろなものが、樹木の感情に訴えかけているのだろうと思う。
それは、人間に計り知れるものではないのかもしれない。
だからこそ、私は、美しい花を喜びたいと思う。
-----
--------
TITLE: すっきりしない
BASENAME: 2403276
DATE: 03/18/2006 12:23:26
-----
BODY:
話題がなくなったら天気の話しでもしとけ!
・・・というわけじゃないんだが、本当に天気がすっきりしない。
まぁ、今週の土日も旦那は仕事だし、私はといえば春日大社の御田植え祭りの時、寒い中立ちっぱなしだったのがいけなかったらしく、くるぶしを傷めてしまい、歩くと軽い痛みが走るという状況なので、
「雨で出かけられない!」
という不満はないんだが・・・。
そうとしても、ぐずぐずした天気はやっぱり嬉しくない。
わんこの散歩の時など、わんこが濡れないように傘を差しかけていると、私が濡れる。
しかもそこまでしてもらってるというのに、わんこのあほだらは、ちょっとでも体が雨で濡れると、
「ぶるぶるぶるぶるっ!!」
と身を震わせる。
当然、その水滴は、側にいる私にかかる。
おいっ!!!!!!
・・・・・なんにせよ、雨は嬉しくない。
水不足にならない程度に抑えて欲しいものだ。
来週の水曜日はまた、友人と出かける予定があるので、この土日の間に、家の中で出来る用事は済ませておこうと思っているんだが・・・。
天気予報では、水曜日も雨。
そう思うと、やる気が出ないんである。
これだけ文明が進化しているんだから、「外を歩いても決して濡れない魔法の発明」ってのを、誰かがしてくれないものか。
例えば、透明のテントみたいな装置とか・・・人ごみに入ったら迷惑だろうな・・・。
大体それじゃあ、足元が濡れるのを防げない。
そうだ、いいことを考えた。透明のビニールで出来たボールはどうだろう。
人間はその中に入って、中で前進をする。
そうすると、ボールは転がって前に進む。
言ってみれば、人間用のハムスターボールだ。
問題は、換気をどうするかと、あと、ボールに泥水がついて見通しが悪くなりはしないかということだろう。
あと、やっぱり「なるべく邪魔にならない形にする必要はあると思う。
見通しについては、撥水効果の強いボールにすれば、ある程度はクリアできるような気がする。
球形にせずに、うすべったい円柱形にすれば、それほど邪魔にはならないような気がする。
そういう形ならば、換気装置を円部分にとりつければ、換気の問題もOKじゃなかろうか。
あとは操縦性の問題と、道路を滑らないような素材を見つけることと・・・それくらいじゃないかなと思うんだけどな。
採算とれないかしらん。
でも、そういう装置があったら、私は、欲しいなぁ。
-----
--------
TITLE: 足痛
BASENAME: 2406043
DATE: 03/19/2006 12:46:46
-----
BODY:
くるぶしの筋を違えているようだ・・・とわかりながらも、さくさく出かけていたのが悪かったのか、今朝起きて、歩こうと立ち上がった瞬間、激痛。
いや、激痛というか、なんというか、バランスがとりづらい。
わんこの散歩だけはさぼれないので、それ以外は安静にしとこう・・・と決心した。
が・・・いや~、普段は気付かないが、私って、ちょかちょか動き回っている人間だと気付いた。
「動けないから本でも読むか」
と、寝転がって・・・
「その前にトイレ」
トイレを済ませてまたごろんと寝て・・・
「咽喉渇いた」
ペットボトルに入れたウーロン茶を持ってきてまた横になって、
「あれ?さっきお茶を沸かした時、ガスの元栓締めたっけ?」
・・・こういう時、大概の場合、ガスの元栓は締めてある。習慣になっているから無意識に締めているのだ・・・。
でも、一応確認してきてからまたのべ~っと寝て、
♪トゥルルルルルル
「電話かよっ!?」
・・・結局、何度階段を昇り降りしたかというと、5回。
そりゃ、足も痛めるわ???
とりあえず、この後は、枕元にペットボトルのお茶を設置して、横になっていようと思っているが・・・無理かもしれない。
いや、きっと無理だと思う。
-----
--------
TITLE: 雀
BASENAME: 2409387
DATE: 03/20/2006 15:17:22
-----
BODY:
この季節になると、小雀がひとり立ちするための「訓練」に、よく出会ってしまう。
雀というのは、小さくちょこちょこした姿に似合わず、結構スパルタらしい。
まだ十分に飛べない小雀を道に放り出しておいて、親は少し離れたところで見守っている。
小雀は、親のところへ行くために必死になって飛ぶ。
こうやって、小雀は飛ぶことを覚えるんだらしい。
この時期、小さな子供が、
「小雀が迷っていた」
などと動物病院に持ち込むことが結構多いんだそうだが・・・。
これは、「教育の邪魔」以外なにものでもなく、それどころか、親から引き離された小雀は命を落とすことも多いらしいから注意が必要だ。
もし、この時期、小雀が一人ぼっちで鳴いているのを見たら、そのままにしておいて、もし、側で猫が狙っていたりするようならば、一時的に保護すると良いのだそうな。
・・・ということは、知っている。
動物好きの友人から、何度も聞かされた話だ。
が・・・。
そうも言ってられない場合がある。
例えば、小雀の足に紐が絡まってる場合。
粘着テープなどが羽にくっついちゃってる場合。
ほうっておいたら危険じゃないか。
一昨年だったか、網に引っかかった雀を保護したことがある。
温めて、餌の米粒をあげてみたが、目をキョトンとさせたまま動かない。
足元もふらふらしている。
動物病院で見てもらったら、なんの外傷もないが、ショック状態とのこと。
鳥は空を飛ぶために、必要最低限のものしか食べないので、一日食べないと餓死しちゃうこともあるそうだ。
「どうしても食べないようなら、くちばしこじあけて食べてもらいますけど・・・生きられるかなぁ」
と、思案げなお医者様に後は任せて帰ってきたが、その子が全快して空に戻ったのは、1週間も後のことだった。
つまり、雀や小さい鳥達は、精神的なショックに弱いということなのだろう。
大人の雀でさえそうである。
いわんや子供の雀はどうであろうか。
下手に触って、ショック状態にでもなられたらどないしたらええのんか。
かといって、足に紐が絡まったまま・・・もしくは粘着テープを羽につけたまま、雀が飛びたてるとも思わない。
しかたなく、なるべく体を小さくして、ゆっくり近づいて、小雀を捕まえ、紐なり粘着テープなどを外すのだが、その際の、雀のパニック状態は、言葉に表せないぐらいだと感じる。
いや、鳥にはあまり表情がないのでよくはわかんないんだが、手の中で大暴れするのだ。
首尾よく邪魔物を取り除き、地面に戻すと、
「ヂャヂャヂャッ!!」
と、子供とは思えないほどの声をあげて、飛び立ったりする。
・・・飛ぶ練習の一役を買っているのかもしれないが、もしかしたら、ものすごいショックを受けさせたんじゃないかとヒヤヒヤもする。
言葉が通じたらなぁ・・・。
「大丈夫。紐を外すだけだから。紐を外したら、ちゃんと飛べるよ」
と教えてあげられるんだけどなぁ・・・。
今年もそろそろ小雀が生まれる時期だ。
また、厄介な状態になっている小雀に出くわすのかなぁ。
はぁ。
ソロモンの指輪か、聞き耳頭巾が欲しい・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: とんととんとん
DATE: 03/21/2006 13:44:49
こんにちわ
いつも読み逃げでごめんなさい^^
TBさせて頂いちゃいました^^
-----
COMMENT:
AUTHOR: デュエット
DATE: 03/21/2006 14:32:34
鳥は頭がいいんですよね。 でも焦ると虫なみになっちゃって。
飼っていた小鳥が逃げてしまったときの悲しさって、外では生きられないだろうと思うからなおさら胸が痛くて。
とんちゃんのTBを辿って参りました。 <(_ _)>
-----
COMMENT:
DATE: 03/21/2006 17:02:55
こんにちは!
私も、たまに読み逃げさせていただいてます(^^ゞ
まだイマイチよく、ブログの機能というのをわかってないんですが、ブログ同士、結構繋がってるものなんですね(#^.^#)
-----
COMMENT:
DATE: 03/21/2006 17:07:19
昔、ハムスターを飼ってたんです。
懐いてくれてましたが、自分の名前は把握してなかったかも・・・。という感じでした。
文鳥を飼い始めて、その頭の良さにびっくりしてます。
「脳みその大きさは同じ程度だろうに」
って。
呼べば(チャチャッと舌打ち)、ちゃんと返事するし、(多分親ばかですが)割と表情を読んできます。
・・・で、そうですね。飼っている鳥が逃げると、ものすごく心配になるでしょうね。逃がさないように、注意してなきゃですね。
-----
PING:
TITLE: 雀の話し^^
URL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/48306/2411767#2411767
IP:
BLOG NAME: ねえねえ、聞いて聞いて♪
DATE: 03/21/2006 13:43:06
[のりちゃんのブログ]
いつも中身の濃い記事を書いているのりちゃんにTBさせて貰っちゃいます^^
tonも、一昨年かな、雀の雛を育てちゃった^^
だって、夫が拾って来ちゃったんだもん、職場の近くで
まだ羽も生えそろっていない^^;
親はさぞかし心配してたと思うのに、こういうのは拾わずに放っておいた方が良いのにって言ったんだけどね^^
箱に入れて、赤ちゃん...
-----
--------
TITLE: 占い
BASENAME: 2411649
DATE: 03/21/2006 11:50:55
-----
BODY:
整理をしようと戸棚の奥を探ったら、古いタロットカードが出てきた。
うぎゃ~!!
じ・・・じつは、私は、中学生時代、タロットカードに凝ったことがあったのだ。
し・・・しかも、休み時間なんかに、級友を占ったり・・・してたんであ~~~るのであ~~~る!!!
ひょえええええ!!
・・・・しかも・・・その後所謂大人になってからも、頼まれたら占ったりしてた・・・いや~ん!!!!!
いやいや、勿論、それも20歳ごろまでの話しで、それ以降はしてませんよ。
それに、自分から「私占いできるね~ん」なんて言ったわけじゃありませんからねっ!学生時代占ったことのある子から再び頼まれてやる程度だったですからねっ!
ここだけの秘密ねっ!!
中学生くらいの女の子が占いに興味を持つのは、そんなに珍しいことじゃないと思うし、私は、いっちょかみな性格なもんで、ホロスコープとか、タロットとか、そういうのにも、手を出した・・・というだけのことなんだが、それにしても、なんとも恥かしい(T_T)というか、痛い(>_<)
占い自体が恥かしいとは言わない。
カウンセリングの手段として、占いは有効だと思うし、占いを玄関口とするその裏にある世界がないとも言い切れないとは思う。
霊にしても神秘にしても、ないとは言わない。
いや、むしろあってくれと思っている。
ただ、「それを操れる」「それを自分は知ることができる」という勘違いが恥かしいのでございます。
いや~っ!!!!ぎゃ~~~っ!!!!!
しかしまぁ、いろいろと言い訳はある。
私は、笑いとか喜びとか、「正」「陽」の感情の壺はそれほど人と違わないと思う。
大体、人が喜ぶところで喜んでいると思う。笑う場所で笑ってると思う。
もちろん、価値観はいろいろだけども。でも、それでも、そんなに違わないと思う。
が、怒りとか悲しみとかの、「負」「陰」の感情は、かなりズレているような気が・・・ずっとしてきた。
まず、私はキャパの違いから来る、総仕事量の違いにはほとんど腹が立たない。
勿論、職場で、総仕事量が全然違うのに、給料が全く同じだったら納得いかないけども・・・。
例えば、私は、幹事役をすることが多い。
団体行動は苦手だが、人と会ったり知り合ったりすることは嫌いじゃないし、人を取りまとめたり、具体的な計画を立てたり、現場で引率をすることは得意分野なので・・・なにより、自分の好きなように計画をたてられるのが嬉しいので、進んで幹事役を引き受けることも多い。
グループの中で、誰かが、
「こういうことがしたい」
と言い出して、私が幹事役をすることも結構多い。
そういう時、その「言いだしっぺ」が、土壇場で都合が悪くなることがある。
この場合、その人は、気の毒なくらい恐縮する。
「ごめん。ほんまにごめん。気ぃ悪ぅせんとって?ごめんな」
・・・でも、私は別に腹がたたないんである。
その計画は結局実行に移すわけで、私の計画は無駄にもならないし、人が一人増えても、減っても(増えたのが超苦手な人だったら話しは別だが)、それほどその計画に支障をきたすことはないからだ。
「面倒な役をやってもらってるのに、申し訳ない」
と思われるんだと思うが、私は、「自分の苦にならないことを苦にならない範囲で」やってるだけなんで、別になんともないんである。
いわゆる「感じの悪い対応」にも、実害がなければ特に腹がたたない。
別に、生活には支障がないし・・・と思ってしまう。
こういう時、
「お人よし」とか、「怒らない人」などという評価をいただいたりする。
しかし、その反面、ものすご~~~~~くっ!しょうもないことで腹をたててしまう。
こないだ、待ち合わせの時間に遅れそうで小走りで歩いていたら、工事で歩道が通行止めになっていた。
「すいません。道路のあちら側に渡ってください」
と警備員のおじさんに言われて、そんだけのことで、ムッカァアアアアアアッ!!
「車通りの少ない道ならわかりますがな。
でもこの道路は二車線しかないとはいえ、一応幹線道路。ひっきりなしに車が通るいわゆる「危ない」道で、渡るのは簡単ちゃうがな!
この歩道が通れないなら、信号箇所で、『工事中につきあちら側の道を通ってください』という看板たてるか、迂回路を作るべきやろ!!」
「段取り悪いんじゃ、おんどりゃ、どこの組(いや、あっち系じゃなくて、大林組とか鴻池組とか銭高組とか・・・)のもんじゃ!!」
一瞬にして、これだけの思考が頭をかけめぐり、それが思いっきり表情に出たらしい。
「すいません。ほんと、すいません。すいませんね。お急ぎのとこ、すいません」
警備員さんには、念入りに謝られてしまったが、ムカついちゃったもんは、仕方ないんである。
私はとってもイラチなのだ。
泣く場面も、ちょっと違う。
これは小学校中学年くらいの頃のことだが、町内会で、動物のフィルム鑑賞会があった。
その中に、レミングの集団自殺についての映像があった。
つまり、レミングは個体数が増えすぎると、群をなして海に泳ぎ出て、そして死んでしまう・・・というもの。
よくわからないが、「食糧不足を回避するための行動で、種を保存するための本能」と説明されていた。
私はそれを見て、
「人間が戦争するのも、同じ原理からくる本能だったりするのかもなぁ」
なんて一人で納得していたのだが、明かりがつくと、女の子はみんな泣いていた。
特に、私が「なんてこころの綺麗な子だろう」と憧れていたあやちゃんに、
「のりちゃんは、可哀想だと思わないの?」
と不思議そうに尋ねられ、ものすご~~~くショックを受けた。
これは未だにトラウマになっていて、心の素直な人の前に出ると、
「いや、私はもう薄汚れた奴でして」
なんて、妙に卑屈になってしまう。
どうも、その、なんというか、「ツボ」が違うのだ、私は。
そして、それは、私にとって、ちょ~~~っぴり、いや本当はかな~~~~りの、
「コンプレックス」
だったりした。
そして、占いは、人の思考を知るための手段としては、随分有効だったと思う。
「あたる占い」をするのは、そんなに難しいことじゃないと思う。
「あなたは人に誤解されやすいでしょう?」
的な、ぬるいリーディングをすれば、割と、「あたってる」と言ってもらえたりするし、ことをぼやかせばぼやかすほど、「漠然とだけど当ってる!」などといわれたりするのだ・・・が・・・それを明確に意識してる中学生って、かわいくないなぁ、われながら(^^ゞ
「あたる」といわれるようになると、かなり個人的な相談もされたりするわけで、そのことが、「この人の思考回路はこうなんだ」という発見に繋がったりした。
で、今はなんとか、人並みに、足並みをそろえて生きていけてるわけで・・・。
と、いろいろ言い訳してみているが、この擦り切れたカードの存在は、随分私を困惑させる。
捨てる・・・はいいけど、もし、もし、もし、カラスがつついてビニールの中のゴミが飛び出て、このカードが飛び散っちゃって、しかも、私が特定できる(うちの近所は結構仲良しで間柄も緊密)ものも一緒に飛び散っちゃったりしたらどうしよう!?!
などと考えて、捨てられないのである~~~。でもいつまでも家に置いとくのもなぁ。
しかも、都合の悪いことに、私はカードをコレクションしていて、旅行の度にトランプ類を買い込んでたもんで、柄の綺麗なタロットカードもいくつかあったりするのである。これは、未使用なんだけど、この存在までが、なんだか恥かしくなってしまうってもんだ!!
どど・・・どうしましょう?
ほんと、若いって恥かしいなぁ。
-----
--------
TITLE: 雨女
BASENAME: 2414111
DATE: 03/22/2006 08:09:56
-----
BODY:
科学的に考えれば、雨男・雨女なんてことを言うのは、馬鹿げている・・・と思う。
雨女or雨男と呼ばれる人は、ざらにいるし、その人すべてが雨の日だけに外出するわけじゃないんだから。
出かける時に雨が降ると、はっきりと「いやだな」と思う。
晴れていると、嬉しいかもしれないが、明確には意識しない。
「いやだな」と明確に意識した分、雨の外出の方が記憶に残り易い。
だから、「雨男」「雨女」なんて言葉が出来ちゃうんだろう。
・・・が、統計をとるまでもなく、私とある友人が出かける日は、ここんとこ・・・えぇっと・・・思い返してみれば、少なくとも、去年の終わりごろから連続して、必ず雨が降ってる・・・。
これは、「食い合わせ雨女」ってやつか?
と思いたくなるほど雨が降っている。
う~~ん。
ってことで、その友人と今日は、阪神間の神社をめぐってきます。
天気予報は、思いっきり雨マーク。
ふ・・ふふ・・ふふふふふふふふふ・・・・。
さ、出かけるかぁ。
ふふふ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: momotan
DATE: 03/22/2006 08:50:44
はじめまして。
私も雨女の傾向が強いです。
今日はお友達とお出かけですか。
楽しんできてくださいね。
-----
COMMENT:
DATE: 03/22/2006 18:17:26
私も友人も、一人で出かける時は、晴れ女なんですよ(~_~)
でも、二人が一緒に出かけると、雨!!
なんです。不思議~。
でも、雨の中、いっぱい楽しんできました!
結構歩いたんですが、随分食べもしたんで、体重計に乗るのが楽しみではありません(なんのこっちゃ(笑))
-----
COMMENT:
AUTHOR: utugi
EMAIL: mozar@sumoto.rg.jp
URL: http://utsugi.exblog
DATE: 03/23/2006 04:45:16
久しぶりにコメントを。
当方、ちょうど、迷信、神秘、気のせいといったことについての考え方を書いたところでした。
《科学的に考えれば》というのがキーポイント。
私にとっては、この科学的(合理的)というのが、ある意味こだわりの一点であるのです、
全ての人たちの同意を得ようとは思いませんが、要は基本的に、神秘的な考え方や、信仰心、それは一皮むいて追求していくと、結局根拠は単なる《作り事》《こじつけ》に至り着くのです。」
-----
COMMENT:
DATE: 03/23/2006 12:44:29
合理的であるということは、ある意味、とても心地よいですよね。
ただ、私は、作り事・こじつけ、も好きです(笑)
あちらこちらの神社で、宮司さんや神職さんとお話をさせていただきます。
確かに、「合理的」に言えば、神は存在しないかもしれません。
・・・もちろん、神をどう定義するかによるので、私のように、「進化しようとする意志のようなもの」を神と呼べば、それは、いずれの日にか、「存在する」と「科学的」に認められるかもしれませんけど。
でも、神の存在を無垢に信じ、平日は会社勤め、祝日は神へのご奉仕と、励んでらっしゃるのを拝見すると、少なくtも、神職さんたちの心の中には神が鎮座し、そのことは、とても素敵なことだな、と思うんですね。
でも、これは、私の「好み」の話しなんで(笑)
これが正しいかどうかは、また別の話しです。
-----
--------
TITLE: 女性
BASENAME: 2417532
DATE: 03/23/2006 13:54:39
-----
BODY:
genderを考える上ではどうかは知らない。
ただ、sexの分類で言えば、私は、「女」だ。
つまり、染色体がXXで、体に「成り合わざるところ」を持っているという点では、私は「女」だ。
が、私が「女性性」を持っているかどうかというと、自分では、ちょっと疑問に思っている。
勿論、女性性とは何かという定義によるんだけど、「男性脳」「女性脳」なんていうテストを試すと、必ず、大幅に男性脳に偏っている。
女性性・男性性とはいったいなんなのだろう?
真っ先に思い浮かべる「女性性」の特徴として、「母性」という言葉があると思う。
母として子供を産み育てるための「女性性」と表現して良いだろうか。
例えば、まだ言葉を持たない赤ん坊や動物の表情や様子から、その心を察し、共感する力とかだ。
ただし、自分より力弱いものに対して、無償の愛情を抱くという傾向は何も女性だけではなく男性にもあるので、これを「女性性の特徴の一つ」とは全く思わない。
それどころか、人間の特徴だとも思わない。
某かの知性を持つ動物ならば、必ずこの傾向はあるように私は見る。
が、人の表情を見分ける能力と、人に共感する能力は、「一般的に言えば」「平均的に見れば」、やはり女性の方が、多少なりとも上まわっている場合が多いように思う。
でも、今私が考えるのは、この「女性性の特徴」とは、所謂、「巫女」としての資格に繋がってくるんじゃないか、ということである。
・・・まぁ、この手の話しはいろいろ異論があるだろうし、大体私は、「男のくせに」とか「女のくせに」という言葉が大っ嫌い!!!なんだけど・・・とにかく、今回は、「女性性」の特徴の一つに「察する」「共感する」の二つがあると独断して、話しを進めちゃいます。
昨日友人と周った場所は、大阪の御幣島近辺と、芦屋。
具体的に記すと、
野里住吉神社~鼻川神社~姫嶋神社~谷崎潤一郎記念館~芦屋神社
という順番に(かなり迷いながら)周った。
野里住吉神社は、「一夜官女祭り」で有名な神社だ。
由緒によれば、この祭りの起源は江戸時代だそうだ。
度重なる洪水被害に困惑した村人が、神意を尋ねると、
「人身御供を差し出せ」
ということだった。
そこで、毎年、一人の女の子を人身御供にすると、洪水はぴたりと収まった。
しかし、名武将であった岩見重太郎は、
「神が人を犠牲にするのは変だ」
と、自らが少女の代りに人身御供となり、神を倒した。
・・・神の正体は、大きな狒狒であった。
一夜官女祭りは、人身御供となった少女の霊をなぐさめるためのものである。
と、されている。
しかし、岩見重太郎の狒狒退治は全国に分布するし、きこりや僧侶、武士、そして神が、各地で「神を語る化け物」を退治し、人身御供の少女を助け出している。
一夜官女祭りが、本当に岩見重太郎のヒヒ退治を起源とするかどうかは、再考を必要とするだろうと思う。
ついこの間、池田弥三郎氏の「性の民俗誌」という本を読んだ。
池田氏は、「太古、女性はすべて神の嫁であった」と書いておられた。
神話などにおいて、妻問いされた女性が、しばしば逃げ回るのは、「人間の嫁になるということは神の嫁であることを放棄することでもある。神の嫁の位を捨て人の嫁になるという『暴挙』に対して積極的であるというのは、神に申し訳ない」という気持の表れなんだそうだ。
言い方を変えれば、
「太古の未婚の女性は、人間の男を退け、そしていつも神を受け入れていた」
ということになる。
一夜官女祭りでは、その起源とされる逸話と違い、一人ではなく複数(写真で見る限りでは10人前後)の、しかも少女というより幼女が、「一夜官女」として参加する。
私は、本来の「一夜官女」の姿はこれではなかったのかと思う。
つまり、ある年齢を迎えた女の子が、「神の嫁」の資格を与えられる祭りだ。
ここらへん、池田氏の考えがどうなのか、著作からははっきりわからないが、とにかく、「神の嫁」となったことを祝う祭りが、そもそもの一夜官女祭りであり、それが、後世に(多分)流行した人身御供話しとくっついたのが、今の伝説じゃなかろうか、なんて思うのだ。
そのことの真偽は確かめようがないので、ここで置いておくとして。
では、「神の嫁」であるというのはどういうことだろうかと思う。
「嫁」が必要であるということは、神は男性なのだろうか?
そうとばかりも言えないと思う。
神話を見るに、神の行動は、そこに描かれている性別とは関係なく、男性的でもあり女性的でもある。
「神」の「本質」は、両性的なように思う。
それでは、なぜ、神の花婿は登場せず、神の嫁ばかりが目につくのだろう。
・・・結局、「まず神ありき」ではなく、「まず女性性ありき」なんじゃないかとおもうのだ。
女性性の特徴の一部が、「察する」「共感する」である・・・ととりあえず断定してしまう。
「神」より格下の「人間」が、神の意志や希望を知ろうと思えば、この特徴は活きてくる。
逆に、所謂、「男性性」の特徴の一部だと私が勝手に思っている、「理解する」「指導する」は、神の意志や希望を察するには不適だと思われる。
だから、「神の嫁」なんて言い方をしていても、実際は「神の意志を聞く役目」というだけに過ぎなかったんじゃなかろうか。
ただ、その役目は、女性性を多分に持つものの方が向いている、と考えられていた、と。
そして、「感じる」よりも「理解する」方が、「共感する」よりも「指導する」方が、ずっと得意な私としては・・・。
どうにもこうにも肩身が狭いのだ。
今でさえ、このことは、私のコンプレックスだってのに、古代に生まれていたら、私は、多分、どうしょうもない「お荷物」だったんじゃないだろうかと思う。
雨の中、友人と二人、古代史にこじつけたバカ話しをしながら、
「あ~、現代に生まれてよかった」
と考えていた。
そして、巫女たる「女性性」に対して、やっぱり憧れてしまうんである。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 03/24/2006 01:24:03
のりちゃんちょっとおひさしぶりです。いま読んでいなかった日記をぜーんぶ読ませて頂きました(^^)
えーと、私はここ10年程、稽古事の関係で多くのおじいちゃん達と頻繁に交流する機会をもっています。そこで、以前から少し気になっていたことを思い出しましたので、コメントさせてもらいます。
人間には男性ホルモンと女性ホルモンとがありますが、一見して男性ホルモンが多いと思われる人と、女性ホルモンが多いと思われる人とでは、どうも性格上2分されるような気がするんですよ。・・・・・・・(字数制限があるのでもひとつ書きます)
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 03/24/2006 01:24:39
(さっきの続きです)
一見して男性ホルモンが多そうな人は、自己主張が強い、喧嘩っぱやい、派閥を作っては気に入らん者を疎外する、大勢の人の前で口喧嘩を平気でする、一度嫌いになったら永久にその人を仲間に入れない。
そして女性ホルモンが多そうな人は、ネチコイ、何を考えてるかわからない、どこか天然、ボケるのが早い、派閥に入りたくないけど反撥はせず適当にしている、一匹狼型が多い。
もちろん、必ずしもそうであるとは言えませんが、でも数百人の60~80歳代を10年間観察してきて感じたことなので、統計的に見てもそれなりの信憑性はあるんじゃないか、と思うんです。
ここで私の “一見して” の判断基準ですが、毛が有るか無いかで考えをめぐらせております、、、。
-----
COMMENT:
DATE: 03/24/2006 08:25:26
ホルモンって要素については考えてませんでした(~_~)
なるほど・・・。参考になります。
しかし、おじいちゃんのうち、女性ホルモンの多そうな人の方が、一匹狼型なんですね。
長く女の園にいた経験から、女性の方が群れをなし易いっていうイメージを持ってました。
旅行に行っても、「ど~こでも付いてくる~付いてくる~付いてくる~♪(メリーさんの羊の音楽で)」というタイプの人が多くて、ちょっと困りました(笑)
団体でいる時は、私が、単独行動をとろうとすると、すごく責められるんですよ(^^ゞ
だって、私のしたいことと、彼女達のしたいことは全然違うし・・・って言い訳しても、ダメでした。
-----
COMMENT:
DATE: 03/24/2006 08:26:13
私も、続きです(笑)
ただ、私は今までずっと自分のことを「一匹狼型」と思ってたんですが、趣味の合う仲間と出会ってみると、結構団体行動も楽しくなってきたんです。
だから、おじいちゃんの中にあって、女性的な人ほど一匹狼型になっちゃうのは、「周囲と意見や趣味が合わないから」なのかもしれないですね。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 03/25/2006 02:20:26
そうですよね~、女性の方が群れをなし易いってイメージ、当然のことだと思います。
大勢でぺちゃぺちゃしゃべくったり、井戸端会議だとかね(^^)
そういう女性達って、とても仲良さそうに見えて実はほとんどが外面的なお付き合いで留めている場合が多いんじゃないか?って思うんですよ。どこか冷めているっていうのかな。
その反面男性の方が、一度親しくなったら結束が固いんじゃないかって。。。
毎日のように稽古場に来ては、誰とも話すことなく一人もくもくと練習し、そして帰って行く。いつも無表情でぽつねんとしている。そーゆーお方はなぜかみなさん頭髪豊富なんですよね。
-----
COMMENT:
DATE: 03/25/2006 06:52:44
確かに、今、仲の良い友人連中は、ベタベタはしてませんが、割と結束が強いかもしれません。
少なくとも、影で悪口を言うなんてことはないです。
気が合わなきゃ友達にならないし。
男性ホルモンが多いのかも(~_~)
でも、髪の毛は割りと多いです(笑)
私もこれから、ちょっと注意してみてみます(#^.^#)
おもしろ~い。
-----
--------
TITLE: 氏神様
BASENAME: 2420113
DATE: 03/24/2006 13:17:21
-----
BODY:
最近、「私の氏神様を教えてください」という質問メールがよく来ると思ったら、
テレビで活躍中の霊能力者さんが、「まずは氏神様にお参りするように」というような発言を熱心にしておられるらしい。
私は、霊能力というものがないとは思っていないし、「霊能力による助言」は、前向きに行われれば、カウンセリング的効果があると思うので、それを否定しようとは思ってない。
ただ、テレビで見る霊能力者さんも、巷に溢れる自分の「霊能力」を喧伝する人々も、話しをつきつめれば、「だから自分は他人と違う。他人より凄い」と暗に言ってるだけの場合もあったりして、あんまり好感が持てないのだ。
非常に手厳しい言い方をすれば、なんの客観的証拠もない「霊能力」を持ち出さねば自分の魅力を語れない人なわけで・・・話しをしていてもつまんない・・・というわけだ・・・すっごくキツイ言い方だとは思うけど・・・。
特にテレビに出てる霊能力者さんの場合は、商売根性丸出し!!ってこともあって、げんなりしちゃうことも多い。
ただ、氏神様にお参りすることを勧めても、その霊能力者さんに対して、なんら金銭的な見返りはないだろうし、地元の神社と親しくすることは地元活性化にもなり、近所づきあいの端緒ともなるから、くだんの霊能力者さんは、カウンセラーとして優秀な方なのかもしれないな、と好感を持ちながらも、ちょっと戸惑っている。
というのも、「氏神様」の定義がややこしいように思うのだ。
個人個人にとって関係の深い神様という意味では、
・鎮守の神様
・産土の神様
・氏神様
が挙げられるかと思う。
鎮守の神様とは、自分が住んでいる地域を守ってくださっている神様を言う。
産土の神様とは、生まれた時に住んでいた場所を守ってくださっていた神様もしくは、初宮参りをした神社のことを言う。
氏神様とは、端的に言えば、「ご先祖様」のことだ。
神道の神は、八百万。あらゆるところに宿っておられるとは言うが、記紀を見れば、「神」が、特定の氏の祖先となっている場合がよくある。
例えば、天児屋根命は藤原氏の祖神であることは有名だろう。
また、皇室にとっての氏神は瓊々杵尊、ひいては天照大神ということになる。
くだんの霊能力者さんが言うところの「氏神様」は、「鎮守の神様」を指しているらしい。
というのも、「私の氏神様を教えてください」と聞いてこられる方は、必ず自分の住所を併記されるからだ。
自分が住んでいる地域を守ってくださる神様にちゃんとご挨拶を・・・というのは、つまりは、近所づきあいをちゃんとしなさい、ということにもなるし、地元に対する愛着を持つ原因にもなる。
是非、「鎮守の神様を大事に」してほしいな、と思う。
同じように産土神様も、自分のご両親に繋がることだから大切にしていただきたいし、氏神様も・・・。
・・・・・が、である。
「氏神様(ご先祖様という意味で)」って?と聞かれたら、すっごい困る。
ご先祖様を大事に・・・ということだから、盆暮れの墓参りを熱心にすれば、それで「氏神様を大事にしたこと」になるとは思うが・・・。
もし、この「氏神様」を、藤原氏のいうところの天児屋根命、皇室のいうところの瓊々杵尊のように、自分の氏の祖神を熱心に祀ろうということになれば・・・である。
大変ですよ、こりゃぁ。
なぜかというと、ご先祖様というのは、一人じゃないからである。
例えば、私は、父と母から生まれてきた。
そして、父は父の父と母から、母は母の父と母から生まれている。
そして、父の父は父の父の父と母から・・・・・、となる。
私の一代先祖は父と母=2
二代先祖は、父方の父母+母方の祖母=4
三代先祖は、父方の父方の父母+父方の母方の父母+母方の父方の父母+母方の母方の父母=8
つまり、ある代の先祖の数は、2をその代の数で乗算した数ということになるのがわかるだろうか。
平均的に、20歳で子供を産むとしても、1世紀で5世代。
神代の時代を日本書紀にあるように2600年以上前と見れば、神代から私が生まれるまで大体130代。
ということは、私にとって、神々の時代に溯ったご先祖の数は、2の130乗という数になるわけだ。
電卓で計算してみたが、2の130乗は桁数が足りなくて表示されなかったから、とりあえず、2の100乗を見てみると、
=1267650600228229401496703205376
という数字がはじき出された。
八百万の約1600垓倍。
一垓は一京の一万倍で、一京は一兆の一万倍・・・といえば、日本八百万の神様の数よりどれだけ多いかわかるだろう。
これは、のべ数だし、古代においては同族同士の結婚が多かったろうから、この数が即あてはまるとは言わないが・・・つまり、日本八百万(やおよろず)の神々すべてが、自分の氏神様だと思っていいんじゃなかろうか。
ということで、「氏神様は誰ですか?」と聞かれたら、「八百万の神々すべてです」と・・・答えたら・・・あかんのやろうなぁ・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 03/28/2006 09:57:37
こんにちは
のりちゃんさん すごい!前からすごいと思っていましたが
この計算をやってしまうのが....やっぱり すごい!(笑) お疲れ様でした(^^)
やっぱり 日々 あれにもこれにもそれにも....何にでも感謝(UU)感謝でございます。
今の私があるのも~....ですね♪
-----
COMMENT:
DATE: 03/28/2006 13:06:47
褒められたので、種明かししたくないんですが(笑)
乗算をしてくれる電卓があるんですよ。
で、その電卓は、325さんのパソコンが、WIN OSなら、アクセサリの中にも入ってると思います。
ので、ボタンポンパッポン!だけなんですよ(~_~)
でも、昔、ドラえもんに、「1分で1割の利息(複利)がつく銀行」の話しがあって、10円を預けたら、何日後に1億円になるかという疑問を持ったんですが、この計算は、普通の電卓でやりました(笑)
3時間かからずに、1億円になるんですよ。すごすぎます(^^ゞ
いろんなものに感謝できる人生は、やっぱり幸せですね(#^.^#)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 03/28/2006 15:54:00
あはは!やだ~ そうなんだ~(笑)
3時間で10円が1億円!....ん~ たまらんな~(^^)(笑)
その昔、私が銀行員だった頃
ちょっと とある雑用を していたら
ちょうどいい 高さの包みがありました。
「よっこいしょ!」と そこに腰掛けて
「おお♪こりゃいい♪(^^)」と 作業していたら
金庫から戻ってきた おっちゃんに怒鳴られました!
「くぉら~っ!! お前 1億円の上に座んなーっ!」
1億円! 私の初めての出会いは 腰掛としてでした(苦笑)
-----
COMMENT:
DATE: 03/29/2006 08:06:06
325さんは、一億円のイスに座ったことがあるわけですね(笑)
私も保険会社にいたんですけど、本社だったんで、お金に触ったことはないんですよ、残念!
私も座ってみたかった(笑)
-----
--------
TITLE: 橋
BASENAME: 2423563
DATE: 03/25/2006 21:32:32
-----
BODY:
暖かくて気持の良い晴れ。
こんな日に家にいるのは、勿体ないぜ!
・・・とばかりに、残業続きでお疲れ気味の旦那に運転してもらって、淡路島へ行ってきました。
私にとっては、初めて足を踏み入れる島。
明石海峡大橋が出来てしばらくの時、舟で明石海峡大橋に平行して渡ったことがあるから、足を踏み入れるのが始めて・・・というのは嘘になるが、中を散策するのは、初めてだ。
しかし、その前にまず、橋を渡るというだけで興奮する。
橋というのは、「なんでもない場所」には作られない。
間に川か、谷か、海か・・・。
何かが邪魔をしている場合、橋を渡される。
つまり、橋の向こうにある地は、そのままでは交流のできない場所。
「異界」なのだ。
ただでさえ、淡路島は、イロイロな噂を聞く場所だ。
曰く、「伊邪那岐神と伊邪那美神が国海をした場所だ」
曰く、「いやいや、伊邪那岐神・伊邪那美神により『恥』という意味の名をつけられた不幸な子なのだ」
また曰く、「修験に関する建物は淡路島の方向を向いて建てられている」
などなど。
まさに、「異界」「常世」などと呼ぶに相応しい島なのだ。
また、橋や道は、「何かを連れてくる場所」でもあった。
橋を渡って、異界から人がやってくる。
その人が、聖か邪かはわからない。
だから、橋は、「善きもの」であると同時に「悪しきもの」でもあった。
日本最長の橋の中盤を越えると、向こうには淡路の島が見えてきた。
憧れていた、「神話の島」は、青くて澄んで清らかだった。
そして、ふと思った。
「淡路島」は、橋を渡ってやってきた私達を、どう見たのだろうか?と。
善きものと見たか、悪しきものと見たか。
・・・月並みだけど、ゴミを捨てないとか、自然を荒らさないとか、そういうマナーを守って、「歓迎される客」となりたいもんだな・・・と思った。
-----
--------
TITLE: おのごろ島
BASENAME: 2425437
DATE: 03/26/2006 15:12:34
-----
BODY:
日本の国は、イザナギ神・イザナミ神が結婚をして、「生んだ」とされている。
特に「難産だった」とは書かれていないから、イザナミ神はさぞや大きい女神なんだろうと思うが・・・、どうやらそうではないらしい。
記紀によれば、イザナギ神とイザナミ神が、天の瓊矛(ぬぼこ)で海を掻き回し引き上げたところ、先からしたたった海水が積もって「おのごろ島」となった。
そこで、その島に下り、そこで、結婚をし、国を生んだ、となっている・・・つまり、夫婦神は、おのごろ島で生活できる大きさの神々だったということだ。
それでは、おのごろ島とはどこにあるのだろうか?
淡路島=おのごろ島という説明を聞くこともある。
しかし、記紀を見ると、どうも、それは疑わしいように思う。
夫婦神はまず、間違ったまじないをして失敗の子である蛭子を産んだ後、正しいまじないをして淡路島を産む。
日本書紀によれば、「不満足な出来だったので、吾恥(あわじ)島と名付けた」となっている。
この記述を見ると、「夫婦の国生みの舞台となったおのごろ島」が、「最初に産んだ子」であるわけがないと思うんだが・・・。
不思議に思っていたのだが、実際に淡路島に行ってみると、淡路島の東岸にある「絵島」も、おのごろしまに比定されているらしい。
写真をご覧いただいたらわかると思うが、砂で出来た島。
「海水が積もって出来た」とされる島には相応しいように思う。
大きさはそれほどではないが、高さがあるから、人間程度の大きさの神であれば、ここに住居を構えて暮らすには困らなそうだ。
そう、人間程度の大きさの神ならば。
間違っても、「四国」「本州」を安産で生んじゃうほどビッグな女神が暮らせる島じゃない。
つまり、島で生活した夫婦神は、「仮の姿」だったのだろう。
量子力学という学問がある。
この中で、「光は波か粒か」という命題があるのだが・・・。
どちらだと思いますか?
「そりゃぁ光は光線っていうんだから、波じゃないの?」
・・・私はそう思ってました。
が・・・どうやらそんな簡単な問題じゃないんです。
・・・簡単じゃないので、詳細には説明できませんが、以下に、簡単に、かんた~~んに、触れてみます。
ご存知の通り、光は屈折して虹を作ったりする。
これは、まさに「波」としての光の性質。
波と光の性質が極めて似ているということで、まず、光は波であると考えられた。
しかし、光が波であるとすると、起こり得ない現象が発見されてしまう。
光電現象という・・・んだけど、これを説明するのは、門外漢の私には無理なんで、もし興味をもたれたら、調べてみてください。
さて、それでは、結論として、光は波なのか粒なのか?
なんと!!!!!
答えは、「波でもあり粒でもある」のだ。
え~~~・・・ちなみに、海の「波」は、波か粒か?と聞かれたら、波は分子の集合体だから、「粒」である。
でも、「波」なんだよね~・・・・・ってのとは、全く、別の次元の問題だということを・・・・・言わなくても、わかるか(笑)
これは、電子を二つのスリットを通した実験で説明されていて、私もそれを読んだ時は納得したんだけども・・・これを説明するのは門外漢の(以下略)。
電子は観測すると粒の性質を持つが、方程式では波の性質を持つ・・・ということになるらしい。
この性質をして、
「光(電子)を箱に閉じ込めて蓋をしている時、電子は波である。
しかし、蓋を開けた途端、それは粒になってしまう。」
なんて表現されたりする。
つまり、誰かの観察によって、姿を変えるのだ。
見られることによって、電子は姿を変えるのである。
「神の存在は、量子力学の考え方に似ている」
とおっしゃった神職さんがおられた。
多分、この電子の性質を指しているのだと思う。
神の存在とは、人間が計り知ることのできないほどのものに違いない。
いや、そりゃそうだろうとは思うが・・・。
しかし、人間は神の存在を感じ取り、自分達の想像力の範囲で「神」を表現した。そして、それが神話なのだとしたら、最初の夫婦神が変幻自在の存在だとしても、なんの不思議もない。
私は、霊であるとか神秘であるとか、いわゆるミステリーは、あるかもしれないしないかもしれないと思っている。
が、神の存在は、なんとなく信じている。
信じているというか、「存在するだろうなぁ?」と思っている。
でも、そんなわけなんで、「神とはこんなもん」とは考えたりしないことにしている。
私の想像力の及ぶような存在ではなかろうから。
神とは、このおのごろ島で生活できる存在であり、同時に四国や本州を出産するほどの存在でもあるのだ。
-----
--------
TITLE: 海
BASENAME: 2428168
DATE: 03/27/2006 14:01:54
-----
BODY:
少し暖かくなってくると、すぐ、
「海が見たい!」
とか言い出してしまう(笑)
淡路島の海は、大阪湾に繋がっているだけあって、
「綺麗な海~♪」
とは言えないのだが、空気が綺麗なせいか、「鈍い蒼」というように、妙な澄み方をしていると思った。
人の体は、「塩水」で出来ている。
私は自分の体から出る液体すべてを味わったわけではないのだが、開高健氏によれば、どの液体も、すべて、ほんのり塩辛いのだそうな。
海は、まさに「生命の源」なんだろう。
海は・・・水は、引力によって、地球に張り付いている。
蒸発して、地表から離れても、ある程度の高さまで上昇すると雲となり、また地表に降り注ぐ。
地球上で生まれた数多の生命は、奪い、与え、繰り返し、エネルギーのやりとりをしながら増減している。
・・・と、こう書くと、地球は地球だけで完結してるようだが、勿論そうではない。
もし、太陽がなければ、地球はどういう軌道で回転していたかわからないし、光もないし・・・、そして、割と普段気付かないことだが、太陽のエネルギーがなければ、植物は栄養を作るのをやめてしまい、いつか、生命全体のエネルギーが枯渇するだろう。
知らないうちに、いろいろなものから恩恵を受けているものだと思う。
それよりもなによりも、やはり、海には太陽が似合う。
人が海に惹かれるのは、太陽が照っているからこそだろう。
・・・な~んてことを思って、来る暑い夏を、文句言わずに乗り切ろうと思う。
あ~~~・・・暑いのやだな~~~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 03/27/2006 18:56:09
読んでいて、海ではなく 「淡路島に行きたい!」 とおもいました。
神戸からはうんと近くて、自分の家の窓から望めるほどの所にありますが、それでも行きにくく感じるのは海という境界線があるせいかな。
いまでは橋で繋がっていますが、通行料が高いのでやっぱ行きにくいです(^^;
-----
COMMENT:
DATE: 03/27/2006 19:36:15
片道2300円はきついですよね。
次は、友達を誘って行って、通行料頭割りしようか・・・なんてセコいことを考えてます(笑)
でも、淡路島は思ってた以上に、「神話の島」でした。
それに、なぜか、静御前の墓があったりするんですよ。
面白いです。
-----
--------
TITLE: 近所づきあい
BASENAME: 2431108
DATE: 03/28/2006 13:07:36
-----
BODY:
我が町内には、ヌシさんがいる。
といっても、別にえらそうなわけじゃない。
大阪下町のおばちゃん的な、面倒見の良い強い態度はあるが、強権的なわけじゃなく、ただ単に古くから住んでいて、みんなに好かれているので、なんとなくヌシ的存在になっているのだ。
住んでる村は古い村なんだが、私達が住んでいるのは、新興地域。
私がこの家に引っ越してきたのは、10年前くらいだし、ほかの家の人達も、多分、2~30年ほどだろうとは思うが、町内にストレスがあんまりないのは、ヌシさんの存在が大きい。
新興地域故、住民の入れ替わりがあるが、わりとすぐに馴染む。
というのは、うまくしたことに、ナンバー2(つまり二番目に古くから住んでる人)がうるさがたの人なのである。しかも声がでかい(笑)
ゴミの出し方がちょっとでもおかしいとなると、近所中に響き渡る声で、文句を言っているのが聞こえる。
「なにこれ?ゴミ袋に水が溜まってるやん!」
とか、
「卵のパックが入ってる!」
とか・・・まぁ、たまに規則通りに出しているものを、勘違いして怒鳴ってはることもあるけども・・・(笑)
しかも、近所づきあいが割りと濃厚なんで、どこの家のゴミか、特定できちゃうんだな、消去法で(^^ゞ
慣れてる私達は、「ありゃりゃ~(笑)」で済むんだが、引っ越してきたばかりの人はちょっとびっくりするだろう。
「どうしよう、近所中からつまはじきにされちゃうかも」
と心配になったりもするかもしれない。
ところが、しばらくすると、温厚そうなヌシさんが、
「ゴミ袋に水が溜まってると、零れて臭うこともあるから、水は切ってから捨ててな」
と言いにくるわけで、ここで、
「いやですっ!」
という人は、そんなにいないと思う。
「気をつけます」
てなことで、なんとなく町内の雰囲気もわかって、町内行事にも顔を出すようになて、なんとなく馴染んでくる。
どういう団体でも、ナンバー1が温厚で、ナンバー2が厳しい・・・という状態なら、割とうまく行くと思う。
とはいえ、ヌシさんが、戸々に注意しに行くのは、ナンバー2さんにせっつかれてのことらしいんだが。
このヌシさんという人は、いつもニコニコしていて、人の悪口は言わず、そして、なんだか可愛らしい人だ。
「粗品もらえるらしいから、行こ!」
と誘われたことがある。
「それって、家にやってきて、粗品あげるから集まってくださいっていうやつですか?それならば、いわゆる粗品商法ってやつかもしれませんよ」
と言ったんだが、
「まぁ、とりあえず行ってみるわ」
と、乗り気な雰囲気なので、
「何も買っちゃだめですよ」
と見送った。
しばらくすると、プリプリしながら帰ってきて、
「最後まで話し聞かなかったら、粗品あげへんって言われた!」
と言う。そりゃそうやろ(^^ゞ
しかし、そのプリプリぶりが、なんだか、可愛らしい。
普段、道ですれ違っても、簡単な挨拶などをするだけなのだが、冬の寒い日、スーパーの前で顔を合わせた時は、挨拶の後も私が品物を選んでる後から一緒に歩いてこられた。
珍しいなぁと思って、
「なんかあったんですか?」
と聞くと、
「・・・うちの子、いなくなってん」
うちの子とは、わんこさんのことだ。
人間で言えば70歳くらいになるようだから、老衰と言っていいんだと思うが、ペットがいなくなる寂しさは、ちょっと口では表現しがたいものがある。
この日、ヌシさんは、スーパーの中、ずっと私の後ろを歩いていた。
寂しいんだろうなぁ、と思いつつ、なんだかかわいい。
昨日、道路に面した窓際にある流し台で皿を洗っていると、道の向こうのゴミ捨て場付近に座り込んでこっちを見ているヌシさんに気付いた。
なんだろうと思って出ていくと、ゴミ袋を前にして困った表情をしておられる。
ゴミ袋の中には、雑誌が詰まっている。
これは所謂、「資源ゴミ」にあたるから、生ゴミの日には持っていってもらえないものだ。
しかし、雑誌は、大学受験のための雑誌。この町内に大学受験をするぐらいの子供がいる家庭はないから、このゴミを出したのは、町内の人じゃないんだろう。
「今月の資源ゴミ回収日は31日ですから、それまで置いておいてもいいんじゃないでしょうか。腐るもんじゃないし、濡れても資源としての価値が下がるわけじゃないと思うし」
と言うと、
「家に持って帰って、31日に出し直すわ」
とおっしゃる。
「ん~・・・でも、誰が出したかわかんないもんだし、最近は物騒ですから・・・家に持ち込まないほうが無難かもしれませんよ?」
と口出しすると、なんだかヌシさんは、もじもじしはじめた。
「置いておくと、○○さん(ナンバー2さん)が、気にしはるわけですね(笑)」
と聞くと、えへへと笑う。
ごっつい人ではあるのだが、なんとも可愛いのだ。
すごく親しいというわけじゃないし、身内でもないんだが、「是非とも長生きして欲しい」と願ってやまないわけである。
-----
--------
TITLE: さくら
BASENAME: 2433810
DATE: 03/29/2006 12:47:29
-----
BODY:
私は、花の中では梅が一番好きだ。
でも、花の中で一番深く好きなのは、桜なのだ。
ただ、桜に対する私の気持は、愛憎半ばしているので、足し引きをすると、梅の方が好きだということになる。
一体、桜ほど圧倒的な花がほかにあるだろうか?
桜の花というのは、単調な花だ。
まず、香りがない。
そして、色のヴァリエーションが少ない。淡い黄色の桜は見たことがあるが、それ以外はピンクだけだ。
昨日のニュースでキャスターが、「日本にある桜の7割だか8割だかがソメイヨシノだ」というようなことを言っていた。
つまり、ピンクの中でも、ソメイヨシノのピンクが実に8割方であるということ。
ヴァリエーションが少ないどころじゃあない。
しかも、葉が出るより先に花が咲くから、樹木自体の色数も少ない。樹皮の少し赤味がかった灰色と、ピンク。おしべの黄色、額の小豆色、花軸の緑、それくらいだ。
桜の花というのは、それぐらい、「魅せる」パーツが少ないということだ。
なのに、この迫力はなんなのだろう。
桜のシーズンに山を見やると、山肌に雲を浮かべるように、満開の桜が見える。
それだけのことなのに、心に、桜の印象を強く残してしまう。
それほど美しく・・・そして、桜の花は・・・怖い。
まだ、20代の頃、職場のお使いで、本町にあるうつぼ公園近くの事務所に出かけることがよくあった。
割と自由にさせてもらってたので(というか、強引に、自由にしてたので)、桜のシーズンになると、昼休みを30分遅れらせて12時半まで仕事をし、そして30分かけて、お使い先に出かけ、その足でうつぼ公園に向かい、昼ごはんを食べる・・・というようなことをしていた。
私が公園に着くのは、1時過ぎ。
オフィス街にある公園は、その時刻になると、閑散とする。
私は悠々と一人でベンチに座り、昼ごはんを食べ、そして、時間一杯そこでくつろいでいた。
桜は影も美しい。
太陽の光に白く光る地面に、花の形の影が揺れるのは、幻想的だ。
影に見入っているうちに、私は寝てしまったらしい。
頬を指でなぞられた感触で、目を覚ました。
いつの間にか太陽が隠れていたらしく、地面の影はなくなっていた。
公園の中、目に入る範囲には私以外誰もおらず、しんと静まり返っている。
ぞくりとするものを感じて見上げると・・・桜の花が、大きく白い顔で・・・無表情に、笑っていた。
手指の先に感じていた冷たさが、瞬時に咽喉の奥に達して、飛び上がった私は、慌てて職場に戻ったのだが、帰りの電車の中でも、咽喉が石灰質の石に変わってしまったかのように乾いていた。
その時の恐怖感を、他人にわかってもらえるように説明するのは、とても難しい。
頬を指でなぞられたと感じたのは、風に散った花びらが頬に降りかかっただけだということは、理性ではわかっていた。
ただ、その時、公園中の桜が、満開の桜が、声をたてずに、なんの感情もなく笑っているように感じたのだ。
怒りも憎しみもなく、悪意もなく、そして温かみもなく、一切の感情を見せずに笑っている花が、頭上で揺れている・・・そのことが、本能的に怖かった。
それ以来、たった一人で満開の桜と対峙するのが少し怖い。
今年ももう、満開の桜の季節がやってくる。
平日の昼間、どこかに出かけようと思ってはいるのだが・・・。
少しだけ、ためらっている。
-----
COMMENT:
AUTHOR: momotan
DATE: 03/29/2006 13:28:55
こんにちは。
いつも思うのですが、のりちゃん(工お呼びしてもいいのかな?)の記事は素敵ですね。
そっとのりちゃんの寝顔を見ていた桜さん......
桜の花と、のりちゃんの姿が映画の一シーンのように見えます。
私も桜から、色々な思いをもらっているなぁ......と、この季節にまた元気を出してます。
-----
COMMENT:
DATE: 03/29/2006 13:42:56
のりちゃんと呼んでください(#^.^#)
お褒めをいただき、嬉しいです。
思いつきを書きなぐっているもんで・・・しかも、多くの場合、ほかの作業をしながら書いてるので・・・後で読むと、
「何書いてんだろ?」
と吾ながら首をかしげてしまうこともあるんですが(笑)
とりあえず、一日一つネタ探す!という目標は、なんとかこなしてます。
桜の花は、本当に印象の強い花ですよね。怖いこわいと言いつつ、「花見だ!」と思うと、随分わくわくしたりもしちゃいます。ほんと、都合の良い性格だと吾ながら思います(笑)
御互い、春を楽しみましょうね!
-----
--------
TITLE: 春の嵐
BASENAME: 2436555
DATE: 03/30/2006 13:06:43
-----
BODY:
どっどどどどうど どどうど どどう
・・・どころじゃない。
いや、私は、風の又三郎は未読なんだけど、このフレーズだけは、何度か耳にし、
「風」の擬音としては、「びゅ~びゅ~」などというよりずっとそれらしいな、と思っていたのである。
が、今日の風は、
どば~ごば~べば~~~~っ!!
てな感じだ。
う~ん、品がない。
雨模様だって、節操がない。
朝起きたときは、強雨だった。
昼前に小止みになり、太陽が照ってきたので、
「な~んだ、出かければよかったぁ」
なんて思ってたら、今また、少し強めの雨。
それだけならばまだいいのだ。
・・・もちろん、せっかく脹らみかけた桜が散ったらどないすんねんっ!!
とやきもきはするが、まだつぼみなのだから、大丈夫だろう。
問題は、ピカピカゴロゴロな、あいつである。
雷が好きという人はいるだろうか?
絶対安全な場所で、稲光を見物させてやると言われたら、多分喜んで行くだろうと思う。
もし、絶対安全ならば、あいつは、「単色の花火」みたいなもんだ。
迫力のある音も、腹に響いて心地よい。
が。
この黄色い短気な光は、人を殺すんである。
子供の頃、
「雷が鳴ったら、コンセントからプラグを抜いて、電気を消しましょう」
と習った。
けどもである。
現代の生活で、すべてのコンセントからプラグを抜くことなんか・・・できるわけないってば!!!!!!
仕方ないんで、とりあえず、壊れたら絶対いやな機械のプラグは抜いて、テレビを消して、
「どっかでかい建物の避雷針に落ちてください」
と祈ってみるが、なにしろうちは、田舎である・・・。
徒歩10分ほど先の駅前にマンションはあるが・・・雷って、どのくらいの範囲の中から好適地を選んでるんだろうか?
光と音のタイミングのずれが3秒あれば、雷雲の位置から1キロ離れているという。
てことは、だ。
一度の雷の狙いは、大きくても、半径100Mほどの範囲に限られるってことだろう。
駅前に避雷針があっても、意味がな~~い!!!!!
こういう時、いつもならちょっと嬉しい、
「仲良く横並びの町内」
が、切なく悲しく思われるのである。
・・・おや、また晴れてきたよ。
どないなってんでしょ?
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 03/31/2006 15:33:59
ほんまにすごい天気が続いてますね。(><)
枚方は昨夜と今朝と チラチラチラチラ 雪が降っていました。
洗濯モンが 冷たくてカチカチのごわごわです(苦笑)
桜のつぼみも凍えています。
-----
COMMENT:
DATE: 03/31/2006 20:52:20
雪ですか(^^ゞ
3月も末だというのに、全く春らしくないですよね。
明日からは暖かくなるということですが、あさっては雨。
花に嵐とは言っても・・・たまりまへんなぁ(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 動物園
BASENAME: 2440262
DATE: 03/31/2006 20:07:34
-----
BODY:
今日は、旦那の晩ご飯の仕度もしなくていいし、明日は休みだから弁当を作る必要もない。
その上、天気も良いよいよい!
どっか出かけなきゃもったいな~~い、と思い立ったはいいものの、なんの準備もしてなかった上に、そう思い立ったのが、掃除の終わった10時半。
この時間に出かけてもそう遠出はできないし、できれば桜の咲いてる場所がいいし、桜以外のアトラクションも欲しいし、できれば本屋さんに寄りたいし、予算があんまりないので値のはる施設はだめだし・・・と、無茶な贅沢を並べていたら、行き先は、自ずと天王寺動物園に決まっていた。
天王寺公園入園券もついて、500円。
象もライオンもトラも熊もコアラもいることを考えると、随分ありがたい施設だと思う。
桜の花はまだほとんどつぼみだったけど、来週あたり満開なんじゃなかろうか。
この動物園の見所はいろいろあるが、私は、さまざまな猿が並んだ通りが結構好きだ。
仲良く毛づくろいしている姿は微笑ましいし、この時期、ベビーラッシュで、3つほどの檻には、まだよちよちした感じの子供がいて、あどけない目をこちらに向けてくる。
マンドリルが自分のうんちをこねくりまわしている姿も、なんというかかんというか・・・う~ん、微笑ましい。
水の中でのて~~~っと浮かんでいるカバを見るのも好きだ。
カバのケージは、水中から眺めることも出来るようになっていて、どったりとした胴体を支えるカバの足が、意外にも纏足気味であることに気付かされる。
それが水をゆらゆらと掻いているが、あの運動だけで水に浮く助力になっているとは思えない。
それでも地上から見ると、カバの体は、かなりの部分が浮いている。
カバの体脂肪率は、多分、すっげぇ高いと思う。
カバの体脂肪率が高いからって、自分の体脂肪率がちょっとやばめ(24%)なことの慰めになんかならないんだが、ちょっと嬉しい。
もちろん、コアラは人気者だし、ペンギンも可愛い。
が、私が一番お勧めなのは、熊である。
特に今の時期、お勧め。
もしかしたら、話題になって、テレビに出たりして、
「熊の前で立ち止まらないでください」
なんてことになったりするかもしれないから、今が見時ですよ!!!
この動物園には、マレー熊、月の輪熊、メガネ熊がいる。
この熊達、それぞれ自分のテリトリーを、休むことなく右往左往しているのだ。
それだけならばまぁ、なんてことないんだけど、この熊たち、左端でターンする時、それぞれ独特のポーズをするのだ。
中でも秀逸なのは、メガネ熊である。
壁にぶつかると、背伸びをするように伸び上がり、振り上げた手を後に逸らしながら反転する。
これを、左端に来るたびに繰り返す。
今日は春休みなので、たくさんの家族が来ていた。
メガネ熊の前には、20人以上の家族、5人以上の子供がいたと思う。
みんな、熊の反転ポーズを狙ってシャッターを押している。
そのうち、一人の子供がクスクス笑い出した。
その子のお母さんもクスクス笑いながら子供の肩を叩いている。
それを見た隣のお母さんもクスクス笑いながら、子供に耳打ちしていた。
そこにいた家族はみんな、バラバラのグループじゃないかと思うんだけど、みんなクスクス笑いながら、顔を見合わせ、ささやきが私のところまで伝播してきた。
そして、熊が左端でターンした途端、
「イナバウアー!!!」
子供達(何人かの大人も)が、声を揃えた(^^ゞ
初対面なのに、なんでこんなに息が合うんだろ(笑)
多少(?)、反りが足りない気はするが、気合は十分である。
てなわけで、このマレー熊の人気が沸騰しないうちに、是非、皆さんの目でお確かめください。
動物園。
無意識にぼ~っと見てるつもりでも、帰ってきて印象深かったものを思い出してみると、結局自分が気にしているところ(体脂肪とか)が似ていたり、自分が憧れているもの(あどけない可愛さとかさ)を持っていたり、結局、「自分」があって始めて、楽しめるのだということに気づく。
結局、私は「私」という檻の中でしか生きられないということだろう。
それならば、その檻をなるべく広くするようにせにゃ仕方ない。
・・・てなことで(?)、日曜日には花見です。
・・・雨みたいです・・・。
うわ~ん。
-----
--------
TITLE: 夜桜
BASENAME: 2443037
DATE: 04/01/2006 20:09:25
-----
BODY:
私は、「できれば夜桜のライトアップはして欲しくないな~派」だ。
花見で宴会!・・・には、ライトアップする方が良いんだろうけど、宴会するんじゃないならば、桜の背には闇を用意して欲しいと思う。
桜はクールな花だと、私は思う。
かすかな風にさえ動揺して花びらを散らせるのが信じられないほど、静かな花だと思う。
昼の太陽の下で見る桜は、白く無表情だ。
静かに見詰め返してくるだけで、何も語りかけてはこない。
それが、夜の暗がりの中にほっと浮かぶと、十六夜の月のような優しさが滲むのだ。
闇の中でほろほろとこぼれる花びらも、昼間のそれと違い、微熱を発しているように感じる。
やわらかく暖かく、包むように降り注ぐ。
夜の静寂の中でささやかな音をたてて地に零れる花びらの一片ひとひらがしんしんと心に積もっていくようだ。
心の奥底に凝り固まって忘れていた悲しみが溶け出して、あっという間に目の前を流れ去ってしまうような気がする。
その悲しみは決して苦いものではない、甘い悲しみだ。
人は、生活の中で、知らず知らずのうちに瑞々しい感情を押し殺してしまっているものだと思う。
例えば、人を恋したときの胸をしゃくりあげるようなずきりとした痛み・・・そんなものは結婚して9年もすると忘れてしまっている。
でも、私は、旦那を恋することをやめたわけではないのだ。
今でも恋しているのだけれど、恋に伴なう不安や切なさのでこぼこを、「慣れ」で、均してしまっているのだ。
自分が今でも、旦那のことを恋していることに気付くことは、優しい悲しみを呼び起こす。
でもそれは決して辛いことではない。
私はまだ、恋の思いによって、胸を痛ませることができるのだ・・・という発見は、悪いものじゃない。
本来、桜は優しい花なのだろうと思う。
太陽の眩い光のしたでは、表情を強張らせる美女も、夜の帳の下では、本来の滑らかな心を取り戻す。
昼の喧騒の中堪えていた艶かしい吐息を、静かな闇の中で華のように漂わせている。
夜の桜の周りには、言葉には出来ない柔らかな哀しみがふかふかと手にとれるような明らかさで浮かんでいるように思う。
叶うなら、暗闇の中、一人夜桜の下で水のような味のしない涙を流したいなどと思う。
それで何が変わるわけではないのだけれど・・・、心の奥に、小さな桜色の春が芽吹くような気がする。
桜は特別な花なのだ。
特に夜の桜は。
今年は桜の開花が遅いから、まだ幾晩も、桜を楽しめそうだ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: momotan
DATE: 04/03/2006 00:19:38
のりちゃんの文章は・・・・・いつもいつも素敵だわ。
桜の花の気持ちがのりちゃんの言葉を通じて伝わるようです。
-----
COMMENT:
DATE: 04/03/2006 05:56:01
桜は特別な花ですよね。
この時期になると、家にいるのが勿体無くて、そわそわしてしまいます。
昨日の暖かい雨で、近所の桜もかなり開き始めました。
でかけなきゃ(笑)!
-----
--------
TITLE: 土砂降り
BASENAME: 2446773
DATE: 04/02/2006 23:01:31
-----
BODY:
今日は、友人に案内してもらって、東山から三条まで、花見歩きを楽しんだ。
桜には少し早く、三分咲きといったところだが、ふっくらと脹らむつぼみも可愛らしい。
桜の花は1週間で少女から熟女に様子を変える。
今日の桜は、まだ、「幼女」と言った具合だろうか。
魅せるほどの熟味はないが、十分に可愛らしい。
案内してもらった神社も、かなり興味深かった。
心配していた雨も午前中であがり、快適・・・だった。
が、東山を出て、三条へ向おうというその途中、いきなりの土砂降り。
「天の甕が割れた」
と言わんばかりの勢いで、雨が落ちてきた。
慌てて近くにあった地下駐車場に飛び込んだが、ジーンズの膝から下、靴の中に至るまで、絞らなければならないぐらい水を含んでしまった。
雨に濡れることは気持ちの良いもんじゃない。
が、不思議と、爽快な気分にもなる。
私は、何かを専門的に熱心に探求している人の話しを聞くのが好きだ。
必ずしも理解できるわけじゃないのだが、「美しい」と思う。
舞台演出家でもある仕事主さんに演劇の話しを伺うのは、かなり楽しい。
仕事主さんの演出するお芝居は、かなり抽象的なので、
「ああいう経験って普通の人生ではしないでしょう?演じるの大変でしょうね?」
と聞いたら、仕事主さんは、一刀両断で答えられた。
「抽象的な芝居で自分の経験をもとに芝居されたらびんぼくさい」
・・・そういうものか・・・。
よくは分からないんだが、そのはぎれの良さが、小気味よく感じるのだ。
「んじゃ、どうやって演じるんです?」
「神に降りてきてもらうんですよ」
・・・なんか、すごい・・・と思った。
勿論、そのあっさりした口調とは裏腹に、いろいろな苦労もあるんだろうが・・・。
今日、案内してくれた友人は、塾で国語の教師をしているのだが、「気分転換にセンター試験の数学を解く」という程度には数学が好きだという人だ。
夕食の時、大学で数学を研究しながら講師をしているという友人が合流した・・・その時の会話も興味深かった。
国語教師をしている友人が確率の話しをした時、数学研究者の友人はこう言った。
「確率は約分するから嫌い」
・・・どういう意味?
そこにいた全員がその言葉の意味がわからなかったが、数学研究者はその疑問にこう答えた。
「サイコロの1が出る確率は?それは、六万分の一万とか、六千万分の一千万であって、本当は、1/6と違うでしょ?」
なるほど・・・。
こういう感覚を、私は、「美しい」と思う。
何か自分と比べて圧倒的なものが、自分の感覚を覆してくれる瞬間、私はそれを心地よいと感じる。
雨はいろんな表情を持つ。
田を潤し、花を育てる。そして、花びらを散らし、洪水を起こす。
私達はその力の前で、なんらの抵抗も許されない。
ただ、雨を待ち望み、雨が去ることを祈る。
それ以外、どうすることもできない。
雨は、圧倒的な存在なのだ。
雨に身を任せて、ずぶ濡れになってしまうと、天を向いて哄笑したくなるような、妙な清々しさを感じる。
思ったとおり、いきなり激しく振り出した雨は、またあっさりと空に上がった。
雨が通り過ぎた後、道路の脇の桜達は、水分を含み、柔らかく、瑞々しく、恥じらいを知り始めた少女の表情をして、微笑んでいた。
-----
COMMENT:
AUTHOR: moz
DATE: 04/04/2006 01:21:30
いい加減な通りがかり者ですが、
「んじゃ、どうやって演じるんです?」
「神に降りてきてもらうんですよ」
・・・なんか、すごい・・・と思った。
この部分。とても面白いと思いました。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 04/04/2006 01:42:08
>びんぼくさい
>確率は約分するから嫌い
ほんと、素敵ですね。心に‘サクッ’ときました(^^)
-----
COMMENT:
DATE: 04/04/2006 07:53:35
mozさん始めまして。
そのくせ、ちょっと意外に思って、
「神様の存在を信じてるんですか?」
と尋ねたら、
「ぜんぜん」
と即座に否定されたり(笑)
時には、
「わしが神です」
といわれたことも(笑)
結局「神に降りてきてもらう」ってのは、比喩なんでしょうが、その感覚は私にはわかんないです。
なんにしても、面白い人です(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 04/04/2006 07:56:51
自分が素敵だと思った言葉を、ほかの誰かにも素敵だと思ってもらえると、なんだか嬉しいもんですね(#^.^#)
こういう単刀直入なセリフって、ある分野について、専門的に熱心に考えてる人だからこそ出るもんなんじゃないかな~と思ったりするんです。
自分もそういうセリフを言ってみたいもんだと思いますが(笑)
さて、どの分野ならば言えるかというと・・・もう少し勉強しよ・・・としかいえないです(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: moz
DATE: 04/05/2006 01:13:22
私が思ったのは、いわゆる「霊感」「天才の時」といったことです。ある瞬間、自分の潜在的な能力が信じられないような形で発揮されて、あたかも神が乗り移ったかのようである。
そういう経験を自分がしたことがあったかどうか、それは別問題ですが、そういうことはありうることだと思うのです。
いわゆる「神」を信じるかどうか、それとは別問題で、人間の能力の範囲内のことだと私は思います。
普段とてもできないと思っていたようなことが、あるとき「神が乗りうつったかのような」感じで、できてしまうというようなことです。宗教などとは関係なく、人間の能力が奇跡とも思われる感じで発揚されることがあるのではないか、そんなふうな印象を私はもっています。
神が乗り移るのではなく、「神が乗り移ったかのように」奇跡的に
素晴らしいことを成し遂げてしまうのです。
-----
COMMENT:
DATE: 04/05/2006 07:50:33
所謂、「火事場の馬鹿力」的な能力のことですね。
それはあると思います。
ただ、仕事主さんのおっしゃってるのは、またそれとは違うと思うんですね。
少なくとも、仕事主さんのおっしゃる「神」は自分の意志で呼べるものだと思います。
お芝居は、毎回決まった時間に演じなくてはいけないわけで、神が降りてくるのを待つわけには行きませんから。
もちろん、「自分でも信じられないほど素晴らしい演技をしてしまった」ということもあるとは思うのですが、それを期待してちゃ、プロっていえませんもんね(笑)
-----
--------
TITLE: 京都
BASENAME: 2447988
DATE: 04/03/2006 12:32:00
-----
BODY:
「京都ってどんなところ?」
と聞かれたら、
「人混み」
と答えてしまうほど、私の過去の京都散策は、人にまみれていた。
そりゃまぁ、仕方ないのだ。
祇園祭とか、紅葉シーズンの嵐山とか、桜シーズンの円山公園とか、人が集まる時に行ってるんだから、混んでて当たり前。
なのだが、どうしても、混んでいたという印象は、強烈に記憶に残ってしまっていた。
勿論、通勤ラッシュを10年以上経験していたわけで、人込みがいやでしょうがないというわけじゃない。
ただ、駅などの人込みはスピード感がある。
皆、目をまっすぐ目的地に向けて歩いている。
観光地の人込みは、まず歩みが遅いし、あちこちで立ち止まっては談笑しているわけで、全然前へ進まない・・・イラチな私には、かなり「楽しみづらい」というわけだ。
そんなわけで、あちこちの神社に参拝するのが好きな割りには、京都へ足を運ぶことは少なかったりする。
ただ、桜の季節の京都は綺麗だと思う。
・・・思うが、どこが良い場所かよくわからないでいた。
そんな時に、京都在住の友人から、「京都の桜名所を案内しよか?」とのお誘い。
渡りに船と飛びついた。
マメな友人のこと。
私達夫婦のために、どの場所を案内しようかとかなり練ってくれたからこそだとは思うのだけれど、「京都ってこんなに面白かったのか!」とびっくりした。
例えば、南禅寺は、もう3度以上足を運んでいると思う。
でも、インクラインというものを知らなかったし、ましてや水道橋の上を歩けるなんて知らなかった。
インクラインというのは、琵琶湖疎水を渡る船を運ぶ線路のようなもの。
まっすぐに走る、「電車の走ってこない線路」の両脇に桜が並んでいる風景を想像してもらったら分かり易いと思う。
水道橋は、南禅寺を訪れた人は必ず写真に収めるだろうと思う。
レンガで出来た、めがね橋が、陸の上を走っている。
このめがね橋をくぐったことは何度もあるのだけれど、その上をまだ「水」が流れているなんてこと知らなかった。
今回、その上を通って、この橋がまだ現役であることを初めて知った。
東西南北、碁盤の目状に走る大通りの人込みを避けて、少し入った小路を歩くと、らくらくと歩ける・・・が、案内してもらわなければ間違いなく迷う(笑)。
その小路の所々にまた、桜が映える川やら家並みやらが出現する。
その町の本当の顔を見たいと思えば、何度も足を運ばなくてはいけない。
そんなことはわかっていたはずなんだが、私は今まで、京都を「知りたい」と思っていなかった。
今回は、たまたま京都を愛する友人が案内してくれたから、京都という町の「愛らしさ」を知ることが出来たが、もし、この機会がなければ、私はまだ、京都を、「人込み」と思っていただろう。
勿論、本来は、自分で何度も足を運び、調べてこそ、その町を愛することが出来るというものだと思う。
でも、ちょっと食指を動かしてみるだけで、こんなに楽しめることもある。
なんであれ、「興味ない」と切り捨てるのは、勿体無い。
桜はまだ咲き始め。
このシーズン中に、あと一つや二つ、どこか、「知らない場所」を開拓しようと思う。
-----
--------
TITLE: 昼ごはん
BASENAME: 2451111
DATE: 04/04/2006 14:22:39
-----
BODY:
平日は、一人で昼ごはんを食べることが多い。
毎日2合半のご飯を炊いて、晩ご飯に私と旦那が一膳ずつ、そして旦那の弁当に一膳分。
あと一膳分が残るから、それをお昼に食べる。
一膳分だけを炊飯ジャーに残しておくと固くなるし、大体電気代も勿体無いので、冷ご飯にしてしまう。
そして、今、うちには電子レンジがない!
・・・ということで、昼ごはんは、チャーハンか、雑炊、オムライスといったものになることが多い。
一度、ご飯を溶き卵に混ぜて、キャベツなどの野菜も混ぜてお好み焼風に・・・とやってみたが、あんまりおいしくなかった(^^ゞ
あとは、おむすびにしておいて、トースターで「焼きおむすび」にする・・・というのもやってみたが、焼くのに手間がかかる(何度もタレを塗る作業が)割には、そんなにおいしくなかった(笑)
お茶漬けやねこまんまだと、ご飯の固さがほどけない。
チャーハンは、多少なりの肉類が欲しい。
ソーセージかハムくらいは欲しい。
でも、普段、この手のものをあまり食べないので、冷蔵庫にこれらのものがあることは滅多にない。
オムライスは、1週間に一度食べたいとは思わない。
せいぜい月に1度くらいで十分。
甘いものがあまり好きではないからか、ケチャップの味が主体のオムライスは、好きだけど、あんまり食べられない。
そんなわけで、「今日も雑炊~明日も雑炊~♪」となりがちだ。
仕方ないから味付けを工夫する。
鮭のアラを買ってきてそれで出汁をとる(もちろん身はほぐして入れる)、きのこ類をまずしんなりするまで火を通してからおもむろにだし汁を入れる、牛乳雑炊にしてみる、味噌を解いてみる、豪勢にフカヒレスープの雑炊にする・・・などなど。
しかし・・・それでも、雑炊は雑炊。
心が寂しくなる・・・というほどじゃないけど、感動はない。
・・・そう考えると、わんこや鳥はえらいなぁと思う。
毎日同じもので満足している。
特に、わんこなんかは、毎日のご飯の度に、大興奮してはしゃぎまわっている。
うちのわんこは、
「よし」
というまで食べないことになっているのだが、待っている間、ずっとわくわくした表情で、私を見つめ続ける。
それでも私がなかなかよしと言わないと、手を舐めにきたりする。
「早く食べたいぃ」
というように。
たまにはおやつをあげたいと思うのだが、うちの子は去年病気(?)をしたため療養食を続けていて、「おやつ禁止」なのだ。
療養食だから、ずっと同じ味、同じ食感のもの。
それを毎日2度。
それでも、毎度毎度の食事の度に、
「うわ~~~い」
という表情をするわんこ。
いじらしいと思うべきか、
いじましいと思うべきか。
一文字違うだけだが、えらい違いである。
-----
--------
TITLE: 予感
BASENAME: 2453900
DATE: 04/05/2006 12:55:21
-----
BODY:
私は、「超常現象懐疑派」だが、旦那ははっきりと「否定派」だ。
「説明のつかないこと」も、必ず「科学的」に説明をつけてしまう。
例えば、私は幽霊を見たことがないが、旦那はある。
バンコクのホテルで、玄関から黒い影が「ぶわっ」と近寄ってきたそうだ。
ちなみに、「幽霊怖い」と一人旅の時は泥酔しなきゃ眠れない私は、その夜お酒を飲んでなかったにも関わらず、爆睡してたそうだ(^^ゞま、そんなもんでしょ。
・・・と、旦那は幽霊を見たことがあるわけだが、その体験を話すとき、必ず幻覚を見る脳の働きについて語るのだ。
「幽霊は脳みその中にいる」
その説は私も知っているし、それはそうかもしれない。
もう随分昔のことだが、土曜日のお昼、「心霊写真を暴く」とかそういう特番が何度か放送されていた。
一見「まごうかたなき心霊写真」でも、プロ(確か大阪芸術大学の写真学部か何かの教授だったと思う)は、その「謎」を「科学的」に追求し、ついに全く同じ場所で全く同じ写真を撮ってしまう。
これはなかなか面白かった。
写真では「後には人が立てない」ように見えるが実際現場に行ってみたら人が立つ場所があったとか、水滴がうまい具合に重なるとごく不思議な写真になるとか、古い写真では処理液のタレが不可思議な画像を作り出すとか・・・それを再現してしまう腕前もすごいが、その「プロ」さんの、確信に満ちた雰囲気は、なかなかに頼もしかった。
が、だ。
このことによって、
「心霊写真はない」
という証明は出来ない。
ただ、
「人為的に不可思議な心霊写真を撮影できる」
ということを証明しただけだ。
同じように、幽霊は脳の中にもいるのかもしれないが、客観的・・・というか、恒常的に?・・・うまい表現が浮かばないが、とにかく脳の中以外に存在しないという証明は出来ない。
・・・これを「悪魔の証明」というのだと、最近教わった。
「ない」ことを証明するのは、至難の業なのだ。
あらゆる可能性をしらみつぶしにしないといけないのだから。
さて、私は、「超常現象懐疑派」だ。
超常現象はないとは思わない、どちらかというとあって欲しいと思う。
が、闇雲に信じるような愚行には走りたくないと思っているし、ましてや「自分に霊感がある」「自分に予知能力がある」などと思い込み、そのことにかまけて、責任感ある社会生活を送れない・・・てなハメには絶対になりたくないと思っている。
だが、不思議なことが起きた場合、それを何もかも科学的に説明するのは、無粋だとも思う。
特に、「恋の予感」などという、ロマンティックなものの場合は。
私と旦那は、知り合ってから結婚するまで半年もかかっていない。
といってもお見合い結婚じゃない。
1996年の末、参加しているメイリングリストで、ある夫婦のお別れオフ旅行が企画された。
そのご夫婦に大変お世話になっていた私は、参加を表明。
そのオフの企画者が旦那だったというわけだ。
言い訳かもしれないが・・・。
今はオフ会に参加するにも、犯罪の心配をしたほうが良いと思う。
なんの前知識もなくオフ旅行に参加するなんて危険極まりないと思う。
当時はネットをするにはある程度の知識が必要だったから、誰でも彼でも参加しにやってくるわけではなかったし、そのメイリングリストはほとんどの人が本名で参加していた・・・つまり匿名性に隠れた犯罪の心配を私はしていなかった。
そして、メイリングリスト内の人間関係は、ネット上だけでなく実生活でもそこそこ濃密だったので、何か危険があるとは判断しなかった。
参加にあたって、私は旦那に、持参する物などの質問メールを送った。
それに対する返事は、ごく事務的だったが、それを見た時、なぜか、
「あ、私、この人と結婚するかもしれないな」
と思ったのだ。
それは「恋の予感」なんてのじゃなかった。
まさしく「結婚の予感」だった。
そして、当日、旦那を始めて見て、生理的に受け付けない顔ではないことを確認してホッとした(笑)
・・・生理的に受け付けないというのが、どういうことに起因するのかよくわからないのだが、ハンサムなのに、生理的に受け付けない顔というのもある。
過去にそのタイプの顔の人にいやなことをされたとかそんなことなんだろう・・・私は、パッチリ二重の目がどう~もダメなのだ。
そして、旦那といくつか会話を交わした後、私はあっさり、「惚れた」と決め付け、その場でアプローチし、その半年後には夫婦になっていた。
まさに、「結婚の予感」は的中したわけだ。
これだって、説明しようと思えば、いくらでも説明はつく。
例えば、当時私は28歳だったから、そろそろ結婚を意識する年頃だとか。
「結婚する」と思ったからこそ結婚したんだとか。
でも、「結婚の予感があった」ひいては、「運命の人と結婚した」と考える方が、夢もロマンもあるってもんだ!
と、私は言いたい。
誰に迷惑をかけるわけでもないんだから、こういうことは、「神秘的な体験」と思っておきたいというわけだ。
そんなわけで、私は、ほかの誰かが神秘的な体験を口にした場合、相手が「だから自分はすごい」という結論に持っていこうとしているのではない限り、面白くそれを聞くことが出来るし、可能ならば、それに対する、「神秘的」な解釈を口にすることもある。
横で聞いてた旦那が、それに対して、「科学的かつ無粋」な解釈をしようものなら、思いっきり足を踏み付けてやったりする。
しかし、旦那の不思議なところは、そういう態度をとる反面、「正夢」の存在を信じているところ。一貫してないのだ。
「予感」についても、(本人は無意識かもしれないが)肯定的だ。
結婚に関して、私には「予感」があったわけだ。
私側だけ、予感があったというのも面白くないので、旦那に聞いてみた。
「あなたは、私を見た瞬間びびっとなんか予感がせんかったん?」
「予感した」
「ほら~、やっぱりぃいい。で、どんな予感?」
「この人に言い寄られるんちゃうかっていう予感がした」
・・・・・・。
ムカつくけど・・・あたっとるやんか。
まぁ、そんなわけで、不思議な現象ってのは、あるのである。
納得いかないけども、あるようなんである。
くっそ~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: utsugi
DATE: 04/06/2006 00:51:40
1 種々の真面目な研究・報告からして、神秘的体験とか、臨死体験とか、超能力とか、いわれるものがまったく嘘だとはいいきれないと思います。(真実かどうかについては、十分な疑いをもって考える必要があると思います。)
ただ、「もし霊現象や怪奇現象が《実際に存在する》としたならば」、それは紛れもない事実であって、科学の対象となりうるはずなのです。科学とは世に実際に起こる事について研究するものですから。科学の研究によってその秘密が明らかになった場合、それは「実際に起こりうること」であって、不思議ではないということになるでしょう。
2 もう一つの興味は、こうした怪奇的な現象に対して、人間が異常なほど心を引かれる、多くの人が関心を寄せる(魅せられる)、という点です。どうして人は神秘的或いは不思議な現象に心を惹かれるのだろうか、という点です。
-----
COMMENT:
DATE: 04/06/2006 05:24:37
なるほど。確かに、科学的に証明されてしまったら、それは最早「不思議」ではないですね(笑)
どうして人は神秘的な現象に心を惹かれるか、は、いろいろな原因が考えられるように思います。
一ついえることは、「神秘的な現象」に裏付けられると、何気ない出来事が、「意味ありげ」になるってことですね(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 04/06/2006 09:50:35
そうですね~
私は、なんか不思議な事は証明されたくないような気がします。
不思議は不思議のまんま「不思議だよね~」って思いたいって。
でも、予感....は確かにありますよね(笑)第六感っていうか。
特に結婚に纏わることはね(苦笑)
でも、でも、あれって 予感かな?希望・期待かな?(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 04/06/2006 18:41:40
325さんも、結婚に関して予感がありました?
でも、ほんと、結婚って不思議ですよね。
何年も付き合っても結婚しない人とはしないし、会って3日で結婚を決めることもあるし(^^ゞ
やっぱり、あれですかね。
生まれる前は二人で一つだったのが、分かれて生まれてきたんでしょうか(笑)
まぁ、真偽はともかく、そう思ったほうが幸せだと思ってます(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 04/06/2006 23:15:29
予感だったのか 今となっては 単なる勘違いだったのか(笑)
実は旦那の肝臓が、フォアグラ状態だって 昨日 判明したんです。
あんなのと その昔 一つだったとは....勘弁してください(笑)
でも、20歳で出会ったときには「あれ?この人....結婚する人だ」って 思いましたよ。
それから5年して やっぱり 結婚してしまいました。(^^;)
あれから10ン年....(のりちゃんさんに隠してもバレバレですが)
人生の半分近くを 一緒にいますからね~。
そう思ったら これはやはり不思議な縁....。
「えん」ではなく「えにし」なんでしょうね~。
-----
COMMENT:
DATE: 04/07/2006 07:34:50
フォアグラですか(^^ゞ
食餌制限とか必要なんでしょうね。
お大事になさってくださいね。
私の場合、結婚するまでは、すごくプライベートが大事だったんですよね。
それが結婚したら、個人の部屋さえないですから。
どこかで「他人じゃない」ってな感覚があるんだと思います。
確かに、結婚は、不思議な縁だと思います。
-----
PING:
TITLE: 旅行で得をするための工夫や裏技紹介しています。
URL: http://akvoyage.blog40.fc2.com/
IP:
BLOG NAME: 旅行で得する☆一人旅、ツアー、国内、海外での裏技・格安情報☆
DATE: 04/09/2006 02:39:22
旅行の準備のコツや一人旅、国内旅行、海外旅行を楽しく、安く、面白くする工夫を紹介しています。
-----
--------
TITLE: 再び京都
BASENAME: 2457052
DATE: 04/06/2006 18:43:46
-----
BODY:
天気予報で見ると、今日は晴れ。
桜も満開が発表された。
ということで、今週の初めから今日は花見の予定だった。
が、日曜日に京都へ行ったばかりなので、今回は南へ向うはずだった。
それが、なぜ再びの京都となったか。
まず、日曜日、帰ってきてチェックしたら、一番興味深く思っていた神社の写真撮影を忘れていたことに気付いた。
花の写真などは忘れていても問題ないが、神社はサイト上で紹介するにあたり、写真が欲しい。
旦那も写真を撮影していたので旦那の写真をもらおうと頼むと、なんと、旦那も忘れたという・・・。
その時、「これは、また東山に行けということか?」とちょっと思った。
が、京都在住の友人も木曜日に東山あたりで花見の予定と聞いていたし、彼は自転車での移動だというので、
「神社の写真を撮影してきて!」
と頼むと、
「今日が無理でも、いつか撮影して送るわぁ」
との回答。
ありがたいっ!と、南へ向う花見の旅の予定をぴっちりたてていた。
が・・・前日、予定していた場所にちょっとしたケチがついてしまった。
こうなってみると、
「こりゃ、素直に東山に行ったほうが良さそうだな」
という気分になってくる。
それで、急遽、京都行きを決めたのだ。
今回のコースは、日曜日と少しだけ重なる。
山科疎水を歩き、その後地下鉄で蹴上へ。
インクラインを歩き、水道橋を歩いて戻る、そして再びインクラインを歩いて南禅寺へ。
その後哲学の道を歩き、出町柳から電車に乗るという、まさに、「花の道」三昧の旅だった。
インクイラインに着いたとき、友人からメール。
「今インクライン到着。ニアミスするかなぁ?」
との内容に、
「私も今、インクライン」
と返事。しばらくすると、友人の姿が見えた。
他愛もない話をしながら、一緒に南禅寺に戻り、水道橋を逆行。
友人はここで、自転車に乗り、京都御所へ向った。
私はまたインクラインを歩き、南禅寺・哲学の道へ。
哲学の道を歩くのは始めてではない。
でも、この道を最後に歩いたのは、10年以上前だ。
その時は、一人ではなかった。
一緒に歩いたのは旦那でもなかった。
恋とは傷つくことだと闇雲に思い込んでいた私は、殊更に傷つかねばならない恋をし、無意味に相手を傷つけ、そういうものだと思っていた。
破れかぶれの恋を、掌中で大事に撫で回したり、かと思うと砂利道を転がすような乱暴な真似をしたりした・・・などとオブラートに包んだ綺麗な表現をしてみるが、実際のところ・・・ま、恥かしくて人には言えない話しが多いのだ。
いや~、若いって恥かしい(と、ごまかす)。
当時、この道をどのようにして歩いたか、覚えている。
二人腕を組んで・・・でも、二人とも目は前だけを見ていた。
旦那と道を歩く時、腕や手を繋がないことが多い。
腕なんか組んだら動きが不自由になってしまうからだ。
でも、その分、御互いの表情を何度も確かめる。
10年前とは全く違う気持ちで見る桜色の空は・・・、10年前と何一つ変わっちゃなかった。
私が変わろうが、何かが変わるわけではないのだ。
あれから私は、「美学」というものを強く意識するようになった。
社会において、生活において、絶対的な善悪などあるべくもない。
時によって、場によって、人によって、善と悪は微妙に交錯する。
自分が何か行為を選ぶとき、それが善か悪かなんて判断することはできない。
もし出来たとしたら、それは独善になりかねない。
私は、「その行為が、自分の美学に照らし合わせて恥かしい行為ではないか」と確認する。
恥かしければやらない。恥かしくなければやる。
責任から逃げるような行為は恥かしいからやらない。
我利を追求するような行為も恥かしいからやらない。
ある程度の自己主張は恥かしくないからやる。
嫌いな人間について中傷を広めるようなことは恥かしいからやらない。
嫌いな人間について関わらないようにすることは恥かしくないからやる。
私が何を恥かしいと思い、何を恥かしくないと思うかは、他人のそれとは多分違うだろう。
私が「恥かしくない」とした行為が他の誰かにとっては、「悪」かもしれない。
でも、それは致し方ないと思うのだ。
無数の人すべてにとって「善」などというものは、非常にありづらいと思うから。
ふと立ち止まって空を見上げる。
すると桜の花弁一枚一枚が、必ずしも完全に美しいというわけではないことに気付く。
一つ一つを凝視すると、花びらが欠けていたり、少しいびつだったり。虫が食っていたり。
が、全体を見渡すと、桜は限りなく美しい。
小さなこと一つ一つをこだわることはないのだと思えてくる。
一本の桜の樹になれば良いのだ。
そして多分、この世界は、全体としては満開の桜なのだ。
一枚一枚は、不完全に思えても、全体として見ると、多分、驚くほどに美しいのではないかと思う。
晴れていた空が俄に曇った。
それと同時して起こった風に舞い上がった花びらは、いとも軽やかに宙に舞った。
-----
--------
TITLE: まごうかたなき春
BASENAME: 2459118
DATE: 04/07/2006 13:21:19
-----
BODY:
快晴、満開の桜、上空でさえずる燕。
誰がなんて言っても、これは春である。
家にいるのは勿体無いが、そうそう出かけては、交通費だって馬鹿にならないので、買い物のついでに近所の神社へ出かけた。
桜は50本ほどかと思うのだが、100坪くらい???の境内にそれだけの桜があると、なかなかに圧巻だ。
たま~に雑誌に載る程度の「名所」なので、シートを敷いてお弁当を食べている集団が10組ほど。静寂は望めないが、うるさいというほどでもない。
私は石垣に腰を下ろして空を見上げた。
私は、5年前に仕事を辞めるまで、
「ぼ~っとする」
ということが出来なかった。
もう、時間を無駄にするのが勿体無くて、もったいなくて・・・(笑)
通勤電車の中、待ち合わせの時間、食事の間、とにかく本を読んでいた。
手持ちの本を読み終えてしまい、運悪く新しい本を用意していなかった時などは、躍起になって、「何か用事」を思い出して段取りを考えたりした。
大概の段取りはその場でも十分できるんだけど、とにかく時間を無駄にするのが、勿体無くてしかたなかったのだ。
とにかく突っ走ってないと失速して墜落するように感じて手当たり次第に掴んでは投げていたから、かなりギラギラした女に見えたんじゃないかと思う。
向こうっ気も強くて負けず嫌いなもんで、今思い出すと青ざめてしまうような、失礼な口もかなりきいた。
とにかく前に進みたい人間に対して、
「そんなに頑張らなくていいんだよ」
なんて言ったってあかんのだ。
頑張りたくてあくせくしてるんであって、本人は無理をしているなんてつもりは全くないんだから。
「そんなに頑張らなくて良い」と言う人がさぼってるだけにしか見えないのだ・・・でも・・・あのぅ、事実、こういうセリフを言ってくる人は・・・あのぅ・・・あんまりお仕事のできる方はいなかったと思う・・・えへ♪
・・・と、今は、人に対して、「使えんやっちゃのぅ!」なんて言うのは、独断すぎるとわかってんだけども・・・。
当時はほんと~に、生意気だったと思う。
仕事を辞めて、それが治ったとは言わないが、随分と余裕を持ってものを見れるようになったと思う。
桜の下で時間が流れるのを頬に感じるというようなことを、楽しめるようになった。
年食ったせいかもしれないが、昔のことを思い出して、懐かしんでしまったりする。
・・・まぁ、そのついでに、忘れていた恥かしいことなども思い出してしまって、
「んぎゃぁああああああ」
と叫びたくなったりもするんだが・・・。
春という言葉は、若々しい雰囲気を持っている。
「青春」といえば、20歳前後の年を指すんだろう。
だが、本当は、春は若くないんじゃないかと思う。
セミと一緒。
実は、春は、冬の間、地中でメキメキと成長を続け、晩年の姿を見せるためだけに、3月から5月の一時期、地上に姿を現す・・・そんな気がする。
夏は春が成長した姿ではない。
夏になれば春は種を残して枯れ、来年の春まで地中に潜んでいるのだ。
だからこそ、春は、物思いを運んでくるのだ。
地中にあった頃の思いをすべて孕んで地上に萌え出てくるのだ。
そう思えば、納得が行く。
人は生きるにつれ、思いを重ねていく。
来年の春、私は何を思い出しているだろうかと思う。
来年の春、「んぎゃぁああああああ」と叫ばずにすむように・・・まず、この1年は身を慎みたい、と思う・・・きっと叫ぶだろうけど、来年も・・・.
後記
旦那から、
「どう見てもあそこは、500坪以上はあるやろ。花かて200本くらいあるんちゃうか?」
とつっこまれました。
・・・私のこういう感覚は、ほんっといい加減です(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 桃源郷
BASENAME: 2462576
DATE: 04/08/2006 19:39:05
-----
BODY:
紀ノ川沿いに、「桃源郷」と呼ばれる土地がある。
堤防から見下ろすと、一面ピンクの桃畑。
まさに、「桃源郷」だ。
何故だか理由はよく知らないが、桃は邪気を祓うとされてきた。
古事記でも、伊邪那岐神が黄泉醜女を追い払うために、桃の実を投げている。
この桃畑の手前に紀ノ川。
随分厳重に、「邪気」の侵入を防いでいるものだと思う。
桜は見上げて楽しむ花だが、桃は見下ろして愛でる花だ。
まさしく桃色に広がる蜜の園を堤防の上から眺めていると、目に見えない渦が上空に達しているかと感じるほどの爛漫さだ。
しかし、その花は明るく、無邪気な感じを受ける。
形も香りも梅を少し大きくしたような実をつけるのに、梅と違って、花には香気がない。そのことが、この花の素朴さを一層際立たせているように感じる。
色は溌剌とした少女のように明るく、ドレープの入ったつぼみにはフレアスカートの柔らかさを感じる。
桜・桃・梅。
濃さは違えど、どの花も同じピンク色。
咲く頃もほぼ同じであるのに、桃だけが邪気を祓うとされたのは、この健全さによるものかもしれない。
桃の花園を旦那と二人で歩く。
相変わらず、旦那は腕を組みたがらないので、二人大きく手を振って歩く。
綺麗な景色を見つけると、旦那は、
「早くはやく!そこに立って!」
と私をせきたて、デジタルカメラを構える。
そして、すぐに私が目を瞑っていないかをチェックし、薄目を閉じたようなヘンな表情で映っていると、
「もう一枚撮るから、はやくそこに立って!」
と命令する。
澄ました表情で映っていると、心から満足気に、
「よっしゃ!」
と微笑む。
桃色の影が旦那の顔に映えて、おかしくなる。
「この人は、まるで桃の花みたいだ」
と。
大の男を捕まえて、「桃の花のよう」なんていうのは、おかしいんだが、
実際、旦那の妬みや猜疑のない心は、「邪気」を一切近寄らせない。
というより、旦那は、「邪気」の存在に気付いてないことが多い。
私の気持ちを慮ってくれるとか、そういう気遣いのある人ではないのだが、いつも、同じ笑顔で側に立っている。
私が嬉しそうなら、楽しそうに私を見ている。
私が不安そうなら、ほんの少し心配そうに、私を見ている。
私の機嫌が悪ければ、びくびくしながら、私を見ている。
その視線に守られているからこそ、私は大きく手足を伸ばして、あくびをすることが出来るのだと思う。
大きく揺れる旦那の左手を、右手ですっと掴むと、旦那の目に小鳥のような笑みが浮かんだ。
私が掴んだ左手を殊更に大きく振って、私の右手を振り払う。
そして、いたずらを叱ってもらおうとする子供のような表情で、私の顔を見るのだ。
肩をすくめた私の横で、桃の花が、旦那の浮かべているそれと全く同じ表情で、声をたてて笑っているように思えた。
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 04/09/2006 09:41:45
おお~ あいかわらずもおのろけおのろけブログですなあ(^o^)
その..
なんですかあ?
のりちゃんも知ってるようにうちの旦那も手をつないでベタベタ
するの大嫌いなタイプで私が腕を組みにいっても
じゃけんにふりほどかれます(^.^;...(ウ~ム)
ま~それでもなんともないんですけど春になるとなんか
手をつないで歩いてるカップル見たらちょっとうらやましいなあ
年配夫婦でも仲睦ましそうに手をつないでるやんなあ
-----
COMMENT:
DATE: 04/09/2006 12:57:59
おのろけかな・・・おのろけかも(笑)
こないだ満員の京阪電車の中で、私の前に立ってたカップルが、ものすご~くベタベタしてまして・・・。
満員なんで動けないし、女の子の身長が私ぐらいのため、どうしても目に入っちゃうんですよ(笑)
そういうのは、ちょっと困るんですけど、手をつなぐぐらいなら、いいですよね。
でも、男の人にとっては、手をつなぐのもベタベタするのも、同じくらい恥かしいことなんでしょうか???
確かに猫さんの旦那さんも、手をつなぐの嫌がりそうな雰囲気ありました(~_~)
ま、夏になったら汗かくので、私自身も手つないだり腕組んだりするのは、いやだと思うようになるんですけどね(笑)
-----
--------
TITLE: 花吹雪
BASENAME: 2464616
DATE: 04/09/2006 14:32:26
-----
BODY:
天気予報では、明日は雨だ。
咲き乱れている桜は、雨に落とされてしまうだろう。
この付近では、今日が桜の見納めとなりそうだ。
旦那はどうも風邪をひいたらしく、
「腰が痛い」
というので、それじゃ・・・ということで、近場の神社に出かけた(なんやかんや言って風邪ひきの旦那を連れ出す妻)。
咲き始めの桜も綺麗だが、繚乱と花びらが舞い落ちる、花吹雪の頃は、綺麗というより、「尋常ではない」という気がする。
枝の間をしきりに飛び回っていた小鳥達も、今日は姿を見せない。
家族連れが宴席を広げ、屋台の呼び声が喧しい中で、なぜこんなに端然としておれるのか。
頑なな感じさえしてしまう。
ソメイヨシノは、実を結ばない。
これほど日本中に溢れているソメイヨシノは、すべて挿し木などの方法で増えたのだのだそうだ。
つまり、日本中のソメイヨシノは、すべて同じ遺伝子を持っているということ。
そして、だからこそ、ソメイヨシノは実を結ばないのだ。
「自分自身と愛し合って子を成す」
という不自然を、この花は好まない。
それゆえ、この花は、次の世代を作らないのだ。
そう考えると、桜がささやきあうように枝をすり合わせることや、取り澄ましたような冷たさも理解が出来るように思う。
ソメイヨシノは、この世で、「自分」しかいないのだ。
どこまでいっても、「自分」だけしか・・・。
気が遠くなる。
また風が吹いて花びらを散らせる。
思わず、旦那の手を握ると、今日は旦那は手を離さなかった。
昨日のブログを読んだからってのもあるんだろうが(笑)、もしかしたら、旦那にもソメイヨシノの孤独が少し伝染していたのかもしれない。
***
ちなみに、
「でも、たま~に、小さな黒っぽい実をつけてるソメイヨシノを見かけるよなぁ?」
てなわけで、検索・・・。
なるほど、他の桜と交配して実をつけることがあるんだそうだ。
つまり、「血統書つき」のソメイヨシノは、種から生まれないけど、「雑種」を生み出すことは出来るということ。
そう考えると、ソメイヨシノは、「孤独」というより、「ユニーク」といえるかもしれない。
***
で、初めてトラックバックってのをしてみようと思ったんですが、これって、
「参考にしました」というお知らせを送るだけの機能で、ブログ上に、参考にしたURLが反映されるってわけじゃないんですね(^^ゞ
てなことで、このブログを参考にさせていただきました↓
http://blog.so-net.ne iron-heart/2005-03-11
いや~、機能を理解してなかったもんで、何度も編集しちゃいましたわ・・・。
***
と、しつこく調べていたら、こんなブログも発見
http://shinakaji.exblog 2466524/
にゃるほど・・・。
「ソメイヨシノとは?」
てなとこから、考えさせられました。
う~ん・・・目からウロコ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/09/2006 15:42:05
こんにちは。
日本の全てのソメイヨシノはクローンなんですよね。
私もそれを初めて知ったときはビックリでしたー。
-----
COMMENT:
DATE: 04/09/2006 15:52:35
こんにちは。ブログ拝見したら、私と同じ年ですね(#^.^#)
今後もよろしくお願いいたします。
私は、ソメイヨシノがすべてクローンであると知ったときより、ソメイヨシノが出来たのが江戸時代っていう方がビックリしたんですよ。
だって、平安時代にもソメイヨシノはあったと思ってたんですもん。
和歌に詠まれている「桜」は、ソメイヨシノじゃないのね~~~・・・と(笑)
-----
--------
TITLE: 雨
BASENAME: 2467341
DATE: 04/10/2006 12:39:31
-----
BODY:
今日の雨は、花散らせの雨となった。
地面にこぼれる花びらも、雨に濡れてイキイキと見える。
雨も悪いもんじゃないと思う。
雨にはいろいろな名前がある。
例えば、「甘雨(かんう)」「慈雨(じう)」なんてのは、いかにも優しげだ。
草木を暖かくぬらせ、湿らせ、育てる雨。
さっと降ったと思ったら、あっという間に去ってしまう雨を、「時雨(しぐれ)」と呼ぶのは美しい。
また特定の催事に絡んだ名前もある。
例えば、「洒涙雨(さいるいう)」という名前の雨がある。
七夕の夜に降る雨のことをこう呼ぶのだ。
ご存知だろうが、7月7日は、牽牛と織姫が年に一度のデートを楽しむ日だ。
だが、雨が降ると天の川の水かさが増して、二人は会えない。
1年間、再会を楽しみにしていた恋人は、川の両端で涙を流す。
だから、7月7日の雨を「洒涙雨」と呼ぶ。
・・・この話は、確か開高健がどこかに書いていたのだと思うのだが・・・友人にその話しをしたら、
「それじゃ、7月6日に降る雨はなんていうか?」
と出題された。
7月6日じゃ、別に雨が降っても牽牛も織姫も困らないし・・・と首をかしげたら、
「洗車雨(せんしゃう)」
というのだと教えてくれた。
つまり、牽牛が年に一度のデートに備えて牛車を洗う。
その洗車に使われる水が天から降ってきて、雨となるというわけ。
そういう考えがあるのなら、「洒涙雨」の方も、天で1年ぶりの再会を果たした牽牛と織姫が、嬉し涙を流し、それが地上に降って雨となる・・・というのが本来だったのかもね・・・とも思うのだ。
統計を取ったことはないが、7月7日が雨であることはすごく多い。
そりゃそうだ。
だって、大阪はこの頃、まだ梅雨の真っ最中なんだもん。
私が生まれてこの方、二人が無事再会できた夜は、10回にも満たないかもしれない。
そんな不幸な!!
・・・それよりは、七夕の雨は二人の喜びの涙と考える方が、ちょっといいかもしれない。
「驟雨」とはにわか雨のことだが、「驟」という字を漢辞海でひくと、語義は、「馬が駆ける」と書かれている。
馬が走り抜けるように、いきなり激しく降り出して、さっと上ってしまう雨を驟雨と呼ぶというわけだろう。
それを知ると、驟雨に見舞われても、なんだか楽しい気分になる・・・かもしれない。
「遣らずの雨」という言葉もある。
例えば、恋人が訪ねてきたと想像してもらいたい。
少しでも一緒にいる時間を延ばしたいと思うが、恋人には事情があって、夜をともに過ごすことが出来ない。
「そろそろ帰るよ」
と言う言葉に、事情をよく知っているあなたは、黙って頷くしかない。
そんな時・・・雨が降り出した・・・、
「まだ帰らなくても良いじゃない」
というように。
こういう雨を「遣らずの雨」と呼ぶ感性は、なんともいいよなぁと思う。
さてさて。
今日の雨は、春にしては冷たい雨。
桜の花びらを落とす雨。
地面に落ちた花びらを湿らす雨。
この雨をなんと名付けよう?
コピーを考えるのは、苦手なんだけど・・・。
例えば、「花敷くの雨」なんてのはどうだろう。
地面に花びらを敷き詰めるかのような雨・・・野暮ったいかしら(T_T)
今夜一杯で、樹の上の桜は、あらかた地面に落ちてしまうだろう。
明日になったら、桜色になった道を、つま先だちで歩こうと思う。
この道は、多分、夏に続いてるんだろう。
-----
--------
TITLE: 花鳥園
BASENAME: 2470783
DATE: 04/11/2006 18:32:24
-----
BODY:
2006年3月15日 神戸花鳥園オープン。
うちには手の中にスッポリ入る文鳥がいるが、花鳥園にはなんと!!
あの青いおめめのオオハシちゃんがいるのだ!!!!!!!
ぜいぜい・・・。
しかもっ!!4月20日までは、プレオープンということで、入園料800円!!!!!
ぜいぜいぜい・・・。
こここ、これはいかねばっ!!
そう思っていたのだが、その時、ちょうど世間は春休み。
お子様達の楽園になっているに違いない、と、10日が過ぎるのをじっと待っていた。
そして、天気予報を見ると、今日は雨!
絶対空いてる!!
ちゃ~~~~~~~~~~ンスッ!!!
ということで、友人を誘い、行って参りました。
友人は、フクロウやミミズクがお気に入りのよう。
「猫に似てるやん?」
というのが理由みたいだ。
しかし、フクロウはそうそう触れ合えない。
500円支払えば、肩に乗せて写真を撮れるようなんだが、
「500円もかかんの?!」
ということで、パス。
二人とも、主婦なもんで、写真1枚に500円というのは、ちょっと感覚にあわないんである。
で、私のお目当てのオオハシ部屋へ。
オオハシは熱帯の鳥というイメージがあったので、暑い部屋にいるのかと思えばそうでもない。
ほんのちょっとジャングルっぽいインテリア(?)の部屋に10羽以上のオオハシが飛び回っている・・・が、ニアミスは続くが、手や肩には乗ってくれそうにない。
インコは手にも肩にも乗ってくれるし、手のひらで温めていると寝てしまったりするのだが・・・。
インコと文鳥じゃあ、そんなに違いないもんなぁ。
可愛いけどさ~、可愛いけどさ~~~。
やっぱ、オオハシを肩に乗せたいんである。
こりゃ餌で釣るしかない。
小さいカップに入った餌、100円也。
餌を手に取った途端、寄ってくるオニオオハシ。
手に乗せて目の前に出すと・・・うむうむ。なかなか上品だ。
がっついてない。
決して手のひらをこすらない程度の優しさで餌のメロン(多分)をついばむ。
長い嘴だからだろうか、ついばんだ後、上を向いて咽喉の奥に餌を落とす。
かわいい♪
なんとか肩の上に乗せようと、右腕をオオハシの目の前に置いて、腕に乗らなければ届かない程度の場所に餌を置いた左手をセットする。
オオハシ、伸びます・伸びます・伸びます・・・届かない、届かない、届かない!!
そして・・・・・・・・・・・・・・・私の右腕を噛んだ~~~!!!
うちの文鳥のチュッチュの場合、自分の思い通りにならないと、かなり本気で噛みやがる。
冬場などは寒いので、私の手の中でまったりするのを好むチュッチュだが、彼女が手の中に入りたがっているのに、私がキーボードを叩いていたりすると、するどい嘴で強く私の手首を噛んだりする。
流血沙汰である。
しかし、オオハシはとても優しい。
「届かないよ~」
と、ちょっと困ったような噛み方だった。
いや、噛んだと言っては、本当は失礼だろう。
挟んだ、というのが正しい。
・・・・・ただ、このシチュエーション、どっかで見たことが・・・・・。
そうだ。奈良公園の鹿だ。
鹿せんべいを持っていると寄ってくる。
こっちとしては、なるべくバンビちゃんに食べてもらいたいので、ごっつい雄鹿が来ても無視するんだが、やつら黙って見過ごしてくれない。
「こっちよこせ」
とばかりに引っ張りやがる。
勿論、私も負けてはやらぬ。
ンギッ!!!!!
と睨んで追い払う。
が、迫力では敵も負けてない。
「ぶもっ!」
と私の服を引っ張る。
「んぎ~」
「ぶも~」
なんで平和な奈良公園で熱いバトルを繰り広げなきゃならんのかようわからん。
つ~ことで、鹿と私の折り合いは悪い。
しかし、オオハシちゃんの振る舞いは、この鹿と、ちょび似てるじゃん。
う~~~む。
オオハシは珍しいし、青い目が可愛いから食い意地が張っていても可愛いが、数が増えて珍しくなくなったら、
「厚かましいっ!」
と思っちゃうかもな(^^ゞ
いやいや、この青い目は、きっとそんな気にさせないと思うわ。
そうよそうよっ。オオハシちゃんと私の相性が悪いなんて、そんなこと!!
・・・もだえてみても、しかし、全然乗ってくれない。
100円の餌はすぐになくなった。
くそっ!再チャレンジじゃ!
と、財布を見ると・・・500円玉しかない。
え~い、持ってけ泥棒!!(←いや、泥棒じゃないんだけどね)
と、500円玉を料金箱に投入。
500円分の餌を2つのカップに分け、友人と再チャレンジ。
すぐそばまで寄って来て、愛敬のある顔をでこっちを見てくる。
もう少しで乗りそうだ。
スタッフさんも、
「もうすぐっ、惜しいっ!」
と声援をくださる。
・・・・・が、肩のそばまで来て、ちょこっと私の顔を見て・・・・・・。
あとずさり~~~・・・。
しくしくしくしくしくしく。
え~い・・・あと1000円!!
てなことで気付いた。
これならば、最初から500円出して、フクロウと一緒に写真撮ったほうが良かったかも・・・。
てなことで、腕に乗せるのは、今回は、断念。
今回はっ!!断念っ!!!
多分、一年もすれば、オオハシも人慣れするだろうし、また来るさ。
正規料金の1500円支払ってまた・・・くるかなぁ(笑)
どうだろ(笑)
てなことで、オオハシがデザインされたガラス瓶を購入して花鳥園を後にした。
う~ん、楽しかったけども。
楽しかったけども、不完全燃焼。
しかも、帰ってみたら、文鳥が・・・籠からなかなか出てこない。
普段なら、すぐに雄たけびをあげて肩に乗ってくるんだが。
今日は、止まり木の上で微動だにせず、
じっ・・・・・・・!!
と、気のせいか猜疑の籠もった瞳でこちらを見てくる。
・・・う・・・うしろめた~~~(^^ゞ
しかし、鳥って嗅覚いいのかなぁ?
そんなことはないと思うんだけど。
なんでバレちゃうんだろ。
仕方なく、チュッチュのご機嫌取りにかかる。
結局、今日は鳥に振り回された一日ってことだな(笑)
でも、天気予報で大きな傘マークがついてたわりには、私は全く雨に降られなかった(思い起こせば、この友人と出かける時、雨に降られたことは一度もない)。
昼ごはんの中華バイキングも1360円で、メニュー豊富で味もよし。
友人とのおしゃべりも楽しかった。
良い一日だと言えるだろう。
さ・・・あとは、チュッチュだけだな。
米でも持ってきて・・・餌で機嫌直してもらうかぁ。
も、こればっか(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/11/2006 23:58:23
・・・1000羽とかの大群が寄ってきたら
絶対こわいと思いますよ。
-----
COMMENT:
DATE: 04/12/2006 07:53:51
それは・・・ヒッチコックの、「鳥」の世界ですね(^^ゞ
確かに、それは怖い。
オオハシは、嘴がでかいからか、10羽ほどでも、子供達は結構怖がってました(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 04/13/2006 17:23:58
おおお、私は昨日行きました。カモさんを相手に長い間遊んでいました。
手をグーの形にして差し出すと餌をもってると勘違いして嘴をつっこんでくるので可愛くて、、、(カモさんゴメン)。
しかし1日違いとは!ずれてたらのりちゃんと出会っていたかも知れないですね。でも顔わからないか(^^;)
私もあの中華バイキングいきましたよ。桃まんが気に入りました。
-----
COMMENT:
DATE: 04/13/2006 19:46:47
おおおおおおおおおお!!!!
ニアミス!!
お会いしてみたかった、残念。
グーにしてると餌を持ってると勘違いするってことは、やっぱり鳥って、それほど嗅覚はよくないんですよね。
目はものすご~くいいようですけど。
うちの文鳥が「ママの浮気」に気付いた理由が、いまだにわかりません(笑)
どこかに、オオハシの羽毛でもついてたんだろうか。
中華バイキング、おいしかったですよね。
私は、麻婆豆腐を3杯食べました(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 生乾き
BASENAME: 2472809
DATE: 04/12/2006 12:35:19
-----
BODY:
すっきりしない天気が続くので、洗濯物が乾かない。
かといって、ずっと干しっぱなしってのも、なんかだらしない感じがする。
臭ったりするから、濡れたままを取り込むのはいやだが、
「保湿ティッシュ」程度の湿り気ならば取り込んでも問題なかろうと、手で確かめる。
・・・湿りすぎのような気もする。
てのひらは敏感だから、洗濯物が冷たいだけでも、「過剰に濡れてる」ように感じる。
人間の皮膚の中では、お尻の皮膚が一番鈍感らしいが、まさかベランダでお尻を出して洗濯物の湿り気を確かめるわけにもいかんので、頬にあてて感覚を確かめる。
洗濯物の中で乾くのが遅いのは、やはり分厚いものだ。
中でも、バスタオルは、なかなかカラッと乾かない。
足拭きマットも、時間がかかる。
そして、案外なことに、旦那のブリーフも、乾くのに時間がかかるのだ。
バスタオルの湿り気を確認する。
すこ~し湿っている気がするが、どうせまたすぐ使って、洗濯機行きになるんだから、ま、いいや、と取り込む。
足拭きマットは、さすがにまだちょっと取り込むのはためらわれるほど湿っている。
次に旦那のブリーフ・・・うん。ちょうど、保湿ティッシュくらいだ。
と、ハッと気付く。
いくら旦那のものとはいえ、ブリーフに頬ずりしている主婦って、見た目ちょっと危ないんじゃないだろうか(^^ゞ
思わず近所を見渡す。
・・・ほっ。
タイミングよく、誰も見ていなかった。
しかし、これから梅雨に入れば、毎回湿り気を確かめる必要が出てくるだろうしなぁ。
頬の代わりになる場所ってどこだろう?
手の甲・・・が、無難かなぁ。
何気ない日常。
悩もうと思えば、なんぼでも悩むネタはあるもんである。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 04/13/2006 09:16:52
やっぱり 手の甲でしょ~♪(≧∇≦)
ブリーフに頬をよせてはダメです。ダメ。(笑)
まさか目は閉じてなかったでしょうねぇ?(--;)・・・
我が家は5人分と半端じゃないので
バスタオルは乾燥機で・・・グルングルン
残りは せっせと暖房器具の前で
前後を入れ替えながら、毎日 からっからに乾かしております。
ほーんと、雨もなきゃダメなんだろうけど
いい加減にしてほしいですよね~。
-----
COMMENT:
DATE: 04/13/2006 13:51:47
・・・目、閉じてました(^^ゞ
だって、感覚確かめる時って、目、閉じません???
しかも、
「う~ん、シルクの肌触り(どこがや(笑))」
と、うっとりした表情をしてたかも(爆)
乾燥機があればいいんでしょうけど・・・うちは二人だけなんで、なんとかなっちゃうんですよね~。
でも、冬場は何度か、
「必殺ホットカーペットドライ!」
をやりました。
これから梅雨。
いやですねぇ~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 04/14/2006 10:07:05
大爆笑~~~!!
目!閉じちゃってましたか~っ!
まあ、確かに 微妙な感覚を必要とするときは
目を閉じますけどね(笑)
次からは 手の甲で・・・よろしくお願いしま~す♪
-----
COMMENT:
DATE: 04/14/2006 12:35:45
かえすがえすも、近所の人に見られなくてよかった(笑)
次からは手の甲で・・・って・・・
あの~・・・念入りに想像してみたら・・・、ブリーフに手の甲をあてて目を閉じてる姿ってのも、十分怪しいかもしれませんね(笑)
ブリーフが悪いのよ、ブリーフが!!(←結局やつあたり)
-----
--------
TITLE: 季節限定
BASENAME: 2475615
DATE: 04/13/2006 13:52:06
-----
BODY:
コンビニやスーパーで、お菓子の陳列台に行くと、
「季節限定」
という文字が飛び交っている。
「冬期限定○○ショコラ」
とか、
「春期限定○○チップス」
とか。
「今しか食べられないんだよ~。早くしないとなくなっちゃうよ~」
と、いうことを強調している商品を見ると、私は、
「意地でも買うもんか!」
と思ってしまう。
髪をくるくる巻き毛にし、左手をピンと伸ばして手の甲側を頬にあて、
「その手には乗りませんことよ、んほ~~っほっほっほ」
・・・・・・・というような気分になる。
なんか、こう、煽られると、絶対乗ってやるもんか、と思っちゃうわけだ。
もともとお菓子はあんまり好きじゃないので、食べなかったことを後悔することもない。
さて、今日、用事があったので、いつもとは違うスーパーに立ち寄った。
「本日の特売品 鮎 4尾 598円」
・・・私は、魚の中で、鮎の塩焼きが一番好きだ。
鮎が手に入るのは、春から秋にかけての一時期。
まさに、「季節限定品」だからこそかもしれないが、食べられる間は、毎日のように食べても飽きない。
去年の夏、天然鮎の塩焼きを求めて、吉野へ何度通ったことか。
屋台で炭焼き天然鮎が1尾500円で売られていて、これがもう、最高にうまいのだ。
しかも、鮎を焼いているおっちゃんの察しが良い。
私と旦那が
「鮎4尾」
と頼んだら、何も言わないのに、私に3尾、旦那に1尾運んできてくれた(笑)
なんでわかるんだろう(笑)
・・・ということで、夏になれば、天然鮎を求めて旅に出ることも増えると思うが、ここらへんの鮎解禁は6月ぐらい。
まだ先だ。
養殖モノは味が落ちるとはいえ、4尾598円なら、お買い得。
迷わず、買い物カゴに入れる。
今日の特売品である卵10個78円も一緒にカゴに入れ、肉類を物色。
野菜は八百屋の方が安くて新鮮なので、野菜売り場は素通り。
そして、お惣菜売り場にやってくると・・・、
「今年最後のカキフライ 8個 400円」
私は、カキフライも大好物なのだ・・・。
貝類の中で一番好きなのは、カキフライだ。
「今年最後の」
なんてあおらなくてもいいじゃん。
わかってるもん。
もう、4月だもん。
Rのつかない月だもん。
カキの季節じゃないのはわかってるもん。
・・・でもね、乗ってあげる。
迷いもせず、買い物カゴへ。
今日の晩ご飯の下拵えは、既にできている。
つまり、このカキフライは私の昼ごはんだ。
鮎の塩焼きは、15日までが賞味期限だから、明日・明後日で食べたらいい。
いいけど、今日食べたいやん。
カキフライに鮎の塩焼き・・・。
たんぱく質ばっかやのぅ。
しかも、両方とも魚介類。
バランスわっる~~~。
でも、買っちゃうのだ。
なぜなら、「気節限定」だから。
「今しか食べられない」から。
・・・乗せられるのって大嫌い・・・
大嫌いなんだが・・・・・。
人間って、矛盾した生き物である。
-----
--------
TITLE: 予防接種
BASENAME: 2478098
DATE: 04/14/2006 12:43:14
-----
BODY:
今日は年に一度の狂犬病予防接種の日だ。
うちには雑種犬のびーこがいるから、前もってチェックする。
まぁ、別に今日じゃなくても、動物病院に連れていけば予防接種をしてもらえるんだが、病院は待ち時間が長いから、近所を巡回する時に接種してもらうのがベターだ。
今日の接種ポイントは、3箇所。
どれもうちの近所だ。
だから、普段のびーこの散歩時間に一番近い場所に行くことにする。
最初、びーこは、いつもの散歩だと思って、尻尾をピンと立て、軽い足取りで歩いている。
「わ~い」
普段と違う道を行くので、ウキウキしている。
あちこちの匂いを嗅ごうとキョロキョロあくせく、大変な感じだ。
あんまり引っ張ると私に怒られるので、走り出そうとして綱が「ピン」となると、振り返って、私を待っている。
振り返ったびーこの顔は、舌を出して、ものすごく無防備だ。
よっぽど嬉しいらしい。
普段の散歩コースは、車通りが少なくて安全なんだが、たまにはコースを変えてやらんといかんな、と思う。
しばらく歩いていると、向こうから、わんこ達の悲鳴が聞こえてくる。
びーこの足が鈍る。
私の顔を見上げる。
ちょっと上目遣い気味の、遠慮がちな目だ。
もう、舌は出してない。
それでもびーこは、私が歩いていると、決して立ち止まったりはしない。
そもそも、びーこは、注射が嫌いなわけではないと思う。
普段の散歩コース途中にある公園で予防接種を受けたときは、いつも通りだった。
注射針が刺さった瞬間、ほんの少し緊張したようだったが、その後も、特段様子に変わりは見せなかった。
単に、「未知の場所に行くこと」「他のわんこ達が怯えている」ことに恐怖を感じているのだと思う。
「あの場所は、きっと怖い場所」
と思って、ためらっているんだと思う。
うちのびーこは、怖いものがやってくると、私を楯にする。
大きな音がするものを異常に怖がるのだが、例えば道路工事をしていたりすると、私の後ろにぴったりくっついて、尻尾を丸めて頭を低くしている。
テリトリーの中では・・・家にいる時は、私が留守でも、来客者に吠えているようだが、テリトリーから出てしまうと・・・散歩中などに、私が熊に襲われても、びーこは絶対助けてくれないと思う。
だから、絶対熊の出る場所に、びーこの散歩をしに行ったりするもんか、と決めている・・・というのは当たり前か(笑)
まぁ、とりあえず、びーこがいるからといって、危険な場所に行ってはいけないわけだ・・・この近所に危険な場所はないけどね。
そんなわけで、どこに行くにしても、
「いざとなったら、ママの影に隠れたらいいや」
とでも思うのか、とりあえず、びーこは私に着いて来るわけだ。
接種ポイントに着く。
注射は一瞬だ。
料金を支払って、接種証明をもらい、帰途につく。
びーこは自分が注射されたことを明確には意識していないようだ。
だから、他の犬の悲鳴により喚起された不安は、まだ解消されない。
なにしろ、まだ、「怖いこと」が終わってないのだから。
びーこの表情は、まだなんとなく暗い。
足取りも、どことなくトボトボしている。
家についても、すぐ小屋に戻って小さくなっている。
しかし、実際は、もう、すべて終わっているのだ。
私は知らん顔をして、器に水をいれ、ドッグフードを盛る。
びーこ、全てを忘れておおはしゃぎ。
「よし」
と言うと小屋から飛び出して、すごい勢いでご飯を食べる。
食べ終わった後も、名残惜しそうに、器を舐める。
私を見て舌を出す。尻尾はピンと立って嬉しそうだ。
先ほどまでの不安は霧散してしまっているようだ。
つくづく・・・。
わんこって、幸せだよなぁと思う。
-----
--------
TITLE: 姉弟
BASENAME: 2481960
DATE: 04/15/2006 22:48:41
-----
BODY:
私には4つ年下の弟がいる。
兄弟の仲を、
「とてもよい」
「よい」
「ふつう」
「わるい」
「とてもわるい」
と五段階に分けるとしたら、
私と弟は、
「とても仲の良い」
姉弟だったと言えると思う。
子供の頃はつまらない喧嘩もしたが、私が中学生になるころくらいからは、夕食の後、だいたいどちらかの部屋で、でろ~んと寝転んでくっちゃべったり、漫画を読んだりしていた。
私も弟も、人に相談するのは苦手だったと思うが、姉弟の間では、相談という形ではなく、いろいろな話が交わされていて、それが結果として、「相談」となっていたように思う。
神戸の六甲道駅に下宿していた弟が、阪神大震災で焼け出されて帰ってきた後は、しばらく布団を並べて寝ていた。
夜中に何度も目が覚めて、何度も弟の存在を確かめた。
余震がくるたび、弟は目を覚まして、私に声をかけてきた。
震災の後、弟が電話をかけてくるまでの恐怖を、私は忘れることが絶対に出来ない。
「かけがえのない存在」
まさしく、弟はそれであると思う。
旦那と会うまでは、私にとっては弟が、ある意味一番の理解者と言ってもよかったかもしれない。
ま、ぶっちゃけて言えば、性格が似ているのだ(笑)
そして、顔も似ているので・・・、鏡に映る自分を嫌いになれない、そこそこ楽天的な私達姉弟は、仲良くて当然かもしれない。
未だに私は夢を見る。
弟と一緒に歩いている時、ライオンに襲われる。
私は弟と一緒にトイレに逃げ込む・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・なんでトイレやねん・・・・・・。
ようわからんけども、とにかく私にとって弟は、「一番大事に守るべき存在」であった。
理屈じゃないのだ。
とはいっても当然、私が結婚することになった時、弟はとても喜んだし、弟が結婚したとき、私も勿論喜んだ。
弟と旦那は仲が良いし、私と義妹の仲もまぁ、良い方じゃないかと思う。
私と弟は、まぁ、普通の「似ていて、とても仲の良い姉弟」だと思う。
今日は私達夫婦と弟夫婦が実家に集まった。
甥っこは、今ムシキングに夢中らしい。
ステータスがどうたらとか、テクニカルポイントがどうたらとか、普段決して饒舌ではない少年が、私を捕まえて、瞳を見開いて説明してくれる。
よっぽど楽しいらしい。
そんなことから、
「子供の頃、バッタとカマキリを一緒の虫かごで飼おうとして失敗したよなぁ」
なんていう話になった。
旦那は、自分が手のひらほどあるアシダカグモを可愛いと思うという話をしている。
なぜなら、「ゴッキーを捕まえてくれるから」だ。
そのうち、
「アシダカグモとカマキリを戦わせたらどっちが強いか」
という話しになった。
蜘蛛の巣に蝶々がかかっているのを見ることがあるが、食べられている様子はない。
多分、血を吸われてるんじゃないかと思う。
その点、カマキリは、バッタをカマに捕らえ、バリバリと食べる。
血を吸うのと頭からバリバリ食べるのと。
効率の点から言えば、血を吸うほうが勝負強そうだ。
・・・とすると、毒針で相手を殺す昆虫は、その上を行きそうだ。
毒針で相手を倒しておいてから、おもむろに獲物を食べる。
この方が、楽に違いないと思う。
ということは・・・
「最強はムカデ」
この点、意見がぴったり合う。
私と弟は、意見が合う姉弟だと思う。
しかし、ふと思い出した。
おととしの夏、大阪北部にある妙見山に登ったときに見た光景だ。
つぶらな瞳をしたトカゲが、ムカデの頭を捕らえていたのだ。
ムカデはまだ息があって、その毒をもつ尻尾をトカゲに向けて揺れ出そうとしていた。
ムカデの尻尾がトカゲの表皮に当ろうとした瞬間、トカゲは、
「ブン」
と頭を振る。
ムカデの尻尾はあさっての方に飛ばされ、またウニウニとトカゲの表皮を狙う。
そして、表皮に止ろうとした瞬間、
「ブン」
・・・多分、あのトカゲは、見事ムカデを腹の中に収めただろう。
「つぅことは、一番強いのは、トカゲ?」
「うん。トカゲやなぁ」
「そうかぁ、キング オブ 昆虫は、トカゲかぁ!!!」
「んだんだ。トカゲや」
「トカゲやな」
「トカゲや」
「トカゲかぁ」
「トカゲやな」
「昆虫王トカゲ、ばんざ~い」
「昆虫キングトカゲ、えら~い」
アルコールも入ってないのに、ハイテンションの姉と弟。
旦那は黙っている。
義妹も黙っている。
「あんな」
旦那が口を開く。
「なに?」
私は首をかしげる。
「はい?」
弟も首をかしげる。
「トカゲってな・・・」
旦那が言いよどむ。
「なにさ?」
私はちょっといらだった表情をする。
「??」
弟が不思議そうな顔をする。
「・・・・トカゲって・・・・・、爬虫類やで」
義妹がうなずく。
「!!!!!!!!」
「!!!!!!!!」
・・・・・結局。
似たもの同志ってのは、弱点も同じなわけだ。
私も弟も、ある意味、全く違うタイプの人間をパートナーに選んでいる。
これは・・・多分、大正解だと思う。
私も弟もテンションが高くて、根本的なところの詰めが甘い。
こういう失敗をした時、姉弟の絆を強く感じてしまうのであった。
はぁ、情けない。
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/16/2006 21:04:14
「は虫類やん。」
って、私も読みながらツッコンでました(笑)。
私と弟は仲が悪いわけではないけど疎遠ですね。
ちょっと羨ましいです。
-----
COMMENT:
DATE: 04/16/2006 21:33:40
やはり、ツッコまれましたか(笑)
うちは、本当に、似てるんですね。
似てる人間が、同じ家の中にいると、ものすごく中が良くなるか、悪くなるかどっちかになりそうです。
シッポさんとこは、あんまし似てない姉弟さんなんじゃないでしょうか。
ただ、つくづく、似たもの同士は、夫婦にはむかないと思います(笑)
-----
--------
TITLE: 快晴
BASENAME: 2483582
DATE: 04/16/2006 16:26:08
-----
BODY:
天気予報では、今日は、一日雨。
・・・のはずだった。
私は多少風邪っぽかったし、今日は一日寝てようと思っていた。
案の定、朝おきたら、背中がだるい。
図書館に本を返しに行く必要はあるが、それは旦那に頼んで、寝ていようと思った。
・・・と、メールが入った。
「ええお天気になったから、昼からどっか出かけたいな」
御互い、風邪ひきの配偶者に頓着しない夫婦だと思う、私達は。
・・・ま、えっか。
と、簡単に体操をして、旦那が帰ってくるのを待つ。
なんの計画も立ててなかったので、近場に出かけることにした。
河内の高貴寺。
南朝とも関係が深いらしいが、下調べしてるヒマ、一切なし。
境内はじめその付近、花だらけだ。
名を知らない紫の花、スミレ、たんぽぽ、カラスエンドウ、オオイヌノフグリ。
子供の頃馴染んだ花々がそこかしこに顔を見せている。
春だなぁ・・・。
モンシロチョウや、シジミチョウなども飛び交っている。
本当に、春だなぁ・・・。
花に蝶々というのは、なんとも絵になる。
が、花のないところにも、見所はある。
緑の葉の中を急いで歩いている、テントウムシだ。
赤い羽根が、緑に映えて、可愛らしい。
テントウムシにはいろいろな種類があって、ナナツ星テントウは、益虫だが、黒いテントウムシは害虫だ、と、子供の頃、習った。
でも、益虫・害虫ってのは、人間の都合だから、地球規模で見たら、この子もどの子も必要な子なんだろう。
脅かしては悪いので、遠くからズームアップして、カメラを構える。
・・・テントウムシの歩みが急に早くなる。
ズームの音が怖かったんだろうか(^^ゞ
小さいテントウムシをレンズで追っていると、自分も小さくなったような気分になる。
ジャングルの中をさまよってる気分だ。
どこに行こうとしているのかわからないが、葉から葉へ茎から茎へ、器用に移動する。6本脚があるとはいえ、こんな細い茎をこんなに安定して移動できるってのは、かなりすごいと思う。
羽があるから、もし危険な態勢になれば、飛べばいい。
だから、こんな危なっかしい移動が出来るんだろう。
私にも羽があれば、こういう危なっかしい道を恐れず歩けるんだがなぁ、と羨ましくなる。
・・・っていうか、もし、私に羽があれば、飛んで移動するな(笑)
テントウムシってのは、結構地道な努力家なのかもしれない。
-----
--------
TITLE: あなたの風邪はどこから?
BASENAME: 2486102
DATE: 04/17/2006 13:23:09
-----
BODY:
私は、咽喉からだ。
咽喉がいがいがするなぁと思ってたら、鼻がずるずるしはじめて、咳が出る。
という順序。
下手すると鼻水と咳が長引いてしまうので、軽いうちに対処するのが吉。
熱が出る場合は、まず、腰が重くなるところから始まる。
昨日、腰が重いのを押して出かけた・・・しかも、汗をかきたくなかったので、シャツ一枚という薄着でぶらぶら歩いたのが悪かったのだと思う。
今朝起きたら、咽喉がいっがいが。
すぐにうがいをするが、腰がだるいのは消えない。
咽喉のいがいがも、完全にはとれない。
一体私は、鼻水がよく出るたちだ。
風邪をひいてなくても、一日に最低10回ほどは鼻をかむ。
うどんを食べたら、絶対3回くらい鼻をかむ。
うどんじゃなくても、温かいものを食べたら、鼻水が出る。
旦那は、ティッシュを配ってたら、必ず2~3個もらう。
私がぐすぐすいわせていたら、すぐに私の目の前にティッシュを差し出すためだ。
私はまだ、スギとヒノキの花粉症を発症してない(カモガヤ花粉症ではあるようだ)が、これは、コマメに鼻をかんでいるおかげかもしれない。
しかし、鼻をかんでいる姿は、全くスマートじゃない。
男の人からしたら、初めてのデートで、食事中、彼女に鼻をぶんぶんかまれたら、興醒めだろう。
でも、鼻水たらすよりは、鼻をかむ方がよい・・・と、私は、鼻をかむ。
今年は何度か風邪をひいたが、しつこい咳や、鼻水にはまだ見舞われてない。
洗濯と掃除はすませたので、今回も、あっさり治すために、今日はゆっくりしようと思います。
-----
--------
TITLE: 絵心
BASENAME: 2488421
DATE: 04/18/2006 09:48:14
-----
BODY:
私には、絵心がない。
多分、几帳面さが全くないことも、絵の下手さに強い影響を与えていると思う。
雑い。すごく雑い。
ビーズ細工にも飽きたので、何か新しい趣味を・・・と、色鉛筆画の本を買ってきた。
うちには、わんこも文鳥もいるので、モデルにはことかかないと思ったのだ。
まず、写真を撮る。
比較的よく撮れていると思うものを選び、印刷。
トレーシングペーパーで写し取る。
裏から線をなぞり、ケント紙に転写。
それから、色鉛筆で色を乗せていく。
言葉で書くとこんなに簡単なのに・・・。
実際やってみると、なんでこんなにだめなんだろ(笑)
どうもチープになってしまう。
立体感もイマイチ。
実物の可愛さが、全く出てない・・・と、親ばかながら思う。
ムキになって3枚ほど描くも、どれもこれも・・・どうにもこうにも、変な感じ。
しかも、風邪ひきだというのに、ムキになったもんで・・・。
風邪、悪化(T_T)
体液が全部ねばねばになったようなこの、感覚。
咽喉の奥にあるこのねばねばは、きっとすぐには解消されないだろう。
今日こそは、ちゃんと休養しよう、と思う・・・けど、絶対できないだろうなぁ。
な~んで、こう、何もかもが中途半端なんだろう(笑)
アイアム ザ ミスター中途半端!
・・・って、ミスターじゃないっての!
・・・熱が出てきたかも(笑)
さっさとわんこの散歩に行って、今日こそは、寝ます。
本当に、寝ます。
-----
--------
TITLE: 粗大ゴミ
BASENAME: 2491613
DATE: 04/19/2006 16:11:50
-----
BODY:
わが町内では、粗大ゴミは戸別回収なので、ゴミの日になると、家々の玄関に、「不用品」というラベルが貼られた鍋やらマットレスやらが山積みになっている。
戸別回収だと、「出してはいけないもの」を、闇にまぎれて出されるようなことがないから、これはこれで良いシステムだと思う。
集積場がある地域だと、テレビやらクーラーやらの、「有料回収品」がこっそり出されていて、当然のごとく回収してもらえず、結局町内会でお金を出して回収してもらう~・・・なんてことになったりしているようだ。
が!
出してはいけないものじゃないけど、家の前に堂々と出すのがためらわれるゴミってのもある。
・・・ありませんか?
私は、あります。
どんなゴミやねんと聞かれて、「内緒」なんて答えたら、とんでもないものを想像されそうなので、はっきり言うと、「ダイエット器具」である。
装着するだけで電磁波が筋肉を動かし、勝手に脂肪を燃焼してくれる・・・という都合の良い商品、あるでしょ?
一時期、やたらテレビショッピングで見かけた、「アブストラクト」なんてのも、それの一つ。
それよりもっと昔、もっと原始的というか・・・つまり、全く効果のない器具を、私は持っていたのであ~~~る!!!
いやん、恥かしい。
ま、効果があって、今現在の私が、すら~りとしていたらそれほど恥かしくないような気もするんだけど・・・。
残念ながら・・・。
一応、「標準体重」とはなっているが、太ももなんか、とっても無惨だ。
でも、いつまでも家に置いておくのも、面白くない。
ということで、今日はゴミを玄関に出さずに、、ゴミ収集車がやってくるのを、待っていた。
ゴミ収集車は、大概、音楽を鳴らしながらやってくる。
大阪市のゴミ収集車の音楽、あれ、なんて音楽だろう?
オリジナル曲なのかなぁ?他で聞いたことない。
うちの町内にくるゴミ収集車は、童謡を流している。
掃除をしながら、片耳は、外に注意をはらう。
・・・・・
音楽が聞こえ始める。
作業員さん達の声が聞こえる。
ダッシュ!!!!!
「あの、すみません。これも一緒に!!」
作業員さんは、笑顔で受け取り、ゴミに一顧もせず、車の中に、トス!
よっしゃぁああああああああああ!!!
・・・・・これほど苦労せにゃならんのだから、器具を買うときは、よくよく注意しよう・・・今さらながらそう思った。
あぁあ、今日は疲れた(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 04/20/2006 10:45:58
朝から なんちゅう 精神的労力消費・・・(笑)
お疲れ様でしたm(u u)m
我が家の地域は電話して予約して取りに来てもらうんですよ~
思いっきり 名前を書かないといけないので たまりません(笑)
実家がある地域が のりちゃんさんと同じシステムなので
めんどくさい時や、はずかしいものの時には(←なんやねん)
実家にせっせと運んでいます。
ところで、ダイエット器具・・・
うちはエアロバイク出しましたよ。
予約電話する時 ビニール袋(45L)に入れられるものは
「袋が何個」って 申し込みするんですが
大きいものは「こんなやつです」みたいに伝えるんですよ~
思いっきり「エアロバイク」って 言いましたけど
きっと電話受けた人「あ=ダイエット失敗やな」って思ってたんでしょうね(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 04/20/2006 13:22:48
いやもう、ほんと、大変でした(笑)
しかし、電話して予約・・・って大変ですね。
うちのあたりは、電池なども粗大ゴミの日に回収なので、ほぼ毎月ゴミが出ますから、予約せにゃならんとなったら、大変だろうなぁ。
エアロバイクって、真剣にやれば、効きそうですよね。
でも・・・続かないでしょうね。
だって、ずっと同じ景色だったら飽きちゃうし。
てなことで、多分、ダイエットには、地道に食べる量を制限するのが一番だと思いますです。
でも、それが一番辛いんだよな~(爆)
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/21/2006 16:13:25
うちの方も、電話予約ですが
混み合ってると3週間ほど待たされることも・・・。
早く捨てたいんだけどーーー。
-----
COMMENT:
DATE: 04/21/2006 18:03:27
3週間!!!!!
ひぇえええええええ(^^ゞ
まぁ、でも、うちの場合でも、粗大ゴミの日は、月に一度ですから、下手したら、4週間、ゴミを室内に溜めておかなきゃならないこともありますが(笑)
ゴミ事情は、いろいろありますね~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 04/23/2006 23:55:35
粗大ゴミ。先日拾いましたわ。
友人の家に遊びにいったときのこと、車を駐車していたすぐ横の電柱のところに、小ぶりの整理ダンスと普通の大きさの整理ダンスが並べて置いてあったんです。
どちらにも “このゴミは電話連絡が必要です” と書かれた張り紙がしてありました。
へぇー綺麗なタンスやなぁと気にしつつ友人宅へ行ったのですが、お茶をしていても気になって気になって。帰りに見るとまだ置いてあるし、ええい!小さいのもらっちゃお!と車に積んだんですが、そしたら大きいのも気になって気になって。
しばらく車の中で考えていたんですが、通りかかる人も気になるのか何度も振り返りつつ歩いていくので、もたもたしてたら先に持って帰られてしまう!と結局両方とも車に積んでしまいました(^^;)
うちの家は、けっこうこういう拾ってきたものが多いのです。。。
-----
COMMENT:
DATE: 04/24/2006 17:02:04
うちの近所でも、粗大ゴミの日、「不要品」と貼り紙された道具を、回収車が来る前に回収していく人がいるみたいです。
フライパン関係は、回収車が来る前に、家の前からなくなってます。
回収車に乗せられちゃったら、埋め立てられたりするだけでしょうから、リサイクルしてくれはる人がいてはったら、それが一番ええですよね。
・・・関係ありませんが、うちの自転車は、もう10年ほど乗ってないため、タイヤパンクしてボロボロ・・・でした。
粗大ゴミの日、「不用品」と貼り紙をしてないのに・・・・・・・、なくなって・・・・・・・ました・・・・・・・・。
回収車が来る前だったので、誰かがゴミと間違えて持ってったんでしょうね(^^ゞ
私はもう、ほとんど乗らないので(健康のため歩くようにしてるので)、誰か乗ってくれる人に持っていってもらって、自転車も幸せだと思います(~_~)
-----
--------
TITLE: 色鉛筆画
BASENAME: 2493879
DATE: 04/20/2006 13:29:48
-----
BODY:
うまくいかんいかんと言いつつ、私は、悲しいくらいの負けず嫌いなので、やり始めたら自分が「なんとか形になった」と思うまでは、やめられない・・・ことが多い。
ということで、掃除をしてても、ふと気になると、トレーシングペーパーを出してきて、トレース&転写。
本を読んでても、ふと思いついて、色塗り・・・という感じで、ここんとこ、色鉛筆に振り回されている感があった。
でも、うまくいかないんである。
どうも、写真をトレースすると、写真の色にこだわりすぎて、実物の色からかけ離れてしまうような気がする。
ということで、トレースをやめて、スケッチに切り替えてみた。
当然のことながら、スケッチの方がセンスを要求される。
私にはセンスがない。
でも、トレースするより、スケッチした方が、顔は可愛く描けるんだよなぁ。
つまり、かなり、親ばかフィルターが入ってるってことかもしれない。
やたら頭がでかく描けてるように見えるが、これは上から見た図だからしょうがないのっ!!!!
てなことで、一応納得して、額に入れてみました。
テキストを買ったときは、もっとうまく行くと思ったんだけど・・・。
やっぱり、そうそう簡単にはいかないもんである。
次はわんこの絵にかかるかのぉ。
・・・ただ・・・。
実は、うちの文鳥のチュッチュ(絵のモデル)が、この絵を気に入らないらしい。
「ほら、チュッチュだよぉ~」
と目の前に持っていくと、
「ヂャヂャヂャッ!!」
と抗議の声を上げてつつこうとする。
「なんで、チュッチュだよ~」
とさらに近づけると、
「ヂャヂャヂャヂャヂャヂャヂャ~~~!!!!!!!!!」
と甲高い声をあげて、隣の部屋に行ったまま戻ってこん。
どうやら、チュッチュ本人にとっては、かなり不本意らしい(笑)
う~~~む。
いつかはうまくなるって、チュッチュ。
ごめんよ(笑)
***
後記
知人から、「鳥は目状のものを怖がる」という指摘をもらいました。
そういえば、ハト除けに、目玉状の風船を置いたりしてますよね。
だから、絵に書いた文鳥の「目」に反応をしたんじゃないかと。
とすると、チュッチュは、「いやがった」んじゃなくて「怖がった」わけで・・・。
悪いことをしてしまいました(T_T)
補足まで。
-----
--------
TITLE: 防犯
BASENAME: 2496286
DATE: 04/21/2006 14:47:16
-----
BODY:
買い物をして帰る途中、通学路の曲がり角で知人を見かけた。
よくは知らないのだが、老人会では№1か、№2にあたる人だ。
背中に、「防犯」という文字が大きく書かれた、派手な色のジャンパーを着ておられる。
「とうとう我が町内でも、こういう取り組みを始めたんですねぇ」
と言うと、
「とうとう始めたんですわ」
と頭を掻かれた。
最近、子供が凶悪な方法で殺される事件が目立つためか、いろんな地域で、老人会の方々が子供を守る取り組みを始めておられるようだ。
とするうちに、学校帰りの小学生が、挨拶をしながら通り過ぎた。
子供と老人が触れ合う機会にもなるだろうし、良い試みなんだろうな、と思う。
が、私は、
「世の中はどんどん悪くなっていく」
という意見には、いつだって反対だ。
子供を狙った犯罪だって、増えたとは思わない。
私が子供の頃だって、あった。
私にしたところで、車に引きずり込まれそうになったことは、小学6年生の時に一度。中学2年生の時に一度。
決して「危ない目に合ったことがない」わけじゃない。
ただ、私はたまたま、「車の扉の後方に立ってはいけない」ということを知っていたので、助かったのだ。
つまり、扉の後方に立っていたら、車の中の変質者が扉を開いて手を伸ばせば、簡単に車内にひきずり込める。
扉の前方に立っていれば、車内から直接手を伸ばすことが出来ないから、変質者は一度車外に出なくてはならない。
その間に大声を上げて逃げれば良いわけだ。
私の場合は、二度とも、話しかけられた後、扉が開いた。
その瞬間に、扉の前方に飛びのくと、車内の変質者は舌打ちをして、扉を閉め、走り去った。
私が小学生の頃も、隣の学校の女子児童が行方不明になったという噂は聞いた。
会ったこともない女の子だから、実感は湧かなかったが、朝礼の時、校長先生から、
「だから、知らない人の車に近づいてはいけない」
という注意を受けたのをはっきり覚えている。
それじゃ何が変わったのかというと、
「子供に対する犯罪に対して、人々が敏感になった」
ということじゃないかと思う。
依然として、子供を狙う犯罪が存在することは、本当にいやなことだけど、「世の中が悪くなった」とむやみに嘆くのは、どうも悲観的すぎると思う。
もちろん、何度も言うけれど、弱者たる子供を狙った犯罪が存在することは悲しいことだ。
自分より弱いものを食い物にするというのは、最低だと思う。
が、そういう犯罪が「増えた」とは思わない、それだけ。
統計を取ったわけじゃないからわからないんだけど、実感として、増えているという気はしない。
それよりも、「付近の人々が結託して意識的に子供を守ろうとする取り組みが増えた」ことを、まず喜びたいと思う。
私が子供の頃、大人はみんな忙しかった。
父親の顔を見るのなんて、週に1度もなかった。
近所のおばさんは、子供と一緒に遊んでくれたりしたが、防犯のために積極的に運動をする・・・というような雰囲気はなかったと思う。
他の犯罪も、「様変わりしている」のは感じる。
でも、「いやな世の中になった」「世の中はどんどん悪くなっている」とは、思わない。
もし思うとしたら、「それならば、今、自分が生きているこの世の中を、好きになろう」と考えると思う。
大げさなことはできなくても、好きになれば、きっと何かが変わる。
世の中が変わるのは仕方がないと思う。
悪くなっている部分もあるだろう、でも、きっと同じだけ、良くなっている部分はきっと、ある。私はそう思う。
知人は仕事中なので、簡単に挨拶をしただけだが、
「この町内にも、たくさん子供がいるもんですねぇ」
と言うと、
「これだけたくさんの子供と言葉を交わす機会は、今までなかったから、知らなかったねぇ」
と、にっこり笑われた。
世の中の変化を、楽しむか、悲しむか、そのどちらだけに偏っては面白くない、私はそう思う。
-----
--------
TITLE: 善兵衛ランド
BASENAME: 2499831
DATE: 04/22/2006 23:34:53
-----
BODY:
友人は、水間駅前でうどん屋をしている。
そして、その店に通う途中、「善兵衛ランド前」という交差点がある。
「善兵衛ランドってなに?」
気になりながらも、大体、先を急いでいたので、素通りしていた。
今日、友人の店に赴くにあたって、時間が余っていたので、
「一度行ってみるか」
と、寄り道をしてみた。
さて、「善兵衛ランド」って、なんだと思います?
善兵衛さんに関係する施設であることはわかるでしょう。
でも、善兵衛さんって?
「みんなに慕われた庄屋さん?」
「貝塚市一番の長老?」
「正直者の名前?」
・・・そんなイメージが湧きますよね。
なにしろ、「善」兵衛さんだし(笑)
ところがどっこい!!
もっとすごい人なんですよ。
善兵衛さんのフルネームは、
岩橋善兵衛。
眼鏡職人です。
「なぁんだ、眼鏡メーカーに勤めてた人かぁ」
ち・が・い・ま・す。
彼が生きたのは、江戸時代。
その時代の眼鏡職人とは、つまり、レンズを磨く技能を持っていたということです。
彼の作ったレンズは眼鏡だけに使われたのではありません。
そう。
彼は、望遠鏡も作ったんですね。
しかも、善兵衛さんの望遠鏡は、伊能忠敬が、日本地図を作るときにも使用されたんです。
どうです。すごいでしょう?
伊能忠敬の日本地図は皆さんご存知でしょうが、その地図を作るために必要不可欠だった望遠鏡を作った人が、こんなところにいたんですよ。
いや~、貝塚市って、貝塚があるだけじゃなかったんですね(失礼!)。
この善兵衛ランドには、大阪では最大級の望遠鏡を置く天文観測ドームもあります。
今日はくもり空だったので、何も見えませんでしたが、晴れの日ならば、太陽の黒点などが観測できるみたいですよ。
木曜~土曜日までは21時45分まで開館してますから、星空の観測も出来るそうです。
しかも、貝塚市立ですから、入館料はもちろん、駐車場代までただ!!!!!!(←結局これが大事)
どうですか?
善兵衛さんって、すごい人ですねぇ!
-----
COMMENT:
AUTHOR: sonae
URL: http://blogs.yahoo.co x_sonaeyo_tuneni_x
DATE: 04/23/2006 03:43:52
はじめまして。
昨年から時々HPの方におじゃましています。
メルマガもずっと読ませていただいています。
善兵衛ランド、5年ほど前に行った事があります。
係りの方が出てこられて丁寧に説明もしてくださいました。
そうそう、あの近くは蛍が見れるんですよ~。^^
少し行くと、ほの字の里っていう温泉や、少年自然の家もありますね。
良いところですね。
それからリンクのところに載っている布忍神社に、明日天気がよければ娘とイチハラ恋みくじを引きに行く予定です。(yahooブログで知り合った熊本の神主さんのところで恋みくじのことを知りずっと行きたいと思っていて、明日娘とサイクリングがてら行くつもりです♪)
-----
COMMENT:
DATE: 04/23/2006 08:53:38
はじめまして。
メルマガまでご覧いただいてるなんて、ありがとうございます。
蛍ですか!!
ほの字の里は、ねっとりしたお湯が気持ちよくて、大好きです。
和泉葛城山登山の後に入ったときなんかは、本当に、
「あ~~~、極楽極楽」
と呟いてしまいました(笑)
で、昨日、善兵衛ランドに行った時、
「農業庭園たわわ」という看板もみかけたんですね。
気になってしらべてみたら、いちご摘み・花摘みもできる施設みたいで・・・。
う~~ん、早めに出て、行くべきだった(T_T)!!!
残念!!
布忍神社・・・生憎、あまり良い天気ではありませんが、あの神社の宮司さんは、とても楽しい方でした。
ご無沙汰しているのですが・・・よろしくお伝えくださいね!
それでは!
-----
--------
TITLE: 機能服
BASENAME: 2501014
DATE: 04/23/2006 12:39:40
-----
BODY:
衣服とは、一般に、裸身を隠すためだけのものではなく、例えば、更にその人を美しく見せたり、華やかに飾ったりする意味が強いと思う。
私は、いつもどこでもジーンズだが、それでも、上半身に着る服は、自分に似合う色のものを着る。
だから・・・、可愛いピンク色をした花柄のワンピースなんか貰うと、ちょっと困る。
困って、タンスの肥やしになることも少なくない。
似合わないのだ。
色黒の人間に、淡いピンク色は、絶対!!!!!似合わない。
フリルも似合わない。
花柄は・・・大柄のヒマワリとかだったら、OK!
私は、ハワイやインドネシアに行くと、日本人観光客からさえ現地人と間違われるような容姿なので、はっきりとした色の方が、似合う、と私と旦那は思っている。
反対に、ぼやけた色だと、色黒さが引き立つので、やだ。
私は、百貨店などで、服を選ぶのに1時間以上を費やした・・・なんてことはない。
ユニクロで3分、長くて5分。
結婚式で着るお色直しのドレスを選ぶときさえ、10分かからず、係りのお姉さんに、すんごく驚かれた。
・・・そんな衣服に拘らない私でさえ、こうである。
ましてや、服を買うのに1日かかっちゃうの♪
とおっしゃるお嬢さんなどは、着る服に関しては、いろいろな意見があるんじゃなかろうか、と思う。
衣服には、「着る人を綺麗に見せる」という意味が、必ずある。
それを無視することはできないと思う。
が、衣服の意味はそればっかじゃない。
例えば、「機能服」と呼ばれるものもある。
ジャージなんかもその一種じゃないだろうか。
「運動をするために最適に開発された服」
である。
汗を吸い取りやすく、伸縮自在で動き易い。
宇宙服は、究極の機能服だろう。
で、だ。
昨日、旦那の実家でチラシを見ていたら(うちはネットニュース一本で新聞を取っていないので、チラシが入らない)、ユニクロの「速乾シャツ」が、1990円となっていた。
汗をかいてもすぐに乾くという優れものだ。
しかも、それはテーピング効果もあるということで、このシャツを着て運動すると、他のシャツを着ている場合と比べて乳酸がたまりづらいという。
これで、1990円なら、安いぢゃん!
そして・・・・・「2日間限定」。
えええええええええっ??
と、閉店時間を確認したら、21時。
すぐ、義母に、
「今日、8時半には帰りますっ!!」
と宣言。
「ゆっくりしてけばいいのに」
といわれるが、
「これ、買うんです、これこれ、ほら、これっ!!」
とチラシを指差し、
「山登るとき、これあれば便利なんですよ~・・・・・・」
と、思わず知らず熱の籠もった声でまくしたてる。
義母は、私達が帰るというと、ものすごく寂しそうにする人なんだが、この時ばかりは、私があまりにも嬉しそうだからだろう。
一緒にニコニコしながら、
「そしたら、早く晩ご飯食べないとあかんねぇ」
と、いつもより早く準備にかかってくださる。
私は横で、
「手伝います~」
といいながら、ただしゃべくっている・・・なんつぅ嫁や(^^ゞ
そして、8時半。
宣言通り、
「そんじゃ、帰りますっ!!」
とおいとまし、旦那をせきたて店に向かい、売り場目指して突進。
速乾機能シャツだけでなく、速乾機能パンツもゲット!
どちらとも、通常2990円のものが、土日限り1990円だったのだ。
そして、多分、他の店で買えば、もう少し高いだろう。
ふふふふふふふふ。
ついでに(ごめん)、旦那の速乾シャツもカゴに入れる。
旦那は、「テーピング効果はいらん」ということで、普通の速乾シャツ、990也。
山に登るのは、旦那と一緒だから、本当は、旦那にもテーピング効果のあるシャツを着て欲しいんだけど、
「そんなもんなくても、山登りなんか、屁ぇみたいなもんやな」
と言うので、1000円安い、ただの速乾シャツとした。
・・・ごめん・・・。
で、今、着てみてます。
さらっさらです。
ふふ、ふふふふふふふふふふ・・・・・・。
ゴールデンウィークも、どっかの山、登るぞぉおおお!!!!!
服ってのは、人を元気づける作用もあるようである。
登るぞぉおおおおおおっ!!!!!!!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 04/24/2006 09:19:50
うちの旦那は「あんなようさんあちこちでお揃いの服着てるのん恥ずかしいやんけ」と
訳の分からん理由で(だってどんな服だって滅多に1点ものなんてないのに)(笑)
ユニクロ拒絶派なんですよ~(--;)
でも彼は知らない・・・
私がユニクロの服を彼の洋服コレクションの中に紛れ込ませていることを・・・(笑)
ごちゃごちゃ言いつつも あんまり服に関心ない人で良かったわ~って思っています。
-----
COMMENT:
DATE: 04/24/2006 17:07:41
いやいやいや!
想像してみてくださいよ!!
街を歩いていて、
1・自分と同じ服を着ている人が5人いるのと、
2・自分と同じ服と来ていて、それがすんごく似合ってるスタイル抜群の人が1人いるのと・・・どっちがいやですか??
お洒落な人が着ると、どんな服でも、なんか恰好よかったりするじゃないですか。
その人と自分が同じ服を着てたら・・・う~ん、逃げたくなるかも(T_T)
だ・か・ら、ユニクロが無難なんですよ~・・・とはいえ、旦那さんも知らずにユニクロなんですね(笑)
よかったよかった(?)
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/24/2006 18:05:23
ジャージらぶ!!
ユニクロの場合、「安いから買っとけ!」
な雰囲気先行なのであまりこだわらないですね。
-----
COMMENT:
DATE: 04/24/2006 20:23:14
あ~、今、私もジャージです~。
自宅ではジャージが基本ですよね!!
ユニクロは、色が豊富なんで、同じデザインで色違いでそろえたりしますね、私は(^^ゞ
フリースなんかは、かなり持ってます。
-----
--------
TITLE: 幸運を呼ぶ・・・
BASENAME: 2504158
DATE: 04/24/2006 17:09:15
-----
BODY:
天王寺MIOに、所謂パワーストーンの店がある。
エスカレータを登っていると、目の前にババーンと表れる、目立つ店だ。
・・・で、私には、以前から気になる石があった。
ミルキーアクアマリンというらしい。
多分、透明度の高い石の方がグレードが高いんだと思う。
宝石屋で見るアクアマリンは透明で、値段も高いが、この店に置いてあるアクアマリンは、「ミルキー」という名のとおり、まったりと霞がかった明るい水色で、むちゃくちゃ好みの色なのだ。
値段だって、3000円弱だから、手が出ないという値段でもない。
だが・・・、私は、何度か購入を考えて、結果、やめていた。
なぜかというと・・・。
私は・・・水色が・・・むちゃくちゃ似合わないからだ(T_T)
でも、綺麗だしなぁ、指につけるだけだから、多少似合わなくてもいいんじゃないかなぁ~と、今日も逡巡していたら、にこやかな店員さんが、私の側に立ち、
「よければ、どうぞ~、石の効果が書いてありますぅ」
と一枚のパンフレットをくれた。
「どんな効果をお求めですかぁ?」
と聞かれたが、効果を期待して購入しているわけじゃないので、
「いや~・・・」
とごまかしていると、
「良い結婚をしたいなら、アクアマリンのほかにも、アメジストが良いですよ」
と薦めてくれる。
・・・確かに、アクアマリンの陳列棚のところには、
「アクアマリン 良い結婚が出来る石」
なんていう説明が書いてある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こ・・この結婚指輪が目に入らぬかぁああああああっ!!!!
そう叫びそうになったが、その店員さんは、あくまでもにこやかで感じが良い女の子だったので、
「いや~、単に、アクアマリンの色が好きなんですよ~」
と答えた。
で、悩みに悩んだ末、今回は、この指輪を購入してしまった。
う~ん・・・似合わないっちゃぁ似合わない色だけど、
「こんなもん」
と思ってみたら、そんなに似合わなくもない・・・、と、思う(←自分に甘い)。
・・・が、不安が一つ。
新たに「良い結婚」が出来ちゃったらどないしましょ(笑)
重婚になっちゃうじゃ~~ん、きゃっ!
って、重婚であるという時点で、「良い結婚」じゃないじゃん(~_~)
ま、石の効果なんて、その人の気持ち次第なんだと思う。
「恋愛に効果がある」とされる石を持つことで、その人が恋愛に対して楽観的にポジティブになれるならそれに越したことはないだろうし、「その気にさせる」という意味で、石には効果があるんだろうと思う、間違いなく。
てなことで、私は、このアクアマリンを、「文才がつく石」と思うことに決めました。
よっしゃ!文才がついたぞ!!!
・・・・多分ね(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/24/2006 18:03:10
げっ、アクアマリン買ってこようかしら(汗)。
良い結婚良い結婚・・・
-----
COMMENT:
DATE: 04/24/2006 22:25:52
えっとですね。
私の結婚が「良い結婚」だとしたら・・・なんですが、私、岡山にある吉備津彦神社で、「良縁祈願」をしたんですよ。
ここ、鳴釜神事っていう、こわ・・・いや、神秘的な神事があるんですよ。
願い事をして、それが叶うなら、釜が鳴る、叶わないならば、全く鳴らない!!っていう・・・やっぱり怖い神事です(笑)
これ、上田秋成の「雨月物語」の中でも最恐といわれる、「吉備津の釜」でも使われてる神事なんですよね。
で、一人旅でここに立ち寄った私は・・・、この神事を経験したくて、でも、特に願い事がなかったんで、無難に(?)、「良縁祈願」をお願いしたんです。
結果、かなり釜が鳴りましてね。
で、巡りあったのが、今の旦那でございます。
まっ!!たまには喧嘩もしますけどねっ(笑)
かなり霊験あらたかだと思いますです(#^.^#)
-----
--------
TITLE: シャンプー
BASENAME: 2506442
DATE: 04/25/2006 13:05:57
-----
BODY:
暖かくなってきたし、今日は天気も良いので、びーこを洗うことにした。
正体はわからないのだが、毛が抜け変わるこの時期、フケみたいなものが一杯出るし、それになにより、犬には独特の匂いがある。
あまりにも長期間シャンプーしないでいると、頭をなでるだけで、手が臭くなっちゃったりるすのだ。
まずは、びーこを表に連れ出し、水道に縄をかける。
びーこは、外で遊べると思っているらしく、とても嬉しそうだ。
期待を裏切るのは可哀想だが、かといって、シャンプーしないわけにもいかない。
ホースを持ってきて、セット。
既にびーこは、逃げ腰になっている。
わんこの脂は、毛全体に周っているのだと思う。
水をかけても、ほとんどを弾いてしまう。
だから、最初は、よく濡れない状態のままシャンプーをかけてこする。
勿論、あまり泡立たないが、構わず、ブラシでこする。
そして、水で流すと今度は水がよくしみこむので、少し多目にシャンプーをかける。
今回が、「洗浄本番」だ。
体全体に泡を広げるように、洗っていく・・・その間、びーこはずっと逃げようとして暴れるから、左手で脚をしっかり掴んで、右手で洗う。
全体が泡立ったら、すすぎ。
ホースの先端をつまんで、水圧をあげ、短時間で泡を落とす。
びーこは逃げようと暴れるが・・・ここで、脚を掴んでいたら、私も水浸しになるので、縄を短く掴んで、びーこを狙う。
びーこは嫌がって何度も体を振るわせるから、終わった時には、私もかなり水びたし。
びーこは短毛の犬だから、洗ってもそれほど面相は変わらないが、でもな~んとなく、「しょぼ~ん」という顔に見えるのが不思議だ。
いや、もしかしたら、本気でしょぼ~んとしているのかもしれない。
シャンプーが終わったら、表にびーこを置いたまま、しばらく放置。
「天日干し」だ。
この時期なら、1時間もしたら、ふわっふわのわんこになる。
びーこを表で遊ばせながら、私は掃除にかかる。
掃除には大体1時間くらいかかるから、その間に、乾くだろうというわけだ。
掃除をしながら表を見ていると、ポスティングのおばさん(失礼)がやってきた。
「やばい」
びーこは警戒心が強いので、家に人が近づくと、すごく吠えるのだ。
慌てて飛んでいくと・・・、びーこはシッポを振って、おばさんの手を舐めようと必死だ。
慌てて、おばさんに謝り、びーこを座らせたが・・・。
・・・なんで・・・?????
テリトリー(家の中)外だから?
シャンプーされて気弱になってるの?
実は、おばさんと顔見知り?
おばさんは、わんこの好きな香りがする人だった?
思いっきり疑問だったので、郵便屋さんが来ても同じ反応をするか見てやろうと、思った。
郵便屋さんも、大体この時間にやってくるからだ。
が、今日に限って、郵便屋さんは、なかなか来なかった。
びーこの散歩も、あんまり遅くなるとおしっこが我慢できなくなるかもしれないし、諦めて散歩に連れ出したら・・・帰ってきたら、ポストにハガキが入っていた。
チェ。間が悪いったらありゃしない。
まぁ、いいんだけど・・・、そんなわけで、結局、なぜびーこが、ポスティングのおばさんに愛想が良かったかの真相は解明できませんでした。
一体全体、なんでだったんでしょうね?
気になるなぁ。
-----
--------
TITLE: 隙
BASENAME: 2508936
DATE: 04/26/2006 12:56:55
-----
BODY:
道を歩いていると、よく人に道を聞かれる。
そもそもが、「大阪のおばちゃん」なので、地図を持って迷ってる人がいたら、
「どないしはったん?」
と聞くこともある・・・というわけで、多分、私自身が「道聞いてオーラ」を出してるんじゃないかと思っていた。
その証拠に、ナンパされたことがない。
悪質なキャッチに声をかけられることもない。
あくまでも、道に迷ってる人に声をかけられやすいのだ。
学生時代、よく先生に注意された。
数名でしゃべっていても、私が名指しされた。
これは、多分、キャラによるものだろうと思っていた。
つまり、磯野家において、何かあるとカツオが怒られるのと一緒。
「怒られキャラ」というものだろうと思っていた。
「懲りない」「落ち込まない」キャラは、怒られ役にぴったりだ・・・と自分でも思っていた。
が、今日、買い物の途中、とても品の良い老婦人に声をかけられた。
「本当によく会いますね」
と。
・・・・・・・知らない・・・・・・・・。
でも、
「いや、知りません」
と答えるのも感じ悪いので、黙って笑い返したら、
「いつもこのあたりですれ違いますけど、このあたりで住んでらっしゃるの?」
と聞かれた。
・・・すれ違ってたのか。
注意力散漫にわき見しながら歩いてたから気付かなかった(^^ゞ
「いえ、○○(地名)に住んでるんですけど、このあたりの方が、お野菜を安く買えるので」
と答えると、
「まぁ」
というような表情をして、すぐにまた笑顔に戻り、
「またお会いしましょう」
と、なんとも上品な別れの挨拶をくださった。
私も、
「ではまた」
とおじぎをして別れたが、いくらなんでも、10回以上すれ違ってたら、私だって相手の顔を覚えてないということはあるまい。
なにしろ、感じの良いご婦人なのだ。
一度でも目を留めたら、きっと記憶に残っている。
多分、「よくすれ違う」といっても、5度前後。
それで、
「本当によく会う」
と言われるということは、多分、私は、人目を引くということなのだと思う。
といっても、びっくりするくらい背が高いとか、笑っちゃうくらい面白い顔とか、ため息が出るような端麗な容姿というわけではないから、そういう雰囲気を持っているのだろうと思う。
OL時代、どんなに熱があってしんどい日でも、どんなに悲しいことがあっても、
「いつも楽しそうですねぇ」
と言われたもんだ。
多分、そういう役回りなのだと思う。
そういうキャラクターなんだろう。
これは、ある意味大変だといえば大変なんだが、使いようによっては、随分使える特徴だと思う。
・・・って、具体的にどういう風に使えるかすぐには思いつかないが、多分、今まで知らないうちに、このことで得してることも多いんだろう。
次に、あの老婦人に道で出会ったら、こちらから挨拶をしようと思った。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 旅人由紀子
EMAIL: junpyon0425@yahoo.co.jp
DATE: 05/17/2007 18:13:04
そういうことってありますね。何故か人目を引く人って。
逆にぜんぜん目立たない人もいるんだけど・・
-----
COMMENT:
DATE: 05/17/2007 22:48:14
こんにちは。
ぜんぜん目立たないのと、妙に人目をひくのって、どっちが人生楽でしょうね。
本当はそれをコントロールできるのが一番なんでしょうが(笑)
-----
--------
TITLE: 運
BASENAME: 2511329
DATE: 04/27/2006 13:38:16
-----
BODY:
「小泉政権長寿の秘訣」というようなニュースをあちこちで見かける。
そんなに長い間、小泉氏が首相を務められたという気はしないが、確かに、一時期のめまぐるしい交代劇のころと比べると、かなり長い。
で、そういう記事を見ると、必ず、「小泉政権の特徴は『強運』である」とかかれている。
首相本人も、自分は運が良いと口にされてるようだ。
・・・しかし・・・、そうなのか?
私は、小泉首相の手腕について評論できるほど、政治のことをよくわかってるわけじゃないのだけど、「運」で語られることに、どうも違和感を感じてしまう。
例えば、「北朝鮮拉致問題」が筆頭で語られる。
当時、社民党などは、「拉致はない」と言明していて、「拉致などと言い出すのは頭がおかしい」とでも言いかねないような論調だった。
世論はよくわからないけれど、ニュースでは(はっきり覚えている。キャスターは福留氏だった)、
「拉致問題なんて馬鹿なことを言って北朝鮮に行ってるヒマがあれば、他にやることがあるだろう」
と、小馬鹿にした態度だった。
そこを強行し、そして、成果を挙げて帰ってきたわけだ。
今では、「北朝鮮による拉致はない」なんて言ったら、「寝ぼけてるの?」といわれるだろう。
それくらい、この問題に対する認識は、ガラリと変わった。
「大きな賭けに勝った」
・・・そう、「強運」の内訳を、ニュースでは説明していた。
・・・だが、本当に「賭け」だったのだろうか?
少なくとも、首相には、勝算があったんじゃないかと、素人でも思うんだけど・・・。
なぜ、ことさらに、「運」のせいにしたがるのか、と、私は却って不思議に思う。
多分、違う。
人よりたくさん考え、行動してるんだと思う。
それが、自分のためだか他人のためだかわからないし、その政策が良いものか悪いものかはわからない。小泉首相の政策が良いものだったか悪いものだったかの結果が出るのは、多分、10年以上先じゃないかと思う。
が、現首相の「ぱっと見運のよさ」は、首相がそれだけ行動していることの結果だと思うほうが、自然だと思う。
良い参謀がいるのかもしれないが、良い参謀がつくというのは、「運」だけじゃないはずだと思う。
普段からの働きかけや、行動が功を奏してるんじゃなかろうか。
勿論、「運」というものがないとは言わない。
だけど、大概、それは、しょぼいもんじゃないかなぁと思う。
駅につくまで信号にひっかからなかったから、電車に乗れたとか。
たまたま欲しかったものを、知人が手放したがっていて、格安で手に入れることができたとか。
転職とか、結婚とか、人生の賭けで勝つには、それなりの努力が必要だと思う。
反対に、今まで、私の周りにいた、自称「運のない」人は・・・こういっちゃなんなんだけど、人よりは何もしてなかったように、私には見えた。
責任ある仕事からは逃げ、めんどくさい役割からも逃げ、自分は何もせずにおいしいことだけやりたがって・・・そりゃ、何もやってないんだからおいしいことが転がり込んでくるわけもなく、だから、「私は運が悪い」と言ってる・・・ように見えた。
だから、小泉首相のことを、「運が良い」なんて言ってちゃダメなんだと思う。
自分も同じくらい「運が良」くなるくらいに、いろいろ行動する方がずっと実益があると思う。
「運」なんていう不確かなものに、自分が支配されてるなんて、誰が思ってやるもんかってなもんだ。
自分の人生、「運」の意志ではなく、自分の意志で生きたいじゃないか。
どうも、首相が自分を「運が良い」と表現する時、自負心たっぷりでちょっと意地の悪い笑みが見えるように思うのだけれど。
だから、私は、テレビのこちら側で、
「いえいえ、あなた程頭が良い上に、精力家で、行動力のある方ならば、なしとげられないものはありませんよ」
と褒め殺しにかかるのである。
-----
--------
TITLE: 私はうんこ
BASENAME: 2514374
DATE: 04/28/2006 19:18:47
-----
BODY:
いやいや、やさぐれてるわけじゃありません。
「うんこ体験」が出来る施設が、大阪市内にあるんです。
その施設の名は、大阪市下水道科学館。
下水を処理した水を利用した恒温植物園、水についての映像を3Dで見ることが出来るシアター、地下や空中を移動する体感マシン「地下探検号」などのアミューズメントが、すべて無料。もちろん、入館無料、駐車場も無料。
まぁ、とはいっても、児童対象の施設だ。
それだけならば、特に行ってみようとは思わなかった。
私が心をそそられたのは・・・。
「汚水処理のしくみ」と題されたアトラクションなのだ。
入口は洋式便器の形をしている。
そして、下水道を通り、処理場を通り、海へ・・・。
つまり、うんこ体験が出来るってわけなのだぁあああああああああ!!!
こんな発想、誰がしたの?
いやまぁ、一応、「汚水になったつもりで」と説明されてるが、便器から処理場に行くんだから、やっぱりうんこでしょう。
というわけで、世間より一足先にGWとなった旦那と一緒に、この博物館へ行ってきた。
この施設に行くには、阪神淀川駅で降りるのが一番近いのだが、JR住人の私としては、10~20分歩く程度ならば、JR駅を利用したい。
西九条OR野田駅で降りても、20分程度だ。
そばにおいしいお店がある駅が良い、と調べてみたら、阪神野田駅程近くの、「磯寿司」というお店が安くておいしいらしい。
握り定食が900未満。握り8カンと赤だしがつく。ネタも最高らしい。
てなことで、野田駅を利用することに決定!!
・・・が、行ってみると、磯寿司は閉まっていた・・・。
「営業時間午後6時から」と書いてある。
う~む・・・なんでこういう初歩的なミスを犯すかなぁ。
ま、しかたない。
駅前のウィステに戻ることにした。
すると旦那が、一枚の貼り紙を発見。
「こんなん書いてあるで!!」
見ると、「新鮮なネタを握ってます」というようなことを書いてある。
どうやら、一階食品コーナー片隅にある、寿司の持ち帰り専門店らしい。
とりあえず行ってみる。
1パック、680円から。
しかし、ネタがひとつひとつでかい!分厚い!
しかも、ヒラメもホタテも煮穴子も鯛も入って全部で9カンで、この価格。
その上、小さい玉子焼きまで入っている。
そして、これがポイント。
よくある「寿司詰め合わせ」には必ず入っている「玉子焼き」「ゲソ」などの、「数合わせ握り」が一つも入ってない!
全部高級ネタばかり。すべて分厚くて、ピッチピチだ。
一つグレードが高い、980円のセットには、中トロ、生ウニ、数の子(もちろんまがいもんじゃありませんよ。ホンモノです)、鰻などが入っていて、しかもヒラメ、カンパチ、鯛も入って全部で10カン。
イカもぷりっぷりだし、海老だってでかい。藁焼きのシャケ(店主のおっちゃん曰、シャケは菌が多いから藁で焼いて食べるのがベターだそうな)も良い香りで、どれから食べようか悩むような、最高のネタばかり。
「あきんど」や「くら」などの100円均一の回転寿司ならば、「極上一貫皿」に乗るようなネタばかり・・・いや、勿論、鮮度や大きさ分厚さはそれ以上だ。
しかも、100円回転寿司で、それらの一貫皿ばかりを10皿食べたら1050円。
980円の、このすし屋で買うほうが絶対お得!
いや、680円のセットでも、100円寿司の「特上一貫皿」のネタだよ、これは。
むっちゃお得!
こういう時、私は、一瞬のうちに、こういう考えが頭を駆け巡る。
そして・・・。
「うわ、やす!!」
と、叫んでしまった。
店主のおっちゃんの出身も、うちの近所らしい(関係ないけど)。
店の名は、楠き(七が三つ)鮮魚。
野田に行かれる際には是非!
680円のセットと、980円のセット、それからいなり5個を購入して、おっちゃんに、
「この辺で、座って食べられる場所あります?」
と聞いたら、
「4階のフードコートで食べたらええで!」
とのこと。
フードコートは、ビジター(?)でも、水飲み放題だ。
いや~~、お得だなぁ。
それに、んもう、うま~い。
ネタは新鮮だし、大きいし、近所のスーパーの、薄くて鮮度が悪くて卵やゲソが入ってて8カン590円の握りセットなんてもう勿体無くて、買えません!!!
楠き鮮魚、お奨めです。
ちなみに、680円セットに入っていたネタは、確か、
藁焼きサーモン・鯛・ホタテ・煮穴子・ヒラメ・イカ・いくら・まぐろ・海老・・・じゃなかったかな?
ね?お得でしょ?
お腹一杯になったら、いざ、うんこ体験へ!!
施設全体としては、想像通り、「小学生見学コース」なんだけど、とにかく、便器をくぐるというシュールな体験をしたくて足早になる。
一階で、体感マシン「地下探検号」の整理券をもらって、最上階の6階へ。
うんこ体験は4階にあるので、6~5階は適当に流して、いざ、4階へやってきた。
ドキドキ・・・。
それは、階段を降りてすぐの場所にあった。
うわぁ!!!!!!
なんて綺麗な便器なんだぁあああああああっ!!!
便器というのは綺麗じゃないといけません。
私が、家を掃除する際、一番心をこめて磨くのが便器です。
(でも、掃除の時以外は、結構おざなりになっていて、ちゃんと流れたかどうか確認しないまま便器の蓋を下ろすため、たまに旦那が悲しい目にあっているらしい)。
その点、この便器はすばらしい。
うんこ冥利につきる便器です。
記念写真をパチリ。
うちの旦那は、何かあると私をモデルに写真を撮ってくれるんだが、大体、私の表情は微笑・・・というより、「薄笑い」である。
が、後で確認してみたら、この「便器」の前で撮影された写真は、どれもこれも、最上の笑顔である。
この写真じゃあ小さくてよくわからないだろうが、むちゃくちゃイキイキした笑顔で映っていたので、そんな自分が、多少・・・やになった。
アトラクション自体は、大したことはない。
入口が便器である以外は、ただの展示だ。
しかし、「うんこ(汚水)になる」というこの発想が、んもう、私の心をわしづかみ!!
そして、最後に「地下探検号」に乗って、施設を出た。
「下水科学館」の前では、大粒で甘いイチゴ300円、石焼いも(でかい)1本100円の店もあり、ここでイチゴを購入して、食べ歩きながら大阪までぶらぶら歩く。
野田って、なんでも安いんだろうか。
イチゴが甘い、でかい、ジューシー。
百貨店で買えば、多分、800円とかする大粒のイチゴだ。
しかも、店の前で迷っていると、売り子のお姉さんが、
「も一つの300円のイチゴ(一応、商品名は伏せます)や350円のイチゴより、個人的にはこっちのがお奨め」
と、300円のイチゴを一粒(何度も言うけど、一粒がでかい)、手渡してくれた。
旦那が購入した石焼いもも、むちゃくちゃ甘いらしい。
てなわけで、今日は、格安で一日遊んで来ました。
ゴールデンウィーク。
幸先の良い、幕開けです。
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/30/2006 15:58:14
すてきーーー、うんこ体験すてきーーー!!!
-----
COMMENT:
DATE: 04/30/2006 19:15:36
素敵でしょ~?
シッポさんは、もともと、大阪の人でしたよね(思い違いだったらごめんなさい)?
戻りたくなったでしょ~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/01/2006 01:00:11
ここおもしろそうですね。明日は休みなので今から検索してみます!
-----
COMMENT:
DATE: 05/01/2006 06:24:31
見つかりましたか?
月曜日ならば、多分、すいてると思います。
淀川駅で降りたら南側です。
でも、楠き鮮魚で昼ご飯するなら、阪神野田駅が便利です。
「探検号」は、毎時0分発車ですので、合わせて行ってくださいね!
また感想聞かせてください!!
館前のいちご(焼き芋)も、是非食べてくださいね~!
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/01/2006 09:25:21
月曜日は休館日だった、、、。
月曜休みのとこって多いのよね。今年度は仕事のお休みが月曜日なのにぃ。
うんこ体験したいよ~!
-----
COMMENT:
DATE: 05/01/2006 14:44:23
休館日!!!!
チェックしてなかったぁああああ!!
うんこ体験、便器が綺麗なうちに(笑)しときたいですよね!
月曜日が休みだったら、ヘアサロンに行くのも大変ですね。
私は、どうせいつも一つにくくるだけなんで、旦那に切ってもらってます。
-----
--------
TITLE: 金剛登山
BASENAME: 2516718
DATE: 04/29/2006 19:42:48
-----
BODY:
今日は、大阪一の高峰・金剛山に登った。
大阪からならば、千早赤阪から登るのがメジャーなんだろうが、それだと、駐車場代がかかる(一日千円程度だが)、しかも、昇降距離が短い、道が整備されすぎててつまんない・・・ということで、奈良は高天ルートを登った。
高天ルートは、高天彦神社の駐車場に車を停めることができるので、駐車場代は、無料。
朝8時半過ぎに到着したにも関わらず、駐車場は満車状態。
「え~っ?!こんなに登山客が多いのぉおおおぅお?」
ちょっとげんなりするが・・・熊が出てくる心配がなくていいかぁ、と納得することにした。
山に来てまで人混みにまぎれるのは、ぞっとしないんだが・・・まぁ、押すなおすなの大賑わいってことはないだろう。
まずは、高天彦神社で、無事を祈る。
・・・と、ここで、駐車場が満車状態だった理由がわかった。
祭礼の準備で、村の人達が集まって来ておられたのだ。
少しほっとして、登山道に向う。
このコースは、しょっぱなに滝がある。
でも、まだ汗をかいてないので、素通り。
しばらく、階段が続くのだが・・・、なぜか階段に、デコボコした岩がしきつめてある。
この岩の表面が平らならば歩き易いんだろうが、尖った部分をうえに向けていたり、妙に斜め勾配に埋められていたり、しかも地上に出ている高さがバラバラなので、すごく歩きづらい。
その上、階段の幅が、中途半端で、高さが私にはちょっと高い。
太ももを直角にするより少し上に上げないと登れない。
これって、すごくしんどい高さなのだ。
ブチブチ言いながらも、とりあえず最初の難関は、突破。
しばらくはなだらかな道が続く・・・が・・・。
道幅が狭くて、絶壁。しかも、滑り易い道もあったりするので油断は禁物。
でもまぁ、この間に、体力を取り戻しておけば、後は楽だ。
ただ、今日、私は、アホなことに、ジーンズを履いてきてしまった。
いや、普段なら、それほどパツパツじゃないので、太ももを上げるのがキツイということにはならないんだが。。。
この日、私はジーンズの中に、「速乾五分丈パンツ」を履いてきてしまっていた。
・・・パッツンパッツン・・・太ももきつ~~~・・・。
ううう。シマッタ。
とはいえ、ゆっくり歩けば、大したことはないので、とりあえず、脈拍と呼吸を整える。
ダイヤモンドトレールに近づくと、また急な(しかも、また、歩きづらい岩の敷き詰めてある)階段になる。
ブチブチ言いながら登る。
さすがに急なので、途中何度も立ち止まって、息を整える。
山に登るとき、人によって、いろいろな登り方があるようだ。
登れるところまで一気に登り。そこで休憩。体力が戻ったら、また一気にいけるところまで・・・という人もいる。
私は、なるべく息が上らない程度の速さで登り、苦しくなってきたらすぐに立ち止まって息を整える。この時、決して座り込まない。
最期の階段では、5度ほど立ち止まったろうか。
気付いたら、ダイヤモンドトレールについていた。
「山頂まで500米」と書いてある。
・・・あれ???
私達は、山頂まで3~4時間のつもりで予定を組んでいた。
8時半過ぎに登頂開始すれば、ちょうど12時ごろに山頂につくくらいの・・・。
「なぁ」
「なに?」
旦那の腰は少し引けている。
「今、何時?」
「・・・10時・・・」
「ここから、山頂までものすご~~~~~~いっ、急な坂が続くんかな?」
「いや、あとは尾根道やからなだらかやろうな」
「1時間半で登ってしもたやんっ!3~4時間かかるんちゃうん?」
「いや、平均2時間くらいかかるって書いてあったんやんか。で、のりこ体力ないから、3~4時間かかると思ってんけどな」
のりこ体力ない。
確かに、旦那に比べると、体力がないと思う。
けども。
旦那が化け物なんである。
この人がバテてる姿を見たことがない。
仕事で夜中に帰ってきて、私が横でいろいろ聞いたりしゃべったりしているのを、
「疲れてるねんから黙ってくれ」
などと拒んだこともない。
毎日残業続きでも、土日は、私の為に一日運転手を勤めてくれる。
旦那がしんどそうにしているとすれば、それは、
「お腹が空いている」
のだ。
正直、私はいつも旦那と一緒に山に登っていたので、
「私は体力ない」
と思っていた。
それに、私の友人も体力の有り余ったのばっかなんである。
捻挫してるのにフルマラソン走ったりとか、一晩中山の中にいたりとか。
だから、私は、彼女らと比べて、
「私体力ない」
と思い込んでいた。
けども、。
平均的女性と比べたら、私はかなり体力があるらしいんである。
私はそのことに、ここ1年くらいで気付いた。
平均的女性達と山に登る機会に恵まれたからである。
どうも、旦那はそのことを今日まで知らなかったらしい。
仕方なく、山頂で早すぎる弁当を食べる。
山を降りてから食べてもいいんだけど、山を降りてまずいコンビニ弁当を食べるのは、なんか癪なんである。
まだお腹はすいてないが、国見城址のベンチに座り、下界を見ながら食べる弁当は、悪くない。
弁当を頬張っていると、小さな山鳥が目の前に飛んできて、首をかしげている。
「野生の鳥なのに、随分人間の側まで飛んでくるんだなぁ」
とよく見ると、目の前の木の上に、餌台があるようだ。
餌を咥えると、サッサと飛び去る。
こんな寒い山の上で、鳥達は小さな体一杯で熱を作り、楽しそうに囀っている。
人間には、とても叶わない「体力」だ。
結局、体力ってのは、なんなのかと思う。
鳥と人間の体力には、「努力」では埋まらない差がある。
私と旦那の体力にも、「努力」だけでは埋まらない程度の差がある。
反対に、体の弱い女性と私の体力にも、「努力」だけでは埋まらない差があるかもしれない。
相違点は、鳥と人間は、「全く別の世界」に棲み分けているのだけれど、旦那と私、私と私より体の弱い女性は・・・同じ世界で、なるたけ同じだけのものを受け取って生きていくというのが前提だということじゃないかと思う。
「人間という生物は、そもそも自然ではありえない」
私はつくづくそう思う。
もし、人間が自然なら、私と旦那は、私と体の弱い人々は、もしかしたら全く違う世界に生きていて、一生出会うことはなかったかもしれない。
私は、人間のありようは、そこそこに美しいと思う。
「自然ではありえない」人間が、自然と融和するために。
人間は、「自然ではない」能力と、脳力を使わなくてはいけないのかもしれない。
そして、人間は、どんどん自然から遠ざかってしまうのかもしれない。
自然と共存するために。
山という大いなる自然の中にあって、私はそんなことを考えていた。
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 04/30/2006 15:59:33
なんといっても、余計なものを何も持たず
その身ひとつで生き抜く野生の動物たちは強く、
私たち人間は脆弱だなあと常々思っているわけです。
-----
COMMENT:
DATE: 04/30/2006 19:17:30
人間は弱いからこそ、いろいろ智恵を絞ってきたんでしょうね。
私は、そういう努力を「いぢらしい」と思ったりするんです(~_~)
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/01/2006 00:59:14
ちょっと考えさせられました(^^)このままで行こう~。
-----
COMMENT:
DATE: 05/01/2006 06:27:37
自分に出来る最善のことが何かと考えていtけば、自分はこのままでも、何かが変わるんじゃないか、なんて思ってます。
あくまでも、「自分にできる最善のこと」でいいと思うんです。
っていうか、それしか出来ないと思うんですね(笑)
このまま、まっすぐ行きましょう~!
-----
--------
TITLE: ペットサービス
BASENAME: 2518406
DATE: 04/30/2006 12:58:03
-----
BODY:
「今日は家族サービスの一日だぁ」
なんて言うが、今日は、私にとって、「ペットサービスの一日」にすることにした。
朝から図書館へ行って、旦那は本を読んでいる。
私は、昼ごはんを作った後、手に文鳥を乗せて、のんびりしている。
この後、わんこを構いに行こうと思う。
多分、その後は、また色鉛筆でチュッチュの絵を描こうかな、と用意したのが、この写真。
なかなかうまく輪郭を抽出できないんだなぁ。
さて、今日は、だらだら過ごします。
で、描いたのが、これ。
描き終わってから、旦那と一緒にビデオを見ました。
見ている間、チュッチュは、旦那のそばから離れませんでしたとさ。
私が手を出すと、むちゃくちゃ怒る。つつく。
なんでやねん。
-----
COMMENT:
AUTHOR: セイル
DATE: 04/30/2006 13:18:46
はじめまして。
桜文鳥が、可愛いっ(〃▽〃)
。。。写真の加工は、難しいですねー。
私は、あっさり挫折しています(汗)
-----
COMMENT:
DATE: 04/30/2006 19:19:58
はじめまして。
白文鳥もシナモンもシルバーも綺麗なんですけど、私はこの頭の黒い帽子がすきです(~_~)
写真の加工は、ほんと難しいです。
解像度が上って余計に難しくなったと思います(T_T)
ならば、圧縮してから作業すればいいんですが、どうもいさぎわるいんですよね(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: セイル
DATE: 05/01/2006 01:53:12
(引き続き)
色鉛筆画だと、雰囲気が違いますね。優しい感じにw
お見事!(*゜▽゜ノノ゛☆パチパチ
-----
COMMENT:
DATE: 05/01/2006 06:29:08
ありがとうございます。
セイルさんの絵も、可愛らしくて、感心してみてました。
また拝見にいきますね!
-----
--------
TITLE: ワールド牧場
BASENAME: 2521539
DATE: 05/01/2006 15:46:41
-----
BODY:
大阪の南部。河南町という町に、「ワールド牧場」という名の、観光牧場がある。
春になるとベビーラッシュだし、動物達は人馴れしてるし、なにより、行き着けの動物病院(わんこの薬を毎月もらいに行く)で、無料券を配布しているので、毎年春にななると出かけるのが、習慣のようになっている。
ただし、駐車場代が千円かかるんだが、牧場維持のためにも、それくらいは支払って罰はあたらないと思う。
ただ・・・中に入ると、こちゃこちゃとお金がかかるのが、結構計算外。
入口そばの、「小動物コーナー」では、ヤギの子供が愛想よく出迎えてくれる。
柵の中にいるのだけれど、手を出すと、自分から頭を下げてきて、触れ合い放題である。
そして・・・・・手の匂いをくんくん嗅いだりする。
ふと横を見ると、「ヤギの餌100円」と書いた看板が目に入ってしまう。
これが、500円もしたらためらうところだけれど、100円なら、買ってしまうのが、小市民的な金銭感覚じゃなかろうか。
ここで、100円落とす。
子ヤギに餌をあげて、ふと隣を見ると、大人のヤギが寄ってきている。
これがまた・・・、面白い顔をしている(^^ゞ
こんな表情で笑われたら、餌の一つも食べていただきたくなるってもんだ。
また、100円。
イルカドームでイルカを見た後、家族づれが馬に乗っているのが目に入る。
普段ならば、満員のアトラクションだ。
が、今日は平日ということで、待ち人数は、0。
う~~~むむむ。
しかし、この子は、何度か立ち止まって、
「もう歩くのやだ~」
というそぶりをする。
「頑張って進め~進め~」
と声をかけると、首を振る。
う~む、声をかけるだけじゃあかんみたい。
首を撫でてみるが、余計動かない。
勿論、係のお兄さんが引っ張ってくれるんだけど、なんか無理やり引っ張ってるみたいに見えてしまう。
馬の乗り方って全く知らないんだけど、脚で馬の胴体を締め付けると、
「進め」
という意味になるんだったんじゃないか・・・とうろ覚えで、胴体を締めてみる。
なんとか立ち止まらずに動き始める。
約3分ほど。
つ~ことで、また1000円。
馬を下りて、歩き出すと、今度は、
「アーチェリー坂の上左側」
という看板が見える。
「アーチェリーやって」
と旦那が言う。
「一度やってみたいねんな~」
と私。
二人して、足早に坂道を登ると、的が5つ並んでいるのが見える。
一回につき矢10本ということなので、旦那と5本ずつ射ることにする。
これが、500円。
ちなみに、私は、1本だけ、
「大当たり」
が出ました。えっへん( ̄^ ̄)
その後、犬を見る。
普段なら、柵の中に子犬がいたりして遊べるんだが、今回は、そういう子犬はいなかった。
その上、頑丈な柵の中にいる犬さえ、私が近寄ると、吠えたり、逃げたり・・・馬の匂いのせい???
チワワやらコーギーやらの、若い犬達と遊べる「触れ合い広場」というのがあって、500円で入場できるんだが、
「どんなにアホでもうちの子が一番」
な、親馬鹿飼い主は、特に興味なく、スルー。
500円・・・ここでは落ちず。
牧場内で昼ごはんを食べると、高くなるし・・・と思って、お弁当を持参したので、ここでも、お金は落ちず。
ちなみに、昼ごはんは、トンカツが680円だったかな?
「お、安い」
と思ってよくよく確認したら、その下に、
「ご飯・味噌汁・漬物セット 480円(確か)」
という表示が。
つまり、トンカツ定食だと、1160円。
これは、安くない(笑)
まぁ、観光地の昼ごはんとしては、相場より安いと思うんだけど。
このほかにも、長い坂道を登るのがいやな人には、貸し出しランドカー一時間1000円とか、牛の乳搾り体験500円とか、犬(牧場の犬)の散歩1000円とか。
無料券を配りまくっても、経営が成り立つ理由はここにある。
犬猫・鳥などのペットになる動物以外と触れ合える場所はそんなにたくさんあるわけじゃないから、ついつい
「今日くらいは」
と、いろいろな体験をしてしまうんだな。
その後、そこらへんにつながれている馬とかヤギとかと遊んで、出口に戻る。
「牧場ソフトクリーム」
というのにふらふらと引かれて、350円。
これだけの体験で、2時間半ほど。
大阪のしぶちんのおばちゃんが落としたお金は駐車場代を合わせて、計3050円也。
他の、子供づれのお母さんなんかは、もっと使うんだろうな。
昼すぎには牧場を出て、帰宅の途に。
途中、旦那が、
「バッティングセンターに寄って帰ろか」
と提案したが、
「いやいや、連休はまだまだ先が長いで。いくつか安い楽しみを残しておかんと、後退屈するで」
と、今回はパス。
明日はまた一日遠出となるし、7日は仲間と一緒に宴会だから、予算を残しておかにゃならんとなると、3日から6日、何をして過ごすか、帰ってきてからず~っと調べていた。
河原に言くとか、山に登るとか、安く遊ぶ方法はかなりあるようだ。
・・・毎日遊びつくすつもりなんだろうか・・・。
う~~~~~~む。
ちょっと大人気ないかも。
なんにせよ、低予算ゴールデンウィーク。
順調に進行中!
-----
COMMENT:
AUTHOR: セイル
DATE: 05/02/2006 05:03:04
おはようございます。
低予算GWとは、やりますねー(⌒▽⌒)
お金使えば楽しいってものじゃないし、充実してるのが一番かと。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/02/2006 09:39:53
ワールド牧場
何度か こちらの方から遊びに行ったことがあります。
しかし、ここからは めーっちゃ遠い!
まず高速道路代が掛かるし、ワールド牧場の無料券があるわけではなく(苦笑)
そのうえ、子供3人で・・・確実に お金落としまくりですね(笑)
諭吉が2人は消えまする~(涙)
-----
COMMENT:
DATE: 05/02/2006 09:52:43
325さんのおうちあたりからだったら、遠いですよね。
あっちだったら、大阪府民牧場とかの方がずっと近そう。
しかし、諭吉二人!!!!!!!
うちらは夫婦二人なんで、交通費&食費&途中の間食。
それくらいなんですよね。
二人が、「イッチョカミ」な性格じゃなければ、もっと節約できるでしょう(笑)
でも、なんでもやりたがる人間二人な上に、体力もあるからなぁ。
かかるかかる。
-----
COMMENT:
DATE: 05/02/2006 09:54:23
セイルさんおはようございます。
いや~・・・、とにかく、毎日ほどどっかでかけてるんで(笑)
一つ一つは、低予算にしないと、ピンチになっちゃうんです。
とりあえず、毎日が楽しい連休にしたいと思ってます(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 星の名前
BASENAME: 2525989
DATE: 05/02/2006 23:20:21
-----
BODY:
私は朝に強い。
朝起きた瞬間からわしわし動けるし、37年の人生の中で、朝寝坊したことは、ほとんどないと思う。
今日は、伊勢へ遠出の予定。
朝は4時半に目覚まし時計をセットしていた。
が、起きた瞬間、体が重い。
どうしようかな・・・と考えて、旦那に、
「伊勢、延期にしてもいいかな?」
と確認。
結局、起きたのは、9時ごろだった。
が、起きてから、
「じゃあ、今日はどうする?」
となると、
「やっぱり、伊勢にしよっか」
ということで、なんともはや、5時間遅れの出発となった。
そんなわけで、予定になかった高速を使い、
予定していた鳥羽水族館はパス。
それでも、帰着したのが、今、である。
伊勢では、夫婦岩を見た。
夫婦岩は、海の中に鎮座する岩で、大きな岩と小さな岩の連なりだ。
今では夫婦岩と呼ばれて、岩自体が信仰の対象のようになっているが、往古は、その岩から登る朝日を拝む「装置」だったのではないかと思う。
古来の日本では、神は天から降りたのではなく、海のかなたからやってきたのだ。
海の向こうからやってくるもの・・・太陽や、風や、もしかしたら星も、信仰の対象となっていただろう。
その他、御神田などを見て、伊勢を出たころには、空は真っ暗。
田舎の道から見る空は、かなり派手だった。
三日月の周りにちりばめるように、満天の星。
星の繋がりには、名前がある。
オリオン座・さそり座あたりが、形の上からも判別しやすい星座だろう。
これらの星座の名前はすべてギリシャ神話を由来とする。
しかし、日本に星の連なりに名前をつけるという習慣はなかったのだろうか。
そうでもない。
オリオン座について、「鼓星」などという、いかにもな名前がついていたりする。
「オリオン座」というと、なんだか、ものすごくハイカラなんだが、「鼓星」と言われたら、いかにも和風に思えるから不思議だ。
今日見た星空で、ひときわ目立っていたのは、大きな柄杓。
この星は、日本では、例えば、「しそうの星」と呼ばれている。
漢字にすると「四三の星」だ。
中国では、「死を司る」とされている、北斗の名を冠したその大きな星の連なりが、四角形と三つの連星となり、日本風の表情をして、東の空に直立していた。
-----
COMMENT:
AUTHOR: Tim
URL: http://tim251018.jugem
DATE: 05/03/2006 19:11:00
初めまして m(_ _)m
「のりちゃん+ブログ」で検索しましたら こちらがヒットしました
思わず読んでしまいました (^-^)v
これから 時々 訪問させていただきたいと思います
よろしくお願いいたします ♪
-----
COMMENT:
DATE: 05/03/2006 20:01:59
はじめまして。
のりちゃんという方のブログを探してらっしゃるんですか?
「のりちゃん」って多いですよね(笑)
Timさんは、関西系の会社で働いておられるんですね。
私は、もろ、大阪のおばちゃんです(笑)
これからもよろしくお願いいたします。
-----
PING:
TITLE: 輪廻
URL: http://gogogo.go2 gogo/dmst_dvd2/050620220284.html
IP:
BLOG NAME: DVD レンタル Check
DATE: 05/12/2006 11:07:01
輪廻
-----
--------
TITLE: 巨石
BASENAME: 2527781
DATE: 05/03/2006 19:27:47
-----
BODY:
夫婦岩を見て、いくつかの神社に参拝した後、地図を見ると、
「鸚鵡岩」
という文字が目に入った。
海では、○○岩は珍しくない。
ライオンが寝そべったような姿をした獅子岩とか。
「まぁ、そういうつもりで見れば、そう見えないこともないかなぁ?」
という感じではあるが、なんにせよ、海にニョキッと岩が屹立している姿は、なかなかに見ごたえがある。
鸚鵡岩ということは、鸚鵡の姿をした岩なのか、しかし、鸚鵡なのか文鳥なのか、どう区別をつけるんだろう?という疑問もあり、寄ってみることにした。
地図で見た方向にやってくるが・・・、どんどん道は急な上り坂になって行く。
これは・・・海の中にあるんじゃないのか?????
しかし、山の中にある岩で、鸚鵡みたいな形ってどんなんだ??
とどんどん疑問になってくる。
結果、辿り着いた場所は、ほぼ、山頂という感じ。
案内板があるので、見てみると・・・なるほど。
鸚鵡の姿ではなく、その岩に向って歌を歌ったりすると、美しい山彦が返ってくるということらしい。
特に、「話し場」という場所で謡いなどをひねると、「聞き場」では良い音効を伴なって聞こえるようだ。
「話し場」には、拍子木が置いてあるので、私は聞き場にスタンバイして、旦那に拍子木を打ってもらう。
おお、聞こえる聞こえる・・・が、直接聞こえる音と、山彦とどっちがええ感じかわからん。
結局、ここは、巨石に対する信仰の場だったんじゃないかと思う。
古代に生きた大和の人々は、大きな石を信仰の対象とした。
大きな岩自体を信仰したのか、岩に何かが宿ると考えて信仰したのか、岩を「神が降りる依り代」と考えて信仰したのかはわからない。
ただ、岩は神聖なものだと思われてきたようだ。
もちろん、一言で、古代に生きた大和の人々と言っても一通りではない。
随分昔に南の海からやってきたと考えられる人々もいるだろうし、それより後、大陸から渡ってきた人々もいるだろう。
そして、それらのハーフもいるに違いないし、それらの人々がそれぞれに様々な文化を持っていたと思う。
だから、巨石を信仰した人々がどのような文化を持った人か、それは想像するしかない。
が、稲作文化よりも前からいた人々による信仰であると思われる。
私は、「縄文系の容貌」であるといわれる。
つまり、南島系の顔立ちなのだが、色が黒くて、目が丸くて、頬骨は低い。
ただし、手足は細くないけれど(T_T)
旦那もそっち系の顔だ。
そんなわけで、縄文信仰に対しては、少し親近感を持っている。
岩の前に立つ。
遠い昔、私に似た顔立ちの人々が、この岩の前で祭りを行っているところを想像する。
彼らは、私達よりずっと短い命しか保てなかっただろう。
弱い体に生まれてきた個体は、あっという間に命を落としただろう。
当然、助け合いの精神はあっただろうが、それは、「シェアする能力がある人間」同士の間の助け合いだったかもしれないと思う。
修験者である知人と山に登ったとき、
「昔の修験者は、隊列についていけなければ見捨てられました」
と教えてもらった。
「弱い人間はいらない」
のだ。
体を張って生きなきゃいけなければいけないほど、「助けられる命」は限られてくる。
弱い人間を助けようという考えはあっても、人一人が助けられる人数は限られているだろう。
「家族」。
自分の妻と子供。
それで精一杯だったんじゃないかと思う。
姥捨て山の伝説は、ただの伝説ではないと思う。
生きるということは、本来、難しく、厳しいものだったはずだ。
生きることが当然の権利のように考えられるようになったのは、多分、人間の歴史を考えれば、ごくごく最近になってからのことだろうと思う。
しかし、そんな厳しい状況の中で、人々は、できる限り助け合ってきたのだろう。
だからこそ、「夫婦」という仕組みが出来たのだと思う。
岩から駐車場に戻る階段を登りながら、足を滑らせかける。
旦那の手が私の腕を掴んで支えてくれる。
この岩は、多分、そういう光景を、今までの長い時間、何度も見詰め続けてきたのだろう。
頑丈な・・・幾万年も朽ちることなく屹立し続けてきた岩を見ながら、か弱く健気な「人間」という生き物の助け合いの歴史について、考えていた。
-----
--------
TITLE: 贅沢な一日
BASENAME: 2530386
DATE: 05/04/2006 20:43:04
-----
BODY:
大阪にも漁港がある。
泉佐野漁港や、田尻漁港などが有名だが、特に、泉佐野漁港では、水曜日以外の毎日、市場が出る。
天ぷらや、寿司を売っているし、ちょっとした食堂もある。
今年の夏、私達は富士登山をする予定なので、雨具やヘッドライトを購入しなくちゃいけない。
しかし・・・これが意外と高価なのだ。
ネットで調べたら、雨具がなんと3万円!!!!!
ひょえ~。
しかも夫婦で登るんだから、その倍、ドン!
というわけで、少しでも安く抑えるべく、アウトレットを購入することにした。
大阪南部には、でかいアウトレットモールがある。
りんくうプレミアムアウトレットというやつだ。
そのそばに、イオンタウンが出来て、ここにも一部アウトレットが入っているようだ。
というわけで、今日は、朝から出発し、まず、泉佐野漁港に入る。
この時、時間11時ごろ。
穴子の天ぷら3尾600円を購入。
二人で分けて食べる。
穴子が好物の私、2尾。
旦那、1尾。
食堂に移動。
私は、刺身盛り合わせ、旦那はウニ丼を頼む。
どちらも1000円也。
それに、がっちょの天ぷらもつけて、計2500円。
ガッチョとは、聞きなれない魚の名前だと思う。
私も、泉佐野に来るまで知らなかった。
大きさは、ししゃもくらい。
生の状態で見ると、肌がぬめぬめしているが、それをさばいて骨をとったものを天ぷらにして食べると、サクサクの身が実に甘くてうまいのだ。
ただし、私は、これを上手く裁く自信はない。
だから、食堂で食べるのがベター。
食したら、イオンタウンへ車で移動。
なぜ、イオンタウンかというと、ここは、駐車場代がかからないのだ。
スポーツオーソリティで、雨具を下見、海を見ながら立ち読みの出来る旭日屋書店で、登山の本をパラパラと見た後、徒歩で、アウトレットモールへ。
途中、橋を渡るので、かなり爽快だ。
青空の上では雲雀も鳴いている。
雲雀は、「雲の雀」と書くとおり、かなり上空で鳴いていることが多い。
雀と書くくらいだから、多分、小型の鳥なんだろう。
というわけで、雲雀を見つけることは断念。
ビーチには既に、たくさんの人が集まっている。
まさに、「ホリデー!!!」という感じだ。
ただでホリデー気分を満喫(笑)
アウトレットでは、旦那のリュックと雨具、それから私のスニーカーを購入した。
なにしろ私のスニーカーは、あちこち破れてボロボロ。雨の中を歩こうもんなら、靴下からジーンズへと毛細管現象が起こり、膝あたりまで濡れてしまいそうな勢いなのだ。
これが合計約、8500円。
旦那の雨具は、格安だったのだ・・・。ごめん。
その後、シャトルバスでイオンタウンに戻る。
バスは1時間に一本しかないので、バスの時間までに20分以上あれば徒歩で戻ろうと思っていたのだが、私達がバス停につくと、ちょうどバスが着くところだった。
徒歩だと40分くらいかかるところが、バスだと10分。
それで、一人100円。よしよし。
先ほど目をつけておいた、ヘッドランプ1290円を二人分、私の雨具が10000円程度・・・旦那の雨具の約5倍・・・はっはっは。
また、泉佐野漁港に戻って、閉店間際の店内をぶらつく。
すし屋さんに入り、大トロ二貫600円、ホタテ二貫400円、うなぎ二貫300円を二人で食べた後、ウニ二パック700円、大きなズワイガニ二杯2000円を購入し、帰途についた。
晩ご飯は、勿論、ウニとカニと野菜。
昼ごはんに、豪華刺身盛り合わせ、穴子の天ぷら、ウニ丼。
間食として、大トロ他豪華にぎり寿司合計6貫。
晩ご飯に、ウニ・カニなどの豪華盛り合わせ。
富士登山のための下準備、通常なら70000円程度のもの、を購入し、今日一日で、28400円(ガソリン代除く)。
とはいえ、今日は、この休暇中、一番お金を使ってしまった。
ゴールデンウィークは、あと3日。
なんとか乗り切れるか??
・・・なんだか、大阪のおばちゃんガメツい日記の様相を呈してきました・・・。
う~む・・・ま、いっか(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/04/2006 21:33:41
おっ!
福沢3人 飛ばしましたね~(笑)
我が家は今回のGWは ひたすら 自宅のお片付けです。
あ~格安!格安!(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 05/04/2006 23:00:47
飛ばしました。
でも、7枚以上飛ばすところを、3枚に抑えたんですよっ!!!!!
山の道具って、本当に高いです。
お片づけ・・・うちもしなきゃなぁ(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/06/2006 09:01:43
最近、高校時代からの友人が買い物時に(とくに電化製品)
実は値切ったことがない・・・っていうのが分かって
「値切るんじゃあないよ~ お勉強していただくのよ~」と ばかりに(笑)
大阪の買い物術を伝授いたしましたら、すっかりその楽しさに友人をはめてしまいました。(^^)
やっぱり 定価なんて・・・定価なんて・・・偽りの価格なのよ~ぉぉぉぉぉ!!!!
-----
COMMENT:
DATE: 05/06/2006 19:36:24
以前働いていた会社に、よく間違いFAXが入ったんですね。
あるアパレルメーカーさんからで、そこには、ブラウスやワンピース、スカートのデザインと、売値、原価が明記されておったです。
いや~~~・・・・・・そりゃ、半額で売っても、元とれるわ(笑)
もちろん、それまでにかかる人件費などもあるでしょうが、それでもそれでも。
わたしたちゃ大阪のおばちゃん。
キリキリ、しぶちんに生きましょう!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/07/2006 09:38:17
アパレルはね~(笑)
私の妹の旦那がとある商社のアパレル部門なんですよ
一応 世間一般の ブランドと呼ばれる お洋服をあれこれ扱っているんですが
原価知ったら ある意味 笑けてきますねあれ・・・(苦笑)
消費者よ~ 賢くなるのだ~!
-----
COMMENT:
DATE: 05/08/2006 00:18:50
OL時代の先輩に、代々西陣織を生産している(???よくわからないんですが、反物を織ったり絵付けをしたり、売ったりする・・・ってどういう商売になるんでしょうか)家柄の娘さんで、
「着物の世界はほんとすごいよ~」
とおっしゃってました。
そうだ~、賢くならねば損なのだぁ!
-----
--------
TITLE: お小言
BASENAME: 2533529
DATE: 05/05/2006 10:01:00
-----
BODY:
我ながら、ガミガミおばさんだと思う。
「え?」
と思ったら、ついつい、くどくどガミガミと言ってしまう。
分かってるんである。
自分が正しいと思ってるわけじゃない。
大体、絶対的に正しいものがこの世の存在しないというのが持論。
私が正しいと思うわけじゃない。
大体、私が、「それ、おかしい」と判断するのは、かなり皮膚感覚的だ。
「違う!」
といい始めると、後から理屈がついてくる。
例えば、
「歴史を見ると、遺伝子的に白人は、侵略するタイプらしいよ」
この一言で、ピキッ!!
自分でもその時に理由はわからない。
大体、私は歴史に疎い。
もちろん、最近の、竹島問題などに興味がないわけじゃないが、双方に言い分ってのがあるのは当然。
見解の相違があるのは当然で、あとは、どれだけ、御互いが客観的になって歩み寄れるかじゃないか・・・くらいの見解しかない。
だから、「日本人が侵略したかどうか」とかそういうところでひっかかってるんじゃない。
ただ、「遺伝子的に侵略するタイプ」という言葉にピキッ!!!
となる。
「なんで?」
「ローマとか、アメリカとか」
「それだけが根拠?」
ここで、私は戦闘態勢に入ってしまう。
「そういう考え方を、なんの抵抗もなく受け入れられるというのがわからん」
相手は私の剣幕に押されて黙ってしまう。
「まず差別的な考え方やよな?遺伝子で人格を云々されたらたまらんわ。日本人やから私は几帳面か?あぁ?几帳面か??」
「・・・・・・・」
相手が黙ると、こちらとしても、相手がどう考えてるかわからないので、くどくどしくなってしまう。
くどくどくどくどくどくどくどくどくど。
がみがみがみがみがみがみがみがみ。
我ながら、がみがみおばさんだと思う。
でもま、それも含めて私なんで・・・しょうがないのかなぁとも思いつつ、可愛げはないよな、と思う(笑)
そんなこんなで、今日は、急に仕事・・・らしいものが入ったので、昼間はそちらに。
夜は私の実家から招集がかかったので、実家に。
帰ってからは、しばらくは平和だったが、ひょっとしたことで、旦那にガミガミと言っていた(理由はあまりにもしょうもないことなので、割愛)。
がみがみ言いながら、
「こんなにがみがみ言われて、それでも私のことを大事にしてくれる旦那ってすごいなぁ」
と思わないでもないのだが・・・。
ま、それが夫婦というものなのかと。
連休中の仕事日。
ふっと、「気分の変わった一日」でした。
なんのこっちゃ(笑)
-----
--------
TITLE: 輪廻
BASENAME: 2535239
DATE: 05/06/2006 18:43:26
-----
BODY:
私は、オカルト懐疑派だ。
だが、輪廻転生だけは信じている。
いや、違う。
信じたい、と思っている。
「死ぬためだけに生まれてきたとしか思えない命」
が、世の中に溢れているからだ。
この時期、街を歩けば、仔猫に出会う確率が高い。
親猫が守っている場合もあるが、多分捨て猫なんだろう、痩せて、警戒心の強い目をこちらに向け、さっと逃げていく小さな後姿を見送ることの方が多い。
このあたりは田舎だから、猫を捨てに来る人も、きっと多いのだろう。
私は去年、捨て猫を拾った。
うちには文鳥がいるから猫を飼うことはできないという理性はあったのだけれど、目やにのせいで視覚に頼れないその小さな生き物が、嗅覚だけを頼りに私の脚に縋りついてきた時、それを振り払うことがどうしても出来なかった。
動物病院で薬をもらって鼻水が止り、目が開き、幸いなことに、たった2日で、里親になってくださるという方が現れた。
以前飼っていた猫を18歳という高齢でなくして半年、そろそろ次の猫を・・・と思っておられた方と、本当に偶然に、その一ケ月ほど前からメールのやりとりをしていたのだ。
だから、今は、こう思っている。
この猫は、この飼い主さんと出会うために生まれてきて、私はその仲介役に選ばれたのだ、と。
でも、私にとって、里親さんが見つかるまでの2日間の苦悩は、大変だった。
文鳥から隔離することに神経を使い、猫にも文鳥にもストレスがかからないように神経質になり、里親を見つけるべく、あちこちのサイトの情報を集め、動物病院に相談し、ポスターを作り・・・、四六時中、里親探しのことばかりを考えていた。
もしも、里親さんが見つからなかったら、どうやって猫と文鳥を一緒に飼うかと考えて、頭を抱えた。留守は出来ないな、と覚悟した。
里親さんが見つかった後、あまりの寝不足と、脱力感で、しばらくは何も手につかなかったし、口唇ヘルペスとものもらいも併発した(笑)
たった一匹の仔猫でさえ、私にはいっぱいいっぱいだった。
いや、私一人だったら、仔猫一匹を助けることも出来なかったと思う。
快くポスターを貼ることを受け入れてくださった店主さんや、動物病院。
特に動物病院の医師は、実費のみで診療してくださり、その上、キャットフードの試食をたくさんくださった。
猫を飼いたがっている人がいないかとあちこちに声をかけてくれた人。
そして、仔猫のための設備を簡単にでも整えるために、快く運転手を引き受けてくれた旦那がいて、なんとかやっと、助けられたのだと思う。
捨て猫が命を永らえるためには、ものすごい偶然と、熱意が必要なんじゃないかと思える。
つまり、この時期、随分多くの仔猫が、生まれたなりの命を落としているのだと思う。
保健所で処理される犬の数も、ダテじゃない。
私達は、それを知っていても、それを全部引き取ることは出来ないから、小さなことでも自分に出来ることがないのか、と考えるのだ。
考えるけれど、それで、すべての命を助けられるはずもない。
船は、自分の容量以上の荷物を載せてはいけない。
載せて、船もろとも荷物も沈んでしまえば、その船は、荷物を「殺した」ことになるのだから。
少しでも多くの荷物を積みたければ、普段から、自分の容量を大きくする努力を、意識的にするしかないと思う。
マザーテレサほどの人でも、全世界の人類を助けることは出来ないのだ。
人間というカテゴリに限ってさえ、世界中には、まだまだ言葉を知る前に消える命がたくさんある。
それを思うとき、輪廻がなければ、あまりにも不公平だと考えてしまう。
この世で何かをするために生まれてきた命ならば、せめて、その何かをする時間を与えられるべきなんじゃないかと考える。
ならば、自分の頭で何かを考えることが出来るようになる前に消えた命には、新しいチャンスがあるに違いない。そう思うのだ。
神は・・・自然は、人間に納得の行く形では存在しないのかもしれない。
人間には不合理だと思える形で存在するものなのかもしれない。
だから、輪廻転生があって欲しいというのは、私の願望でしかない。
でも、私は、神とは自然とは、愛情深いものじゃないかと思える実感がある。
いや、そう考えるのは、自分が、道端で見た、風前の灯同然の命のために何もすることが出来ないことの言い訳にするためかもしれない。
動物と相対する時、「輪廻」という明らかではない事象に頼らずに済むようになれたらどれほどいいか、と思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: utsugi
DATE: 05/07/2006 03:33:46
わが家も、放置されて死にかけた猫を2匹飼っています。実は猫には興味をもったこともない妻が、犬の治療に出かけた動物病院でもらってきたのです。「ええ? おいおい」という感じでしたが、結局わが家の欠かせないアイドルになってしまいました。
-----
COMMENT:
DATE: 05/07/2006 09:32:56
奥様が興味をもったこともなかった猫をもらってこられたというのは、何かのご縁っていうのもあるかもしれませんが、そうやって飼ってくださる方がおられるというのは、ありがたいなぁと思います。
しかし、たった二日一緒にいただけですが、猫は、甘え上手だなぁと思ったんですよね。
もともとうちにいたのが、甘えるどころか暴君のような文鳥と、どっか間抜けなわんこだったので、なおさら思ったのかも。
それでも、文鳥もわんこも「アイドル」なわけで(笑)
動物っていうのは、そこにいるだけでいいものなのかもしれません・・・?
-----
--------
TITLE: 鯛よし百番
BASENAME: 2539103
DATE: 05/07/2006 23:41:22
-----
BODY:
今日は、オフでした。
玉造で待ち合わせをして、真田幸村公ゆかりの三光神社と鎌八幡を周り・・・あまりの雨の激しさに予定変更をして、新世界に直行。
通天閣に登り、ビリケンさんの足をこちょばした後、店に直行となった。
なにしろ、今日の目的は、「鯛よし百番で食べる!」というものだったのだから、雨が降っても、全然構わないのだ。
詳しい内容は、オフレポにて。
さてさて、この店は、大正時代に建てられた遊郭をそのまま利用した料理屋。
店構えも堂々たるものだ。
テレビでもよく取り上げられているから、知っている人も多いだろうが、
「千と千尋の神隠し」に出てくる「油や」を小さくした感じ・・・といえば、大体イメージがわかるんじゃないかと思う。
店の中も、遊郭当時の雰囲気がそのまんまに残っている。
そんな店だから、値段もお高いと思うでしょう?
いやいや、どうしてどうして。
生ビール一杯400円だっけ、350円だっけ。
そんなお手軽な値段で利用できるのだ。
食事だって、コース料理9品ついて、3500円というリーズナブルさ。
ただ、前日までに2名以上で予約が必要なので、一人で思い立った時に、ぷらりと・・・というわけにはいかない。
そんなわけで、今回、仲間に呼びかけ、オフ会となったわけだ。
ただ、値段がリーズナブルでも、「店自体」は「お安くない」んじゃないか、という疑念はちょこっとあった。
が・・・、予約の電話を入れた段階で、その疑いは、かな~り軽減した。
なにしろ気さくで、丁寧。
「大阪の下町のおじさんが丁寧な口調で説明してくれてる!」
という感じがムンムンと伝わってくる。
う~む・・・これは、かなり当りの店かも??
そういう予感があった。
で、当日、到着するなり、
「靴下濡れたんで、履き替えていいですか?」
という私を玄関でず~っと待っててくださる仲居さん。
その上、
「ズボンも履き替えていいですか?」
という私に、
「あぁ、それなら、隣の部屋でも使ってくださっていいですよ」
と、提案してくださった。
普通・・・たとえ、予約が入ってなくても、別の部屋で着替えていいとは言わないような気がする・・・。
特に日本料理の店なんかでは。
が、
「へ?別の部屋で着替えていいんですか?」
「どうぞ」
「えぇっと、探検とかしても?」
「どうぞどうぞ」
・・・う~む・・・なんて、下町イズムの生きている店なんだろう!!!!!
でも、お店の中身は、全く下町っぽくない。
豪勢な作り、凝った仕掛け、そして、料理もおいしかった。
探検した部屋の数々も、かなり面白い趣向を見てとることができた。
たとえば、船をテーマにした部屋。
多分、布団を敷く場所なのだろう。
部屋に段差が出来ていて、高くなっている場所の淵に船のような形の木切れがついている。
つまり、「船の上に布団を敷いている」というイメージなのだろうと思う。
天井を見ると、波の模様が彫刻されている。
これは、楽しい。
・・・こういう探検を自由にさせてもらえるなんて、なんて親しみ易い店なんだ!!
その上、時間無制限なのだそうだ。
料理を運んでくれる姉ちゃんも、また、テキパキハキハキさばさばの下町娘という感じで、「遊郭」を思わせるものは、な~んもない。
でも、場所は遊郭の名残をそのまんま残している。
う~む、う~~~む、う~~~~~~む。
ギャップ。
この値段で、この料理で、この店の建物としての価値で、しかもこの応対で・・・となると、かなりお奨めのお店です。
さて、私は、自分では、割と宴会などの幹事に向いてると思っている。
計画立てたり、意見取りまとめるの嫌いじゃないし・・・というより、強引なので、ある程度意見がバラけても、
「それじゃ私が決める!」
と腕力を使ってしまうから、あんまり悩まないし、当日も同じように、割と腕力を使ってとりまとめてしまうので、それも苦痛じゃない。
やりたいことがいろいろあるので、幹事をするとそれを盛り込めるのが楽しい、というのもある。
ただ、幹事というのは、普通、費用の精算も担当する。
人数できっちり割り切れることなんかはそうないから、端数は幹事が支払うのが普通だ。
普通の幹事ならば、
「計画たてて、予約などの手配をして気も使って、なんで多めに支払わなきゃならんねん!」
となるところだと思う。
その点、私は、手配などは楽しんでできるし、気も使わないし・・・人の1.5倍(冗談でも謙遜でもなく、まじで)は食べて、飲んでいるので・・・100円くらい多目に払っても、それでもまだ思いっきり、「割り勘勝ち」している状態。
今回のオフは、自分がこの店で食事をしたくて提案したものだし・・・。
これはもう、「幹事にむいてる」というものじゃないかも(笑)
いや~~~・・・私って、がめついなぁ。
ということで、今日もお得に、一日を過ごしました。
ということで、お得なゴールデンウィーク、無事、終了いたしましたぁ!!!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/08/2006 01:26:40
多大な興味をもって早速検索してみました。
建物への興味と風俗への関心と、、、当時の男の人達は果物なんか手土産にして通っていたんでしょうね。
いっぺんいってみたいです。
-----
COMMENT:
DATE: 05/08/2006 06:16:00
そうでしょそうでしょ。
今回のオフは、「この店に行きたい!」と、この店の魅力だけで、あっという間に、参加者が7名になりました。
んで、想像よりもよかったです。
ただ、場所的に女性が一人でうろうろしづらいです。
2名以上で予約ということでもありますし、もし、同行者がいなければ、声かけてください(笑)
私が、ご一緒しましょう!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/08/2006 09:19:01
いいな~♪いいな~♪
とっても興味のあるお店の一つです。
今回のオフ会も 興味津々だったのですが
こうやって ちょこちょこお邪魔しているだけの
しかも、全然 本題に食い込めていない(苦笑)
私が 宴会のお店(お酒も?)(笑)に対する興味だけで
参加するのは 失礼かと・・・遠慮したのですが
やっぱり あつかましくでも参加すればよかった~・・・残念。
-----
COMMENT:
DATE: 05/08/2006 13:23:26
期待を裏切らないお店でした。
そうなんですよね~。
いつも同じメンバーががっちり集まるので、新規に参加しづらいよな~と思うんですけど(^^ゞ
でも、歴史が好きな方なら大丈夫ですよ。
出来れば、「この時代を語らせたらうるさいよ」というのがあれば、なおよしです(笑)
みんなそんな感じで、智恵を借り合っておりますので(~_~)
-----
--------
TITLE: 春告鳥
BASENAME: 2540270
DATE: 05/08/2006 13:46:51
-----
BODY:
4月から6月にかけてのこの時期、私は毎日、少し脚を伸ばした、隣の駅の商店街へ買い物に行く。
南の国から、燕が一斉に飛来し、営巣を始めるからだ。
燕は一名「春告鳥」とも言う。
「春を呼ぶ」のではなく、「春を告げる」とされたのは、この赤いワンポイントがお洒落な正装の鳥よりも、一足先に春がやってくるからだろう。
燕の巣作りは、夫婦の共同作業で行われるようだ。
たまに、雄燕が、高い電線に止り、ほっそりした姿に相応しい、少しハスキーで甲高い声でさえずっているのは、雌が卵を産む間、周囲に注意を払っているのだろうか。
とすれば、その側に、彼のスィートホームがあるのだろう。
燕たちが飛来して間もなくは、彼らが定住の場所を探して飛び回る姿を。
雌が卵を産んでから、抱卵の間は、家族を守るべく注意を怠らない雄の凛々しい姿を。
卵が孵化してからは、可愛い雛が大きな口を開けて親鳥を待つ姿を。
2ヶ月ほどに亘り、楽しむことが出来る。
燕は、人に馴れるわけではないけれど、人が無害であると信じている。
蛇や烏から雛と自分の身を守るべく、蛇や烏が恐れる「人間」という一際大きな生き物のそばに生活の場を求める。
そして、そのことにより、人は燕をなおさら愛すべき鳥と認識するのだろう。
あどけない瞳をした、まだ飛ぶことの出来ない自分達の愛子を、私達人間に、惜しげもなく見せてくれる野鳥は、多分、他にはいないだろうから。
この信頼関係ないし愛情関係が、今の今まで続いてきたことは、きっと奇蹟なのだと思える。
雨あがりの今日、商店街を歩く私の前から、一羽の燕が一直線に飛んできた。
「ぶつかる」
思わず脚を止めた私の目の前で翼を翻し、高い空にその身を投げ放った。
はるか頭上から、燕の声が落ちてくる。
明日はきっと良いお天気だ。
-----
--------
TITLE: 悪あたり
BASENAME: 2542974
DATE: 05/09/2006 12:28:23
-----
BODY:
38度以上の熱が出ると、いろいろやる気がなくなってしまう。
でも、昨日は、朝からいつも通りに体操して掃除して買い物して晩ご飯の下拵えをして、オフレポを書き上げようとしてたら・・・的確な単語が出てこないので、熱をはかってみたら、38度2分ほどあった。
多分、ずっと風邪気味だったのに、日曜日に雨の中を濡れた服のまま移動していたのが悪かったのだろう。
確かに少しからだが重たかったが、やる気は別に衰えてなかった。
年をとって、体の無理はきかなくなったのに、やる気だけは倍増している気がする。
今日もまだ微熱がさがらない。
やる気を殺すしかねぇなぁ・・・と、昼から寝ます。
でも・・・寝てるの退屈・・・(笑)
-----
--------
TITLE: 旦那の看病
BASENAME: 2545870
DATE: 05/10/2006 13:25:35
-----
BODY:
私は丈夫だ。
熱が出ても、大概一日・・・いや、半日寝てれば治る。
昼頃、
「熱があるな~」
と横になれば、晩には大体熱がひいている。
だから、旦那は私が高熱で寝込んでいるという状態を、あまり知らない。
月曜日、夜中に帰ってきた旦那は、
「風邪で先に寝てる」
という私のそばにきて、額に手をあて、
「うわっ!!」
とかなり驚いていた。
普段、私は解熱剤を飲むことは滅多にないのだが、この時は、あまりのしんどさに、
「ごめんやけど、今から解熱剤買ってきて」
と頼み、やっと熱がひいた。
そして、火曜日の朝、いつもの時間に目覚ましが鳴ったのだが、先に旦那が目を覚ました。
普段は、私が旦那を起こすので、これは結構珍しい。
「体調はどうや?」
と聞くので、
「微熱っぽいので、寝てていい?」
と答えると、
「こっちも全身がだるいから休む」
という。
・・・・・嘘つけ・・・・・
「だるい」なんて理由で、休んだことないくせに。
だいたい、熱があっても仕事に行く性分なくせして、だるいからって休もうとするわきゃないやんけ、と、思う。
まぁ、有給もあることだし、任せるか・・・と、
「そんじゃ、御互い、もう少し寝よか」
と寝る。
9時ごろに、さすがに寝すぎたという感じになったので、布団をあげ、片付けものを済ませて、じゅうたんの上で横になる。
が、咳が出て、寝付くことはできない。
だるさはあるのだが、眠れないので、手軽な漫画をぱらぱらとめくる。
私は、基本的にストーリー漫画は読まない。
ストーリーを追うならば、小説の方が良いと思う。
漫画は、なんだかくどく感じるのだ。
そうするうちに、旦那も置き、布団をあげている。
旦那にわんこの散歩と、買い物を頼む。
「適当に食べるから、料理は気にせんでええで」
と言うので、
「私の昼ごはんはどないすんねん」
とツッコんで、またゴロゴロする。
旦那には昨日の残りを食べてもらい、私は、フカヒレスープを薄めて雑炊を作って、これが昼ごはん。
どんどん咳がひどくなってきたので、ゲホゲホ言いながら、横になっていると、旦那が、
「葛城山麓公園にでも出かけるか?」
と聞いてくる。
「・・・・・・しんどいんですけど・・・・・・・」
と答えると、
「気分転換したら、治るかもよ?」
と言う。
確かに、だらだらと風邪の病後が続くとき、気分転換をすると、スパッと治ることはある。
が、今は、「まだ病中」で、今無理したらぶり返すんちゃうんかいなという段階なんですけど・・・と、断る。
咳のせいで、疲れてきたのか、眠くなってきたので、
「やっと眠れるぅ♪」
と眠りかけ、寝付いた・・・頃に、揺り起こされた。
「坦坦麺食べるか?」
ムキーーーーー!!!!!!
ここで、爆発。
「ちょっと聞くけど、あんた、今日休んだん、ほんまは私の看病しようと思ってたんちゃうん?」
びくっとしたように、うなずく旦那。
「そしたら、もう少し観察しぃな。さっきまでずっと咳き込んでたん、聞こえへんかった?」
「聞こえなかった」
「病人の様子を伺うこともせんと、看病になるか~~いっ!!」
もちろん、妻の風邪に無関心な夫よりはずっとありがたいと思う。
看病したろうと思ってくれる気持ちは嬉しいと思う。
思うけど・・・。
私は、「男とは」「女とは」「日本人とは」「アメリカ人とは」などという考え方は大嫌いなんだけど、「物言わぬ赤ん坊の世話をしてこなかった性」というものは、こういうもんだと思って、納得することにした。
くそ、寝そびれた。
-----
COMMENT:
AUTHOR: momotan
DATE: 05/10/2006 14:17:51
のりちゃん、もう元気になった?
私も昨日はおやすみしちゃいましたっ。
なんだか喉がひりひりして......咳が出るの。
のりちゃんもダンナサマにしっかりて甘えて早く良くなってくださいね~~!!
-----
COMMENT:
DATE: 05/10/2006 14:44:04
同じですね!
いや~・・・、咳がとまらないのは、本当に辛いです。
といいつつ、
「こりゃ、かなりカロリー消費してるに違いないよ、しめしめ」
なんて考えている自分が、ちょっと、いやです(笑)
私の方は、咳以外は完全に復帰です。
momotanさんも、無理せず、お大事に。
パパリンさんにもよろしく♪
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 05/10/2006 22:05:06
赤ん坊の世話をしてない性っていうよりか、
彼自身が誰の看病もしたことないからだと思います。
どうぞお大事になさってくださいね。
-----
COMMENT:
DATE: 05/10/2006 22:27:04
確かに、「一般的に」っていう考え方は、穴が多すぎますよね(笑)
私も、本来は嫌いなんですよ。
「性的に」とか、「遺伝子的に」とか・・・。
大嫌い。
とりあえず、これから、看病の場数を踏んでもらおうと思います(笑)
雑炊の作り方も覚えてもらうし、あと・・・掃除も覚えてもらおうっと(←専業主婦としては、怠けすぎかも(笑))
なんにせよ、風邪は、大体治りました!
心配ありがとうございます
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/11/2006 01:44:00
少し回復したようですね、よかった。それにしてもいい旦那さんですねぇ~。
>「私の昼ごはんはどないすんねん」
とつっこまれたところで大いに笑ってしまいました。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/11/2006 09:04:10
大丈夫ですか~?
なんだか ややこしい天気が繰り返しで
体調崩さないほうが おかしいぐらいの感じです。
私も もう 他の症状が特にないのに ずーっと
咳が続いています。 もう 20日近く。
一瞬 結核か?とか 思った頃もありました。(そんな訳ないのだけれど)
それにしても、のりちゃんさんの旦那さん優しいですね~。
うちの旦那は私が胆石で胃が痛くて脂汗かきながら
床にのたうちまわっているときに 「大丈夫か?」の一言もなく
テレビを観ていました。
絶対に、一生忘れてやるもんか!!!
おっと! のりちゃんさん・・・お大事に~♪
-----
COMMENT:
DATE: 05/11/2006 19:08:21
ひる様
確かに、優しいんです。
でも、奥さんに怒られるんですよ(笑)
頼めば、料理も作ってくれるんですが・・・。
後で見てると、
「えぇ~い、私がするわいっ!」
となってしまうので、結局私が最初からやる方が早いんです(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 05/11/2006 19:14:32
325様
咳が続くと大変ですね。
大丈夫ですか?
私は、薬を飲んで、朝にはかなりよくなってるんですが、夕方になるとまたぶりかえすんですよね~。
咳がとまらないと苦しいですよね。
御互い、大事にしましょう!
で、旦那は、私のことをすごい心配してくれる人なんですよ。
でも、心配の仕方が下手糞なので、
「こういう風に心配しなさい!」
と指示を出してしまう私です(^^ゞ
なんか、ひどい奥さんみたいですが、これで、結構、補い合ってるんですよ。いや、ほんまに。
-----
--------
TITLE: 化粧
BASENAME: 2548792
DATE: 05/11/2006 18:54:58
-----
BODY:
今日、人に化粧してもらう機会があった。
私は化粧が下手だ。
そもそも、年に一度も化粧なんかしないから、上手くならないのは仕方ないんだけど・・・。
それにしても、まず、眉毛を左右対称に書けた試しがない。
まつげのカールも、左はうまくできない。
口紅は、どこまで塗ればよいかよくわからないし、アイシャドウも、左右対称の濃さにならない。
大体、顔の造りが「暑苦しい」ので、化粧をすると、妙に厚化粧に見えたりもするらしい。
ということで、今日は、どんな風に化粧をするのかじっと観察しようと思っていた。
・・・が・・・。
「すいません、目をつぶってください」
「上を向いてください」
「下を向いてください」
み・・・見えない(^^ゞ
でも、そりゃそうだよなぁ。
ただ、その間に見ていてわかったのは・・・。
「色鉛筆画と同じだ」
ということ。
何枚か描いて気付いたが、結局、どれだけコマメに鉛筆を削るか、で、出来上がりがかなり違ってくる。
下絵をどれだけ細かく描くか、でも、もちろん全然違ってくる。
つまり、めんどくさがらずに、細かい作業をすれば、出来上がりはそこそこになるということだ。
・・・もちろん、全くセンスがないということもあるかもしれないけれど(^^ゞ
普通のセンスがあれば、手をかければ、それなりのできばえになるようだ。
ま、化粧の場合は、元がどうかというので全然違ってくるんだろうけど。
少なくとも、「ナチュラルメーク」になる。
私は、年に一度も化粧しないんだから、たまに化粧するときくらいは、時間をかけよう・・・と思った・・・けど、普段の鍛錬なしに時間だけかけても無駄かなぁ(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/12/2006 15:18:26
私も 滅多にお化粧することがありません。
ほんとに年1~2回。
しかも、口紅のみです。(笑)
眉毛をいじったのは 結婚式の時のメイクの人だけです。
自分では まつ毛も眉毛も 1回もいじったことないです。(笑)
いいかげん 毛穴も目立ってきていることだし(苦笑)
化粧品でも購入しておかなくてはね~(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 05/12/2006 18:28:09
口紅は、月に1~2度つけるんですけど、うまく描けませんよね?
どこまで塗ります?
あんまり裏まで塗ったら、歯紅になっちゃうじゃないですか?
あぁ、悩ましい(笑)
眉毛は、昔、人から整えてもらったのを、死守しようと努力していますが、多分、変わっています。
毛穴のこともありますが、化粧品塗らないと、日焼けもすごくありません?
シミが、シミがぁあ~~~!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/13/2006 12:34:24
口紅しか塗らないので 口紅はうまいこと塗りますよ~私(笑)
直接 伝授したいぐらい(笑)
あんまり 裏までは塗らないですね。
ただ、口角をきっちり させます。
紅筆を 回転させながら・・・(表現が難しいけど(苦笑))キュッっと。
日焼け止めも 私 持ってないんです(爆笑)
この年にして ありえないんですけどね~ ほんまは。
友達からも「年とってから後悔するで」と散々怒られていますが(苦笑)
火山灰洗顔と、ちふれと、ドクターシーラボだけで 乗り切っています。
あと何年そんないい加減なことで 乗り切れるのか????(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 05/13/2006 19:04:05
そうそう。口角も難しいです。
きゅっと、ですか。なるほど、気にかけてやってみよう。
あと、山っていうんですか?上唇も左右対称に書けないんですよね~~・・・って、結局私は、絵を描くのが下手ってことかも(^^ゞ
日焼け止めは一応持ってます。
でも、肌に何かを塗る習慣がないので、ついつい忘れて、炎天下を歩いているうちに、
「あぁあああああ、今日は塗ってくるんだったぁああああああ」
と後悔したり。
シミは・・・地黒だから、どうせ目立たないだろう、とタカをくくってます(笑)
-----
--------
TITLE: 病気と体重
BASENAME: 2550762
DATE: 05/12/2006 12:34:48
-----
BODY:
病気をすると、大概の人は痩せる・・・と思う。
が、私は、
「早く治さなきゃ」
といつもより食べるので、却って太る。
今回だって、普段なら遠慮しながら食べるチーズも(ほんまか?)、
「たんぱく質摂取しなきゃ!!」
と、ばかばか食べてしまった。
「ビタミン摂らなきゃ!」
と野菜だけじゃなく甘い果物も食べる。
病気は治るが、治ったとき、体重は増えている。
熱が出れば、その分カロリーが燃焼されているわけだから、痩せると思うんだけど・・・、私は、熱が出ても、結構すぐさがってしまう。
というわけで、今・・・体重計に乗るのが怖いです・・・。
今晩、体重計に乗って、
「んぎゃぁ!」
と叫ぶことにします。
あぁ、こわ~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 05/12/2006 14:58:19
私の場合、駄目な時ほどじゃんじゃん食べて
「ほうら、メシが食えるうちは平気なんじゃーー!」って自己暗示にかけます。
結果、太るんだなやっぱし(笑)。
-----
COMMENT:
DATE: 05/12/2006 18:29:58
な、なるほど。
そういうプラス思考もありですね(~_~)
でも、私の場合、高熱でも、食欲はあるんで、
「平気じゃないときでも食えてるやんけ」
と自分自身からのツッコミが入りそうなんで、使えないかもなぁ(T_T)
で、やっぱり、太るんですよね(結局結論はコレ)。
体力が戻ってから、ダイエットしますわ~。
-----
--------
TITLE: 睡魔
BASENAME: 2553791
DATE: 05/13/2006 19:04:19
-----
BODY:
病後のせいだろうか、いくら寝ても眠れる。
昨日の夜、テレビでもののけ姫をやってたので、つけた・・・のは記憶にあるんだが、内容は全く覚えてない。
携帯を見ると、10時ごろ、旦那にあてて、
「おやすみ」
というメールを送っている。
普段なら、晩ご飯の仕度が気にかかるので、なるべくおきてようと頑張るんだが、この日、旦那は会社の宴会。
晩ご飯のことを考えなくていいので、あっさり眠くなってしまったらしい。
昨日、旦那が帰ってきたのは、11時頃。
私は、揺り起こしても起きないほどの熟睡状態だったらしい。
で、今朝起きたのは、9時。
日頃、8時以降まで寝ていることは滅多に・・・年に1度もないんだが、今朝は目ざめたら9時だった。
最低でも、10時間は寝ていることになる。
いつものとおり、軽く体操。
強雨なので、散歩は小ぶりになってからにする。
昼ごはんは、何にしようか・・・と思っていたが、旦那のリクエストで、来来亭に行くことになった。
来来亭は最近めっきり数を増やしたラーメンのチェーン店。
実は私のお目当てはカキフライ定食だったから、シーズンが終わってからは、行く理由がなくなっているといえばなくなっているのだが・・・、まぁ、ラーメンもおいしいし、ネギたっぷり。値段も手ごろだし、何よりここは、メニューが豊富。
ラーメン屋さんなのに、飲茶が楽しめるというのは、かなり嬉しい。
そして、一番の理由は・・・。
ここでは、アンケートに答えると、毎月10名に、三千円分の食券があたる。
で、この食券が・・・当ったのだぁあああああ!!
やった~~~~~!!!!
まさか、当るとは。
いや~~~、いいお店だなぁ。
てなわけで、昼ごはんはラーメン。
そばにあるペットショップやらを覗いた後、帰宅。
雨が小降りになったので、私は途中で降りて、家まで30分ほど歩く。
帰宅後、何をしようか・・・と相談。
「ビデオでも見るか?」
と旦那が言うけれど、私の気持ちはその時すでに決まっていた。
「昼寝しよ」
二人で、またぐ~すか寝る。
旦那も疲れているのだろう。
すぐにいびきをかきはじめた。
で、起きたら、もう夕方。
3時間くらいは寝ていると思う。
手の込んだものを作る気にならないので、ニラと卵と舞茸を炒めたものと、カレーうどんを作る。
そして、今。
・・・・・すでに・・・・・、眠い・・・・・・。
病後だからかもしれないが、なんでこんなに眠いんだぁあああ!!!
こういう時こそ、ぱっと気分転換したら、スッキリ治りそうな気もするんだけど・・・。
この雨じゃねぇ。
うまくいかないもんである。
さ、風呂入って、寝ようっと。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/14/2006 11:55:05
お は よ ~~~ (^0^)/
今日はもう起きてますか?そりゃ起きてますよねー昼の12時だもん♪
神戸は晴天、きっとそちらも好いお天気になっていると思います。
昨日、近くの桜の木に桃まんのようなものが乗っかっていて、たぶん何かの虫の卵だろうと思うんですが、これから写真に撮ってこようと思います。
のりちゃんは、今日は何をするのかな、お散歩はどこにいかれるのかな?
-----
COMMENT:
DATE: 05/14/2006 22:53:05
今日は結構早起きして、出かけました。
ちょっと用事があったのと、体を動かしたかったので、バッティングセンターに。
その後は、各種用事(笑)を済ませ、旦那の実家に帰りました。
桃まんの写真、楽しみにしてますねヽ(^。^)ノ
-----
--------
TITLE: 気分転換
BASENAME: 2557541
DATE: 05/14/2006 23:06:12
-----
BODY:
やっと晴れた。
風邪の病後が長引いているので、ここらでちょっと気分転換したいと思った。
が、昨日は雨。
今日は晴れたが、昼からちょっとした用事があったので、時間がない。
ということで、手近なところで、バッティングセンターに行くことにした。
旦那は小学校の時、野球をやっていて、新聞に載ったこともある・・・らしい。
記事は見たけど、どんな内容かははっきり覚えてない(^^ゞ
それに引き換え、私は、体育の授業で、ソフトボールをやったくらい。
「まず、手本見したるからな。まずはソフトボールの球を打ったらええで」
と、まず、旦那がホームに立つ。
ソフトボール・75キロ
を選んで、バットを振る。
22球、1クリーンヒット。
「次、のりこ、やってみ」
と、私を促し、
ソフトボール・65キロ
を選ぼうとする。
ピッキーン!(←どうも、ここんとこ、私は怒ってばっかりな気がする(^^ゞ)
「ちょっと、なんであなたが75キロで、私は65キロなんよ!?」
「だって、のりこ、初心者やから・・・」
「あなたが打てるなら、私でも打てるわ!!」
「でも・・・速い球は、結構怖いで」
「後で見てたわ。全然怖ないわ!!」
強引に75キロを選んで、バッターボックスに入る。
あまりの負けず嫌いは、間抜けだと思う。
というか、この時、私は、クリーンヒットの3本も出すつもりだった。
「65キロで全部がクリーンヒットでも自慢できへんやん」
と思っていたのだ。
が。
第一球・・・空振り。
・・・結構はや~~~~・・・・・
二球目、チップ。
三球目、ゴロ。
四球目、ゴロ。
五球目、チップ。
六球目、空振り。
こんな感じ。
き~~~~~~~~~っ!!!!!!
ムキになる。
狙いを定めて・・・。
七球目、ゴロ・・・。
・・・あかんやん・・・。
で、結局、当りはするけど、クリーンヒットは出なかった。
とりあえず、トスバッティングに切り替える(切り替えすぎ(笑))。
すると今度は、タイミングを合わすのが却って難しい。
さっきのボールが結構速かった分、スィングを慌ててしまう。
最初、空振り続き・・・。
10球目あたりから、やっとヒットらしい球となった。
はぁあああああ。
旦那は、その後、90キロの軟球と、ストラックアウトに挑戦していた。
さすが、90キロは、見ていても速い。
よし、次は、90キロに挑戦しよう(笑)
で、今、既に、左腕が筋肉痛です(^^ゞ
ま、続けているうちに上手くなるでしょう。
ちょっと気分転換の出来た一日でした。
-----
--------
TITLE: 旅
BASENAME: 2558969
DATE: 05/15/2006 11:34:09
-----
BODY:
毎年、夏が春を覆い尽くす直前の、ちょうど今頃になると、そぞろ旅をしたくなる。
実際に、過去の旅はいつもこの時期だった。
仕事の上でも年度末の忙しさから解放され、心も体も休みたくなる時期だし、色とりどりの花が先を競って咲き出すのも、この時期。
旅に出かけたくなるのは私だけではなかろう。
社会人になって始めて旅をしたのは、京都だった。
ふと歴史上の人物の足跡を辿りたいと思い立ち、寺田屋、池田屋跡、霊山護国寺など、幕末の志士を訪ねて歩いたのだ。
彼らに特別の思い入れがあったわけではない。学生の気楽な身分から、社会人というなにがしかの責任を負う立場になって、時代を背負って短い青春を散らせた若者達について知りたくなったのだと思う。
その時何を感じたかは定かに憶えていない。一人で食べる夕食の味気なさだけを記憶している。
次に旅に出かけたのは、最初に働いていた会社を辞めた時だった。
退職の理由について、辞表には「一身上の理由」と書いてある。
しかし実際は、仕事に対する熱意が霧消していたからだった。
嫌な仕事をしたくなければ逃げていれば良い、自分に与えられた仕事をきちんとこなそうと真面目にすればするほど、面倒な仕事が舞い込んでくる。
難しい仕事を任されるのならば、やり甲斐を感じたのだろうが、女性職員にはただ面倒な仕事を回されるだけ。
そういう会社のシステムに疲れてしまったのだった。
旅の目的地は、ギリシャ・ローマ。この時も明確な目的があったのではなかった。
漠然と、古代に生きた人々の、魂の躍動に触れたいと感じた。そして、ルネッサンス期の芸術家による自己表現を目の当りにしたいと思ったのだ。
でもこの旅では、私はただただ楽しんだだけだった。ローマにある美術館で絵画を鑑賞し、ギリシャの神殿に登り、エキゾチックな景色と真っ青な海に心を漂わせていた。
だから、当初の意図通りの旅ができたかどうかと尋ねられると、甚だ不明瞭な答えしか出すことはできない。
「多分、私の心の何かを変えてくれたとは思う」
と。
結婚してからは、一人旅をすることはなくなった。いつも旦那が一緒だから。
二人で見る景色は、私の心にはっきりとした印象を残す。
多分、感動を言葉にするからだろう。
「この神社の廊下、長くて暗くて、歩いているうちにタイムスリップしそうだね」
一旦言葉にしてしまうと、それは、自分の心に明確な形でインプットされる。
そうなって始めて、自分が今まで、旅から掬い取れなかった感情や、喜びや、悲しさなどをしみじみと思うことができるようになった気がする。
京都を旅した私は、理想のために命をかけた若者達に共感し、自分も日本のために小さなことでも何かを成し遂げたいと思ったのではなかったか。
ギリシャを旅した私は、古代の逞しい息吹に身を委ねながら、もう一度自分の歩む道を見つけ出し、前進する勇気をもらおうとしていたのではなかったか。
ローマでは、芸術家達の自己表現に感心しながら、自分の思いを見詰めなおそうとしたのではなかったか。
当時の私は、そのことに気付いていただろうか。たった一人で、少し心細く思いながら、自分の心を計りかねていたような気がする。
人生とは、人が生まれてから死ぬまでの旅だという。
随分と長い一人旅をしてきたように思う。
その間、自分自身と対話する方法を見つけることができず、ただ闇雲に早足で歩いていたのではなかっただろうか。
不思議なことだが、結婚して、旦那の、私に対する言葉や態度の中に紛れもない「自分自身」を見出した気がする。
そして、それを見つけることができて始めて、自分の本当の心に思いを致すこともできるようになった。
旅行も、心の旅も、きっと同じことなのだろう。思いを口にすれば、それに穏やかに答えてくれる人がいてくれるからこそ、その旅の印象がはっきりするのではないだろうか。
旦那と並んで歩いているのは、旅先の道だけではない。人生の道もまた二人で歩くべき道なのだろうと思う。
一緒に散歩する時など、私はよく立ち止まる。
道端のクローバーが目に入ると、ついしゃがみこんで、四葉を探してしまうのだ。
大概の場合、旦那は気付かずに、先に行ってしまう。
「ちょっと待って」
声をかけると、旦那は慌てたように駆け戻ってきて、私を待つ。
そうやって、これからも、二人並んで歩いくのだろう、などと思う。
-----
--------
TITLE: ファスティング
BASENAME: 2558980
DATE: 05/16/2006 11:40:49
-----
BODY:
今日から二日間の絶食を決めた。
絶食といっても、ファスティング(つまり日本語に訳せば絶食)ジュースを1日4回飲む。
あと、水分は、十分摂らないといけない。
大体、1日2リットルくらい。
普段、私は、1日1リットルほどの御茶を飲むから、その倍。
結構おなかチャポチャポになる・・・と思うでしょ?
それが、結構すぐ「出ちゃう」のだ。
多分、塩分を全く摂らない関係だと思う。
ファスティングダイエットとは言っても、2日間食べないだけ、しかも、全くカロリーを摂らないわけではなく、ファスティングジュースの類によるが、400~800キロカロリーは摂取するわけで、そうそう痩せるもんじゃない。
ただ、この2日間で、心と体がリセットする。
内臓に負担をかけない2日間は、毒素を出すのに良いらしい・・・というのが、科学的にどれほど正しいかどうかは知らない。
ただ、この後、体調が良くなるのは間違いない。
それから、それまでの悪い食習慣を断ち切る良い機会ともなる。
私は、ここんとこ、夜食のクセがついてしまっていて、それをなんとかしたい・・・と思いつつ、ついつい風呂を上ると口寂しくて・・・その上、旦那がチョコチョコといろいろなものを買ってきてくれていたもんで、直らないでいた。
2日間、何も食べないと、そういう習慣がリセットされるので、終わってから、新しい食習慣を作ることが出来るわけだ。
旦那には、「頼むから何も買ってきてくれるな」と頼んでおいた。
確かに、たま~に買ってきてくれる分には嬉しいんだが、旦那の場合、毎日買ってきてくれるもんで・・・正直、ちょっと困るのだ(^^ゞ
過去のファスティングでは、その時4キロ痩せて、2キロリバウンド(というか、胃腸の中が空になった分が2キロほどなのかと思う。普通に食事をして胃腸になにがしかのものが溜まれば、2キロ戻るのが普通かと)。
都合2キロ痩せる。
その後、1ヶ月ほどかけて、徐々に1~3キロほど痩せる。
というのが、今までの感じ。
今現在、食習慣のせいで3キロほど太っているので、ちょうどいいかな。
病後のせいでむくんでいた時はなんと4キロも太ってたんだけど・・・あぁこわぁ。
夏になる前に、ちょっとスッキリします。
-----
--------
TITLE: 抜け毛の季節
BASENAME: 2558984
DATE: 05/17/2006 11:42:30
-----
BODY:
早春から初夏にかけてのこの時期、掃除をさぼる土日が終わった月曜日、玄関の掃除をすると、びーこの毛でぼわんぼわんになっているのがわかる。
あそこに抜け毛のかたまり。
ここにも抜け毛のかたまり。
箒では追いつかない。掃除機でびゅんびゅん吸い取らないといけない。
これだけ抜けているにも関わらず、ブラッシングをすると、もろもろぶかぶかと抜け毛が浮いて出てくる。
そりゃもう、ものすごい光景だ。
びーこは短毛種の犬だからこれくらいで済むけれど、長毛種の犬はどんなもんなのか、想像するに余りある。
私は、掃除が終わったあとの、
「さぁ~っぱり」
感が好きなので・・・いや、大してぴかぴかにしてるわけじゃないけど・・・、この時期は、掃除のし甲斐があるといやぁ、ある。
抜けるのはびーこの毛だけではない。
旦那の毛・・・ではなく、チュッチュの羽も、この時期に生え変わる。
毛づくろいをしてるな~と思ってみてたら、ぶつぶつと抜ける抜ける。
桜文鳥の羽は、味も素っ気もない灰色か黒なので、それを利用して飾りを作ろうという気にはならないが、インコやカナリアを飼ってるおうちだったら、再利用できるかもしれない。
それくらい十分な数の羽が抜ける。
抜けた羽が、かつて「自分自身」だった、とは思えないらしく、自分の抜け羽に対して喧嘩を売るので、キレイな羽を手に入れたいと思ったら、抜けた瞬間に隔離しないといけないのが、ちょっとあほらしい。
その点、人間は、何も「抜け」ない。
毛が生えていない動物なのだから、野生ならば、「脂肪」が抜けるんだろうなぁと思う。
が、人間は衣替えによって、換羽・毛の生え変わりの作用を補える・・・というより、衣替えにはそれ以上の効果があるから、脂肪が抜けないのだろうと思う。
ただ、人間に野生が残っているなら、春が一番痩せ易い時期であるのだろうとも思う。
ということで、今のところ、ダイエット始める前に比べて、1.5キロ減です。
今晩計ったら、2キロ減が実現してるかな?
よし、効率いいぞ!
-----
--------
TITLE: 結果発表
BASENAME: 2559002
DATE: 05/18/2006 11:43:40
-----
BODY:
どうもここんとこ、ダイエット日記のようになっているが、結果を書かないと、
「はっは~ん、失敗したな?」
といわれそうなので(笑)
結果を書くと、昨日の夜時点で、2.5キロ減。
今朝は、薄い味噌汁を冷ましたものに小麦粉大匙2杯を溶かし、再加熱。
とろみをつけて、「おもゆもどき」にしたわけ。
ファスティングを終えてしばらくは、塩分控え目が原則らしい。
ということで、昼ごはんは濃い目にとった出汁で、生米から煮て、卵を割りいれる、
「おじやもどき」
にした。
この時、かつおだしにするか、こんぶだしにするか迷ったんだけど、動物系アミノ酸を最初にとるのはこの時が良いだろう、と、鰹節にした。
多分、有名な話しだろうと思うが、いわゆる「だしの素」は、既に塩分が十分たっぷり入っているので、注意が必要だ。
それから、高野豆腐をごく薄味で煮て、絹さやを最期に投入。
それから、小松菜。
味付けは御酢と、軽くお醤油。
晩ご飯はその残りを食べようと思う。
多分、これだけでも、今晩はかったら、0.5キロは増えてるんだよな~。
なんでだろう。
ということで、あとしばらくは、ダイエット日記もどきになる・・・かもね(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/19/2006 00:58:23
ダイエットですか。私は昨年暮れに6キロ太ってまだそのままですよ。
深夜の菓子パン1個がずっとやめられないでいます。いや、やめようと思えばやめられるんだけど、せっかく買ったパンだからとお腹も空いていないのに食べてます。まるで惰性、、、。ああ、なんて贅沢なこと書いてるんだろう・・・食べ物は感謝して頂かなくちゃ。反省。
私も二日間の絶食でリセットするべきなのかもしれませんね。内蔵も、贅沢な精神も。
でもいつからはじめよーかなぁぁぁぁぁ。
-----
COMMENT:
DATE: 05/19/2006 07:41:26
そうそう。
「お腹もすいてないのに食べる」
ってのが、敵なんですよね、多分(^^ゞ
私も、夜食がそれでした。
なんとなく口寂しくて・・・って。
二日の絶食なら、割と気軽に始められますよ。
ただ・・・主婦は、自分は絶食しながら、旦那のご飯の仕度をするのが、結構キツいです(^^ゞ
カレーとか作り置きしました(笑)
-----
--------
TITLE: 生
BASENAME: 2562882
DATE: 05/19/2006 12:09:45
-----
BODY:
どうも変な天気。
雨が降ったかと思ったら日が差すし、風も生暖かい。
「生」という言葉はなんとも両極端な印象のある言葉だと思う。
幽霊が出る前に吹く風は、必ず、「生暖かい風」だ。
決して、「高原の爽やかな風」が吹いたりしない。
大体、幽霊ってのは、死人なんだから、それに伴なう風は冷たいんじゃないの??と思うんだが・・・、理屈通りにはいかないのである。
ま、それはそれとして、
「生麺」
「生チョコ」
「生の刺身」
ってのは、すごくおいしそうだ。
いかにも新鮮で、舌触りも食感も良い!
という感じがする。
それが、
「生ぬるい麺」
「生乾きのチョコ」
「生暖かい刺身」
となると、途端にまずそうになるのは、なぜなんだろう。
間に三文字入れただけで、こんなに印象が変わるなんて、これはもう、奇跡に近い(←大げさ)
てきとーに分析すれば、「生」という言葉には、「新鮮」というイメージと、「湿気を含んでいる(雑菌も繁殖しやすそう)」というイメージの両方を併せ持つんじゃなかろうかと思う。
これぞ、究極の二重人格。
というわけで、今日、私は、生暖かい風に吹かれながら、生脚で歩いて買い物に行き、晩ご飯のおかずにと生魚を購入して、晩ご飯の下拵えにバタバタしてたら生ぬるくなってしまったおじやを食べ、生あくびをしながら、こうやって、ブログを書いております。
あと、生チョコでも食べれば完璧だな(?)
-----
COMMENT:
AUTHOR: くみちょ
DATE: 05/19/2006 19:16:41
西日本は雨が続いているようですが、こちら、北の国では晴天とさわやかな気温が
続いております。
ここ2~3日の間は最高気温も25度前後で湿度が若干低い感じです。
生暖かいという表現には程遠いですが、いつまで続くかは不明です。(笑)
で、老婆心ながら、余計な一言を言わせていただくと、・・・・・
のりちゃん! 生チョコはダイエットの敵ではないでしょうか? (^^;
あっ、ぶたないでっ! (笑)
くみちょ (rfwとも言ふ)
-----
COMMENT:
DATE: 05/19/2006 22:33:58
くみちょで十分わかります(笑)
天気予報を見てたら、ほんと、札幌の気温が高いんで、びっくりしてたとこです。
台風1号も来ちゃったし、「過去の例」をアテに出来なくなってきましたね。
で、私は、そもそも、甘いものは苦手なんです。
といっても、歳のせいだと思うんですね(^^ゞ
昔は好きだった、ロイズの生チョコも、今では一口食べたら、う゛えぇえええ・・・ってなるくらいで。
だんだん酒飲みの嗜好になってきちゃったみたいです。
そんなわけで、生チョコは大丈夫です。
どっちかというと、油っぽい食べものを心配してください(^^ゞ
天ぷらとか、カラアゲとか、フライとか。
危険です(笑)
-----
--------
TITLE: 星占い
BASENAME: 2566203
DATE: 05/20/2006 18:45:09
-----
BODY:
私は、獅子座である。
誇り高く、ブランド主義で、派手なのだそうだ。
誇り高くってのは、「誇り」の解釈次第じゃあ当ってないとはいわないが、ブランド主義ってのはあたってないと思う。
薬局にジェネリック医薬品があれば、必ずそっちを買うし・・・っていうより、大手メーカーの商品は、代金のかなりの部分がPR費であるような気がして敬遠してしまう。
派手・・・地味とも思わないが、Tシャツにジーンズが定番、ほとんどすっぴん、髪の毛は、一つにまとめてバレッタで留めておしまい。
派手ってこたぁないだろう、と思う。
しかし、女の子の多くが、一度は意識するのが、いわゆる「星座占い」というやつじゃないかと思う。
私も、中学生くらいから社会人になるまでは、割と気にしていた。
今も、自分の星座については、ある程度意識してしまうし、週刊誌に、「今週の獅子座」などという欄があったら、必ずチェックしてしまう。
着ていくシャツの色は、YAHOOの「星座占い 今日のラッキーカラー」を参考にしたりする。
なにより、20年以上ひっかかっている、「星座占い」の記事があるのだ。
それは、「獅子座の本」とかなんとかそんなタイトルの本だったと思う。
そこには、「獅子座の特徴」というようなものが書いてあった。
「獅子座の人の性格」なんてのは、大体どんな本にも書いてあると思うが、その本には、「獅子座の人の容姿」なんていう大胆な記事までがあった。
しかも、かなり具体的。
性格なんてのは、多面的なもんだし、曖昧な部分もあるから、
「あなたの性格はこう!」
といわれたら、
「・・・・・う~ん・・・・・そうかもぉ??」
なんて説得されてしまったりもするだろうが、
容姿について、
「あなたの容姿はこう!」
といわれても、
「それは違うやろ」
とツッコんでしまうと思う。
そういう意味で、この本の作者は、なかなかに冒険心があると思う。
さて、獅子座の容姿。
これについては、はっきり覚えている。
まず、
「あなたの髪の毛は多くて、茶色っぽく、柔らかいです」
・・・そ・・・それは・・・たてがみと呼ぶのではないでしゅか・・・??
「あなたの目は丸く」
えぇっと、ライオンのような目を想像すれば良いのですね??
「鼻は小さく、つんと上を向いているでしょう」
なるほど。それで、黒くはないんですか??
と、幼心につっこみまくりだったのだが、次の一文に打ちのめされて、黙り込んでしまった。
それは、こんな文章だ。
「脚は細いでしょう。スマートでない獅子座に、魅力はありません」
ゲゲ~~~ンッ!!!!!!
ま、結果的に言えば、容姿については大ハズレなのだが、なにしろ、
「スマートでない獅子座に魅力はありません」
なのだから、思春期の女子に与えるショックは、かなりのものだ。
でも、私の太ももは痩せない。
ほんと~にっ!痩せない。
以前、「あるある大辞典」で、
「太ももが太いのは、この筋肉が衰えているから」
なんて特集をしていて、その筋肉を使う体操を教えていた。
・・・が、正直、その体操は、私にとって、「朝飯前に鼻くそほじりながら」でもできるくらい、簡単だった。
つまり、私の太ももは、ただ、太いのだ。
原因はなく、生まれつき太くできている、のだ。
理由なき太さなのだ!!!!!!
・・・・・・・ぐすん。
ということに、この時、いろいろな「脚痩せ体操」を試みたことから、初めて気付き、今でもそれを確信している。
しかし、思春期の女子にとって、この事実がどれほど残酷か!!
てなわけで、私の星座占いに対する態度は、矛盾している。
「今週(今月・今年も含む)の運勢」などについては信じないまでも、ラッキーカラーなどを参考にするにやぶさかじゃないが、その星座の性格や容姿などについての占いは、無視!!!!!
ついでにいえば、私は、B型だ。
「自分勝手で、マイペースで、わがまま」
なのだそうだ。
ほっとけっ!!!!!!
でも、人から見ると、私は、
「すごくB型っぽい」
んだそうだ。
・・・なんでこんな話しをしているかというと、今日、
「私、双子座だから、お洒落やねん」
なヤングレディを見たからである。
「○○座だから」
ってのは、やめてくれ~~~!!!!!
・・・ト・・・トラウマなんである・・・・・。
ぐすん。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/21/2006 01:25:54
私も獅子座です。そして、ふくらはぎが太いです。
何をしても細くなりません。運動すると筋肉がついてよけいに太くなります。さらに、筋肉は水分を含むので、夕方になるともうパンパンになってひどいもんです。
いろいろ試しましたがもうあきらめました(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 05/21/2006 12:20:00
ひるさんも、真夏生れでしたっけ。
で、どうです?
当ってました??
髪の毛が柔らかくて茶色くて多くて、目が丸くて、鼻が小さくて上向いてます(笑)??
御互い、脚は、しかたないですねぇ(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/22/2006 10:40:46
のりちゃんさん こんにちは
私も 獅子座です(笑) しかも のりちゃんさんと同い年ですしね(笑)
私は 似てると言われるのが『皇太子妃』です(爆笑)
ですから、髪の毛は多いですが 茶色くも無く 柔らかくもないです。
真っ黒で太くて多い・・・はっきり言って、剛毛です(笑)
目はくりっとはしていますが、決して小さくつんと上を向いた鼻でもないです。
足は・・・全体に『ぶっとい』ですしね(笑)
いいことだけ信じておきましょう。
・・・悪いこともちょっぴり気にはなりますがね(^^;)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/22/2006 10:43:34
・・・ちなみに
私はA型なんですが
他人からは『O型?』ってよく言われます。
そんな時は「体型は《大型》だけどね血液型はA型だよ」と
答えておきます。
まったく たったの4種類で くくらないでほしいもんです(ぷん!)
-----
COMMENT:
DATE: 05/22/2006 13:04:38
325様
皇太子妃!!
つまり、325さんは、別嬪さんですね!?
髪の毛の質といい、丸い目といい、もしかしたら、325さんと私は、割りと似た容姿かもしれませんね。
皇太子様ご成婚の時、イギリスの新聞(ロンドンタイムスだったと思う)が、雅子妃を評して、
「一見してフィリピン人のような容姿」
というようなことを書いてたんですよね。
「他国の皇室のことを云々してるヒマがあるなら、自国の王室のことをもう少しなんとかせぇよ」
と思ったものでしたが(笑)
で、私も、よく、フィリピン他南国の国の人間だと間違われます(笑)
で、脚。
どうも、ここだけの状況を見るに、
「獅子座は脚が太い」
と結論できそうですね(^^ゞ
-----
COMMENT:
DATE: 05/22/2006 13:05:01
最後に血液型ですが・・・。
あれほどあほらしいものはないと思うです。
なんせ4種類。
それで性格が分類できるなら、神様、手ぇ抜きすぎです(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/23/2006 10:32:19
あはは(笑)
そうです。まさに南方系の顔立ちです。
昔はよく『沖縄出身』と間違えられたりしたモンです(笑)
OL時代にも フィリピンパブに 勤められるとも言われたりしたし。
でも、別嬪さんでないと思います。派手な顔立ちなだけで。(苦笑)
-----
COMMENT:
DATE: 05/23/2006 16:49:39
あ、一緒だ(笑)
私の場合、インドネシアで、インドネシア人に、インドネシア語で話しかけられるのは良いとして、
ハワイで、日本人観光客から、英語で道を尋ねられたのには、ちょっと参りました(笑)
でも、自分でも、南島の顔立ちだと思います(~_~)
-----
--------
TITLE: 還暦
BASENAME: 2567944
DATE: 05/21/2006 11:56:03
-----
BODY:
今日は、母の還暦祝いだ。
還暦とは、字の通り、「暦が一環した」ということ。
現代人の感覚では、「暦」とは、1月から12月までが一巡。
だから、1年が過ぎれば、「還暦」・・・という感覚がないでもないが、昔は・・・昔といっても、太古のことじゃなく、中国文化が輸入されてからは・・・、1月2月なんていう数え方はしなかったらしい。
時間にも、日にも、月にも、年にも十二支をあてはめ、
「子の時間・丑の時間・・・」
「子の日・丑の日・・・」
「子の月・丑の月・・・」
「子の年・丑の年・・・」
とやったわけだ。
丑三つ時と言う言葉があるけれど、これは、丑の時が満ちる時間、これが、「丑満時」なんだ・・・と教わったんだけど、「うしみつどき」を変換すると、「丑三つ時」ってなるんだよなぁ・・・ま、それはいいとして、
丑の時とは、1時から3時までだ。
丑の刻がじょじょに満ちて欠けていく、その中間点が、一番「丑」の「満ちている」時間になるわけ。
つまり、「丑満時」は、午前二時のことなわけである。
「それじゃ、暦が一巡するのは、12年じゃないの?」
そういう疑問も出てくるだろうが、実は、ここに、十干という要素が入ってくる。
そもそも、五行とは、木・火・金・水・土の五要素があるわけだが、それに「兄」「弟」という要素が加わって、合計10種類ある。
「きのと」「きのえ」「ひのと」「ひのえ」「かねえ」「かのと」「みずのえ」「みずのと」「つちのえ」「つちのと」
というわけである。
「ひのえうま」という言葉は聞いたことがある人も多いかもしれない。
これは、つまり、
「火の兄午」ということになる。
これがよくわからないんだが、すべての十二支に掛け合わされる。
「それなら、120年で一巡じゃん」
その通り。
私もそう思う。
ところが、この場合、
12×10=120
と、単純計算になってないんだな。
なぜか、年の名前は、12と10の最小公倍数である60しかないのである。
というわけで、例えば、午年には、「ひのえうま」はあっても、「ひのとうま」はない。
十二支の奇数番目にあたる干支には、「兄」の十干がつき、偶数番目の干支には、「弟」の十干がつく、ということになっているらしい。
どうも。
ここらへん、よく理解してないので、間違ってたら教えてください。
てなわけで、60年生きた人は、暦を一巡して、赤ん坊に戻った。
そう考えられてたわけ。
だから、「赤いちゃんちゃんこ」を着たりするというわけらしい。
さて、というわけで、母は60歳を迎えた。
しかし、赤ん坊どころか、自分はまだ老人でさえないと思っているらしい。
「まだおばあちゃんと違う」
と、言う。
確かに、娘の目から見ても、決してひいき目ではなく、老婆という風貌じゃない。
「還暦」なんていわれたのは、寿命50年ほどの時代のことで、現代では、イマイチ、ピンと来ない。
まぁ、節目なんだろうけどね。
というわけで、今日は、「節目」にかこつけた、食事会。
おいしいもの、食べてきま~す!!
-----
--------
TITLE: 爛漫
BASENAME: 2570861
DATE: 05/22/2006 12:42:28
-----
BODY:
春は「百花繚乱」などと表現されたりする。
それじゃ、夏は・・・というと、なんだか、「生命繚乱」という感じがしてしかたがない。
それはとくに、畑を見ると強く感じる。
目の高さから視線を落としていく。
舞い踊る蝶々がまず目に入る。
その下では、今を盛りにと咲き誇る、ポピーや、鮮やかな色の花々。
そして、そのすぐ側では、小さな虫たちが飛び交っている。
地面の上にも下にも、目を凝らせば無数の虫たちがいることに気付くだろう。
まさに、数多の生命が、湧き出でているという風情で、目がくらむ。
真夏は、「熟み腐る」季節でもある。
道路に落とされた果物が、早くも腐乱臭を放っていたりする。
今はその一歩手前。
まさに、生命の絶頂期に近づいているような気がする。
私はこの季節がほんの少しだけ、苦手だ。
他の季節、私は、「生命力」という点では、他に負けていないと思う。
しかし、この季節、「自然」に、圧倒されてしまう。
相対的に、自分の生命力が衰えたような気分になってしまうのだ。
ま、それで普通なのかもしれないけれど。
ベランダに遊びに来ていた雀のカップルが、ここしばらく、一羽だけしか姿を見せなくなっていた。
そして、今日、久しぶりに、彼らはペアで姿を見せた。
想像するに、今まで雌が卵を産み、そしてその卵を抱いていたのだろうか。
ならば、今は、子育ての真っ最中だろう。
しばらくしたら、新しい小さな生命も一緒に、このベランダにやってくるかもしれない。
そう考えると、この季節は、私を脅かすだけでなく、楽しませてくれる季節でもあのだろう。
-----
--------
TITLE: 咳
BASENAME: 2573717
DATE: 05/23/2006 13:07:23
-----
BODY:
風邪はもう、だいたい治ったのだけれど、咳だけはしつこい。
特に、朝方、咳で目が覚めたりするのには参る。
どうも、母からの遺伝らしいのだが、私は気管支が弱いのだ。
というわけで、私が実施している、咳対策。
まずは、湿布。
のど全体にかけて、べた~っと貼る。
その上から、タオルを巻く。
タオルは、湿布が剥れるのを防止する意味もあるが、咽喉を冷やさないという役割もある。
湿布で咽喉の熱をとるのに、タオルで咽喉を冷やさないようにする・・・というのはどうも矛盾しているような気がするが、風邪の時、咽喉を冷やさないようにするというのは、常道だし、気管支の炎症を抑えるためには、湿布は有効らしい。
でも、確かに、足して引いて、プラマイ0になりそうな気もするんだけどねぇ。
でも、この咽喉湿布&タオルは、実効性がある。
次に、うがい。
耳鼻咽喉科という区分があるくらいで、咽喉と鼻は(耳も)繋がっている。
気管支の炎症が鼻の炎症を引起すことは、結構あるように思う。
ので、私は、鼻うがいをする。
生理食塩水を作って、ミント系のうがい薬を少し垂らす。
そのうがい液を鼻から吸い込み、口から出すわけ。
花粉症にも効くけど・・・。
これ、好きな人の前では、できない業であることであるのである。
決して美しい姿じゃないからなぁ。
だってさぁ、コップを鼻にあてて、ずず~っと吸い込んでるわけで。
しかも、口から出すんだから、そらもう、あんまり上品じゃない。
風邪の時など、鼻の奥と咽喉の奥で、痰のようなものが詰まってる感じがすることがある。
そんな時、鼻うがいは、超有効!!・・・なんだけどねぇ。
口から、こう・・・所謂、「汚物」を出すわけで、これまた、好きな人には見られたくないよなぁ。
ま、風邪って美しくないものなんだけどね。
んで、最後の咳対策は、上半身を起こした状態で寝ること。
多分、体を水平にして寝ると、気管支が詰まるんじゃないだろうか。
朝方に、咳込んで目が覚めてしまう。
ビーズクッションを置いて、上体を起こして寝ると、これがかなり軽減される。
・・・・・・ということを、かれこれ2週間近くやっています。
もうそろそろ、治ってくれ~~~い。
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 05/24/2006 00:49:26
2週間ですかーー、それは辛そう。お大事に。
-----
COMMENT:
DATE: 05/24/2006 07:15:49
ひどい咳ではないんですけどね・・・。
朝方に咳き込みだすと、目が覚めちゃうんで・・・。
でも、今朝は、せきませんでした。
治りかけてるみたいです。
あ~、よかった。
-----
--------
TITLE: マスク
BASENAME: 2576154
DATE: 05/24/2006 12:06:15
-----
BODY:
私のアレルゲンは、カモガヤらしい。
かもがやの季節になると、鼻がむずむずしたり、目がかゆくなったり、肌がざらざらになったりする。
症状はそれほど重くないのだが、気分は良くない。
カモガヤは、所謂イネ科の植物で、もう、どこにでも咲いている。
幹線道路の脇にも咲いているので、油断がならない。
河原のそばなんかでは、あっちにもこっちにも、びゅんびゅん突っ立っていて、
「四面楚歌っ!!!!!!!」
という気分になってしまう。
症状が軽いので、いつ発症したかはよくわからない。
3年ほど前、河原沿いの道を歩いていたら、クシャミが連続して出て、目が充血しているのに気付いた。
杉の季節も、ヒノキの季節も終わっているし、きりん草の季節にはまだまだ早い・・・と、ネットで調べてみたら、カモガヤの花粉が飛ぶ季節であることがわかった。
次の日になったら症状は治まっていたが、だからといって大量に花粉を吸い込んで、くしゃみを出したくもないので、この季節は、私はマスクをして出かける。
買い物に出歩く約40分の間に、カモガヤ群生地を5箇所ほど通過するからだ。
こういう時、田舎って、いやだと思う(T_T)
マスクをしていると、いろんなことに気付く。
自分が、こんなにたくさんの水蒸気を口から吐いていたということ。
まずこれに驚く。
まず歩いている最中、マスクの中が暑くてしかたがない。
鼻の周囲あたりに水滴のようなものがついている気配がして気持ち悪い。
40分の散歩を終えてマスクを外すと、内側に水滴がびっちりついている。
んもう、びっちりだ。
そして、口臭。
私は臭いにあんまり敏感じゃないので、普段全く気付かないのだが、大酒を飲んだ次の日、息が酒臭い・・・・・・・・。
うぇえええええええ、これを撒き散らしてたのかぁああああっ!!!
と、自然と酒の量を抑えるようになる。
・・・ま、マスクを外す季節になったら、すぐに元に戻っちゃうんだが(^^ゞ
それから表情。
「目は心の窓」
なんていう。
でも、表情を作るにおいて、口は目より重要だと思う。
「顔は笑ってるのに、目は笑ってない」
なんて言う場合の「顔」とは、つまり口のことなんじゃないだろうか。
鼻は笑わないもんな。
目だけで笑っていることを知らせるのは、かなり難しいような気が・・・。
人から見たらどうなんだろ。
知人に挨拶するときなんぞに、相手に表情が伝わってるのかなぁ、といつも思う。
そんなわけで、この季節、カモガヤに、いくつかのことを「教えてもらう」ことになるわけだが。
カモガヤを絶滅させてやる、と言われたら、1000円くらいなら払う私だ。
誰か、絶滅させてくれませんか?
・・・しかし、図太そうだよなぁ、あの雑草は・・・はぁああ。
-----
--------
TITLE: カロリー
BASENAME: 2578716
DATE: 05/25/2006 12:54:50
-----
BODY:
絶食をして、2キロほど痩せたはいいが、ここでまたバカ喰いすると元も子もないので、一応、カロリー計算して、食べる量をセーブしている。
もともと野菜は多目に摂取するようにしているし、メニューをちょっと工夫すれば良いだけなので、おかずのカロリーコントロールはそれほど難しくない。
難しいのは主食のカロリーセーブだ。
主食を抜くダイエットもあるらしいが、私はどうも、それはしたくないと思っている。
主食を抜くと、すぐにお腹がすいてしまうのは、気のせいだろうか?
いや、気のせいじゃないと思う。多分。
それに、脳はブドウ糖しかエネルギーにできないらしい。
・・・ただでさえ、そんなによく動く頭じゃないんだから、これ以上、エネルギー不足にしてどないすんねん・・・。
というわけで、主食は抜かない。
多少控え目にはするけど、それだけ。
で、だ。
じゃ、主食のカロリーってどれくらい?
と調べると、これが、結構、意外。
お米ってカロリー高いっていう印象ありませんか??
なんか、一時期、お米はカロリーが高い!なんていわれたりしたと思うんだが・・・そうでもない。ご飯一杯で、200キロカロリーくらい。
6枚切りの食パンで、200キロカロリー弱だけど、バターを塗ったら、多分お米のご飯よりカロリーが高くなるだろう。
うどん一玉・・・これが、ものによって、かなり違うのだ。
近所のスーパーに置いてあるうどんは、一玉200キロカロリーと表示されているが、ネットで調べると、250キロカロリー~300キロカロリーとなっていることが多い。
ふむふむ??
んで、そば(中華蕎麦も)も、一玉で、大体300~350キロカロリーとなっている。
スパゲティはカロリーが高い。
一人前、400キロカロリーくらい。
で、だ。
驚くのは、素麺なんだよ~~~・・・(←驚きすぎて気が抜け気味)
素麺、一人前で、スパゲティと同じだけのカロリーがあるのだ。
えええええええええっ!!!!
素麺って、カロリー低いというイメージありませんでした?
大間違い。
ということで、カロリーの制限をしたいならば、ご飯か食パンを食べているのが無難ってことだ。
いや、スパゲティは、たんぱく質も豊富だそうなので、カロリーが高いのもうなずけるんだけどねぇ。
素麺はなんでカロリーが高いの???
素麺を延ばすのに油を使ってるとは聞くけれど、それでそんなにカロリーが増えるのか???
でもさぁ・・・。
夏場は素麺だよねぇ???
というわけで、素麺食べたきゃ、油ものは控えろ、という結論に達しました。
しっかし、素麺だけ食べてても栄養偏るから、素麺と錦糸玉子と薬味と小松菜のおひたし程度なら600キロカロリー程度に抑えられるだろう、多分。
てなわけで、昼ごはんは素麺でした。
晩ご飯は、米のご飯食べて、おかずに色つけよ~っと。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/26/2006 10:16:47
素麺は 塩分がものすごいっ! と 聞いたことがあります。
塩分って やっぱり とっても身体によくないみたいですね。
薄味で 食べてるだけで ある程度 痩せるって聞きますもんね。
でもでも、やっぱ 夏は素麺ですよね~~~♪♪
うちは去年 小豆島まで 素麺を食しに行ってきましたよ~(笑)
子供たちも 大好き♪
そうそう、小豆島に行ったら『醤油味ソフトクリーム』 これも最高です!(≧∇≦)
あっ・・・ダイエット中でしたね(苦笑)
しっっっつれいしました~(^^)
-----
COMMENT:
DATE: 05/26/2006 12:40:53
確かに、素麺を生のままかじったら(かじるなって(笑)?)塩辛いですね。
人間の体液が塩辛いことを考えると、人間には塩分も必要だとは思うんですけど、とりすぎるといろいろ支障があるようです。
ところで、小豆島も素麺の名産地なんですね?
私は結構三輪素麺が好きです。
もちろん、三輪で素麺(にゅうめんだけど)を食したこともあります(笑)
私は結構おいしかったんだけど、一緒に食べた友人は、「生ぬるかった」と言うてました。
で、ソフトクリーム。
私は葛城にある、「ラッテたかまつ」のソフトクリームがイチオシです!!!!!!
ミルクの味が濃いぃんですよ~~~。うまいっ!!!
甘いのが苦手な私でも、一個ペロリといけてしまいます(#^.^#)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/26/2006 22:15:57
生のまま食べる~(笑)
のりちゃんさん色々やってますね~
まっ、私も バニラエッセンスなめて 大後悔しましたけどね(苦笑)
「ラッテたかまつ」ですね(#^∇^#)
常に頭の片隅においておきます。
葛城に行った時には絶対に行きますね~♪
-----
COMMENT:
DATE: 05/26/2006 23:16:34
実は・・・絵の具舐めたことがあります。
白は結構甘いです(笑)
いやいや、小学生の時の話しですからね!!!!!!
バニラエッセンスは、苦かったような印象があるんですが、どうでしたっけ(^^ゞ
昔のことだから忘れました(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/27/2006 15:08:05
めっちゃコメント続きでいいですか?(笑)
絵の具は私は舐めたことはないのですが
イクラやら雲丹やら 私と付き合うまで一切口にした事のなかった旦那が
初めて雲丹を口にした瞬間に『うわっ!絵の具の味やん!」と・・・(笑)
『こいつ・・・絵の具舐めたことあんねんやん』と心でつぶやきました。(笑)
バニラエッセンスはね~
苦いとかまずいとかを 超越した・・・舌に痛い味覚でしたよ。確か。
にほいはあんなに『あま~~~~~いっっ』のにね(^。^;)
ところで、伊吹山・・・
うちの義母が毎年行ってます。
って言っても、あのほぼ山頂のPまで上がってからですけどね。
のりちゃんさん がんばって、気をつけていってらっしゃ~い♪
-----
COMMENT:
DATE: 05/27/2006 23:05:53
伊吹山は、ほんと、花の山でした。
登山口が、標高200Mほどだったみたいなんで、結局1150Mほど登りましたが、その途中、ほぼ途切れることなく、あざみ、ひめじおん、赤詰草、名も知らない花・・・が咲き乱れてました。
義母さんが、毎年行かれる気持ち、よくわかりますよ!
が、惜しむらくは、霧がすごくて・・・。
その上、風がすごくて(T_T)
ほんま、吹き飛ばされるかと思う勢いだったんで、ゆっくり愛でている余裕がありませんでした(^^ゞ
しかし、雲丹って、絵の具の味だったっけ(笑)
確かに白い絵の具は、あんな味だったかも(笑)
旦那さんの好奇心に乾杯!
-----
--------
TITLE: 漫画
BASENAME: 2580971
DATE: 05/26/2006 12:12:48
-----
BODY:
私は、漫画という媒体が、あんまり得意じゃない。
四コマなんかは割りと好きなんだけど、ストーリーのある漫画というのは、読むのがしんどい。
理由は、
「なんか、くどい気がする」
から。
物語を読むなら、小説の方がいい。
例えば、小説ならば、
「時計は6時25分を指していた」
とやれば、主人公が時間を気にしていることと、時間が読者に伝わる。
これが漫画となると、
主人公の絵があって、それが、なんだかそわそわした表情をしていて、次のコマに時計の絵があって、それが6時25分を指していて、しかも、「チラッ」とかいう擬音が入ってたりして・・・くどい、くどいくどいくどい!!!!!!
しかも、「この人はこんな容姿ですよ」と押し付けられるのが、どうも、めんどくさい。
小説だと、「美形」のヒーローの容姿は、こちらで想像しほうだい。
漫画でしかできない表現ってのもあると思う。
それと、絵に魅力がある漫画もある。
でも、ストーリー漫画のほとんどは、小説で代替できちゃうように思う。
とはいえ、結構ハマったストーリー漫画もあるんだけど、数えるほど・・・かな。
最初にハマったのは、「ベルサイユのばら」。これは定番。
次に読んだのは、「ポーの一族」。萩尾望都さんの漫画は、結構読んでるかなぁ。
それから、「日出処天子」。
これは、ハマったなんてもんじゃないかも。
思いっきり、厩戸皇子に肩入れしてしまってた記憶がある。
諸星大二郎の漫画をストーリー漫画に入れてしまっていいのかどうかはわからないけど、この人の漫画は、手に入るものはすべて読んだと思う。
他は・・・あさきゆめみしを読んだっけ。
これは、古典の授業のために読んだという方が正しいけど。
なんとなれば、ストーリー的に、全く面白いと思わなかったし、今も思わないから。
・・・えぇっと、それくらい???
ほんとに読んでないな(^^ゞ
しりあがり寿氏の、やじきたは読んだけど、あれってストーリー漫画っていうんだろうか(^^ゞ
あ!そうそう。最近弟に薦められて、ヒカルの碁を読んだんだった。
けど、途中でやめてしまって、今どうなってるか、全く知らないし、あんまり知りたいとも思わない。
と、まぁ、あまりサンプルは上らなかったけど、この中で、小説で代替できない、もしくは小説だったら魅力が半減してしまうと思うのどれだけあるだろう。
ベルサイユのばらや、日出処天子、ポーの一族は、勿論、主人公の魅力的な容姿は読者の想像に任されてしまうけれど、小説でも十分だと思う。
あさきゆめみしは、もともとが小説だし。
難しいのは諸星大二郎の漫画・・・小説にしたら、魅力はかなり落ちてしまうかもしれないと思うのは、私だけだろうか。
というより、氏は、決して絵が上手じゃないと思う。
それでも、漫画として、魅力的なのは、あれは、なんでなんだろう・・・って私だけ(笑)???
しりあがり寿の漫画は、小説にしたら、もう、ぜんぜんあかんでしょう(笑)
なんでこんなことを言っているかというと、この年になって、周囲から漫画を薦められることがなぜか増えたんである。
どうも主婦はヒマだと思われてるらしく、
「絶対損はさせないから」
と、全部で20巻もあるような漫画を薦められたりする。
一冊30分で読めるとしても、10時間!!!!!!
う~む・・・。
でも、読んでみたら、面白いかもしれないんだけどねぇ。
どうも、とっかかるのが億劫というか・・・。
こういうのも、年のせいなんですかねぇ?
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 05/27/2006 01:52:25
漫画は、開いた瞬間にとっかかってしまいます(^^;)
20冊あるの?かわりに読んであげます♪
-----
COMMENT:
DATE: 05/27/2006 04:18:55
おおおおお、すごい。
小説なら、20冊あっても(真田太平記とか)、「楽しみが持続する~♪」と思えるんですが、漫画だと、どうも、だめです。
やっぱり、苦手意識がいかんのでしょうか(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 05/28/2006 01:57:39
たぶん『ガラスの仮面』は、漫画じゃないと面白くないなー。
-----
COMMENT:
AUTHOR: utsugi
DATE: 05/28/2006 02:44:17
なるほど。文章の利点、再認識。
最近は、どちらかというと、ビジュアルが横行気味。
でも、言葉で表現されたものには、また別のよさ、利点があるのだなあ、と再認識さされました。
-----
COMMENT:
DATE: 05/28/2006 07:18:49
シッポ様
ガラスの仮面って、私が小学2年生くらいの時にはもうあったんですよね。
当時、友達に、「面白いから」と借りました。
10巻くらい読んだんだっけ(^^ゞ
そんな感じですから、はっきりは覚えてないんですけど、マヤの演技を表現するのは、漫画の方がやりやすいかもしれないですね。
-----
COMMENT:
DATE: 05/28/2006 07:24:27
utsugi様
文章の方が、読み手の想像力に訴えかけるということはあると思います。
そのよさを、どう利用するか、ですよね。
漫画でしかできないこともあるだろうし、文章ならではのこともあるだろうし。
それをうまく使えれば一番いいんでしょうね。難しいけど(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 伊吹山登山
BASENAME: 2582646
DATE: 05/27/2006 04:56:38
-----
BODY:
夏に富士登山の予定なので、準備登山として、伊吹山に登る。
伊吹山といえば、現在では、「花の綺麗な山」として有名で、山頂近くまで車で登れる山らしい。
が、当然私達は、登山口から1000M以上登る。
伊吹山は、いろいろな伝説が残る山だ。
一番古いのは、多分、記紀に残る伝承だろう。
ヤマトタケルが、クマソや東のエビスを退治した後、この山の神に取り殺されてしまうのだ。
その神は、白い猪だったというから、もののけ姫も、この伝承からインスパイアされているのかもしれない。
酒呑童子の父親は、伊吹童子である、というのは、原典はどこにあるのだろう。
名前の通り、伊吹童子の本拠地は、この伊吹山である。
つまり、この伊吹山は、かなり、濃いぃ山らしい。
ってことで、私は、神様に取り殺されないよう、大人しく、行ってきま~す!!
-----
--------
TITLE: 連チャン
BASENAME: 2585592
DATE: 05/28/2006 10:20:16
-----
BODY:
といっても、今日は、別に体を動かす外出じゃない。
史学研究会の定例会に出席するのだ。
・・・内容が専門的過ぎて、よくわからないことも結構あるんだけどね(^^ゞ
昨日の山は、小雨と霧と、大風という状態で、ズボンドロドロ、上着はベチョベチョになってしまったので、朝から、洗濯・洗濯・洗濯!!!
登山靴の泥を落とし、レインコートの泥を流し、シャツ類・タオル・下着などを洗濯機で洗う。
一度ではすまなかった・・・。
で、簡単な体操を済ませたので、もう少ししたら、出かけます。
普段は買い物ついでに40分歩くのだが、今日は、隣の駅まで30分歩く。
昨日の疲れはリセットされてるけど、軽い筋肉痛がある。
30分歩いているうちに、筋肉もほぐれるかな?
ということで、行ってきます!!
-----
--------
TITLE: 風の通り抜ける山
BASENAME: 2588474
DATE: 05/29/2006 12:58:19
-----
BODY:
ということで、伊吹山登山について。
この山は、山頂近くまで車で登れる上に、花が咲き乱れる山でもあるので、年間かなりの人が訪れるらしい。
が、私達は、富士登山の訓練として登るわけだから、登山口から、1150M程度、登った。
私、標高1800M以上ある「弥山」に登ったことはあるが、実は、1000M以上登ったことがない。
つまり、弥山の登山口は、標高1000M程度の高さの場所にあったはずで、登った距離は、800M程だった。
ただまぁ、体力には結構自信があったのと、600~800M程度の登山ならば、なんてことないので、
「ま、大丈夫でしょ」
と、ダイエットメニューのまま、登山開始したのである・・・。
あほでした(^^ゞ
この日、ただでさえすごい風。
台風の時でさえこんな風は知らない・・・と思うほどの風の中、歩くだけでも結構大変だ。
岩場で風にあおられた時など、
「飛ばされる!」
と、マジで思った。
ので、普通の登山よりも、体力は消耗したんじゃないだろうか。
それなのに、
「一日、1200キロカロリー」
を遵守しようとしては、いけない。
五合目までは、なんてことなかった。
多少息はあがったけれども、休みたいと思うほどでもなかった。
道端に咲く花は色とりどりで綺麗だし、登って行くうちに、咲く花の種類が変わっていくのも楽しい。
一合目付近からは、ひめじおん・すみれのような色合いの紫の花、三合目くらいにはアザミや、白い見たことのない花など。
イチイチ、
「おお、美しい」
と、反応しているその時間が、「休憩タイム」となり、それだけ立ち止まっただけで、ちゃんとした休息になる程度の体力があった。
霧は冷たいけれど、その分、幻想的だ。
ヤマトタケルは、この山の神の祟りによって死んでしまった・・・と、古事記には書いている。
ヤマトタケル東征の後、この山に登ったとき、白い猪を見かける。
実は、この猪が神なのだが、まさか神とは思わずうっちゃっておいたら、その祟りを受けてしまう・・・というわけだ。
猪は、人間が食糧にしたり、皮を使ったりする、「狩られる動物」でありながら、同時に神でもある、ということで、このあたりの感覚は、ちょっと面白い。
例えば蛇なんかは、恐れられる一方だ。
動物としても恐れられ、神としても畏れられ。
狐なども同類だろう。
しかし、猪は、便利がられる一方で、神として祀られている。
鹿も同じ系統になるかな。
牛や馬は、祭りの時に犠牲になったり、田植えの手伝いをしたり、肉を食べたり。
牛や馬は神の乗り物となるパターンが多いかもしれない。
赤目四十八滝の由来は、役行者が、赤目の牛に乗ってこの地に現れたからだとされている。
人間が乗る生き物に、神も乗るという発想は、それほど不思議を感じない。
しかし、「食物」とする動物を神とする発想には、やはり、疑問を感じる。
先に、猪(鹿)=神という発想があるならば、それを食べるようなことはしないだろう。
といって、自分達が食べているものを、「神」としようという感覚があるだろうか?
もしかしたら、猪や鹿を食べていた部族と、それを神とした部族は全く別者かもしれない。
閑話休題。
つまり、霧の中から、いつ神が出現してもおかしくないような幻想的な風景を楽しむことができた。
これが言いたかった(笑)
しんどくなってきたのは、六合目を越えたあたりから・・・。
立ち止まる頻度が高くなってきた。
といっても、一度立ち止まっている時間は、10秒ほどのことだと思うんだけれど、それでも、20歩ごとに10秒の休息をしないといけないほどのしんどさ。
どうも・・・ガス欠気味なんではないか?
そう気付いたのが、七合目を半分くらい来たあたり。
「ごめん!ちょっと食べていい?!」
と、同行者の脚も止めて、旦那のいなり寿司を2個もらって、食べる。
この時、慌てて食べると、胃がびっくりするかもしれないので、一口一口、かみしめながら食べる。
大迷惑(笑)
・・・しかし、これだけで、驚くほどの体力回復(笑)
休み休みには違いないけれど、それでも、感じる疲労感はかなり軽減する。
そこから山頂までの二合分は、急峻な岩場だった割りには、あっという間に感じた。
山頂で自分のために買っていった弁当と、旦那の冷麺を少しもらう。
で、旦那のおいなりさんをとってしまっていたので、おでんを購入して食べる。
すごい風と霧で、私達以外の登山客はほとんどいない。
・・・でも、いるんだけどね(^^ゞ
建物の中にいると、すごい風の音がする。
「この中を降りるのはすっげ~いや」
と思うが、登った山は降りなくてはいけない。
やりかけたまま、
「タンマ」
と言えるものと言えないものがあるのだ。
はぁ。
途中で逃げることができるものならば、無責任に始めることもできる。
子供の頃は、そういうものに溢れていた。
習い事、友達との遊び、学生の本分である勉強さえ、さぼる気になればさぼることができた。
仕事を始めても、自分の仕事を全うせず、誰かにおんぶされている人は結構いた。
ややこしい仕事の電話がかかってくると(自分が担当者であるにも関わらず)、
「担当者に代わります」
とかいって、私に電話を回してくる子もいたんだな(^^ゞ
で、怒ると、泣く。
「こんなに頼りにしてるのに!」
・・・って知らんがな(^^ゞ
泣かれても別に知ったこっちゃないんだけど、結局それでちゃんと期限までにその仕事をすることができず、手伝わされるハメになるので、一緒だった。
その会社には、そんな人が結構いた。
何の責任もとらずに、生きていこうと思えば、生きていけないものではないな、と思う。
逃げることができないことが増えたのは、結婚してからだ。
家庭を守るためには、逃げられない。
家事はサボろうと思えばサボれるけど、それでは、家庭生活が乱れてしまう。
旦那も同じことだろうと思う。
二人で暮らしていけるだけ働かなきゃならない。
逃げられない。
だから、旦那と一緒に山に登るということは、結婚生活のメタファーでもあるのかもしれない。
大風が吹くと、旦那が手を差し伸べてくれる。
岩場でも、手を引っ張ってくれる。
下山した後、洗濯物をきちんとするのは、私。
気付かないけれど、普段の結婚生活でも、同じ事をやってるんだろうと思う。
友人の存在も同じだ。
友人は、今回の登山を計画し、当日は、私のペースに合わせて登ってくれた。
これまた、平地での友情に重ねることができる。
山に登ると、不思議と、「人間関係」というものが、見えてくるように思う。
信頼がなければ、一緒に山など登れないからだ。
さて、下山した後、ひどく空腹を感じたので、手近にあったバーミヤンに入り、油っこいものをたらふく食べました。
で、家で体重を計ったら、500グラム減。
だから、ね、1000M以上登るときは、カロリー制限してはいけないのである。
・・・こんだけぐだぐだ言っておいて、結論はそれかい(笑)
-----
--------
TITLE: ピザ
BASENAME: 2590944
DATE: 05/30/2006 10:58:58
-----
BODY:
私はチーズが好きだ。
ブルーチーズなどのカビ系は、ワインなしでは、あんまり進まないが、それ以外ならば、ほとんどなんでも好物。
カルフールのチーズ売り場では、2種類くらいのチーズの試食ができるので、試食しては購入、酒のつまみに食べる・・・というようなことを繰り返していたが、
「これ、食べられない!」
というものはなかった。
そんなわけで、ピザも大好物なんである。
クリスピー生地が良い。
とろサクッ!
がいいのだ。
・・・が・・・。
ご存知の通り、ピザのカロリーはとっても高い。
う~~ん。
というわけで、今日はダイエット休みの日に決めました。
ふっふっふ。
また、明日から頑張ろう!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 05/30/2006 15:09:55
のりちゃんさ~~~ん!
私も チーズ大好き!
なんでもいけます!!(笑)
もちろん ピッツアも大好物!
生地はやっぱりクリスピータイプが最高ぉっ!
いや~ん 偶然!
同い年の獅子座だから?(笑)
・・・で、ダイエットはまた明日からがんばってくださ=い!
-----
COMMENT:
DATE: 05/30/2006 20:20:50
チーズとクリスピーってうまいですよね~・・・。
でも、また明日からダイエットしなきゃ(笑)
うちの旦那はパンタイプがすきなんですよ。
だから、ハーフ&ハーフが頼めません(笑)
-----
--------
TITLE: リバーサイドホテル
BASENAME: 2593695
DATE: 05/31/2006 12:08:25
-----
BODY:
最近流行の音楽について、私は全く詳しくない。
スーパーなどのBGMで、
「ほぉ、こんな歌が流行ってるのか」
と知るぐらいだ。
今日、買い物をしていたら、リバーサイドホテルがかかっていた。
誰かがカバーしたのだろう、井上陽水の歌声ではない。
今はそれほどでもないんだが、18歳くらいから、結婚した直後くらいまで、私は井上陽水に青春を捧げていた・・・と言ったら、かなり大げさか(笑)
落ち込んだら、陽水。
良いことがあったら、陽水。
腹が立ったら、陽水。
とにかく、井上陽水だった。
この人の歌詞は、明快なメッセージがあり、かついろいろな解釈ができるので、心地よいのだ。
例えば、私が落ち込んだ時によく聞いたのは、「紙飛行機」という曲。
ごく初期の曲だ。
「強い雨も風も 笑いながら受けて 楽しく飛ぶことも 悪いことじゃないよ
君は 明日まで飛びたいのか?」
君は明日まで飛びたいのか?
どう答えたら良いのか、一瞬戸惑う。
あなたは何を聞きたいのですか?
と。
「明日まで飛べるわけないんだから、無理せず、今を楽しめば良いんだよ」
といいたいのか、それとも、
「明日まで飛びたいんだったら、強い雨や風を笑いながら受け流しておきなさい」
と教えているのか。
わからないんだけど、私にとって、
「私は、明日まで飛びたいのか?」
と自問自答することは、大きな慰めになった。
少なくとも、自分を見つめなおすきっかけになった。
腹が立ったときによく聞いたのは、「少女がねじれる時」。
「勇気なら持ちなさい 得になるから」
シンプルだ。
「得になるから」
という動機は、なんだかいやらしいようなんだが、
「勇気なら持ちなさい」
という言葉の後に続くと、本当に、勇気が出たりする。
言葉って不思議なもんなのだ。
さて、リバーサイドホテルという曲。
これは、ドラマの主題歌になったから、知っている人が多いと思う。
怠惰でブルーなメロディー。
「誰も知らない夜明けが明けたとき」
という歌詞で始まる・・・と言ったら、
「あぁ」
と気付く人は多いんじゃなかろうか。
この曲にもメッセージはあるんだろうが、私にはよくわからない。
ただ、この歌詞の中には、いろいろな「たくらみ」があるのだ。
「ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド」
という歌詞はちょっと有名じゃないかな。
「リバーサイド」とは、「川の側」とい意味だから、この歌詞をすべて日本語訳すると、
「ホテルは川沿い、川沿い川沿い」
となってしまう。
ま、リバーサイドという名称のホテルなのかもしれないけれど、多分、違う。
というのも、こういう歌詞があるからだ。
「部屋のドアは金属のメタルで」
メタルって金属のことだから、つまり、
「部屋のドアは、金属の金属で」
となる。
なんじゃそりゃ(笑)
一時期の陽水は、こういう言い回しを好んでいたのか、他にも、
「プールサイドの側の、もっと横にいる」
という歌詞があった・・・んだけど、なんてタイトルだっけ(^^ゞ
アルバムには入ってなかったと思う。
こういう表現、陽水くらいの大御所がやるから許されるんだよな~、と思う。
もし、新米のライターが、
「プールサイドの側のもっと横にいた女性が・・・」
なんて書いたら、絶対編集される。
わざとやってるのっ!!!!!!
と心の中で叫んでも、直されちゃったものは、もうどうしょうもないんである。
ってなわけで、このブログ。
たま~に変な表現が出てきますが、それは、
わ・ざ・と
です。
わざとなのっ!!!!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: くみちょ
DATE: 05/31/2006 13:06:11
70年フォークに限らず、歌詞は作曲に合わせる場合が多いので
曲ができた時点でゴロが悪いとかいう理由で変更したり、
わざと変な言い回しにするのが多いようです。
で、陽水の場合は逆にそれをぜずに字余りにして歌うこともあるようで。
しかし、のりちゃんがそこまで言うということは・・・・・
アップロードしてから読み返して 顔を赤らめてるのかしらん?w
想像してやる~ (笑)
-----
COMMENT:
DATE: 05/31/2006 18:17:10
残念ながら(笑)
顔を赤らめる方向ではなく、
「チェックせにゃならんのやろけど、めんどくさい」
という方です(笑)
大阪のおばちゃんなんで、もう(~_~)
最近はそうでもないんですが、アイドル全盛期の頃の曲を聞くと、へんな歌詞が多いんですよね(^^ゞ
あれも、曲が先だからなんだろうか(~_~)
-----
--------
TITLE: 計画
BASENAME: 2596117
DATE: 06/01/2006 12:39:07
-----
BODY:
家にばかりいると、達成感がないというか、気分転換ができないというか、なんとなく、くさってしまう。
かといって、この時期、外に出るのもいや。
なぜかというと・・・。
私の仇敵・カモガヤが今を盛りと花開かせているからだっ!!!!!!
正直、今年は楽だと思っていた。
カモガヤの花の前を通っても、なんてことなかったし。
それが、伊吹山を降りてから、掃除のために窓を開けるだけで、くしゃんくしゃんとなる。
伊吹山は見渡す限り、カモガヤがそよいでいたから、そのせいか。
それとも、山から降りてリフレッシュしたせいで風邪が治ったからか。
まぁ、連続して出るといっても2度が限度で、鼻はそんなにひどくないんだけど、問題は目。
ひどい時なんかは、白目が充血しきって、黒目より盛り上がってしまうほどになる。
瞳を動かすと、白目の充血がむりむりと目の周囲にめり込んでいくのが分かるという状態。
きぼちわるいったら。
そうなりたくなきゃ、この時期は、家の中に引き篭もってるしかないのだ。
買い物に出かける時くらいの短時間なら、マスクと眼鏡で凌げるけど、ちょっと遠出となったら、最低4時間くらいは現場でゆっくりしたいもんなぁ。
ということで、外出するなら、狙いは、六月中旬。
梅雨が始まってるかもしれないが、気にしない。
雨が降りゃ、花粉は飛ばないし、その頃には、カモガヤも、茶色く熟しているだろう。
その頃に思う存分遊びに出かけるために、今は、やるべきことを前倒しでやっているわけである。
明日遊ぶために、今日働く。
なかなかに優等生的な考え方じゃないか、と思う。
しかし、私の悪いクセは、極端なところだ。
「今はやるべきことをやる」
と決めてしまったら、何もしないでぼ~っとしている時間ができると、落ち着かなくなってしまう。
しておかなきゃいけない作業をすべて終わらせてしまって、家事も終わって、晩ご飯まで時間が1時間ほどある・・・となったら、慌てて、未読の本を探し周ってしまう。
別にだらだらしときゃいいのに。
どうも、自分で決めたことを遵守できないのが、気持ち悪いんだな。
てなわけで、今日は、読もうと思ってまだ読めてない本を山積みにした。
・・・思ったより、たくさんあってしまった(^^ゞ
しかも、どれも古文で書かれているから、読むのに時間がかかるし。
6月中旬までに読めるかなぁ(^^ゞ
「これを全部読む」
と決めてしまったら、また、外出の予定が狂うので、
「時間が空いたらこれを読む」
と決めた。
どうにも厄介な性格だ、と自分でも思う。
-----
--------
TITLE: もらいもの
BASENAME: 2598592
DATE: 06/02/2006 12:38:12
-----
BODY:
うちは田舎なので、畑が多い。
半農・・・とまではいかなくても、自分ちの野菜は畑で賄っている家庭も多い。
ということで、道で、収穫したての野菜を持っている知人に会うと、おすそ分けに預かることがある。
スナックえんどう・いちじく・冬瓜・しいたけ・小松菜・菊菜・ゴーヤなどなど。
一度、わらびをもらったことがあるが、
「ついでといっちゃなんですが、どこで採ったか教えてもらえません?」
と聞いたら、
「アホか」
といわれた。
山菜の採れる場所を教えてくれる人、誰か居ないかな?
タラの芽の採れる場所なら知ってる。
葛城になる楢原山。
山城を求めて秋に登ったら、タラの木だらけだった。
ただし・・・知っている人は知っている。
タラの木はトゲトゲ。
この山は登山道がないから、足場が超悪い。倒木が多いし、枯れ葉が積もってるし、ふらついて木を掴もう・・・としたら、その木はトゲだらけ。
正直、私は、
「無事に戻れますように!」
と真剣に祈ってしまった。
そういう場所だ。
行きたい人は、どうぞ。
タラの芽の頃といえば、もう、まむしも出るころだから、血清などの用意を忘れずに。
話しが逸れたが、そんなわけで、割と私は野菜には困らない。
安くて新鮮な八百屋も多いし、旦那の実家でも大根やキャベツなどがもらえるしね。
昨日、わんこの散歩をしていたら、向こうから知人が自転車でやってきた。
「こんにちは!」
と声をかけると、
「ちょうどよかった~」
と、赤たまねぎを5本、取り出し、私にくれた。
ラッキー!
・・・ここまでは、まぁ、いつもの通り。
問題は、
「たいしたもんちゃうけど、食べてな~」
と、知人が去った後のことだ。
全く見知らぬおばちゃんに声をかけられた。
「それ、なんの球根をもろたん?」
「球根じゃなくて、赤たまねぎだそうです」
「え?ちょっと見せて」
「はい。ほら、たまねぎでしょ?」
「ほんまや、たまねぎや。これ、おいしいよね」
「えぇ、サラダにもできますしね」
まぁ、普通の会話なんだけど、このおばちゃん、私に立ち去る隙を与えてくれないのだ。
欲しいのかなぁ?とも思うが、いただきものをすぐその場で見知らぬ人におすそ分けするってのも、なんか妙だしなぁ・・・と、戸惑いながらも、しばらく話しの相手をしたんだが・・・。
他の人ならどうするだろう?
私は結局、半ば強引に、
「それじゃ」
と立ち去ったんだけど、こういう場合、
「おひとつどうぞ」
って言うべきなんだろうか?
ちょっと悩みつつ、その日のうちに、サラダにして食べた。
食べながら、その時のおばちゃんの顔を思い出して、また、
「う~ん」
なんて唸ってしまったんだった。
う~ん。
-----
COMMENT:
AUTHOR: moz
DATE: 06/03/2006 00:24:13
うんうん。こういうことってけっこうありますね。ああだろうか、こうだろうかと、微妙に気を使うのです。
まあ、おばちゃんは神経もほしくないだろうし、いいのですが、神経の細い人には、けっこう負担になったりしますね。
-----
COMMENT:
DATE: 06/03/2006 07:49:20
なるほど。
負担になる人もいるんですね。
こういうことに対しても、ネタになったと喜ぶ人間もいれば、負担になる人もいる。多分、腹をたてる人もいる。
反応はさまざまですよね。
ということは、このおばちゃんの態度も、おばちゃんなりの意味があったんだろうと思うわけですが・・・。
「欲しかったんだ」
「単に話し相手が欲しかった」
「赤たまねぎを見るのがすき」
といろいろ考えられて、考えてみると、面白いです(~_~)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/04/2006 10:38:01
うちも、と~~っても もらい物率高いです(笑)
道端で会う 近所のおっちゃん、おばちゃんには
大抵「こないだええもんもらってすいませ~ん」と挨拶しておく。
すると「おまいんとこからも いっつも世話なってすまんな~」と・・・(笑)
そう この辺は いまだに物々交換が 成り立ってます。
昨日、我が家でほんまもんの竹を使って 「流しそうめん」しました。
庭には次から次へと 近所の人が。
そして「世話なった」「世話なった」と我が家には また物が溢れかえる。
時々、もらった物が そのまま 他所の家に渡ってしまう。
口に入っていない物の感想とお礼を私は言うはめになる(笑)
昨日の物『ウイロウ』食べたかったよ~(涙)
知らん間に どっかの家にもらわれていっただなんて~ぇぇっ!(TOT)
夜になって食べようとして見当たらなくて・・・もらわれて行った事を知って がっかり。
-----
COMMENT:
DATE: 06/05/2006 00:28:35
いいなぁ、ホンモノの竹で作った流し素麺、私も食べたい!
うちの場合、いただきもののお返しはほとんどしません(^^ゞ
その代り、年末になると、
「年賀状作りたいけど、パソコンが動かない!」
などという電話が、夜、入ったりします(^^ゞ
「お世話になり合い」
ができるのは嬉しいことですね(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 谷間の百合
BASENAME: 2601458
DATE: 06/03/2006 19:45:33
-----
BODY:
それほど大した読書歴ではないので、偉そうなことは言えないが、
一時期、「本がなければ間が持たない」というほど、電車の中でも、待ち合わせの時間でも、とにかく暇さえあれば本を読んでいた・・・程度の私にとって、
「読んだだけで吐き気がした」
という小説が3冊ある。
トップが、バルザックの「谷間の百合」
次が、ジィドの「狭き門」
最後に、ホーソーンの「緋文字」
どれも、所謂、「キリスト教文学」と呼ばれるものである。
別にキリスト教が嫌いというわけじゃない。
たまたま、この3作品が嫌いだった。
緋文字については、映画にもなっているから知っている方も多いだろう。
ある村に「姦淫」を意味する赤い「A」の文字を胸に縫い付けられた女性がやってくる。
彼女は姦淫の罰としてこの緋文字を背負わされているのだ。
当然差別され、相手が誰かと詮索されるのだが、彼女は相手については口を閉ざし、どれだけ辛い仕打ちを受けても、相手には親切にし、穏やかな笑みを持って対する。
そして、この村には皆に敬愛される牧師(神父だったっけ)がいて、彼女にも親切にする。
そこに、ある学者がやってくる。彼こそは、彼女の本来の夫。裏切られた夫であった。
彼は彼女に浮気の相手を薄情しろと迫る。彼女が答えないので、いじめまくる。
そして、ある日、皆に愛された牧師が昇天した時、天使が迎えにきた。
彼は最後まで、自分が犯した罪・・・ヒロインと愛を交わしたことを苦しみながら死に、そのため、神に許されたのである。
そして、最後まで「許す」という神の愛に近づくことができなかったヒロインの夫は、惨めな最期を迎えるのであった。
はぁ??
許せないヒロインの夫がいけないんなら、「許せない人間」を許せない神だって、だめじゃん。
大体ヒロインは、夫に対して貞淑にしているが、愛情を見せはしないんである。
そりゃ、許せないでしょ。
っていうより、そんな女を憎むあまり(多分同時に愛するあまり)、その後の一生を棒に振った一途な男なんである、この夫は。
そんな可哀想な夫に対して、あんた、「許せないやつぁダメ」って、そりゃあまりにも酷。
神だって、この夫と同じくらい心が狭いんじゃん??
・・・思いっきり、読後感が悪かった。
狭き門と谷間の百合の筋書きは、(私から見れば)ほぼ一緒。
主人公が思いを寄せる女性には、決まった相手がいたのである。
すなわち、狭き門のヒロインの場合はそれは神であり、谷間の百合のヒロインの場合は夫であった。
両ヒロインは敬虔なクリスチャンであり、貞淑に自分の身を犠牲にしてその相手に尽くしつつ、主人公を誘惑する・・・本人は無自覚であるように書かれているが、女の目からはそうは見えない・・・、おバカな主人公は彼女に熱をあげるが、彼女は「私には決まった人がいるから」と拒み、結局主人公どころか周囲の人間の多くを不幸にするのであった。
残念ながら、私にはそうとしか読めなかった。
両作品とも、同じなのだ。
つまり、縦の線・・・神と自分の間はとても大事にするが、横の線・・・自分と周囲の人間の間については、ものすごく無神経なのだ。
そして、何かと「神が」を口実に、相手の心を踏みにじる。
しかも、ごくごく丁寧に。
まさに、「慇懃無礼」ってやつなんである。
まぁ、それでもいいんだろうけどね。宗教的態度ってのはそういうもんかもしれないとも思う。
でも、私は、そういう人と付き合うのは、ごめんだ。
神という大きな存在が、そこまで人間に干渉するもんなのかどうか、私にはわからない。
私は、神という存在について考える時、人間が神に向う川に浮かんで、そこからいろいろな恩恵を得、川の恵みに感謝する・・・っていうような図を想像している。
人間が丸い形をしていれば、川の水は丸い形を造って人間を支え、三角の形をしていれば三角の形を造って人間を包み、四角い形をしていれば四角い形になって人間を優しくなでる。それこそが神の愛。
人間はその川の流れに浮かびながら、少しずつ神に近づいているのである。
中には流れと逆に泳いじゃうのもいるけどね。
素直に流れていけば、いつかは神のそばにいけるんである。
・・・どちらが本来の流れかわからずに、見当違いな方向に泳いじゃうのが人間というものではあるかもしれないけれど、神の川の流れは、人間の泳ぐ力よりずっと大きいから、それでもいつかは、人間は神に近づくんだよ。
そういうようなイメージを持っている。
それが正しいと思ってはないけども、私はそういう風に感じている。
そういう私にとって、これらの小説に出てくるキリスト教の神ってのは、エゴに満ちているように感じてしまったのだ。
多分、そもそものエホバは違う存在だった・・・んじゃないか、とも思ってるんだけど。
なにしろ、途中でキリストが出て、本来のエホバをキリストなりのエホバに変えちゃったわけで、それに、それ以前も以降も、キリストほど偉大じゃない人間達が自分達の脳みその中で、いろいろに変換しちゃったわけだろうから、そりゃ、変わってないわきゃない。
・・・と、なんでいきなりこんなことを書いてるんだい・・・というと、今日、吐山にある、すずらんの群落地に行ってきたからだ。
谷間の百合を英語に訳すと、「lily of valley」。
これを再度日本語に約すと、「すずらん」となる。
そんなわけで、こういう連想になっちゃったというわけです(笑)
とはいえ、バルザックはフランス人。
フランス語の「すずらん」は、「谷間の百合」ではないらしいから、本来、バルザックの「谷間の百合」と「すずらん」は、なんの関係もないんだけどね。
吐山は、スズラン群生地の南限であるといわれているらしい。
もう、盛りは終わっていて、「咲き乱れる」という風ではないが、この花は、「咲き乱れる」という風は似合わない。
大きな葉っぱの影に、白く透き通った薄い陰のような花をうつむき加減に開かせるこの可憐な花は、そのあまりにも小さな花には似合わず、人の心に強い印象を残す。
「鈴」
という名に相応しい、ベルの形をした花は、ころんと丸くて、つい手のひらにとって見たくなるほど、親しみ易い。
日本にも、神の愛に殉じた美女はいた。
手児名と呼ばれた女性などがそれだ。
彼女は、二人の異性に思いを寄せられ、困ったあげく、自らの死を選んだ。
これは、二人の男性の間で苦しんだともとれるが、古代の女性がすべて神の嫁であったことを考えると、
「神の嫁」
として、人間の男に肌を許すことなく死んだ、
「神に殉じた女性」
という見方もできるんだそうだ。
手児名は、ニ人の愛にただただ戸惑い、そして、水を潜った。
二人を説得する言葉も持たず、なす術もなく、ただ、実直に自分を殺した。
私は、すずらんは、こんな女性に似つかわしいような気がする。
-----
--------
TITLE: 体脂肪率
BASENAME: 2605641
DATE: 06/04/2006 22:58:24
-----
BODY:
私の身長は、大体155センチくらい。
学生の時に計ったのが最後なんで、最近縮んだ気もするんだけど(^^ゞ
体重は、48~49キロくらい。
で、体脂肪率は、24パーセントくらい。
これが、大体標準。
で、ここんとこ、冨士登山に向けて、まず、たんぱく質を増やして、炭水化物を減らすことを気をつけて、ウォーキングもスピードアップするように気をつけた。
日々、簡単なヨガ体操をしているのだが、少しだけポーズを増やした。
今日、体重と体脂肪率を量ったら、体重が48.5キロ。体脂肪率が21.9パーセント。
体重は変わらないが、脂肪率が約2パーセント減った計算。
ということは、脂肪が1キロほど減ったということになる。
その分、筋肉が増えたんだろう。
よっしゃ。
結果が出ると、やる気が出るってなもんだ。
富士登山まで後2ヶ月ほど。
あと、1キロ脂肪を減らして、その分筋肉を増やす・・・ことができたらいいなぁ(~_~)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/06/2006 09:48:05
完全に肥満体化している私。
我が家の体脂肪計は私の体脂肪を
のりちゃんさんより かっなりっっ・・・上の数字で示してくれています(苦笑)
脂肪が溶けるなら 電子レンジにでも入りたい・・・。チンッ!
-----
COMMENT:
DATE: 06/06/2006 18:56:47
山に登るんで、脂肪率は気になります。
1キロ痩せるだけでも、結構違いますから。
でも、筋肉がないとキツいんで、とにかく脂肪率を下げなきゃ。
てことで、冨士登山までにもう一度、絶食しよかと思ってます。
同時に、筋肉つけるために、運動しなきゃです。
でも、ただでさえ、ふくらはぎが、ししゃもなんで、これ以上ムキッとなったらいやだなぁ(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 薬玉
BASENAME: 2607292
DATE: 06/05/2006 16:47:54
-----
BODY:
以前、どこかで見かけて、
「どうやって折るんだろ?」
と疑問に思っていた薬玉がこれ。
本屋でパラパラと見ていたら、折り方が書いてあった。
なぁんだ。
定番の薬玉を少しアレンジするだけじゃん・・・。
ということで、その本を買うまでもなく(すいません(^^ゞ)、作ってみました。
花びら一枚一枚が、折り紙一枚からなっているので、60ピース折らなければならず、結構大変だった。
で、出来上がったら飾る場所もないので、多分、ばあさまにあげることになるんだけども、とにかく、何かの形を作り上げるということは、ある種の快感がある。
なんでもそうだ。
物質的なものにしても、精神的なものにしても、最初は、これがどういうものになるか見当もつかない。
その段階で、それをするのがいやになってしまうことも珍しくない。
そこをなんとかクリアすると、出来上がりがどういうものか、ほのかに見えてくる。
ここまできたら、あとはしめたもんだ。
あとは、出来上がったパーツを組み立てて、ポン。
退屈で、先の見えないところを、どういう風にこなすか、が、その人の個性なんじゃないかと思う。
もちろん、その段階でなにもかも投げ出してしまって、何かを作り上げたことがないという人もいるんだろうとは思うけど、どういう人でも、なにがしかを作りながら、生きている。
私は、退屈な作業の時は、とにかく効率だけを考える。
例えば折り紙の場合は、パーツすべてを流れ作業的にこなしてしまう。
まず、60枚すべての折り紙を、三角におる。
次にまた、すべての折り紙を同じように折る。
この作業を繰り返すのだ。
単調だが、手が作業を覚えるので効率がいいし、なにより、他のことを考えながらでも作業ができるのが良い。
この作業のうちに、次の作業をどういう風にこなすか、を考えながらできるわけだ。
これは精神的なことでも同じことが言える。
単調な部分は、何か他のことを考えながら、もしくは他のことと同時進行でやっている。
だから、この部分が一番こんがらがりやすい。
主婦をしていると、新しいことをしないから、この一番こんがらがりやすい部分のことを忘れてしまう。
ストレスがたまらないが、頭を使わない。
ということで、なるべく意識的に新しいことをするようにしているというわけ。
たかが薬玉なんだけどね(笑)
しかし、なんで、「薬」玉なんだろう???
薬玉って、花で飾られた玉のように見えるんだけど・・・。
もしかして、最初は「奇」玉と表記されていたのが、いつの間にか、「薬玉」と表記されるようになったというパターンだろうか??
と、大辞林で「薬玉」をひいてみると、
「種々の香料を玉にして錦の袋に入れ、糸や造花で美しく飾ったもの。悪疫祓いや長寿を願って、端午の節句などに柱・壁などにかけた。」
と説明されていた。
大事なのは、飾りの花じゃなくて、中心に入れる袋なわけね(^^ゞ
現在の薬玉は本来の意味は忘れられているのに、お見舞いなどのために作ることが多いのは面白い。
昔の人は、「香料」に、厄払いの意味を見たのだろうが、今の人は、その造詣の美しさにこそ厄払いの力を見ているんだろう。
難しいことなんだけど、だから、これから私が何を作るにしても、厄を寄せつけないほどには美しく作り上げたいなぁ、などと思う。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/06/2006 09:44:05
すごーい!
のりちゃんさん お上手!
私は手先が器用ではないので・・・(苦笑)
こんな私を産んだ母は とっても手先が器用で
裁縫や 小物作りも 紙細工も だ~い好き♪
この のりちゃんさんが 見掛けて作った薬玉も
実家の母が見たら 絶対に自分も折る~っ!って言い出しそうです。(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 06/06/2006 18:53:19
私も決して器用なわけじゃないんですが、物を作るのは好きみたいです。
でも、雑いんですよ。
うちも、母親は割りと丁寧に綺麗な仕事をするんですけどね(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 菅公と雷
BASENAME: 2609864
DATE: 06/06/2006 18:30:00
-----
BODY:
カモガヤの花もなくなってきたので、京都に行ってきた。
奈良派の私にとって、丹後など亀岡以北は別として、京都は、全然「古都」という気がしない(^^ゞ
たかだか大和朝廷以降・・・平安京以降の都じゃん、な~んて、思うわけ。
奈良は葛城も三輪も、大和朝廷以前の王朝があった都なのだ。
「都」の名残は、神社などに残っていて、その雰囲気は、京都に残る「古都」の雰囲気とは全く違う。
結局は好みの問題なんだが、私は京都にたいした憧れを抱いていない。
それじゃ、なんで京都に行ったのか?
というと、まず、京都は車で行く場所ではない。
=土日、旦那と一緒に行く場所ではないということ。
京都に行くとしたら、平日、一人で行くのが良い。
それと、旦那から、昼間特別割引切符をもらったからだ。
これの使用期限が6月22日。
そういう理由での京都行きだった。
目的地は、わら天神宮。
「天」神社というと、菅原道真公が祀られていることが多いのだが、ここのご祭神は、コノハナサクヤ姫。
コノハナサクヤ姫は、天神ではないから、ちょっと面白い。
以前から参拝してみたい神社だった。
京都駅からわら天神宮まで片道8キロ弱。
徒歩で往復できない距離じゃないが、暑いのと、なにより時間がない(切符は昼間しか使えない)ので、行きはバス。
帰りは、ぶらぶら歩いて帰ってきた。
さすが京都。
途中に、神社が多い。
写真の神社は菅原院神社。
菅原道真公の父・祖父・曽祖父とこの地に住み、道真公もここで生まれたと書いてある。
菅原大臣神社も、道真公生誕の地とされてたはずだが、だいたい、本朝神社考では、菅原道真公は人間として生まれたのではなく、父是善公の前に現れた天人ということになっていたから、細かいことは気にしなくていいだろう。
暑かったので、この境内にある椅子に座って涼んでいると、
「ゴロゴロ」
雷の音が聞こえる。
げげげ。
太陽カンカン照りだっつぅに、なんで雷の音が・・・。
びびったのには理由がある。
菅原道真公は太宰府左遷の後、非業の死をとげ、雷神として大いに祟ったとされているからだ。
紫震殿への落雷では被害者も出た。
菅公縁の地で雷が鳴るというのは、これは、良い徴なんだろうか?
それとも、私、菅公に怒られるようなこと、なんかしたっけ(^^ゞ
急いで京都駅に向うと、七条通りを越えたあたりから、雨も降ってきた。
地下街の入り口があったので、飛び込んだが、電車に乗る頃には、本降りになっていた。
が、電車が出ると、5分ほどでまた晴れ空になった・・・つまり、かなり局地的な雨だったんだろうな。
やっぱり、菅公に何か怒られたのだろうか(^^ゞ
京都をバカにするなって言われてるのかなぁ~~~・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/07/2006 09:41:54
この辺りでも、もくもくと入道雲が見えていましたよ~。
ここは雨は降りませんでしたが、京都がスコール!だったのですね。
濡れなくてよかったですね。
コレも普段の精進のお陰??
-----
COMMENT:
DATE: 06/07/2006 12:47:42
夕立がくるようになると、もう、夏って感じですね・・・。
濡れなかったのは良かったんですが、雨の範囲を抜けた途端、強烈な日差しで(笑)
こっちの方が参りました(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/07/2006 13:25:24
確かに・・・(苦笑)
私たち、日差しは思いっきり『敵』ですもんね~(^^;)
さ~ 日焼け止め!日焼け止め!ヌリヌリ。。。
-----
COMMENT:
DATE: 06/08/2006 13:44:11
今年ももう既に真っ黒なんですけどね(^^ゞ
はぁ。
-----
--------
TITLE: 結婚記念日
BASENAME: 2611451
DATE: 06/07/2006 07:38:12
-----
BODY:
「間違いなく、今年最大のニュースです」
「エイプリルフールじゃないよね」
「大災害が起きなきゃいいけど」
9年前、私が結婚することを知った友人たちの反応は、概ねこんな感じだった。
ほとんどの友人が、私は結婚しないと決め付けていたようだ。
その上私達は知り合ってから半年で結婚したから、周囲の人達にとっては、ごくいきなりな話しのように感じられたらしい。
実際のところ、私に結婚願望がないわけではなかったのだが、結婚したいと思える相手はいなかった。
恋人ができても、結婚の話しにはならなかった。
多分、相手も私とは結婚したいと思わなかったのだろうと思う。わっはっは。
それでは、旦那とは結婚したいと思ったのかと聞かれたら答えはYESだが、
なぜ結婚したいと思ったのかと聞かれると、明瞭な答えが出てこない。
ただ、私は旦那を見た瞬間、「この人と結婚する」と思った。
だから、次の日にはにアタック。
結果、旦那と始めて会った日から3日目、交際を始めて2日目、私達の間では、既に結婚の話しになっていた。
なぜ、旦那を見て結婚の予感がしたのかは、わからない。
理屈じゃないから。
そして勿論、結婚の予感のまま突っ走ったわけではない。
予感が現実となるためには、ある「事件」が必要だった。
最初のデートで和歌山に行ったのは、旦那と出会ってから3日目のこと。
旦那の運転する車で、海岸沿いの道を走りながら、浜辺に流れてくる貝殻の話しをしていたのを覚えている。
子供の頃、家族で海に行った際の最大の楽しみは、水泳ではなく、貝殻拾いだった。
「へぇ、それじゃ海岸に出てみよか」
当時から、旦那の行動は早かった。
道の広くなっている場所に車を停めて、私を外に誘った。
そこは、道路と海岸に6メートルほどの高低差があり、海岸の道路際には岩が積み重なっていた。
つまり、海岸に下りようと思えば、岩場を通らなければならない。
しかも、道路から岩場までの高さも3~4メートルあった。
普段ならば、飛び降りることのできない高さではないのだが、その日私はヒールのある靴を履いていた。
躊躇している私を尻目に、旦那はさっさと飛び降りて、
「受け止めたるから、はよ跳んで」
と私を促してくる。
私は、脚を岩場の方に突き出す恰好で道路の端に腰掛けたまま、まだ悩んでいた。
「下手したら捻挫するなぁ。骨折するかも。最悪の場合は、転んで頭を打って死んじゃうかも」
そんなことを考えながら、下を見ると、旦那が至極真面目な表情のまま、腕を私に指し伸ばしている。
なぜだかわからないが、それを見た瞬間、
「ま、いっか」
と思ったのだ。
旦那が私を受け止めるだけの腕力を持っているかどうか、私はその時まだ知らなかったし、命の保障があると確信したわけではない。
ただ、旦那を信じて飛び降りて、もし怪我をしても・・・もし死んでも後悔しない、旦那を信じた自分を許せる、そう感じたのだ。
意を決して地面を蹴った私を、旦那はいともたやすく抱きとめた。
そしてさっさと地面に下ろすと、
「早く海岸行こ」
と、いそいそと手を引っ張る。
なんという肩透かし。
この短い時間に私には逡巡の決断ドラマがあったというのに、旦那にはなんの感慨もありゃしないのだ。
海岸には、大きさはそれほどでもないが、綺麗な貝殻がいくつも落ちていた。
「よかったな」
旦那が満面の笑みで振り返った時、私はまた、
「ま、いっか」
と理由もなく思った。
旦那のことをよくわかったわけでは決してないが、この人と共に生きると決めて、もし将来に何かあっても、この人を選んだ自分を許せるとなぜか思ったのだ。
岩場での事件は、あまりにもよくできたメタファーだった。
そして、私は旦那に結婚の話しをした。
結婚式はそれから約半年後、友人達の驚嘆の声を聞いたのは、その少し前のことだ。スピード結婚は絶対にうまくいかない、と断言した知人さえいたことを思い出す。
今日で、結婚9周年。
あの時、旦那の腕に向って飛んだ自分の決断は正しかったと思う。
そして、これからも旦那に手を引かれて人生を渡っていくだろう。
結婚生活にもいろいろある。
喧嘩だってするし、めんどくさいことも出てくるし、厄介なこともある。
でも、そんな時、私はいつも、あの海岸で旦那が見せた笑顔を思い出す。
そして、
「ま、いっか」
そう小さくつぶやくのだ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/07/2006 13:33:26
むっふっふ☆
結婚記念日おめでとうございますm(u u)m
ほんと縁とは不思議ねものですね。。。
長く付き合っても 結婚に至らなかったり
反対に
突然出会って そのまま電撃結婚!だったり。。。
うちは、お付き合いの期間まで入れちゃうと
もう、18年ほど一緒にいるので(苦笑)
かなり倦怠期です・・・(ーー;)
あ~旦那が彼氏時代の笑顔なんて思い出せない(苦笑)
-----
COMMENT:
DATE: 06/08/2006 13:46:42
ほんと、結婚って、なんていうか、タイミングとかご縁とかそういうものが大事ですよね。
うちは、ある種結婚当時から倦怠期という部分もあるというか、なんというか、結婚当初からあんまり変わらないです(笑)
18年・・・。私らの倍ですね。
その頃、私達夫婦は・・・多分、あんまり変わってないと思います(笑)
-----
--------
TITLE: 醍醐味
BASENAME: 2614319
DATE: 06/08/2006 13:22:24
-----
BODY:
私達夫婦は、しごく寝つきがいい。
一緒に布団に入ってから、約1分程、夢の世界に旅立つのは、ほぼ同時だ。
だが、夜中に私は一人で目を覚ます。
旦那の腕枕をはずすためだ。
一度だけ、朝まで目が覚めず、約6時間、夫の腕を頭の下に敷いていたことがあるが、次の日夫の腕は痺れっ放しだったようだ。
それなら腕枕をしてもらわなきゃいいではないかと言われそうだが、
夜中に旦那の腕枕をはずして軽くマッサージをするとか、
「まったくもう」
なんていいながら布団をかけたりするのは、妻の醍醐味じゃなかろうか。
夜中、なんにもないのに目が覚めたときなどに旦那を見ると、大概、布団から飛び出して寒そうに丸まってたりする。
たまたまなのか、直感なのかはわからないが、こういう時、ちょっと嬉しくなる。
いつもそばにいるからこそ、布団を蹴っているんじゃないかとか、そろそろ腕がしびれてくるころだとかを、感じとることができるんだろうか。
「夫婦」
という実感が湧いてくるわけだ。
旦那の腕をさすりながらしみじみ夫の顔を見る。
旦那は、眉の間が伸びて、平和そうな表情で寝る。
この無防備な表情を見て、何を感じるかは、昼間、どんな会話をしたかで全く違う。
喧嘩をした日、寝ている旦那の鼻ににぎりっぺをかましてやったことがあるが、この時、旦那は、「毒ガス攻撃を受けた」夢を見たらしい。
ほんまかいな(笑)
しかしまぁ、確かに、にぎりっぺを嗅いだ旦那は、苦しそうに、
「いやいや」
をしていたから、それが夢に直結してもおかしくない。
ただ、おならは自由自在に出るもんじゃないから、喧嘩する度に、こういう仕返しができないのは残念だ。
また、旦那の隣で横になる。
一度冷えた体に、旦那の体温が染み込んでくるのが、心地良いと感じる。
平和だ。なんとも平和だ。
昼間、一緒にあちらこちらと出かけたり、ご飯を食べたり、何かを話したりってのも勿論楽しいんだが、こういう感覚が夫婦の醍醐味なんじゃないかなぁ、なんて思ったりするのだ。
-----
--------
TITLE: レジュメ作り
BASENAME: 2616586
DATE: 06/09/2006 17:08:29
-----
BODY:
今日は、午後いっぱい使って、冨士登山のレジュメを作っていた。
・日程
・持ち物
・旅館や山小屋など施設の連絡先
・メンバーの緊急連絡先
・登山の平均所要時間
・見所
そういうものを、いろいろなサイトを見ながら考えて書き出して行く。
こういう作業って楽しくて仕方がないんだが、時間がかかるなぁ。
てなことで、もうこんな時間だ。
本当は、こういう机上の作業より、実践のが大事なんだけどね(^^ゞ
-----
--------
TITLE: ふんづまり
BASENAME: 2618213
DATE: 06/10/2006 10:27:10
-----
BODY:
朝、どうしても、体が目ざめないと感じることがある。
それは大概の場合、前夜に風邪薬などの睡眠薬を飲んでいたりするのが原因だが、たまに、睡眠不足なんかでも起こる。
若い頃は、徹夜しても平気だったんだが、この年になると、睡眠不足がなかなかキツイ。
そして、こういう時、便秘気味になってしまう。
普段ならば、朝、目覚めに冷たい御茶を飲むと、それだけで腸が動き出すんだけど、目覚めがうまくいかないと、うんともすんとも言わない。
かといって、出すものを出さないとなんとなく気持ちが悪いので、便器に10分くらい座ってたりする。
まずへそ周りを押して刺激する。
手の人差し指と親指の間・・・ここが便秘のツボらしい・・・を押す。
それで、「でる」場合もあるが、これを3回くらい繰り返さないといけない日もある。
これって、忙しい時にはかなり時間の無駄だ。
いそがしくても、基本、家にいる時はいいんだけど、出かけなくちゃいけないときは、大変。
外出先のトイレで10分間粘るのって、勇気がいるしね。
・・・昨日、久しぶりに、12時以降まで起きてたんで、今日はやたらと眠い。
まぁ、出かけないからいいんだけど・・・。
明日は出かけるつもりなんで、今日は早く寝なきゃなぁ。
結局、睡眠不足は、美容にも健康にも悪いんである。
-----
--------
TITLE: 布引の滝
BASENAME: 2622235
DATE: 06/11/2006 23:11:22
-----
BODY:
今日は、仕事主さんが主催する劇団のお芝居が、神戸であった。
それについては、また明日。
この舞台には招待していただいたのだが、それでもまだ、
「お芝居のためだけに、神戸まで行くのは、なんか勿体無い!」
と感じてしまうおばちゃん根性で(笑)
昼間、旦那と布引ハーブ園と、布引の滝を見物してきた。
まず、ゴンドラに乗る。
ひぇ・・・揺れる(^^ゞ
ちと怖いかも。
約10分、旦那は写真を撮るのに忙しいようなので、向かいに座ったおっちゃんと雑談。
布引の滝が、貯水池からの水によって保持されていることを教わった。
ハーブ園は、今ちょうどラベンダーの時期。
摘み取らせてもらえるようだが、すんごい列!
時間がないので、これはパス。
でも、ラベンダーの香りはいい。
スパイシーで、かつ、フルーティ(笑)
疲れた時などに、ラベンダーの香りを嗅ぐと、タイムスリップする・・・のは、筒井康隆の「時をかける少女」だけだと思うけど(笑)・・・私は、ラベンダーの香りを嗅ぐと、気持ちが落ち着く。
多分、この香りを嫌いな人は、あんまりいないんじゃないかと思う。
園を出て、滝へ向う。
私は、滝も好き。
水があれば、それだけで涼しくなるのが不思議だ。
水の飛沫が飛んで来るから、というのもあるかもしれないし、やはり、水があると周囲の気温が下がるんだと思う。
マイナスイオン云々の効能については、
「な~んか、怪しい」
と思っている疑い深い私だが、滝の清涼感と精神安定作用については、実感として頷ける。
滝の側に旦那と二人で佇む。
旦那は、写真撮影に忙しいので、私一人、滝壺の水の香りを吸い込む。
少し苔の匂いのする涼しい香り。
この香りだけを嗅いだら、なんだか寂しくなりそうだ。
「なぁ!」
旦那が叫ぶ。
「そこ、その階段あがって立って!」
なんかようわからんまま、言われた通り階段を上る。
「もう一段上!」
段差が大きいんだが、言われたまま登る。
「こっち向く!」
命令されるままにその方向を向くと、シャッターを切られる。
・・・写真撮りたかったのかよ・・・。
めんどくさいような気もするが、寂しくなりようがない生活も、悪くないかな、なんて思った。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 06/16/2006 00:33:05
布引の滝、幼児期にこの近くに住んでおりました(^^)
流れ落ちる水の音ってのもええもんですよね。
ところで側に茶店がありましたか?しばらく行ってないけどまだあるのかなぁ。たしかおでんが美味しかった記憶があります。
-----
COMMENT:
DATE: 06/16/2006 12:44:19
神戸は綺麗な町ですね。
なんというか、綺麗な町を自覚している綺麗な町っていうか(笑)
私は結構な滝好きで、暑くなってくると、ゾロ滝に行きたくなります。
赤目四十八滝・滝畑四十八滝・那智の滝・布引の滝、どれも好きですが、デートコースにするなら、布引の滝がダントツですね。
で、滝が見下ろせる場所に茶店、まだありましたよ!
何も食べなかったんですけど、山や自然の中で食べる、煮込んだおでんはおいしいですよね~。
-----
--------
TITLE: 芝居見物
BASENAME: 2622236
DATE: 06/12/2006 12:34:39
-----
BODY:
仕事主さんが主催する劇団の公演を見てきた。
「招待します」
と言わたのだが、何も考えずに会場へ行ったら、「無料招待」という意味だった。
・・・なんの差し入れも持ってってなかった・・・(^^ゞ
仕事主さんの劇団自体が、「招待公演」となっている。
つまり、その劇場から依頼されての公演らしい。
1時間ちょっとの芝居で3000円と結構な高額だが、200ほどある客席はほぼ満席。
熱心な観客も多いみたいだ。
・・・そんな中で、差し入れも持って行かずに、ただ見するのは、非常~~~・・・に、心苦しい・・・。
が、今さらどうしようもないので、開き直って胸を張って一番良いと思われる席に座っていた。
だってしょうがないじゃん。
でも、内心、「厚かましいよなぁ」とは思ってたのだ。
思ってたんだけど、開き直ってただけなのだ(何を言い訳してんだろ(^^ゞ)
お芝居の内容は、かなり抽象的なものなので、見る人によってその受け取り方は様々だろう。
舞台の上にあるのは、人の裸体の形に繰り抜かれた壁に囲まれた、赤い豪華な椅子。
それだけ。
シンプルな舞台だからこそ、登場人物の変化により、舞台の上の景色が全く変わる。
暗転するとほぼ完璧な暗闇になる劇場で、ほぼ一瞬のカットアウトの後、全く違う世界が広がっているのに、酔わされてしまう。
セリフは一つもない。
ただし、開場から閉幕まで、途切れることなく音楽が鳴り響く。
「オペラ」
なのだらしい。
多分、すべてのシーンに、さまざまなメッセージがあるのだろう。
比喩的だが、決して難しいわけではない。
どちらかというと、
「明快」
な抽象ではある。
ただ、具体的に何を表しているのかは、わからない。
受け手次第だろう。
かろうじて、「これは間違いなくこういう意味なのだろう」と確信ができるのは、赤い衣装の登場人物と青い衣装の登場人物のシーン。
赤い衣装の人物は椅子に座り、青い衣装の人物は彼女に給仕をしている。
それが、段々、青の給仕は強制的になってくる。
赤は無理やり食物を詰め込まれ、息ができない状態になり・・・そこで青が、椅子を奪おうとする・・・。
その後は、赤と青が椅子を奪い合って喧嘩を始める・・・というもの。
言葉にすると陳腐なんだが、ダンスと音楽にあわせると、これが、
「美しい」
のだから、不思議。
ダンサーの質が高いんだろうけど、思いっきりジャンプして、座った姿勢で着地・・・って、簡単そうで、私にはまずできない。
手足をバタバタさせたまますごい勢いでバックして壁にぶつかる、とか。
不自然な姿勢のまま静止して微動だにしない、とか。
そういうダンスの質の高さに裏づけされてるからこそ、明快な寓意が生きるんだろうな、と思う。
明快な風刺を下手糞なダンスで表現された日にゃぁ、陳腐で滑稽で、耐えられないだろうと思う。
で、なぜ、このシーンについての意味が確信できるかというと、このバックミュージックに、玉音放送の一部が使われていたからだ。
玉音放送とは、終戦の時、天皇陛下が、「終戦」・・・といえば聞こえは良いが、つまりは、日本が敗戦国になったということを宣言をしたもの。
教科書で習ったと思う。
「耐え難きを、耐え、忍び難きを、忍び」
という文句は有名だろうと思う。
単語一つひとつ、を丁寧に、噛み締めるように発しておられるのが、印象深い。
無機質とも聞こえる声の奥に万感の思いを感じる。
もちろん、戦争は過ちではなかったなどという暴言を吐くつもりはない。
ただ、昭和天皇という一人の人物の一生を思うとき、この宣言には「音楽」を感じるのだ。
あくまでも、「昭和天皇」を思うときなんだけど。
横道に外れたが、そういうわけで、多分、この赤と青の戦いは、二つの勢力による戦争だろう。
ただ、それぞれの登場人物が何を表しているのかはわからない。
太平洋戦争だとしたら、赤は、日本・ドイツ・イタリアの敗戦国、青はアメリカ・イギリスなどになるのだろうか?
だとしたら、赤が食べさせらていたものは、一体なんなのだろうか?
別のシーンでは、例えば、椅子にけだるそうな表情をした人物が座り、指先で何かを描いている。
その前では、複数の人物が、何かに操られるように、体をくねらせ続けている。
椅子は、某かの権力なのだろう。
そして、人々はそれに操られ、滑稽な動きを余儀なくされる。
仕事主さんは、それを是とも非ともしていないのだろう。
ただ、「こういうものなのだ」と伝えているように見える。
でも、私は、そこに人間の意志が少しでも反映される限り、それは、愛しく美しいと思う。
喩え、「歯車」と呼ばれ(歯車でさえないという話しもあるけどね・・・歯車はひとつでもかけたら全体に支障があるからさ・・・)、社会的に見ればなんの力も持たない人間であっても、その小さな力を自分のほんの小さな世界の中で振るっている限りは・・・、その人間の営みは、なにかしら美しく、いじらしい。
それが個人的に見れば、醜悪だったり、害であったりする場合でも、人が人として生きたいと願い、人として悩み・苦しみ・行動している姿は、やはり美しいのだと思う。
・・・思っていたら、いつの間にかお芝居は終わっていた。
せめて、感想くらいはちゃんと言わなきゃならないんだが・・・。
ロクなことがいえないなぁ(^^ゞ
どうしよう。
-----
--------
TITLE: 膝痛
BASENAME: 2622237
DATE: 06/13/2006 12:39:48
-----
BODY:
布引ハーブ園から坂を降りただけなんだが、膝を傷めてしまった。
安静にしていたので、平地を歩く分にはなんでもなくなったが、
階段を降りるのが辛い。
ので、だらだらしてたから・・・。
体重を気をつけねば。
もちろん、体操はしてるんだけど、気持ち的に
「だらだら」
がいかん。
つまり、きっちり食事制限する生真面目さまでだらけてしまうからだ。
心がだらだらだったら、体もだらだらしちゃう。
いっか~~~~んっ!!
つぅことで。
気合入れなおします。
今日はちゃんとした距離を歩こう。
-----
--------
TITLE: つばめ
BASENAME: 2622238
DATE: 06/14/2006 12:44:47
-----
BODY:
巣の中にいるのは、雛鳥達。
親鳥が近づくと一斉に口を開けて大騒ぎするのが、元気でいいというか、食いしん坊だなぁというか(笑)
親が運んでくるのは、小さな小さな虫なようで、私の目でははっきりと確かめられない。
なんにせよ、かなりの頻度でえさを運んでくるのがわかる。
1分に一度は、巣に戻って子供にえさをあげているように見える。
ということは、1分に一匹、虫を捕まえなければいけない計算になる。
これは大変だ。
チュッチュが雛の時のことを思い出す。
文鳥は雑食だが、主に穀類を食べる。
成鳥になった今は、粟やカナリアフードなどがミックスされた穀類と、ボレー粉、小松菜、塩土を食べているが、雛の時は、いわゆる「粟玉」というものを食べていた。
これは、粟に卵をまぶしたもので、これを水にといて、
「育ての親」
という器具で口の中に突っ込んでやるのだ。
眠っていても、「育ての親」で粟玉をかき混ぜていると、その音をききつけて目を覚まし、大騒ぎをしたことを覚えている。
子供の頃から旦那の手の中が好きで、旦那の手の中でうとうとしている時に、私が手を出すとものすごく怒ったのだが、そんな時でも、粟玉をかき混ぜる音が聞こえると、大騒ぎをして飛び出してきたもんだ。
・・・ほんまに食い意地がはっている・・・
まぁ、とにかく、文鳥の粟玉は、ペットショップで買ってくれば良いが、つばめのお母さんが運んでくるのは、自前調達だ。
こりゃ、本当に大変だと思う。
動物にとって、次世代を残すというのは、自分の命を削るということに等しいと思う。
「明日を作る」ためには、自分を犠牲にする場面が多少なりともなくてはいかんということなのだろう。
そう考えると、私は、なんのために、どこまで自分を犠牲にできるかと思う。
・・・う~ん。
今日の晩ご飯には、いつもより手間と時間をかけようかな(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 梅雨
BASENAME: 2622239
DATE: 06/15/2006 16:48:33
-----
BODY:
梅雨らしい天気になってきた。
6月から7月にかけての長雨を梅雨という。
梅の花が咲くのは2月なのになぜ?
と思っていたら、梅の実のなる時期に降るから梅雨なんだらしい。
つまり、梅とは、花よりも実の方が重要な樹なのだ、ということだろうか。
食いしん坊だなぁ(笑)
雨はいやだが、家の中から見る雨は悪くない。
あじさいが水に濡れて艶を増すのも楽しいし、
でんでん虫などの、雨特有の「見物」もある。
蛙だって、晴れた日の土の上で見るよりも、雨の日草の上で見るほうが情緒がある。
そして、何より私は、濡れた土の匂いが好きだ。
人がいろいろなものを作り、燃やし、もしくは消化し、そして捨てる。
それを微生物が分解する。
大から極小へ、そしてもっと小さく・・・。
不思議な移行を経たものを、土は含有し、それをなお醗酵させている。
多分、その匂いが好きなのだろう、私は。
雨の日、窓を開けたまま、寝転がって本を読む。
雨の音と土の匂い湿った柔らかい空気、聴覚・嗅覚・触覚に心地よい。
もうそれだけで十分なのだが、もう一つ贅沢をして、暖かいコーヒーを淹れる。
これで、味覚も満足。
五感すべてを満足させたくなって、活字から目をそらし、壁の絵をぼ~~~っと眺める。
意識が遠くなる。
・・・という経緯で、今まで昼寝をしてしまったんでしたとさ。
あぁ、満足満足(笑)
-----
--------
TITLE: スィーツ
BASENAME: 2622240
DATE: 06/16/2006 12:51:57
-----
BODY:
私は、甘いものが苦手。
昔は好きだったんだが・・・酒を飲むようになってからかなぁ、チョコ一粒で、口の中が甘あまになるようになってしまった。
ケーキなどは、3口くらいでギブアップ。
ただ、カスタード系・・・シュークリームやプリンとか、チーズケーキは、1切れ丸ごと食べられるので、「ほんまに甘いものが苦手なんか?」と聞かれたら、ちょっと自信がない。
苦手な甘さとそんなに苦手でない甘さがあるようだと思う。
チョコだって、苦手だと言いつつ、たまに一粒だけ食べたくなる時があったりするし。
というわけで、私は、甘いものは、旦那が食べているのを横から一口もらう、という形で食べることが多い。
ところで、最近、「ハイカカオチョコレート」というのが流行している。
チョコのうち、カカオ成分が72%だとか、85%だとか。
それだけ、「混ざり物」が少ないということで、もちろん、ミルクは入ってない。
カカオポリフェノールがたっぷり入っているので、お肌に良いらしい。
これが・・・・・・う・・・・うまいじゃん。
後口が全く甘くない。
これなら、板一枚食べられてしまう。
うわ、カロリー高っ!!!!!
でも、今、これにハマっちゃってるんである。
一日、最高でも3山と決めているが、1週間に3日くらいは食べてしまってる気がする(^^ゞ
明治の86%カカオはかなりおいしかった。
ロッテの72%と85%も、GOOD!
でも、やっぱり、85%の方がいける。
今は、ロッテの85%のアーモンドチョコを食べている。
ロッテアーモンドチョコは、アーモンドがカリカリしててうまいなぁ。
おつまみアーモンドは、なんか湿気てるけど。
でも今のところ、ロッテの85%(アーモンドなし)が一番お気に入り。
で、だ。
明治の72%はまだ食べてないけど、どうせ86%より甘いだろうからパスするので、次は、いよいよ・・・
明治の99%カカオチョコレート!!
いや~ん、楽しみ~~~。
ということで、今食べているのがなくなったら、これに行きます。
これ、流行が終わったら寂しいかもしれないなぁ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/16/2006 17:05:22
我が家の旦那も大ハマリしております(笑)
99%・・・いっちゃいましたよ~♪
私と子供たちも旦那から騙されて口に放り込まれました。
でも、完食できたのは私だけ・・・
子供たちは絶叫とともに吐き出しました(苦笑)
私も大人じゃなかったら吐き出してました。
あれはチョコではありません。(--)
でも、のりちゃんさん・・・「あら?美味し♪」って食べてそうです。←勝手な想像です。
-----
COMMENT:
DATE: 06/16/2006 20:25:44
99%、絶叫モノですか(笑)
チョコって、もともとスパイシーな飲み物だったと言いますが、今、チョコといったら甘いお菓子ですよね。
甘いチョコもおいしいと思うときはあるんですけどね・・・。
う~ん、86%くらいが一番いいのかも。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 06/16/2006 20:51:08
ん~~
そうですね~
ほんと86%ぐらいで止めておいたほうが・・・(苦笑)
でも・・・きっと、いっちゃうでしょ?(笑)
また感想をブログでお待ちしています。
-----
--------
TITLE: ちょこっとお知らせ
BASENAME: 2622241
DATE: 06/17/2006 08:44:37
-----
BODY:
バタバタしておりますので、しばらくコメントを封印します。
すいません。
ブログは、一応営業のつもりもあるんですが、だんだん
「ど~でもええ話し」
になってきてしまって、ちっともネタになっとらんので、反省(^^ゞ
少し、腰据えます。
-----
--------
TITLE: 津風呂湖の雨
BASENAME: 2622242
DATE: 06/17/2006 18:30:59
-----
BODY:
津風呂湖に着いたのは、お昼過ぎ。
細い、線状の雨が周囲の景色を透明なものに変えていた。
「母なる海」という言葉がある。
確かに、多くの生命は海から生まれた。
人間の祖先も海からやってきたのだろう。
その証拠に、涙・汗・血液、人間の体液はどれも海の水の味がする。
しかし、海を母に見立てるのは、決してそればかりが理由ではなかろう。
大きく、安定し、いろいろなものを内包する海は、自分のすべてを受け止めてくれる母のイメージと重なるのだ。
湖はそれほど大きなわけではないが、海の母なるイメージとどこかで重なる。
富士山の裾野にある八つの池、これを称して、「忍野八海」と呼ぶ。
海と池や湖は、全く別物ではないのだ。
湖や池は、水に味がない分、優しさが増してさえ感じられる。
海が「肝っ玉母ちゃん」ならば、湖や池は「日本の古風な母親」を思わせる。
海も湖も、目に見える流れはない。
しかし、実際は、決して「動かない」わけではない。
海流・水流は勿論のことだ。
例えば、富士五湖も湖底では繋がっているのではないかと言われている。
山中湖で沈んだものが、河口湖に浮かぶこともあるかもしれない。
しかし、水の流れはそれだけではない。
湖面の水は太陽に温められ気化し、天空へと上昇する。
そして、それは雲となり、どこか遠くの国へ運ばれ、いつか地面に降り注ぐ。
そして、今、どこからか運ばれてきた雲から降り注ぐ雨が、この細長い湖に流れ込んできているのだ。
雨を受け入れる湖面を見詰めていると、不思議な気持ちになる。
雨はどこまでが雨で、どこから湖水になるのだろう・・・と。
私は、10代の頃、
「水のように生きたい」
と願っていた。
水は自由だ、と思っていた。
コップに入れられれば、コップの形に、花瓶に注がれれば花瓶の形に。
言われるがままの姿にその身を変じる。
しかし、水は捕らわれたわけではない。
「耳袋」に、玉石についての記述がある。
水を閉じ込めた石のことで、その水の中には魚も住んでいる。
石を割らぬように薄く薄く磨き上げていくと、透明となり、中で魚が遊ぶ様子を眺めることができるというものだ。
石の中では酸素が続かないだろうから、魚が住むことはさすがに難しかろうが、水を閉じ込めた石というのならば、実際に存在する。
少し大きな、天然石の店に行けば見つけることが可能だろう。
しかし、そんなに長い間石の中に閉じ込められた水でさえ、自由だ。
水は死にはしないからだ。
その永遠の寿命の中では、石の中で遊んだ時間は、一瞬と感じられるだろう。
いずれは、その石は割れ、水は本来の自分の姿・・・形なき流れ・・・に戻るのだ。
人は滝壺の上に立つと恐怖を感じるが、そこを流れる水流は、決して恐怖を感じない。
ただ、流れに任せて、上から下へと移動するだけなのだ。
どの場所にいても、自分の身をその形に合わせ、しかし本来の自分を失うことなく、解き放たれれば世界を飲み込むほどの力を持つ。
私はそんな水になりたいと、願っていた。
しなやかで、自由でありたかった。
目の前で、雨粒が湖に飲み込まれていく。
雲から解き放たれ、地面へ、湖へとほんの短い間の旅をする。
流され、気体となり、また、雲となる。
「水」の、うんざりする長い歴史の中で、同じことを何度繰り返すのだろう。
ふと思う。
私は既に、「水」なのかもしれない、と。
世の流れに流されて、時間の流れに流されて、解き放たれ、受け入れられ、旅立ち、形を変えながらも、本質は変わらない。
横に立つ旦那の表情を見る。
この人も、この人なりの水の旅を繰り返しているのだろう。
津風呂湖に雨が降る。
雨粒が湖に姿を変じる時、ツプンとも、パチンとも聞こえる小さな音をたてる。
耳を澄ませていると、そのささやかな音が、変身の期待に胸を躍らせる少女の、柔らかい歓声のようだと思った。
-----
--------
TITLE: 鮎の塩焼き
BASENAME: 2622243
DATE: 06/18/2006 14:16:00
-----
BODY:
私にとって、何よりも好きな食べ物。
それが、鮎の塩焼きだ。
鯖の塩焼きではなく、鯵の塩焼きでもなく、鮎の照り焼きではなく、鮎の味噌煮でもなく、ましてや秋刀魚の蒲焼では断じてない。
鮎の塩焼き。
鮎 の 塩焼き
だ。
5月ごろからスーパーでは養殖の鮎が一尾200円程度で売られている。
それを購入してきて、自分で塩を振り、ガスレンジで焼く。
うん!
十分うまいじゃん。
私は肉類よりも魚介類の方が好きだ。
ステーキも嬉しいが、刺身はもっと嬉しい。
カキフライや鮎の塩焼きだったら、もっともっと嬉しい。
ただ、カキフライと鮎の塩焼きのどちらが好きかといわれたら、断然鮎の塩焼き。
カキフライは、5粒~10粒で満腹。
それ以上は欲しいと思わない。
カロリーオーバー気味の時ならば、4粒で我慢することもできる。
が。
鮎の塩焼きはあるだけ食べる。
カロリーなんか、全く気にせず食べる。
なんぼでも食べる。
咽喉が渇いても食べる。
それくらい好き。
日本酒かビールでお風呂あがりにかっこむ。
極楽!!!!!
他のものだったら、
「風呂上りに食べたら肉がつく!」
と思うところだが、鮎の塩焼きならば、体重を絞っている現在でも、気にせず喰う。
あるだけ喰う!!
さて、そんな生活の中、昨日は吉野に行ってきた。
津風呂湖の側に、鮎の塩焼きの屋台があるのだ。
ここは1尾500円。
当然天然モノ。
デカい。
炭火焼。
そしておっちゃんの愛想が良い。
でも、今年の私は、
「スーパーの鮎でも十分うまいじゃん?」
と、鮎漁解禁早々は動かなかった。
時間ができたので、まぁ、とりあえずは出かけようか。
近所に参拝したい神社もあることだし。
そんな感じだった。
雨だったが、屋台には何人かが集まっている。
去年はおっちゃん一人だったが、今年はおばちゃんも一緒だ。
おばちゃんに、
「鮎4尾ください!」
とお願いして席に座ると、
「2尾ずつ?」
と聞かれるので、
「3尾と1尾です」
と答えると、おっちゃんが振り返り、
「去年もきなさったやろ」
そう。
去年、おっちゃんは、
「4尾ください」
とお願いしただけで、それ以上何も説明しなくても、私に3尾、旦那に1尾運んできてくれたのだ。
まず私と旦那に1尾ずつ。
私と旦那が食べ終わると、私にまた1尾。
そしてまた私が食べ終わるとまた1尾。
そんな風に、「正確に」食べる人間のところに運んできてくれた。
おっちゃんの目には、「鮎好き」のマークが顔に出ているのが見えるらしい。
おばちゃんが運んでくれた鮎の腹にかぶりつく。
ああ、スーパーので十分うまいなんて思ってた私は、なんてバカ!!!
不覚!不徳の至り!!間抜けにも程がある!!!
両の拳で自分の頭をポカポカ殴りたいくらいうまい。
まず、内臓がサクサクしていて、香りが良い。
ほろほろとした肉と口の中で一緒になって、鼻から香りが抜けていく。
ほんのりした甘みと食感。
大体、ガスレンジで焼いた鮎の骨は食べられないが、炭火焼の鮎は、骨までサクサクとおいしい。
「んっま~~~~~い!!!」
思わず大声をあげると、おっちゃんが、もう1尾、次の鮎を持ってきてくれた。
「これ、食べてみ?全然違うから。小さいけど、味が全然違うから」
食べてみると、まず、骨が柔らかい。
全く舌に触らない。
そして、内臓に匂いが全くない。
私は内臓の香りが好きなので、ちょっと物足りない感じだが、肉の味は一際上品だ。
おっちゃん曰、
「違う育ち方をした鮎」
なんだそうだ。
大きくならないので、商品としては出せないとのこと。
「次に来るときは何時ごろに着くか前もって電話して。焼きたてを食べさせるから」
と連絡先のメモをもらい、屋台を後にした。
帰りの車の中も、鮎の余韻が残る。
香りの余韻と、そして・・・咽喉の渇きだ(笑)
でも、まだこの倍は入るぞ!
夏は鮎のために貯金しなきゃなのだ。
-----
--------
TITLE: 黒い悪魔
BASENAME: 2622244
DATE: 06/19/2006 13:45:12
-----
BODY:
今日は、写真を用意する気にもなれない、「アレ」の話し。
名前を出すのもいやなので、「アレ」とだけ言っておきたい。
アレ、夜行性で、かさかさ音をたてて動く、アレ、だ。
そう、あの、黒い悪魔、だ。
アレを好きな人もいるらしい。
なんでも、アレをペットにして、体を這わせたり、舐めたりするらしいが・・・。
いやまぁ、人の好みや趣味はそれぞれなので、それを批評するつもりはサラサラないんだけども・・・。
旦那がそんなことを始めたら・・・発狂する(T_T)
が、冷静に考えてみると、アレは、それほど生理的嫌悪感を催させるものだろうか?
まったりした黒い羽根は、薄くてピカピカしているし、
細長い楕円形のフォルムは、スウィーティと表現しても良いほどだと思う。
そういや、昔、
「アレを見たことがない北海道の人が、初めてアレを見た時、『タマムシのような美しい虫』と表現した」
という噂を聞いたことがある。
個人的に言えば、タマムシのドギツイピカピカぶりより、アレのなめらかな絹のようなツヤツヤぶりの方が上品だと思う。
が、アレが出た途端、
「ンギャ~!!」
と思ってしまうのは、なぜだろう。
高校生の時、友人と二人で、
「なぜ、アレは神格化されないのか」
と討論になったことがある。
カラスや蛇などの、「嫌われ者」は、神となっている。
八咫烏はサッカーで有名になったが、神武天皇を先導した道案内の神様だ。
蛇は三輪の大物主命の正体でもある。
カラスは太陽と関連づけられている。
朝鮮半島では、太陽の中に三本脚のカラスがいると考えられていたし、ギリシャ神話でも、太陽神アポロンのペットは銀色のカラスだった。
それで、太陽の使いとして、カラスは神格化されたのかもしれない。
蛇は田の害虫を食べるから、田の神として神格化されたのかもしれない。
が、アレだって、多産なのだから、多産の神とされてもおかしくないのではなかろうか。
エジプトでは、「再生」の象徴・神としての、スカラベがいる。
スカラベといえば綺麗だが、日本語で言えば、「フンコロガシ」だ。
つまり、フンコロガシは、一度死んでも、転がしているフンの中から再生する・・・と考えていたらしい。
なぜだ?
丸まっているものが、フンだとは知らなかった・・・ってなことはないだろうから、栄養価のたっぷりあるフン玉は、「卵」を連想させたからかもしれない。
つまり、アレだって、神格化される資格は十分あるはずだ。
最初は雑談だったものが、友人も私もムキになる性格なので、
「あ~でもない」「こ~でもない」
と言っているうちに、熱くなってしまった。
場所が電車の中だったので、周囲の人はさぞかし迷惑だったろう。
しかし、私達の結論は、
「アレが神格化されないのは、変だ」
だった。
そう思うのに、アレが出ると、咄嗟に新聞紙を丸めて叩いてしまうのは、なぜなんだろう?
私なりに考えてみた。
・・・・・・・。
つまり、つまりだな。
触覚と脚だ。
あの、おっさんの剛毛脚を連想させる、黒くてごつくてトゲのあるあの脚と、長くてなんとなく汚れた感じのするあの触覚がいかんのだ。
それに、あのきたなっぽい脚は、細菌をくっつけて動き回る、それがいかんのだ。
ゴ・・・いや、アレは、進化し続けているという。
毒の耐性は高まり、寒さにも強くなってきているという。
そんなことより、脚と触覚をなんとかする方向で進化せんかいっ!!!
細くてスラリとした透明で除菌力のある脚と、短くて太い、カブトムシのような触覚を持つに至れば、アレだって、愛されるかもしれないのだ。
いや、アレばかりに変われというのは酷ならば、脚に除菌力を持つようになれば、私たちだって、脚と触覚の姿かたちは好きにならないでもないんだぞ。
人間だって、傲慢ではないのだからして。
人間とアレの共生できる未来。
悪くないじゃないか。
フンバレ、ゴ○○○、がんばれ○○○リ!!!
-----
--------
TITLE: 対策
BASENAME: 2622245
DATE: 06/20/2006 17:20:45
-----
BODY:
「本社に連絡しておきます」
ってセリフは無敵かもしれない。
特に、それなりにしっかりした会社の場合は。
最近では、宅配便も、「隣家預かり」はなくなったが、昔はそれが当然だった。
一人暮らしで、働いていた私は、お隣に世話になりっぱなしだったので、届け先を指定できる場合は、職場にしていた。
だから、お届け時間指定サービスができたときは、喜び勇んでそれを利用したもんだ・・・が、配達員さんも、時間通りに届けるのは大変なんだろう。
夜間を指定していても、昼間に隣家に預けてあることが何度か。
それが続いたので、運送会社の担当支店に電話をした。
電話口の女の子が、
「時間指定は無料のサービスですし・・・」
と不満そうだったので、
「わかりました。では本社に苦情を申しますので」
と言うと、あわてて支店長が対応に出て、その上、菓子折りまで持ってきてくれた。
職場で、あるコンピーター会社のパソコンだけを扱っていた時。
修理に来た、SEさんが、端末操作に必要なIDカードを持って帰ってしまったことがあった。
その日中にせねばならない処理に、このカードは絶対必要だったので、すぐに持ってきてもらうように連絡したが、結局時間内には届かなかった。
文句を言うと、
「タクシーまで使って届けたんですから」
といわれたので、この時は、本社に書面で苦情を言ったら、やっぱり菓子折りを持って担当の部長がやってきた。
ここまでは、本当に苦情を言うべき問題。
が、最近は、銀行や生命保険会社の電話の営業には、これを使っている。
「顧客の個人情報を、このように営業に使われるとは、心外ですね。本社に苦情を申します」
と(笑)
んなわけで、最近は、銀行からや生命保険会社からの営業はまったくなくなりました。
ただ、この手法、もともと怪しげな団体にとっては屁でもないことなんだなぁ。
根本的解決にはならぬのであった。
-----
--------
TITLE: 汗
BASENAME: 2622246
DATE: 06/21/2006 12:36:17
-----
BODY:
私は汗かきなので、夏、少し出歩くと、顔が汗でびっしょりになる。
あと、わきの下と、背中。
体の前面はそれほど汗をかかないような気がする。
汗を全くかかない人っていうのもいる。
涼しげだが、本人は結構ツライらしい。
人間の体にたまった老廃物は、尿や便からも排出されるが、汗としても排出されているらしいから、当然かもしれない。
だから、汗をかくときは、思い切り汗を流すようにしているんだが・・・。
失敗して流す汗ってのは、どうにもこうにも・・・。
流しきってしまうまでとまらないだろうから、汗、かききります。
-----
--------
TITLE: 梅雨本番
BASENAME: 2622247
DATE: 06/22/2006 15:42:22
-----
BODY:
今日は本格的な雨。
膝を傷めているし、雨もひどいので、買い物はそこそこに帰ってきた。
アジサイと雨は好相性なのだが、こう激しい雨だと、花びらが雨に打たれて、風情がぶち壊されてしまう。
蛙が鳴いても、雨の音に消されてしまう。
雨は、小雨程度だからこそ風情を感じさせるのだろうと思う。
雨の日、川のうねりを見ていると、不安になる。
流れが激しくて、大きな音をたてるので。
晴れた日の川ならば、そこで遊ぶこともできるだろうけれど(大腸菌の心配は別として)、雨の日の流れは、驚くほどに激しいんだろうと思う。
雨。
私達人間にとって、それはなじみのものだから、それが、人を殺すほどのパワーを持っているなどとは普通考えない。
ノアの教訓は、「神話の世界のこと」と思われていると思う。
雨の日の川は、そのことを実感として考えさせられる。
今日からしばらくは雨。
洗濯物は乾かない。
雨の日しかできないことを片付けるか・・・と、未読の本を積み上げてみる。
なんで、雨の日って、こんなに眠いんでしょうね。
3ページも読まないうちに、睡魔に負けてしまったのでした。
-----
--------
TITLE: あじさい
BASENAME: 2622248
DATE: 06/23/2006 12:13:41
-----
BODY:
「移り気」
なんちゅう失礼な花言葉か、と。
中学生の頃、花言葉に凝ったことがある。
大概は、その花の印象に由来するものか、神話に由来する。
例えば、「わすれなぐさ」。
この花を摘もうと川に流された男性が、恋人に向って、
「私を忘れないで」
と叫んだという伝説があるらしい。
ので、名前が「わすれなぐさ」
花言葉は、「私を忘れないで」
ベタである。
ヒヤシンスの花言葉が、「運動・遊戯」であるのは、ギリシャ神話に由来する。
アポロンの寵愛を受けた、ヒュアキントスは、競技場にてアポロの投げた円盤が頭にあたり絶命する。
だから、名前が「ヒュアキントス=ヒヤシンス」
花言葉は、「運動・遊戯」
となるわけだ。
形に由来するのは、例えばオダマキがある。
花言葉は、「愚か者」。
その形が道化師の持つ杯に似ているかららしい。
これまた失礼な花言葉ではある。
しかし、花言葉の一覧を見ていると、
「使いたい」
と思わせるようなものがさまざまある。
例えば、パンジーの花言葉。
「私のことも考えて」
片思いの人に、何も言わずにパンジーの花をそっと差し出す・・・
な~んてことを、あと20歳ほどわかけりゃ、やってみたい。
確か、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」では、パンジーは媚薬として登場したはずだ。
意中の人が寝ている間に、瞼にパンジーの汁を塗ると、目を開いて最初に見た人を好きになる。
ので、パンジーの汁を塗った後は、トイレにも行かずにその人がおきるまで目の前に顔を突き出して待ってなくてはいけない。
あぁ、大変。
まぁ、それは良いとして、「私のことも考えて」という花言葉と、媚薬としての作用。
パンジーは、恋する人に対して何か働きかけるものがある花なのだろう。
さて、話しはアジサイに戻る。
アジサイは土が酸性かアルカリ性かによって、色が変わる。
だから、「移り気」というのだろうが・・・・・なんか、違ってない?
アルカリ性の土壌ならばピンクの花を咲かせ、
酸性の土壌ならば青い花を咲かせる。
それは移り気なんじゃなくて、従順という方がイメージに合うんじゃないだろうか。
花言葉も、
「あなたの色に染まります」
の方がシックリくる。
これからしばらくアジサイの美しい季節だ。
来週の木曜日あたり、雨が上がれば、どこかにアジサイを見に行こうと思う。
-----
--------
TITLE: 蛍
BASENAME: 2622249
DATE: 06/24/2006 23:36:53
-----
BODY:
蛍の寿命は約1年。
成虫になってからは、長くて2週間ほどの命だと言われている。
成虫となったホタルは、あわただしく生殖をし、そして、死ぬ。
不思議な気がする。
たった2週間のために、このような姿に身を変えるのは何故なのだろうか?
幼虫の形のまま生殖をするというわけにはいかないのだろうか?
旦那の家族と一緒に、ホタルを見てきた。
澄んだ川の上で舞うホタルは、淡く、鮮烈で、そして、幻想的だ。
光っているのは雄。
パートナーとなる雌を引き寄せるために、彼らは命の炎を燃やしているのだから、その光が幻想的になるのは当然かもしれない。
ホタルは死人の匂いがする、などという。
確かに、その光は、死への予感を感じさせる。
ホタルは光ることによってパートナーを得、生殖の後、死ぬのだ。
「ホタルの成虫の命は短い。だから慌てて生殖をする」
私はそう教わった。
しかしそうだろうか。
成長の遅い幼虫は、2~3年生きることもあるらしい。
つまり、ホタルは成虫になりさえしなければ、死ぬことはない、ということかもしれない。
成虫も・・・もしかしたら、生殖行為さえしなければ、死ぬことはないのじゃなかろうか。
天保算にあるアイマックスシアターで、ある種のいかについての映像を見た。
彼らは群になった後、雌は産卵をし、すぐに死する。
そして雄もまたそこに自分の精子を振りまくとすぐ、絶命するのだ。
ホタルも・・・生殖行為を終えたために死すのではなかろうか。
ホタルがなんのために成虫になるのか。
それは、
「恋をするため」
に他ならないのだ。
自分に最適のパートナーを見つけ、そして恋をする。
恋をしたら、彼らは死ぬ。
ホタルの幼虫に数字的な「寿命」はない。
ホタルの幼虫は、「成虫になるまで」生きるのだ。
つまり、彼らは、「成虫になるため」に。
「恋をするため」に、生まれ、育っているのだ。
そう考えると、黄色く淡い命の炎が、優しく、暖かく、切なげに見えてくる。
多分、すべての生命は、恋のために生きているのだろう。
-----
--------
TITLE: 研究会、そして旦那
BASENAME: 2622250
DATE: 06/25/2006 19:38:09
-----
BODY:
今日は、史学研究会の日。
代表の先生が「平安時代の天体観測」についての発表をなさるということで、
「旦那さんに是非きてもらってくださいね!」
といってくださっていた。
というのも、旦那は人工衛星やロケットのプログラムに関わっているので、天体とは関係が深いからだ。
歴史的なアプローチはできないだろうが、天体の動きについては、一応、「プロ」ということになる・・・らしい。
・・・れにしても・・・。
うちの旦那は、まったく図太い。
長く民俗学の道を学び、様々な成果を出しておられる先生に、
「先生、これについての意見を聴かせてください」
といわれて、全く動じないというか、いつも通りというか・・・。
しかも、それに対する応答が、
「大体合ってます」
って、よくもまぁっつおうかなんというか。
正直、横に座っていた妻は小さくなりっぱなしなのであった。
似たような事例は他にもある。
もう随分昔の話しだが、少し田舎の人通りのない道を旦那の運転で走っていたら、前を2台のスクーターが2人乗りで蛇行運転していた。
確かに、危ないのだが、普通の場合、道を変えるなどの対処ですませてしまうと思う。
相手は20代半ばくらいの男性4人。
こちらは2人、しかも私は女だ。
勿論、ちゃんと注意するのが正しいのかもしれないが、逆恨みされて攻撃された時、それに対処する方法がないならば、注意するのは危険。
それは、意気地のないように見えるかもしれないが、間違った対処ではない、と私は思う。
が、旦那は普通ではないのである。
なんの躊躇もなくパッシング。
当然、前の兄ちゃんはスクーターを停めて、こちらへやってくるわけである。
「あぁん?なんやこらぁ?」
と。
旦那は、ふつうに、
「あぶない」
兄ちゃん、
「あぁん?なんやとぉう?」
旦那(聞こえやすく、はっきり、ゆっくりと
「あ・ぶ・な・い」
兄ちゃん
「おぅ、そうか」
とまたスクーターの後にまたがり蛇行運転をはじめ、携帯でどこかにかけ始めた。
旦那は
「危ないのになぁ・・・」
とため息をつき、彼らを抜き去った・・・。
抜けるんなら最初から抜けばいいと思うんだが、
「危ない」
と思うと、そういう反応をしてしまうらしい。
妻の身になってください(T_T)
今日の場合は、その相手のタイプは全く反対。
本当に実力のある方に対して、「素」で応対してるわけだが・・・。
蛇行運転の兄ちゃんに対して「素」であった時より、もっとずっと、妻はうろたえてしまったのであった。
-----
--------
TITLE: シンボル
BASENAME: 2622251
DATE: 06/26/2006 18:19:07
-----
BODY:
急いでダヴィンチコードを読む必要が出きたので、急ピッチで読んでます。
まだ上巻の半分ほどなのだが、シンボルを中心に話しが進んでいる。
シンボルというのは地域、歴史によって、意味が変わる。
例えば、蛙を見て、どんなイメージを持つだろうか?
キリスト教では、カエルはあまり良いイメージはないように思える。
ブエルというのは蛙の姿の悪魔だ。
蛙の目は悪魔の目だという。
しかし、キリスト教で、蛙を悪魔呼ばわりしているということが、本来、蛙がどこかの地方のアミニズムにおいては豊穣の福神だったのではないかと思ってしまう。
キリスト教の宣教師は、崇拝される神を「悪魔」とすることによって、布教をした・・というのは、どれほど正当な主張なのだろうか。
しかし、ヤギの姿をした禍々しい悪魔の名を「バフォメット」と聞いては、
「そうなんだろうなぁ」
と思わざるを得ないように思う。
バフォメット・・・マフォメットのことなんだろうけど・・・。
あからさますぎて、笑う気にもなれない。
アシュタロト・フレイヤなどの豊穣の女神も魔女とされてしまっている。
確かに、布教のためには、彼らが崇拝する神を悪魔とする手法はてっとり早いだろうと思う。
だから、蛙も・・・もしかしたら、もともとは、人々に豊穣の象徴だったのかもしれない。
何しろ彼らは田の守り神なのだから。
縄文土器には、蛙の飾りがついたものがいくつかあるらしい。
私が目にしたのは、一つだけだが、シンプルな装飾で愛らしい。
縄文人は、蛙を愛したのだろう。
結局、シンボルがシンボルとして意味を成すには、それを見る人間の間に、共通のある認識・知識が必要であるということになる。
二人だけの思い出なんていうのも、これは、ある意味、「シンボル」だ。
例えば・・・いい例が浮かばないけれど、落としたノートを拾ってもらったことが恋の馴れ初めだったりした場合、
二人にとって、そのノートは恋のシンボルだろう。
それとは別に、何の予備知識もなくても、それを見て、同じものを連想してしまうということがある。
例えば、西洋絵画において、リュート・・・つまり、ある楽器がシルクロードを西へ伝わればリュートと呼ばれ、東に伝われば琵琶と呼ばれるわけだが・・・、これは、
「女性器」
をあらわすらしい。
と、リュート奏者のご主人を持つ先輩から聞いた。
その先輩はリコーダ奏者で、リコーダ・・・つまり縦笛は、女性器と相対するものの象徴なのだそうで、
「うちは男女逆転」
と笑っておられた。
で、これは、見る人間にとって、それほど無理のない連想ではなかろうか。
弁天さんが琵琶を持っているのも、「女性器」であるからではないかと思う。
しかしこれにしても、「琵琶を女性器になぞらえて描かれている絵画がある」という予備知識があって初めて、「あぁそうか」と思うレベルのことだ。
つまり、シンボルは、部外者に悟られないための工夫だったということだろう。
「シンボル」の多さは、部外者に知られてはいけない事象が、それだけ多かったということではないかと思う。
それを思う時、何もかも、言葉で説明を受けることができる現代について、
「平和だな~」
と。
本当に、平和だな~と、思うのである。
-----
--------
TITLE: 爪
BASENAME: 2622252
DATE: 06/27/2006 13:44:46
-----
BODY:
「いなくなって初めて、あなたの大切さがわかったの」
このセリフ。
私は、左手の人差し指についている爪ちゃんに言ってあげたい。
毎週パチンプチンと切った上にやすりがけしてやらんと布なんかにひっかかってめんどくさいし。
かといって伸び放題にしておいたら、キーボードを打つときに鬱陶しい。
「あ~、なんでこんなもんがあるんでしょ」
そう思っていた。
しかし、この子は必要があってここにいたのである。
里芋や山芋のたぐいは、大変うまい。
うちのお雑煮は白味噌仕立てだが、よそわれたお椀の中に、にんじんがなくても大根がなくても豆腐が入ってなくても、あまつさえ餅が入ってなくても許すが、里芋が入ってなかったら泣き喚く!
というくらい、里芋はうまい。
が、皮を剥く作業は大変だ。
薄い皮なのに、芋の大きさが手のひらの五分の一ほどもないうえにつるつる滑るので、ほんと、剥きづらい。
ピーラーを使ってさえ、怪我をしてしまうことがある。
ましてや包丁のみで皮をむこうとした日にゃぁである。
ということで、左の薬指、先から7ミリほど、右側半分スパーンと切ってしまいました(T_T)
すんごい血ぃも出ましたが、それよりも、今、キーボードを叩くのが辛いです。
ごめんよ。
早く成長して、元の手のかかる爪ちゃんになっておくれ。
足の爪も、無駄なように見えて、意味あるんだろうなぁ・・・。
はぁあ。
-----
--------
TITLE: 数独
BASENAME: 2622253
DATE: 06/28/2006 08:24:43
-----
BODY:
うちの旦那はパズルゲームが得意だ。
結婚前の話しだが、あるパズルゲームで世界一だったこともあって、旦那の名前で検索すると、今でもそのゲームのサイトがひっかかる。
いわゆる落ちゲーなんかも、パッと見ただけでルールを理解して、一発クリアしてしまったりする。
旦那は、体力だけでなく、頭もちょっと変わっているのだ。
例えば記憶力。
よく、記念日を忘れて彼女に怒られる男性の話しは聞くが、うちは反対。
「3年前の今日、12時30分ごろやったなぁ?」
「は?何が?」
「忘れたんか!!」
「・・・覚えてない・・・」
「初めてイズミヤに行った日やろ!」
・・・・・・覚えてるわけがあるかい・・・・・
日付だけじゃなく、ご丁寧に時間まで覚えてるところが、賢いというよりアホっぽい。
だが、この記憶力のよさは、ドライブの時にはとても助かる。
地図を見たら大体頭に入るらしく、細かいところは私が地図に首っぴきでナビをするが、それ以外は、大体スムーズに移動できる。
当然、一度走った道は忘れないらしい。
そのくせ、大事なところがスッポ抜けてたりするので、決して「賢い」とは思わないんだが、パズル系のものについては、なんとなく「賢い」ような気がする。
入り組んだものを見た瞬間、どこにそれを解く鍵があるかわかるようだ。
多分。
で、この旦那が以前からはまっているのが、
「数独」
というパズル。
旦那がはまり始めたころ、同じルールのパズルを、
「ナンバープレイス」
と呼んでいたと思う。
で、旦那が貸してくれた本の題名は、「数楽」となっている。
パズルには著作権がないから、こんなヒット商品をつくっても、大した報酬は得られないんだろうなぁ。
なんとかならんもんだろうか。
まぁ、とにかく、このパズルを、旦那は毎晩、寝る前にやっている。
このゲーム、最近本屋でも平積みにされてるし、ニュースにもなっているから知っている人も多いと思う。
9×9=81マス。
その縦一列ずつに、1~9までの数字が一つずつ入る。
当然、同じ数字が2個入ることはない。
そして、横一列ずつにも同じように、1~9までの数字が一つずつ入る。
これだけでは、そうそう、どのマスにどの数字が入るか解けるもんじゃない。
この9×9を、3×3のマス9つに分ける。
この3×3の正方形の中にも同じように1~9までの数字が一つずつ入る。
これで、最初に30ほどの数字が示されていれば、それほど苦なくすべてのマスを埋めることができるというわけ。
当然、デタラメに30程示してもダメ。
ちゃんと鍵となる数字を示さなくてはならないわけだが・・・。
旦那が解いているのをいつも横で見ていた私に、
「中級は簡単すぎるからやってええで」
と、渡された。
中級の問題も、1問だけ旦那が解いた。
よどむことなくペンを走らせていた。
出来上がったものを見ると、逡巡の後もない、どれも一発で「このマスにはこの数字」とあてはめて入れている。
な~んだ、簡単そうじゃん。
それで、気分転換のつもりで、気軽にやってみたわけ。
こ・・・これがね・・・、ムキになるのよ。ものすごく。
一発で数字を書き込めるマスなんてのは、5つくらい。
あとは、候補になる数字を小さく書いて眺めていく。
すべてのマスを埋めるのに、2~30分かかります。
でもね、1つ解いたら、次をやりたくなるのよ。
そんなわけで寝不足です。
寝不足です。
寝不足です。
寝不足です。
あ~、やること一杯あるっつの!
ということで、朝からやることざくざく済ませて、午後は大事な用事済ませます。
パズル本、目の届かないとこに置いとこっと。
・・・と書いてたんですが、結局、
「パソコン立ち上げる間、手持ち無沙汰だから」
「気分転換」
ってやっちゃうんですね。
が・・・、ちょっと頭打ちに入りました。
う~ん、こりゃ・・・解けない。
どこにヒントがあるんだろう??
-----
--------
TITLE: 夏の匂い
BASENAME: 2622254
DATE: 06/29/2006 12:41:33
-----
BODY:
うちのわんこは胃腸が弱い。
おなかがすいている時に、吐き戻すことがある。
一昨年の冬、いきなりわんこの腹水が溜まった。
多分心臓に原因があるのだろうと病院へ行って検査してもらったが、幸いフィラリアではなかった。
しかし、利尿剤で水を抜いても抜いてもまた溜まる。
でも、当犬は元気いっぱいだ。食欲も抜群。
ただ、お腹がたぽたぽなので、重そうには見える。
では何が原因か。
それが今でもわからない。
ただ、最後の手段として、お医者さんが処方してくださったペットフードに変えたら、嘘のように症状は治まった。
そのペットフードというのが、「ヒルズ」という会社の、「プリスクリプションダイエット」というもの。
ⅰ/dタイプ。
つまり、胃腸病の犬のための処方食だ。
普通のペットフードに比べると、値段は4~7倍といったところだが、ネット通販で購入すれば、随分安く買えるし、なにより、これでわんこが苦しまずに済むのだから、ありがたい。
そして、ついでといってはなんだが、空腹時の吐き戻しも、ぐっと頻度が減った。
で、今日、久しぶり・・・多分、半年ぶりくらいに、びーこが吐いた。
玄関でのことなので、ホースで水を撒き、ついでに表に打ち水をする。
乾いた土に水がしみこんでいくにつれ、冬のそれほど生々しくない、春のそれほど少女らしくもない、秋のそれほど寂しくもない、夏独特の精力的な匂いが立ち上る。
この匂いを嗅ぐとわくわくするのは私だけじゃないと思う。
汗かきで、夏がそれほど好きではない私でさえ、何か沸き立つものを感じる。
なんの根拠もないのだが・・・。
何かが始まる。
そんな気がして仕方がない。
-----
--------
TITLE: 半額
BASENAME: 2622255
DATE: 06/30/2006 13:29:26
-----
BODY:
旦那の晩ご飯をつくらなくても良い日、私は、ものすごく偏食になる。
今日の朝ごはんは味噌汁だった。
晩ご飯は、残り物の豚汁と豆腐にする予定。
とすると、自由に考えられるのは、昼ごはんだ。
今日は、「冷ご飯」がない。
素麺をゆがいてもいいが、なんとなく味の濃いものが食べたいと思う。
夏バテ気味・・・とは言わないが、塩分不足なように感じていたので。
スーパーのお惣菜を見たらイメージが湧くか、とスーパーをぶらついてみる。
「半額」
の文字が目に飛び込んでくる。
丸大だったか伊藤ハムだったかの出している、「ソーセージドッグ」というやつ。
バンズの上に、薄く切ったソーセージととろけるチーズが乗っている。
その蓋となるパンもついている。
これをトースターで温めてたべろ・・・という商品。
私はチーズ好きなので、ソーセージが主体となったものより、チーズが主体となっているものの方が断然いいのだが・・・。
「半額」
「半額」
「半額」
はい、この文字に負けました。
今日の昼ごはんは、食物繊維0っぽい、「ソーセージドッグ」を腹いっぱい食べましたとさ。
いや、もちろん、これじゃいかんので、しめじを軽くソテーして食べましたけども。
あ~~~~~~~~、
「半額」
ってシールには、勝てないかも・・・。
-----
--------
TITLE: 怖い!
BASENAME: 2622256
DATE: 07/01/2006 13:05:28
-----
BODY:
唐突だが、私は、一人でぶらっと出かけるのが好きだ。
一人旅もいい・・・のだが・・・。
ダメなのだ。
とにかく、ダメ。
何がって、一人で見知らぬ部屋で寝るということが、だ。
ホテルにチェックインするなり、まず、額縁の裏や引き出しの裏をチェック。
「出る」部屋には、額縁の裏やひきだしの裏などにお札が貼ってある。
という噂を信じてのことだ。
貼ってないと、一安心。
が、ベッドの上から鏡が見えたりすると、ダメ。
鏡に「部屋にないもの」が映ってたら、どうしたらいいんだ!
と、バスタオルなどで、できる限り封印。
そして、しこたま酒を飲んで寝るから、大概の場合、次の日二日酔い気味となる。
でも、一睡も出来ないよりずっとマシだと思う。
私の一人旅は、「昼間わくわく、夜びくびく」が常だ。
「生きている人間のほうがずっと怖い」
とはよく言われる言葉だ。
しかし、幽霊ってのは正体不明なんだぞ!何をするかなんて全く解明されてないんだぞ!いるかどうかわからないんだぞ!!
だから怖いんである。
人間の怖さと幽霊の怖さは全く別物じゃないか。
同列に論じられるもんじゃないはずである。
・・・とは言うが、実際、私は、「霊感」と呼べるようなものは一切ない。
見たことがないから怖いんである。
が、見たことがないから興味もそそられる・・・というのが、ほんとう~に困ったところ。
夏になると、怪談本の2~5冊ほどは購入してしまう。
一人暮らしの時は、そんなこた出来なかった。
夜、寝付けなくなってしまう。
今は旦那がいるので、伸び伸びと怪談を読むことが出来る。
が、ふと疑問。
旦那が横で寝てるとして、幽霊はそれに頓着するだろうか?
旦那を深く眠らせて、その上で私の目の前に姿を現すかもしれない・・・。
んぎゃ~~~!!!!!
・・・と思うんだが、なんでか旦那がいれば怖くないんだな。
ここらへん、私は幽霊より理屈が通らないと思うんであった。
-----
--------
TITLE: わんこの散歩
BASENAME: 2622257
DATE: 07/02/2006 12:50:06
-----
BODY:
びーこは食いしん坊だ。
あきれるほど食いしん坊だ。
処方食しか食べさせてはいけないと言われているので(でもたまにはおやつをあげるけど)、毎日同じ、見るからにあんまりおいしくなさそうなご飯を食べさせるわけだが、彼女は全く気にならないようだ。
ご飯を器に盛っていると、うれしそうに期待のこもった目で見詰め、よだれを垂らす。
飽きないのかなぁ・・・と不憫にも思うんだが、そういう心配はないらしい。
それはいいことなんだが、問題は拾い喰い。
この辺は、家がせせこましく建っているという状態の田舎なので、おばちゃんたちやおっちゃんたちの監視の目があるから、治安は良い。
市内では侵入盗が増えているらしいが、うちの町内では、被害が一件もないんだそうな。
ありがたやありがたや。
まぁ、そんな状態なので、悪意のある毒物が落ちている可能性は、非常に低い、と思ってはいる。
思ってはいるけど、腐ったものが落ちている可能性はないとはいえない。
この高温多湿の時期、す~ぐ腐ってしまうから、可能性はないとはいえないというより高いかもしれない。
そんなわけで、食べものらしきものには近づかないようにしている。
少なくとも、びーこを近づけないように、リードを短く持つようにしている。
さて。
今日の天気は奇妙だ。
雨がやんだと思っていると、いきなり「ざ~っ」となって、またぱたっと止む。
なんじゃこりゃ。
ということで、散歩に行くチャンスがよくわからず、雨の中の散歩となった。
暑くなってきたからか、びーこも雨の散歩をいやがらない。
むしろはしゃぎ気味に見える。
びーこが何かに注目しているので、見ると、5センチくらいの蛙。
「お~、蛙だ、びーこ、可愛いね」
と、思わずリードを緩めると・・・。
「バクッ!」
慌ててリードを引っ張ったから、間一髪で蛙くんはびーこの口から逃れることができたのだが・・・。
まじで、
「バクッ!」
という音がハッキリ聞こえた。
雀が遊んでいると、
「わ~い」
と走って行くのも、
「おいしそ~」
と思ってのことか。
う~む。
びーこの散歩は危険がいっぱい。
・・・気が抜けました。
-----
--------
TITLE: 守るべき人々
BASENAME: 2622258
DATE: 07/03/2006 12:56:46
-----
BODY:
地球上のすべての人が、崖に手をかけてぶらさがっているとする。
そしてすべての人が、助けを求めている。
だが、そのすべてを助ける力は自分にはない。
ただ一人だけ助けることができるとしたら、誰を助けるかというときに、悩まずに済む人は幸いだ。
「家族」という言葉を、三省堂の「大辞林」でひくと、
「1.夫婦とその血縁関係にある者を中心として構成される集団。
2.民法旧規定において、戸主の統率下にある家の構成員」
とある。つまり、家族の中心は夫婦だということなのだろう。
しかし、これはなんだか奇妙だ。
夫婦とその親、夫婦とその子ども、夫婦とその兄弟などが同居して、「家族」と呼ばれる中で、血縁関係がないのが夫婦だ。
それなのに、そのペアを中心として家族は成り立っているということになる。
私には弟がいる。
気の合う姉弟だったので、弟が家を出るまでは、毎日何時間かは一緒に過ごしていた。
子どものころから、「お姉ちゃんでしょ」と言われて育った私にとって、弟こそが命をかけて守る存在でもあった。
二人とも結婚してしまった今でも、ライオンに襲われて弟の手を握って逃げたり、殺人鬼に追われて弟を戸棚に隠したりする夢を見る。幼いときの「弟を守らなきゃ」という思いが、心の底にまだ残っているのだろう。
普段の生活ではそう思っていなくても、危機的状況において、「この人の命を助けたい」という思いに気付くこともあるかもしれない。
悲しいことに、ニュースを見ると、親を殺した子どものことが頻繁に報じられているくらいだから、子が親を憎むということはそれほどあり得ないことではないのだろう。
だが、その憎しみは、単純なものではなかろう。
普段憎んでいるつもりの親が助けを求めていたら、心が動くという場合も多いのではなかろうか。
血の繋がりとは、そういう不思議な効果を生むように思う。
つまり、家族の定義とは「この人の命を守りたい」と思いあっている集団と言い換えてもいいのかもしれない。
夫婦は、血が繋がっていない。それなのに、互いに一番大切な人なのである。
その信頼の強さこそが、夫婦が家族の要となる理由かもしれない。
旦那、犬、文鳥。現在、これが私の家族だ。
災害のとき、その命を救うべく智恵を巡らせるであろうと思えるのは、この一人と一匹と一羽だということでもある。
当然親や弟のことは、私が守らなきゃとまでは思わないがとても心配だし、助かって欲しいと願うわけだが。
さて、最初の命題に戻ろう。
崖に地球上すべての人間がぶらさがって助けを求めている。
そして、私には一人を助ける力しかない。
そんな場合、私は当然のように旦那を助ける。人並みではない力と体力の持ち主だから、旦那さえ助ければ、彼が私の周りの人達や旦那の周りの人達すべてを救い出すだろう。
助けられた人達も旦那と力を合わせて人々を助けるに違いない。
助かった人々はそれぞれ力を合わせて自分の大切な人を助け、遂には、全くの犠牲者を出さずに済むかもしれない。
最初に誰かを助け上げるのをためらわなければ、こんなふうにして、結果的に多くの人を助けることができるのだ。
そしてその繋がりをして「家族」と呼ぶのかもしれない。
だから、本当は、家族なんていう定義は無意味なのかもしれない。
私にとって大切な誰かがいて、その誰かは、私の知らない誰かを大切に思っている、などということもある。
人は人を助け、助けられた人はまた他の誰かを助ける。「人類みな兄弟」という言葉は、本来そういう意味だったのかもしれない。
旦那と2度目のデートのとき、寝不足だというので理由を尋ねてみた。
車、強盗など、私が何かに襲われたとき、どうやって助けるかと一晩中シミュレーションしていたという。
そして、どういうパターンでも守ることができると安心して、やっと明け方に眠ることができたのだそうだ。
「相手がピストルを持っていても?」
「大丈夫」
「ライオンが襲ってきても?」
「守ったる」
「幽霊が襲ってきたら?」
「・・・・・・・・・無理かもしらへん・・」
そんなわけで、幽霊さえ出なければ、人類が滅ぶことはなさそうだ。
私のことは夫が助けてくれるし、私も「家族」の危機には手を差し延べる。
そうして、誰もが誰かを助けて、地球上の家族は存続し続けるだろうから。
つまり、問題は、「幽霊」なのである、多分。
-----
--------
TITLE: 二日酔い?
BASENAME: 2622259
DATE: 07/04/2006 12:33:18
-----
BODY:
昨晩は女友達二人と飲みに行った。
場所は駅高架下にある串焼きの店。
安くてうまい串焼きを出してくれる。
自称マリッジブルーという後輩と、結婚する気のない友人と、旦那と知り合って3日で結婚を決めて半年後には結婚していたからブルーになってる暇なんかなかった私。
弁理士の後輩と、税理士の友人と主婦兼ライターの私。
つまり、共通点がまったくない。
それで話しが続くんか、というところだが、気の合う合わないは、仕事や状況とは全く関係ないんである。
というわけで、昨日は、串焼き食べながら、ビール・日本酒・焼酎と、かな~りいただいて、気付いたら、
「ラストオーダーです」
てな状況。
帰って風呂入ってすぐ寝たが、それが多分、夜中の3時頃。
お昼ご飯を食べて、後片付けをしていても、ほのかに頭が痛いような気がします。
若い頃は、随分飲んでも、昼ご飯を食べたら体調がもとに戻ってたんだけどなぁ。
年というやつか。
最近、いろいろな場面で年を感じるが、まぁしゃあない。
しかし、二日酔いの症状にはいろいろあると思うが、吐き気、頭痛のほかにはどんな症状があるんだろう?
私は、普通の二日酔い。吐き気と頭痛。
面白くもクソもない。
うちの母親は、蕁麻疹がでるらしい。
本人は辛いんだけど、
「おいしいよなぁ」
などと思ってしまう私である。
-----
--------
TITLE: 七夕の準備
BASENAME: 2622260
DATE: 07/05/2006 13:45:47
-----
BODY:
子供でもあるまいに。
と言われそうだが、私は七夕の飾りつけが好きだ。
近所に竹を植えているおうちがあるので、一本いただいてきて、ペットボトルに立てる。
百均で買って来た千代紙・セロファン色紙・アルミ色紙などを出してきて、なすびの形に切ったり、きゅうりの形に切ったり、提灯を組み立てたり、天の川を作ったり。
☆を作ったり、輪飾りを作ったり・・・これで約3時間。
ひまなん?
いや、勿論、
「何をやってる時間もない!」
というほど忙しければ、こんなことをやってる余裕があるわけないので、忙殺されそうなほどのことはないが、やらなきゃいけないことは山積みなんである。
それじゃ、なんでこんなことをやっているのか?と聞かれたら、
「好きだから」
としか言いようがない。
こういう単純な手作業をすると、頭の中が空っぽになるので、気分がリフレッシュするという理由もある。
私は七夕に思いいれがあるのだ。
といっても、牽牛と織姫の年に一度の逢瀬に懸想しているわけではない。
日本にも「たなばた物語」があるのはご存知だろうか?
室町時代から江戸時代にかけて流行した「御伽草子」の中に、「天稚彦(あめのわかひこ)物語」というものがある。
これが、日本版たなばた物語だ。
ストーリーは、意外に複雑だ。
おじいさんが、雨乞いをすると、蛇が出てきて、
「おまえの娘のうち一人を私の嫁にくれるなら雨を降らせてやろう」
と告げる。
背に腹は変えられぬとて、蛇の要求を呑んだは良いが、可愛い娘を蛇の嫁にしなければならない。
おじいさんには三人の娘がいたが、上の二人の娘は
「蛇のお嫁になるなんて、絶対いや!」
と拒み、優しい末娘が嫁に行くことになる。
娘が川のほとりにある小屋で待っていると、蛇が訪れ、頭をハサミで切るように言う。
娘がその通りにすると、蛇は美しい男となり、二人は幸せに暮らした。
この男の名が「天稚彦」である。
天稚彦は天の神様の子供なので、
「しばらく天に戻るが、すぐ戻ってくる。しかし、この小箱を開けたら戻ってこれないから気をつけて」
と小箱を渡す。
娘は気をつけて小箱を開けないようにしているが、心の浅い姉二人が、妹の幸せを妬んでこれを開けてしまう。
娘は仕方なく稚彦に会うために天へ向う。
途中、スバルや箒星などに案内してもらい、稚彦の家へ。
しかし、稚彦は神だというのに、その父親はなぜか鬼で、娘に試験を課す。
すなわち、蜂だらけの部屋に寝させたり、蛇だらけの部屋に寝かせたり、無理な仕事をさせたり、というようなことだが、すべて稚彦の助けを借りてクリアする。
そして、二人はめでたく一緒に暮らせる・・・と思ったのも束の間。
謀略により、娘は、
「切ってはいけない」
といわれた瓜を切ってしまう。
瓜からは大量の水がほとばしり出て、稚彦と娘を隔てるが、父鬼は、
「川に隔てられたが、月に一度は会わせてやろう」
と、中途半端な情けをかける。
しかし、不運には不運が重なるもので、娘は、
「は?一年に一度ですか?」
と聞き間違えてしまい、父鬼は、
「じゃ、一年に一度だ」
と応酬。
結局、稚彦と娘は1年に一度しか会えなくなってしまった。
・・・まぁ、いろいろ混じったような話ではある。
一年に一度の逢瀬というのは、中国版七夕と同じだし、蛇の室や蜂の室は古事記に出てくる、大国主命への試験と一緒だ。
開けてはいけない小箱ってのも、浦島太郎を思い出させる。
しかし、この物語の主要なモチーフは、「天稚彦が蛇の姿で現れた」というところじゃなかろうか。
雨乞いの要求にこたえたように、蛇は川の神でもあるのだ。
神社参拝をしていると、蛇が娘を人身御供に要求したという話しは珍しくない。
そして、民俗学を少しかじった人ならば、折口信夫の「水の女」についてはご存知だろう。
夏越の日・・・つまり、6月30日・・・と、大晦日、清浄な乙女が川の小屋で神迎えをする。
この乙女を「たなばたつめ」という。
この場合、「たなばた」は、「棚機」と書く。
この「神」というのは、祖霊のこと。
つまり、「たなばたつめの神迎え」とは、本来、今で言う「お盆」と同じ意味があったのだ。
現在、お盆は8月13~15日だが、旧暦にすると、大体、6月30日より少し後。
お盆というのは、実は、神道に関係の深い行事なのだ。
それを知った上で、もう一度、「天稚彦物語」を見てほしい。
ヒロインが、「たなばたつめ」であったということがわかるだろう。
稚彦とはつまり、豊穣を約束する祖霊のことなのだろう。
奇妙なことに、日本書紀や古事記にも、「天稚彦」は登場する。
高天原から出雲へ国譲りの交渉に行ったとされる神だ。
彼は、出雲の主・大国主命の娘である下照姫を妻とし、出雲に定住してしまったため、高天原の使者により殺されてしまう。
彼の葬式に、下照姫の兄であるアジスキタカヒコネが表れると、稚彦の家族は彼を稚彦だと間違えてしまう。
つまり、それだけ、稚彦と、アジスキタカヒコネは似ていたのだ。
アジスキタカヒコネは怒って天に駆け上がってしまい、下照姫が歌により事情を説明する。
その時、下照姫は、兄のことを、「天のみすまる」と表現している。
スバル星だ。
アジスキタカヒコネは、稚彦の再生した姿である、とも言われる。
なんとも入り組んだ話だ。
何がどうで、どれがこうなのか、よくはわからない。
しかし、そもそもの「たなばた」が、川のそばで神を迎える巫女の祭りであったというのは、面白いと思う。
そして、ここに復活の神であるアジスキタカヒコネが絡んでくるということは、太古から、半年が終えるごとに、すべてがリセットされると考えられていたのではなかろうか。
私は、一応、女だ。
人間の嫁にはなってしまったが、一応、「神迎えをする性」だ。
だから、私は、「祖霊」を迎えるつもりで、七夕の飾りを作る。
そして、七夕の夜、自分の中のすべてのことが、一度リセットされたと想像する。
そして、7月8日の朝、新しい表情で、
「おはよう」
と言うのだ。
-----
--------
TITLE: 雀って!!
BASENAME: 2622261
DATE: 07/06/2006 11:34:18
-----
BODY:
ずいぶん前から、うちのベランダに雀が遊びに来ていた。
チュッチュの餌は毎日取り替えるたび捨てているので、
「せっかくだから」
とベランダに撒いていたら、数が増えた(笑)
とはいっても、テリトリーがあるらしく、のべ5羽といったところか。
春ごろ、いつも夫婦でやってくる雀たちが一羽ずつ訪れるようになった。
時はちょうど巣引きのシーズン。
「これは・・・」
と思っていると、しばらくして、やせた雀がやってくるようになった。
小さく痩せているのに、えらい強い。
他の鳥が餌に群がっていると、追い払い、かっこむように慌てて食べるとどこかへ飛んでいく。
他の雀は私が部屋の中で少し動いただけで、慌てて逃げるのに、この雀だけは私がかなり間近まで近寄っても餌に集中している。
「こんな子今までいたっけ?」
と思っていると・・・。
この雀、雛鳥を連れてきた。
連れ合いも一緒に3羽でやってきて、成鳥二羽が慌てて餌をかっこみ、雛鳥にそれをやり、慌ててかっこみ、雛鳥にそれをやり・・・とやっている。
そりゃ痩せるわ・・・という感じ。
痩せているのに強いのもわかった。
「必死」なのだ。
雛鳥は、かなり傍若無人。
私が寄っても逃げない。
親鳥に大きな声で呼ばれて、初めて逃げる。
親鳥がご飯を食べている間、ずっとでかい声で鳴いている。
「早くはやく! お腹がすいた!」
とでも言ってるんだろうか。
親は大変だなぁ、と、私、割りと同情的でした。
今日、何気なく見ていると、この痩せた雀が、網戸の間近にやってきて、こっちを見ている。
私が網戸のそばまで寄っても逃げずに、網戸に飛びついてはつつき、網戸に飛びついてはつつき、を繰り返す。
何か訴えてる?
と、餌を撒いている容器を見ると、空だった。
こ・・・これは・・・。
「餌くれ!」
と言っているんだろうか?????
あ・・・・・・・・・厚かましいよ???
とはいえ、日頃の大変そうな姿を見ているので、餌を持ってベランダに出ると、少し離れたところでこちらを観察しながら待っている。
餌を容器に入れて、また部屋に戻ると、やってきて、また慌ててかっこんでいる。
「これでいいの?」
と、網戸に近寄ると、慌てて逃げる。
こいつ・・・さっきは逃げなかったくせに・・・。
ま、いいや、と餌の容器のそばを見ると、
・・・・・・・・ひりたてのでかい糞・・・・・・・・・・。
いや、まぁ、いいんだけどね・・・。
本当に、なんというか・・・。
雀って!!!!!!
-----
--------
TITLE: 七夕
BASENAME: 2622262
DATE: 07/07/2006 12:38:28
-----
BODY:
中国の七夕物語では、織姫と彦星は、一年に一度、かささぎが連なって作る橋を渡ってデートをすることになっている。
百人一首でも、中納言家持が、
「かささぎの渡せる橋におく霜の
白きをみれば 夜ぞふけにける」
なんて詠んでいるから、平安時代から、中国式七夕物語は周知のものだったんだろう。
雨が降ると天の川の水量が増えて、橋を作ることができず、デートはおじゃんになる。
日本では、七夕の時期、ちょうど梅雨の真っ只中だから、デートをできる年は、むしろ珍しい。不幸なことである。
ところで、この「かささぎ」という鳥。
どういう鳥をイメージするだろうか?
私が子供の頃に読んだ絵本には、真っ白で大きな鳥が40羽ほど連なって、橋を成している絵が描いてあった。
だから、私の頭の中では、ずっと、「かささぎ」≒「しらさぎ」となっていた。
が、思い立って、大辞林で、「かささぎ」をひいてみると、「スズメ目の鳥、全長約4~5センチメートル。腹・肩・翼の先が白く他は黒く、尾は長くて緑黒色。」と説明され、しかも、黒っぽい鳥の挿絵まである。
・・・思ってたのと全然違うじゃん・・・。
それにしても、4~5センチほどの黒い鳥で作る橋って、なんか野暮ったい・・・なんて思っていた。
ところが、だ。
昨日、夕方のニュースを見ていたら、お天気キャスター氏が、
「昔は、現代でいう青鷺のことを、かささぎと呼んでたんですね」
なんていってるじゃないか!
え~~~~~~っ!!!!!!!
大辞林を見直すと、確かに現代の「かささぎ」は、16世紀末に朝鮮から持ち込まれたものであることがちゃんと書かれていた。
そして、現代の「あおさぎ」をして、「かささぎ」と呼んだ、と。
あ・・・あおさぎねぇ。
あおさぎってったら、・・・ちょっと・・・アレな鳥なんだけどなぁ・・・・。
夜、わんこの散歩をしている時、かなりの頻度で、
「んぎゃあ!」
という鳴き声を聞く。
そういう時に、空を見上げると、でっかい鳥のシルエットが見える。
朝、近所の古墳のそばを通りかかると、でかくて首の長い、青みがかった灰色の鳥が群れを為していて、南国の風景みたいで、なんかちょっとやだったりする。
そう、それが「青鷺」。
この鳥は夜にも空を飛んでいるが、夜行性というわけではないと思う。
昼間でも、よくバサバサやっている。
昼も夜も勤勉な、2月の受験生みたいな鳥なんである。
あぁ、やな鳥だよ、まったく(やっかみ?)。
この鳥が、「ちょっと不気味?」と思われていたに違いない証拠には、
江戸時代の絵師である、鳥山石燕の「今昔画図続百鬼」には、「青鷺火」という名の妖怪が描かれている。
しかも、
「青鷺の年を経しは、夜飛ぶときはかならず其羽ひかるもの也。目の光に映じ嘴とがりてすさまじきと也」
なんて説明されている。
それが、織姫と彦星の・・・橋わたし?????
あぁ、夜でも光るから、危なくないのね、な~るほど!
って、星でできた川なんだから、青鷺が光らなくても十分明るいっつの。
う~む、う~む、う~む、マンダム。
あかんこたないんだけども。
あかんこたぁ、ないんだけどさ。
やっぱし私は、日本式のたなばたの方がすきである。
-----
--------
TITLE: 天才
BASENAME: 2622263
DATE: 07/08/2006 09:24:47
-----
BODY:
昨日、岡本太郎氏についての特番があったので、見ていた。
番組自体は・・・・・あれな作りだったんですけどね(^^ゞ
つまり、日本テレビがプロジェクトとして修復した、岡本太郎氏の壁画「明日の神話」の大掛かりな宣伝。
それだけ。
こういう番組を見たら、へそ曲がりな私は、
「の・せ・ら・れ・ま・す・か・っての!」
と思うところなのだが・・・。
この「明日の神話」は見てみたいと思った。
私にとって、岡本太郎氏は、
「かの子の息子」
「縄文美術を世に紹介した人」
「太陽の塔」
くらいの知識しかないし、私は美術的素養が全くないので、その絵については、
「色使いが綺麗」
というくらいしかわからないのだが・・・。
なんでだかわからないが、魅力を感じるのだ。
生前、岡本太郎氏は、「天才」とも呼ばれた。
「変人」とも呼ばれてたと思う。
ただ、一部しか知らないのだけれど、母かの子に出した手紙は、天才とか変人とか呼ばれる気配がないと思った。
常識的で愛情に溢れた手紙。
かの子のあまりにも純粋で子供っぽい手紙と比べるからかもしれないが・・・。
「天才とは99%は汗で作られる」
だっけか?確か、エジソンの言葉だ。
あとの1%は、ひらめきでできている。
岡本太郎氏については、確かにそうなんじゃないか、と思う。
岡本太郎氏の場合は、「汗」というより、「志の高さ」と言い換えた方が良いように思った。
芸術でも文学でも、「偉大なリーダー」とされる人々について、そのパートナーの書いたものを見て、がっかりすることがある。
坂口安吾の奥さんである、美千代さんが、夢の遊民者の公演に寄せて書かれた文章を見て、私はものすご~い、がっかりした。
安吾の作品の中で私が一番好きな、「青鬼の褌を洗う女」のモデルは彼女だという。
なのに・・・なんで、こんなに凡庸なんだろう・・・。
昨日の番組で、太郎氏のパートナーであった敏子さんの言葉を聞いて、やはり、「凡庸」だと感じた。
ただ、驚くほど、善良・・・というか、魂の清らかさをも感じた。
なんとなく、私はこう感じている。
「偉大なるメッセージ」を世に送り続けるには、類稀なる志の高さと、魂の清らかさ無垢さを必要とするのではないかと。
だが、この二つは、もしかしたら、相反するものなのかもしれないと思う。
無垢な魂が、志の高さを必要とするだろうか?
無垢な魂は、志の高さを必要とするのではなく、志の高さに「惹かれる」のではないだろうか。
反対ならありえると思う。
・・・志の高さが、無垢な魂を必要とする。
ただ、無垢な魂というのは、「努力」で掴みとれるものではないと思う。
魂が志に惹かれ、志が魂を必要とする。
それこそが「パートナー」なのじゃないかと思う。
他に類を見ないほどの志の高さが、無垢な魂と出会える確率はどれほどなのだろうかと思う。
岡本太郎氏は、敏子さんと出会えた。
だからこそ、「天才」なんじゃないか、などと思ったのだ。
「明日の神話」が公開されるのは、東京。2ヶ月。
その間に、東京へいけるかなぁ・・・。
-----
--------
TITLE: 竹の国の音楽
BASENAME: 2622264
DATE: 07/09/2006 23:27:23
-----
BODY:
今日は、東儀秀樹さん率いる、「黒豹」と名付けられた中国楽器の若きエリート達(と説明されている)のコンサートへ行った。
旦那の誕生日ということで、プレゼントしてもらったのだが・・・。
「雅楽だよね?」
なんて思ってたら、びっくりでした。
二胡という楽器、あれは、シルクロードを隔てて、バイオリンと対をなす楽器なのだろうか。
だが、比べ物にならないくらい骨太な音が豊かな幅で心地よい。
ハンガリー舞曲・・・だっけ・・・。
ちょっと自信がない、クラッシックにそれほど詳しくないので・・・。
確かそうだったと思うんだけど・・・。
まぁ、そういうテンポの早い音楽をソロで演奏されたんだが、これが、すごいいいの。
琵琶は、あんなに表情豊かな音が出るんだ、と・・・。
あの楽器一つで、リズムもメロディーも表現できるとは。
ギター演奏には精しくないけれど、「表情の豊かさ」という意味では、全く別者に感じた。
笛にしても、私が想像していた音とは全く違った。
高く低く、甲高い音でさえ、穏やかなのだ。
柔らかく・・・なんというか、川のせせらぎなんだな。
そして、ひちりきと笙の笛。
「雅楽」のイメージしかなかった私には、ショックだった。
凛としている。笙独特のよそよそしさがないのだ。
そもそも笙の笛は、「天の声」を音で表現したものだったんじゃなかったかと思う。
でも、あれは、天の声じゃない、と思った。
神の声かもしれないが、その神は、私のすぐそばで語りかけてくるのだ。
個々の楽器が何でできているかは知らない。
が、演奏を聴いていて、
「これは竹の国の音だ」
と思った。
別に、なんの根拠もないんだが(笑)
バリの・・・なんて名だったか忘れたが美術館へ行った時、BGMとして、竹でできた木琴のような楽器が生演奏されていた。
ガムラン・ジェゴグの演奏とは全く違うのんびりした音。
それが忘れられずに空港で簡単な竹琴を買ったのだが、これ、適当なリズムで適当に叩いているだけで、心地よい音楽になるんだな。
竹の楽器は偉大だ。
なんていうのか・・・。
それと同じ、「快楽」を感じた、というわけ。
ギリシャ神話で、パーンという音楽の神が、片思いの相手・シュリンクスの化けた葦で楽器を造ったという話しがある。
つまり、パーンは「性欲」を意味するヤギの下半身を持つ神で、つまり、女から見ると、「醜い」とされているんだと思う。
彼が恋した水の精霊は、当然のように彼を嫌い、彼を拒否して、葦に姿を変えてしまうのだ。
だが、パーンはその見かけとは裏腹に純情な神であった。
シュリンクスが姿を変えた葦をいろいろな長さに切って楽器を作ったのだそうだ。
その楽器の名を「シュリンクス」と言うらしい。
これは、子供の頃に読んだ童話の中にあった話なので、詳細は覚えていないが、想像すると、多分、シュリンクスは、笙の笛と似たような形なんじゃないかと思う。
でも、多分、笙の笛とはまた全く違う質の音を出すんだろうな。
な~んの根拠もないんだが、今日のコンサートを聴きながら、
「あ~、アジアに生まれてよかったな~」
なんて思ったのであった。
ちなみに、このコンサートのよさが、
「私だけの勘違い」
ではない証拠には、
「暗いところにいたら寝てしまう」旦那が、最後まで目をキラキラさせて拍手していた。
旦那がどれだけすぐに寝てしまうか、というと、イッセー尾形の一人芝居が始まった10分で寝てしまったほど。
イッセー尾形の芝居を見たことがあるならわかると思うが、かなり面白い。
でも、暗いと寝ちゃうんだな・・・。
その旦那が起きていたほどすごい演奏だったのだ~~!!!
いや~、いい夢見れそうです!
-----
--------
TITLE: 方向感覚
BASENAME: 2622265
DATE: 07/10/2006 13:40:38
-----
BODY:
自慢じゃない。
というか、全く自慢できない話しなんだが、私は、方向音痴だ。
例えば、商店街で、店に入って用事を済ませ、出てきたら・・・。
もう、どっちから来たかわからない。
多分、何か観察力が抜けているのだ。
地図さえあれば、間違いなく目的地には着くことができるけれど、地図がなきゃ、3度通ったことがある程度の道でも迷う。
昨日、旦那が運転免許の更新をするので、門真の運転試験場へ行った。
その後、アウトレットモールへ行って登山用品を見、図書館で本を借りる。
なかなか効率よく動けるはずだ。
優良運転者なので、講習は30分だが、その間、私はヒマなので、先にアウトレットモールまで歩くことにした。
地図で見ると、運転試験場からアウトレットモールまでは直線距離で1キロ。
大通りを行くならば、2キロというところだった。
住宅街に入ってしまうと入り組んだ道に何がなんだかわからなくなるので、大通りを行こう、と、2号線に向って、歩き始める。
1キロ弱の道のり。
鼻歌を歌いながらずんずん歩く。
すぐに大通りが見えてきた。
・・・が・・・、そこにある看板には、
「163号線」
と書いてあった・・・。
げげ~~ん。
私は西を向いてあるいているつもりだったのだが・・・。
北向きに進んでいたらしい(T_T)
しかも、目的地は南南西方向。
がきょ~~ん。
ま、1キロほどしか歩いてないんだから、別にそれほどショックを受けなくても良いんだけど・・・。
・・・とほほ~・・・だ。
まぁ、ここまで来たらあとはわかり易いもんなので、その交差点を左折。
改めて2号線を目指す。
というわけで、目的地には無事辿り着いたが、西と北を間違ったというショックはでかかった!!!!!!
というわけで、買いました。
G-shockの、PROTREK。
つまり、トレッキングに便利な機能がついた時計だ。
防水なので、水泳もできるし、気圧計・磁石・温度計・高度計などがついていて、ソーラー電池。
アウトレット品(というか、古いモデル)なので、定価より1万安くて、2万弱!
でっかい買い物をしてしまったが、普段あまりおこづかいを使わずにちまちま貯めてあるので、まぁ良い使い方ができたと思う。
富士登山まであと1ヶ月弱。
・・・本番より、準備にお金遣ってるかもなぁ~・・・。
でも、こうなったら、富士の樹海にも行ってみたいなぁ。
本当に磁石が狂うのかしらん。
う~ん、知りたい!
-----
--------
TITLE: 卯
BASENAME: 2622266
DATE: 07/11/2006 21:53:02
-----
BODY:
仕事の関係で、今日は住吉大社へ。
仕事・・・と言いつつ、友人と一緒だったんだけど(笑)
住吉大社は、「卯」と関係の深い神社だ。
境内に卯の花の園がある。
手水に兎の彫刻がある。
5月には、「卯之葉神事」という盛大な祭りが催行される。
これはすべて、「住吉大社のご祭神が、辛卯の年 卯の月 卯の日にこの地に鎮座なさった」という伝承による。
この神社は、神功皇后に深く関係のある神社だから、「卯の花」「兎」は相応しいようにも思う。
が、そもそも「卯」とはなんなんだろう。
柏書房の「現代こよみ事典」を見ると、「卯」は、「ぼう」と読むらしい。
「卯は茂(しげる意)または冒(おおう意)で、草木が発生して地面を蔽うようになった状態を示している」
と説明されている。
十二支は動物の名があてはめられているが、本来、植物の成長の過程を表現しているようだ。
例えば、「子」・・・つまり「ね」「ねずみ」は「新しい生命が種子の中に萌し始める状態を表している」と説明されている。
十二支の最後である「亥」「い」「いのしし」は、草木の生命力が種子の中に閉じ込められた状態だ。
植物の生命力が極限に達するのは、「巳」。
つまり、夏であろう。
「卯」は春だ。
つまり、住吉大社は春の宮なのだ。
昼頃友人と待ち合わせをして、阪堺電車に乗り込む。
「たまごコロッケ」でよくテレビでみかける、「やろく」でランチをし、参拝。
用事を済ませて、お茶をする。
歴史が好きな者同士だから、話題は歴史・・・特に、古代史の話題が中心だ。
好きな仕事をして、趣味の合う友人と会い、好きな人と一緒の生活を送る。
これも、「春」なんだろう。
住吉大社の卯の花園にはまだ花が咲いていた。
この神社は、やはり春の宮なのだ。
後記
読んでくださった方から連絡をいただきました。
夏は「午」だそうです。
「午」は陽のきわみ、夏、南をあらわすのだそうです。
そういやぁ、「ひのえうま」生まれの女性はじゃじゃ馬だと言いますが、「火」に「南」「夏」とくれば、そりゃじゃじゃ馬になるわって感じですね(笑)
情報をくださった方、ありがとうございました
-----
--------
TITLE: ご縁
BASENAME: 2622267
DATE: 07/12/2006 19:28:03
-----
BODY:
この年になると、「袖擦り合うも他生の縁」という言葉が実感として感じられることが多い。
私にとって最大のご縁は、やはり旦那とのご縁なんだろう。
高校時代からの親友との縁も、かなり不思議なものがあった。
が、自分のことはどうもうまく客観的に判断できないものだ。
私が、
「これは紛れもなく、天から授かったご縁」
と思うのは、知人と猫の縁だ。
不思議な話しは、旦那が寝違えたことから始まる。
結婚前から、雨の日になると頭痛を訴えていたが、寝違えてからはそれがさらにひどくなっていた。
そして、去年の春、整体師という方からメールをいただいた。
私のサイトに対する質問だったのだが、なかなかに面白い人で、その後、何度かメールのやりとりをし、旦那の筋違えについて話しをすると、マッサージの方法や、首に良い枕の作り方などを教えてくださった。
そのことから、この整体の先生に対する信頼が増し、その上この整体施療院は近所だったので、旦那の治療をお願いしてみた。
これが大当たり。
10年近く、雨の日の度に苦しめられてきた頭痛が、すっきり治ったのだから。
整体の治療というと、
「ボキバキッ!」
というイメージがあるかと思う。
先生曰く、筋肉をよくほぐさずに骨の位置を直そうとすると、ボキバキ言う上に痛いのだそうだ。
というわけで、この先生の整体は、骨の位置を直しているよりも、筋肉をほぐしている時間の方が長い。
これが気持ちいいんだ~。
直接揉んだり叩いたりするわけじゃないんだけど、マッサージを受けるより気持ちが良い。
旦那は、毎回寝てしまうようだ。
私達の骨はそれほど歪んでいないということで、
「おかしいなと思ったらまた来てください。通うほどのこっちゃないです」
といわれ、その後は、メールをやりとりするだけのお付き合いだった。
で、それから1ヶ月あと、いつものとおり、散歩の途中にある神社のそばを通りがかると、どこからかか細い声が聞こえてくる。
往路はその正体がなんなのかわからずにそのまま通り過ぎたが、復路、よく見ると、ごくごく小さくて、目の開いていない仔猫だった。
うちには文鳥がいる。
狭い家でもある。
いくら捨て猫が可哀想だと言っても、家で猫を飼うことができないことくらいわかっている。
薄情なようだけれど、だから、仔猫を拾うことが優しさだとは私は思わない。
まず、今家にいるペットの命を守れなくて、新しい生命を迎えることができる資格はないと思う。
自分のできることというのは、限られているのだ。
小さな動物のためにいろいろしたければ、まず自分の器を大きくしなきゃ仕方がない。
器が小さいのに、いろいろしようとすれば、どこかで破綻する。
そんなことぐらいわかっているのだ。
すべてはハズミだったと思う。
気がついたら、私はこの仔猫の前にしゃがみ込んでいた。
目やにでくっついた目、ガビガビになった毛。
「私が見捨てたら、この子は確実に死ぬな」
と思った。
仔猫がヨロヨロと歩き出し、私の脚に頬を擦り付けた。
「袖擦り合うも他生の縁」
この時、私とこの仔猫は、袖でなく、脚と頬を擦り合った。
そして、なんの根拠もないのに、
「なんとかなる」
と思った。
わんこがかかっている動物病院へ連れて行き、ペットフードの試供品をいただき、実費のみで治療をしていただいた。
親切なお医者様なのだ。
が、
「猫の里親はまず見つからないよ」
とも言われた。
でも、私は、
「なんとかなる」
と確信していた。
帰ってきて薬を飲ませて寝かせた後、写真を撮影して、ポスターを作った。
友人に声をかけた。
仔猫は不安な気持ちが大きいらしく、目が覚めると私を探す。
一緒に遊んでいるうちに、ふと閃いた。
「整体の先生に話してみよう」
メールを出して、返事が返ってくるまで、1時間かからなかった。
「私が飼います!」
そう書いてあった。
19歳以上生きた愛猫を亡くされてちょうど1年。
子供さん達の心の傷も癒えかけて、新しい生命を迎え入れる好機だとおっしゃる。
せめて風邪と目やにが治ってから引き渡そうと思ったのだが、
「情が移ったら大変ですから、明日いただきます。病気は私が治します」
とのこと。
仔猫の里親探しで一番心配なのは、
「猫とり」
だと聞く。
猫の皮は柔らかく、しゃみせん他、利用価値があるのだそうだ。
だから、先生が飼ってくださるというのは、本当にありがたかった。
次の日、仔猫を連れて先生宅を訪ねると、小学生の息子さんと娘さんが一緒に迎えてくださった。
そして、一年前亡くなったという猫の写真も見た。
・・・似ている・・・。
そう思った。
目の感じ、体の表情。
仔猫とは1日あまり一緒に過ごしただけだったが、そこから伝わってくる雰囲気が、とても似ていると思った。
私は、今はこう思っている。
あの仔猫は、整体の先生のうちに飼われるべく生まれてきた。
だが、先生の家には猫がいないから、その子供として生まれてくることができない。
だから、どこか違う家に生まれた。
「仔猫を捨てる家」に、生まれたわけだ。
しかし、そういう家は、先生の家のそばになかったようだ。
だから、誰かに拾われて、先生の家に運ばれなければならなかった。
それに、私が選ばれた。
「猫を飼えない」事情のある人間だ。
ここで、
「よし、私が飼う!」
となってしまったら、元も子もないのだから。
まず、整体の先生と私に接点がなくてはならない。
後で、先生はこうおっしゃった。
「いや~、実は、男性だと思ってメールしたんです。女性だとおもったらメールしなかったとこです」
と。
(-"-)
プロフィールには写真まで載せてるってのに!
いや、まぁこれも、準備の一つだったのだ。多分。
先生が、私を男性だと勘違いしたのも、これも、意味があることだったのだ。
私を男性だと思ったからこそ、私と先生の間に接点が生まれ、仔猫は無事、先生のお宅に安住することができたのだ。
猫と整体の先生をつなげるために、巧妙な伏線が張られている、そう思えて仕方がない。
旦那の頭痛が治ったのは、1日あまりの猫の世話料と心配料いったところだろうか。
多分、私と旦那が知り合うためにも、同じほど複雑で念入りな伏線が張られていたに違いない。
だから、私がその「伏線」の一部になった時には、素直にそれを受け入れようと思う。
この世は、私の一部であり、私はこの世の一部なのだ。多分。
-----
--------
TITLE: 小鳥と大空
BASENAME: 2622268
DATE: 07/13/2006 16:59:54
-----
BODY:
毎日、掃除の時、30分ほどチュッチュをベランダに出し、日向ぼっこさせる。
文鳥の飼育書を見ると、日向ぼっこについては賛否両論なようだ。
「太陽にあててやらなくてはいけない」
「直射日光にあてると紫外線を大量に浴びることになって、却ってよくない。部屋に入る太陽光で十分」
どっちが正しいのかわからない。
ただ、チュッチュはベランダが好きなようだ。
かごをベランダに出しておくと、必ず水浴びをする。
文鳥によっては一日何度も水浴びをする子もいるらしいが、チュッチュはしない日もあるくらいだ。
水浴びが好きというわけではないらしい。
でも、観察していると、くつろいだ時、水を浴びているように見える。
私が3時間以上留守にして帰ってくると、必ず水を浴びている。
「あ~、帰ってきた。一安心」
とでも思うんだろう。
今、ベランダにはよく雀が遊びに来る。
チュッチュにどんな反応をするか・・・と観察してみるが、全く無視して素通りだ。
「かごの中の鳥」
とは関係がない・・・というところなんだろうか。
えさを横取りすることもないし、邪魔をすることもない。
さて、チュッチュはどうか、というと、こちらも全く無視。
子供の頃から人間にご飯をもらって大きくなったから、自分のことを鳥だとは思っていないのかもしれない。
ただ、えさをついばんで、大空に戻っていく雀を見ると、ふとチュッチュが悲しくなる。
この子は、大空に戻る雀をうらやむ気持ちさえ知らないのだ。
それは即ち、大空を飛ぶ自由を知らないということを意味する。
勿論、何が幸せかは人それぞれ、鳥それぞれだ。
今、もし仮にチュッチュを空に放てば、えさをとることもできず、寒さを凌ぐこともできず、生き延びることはできないだろう。
空の自由を楽しむよりも、心細さ、恐怖の方が強いに違いないから、この子は、毎日ご飯をもらって、かごを綺麗にしてもらって、猫やカラスの脅威から遠ざけられて生きるしかないだろうと思う。
・・・チュッチュが望んでのことではないにしろ。
ただ、少なくとも、この子は、
「誰かを信頼する幸せ」
「誰かを愛する幸せ」
は知っているわけだ。
もしかしたら、野生では、それを手に入れることができなかったかもしれない。
雀を見ていると、それを感じる。
ペアでやってくる雀もいれば、一羽だけでやってきて、ペアの雀に追い払われる子もいる。
チュッチュは少なくとも、「ペア」ではある。
ある種、旦那と私との「三角関係」でもあるのだけれど(笑)
限られた世界の中で、彼女は幸せそうに見える。
びーこも同じだ。
野良犬に比べると、安全だし長生きはできるだろうけれど、一日綱で繋がれて長生きをするのと、自由で短命であるのとではどちらが幸せか、なんて、人間に決められるものじゃない。
でも、私は、びーこを危険にさらしたくはない。
だから、綱でつないで、閉じ込める。
そして、少なくとも、「従うべき相手」が存在するのは、それなりにびーこの心の安定に繋がっているらしい。
びーこにとっては、私がご主人様で、旦那はナンバー2なようだ。
びーこが知っている世界の中では、びーこは充足しているように見える。
でも、チュッチュが、びーこが・・・ほかの鳥や犬を見たら、その生活を知ったらどうだろう。
もしかしたら、
「こんな生活、いやだ!」
と思うかもしれない。
だが、彼女達は、ほかの鳥や犬がどうかなんて考えさえもしていない。
ただ、自分に与えられた環境を、チュチュチュチュ、わふわふ、と楽しんでいる。
それ以上のものは、決して望んでいないように見える。
だからこそ、私は、チュッチュにとって、大空でいようと思うのだ。
びーこにとって、野原であろうと思うのだ。
閉じられた世界が、無限の広さに感じられるように。
-----
--------
TITLE: びーこ
BASENAME: 2622269
DATE: 07/14/2006 17:47:32
-----
BODY:
我が愛犬びーこ、満六歳。
無邪気にまん丸な目と濡れた鼻に長い舌、大きな耳、そして毛足は短いながらも柔らかく黒い毛皮を持つ雑種犬である。
性格は落ち着きのない食いしん坊。素直なのが救いかも。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感のうち、優れているのは、聴覚と嗅覚だろう。
視覚はそれほどでもない。
動体視力は良いらしいが、私がじっと動かないでいると、どうしたらよいかわからなくなるようだ。
触覚に関しては、通常の犬なら敏感なはずの尻尾をブラッシングしても、大きな口を開けて笑っている程度。
そのかわりひげが役に立っているのだろう。
味覚に関しては、「ひどい」の一言だ。
胃腸が弱いので決められた処方食しかあげられないのだが、いつまでたっても飽きることがないらしい。
食器に餌を盛ると、待ちきれないようによだれを垂らす。
お腹さえふくれたら満足なのだろうか。
その分、嗅覚は文句なく良い。
戸棚の下に鼻を突っ込んで暴れているので、何をやっているのかと覗き込んでみると、ドッグフードが一つ転がっていた。
こんな小さなものまで嗅ぎ分けるとは、単なる食いしん坊なのだとしても、かなり優れた感覚だと思う。
さて、よくわからないのが聴覚だ。
餌を目の前にしておあずけをくらうと、「よし」と「よいしょ」も聞き分けられないくせに、
五十メートルほど離れた場所から、旦那の足音を聞き分ける。
夜、びーこと一緒に遊んでいると、それまではしゃいでいたのにぴたりと玄関に向って座り、耳を立ててじっとしていることがある。
私の耳に旦那の足音が聞こえてくるのはその20秒くらい後のことだ。
それに私には、旦那のだか他の誰かのものか、足音だけでは区別がつかない。
夜、二階で用事をしながら、散歩に連れていくかと戸締りを始めると、玄関で大はしゃぎする声が聞こえてくる。
散歩を行く前には窓を閉めるということを覚えているらしい。
冬場に上着のチャックを上げる音でも同じ反応があるのはすごい。
「シャッ」
かすかな音だ。
私なら隣の部屋のものでも聞き取れないに違いない。
それなのに、普段は完璧に聞き分ける「すわれ」が、猫が横を通ったというだけで聞こえなくなるらしい。
いつまで経っても座る様子を見せずに大騒ぎをして、私に頭をなぐられてしまう。
好きな音は意識しないでも聞き分けられるけれど、それ以外のものは意識しないと聞き取れないのだろう。
考えてみれば、私だってそうだ。
朝起きて、なんだか鬱陶しい感じがすることがある。
なぜだろうかと考えて、雨の音が聞こえることに気付く。
耳には入っているが聞こえていなかったということだろう。
ただ、無意識は外の雨音を聞いていて、「なんだか鬱陶しいな」という気持ちを呼び起こすのではないだろうか。
もちろん、湿気で触覚、光の量で視覚にも訴えてはいるのだろうが、聴覚による感受が一番大きいように私は思う。
例えば、鉄板にソースをかけると香ばしい香りが漂ってたまらないが、もし、「ジャーッ」という音がなければ魅力半減だ。
反対に、香りがなくても音だけで十分だということは、テレビなどで鉄板焼きのシーンを見ても十分おいしそうに感じるということで、ある程度証明できる。
花火だって、音がなければどれほど味気ないか。
本格的な夏が始まろうとするこの時期、早朝からなにかうきうきした気分で目が覚める。
寝苦しくてよく眠れなかったはずなのに、一日の始まりに心を躍らせて飛び起きるのだ。
なぜだろうかとよく考えて見て、近所の神社で鳴いているセミの声が原因だと気付いた。
セミの声は夏休みの気分を呼び起こし、それが心を沸き立たせているのだ。
「今駅に着いた」
旦那からメールが入る。
玄関に座ってびーこと遊んでいると、はっと動きを止めて、戸に向って座る。
耳をピンと立て、尻尾を盛大に振ってものすごくうれしそうだ。
いつもよりずっとはしゃいだ様子なので、何かあるのかと思っていると、間もなく旦那が帰ってくる。
そういう時、手元を見ると大概白いビニール袋を持っている。
中身は私が大好きな日本酒とお刺身ということになる。
重い荷物を持つと、微妙に足音が変化して、びーこにはそれがわかるのかもしれない。
「びーこのじゃないからね~」
頭をなでると、明るい瞳で見上げてくる。
しゃぁない、特別にジャーキーでもあげるか、と立ち上がると、「わふ」と鳴く。
私の心の声が聞こえたのだろうかというくらいうれしそうだ。
振り返ると、丸い目を細め、笑っているかのような表情で、首をかしげていた。
なんだかわからないが、多分びーこは幸せ者なんだろうと思う。
-----
--------
TITLE: 整体
BASENAME: 2622270
DATE: 07/15/2006 23:01:04
-----
BODY:
下り坂で傷めた膝が治らないのと、肩凝りが頭痛にまで発展したのとで、
「あかん!整体に行く!」
と行ってきました。
「(自分は)あんまり凝ってないから、のりこだけ治してもろたらええで」
という旦那の分も半ば強引に予約を入れ、施術を受けた。
肩こりがひどいと嘆く人に、
「カイロはいいよ~」
というと、大概の人は、
「いや・・・そこまでひどくないから・・・」
としり込みする。
整体は「ボキバキッ!」というイメージが先行しているのだろう。
確かに、骨が歪んでいると、直すときにボキバキ言うが、骨の位置を直す前に、ちゃんと筋肉を解きほぐしてもらっていたら、本当にびっくりするくらい痛くない。
音がするだけ。痛み0!
保険が効かないので、5000円と結構な出費になるんだが、クイックマッサージが15分1500円であることを考えると、1時間筋肉をもみほぐしてもらって、骨を直してもらって、その後はスッキリ凝りが解消するのだから、お得なんじゃないだろうか。
一度のマッサージで根本的に解決することなんかめったにないし、肩こりは完全にほぐれたとしても、膝や腰など全体的な治療には繋がらない。
さて、今日は、
「膝をいためた」
と申告して直していただいた。
結果、半月板の歪みが原因ということ。
坂道をくだっていたときに傷めたと思っていたが、どうもそうではないらしい。
例えば、しゃがんでいる姿勢から体をゆがめて立ち上がると、半月板は簡単に歪むんだそうだ。
が、その時にすぐ症状がでず、3日ほどしてから痛み出すので、原因がわからないということになるとか。
だから坂道を下ってる途中で
「痛いことに気付いた」
だけで、坂道で傷めたわけじゃないそうだ。
しゃがんだ時、まっすぐ立ち上がることを意識することが大切!
・・・らしい・・・んだけど、これ、無意識にやっちゃうよな~~~・・・
でも、最大限に気をつけたほうが良い。
というのも、
「この半月板の歪みは、例外なんですよね~」
ということなのだそうだ。
この先生の治療で、痛かったことは一度もない。
骨の位置を直すにあたって筋肉をほぐしてもらう間のマッサージは、グイグイという感じではけしてない。
さするくらいの柔らかいマッサージなのだが、クイックマッサージよりずっと気持ちがいい。
・・・のだが、膝の歪みを直すのだけは、「痛い」のだそうだ。
筋肉が炎症を起こしている時などは・・・。
「全身の毛穴が開く」
くらい痛いんだそうだ(T_T)
いやだよ~~~。
が、幸い炎症はそれほどひどくなかったらしく、
「ビクッ!」
くらいの痛みで治った。
面白いのはその後、
「次は腰と首と足首ですね~」
とおっしゃる。
膝が歪むと、必ずといっていいほど、ここに来るらしい。
あたり。
腰の痛みは自覚がなかったが、膝を傷めてから、何かとあると足首がいたくて、膝は痛くなくても、足首が痛くて歩けない日もあったほどなのだ。
そして、首は、「頭痛に発展するほど」痛い。
そのすべてを直していただくのに、約1時間。
施術が終わると、びっくりするくらい、体が軽くなっている。
「筋肉痛の残滓」
という程度の痛みは2日ほど残ったりもするが、それでも、随分楽だし、この2日間、筋肉のクールダウンを心がけると、その後はさっぱり治る。
旦那の偏頭痛は10年越しの「持病」だったが、これも、1日の施術で快癒したのだから、骨の歪みというのが体全体に与える影響の大きさというのがわかる。
今回も、旦那は、
「それほど凝ってないから」
と言っていたが、治療を受けると、結構歪んでいたらしい。
治療後、
「うわ~すっきり~」
といっていたから、凝ってなかったんじゃなく、ただ単に、凝りに鈍感なだけなんだろう。
先生曰く、
「専門用語でいうと、痛み閾値がひくい」
ということになるそうだ。
結局、ひらたく言えば、
「鈍感」
ってことじゃんねぇ(笑)
私の膝の痛みに関しては、「気配」くらい残っている程度で、違和感は消えた。
なにより、頭の軽いこと。
今晩は、実家に帰っていた。
「肩が凝る」
という母に、
「カイロはきくよ~」
と宣伝してみた。
「いや・・・それほどじゃないから・・・」
やっぱしね(^^ゞ
一度治療を受けたら、次から、すすんで予約を入れるようになると思うんだけど。
どうやら、最初の治療は、「すごく高いハードル」なようだ。
まぁ、下手な先生、丁寧でない先生、良心的でない先生にあたると、本当に余計にいためたりすることもあるようなので、評判を聞いてから治療を受けるほうがいいと思うんだけど・・・。
とりあえず、南~中河内に住む人には、富田林カイロプラクティックオフィス、お薦めです。
ホームページもありますよ。
興味をお持ちの方は検索を!
-----
--------
TITLE: 記憶
BASENAME: 2622271
DATE: 07/16/2006 18:22:27
-----
BODY:
私が子供の頃に暮らした町には、「町並み」そのものが文化財として残されている区画がある。
友人が住んでいたので、よく通ったものだが、子供の頃にはそのよさはわからなかった。
友人の家は、自宅からかなり遠かったような記憶もあった。
私達がいつも行くカイロプラクティックオフィスは、このそばにある。
昨日、旦那がカイロの施術を受けている間、ちょいと子供の頃の記憶に色をつけたくなって、この町並みをぶらついてみた。
カイロの診療所からその地域まで歩いて10分足らず。
記憶の中よりも、ずっと狭い。
私は小学六年生の時に転校したので、どの道がどこに繋がっているのか、かなり記憶があやふやだが、うっすら覚えているその道は、記憶の中のその道と、たいして変わりがなかった。
ただ、驚くほどその天井や屋根が低い。
そして、「自分の遊び場」として覚えている地域の狭いこと。
遊び場と隣り合わせた地域なのに、一歩も足を踏み入れたことのない地域もあったりした。
それは、単に、「子供の活動の場の狭さ」の証左だけではない。
整体の施術を受けながら先生と話しをした。
「このあたりはまだましですけどね~、まだまだ家柄や血筋をうるさく言う土地柄なんですよね」
とおっしゃっていた。
先生のご友人は、○○寺領と呼ばれる、由緒正しい土地に住んでおられるらしい。
家を建て替えるときになって、洋風の建築、洋風の門の設計にしたら、親からどやされたそうだ。
「もったいなくも、○○寺領の家なのだから、門はきっちりした門にしろ!」
と。
で、結果、洋風の家に、寺の門のようなごっつい門が出来上がったんだそうだ。
門だけの建築費がウン百万かかったとか・・・。
つまりそういうことなのだ。
私が子供の頃は、「土地」と「土地」のいさかいがあったということなのだろう。
私は子供だからはっきりとした記憶はない。
が、ある学区に入ると、喧嘩になる・・・というようなことがあって、意味はわからないままに、「あの地域には入らないでおこう」としていた。
反対に、そちらの地域の小学生も、こちらの地域にでは見なかった。
自分とは直接関係のない、「先祖の功績」で、区別される・・・。
バカバカしいようだけれど、古い町では、いまだにその気配が残っている。
私は、一番はじめ、ある金融機関で事務をしていた。
社員教育の一環として、「差別対策ビデオ」を見、感想文の提出を求められる。
私はまとめ役もやっていたので、その感想文を一応ざっと見た。
「差別はいけない。差別をする方がおかしい」
大体そういう内容のものがほとんどだった。
確かにその通り。
しかし、「差別をするのが当然」の環境に生まれる人間もいるのだ。
その人達の意識をどう変えるか、その工夫がなければ、いくら、「差別はいけない」と言っても、それは、単に吠えてるだけ。
「笛吹けど踊らず」
てな状態なわけだ。
本当になくしたければ、ではどう意識を変えるか、と考えなければ意味がない。
私は、学級委員だとか、生徒会だとか、勤めてからも、○○リーダーとか、
○○長とか・・・とりあえず、まとめ役を仰せつかることが多かった。
どういう集まりが楽か。
例えば、学級委員の場合、嫌われ者の先生が担任だったとき、クラスはとてもまとまっていた。
結局、「公然と嫌われる人間」がいると、まとまるのだ。
スケープゴードの存在が、ほかの人間を楽にする、という一面がある限り、「自然」な状態では、差別はなくならないと考えたほうがいい。
「差別がないのが当然」
というのは、甘い、と思う。
だから、差別のない社会を作りたければ、かなりの苦労と工夫が必要なのだと思う。
その対策は容易ではないだろうなぁと思う。
差別が「利権」と結びつく限り、それは、まっとうには機能しないように思えてしまう。
ならどうすれば良いのか・・・。
私は、自分の心を、できる限り、「強く」持とうとは思う。
でも、できるのは、自分の心のことに関する「努力」だけ。
人間は、「自然のまま」でよい動物ではないと思う。
自然のまま、から進化して、強く優しくなるべき動物なのだ。
その努力の結晶の一つが、今の、「弱者でも生きていける社会」だ。
もちろん、その努力は、悪弊も生んでいるのは間違いがない。
しかし、少しずつ、少しずつではあるが、人は、高潔になっていっている、と私は思っている。
それなら、この難しい問題も、きっと1000年後には解決しているかもしれない。
私はそれを見届けることはできないけれど、きっと。
子供の頃に走った道をゆっくり歩きながら、そんなことを考えていた。
-----
--------
TITLE: 血
BASENAME: 2622272
DATE: 07/17/2006 12:56:34
-----
BODY:
義妹の出産予定日は、今日、つまり、7月17日だった。
昨日、旦那の実家に遊びに行こうかと考えていたのだが、出産間近の義妹も実家に帰っているはず。
「出産にかちあったら迷惑だしなぁ」
と、様子を見るために、電話をしてみることにした。
まず、旦那が実家に電話をした。
誰も出ない・・・。
次に、義母の携帯に電話。
「電波の届かない地域にいらっしゃるか・・・」
ふ~む。
義父の携帯。
「電波の届かない地域・・・」
むむ~~~~・・・こ・・・こりは・・・。
義妹の携帯に電話するしかないぞ、こりゃぁ。
呼び出し音は鳴る。
が、誰も出ない。
これは、多分、確実に、間違いなく・・・。
義妹は病院だ!
そして、義父・義母は付き添いだ!!!!!!
「どうする?どうする?」
うろたえる旦那に、もう一人の義妹に電話してみるよう提案したのだが、
「・・・・・・」
「なに?」
「で・電話番号わからへん・・・」
あ~~~っ!もう、男はこういう時、あかんのだ。
日頃、ちゃんと連絡網を作っとかんから、こういう時に慌てるんだっちゅの。
しかたないので、私の携帯をとってこようとすると・・・。
旦那の携帯が鳴った。
当の義妹かららしい。
産婦人科は、病院としては例外的に、妊婦(出産後)の携帯使用を認めている場所が多い。
出産後の女性に、
「公衆電話まで歩いていって出産の報告をしろ」
というのは酷だからだろう。
「なにがあったんや?」
声が、上ずり気味だ。
昨日の早朝に出産したとのこと。
お祝いを兼ねて見舞いに行くことにした。
義妹は旦那とあまり似ていない。
性格は似ていると思うんだが、容姿は本当に似ていないと思う。
それなのに不思議だ。
生まれたての姪は・・・ちょっと旦那に似ていると思った。
旦那と同じ血が流れてるんだもんなぁ、当然だよなぁ。
と思ったが、旦那は女装が指の先ほども似合わないようなごっつい容姿なので、姪がそれと似ているなんていったら悪いと思って黙っていた。
だが、義妹は、
「けんちゃん(義妹の旦那)に似ている」
と言う。
「けんちゃん」も、女装したらそれはそれは見物なほどのごっつい人なので、そういうなら許されるだろう、と、
「てつおさん(旦那)にも、ちょっと似てるし」
というと、
「え~~~~っ!!!」
とものすごいブーイング(笑)
ま、そういうものなのかもしれない。
惚れて結婚した相手なんだから。
たとえごっつくても、惚れた相手に娘が似てるのは許せるのだろう。
そして、いくら仲が良いとはいっても、惚れてないごっつい男と娘が似ているのは、なんかいやだと感じるのかもしれない。
惚れた相手と血の繋がった相手のどちらにも似ている娘と、その母。
のんびりと眺めながら、
「なんか面白い」
と思った。
-----
--------
TITLE: ポケモン映画
BASENAME: 2622273
DATE: 07/18/2006 20:17:39
-----
BODY:
前売り券についてくるポケモンデータが欲しくて、購入。
夏休が始まると映画館がメチャ混みになるので、今日、一人で見てきました。
多分、昨日の海の日などは混んでたんだろうが、今日はガラガラ。
ラッキー・・・だが、子供映画を、大人が一人で見ていると、結構目立つ。
小学生に、
「おばちゃん、大人やのに、なんで子供の映画見に来てるん?」
と聞かれて、
「キキッ!!」
と睨んだのは、一昨年のことだ。
とりあえず、「浮く」のは間違いない。
しかも、子供向けの映画って、ストーリーが単純な分、メッセージが明確で、結構感動してしまうのだ。
映画が終わって座席が明るくなった時、大人が一人で泣いている・・・というのは、かなり、恥かしい光景だ。
甥っこを連れてきたら良いのかもしれないが、甥二人を連れてきたら、映画に熱中できないしさ・・・。ふふ・・・。
ということで、とりあえず、今日は一人で映画鑑賞。
主人公は、「サトシ」なのだが、私はピカチュウのファンだ。
なんにしても、ピカチュウさえみられたら良い・・・のに、ピカチュウの出番が少なかったのは、残念。
好みの問題だが、「もののけ姫」以降、私は、ジブリ映画に熱中できなくなった。
まず、声優がひどい・・・。
あれじゃ、熱中できないよ~ってな感じ。
千と千尋の神かくしだけは、例外的に面白く見ることが出来たけど、やっぱし声の演技が気になって、世界にうまく入り込めなかった。
ハウルは、頭がクラクラして、映画の途中で飛び出しそうになってしまった。
メッセージがどこにあるのかさえわからなかったし、主人公達の性格の設定もよくわからなかった。
「原作を読んでみようかと思った」
から、原作の宣伝にはなったかも。
とは思ったけど・・・。
う~ん。
昔、ホロヴィッツが日本に来た時、
「骨董品は使うものじゃない」
と言った人がいたが、なんか、それがジブリにもあてはまるように思えて仕方ないんだけどなぁ。
盛り返すんだろうか?
と、悪態をつきつつも、絵の美しさでは、ジブリ作品は群を抜くと思う。
細部まで本当に美しい。
それに比べるといけないんだろうが、ポケモン映画は、細部が手抜きだと思う。
あれだけ大きなスクリーンに対応させるのだから大変だろうと思うけど、ピカチュウの可愛らしさは、映画ではガタ落ちになる。
小さい絵の時は特に。
まぁ、仕方ないんだろうけれども・・・。
そんなわけで、ピカチュウに期待しつつも、ピカチュウに期待していないという状態で観ていた。
それにしても、サトシは偉い。
素直で、男気があって、優しくて、やる気も勇気もある。
どの映画でもそうだが、世界のために、誰かのために命を張って、時には命を落とす・・・寸前まで行く。
こんなやつぁいねえよ・・・と言うのは簡単だが、映画の後は、自分も人のために命を張るさ!という気分になる・・・人も多いんじゃないかと思う。
偉い人が「勇気を持て!」と熱弁を振るうよりも、この映画を見せるほうがずっと効果があるんじゃなかろうか。
私はといえば、勇気とかどうとかは、もうどうしょうもないんだけど、少しだけ、素直な気分になって帰ってきた・・・ような気がする。
-----
--------
TITLE: 水周りの工事
BASENAME: 2622274
DATE: 07/19/2006 19:02:28
-----
BODY:
ガス湯沸かし器が壊れてから、もう8年以上になると思う。
使ってもないのに、いきなり給水ホースが外れたのだ。
引っ越してきた時に、このガス給湯器は既についていた。先住者が置いていったのだ。
冬場、お皿を洗うとき、下手にお湯を使うと手がガサガサになるので、私はどうせお湯を使わない。
だから、私は全く気にせず放っておいた。
が・・・、なんらかの処置をすべきだったのかもしれない。
朝、水音がするので見てみると、ガス湯沸かし器のホースから水が漏れているではないか。
どひぇ~。
元となる水道の蛇口を閉めるが、ダメ。
これは、蛇口も壊れているらしい。
パッキンの取換えですむなら、自分でも出来るんちゃうかいな・・・と、旦那に電話したが、旦那は既に仕事に入った後らしく、連絡がとれず。
うみゅ~と考えて、思い出した。
義父はエクステリアの工事を仕事としている。
水道はエクステリアじゃないけど、範疇なんじゃないか??
電話をすると、
「元の蛇口を閉めてもあかんのか~・・・よっしゃ、とにかく行ったるわ~」
義父も、話しの早い人なので、さっさと次第は決まった。
関係ないが、携帯に着信履歴が残っていたからだろうが、旦那から話が入った。
「水道が壊れた」
と連絡したら、その後、心配してくれたのか(ガスならともかく水道やっちゅうに、心配せんでええっちゅうに)何度も電話が入ったが、義父と話中だったので、無視・・・ごめん・・・。
うちにはわんこがいる。
警戒心が強く、人見知りだ。
姪はまだ1歳ちょっと。
吠えるものは怖いと思う年齢だろう。
てなわけで、修理をしてくださってる義父はほったらかしで、わんこを制止しながら、義母・姪としゃべって待つ。
ときおり、台所から悲鳴が聞こえてくる。
「錆び付いとるわ!ネジが回らん!」
・・・引っ越してから10年、一度もガス湯沸かし器を使ってませんから・・・(^^ゞ
「うわっ!!こっちもや!!!」
ガス湯沸かし器を使ったことがないだけじゃなく、触ってもいませんから・・・(^^ゞ
とはいいながらも、さすがにプロ。
水道管からガス給湯器へ繋がるパイプを外してくださいました~。
ありがとうございま~~~す
「ここに水道つける?」
と聞かれたので、
「いえ、どうぜガス給湯器は使いませんから、もう、水止めちゃってください」
とお願いすると、
「よっしゃ~、止水栓買いに行こう~!」
と、水栓とパッキン(?)を買ってきてくださって、工事は終わった。
義父が帰ってから気付いた。
そういや、台所の壁を拭いたのって、大掃除の時が最後だなぁ・・・。
フツウの嫁ならば、義父・義母が来るとなったら、神経質に掃除するんだろうなぁ・・・。
・・・・・・・・う~~~ん・・・・・・・・・
まぁ、私はフツウの嫁じゃないから、いっか!
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダメじゃん!!!
-----
--------
TITLE: 夏休み
BASENAME: 2622275
DATE: 07/20/2006 19:22:15
-----
BODY:
買い物の途中、大きな荷物を持って帰ってくる小学生と何人もすれ違った。
そういやぁ今日は終業式だ。
私は、夏休みの宿題は、7月中に終わらせてしまう子供だった。
とにかく、やらなきゃいけないことはさっさと済ませて、後はのんびり好きなことをしたいタチなのだ。
正直、やることを最初に済ませてしまうと、後はそれほどやりたいこともなく、ぼんやり過ごしてしまうことになりかねない・・・小学生の頃はともかく、現在はそういうことも多い・・・のだが、それでも、
「もっと早くやっておけば」
と思うハメになるのは、性に合わない。
特に、何か楽しいことが舞い込んできた時、やらなきゃいけないことがあるから諦めなくちゃならない、なんてことになるのは、大嫌いだ。
かといって、やるべきことをやらずにほうっておくというのも、いや。
やらなきゃいけないことをやらずにおける・・・他人に迷惑をかけても・・・というのも、一種の才能だと思う。
その才能を尊敬はしないし、その才能の持ち主とは出来るだけかかわりたくないが、私は、他人に迷惑をかけなくても、「やらなきゃならないこと」と銘打たれてしまうと、それを無視するという才能がないな、と思う。
・・・その代わり、「やればいい」という精神なので、その仕事の質は、粗悪だったりするので、それが良いのか悪いのかは、わからない。
つぅか、やるべきことをやらないよりは、ちょっとマシ程度だ。
いやまぁ、仕事だったり、他人に迷惑をかけるとなると、ちゃんとやるんですよ。
でも、宿題は、自分が(成績が悪くなって)困るだけだしね(^^ゞ
ま、その話しは後で(笑)
そんなわけで、7月中・・・特に、23日くらいまでは、ドリルやら問題集やらにかかっていたと思う。
といっても、小学校・中学校の宿題ドリルてのは、そんなに難しいもんじゃないので、ドリル1.5~2冊くらいが一日のノルマだった。これはたいしたこっちゃない。
小学生の時は、「絵日記」なんてのがあって、これは結構厄介だった。
が、私はこれも、40日分、7月中に終わらせていたのである。
今も文章を書く仕事をしているが(その割には、ひどい文章だとか、誤字脱字が多いとかいうツッコミはなし方向で、ひとつお願いします(^^ゞ)当時から、文章を書くのが苦手じゃなかった。
どうせ短い日記で良いのだから40日分でっちあげるのにはそれほ苦労しなかった。
問題はその後。
小学校なら、「自由研究」とか「工作」なんてのがある。
中学校の時は美術の宿題があった。
これがね~~~・・・。
工作なんかは適当に紙を貼り合わせておけば、それなりのものになることもあるんだけど、美術の宿題となるそうはいかないんだな。
とにかく、半日ほどで・・・できれば30分で済ませたいという気持ちが強いもんで、全くその気になれないのだ。
いわゆる「やっつけ仕事」ってやつ。
中でも一番ひどかったのが、中学校1年生の時の宿題。
「風景画」
というのが課題だったのだが、私が書いたのは、画用紙の真ん中ちょい左よりに、クレヨンで灰色の線を1本。
下半分を絵の具で真っ黒に。
上半分を絵の具で真っ青に塗ったシロモノだった。
課題を提出すると、当然のように美術の先生につっこまれた。
「なんやこれは、なんの風景や」
「家の窓から見た風景ですよ」
「どこがじゃ、説明してみぃ」
(灰色の線を指して)
「電柱です」
(黒を指して)
「隣家の屋根瓦です」
(青を指して)
「空です」
「瓦には見えんぞ」
「うちの窓がすりガラスだから、ぼんやりとしか見えないんですねぇ」
「なるほどな」
「納得いただけましたか?」
「が~~はっはっはっは」
「だ~っはははははは」
・・・・・・・・・・・・・
2学期、美術の成績は、10段階評価で、4か5だった。
よく「1」じゃなかったもんだ。
うちの学校は、当時、相対評価だったから、1や2や3の子もいたはずだ。
「アイデアが評価されたのか?」
と得意になっていた時もあったが、今思えば、1や2や3の子は、そもそも宿題を提出しなかったんだろう。
かくもかように、私は夏休みには、いい思い出よりも、あほらしい思い出の方が多い。
なのに、夏休みと聞くと、わくわくしちゃうんだなぁ。
不思議である。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 07/21/2006 01:37:35
が~~はっはっはっは だ~っはははははは と私も笑ってしまいました(^^)
いや、似たようなもんでした、私も。。。
-----
COMMENT:
DATE: 07/22/2006 08:07:33
手抜きばっかり考えてる子供でした、私(^^ゞ
今でもそういうとこあるんですが、大人になると、それなりの責任てのが出てきますから、少しはマシになったかな??なってなかったりして(T_T)
ひるさんも似たようなもんですか。
ちょっと安心(笑)
-----
--------
TITLE: 書く
BASENAME: 2622276
DATE: 07/21/2006 22:03:09
-----
BODY:
私の仕事は、一応、ライターである。
書くことは苦痛じゃないが、依頼から納品まで、最低3日はいただいている。
書くだけならば、1時間ほどで終わるものでも、そのまま納品したらえらいことになる。
誤字脱字、同じ言い回しの繰り返しが満載だからだ。
その見本が、このブログだったりする(トホホ(T_T))。
だから、一応書き上げても、次の日、言い回しなどのチェックをする。
そして、その後、仕事のことはすっかり忘れる。
映画を見ても良いし、本を読んでもいい。
ゲームをするのも良いかもしれない。
とにかく、仕事については、リセットする。
そして、その次の夜、もう一度文章を見て、ひっかかるところがないかチェック。
その上で納品となる。
それにしても、ワープロができてから、訂正・推敲が楽になったと思う。
原稿用紙に一文字一文字埋めていく作業だったりすると、後で訂正したいとなっても、
「めんどくさいから、もう、いい!」
となりそうだ。
以前、筒井康隆氏の原稿には、ほとんど修正が入っていないと聞いたことがある。
大体どんな作家でも、原稿用紙に、「この文字はこう変更」だとか、「ここはトル」とかの注釈が入っているのが常なのだそうだが、筒井康隆の原稿にはそれがほとんどないそうだ。
つまり、頭の中ですべての推敲が終わっているということなのだろう。
・・・常人技じゃないと思う。
普通の人間だと、頭の中でだいたい推敲をしているつもりでも、文章として吐き出したら、頭の中にあったものとは、幾分違うものだ。
結論を書き終えてみたら、最初の予定とは全く違ったものになっていることも、全く少なくない(とほほほほ)。
筒井康隆氏には、そういうブレが一切ないということなのだろうか。
これまた、常人技じゃないと思う。
私は、うまい文章を見ると、それだけをおかずに何杯でもご飯が食べられる・・・というと嘘になるが、2杯くらいならば、食べられる。
ので、学生時代~OL時代、おかずが少ない時は、筒井康隆の小説を読んでいた。
いやまぁ、結構グロい小説もあるので、どれでも良いというわけじゃないのだが。
例えば、「俗物図鑑」なんてのは、おかずにするには不向きだ。
かなりグロに免疫がある友人でさえ、これを読んだ後、食欲不振に陥ったそうな。
文章力がある分、グロい内容は、必要以上にグロく読ませるのだ。ぐぇええ。
しかし、内容がグロいにも関わらず、
「おかずにしたい」
文章もある。
「近代都市」という小説。
今ではもう考えられないことだが、昔、トイレつきの電車は、糞尿を撒き散らしながら走っていた。
トイレに流された糞尿を霧状に撒き散らせながら走っていたのだ。
沿線の家はたまったもんじゃないと思う。
これをテーマにした小説だから、清潔な話しを望むべくもない。
しかし内容はともかく、文章がうまい!のだ。
この小説の主人公は、どれだけの糞尿が家の窓から入ってきているかを証明するために、窓にキャンバスを設置する。
そこには、糞尿、経血、ティッシュのカスなどがびっしりとこびりついているのだが・・・。
その中に、使用済みのコンドームが張り付いていた。
この擬音がしびれるのだ。
「べっちゃり」とへばりついて
なんて表現だったらなんとも思わない。
「ぐちゃり」とへばりついて・・・
幼稚園に戻りなさい。
違うのだ。
これは、擬音とは言わないかもしれないのだが・・・。
氏はこう表現した。
「あきれたことにはコンドーム、どんぴしゃりとへばりついていて」
いかがですか。
「どんぴしゃり」
ですよ。
くぅ~~~~う。
これを頭の中から一気呵成と原稿用紙に噴出したのかぁあああ。
すごいなぁあ。
あぁ、どんぴしゃり。どんぴしゃり。
ご飯が進むなぁ。
-----
--------
TITLE: 美術の時間
BASENAME: 2622277
DATE: 07/22/2006 12:46:22
-----
BODY:
旦那が喜んでいるようなので(?)、美術の話題をもういっちょ。
私は、色の配置だとか組み合わせだとか、特徴をつかむことに関しては、苦手ではないと思う。
平均だ。
だが、ずぼらで雑いので、地道で細かい作業が好きではない。
それで、美術の成績は、「アイデア」「デザイン」が問われるものはそれほど悪くなかったが、彫刻だとか、写生なんかは、ひどかった。
美術の記述テストなんて必要はないと思うが、画家の名前だとかそういうものは覚えておかなきゃならないんだろう。
つまり、美術のテストというのは、暗記するしかないというシロモノだった。
私は、暗記科目が大嫌い。
地道に暗記するなんてのは、性に合わない、合わない。
公式さえ覚えればあとはぶっつけ本番の数学は得意だが、社会科は大嫌いだった。
だから、美術の記述テストについてもとっても嫌い。
というわけで、美術の成績は、10段階評価の6とか7がほとんどだった。
だが、一度だけ8をとったことがある。
「アイデア」が評価される実技だった時だ。
「自分のファーストネームをデザインした包装紙を描く」
というのがその内容。
私は、黄色のクレヨンで画用紙一杯に縦横に流線を描き、できた升目の中に、筆記体の「noriko」をちりばめた。
そして、今度は、絵筆に持ち替え、升ごとに、淡い色の水彩絵の具で色づけていけば完成。
20分もかからなかった。
にも関わらず、これは、結構よい評価点をもらえた。
見た目は、結構シックに出来上がっていたのである。
細かい絵柄をびっちり描いて、却ってうるさくなってしまい、評価点があまりよくなかった友人に、ぐちゃぐちゃ言われた記憶まで残っている。
というわけで、私は本当にめんどくさがりなのである。
さて、私が教わった美術の先生は、割と普通の人だった。
美術の教師にありがちな、「変人ぽさ」はなく、理論も実践も、非常に理解しやすい授業をする人だった。
割と人気もあったと思う。
それは、「栓抜きの柄を彫刻する」という課題の時のこと。
私はイルカを彫ろうと思い立ったのだが、「下準備」「事前調査」というのが嫌いで、行き当たりバッタリ、勢いで物事をこなす性格なので、イルカがどんな姿をしているか、全く調べずに彫りだした。
その結果、背びれも横ヒレもないものが彫りあがりつつあり、しかもなお悪いことに、誤って尾びれを削り落としてしまった。
こうなっては、イルカもくそもない。
提出期限は迫っている。
さて、あなたならどうする?
並の人であれば、サイズダウンして、ほかのものを彫るところだと思う。
が、私は、並ではない。
並外れたズボラなのである。
というわけで私は、すっぱり尾ビレを削り落とし、口の部分も削り落とし、そのままやすりをかけた。
提出期限が迫っているのだ。
作品を持ち帰り、徹夜する気はしない。
美術の作業は授業中に終わらせたかった。
さて、提出の日、当然のごとく入るツッコミ。
「おまえ、なんやこれは?」
「見たまんまですよ」
「わからん」
「すべての偏見を取り払って、素直な心の目で見てください。ほぅら、それにしか見えないでしょう?」
「・・・わからんな・・・」
「実はですね」
「うん」
「鰹節で~す!」
「なるほど、似ている!そっくりだ・・・・・って、アホかあああああああっ!!」
この時ばかりは、出席簿が頭に飛んできた記憶があるが、この先生が暴力教師だというわけでは、もちろんない。
この時は、それほど成績が悪くなった記憶がないので、ほかの課題作品がまぁまぁだったんだろう。
今、これを書いているうちに、こんな私を見捨てもせず、ちゃんと導いてくださったこの先生がどうなさっているか、ちょっと会いたくなった。
先生、お元気ですか?
-----
--------
TITLE: 鼻毛
BASENAME: 2622278
DATE: 07/23/2006 16:08:53
-----
BODY:
旦那と始めてのデートの時、私は、
「もし、鼻毛が出てたら、この話しはオジャンにしよう」
と決めていた。
一目惚れの興奮から告白。
その時の旦那の反応は鈍かった。
が、家に帰ったら、旦那から電話がかかってきて、初デートということに。
つまり、私としては、旦那がどういうつもりでデートに誘ったのかよくわからない上に、勢いで告白したので、多少なりのとまどいのようなものがあったわけだ。
それで、その決着をつけるために、
「鼻毛」
に命運を託した。
なんで、自分がそこまで鼻毛にフィーチャーしたのかはわからない。
考えてみれば、「寝癖があったら」でも、「洋服にシミがあったら」でもいいはずだ。
でも、その時私は、
「鼻毛が出てたら」
と思っていた。
頑固なまでに思っていた。
んもう、ど~~~~してもっ!鼻毛!!鼻毛が出でてたらっっ!!!だった。
しかし・・・なんで、鼻毛が出てたらいけないんだろう。
鼻毛が出るってことは、つまり、鼻毛が長いということだ。
まつげが長いのはよくて、
髪の毛が長いのもよくて、
鼻毛が長いのはいかんっつぅのは、どういう料簡じゃ!
鼻毛にあやまりなさい。
お綾や親におあやまりっ!!!!!
・・・とまぁ、鼻毛ってば本当に不憫だ。
長くて嫌われる毛なんて、そうそうないと思う。
髪の毛は、「つやつやの長い黒髪」なんて美女の代名詞だしさ。
下の毛だって、ないよりある方がいいんでしょ?
え?
いいんでしょ???
女性は脇毛の処理をしている人が多いが、反対に、脇毛を売りにしているAV女優さんもおられた。
「敢えて脇毛を伸ばす」
ことで、男心を惹いているわけだ。
これが、
「敢えて鼻毛を伸ばした」AV女優だったら、
いっくら美人でも!
「~でございます」とお嬢様言葉を使っても!!
・・・・きっと売れないだろう。
ポスターが貼ってあったとして、落書き自由だとしたら、どういう落書きをするだろうか。
ホッペにうずまきを書く人も多いかもしれないが、
やっぱり鼻毛を書く人の方が、多少なりとも多いんじゃないか、と思う。
鼻毛なのだ。
なんでかしらんが鼻毛なのだ!!!!!
とまぁ、何気なく鏡に向っていたら、鼻から一本毛が見えたんで、書いてみました。
えぇ、もちろん、すぐ切りましたとも。
即座~に切りました。
・・・・・。
あぁ、ほんと、鼻毛って可哀想・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: シッポ
DATE: 07/23/2006 17:58:51
私は眉毛きりハサミを突っ込んで切ってます。
デンジャラス感にドキドキします。
-----
COMMENT:
DATE: 07/23/2006 23:29:15
うう、鼻血との勝負ですね(?)
いや~~~、鼻の粘膜ってわりと敏感なので、ドキドキするです(笑)
しかし、どんな美人でも鼻毛が出てるってだけで台無しになるのが不思議ですわ。
鼻毛の威力ってすご~い(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 07/27/2006 11:28:21
のりちゃんさん 暑中お見舞い申し上げます
私の鼻毛話も聞いてください(笑)
それは10年ほど前のことです。
当時一歳だった長女を連れて 旦那と3人 伊勢のパルケエスパーニャに行きました。
パレードが始まり 陽気なダンサーが 代わる代わるそばに来て 笑顔!笑顔!笑顔!
・・・が、長女は大泣き!!(苦笑)激しく泣く!!(^^;;
元々 人見知りの激しい子だったので ビデオを撮りながら 苦笑いの私。
長女を抱いていた 旦那が私の所に戻ってきて 言いました・・・
『ものすごい 鼻毛ボーボーで 俺の方が泣きそうやったわ・・・恐かった』
残念ながら ビデオにはそこまでは映っていなかったのですが(笑)
そのあと 私もパレードに直接近付いて踊り子さんと 顔を突き合わせてみたら
確かに・・・もんのすごいっっっ 鼻毛ボーボーでした(爆笑)
べっぴんさん台無しっ!
-----
COMMENT:
DATE: 07/27/2006 16:16:23
以前、友人と話していたんですが、子供の頃に会った美人の人って、鼻毛が出てる子多くなかったですか?
私達が子供の頃って、彫りの深い人が「美人の流行」だったと思うんですよ。
彫りが深さと、毛深さは、ある程度比例するのかもしれないですね・・・。
しかし、ボーボーは確かに怖いです(笑)
-----
--------
TITLE: ラブシーンとポケモンレンジャー
BASENAME: 2622279
DATE: 07/24/2006 20:34:53
-----
BODY:
親と一緒にテレビを見ていて、濃厚なラブシーンになったら、どうします??
私は、逃げてました(笑)
うちの親・・・とくに父親は、固いを絵に描いたような人だったため、こういうシーンになると、何をどうしていいやら、さっぱりわからなくなるからだ。
話しは変わる。
私は今、ポケモンレンジャーというゲームをしている。
ストーリークリアまでは自分でやったが、どうしても捕まえられないポケモンがいくつかいた。
ポケモンレンジャーは普通のポケモンとは違い、動体視力のよさと、ある程度の反射神経が要求される。
私は、反射神経も動体視力も、並以下なのであ~る。
そんなわけで、ここしばらくは、
「あ・な・た♪、コーヒーでもお飲みになる?」
とご機嫌をとる日々が続いているのだ。
さて。
うちの旦那は、チャン・ツィイーのファンだ。
ってことで、以前から、「ラバーズ」を観たかったらしいんだが、うまいこと中古で安くDVDを買えたということで、ほくほくしていた。
だが、うちでDVDを再生しても、画面が小さいので美しさがあまり伝わらない。
私の実家には、でかいテレビとDVD再生機がある。
のだが・・・。
「ラバーズ」というタイトルからして、なんかラブシーンがありそうなんで、
「実家で観せてもらお~よ」
という旦那の意見を無視していた。
妻に逆らえない旦那は、しかたなくうちの小さい画面でちまちま見ていたが、その横で私はポケモンレンジャーをプレイしていた。
・・・どうしてもキャプチャ(つまり捕まえること)できないポケモンが・・・。
というわけで、
「ねぇ、このポケモンさ~、ちょこちょこっと、これさぁ、ちょこちょこっと、おねが~い。玉子焼き作るから~ん」
と、態度をくねくねさせていた。
うちの旦那は、いやいや始めたものでも、やり始めると本気になり、熱が入る。
私が半日くらい粘ってもキャプチャできないポケモンを、30分くらいでキャプチャしてしまった。
それでも30分かかった。
今日は旦那は夏休み。
「夕食どこかに食べに行こうか」
と提案すると、
「それやったら、実家でDVD観せてもらいたい・・・。アクション映画やし、画像綺麗やし・・・」
と、まだ言う。
それほどまで観たいのなら、と、
「ラブシーンなかった?」
と確認してみた。
「うん!」
と、力強く頷くので、
「そんじゃいいか」
と実家に電話をし、了解を得る。
うちの旦那は、アクション映画以外は見ない人で、ラブシーンでは寝てしまうような男である。
そう。
寝てしまうのだ。
つまり、ラブシーンになると、みちゃいないのだ。
そんな旦那に、ラブシーンがなかったかどうか確認した私も悪いんである。
しかも、旦那はゲームに30分熱中していたので、その間、画面はノーチェック。
で・・・、ひさびさ、実家で固まりました。
ラブシーン満載じゃん(T_T)
しかも、性的暴行まがいの表現も多かったりしてさぁ・・・。
つぅか。長いよ!!
くどいよ!!
ストーリーめためたじゃん(^^ゞ
ゲームクリアするための試練だと思うことにしました。
けどね・・・。
はぁ、やな汗かいたぜ。
-----
--------
TITLE: 吉野
BASENAME: 2622280
DATE: 07/25/2006 19:43:54
-----
BODY:
今まで実際に行ったことのある場所の中で、どこが一番好き?
と聞かれたら、私は、
「葛城か吉野か宇陀」
と答える。
どこも、山に近く、水が澄んで、自然の残る場所という点で共通するが、なぜか不思議とこのシーズンに出かけても、あまり蚊や虻がいない。
これは不思議なことだ。
2000M以上の高山にいけば、虫が生息できなくなるのはわかるが、吉野や葛城・・・宇陀はもちろん、1000M以下の山々じゃないか。
しかも、蚊が好きな水分もあって、茂みもある。
なのに、あまり蚊がいない。
勝手な考えなのだが、そのことが、
「聖地!」
という感覚を強く喚起する。
そして、これらの土地に行くと、人の親切さが身に染みることが多い。
行くと鮎のおまけをしてくれる鮎の屋台も吉野にある(笑)
そしてなにより、ここらの道を行く時、私はあまり不安を感じない。
というのも、道を尋ねると、ごくごく親切に丁寧に教えていただけることがほとんどだからだ。
もっとも、国土交通省に勤める友人によれば、奈良は「難しい」土地だとは言う。
歴史が古いだけに、土地同士のいがみ合いなどがある場合、根が深いのだ。
村意識が強いと、よそ者が住みづらいということもあると聞く。
私も田舎に育ったから、そういう難しさについては、ある程度推測できる。
「治安が良い」
ということは、
「顔見知り以外の人々に対しての警戒心が強い」
ということでもあるのだ。
それでも私は、葛城・吉野・宇陀という、奈良のこのあたりの地区が好きだ。
旦那が夏休み中なので、涼を求めて、吉野に向った。
うちの車のエンジンでは、クーラーをつけながら急な坂道を登るのはちょっとキツいので、クーラーをとめて窓を開けて登る。
窓から山の冷気がどっと入ってくるのがはっきりとわかる。
これは、苔の匂いなのだろうか、少し香ばしくて、そのくせ湿気を含んだ鼻腔のてっぺんを刺激する香りだ。
いろいろな花が咲いているのだけれど、花の香りは感じない。
花の香りは、山の香りの圧倒的な存在感の前では霧散してしまうのに違いない。
古くから、吉野の山には黄金が眠っていると考えられていたという。
確かに、吉野の空気は何かを蔽い眠らせるような、圧倒的な気を発しているように感じる。
別世界なのだ。
吉野の展望台から麓を見下ろすと、連なる山々が見えた。
マンションや、大型の施設は見えない。
人々の集まる場所が全く見当たらない。
ということは、つまり、多くの人々が集まる場所から、この山のこちら側を仰ぎ見ることもできないということになるのだろう。
「隠されている」
その思いが強くなる。
この展望台を少し登った場所に、「吉野水分神社」が鎮座する。
この神社にいると、私はなぜか落ち着いてほっとする。
穏やかで柔らかな表情を持つ神職さんがお仕えなさっているから・・・ということももちろんあるのだが、もう一つの理由は、この神社が閉鎖された空間であるということだろう。
楼門をくぐると、左側に回廊が伸び、10Mほどで、右に折れ曲がる。
正面に見える回廊は5Mほどで終わるが、その終点から、ご拝殿がこちらに向って並んでいる。
楼門の右側には、社務所のような建物がある。
つまり、神社の中にいると、「外から隠されている」状態となるのだ。
吉野の山には、古くからいろいろな人が、「隠されて」きた。
大海人皇子。
源義経公。
そして、南朝の後醍醐天皇。
彼らは、ここに隠れた後、みな態勢を立て直している。
大海人皇子は、吉野の国栖などの助力を得て、義経公は静御前という白拍子の犠牲により、そして、後醍醐天皇は楠木正成公などの力添えを得てだ。
ご存知だろうか、楠木正成公の甥に観阿弥がいることを。
吉野国栖は、謡曲にもなっているからご存知の方もいるかもしれない。
吉野国栖が翁の舞を舞って、大海人皇子を慰めたという故事にちなむ物語だ。
白拍子とはつまり、今で言う芸妓のようなもの・・・と言ってしまうと御幣があるかもしれないなぁ・・・まぁ、言ってみれば、夜の相手もすることもある、舞妓である。
おわかりだろうか。
つまり、彼らを助けたのは、みな芸能と関係の深い人々なのである。
忍者が姿を変えるとき、芸能の民の姿に身をやつしたということは少なくないようだ。
それは、芸能の民は、定住する土地を持たず放浪したからだという。
情報を集めるために遠国へ行くとき、芸能の民の姿をしていれば自然だということもあるだろうし・・・もしかしたら、芸能の民と忍者の関係はもっと親密だったかもしれない。
しかし、「放浪」しているはずの民が、ここ吉野では、繰り返し登場するのだ。
キーパーソンとして、もしくはトリックスターとして。
黄金を蔽い隠す隠された山と、放浪の民。
ロマンだよな~。
私は、吉野の山の匂いを感じると、不思議に、体の中のすべてのものが刷新された気になる。
私の根っこがここにある。
そんな気がして心が騒ぐのだ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 落王
DATE: 07/27/2006 07:17:51
お久しぶりです。
好きな場所の中に吉野・葛城・宇陀とあって嬉しいです(^^)/
セミのカナカナという鳴き声と体感温度など文学的というか、そうやってじっくり考えたことがなかったので興味深く読ませて頂きました。
いよいよ富士山登山が近づきましたね。最期のオフということで行けなくて残念ですが・・・どうかお気を付けて楽しんできて下さいませ。
富士山には登ってみたく、毎年子どもと行こうかと悩むのですが行けておりません。8月初めは宇陀で花火大会があるため用事が多いのも原因ですが・・・。
また教えて下さいね。
-----
COMMENT:
DATE: 07/27/2006 09:14:23
宇陀ではカナカナも鳴いてそうですね。
うちも十分田舎ではありますが、低地なのでカナカナの声を聞くことはできません。
というと、
「結局、カナカナの声がすきなんかい」
とつっこまれそうですが(笑)
そうなんです。好きすぎると怖くなるんですね(^^ゞ
富士登山、はりきってきます!
帰ってきたら、報告しますね。
-----
--------
TITLE: カナカナ
BASENAME: 2622281
DATE: 07/26/2006 23:07:08
-----
BODY:
カナカナの鳴き声は、どうしてあんなに悲しそうなのだろう。
そもそも、セミは、恋人を探すために鳴くのだという。
「みてみて、僕を見て!」
「ほら、僕の声、いいだろう?」
そういう意味で鳴くのだということだ。
アブラゼミや、ミンミンゼミの声はその目的に似つかわしい。
明るくて騒々しく、魅惑的でもある。
しかし、カナカナ・・・ひぐらしとも呼ばれる、山奥にしか生息しないセミの鳴き声は、
「カナカナ」
というよりは、
「キリキリ」
と表現する方が正しいのではないだろうか。
色の白い美女が、去り行く恋人を呼び止めるような・・どこか悲痛な響きがある。
さて、私達夫婦は、今日はちょっと遠出。
滋賀~福井を周ってきた。
具体的には、余呉湖近辺と、敦賀、そして鵜の瀬だ。
私は、暑がりのくせに、クーラーがあまり好きではない。
だからドライブ中も、できるだけ、窓を開けて走ってもらうようにしている。
真夏の昼間はさすがにクーラーがないと辛いのだが、朝と夕方は、窓を開けて風を感じながら走るほうが快適だ。
今日は最終目的地である鵜の瀬で夕立に会ったので、その後急激に気温が下がり、窓を開けると涼しくて気持ちがよい。
窓を開けて水の森を走っていると、少し震えが入る。
気温をはかると、27度。
寒いほどの気温ではない。
なのに、この肌に感じる冷たさはなんだろう?
五感を耳に集中してやっとわかった。
カナカナの声のせいだ。
森に棲むカナカナは、一匹が鳴くと、ほかのものがそれに共鳴するように合唱する。
そして、悲しい響きが森全体に響き渡ることになるのだ。
その声が、車内の体感温度を下げていた。
カナカナと響く音に注意を傾けていると、開いた窓からどんどんその声が押し入ってくる。
車の中が、青く透明なカナカナの声で充満する。
それはゼリー状で冷たく青い。
深呼吸すると、カナカナの悲しみが心の中まで忍び込みそうな気がして、思わず息をひそめてしまう。
指を動かすと、カナカナの叫びに触れそうな気がして、動きまでとれなくなる。
私は、カナカナに捕らわれて、身をひそめたまま動けなかった。
魔に出会う、というのはこういう状態を指す言葉かもしれない。
カナカナの鋭く湿った声に囲まれて、私は身動きができずにいた。
カナカナの声が、闇に溶け出してしまうまで、動けないと思った。
何か、とてつもなく、恐ろしいと、私は感じていた。
カナカナの音はしばらくは車内に居座り続けるだろうと、途方もなく長い苦痛を予感していた時のことだった。
「はぁ~~~、お腹すいたなぁ」
旦那の間の抜けた声と同時に、カナカナの気配は霧散した。
呆れた気分を感じて旦那の顔を見ると、
何も気付いてない表情で私を見返した。
そして、ニカッと笑う。
「のりこもおなかぎゅう~ぎゅ~やろ」
「なんでそう思うん?」
「ずっと無口やったからな」
・・・・・・・・・・・・
すべての感覚が気の抜けたものになりそうで、自分の気持ちを鼓舞するために、右手で旦那の太ももをピシャピシャたたく。
旦那の体温は高い。
平熱でも36度7分くらいある。
それだけ筋肉がエネルギーを熱に変換しているのだと思う。
旦那の太ももに触れた右手に温かみを感じ、体の芯がぽっと明るく暖かくなる。
この人は、健全だ。
恐ろしいくらい健全だ。
カナカナの叫びなんか及びもつかないくらい、途方もなく健全なのだ。
旦那が私のために何かをしてくれた時よりも、何かをくれた時よりも、
私は、こういう時、
「あぁ、この人と結婚してよかったな」
としみじみ思う。
そうなのだ。
私は、改めて確信していた。
この人がそばにいてくれる限り、
私が、カナカナの悲鳴をあげなければならない事態には、多分、なることはないだろうと。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 07/27/2006 14:23:48
あまりに偶然で連続でコメント失礼いたします。
私も昨日高速道路・・・岡山のSAで車から降りた途端に足が止まってしまいました。
ヒグラシの声に 身動きが取れなくなってしまったのです。
そーっと 後ろを振り返ると SAの近代的な建物を寄せ付けない木立が・・・
その木立全体から ヒグラシが鳴いていました。
町中で聞こえる セミの声とは違う 不思議な感覚に 自分でも驚きましたが
のりちゃんさんの ブログを読んで さらに 不思議な気分で一杯です。
のりちゃんさんらしい ヒグラシの捉え方に 関心・感心そして寒心です。
-----
COMMENT:
DATE: 07/27/2006 16:20:25
多分・・・ですが・・・。
ひぐらしの声を聞きなれていない人の多くは同じような感覚にとらわれるように思うんです。
あの声は、何か特殊ですよね。
心の琴線に触れる声というか。
325さんのコメントを拝見して、
「やっぱり旦那は変だ」
という思いを新たにしました(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 07/29/2006 09:24:26
いやいや(笑)
のりちゃんさんの旦那さんはほんと健全なんですよ(^^) 変ではないです。はい。
-----
--------
TITLE: 文章を書く
BASENAME: 2622282
DATE: 07/27/2006 16:03:54
-----
BODY:
通勤のお供、眠くなるまでの時間つなぎ、人から「本通」と呼ばれるために。
本の利用方法を尋ねたら、さまざまな答えが返ってくるだろう。
もしかしたら、「枕にするために」なんて答える人もいるかもしれない。
たとえば旦那は、まさにベッドの友として、本を活用している。
彼によると、「よい睡眠剤」となる本はいくつか存在するのだそうだ。
推理小説などは却って目が覚めるだろうから、TPOに合わせた本が存在するのは間違いない。
OL時代、私にとって本は、「なくてはならないもの」であった。
電車の中で、友を待つ間、昼食をとりながら、本がないと間が持たなかった。
同僚と一緒に昼食をすることも週に何度かはあったが、彼女達が好んで話題にする噂話やテレビドラマに興味がなかったので、一人でレストランに入り、本を片手に昼食をする方がリフレッシュしたのだ。
今思えば、付き合いが悪いと思われていたかもしれないが、私はそれで快適だった。
つまり、私にとって、情報源の九割以上が本と新聞だった。
こういうのを「活字中毒」と言うのだと後で知ったのだが、確かに中毒だったと思う。
電車の中で本を読み終えてしまい、次に読む本を持ってくるのを忘れたと気付いたときなどは、軽いパニック状態となってしまったくらいだ。
OLをやめて、通勤の必要がない今、レストランでご飯を食べるときは、考え事をしたり、同行の友人と話しながらのほうが好ましいと感じる。
この方が、ご飯がゆっくり消化されていくようで、胃腸の調子がかなりよい。
電車の中でも、流れていく景色を眺めるのが楽しい。
新しいビルが建っていたり、反対にビルのあった場所が更地になっていたりして、ちょっとした間違い探しを楽しむこともできる。
多分、私は今、活字から解放されたのだ。
以前は本屋の新刊コーナーで気になった本をすべて抱えてレジに並んでいた。
そして、流すように読んでいたから、内容が全く頭に残っていない本も少なくない。
今は時間のある時に本屋の隅から隅までゆっくり見て周り、読みたいと思った本を一冊だけ、じっくり考えて選ぶ。
そして、時間のある時、わくわくしながら表紙をめくり、一頁ずつ味わうように読む。
そうなって始めて、自分の読みたい本を楽しんで読むことができるようになった。
今までの私は、確かに多くの活字を読んでいたが、けしてたくさんの本を読んでいたわけではなかったのだ。
「読んだ」と堂々といえる本の数は少ないが、その中で、何度も繰り返して読んだ本がある。
それが、谷崎潤一郎の「少将滋幹の母」だ。
ストーリーは極めて平坦で、主人公の心踊る活躍や、恋のどんでん返しなどは全くない。
幼い頃に引き離された母への恋慕を持ち続けた主人公が、年老いた母と再会するまでの物語を、今昔物語や大鏡などの古典資料の記述を交えながら展開させてあるものだ。
ただ、登場人物一人一人への作者の目は温かく、一般に菅原道真公を陥れた悪者とされている藤原時平についても、「笑い出したらとまらない」という愛すべき特徴に言及している。
何よりも好ましいのは、文章の流れが心地よいということだ。
好みの問題だとは思うが、谷崎の文章を「下手」という人はいるだろうか?
まぁ、いるかもしれないが、
その人自身が書いた文章を読んだら、
「すっごい感動!」
か、
「お話にならない」
という気分になるだろうな(^^ゞ
私の独断と偏見なのだが・・・。
物語を楽しむのなら、映画でも漫画でもよいと思う。
でも、映像による表現とも、絵による表現とも違う、文字だけで表現した「本」にしか持つことのできない悦楽というものが存在する、と確信している。
もちろん、映像にしかない悦楽、漫画にしかない悦楽も存在するのだろうが、私はそれを感じ取ることができない。
多分、小説という形式が私には合っているのだと思う。
そして、この短い小説の中には、それがあるのだと思う。
そして「それ」とは、文章の流れと物語の流れによる・・・う~ん、陳腐だけど、つまり、ハーモニーなんである。
ハーモニー・・・ぶぶ・・・やっぱ陳腐だけども。
推理小説や冒険小説が好きな旦那は私が好む本を読んで、
「物語がない」
と言う。
私が今まで夫に薦めた本を思い出してみると、確かに、物語に起伏がなく、登場人物の感情の変化を、率直に描かれたものが多かったかもしれない。
それでも、マニアックなのは除外して、村上春樹の短編とかなんだけど・・・。
やっぱり冒険や推理は少なめである。
しかし、反対に夫が好む冒険小説などを読むと、
「文字で表現するより映像の方が向くのではないか」
と考えてしまう。
「旅情物」などという作者の特徴は表れるが、個性を私は読み取ることができない。
文章にしか表れない筆者の感性というものが、文字と文字の間に存在するのかもしれない。
そして、私はそれを夫の薦めてくれる本からは感じないというわけだ。
そんなわけで、私は文章を書く。
うまくは言えないが、そこに、文字にしか顕れない「私」自身があるような気がするのだ。
-----
--------
TITLE: 人間なんて
BASENAME: 2622283
DATE: 07/28/2006 17:53:53
-----
BODY:
午後から時間がぽっかり空いた。
遠出する時間はない。
せっかく平日の外出なんだから、土日は混む場所が良い。
旦那は、海遊館に行ったことがない。
ということで、ま~たまた行ってきました。
海遊館。
入口にあるアクアドーム。
ここで立ち止まっている人は、海遊館が初めての人だろう。
こんなの目じゃないのよ、海遊館の内部は!!
ふふふふふ・・・。
って、私が偉いんじゃないんだけどね(^^ゞ
カワウソの森へやってくる。
私は今まで、こんなにたくさんのカワウソが遊んでいるのは見たことがない。
今日は平日だが、夏休みなので、出血大サービスなんだろうか。
ざっと見ただけで6匹くらいが、泳いだり、陸地部分で遊んだりしている。
水の中からカワウソが飛び出してきて、また水に潜っていく。
少し地下に行くと、水の中に鮎が泳いでいるのが見える。
その群れにカワウソがアタックをかけている。
・・・が、じ~っと見ていても、
一匹たりとも獲れたためしがない。
人間だったら、もうええ加減なところで諦めるところだろう。
ど~せ、えさはもらえるんだしさ。
が、カワウソは何度も諦めずアタックし続ける。
それで、いつかは獲れるようになったらかっこいいんだろうが、
ま~ったく進歩ナシ。
「不屈の魂」
というよりは、
「学習能力0」
という感じがしてしまう。
・・・それが、可愛い。
次にラッコがいる水槽にやってくる。
ラッコって、何を考えているかわからない。
ぬぼ~っと水に浮かんで、たまに頭を水に突っ込んで、手をパタパタやっている。
どういう意味がある行動なのかよくわからないが、
「生産的」
という感じは全くしない。
丸いつぶらな目をキョトンとさせたまま、ぬぼ~っと浮かんでいる。
・・・それが、可愛いっ!
ペンギンの水槽。
でっぱったお腹に大きなお尻、そして短い脚。
中年親父なみの体形だ。
その上、お尻をふって、えっちらおっちらと歩く。
水の中を泳ぐスピードはすばらしく、美しいが、足をせぼめて水を切れば、そのスタイルは際立って悪いということが、わかる。
ほんま、ぽんぽこだ。
でも・・・そ・れ・が、可愛いっっ!!!
さて、海遊館の目玉は、なんといってもジンベェザメだろう。
それまでは、
「魚なんかどうでもええな。動物が可愛いな」
なんぞと言っていた旦那も、
「うわ~~~っ!すごいなぁ!!!」
と、水槽にかじりついて動かない。
「うわ、うわ」
「うわ~っ」
と、子供のように芸のない叫び声をあげて、見入っている。
ジンベェザメって、本当に不思議だ。
ただ、大きな体を旋回させて、泳いでいるだけなのに、人の心に深い感銘を与える。
ただ、の~んびりしているだけなのに。
でかい口に、離れた目。
決して「容姿端麗」ではないのに、見る人に、
「きゃ~っ、かぅわいいぃいっ!」
と言わせてしまう。
と、のんびり泳いでいたジンベェが、いきなり大口を開け始めた。
おやつタイムだ。
すごい吸引力で水を吸っているらしい。
周りを泳いでいる小魚が、大きな口に吸い込まれては、慌てたように口から這い出してきている。
確か、ジンベェザメの口は、シロナガスクジラなどと同じく、縦にぴっちりと髭が張っているので、オキアミなどの小さな魚しか食べられなかったんだと思うが、それにしても、あの大きな口に吸い込まれたら、小魚だってびっくりするだろう。
それでも、ジンベェザメのそばから離れない小魚も、なかなかすごい。
しかし、やっぱり、いつもゆったり泳いでいるジンベェザメの、このせわしないバキュームには、びっくりする。
・・・あんた、のんびりしてるようで、食い意地だけはすごいのね・・・。
でも・・・・・そっれっがっっっ!!
可愛いのであるっ!!!!!
いや~~ん、可愛い!!
・・・・・・カワウソ、ラッコ、ペンギン、ジンベェザメ。
どれもこれも、可愛い。
しかし、
カワウソ=学習能力0
ラッコ=生産性0
ペンギン=親父スタイル
ジンベェザメ=普段はのんびりしてるくせに、ご飯を目の前にすると人が変わる
・・・こういう性格の人間は、モテないよなぁ。
でも、動物や魚だったら、これをして、
「かわい~っ!」
と言わせるのである。
いいなぁ、魚って。お得だなぁ。
それにひきかえ・・・。
人間なんてっ!!!!!
-----
--------
TITLE: Service Temporarily Unavailable
BASENAME: 2622284
DATE: 07/29/2006 22:16:30
-----
BODY:
The server is temporarily unable to service your request due to maintenance downtime or capacity problems. Please try again later.
つまり、
「サービスは一時的に利用できなくなってます。メンテナンス中か、容量の問題なんで、またあとでつなげてみてね♪」
というような意味のメッセージである。
ここんとこ、ドブログさんにアクセスしようとすると、よく出るメッセージでもあったりする。
いや、それはいつか解消されれば、大した問題じゃないんだけど、個人的には、
「一時的に」
ってのが、クセモノだと思っている。
「一時的に」
という、この曖昧な言葉よ!!!!!
「またあとで」
って、いつやねん・・・という疑問に対するヒントはどこにもない。
1分後か、10分後か、1時間後か。
まったく見当がつかない。
いやいや、もちろん、これが、デフォルトのメッセージだってのはよくわかってるんで、絡んでるわけじゃないんですよ(笑)
ただ、私の感覚としては・・・。
不実だ、おざなりすぎる。
「いやよいやよも好きのうち」
的態度は、機械には似つかわしくないっつぅの。
もちっとデジタルに行こうぜ。
時代は二進法だぜ、プリティ・リトルサーバ!
と、ドブログにアクセスしてから記事作成にいたるまでに、何度もリロードを繰り返したせいで、何を書きたかったのか忘れてしまいました(T_T)
てなことで、今日はこのへんで~~~(^。^)ノ
・・・ドブログのおかげで、書くことを忘れた言い訳ができちゃった~♪
明日、またゆっくり思い出します~。
今日は義妹のお祝いに行って帰ってきたんで、もう、おねむなんでございます(^^ゞ
わたしゃ、子供か(T_T)
-----
--------
TITLE: インターネット
BASENAME: 2622285
DATE: 07/30/2006 15:06:36
-----
BODY:
思えば、つくづく便利になったと思う。
昔ならば、図書館へ行って、資料を手当たり次第に読まなくちゃいけなかったような調べ物が、今は、検索エンジンにキーワードを入れて、ボタンを押すだけ。
それだけで、かなりのことを調べられる。
もちろん、調べられるといったって限度があるのだが、それにしても、図書館で資料をバサバサと繰るよりは、ずっと短時間に、家にいながらにしてできるわけだ。
趣味の合う知り合いも増えたと思う。
普通に暮らしていたら、歴史に詳しい友人になんかそうそう出くわすことはない。
が、自分がそういうサイトを立ち上げれば、そこそこ、趣味の合う友人と知り合うことができる。
私はもともと集団行動が苦手だったが、史跡などは、歴史の知識がある友人と一緒に周るほうが断然楽しいということを知った。
今まで、集団行動よりも単独行動の方が楽しいと思っていたのは、趣味の合わない知人と一緒に周っていたからだったのだ。
インターネット通販も、便利なものが増えた。
資料的な本ならば、ネットで購入する方が早いし確実。
ずいぶんでかい本屋さんでも、私が探している資料は置いてないことが多いのだ。
営業するのにも都合が良い。
「こういうサイトをやってます。こういうブログをやっていて、毎日更新してます」
という売り込み方は、簡単だし、相手にも伝わり易い。
サイトについては、これだけの情報量で、訪問者がどの程度いるか・・・というだけで、内容をじっくり確認しなくても、ある程度の目安になる。
このブログも営業のつもりで運営しているので、とりあえず毎日更新だけは欠かさない・・・けど、更新するだけで、内容がスカスカのことも多いなぁ(^^ゞ
それじゃいかんのだけれど、とりあえず、毎日書けるということを売り込むことは出来るわけ。
ネットというツールがなければ、こういう売り込みは叶わなかったと思う。
ネットでの情報は、「宣伝」「広告」以外の口コミに溢れている。
パンフレットでは、
「夜景が美しい旅館」
だったりしても、ちょっと検索すれば、
「はとの糞だらけで昼間は窓を開けたくない」
という事情のある旅館だとわかったりする。
もちろん弊害もある。
例えば、「出会い系殺人」なんていうのがある。
殺人とまではいかなくても、脅迫・ゆすり・たかりなどに発展しているケースは、思いの他多いんじゃないかと思う。
いわゆるデリバリーヘルスの女性は、過去からいただろうが、組織とコマメに連絡をとることで、殺人という最悪の事態にならないような工夫がされているはずだ。
が、「出会い系」の場合、組織ではなく個人、しかも素人だ。
出会い系に関するような事件は、ネットがなければ、そうそうなかっただろうと思う。
「手軽」になった分のリスク管理が、まだ整備されていない、ということだろう。
私個人として今一番怖いのは、
「人間関係がいとも簡単にできあがるような錯覚」
だ。
ネット上の人間づきあいの奇妙な騒々しさと、空虚が怖い。
インターネットサイトの運営を始めて、時間がなくなった。
サイト運営は営業のつもりもあるからよいとしても、舞い込むメールや、書き込みへのレスが、結構バカにならない。
そして、実生活の上ならば、多分、近づかなかっただろうし、相手も近づいてこなかったろうな・・・と思うタイプの人と、ネットを通じると、触れ合うことになる。
このこと自身は良い経験になるし、勉強になるな、と思う。
怖いのは、その後だ。
私は、相手に対して特に親しい感情は持っていなくて、こちらからはなんのアプローチをもせず、相手の言葉に対して最低限の答えをするだけに努めていても、どんどん相手の態度が親しげになってくることがあるのだ。
誰とでも親しくできるわけはないからこそ、親しくできる人の存在がありがたいのだと思うのだけれど、ネット上では、誰とでも親しくできるような錯覚に溢れている。
これが、ものすごく怖い。
私がインターネットを始めたのは、10年以上前。
会社のシステム担当者のようなものを任されたのだ。
サイトを作ったり、メールの管理をしたり、当時は設定も簡単ではなかった上に、周りにコンピュータに詳しい人間がいなかったので、いきおいネット上で質問することになる。
が、当時は、女性のネットサーファーの率は少なかったので、私は男名前で活動をしていた。
女の名前で質問をしたりすると、
「一度会いませんか」
などという話しになってしまうことも多く、ややこしくって仕方ない。
だから、男の名前を使うことにした。
・・・が・・・、なぜか男の名前になってからの方が、
「会いたい」
という申し出を多く受けることになってしまった。
相手は女性だ。
このパターンの方が厄介なことが多かった(笑)
「死んじゃいたい!」
なんていうセリフをつきつける人もいたから。
仕方がないので、もう一度、女性名に変更したのだが・・・。
サイトを持ってるのが原因だと思う。
私についての情報はネット上に満載されているわけだから、相手にとっては、親近感を持ち易いということになってしまうのだろう。
事態はあまり変わらない。
実は、インターネットを始めて、私は、3人に対して、キレた。
「お願いですから勘違いしないでください。私はあなたと親しくできないです」
なんて言葉、実生活では滅多に使うものじゃない。
そのセリフをネットを始めてから、・・・といってもネットが誰にでも出来るツールとなってからのことだが・・・3人の人に吐くことになった。
あるサイト管理人にこの話しをしたら、
「私も・・・」
と言っていた。
これはほんとに怖いことだと思う。
つまり、距離感がうまく計れていないということだからだ。
この言葉、言われるほうにとってもいやなことだと思うが、言うのはもっとやなもんだ。
私は、まだこのセリフを吐かれずにすんでいるが、この先はどうかわからない。
ネット上の人間関係というのは、難しいとしみじみ思う。
もし、実生活上の付き合いならば、そこまで言う事態になる前に、言われる相手も気付くだろうし、言う側も、苦手な相手から逃げるのは、結構簡単だと思う。
それがネットでは、うまくいかない。
相手を避けていても、「避けられている」ということが、相手に実感として伝わらないのもネットの世界だ。
現実の世界ならば、目を合わさない・・・などの態度で、
「避けられてるな」
と理解することが出来る。
ネットだと、相手にメールを送らない、
相手がサイトを持っている場合は、訪問しない・・・くらいしか、「避けてます」という意思表示は難しい。
サイトを持っていれば、
「最近訪問がないな?」
ということで気付くかもしれないが、
相手から自発的にはメールがこない、などということで、避けられてると気付くことは、まぁないだろうと思う。
電話などで居留守を使われたら、
「避けられてるな」
と気付くが、
メールの場合は、相手が読んだかどうかわからない。
返事がこなければ、「読まずに捨てられたかもな?」くらいのことは感じるけれど、もしかしたら、迷惑メールと一緒に間違って捨てられたかもしれないわけだ。
ネット上だけで人間関係を築くということは、本当に、本当に難しいことなのだと思う。
ヤマアラシのジレンマという言葉がある。
ヤマアラシが寒さを感じて、隣にいるヤマアラシのそばに近づく。
が、近寄りすぎると相手の針が刺さって痛い。
でも、離れすぎると、寒い。
この距離感をお互いに計りあって、ヤマアラシは「心地良い関係」を作り上げることが出来るわけだ。
実生活で人と親しくなるにはそういうプロセスが必ずある。
まず、お互いが、相手を「親しくなりたい人」と認識しなくてはならない。
その上で、お互いが自分の話しをして、理解しあう、反発しあう、そしてまたお互いに寄り添おうとする。
そういうプロセスを経て初めて、親しくなる。
が、ネットでは、一足飛びに親しくなれるという勘違いが普通にまかり通っているような気がする。
私自身としては、同じ趣味の人と、
「じゃあ、一緒にここに行きましょう」
となって、少しずつ親しくなっていくということはあった。
同じ趣味であっても、気が合わずにそれきりになることだって多々ある。
そうやって、人間関係が出来上がっていく。
親しくなるためのプロセスが全くないのに親しくなったと勘違いしてしまうのが、ネットの世界の一番恐ろしい弊害ではないかと思う。
どうも、距離感がおかしいのだ。
「ネットで声をかけあって心中する」
という事件の問題も、同根ではないかと思う。
インターネットの世界は、まだまだ発展途上だということなのだろう。
どれだけコミュニケーションツールができても、人間関係の距離感が正常にならなきゃ、ネットの人間関係は成熟しないかもしれない。
それが何年後かはわからないが、この10年間の発達を考えれば、2年後には、すっかり落ち着いているかもしれない。
しかし、この過渡期の今でないと見れないものもあるだろう。
経験できないこともあるだろう。
だから、目をそらさないでおこうと思う。
インターネットという形ではなくても、電波などを通じて、家にいながらにしてコミュニケーションをとるというツールは、これからどんどん発展するだろう。
それに乗り遅れないように。
私は、目を見開いて、周りの景色を見詰めていたいと思う。
-----
--------
TITLE: おしり
BASENAME: 2622286
DATE: 07/31/2006 17:20:30
-----
BODY:
私がOL1年生のころ、田村正和氏の全盛期だった。
「大人の魅力」
というのもあったのだろうが、私の周囲で一番評価されていたのは、彼の
「しり」
だった。
男性でも、女性の胸よりお尻がすきという人がいるだろうし。
「尻」は、まぎれなく、性的魅力を有しているのだろうと思う。
「キュッとあがってるのがいいよね~」
「しまりがあるよね~」
・・・へぇ・・・。
そういわれてみて、まじまじと氏のおしりを見詰めるが、そこには、単に小さなおしりがあるだけで、それがどうして評価に繋がるのか、私には理解できなかった。
私は、しりフェチじゃあないのだろう。
人間の男の尻なんぞはどうでもいい。
が、私は別の対象については、「尻フェチ」なのである。
昔、ジャンガリアンハムスターを飼っていた。
ぽっちとした尻尾と、短くて小さな脚がついた、ほわほわで純朴そうなその尻は、鑑賞に値するシロモノだった。
いかにもどんくさそうにお尻を振りながら、結構なスピードで押入れの隅などへ脱走を図るその後姿は、愛らしいという以上に、ニンフェットの魅力に満ち溢れていたとさえ言える(←ほんまか)。
丸くて大きな黒い目も十分可愛いのだが、おしりの魅力には叶わない、私はそう思っていた。
びーこだって、顔よりお尻・・・というかシッポが可愛い。
顔よりずっと表情豊かでもある。
わんこは表情筋がないのか、ごく少ないのか、それほどの表情を持たない。
飼い主が見て、「笑ってる」「悲しんでる」とわかる程度だ。
飼い主だって、体全体を見て、そうとわかるわけで、顔だけの表情ではわからないかもしれない。
その時、シッポは雄弁だ。
大きく振ったり、股に挟んだり。
その時々の気持ちをあらわにしている。
でも、何より可愛いのは、文鳥の尻だ。
黒い尾羽根の下に、白い尻部分がある。
ここの羽毛は特段に柔らかくふわふわ。
手の上に乗せているとお尻をぺったりつけて眠ってしまうことがあるのだが、そういう時は、まさに
「至福」
なんである。
・・・夏場はさすがに暑苦しいのか、なかなか寝てくれないんだけども。
さわり心地も良いんだが、ぴっとなったシッポの根本にあるその白い部分は、なんとも無防備で可愛らしい。
冬場、私のセーターをふんわりと広げたり重ねたりして、トンネルを作ってやると、もぐりこもうとして頭を突っ込む。
この時がチャンス。
お尻をこちらに向けているので、観察し放題なのである。
ということで、今日は、タオルでトンネルを作ってみました。
その先にお米を5粒ほど入れておけば、万全。
案の定、カゴから出ると、早速お尻をこっちに向けて頭をタオルに突っ込んでいる。
・・・・・・。
お尻に、糞のシミがついてるよ、チュッチュちゃん。
汚いけど・・・かわい~~~~~!!
-----
--------
TITLE: 肝試し
BASENAME: 2622287
DATE: 08/01/2006 18:17:30
-----
BODY:
小学校の林間学校の時、「肝試し」が開催される予定だった。
肝試しといえば、
男女一組、カップル誕生!
のための企画。
・・・とはいえ、小学校が企画するようなものだから、2人一組ではなく、4人一組で、そうそうラブコメのような状況にはならないとは思うが、それでも、小学5年生の女子には、なかなか興奮するものではあった。
が、好事魔多し・・・っていうほどのことでもないか(笑)
当日には雨が降り、計画は中止となった。
小雨程度だったのだが、山の中はすべるので危険だと判断されたのだろう。
「雨の日は霊の動きが活発になるから、心霊に憑かれないために中止となった」
などという説もあったが、教師が「怪我」「事故」の心配をするというのは、想像の範囲内だが、心霊に憑かれることを心配する教師というのは、どうもピンとこない。
事故を恐れての中止だったんだろう。
というのも、その後、
「肝試しの代り」
ということで、大広間に集められて、怪談大会になったからだ。
もし、「霊に憑かれる」ということを心配しているなら、怪談もしないだろう。
怪談をしていると霊が寄ってくるなんて話しもあるくらいなんだから。
「吊り橋効果」というものがある。
吊り橋を渡り終わって最初に見た異性に好意を抱く確率が高いというものだ。
つまり、吊り橋を渡る恐怖で動悸が早くなっているのを、恋愛によるドキドキと取り違えてしまい、そのことによって、その時目の前にいる人に恋心を抱いてしまうのだそうだ。
なにも吊り橋に限らなくてもよい。
オバケ屋敷や肝試しでも、「ドキドキ」さえするならば、同じ効果が期待できる。
そういうこともあって、肝試しでカップル登場となることが多いのだろう。
当時の私は、吊り橋効果なんて言葉は知らなかったが、肝試しの中止は、しごく残念だった。
その後、「夏のイベント」として、肝試しを3度ほど体験したが、
1度目は親戚が集まって先祖代々の墓場での肝試しで、私の相棒は弟だった・・・。
チッ!!
2度目は高校時代、クラブの合宿場での肝試し。
私の高校は女子高だった・・・くすん。
そして、3度目は、旦那と始めて出会った小旅行でのことだ。
私と旦那以外は夫婦だったので、私は旦那と組むことになった。
私は、旦那に一目惚れに近い感覚があったから、
「チャ~ンス!」
である。
・・・しかし・・・。
旦那は、ムードもクソもない男であった。
後からやってくる夫婦を脅かすために、物陰に隠れて、
「どうやって驚かす?」
「なにやって驚かす?」
と、そればっかり言っていた・・・まぁ、いいんだけども。
ドキドキなんかこれっぽっちもなかった。
「この人、すっごい変な人だぁあああああっ!!」
という「驚き」だけがあった。
もちろん、肝試しの「驚き」とそれとは、全く別者である。
さて、私と旦那は、結婚式をしたいと思っていなかった。
籍を入れりゃええことやんか、と思っていた。
披露宴の代りとなる宴会は必要だろうけれど、おおげさなことはしなくてもいいと思っていた。
が、母に、
「後でぜ~ったい後悔する」
と強行に押し切られ、結局、お色直しまですることになった。
神前式だったので、白無垢での挙式だったが、その後、赤い打ち掛けに着替えるのだ。
「ウェディングドレスなんてのは8頭身美女にしか似合わない!」
と言い張ったが、
「後悔する!」
の一点張りで、ドレスも着ることになった。
旦那と知り合ってからぶくぶくと20キロも太った私は、当時まん丸だった。
赤い打ち掛けをきると、夫婦漫才(離婚したんだっけ)としえ&れいじのとしえさんみたいに見えるってのに、ドレス着て綺麗に見えるわけないっつぅの。
結婚式の写真やビデオはタンスの奥深くに封印してあって、見直すのも恐ろしい。
結婚指輪のサイズは16号とかだった。
体重を元に戻した今では、手を振っただけで指輪が飛んでしまうので、結婚指輪を買い換えなければならないほど、当時は太っていた。
指輪交換の際、旦那が苦労して指輪を嵌めているところも、ビデオにバッチシ映っているはずだ。
うわ~っ、見たくない。
式をあげなくても、きっと絶対後悔なんかしなかったと思っている。
というより、親戚や親の手元に、結婚式の写真が残っているということにこそ、後悔を感じてるってば(T_T)
結婚するとき、私は、
「独身の時しかできなくて、私がやりたいことは、もう全部やったな」
と思っていた。
でも、夏が来るたび思い出す。
「ドキドキハラハラ、胸キュン(古い)の肝試しをするのを忘れてたっ!!!!!!」
このことを、後になって、今になって、すんごい後悔しているのであった。
あぁ、結婚式じゃなくて、肝試しをするべきだった!
-----
--------
TITLE: じゃがいも
BASENAME: 2622288
DATE: 08/02/2006 18:59:26
-----
BODY:
義父は、仕事の傍ら畑仕事もしているので、遊びに行くと、野菜をおみやげにもらう。
一番うれしいのはなすび。
焼いても煮ても、蒸しても揚げてもうまい。
旦那の好物は、ナスの餡かけ。
さっと蒸したものを一口サイズの薄切りにし、その上から、葛で軽くとろみをつけたこんぶ出汁をかけて冷蔵庫に冷やす。
みょうがの千切りとわさびを副えていただくと、これが、むちゃくちゃ、うまい。
しめじやしょうがと一緒に、甘辛い出汁しょうゆで煮込んで、冷やしてもおいしい。
とにかく、ナスはうまい。
・・・栄養価がそれほど高くない、と聞いても、やっぱりなすは嬉しい。
旦那が一番喜ぶのは、トウモロコシ。
私は喜ぶけれど旦那が嫌がるのは、ゴーヤ。
スイカやカボチャ、冬瓜などをもらうこともある。
冬場には水菜や白菜もいただく。
・・・で、今回は、タマネギとじゃがいも、ピーマンとシシトウを袋一杯もらってきた。
タマネギはなんぼあってもすぐなくなる。
ピーマンもシシトウも、毎日食べても飽きるもんじゃない。
さて、問題は・・・。
おじゃがだ。
じゃがいもってのは、結構すぐに芽が出て、しなびてしまう。
夫婦二人の家庭では、ポテサラを作るにも、大じゃが一つで十分だ。
味噌汁に入れるのなら、小じゃが一つ。
ジャガ炒めなら、中じゃが一つ。
毎日食べても、1ヶ月はもつほどもらってきたのに、献立が思いつかない。
大体じゃがいもって、主食とぶつかる。
私なんかは、ポテサラがあったら、ご飯がいらないくらいだ。
う~~~む。
と悩んで、大じゃが4つと人参一本、小たまねぎ4つをコンソメで煮込みミキサーにかけて、スープにした。
じゃがいものおかずは足が速いので、これから2日間、これが主食です。
んで、しつこくポテサラでも作るかな。
あとは野菜炒めと、玉子焼きくらいでごまかせそうだなぁ。
しばらくいただいた野菜類だけで食いつなげそうです。
が、じゃがいも・・・どうやって使い切るかなぁ・・・。
旦那に相談したら、
「ポテトチップスが食べたい!」
とか言いやがるし・・・。
自分であの薄さにスライスしてみろ~~~ってんだい・・・スライサーを買えばいいんだけどねぇ・・・。
悩むなぁ。はぁ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 08/03/2006 02:34:28
お茄子のあんかけ。ううーん、日本の味ですよね~(^^)わたしも大好きです。
でも味付けがどうも美味くできなくて、、、薄すぎたり味自体がなかったり。それに餡も団子状になったりするのですよ。火加減が難しいのかなぁ。
じゃがいもは、コロッケにするとずいぶん数が減りますよ。めんどくさいんだけどね(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 08/03/2006 08:46:42
ナスの餡は、こjぶとカツオの出汁が合うと思ってます。
だしじゃこだとどこか野暮ったいし、こんぶだけだと弱いし。
カツオだけでもダメじゃないとは思うんだけど、単調な気がして。
味付けはしょうゆと塩とお砂糖が基本で、それに味醂いれたり日本酒いれたり。
で、葛を溶いた出し汁の色が、白っぽく見えない程度にすると、さらっとした餡になりますよ・・・って、ちゃんと計れば毎回同じ固さの餡ができるんですけどね(^^ゞ
じゃがいも使うにはコロッケかぁ・・・。上手にできないんですよね。一個50円のコロッケの方がずっとおいしいと思っちゃうんです(T_T)
-----
--------
TITLE: 器
BASENAME: 2622289
DATE: 08/03/2006 08:08:44
-----
BODY:
おばちゃん、久しぶりに、
「私が間違っておりましたぁあああああ」
という気分になりました。
数独をやりながら日本昔話を見ていたら、亀田興毅の世界王座決定戦が始まっていた。
正直なところ、この三兄弟を見て、
「マスコミも未成年の少年達に無言のプレッシャーかけて、無駄なパフォーマンスさせよるよなぁ」
などと思っているくらいで、それほど興味はなかったのだ。
だが、派手なパフォーマンスの裏側に透けて見えるのは、若い少年のまっすぐな努力だったりするし、まぁ、話題の試合だし、なによりも以前、興毅の試合を見て、
「お、割と綺麗じゃん」
と思ったこともあったので、ずるずると見ていた。
私は格闘技については全くわからないのだが、とりあえず、
「綺麗ならOK」
なのだ。
「格闘技はショーじゃない」
と、ファンには怒られそうだが、重いパンチよりも、速くて軽いパンチの方が綺麗ではある。
ブルース・リーが本当に強いかどうかなんてどう~でもいいのだ。
あんなに綺麗なアクションできる俳優、ほかにいないんだから。
いや、マッハも見たし、カンフーサッカーも見て、面白かったけど、ブルース・リーほどじゃなかったぞ。
絶対、ブルース・リーが最高!!!!
・・・・私の勝手なんでほっといてください・・・。
ブルース・リー最高っ!!!!!
・・・そんな程度の私だから、まぁ、綺麗な格闘技を見せてもらいましょうか・・くらいのつもりで見ていた。
だが、見ていた人は知っているだろうが、試合は地味な展開を見せた。
派手なヒットがないまま、最終ラウンドまで。
・・・全然綺麗じゃないじゃん・・・
ニュースによると、試合判定後、抗議の電話が殺到したらしい。
Yahoo!の投票で見ても、この試合の判定は、フアン・ランダエタ選手に票を入れる人が多い・・・というかほとんどのようだ。
えらいことになってそうだから確認してないけど、2chとかでは大騒ぎになってるだろう。
としたら、投票はあんましアテにならない。
持ち上げられている分、反発も大きいだろう。
有名な分、アジられて投票する人もたくさんいるだろうから。
つまり、いろいろな要素をとっぱらってみれば、
「かなり微妙な判定」だったんだろうと思う。
プロの意見はというと、
ガッツ石松さんは、間違いなくフアン・ランダエタ選手の勝利という感じの意見だし、
輪島功一さんは、「勝ちに値する戦いぶりだった」と微妙なコメントみたいだ。
ま、「かなり微妙」だったんだろうと思う。
素人目で見ると、どっちが優勢かはわからなかった。
少なくとも、興毅選手は一回ダウンしてる分、不利に思った。
ただ、攻めという点では勝ってると思った。
素人の目のことだからわからないけど、少なくとも、Yahoo!の投票で見るほど、フアン・ランダエタ選手が勝ってるとも思わなかった。
ガッツ氏がいうほど・・・7ポイントも、興毅が負けているとは見えなかったな。
素人目では、良い勝負だったと思う。
パンチが綺麗に入った・・・という点では、興毅選手のが勝ってたんじゃないかな。
ま、素人目ですけどね。
それに、綺麗さと点数は関係ないんでしょうけども。
でも、派手な展開を期待していた人間には、
「むちゃくちゃ危なっかしい」
試合だったと思う。
ただ、パズル片手で見ていた私は、
「ま、これで判定負けしたら、マスコミも今以上のプレッシャーかけなくなるでしょ。その方がこの兄弟にとっても楽なんじゃないの~?」
なんて下衆丸出しのことを考えていた。
だから、判定勝ちが決まった直後、興毅選手が、
「どんなもんじゃ~~~!!」
と叫んだ時には、
「あぁ、あぁ、もう、自分でプレッシャーかけちゃって・・・。若いなぁ」
なんて、小市民丸出しのことを考えてしまった。
が、次の瞬間、言葉通り、腰が抜けた。
興毅選手は、こう言ったのだ。
「不細工な試合をしてすんません」
私は、高校野球が嫌いだ。
いや、嫌いじゃないけど、苦手だ。
高校球児が苦手ってんじゃなく、なんてぇのか・・・。
不安定さにハラハラするのがいやなのだ。
プロ野球ならば、10点差があれば、まず、心配する必要はない。
でも、高校野球では、たとえ20点リードしていても安心できない。
ちょこっとしたミスで、ガタガタと崩れてしまうことが珍しくないからだ。
こんなハラハラする試合なんか見たくないよ~!
そう思って、高校野球は避けていた。
精神的な安定。
試合においては、この要素はかなり大きいと思う。
亀田興毅は、第一ラウンドでダウンした。
が、決して浮き足立たなかった・・・と素人目には見えた。
彼の「定番」であるKOを無理に狙うことなく、着実に試合を進めていたように見えた。
あくまでも素人目には・・・だけども。
しかしその内実、19歳の彼は、
「不細工な試合をしたくない」
と思いながら、戦っていたのだ。
そして、そう考えながらも(素人目には)互角に戦ったのだ。
年齢で器を計ろうとしてはいけない。
「不細工な試合をしてすんません」
このセリフを聞いた瞬間、腰の力が抜けた。
「申し訳ございませえええええん!」
と叫びたい気分。
他人からのプレッシャー。
自分からのプレッシャー。
それがどれほど重いか。
んなもな、責任感の問題だが、興毅選手はそれをすごく感じる人柄なんじゃなかろうか。
それを自ら背負い。
それを忘れることなく、不利な状況で冷静に戦ったのだな。この19歳の少年は。
例えばうちの旦那なんかは、本当のマイペース男だ。
人がどういう期待をしようがま~ったく知らない。
マイペ~~~スにやって、うまくいくことが多いが、うまくいかない時も、
「うわ~、難しいなぁ」
で笑ってすましてしまう人間だ。
こういう人間がプレッシャーを感じないのは、別に驚かない。
努力してこういう境地になれるもんではないし、それは一種の「天才」だと思っている。
しかし、興毅選手は、いろいろな責任をもろに受け止めているのだろう。
「不細工な試合をしてはいけない」
と、
ただでさえ必要以上にプレッシャーのかかった、不利な試合の最中でもそう思い続ける程に。
それで、最後まで冷静に戦ったのだ。
判定に狂いがなかったのかどうかなんて、私にはわからない。
が、これだけは思う。
「この少年、私とは器がケタ違いに違う」
と。
「少年」なんて思ってて申し訳ありませんでしたぁあああ!!
と、思う。
年齢で器を計るのは間違いだと思う。
ま・・・ね。
TBSがお金で票を買ったという可能性が0とも思わないんだけども・・・。
でも、そのことを、興毅選手が容認してたとは、私は全く思わないし、もしTBSがそんなことをしたのだとしたら、それは、本人に対してもっとも失礼だろうと思う。
どれだけ血涙を流したかなのではないだろうか。
私は、自分の器以上のことをしてはいけないと思っている。
過積載の船は沈没するだけなのだ。
たくさんのことを引き受けたければ、自分の器を大きくする努力をしなくてはいけない。
それを、日頃どれだけ心がけているか。
それで、その人の器が決まると思っている。
少なくとも、興毅選手は、並大抵ではない努力をしているのだと思う。
マスコミから(無言の)強要を受けるパフォーマンスでさえ、自分の器内で処理出来るくらいの努力をしているのだろう。
ニュースによれば、本人は、
「勉強になった。まだまだ練習せなあかんということがわかった。まだまだ強くなれる」
とコメントしてるみたいだ。
そうやって、どんどん器を大きくしていくんだろう。
次の試合、次の次の試合。
まだまだ、「まだまだ練習せなあかん」という試合になるかもしれない。
が、1年後・・・いや、2年後には、誰にも文句を言われることのない試合を見せてもらえるんじゃないかと思った。
見逃さないで置こう、と思う。
-----
--------
TITLE: 富士山
BASENAME: 2622290
DATE: 08/04/2006 07:40:36
-----
BODY:
今日の夕方から富士山に登ります。
しばらく膝を痛めてたので、なんの準備もしてないんだけど、とりあえずマイペースで行って来ます!!
-----
--------
TITLE: ご来光
BASENAME: 2622291
DATE: 08/05/2006 04:45:00
-----
BODY:
さて、私がどこまで登ったかというと、須走口8.5合目。
標高3450M地点である。
同行の友人が、五合目半ばから高山病の様相を呈し、8.5合目でにっちもさっちもいかなくなったのだ。
しかしまぁ、3合目半も、高山病のままよう登ったなぁと思うのだが・・・。
わたくし、人間が青黒くなったのを始めて見ました・・・。
頂上まで登った後輩の話しによると、泡を吹いている人もいたとか。
普段1000M級の山しか知らない私には想像を絶するほどの登山客の数。
そして、その9割以上が、「へろへろ」状態で登っているという異常さ。
これが日本一の山なんだなぁ、と実感した。
当の私は、友人に合わせてゆっくり登ったのがよかったらしく、
多分、酸素が薄いことによる動悸は感じたものの、頭は爽快で、息も楽。
ご来光を仰ぐにはこれ以上のない気分でその地点にいることができた。
日の出の時刻は、4時40分ごろということだった。
標高3500M弱の明け方は、真夏でも、0度前後。
吐く息は白い。
上着の前を固く合わせて東を見詰めていると、空がどんどん赤くなる。
赤みが差したと感じたのは、4時ごろ。
その赤い光がどんどん太くなり、赤みも強くなる。
空が明るくなるのと反比例して、赤は黄色に転じる。
そして、満を持したとばかりに、黄金の太陽がその姿を顕すのだ。
その変化は感動的ですらある。
富士山からのご来光は、運次第で、見えない日も多いのだそうだが、毎日、世界のどこかでは、このようなショーが繰り広げられているのだろう。
私は、この日、38歳になった。
私にとっては、特別な日でもある。
しかし、同じなのだ。
毎日が特別な日。
今回、頂上まで登ることができなかったが、美しいご来光を仰ぐことができた。
来年は、頂上まで登り、「富士登頂」の「特別な日」を演出しようかと思う。
-----
--------
TITLE: 伊豆の花
BASENAME: 2622292
DATE: 08/06/2006 15:44:45
-----
BODY:
富士下山の翌日。
私と旦那、そして高校時代からの友人の3人は、車で伊豆を一周してきた。
伊豆は大阪から300キロほど東の地点にある。
それだけしか離れていない土地の海は、大阪の海とは比べられないほど青く澄んでいた。
が、ビーチの人だかりもまた想像を絶した。
波打ち際から遠く離れた場所まで人でぎっちり。
人を踏まずに海に入れそうもないほどの人だかりだ。
しかし、浜辺には人がゴロゴロ寝転んでいるのに、海に入っているのは、20人前後だというように見える。
う~む・・・。
つまり、泳ぎにきたんじゃなくて、「海に来た」わけなんだな。
商人の町、大阪では、
「なにしに来たんか、泳ぎにきたんじゃ、泳がにゃ損じゃ」
と考える人が多いのか、こんなに混んでいる浜辺から続く海が、こんなに閑散としていることはないと思うのだが、伊豆の海に来る人は、そういうガツガツした感覚ではないのだろう。
私達は、伊豆白浜にある、「伊古奈姫神社」に参拝したかったのだが、もろ渋滞に捕まってしまっていた。
いろんな意味で、エキゾチックであった。
う~~む。
その中でも、特に気になったのが、この花。
彼岸花のようだが、少し違う。
彼岸花という花は、遠めには大きな赤い花に見えるが、よくよく見ると、小さな花が放射状に並んでいるのがわかる。
この花の場合は、彼岸花の個々の花より少し大振り。色も黄色っぽい。
そして、花の総数が少ない。3~5個程度が集まって、一つの「花」の様子を呈している。
それは、彼岸花のような圧倒的な存在感はないが、マイペースで朗らかな感じの花だった。
その土地独特の性質はあると思う。
人柄にも花にも、海にも。
私がもし、一本の彼岸花だったら、どんな風に咲いただろう。
きっと、こんなに素朴ではないに違いない。
私は、この名も知らない、伊豆の花に、なぜだか軽い郷愁を感じたのだった。
-----
--------
TITLE: 日常へ
BASENAME: 2622293
DATE: 08/07/2006 15:58:38
-----
BODY:
私達が帰宅したのは、今朝2時。
風呂に入る前に体重を計ったら、出発時より3.5キロも増えていた!!
それほどたくさん食べたわけではない。
ふくらはぎを触って見ると、パンパン。
・・・今までにないほどにむくんでいる・・・。
富士山の7合目ほどで、ペットボトルに入れていた水をすべて捨てた。
5合目まで下山する途中、何度か、
「ベコッ!」
「ボコッ!」
という音を聞いた。
それは、ペットボトルがへしゃげる音。
気圧が高くなったため、ペットボトルの内圧が減じたための現象だ。
人間の体だってペットボトルと同じである。
外気圧の変化に対応するため、いろいろな工夫をしている。
その結果がこのむくみだろう。
私は冷え性じゃないし、むくみもあまり知らない。
しかし・・・。
こ・・・このふくらはぎは・・・。
正座すると、そのパツパツ具合が実感できて面白い。
多分、下山直後からこの状態だったのだろうが、非日常のあわただしさゆえか気付かなかった。
つまり、私は家に着いた途端、日常に戻ったのだろう。
今朝は8時起床。
普段よりは遅いが、家事をこなすに間に合わない時間でもない。
日常メニューをこなす体はまだ非日常的にパツンパツンである。
しばらくはこのアンバランスが続くのだろう。
人間の体とは、なんだか不思議なもんである。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 08/08/2006 01:59:14
富士登山おつかれさまでした(^^)
ご来光も拝むことができたようで、羨ましいです。
体が気圧の変化に慣れるようにゆっくり上るのが最善策なんですね。なるほどなーっ!て思いました。
しかし、ふくらはぎのパンパンはまだ元に戻りませんか。私も短期の仕事で大阪に2週間程行ったとき、ふくらはぎから腰にかけてがパンパンになって計ってみると3キロ増えましたが、土日の2日間をぐうたら生活してたら元に戻ってました。何もしないのがいいのかな?といってそうもいきませんよね、、、。
-----
COMMENT:
DATE: 08/08/2006 16:58:18
高山病対策は、「とにかくゆっくり」みたいです。
だから、体力のない中年よりも、
「いけいけドンドン!」
な若者の方が、高山病にかかりやすいんだそうで。
そういや、ひるさんの仕事も立ち仕事だから、脚、むくむでしょうね。
私も今日は昼から脚をあげた姿勢で寝転がって本を読んでました。
昨日の夜体重をはかったら、1.5キロ戻ってましたが、今日はどれだけ戻ってるかなぁ。
-----
--------
TITLE: 恐怖感
BASENAME: 2622294
DATE: 08/08/2006 16:58:44
-----
BODY:
私は一人で旅館に泊まるのが怖くてしかたない。
霊を見たことがないのに、いや、ないからこそ、旅館で霊に遭遇するのを恐れるのだ。
どうせ見えも感じもしないのだから、霊がいたってなんの関係もないのだけれど、恐怖感は理屈じゃないのだ。
ただ、その恐怖感というものは・・・当たり前かもしれないが・・・感性に左右されるものだと思う。
もう、語っても良い頃だろうか・・・。
私がサイトを始めたころ。
5年ほど前、神社の情報を交換する程度の知り合いがいた。
「ネット交際」だから、相手については詳しく知らない。
でも、私は彼のサイトに好感を持っていた。
対象物に対する愛情や、優しさを感じさせる、暖かいサイトだったからだ。
彼の情報も、自分の目で見たものを控え目に表現したものだったから、とても参考になった。
その彼のサイトにある掲示板に、
「○○くん(彼のこと)は死にました」
という書き込みがあったのは、やりとりを始めてから1年ほど後のことだったろうか。
誰かの掲示板に、「ここの管理人は死にました」と書き込まれたからといって、信じるのはばかげている。
私は「タチの悪いいたずら」と決め付けて、無視していた。
が、その後すぐから、彼と何度かやりとりをしていた人の、弔文が連なり出した。
大げさなほどの悲しみと故人の冥福を祈る言葉。
そうしているうちに、彼とそうそう行き来のなかった人まで、もっともらしい弔文を書き込むように。
もし、いたずらだったら、彼がどれだけいやな気持ちになっただろう。
私は、腹がたって仕方がなかった。
きちんと確認もせず、「弔文」などを書き込む無神経な人達にも、「管理人が死んだ」などと書き込んだ人にも。
しかし、「彼が死んだ」という書き込みにはある種の信憑性があったし、なにより書き込んだ人のメアドがちゃんと記されていた。
その頃はまだフリーメールなどというものがなかったので、私は、とにかくその人に連絡をとってみた。
「線香をあげに行きたいから、詳しい情報を教えてくれ」
という私に対して、
「彼」の本名・住所・電話番号、そして、死因について、詳しい返事が返ってきた。
もう、信じないわけにはいかなくなった。
母一人、子一人の家庭だったということで、なんと切り出したら良いかわからなかったが、お母さんに電話をし、神社参拝という共通の趣味で知り合ったこと、近日中に弔問することを告げると、
「息子が集めていたお守りを処分して欲しい」
との依頼を受けた。
懇意の神社でお焚き上げしていただくことにして、私はその依頼を了承した。
弔問の日、旦那は出張で私一人だった。
一晩、故人の思いが籠もる遺品と二人きりになることになる。
なんだかそれが不安だった。
「よく知らない人の魂」
と二人だけの夜というのが、存外に怖かった。
彼に申し訳ないと思いながらも、落ち着かなかった。
しかし、実際に弔問に訪れ、彼の遺影を見ただけで、その落ち着かなさは消えた。
彼の姿を知ったことによって、彼は、私にとって、「知り合い」となったのだ。
相手の顔を知っているということが、どれだけ大きなことか、その時私は思い知った。
彼の考え方や感性は、ある程度、メールのやりとりで知っていた。
だからこそのことだろうが・・・。
もし、彼の霊が出てきても、メールでやりとりしたように、楽しい話しが出来るような気がした。
恐怖とは、ちょっとした心の持ち方次第で強まりも薄まりもするものなのだと思う。
さて、今回の富士登山で、私は、JR三島駅近辺の、大倉旅館に宿をとった。
安い宿でもあるし、新品の綺麗な宿というわけにはいかないが、清潔で必要なものはすべて揃っていた。
蚊取りマットまでセットされていて、私達がチェックインするとすぐ、冷たい御茶とスイカを用意してくれた。
決して豪華ではないが、細部まで心配りされた部屋だった。
泊まる人に喜んで欲しくて仕方がない宿主さんが経営している旅館。
そんな風に感じる、応対と部屋だった。
「疲れたでしょう」
と、思いやりに溢れた笑顔で世話をしてくださる女主人を見て、
「この宿なら一人で泊まっても怖くない」
と感じた。
旅館だから、ここで客死する人がいた可能性は0ではない。
でも、この女主人さんに応対してもらった人が、この人に迷惑をかけたいと願うはずがないと思うのだ。
この宿ならば、何か怖いことが起きるはずがない。
そんな気がした。
世の中には、いろいろなものがある。
霊も怖いし、事故も怖い、地震も雷も怖い。
でも、綺麗な心に勝る「怖いもの」はないような気がする。
心の綺麗さというのは、ある程度、「才能」だから、まねしてできるものではないと思うけれど、私も、せめて、「知人の霊」ぐらいは怖がらずにすむ程度の、心の綺麗さが欲しいものだと、しみじみ思った。
-----
--------
TITLE: あほ
BASENAME: 2622295
DATE: 08/09/2006 17:00:37
-----
BODY:
うちには、「あほ」が二人と二匹いる。
構成員全部が「あほ」だ。
お互いに「あほ」と呼び合っているが、
それで混乱しない。
例えば、
「あほの散歩行ってくるで」
この「あほ」は、わんこのびーこのことだ。
「あほはどこへ行った?」
この「あほ」は、文鳥のチュッチュのことだ。
チュッチュは、放鳥されると、とんでもないところ(中腰になっている私のお尻の下とか)に飛んでくるので、いつも所在を確認していないと危ない。
「うわ、あほがおる」
この「あほ」は、旦那か私。
このセリフを吐いている人間ではないどちらかだ。
かように、最近では、すべての呼称が、
「あほ」
で通用するようになっている。
しかし、けして「冷め切った家族」というわけではない。
「あほ」という言葉には、「可愛い」というニュアンスが含まれるのだ。
男が女の肩に腕を回しながら、優しい瞳で、
「あほやなぁ」
と言うとき、その言葉は、
「可愛いな、好きやで」
という意味に等しい。
多分、標準語の
「バカだなぁ」
も、同じニュアンスがあると思う。
これって、他の国でも同じなんだろうか?
英語で
「あほ」
は、
「FOOL」
だと思うが、この言葉には、「可愛い」という意味は含まれていなようだ。
「バカにする」
だとか、
「愚か者」
だとか、ほぼ100%の蔑みがそこにある。
ただ、英語では、
「LITTLE」に「可愛い」というニュアンスがある。
「LITTLE」
つまり、
「小さい」
だ。
あまり端的に結論を出してはいけないけれど、日本人は、精神的に自分より「小さい」人をも、「可愛い」と感じるということかもしれない。
もちろん、
「おちびちゃん」
という言葉には愛情も感じられるから、日本語においても、肉体的に小さい人に対して「守ってあげたいカワイイ人」という感性はあるのだろうと思う。
でも、
「あほやなぁ」
「ばかだなぁ」
こちらの方が、
「おちびちゃん」
よりも、愛情を感じてしまう。
自分より「小さい」人と一緒にいると、どうしても、自分の方が大変なことになる。
相手に多くを求めることができないのだから、自分が背負う荷物が多くなるのは当然のことだ。
でも、人は、「小さい」人。
自分より精神的に、肉体的に「小さい」人を、
「可愛い」
と思う。
それは、人の精神の素晴らしいところじゃないかな、などと思うのだ。
さ、私も、あほたちと遊ぶかな。
-----
--------
TITLE: 暑い
BASENAME: 2622296
DATE: 08/10/2006 19:45:32
-----
BODY:
言うても詮無いことだが・・・。
暑い。
全く、暑い。
寒さから逃げるのはそうそう難しくない。
布団に包まっていれば、暖房器具がなくても暖かい。
が、暑さは・・・。
クーラーでもつけにゃぁ、どうしょうもない。
私の避暑方法は、それほどバリエーションがない。
Tシャツをぬらして扇風機にあたる。
これはかなり涼しいが、肩こりにはよくない気がする。
アイスノンをしきつめてバスタオルをかけ、その上に寝転ぶ。
7月ごろまではこれで十分涼しかったが、今ほど暑いと、これじゃあおっつかない。
扇風機の風を涼しく感じたければ、汗かきゃいいんだ!
と熱い御茶を飲んでみる。
だぁあああああ、熱い、暑いわっ!!!!!
ま、こうやって吠えてるうちに、秋になるんですけどね。
そんで、夏が終わるとなると、海岸に体育座りして、
「なんだか寂しい」
とか言っちゃうんだな(いや、海岸まで行きませんけど)。
人間って勝手だ。
しかし、こうやって、時間の流れの速さを実感すると、年だなぁと・・・。
はぁ。
暑いなぁ。
-----
--------
TITLE: からだスキャン
BASENAME: 2622297
DATE: 08/11/2006 20:55:06
-----
BODY:
ふと立ち寄った電器屋さんに、
「からだスキャン」
が置いてあった。
これ、骨密度と脂肪率を体全体と、部分に分けて計ってくれるシロモノで、CMを観たことがある人は結構多いと思う。
富士山から降りてから、体がむくみ気味で、食生活も乱れ勝ちなので、チェック。
脂肪率、24パーセント。
むむぅ。戻ってしまったか。
ま・・・まぁ、しょうがない。
とりあえず標準値だし・・・。
で、部分部分を見てみると。
胴体。
17パーセント。
へぇ。
脚。
・・・太もも太いからなぁ・・・。
え?
29パーセント。
ふぅ、ギリギリ、30パーセント以内かぁ。
腕。
ふむ。
31パーセント!!!
ドッカ~~ン!!!
そんじゃなにかい。
わたしゃ、胸に脂肪がついてなくて、手足が太いってか!!!
な~にが、
「からだスキャンうそつかない」
だ。
嘘さえつかなきゃええってもんちゃうんじゃ。
冷たい真実より、優しい嘘を聞きたいわ、私(T_T)
この腕の31パーセントが脂肪ですか・・・。
確かにぷるぷるしとるわ。
今まで、平気でノースリーブ着てましたが、そうですか。
迷惑でしたか。
犯罪ですか。すいません。
まぁ、内臓脂肪は少ないってことなんだろうけど・・・。
酒呑みだから、内臓脂肪が少ないのは喜ぶべきところなんだろうけど・・・。
そうですか。
手足に脂肪が。
はぁ。そうですか。
はぁ・・・。
えぇえぇ、これから真夏でも長袖、ジーンズにしますよ。
えぇえぇ。短パンなんか絶対はきませんとも。
ほ~んと、申し訳ございませんでしたねっ!!
・・・・・ふぅ。
嘘です。
私は暑がりです。
明日も、短パンにノースリーブでわんこの散歩にでかけると思います。
世間の皆さん醜いものを見せてすいません。
うう・・・うう・・・・・・。
さぁ、酒でも呑んで、忘れるかぁ~~!!!!
・・・って、その酒のカロリーは、脚と腕につくんだろうな。
へっ(T_T)
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 08/12/2006 01:51:36
え、そんなのがあるんですか!
私もいっぺん計ってみたいなぁ、、、怖いけど。
ふくらはぎ50%!なんて出たらどうしよう。
-----
COMMENT:
DATE: 08/12/2006 08:21:53
あるんです。
多分、大型電気店にいけば、試しに計ることが出来ると思います。
本体の値段は、17000円程度みたいですから、毎日チェックしたい人も手が出易いですよね。
でも・・・私は・・・もう・・・いいです・・・。
ここまで胴体と手足の脂肪率が違うと、立ち直れません(T_T)
-----
--------
TITLE: すいか
BASENAME: 2622298
DATE: 08/12/2006 12:52:54
-----
BODY:
すいかは果物ではなく野菜なんだ・・・と、いう薀蓄を気かされることがある。
確かに、すいかは八百屋さんに置いてある。
が、果物屋さんでも見かけるから、
「八百屋にあるから果物」
てな定義は乱暴にすぎるといわねばなるまい。
そもそも、野菜の定義が難しい。
植物の葉っぱの部分も、茎の部分も、根の部分も、実さえも、
「野菜」
と言ってしまうのだから。
例えば、白菜・キャベツ・小松菜などは葉っぱの部分をして「野菜」と呼んでいる。
キャベツや白菜にどんな実がなるのかは知らないのだが、小松菜は、細くて小さな種がいっぱい詰まった実をつける。
食べてみたことがあるが、固くてまずい。
これらの「野菜」は、葉っぱが食用に適するが故に、その根でも実でもなく、葉っぱ(茎も)がその野菜の名称のようになっている。
本来は、実も根も「キャベツ」「白菜」「小松菜」なんだけれど、誰もそうは呼ばない。
アスパラガスなんかは、茎を食べる野菜だ。
葉っぱが出る前につみとって食べてしまう。
葉っぱは、パセリの細っこいような感じだが、食べられるかどうかは知らない。
大根・人参なんかは、ある意味、優秀な野菜だと思う。
根も茎も葉もおいしくいただけるからだ。
しかしまぁ、大根といわれたらその根(というか地下茎)部分を指し、葉っぱは、「大根葉」なんて別の呼ばれ方をしたりする。
トマトやナスは実を食用とする。
茎や葉っぱは食べられたもんじゃない。
つまり、可食植物全般をさして、「野菜」というんではないのか?
念のため、三省堂の「大辞林」で、「野菜」をひいてみると、こうある。
「食用に育てた植物。青物」
ほ~らね。
ちなみに同じく「果物」をひいてみると、こうだ。
「木や草につく果実で、食べられるもの(後略)」
つまり、広義では、果物は野菜に含まれるということになるだろう。
スイカは、草につく果実だから、果物であり、
食用に育てられた植物であるから、野菜でもある。
ということで良いのだろうと思う。
まぁ、定義ってのは場所により、人により、目的によりそれぞれだ。
例えば、お見舞いに持っていくものは、野菜より果物の方が適しているだろう。
そういう場合、スイカは、果物に属すると言って良いと思う。
商取引上での定義ってのもあるだろう。
だから、スイカが果物なのか野菜なのかは、「時と場合と目的によって答えが違う」というのが、一番正解に近いのかもしれない。
まぁ、それはどっちでもいい。
問題は、我が家でスイカを食すのは私だけということだ。
私は、スイカの甘さが、一番好き・・・かもしれない。
生クリームの甘さは苦手で、ケーキ一つ食べるようにと言われたら、
「うげぇ」
と思ってしまうが、スイカならば、
「小玉スイカ半分」
程度なら、軽々食べられる。
ただし、スイカ一つなり買ってくると、毎日食べ続けなければならなくなる。
というより、冷蔵庫に入らない・・・。
旦那もスイカが嫌いじゃないのだ。
ただ、種をとるのが嫌いなだけ。
大体において旦那は食べる時にこちゃこちゃやるのが嫌いらしい。
魚も、骨のある魚をいやがる。
切り身の魚ならば喜んで食べるようだが、一枚なり焼いて出すと、
「むしって♪」
と、でかい図体に似合わない甘えた声で上半身をくねらせている。
スイカだって、種をすべてほじくってから出すと、
「わぁい!」
と食べるのだが・・・。
そこまで過保護にする気にもならない。
そんなわけで、私にとってスイカは、
「食べたいが、手が出ない」
というものだった。
どうしても食べたい場合は、旦那か私の実家に帰る時、
「お土産」
としてスイカを買って帰っていた。
昨日、洗い物をしていると、チャイムが鳴った。
出てみると、町内の奥さんだった。
大きなスイカを四分の一、ラップに包んで持ってきてくれたのだ。
富士土産のお返しということらしい。
町内が一つの家族だったような時代、スイカを分けるのにも困らなかったんだろうな。
うちや旦那の実家みたいに、子供が頻繁に出入りする家でも、スイカの処置には困らないようだし。
結局、スイカを躊躇なく買える家というのは、なんだか幸せだなと思う。
スイカが果物か野菜かなんていう議論より、スイカを買える幸せについてじっくり考えてみたいなぁと思う次第。
-----
--------
TITLE: お盆
BASENAME: 2622299
DATE: 08/13/2006 12:34:53
-----
BODY:
今日からお盆だ。
菩提所が遠方にあるため、家族交代という感じでお参りに行ってる。
今年は、旦那が盆休み返上であることと、去年墓参りに行ったので、今年はパスすることになりそうだ。
さて、墓参りというと、仏教的行事のように思う人も多いと思う。
私は仏教に詳しくないのだが、橋本治の「宗教なんてコワくない」を読むと、そもそも仏教が生まれる土台となったのは、
「カースト」
の社会だ。
カースト制については教科書で習ったと思う。
バラモンやクシャトリアなどの階級に分かれていて、公的な差別が行われていた。
しかし、そこには、ちゃんとした口実がある。
つまり、
「低い身分に生まれてきた人は、前世の行いが悪かったのだ」
とんでもねぇ言いがかりだと思う。
しかし、それが宗教の怖いところというか・・・。
それで納得させられていたのが、当時の社会。
人は輪廻を繰り返し、今世の行いに応じて、来世の身分が決まる。
お釈迦様が目指したのは、
「解脱」
だった、と橋本治氏は言う。
つまり、
「もう生まれ変わりたくない」
というのが、根元にあったのだと。
そういう土台に生まれた宗教に、
「先祖崇拝」
という思想があっただろうか?
それはわからない。
が、少なくとも、そもそもの仏教には、「先祖崇拝」というものはなかったという。
では、なぜ日本ではお盆になると、墓参りに行くのだろうか。
簡単な話しだ。
日本には、仏教が輸入される前から先祖崇拝の概念があったのだ。
日本書紀を読むと、天皇が亡くなると、
「崩られた」
と表現される。
「崩られた」
「かむあがられた」
だ。
つまり、
「神上られた」
わけ。
そう。
人は死ぬと神になる、という発想は、そもそもは日本土着のアミニズムに基づいているのだ。
お盆の行事ももともとは神道のものだ。
意外と知られていないが、日本書紀の推古天皇条には、寺ごとにおいて盂蘭盆会の儀式が始まったという記事がある。
推古天皇十四年四月八日のことだ。
それでは一体、お盆とはなんなのだろう。
ここらへんは、民俗学の分野になるし、歴史を見てきたわけではないので、断言はできないが、そもそも、お盆とは、「夏越し」のあたりの日である。
つまり、旧暦のお盆は、7月1日より少し後。
一年の半分が終わったころだ。
古代の日本では、半年が終わるごとに、祖先の霊を迎え、そして、送り出していたと考えられている。
だから、山陰地方のある神社では、「盆踊り」のことを、「祖霊祭り」と表現していた。
関西でも、「祖霊」とはいわないが、「先祖」を意味する言葉を冠した盆踊り祭りを、お盆に開催する地域がある。
そもそも、盆踊りとはなんだろう。
多数の人が円になって踊る・・・。
円とは何かというと、ある一点から同距離の点をつないだものに他ならない。
つまり、「円」が存在する時、「中心」は、無条件に意識されていると言っても・・・よい・・・かな・・・と私は思うのだけれど・・・。
河内に生まれた私は、盆踊りといったら河内音頭だし、盆踊りの中心にいるのは、音頭取りさんに決まっている。
しかし、昔からこういう賑やかな盆踊りが中心だったわけじゃなかろう。
例えば、小泉八雲は、「知られざる日本の面影」の中で、盆踊りについて書いている。
それは無言で行われる。
バックミュージックは太鼓の音だけ。
太鼓は、円の中心には位置していない。
それでは、そもそも、盆踊りとは、何を中心に踊っていたのだろうか?
・・・研究家じゃないからわからないんだけれども・・・。
私はどうしても、柱を想像してしまう。
人は柱を中心に周りながら舞っているのじゃないかと。
世界樹の発想は、日本にもあったかもしれないし・・・。
・・・と話しがそれてしまったが、
結局、お盆とは、日本古来から続く、祖霊迎えの儀式なんである。
ということで、今年は墓参りにはいけないけれど、家で、ここで、ご先祖様の来訪をお迎えしようかと思っている。
・・・どうやってかというと、つまり、
明日一日くらいはお酒を絶ち、心と身を清浄に保つようにしようというだけなんですけどね。
つまり、「潔斎する」というわけなんだけども。
身は汗だくだし、心もなぁ。
ご先祖様、帰ってきてくださるかしらん(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
URL: http://kamado.blog.ocn.ne niu/
DATE: 08/15/2006 12:04:40
のりちゃん様
遠方にお墓があるんですね。そりゃ大変ですね。何か時代の流れを感じてしまいます。
昔々であれば、多分どちらの家も、お墓は近くにあったんでしょうね。でも、最近では、転勤など、昔からの土地で住むことは少なくなってきていると思います。
うちの家では必ず先祖を墓まで迎えに行きます。もちろん、お盆が終れば送っていきます。それも、実家と墓が近いからできる事です。
-----
COMMENT:
DATE: 08/15/2006 12:48:43
本当はお墓まで迎えに行くのが一番なんでしょうね。
私みたいに、
「家まで来てくださ~い」
って・・・。
とんでもないやつかも(^^ゞ
ただ、天だか山の上だかからお墓へ戻られるのと、この家まできてくださるのとでは、そうそう大差がないように想うので、まぁ、なんとか許していただこうかと思っています。
先祖代々のお墓を大事にするということの意味は、その墓を祭ってこられた代々の先祖の思いをも大事にするということだと思います。
というわけでですね、「墓を大事にする」ということを、
「ちゃんとしたお墓をたてないとたたりがある」
というような風にゆがめて利用するある種の商売人さんに対してはかなり疑問をもっておりまして、そういう考えもあって、こういう記事になりました(笑)
-----
--------
TITLE: ビール
BASENAME: 2622300
DATE: 08/14/2006 17:17:24
-----
BODY:
買い物の帰り、神社の改築現場を通りかかったら、作業服のおっちゃんに声をかけられた。
「あの自動販売機、ビール売ってへんやんなぁ?」
指差す先にあるのは、タバコ屋さんの自動販売機。
2台あるが、一台はタバコの自動販売機だし、もう片方はコカ・コーラ製品しか買えない。
「あれはビール売ってませんけど、その坂を降りて左に曲がったらすぐに酒屋さんがありますよ」
と答えると、
「え?ほんま?歩いていける?」
表情がガラリと明るくなった。
さきほどまでは、ほんまに暑そうでだるそうな顔つきだったのだ。
「歩いて・・・1分~2分です。もう少し先のスーパーでもお酒扱ってますよ」
と言うと、
「やった~!!!うわ~、ありがと~!ほんまにありがと~、いや~、ありがとう・・・お~い、ビール飲めるぞ~」
と最高級の笑顔を残して、現場の奥に入っていった。
・・・そんなにビールが飲みたかったのか(笑)
確かに、こう暑いと、咽喉が乾いて仕方がない。
私も、一日最低2リットルは、お茶を飲んでいる。
炎天下で働く男性達には、お茶では間に合わないんだろう。
かといって、コーラ・・・ってのもねぇ・・・。
となると、ビールってことになるのか。
しかし・・・作業中にいいんだろうか。
まぁ、神社の拝殿の建て替えと本殿の改築ってことだから、人が住むわけではないし、危険の伴なう作業でもない。
ガスを引き込むわけでもないし・・・。
いいっちゃいいんだろうな。
懇意の神職さんは、少しでもアルコールが入ったら、神前には出られないようだが、神を祭る人と、神の住居を建てる人では違うだろう。
そもそも、酒は、神の領域だし。
大体、おっちゃんのあの笑顔を見りゃぁ、多少いけないことだとしても、神様だって、お許し下さるような気がする。
あんな笑顔になるほど、きつい作業をしているということだろう。
しかし、ビールってのは、夏の飲み物だとしみじみ思う。
「秋のビール」「冬のビール」「春のビール」
なんてのも発売されてるようだし、どの季節でもそこそこおいしいんだろうが、ビールに対して、「渇望」を覚えるのは、やっぱり夏だろう。
・・・なんでこんなことにこだわっているかというと、雀である。
春の子育てシーズンには、うちの文鳥・チュッチュの食べ残しを求めて、ベランダに一日何度もやってきた雀達が、夏になってからは、ご無沙汰だ。
まったく顔を見せないってわけではないが、最近は、ちょこっと顔を見せるだけだ。
鳥ってのは、無駄な脂肪をつけると飛べなくなるので、どれだけたくさん餌があっても余分に食べることはない。
冬場は4グラムの餌を食べるチュッチュも、夏場は2グラムほどしか食べない。
雀も同じだろう。
・・・しかし、食べる量のことは別として、雛の巣立ち直前には餌がなくなると網戸にキックして追加を要求していた親雀が、今は部屋の中の私がちょっと動いただけで、泡を食って逃げ出すのがおかしい。
雀達にとっては、うちのベランダは、
「春の食事処」
ということなんだろう。
「カキ氷始めました」
とノボリを立てるわけにもいかないしね。
「夏味の食べ残し餌」
なんてのもないことだし(笑)
我が家のベランダは、雀達にとって、ビールほどの魅力はないようだ。
-----
--------
TITLE: 別れの歌
BASENAME: 2622301
DATE: 08/15/2006 17:28:13
-----
BODY:
杏里の「夏の月」という曲について、私は特に感心しないのだが、旦那がすごく好きなので耳にする機会が多い。
いきおい、歌詞も大体頭に入っている。
こんな歌詞がある。
「(あなたの)わがままも 優しさも 弱さも全部、わかって私は、
あなたを愛し、何一つ怖くない
・・・そんな自分怖くて」
こういうのもある。
「時計をもどしても 悪いところなおしても
きっと二人同じこと 繰り返してしまうのでしょう」
身に覚えがあるシーンだ。
同じような状況(だと思う)を、村上春樹氏は巧みに表現している。
主人公が離婚した妻に、別れを決心した理由をこう説明されるのだ。
「砂時計の砂が全部落ちるでしょ。そしたら誰かがきてひっくり返すの」
確か「羊をめぐる冒険」の中のワンシーンだったと思うが、村上春樹の小説をもう一度読み返すのは、今はちとかったるいので、確信なし。
文章のディテールについても自信なし。
でも、上手い表現だと思う。
この一文をして、
「人は変化を恐れるから自分を騙し、ごまかし、今を幸せだと思い込もうとする。
そして、同じことの繰り返しの中でいつか疲弊していくのだ。」
そんな陳腐な解釈をしても良いと思う。
でも、もっと違う側面もあると私は感じている。
なんにせよ、旦那のような・・・言っちゃあ悪いが単純明快な人間が、こういう別れのシーンに共感を持つとは思えなかったので、
「こういうお別れに共感するからこの歌が好きなんちゃうやろ?」
と聞いてみた。
「はっ?」
「はっ?って、・・・こういう別れ方をした経験あるん?」
「はぁっ?????」
「いや、はぁっ?????って・・・。」
「これ、別れの歌なんか?」
「はぁああああああああああああああ?????」
・・・旦那はこの歌を、
「水上マーケットの歌」
と思い込んでいたらしい。
確かに、デジカメのCMで、水上マーケットのシーンのバックにこの歌が流れていたけれど・・・。
水上マーケットの歌ってなんやねん。
さて、私は料理番組がすきだ。
おいしそうな料理を見れば、それだけで食べた気分になれる安上がりな人間なもんで。
そんなわけで、月曜日は、SMAP×SMAPを必ず見る。
とりあえず、ビストロの部分だけは見逃さないようにしている。
が・・・、昨日は、歌の特集。
「チェッ!」
と思いながらも、70年代の歌に絞られていたので、見ていた。
70年代の歌は、私の青春の歌でもあるのだ。
私が生まれたのは、1968年だから、「青春」というには早いのだが、私の青春時代、70年代が再び流行していたのだ。私の周りだけかもしれないけど。
「いちご白書をもう一度」
「神田川」
「22歳の別れ」
どれも、「夏の月」と同じような別れの気配に満ちている。
「就職が決まって髪を切ってきたとき もう若くないさと、君に言い訳したね」
「三畳一間の小さな下宿 あなたは私の指先見つめ 悲しいかいって聞いたのよ」
「私には鏡に映ったあなたの姿を見つけられずに 私の目の前にあった幸せにすがりついてしまった」
私はもう、こういうシーンを他人事のようにしか思えないけれど、私の年齢になってもこういう別れを繰り返す人はたくさんいるような気がする。
年齢の問題じゃないのだと思う。
砂時計を壊すきっかけがあるかどうか、なんじゃないだろうか。
休日、旦那と一緒に山に登る。
登る時は良いのだ。
問題は降りる時。
登る時は、旦那は少し先に行き、待っていてくれる。
私が追いつくと、また先を行く。
いつも私が見える場所にいて、先導してくれる。
降りる時も同じだ。
でも、降りる時に同じでは、意味がないのだ。
とくに下りでは、旦那のスピードは増すから、私は焦ってしまって自分のペースが守れなくなる。
「あのさぁ、先先行くなら、待たずに行ってくれへん?」
「先に行ってのりこが転んだらどうするんや!」
「転んだ後命があればええけどさ、こんなに岩だらけの山やで?すべって頭打って即死してしまうかもしらへんやん」
「そやから、近くで見てないと心配なんやろ」
「だからさ。即死した場合、近くで見ててなんになるん?」
「・・・・・・」
「すべる前に助けられるならともかく、ころんだ後にそばにいてなんになるん?」
「・・・・・」
「ほんまに助けるならば、私がすべった時に、手を伸ばせる位置におらな意味なくない?意味ないとこに立っ待ってて私のペースを乱すくらいなら、先行ってくれるほうがありがたいよなぁ?」
そういわれて旦那は、私の背後にびったりと立つ。
旦那が実際は私を心配していないというわけではない。本当に心配しているのはわかっている。ただ、旦那には、想像力が致命的に欠如している部分がある。
旦那の頭には、「のりこが危険な転び方をする」ということが実感としてないのだ。
だから、時々振り返って、「やっぱり転んでない」ということを確認して、それで満足しているのだ。
「もしも危ない転び方をしたらどうしよう」
という恐れを持っていないのだ。
だから、具体的に説明されると、しおしおとなる。
だが、しばらくするとまた忘れてしまう。
興味深いものを見つけると、だだ~っと走っていき、
「みて、みて、みて?!」
と大きく手を上下させて私を呼ぶ。
「私が転んだ時、助けてくれるんちゃうん?」
といわれて、慌てて戻ってくる。
そのことは、「人生」という山道でも同じように表れる。
旦那はいつも先に行く。ちょっと先に行って私を待っている。
待っている間に面白い発見をしていることもある。
私に助けを求められて、戻ってくる。
正直なところ、山においてと同じく、具体的に細かい助けになるわけでもないことが多いのだが・・・。
「坂道でのりこが危険な転び方をしないだろう」
という旦那の独断は、現実生活においては正しい。
私は、まず危険な転び方なんかしないから、旦那が先に行って、私が後で舵取りをするのが効率の良い進み方だ。
また、忘れてはならないのは、最初に「山に登りたい」と言い出すのは私の方が多いということだ。
旦那は多く「のりこの希望すること」という道において、先へ先へと行っている。
ただ、「旦那の希望すること」でも同じで、そういう場合は
「私には理解不能じゃ。説明せんかい」
と私に怒られて、しゅんとするのだが・・・。
今までの恋人はそうではなかった。
察しがよく、思慮深い人とばかりつきあってきたから。
山道では、私の歩調に合わせて・・・私の方が速いときは私が彼に合わせて・・・、分岐点にくると、
「どちらに行く?」
と相談したあげく、もとの道を戻り、出発点に戻れば、
「次どこへ行く?」
と相談し、結局、「なじみの道」・・・つまり、さきほど戻ってきたばかりの道を行く。
時には違う道を行くことがあっても、いつもの道と大同小異がなさそうな道を選ぶのだ。
察しの良い、思慮深い人との関係は、辛いときにはありがたい。
こちらの気持ちを察して、的確な言葉をくれる。
ほっとすることはする。
でも、それは喩えていえば、
枯れ井戸に落ちて怪我をしている人に対して、
自分も一緒に井戸に降りて、怪我を治療しようとするのに似ている。
旦那は違う。
怪我をして痛がる私に忖度せず、私を背負ってずんずん井戸の壁を登っていく。
「痛い!」
と私が叫んだら、
「まず井戸から出るのが先決や!」
と、一喝する。
地上に出てしまったら、旦那は安心してしまうらしい。
そんまんまほったらかしにされるので、私が一人で・・・もしくは友人にグチりながら、怪我の治療をせにゃならんのだけれど、確かに、とにかく地上に出られるのはありがたい。
・・・実際山の中でこういう場面に直面した時(枯れ井戸に落ちたことはないけど)、旦那は本当に頼もしくて男前だ。
普段声を荒げることのない旦那が、大きな声を出すのはこういう時だけなのだが、それが、かなりかっこいい、と私は思う。
なのに、メンタル面で井戸に落ち込んだ時には、旦那の態度に、ちょいムカつくのが不思議だ。
日常において、旦那は、私が落ち込んでいる時には、一つ覚えに、私の好物を買ってくる。
私の話しを我慢強く聞いてくれるが、内容を理解してくれているわけではないようだ。
つぅか、まったくズレていることが多い。
「心配してくれてるなぁ」
とは思うが、救いにはならんというか・・・。
なんとなく気が抜けてしまう。
でも、その脱力が、自力で治療せんとしゃないな、という気分にさせてくれるのは、ありがたいっちゃぁありがたいんだが・・・。
所詮、落ち込みの理由が旦那にない限り、私にとってそれは大打撃ではないのだから、まぁいい。まぁ、いい。
そして、私の落ち込みが、脱力によって軽減されたのを見るや、旦那はこういうのだ。
「次の日曜日、○○○に行こか」
その「○○○」というのは、その時々によって違うけれど、旦那が旦那の目で「のりこが喜ぶに違いない」と判断した場所なのだ。
旦那は旦那なりに、私が落ち込んでいるのを心配して、私が喜びそうなことを考えてくれているのだ、と思う。
そして、次の日曜日、私達は○○○に行く。
旦那は先に行く。
私は後で旦那を見ながら、速度や方向について、時に意見をする。
意見されると旦那はしょんぼりして訂正するが、すぐに忘れてしまう。
そして、前にある道を躊躇なくズンズン進んでいく。
私は、後ろでいろいろ言いながらも、旦那の開いてくれた道を安心してついていく。
だから、それでいいんだと思う。
今の私達にとって、どんな別れの歌も、それは、ただの、
「水上マーケットの歌」
なのだ。
・・・とはいえ、実際つらい時に、ヌケた反応をされると、瞬間的には、
「孫悟空の輪っかはめたろか!」
と思うくらいムカつくんですけどね(笑)・・・。
-----
--------
TITLE: 豆腐料理
BASENAME: 2622302
DATE: 08/16/2006 17:32:24
-----
BODY:
こう暑いと、動物性たんぱく質の魅力が薄くなる。
牛肉とか豚肉とか・・・、目の前でジュージュー焼かれたら食べたくなるだろうが、スーパーで生肉を見ても食指が動かない。
そんなわけで、ここ1週間ほど、豆腐料理が続いている。
家で一番人気の豆腐メニューはマーボー豆腐だ。
味付けはコチュジャンとしょうゆ、一味のみだが、その分、冷蔵庫にある香味野菜はすべて入れる。
しょうが・ニンニク・ねぎ・みょうが・・・。
大葉は試したことがないが、多分、合うと思う。
特に旦那に好評なのは、舞茸と豆腐炒め。
舞茸を細かく裂いて一味と一緒にさっといためた後、豆腐を投入し、だし醤油でぐつぐつ煮込んで水分を飛ばし、最後にごま油を入れて、もう一度さっと炒める。
こないだやってみて、おいしかったのは、焼き豆腐しめじ乗せ。
豆腐を一口大に切って、軽く油をひいたフライパンで両面をこんがりするまで焼く。
しめじは房に分けて、軽くフライパンでソテーした後、醤油と日本酒で煮込む。
それを先ほどの豆腐に乗せて食べると、豆腐がさっくり、しめじがしんなりでおいしい。
冷たい豆腐に、さっとゆがいたしめじとえのきを乗せ、ポンズをかけていただく。
これはさっぱりしておいしい。
こうやって思いつきだけで作っていると・・・。
結局、豆腐と野菜(とくにきのこ)を使った料理ばっかりになってしまっている。
こりゃいかん。
動物性たんぱくもとらねば!!
というわけで、終末には、鮎とか焼肉とか、食べたいなぁ。
と思っているのだが・・・、天気が悪そうだ。
あぁあ。
-----
--------
TITLE: 浮世絵を見に京都へ
BASENAME: 2622303
DATE: 08/17/2006 17:18:41
-----
BODY:
京都文化博物館にて葛飾北斎展開催中!
知人からそう教えてもらったのが数日前。
北斎の絵は、美術の教科書などに必ず載っているだろう。
大胆な構図が心地よい・・・と、私は思っていたので、見に行きたいと思った。
が、最終日が17日。つまり今日。
15日も16日も予定が入っているし、17日は別の用事を済ますつもりだった。
文化博物館は京都三条にある。
うちからだと片道2時間くらい、他の用事を済ませてからというにはちと遠い。
・・・しょうがないかなぁ・・・。
諦めていた矢先、中ノ島図書館へ行く用事ができてしまった。
中ノ島図書館は、淀屋橋にある。
淀屋橋っていったら京阪電車の始発駅じゃないか。
・・・う~~~ん・・・。
こういうのも、縁かもなぁ・・・。
ということで、急遽、葛飾北斎展に行ってきた。
いや、実は、厳密に言うと、
「葛飾北斎・安藤広重展」
ではある。
でもね・・・。
展示は、葛飾北斎の版画・安藤広重の版画という風に流れていく。
なんでこんな順番にしたんだろう?
私は絵心もないし、美術についてはさっぱりわからないが、北斎の絵から広重の絵に映った瞬間、
ガクッ!
とスケールダウンした感覚に陥ってしまった。
保存の問題なんだろうが、確かに、広重の絵の方が色合いは鮮やかだ。
でも・・・。
なんていうんだろう・・・。
「のっぺり」
美術評論に関してはまったく知識がないので、私の勘違いかもしれないんだけれども、なんとも平板で、躍動感がイマイチ。
まず広重の絵を見たら、
「すごい」
と思ったかもしれないけれど、北斎の後に見ると、なんともフ抜けてしまう。
ぶつくさ言いながら最後の展示場へ入る。
最後の展示場は、肉筆画が飾ってあるのだ。
そうか、多分、これを魅せるために、北斎→広重という順番にしたのだな・・・。
と思ってしまった。
2枚は静物画である。
カレイとわらび。
あわびと魚。
それぞれ、いかにもおいしそうに描かれている。
でも、私が一番印象深く思ったのは、最後の肉筆画である。
「神功皇后」
と題されたその絵は、繊細で、生々しかった。
神話の登場人物とは思えないほど、実在感に溢れていた。
浮世絵の絵を見て、外国の人は、
「こんな顔をした人間がいるか」
と評したらしい。
小泉八雲が日本美術についての随筆の中でこう書いている。
「浮世絵のような顔をした人間はいないと人は言うが、それならば、ミケランジェロの彫刻のような人間がいるのか!?」
しかし、北斎の描いた神功皇后は、
「実在する」
と思えた。
奇妙なリアリズム。
複製画があれば購入して帰ろうと思ったのだが、残念ながら見当たらず。
肉筆画だもんなぁ・・・。
ちぇぇ~。。。
さて、私はその後、京都御苑を通って出町柳まで出た。
なんでだかはわからないが、京都御苑の東側にある「梨木神社」が気になっていたからだ。
参拝していると、壮年といった年配の女性に声をかけられた。
「先ほどはどうも」
見覚えはない。
「お会いしましたっけ?」
「えぇ、上賀茂神社で」
私が上賀茂神社に参拝したのは、3年ほど前のことだ。
「今日ですか?」
「えぇ、さきほど」
「今日は、私、上賀茂神社には参拝してないので、多分人違いだと思います」
「あら、あなたでしたけどねぇ。赤いシャツに黒いジーンズだったしそのお顔、それにその特徴のある歩き方でしたよ」
えぇええええええええ?????
「いや~、私そっくりな人がいるんですね~」
「ほんとそっくりでしたもんで、ごめんなさい」
「いえいえ~・・・」
と別れたが・・・。
私そっくりの人がいるってのはいい。
同じ服を着て、同じような顔をして、そこまではいい。
「その特徴のある歩き方」
ってのがひっかかるっ!!!!!!
教えてください、どう特徴があるんですか???
あんまり歩き方に特徴があると言われるんで、一応、歩き方のプロに見てもらったんですけどね・・・。
「姿勢がいい」
と褒められたんで、得意になってたんですが・・・やっぱり、
「特徴がある」
んですね・・・。
最後の最後にとほほほ~な一日なんであった。
どこがどう特徴あるのか、教えてください~~~~(T_T)
-----
--------
TITLE: 怪談
BASENAME: 2622304
DATE: 08/18/2006 17:19:14
-----
BODY:
現代では、「便所」と呼ばれるに相応しい「便所」は、もうほとんど見なくなった。
あれは「トイレ」であって、「便所」じゃない。
山の上にあるものでさえも、「トイレ」の外観だ。
たまに無人の神社の片隅に、いまだ「便所」の様相を有するものを見かけることがあるが、それくらい。
街の中で、「便所」を見つけるのはもう、無理だろう。
さて、私の小学校には、「北便所」と呼ばれる古びた「便所」があった。
コンクリートを流しっぱなしにしたような地面はいつも濡れていて、もちろん、汲み取り式である。
ここが、「出る」ともっぱらの噂であった。
曰、奥から2番目の個室に入っていると、
「赤い紙いらんか、青い紙いらんか」
という声がする。
用を足していると、背中から冷たいものがおぶさってくる。
うんぬん。
私は子供の頃から怖がりだったので、この便所にはなるべく近寄らないようにしていた。
そのくせ、このトイレで一番有名な「怪談」について、クラスの中で一番詳しかったのは、私だったろう。
なにしろ、私が作った怪談なのだから・・・。
便器から手が出るなんて発想は、今のトイレしか知らない若者にはピンと来ないだろうと思う。
昔の便所は、まず、「落ちるかもしれない」という恐怖感があった。
なにしろ、自分の体がすっぽり落ち込むほどの穴が、深い「便」の池に直結しているのだ。
そこにしゃがんでいると、下からなんともいえない風が吹き上がってきたりする。
くさいし・・・生暖かさが、気味悪いのだ。
その感覚が、「手でお尻をなでられる」という創作を現実味のあるものにしていたのだろう。
私が創作した「便所の怪談」では、出てくる手は人間のものではなかった。
それは、猫の手だった。
夏ともなると、幽霊も忙しくなって、猫の手も借りたいから・・・というシャレじゃない。
なぜか、私の頭の中では、便器から生える手は、猫のものだった。
いま、不思議に思うのは、この点だ。
なぜ、私は、猫の手を発想したのだろうか。
私の怪談のオチはこうだった。
「それで、公務員のおじさんが、便所の汲み取りをさらったら、猫の死体が5体でてきたんやって。
仔猫がトイレに落ちたのを助けようとした母猫が飛び込んで、他の仔猫も驚いて一緒に落ちたみたい」
公務員さんは、子供好きで優しいおじさんだったから、子供が怖がる「心霊スポット」に気を病むというのは、ありえそうな話だったし、当時学校には野良猫やら野良犬やらが平気で入り込んできたから、割と信憑性があったと思う。われながら。
しかし・・・なんで猫だったんだろうか。
正直、私は猫を怖いと思ったことなんか一度もない。
別に無類の猫好きというわけではないが、少なくとも、「怖い」と感じさせるものを、この種属から一片たりとも感じない。
夜中に、猫の鳴き声を聞いたとしても、
「集会やっとんのかいなぁ」
くらいしか思わない。
どちらかというと、おばけが怖いと思っている時に、猫が出てきたら、
「ホッ」
とすると思う。
なのに、なんでだったんだろう。
怪談話が流行るとき、それは世相を反映しているという。
口裂女が流行ったのも、不安な時代だったという。
そして、口裂女は、「怖い母」の投影だとも言われていた。
つまり、「普段は優しい(優しげな)女性が、一変して恐怖の対象となる」という怖さは、母親と口裂女に共通する。
私が作った、「猫の手」怪談は、少なくとも私の学年では大きな話題となり、それが下級生にも引き継がれ、私が六年生の二学期に転校する頃には、
「北便所の猫の手が怖い」
と、入学拒否する幼稚園児もいると聞くくらい、公知のものとなっていた。
公立幼稚園は小学校の目の前にあったから、噂がそこまで広がるのは不思議でもないが、それにしても、一人の人間が創作した怪談がここまで広がると、ちょっと面白い。
ということは、つまり、私の時代、子供達・・・少なくとも、私の地区の子供達は、なんからの理由で、猫を恐れていたのかもしれない。
それがなんなのか・・・。
怪談の真っ盛りのシーズンである今、ふとそんなことを思いだした。
-----
--------
TITLE: 神社友達
BASENAME: 2622305
DATE: 08/19/2006 16:29:31
-----
BODY:
私の世代・・・30台後半の女性は、普通どうやって毎日を過ごしているんだろうか?
高校時代の同級生や、OL時代の同僚と連絡をとってみると、大体、旦那のグチが始まってしまうので、何をやって過ごしているか聞くのを忘れてしまう。
同窓会でも、家族のグチやら苦労話しやらが満載で、余暇の楽しみ方についてなんて出てこない。
みんな一帯どうやって過ごしているんだろう?
友人曰、
「豪華なランチを食べながら友達とおしゃべりしたり、ショッピングしたりしてるんじゃない?」
とのこと。
そうかもしれない。
では、私はどうやって一日を過ごすかというと、朝のうちにやるべき家事やら体操やらを済ませてしまい、昼からは出かけたり、本を読んだり、仕事をしたり・・・やっぱり人に語るべき、「時間のつぶし方」はしていない。
ただ、神社に参拝して由緒を調べたり、古代史を探ったりするという趣味があるので、出かけるにしても本を読むにしても、目的が明確だ。
今、親しく出かける友人は、同じように明確な趣味を持っている人ばかりなので、たとえば一緒に神社に出かけても、話しが広がる。
例えば、戦国史に興味がある友人の場合は、
「この神社は、戦国武将の○○が崇拝してたんですよね~」
「なんでやろね」
「多分ね~・・・からだと思いますよ」
「あ、それわかる、だってさ~・・・」
といった具合。
もちろん同じように古代史が好きな友人ならもっと具体的にツッコンだ話しができる。
学生時代の友人やOL時代の同僚と出かける時も、相手に希望がなければ、神社を目的地とすることが多い。
こっちのテリトリーなので、相手が希望するような場所やモノを見つけやすいし、話題にも困らないからだ。
とはいえ、専門的な話しをしても理解してもらえないので、うわっつらだけをさらっと話すだけだが、意外に面白がってもらえることも多い。
だから、私は、「一緒に神社に参拝してくれる友達」にはそれほど困らない。
なのだけれど、なぜだか、
「誰も一緒に神社参拝なんかしてくれない」
とお嘆きの「神社ファン」の話しを結構耳にする。
聞いてみると、二つのパターンがある。
まだそれほど古代史に詳しくないので、一緒に神社についてきてもらっても、何をしたら良いかわからない・・・というパターン。
そして、もうひとつのパターンは、
そもそも自分が神社で何をしたいかはっきり言えないので、友達についてきてもらうわけにゃいかないというものだ。
私は神社紹介サイトを運営している関係で、どちらのパターンの方からも、
「一緒に神社参拝しませんか」
というお誘いをいただくのだが、後者の場合は、お断りすることにしている。
だってさ~~~・・・。
いきなり、「気」を感じ始めたりされたら、めんくらっちゃうからだ・・・くすん。
で、最近、私は、諸事情あって、ライターとしての仕事をひとつ後任の人に引き継いだ。
この人が、多分前者にあたる神社好きさんだったのだ。
とんとん拍子に、一緒に神社に出かけることが決まり、来月そうそうに一緒に出かけることになっている。
最近「神社が結ぶご縁」とも言うべき知人が増えてきている。
趣味が神社じゃなくても、サイトを作ったり、それなりの活動をしたりしていれば、同じ趣味の友人を作ることはそれほど難しいことじゃないだろうと思う。
でも、古代史を趣味としていると、自分より年上の知り合いが増える。
そうすると教えてもらうことも多い。
これは、かなりラッキーなことだと思う。
むろん、全く趣味がなく、家で何をするともなく過ごしているだけだったら、友人を増やすどころじゃないだろう。
これも、一つの「ご利益」なのかもしれない、と思っておくことにした。
-----
--------
TITLE: 清流
BASENAME: 2622306
DATE: 08/20/2006 22:20:24
-----
BODY:
標高はたった200M程度。
なのに、なんでこんなに涼しいんだろう。
確かに、木陰になっているので、太陽の熱は直接肌に届かない。
川の水が気化するので周囲の気温を下げていると思う。
それにしても・・・。
座っていると、今が夏であることを忘れる。
ふと、水を見ると、めだかや、名も知らない小さな魚がなんの不安も感じていない風情で泳いでいる。
私は、今日、吉野宮滝を少し登ったところ。
桜木神社そばの川に座り込んで、のんびりしていた。
懇意の神社を尋ね、屋台で鮎の塩焼きを食べた。
そんな後だから、精神的にも胃腸的にも充実している。
満たされた気分で、涼しい流れのそばに座って清流を眺める。
贅沢だ・・・と思う。
旦那が私の代りに写真を撮影している。
私の仕事のために旦那が奔走している。
私は、写真は旦那に任せてのんびりしている。
贅沢だ。
が、旦那は今朝出張から戻ってきたばかり。
明日は朝から普通に仕事だ。
ちょっと申し訳ないなぁ・・・と思って、旦那の横に立つ。
赤とんぼが飛んでいる。
清流の赤とんぼはどこか無防備だ。
手を伸ばすと、私の腕に止って、複眼をきょろきょろさせている。
おだやかに手を動かして、表情のない昆虫なりに微笑んでいるようだ。
旦那がいろいろな方向から赤とんぼを撮影していても、当の本人・・・本虫は、穏やかにくつろいでいる。
私が身じろぎすると、少し驚いたように、そばの石灯篭に飛び移った。
しかし、旦那が指を近づけると、
ひょい
と、旦那の指に止る。
恐れを知らないのだろう。
すべてを信頼していると言い換えても良いかもしれない。
のんびりした表情で、焦点の定まらない複眼でこちらを見ている。
吉野の小動物は、どの子も無防備だ。
それは、吉野の清流のように優しくて、素朴だと思う。
川に手をつけてみる。
冷たいけれども、痛みを感じるほどでもない。
私がつけた手のそばで小さな動物が自由に生きている。
なんの不安もなく、楽しそうにそこにいる。
だから私も彼らを驚かせないでおこうと思う。
楽園。
理屈ではないのだろう。
ただ、不安のない毎日・・・それだけ。
それだけが、どんな悦楽よりも優れた楽園だと思う。
川の中の小魚の目を見てみる。
空を飛ぶとんぼの複眼を見つめてみる。
それは、本当にのびやかで、長閑だった。
私は、この人間世界で、こんな瞳をしていたい。
この世界を「清流」だと感じたい。
そんなことを思った。
そして、この世界は、確かに、ある面では、実際清流なのだろう。
-----
--------
TITLE: 限定モデル
BASENAME: 2622307
DATE: 08/21/2006 07:34:57
-----
BODY:
今日は、旦那が早朝に出発したので、朝の時間に余裕がある。
ってんで、早めに更新。
・・・昨日の日記になってしまうが、ま、いいか。
さて、昨日、懇意の神社でお守りをいただいた。
「限定モデル」らしい。
試作してみたが、いろいろな都合で社務所に他のお守りと一緒に並べるのが難しいというものらしい。
アメジストの綺麗なお守りだ。
「限定モデル」というのは、その形と素材のことだけれど、私にはそれ以上に、このお守りが「限定」であると感じる。
お守りというのは、いろいろな業者で作られているらしい。
普通の商品ならば業者さんから直売すれば安いのだが、お守りだけはそうはいかない。
業者さんの手元にある時点では、お守りはまだ「からっぽ」だからだ。
神社に届けられ、神職さんが神前で「祈祷」・・・なんていうんだろう。
神様に「このお守りを持つ方にこういうご守護をください」というような祈祷をしてくださって初めてそれはお守りになる。
多分、こういう感覚は本来の神道精神からずれているんだとは思うが、私は、神様のお力もさることながら、神職さんの「気持ち」もとても重要だと思う。
私の感覚だが、「生臭坊主」という言葉は聞いても、「生臭神職」さんにはお会いしたことがない。
どの方も、神様の存在を信じ、懸命に奉仕されている。
昨日お会いした宮司さんも、アルコールが入った状態の時は絶対に神前に立たれないようだ。
毎日熱心にご奉仕なさっている立場としては、これは結構難しいことだと思う。
それは、神職という「職種」の生活の苦しさを知って、なおかつその道を選んだ方ばかりだからという理由が大きいような気がする。
そもそも、神職に決まった手当てはないようだ。
神社の収入は、お賽銭や寄附、それから、ご祈祷などの初穂料。
それだけだ。
初詣客でごった返すような大きな神社ならともかく、村の鎮守の神様・・・などと呼ばれる小さなお社では、月々の収入は一万にも満たないのではないだろうか。
村の神社に、お札をお賽銭にしたりしないでしょう?
だから、ほとんどの神社では、神職さんは「兼業」をされている。
平日は会社員。
土日は神社へのご奉仕。
それに加え、出勤前に簡単な境内地の清掃とご奉仕をなさってる神職さんも・・・多分多いと思う。ほとんどがそうなさっているかもしれない。
自分の時間なんか全くない。
生活だって決して楽ではない。
それでもなお、そういう生活を選ぼうという心の原動となるのは、ひとえに神への信仰だと思う。
・・・だから、でっかい神社の神職さんについては存じ上げないのだけれど、村の神社・・・テレビでよく放映されている一握りの神社以外のすべての神社だ・・・で、神職さんからお話を伺うと、その信仰心を伺い知ることができる。
だから、昨日私が参拝した神社の宮司さんも、ごくごく自然に、神様の存在を感じておられるようだ。
私達のように、「古代史」という観点からも神社を見ている人間は、「記紀神話における神様の存在」であるとか、「その神様のモデルとなった人物がいたかどうか」なんていうことも気になってしまうが、神職さんはそんなことはあまり気になさっておられないようだ。
理屈じゃなく、「神様」なのだろうと思う。
自然にそのありがたさと畏れ多さを身に感じておられるのだと思う。
そんなわけで、この宮司さんは、本当に素直に・・・というか、普通にというか、自然に、「神様のご守護」を信じておられる。
もちろん、私も、神様のご守護を信じているけれど、その「自然さ」が全く違うように感じる。
毎朝神前でご奉仕されている人だからこそのことだろうと思う。
そういう神職さんが、祈祷を篭めてくださったお守りだから、私はそこに、大きな「守護」を感じる。
それに、神職さんが、「私(たち夫婦)のために」用意くださったのだし。
そして、あともう一つ。
私がこのお守りをありがたいと思う理由がある。
宮司さんの奥さんも神職の資格を持っておられるけれども、お祭などで宮司さんがご奉仕なさっている時、奥さんは裏方でお忙しくて、お二人が並んでおられるところを見ることは滅多にない。
二人が一緒の様子を見ることが出来るのは、個人的にお話する機会くらいなのだが・・・。
そもそも昨日の訪問は、宮司さんからのお電話によるものだった。
パソコンの不具合らしきものがあると、相談の電話をくださるのだが、大概の場合、電話上でとりあえずの対処法は連絡できる。
そして、次に参拝したときに、本格的な対処を(旦那)がするのだが、今回はどうにもわからなかった。
パソコンが、最近、インターネットアクセスに時間がかかるのだというのだが、それがある特定のファイルが原因らしい。
でも、そのファイル名に聞き覚えはないし、ウィルスでもないっぽいし、ネットで検索してもようわからんし・・・。
電話だけでは理由がまったくわからなかったので、近いうちに訪問することにした。
訪問してみると、どうやらキャッシュ容量が大きすぎたのが原因のようだった。
・・・単純すぎて気付かなかったというパターン(^^ゞ
となれば手当ては簡単。
キャッシュ容量を小さくすれば良いだけ。
今回はごくごく短時間の作業だったが、その間、宮司さんは後ろで熱心に私達の作業をご覧になっている。
ふと見るとその後に・・・、奥さんがこれまた熱心に宮司さんをご覧になっている、というわけだ。
これは、いつ訪問しても、同じだ。
今回は簡単な作業だったが、作業に時間がかかる時もある。
そういう時も、お二人の様子はいつも一緒。
奥さんがにこにこしながら宮司さんを見つめておられる。
宮司さんも優しげに対応されている。
なんとも、「ありがたいな」と思わせられる光景なのだ。
そして、なんというか、奥さんの頭の上に神様が宿っておられるような・・・錯覚に陥ることがしばしばあるのだ。
「宮司さんに、じゃなくて奥さんに??」
と驚かれそうなんだけど・・・。
で、失礼な言い方なのかもしれないけれど・・・。
私は、奥さんの上に神様を見てしまう。
このご夫婦と一緒に食事をしたことがある。
奥さんはことあるごとに宮司さん・・・夫・・・の顔を見つめて、本当に嬉しそうにニコニコされていた。
私達夫婦は毎年誕生月にこの神社でご祈祷をしていただいているのだが、ある年、旦那と宮司さんの都合がどうしても合わないことがあった。
奥さんも神職さんなので、奥さんがご祈祷をしてくださる・・・ということで、日を決めて訪問すると・・・奥さんが青い顔をして出てこられた。
ものすごく申し訳なさそうで、本当に顔色が蒼かった。
どうしたのかな・・・と思っていると、
「急にご祈祷をすることができなくなりました」
とおっしゃる。
何があったのかと驚いたが、なんのことはない、急に生理が始まったということらしい。
神職さんによっては、女性の生理はケガレではないとおっしゃる方もおられるが、奥さんは、生理中の身で神前にあがるのは大変失礼なことだと感じておられるのがわかった。
神様に対する畏れ多さと、日を決めて参拝した私達夫婦に対する申しわけなさで、青ざめておられたらしい。
「な~~~~~~~んて、純真なんだろう」
それは、私にとって、ちょっとショックだった。
誕生月以外にまたご祈祷をあげていただくことにして、その日は帰ったのだけれど、奥さんの純粋な信仰心を強く感じ、自分自身を振り返ってしばし赤面。
そして、この女性は、夫に対しても純粋な愛情と純粋な信頼を素直に抱いておられる。
私は、その純粋さに「神」を見てしまう。
この神社の神様・・・天におられるすべての神様と言い換えても良いのかもしれないが・・・は、この方をどれほど愛しておられるだろうか、と感じてしまうのだ。
宮司さんに対しては?
神様は宮司さんを愛してはおられないというのか?
と聞かれたら、それは違うのだが・・・。
宮司さんに対しては、「愛されてるんだろうなぁ」といういよりも、「信頼されておられるんだろなぁ」という風に感じるのだなぁ。
なんの理由もないが、私ごときがこんなことを言うのは、すっごい失礼だとは思うんだけども。
感じちゃうものは仕方がないんである。
・・・そんなわけ。
そんなわけで、昨日いただいたお守りには、
神様と、宮司さんご夫妻の守護が籠もっているように感じられる。
まさしく、真に、「限定モデル」なのだ。
ということで、5年前旦那が私のためにいただいてきてくれたローズクォーツのお守りと一緒に、いつも身につけることに決めました。
このローズクォーツのお守りは、昨日いただいたお守りの石違いのもので、形は同じ。
神社に興味を持ち始めたころ、旦那が始めて参拝したこの神社で、私のために始めてお守りというものをいただいてくれたものだ。
これも偶然かもしれないし、そのこともまた、私には「限定モデル」と感じさせられるのだ。
-----
--------
TITLE: つまらない話し
BASENAME: 2622308
DATE: 08/22/2006 19:27:20
-----
BODY:
私は、つまらない人間だ。
なにがつまらないかというと・・・便の話しです。
そんなわけで、食事中・食事前の方は、ご注意ください。
毎朝寝覚めにペットボトルのウーロン茶を飲んで、軽く朝ごはんを食べる。
そして、ネットニュースをチェックしていると、
「おおお、お」
というものが込み上げてきて、トイレに座ると、するんと出る。
だから、便秘の苦しみというものを知らない。
便秘がちの後輩が、仕事中青い顔をして、
「お腹が張るんですぅ」
と言っているのに対して、
「へ~」
と無関心な顔をしていたら、
「他人ごとだと思ってるでしょっ?!」
と詰め寄られた。
それほどに辛いことなんだらしい。
しかし、私だって、毎朝するんと出るわけでもない。
月に1度か2度のことだが、まったく、
「おおお」
とならない日がある。
そういう時は、仕方がないので、便器に座ってぼ~っとする。
すると、いつの間にか、先っちょが、
「ども」
と出てくるので、
「ふんっ!」
ときばると、ぽろりと出る。
が、普段のように、「するんどかん」という気分には、残念ながらならない。
なんだか、
「残っているなぁ」
という感じ。
これはどういう理屈なんだろう?
前日食べたものを思い出してみても、特に普段と変わっているわけじゃない。
なのに、こんなに、排泄に要する力具合が違うというのは・・・。
その上、出たものをチェックしてみても、普段より細目・硬目である。
硬目であるということは、それだけ大腸が水分を大目に吸収したということだろうけれど、別に普段と違う生活をしたわけじゃない。
なのに、なんでこうも違うのか。
まったくもって不思議だ。
関係ないが、私は、くだらない人間でもある。
めったなことで、下痢にならない。
インドネシアに行った時、やきそばの中に、黒い虫がたくさん入っていた。
あまりにもたくさん入っていたので、
「これは具なんだろう」
と勝手に思い込み、食べてみたらまずかった。
ボーイさんに確認したら、案の定食べる虫ではなかったらしい。
それでも、全く普段通りだった。
そういう「融通のきく」大腸であるというのに、ときたま反乱を起こすのはなんでなんだろう。
多分、何かの原因があるのだろうが・・・。
その原因がつきとめられないでいる。
大腸よ、君はいったい、何が言いたいのだ?!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 08/22/2006 21:22:39
とっても うらやましい話です。
私はくだらないですが、とてもよくつまります。(苦笑)
長女を妊娠中・・・ 最高『21日間』という記録があります。
もう胎児なんだか便なんだかワカラナイお腹になってしまってました。
毎日スルリなんて夢のようです(笑)うらやましい(^∇^)
キレイでないコメントで 失礼いたしました。
-----
COMMENT:
DATE: 08/22/2006 23:07:53
女性に話すと、この手の話題、盛り上がるんですよね(笑)
21日はすごい。
さすがに、胎児並のモノだったのでは?
まだね。
「くだらない」だけならいいんだけど、
くだらないけどつまらないとなると、なんだか悩んでしまいます。
ちなみにだんなはくだるけど、たま~~~~につまるってことで悩んでます(笑)
-----
--------
TITLE: アンコールワット展
BASENAME: 2622309
DATE: 08/23/2006 19:57:36
-----
BODY:
日本の仏像は、大概「大陸的表情」である。
いわゆる「半眼」「アルカイックスマイル」。
薄目にして口にはふかしぎな微笑みを浮かべている。
欧米人をして、「真意が測れない表情」といわしめる、あの表情だ。
だが、そうではない表情をした仏像もある。
憤怒の表情を浮かべた不動尊などはもちろんだが、「阿弥陀仏」でも、半眼でないものがある。
飛鳥寺にある「飛鳥大仏」がその一つだ。
アーモンドアイをぱっちりと見開いた、彫りの深いお顔をなさっている。
・・・私と同じタイプのお顔だ・・・失礼ながら・・・。
これはいわゆる「大陸系」のお顔じゃない。
それではどこ系かというと、南洋の方の文化のようだ。
例えば・・・そう、アンコールワットにある仏像がその系列なんである。
アンコールワットは行ったことがない。
行ってみたいんだが、機会がない。
あぁ、行ってみたい。
とブツブツ言ってたら、大阪歴史博物館にアンコールワットの仏像がやってきているという。
これは行っておかねば!!
ということで、義母を誘って行って来た。
一人で行っても良いのだが、義母と会いたかったし、義母の感性が仏像をどう見るかちょっと確かめたかったので良い機会だと誘ってみたのだ。
谷町四丁目駅で11時に待ち合わせ。
義母は必ず約束の時間の30分前にはやってきている。
一度、40分前に待ち合わせ場所に着いて、
「今日こそは私が先だろう」
と思っていたら、ベンチに義母がちょこなんと座っていて、
「ぶわっ!」
と吹いたことがある。
でも、私が義母より早く着いたら、義母は次からもっと早くやってくるに決まっている。
人に迷惑をかけることをひどく恐れる人なのだ。
ので、義母と待ち合わせるときは、15分前に着くことに決めている。
今日も、ちょうど15分前着。
義母は・・・1時間近く前から待っていたらしい・・・。
はっはっは。
義母という人は、待たれるより待たされるほうがずっと楽だという人である。
そして、私の見るところ、それは決して嘘じゃない。
だから、義母がどれほど前から待っていたとしても、私は15分前に着く。
・・・次から20分前にしようかな・・・。
それはともかく、そんなわけで博物館に着いたのは、10時50分。
昼食には早すぎるので、まず展覧会を見ることにした。
会場は5つの部にわかれていて、最初の部屋には実在の王の彫像が置かれている。
12世紀・・・つまりアンコールワットが築かれた時代、カンボジアにおいて、王は「現人神」であったらしい。
日本と同じである。
日本の天皇も神であるとされてきたし、高天原の最高神・天照大神は皇室の祖先である。
王のお顔は、男らしくてハンサムだ。
そして、口には分かり易い微笑みを浮かべておられる。
次の部屋はヒンズーの神が展示されている。
ヴィシュヌ・ブラフマー・シヴァなど。
いわゆる、ヒンズーの最高三神とその妻となる女神達。
インドネシアやタイでもそうだったが、この3神の中で、ブラフマーの存在感が薄い。
ヴィシュヌ神はいろいろな姿に変じていて、その中の一つが、ラーマ・ヤナの主人公である「ラーマ・ヤナ」。
タイの国王は、「ラーマ○世」だ。
よくは知らないが、タイの国王は今も現人神なんじゃなかったっけかな。
つまり、ラーマ・ヤナの子孫だとかなんだとかそんな話しを聞いたような気かなったような聞いたような・・・。
確かそうだったはずだ。
シヴァ神は破壊と創造の神ということで、
人気・・・とはいえないかもしれないが、タイでもインドネシアでも非常に重要な神として認識されているようだったが、アンコールワットでも同じことが言えるらしい。
ただ、インドネシアにおけるシヴァ神の表情は、「破壊神」らしく、猛々しいものもあったが、クメール文化におけるシヴァ神は、なんとも柔和な表情をなさっている。
額の第三の目まで微笑んでいるかのように優しげだ。
次の部屋は、ガネーシュを筆頭に、ナーガやナラシンハ、ガルーダなど、動物の神が飾られている。
ガネーシュは一番人気の高い神だろう。
シヴァの子で、象頭。
日本では「歓喜天」とされて違う要素も入ってきているが、クメールでは、「お人よしで賢い神」と考えられていたらしい。
「お人よしの神様」かぁ。。。いいなぁ。あやかりたい。
ナーガは蛇の神様で、仏陀を守護したという伝承があるらしい。
ナラシンハは、「ナラ(人間)」の胴体と「シンハ(獅子)」の頭をした神で、これまたイシュヌが変化した神らしい。
ガルーダは鷹神。するどいクチバシを持っていて、ナーガ神の天敵だそうな。
神様同士・・・しかも、善神同士で敵対しているというのが、面白い。
個人的には、サルの神様が可愛らしくてお気に入りだったんだが、名前を忘れた。
ラーマヤナにも登場する名前なので調べてみたら、猿王の名は「スグリーバ」というらしい
・・・あれ、全然ちゃうかったぞ・・・ともう少し調べてみたら、活躍するのは猿王じゃなくて、白猿「ハヌマン」。
そうそう、ハヌマンだった。
これが本当に可愛い。
門の衛神らしいんだが、鼻の下がながくて、睨まれても全然怖くない。
この像の模型があれば購入しようと思っていたんだけど・・・なかった。くすん。
次の部屋はアンコールワットの壁画を拓本・・・っていうか、鉛筆でこすりとったものを展示してある。
天国と地獄が描かれていて、その中に、「象に踏まれる罪人」なんてあるのが興味深い。
昔、絵本で、「象に踏まれる」という死刑があると読んだことはあったが、実際その絵を見ると・・・。
こういう死に方をするのは、ごっついいやだなぁ(T_T)
そして最後は、カンボジア衰退後の仏像だ。
小ぶりだが、なかなかに綺麗。
でも、繁栄していた時代の豊かで大らかな表情は消えている。
残念。
でも・・・いいなぁ、アンコールワット!
いいなぁ、クメール文明!!
いいなぁいいなぁいいなぁ。行きたいなぁ!!!!!!
ひとしきりうめいた後、義母と博物館内のレストランに入り、「クメールランチ」なるものを注文。
生春巻きと皿うどんのセットである。
どこが「クメールランチ」なのかはようわからないが、多分、クメールランチなのだろう。
きっとたぶん。
義母は生春巻きがいたくお気に召したようで、中に何が入っているか、どうやって包んであるかなどを注意深く観察している。
包んであったのは、チャーシューときゅうりと海老、そして多分、サラダ菜。
「家でも作れますね」
「作れるねぇ」
と言い合ったが
・・・多分、私が作ることは・・・ない・・・。
う~ん、作ってもいいけど・・・。
作るとしたら、クリスマスとか特別な夜になると思う。
どうも、不経済だよなぁこういうのってさぁ。
海老と生春巻きの皮とチャーシューってそれだけそろえたら千円越えるじゃん。
それだけですみゃぁいいけど、それにサラダつけたりしたら、一日の食費としてはかなり割高じゃん・・・。
そんなに沢山食べられるもんでもないし・・・。
まぁいいけど。
さてさてさてさてさて。
ご飯を食べた後、地図をながめていると、大阪城のすぐそばじゃん。
「大阪城公園を通ってちょっと歩きません?」
と提案すると、
「うれしいわぁ」
・・・義母はいつだって私の提案には大喜びするのだ。
歩きながら義母が、
「大阪城なんか来たの、30年ぶりくらい。天守閣に登ったのもそれが最後」
というので、
「それじゃ、その時には、壁面にあんな模様なかったでしょ」
というと、
「なにあれ???」
・・・どうやら、大阪城がこんなにハデハデになっていると知らなかったらしい。
大阪城をご覧になったことがある人は知っているのだろうが、今、大阪城は、黒壁に金の虎や菊などの彫刻が踊っている。
多分、秀吉の「金の茶室」などからイメージされた意匠だと思うが、そのくせ、現在の大阪城は、秀吉が建てたものではなく、家康が最建築したものを模しているというし、場所も家康が最建築した上にあるんだらしい。
統一性がないぞ!!
しかし、義母があんまりにも感心しているので、天守に登ることにする。
天守から大阪の町や大阪城の内部を眺めるのは、なかなかに気持ちよい。
こんな暑い日でも、風が吹けばかなり快適だ。
多聞櫓を見ながら、
「多聞天ってのは武神なんですよね~。だから、お城や武将の名前に『多聞』って付くことが多いんです。・・・それにね、多聞天の仏像は、今日のアンコールワット展にもあったんですよ」
と、薀蓄をかますと、
「へぇ~」
とただただ感心してくれる。
「え?そんなんあった?」
とは義母は聞かない。
だから私も聞かれなくても説明する。
「多聞天っていうのは別名毘沙門天なんです。今日の仏像の中にヴィシュヌ神っておられたでしょ?ヴィシュヌ神が中国や日本にやってきて毘沙門天になったんですよ。発音が似てるでしょ?」
・・・実はあんまり確信はないんだが、確かそうだったはず程度の知識を披露すると、
「面白いねぇ」
と義母は言う。
「それがどうしたん?」
とは絶対に言わない。
「私ら、何もわからんけど、ただ仏像を見てるだけで楽しいの」
くもりのない笑顔で言われると、
「それが一番良い仏像鑑賞法ですよねぇ」
と、こちらもにごりのない気持ちで答えることが出来る。
どんなに立派な講義を聴くよりも、邪気のない笑顔と素朴な言葉の方が説得力のあることがある。
なるほどね。
アンコールワットの仏像の魅力はそれなのだ。
邪気のない笑顔に触れると、こちらも自然とそれに近い笑顔になる。
その連鎖こそが、「楽園」であり、「都」なのだ。
それこそが、アンコールワット。
だったのだろう。
そんなことを思ったとしても、人間はそうそう変われるもんじゃない。
「この大阪城は家康が建てたものを模してるんですよ~」
と、なんでも感心して聞いてくれる人に対して、またまた確信のない知識を無責任に振り回す私。
ほんまに成長せんことである。
とりとめのない話をしながら歩き、大阪城公園駅で、別れた。
誰と一緒でもいいわけではないが、展覧会などは、一人で来るよりも、話し相手がいた方が、ずっと楽しいな、と思う。
もし一人だったら、こんなにいろいろなことが心に残りはしなかっただろう。
それにしても・・・、あぁ、アンコールワット。
行きたいなぁ!!!
*******
というわけで、やっぱし嘘ついてました(^^ゞ
現在の大阪城は家康の城を模していないそうです。
anne猫さんから教えてもらいました。
今の大阪城は、唯一現存する黒田家の「大阪夏の陣絵巻」に書かれている落城する豊臣大阪城を正確に模しているんだそうで・・・。
んじゃ、あの虎の意匠は、秀吉公の好みってことですね・・・。
ほんまハデやぁ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 08/23/2006 22:02:18
のん !のん ! のりちゃん
今の大阪城は家康時代(正確には秀忠時代ですね)の大坂城を模してまぜんぞ!
唯一現存する黒田家の「大阪夏の陣絵巻」に書かれている落城する
豊臣大阪城を正確に模してます
あの虎もタイガースを意識してでのパホーマンスじゃないんですよ
欲をいえば外壁を黒にしてたらより忠実です
徳川時代で残ってるのは櫓類や金蔵、門ですね
私は豊織時代の城しか興味ないので大阪城外にでて探す「豊臣三の丸石垣跡」とかがドーンセンター横とか日経新聞社ビル横にあります
谷六の空堀通りにも残っている石垣探しにいきましたがよ~わからんかった!
玉造稲荷神社に豊臣時代の城の移築門がありました
こういうのを探すのが城好きにはおもしろいんですよ
-----
COMMENT:
DATE: 08/23/2006 23:07:51
ぎゃ~~!!
やっぱり義母さんに嘘教えてたか!!!!!
今度会うときに訂正しときますだ(T_T)
猫さんから、「豊臣の時代、外壁は黒かった」と教わったのは覚えてたんですが(^^ゞ
なんか、松の木があってその場所にそもそも豊臣大阪城が建ってたとも教わりませんでしたっけ。
それって本願寺でしたっけ??
どうも戦国時代の知識が浅すぎ!!
豊臣秀吉は、楠公さんとの関連やら、大三輪との関連やらで、ちゃんと抑えておきたい武将なんですけど・・・いい加減や~~~(T_T)
で、虎が関係してるって、やっぱし、「多聞天」絡みですか?
以前、判官さんが、楠木家と豊臣家の関わりについてちょろっとレクチャーしてもろたんですが・・・。
まぁ、多聞天は武将に人気の神様でしょうが、なんかあるんでしょうか?
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
URL: http://www.butsuzou.com/jiten/tamon.html#0
DATE: 08/23/2006 23:39:44
>多聞天なんかあるんでしょうか?
↓
調べたらここがありました
四天王のうちの一人やとは知ってたけど
ちなみに多聞櫓は奈良にある松永弾正築城の(碑だけやけど)の多聞城から
石垣の上に櫓がつらなったのが日本初で登場したので命名されてます
ちなみに私は豊臣秀吉が嫌いです(木下藤吉郎はまだ興味あるけど)
なぜ大阪のシンボルになるのかわからない?
ほんま まだマイナーやけど三好長慶のんが大阪武将ちゃううん?
徳川家康さんの方が武将としてはすばらしい
でも大阪方武将は好きです(真田幸村とか明石全登とか)
あくまで個人意見ね
無視しといてください
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 08/23/2006 23:42:55
つけたし
博物館横にあるNHKのショップで「おでんくん」キャラのマスコットがほしいぞ!
おでんくんって「もちきんちゃく」で、
あと 大根先生、じゃがいものジャガーとかたまごちゃんとかでてくんねん
めちゃかわいい
-----
COMMENT:
DATE: 08/24/2006 08:14:27
松永弾正が、「多聞城」ってのを築城してたんですね。
そんじゃ、信貴山に城を建てたのも、多聞天のご利益を期待してたんかしら・・・。
私の頭の中では、どうも、松永弾正と信仰ってのが結びつきません(^^ゞ
武将のイメージは、ドラマとかのイメージが固まってしもてますわ。
真田幸村は誰がなんと言おうと草刈正雄やし(笑)
家康は、中村梅之助さん以外の顔が浮かびません。
いやなのは、「太平記」を見てから、楠公さんの顔と武田鉄也が重なるようになったことです。
別に武田鉄也さんが嫌いってわけじゃないけど、私のイメージの中の楠公さんとは違う!!!
・・・でも、秀吉だけはまだ確定したイメージがないんですよ。
秀吉公って、天下人になるまでとそれ以降で、人柄変わり過ぎてる気がして、統一したイメージがもてないです。
-----
COMMENT:
DATE: 08/24/2006 08:18:35
おでんくんは気付かなかったです。
ちゅうより、NHKの前、すんごい列ができてて、近寄れませんでした。
夏休みが終わったら少しは人が減るのかなぁ・・・。
ちなみに、私が好きなおでんの具材は、大根・卵・もち巾着です。
旦那は、厚揚げ・大根・ごぼ天が好き。
そんなわけで、うちのおでんは、大根が一本なりはいります。
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
EMAIL: hyos1@d1.dion.ne.jp
DATE: 09/01/2006 19:50:34
アンコールワット・・・・行きました7月に。
よくご存知ですねーアンコール関係の蘊蓄。
わたしなんかガイドに神話の説明されても聞く気がないので
さっぱりでした。
のりちゃんが行かれたら、きっとおもしろい旅行記ができるでしょうねー。
私旅行記書いてます。
このブログ字が大きいのがいいです。
どうやるんですか?
-----
COMMENT:
DATE: 09/01/2006 22:05:02
アンコールワットについてはまったく知りません。
ただ、ヒンズーはアジア中に広まってますし、日本にも入ってきているので、その程度の知識です。
本当に、「いい加減な知識」なんですよ。
-----
--------
TITLE: ちくしょうめ!
BASENAME: 2622310
DATE: 08/24/2006 08:18:58
-----
BODY:
うちのわんこ・びーこは胃腸がちょこっと弱い。
下痢はそれほどしないのだが、空腹時に吐き戻すことがよくあった。
下痢の時などに長時間留守をすると、おもらしをしてしまうことがある。
どうも不安になっておもらしをしてしまうらしい。
おもらししてしまうのは仕方ないことだ。
だが、仕方なくないのは・・・。
玄関を開けた瞬間、強烈な異臭!
びーこは小屋から毛布を出してその上に寝そべっている。
よくある光景なんだが、じっくり観察すると、毛布がなにやら慌てたような痕跡を残している。
そして、臭いもそこからやってきている・・・。
しかし、びーこは、
「なにくわぬ表情」
で、こちらを見て・・・
いや、なにくわぬ表情を装ってこちらを見ている。
「びーこ、ハウスしなさい」
とびーこを小屋に戻し、毛布をめくると・・・。
でで~~ん!!
とうんこが鎮座ましましている。
しかも、そのうんこは、「下痢便」なのである。
「人間の何十倍も鼻が利くくせして・・・
うんこの上に寝そべってて臭くないんかいな・・・」
肩の力が抜けてしまうけれども、うんこにまみれた毛布を見ると、
「このアホ犬がぁ!!」
と、頭を張り倒したい気分になる。
おもらしはしゃあないけども、なんでこんな姑息なことすんのか、と。
まぁ、彼女の頭の中に、
「おもらしはやってはいけないこと」
という感覚がある証拠で、それはそれで可哀想なことではあるんだけども。
この毛布、もう使い物にならんな・・・。
まぁでも、本人は必死で隠したつもりなんだろう。
胃腸が弱いので、おもらししちゃうのはしかたないことでもある。
そうこうするうちに、腹水がたまってしまい、病院へ連れていったが、理由はどうもよくわからない。
だが、朝晩の食事を
「胃腸病の犬用」
という処方食に切り替えたら、すっきり治って、下痢や吐き戻しもマシになった。
いまだに腹水の原因は不明なのだが、とりあえず、胃腸の弱さが腹水につながったらしい・・・としかいえない。
処方食に変えてからマシになったとは言え、それでもまだ、年に1~2度、吐き戻しをすることがあり、便がゆるくなることもあった。
夏の盛りとか厳冬などに、多少体調を崩すようだ。
さて、昨日、アンコールワット展から戻ったのは夕方。
玄関を開けた瞬間、ただならぬ臭いがした。
つうより、目の前にでっかい下痢便の小山が存在している。
そして、その上に、・・・なんのまじななんだろう?
私のピンクの(ダイソーで購入した100円の)健康スリッパが、ちょこん・・・と乗せてある。
視線をびーこの表情に移すと、
「なに?ママ?どうしたの??」
という風を装っている。
ま・・・まさかっ!!!!!
・・・この・・・これでおもらしを隠しおおせたつもり・・・??????
スリッパを持ち上げると、柔らかい便がついている(T_T)
そのままびーこを流し目で見ると、
肩をすくめて、
「ひょい、ひょい、ひょい」
という感じの足取りで、小屋に入って鼻だけ出している。
笑かしてくれるつもりでやったのなら、
「よ~しようやった。えらいぞ~」
と褒めてやるところだが、彼女は本気でこれで隠しおおせたつもりなんである。
おもらしはしかたないけど、このスリッパどないしてくれんのじゃ~~!!!
こ・・・このちくしょうめ!!!!!!
・・・ちなみに、スリッパは洗って使ってます・・・
わんこのうんこを汚いと思ってたら、犬なんか飼えません(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: くみちょ
DATE: 08/24/2006 23:54:13
そりゃ、あーた!
まさに畜生なんだからしょうがないですよ(笑)
最近 坂東眞砂子の件で物議をかもしだしてるようですが、
それから比べりゃ、カワイイもんですね(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 08/25/2006 00:16:51
お久しぶりです!!
私、怒りん坊さんですが、わんこのおもらしでは怒ったことがないんですよ。
おもらしは許す。
が、被害を拡張させるなぁああああああ!!!!
でもまぁ、わんこはアホであればアホであるほど可愛いです。
人間のアホが許されざることを考えると、わんこは幸せですな(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 08/25/2006 08:12:40
なんか誤解を生みそうな書き方だったんで、書き直し。
坂東氏だけが責められると思わないのは思いません。
ある意味、すべての人が、「仔猫殺し」をやってるのが現状だと思うんですわ。極端なんですが。
大体、今の人間社会ってのが、すでに、「人間に迷惑をかける動物は消す」ってなってますよね。
とはいえ、今「これをなんとかせにゃあかん」と思い始めている人達が増えてきているのも本当ですよね。
その「なんとか仕方」ってのは、いろいろな方法が考えられるのでしょうが、それが偏ってはいかんと思います。
-----
COMMENT:
DATE: 08/25/2006 08:13:37
でも、「仔猫殺し」も「避妊」も、人間の都合に偏ったやり方だと思います。今のところ。
かといって生まれた仔猫をすべてひきとって育てることもできないし。
それじゃ、どうするか。
それを考えねばね。
それを考えずに、ただ坂東氏を責めてる人の存在が、私は一番いやだ!
・・・と思うわけです。
こういう問題になると、スッキリしたことが言えません。
-----
COMMENT:
AUTHOR: yazi
DATE: 08/26/2006 03:00:49
スッキリと。
食わないなら殺すな。食うのなら何だって殺せと。それだけじゃない?
飼い主の都合で飼ってる物に避妊手術するなんてのは大反対、飼うな。
と、あたしは思うわけです。批判は目くそ鼻くそだしょ。
-----
COMMENT:
DATE: 08/26/2006 06:46:40
あ、YAZIさんだ。
その考え方が一番スッキリするとは思うんです。
基本的には賛成なんだけど、それじゃ、無防備に生れてきた子供すべてを育てる能力が自分にあるかどうかってとこに行き着きません?
うちみたいに、家の中で飼ってるならともかく、戸外で飼ってて知らぬ間に妊娠した・・・なんて話しも結構あるじゃないですか。
YAZIさんなら、ストレートに、
「それじゃ飼うな」
と言いそうですが(笑)
何十匹にもなる動物を飼う能力がある人間しかペットを飼う資格がないとなると、あぶれる動物が増えるという結果、無辜に殺される動物も増えるでしょ?
-----
COMMENT:
DATE: 08/26/2006 06:47:11
保健所に送られる犬や猫を保護してこようとしている人が、「避妊するなら飼ってはいけません」って言われて、「家では一匹飼うのが限度」と諦めちゃうようでは、何も改善にはならんと思うんですね。
結局、「人間が保護していなきゃ犬や猫が生きていけない」という現代の社会の仕組みを抜本的に変えなきゃ、どうにもならん、と、私は思ってます。
そのために何が出来るかというと、小さいことしかできませんけど。
整理されてませんが、今んとこ、私が考えるのは、こんな感じです。
-----
COMMENT:
AUTHOR: yazi
DATE: 08/26/2006 12:12:23
その通り。
日本人が「まだ」まともだった頃は「無防備に生まれてきた子供」を自分で飼う、あるいは貰ってくれる人を探すと言う努力を惜しまなかったのね。今でもそういう努力を惜しまない人もいるけどそれは少数派。
今の殆どの日本人はそんな意識は無いと言うか、子供を飼えないからじゃなく、発情期がうっとおしいから避妊手術しちゃえってのが多すぎ。
現代社会の仕組みなんぞ変わるわけも無く、それ以上に意識は変わるわけも無く。
大体ね、生き物の命を何だと思っているのか。のりちゃんでさえ「愛玩動物」と言う前提なんだから困ったもんだ(笑)
犬は犬、猫は猫。それ以上でも以下でもないと思うよ。
すべからく人間は自分のエゴで行動するのは基本だけど、生き物に対する考え方が間違ってると思うね。今の日本人。
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 01:32:29
あと、「糞をする」「不潔」ってので、動物が嫌われるというのが、どういうもんかと思うんですよね。
糞が邪魔ならとればいいんだけども。
ただ、私は、ペットと野生動物ってのは一緒にできないとも思ってます。
野生ならば淘汰されたであろう命を、「ペット」とされた動物の命は、手術やら薬やらで引きとめようとするのも人間なわけですから。
ペットにどんどん生ませて、どんどん里親さんを探していくとしたら、「ペット」の数は不自然に増えてしまうことになります。
この時点で、「ペット」は、もう自然ではない。人間の作為の中で生きているのだとしかいいようがなくなってくる。
・・・現状では、ですよ。
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 01:34:22
犬や猫、その他の動物を「ペット」ではなく、「同じ社会で他者として共存する動物」とできれば良いのに、と考えたこともありますが・・・たとえば、雀と人間の関係のように。
でも、人間と・・・特に犬は、縄文の時代からパートナーとして生きてきたわけで、それにはそれで意味がある、と。
ならば、やはり、人間が自分の家族であるペットの長命を願うのは仕方のないことだとも思います。
ただ、「ペット」を「愛玩動物」と訳すか、「同じ家で暮らす(一方的に守ることにならざるを得ない)共存者」と訳すかは、もう個人の好みですよ(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 01:36:43
それと、「変わるわけはない」と、私は思わないです。
だって、10年前と変わってるんだから、これからも絶対何か変わりますよ。
10年前と比べて、悪くなっていることばかりでもありませんしね。私が子供の頃ならば、学校に入ってきた子犬を教師が殺したって、問題にもなりませんでした。
それが良いか悪いかは別として、それを、「ひどいことだ」と声をあげることが出来る状況ってのは悪いことではないと、思います。
小さいことでいいと思うんですよ。野良犬のうんこを率先してとるようにする、とか。
それが直接的にはなんの意味のないことでも、それでな~んにも変わらないとも思わないわけです。
な~~~んか、変わるかもしれない。
変わるかもしれないんなら、やっといて損はないだろう。
そんな感じでしょうか。
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 01:39:21
でもまぁ、こういう問題には「正解」を求めたくないです。
いろいろな考えが出るほうがいいに決まってる、と思ってます。
いろんな意見を出して、人間が人間らしい工夫をしていかないと。
だって、もう、動物と人間の関係は、「自然」ではないんだから。
作為的な努力をせんと、一方的に人間ばっかしのわがままが通ってしまう。
ってのが私の基本的な考えです。
・・・ってなわけで長くなりましたが、
この考えは、「今の私の考え」で、1年後には変わってる気もします(^^ゞ
でも、そうだとしたら、やっぱり人間の意識は変わるんじゃないんでしょうか。
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 02:01:23
あ、あと本題とは関係ないんですが、猫をパートナーとしていたYAZIさんに質問。
うちの近所で飼ってはる猫さん(多分雌)が、うちの洗濯機の上でくつろぐのを日課としてはるんですね。
で、発情期になると、洗濯機の上に、なんか黄色い液体がよくしたたってるんですわ。
匂いなし。粘性あり。
これって、なんでしょうね?
猫のおしっこは臭いっていうイメージがあるんですけど、ほんまににおいがありません。
仕込んできた精液が落ちてるんでしょうか??
それにしても、精液も「くさい」というイメージが(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: yazi
DATE: 08/27/2006 02:07:35
ペット。
ペットの定義には産業と言う意味が含まれると考えるのね。この時点ですでに不自然なのよ。
あたしが言ってるのは「ペットを飼う」と言う意識と「犬、猫を飼う」と言う意識の違いなのねん。でもこれわかって貰えないだろうなぁ(笑)
人間が保護しなくたって犬猫は生きていけるっての。その考え方がエゴだって言ってるつもりなんだけど、この辺も分かって貰えてないし(笑)
よーするにまぁ、あたしゃ「不自然」が嫌いなんです。(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: yazi
DATE: 08/27/2006 02:10:08
あ、かぶった(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 02:35:16
すんません。わかりません(^^ゞ
でも、話しましょう。
話すことで、何か良い考えが浮かぶかも。いろいろ話すってのは、良いことだと思います。それで人の意識も変わるかもしれないし。
確かに、私は、「保護しなきゃ生きていけない命」ってのもあると思ってます。
それを、「自然が淘汰した命」と見るのか、「自分が見捨てた命」と見るかは大きな違いですよね。
この時期、うちの近所では捨て猫が山ほど。
近寄ったら逃げちゃう仔猫がほとんどです。で、しばらくして、溝にガリガリの仔猫の死体を見たりするんですね。
彼らは保護さえしてたら生きてたでしょう。でも、自然の状況では淘汰されてた命なんでしょうね。
「人間が保護しなくたって犬猫は生きていける」
ってのは、YAZIさんの実感なんでしょう。でも、私の実感では、それは嘘です。
・・・今の私をとりまく社会では・・・です(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 02:35:51
もし、人間中心の社会じゃなければ、人間が保護しなくたって生きていけたかもしれないけど、現実、人間中心の社会なんですから。
それじゃ、人間が何をできるか、それを考えなきゃ、と私は思う。
なら、保護しなきゃしゃぁないということもありえません?
でも、保護できる動物の数は限られてる。
だから、悩む。
ってとこです。
私の考えでは・・・ですけど。
動物の本能まかせにするな、だって人間が自然を不自然に変えたんだから。
それが私の基本的な考え・・・なんだけど、そこらへん、すれ違ってるかも(^^ゞ
この話しは、(YAZIさんさえいやななければ)、いろいろな意見出し合いたいところでございます。
-----
COMMENT:
AUTHOR: yazi
DATE: 08/27/2006 03:11:47
えとね。
会議室を作成します。
6人くらいまでは多分入れるはず。せっかくカメラもマイクもあるんで使いましょう(笑)
出来上がったらアナウンスします。ungoで。(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 08/27/2006 09:10:06
了解です。
ただ、リアルタイムの参加はできないかも。
昨日は夜中に帰宅したんで起きてましたが、普段は私、夜10時にはパソコン落として11時には寝ちゃう生活です。
-----
--------
TITLE: 神話
BASENAME: 2622311
DATE: 08/25/2006 16:50:29
-----
BODY:
私は、河内で生まれて、河内で育った。
それだけが原因ではないだろうが、「オチ」のない話しは嫌いだ。
オチの部分というのは、
「結局何が言いたいか」
ということだ。
相手に伝えるべきこともないのに、だらだらしゃべるのは、なんか好みじゃない。
同じように、言いたいことのないおしゃべりを聞くのもめんどくさい。
オチのない話というのは、「用件のない話」とイコールだと思っている。
が、例外もある。
例えば、好きな人の話しだったら、その人の語ることがなんであれ、ずべてに興味を持つだろう。
「オレさ~、今日さ~、朝起きてさ~、朝ごはんはパンとウィンナーでさ~、うんこしてさ~、歯みがいてさ~、学校来てさ~、一時間目の数学では教科書忘れて先生に怒られてさ~・・・」
などという、
「だから結局何が言いたいねんっ!!」
な話しでも耳をそばだてて聞き、あまつさえ、
「朝ごはんはウィンナー」
と頭にメモること必至であろうと思う。
つまり、語る人に対して興味があれば、内容にオチがなくてもなんでも、それは「面白い」話となる。
そんなわけで、神話・民話・伝承などは、オチがなくても大好物である。
つまり、それらの書かれた時代背景などに興味があるので、内容がおもしろかろうがなんだろうが、私には興味深いというわけだ。
とはいえ、中国の話しは、どんな短編でもきっちりとオチがついているものがほとんどではないだろうか。
四世紀ごろに書かれたとされる「捜神記」でさえ、463ほとんどすべての小説にオチがついているので驚かせられる。
それに比べると、日本神話にはオチがない。
有名な神話は、多く、その土台となる伝承が各地に見つけることが出来る。
例えば、海幸彦・山幸彦の神話などはよくできた物語だけれど、インドネシアの神話にほぼ同じようなものがある。
どうやら日本独特の神話か・・・?
と思われるものは、
「へ?だから何?」
と呆気にとられてしまうようほど、オチがなかったりする。
実は私が一番好きなのは、仁徳天皇と磐之姫の話しだったりする。
仁徳天皇は、八田皇女を側室にしたいと願っているのだが、皇后である磐之姫は嫉妬深くてそれを許さない。
仁徳天皇は、
「君が一番好きだよ~、でも、ほら月のものの時なんか、僕困っちゃうじゃん?そういう時なんかのために、八田チャンを側室にしたいんだよ~ねぇ、頼むよ~」
などと説得を試みるが、磐之姫はまったく無視。
悩んだ仁徳天皇は、皇后が旅行中にこっそり八田皇女を側室にしちゃいました~!
・・・ってなんじゃそりゃぁ?
なんの工夫もなし?
なんの教訓もなし???えぇえええ??
ここからもまた、意味不明である。
・・・・・八田皇女が召抱えられたことを知った磐之姫は、死ぬまで仁徳天皇の元に戻りませんでした・・・・・。
それはいい。
仁徳天皇は何度も何度も磐之姫を向かえに行くんだが、磐之姫は会おうともしない。
天皇は悲しみ、恨み、悩む。
そして、皇后の死後、八田皇女を皇后にしちゃいましたぁ♪
って、なんじゃそりゃぁああああ???
「それが史実なんだからしょうがないじゃん」
と押し切られたら反論しようがないが、しかしそれにしても・・・。
仁徳天皇は「聖帝」と称された方である。
その「聖帝」がこうもだらしなくてはいかんのではないのだろうか。
日本書紀は「正史」として編纂されたもので、多分、思いっきりフィクションが入っているはずだ。
なのに、なんでここはこんな中途半端な話しにしとくんじゃいっ!?
せめて、磐之姫を説得できねばならんのとちゃうか。
浮気して、妻にいつまでも許してもらえなくて、(それを悲しみうらんでいるくせに)妻の死後、妻の怒りの原因となった張本人を後妻にするってのは、意味わからんやろ。
つまり・・・、どう~もこういうことじゃないだろうか。
古代の日本人ってのは、そろいも揃って右脳人間そろいだったんじゃなかろうか・・・。
オチをつけにゃ気がすまないってのは、やはり左脳の作用だろうと思う。
感性のままに生きた古代日本人は、「オチ」なんてケチくさいものを必要としなかったのかもしれない。
「ぱらりんぱ?」
「ぴらるんぽ」
「ぴゃ?ぽぽぽ~」
などと極楽トンボに笑いあっている人々をふと夢想して、
「これぞパラダイス」
なんて思ってしまったのであった。
というのもですね。
「捜神記」を読んでたら、こんな話しを見つけてしまったからなんでございます。
「昔、東越の国に大蛇が棲みつき、毎年八月一日に娘を差し出すことを要求した。」
日本各地に同様の話しが残っている。
有名なところでは記紀神話に残る、スサノオのヤマタのオロチ退治。
人身御供に差し出されるクシナダ姫を哀れに思ったスサノオはオロチを退治し、クシナダ姫を妻にしましたとさ。
蛇ではなくて猿だけれど、今昔の「猿神退治」も、「しっぺい太郎物語」も、
英雄が、悪い神を退治して人身御供の女性を救う話しだ。
しかし、捜神記の小説は、ここからが少し違う。
「十年目の夏、季誕の末娘である寄が、自ら生贄となることを申し出た。そして見事に蛇を退治した。そのことを聞いた越王は寄を妃にしたとさ。めでたし」
なんである。
かっこえ~~~~~・・・・・・・。
日本にある悪神退治と、捜神記の蛇神退治、どちらが古いのかはわからない。
他の国にも同じモチーフの神話が残っているかどうか、今のところ知らない。
ただ、日本にも、「蛇神」を女が「退治する」話しが残っている。
「天稚彦物語」
である。
御伽草子の中にある話だが、天稚彦は記紀に登場する神でもある。
物語の中で、蛇がやってきて、娘を「嫁」に要求する。
三人姉妹の「末娘」が、「嫁」となると、蛇は自分の頭をちょん切るように言う。
言われた通りに娘が蛇の頭をちょん切ると、蛇は天稚彦の姿となり、二人は幸せに暮らしましたとさ。
この物語の方が、ヤマタのオロチなどよりも、ずっと捜神記の物語に近いと思う。
そうしてみると、やっぱり面白い。
人身御供(嫁という表現にはなっているが、「嫁」になった後食われちゃうんだろうから、言ってみりゃ人身御供である)となった娘が、蛇に、
「わしの頭をちょん切れ」
といわれて、
「合点承知!」
といわれたとおりにする図を想像してもらいたい。
・・・・・・・なにげに電波さんである・・・・・
捜神記にある「気高い女傑」の面影とは似て非なる様相がある。
私は今まで、この天稚彦物語と、ヤマタのオロチ退治や猿神退治とが同源だと考えていたが、どうも違うような気がしてきた。
ただ、捜神記の蛇神退治では、「女傑」は犬をお供にしている。
これは、今昔の猿神退治やしっぺい太郎と同じだ。
どちらの物語も、悪い猿神を退治するために、犬が活躍する。
単に、日本では「犬猿の仲」というから、猿神ときたら犬だという考えかもしれないが、それならばそれでまた・・・なんとも単純明快でええんでないかい?
古代日本は、想像をはるかに凌駕する、「お気楽天国」だったかもしれない・・・。
-----
--------
TITLE: 贅沢な旅
BASENAME: 2622312
DATE: 08/26/2006 07:23:48
-----
BODY:
なにが贅沢って、あぁた。
家を9時ごろ出発して新幹線で東京に向かい、
「明日の神話」を見て、
「知り合いの蕎麦屋さん」で蕎麦食べて、
また、新幹線で帰ってくるんですよ~~~~~~!!!!!!
絵を見て蕎麦食べるだけに、往復新幹線!
安売りチケット屋で切符購入しても、往復26000円超!!
ひょえ~、贅沢~う。
でも、明日の神話は見ておきたかったし、公開後、どこに引き取られるかもまだ決まってないようだし。
今のうちに見とかないと後悔しそうですからねぇ。
しっかし、いや~、むっちゃ豪勢!
うわ~金持ちみたい(笑)
・・・と大騒ぎした上で、いってまいります!
-----
--------
TITLE: パートナー
BASENAME: 2622313
DATE: 08/27/2006 21:32:16
-----
BODY:
昨日、関東出張だった旦那と新橋駅で待ち合わせ、一緒に汐留へ。
すっかり気付かなかったのだが、この日、日本テレビでは24時間テレビが放映される予定だったため、すごい人だ。
目当ては「明日の神話」だけだったので、さっさと絵の前へ。
私は絵についてはまったくわからないので、タッチであるとか、色使いの細かいことなんかわからない。
だから、そばで細部を観察するよりは、少し離れたところから、その雰囲気を味わうほうがいい。
私の見る目なんてのはまったくアテにならないが、象意はそれほど複雑ではないと思う。
原爆の閃光、炎の向こうに、死者の列が・・・。
海の上には、第五龍王丸(だっけ)。
絵の中央にある骸骨はもちろん「死」の象徴でもあるんだろうが、それは白く輝いている。
古来、「頭蓋骨」は、パワーの象徴でもあった。
この巨大な壁画の真ん中で踊っているのは、「死と破壊・悲しみ」だけではない。
もしかしたら、原爆なんてものを生み出した人間のパワーをも含めた、「力」と「新しく始まる何か」なのだ・・・と私はそう感じた。
だが、ある意味では、子供が考えつくような単純なあっけらかんさをも感じる。
しばらく絵の前につったった後、
「さ、行こか」
と言うと、
「わざわざこのために来たのに、もうええんか?」
と旦那に驚かれた。
私は私なりに、この絵から感じ取るものはあったのだ。
でも・・・なんていうんだろう。
「感動のあまり体が動かなかった」
というような感覚に、絵やら芸術やらでなったことは・・・ないと思う。
一度だけ、吉野の蔵王権現の前に座った時、
延々と子供の頃からの懺悔をしたくなったが、それと、芸術に関する感動とは違うような気がする。
私は、自分が感動してるのかどうか、よくわからない。
でも、それなりに、感化を受けてはいるんだけども・・・。
どうも、感性が鈍いのかもしれない。
岡本太郎さんの「太陽の塔」を追いかけている友人に、
「明日の神話を見に来ている」
とメールを入れると、
「それなら岡本太郎記念館にも行くべし!」
と最寄駅を教えてもらったので、渋谷まで山の手線で移動。
私の頭の中では、山手線≒大阪環状線だったんだが、全然違う。
山手線は、メジャーな地域ばっかり通るが、環状線は「下町」ばっかしだ。
そのせいか、山手線は、なんか小奇麗だ。
まぁ、それは良いとして、渋谷から記念館までの道はまったくわからない。
最寄駅は表参道駅だというので、とりあえず徒歩で移動。
駅の地図で場所を確かめて、記念館へ。
岡本太郎は、縄文美術をこの世に広く紹介した人だ。
それは、なんとなく納得できる。
縄文土偶や縄文土器の、奔放な魂を・・・少なくとも、それを自分の中に探ったと思われる作風であると、私は感じている。
私が一番気に入ったのは、「カッパ」なんだが、それはいい。
二階には、「明日の神話」の下絵や、壁画復活にあたっての岡本敏子さんの言葉などを読むことができる。
岡本敏子さんは、太郎氏の養女だが、その存在は、娘という以上に、「パートナー」であったと思う。
特番で彼女を見た時、
「天才のひらめきを感じない。ただ驚くほどピュアな人」
という感想を持った。
が・・・
彼女が、「明日の神話」を解説している文章を読んだ時、
「あぁ、この人は、完璧にこの絵を『知って』いるんだ」
と思った。
多分、彼女は、太郎氏の一部であり、太郎氏は敏子さんの一部だったんだ、と。
彼女の言葉を読むだけで、絵を見なくても、細部が甦るのだ。
正直。
「明日の神話」が、私は、岡本太郎氏の「最高の作品」だと言われると、
「そうなの?・・・ふぅん・・・私は、もっと他に好きな絵があるなぁ」
と思うのだ。
が、この絵のは、敏子さんの最高の仕事だという表現を聞く。
ならば、間違いなく、この絵は、岡本太郎最高の傑作なんだろう。
深夜の新幹線の中、新幹線の窓の向こうに、いつまでも、この赤くて白くて青い絵が、見えるような気がした。
-----
--------
TITLE: 自分史
BASENAME: 2622314
DATE: 08/28/2006 17:05:19
-----
BODY:
自分の人生について、本にすることが、流行している・・・らしい???
「本を出しませんか?」
という広告を、最近よく目にするようになった。
ライターの仕事として、自分史を出したいけれども文章力がないという方から聞き取りをして、代筆するというものがあるらしい。
そういう仕事をしているライターさんに、
「やっぱり波乱万丈な人生の方が多いんですか?」
と聞いたら、
「どんな人生でも、自分にとっては波乱万丈だったりしますし・・・」
と言葉を濁していた。
まぁ、そうだろうな。
どんな人間でも、自分が一番可愛いし、自分のことを一番よく知っているんだから。
私はまだ38年生きただけだし、大した苦労をしたわけでもないが、それでも、「ネタ」はいくつかあるわけで、それが60年以上生きて、苦労をしてきた方ならば、書き残しておきたいことは山ほどあるものなのかもしれない。
ただ、悲しいことには、誰も自分以上に自分に興味を持ってくれず、誰も自分以上に自分の人生に感心してくれないことが多い。
私小説なんてのは、「プロ」が書くから面白いんである。
私の伯父が定年になって、「自費出版する」と言い出した。
費用が高いので、母の姉・・・つまり伯母をはじめ、家族全員が反対したらしいが、伯父の意志は固く、伯父の「半生記」は、本屋にも並んだらしい。
親族が集まったお酒の席で、子供の頃から本ばかり読んでいた私に、
「エッセーにして、さらさら~っと書きあげてしもたなぁ。おっちゃん才能あるかもしらんなぁ」
「これで直木賞をとるで!」
と、ものすごく嬉しそうに話してくれたんだけども・・・。
おっちゃん、直木賞はエッセーに贈られる賞じゃありません・・・・・・・。
私は、結局その本を読まなかった。
まず母が読んで、
「う~~~~ん・・・エッセーっていうか、仕事してたときの恨みつらみが書き連ねてあるって感じ???」
と、びっみょ~~~~~~~ぉおおおな表情をしていたのだ。
出版に大反対をしたとはいえ、伯母と伯父の夫婦仲は良い。
本になるまでは反対していた伯母も、話しが決まってしまってからは、
「のりこちゃん、本読んだってな!」
といってたくらいだから、結局応援してたんだと思う。
姉妹仲の良い母のことだから、多少でも面白いところがあれば、
「素人の文章だけど、面白いとこもあったよ」
と言うだろうなぁと思うんだが・・・。
伯父の本について語る母の顔色は、果てしなく優れなかった(笑)
まぁ、「自伝を書きたい」と思うきっかけは、恨みとか自己愛とかだろうからなぁ。
他人が読んで面白いわけないよねぇ、そりゃぁ。
と、なんでこんなことを書いているかというと、
「自分の人生は小説になる」
とおっしゃる方にこの間お会いしたからということもあるが、
今朝、義母からのハガキが届いたからだ。
義母は自分のことは何も言わない。
言うとしたら、
「こんな人間やから迷惑かけてごめん」
という文脈になる。
長女として、若い頃は、夜中まで働いて早朝に起きて・・・とかそういう苦労があったらしいということは、義父の口から聞いたことがあるが、義母が口にするのは、
「わっかい時は貧乏やったから」
ていど。
明るい笑顔でそういうのだ。
ハガキには、
「この間は、ものすごく楽しかった」
と書かれてある。
この間、私と義母はアンコールワット展に行って、大阪城の天守閣に登った。
それだけのことなんだが、義母は、
「思い出の一ページが増えました」
と書いている。
以前、私の実家にもどった時、行儀悪くだらだらしていたら、母に、
「あんた、あちらの実家では、もっとちゃんとしてるんやろね」
と聞かれた。
私が鼻くそほじくりながら、
「い~~や、私はどっちの実家でも一緒やで~」
と答えたもんだから、母は心配になって、義母に電話を入れたらしい。
母から義母にどう伝わったか知らないが、次に義母に会ったら、義母は目に涙を浮かべてこう言った。
「のりこさん。お母さんから聞いたよ。あんた、自分の親も義理の親も同じに思ってくれてるんやってね」
・・・いやまぁ、ある意味そうなんだけど・・・。
この時、私は、
「あ~、この人には叶わんなぁ」
としみじみ思った。
もし義母が自伝を書いたとしたら、多分、他人から何をしてもらったとか、だれだれはどんなに良い人かとか、そういうことばかりになるだろうなぁ。
だが、義母は自分の人生を書き残しておきたいなんて決して思わないんだろう。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 08/28/2006 21:46:11
自叙伝ですか。60歳過ぎればいろいろネタできるかも知れませんが、私は今は毎日が同じ生活なのでネタないですね。
父の人生なら書けるかも知れません。そりゃ波乱万丈です。多分のりちゃん様のおじ様も戦争を乗り越え、日本の成長期を見てこられた方でしょうから、いろいろ出来事があったと思います。是非、ご購入されて読まれてみてはいかがですか?また違った一面のおじ様が見れるかも知れませんよ。
-----
COMMENT:
DATE: 08/28/2006 22:09:27
確かに戦後の高度成長期を支えた世代ですね。>伯父
「戦争を知らない子供達」ではありますけれど(笑)
伯父の本は母が持っているのですが・・・そうですねぇ(^^ゞ
読んでみますか・・・。
全然関係ないんですが、なんでかしりませんが、このブログにかまどさんがコメントくださるような予感があったんですよね。
なんでだろう?
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 08/29/2006 20:07:02
>このブログにかまどさんがコメントくださるような予感があったんですよね。
なにかビビビってものがあったんですかね?
多分それは、
送信ボタンをぽちっとな。んん?400文字以上は・・・。な、なんと。消し消しするもなかなか400文字未満にならなかったようで、ええい、ってことで大半消しちゃいました。
「どうなってんの、のりちゃん!」って叫びが予感、いや悪寒に繋がったのかも。笑
>伯父の本は母が持っているのですが・・・そうですねぇ(^^ゞ
買ってあげましょう。でも、本屋さんになかなか並べてくれないですよ。すごいじゃないですか。買うべし買うべし買うべし・・・・。笑
-----
COMMENT:
DATE: 08/29/2006 20:50:27
っひゃ~、すいません(^^ゞ
なんか字数制限があるみたいで、私もよく制限にひっかかるんですよね・・・。そのたび、切り取り&貼り付けを繰り返して、何度にもわけて投稿・・・めんどくさいですよね・・・。すいません
で、伯父の本が本屋に並んだのは、その自費出版会社との契約上のことで、1週間ほどの間、しかもどっかのでっかい本屋さん1店のみ。今はもうおじさんから直接購入するしかないんですよ。
多分、くれはると思いますが、それならばまぁ、母から借りても同じかと・・・。
いや・・・本当は、それで、
「感想聞かせてな」
といわれるのが怖いんです・・・。
こういう場面で嘘をつくのがどうにもこうにも下手なんで(T_T)
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/01/2006 19:53:55
38歳?若いんじゃなー。こちら53歳。もうじき54歳。
生理もなくなってせいせい。これで一人前ってかんじ。
38歳はギャルです。断固として。
-----
COMMENT:
DATE: 09/01/2006 22:06:42
私が子供の時、20歳は、立派な大人でした。
年齢って相対的なもんですね。
ただ、私的には、自分のことを「おばちゃん」と思うほうが座り心地が良いので、「おばちゃん」ってことにしています。
でも、50代の方でも、「ギャル」はおられますよね。
本当に、個人個人の感性ですね。
-----
COMMENT:
AUTHOR: moz
DATE: 09/02/2006 00:49:40
たまたま通りかかって、読ませていただきました。
「義母は自分のことは何も言わない」
この義母のことがおもしろいと思いました。
わかるような気がするのです。多分寂しい人ではないかと。
-----
COMMENT:
DATE: 09/02/2006 08:04:41
え~~~~~!!!!
・・・う~ん、確かに、義母は、少しご無沙汰すると、
「のりこさんの声が聞きたくなって~」
と電話をくださるような方なんで、「寂しがり屋さん」だとは思いますが、
「寂しい人」という表現は、ひっくり返るほどピンとこないかも(^^ゞ
人を一言で表現するのは無理ですが、敢えてするなら、「純粋な人」かなぁ。
純粋に、「過去の苦労話をして○○さん(自分の子供達以外のすべての人)に気を使わせるより、○○さんの話しを聞くほうがずっと楽しい」と思っておられるだけだ、と嫁は感じております。
自分の子供達(うちの旦那とか)には、「私が若い頃は!」という叱り方もしておられるようですし。
なんというか、義母は、もっとポジティブで、なのに控え目。それがすごいなぁって感じですね。
ただ、誰でもある種の寂しさは抱えて生きているものではあると思いますが・・・。
-----
--------
TITLE: ポテンシャル
BASENAME: 2622315
DATE: 08/29/2006 18:46:04
-----
BODY:
怒っているのがわかりづらいとよく言われる。
そもそも気の短い人間なので、同じ注意を3度言わされたらキレちゃうのだが、
キレると、相手にすごくびっくりされてしまう。
いきなり怒り出したように見えるらしい。
私は、2度目に注意した時点で既に怒り始めているんだが、まったくそうは見えないらしい。
でも、私が注意する時は、なぜどういう理由でこれをしてはいけないかとくどくど説明しているので、
「本当に困るから」
注意してるんだということはわかってほしいんだけども・・・。
それでも、私が怒ると驚かれてしまう。
今まで、それはふくよかな(控え目な表現)下半身と、タレ目気味の目のせいだと思っていたが、どうもそれだけが原因じゃないらしい。
電話の応対でも同じだからだ。
私は旦那と知り合うまで、全く結婚する気がなかったので、一人で生きていくために計画をたてていた。
それで、貯金を溜めて、家を買った。
10年目の今年、そのローンの利息を、変動にするか固定にするかということで、手続きをとらなくてはいけなかった。
結婚前に購入したので、不動産登記の名義変更などもしなくてはならないらしい。
というわけで、銀行の担当者と電話のやりとりをしていたわけだが・・・、これが・・・・・・。
「固定か変動かで返済額がどれほど違うのか知りたいので、シミュレーションしていただけますか?」
この電話を入れたのが7月半ば。
7月末に新しい利子が決まるってことで8月頭に郵送してもらう約束をして待っていたが、8月10日になっても来ない。
確認の電話を入れると、
「やっと資料を作ったんで、もう少し待ってください」
と、1週間あとに来た資料を見ると・・・。
変動の場合、○%
固定2年の場合、○%
固定5年の場合、○%
・・・これだけの資料を作るのに、なんで10日以上かかるねん!!!!!!
しかも、私は返済額を知りたいから、シミュレーションって頼んだんやんけ。
と電話をすると、
「あぁ、シミュレーション!」
・・・最初からそう言うとるがな・・・。
とまぁ、そういうやりとりが続いた。
なにしろ処理が遅いので、何度か確認の電話をして、やっと、登記簿の名義変更をする話しになった。
「必要書類をそろえていただいて、こちらから書類もお渡ししますので、司法書士の先生に手続きしてもらってください」
という話しなんで、友人に紹介してもらった司法書士の先生に依頼の電話をすると、
「そういう手続きは通常、銀行から司法書士に依頼があるんですよ・・・もう一回確認した方がいいですよ」
とのこと。
・・・どうも、銀行のおっちゃんはアテにできんということがわかってきたんで、筋違いかとは思ったが、司法書士の先生に、必要書類や簡単な手続きの流れなどを確認させていただいた。
司法書士の先生によっては多少経緯などが違うだろうが、だいたいのことは頭に入れておいたほうがこの先困らないと思ったからだ。
その上で、銀行に電話を入れると、
「形式的には、こちらから書類をお渡しして・・・ってことになります」
「じゃあ、私が個人的に司法書士の先生にお願いして手続きすることも出来るんですね?」
「あのぅ・・・形式的にはですねぇ・・・」
「つまり、現実的には、できないんですね?」
「・・・はい。こちらで手続きさせてください」
「だぁあああああああっ!!!!それをさっさと言わんか~~~~~!!!!さっさと現実的な処理をせんかいっ!!形式もへったくれもあるかぁあああああ!!!!」
「はいっ!!」
声が半分裏返っていた。
かなりめんくらったらしい。
「だいたいこの手続きについて最初に確認したの7月ですよ?なんでこんなにいつもいつも遅いんですか。・・・・・・で、そちらで処理なさるなら、こちらでなんの書類を用意したらいいか連絡いただけません?」
「・・・・・登記簿のうつしとですね・・・」
「それは、二度手間にならないんですね?」
「はい?」
「そういう書類ってのは、通常司法書士の先生がとるんもんじゃないんですか?」
「・・・はい・・・」
「ちゃんと確認してから、折り返し電話!」(体育会系のノリで)
「はいっ!」
「さっさと!」
「ははっ!」
「ぴっちりと!」
「はははっ!」
1時間あとには必要な書類や手続きなどについて、きっちり連絡が入った。
今までのペースなら絶対1週間後くらいになっていたところだ。
・・・それも、督促して。
そして、多分、その内容にいくつか不備があったに違いない。
まぁ、忙しいというのもわかるし、こちらが借りている立場だし・・・とも思うんだけれど、腹が立つのは、一度キレた後は、きっちりしっかりさっさとやってくれることなんだな。
つまり、ナメられてたわけだ・・・(T_T)
まぁ、今回はキレた後はスムーズに進んでいるのでいいっていえばいいし、
悪気があったわけじゃなく、単にこの担当のおっちゃんが、
「お仕事遂行力の不自由な方」
だっただけらしいのでしかたない。
あったま来たのはNHK。
ケーブルテレビに入った途端、集金に来た。
私はドラマとか映画などは見ないので、ケーブルテレビの番組表などは見たことがなく、したがって、ケーブルテレビに入会すると、NHK衛星まで受信してしまうということを知らなかったので、これは随分の不意打ちだった。
「ケーブルテレビに入会しましたよね?衛星放送受信料の支払い手続きをお願いします」
「え?ケーブルテレビに入会したら、衛星放送受信料を支払わなくちゃいけないんですか?」
「はい。法律で決まってます」
咄嗟に意味がよくわからなかったので、
「その条文読ませてもらえます?」
「・・・は?」
「法律で決まってるなら、その法律の条文を読ませてください」
「持ってませんけど、決まってるんです」
「だから、決まってるかどうか確認するために条文見たいんですけど」
「決まってるんです!」
「ケーブルテレビに入会したら、絶対、衛星放送受信料を支払わなければならない・・・とそれには書いてあるんですか?」
「書いてあります!」
「・・・わかりました。自分で確認します。確認した上で支払うかどうか決めますので、また来てください」
「今、契約書に記入と署名をお願いします」
「だ~~~か~~~ら~~~、それなら条文見せてください。確信もなしにお金出せません!」
この押し問答の末、追い返して確認してみたら、その条文とは
「受信可能な機械を所持していたら、NHK受信料を支払わなければならない」
という例のアレで、
ケーブルテレビを受信する機械が、
「NHK衛星放送受信可能な機械」
ってことがわかった。
ついでに、調べたら、ケーブルテレビではNHK衛星放送に関しても、きちんとスクランブルをかけてくれるということも、わかった。
絶対支払わなきゃならないってのは、嘘じゃん!!
ということで、条文と、スクランブルをかけたことを知らせるケーブルテレビからのメール(わざわざお願いして、
「ケーブルテレビ受信機は既にNHK衛星放送受信不可能な機械となった」
という表現を入れてもらった)を打ち出した。
その上、条文の必要箇所にはアンダーラインまでひいて、準備万端と、集金人を待っていた。
しかし・・・彼がやってきたのは、私の留守中だった。
応対に出た旦那に、その男は、
「あ・・・地上波受信料をいつもお支払いいただきありがとうございます」
と、深々とおじぎしやがったらしい。
「衛星放送の受信料の支払いについて説明させていただきたいのですが」
「あぁ、うちはケーブルテレビに頼んでスクランブルかけてもらったらしいですよ」
「スクランブル?・・・しつれいしました~~~」
・・・逃げるように帰ったらしい(T_T)
私に対しては、あんなに無理押ししようとしてた、あの、集金人がである・・・。
私はそんなになめられてたのか・・・。
しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく・・・。
見ただけですごく怖そうな人になりたいってわけでもない。
ものすごいオーラと威厳を身にまとうのは、無理だろう。
しかし、
「何を言っても何をやっても怒らなそう」
という雰囲気?容姿?声???
これはなんとかならんか・・・と。
この怒りのポテンシャルをどうやれば表面に浮上させることが出来るのかっ!!!
・・・と、怒りながらも、
「どうやってこれを爆笑ネタにしたろ?」
と考えている自分に気付く。
はっ!?
・・・・・・もしかして、これがいかんのか?!
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/02/2006 09:43:54
つい、おしまいまで読んでしまいました。
臨場感があって、面白かったといっては失礼かな?
うけました。
-----
COMMENT:
DATE: 09/02/2006 23:44:17
このブログは、「お笑いネタ」のつもりで書いているので、面白いといっていただけるとうれしいです。
反対に、笑っていただこうとして書いているのに、
「過去の辛い経験は忘れて、元気出してくださいね」
とか、
「つらいですね!」
といわれるとへこみます(笑)
うけていただいて、とてもうれしいです(~_~)
-----
--------
TITLE: 夏バテ
BASENAME: 2622316
DATE: 08/30/2006 17:09:47
-----
BODY:
なんだかわからないけど、眠い。
だるい。
微熱があるけど、単に外気温が高いから私の体温もあがっているだけかも??
ただ、やたらめったら眠い。
わんこの散歩中、うんちを拾うために座り込んだら、そのまま寝てしまいそうになったほど眠い。
胃の中が空っぽになると吐き気がする感じなので、1度にご飯を食べずに何度も分けて食べる。
夏バテなのか?
食欲がないわけでもなく、何かを食べたらマシになるので、夏風邪かもしらんなぁと思いつつ横になる。
私自身はちょっとだるいだけだが、一番ワリをくらったのは、今日はチュッチュ。
とにかく眠いので、下手に外で遊ばせていられない。
今日はあんまり籠から出せなかった。
籠の中で怒ってる声が聞こえるんだが・・・。
今日は・・・すまんが、今日はがまんなのじゃ~~!
ううう・・・眠いよぅ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: くみちょ
DATE: 08/30/2006 20:32:12
単なる夏バテかもしれないけど、無理は禁物です。
続くようであれば病院に行く事をお勧めします。
体力に自身があるとか、風邪なんぞひいたことがない等、自慢もありましょうが、
残念ながら、わたし達は既に中年の仲間入りをしています。(笑)
そういった意味で、食生活等で気を使っていても病気になる場合が多いと思います。
ともあれ、お大事に。
-----
COMMENT:
DATE: 08/31/2006 08:21:43
もう、若くないですもんねぇ・・・。
一日寝てたら随分すっきりしました。
しかしまぁ、無理せんと、続くようならば、病院にでも。
今日は、レギュラーメニューをこなします。
一日掃除をさぼると、文鳥の籠周りがえらいことになるんですよね。
-----
--------
TITLE: チュッチュ
BASENAME: 2622317
DATE: 08/31/2006 17:24:51
-----
BODY:
昨日の昼間、眠くてしかたがなかったので、文鳥のチュッチュを外に出せなかった。
手乗りのため、私に対してまったく警戒心を抱いていない。
横になっている私の体に寄り添って眠ってしまったりする。
私の体重はチュッチュの約2000倍。
寝返りでも打とうもんならえらいことになるっつぅのに、チュッチュはまったくそんな危険を認識していない。
チュッチュが外で遊んでいる時は、私が起きていなくては、とっても危ないわけである。
どんなに体調が悪い時でも、チュッチュを外に出している時は気が抜けない。
そんな私の苦労を知ってか知らずか、私が本当に体調が悪い時、チュッチュは結構いい子だ。
高熱でうなされていた時のこと。
いつもなら出してくれと暴れるチュッチュがおとなしい。
でも、一日中籠の中ってのは可哀想なので、籠の扉を開くが、出口のところで動かない。
私が布団に戻ると、ようやく飛び出してきて、枕のところにとまり、私の顔を見ている。
首をかしげた様子が、
「しんどいの?」
と聞いているようなので、
「大丈夫。でも、あっちで遊んできてね~」
と言うと、
「チュ!」と鳴いて、隣の部屋でひとり遊びをしていた。
しばらくして、頬をつつかれて目が覚めた。
恐ろしいことに、いつの間にか寝てしまったらしい。
チュッチュが私の寝顔を覗きこんでいる。
「大丈夫?」
そんな風にまた首をかしげるので、
「大丈夫」
と答えると、今度は、自分から籠に戻った。
それは単なる偶然だ、といわれるかもしれないが、私が本当にしんどい時は、チュッチュはあまりわがままを言わない。
・・・昨日、私がうとうととしていると、チュッチュが怒っている。
「出せ~出せ~」
とばかりに、籠を蹴る音が聞こえる。
・・・私の夏バテは大したことじゃないんだな・・・
自分の体調を文鳥まかせにして寝ていたら、夜にはだいたい元気になっていた。
ここんとこ、新しく知り合った人との人間関係がちょっと大変だったんで、気分的に疲れていたらしい。
一日寝たらスッキリ。
チュッチュが怒っているので、夜になって放鳥することにした。
扉を開けると、慌てて出てこようとする。
飛ぶ直前に身構えるので、見ていて
「飛ぶな」
というのがよくわかる。
身構えた瞬間、扉を閉めると、チュッチュは、コントのようなズッコケ方をしてみせる。
また扉を開ける。
身構えた瞬間、閉める。
ズッコケ!
これを繰り返していると、チュッチュとってもこれが遊びになってくるらしい。
「そろそろ本気で出してやろう」
と、扉を開けっ放しにしていると、
「チュチュチュ!」
と遊びを要求する。
めんどくさいので無視していると、
籠の壁を蹴っている音が聞こえる・・・。
たはははは・・・。
しょうがないので、それから私が眠くなるまで、チュッチュの籠の扉を開けたり閉めたりしていた。
チュッチュよ、外で遊ばなくてよかったんかい??
-----
--------
TITLE: 男前
BASENAME: 2622318
DATE: 09/01/2006 19:24:07
-----
BODY:
私は、男前の基準がわからない。
ブルース・ウィリスが男前なんだったら、うちの旦那も男前だと思う。
・・・が、誰もそうは言ってくれない。
ただ、結婚前から付き合いのあるアメリカ人夫婦にだけは、
「すんごい男前ね~」
と言ってもらえたから、アメリカでは男前と言ってもらえるのかもしれない・・・が、どうもそういう気はしない。
あと、わからないのが、永島敏行さんとか、緒方拳とか・・・。
永島敏行さんが
「優しそうに見える」
というのならば、同意せんでもないし、別にこの俳優さんに恨みがあるわけじゃないが、
「男前!」
と言われたら、
「え?そうなん?まじ???」
と、聞いてしまう。
緒方拳氏に至っては、ファンである。
「カッコイイよね」
といわれたら、
「うんうん!」
と首がもげそうな勢いで頷くに違いないんだが、でも、
「男前!」
といわれたら、
「どこがどういう風に?具体的に教えて???」
と詰め寄ってしまう。
いや、なんでこんなことを言ってるのかというと、今日、銀行で手続きをするために、先日怒鳴りつけた行員さんに会ったんである。
彼は、永島敏行さんに似ていた。
すこぶる人が良さそうで、穏やかそうで、しっかりしてそうで・・・そして、やっぱり、段取り能力の不足した人だった。
まず、
「契約者側(つまり私)が用意すべき書類」
を事前に連絡をもらっていたのだが、結局、そこに「抜け」があった。
・・・まぁ、
「これ、必要なんじゃねぇのかなぁ」
と素人でも思うようなもんだったんで、一応持っていってたからよかったんだけどさ・・・。
それは、絶対に、「普段持ち歩くもの」じゃないし、持ってってなかったら、また足を運ぶことになってたはずだ。
そうなってたら、私はまた怒鳴ってたはず(笑)
その次に、委任状を書かされたんだが、まったく同じ委任状2通に署名捺印しろと言う。
「これ・・・まったく同じ内容ですが、なんで2通必要なんですか?」
と確認したら、なんだかあちこちに電話をかけまくっておられた。
「すいません。一通でいいそうです」
・・・だろうなぁ・・・。
手続きが2つあるから、とか、委任先が2つあるから、とかならわかるけど、まったく同じ委任状だったし。
もう1通は、保障会社が書くべきものだったらしい。
まぁ、委任状を2通書く分には構わないけど、保障会社の委任状なしに話しを進めてたら、二度手間三度手間になって処理に時間がかかるよね。
・・・となったら、私はまた怒(以下略)
まぁ、ええけどもさ。
なんともかんとも・・・、
「ひっかりせひよ~~~」
・・・声に力がなくなってしまいそうなほどの、処理能力の不自由具合だ。
しかし、目の前にいるのは、永島敏行さんに似た、温厚で頼りがいのありそうなおじさんなんである。
私は彼のファンではないから、
「つくづく、ちゃんと確認なさったほうが良いと思いますよ」
と、嫌味おばさんに変身してしまい、行員さんは
「申しわけありません・・・」
と、情けなそうな表情をしていたけれども・・・。
永島敏行ファンならどうしたろう。
もし、彼が男前の俳優なんならば、この行員さんも多分、男前になるんだろう。
だとしたら、この行員さんがどんだけお仕事の上で頼りにならなくても、
「許しちゃう!」
ってなるのかなぁ・・・。
それとも反対に、
「永島さんに似てるのに、頼りにならないなんて許せない!」
ってなるんだろうか。
でもさ。ローンの担当者って、多分、そこそこ使える人が揃ってるんじゃないかと思うんだな。
少なくとも普通の預金よりも込み入った話しになるしさ。
としたら、このお仕事能力で、そういう担当をなさっているということは・・・容姿が「頼りになりそう」ということも少しはプラスになってるんだろう。
だけど反対に、そういう部署にそういう人がいるってことは、私だけじゃなく、いろんな人に怒られたりしてるんじゃないかなぁ。
別にどうでもいいことなんだけど、目の前で汗をふきながら書類を確認している行員さんを見ながら、
「この人、容姿で得してるんだろうか、損してるんだろうか」
とつくづく見つめてしまったのであった。
・・・損だよな。絶対。
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/01/2006 19:41:09
このブログ字が大きくていいですねー。
どうやるんですか?
アクセス数も多いですね。
私なんか1日20件超えません。
文章もエライ長いですね。
読みますです。
-----
COMMENT:
DATE: 09/01/2006 22:04:00
ブログの字は、デザインカスタマイズで変更しました。
FONT-SIZEをいじった記憶があるんですが、今見ると、どこをいじったのだか。
確か、「.blog-text」の「font-size」「を、「 100%」にしたんだと思います。
単純なHTMLじゃないので、もし、HTMLの知識をまったくもっておられないならば、誰か詳しい方に直してもらうほうが良いと思います。
間違った場所を触って、もとに戻せない・・・となっちゃうかもしれませんので。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 09/02/2006 23:26:02
先日の怒りはまだ続いておられたのですね。
元、銀行員として 一言・・・
意外と 融資にはどんくさいのが 置かれています。
課長あたりに 割と優秀な方を置いておいて 実際の窓口には・・・です(苦笑)
それは 即決が少ないからです。
審査というものが そうさせます。
後からチェックが利くから・・・です。
のりちゃんさんほどチェックされる方を相手に
その彼は たぶん大汗かいてると思いますよ(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 09/03/2006 00:30:39
おお、そうなんですか!!
ローンの担当者はできる方が多いのだと勘違いしてました!!
いや、確かに、私の目の前で何度も汗を拭いてはりました(笑)
そうなると、私の中のサディズムが・・・・・・。
怒りが続いてるってよりか、
「次はどういう風にいじめたろうか」
と・・・。
サディストというより、意地悪ばあさんですな(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 09/04/2006 10:36:21
追記で・・・
でも、どんくさいけどビックリするほど有名大学出身だったりします(笑)
勉強は出来てんやろな~って 人が多かったです。
勉強の出来・不出来と 仕事の良し悪しは全然違いますね。
-----
COMMENT:
DATE: 09/04/2006 17:49:53
どこも事情は一緒ですね(^^ゞ
本当に、学歴と仕事の能力は無関係ですよね。
私はその後転職しましたが、私が知っている、「一番デキる男」は、中卒でした。
頭の回転が速くてそつがなくて、そして、仕事のデキる人っていうのは、誠実で親切ですよね。
それなのに、学歴がネックとなって、課長どまりなのが、はたから見てても口惜しかったです。
-----
--------
TITLE: 槙尾山
BASENAME: 2622319
DATE: 09/02/2006 23:01:46
-----
BODY:
今日は旦那の実家にお邪魔する予定だった。
昼頃、旦那と二人で、
「実家に帰るまでの時間、どこに行こう?」
と話していて、自然の多い場所へ行くことに半ば決まりかけていた。
ちょっと考えた末、旦那がこう言った。
「それなら、一度実家に行って槙尾山に連れてったろか?」
この場合、実家の誰を連れていくかというと、確認するまでもなく義母だ。
義父は昼間は働いている。
しかし、槙尾山って行ったらなんもない場所・・・というイメージが、私にはあった(これは大きな勘違いだったんだけど)。
山と寺があるだけ・・・と(大間違いだったんですけど)。
旦那はプレゼンが下手である。
まず、自分がなしとげたい目標があったとして、具体的にどういうアプローチをするかという方法を見つけるのがとても下手糞だ。
だから、「結婚生活」というシーンにおいて、それは私の役割となっている。
そしてそれだからこそ、自分がやりたいことがみなにとって良いことである、ということを人に納得させることに、全然長けていない(笑)
また、「こうやったら人が喜ぶんじゃないかな」「こうやったら人に迷惑かけるんじゃないかな」という想像を働かせる能力にはあんまり学ぶべきところを持たない。
・・・ということもあって、旦那が、「槙尾山」と言った瞬間、頭の中にいろいろな言葉が閃いた。
・・・が、しかしまぁ、そこは、ちょっと落ち着くことにした。
「いやあのさぁ、せっかく誘うんなら、も少しイベントのあるところにしようや」
「自然が多いとこがええんやろ?」
「そりゃそうやけど、自然だけしかないとこじゃなくてさぁ・・・それならまだ牛滝とか」
「牛滝は川に下りようと思ったらキャンプ場通らなあかんからお金かかるやろ」
「あぁ・・・それじゃ滝畑は?」
「駐車場代が一日1000円かかる」
「う~~~ん・・・」
なんかセコいようだが、違うんである。違うのだ。
私達がよく出かける、吉野や葛城、宇陀あたりは、水が綺麗で自然がたくさんあって、面白い神社もあって、駐車場代も観光費用もタダってとこばっかりなのだ。
それより低いクォリティのものに対してお金を出すのは、むちゃくちゃ口惜しいというか・・・つまり、結局セコイのである。
わっはっは・・・しくしく。
まぁ、とりあえず、義母に話してみるかと、旦那が電話を入れた。
電話を切った旦那は、鬼の首を取ったような表情をしていた。
「槙尾山って言うたら、小躍りして喜んでたで!!!」
・・・あれ?・・・・
私が知らないだけで、槙尾山には義母を小躍りさせる何かがあったんだろうか?
「槙尾山って、そんなにええ場所なんや」
「やっぱり西国三十三箇所の一つっていうのが、ええんちゃうか」
得意そうな旦那の表情を、ちと苦々しい思いで見ながら、ちょっとした敗北感を感じてしまった私である。
まぁ、それでも、義母が喜んでいたというのなら、私達は槙尾山で何も問題はない。
とりあえず実家に向う。
実家は、団地の4階。
駐車場がないので、旦那は車で待っていてもらって、私一人が迎えにいく。
義母はしっかり用意をして待っていた。
「槙尾山、楽しみやわ~~~」
というので、
「私、槙尾山って何もない山だと思ってたんで、お義母さんにそこまで喜んでもらえると思いませんでしたよ~。で、槙尾山って、何があるんですか?」
「知らん!!!!!」
・・・・・・・しまった・・・・・・・。
義母の性格を忘れていた。
「槙尾山」に喜んだんじゃなくて、「一緒に行く」のに喜んだんじゃん、義母は。
旦那との勝ち負けに熱中してしまって、「面白い場所かどうか」という肝心の勝負を忘れてた。
まさに、
「試合に勝って、勝負に負けたぁあああ!!!」
ってな感じだった。
いや、試合にも負けたんだけどさ。
しかし、義母は「槙尾山に行く」ってことで既に盛り上がっているんで、今さら他の場所を考えるのもなにか、と思い、工夫もせずに槙尾山に向う。
・・・すいませんでした・・・。
槙尾山はつまらない山じゃありませんでした・・・。
ものすご~~~くいい山でした。ごめんなさいごめんなさい。
槙尾山ってどんな山かなぁと思っておられる方、あのお山はとってもいいお山です。お薦め!!!
まず、駐車場がただである(←またそれかい!)
駐車場から山門までの道はコンクリートで舗装されていて、急な割に歩き易い。
横を川が流れていて、頭上には緑の葉っぱが日を遮ってくれている。
涼しくて、風がとても心地よい。
山門からの道は土だが、綺麗に整備されているので登山靴は必要ない。
本格的な山の装備は必要なしに、山の空気と雰囲気を存分に楽しめる場所。
それが槙尾山であった。
それにしても、私達夫婦のどちらも、槙尾山施福寺に辿り着くまでにこんなに歩くとは知らなかった。
私に至っては、無責任にも、
「いやいや、お義母さん、車でお寺のすぐそばまで行けますから、たいして歩きませんよ」
などと嘘を教えていた。
が、結局、上昇距離は300Mほど。歩行距離は1キロほど。
山歩きに慣れている私達にとってはたいしたことはないが、普段平地でさえスクーターで移動する義母には大した運動だったはずだ。
以前、石清水八幡宮に参拝したとき、同行の友人は(1800M級の弥山に登りたいなどという希望を持っているにも関わらず)、
「うそ~、まだ登るのぉおお??もういやだぁ!」
と叫んでいた。
石清水八幡宮の階段なんて、平地みたいなもんだし距離だって大したことない。
それでも、普段坂を登ったことのない人には辛いようだ。
私達夫婦が主催する山歩きに、自分で希望してコースも知った上で参加したにも関わらず、
「まだ登るんですか?」
と、音をあげる人は結構多い。
が、義母は、何も言わなかった。
「がんばろね~」
と、つらそうな表情を見せずに最後まで登った。
というか、
坂の途中で子供が休んでいるのを見て、義母が、
「子供さんも頑張ってるねぇ。私も頑張ろう」
と言うまでは、義母がしんどがってると気付かなかったというのが本当だ。
登山途中が大変であれば大変であるほど、山頂に到着した時の達成感は大きい。
義母は、
「山に登ることなんかないから、うれしいわぁ」
と、見える山の名前ひとつひとつを息子(私にとっては旦那)に確かめ、喜んでいた。
確かに、槙尾の山からはたくさんの山が見える。
そして、その一つ一つが最高に良い表情を見せているように見える。
なにより、たった標高600Mほどにも関わらず、やたらと涼しく、空気が気持ちよい。
そして、入山料がいらない(←まだ言ってるのだ、わっはっは!)
なによりも、寺務所のお坊さんが、気さくで明るくて、元気が良い。
もったいぶった雰囲気がまったくなくて、商売っ気もまったくない。
こういう方達が守っておられるお山だからこそ、こんなに気持ちの良いお山でいられるんだろう。
結果。
私は、試合に負けて勝負にも負けた。
でも、それはうれしい負け方だった。
槙尾山はなにもない山じゃない。
自然も人も美しい。
最高に良い時間を与えてくれる山でした。
槙尾山。
何度も訪れたい山&寺がまた一つ増えました!
-----
COMMENT:
AUTHOR: ゆばば
DATE: 09/03/2006 07:09:16
映画を?見てるような文章で楽しみました。
お気に入りにいれましたので、毎日
やってきます宣言!
-----
COMMENT:
DATE: 09/03/2006 08:22:26
ありがとうございます
期待に副えるよう、励みます(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 七滝八壺
BASENAME: 2622320
DATE: 09/03/2006 20:32:54
-----
BODY:
むかしむかし、滝壺の底は異界でありました。
異界であるからして、そこにはいろいろな「モノ」が棲んでおりました。
滝の主、龍、機織のお姫様、そしてはなたれ小僧様を連れた女神がその底で遊んでおられたのです。
昔の人々は、滝壺を恐れたからこそ、そこに恐ろしいナニモノかが棲んでいると思ったのでしょう。
そして、いくら科学が発達していると言っても、そこに落ちたらひとたまりもなく命を落とすであろう現代の私達もまた、滝壺に異世界を見つけても不思議はないのでしょう。
さて、この夏、私達は、何度となく吉野に脚を運んだ。
この夏っていうのは嘘で、夏になる度に吉野に出かけている。
目的は・・・涼を求めて・・・もあるのだが、最大は鮎の塩焼き。
吉野川べりには、天然の鮎塩焼きを食べさせてくれるお店やら屋台やらがいくつかあるのだ。
私のお気に入りは、「しいたけの宿」さんだ。
一匹500円。こんがりと焼けた鮎は内臓まで甘い。
骨もさっくり焼けているので、パリパリといけてしまうし、何より身の脂が・・・。
香りの良いこと甘いこと。
さくさくした身もまた、ほろほろでほこほこだ。
それに、ここを切り盛りしておられるご夫婦が・・・。
お客さんに喜ばれるのがうれしくてしかたないという方々で、私が行くと、
「この人、鮎好きやねん!骨まで食べるねん、なっ!?」
と他のお客さんにまで紹介してくださる。
自分の焼く鮎を愛しておられるんだと思う。
この鮎をいただくと、スーパーの鮎を焼いて食べるのがいやになっちゃうくらいうまいのだ。
いつも私達はここで鮎を4尾お願いする。
私が3尾、旦那が1尾。
そして、お腹を満足させた後、吉野散策に出かける。
今日は脚を延ばして、麦谷の方へ。
「東吉野の民話」によれば、この近辺に残る民話には興味深いものが多いのだ。
蛇が飛んできたとされる笹野神社。
美人すぎて出雲に連れていってもらえない弁天様。
私達の目的はその舞台を見ることだったが、そのことは、各々の神社紹介にて。
七滝八壺に行くことになったのは、笹野神社とほど近いから。
言ってみれば「ついで」であった。
が・・・ほんの少しの坂道を上り詰めたところで、目の前に広がった風景は・・・。
まさしく、「異空間」であった。
水とは不思議なものだと思う。流水のそばにいるだけで、体感温度が5度ほど下がる。
七滝の側に腰を下ろしていると肌寒いほど。
心の汗までがひいていくような気がする。
心の中にあった雑音が、水音と共に流されていくようだ。
そして同時に、滝のほとりに立つと孤独が際立つ。
水の音に囲まれて、一人きり隔離されてしまったかのようだ。
なぜだか、鼻腔の奥に冷たさを感じる。
子供の頃、プールの水を呑んでしまい、慌てて立ち上がろうとしたら脚がつかなかったことがあった。
記憶違いかもしれない。
私は、市民プールか学校のプールでしか泳いだことがなかったから、子供が溺れていたら誰かが助けに来てくれたはずだから。
でも、私の記憶の中で、私は長い間ひとりきりでもがいていた。
もがいているうちに、私の脚は地を蹴った。
落ち着いてみると、背の届く高さのところにいた。
死の恐怖と孤独。
自分は一人ぼっちなのだということを知る悲しみ。
大人になった今でも、水の気配は私に孤独を思い起こさせる。
そして、そんな時必ず、鼻腔の奥が・・・ツン!とするのだ。
水とは不思議な物体だ。
どんなものをもぴったりと包み込んでしまう。
それはときには優しく、時には恐ろしい。
人を癒すのも、殺すのも、水には容易いことだ。
そして私の目の前で、水の分子が次から次へとダイブしてきている。
人はこんな高さから、こんなに躊躇なく飛び降りることはできないだろう。
しかし、水は平気だ。
平気に飛び降りて砕け散る。
さも楽しそうに。
ここは、「水の楽園」だ。
水の精だか、水の女神だか、水の主だかなんだか知らないが、この世のものではない「モノ」が、棲む「水の世界」だ。
人が「棲む」ことはできない。 ・・・・・・・。
そして、私は、いやになる。
さっきから、目の前を旦那がチョロチョロしている。
写真を撮ろうとして、水に手をひたそうとして、何も感じず、何も考えず、ちょこまか、うろうろ、へらへらとしている。
こんなでかい「もの」が、この異世界の中で邪魔にならないのだ。
「水の楽園」に拒否されることなく、そこに自然にはまっている。
水を恐れず、水に遠慮せず、水に受け入れられている。
さっき感じた孤独やら、幽玄とでも言うべき水の世界は、旦那がそこにはまった途端、「民話」の世界になってしまう。
先ほどまでの静けさが打って変わって、「すんぽこどっぽこすっぽんぽん」というバックミュージックが流れだすのだ。
私の夢想を返せ!!
・・・ったく。
うちの旦那は天然でんねん(C吉本興業?)!
-----
COMMENT:
AUTHOR: ゆばば
DATE: 09/10/2006 16:33:23
すごいねー。滝つぼでこんだけ文章が書けたら。
作家じゃん。
-----
COMMENT:
DATE: 09/11/2006 08:06:17
過分なお褒めの言葉をどうもありがとうございます(^^ゞ
「水」には妙に感情移入してしまうところがあるようですσ(^^)
-----
--------
TITLE: まぬけな話し 二話
BASENAME: 2622321
DATE: 09/04/2006 17:44:00
-----
BODY:
第一話 旦那
最近旦那は太った。
筋肉質で体温の高い男なので、たくさん食べても太らない。
が、最近仕事の関係で外食が増えて、そのマックスを越えたらしい。
・・・いっぱしの中年男らしく、腹が出てきて、のりこ、悲しいっ!!
いや、腹が出てるのは私も同じなんだけど、私の場合、出ているのは下腹だ。
太ももが太い私は、ジーンズのウェストはぶかぶか気味になるので、うまい具合に、あんまり腹が目立たないのだ。
しかし、旦那の場合、出てるのは、上腹。胃のあたりだ。
ベルトを締めると、ベルトの上に腹肉がのっかっている具合。
・・・のりこ、悲しいっ!!!!
・・・・という具合に、プレッシャーをかける毎日である。
わりと気にしているようだが、特に食餌制限をしている様子はない(-"-)
さて、言うまでもなく、私のサイトやこのブログの一番の読者は旦那である。
ちょっと更新を忘れていると仕事先からでも電話が入ったりするし、気に入った話しがあると、何度でもうれしそうに読み返している。
ネタが短いと、「これで終りか?!今日は短いな!」と苦情が入る(だから長くなっちゃうのです・・・)
書いている私自身が忘れているネタも覚えているから始末が悪いこともある。
ワリとコテンパンに旦那をこき下ろしていると思うんだけど、「ネタ」になってる分には、嬉しいらしい。
昨日も私がブログをアップした直後に、嬉しそうな表情をして私のそばへやってきた。
「どこから狸囃しが聞こえたんや?」
昨日の日記の中の、
「すっぽこどっぽこすっぽんぽん」
を「狸囃し」と表現しているらしい。
「うまいこと言うやろう?!」
とでも言うかのように、自慢そうな表情をしている。
・・・ば~かめ・・・。
「どこから聞こえたかわからんかった?」
「わからんなぁ。全然気付かんかった」
「ほたら教えたろか?」
「教えてほしいなぁ」
「・・・・・・こ~~~~~の~~~~~~~は~~~~~~~~ら~~~~~~~~~~~~~~~~~~から聞こえたんじゃいっ!!!!
このっ!!!ぽんぽこりんのっ!!腹からっ聞こえたんじゃ~~~~!!!!」
このあたりの私の豹変具合は、「うる星やつら」の「ランちゃん」をイメージしていただければ、ある程度当っているかと思われます。
そして、今朝、旦那の作業机をチェックしたら、
「夜食用」
と言って購入していたパンがそのまんま残してあった。
はっはっは。
やっと痩せる気になったらしい。
第二話 びーこ
・・・汚い話しになるので、お食事中の方はご遠慮ください。
びーこはすねると、私のサンダルをかじる。
私一人が出かけても、かじってない。
旦那一人で出かけてもかじってない。
私と旦那が時差で一緒にでかけてもかじってない。
私は一日30分ほどのウォーキングを常とするので、大概の場合、20分ほど先に出て、途中で旦那の車に拾ってもらうというパターンをとるから、大概の場合はこの時差外出になる。
旦那と私が同時に家を出た時に限って、びーこはサンダルをかじる。
夫婦二人で仲良く出て行く後姿を見ると、
「おいてけぼり」感が募るらしい。
すねているんだとは思うが、実はそれだけじゃなく、びーこの「食欲」さえも刺激するらしい、サンダルは。
ダイソーの100円サンダルとはいえ、無駄にボロボロにされてはたまらないので、長時間でかけるときは、サンダルをびーこの口の届かないところに置いている。
昨日の夕方、私達が家に帰ると、古いサンダルがボロボロになっていた。
捨てようと思って置いてあったのを引っ張り出してきたらしい。
布の一部分がなくなっている。
布だし、食べても毒にはならないだろうとは思うが、まったく心配がないとは言えないので、かじるのは仕方ないけど、喰うのは困る。
「食べたね?」
言いながら、びーこの口の中をチェックするが、当然のように、それはもう「口の中」にはない。
びーこはそ知らぬフリをして、上を向いている。
びーこは、悪いことをした後に私の顔を見ると、肩を落として小屋の中に入る。
反対に言えば、びーこが肩を落として小屋の中に入っていったら、
「何かいたずらをしたか、何か粗相をしたのだ」
とわかる。
そして、ここが、賢いところなのか、アホなところなのかは判別しがたいが、
「うまく隠し果せた」
と自分で判断した場合、
「何気ない表情」を装うのだ、このアホ犬は。
昨日、私がお口チェックをしている間、びーこはそ知らぬふりをして、私の顔から目をそらして上空を見ていた。
「つまり、食べてないもんね~。食べたとしても証拠は残ってないもんね~」
と思っているということである。
証拠は、
「なくなっている布切れ」
なのだが、びーこの頭に引き算は難しすぎるようだ。
今日、散歩の途中のいつもの場所で、びーこは中腰になりふんばった。
ぽろっ!
茶色い塊が出たが、それは地面に零れ落ちなかった。
びーこの肛門にぶらさがったままである。
びーこがいきむ度に、ぴこぴこ、ぺこぺこと上下左右に振れるが、それはいっこうに、びーこの体から離れない。
びーこは、悲しいときも嬉しいときも、困惑したときも、ぱっと見には同じ表情になる。
口を開け気味のまま、頬の方に大きく引っ張って、舌を出す。
笑っているような表情に見えるが、よくよくその目を見ると、悲しそうだったり、困っていたり、大概は笑っていたりする。
今日、びーこはおなじみのその表情で、目に最大級の困惑を浮かべていた。
それは、滑稽なシーンではあるっちゃぁあるのだが、笑ってばっかりいたらかわいそうなので、手にビニール袋を装着し、うんちをつまんで引っ張ってやる。
・・・・・。
そりゃ、ちぎれないはずだよ(^^ゞ
スリッパについてた布地、ほつれ防止の紐部分・・・って言ったらわかるだろうか。
とにかく、15センチほどにもなる紐の部分の先端にうんちがくっついてたいた状態だったようだ。
私がうんちを引っ張ると、・・・・ずるずるずる~~~っと、紐が・・・サンダルの布が登場したのである。
今からお食事予定の方・・・すんません・・・。
それにしても、わんこの記憶とは、どれくらいのものなのだろうか。
怒る場合は、悪いことをしたすぐその場で怒らないと、犬は何を怒られているかわからない、と聞く。
が、そのうんこにくっついてきた布(模様までちゃんと判別できた)を見たびーこは、肩をすくめて、私の背後に回ったのである。
「みっかっちゃったぁ!」
と言うように。
そういう反応をするということは、
「悪いことがバレた」
と思っているということだろうから、一応、
「びーこ、この紐はなに?」
と問い詰めてみる。
・・・本当のところ、私としても、早くそのうんこつきの布をビニール袋に締まってしまいたいのだ。
だが、びーこがなにやら反省して見せているのに、無視するのも悪いじゃないか、ねぇ?
サンダル紐を見たびーこは、首をすくめて、
「へっへっへ」
と舌を出している。
あったくもう。
なんでごまかせると思うかねぇ。
「もう食べるんじゃないよ?」
と念を押して(無駄だとは思うけど)、紐をうんこごとビニールに入れる。
後を通って行ったおばあさん、うんちだらけの紐を片手に持って、犬に向って突き出している私を見て、なんだと思っただろうなぁ・・・。
・・・はぁ、怒るのも楽じゃないのである。
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/04/2006 20:34:38
可愛いワンコちゃんなんでしょうね。
うちのは、純粋のノライヌ系であほです。
高齢で、椎間板ヘルニアみたいです。
-----
COMMENT:
DATE: 09/05/2006 17:35:31
ビーグルと柴犬その他の血が入っているので、うちの子も野良犬系ということになるんでしょうか。
可愛いっていえば、そりゃ可愛いですが・・・それ以上にアホっぽいですね(笑)
-----
--------
TITLE: 同窓会のお知らせ
BASENAME: 2622322
DATE: 09/05/2006 17:24:46
-----
BODY:
私が卒業した女子高は、「お嬢様学校」と見られているらしい。
決して金持ちが多いわけじゃなかった。
というより、私学の高校の中で、授業料は格段に安い方だったと思う。
私は、公立高校に行くつもりだったので、受験前になんの調査もしなかったから、(公立高校の受験に失敗して)入学してみてどびっくりした。
本当~に、びっくりした。
入学式の時、隣に座っていた女の子は、中学校からエスカレータ式であがってきた子だった。
その子がこういったのだ。
「この間、大喧嘩があってん。怖いよね~」
「どんな喧嘩?」
「不良の子が、気に入らない後輩の前髪を切ってんって」
「え・・・っと、それが喧嘩?」
「喧嘩っていうか、リンチっていうんかなぁ?」
「えっと・・・・・・へぇ~~~・・・」
「怖いやろ?」
「う・・・うん・・・」
私の中学校は普通の学校だと思うけれど、リンチ事件が起きた場合は、もう少し過激だったような・・・。
しかし、この高校では、上級生が後輩の前髪を切ったということが大事件となり、確かその上級生は停学だか退学になったと後で聞いた。
学校全体の雰囲気がなんとなく・・・浮世離れしているというか・・・不思議な雰囲気の学校であったことは間違いない。
そのことが、「お嬢様学校」という風評につながっていたんだと思う。
大体、入るのはそこそこ難しいのに、大学進学率がすごくいいってことがない。
東大や京大を受ける子は滅多に出なかったはず。
いわゆる、関関同立を受験する子が、理系のクラスに数名いる程度。
国立大学を受験する子も、理系のクラスに数名。
後は、普通の女子大とか短大(私達の当時、短大に進学する子は多かった。私もその一人)に進学するのがほとんどだった。
大阪では、トップスリーの女子高に入っていたはずだけど、1・2の学校を卒業した友人達の話しを聞くと、びっくりするくらい勉強をさせられたみたいだ。
うちの学校は・・・。
校則は妙に厳しいところがあるのに、勉強に関しては、ものすご~く自由だった。
私は、2年・3年と「理系」のクラスにいた。
その担任が、体育の教師。
3年生の2学期も終わる頃のHRの時、
「今日は何やる?先生はドッジボールやりたいなぁ!」
と言うような、「無邪気」な先生だった。
進路指導は、ほとんどなかった。
っていうより、成績と鑑みてどう考えても無理だろうという大学を希望しても、
「よし、がんばれ!先生も応援するっ!!」
・・・というような進路指導だったから、実質的な意味はまったくなかった。
生徒の自主性を確立するという意味では良い学校だったかもしれないが(笑)
大学受験の為には、この学校には入らないほうが良いかもしれないと思う。
校則が妙に厳しいというのも、風紀の先生が厳しいというわけじゃない。
制服でアイスクリームを食べているところを先生に見つかっても、
「まずとにかく、もったいないから食べてしまいなさい」
と、食べ終わってから、
「買い食いはあかんのよ~」
といわれる程度のことだった。
厳しいというのは、つまり、
「髪の毛が肩にかかる場合は、かならずおさげ髪」
なんていう、わけのわからない校則なのだ。
風紀の先生に理由を尋ねると、嘘かその先生の思い込みなのだか、もしかしたら真実なのかわからないが、
「うちの制服に一番似合うのは、おさげ髪だから」
などという意味不明の回答が返ってきたりした。
なんというか・・・浮世離れした雰囲気の学校・・・という以外言葉が浮かばない。
生徒もどこか浮世離れしていたと思う。
いじめなんてのがあったんだろうか、うちの学校には??
運動部の子なんかは結構気が強かったが、荒んだ気の強さじゃなかった。
たとえば、私のクラスにバスケ部で、後輩から「すごく怖い」といわれていた子がいた。
私とは出席番号が隣だったのでそこそこ仲が良いという程度の仲だった。
夏休み、部活などがあって学校に出た時、彼女が私めがけて突進してきた。
「ドドドッドドドド~~~ッ!!」
ってな感じで。
走りながら、叫んでいた。
「おばけ見てしもた~~~!!!」
うちの学校は、私が在校時に、創立105周年を迎えたような古い学校だから、幽霊さんも結構うろついておられたようだし、そういう話はいっぱいあった。
彼女は、そのうちの一人と遭遇しちゃったということで、むちゃくちゃ怖かったらしい。
そういう程度の「気の強い先輩」なのであった。
なんというか、やっぱりちょっとみんな浮世離れしてたんだと思う。
だけども、というか、だからというか、生徒の愛校精神・学校に対する愛情は、結構高めだったんじゃなかろうか。
だから、同窓会なんかも結構盛んに行われる。
ただ、クラス会は、一昨年から中断している。
ちょうど子育てなどで忙しい時期なので、人が集まらないのだ。
その分、自治会(いわゆる生徒会というやつだ)の同窓会は毎年行われている。
これは、そもそものメンバーが少ないので小回りが効くというのと、毎回幹事をやってくれる友人のおかげだ。
私はあまり出席しなかった。
土日は旦那と出かけることを優先したかった・・・というのもあるんだけど、下手に先生と顔を合わせると、
「おまえは授業中にいきなりリサイタルを始めた」
だの、
「おまえは授業中に一人芝居を始めた」
だの、
真実と違う昔話が始まるので、閉口ってこともあった。
リサイタルを始めたというのも、嘘じゃないが本当でもない。
HRの時間、何もすることがなかったので、学級委員だった私が、
「んじゃ~、私がいっぱつ歌でも歌おか?」
と思いつきを口にしたら、妙に盛り上がったので、調子に乗って一曲歌っただけ。
それが先生の記憶の中では、私が舞台を作って、音響まで用意して歌ったようになっているらしい。
まぁ、20年も前の話しだからそうなるのかもしれないけども。
一人芝居云々についても同じようなことだ。
その他にも、
「おまえは先生の結婚式の二次会で女王様の恰好をして、ムチを持って暴れた」
とか・・・わたしゃその先生が結婚したのも最近知ったっつぅに・・・。
そのくせ、
「私、物理は得意だったから」
と言うと、
「そうやったっけ?お前が賢かったという記憶はないなぁ」
と肝心なことは忘れておられる。
まぁ、物理は得意というほどじゃなかったけどもさ・・・。
でも、そういうことを抜きにすれば、私も自分の卒業校のことが、かなり好きだし、愛着がある。
今日、同窓会の知らせが届いた。
そろそろ出席しようかなぁと思うのだが、ご無沙汰してるうちに忘れられてたら寂しいなとか、ご無沙汰してるうちにまた妙な昔話が出来上がってたらむっちゃいや、とか。
「出」に○をするか、「欠」に○をするか、悩んでいる最中なのである。
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 09/05/2006 23:42:46
同窓会って懐かしいよ~
うちは公立の高校だったから男女共学
同い年って鏡やからねえ
老けたなあと思ったら相手もそう思ってるんよね
でも女性って化粧とか体型が変わってなかたっら案外ごまかしがきくねんけど
男は無残やでえ(^^;....
はげてるし、デブッテルのも多いし
あのあこがれだった皆のアイドルの○△君が~!!
でも何年たっても離れてても一瞬にしてあの頃に帰れて仲間同士のツレ会話になんのもおない年やねんよなあ
-----
COMMENT:
DATE: 09/06/2006 08:15:13
その猫さんのコメントで、参加に決めましたわ。
前回出席した時、7人ほどの出席者のうち、2人が離婚直後だったんで、暗かったんですよね~(^^ゞ
その二人とも再婚して、今、むちゃくちゃ幸せみたいなんで(一人はゼクシィで2ヶ月に亘って特集記事にされていた・・・美人さんやからなあ)、明るい話題が飛び交うかな?
女子高なんで、「みんなのアイドル、○×先生」ってのがおられましたが・・・。
不思議なことに、先生はあんまし変わられませんね。
顧問の先生なんか、20年前とほとんど変わられませんわ。髪の毛もふさふさやし。
教師って職業は、人前に出るからふけないのかも。
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 09/06/2006 14:09:03
上の子が来年中学なるんで大阪の受験体制はチェックしてるよお~
今、女子はダントツ四○王
そして去年は大○女学院に大学に薬科をつくって理数科ができたので
前記の学校に追いつけ、追い越せですご~く勉強させられるみたい
そして今は薫英が英語をかけてよそを押さえてあがってきていますわ
ってうちは男の子やけどね(^^;....
ちなみに金がないので公立進学希望です
あはは
-----
COMMENT:
DATE: 09/06/2006 17:07:33
わはははは・・・。
やっぱりプールは影も形もありませんな(^^ゞ
私達の時代は、女学院(英文科)・四天王寺(英文科)・プール・女学院(普通)・四天王寺(普通)という順番だったと思います。
しかしまぁ・・・ほんまにトップからあぶれてるんやなぁ~~~(^^ゞ
しょうがないですね。私の当時でさえ、まったく勉強しろとか言われなかったですから・・・。
私なんか、担任に、
「クラブ活動に打ち込んでるおまえの姿がええんや。勉強なんかせんでええ!」
って言われたくらいで・・・。
まぁ、偏差値が下がっても、あののんびりした雰囲気が変わらないほうがええですわ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: sonae
URL: http://blogs.yahoo.co x_sonaeyo_tuneni_x
DATE: 09/07/2006 23:19:37
のりちゃんさん、
以前布忍神社のことでコメントしたものです・・・
プールですか・・・
後輩ですねぇ、
私は高校在学中に創立100周年を経験しました。
-----
COMMENT:
DATE: 09/07/2006 23:47:39
それでは5年ほど先輩なのですね。
あらためて、こんにちは。
多分共通の知人・・・というか、同じ先生に教わってきたのだと思います。
私は、あの学校で幽霊さんなどにはまったくお会いしませんでしたが(ものすごい鈍感なタチらしいです)、とんでもない泥棒さんには出くわしました。
女子高っていろいろあるんですね(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 親王殿下の誕生
BASENAME: 2622323
DATE: 09/06/2006 16:58:19
-----
BODY:
とにもかくにも、めでたい話題というのは、うれしいものなので、今日はここらへんで御茶を濁しておきましょう。
親王殿下ご誕生おめでとうございます。
これでまぁ、皇太子夫妻に対するプレッシャー(皇室典範がどう転ぼうと)は、かなり楽になるんじゃないでしょうか。
その分、秋篠宮夫妻に対してのプレッシャーってのが大きくなるだろうとはいえ、それは、
「プレッシャーが分散された」
ってこと。
一組の家族に集中してプレッシャーがかかれば耐えられなくても、二組の家族に分散してかかれば耐えられるかもしれない、と、能天気に考えています。
私自身は、女系天皇が誕生について、今のところはあんまし興味はありません。
男系天皇しか認めないのが「差別だ」という考えもわかるけれど。
今現在の態勢で、女系天皇が誕生したとしたら、そのプレッシャーがどれだけのものか・・・。
それを、皇太子ご一家に押し付ける権利は、私達にはないとも思うのですわ。
だって、女系天皇反対論者の意見を聞くと、一番大きな声はこれなんだから。
「万世一系の伝統を・・・」
ふぅ。
万世一系を前提に語られてもなぁ・・・。
大体、万世一系とはつまり、天皇家は天照大神から代々続いてきた家系であるってな説なわけで、この根拠は、日本書紀(古事記・旧事本紀・古語拾遺も入れてもよいかもしれませんが)にしかないじゃないですか。
日本書紀が編纂されたのは、7~8世紀のことですよ?
日本書紀の記述がまったくもって正確だとして、神武天皇の時代からそれまで、千年ほどの時間が流れているわけです。
割合と書物がちゃんと残っている現代においても、科学的調査の発達した現代においても、千年前の歴史を正確に把握できるわけないっつぅに、7世紀に千年前の歴史を写し取ることが出来るわけない・・・っていうのが、尋常な感覚だと思うんですけどね。
それに、大体、日本書紀が「正史」であれば、日本以外の国はいつどこで生まれて、どうなったんだっつぅ話しでもあるし。
・・・イザナギのミコトとイザナミのミコトは、日本しか生まなかったんだから。
まず、日本書紀が「正史」ではなく「神話」と「歴史」と、そして、「当時の朝廷にとって都合の良い話」をまぜこぜにしたものである(そして当時の朝廷にとって都合の悪い話しは排除されているのは当然のこと)・・・という考え方が一般的にならなければ・・・いや、一般的にはそうなんだろうと思うんだけど、皇室のことに関しては、この「一般的な考え方」が認められないのが今の状況なんだから。
内側から壊した方が良いものと、外側から壊していく方が良いものとがあると思う。
美智子皇后は、お一人で(天皇陛下のご助力があってのことはもちろんだけど)内側からいろいろと壊された方だと聞くから、人間にできないことではないと思うけれど、美智子皇后ができたからといって、皇太子ご一家もそれが出来るとは限らない。
もんのすごいプレッシャーであることは想像できる。
まずは、「日本書紀は正史じゃなくて歴史と神話と朝廷の都合の合わさったもの」という認識。
ここからでしょう。
外から崩していけば、100年後には、女系天皇も自然に誕生するかもしれない・・・と。
大体、万世一系じゃないとしても、日本の皇室は美しいと私は思っています。
古き日本の家族のあり方は、「女性差別」を内包しているのは間違いないと思うけれど、皇室の個々のご家族を見るに、やはり「美しいな」と。
夫が妻を慈しみ、妻が夫を慈しむ。
親が子供を慈しみ、子供が親を慈しむ。
そういう家族を美しいと、思うわけです。
何をするにもどこに行くにも注目を浴びずにいられない日本の象徴である家族を構成する人々が美しい。
それ以上のことはないんではないかと。
この先、またいろいろな議論も出そうではありますが、皆様にとって良いように落ち着きますように。
とにかく、親王殿下ご誕生おめでとうございます。
***
後記
今朝、ニュースチェックをして驚愕(^^ゞ
某新聞の「典範改正」に関する記事の中で、有識者(女系反対派)の意見としてこういうのが載ってたですよ。
まんま抜粋。
「“女性天皇は懐妊しない”という伝統にのっとれば、お婿さまがいる皇族が天皇に即位されることはない。」
「“女性天皇は懐妊しない”という伝統」
「“女性天皇は懐妊しない”という伝統」
「“女性天皇は懐妊しない”という伝統」
「“女性天皇は懐妊しない”という伝統」
「“女性天皇は懐妊しない”という伝統」
これは、どうやら私が「伝統」という言葉を勘違いしていたのか、と辞書を引いてみました。
三省堂の「大辞林」。
「ある集団・社会において、歴史的に形成・蓄積され、世代をこえて受け継がれた精神的・文化的遺産や慣習」
つまり、日本国という国において、女性天皇は懐妊しないということが世代を越えて受け継がれたと?
意味がわかりません(T_T)
というより、「言霊」ということを考えると、この一文は立派な「呪言」だと思われます。
こういう意見が堂々と新聞に載ってしまう時代において、まだ女系天皇誕生は早いかもしれませんね。やっぱし(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 秋の気配
BASENAME: 2622324
DATE: 09/07/2006 17:25:52
-----
BODY:
残暑にごまかされてはいけない。
夏はもう、去ってしまった。
「秋」という液体の中に、「夏の名残」がぽっかりと浮かんでいる。
それが9月だと思う。
夜、一人でうろついてみても、
夏の気配はもうどこにも見つけられない。
夏、近所の公園には、クチナシの花が咲き誇る。
白く分厚い花弁。
濃くて圧倒的な香り。
私はクチナシの花があまり好きではない。
その香りには飛翔がない。
空中に放たれた途端に沈みこむような、重く密な香りだ。
私はついつい夢想してしまう。
初夏にクチナシの香りが地面に吸い込まれたその場所から、中夏セミの幼虫がボコリと姿を現す。
彼の両手には鎌があり、それにより土を確実に掴むことができるのだが、その歩みは洗練がまったく欠如している。
セミの幼虫が、少しでも高く上ろうとするのは、羽化後の柔らかい体を天敵から守るためだろう。
しかし、彼は少し登ると手を止める。
そう、クチナシの花のあったところに来ると、歩みを止め、おもむろに内なるエネルギーを放出させたのだ。
かくして花の香りは蝉の声となり空を飛ぶ。
蝉の声が以前はクチナシの花の香りであったことは誰も気付かない。
騒がしい声に耳を澄ませる者は少ないからだ。
確かに、夏の暑さを倍増させるかのような大声にはいじらしさがない。
空中に放出された「蝉の声」は、行き場もなく空気に飽和したまま秋を迎える。
秋、その声は露に溶け出して、夜の空気に冷やされた地面へと降り注ぐのだ。
そこにいるのは、秋の虫。
涼やかな彼らの鳴き声に乗って、やっと今、晴れてクチナシの香りは天を目指す。
秋の月が白く穏やかな表情をしているのは、そのためだ。
・・・などと。
どうでもいいこと。
意味のない夢想。
しかし、この夢想こそが、秋の訪れを明らかに証明している。
そんな気がする。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 09/08/2006 03:09:28
素敵な夢想だ。こんな夢をわたしもみたいです。嗅覚と聴覚が混ざりあって、秋ならではですね(^^)
実は今日、夕方からぐっすり寝入ってしまいました。なにか夢をみていたような気がするんだけど、覚えていません。またいつかひょんと思い出すのかもしれないけど、起きたとき微熱っぽいだるさと同時に心地よさがあったので、きっと何か素敵な夢をみたのだと思います。さて、もっぺん寝よ。おやすみなさい!
-----
COMMENT:
DATE: 09/08/2006 07:55:07
昼寝の時に見る夢って、なんだか楽しいものが多いですよね。
多分、周囲が明るいからなんでしょうが、色付きの夢が多いです。
あと、昼寝の時って、「あ、今夢を見ているな」と気付くことが多くて、そうなると、自分で夢をコントロールできます。
「海にぽっかり浮かんでいる島に行きたい!」
と思って、そういう島まで飛んだのが、一番いい夢だったかなぁ~~。
ただ、その島には、赤い太鼓橋がかかっていて(典型的な市杵島姫神社の形態)、
「わたしゃ夢の中でも神社のことを忘れられんのかい!」
とつっこみたくなりましたけど(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/09/2006 16:06:45
ロマンですなー。
-----
COMMENT:
DATE: 09/09/2006 21:35:57
ロマンかどうかはわかりませんが、秋はおセンチ・・・かもしれません。
-----
--------
TITLE: 今日の晩はお魚三昧・・・の、予定
BASENAME: 2622325
DATE: 09/08/2006 13:44:48
-----
BODY:
いつもお邪魔する吉野の鮎屋台のおばちゃんに、
「魚の中で何が一番好き?」
と聞かれた。
おばちゃんのばかっ!!
かくも私が鮎を愛していることを知ってるくせになんてこと聞くのよっ?!
・・・泣きながら吉野川沿いを走ってやろうかと思ったが、やめにして、
「鮎 です」
と答えると、
「鮎?まぐろとか鯛とかは?!」
と、心底びっくりしたように聞かれた。
・・・思うに。
おばちゃんにとって鮎とは、私達にとってのお米と一緒なんだな、多分。
だから、この場合、
「食べものの中で何が一番好き?」
という質問に対して、
「米 です!」
という回答が返ってくるのと同じような反応だということになるんだろう。
しかし・・・そう思えば思うほど、うらやましい。
なんて贅沢なんだっ!!!
それが口惜しくて・・・というのは嘘だけど、今日は高校時代の友人と一緒に、
「魚三昧コース」
を楽しんできます。
この友人とは、年に5~6回は一緒に飲みに行ってると思う。
で、お店を決めるのは私であることが多いんだが、
「なんか希望ある?」
と聞くと、3回に2回は、
「魚」とか「シーフード」という返事が返ってくるように思う。
そんなわけで、魚のうまい居酒屋は結構数知っているなぁ、私。
私自身は魚も肉も同じくらい好きなんだけどね。
今日のお店は、日本食のお店。
よくランチに利用していたが、夜に入るのは初めてかも。
カウンターに焼酎の瓶が並んでいるので、呑むのが目的のお客さんも多いんだろうな。
昼ごはんはボリュームたっぷりで結構おいしいから、今晩が楽しみ。
だから、今日の昼ごはんは控え目にしておこう・・・と思ったのに、台所を掃除していたら異臭がする。
臭いの源を探ってみたらたまねぎで・・・。10個ほどあるうちの一つがぐじゅぐじゅに腐っている。
無事な個体もその腐液で濡れている。
そのままにしておいたら、全部腐っちゃうので、無傷なものだけ救出して、皮を剥いて輪切りにした。
・・・すごいたくさんの量になってしまった・・・。
ほうっておいたら、しなびてくるので、そのうち半分くらいを塩コショウで炒める。
・・・げふ~~~・・・。
全部食べてしまいました。
あぁあぁ、予定外。
なんか、一つ歯車が違ってしまったら、随分掛け違えてくるよなぁ。
まずい・・・ような気がするなぁ・・・。
なんだか不安な気持ちのまま・・・もう少ししたら出かけます。
今日の晩はお魚三昧!
絶対ぜったい、お魚三昧!!
予定変更なんかしないぞ~~~!!!!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: momotan
DATE: 09/09/2006 12:56:59
こんにちは。
私もお魚大好きです。
鮎は、全部丸ごと食べられちゃうくらいすきっ
私も今晩は、お魚だ~~!!お魚だ~~!!
-----
COMMENT:
DATE: 09/09/2006 13:24:56
鮎は本当においしいですよね!
今は落ち鮎のシーズンだから、うまくすると子持ちだったりして・・・。
しあわせ~~な気分になります(#^.^#)
鮎のシーズンはもうすぐ終わるけど、鍋の季節になったら、またお魚たくさん食べられそうですね!
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/09/2006 16:06:01
魚の話じゃのーてわりーんじゃが、
たまねぎたくさん食べると、くさーーい
〇〇ちがでます。
-----
COMMENT:
DATE: 09/09/2006 21:35:12
たまねぎもくさ~いですが、ニンニク、ニラなどもかなりのもんですね(笑)
-----
--------
TITLE: 宴の後
BASENAME: 2622326
DATE: 09/09/2006 12:42:21
-----
BODY:
高校時代からの友人と、2ヶ月に1度くらいは飲みにいく。
どちらから誘いかけるかは決まってない。
が、誘いの言葉は大体決まってる。
「ちょっとおもろいネタできてん。呑まへん?」
である。
今回誘いをかけたのは私。
ネタは、
「ちょっといきすぎなほど焼き餅をやく奥さん」
である。
私は相手の男性についてほとんど知らないんだが、何を勘違いされたんだか、その奥さんから、夜中に電話を受けたり、意味不明の留守番電話が残ってたり、理解不能なメールが入ってたり・・・。
そういう話をネタに、
まだ十分、アルコールを摂取してないうちから、
「うっきょ~」
「おっとこまえ~」
「ぴょほ~~」
「ぴらりんぱ~~」
とこれまた意味不明な叫び声をあげるのが、私達の飲み方だ・・・って、こうやって文章にすると、めちゃくちゃはた迷惑だな・・・(^^ゞ
先生に職員室に呼び出されて、
「なにがぴらりんぱなのか言ってごらんなさい?!」
と厳しく問い詰められたら、
「かずみちゃんが、ぴょほ~って言うからぴらりんぱって答えました」
という、説得力のない言い訳をするしかない程度に、実質的な意味のない会話であることは間違いないと思う。
「それじゃ、かずみちゃんがぴゅるる~って言ったらどうするの?」
と重ねて問い詰められたら、
「ぶんどこぴっとこしょって答えます!」
・・・とますます意味不明になりそうなノリでさえある。
・・・・・・・ってなんのこっちゃ・・・・・・・・
まぁ、そんなわけで、昨日の最大のネタは、焼き餅焼きの奥さんの話題のはずだった。
しかし・・・今朝起きてみて、一番記憶に残っているのは、
「巴御前は美女か否か」
という議論だったりするのだな、これが。
お酒が入っていたとはいえ、なんでそんな議論になったか、はっきり覚えている。
私は神社紹介サイトを運営している。
同時に私は、今流行の(?)「スピリチュアル」とか「パワーなんとか」なんてのは、どっちかというと苦手で、ちょっとしたアレルギーでさえある。
とはいえ、心霊現象懐疑派ではあるが、頭から否定しようというもんでもない。
神の存在は信じられるし、霊だとか輪廻だとかいうのもあるかもしれないと思っている。
ただ、
「神の声」を言い訳に、平気で迷惑行為をする「自称霊能者」や、
自分が特別であると認めさせるために、「霊」を語る「自称霊能者」や、
目に見えない「霊」をネタに人を脅しつけて、優位に立とうとする「自称霊能者」や、
あまつさえ、霊をネタに暴利を貪ろうとするような「自称霊能者」が、苦手なんである。
だから、ただ「見える」というだけの「自称霊能者」については、まったく苦手じゃない。
というより、くだんの友人が、そういうタイプの霊能者なんである。
彼女の「霊能」に頼ったのは、一度きり。
今の家を購入するときだ。
「この家、怖い?」
「怖くない」
それだけ。
・・・・・・なのだが、神社紹介サイトを運営したりしていると、私が苦手とする「自称霊能者」からのアプローチを次々受けることになっちゃうんである。
脅しつけられたことは一度もない。
反対に、「嘘だ~~~い」と鼻で笑っちゃうほど、「いい話」をされるんである。
「あなたは神様にとても愛されておいでです」
「あなたの撮影した写真からは、とても明るく美しく強いオーラが出ています」
「あなたの守護霊(前世)は○○○(超有名人)です」
云々。
「あなたの守護霊はとても強い」
といわれた中でも、うれしかったというか、信じ・・・るかどうか、私には見えないからなんともいえないんだが・・・ようと思っている話が、一つだけある。
「あなたの守護霊はあなたの曽祖父さんです」
といわれたのだ。
曽祖父さんが偉い人だったとか、強い人だったとか言う話しは聞いたことないなぁ~と思っていたら、続けてこう書いてあった。
「強いというのは、つまり、すこぶる人柄が良いってことです」
人柄の良い人が「強い」ってのは、なんかうれしい話だし、曽祖父の人柄が良いと言われるのも(あったことはないけど)うれしい。
ので、私は、まったく霊感などがないなりに、この話だけは信じることにしている。
こういうのは、例外。
大概は、本当に、
「うそでしょ~?!」
な話しをされるんである。
甚だしいのは、
「あなたと私の力で、地球を救わなくちゃいけないの」
ってなことを言われることもあったりするんですよ~~・・・。
堪忍してください~~。
わたしゃもう、38歳ですよ?
そういう話に乗れるには、若さが必要でしょうがぁ・・・。
・・・閑話休題。
まぁ、そんなわけで、私はその手の話しは、話半分どころか、話し1厘くらいで聞いてるんだが、
「あなたの前世は巴御前です」
と複数の人から言われているんである。
多分、「強い女性」って言ったら巴御前が思い浮かぶんだろうな(^^ゞ
昨日私は、そんな話しを友人にしたわけだ。
友人の意見は、スッパリバッサリこうだった。
「そういう人らって、『強い女性』って言ったら、巴御前しか思い浮かばへんのちゃう?」
これは私とまったく同じ意見ではある。
しかし・・・ここで
「そうやんな」
と話しをまとめてたら、酔っ払いの名が廃るんである。
「いやいや、ちょっと待ちぃや、『強い女性』のイメージで巴御前が出てきたんちゃうかもしらへんがな。『美人』の代名詞としての巴御前かもしらんがな」
「巴御前は美人ちゃう」
「美人ってことになってはずや!」
「肖像画などは大概筋肉ムキムキに描かれてた!」
「ふふっ、それはあなたの記憶違いね」
「なんでそういいきれるん?」
「あの時代の女性画やで?肌を見せてる姿が描かれてるはずがないね、ワトスンくん」
「誰がワトスンやねんっ!!・・・肩はだけるくらいならありえるやろ」
「読めたよ、明智くん。君は弓道をやっているからそういう発想になるのさ。あの時代の普通の女性が、胸当てなんかすると思うかね?」
「誰が明智や!っつうより下手な標準語使いなや。『胸当て』は『むねあて』。もう一回ちゃんと発音してみ?」
「む・ね・あ・て」
「下手糞!」
・・・友人は、声優をやっていたので、発音にはうるさいんである。
「うるさい、巴御前はび・じ・ん!!」
「違うね、ムキムキやね!」
18時に店に入り、22時半までの4時間半。
みっちりしゃべった内容の中で一番覚えているのが、こういうど~でもええ会話なのである。
なんの実りがあるわけでもないのに、また2ヶ月もしたら、どちらかから誘いを入れるんだろう。
「ネタできてん。呑もう」
どうせ、そのネタはほとんど語られることはないとわかっているのにさ。
なんてことを今、少しだけ酒の残った頭で考えている次第である。
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/09/2006 16:03:47
えろーなごーて、なんかわからんで、おもしろかった。
-----
COMMENT:
DATE: 09/09/2006 21:34:04
なごーてなんかわからん・・・最悪ですね(^^ゞ
ははは・・・。
-----
--------
TITLE: 臭!!!
BASENAME: 2622327
DATE: 09/10/2006 13:05:38
-----
BODY:
今日の私は無敵だ。
ついさっき、
「近所の畠中」さんが我が家に訪れた。
近所づきあいが活発なわが町内では、本当に「近所」ならば、「近所の」などと言わない。
声を聞けば、「あぁ、○○さん・・・」と分かる程度には親しいからだ。
つまり、多分、「近所の畠中」さんは、宗教か政党の勧誘だろう。
聞けば、「早起き会」なる会へのお誘いらしい。
普段の私ならインターフォンごしにお話して、お帰りいただくところである。
しかし、今日は、玄関まで出て、お話を伺うことにする。
この手の人達の第一声は大概同じだ。
「近頃は犯罪も増え・・・」
ほらね。
「そうですか?」
ぐいと体を前に出して、彼女の顔めがけて話しかける。
目がテンになっている。
「・・・・この冊子には」
体を離そうとしてか、「近所の畠中」さんがぐいと本を差し出してきたので、
「ほぉほぉ・・・」
と彼女の横に立ち、くっつくようにして本を覗き込む。
そのまま彼女の顔を見上げて、噴射するように、
「はぁ~~~~~っっっ!!!なるほどねぇ!」
「近所の畠中」さんは、固まっている。
「この本を差し上げますので・・・」
「いや、本を読むのは億劫なんで、お話聞かせていただけますか?」
「・・・それでは、またで直しますので」
「あぁ、残念ですね~」
・・・簡単にお帰りいただくことができた。
超能力を使ったわけじゃない。
誰でもその気になれば、このパワーを利用することができる。
そのパワーとは・・・。
ニンニク・ニラ・タマネギパワー!!!!!!
今日、旦那は仕事だし、私もどこにも出かける予定はない。
晩ご飯を何にしよかな~・・とスーパーへ行くと、ニラが特価になっていた。
賞味期限が迫った豚肉も半額になっているので、ニラ豚を作ることにする。
その横を見ると、ニンニクも特価。
どういう献立にしようかと考えたが、ニンニクは素揚げにすることにした。
これ、甘くてほくほくでおいしい上に、スタミナがつくのだ。
ついでなので、スライスタマネギにポン酢をかけてサラダにした。
晩ご飯のメニューのつもりだったが今日は暑い。
スタミナをつけたいので、昼にこれだけのメニューをもりもり食べた。
しゃぼしゃぼのお粥をつくってキンキンに冷やしたものを主食にさらりと食べて、おしまい。
ニンニク・ニラ・生タマネギですよ!
くさいぞ、くさいぞ、くさいぞ~~~。
ほ~れほれほれ、近寄れまいっ!!
き~~~っきっきっきっき!
うぴ~~っぴっぴっぴっぴ!!
ってのが、今日の私なわけである。
宗教勧誘やセールスを撃退するにはいいが、どこにも出かけられないのは、ちょっと困る。
まぁ、どうせ予定がないからいいんだけど。
しかし、考えてみれば、「くさい」という感覚はなんなんだろう。
ある程度基本的な「くさみ」についてはわかる。
例えば、「食べたら腹を壊すぞ」というにおいは「くさい」と認識されるだろう。
いわゆる「腐敗臭」なんかがそれだ。
排泄物をくさいと感じるのは、それが外気に触れてすぐ雑菌の温床となるからに違いない。
「食べてはいけないもの」
を
「くさい」
と感じるのは、生きていくために必要不可欠な感覚だ。
また、「死」を感じさせるものを「くさい」と感じるのは、人間の悲しい本能かもしれない。
例えば、私くらいの年齢になると「加齢臭」ってのを出しているらしいが、
それをくさいと感じるのは、「死」に直面することを恐れるからではないだろうか。
病の臭いを人が嫌うのも同じ理屈だと思う。
・・・多分。
その「本能的に嫌う臭い」に似ているものは、それ自体に害はなくても、「それ」を思い起こさせるから嫌われるんだろう。
たくわんの「くさみ」なんかがそれだ。
臭いじゃなくて、味の話しだが、子供の多くがピーマンを嫌うのは、その味の中に、「腐敗した食べものと同じ苦味」が含まれるからだという。
生物の本能は、生きていくためにかなり有能に働いているらしい。
・・・としたら、だ。
ニンニクの臭いが、多く「くさい」と認識されるのはなぜだろう??
腐敗臭と似てるわけじゃないし、廃生物の臭いとも似てない。
害のあるナニモノとも似てないと思う・・・。
いや、そもそも、ニンニクはくさいのか??
ニンニクの香りが立ち上る焼肉のタレは、「くさい」か?
いやいや、「いい匂い~♪」である。
それなのに、自分がニンニクを食していないとき、他人がその臭いをまとって近づいてきたら、それをくさいと感じてしまうのはなぜだろう?
狭いエレベータの中で、ニンニクをたらふく食べた人と乗り合わせてしまったら、
「神様、どうかこのエレベータが故障して止ったりしませんように」
と祈ってしまうのはなぜだろう。
ふと、エレベータのメーカーを見て、「シンドラー社製」って書いてあったら、
「天は吾を見放したぁ!!」(←知らない人、多いだろうなぁ・・・(^^ゞ)
と北大路欣也ってしまうのは、なんでなんだろう??
香味野菜に関しては、「いい香り」と言う人と、「我慢できない香り」という人に分かれると思う。
私は大葉の香りが大好きだし、茗荷も生姜も好きだが、友人はこれらの野菜が大嫌い。
その代わり、アジアンベジタブル・・・っていうか、例えばパクチーなんかは好物だ。
旦那は料理にパクチーが入っていたら、ものすごく細かい断片まで綺麗に取り出してから食べるほど、これが嫌いだ。
それだけ、好き嫌いが別れるってことだ。
・・・・・が、ニンニクに関しては、こと、人の体から放たれるニンニク臭に関しては、(慣れは別として)ほぼどこの国でも、「くさい」と認識されるんじゃないかなぁ。
西欧においても、ニンニクの臭みは、ドラキュラを撃退するわけだし。
ニンニク臭に免疫がありそうな中国や韓国でさえ、確か、ニンニクは魔除けになってたはず。
なのに、食べものからその香りが立ち上ると「いい匂い」と感じる人もまた多い。
ニンニクよ、ニンニク。
君はまったく不思議な人だねぃ。
そんなことを思いつつ、今晩もまたニンニクをたっぷり使った料理にするつもりなのだ。
・・・だって、早く使わないと、芽が出ちゃうからね♪
-----
--------
TITLE: 夢
BASENAME: 2622328
DATE: 09/11/2006 12:14:21
-----
BODY:
何度も同じ夢を見ることがある。
それは、私の場合、生理的現象が原因の夢であることが多いように思う。
一番よく見る夢は・・・多分、そういう人は多いと思うが、トイレを探す夢だ。
朝方、尿意もしくは便意を感じている時に見る。
人によっては、
「トイレが見つからない」
と焦っている夢という形でそれが表れることもあると思うが、私は違う。
今朝方の夢はこうだ。
漏れそう!
トイレに駆け込むと、一番初めの個室には、太々とした茶色い立派なうんちが流れずに便器の上に浮かんでいる。
水を流すと一旦は流れていったのでやれやれ・・・と思っていると、吸い込まれたところから・・・。
・・・っっぽんっ!!!!
逆流してきたそれが飛び上がったのであった。
「ひゃ~!!」
慌ててそれをよけ、
「ふぅ、当らなくてよかった」
と、しかたなく次の個室に行く。
・・・その個室は、うんこまみれであった・・・。
「これは・・・掃除しきれるもんじゃないな」
あきらめて、次の個室。
「故障中」
びぇええええええん。
最後の個室。
ここしかない!
ここで妥協するしか・・・。
そこには・・・青い顔をした幽霊さんが住んでおられた・・・。
幽霊になめられながら用を足すか、汚い便器で用を足すか??
迷っているうちに目が覚める。
汚れた個室ってのはわかるけど、なんで幽霊なんだか、自分の想像力の貧困さに情けなくなる。
同じように・・・生理的現象が原因であろうと思う夢に、「飛ぶ夢」ってのがある。
これは、所謂「明晰夢」とも言うらしい。
周囲が明るい時によく見る夢だ。
起きようとするのだが、体がむやみやたらと重たい。
金縛りというか、とにかく重たいという感じ。
・・・これは多分、脳は覚醒しているけれど、筋肉は寝てるという状態なんだろう。
ここで、
「あ、夢だわ」
と気付くので、それじゃ、自分の思い通りの夢を見よう・・・ということになるんである。
そんなわけで、悪夢にはしないんだが、なんちゅうかびっみょ~なんである。
去年のことだ。
「ちょっとロマンティックなのがいいわ♪」
と、紅葉の綺麗な小山の上を飛んでみた。
横で飛んでいるのは、レオ様だ・・・古いって言われようがなんといわれようが、私の頭の中で、世界で一番綺麗な顔は、レオ様だと思うっ!!
・・・まぁ、それは良いとして、
「日本の秋は綺麗だ」
と、 日 本 語 で レオ様が言うので、
「それじゃ、ちょっと降りてみましょう」
と、山頂に下りることになる。
そこは、少し開けた空間になっていた。
赤いのぼりが周囲をかこみ、はためている。
小さな建物があり、その前にきつねの石像が二つ。
のぼりには、「正一位」という文字が見える。
・・・お稲荷さんか・・・。
まぁいいや、と、二人で並んで祈祷して夢はおしまい。
・・・な~んだかなぁ・・・。
これってロマンティックなのか?
まぁ、それでも、レオ様の夢はうれしかった。
これも去年。
「海が見たい」
と、海の上を飛んでみた。
真っ青な海。
小島が一つ、ぽっかりと浮かんでいる。
「おお、いい光景じゃん」
と近づくと・・・。
その島にはどこかの陸地から、赤い太鼓橋がかかっていた・・・。
「やな予感」
・・・やはり、小島には、祠があった。
「市杵島姫」
と書かれていた(T_T)
わからない方にはわからないだろう。
市杵島姫とは、弁天様のこと。
というより、弁天様が神になると、「市杵島姫」と呼ばれるといえば分かり易いかもしれない。
この市杵島姫は、池や湖に浮かぶ小島の中で祀られていることが多い。
陸地にある神社でも、市杵島姫を祀るときは、わざわざ池を作り、その中に祠を建立しているところが多いくらいだ。
つまり、この島は、まぎれもなく、市杵島姫の祠。
・・・わたしゃ、神社から離れられんのかい。
ち~といやになったので、次にこの夢を見たら、
「今度はスイスに行く!」
と決めていた。
そして、夢を見た。
私はスイスで一泊だけしたことがあるんだが、イマイチイメージができてなかったらしい。
緑の草原を子ヤギが走っている。
ハイジのイメージだ。
そしてハイジがいた。
ブランコに乗ってヨーデルを歌いながら笑っている。
そのブランコは・・・。
雲じゃなくて、赤い鳥居からぶらさがっていた(T_T)
言い訳すれば、これは何も突飛なことじゃない。
タイには、ワットスタットという寺院があり、大きく高い鳥居のようなオブジェがあるのだ。
それは、日本の鳥居の元祖だとも言われている。
そして、そのオブジェがなんのためにあるのかというのは、諸説あり、
そこに紐をかけ、「修業のために」僧達がブランコをした・・・というものがあるのだ。
嘘か本当かは知らない。
だから、ハイジのブランコが鳥居からぶらさがっていたからといって、何も私の頭が妙だというわけじゃないのだ。多分。
しかし、それにしても・・・。
なんで鳥居やねん!!
わたしゃ、神社から離れられへんのか~~~!!!!!
だぁ!!
ま、いいんだけどね・・・。
次に飛ぶ夢を見たら、宇宙に行こう。
多分、そこには、神社や鳥居はないはず。
しかし・・・神様がおられるとしたら宇宙かぁ。
こりゃ・・・油断できねぇなぁ・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ゆばば
DATE: 09/11/2006 20:17:29
またまた、すごい。
夢の中のウンコから、スイス、ハイジ、タイ
となめらかにわだいが続きますなー。
スイスとタイ2回いきました。ワットサットいうのは
記憶にないです。長女がバンコク在住なんですよ。
-----
COMMENT:
DATE: 09/12/2006 12:24:54
外国に住むのは大変なこともありますが、バンコクは良いですね。
で、すいません(^^ゞワットサットじゃなくて、ワットスタットでした。訂正いたしました
アッサンダン通りに面して建っています。
すぐにレスしようとしたんですが、なんか、コメントがうまくいかなくて連絡が遅れてすいません。
バンコクへ行ったのは一度きりですが、ワットプラケオ近辺にあるお守り横丁でお守りを買い込んできました。
日本に帰って職場で配ったら、なかなか好評でした(#^.^#)
-----
COMMENT:
AUTHOR: yumibuu
DATE: 09/12/2006 20:36:56
ワットプラケオ・・・・なんか行ったような。どこらへんじゃったかな?
調べてみますわ。
タイ語は覚えにくいねー。字もぐじゃぐじゃっとまるまったりはねたり
しとるし。
なんか、ニュースによくタイじゃ、バンコクじゃいうて
悪の巣窟のようにでてくるのですが、そうでもないよねー。
渋滞はひどいけど。
-----
COMMENT:
DATE: 09/13/2006 07:51:48
タイって、「悪の巣窟」みたいに言われてるんですね。知りませんでした(^^ゞ
確かに、イスラム系のテロの心配はあるようですし、最近事件は起きてましたね。
確かに、交通はひどいです。信号がない道を横断するのは一苦労でした(笑)
ワットプラケオは「エメラルド寺院」と言うほうが有名かも。王宮のすぐそばにあります。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ゆばば
DATE: 09/15/2006 19:38:43
そうでござった。いきました。スコールにあって
鳩の糞をふんで大変でした。
ワットポー(元祖タイ式まっさーじ)でマッサージ
しました。
-----
COMMENT:
DATE: 09/16/2006 00:13:11
あっちへ行くと、スコールは覚悟せんとだめですね。
タイ式マッサージは、まだ受けてないんです。
あと、バンコクで食べた「プリッキーヌー」が忘れられません。
あんまりにも辛くて、火を吹きましたが、日本へ帰ってから、辛味に負けないように試練を乗り越えてきました。
今なら、プリッキーヌーと尋常に勝負できるはず。
早くリベンジしたいものだと思ってます(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: ゆばば
DATE: 09/16/2006 09:33:23
プリッキーヌ?ぜんぜん聞いた事もみたことも
ありません。娘にきいてみます。私、タイの食べ物は
どうもあいませんん。なんとかいう香草がだめなのかも。
ナンプラーはなんちゅうことないんじゃけどね。
今年カンボジアへいきましたが、カンボジアの食べ物は、
違和感がありませんでした。
-----
COMMENT:
DATE: 09/16/2006 22:09:14
プリッキーヌーは、確かタイ語で、「ねずみの糞」という意味だったと思います。
その名の通り、小さい唐辛子です。
しかし、なにやらは小粒でピリリというごとく、むちゃくちゃ辛いのです。
香草といえば、パクチーでしょうか?
私もどちらかというと苦手です。
旦那は大の苦手です(笑)
慣れたらクセになりそうな気もするのですが・・・。
カンボジア、いいですね。8月にアンコールワット展に行ってから、カンボジアに行きたくてしかたありません・・・。行きたいなぁ~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 09/24/2006 00:41:06
>そのブランコは・・・。
>雲じゃなくて、赤い鳥居からぶらさがっていた(T_T)
すみません。大笑いしてしまいました、、、(^^;)
-----
COMMENT:
DATE: 09/24/2006 09:08:51
ハイジのブランコは、時速100キロ以上だとかいう話がありますよね(笑)
雲の高さから加速度がついたらそれくらいになるそうです(^^ゞ
まぁ、アニメの話しなんだから、時速がどうかなんてどうでもいいんですが、そういう話題になるくらい、あのブランコに憧れる人が多いってことだと思うんですよねぇ~~~。
いいなぁ、雲ブランコ(~_~)
-----
--------
TITLE: 潮汐
BASENAME: 2622329
DATE: 09/12/2006 12:37:18
-----
BODY:
「町石」と打とうとして、「ちょうせき」で変換したら、「潮汐」と出た。
「潮」も「汐」も「しお」である。
そして、漢字をよく見ると、さんずいに「朝」と「夕」だ。
これは、なんか意味がありそう・・・と三省堂の「漢辞海」で調べてみた。
朝の「しお」を、「潮」と呼び、
夕方の「しお」を、「汐」と呼ぶらしい。。
くだんのの「漢辞海」によれば、「しお」とは、
「海水が太陽や月の引力によって周期的に満ち引きする現象」
のことだ。
通常、一日のうちに、満潮・干潮は2度ずつ起こる。
だから、本当であれば、満潮・干潮・満汐・干汐と呼んであげるべきなんだと思うが、何がどう怠ったのか、
「満汐」「干汐」という言葉はない。
・・・不憫な「汐」・・・(T_T)
さて、よく、「満月と新月の日は、潮(汐)の満ち干きが激しい」と言われる。
いわゆる、「大潮」だ。
それは、「月の神秘性」と関係が深いように思われているようだが、実際のところ、その原因は太陽と月の両方にある。
つまり、満月・新月の時、太陽と地球・月はほぼ一直線になる。
太陽・月・地球という具合に一直線に並ぶと新月に。
太陽・地球・月という具合に一直線に並ぶと満月になるというのは、小学校で習ったはず。
つまり、太陽の引力と、月の引力が重なるわけで、そりゃぁ、満ち干きが激しくなるのは道理である。
つまり、月の引力はいつも同じなのだ。
太陽の引力も同じ。
それがどう影響し合うか・・・これが、大潮・小潮の差なわけだ。
具体的に、気象庁のサイトで、9月の大阪における潮位表を調べてみた。
満月が起きたのは9月8日。
朝の満潮は、6:40で、潮位は185(cm)となっている。
夜の満潮(汐)は、19:29で、潮位は182。
実際は、9月9日の朝7:25に起きた、潮位190の満潮が一番の「大潮」だが、これは、潮の流れやらなにやらでズレが起きるためのことらしい。
新月が起きるのは、9月22日。
朝の満潮は6:29、潮位159。
夜は19:00、潮位161。
いわゆる小潮とされる、半月の日・・・例えば、9月1日の場合、
朝の満潮が測定されず、夜の満潮が20:31の、潮位143であることを考えると、大潮と小潮の差は、最大でも40センチほどなのだろう。
しかし、干潮と満潮の差は甚だしい。
例えば、9月9日の潮位の変化を見てみよう。
0:45 75
6:40 185
13:11 20
19:29 182
朝7時前に比べて、昼1時ごろは、1.6メートルも潮位が下がっている。
そして夕方になると、また、1.6メートルもの潮位が上がるのだ。
小潮の時でも、その差約1メートル。
子どもなら十分飲み込まれてしまうほどの高さだ。
大潮の時なら、私でも飲み込まれてしまう。
・・・コワッ(^^ゞ
この夏、私は富士山に登った。
須走口登山口、標高2000M。
この時点で、持っていたペットボトルは、パンパンだった。
私は、標高3450Mの8.5合目で降りてきたが、次の日から1週間ほど、体中がむくんでパンパンになっていた。
体重も3キロほど増えて驚いた。
急激に気圧があがったので、体が水分を溜め込もうとしたのだろう。
・・・理屈はよくわかんないが。
月の満ち欠けが人に影響を及ぼすというのも、まんざら嘘じゃないな、と思う。
いやいや、人の感情にどうこう・・・ってのはよくわかんないけども、体重に及ぼす影響は絶対あるに違いない。
・・・ので、この秋、食欲の秋。
体重が増えてもそれは多分、月の影響なのだ。
そうに違いない。
そうに決まっている!!
・・・ということにしておいて、冬に泣くことにしようと思っている。
私は、朝三暮四の猿(※注)よりアホです・・・くすん。
※注 朝三暮四の猿
ある貧乏寺のお坊さんが、ペットの猿達に、
「貧乏なので一日に栗を7個ずつしかあげられない。ついては朝3個、夕4個ずつやろう」
といったら、猿達は激怒。
困って、少し考えたお坊さんが、
「それじゃあ、朝4個、夕3個でどうだ?」
と言うと、猿達は大喜びしたというエピソード。
ひるがえって、目先に捕らわれて、大局を見ない人の喩え・・・とほほ。
-----
--------
TITLE: 櫛
BASENAME: 2622330
DATE: 09/13/2006 07:52:20
-----
BODY:
寝る前にしこたま水分を摂取したのが悪かったらしく、尿意を覚えて夜中に目が覚めてしまった。
時計を見ると、1時58分。
・・・やな時間だな。
「トイレに一人で行くのはいや~」
なんてことをこの年になって言うのは恥かしいが、2時ちょうどにトイレの個室にいることがいやなので、2時5分まで布団の中で待ってから、起き上がる。
夜中の2時にトイレにたつと、天井におばけが・・・とか、
夜中の2時にトイレにたつと、電話鳴って、「今からあなたの家に向います」といわれる・・・とか。
夜中の2時とトイレに関係する怪談は枚挙に暇が無い。
どれも怖いんだが、私が本能的に一番怖いと感じているのが、
「夜中の2時に櫛を咥えてトイレに立つと、将来の配偶者の顔が映る」
という、小学生の時に何かで読んだ「おまじない」であった。
しかし、よくわからないのは、「配偶者の顔が映る」って、どこに映るんだろうか?
ずっと疑問だったが、最近、耳袋だったか、兎園小説だったか・・・記憶がはっきりしない上に、今本を繰ってみてもはっきりしないので申しわけないのだが・・・(多分)江戸時代の随筆集にその元ネタとおぼしきものを見つけた。
ある女が、櫛を咥えて厠に行き、便器を覗き込むと将来の配偶者の顔が見えるというので試してみたところ、確かに顔が映った。
驚いて手にしていた火(明かり)を取り落とすとその顔は消えてしまった。
後日、果たして厠でみた顔の主とであったが、額に火傷がある。
男は女こう言う。
「過日あなたにこの火傷をおわされたのですよ」
多少記憶違いがあるかもしれないが、こういう話である。
この物語から鑑みるに、どこに配偶者の顔が映るかというと・・・つまり・・・便ツボにたまった糞尿の上に映るってことだろう。
・・・映されたくないなぁ・・・(^^ゞ
まぁ、それはともかくとして、厠と結婚の関係は深い。
古事記を読んでも、厠で求婚(?)をした男神の話しがいくつか出てくる。
三輪の大物主命や春山霞壮夫である。
だから、厠はまぁ良いとして、なんで櫛なんだろう?
櫛は「くし」で、「奇し」に通じるから、不思議な力を持つと考えられたのかもしれない。
スサノオの八俣大蛇退治でも、クシナダ姫は櫛に姿を変えて、スサノオと共に戦いに挑んだ。
髪の毛を梳くことを、「くしけずる」というのもまた面白い。
「くしけずる」、つまり、「くし」で(を?)「けずる」わけだ。
何をけずるか?
・・・想像でしかないが、それは、髪に宿るなんらかのパワーを削るのじゃなかろうか。
ちなみに、「髪」=「かみ」で、「神」とも通じるから、このパワーはかなりのものかも。
丑刻参りも、口に櫛を咥えるのが正式な形だったはず。
櫛はプラスのパワーだけではなく、マイナスのパワーも帯びているのだろうか。
考えてみれば、パワーにプラスもマイナスもないのかもしれない。
「白魔術」「黒魔術」なんていうが、実際のところ、「魔術」に白黒の区別はつけられない。
「恋愛成就」の「白」魔術は、恋敵にとっては、自分の願いを邪魔する「黒」魔術となるはずだ。
古代の日本人はそのあたりをよくわかっていただろう。
「おまじない」を漢字で表記すると、「お呪い」である。
つまり、「おまじない」は「呪い」に通じるということだ。
だから、呪いの場面とおまじないの場面の両方で、櫛が登場するのは不思議じゃないのだ。
しかしそれにしても、なんで、「櫛を頭に挿す」んじゃなくて、「口に櫛を咥える」んだろうか?
これは、「無言」で行を行えということにつながるかもしれない。
イソップの物語の中で、
欲深い犬は、川に映る自分が、口に骨を咥えているのを見て、それも自分のものにしようと思う。
脅かしてやろうと吠えた途端、自分の口に咥えていた骨がぽろり・・・。
というものがある。
口に何かを咥えている時は、決してしゃべってはいけないのだ。
特に、櫛などという恐ろしい力を宿しているものを口にしている時は。
櫛とは恐ろしい力を持つ呪物・・・そう考えられ続けてきたんだろう、日本では。
いや、ドイツでも、ライン川の魔物であるローレライは、櫛で髪をときながら、歌を歌ってたような気がするなぁ・・・
・・・だから、日本だけじゃなく、世界中で櫛は大いなる呪物なのかもしれない。
だから、私は真夜中のトイレも怖いが、真夜中の鏡台も怖い。
鏡台の前に置いてある櫛、それが夜中の鏡にどう映るかと想像すると、むちゃくちゃ怖い。
そんなわけで、私は夜中に目が覚めて寝付けない時、恥も外聞もなく、電気を煌々と照らして部屋中を移動することが・・・たま~~~にあるのである。
怖いから、ハミングしたりもする。
当然同じ部屋に寝ているチュッチュや旦那も目を覚ますんだが・・・許せ!許してくれ!!
。。。昨日はトイレの後すぐに眠れたからよかったけどね。
-----
--------
TITLE: 冷たい雨
BASENAME: 2622331
DATE: 09/14/2006 08:17:31
-----
BODY:
天 高 く、 馬 肥 ゆ る 秋。
嘘ばっかし(T_T)
どんよりしてるぞ~。
女(男) 心 と 秋 の 空。
・・・・ほらふくでねぇ!
ず~っと雨曇りやがね。
秋 の 長 雨。
わざわざ言わんでもわかるわいっ!
もうここんとこず~っとややこしい天気じゃいっ!!
・・・と、ことわざに突っ込んでもしょうがないんだが・・・。
ここのところ、すっきりとした晴れ間がない。
台風が行ってしまうまではしかたがないのかもしれない。
しかし・・・暗い。
夏の間、憧れていた、待ち望んでいた、「素敵におセンチな秋」はどこに行ったんだろう。
体の右横を窓にあてるようにして椅子に座り、頬に右手をあて肱を窓枠のところに立てる私。
左手は、読みかけの本の上に軽く乗せている。
乾いた風が窓から入ってきて、軽く巻いた髪の毛を頬の上で踊らせる。
髪を手で払うこともせず、物憂げな様子で、流し目で外を見ると、ポプラの枯葉が風に舞う。
なんだか少し悲しくなって、意味のない言葉をつぶやいてみる。
「あなたは今、どこにいるの」
もしくは、
空に欠け始めた月が懸かっている。
薄い雲が時折その前を横切るが、それは月をおぼろにさせはすれ、決して隠すほどに無粋ではないである。
ベランダに椅子を置いて空を眺めていると、肌寒い風がかすかな音をたてて通り過ぎる。
すすきの穂が揺れてしゃらしゃらと柔らかい音がする。
その根本に巣食うのだろうか。秋の虫が恋人を求めて声をあげる。
その声は、夏の蝉のような厚かましさはなく、ただ、許しを求めるような寂しさが胸を打つ。
なんだか少し悲しくなって、意味のない言葉をつぶやいてみる。
「あなたは、今、どこにいるの」
つまり、イメージの中の秋とはこんな感じである。
私の雰囲気に合うとか合わないとか、あなたは今どこにいるのもくそも、旦那は会社に行ってるに決まってるだろうとか、今ちょうど部屋の中から、「おいしそうやで、ほら、見てみ!!」と一緒にステーキの映像を写し出しているテレビを見ようと誘いかけてきているところじゃないか、とか。
そういうことはどうでもいいんである。
秋とは、そもそもおセンチで、乙女チックなもんなんだと思う。
そうでなくては、なんで激しい夏が必要なのだ。夏は秋の序章として存在していたのではなかったか。
いやいや、夏は秋の前触れのために存在してるわけじゃなく、地軸が公転軌道に対して傾いているから季節がおきるのは仕方のないことなんだとかいう理屈はどうでもいい。
とにかく、理屈ではなく、夏の後にくる秋は、人をロマンティックにさせるもんだ、と私は独断する。
しかるに、この秋はどうだろう。
窓辺で本を読もうとしたら雨が吹き込んできて本をぬらすし、風だってどんよりひんやりだ。
この際、私の髪の毛が巻き毛じゃなくて、単なるクセッ毛だなんてことは言ってる場合じゃないのだ。
夜空に浮かぶ月・・・なんてどっこにも見えない。
真っ暗だ。
これでは秋が始まらない。
秋が来ないまま冬がきても良いのか?いや、よくない(反語)・・・のである。
病は気からと申します。
なんでも気のもんである。
こうなったら、自分で秋を演出し、秋の気分を作るしかないじゃないかと思う。
「食欲の秋」「芸術の秋」「読書の秋」「スポーツの秋」
秋にはいろいろな表情がある。
正直、雨の中スポーツをする気もしない。
・・・まぁ、晩秋になったら登山はするつもりだけどさ。
食欲の秋・・・は、雨でも雷でも、私のところにやってきはするが、私の憧れる秋のイメージとは程遠いから却下。
読書の秋はまぁいいんだけど、読書なんて年中やってるんだから季節感はない。
そうすると、残るのは芸術の秋ってことになるが・・・私は、芸術が苦手である。
ムンク展に行った時、
同じモチーフの習作ばっかしが並んでいるので、ただでさえ優秀とはいえない方向感覚が麻痺し、
「狸に化かされたのか?」
と、眉に唾をつけるほどの芸術音痴具合である。
絵心がないから、愛犬を描こうと思うままに筆を動かせば、犬なのか牛なのか、はたまたゴジラなのかわからないという有様だ。
造形の才能は0なのだろうと思う。
ただ、自分の芸術的才能の中で、比較的ましだと思うのは、色を並べていく感覚。
だから、ビーズアクセサリーを作ったり、ハガキに折り紙で色を副えたり、花を活けたりすることは、それなりにできないこともない。
雨の上がった今朝。
窓を開けて太陽光を最大限に入れて、白いコピー用紙を2枚貼り付けたものを置く。
英字新聞や、色のついた画用紙を様々な形に切り出してみる。
なんで朝からそんなことを・・・と聞かれたら、
「掃除した後に散らかすのはいや」
という、なんとも現実的な主婦的考えを答えなくてはいけないので、却下(笑)
閑話休題。
大きさがバラバラの色粒が散りばめられた茶色いパラダイス紙は枯葉の形に。
細かい凹凸の入ったピンクのマーメイド紙は花びらの形に。
生成りの綿のようなものが織り込まれた水色のフェザーダンス紙はすすきを思わせる細い流線型に。
目の前にあるクラフト紙を、思いつく形に切り出して、紙の上に並べてみる。
自分でもどれが何を象徴しているのか、何が何を意味しているのかわからないまま、思うままに並べていく。
コピー用紙の上に、なにやら「秋」らしきものが形作られてきたような気がする。
「こんなもんだろう」
手をとめ、少し離れたところに置いた椅子に座り、出来上がった作品を眺めてみる。
空間の取り方、色の配置などは、私の好みに出来上がっているように思う。
でも、何かが満足できないのだ。
そうものなのかもしれないな。
そう閃いて、妙に納得してしまう。
秋とは、「何か」が足りない季節なのかもしれない、と。
その時、思わぬ強さの風が窓から吹き込んできて、出来上がったと見えた作品が風に飛ばされてしまった。
どこかはかない秋という季節を表そうとした作品なのだからこれでいいんだよな、と、ため息を一つ。
こんな意味のない遊びは終わらせようとして、ふと気付く。
風に流された紙切れ達が、新しい作品を作りだしている。
キャンバスだったはずのコピー用紙が作品の一部となって、明るい色を放っている。
やっと腑に落ちた気持ちになって、もう一度、椅子に腰掛けた。
そうなのだ。
どんな季節だって、それだけでは完成しない。
季節のモチーフがあっても、自分の感覚でそれを見つめようとしなければ、輝かないのだ。
反対に感性だけが先走っても、自然は追いついてこない。
その時々のシンボルと私の感性。
その二つが合わさって、季節が作り出されていくのだろう。
秋の朝の匂いをかいでみる。夏の間に肥えた土が雨にふやかされて、醗酵した香りを立ち上らせている。
耳を澄ませると、澄んだ空気を通ってくる音たちは、鮮烈で清らかだ。
雨音だって、秋のものは優しく細い。
気付かなかっただけなのだ。
秋はもう、私の目の前で、彼独特の踊りを見せていたのだった。
-----
--------
TITLE: 言葉
BASENAME: 2622332
DATE: 09/15/2006 13:54:44
-----
BODY:
言葉には触感がある。
トゲのある言葉もあれば、ほわほわの言葉もあるし、もがもがの暑苦しい言葉もある。
誰かを傷つける言葉は、それ自体が攻撃的だ。
こういう考え方は、古い人々も持ち合わせていた・・・というより、感覚が原始的であればあるほど、この考え方はしっくりくるんじゃないかと思う。
邪悪な言葉はそれそのものが呪いであるという考えは、どの国にも、一般的にあるんじゃないかと思う。
そして、この感じ方は、どれだけ文化が発展しても、容易に消えはしないだろう。
私の母は迷信や幽霊話しなどが大嫌いで、私が、
「カラスが鳴いてるから不吉で怖い」
なんて言おうもんなら、
「の~~~っほっほっほっほ。この子、何を言うてんの?うぉ~っほっほっほ」
と、乙女心が傷ついちゃうくらいのバカ笑いをするような人だったが、
幼い私が、
「○○ちゃんなんか、××ちゃえ!」
・・・てなことを言うと、
「そういうことを口にするだけでもあかん!」
と、はえたたきでお尻をぶったものだ。
なぜはえたたきだったかというと、
・手で叩くと手が痛い。
・はえたたきで叩くと、汚いという精神的ダメージも与えられる。
・はえたたきでどれだけ強く叩いても、骨を折るという心配はない。
などという利点があったからだそうだ・・・。
って、「どれだけ強く叩いても」って、どういうことですか、母上・・・。
まぁ、それは良いとして。
迷信が嫌いな人間でさえも、
「悪い言葉には悪い力がある」
と、なんとなくでも感じているということだろう。
だから、悪い語感を持つ言葉を良い言葉に置き換えるということは、結構よく行われている。
例えば、
「するめ」は、「擦る」という言葉に通じて、なんだか縁起が悪いので、
「あたりめ」と言ったりする。
「梨」のことを、「ありの実」というのも同じ。
もっと一般的な例をあげれば、宴会などが終わることを、
「おひらきにする」
なんていう。
本来なら、「閉会」のはず・・・つまり、「おとじ」なんだが、「おひらき」という。
これも、同じ考え方からだ。
最近、一番腑に落ちたのは、「葦」という植物。
そう、
「人間は考える葦である」
といわれた、あの「葦」である。
この「葦」という漢字、どう読みますか?
「『あし』でしょ?」
とおっしゃるあなた、はい、正解(児玉清風に読んでください・・・なんとなく)。
そう、「あし」と読む。
が、「よしず」って聞いたことありませんか?
海の家なんかにある日よけである。
すだれは細長い植物が横に走らせて紐でつないであるが、よしずは縦に並べてつながれている。
よしずに使われる植物のほうが、すだれに使われているものよりごっつくて長い。
・・・思い浮かんだだろうか?
この「よしず」に使われている細長い植物、どう見ても「葦」である。
そう。
「葦」は、本来、「あし」と読むのだが、
「あし」は「悪し」に通じるので、「よし(良し)」と置き換えて呼んだのが、いつの間にか伝統的に定着してしまったということなようだ。
「よしず」を作る職人さんに、
よしずの出来の『良し悪し』を尋ねるときには、いっちょこのことを思い出してもらいたいもんだと思う。
・・・・・・さて、なんでこんなことをぐだぐだとしゃべっているか、である・・・・・・
先週、友人と一緒に天王寺を歩いているとき、彼女はうれしそうにこう報告したんである。
「来週の水曜日から沖縄に潜りに行くねん!!」
おりから、私は、バタバタとしてて家にひっこもらざるを得なかった。
次の週(つまり今週)も、なんやかやで出かけてる余裕なんかない私であった。
「ムッカ~!!」
私は短気で、即行動派である。
「台風よ~~きたまえ~~~、台風~きぃ~~~~たぁああああまぁ~~~えぇええええ!!」
その場で雨乞い・・・もとい、台風乞いの儀式をおっぱじめたのであった。
下町とはいえ、大阪のターミナルがあるような都会のスクランブル交差点。
かなりの人込みである。
蛇使いのようなくねくねした踊りをしながら、奇妙な呪文を唱える私に対して、横を通り過ぎる人が、笑いを含んだ視線を投げつけていくのは当然といえば当然だろう。
そのことを、台風の神様が哀れんでくださったのだろうか・・・。
まじで台風がきたやんか・・・。
台風13号、今日の夜中にも西表島に上陸だそうな。
念のため、友人にメールで確認してみると、
「西表島は、目の前に見えてるで~。今日も明日も旅館で足止めや~」
とのこと・・・・・・。
いやいや、まさか、まじめに私が、台風を呼んだとは思いませんよ。
そんな超能力があれば、もっと派手な人生を歩んでるだろうし。
でも・・・、うしろめた~~~~~~い(^^ゞ
いらんこと言うて、すまなんだぁああああ!!
現実的な友人は、
「あんたと台風は、なんの関係もないし」
と言うてくれたが・・・・・。
でも、な~んかうしろめたいもんなんざますよ、あぁた。
いらんことは言うもんではないとしみじみ思うんである。
ましてや、奇妙な儀式を街中でするのは、いろんな意味でやめたほうがいい。
気をつけましょうぞ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ゆばば
DATE: 09/15/2006 19:43:03
クリックするだけでええんかな?
本字のお題も蘊蓄女王きゅうでした。
ためになりました。
お母さん、いいこといわれます。
いいお母さんに育てていただきましたね。
-----
COMMENT:
DATE: 09/16/2006 00:10:00
クリック、ありがとうございます
私もよく理解できてないんですが、それで一票入るみたいです。
母も義母も、三人の義妹も、そして旦那も。
うちの女どもは、誰もかれも健全で、いいこと言うんですよ。
うちの夫婦は男女逆転なので、私は、義父や父や弟(義弟)と一緒に、
「女は強いやなぁ」
といじけてたりします(^^ゞ
でもともかく、いい環境に生きてるなぁとは思っております(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 同窓会
BASENAME: 2622333
DATE: 09/16/2006 22:09:56
-----
BODY:
何人かの級友達がこのブログを見るかもしれないので、あんまり下手なことを書けません・・・。
学生時代の友人のツッコミって、きっびし~~からなぁ・・・。
ということで、今日は、ちょっと減速気味かも(笑)
同窓会に出るにあたって、2つの恐怖が存在すると思う。
一つは、「自分が覚えていることを他の人達が覚えていない恐怖」
もう一つは、「自分が忘れたことを、他の人達が覚えている恐怖」
である。
私の場合、前者はそれほど怖くない。
私は忘れっぽいのだ。
たとえば、私は高校時代、「おっちゃん」と呼ばれていた。
苗字が「オチアイ」だったからであって、決しておっちゃんぽかったからではないし、その証拠には、「おじさん」を意味する「おっちゃん」ならば、「ちゃ」にアクセントがくるが、私を意味する「おっちゃん」は、「お」にアクセントがきたのである・・・てのは、まぁいい。
このニックネームは、今でも高校時代の友人と交流があって、彼女達が、私を「おっちゃん」と呼ぶから覚えている。
が、彼女達との交流がなければ、絶対忘れていたと思う。
それくらい、忘れっぽいのだ。
交流のない友人のニックネームなんか忘れて当然だ!!!!!!
それに、私は、声がでかいとか、声が通るとか、動作がでかいとか、なにかと目立つとかで、人目を引き易いタチであった。
だから、「私が相手を覚えている程度に親しい人間」が、私のことを忘れていた・・・ということは、過去に一度もなかった。
私が怖いのは後者なんである。
私が過去にしでかしたことが、同窓会のたびに話題に登るらしく・・・、その度に話しは誇張されて、いつの間にか、事実とまったく違う話しになっていたりするんである。
今年の同窓会。
旦那が休みだったので、旦那も一緒に出席した。
旦那はどんな場所でもしり込みすることがないので、普通に自然体でその場にいる。
その前で、
「何年か前の同窓会で、おっちゃんが下ネタ炸裂させて、店中の人が注目してた」
なんて話しが始まるんである・・・。
「私もその噂は聞いた」
とか言い出す友もいるんである。
「すごかったよなぁ」
ということで、大団円となるんである。
・・・・・・・。
言い訳するのもめんどくさいので、
「酔ってたから覚えてない」
ってことにしている。
が、内容は今でもはっきり覚えてるんだよ、私。
つぅか、その当時、会社で一番受けたネタを3つほど披露したにすぎないんだけどなぁ・・・。
確かに、私の声はでかいしよく通るから、店の中で多少・・・注目を浴びたかもしれないが、ギリギリ、OKなネタだと思う。
毎回毎回こういうことになるのは、私が・・・まぁ、そういうキャラだったんだろうと思うけども(^^ゞ
まぁ、それは恐怖といえばいえるんだけども、後はやっぱり懐かしいし楽しいものである。
さて、わが校は、今校舎を建て直している途中なので、顧問だった先生に校内を案内していただけることになった。
今回の同窓会は、クラスの同窓会じゃない。
自治会・・・一般的には生徒会と呼ばれるような集まりの同窓会。
生徒会長を務めた友は、「伝説の優等生」だった。
なにしろ、彼女が3年生の時、生徒の誰もが彼女が会長になるのだと思って、彼女以外の誰も立候補しなかったし、信任・不信任の投票でも、不信任票はほとんどなかったと聞いた。
そんな彼女だから、教師の信頼も篤かったと思う。
校内を歩いてたら、
「あら、ミヤハタさん」
「お、ミヤハタ」
と先生から声がかかる、かかる・・・。
今回校内で出会った先生のほとんどが、私には見覚えのない方だったが、生徒会長とは顔見知りなようだった。
さすが「伝説」だ・・・。
私達が校内を歩いていると、生徒達が挨拶をしながら通り過ぎていくのだが、その中の何人かが、
「あ?」
なんて彼女を見つめたりなんかした。
やっぱし「伝説」だよなぁ・・・。
私達の学校は、一応、「入学試験は難しい学校」であった。
今はそうでもないようだが・・・。
が、学校に入ってしまうと、まったく勉強しなくても良いという校風だった。
なんというか・・・むちゃくちゃ牧歌的な学校だった。
不良さんもいなかったし、いじめもなかった。
その雰囲気が今も残ってるのは、なんとなくうれしいし、だから卒業生が、自分の出身校にものすごく愛着を持つのは当然のことなような気がする。
だから、建て替えた後の校舎の一部に、壊された校舎の一部を使ったり、チャペルの屋根をわざわざコンピュータで色彩の解析をして、まったく同じ色具合で再現したり・・・と、「昔の思いを残す」工夫がいろいろされているようだ。
卒業生が、この学校に踏み入れた時、容易に過去に触れ合えるように。
さてさて。
本日、私の右となりには旦那が座っていたが、その隣には、ある友人が座っていた。
彼女とは、2年から3年までの2年間と、短大に入ってからの2年間、同じクラス・・・短大ではそれをチューターグループと呼んだが・・・で、しかも、出席番号が隣同士だった。
クラブも同じで、こうやって自治会活動も一緒にやっていた。
家も同じ沿線だったので、朝も帰りも一緒だった。
当然・・・彼女とは、「いつも一緒」だった。
学生時代、一番親しかった友人は?と聞かれたら、私には答えられない。
というのも、私は、すこぶる八方美人だったというか、誰とでも仲良かったので。
そして、彼女も同じく、誰とでも仲が良かった。
だが・・・なんというのだろう。
学生時代の、「根っこ」はどこにある?と聞かれたら、私にとっては多分、彼女だったろう。
身長は私と同じ程度で、低い。
が、太い眉、広い肩幅、低い声。
なによりも、力強い動作のひとつひとつが、何か、不思議な「華」のある女子高生だった。
そんなわけで、後輩からの花束・プレゼント・・・・・特に手紙なんかは数え切れないほどもらっていた。
私も人前に出ることが多かったので、花束やら手紙やらは結構もらっていたと思う
が、内容の「重さ」が、彼女あてのと私あてのとではまったく違っていた。
私と彼女が並んで駅を歩いていると、影から、
「あの・・・先輩!」
と花束を持った下級生が出てくる・・・という場面は、4~5度あった。
が、私に花束をくれる下級生というのは、大概笑っていた。
が、彼女に対する下級生達の目は・・・真剣な上に潤んでいたのである。
彼女にはそういう、妙な・・・といったら失礼だけど、変な華と魅力があった。
そして、多分、私は、それが、怖かったんだと思う。
短大の、「謝恩会」の時、遅れて登場した私に、彼女は・・・覚えてないだろうな・・・、でも、こう言ったんだな。泣きながら、私の肩を抱きながら。
「私は、あんたが心配やねん。誰よりも、誰よりも、心配やねん!」
と。
それが、私には、怖かったんだわ。なんつぅか。
だから、5年間、いつも一緒だったにも関わらず、卒業した後、彼女と会うことはほとんどなかった。
旦那を挟んで彼女と座っている間、彼女は私を見なかったし、私も彼女を見なかった。
新校舎の中を案内してもらいながら、2~3度話しをする。
「ずっと一緒」だった友人のことだから、何を話しても、すぐに、「ぴん」とくるんだね。
そして、昔みたいに、肩をたたきあってバカ笑いをしたりするわけ。
・・・それでやっと思い出したわけだ。
なんてのか・・・。
つまりね。
私は、多分、彼女が「好き」だったんだと思う。
で、私は、こう思ってたんだと思う。
彼女も私を「好き」だ、と。
まぁ、真相はわかんないんだけどね。
それがなんか、怖かったんだな・・・。
いや~、乙女チックだなぁ・・・かなぁ???
校舎を歩いていると、見慣れた先生の姿が目に入る。
1年生の時から、物理を教えてくださっていた先生だ。
私が直接教わったということは、ここのメンバーも直接教わっているということ。
「先生~~~!!」
みんなが駆け寄る。
「お~~~、久しぶりやな~」
なんて言ってるその後姿に、
「先生!私のことを覚えてます?」
と声をかける。
「覚えとらんな」
・・・がっくし。
私は理系のクラスだったんで、3年間教わったんだけどな。
結構可愛がってもらったはずなんだけど、20年の月日は長かったんだろうか・・・。
ここで、素直にしょんぼりできないのが、大阪のおばちゃんの悲しいクセなもんで、
「わかりました。あんまり綺麗に成長したので、わからないんですね?」
なんて言ってしまうんである。
すると先生は、目をカッと見開いて、こう叫んだ。
「オチアイかぁあああああ!!!」
覚えてもらっててよかった(笑)
しかし、先生は、本当に私を忘れていて、しょうもないボケを聞いた途端名前まで思い出してくださったんだろうか?
それとも、覚えていたけど忘れたふりをなさったんだろうか?
わかんないんだけど・・・。なんとなく後者なような気がした。
もうまったく覚えていないけれど、私はこの先生に、恋心を抱いたことがあったんじゃなかろうか。
そして、先生はそれを「知って」たんじゃないか、などと。
高校時代の私は、友に、先生に、学校に、ずっと恋をしていたんじゃないかという気がする。
家へ帰って、卒業アルバムを開いてみる。
私の写真の下に、
「3年間、幸せ者でした!」
なんて言葉が添えてある。
写真の私の表情には何かがきらめいている、と思う。
今までそれを、私は、「若さというもの」だと決め付けていた。
・・・が、違うのだ。
このきらめきは、多分、「恋」と名付けられるものだったのだろう。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 2年、いやもっと前か?
DATE: 09/17/2006 03:24:15
あたしゃこの「おっちゃん」とオフで同席したことが有る。
いやま、それ以前にwebcamでお目にかかっていたんで見た瞬間に分かったことは言うまでも無いことなのではあるが。
確かに目立つ。本人がどー否定しようが存在そのものが「目立つ」であるからしてどーしようもない。前者も後者も無く目立つ。
なんなら待ち合わせには「おっちゃんのそば」で間違いないほど目立つからしょうがないといえばしょうがない。
ああ、いや、酔ってますよ。間違いなく。
でまぁ、何年前だっけ?鴨川の床オフ。2次会の今村であんなことやこんなことはもう忘れてるんだろうなぁ。ぐえへへへへ。
次回の関西入りはまたお知らせいたしますんでその時はよろしく。
追伸:会議室は立ち消えになりますた。(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 09/17/2006 07:46:04
ま~~~た~~~~~そういうことを~~~~(T_T)
でも、今村では、記憶がかりの旦那がそばにいたので、「妙なことはしていない」と断言できるか・・・と・・・・・?
・・・旦那に確認しとこ・・・っと。ちょと怖い(笑)
関西にこられるときは、また是非!
で、やっぱり時間が合わないのがネックでした(^^ゞ???>会議室
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 09/17/2006 18:38:33
女子高の同窓会らしい出来事やな~と思って読ませていただきました。
私も、のりちゃんさんとは違う カトリックの女子高に通っておりましたが
同窓会は ほんま 懐かしくてリラックスしつつも 緊張しますね(苦笑)
私は英語が苦手でしたが たった1回 同窓会に参加しなかったら 次から
なぜか 私は英語は ゲタ履いて卒業したってことにされてました。
犯人は 酔っ払った 友達Aで(判明したので、後で怒ったりました)(笑)
同窓会で 一番ビックリしたのは
5年ほど前に まだクラスの半分が独身だったことですかね~(苦笑)
晩婚化を 垣間見ました。
-----
COMMENT:
DATE: 09/17/2006 22:55:58
「げたはいた」
程度なら、まだ・・・・と思うんですが、私の場合、とっぴょうしもない話しになってるんですよ(^^ゞ
先生の結婚式でムチ持って踊った・・・とか・・・知らんわ、そんな話し(笑)
そういうキャラなんだろうな、と思いつつも、ほんま、同窓会はちょっとした恐怖です(笑)
女子高独特の雰囲気とかいうのもあるんでしょうね(~_~)
-----
--------
TITLE: 曼珠沙華
BASENAME: 2622334
DATE: 09/17/2006 22:09:14
-----
BODY:
別名を、死人花、捨て子花、葉見ず花見ず。
秋の季語。
正式名称は、「彼岸花」。
最後・・・から2番目になるかも・・・の鮎を食べるために吉野へ向う途中、田の縁にはこの赤い蝋質の花が開きかけていた。
花の女王は何かと問われたら、バラと答える人が多いかもしれない。
しかし、私は、この曼珠沙華を挙げる。
なんの逡巡もない、「朱」。
ぽきりと折れそうなほどに硬質の花弁。
葉を持たず、りんと伸びた茎の先に、重たげなほど豪華に咲いたこの花は、他の花とはまったく異質だ。
秋の花といえば、萩やたでなどの可憐な植物が思い浮かぶ中で、この花だけは、まったく媚がない。
その違いは、働き蜂と女王蜂以上の差があると思う。
そもそも、曼珠沙華とは、仏教の用語である。
三省堂の大辞林で調べると、
「天上に咲く花。白くて柔らかく、見る者に悪を離れさせるはたらきがあるという」
と説明されている。
不思議だ。
この花の他の名は、
「死人花」にしても、「彼岸花」にしても、「捨て子花」にしても、不吉な響きがある。
それは、この花の突拍子のない「朱」が、何か不安を感じさせるということと、燃えるような群生のしかたをすること、そしてもう一つ、この花に葉らしいものがないことが理由だろう。
「捨て子花」というのは、葉がないことからの発想らしい。
いかにも「庇護のない子」というイメージを感じさせるのだろう。
死人花などというのは不吉だとか不安だとかいう次元じゃない。
なんの本で読んだんだったろう・・・。
タイトルははっきり覚えている。
「べろこんにゃく」
という。
幼い子を残して母が死ぬ。
父は後添えをもらうのだが、若いその後妻は、先妻の子をそれはそれは可愛がるのだ。
しかし・・・その子は、だんだん元気がなくなっていく。
父親がわけを尋ねると、
「夜、寝てると、おばけがやってきて、僕の顔を舐めるの」
と訴える・・・。
「つまらない夢だ」
父親はそう思った。
「妻はこんなに一生懸命にしてくれているのに、この子は実母を慕って、継母を大事にしないのだ。だからこんな夢を見るのだ」
そう思って、幼い息子につらくあたった。
しかし、ある夜、遅く帰った父親が見たものは、寝ている我が子の上に馬乗りになって、その顔にこんにゃくを・・・、
「べろり、べたり」
と打ち付けている鬼女の姿だった。
その顔は鬼に見えたが、そこには、若い妻の面影があった・・・。
後妻は、自分がそんな不埒を犯していることを自覚していたんだろうか。
もしかしたら、彼女は無意識だったのかもしれない。
現在ならともかく、この話しの時代は明治時代だか江戸時代だったか。
自分の主張をしないことが女性の美徳とされた時代のことである。
彼女はどんな思いで毎晩、幼い罪のない子に立ち向かったのだろうか。
この後妻の顔を想像しようとすると、なぜかいつも、曼珠沙華が脳裏に浮かぶ。
なのに、この華は、「天上の花」に模されるのだ。
バラの花は、美の女神ビーナスに縁づけられている。
最高の美という称号を与えられる花なのである。
しかし、この花にも暗い影がある。
ギリシャ神話では、この花は、ビーナスの恋人・アドニスの血から生まれたという話しがある。
英語で、
「UNDER THE ROSE」
というと、
「秘密に」
という意味になる。
これは、バラに「秘密を口外することを防ぐ」という効能があると信じられたことに由来するらしいのだが、それが転じて、秘密結社において、「重大会議」の際に扉にバラを飾るなどということが行われたりした。
そのことが、バラに、「カルト的」な雰囲気を背負わせてしまったように思う。
しかし、その落差は、曼珠沙華に比べると、幼稚なものに感じる。
喩えようもなく美しく、不吉で不気味な花。
そんな花は他にないと思うのだ。
秋の田に、赤とんぼが群れ飛んでいる。
田の縁にぴんと止まって複眼を右往左往させているのだが・・・。
彼らは決して曼珠沙華には止まらない。
その根にある毒が彼らを警戒させるのだろうか。
去年のことだ。
私は玄関にこの華を飾りたくて、秋の田で夢中になって摘んで帰った。
緑の花瓶いっぱいにこの花を盛り、満足していた。
夜中、ふと目がさめて階段を降りた私は、玄関の方に目をやって足を止めた。
朱い華が・・・、冷たく燃えていた。
ひそひそ・・・ひそひそ・・・。
不思議な音をたてて炎をひらめかせていた。
その炎の中に見えるのは、天上の楽園だったか。
それとも死人の眠る墓地だったか。
「私の玄関を飾る花じゃない」
そう、思った。
曼珠沙華は、吉につけ凶につけ、たぐいまれなる華なのだろう。
-----
--------
TITLE: 法話
BASENAME: 2622335
DATE: 09/18/2006 16:13:19
-----
BODY:
今日は、朝から観心寺にて法話の聴講。
「んまぁ~、若いのに感心ねぇ」
なんていわないでください。
・・・私には・・・下心があったのでございます・・・。
私は河内に生まれて河内に育った。
今現在も河内に住んでいる。
こういう人間にとって、
「一番有名な武将は?」
「一番好きな武将は?」
と聞かれたら、そりゃもう、楠木正成公なんである。
・・・私だけかもしれないけども・・・。
小学校の時、歴史の授業で、先生が一番力を込めて語ってくださったのが、南朝の歴史だった。
千早赤阪の戦いのくだりなんて、3時間くらいの授業を費やしたんじゃなかろうか。
その他、体育の授業でも、
「楠公さんは、城に陣取って、熱く煮えた糞尿を~」
なんていう、「楠公さんごっこ」をしたりして、とにかく、楠公さんは「身近な武将」であった。
子供たちにとっても、「少しの軍隊で大軍から城を守った」「忠義の人」は、面白く、単純に尊敬できる武将であった。
だから、少なくとも私のクラスで、大楠公は「とっても人気の高い武将」だったと思う。
今、あちこちの神社に参拝していても、楠公さんの影響は避けられない。
例えば、私の近所に、「河内国府」がある。
国府というのは、南北朝時代くらいまで、「河内」「和泉」「摂津」などの「国」の中心があった土地である。
この「河内国府」の最後の国司・・・つまり、今で言えば、市長とか町長とか府知事みたいなもんだ・・・が、大楠公なんである。
楠公さんが奉納した○○・・・なんていう社宝を持つ神社も少なくはない。
私の中では、楠公さんは今でもやっぱり、「一番有名かつ愛すべき尊敬すべき武将」なんである。
伝承が史実がどうかは別として。
そして、知っている人は知っている。
観心寺といえば、大楠公の首塚があるお寺である。
楠公が兵法を学んだという伝承も残っている。
・・・そして、このお寺には、門外不出の「寺伝」があるらしいんである。
このお寺で、楠公さんが大江氏に兵法を教わったという内容らしい。
去年、このお寺に参ったとき、寺務所のお坊さんに、
「寺伝を見せていただくことはできるんでしょうか?」
と尋ねたら、
「いえ、普通は見ていただくことはできません」
ということだった。
・・・が・・・、この時、お坊さんはこう続けられたのだ。
「そうですね~、お読みになりたいなら、方法としては・・・」
・・・え?
読ませていただける方法があるの???
しかし・・・その方法ってのが・・・冗談なのか本気なのかよくわからないんだな・・・。
こういう方法らしい。
「まず、法話を聞きにきて、住職と顔見知りになってください」
「ほぉ」
「何度も来てください」
「はぁ」
「住職と親しくなったら・・・」
「はいはい」
「『寺伝を見せてくださいっ!!』と泣きつく!」
「泣きつく?」
「泣きつく」
「・・・はぁ・・・」
関西のお寺は、お坊さんもシャレがきつかったりするんで、本当にこれで見せていただけるかどうかわからない。
が、寺伝について質問する機会はできると思うわけだ。
そんな折、友人から、
「観心寺の法話を聞きにいかへん?」
と誘いが。
なんでも、彼女の友人が、観心寺の副住職さんとお知り合いらしい。
・・・これは、呼ばれてるのかもしらん・・・。
・・・私は、心霊現象懐疑派なんだが、こういう都合のよいところだけ、「巡り合わせ」とか「ご縁」とかを信じる、非常~に勝手な人間なんである。
「台風さえこなければいきま~す」
と返事をしたが・・・きたきた、台風が、きたよ~~・・・・・・・・・・・・と思ってたら、それた(笑)
・・・やっぱり呼ばれてるんかもしらん・・・。
こう、都合よく解釈したわけである。わっはっは。
法話の内容は、ごくごくわかりやすいものだった。
「ご先祖供養は、ご先祖様の語りかけに素直に耳をかたむけるのが一番」。
こうおっしゃった。
お墓参りも大事かもしれないが、それよりも、心をまっすぐにして穏やかにして、ご先祖様が語りかけてこられるアドバイスを素直に実践できるような「土台」を作っておくことが大事、とおっしゃる。
アミニズムにとても近い感覚だと思う。
法話の後、
「霊にとりつかれている」
という方の相談を受けて、
「心落ち着く場所で心ゆくまで手を合わせなさい」
「自分がなんとかしてあげようと思わず、力まず、仏様におまかせするつもりで、手を合わせなさい」
・・・というようなお話をされた。
「お祓いしてあげよう」
っていう話にはならないもんなんですね。
穏やかに、視野を広くして生きていることが、一番の仏の道・・・つまりそういう話であった。
そして、こんなお話もなさった。
「目先の欲にとらわれるから、苦しみが生まれるんです。もっと先のところに視線をおいて、仏様におまかせするのが、「なむ」の意味なんです」
と。
つまり、「南無阿弥陀仏」というのは、「阿弥陀仏の御心のままに」という意味だし、
「南無妙法蓮華経」は、「法蓮華経の教えのままに」。
もちろん、「南無」というかぎりは、「阿弥陀仏」が、「これはしちゃだめ」とおっしゃることはしちゃいけないわけで、そうそう楽なことじゃない。
だが、厳しい修業よりも、「南無」の心の方が大事だ、とおっしゃったのであった。
・・・そんなわけで・・・。
「寺伝見せてください!」
は、いえませんでした(^^ゞ
まさに、目先の欲じゃ~~~ん(^^;;;;;
う~~~ん、先は長いが・・・。
いつかは見せていただけるよう、がんばろう!!!
やっぱり、私利私欲じゃ~ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(^^ゞ
まったく学べてないσ(^^)であった。
はっはっは(T_T)
-----
--------
TITLE: 大往生
BASENAME: 2622336
DATE: 09/19/2006 13:38:55
-----
BODY:
神社紹介サイトを運営しているので、神社参拝する機会が多い。
地域の鎮守の神様には、毎日のように拝礼する。
私の祈願内容は、いつも決まっている。
「家族全員が大きな心配をしないで済む人生を、平均寿命くらいまで生きた末に、大往生できますように」
欲のない願いのようだが、ここにはトリックがある・・・かもしれない。
例えば、うちの家屋は古い。
地震が来たら、ちと怖い。
が、
「大きな心配をしなくてすんで、長寿」
という願いが叶うならば、地震で死ぬこともないだろうし、家がなくなることもないはず。
つまりここには、
「大地震が来るならば、その前に耐震構造の家に建て替えができますように」
とか、
「地震で死ぬことがありませんように」
という願い事も含まれているわけである。
そう考えてみたら、
「3つの願い事をかなえてあげる」
といわれて、
「かなえてもらえる願い事の数を100個にしてくれ」
というくらい、欲深い願い事かもしれないと思う。
でも、実際のところ、それ以外思い浮かばない。
ま、言ってみれば、今の生活に満足してるってことだから、私はごくごく幸せなんだろうと思う。
さて、もう絶版になってしまっているが、角川文庫から、「別れの言葉辞典」という冊子が出版されていた。
小説の中から、「別れの言葉」を抜き出したり、記者会見における芸能人の別れの言葉をひっぱってきたり、また、有名人の臨終の言葉を羅列したり・・・。
そういう節操の無い本ではあった。
その中で、一際興味をひかれたのは、アン・ブロンテの臨終の言葉だった。
「勇気を出して、シャーロット、勇気を出して」
シャーロットとはもちろん、姉のシャーロット・ブロンテのことだろう。
シャーロット・エミリ・アンの、ブロンテ三姉妹は、全員文学家だった。
シャーロットは「ジェーン・エア」で有名だし、エミリの「嵐が丘」は、知らない人がないほどではないだろうか。
それに比すと、アンは無名に近い。
詩人という肩書きになるらしいが、日本語に訳されたものはあったろうか。
私も彼女の詩を読んだことはない。
天才肌の姉の影でひっそりと生きたアンの、最期の言葉が、
「勇気を出して」
だったということを知ったとき、人というものは、その気になれば、恐ろしく美しくなれるものなのではないかと思ったものだ。
魔界転生で有名な山田風太郎氏も、臨終の言葉ばかりを集めた本を出しておられた。
OL時代、どういう経緯だったかは忘れたが、上司が貸してくださったのでざっとだけ読んだのだが、有名人の言葉よりも、無名の人の言葉の方が心を打ったのはなぜだろう。
不治の病に冒されながら、グチもこぼさず、静かに亡くなった人の最期の言葉は、
「あぁ、痛かった」
だそうだ。
正直、自分が看護婦だとしたら、
「板垣死すとも自由は死せず(※1)」
とか、
「幕を引け、芝居は終わった(※2)」
とか、
「もっと光を!(※3)」
とか言われても・・・
「はぁ、そうっすか」
くらいにしか思わないと思う。
下手したら、
「錯乱したか?」
と主治医を呼ぶかもしれない。
しかし、苦しみを一人耐え続けた人の、ほっとしたような、
「あぁ、痛かった」
を聞いたら・・・。
命の重さをしみじみと感じてしまうような気がする。
さてさてさて。
そんな私が憧れている、「最期の言葉」がある。
高校時代の友人のお祖父さんの言葉だ。
享年92歳。
友人の15歳年上のいとこの結婚式の夜のことだったそうだ。
お祖母さんと一緒に御茶を飲んだ後、用を足しにトイレに入られたそうだ。
中から楽しそうな呼び声が聞こえてきたという。
「なぁ、○○さん(お祖母さんの名前)、今日は楽しかったなぁ」
そのままお祖父さんはトイレから出てこられず、心配したお祖母さんが中に入ると、うっとりとしたような笑顔で亡くなっていたそうだ。
親族や知人が亡くなることはとても悲しいことだ。
でも、こんな風な大往生ならば、寂しい中にも一抹の幸福感があるような気がする。
欲深い願いのようだけれど、私が願うのは、「家族(もちろんペットも含む)の、一抹の幸福感を含んだ大往生」なのである。あくまでも。
※1 板垣退助の臨終の絶唱
※2 フランソワ・ラブレーの臨終の言葉
※3 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの最期の言葉
-----
--------
TITLE: 自由
BASENAME: 2622337
DATE: 09/20/2006 16:34:21
-----
BODY:
いや~~~、今朝、
「細木氏の猛抗議により、テレビドラマ1話分が商品としては消されてしまった」
というニュースを読んだせいで、一日つぶれました・・・。
バンコクはえらいことになってるってのに、私ってやつぁ(T_T)
まぁ・・・こんな奴なんで許してください。
さて、くだんのニュースを読んだ方はたくさんおられるだろうが、簡単に主旨を説明すると、
「『トップキャスター』というドラマの中に出てきたインチキ占い師について、細木氏が自分を揶揄していると抗議、その結果、この話しについては、DVDに収録されないことになった」
というものだ。
読んだ瞬間、頭の中に、無数のはてなマークが・・・。
え~っと、つまり、細木氏は、自分がインチキだと思っておられるということ?
いや、ドラマに自分そっくりの占い師が登場して、彼女がインチキだという結論だったので、頭にきたのかな?
と思って、もう一度ニュースを見直したら、このインチキ占い師を演じたのは、黒田福美さんらしい。美人じゃん。・・・似てないじゃん・・・。
ドラマ類を見ない私には、なんともどうにも理解できない話しなのであった。
私はドラマは見ないが、バラエティ番組(特に料理が出てくる番組)は、結構見ていると思う。
でも、細木氏が登場すると、チャンネルを変える。
好きとか嫌いとか以前に、彼女が何を言ってるのかさっぱり理解できないのだ。
理解できないものを見てても意味ないし。
なにより、テレビにむかって、
「さっき言ってたことと矛盾するがな」
「・・・その話し・・・情報源はどこなんですか?胡散臭いですけど・・・」
などとツッコみまくってしまうので、咽喉が渇くのだ(笑)
(細木氏のファンの方、ごめんなさい)
だから、最近の細木氏の動向などはさっぱり知らない。
「インチキ占い師」を「自分のことだ」と思いこむような何かがあったのだろうか?
それはそれで不幸なことだと思う。
んでもって、もっと信じられないのが、放送局側がその主張を受け入れて、そのストーリーを抹消したということ。
なんで???
理由として考えられることは、そりゃまぁいろいろ事情はあるんだろうけど、素人頭で考えられるのは、
1.制作側に明らかに細木氏に対する悪意があった。
2.ドラマのインチキ占い師が細木氏のことだと「誤認」されても仕方ないような状況であった。
3.とにかく、放送局は細木氏には逆らえない。
普通に考えたら、2番あたりが順当だと思うんだけどさ。
確か、フジテレビは細木氏の番組を持ってなかったっけか?
なんでそんなドラマを作ったんだろう??
??????
ようわからんので、午後いっぱい、ネット上をうろついてしまった。
こういう場合、速報性が高いのは、掲示板やらブログだろう。
だけども、情報の信頼性がイマイチなのが、難。
だが、どうも信頼できそうなソースにこんなのがあった。
「ドラマのインチキ占い師のキメセリフが、『地獄に落ちるわよ』(違うかも)であった」
なるほど。
これなら細木氏の抗議の理由も、わかる。
わかるけど、だからなんでフジテレビ(のドラマ制作会社)は、こんな、細木氏の多分一番有名なセリフ(?)を、ドラマの登場人物のキメゼリフにしたんだろうか??
むわったく、わからんっ!!!!!謎じゃ。
疑問はまったく解消されなかったのだが、このニュースに関する意見をざざっと読んで、一番目についたのは、
「表現の自由は地に堕ちた」
というような内容のものだった。
人間として生きているかぎり、「自由」って言葉は、絵に描いた餅だよな、といつも思う。
この言葉を辞書でひいてみよう。
三省堂の大辞林には、
「1.他から影響・拘束・支配などを受けないで、自らの意志や本性に従っていること。また、そのさま。自ら統御する自律性、内なる必然から決し行う自発性などがその内容で、これに関して当の個体の能力・権利・責任などが問題となる。
2.物事が自分の思うがままになるさま。
3.わがまま。気まま。」
と説明されている。
ふむむ。
ついでに講談社の「日本語大辞典」もひいてみた。こっちはシンプルかつ具体的。
「1.心のまま。思うまま。自在
2.他からの拘束・束縛を受けないこと・さま。
3.政治上は、参政権その他の政治的行動に国家権力の干渉がないこと・さま。
4.哲学では、自分の権利・義務・認識に基づいて他から支配されないこと・さま。
5.法学では、法律の範囲内における自律的活動」
つまり、大辞林のいう「自由」は、哲学における「自由」に基づいているということか。
まぁ、自由って言葉は、多分に哲学的な言葉だと思うけども・・・。
しかし、
「他から影響・拘束・支配などを受けない」って状態がありえるのか?
「心のまま」って、その、「心」が他から影響を受けているならば、それは既に、「心のまま」とは呼べないんではないか?
大体、拘束・束縛を受けない状態なんかありえやしない。
人間として生まれたかぎり、外出時には最低性器やそれに順ずる箇所は隠さないといけないし、「酸素を肺から取り入れることが困難な場所」へ行くにはそれなりの対策をしないといけない。
人間が生きていくためには、「拘束」だらけなのである。
それに・・・本性ってなんぞや??
そういう話になると、無駄に哲学せにゃならんようになっちゃうから割愛するけども、私の「本性」は、私の環境から多大なる影響を受けていると思う。
私の思想は、今まで関わってきた無数の人の影響を受けているし、行動だって感情だってそうだ。
だいたい、今日一日が、細木氏のニュースのせいで、まったく自由にならんかったっちゅうねん。
それに、「人間として生きているかぎりは」なんて言ってしまったが、「生きていかねばならない」という拘束があることは、どの生命体でも一緒だ。
うちのわんこなんかを見ていると、(私が意図していなくても)、飼い主の意向に拘束されっぱなしだ。
今朝の散歩のとき、はしゃいで紐をひっぱって先へ先へと行こうとするので、
「びーこ!!」
と怒ったら、びくっとしたように飛び上がり、私の表情を上目遣いで見上げた。
その後、何度もなんども振り返り、
「怒ってんのかな~」
と、こころもちクビをすくめて、残りの散歩ははしゃぐことなく消化された。
・・・まぁ、器にご飯を盛った瞬間、すべてのことは忘れたようだけども・・・。
そういう意味では、びーこは、「食べもの」に支配されているともいえる。
放送局に関しては、そりゃスポンサーのご意向だとか、なんだとかに「影響」されっぱなしだろうから、そもそも「自由」なんて言葉はそぐわないよね。
のでまぁ、「報道の自由は地に堕ちた」なんて嘆くよりも、
「そもそもなかったもんが、やっぱりなかったとわかった」
と、前向きに評価したいもんだと思うのであった。
んでもって、私個人の話しではありますけどね。
午後一杯、その手のゴシップだとか中傷だとかの書き込みを含んだ掲示板を眺めていたので、すっかり、心が、「自由」ではなくなっておりまする(笑)
そんなわけで、自分ではまったくいつものとおりのつもりなんだけど、今日の記事は、かなり偏ってしまってるかも・・・。
ま、それが人間ってもんなんである。
あるんであるったら、そういうもんなのさ!!
・・・でも、不快な内容になってたらすんません(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne
DATE: 09/21/2006 07:30:25
私もあの占い師さんはあまり好きじゃないんやけど
本はついつい立ち読みしてします
来年の分ももうでてたし..
ちなみに来年から大殺界にはいるんでとりあえずおとなしくしとこうか?
ん? ということは今年は達成で12年に一回のラッキーな年なはずやけど
平凡に過ぎていくなあ
-----
COMMENT:
DATE: 09/21/2006 16:07:57
今回のニュース関連でいろいろ見たサイトの中で、面白かったのは、
http://www.nazotoki.com/
その中に、細木氏についての詳しいコンテンツがあります。
http://www.nazotoki.com/yogen_uranai.html
これによると、去年から今年が彼女の大殺界だとか。ここね↓
http://www.nazotoki.com/iikotoatta.html
てなことで、気にしなくて、い~んでは(^^ゞ?
-----
--------
TITLE: ネタなの?それとも・・・
BASENAME: 2622338
DATE: 09/21/2006 15:54:03
-----
BODY:
サイトを持っているので、メアドは公表している。
そのせいか、いろいろ・・・どう受け止めたらいいのかわからないメールをいただく。
まず、SPAMメールがよくくるのは仕方がない。
これは、内容の面白そうなものだけ保管して、後は即座にゴミ箱行きにしている。
ちなみに、「これは面白い!」と保管してあるものは、2つだけ。
そのうち一つは、某大手ウィルス対策ソフトの会社が不具合を出した次の日に届いた。
タイトルには、その会社の名が騙られている。
「至急ウィルス対策をしてください」
とあって、
「OSがマックの場合↓」
「メールソフトはOUTLOOKを使用している場合↓」
などと、その下に、サイトアドレスのURLが書き込んである。
長いメールなので、スクロールしていくと・・・、
同じ調子で、
「巨乳好きの場合↓」
「ロリ好きの場合↓」
となっていくのであった。
もちろん、クリックしたりはしないが・・・。
・・・おもろいやん・・・。
「会いたいんです」的なしつこいSPAMメールばかりの中で、こういうアイデアSPAMは、ちょっとだけポイント高いんである。
まぁ、SPAMはわかりやすいから、構わない。
問題なのは、マジか狂気かいたずらかわからん内容なんでございまする。
「あなたと私は前世で盟友でした」
的なものは、ややこしいので、見なかったことにしている。
「お友達になってください」
的なものも、返事をするとよけいややこしくなりそうなので、相手が女性であっても・・・いや、女性であればなおさら、気付かなかったふりをしている。
問題は・・・そのどれでもない。
もしかしたら、私が無視することによって、相手に不利益があるんじゃないかという場合なのであった。
以前・・・もう随分前、私の二つある一つのメアドに、
「不躾ながら・・・」
とメールが届いた。
下手くそだがごくごく丁寧な文章、まじめさが伝わる言葉遣い。
そして、最後にあった住所と氏名。
少なくとも住所は実在のもののようだった。
とりあえず、その氏名で検索してみたが、GOOGLEにてはヒットせず。
SPAMならば1件くらいはヒットするだろうし、やっぱり本気なのかしら・・・などと思った。
内容は、
「私は定年したばかり60歳の老人です。妻に先立たれ寂しいので、もし、お友達になれるならば・・・」
というようなものだった。
不良サイトへの誘導などはなく、単に、
「お友達になれるなら返事がほしい」
というだけであった。
そして、なぜ私のメアドを知ったのかという説明もあった。
業者から「50台以降の女性のメアドリスト」を買ったら、その中に、私のメアドがあったとのこと。
・・・騙されてはるよなぁ・・・。
ほうっておくべきかと悩んだのだが、結局、フリーメールで捨てアドレスを取得し、そこから返事を書いた。
「騙されてらっしゃると思います。その業者は悪質な業者だと思うので、二度と関わらないように」
「カモリストに載ってしまった可能性が高いので、警察に相談するように」
と。
すぐに返事が来た。
丁重なお礼と、警察OBの友人にすぐ相談する、とのことだった。
とりあえず、私からもサイバー警察に連絡を入れておいたら、ただ一言
「見知らぬ相手からのメールに返事をしないでください」
・・・わぁってるわっ!!!
わかってるから、捨てアドから返事したんやっちゅうに!!!!
とはいえ、サイバー警察がこういう反応をするのもわかるし、まぁしょうがないか。
それにまぁ、メアドリストを販売する業者ってのもあるんだなぁ・・・と納得。
SPAM業者も、こういうメアドリストを購入してるのかもしれない。
そういう「実態」もわかったし、まぁ、勉強になったな。
その時はそれで終わったんである。
ちなみに、はじめのメールが届いたメアドに彼からのメールが来ることは二度となかったし、
捨てアドもそのままにしてあるが、それ以降、一件もメールがこない。
・・・多分、「SPAM業者」(あくまでも職業としての)ではなかったんだろう。
で、今日。
もう一つの方のメアドにメールが届いた。
「WEB国民議員さんになってください」
見覚えのある、ぎこちなく丁寧な文章・・・。
そして、はっきり覚えている住所・氏名。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最後に、
「業者からメアドリストを買ったらその中にあなたのメアドがあった」
と説明されてあった・・・。
じいちゃん・・・(T_T)
もう一度、じいちゃんの氏名で検索してみると・・・。
ひっかかる、ひっかかる!!
じいちゃんっ!!!!!
しかも、
「SPAMで有名な人」
「電波で有名な人」
って・・・。
やばいのは、じいちゃんじゃなくて、私かっ!?
まじめに受け取った私がちとネジはずれとんのか?
ふぅうううううううう(T_T)
・・・・・・・おもろいやんか。
以前、携帯の留守番電話に、
「○○の妻です。○○は今精神病院に入っておりますので、もう誘わないでください」
てな内容の伝言が残っていたことがある。
中年を越えたご夫人の声で、まじめそうだった。
旦那に聞かせると、
「間違い電話やろから、折り返し電話したったら?」
ということだった。
私もそれで納得したんだが、なにかとめんどくさくてほうっておいたら・・・。
それは、「間違い」じゃなかった。
知人の焼き餅焼きの奥さんだったのであった。
普段は常識的な方なのだが、旦那さんの周りにいる女性に対しては、少し常軌を逸した行動になるとのことだった。
しかしまぁ、一度お会いしたらそこそこ打ち解け、親しくなれたんだが。
こういうことがあるので、やってきたものすべてを、
「悪意あるもの」
と決めつけるのもどうか、とも思うわけなんだな。
それに、いろいろなものに巻き込まれたほうが面白いことも増えるし。
でも・・・その分、隙も増えるよなぁ・・・。
まぁ、しょうがないか、しょうがないけど・・・。
しょうがないよな!
平和で退屈よりも、めんどくさくて多少波乱のある人生を選んでしまう・・・。
B型の性格ってのはそういうもんなんだからしょうがないさ!!
こういう時だけ、普段はまったく信じていない、血液型占いなんぞに責任をなすりつけるのであった。
・・・成長しないなぁ、私(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 間違った用法
BASENAME: 2622339
DATE: 09/22/2006 17:11:56
-----
BODY:
結婚前だったか結婚したての頃だったか、旦那が私のことを、
「健気」
と評したことがある。
普段、
「厚顔」だとか「豪腕」だとか、「強引」だとか。
小沢一郎氏のことを表現してるのか、普通のOLのことを表現しているのかわからないような単語で評されてきた私にとって、
「健気」
なんて単語は、意外というか、ある意味心外でさえあったんだが、念のため辞書でその単語を調べてみた。
なるほど・・・。
とりあえず、今、大辞林の説明はこんなのだ。
「1.心がけや態度がしっかりしているさま。現代では特に、幼く力の弱い者が、困難な状況で立派に振舞うさまにいう。
2.武勇にすぐれている様。勇ましいさま。
3.心がしっかりしているさま。毅然
4.健康なさま、壮健。」
普通、「現代では特に」と説明されている、
「幼く力の弱い者が、困難な状況で立派に振舞うさま」
だけを、
「健気」
だと勘違いしてしまっている場合が多いんじゃなかろうか。
でも、「健康なさま」を「健気」というならば、まぁ、私は健気だと思う。武勇に優れてる・・・ってことはないがまぁ・・・だし。
そして、妙なところで日本語に敏感な旦那は、当然この単語の本来の意味を知っていただろう。
こういう言葉は多い。
つまり、意味を本来のものと取り違えられて使われることば一般的となっている単語だ。
たとえば、
「おもむろに」
という言葉なんかは、本当は、「重々しく」という意味なのだが、「いきなり」という意味で使われることが多いんじゃなかろうか。
「姑息」という言葉も間違って使われていることが多いと思う。
これはそもそも、「一時しのぎ」という意味なんだが、「こすっからい」とか「ずるい」などの意味で使われているのをよく見かける。
まぁ、なんとなくニュアンスはわかるんだけど。
時代によって意味の変わる言葉も多い。
例えば、
「色好み」なんて単語は、現代では「スケベ親父」とほぼ同意だったりするが、平安時代においては褒め言葉だった。
恋愛の情趣をわきまえた洗練された人のことを指していたという。
時代によって呼び方が変わってしまった花や虫もある。
例えば、朝顔と桔梗。
平安時代の「桔梗」のことを、「朝顔」と呼んだそうだ。
源氏物語に「朝顔の君」と呼ばれる女性がいる。
光源氏より年上で、聡明で穏やかで上品、源氏がその心を手に入れることが出来なかった、数少ない女性の一人だ。
この女性についても、私達が「朝顔」と呼ぶ、夏休みの観察対象になるラッパ型の花よりも、秋に紫の花をつける、ぽっこりしたつぼみが愛らしい、あの花の方が似つかわしいような気がする。
真偽はわからないけれど。
松虫と鈴虫に至っては、そっくり名前が入れ替わってしまったというのだが、なぜだろう。
われわれの言う「マツムシ」は、チンチロリンと鳴く。
「スズムシ」は、リーーーンリーンと鳴く。
平安時代の人は、「チンチロリン」を鈴の音だと聞いたというわけだろうか。
まぁ、確かに、鈴は「リーーーン」という音じゃないな。
「リーーーン」は、鈴じゃなくて、仏壇などの前に於いてある「りん(鈴)」の音だ。
いや、あれは、「チーーーン」か??
・・・とにかく、まだ、「チンチロリン」の方がよっぽど「鈴」らしいかもしれない。
でも、普通「チンチロリン」って言ったらサイコロだけどね(笑)
現代でも、言葉は刻々と変化している。
例えば、私が受験生だったころ、
「御用達」を「ごようたつ」と読んだらバツをもらったが、今、大辞林を見ると、「ごようたし」の説明に、「『ごようたつ』『ごようだち』ともいう」とある。
IMEで、「ごようたつ」を変換すると、ちゃんと、「御用達」と表示される。
あの時もらったバツをどないしてくれる~~~っ!!!!!
と憤慨しそうになるが、しょうがないのだ。時代は変わったんだから。
というより、私の時代は、「ごようたつ」は間違いだったんだ。
言葉遣いだって変わる。
「ら抜き言葉」を危惧されたのは、私が高校時代。
現代では、「ら抜き言葉」なんて単語さえ忘れられかけているんじゃないだろうか。
初めて聞いた時には、むちゃくちゃ違和感を感じた、
「ご注文は~~~・・・で、よろしかったでしょうか?」
という言い方、今はなんとも思わない。
この先、これが標準になるかもしれない。
伝統は大事だと思う。
伝統ある地名が変わるとき、多くの反対意見や抗議が出るというけれど、それはよくわかる。
例えば、奈良に「蛇穴(さらぎ)」という地名があるけれど、これは、役の行者の昔、彼に恋した少女が蛇に化けて穴にこもったという伝承があるからだという。
地名を変えてしまったら、この伝承だって消えてしまうかもしれない。
地名を変えないでほしいという願いはとてもよくわかる。
が、言葉遣いや言葉は変わって当然だという気もする。
そんなことを言い出したら、ラテン語の変形である英語やフランス語、ドイツ語はどないなるねんっちゅう話しだ。
話しはそれるが、高校時代、英会話の教師はすべてイギリス人だった。
イギリス国教会の学校だったんで、そりゃ当然かもしれないが・・・。まぁ、とりあえず、皆さんクィーンズ・イングリッシュをお話になった。
すると・・・、うるさいんですよ。
アメリカン・イングリッシュを使うと、すんげ~ケチつけられるんす。
「伝統ある英語じゃない」とね。
「アイ キャン(I can)」が、NG。
クィーンス・イングリッシュの発音では、
「アイ カン」となるんですわ。
オージー・イングリッシュ・・・を使う生徒はまぁいなかったけど、そんな発音した日にゃぁ何を言われるか・・・。
しかし、私は言いたい!
あんたらだって、「伝統あるラテン語」を変形してしゃべってるんやんか!しかも、意味深い女性名詞や男性名詞を撤廃してしもて!!!!!
とかいいながら、今の私は、日常会話程度の英語にも不自由するていたらくなので、クィーンスもアメリカンもオージーもないんだが(笑)
まぁ、とにかく、言語というのは変化するものなのだ。
ただ、「変わった」という経緯は残しておいてほしいものだが。
とりあえず、変化しちゃうことは仕方のないことだ。
多分、あと100年後には、「健気」に「健康」という意味があることなんか忘れ去られてしまって、誰も私のことを健気だなんて言ってくれなくなくなるんだろう。
でも、それでいいのだ、と思うんである。
-----
--------
TITLE: 大阪のおばちゃん
BASENAME: 2622340
DATE: 09/23/2006 09:04:35
-----
BODY:
私は「おばちゃん」である。
それだけならまだしも、「大阪のおばちゃん」である。
大阪のおばちゃんのイメージといえば、図太くて、厚かましくて、声が大きくて・・・というところか。
うん。大体当っている(笑)
ま、もっと詳しくいえば、南河内で生まれて育ち、今は中河内に住んでいるんだから、
「河内のおばはん」
の方が正確なんだけどね。
そうなると、「ガラが悪い」というイメージだけが先行しちゃうので、とりあえず、
「大阪のおばちゃん」
てことで。
さて、今朝のニュースに、
「オレオレ詐欺の一人頭の被害額は、東京は大阪の100倍」
なんてことが書いてあった。
識者の意見として、
「大阪の人間は日常的にボケてツッコンでいるから、とっさの機転が効く」
なんて説明されていた。
・・・そんな難しいことかぁああああ??
たんに、
「お金を出すことにしわい」
ってことなんじゃないかと思ったりする(笑)
その他に、
「大阪にはまだ近所づきあいが残っていて、相談相手がいる」
なんていう説明もあった。
まぁ、これは本当だと思う。
特にうちの近所なんかはものすごく近所づきあいが濃厚だから、かなり犯罪被害率は低いようだ。
・・・と、警察からのお知らせに書いてあった。
しかし、オレオレ詐欺の被害者にならないことの最大の理由は、
やっぱり、「ガメつい」ってことじゃないかなぁ??
すでに鬼籍に入った人をネタにするのはよくないかもしれないが、母方の祖母は、が、無料でモノをもらってきたことがあった。
ゴミ箱だとかティッシュだとかそういうもんだけど、大量にもらってきていた。
「どうしたん?」
と聞くと、
「大きな会場に集められて話を聞く。そしたら司会者がいろいろなものをくれる」
という。
・・・それって・・・
「司会者が『これ欲しい人手を挙げて~~~???』とか聞いて、みんなが手を挙げたりするようなやつ?」
「そうそう。でも、最後の方はただでくれるんじゃなくて、大安売りの布団とかになるんやけどな」
・・・やっぱり(笑)
SF商法じゃん(笑)
SF商法ってのは、悪徳商法の1つ。
会場に大人数のおばちゃんが集められる。
司会者がいろいろな商品の説明をしながら、最初のうちは、
「これ欲しい人、手を挙げてくださ~い」
なんていって、手を挙げた人にその商品をあげるのだ。
そのうちおばちゃん連中は、条件反射的に、手を挙げるようになってくる。
そうなった頃に、1万円ほどの布団などを出してくる。
そして、
「この高級掛け布団。普段100万円はするが、今日だけ半額50万円。これ、欲しい人~~??」
なんていいだすわけだ。
もう、みんな手を挙げるクセがついちゃってるから、
「はいはいはいはい!!」
となるわけ。
そこで、司会者はオモムロに、
「はい、では一人50万円・・・」
こういうカラクリである。
これに参加してるってことは・・・。
おそるおそる聞いてみた。
「で、おばあちゃん、なんか買わされた?」
しかし、祖母の答えはあっさりきっぱりさっぱりしたもんだ。
「なんも買わへんで」
あじゃぱ~。
詳しく聞いてみると、
「今日は半額○○万円、欲しい人?」
といわれた瞬間、会場は静まり返り・・・・。
誰も手を挙げなかったそうだ(笑)
普通そういう場合、怖いおっちゃんとかが出てきたりするんだろうけど、さすがに大阪のおばちゃん多数相手にはどうしょうもなかったらしい。
おばちゃん達は、みんな無事生還(笑)
祖母は、
「いっぱいもらった~」
とうれしそうで、
「またこういう集まりがあったら行く!」
と言っていたが、「こういう集まり」は、その後二度となかったんだそうな。
その土地に長く住んで、かなりの情報網を持っていた祖母がそういうんだから、この悪徳業者はこの地には二度とやってこなかったんだろう。
多分、もうこんな土地は懲り懲りだ、と思ったんじゃなかろうか(笑)
なにしろ、ただでモノを挙げまくって、何も見返りがなかったんだから。
大阪(詳しくは河内(笑))のおばちゃんは、悪徳業者に買ったのである。
えらい!
でも、あつかましぃっ(笑)!!!
こんな土地だから、オレオレ詐欺にひっかかる人が少ないのは当然だろうな。
私は大阪のおばちゃんである。
図々しくて厚かましくて、詐欺にだまされない。
いいんだか悪いんだかわかんないんだが、なんとなく、自分が「大阪のおばちゃん」であることが誇らしくなった。
気持ちの良い朝ってのはこうやって、いきなりやってくるんだなぁ(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 辛子真緑
EMAIL: Dorcus_rectus_ssp.rectus_Motschulsky.1857@hotmail.co.jp
URL: http://www.eonet.ne ~dorcus-rectus/
DATE: 09/26/2006 13:32:12
こんにちは、はじめまして。
貴メールマガジンを、いつも心待ちにしているものです。
さて、このお話をお聞きして、思わず『うちと一緒や!』と思ってしまいました。
うちの母(現在69歳)は、5年ほど前枚方駅前で声を掛けられ、SF商法の現場へ入ったらしいのです。
母は『一体何を売りつける気ぃや?』とじっと見ていたらしいのですが、羽根布団が出てきたとき『これかぁ。』と思ったそうです。
その時主催者のおっさんが『あんた居ったらやりにくいから、出て行ってくれ。』と言い出し、追い出されたそうです。
でも、ただで貰えるもんは『返せって言われへんかったから。』と、しっかり貰ってきてました。(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 辛子真緑
EMAIL: Dorcus_rectus_ssp.rectus_Motschulsky.1857@hotmail.co.jp
DATE: 09/26/2006 13:32:48
続きですいません。
『よぉ、無事に出てこれたなぁ。』と私がいうと『始まったらドア閉めて若い衆がその辺固めてるし、何か異様な雰囲気やった。』といってました。
やはり、気持ち悪かったんですね。
ちなみにこちらも、その後そんな催しは無いそうです。
主催者は、大損したんちゃいまっしゃろか?(笑)
突然失礼しました。
-----
COMMENT:
DATE: 09/26/2006 18:41:59
一緒ですか(笑)
しかも、「やりにくいから出て行ってくれ」と(笑)
すばらしい!!
ところで、辛子真緑さん、虫がお好きなんですね?
虫について調べるのって難しいですよね。
先日も、蜘蛛の種類を調べるだけでおおわらわでした。
また虫について疑問がでた時は、質問させてください。
メルマガを購読してくださってるとのこと、ありがとうございます(#^.^#)
私の文章的な問題はもとより、神話に登場する神様は名前が長いこともあって、読みづらいこともあると思います。
その時はどうぞご意見くださいね!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 辛子真緑
EMAIL: Dorcus_rectus_ssp.rectus_Motschulsky.1857@hotmail.co.jp
URL: http://plaza.rakuten.co dorcusrectus/
DATE: 09/27/2006 11:25:01
度々すいません。
色々とコメントを頂き、有難うございます。
蟲は、大抵好きです。
蜘蛛は、ハエトリグモ以外苦手ですけどね。(笑)
まだまだ無知ですが、ご助力できるよう頑張りますので、ご質問があればお願いします。
実はSF商法、うちの妻も会場に入ったそうです。
場所を変えるので・・・と言われ『忙しいから帰る。』と、貰える物貰ってきたみたいです。(笑)
うちは、そういう家系?(爆)
-----
COMMENT:
DATE: 09/27/2006 19:20:12
こないだ、道の真中にカマキリがいたので、踏まれないようにと捕まえて草むらに連れていったんですが、放した途端、
「なにすんねん!!」
と、鎌で反撃を食らってしまいました(笑)
子供の頃は、カマキリに攻撃されたことなんかなかったのに・・・。
年を感じました・・・。
また、質問させていただきます
しかし、奥さんもやりますね!!
私も精進しなきゃなぁ~(笑)
-----
--------
TITLE: 夜行性の鳥目
BASENAME: 2622341
DATE: 09/24/2006 21:14:59
-----
BODY:
鳥目というのは、ヴィタミンA(カロチン)の不足が原因らしい。
暗がりに入ると瞳孔が開いて、少ない光でも周りの景色が見えるようになるものなのだが、鳥目になると暗がりでも瞳孔が開かないのだ。
だから、暗がりに入ってどれだけ時間が経っても、周囲の景色を見分けられない。
で、「鳥目」というぐらいで、鳥は「鳥目」だ。
文鳥は黒目が大きいから瞳孔が小さくてもよくわからないが、目が赤い鳥とか、黄色い鳥とかを見て欲しい。
瞳が小ちゃい。
・・・だから、どんなに可愛い容姿でも、目が赤かったり黄色かったりする鳥の場合、目をじっと見ていると、な~んか可愛くないもんなのだ。
そういうわけで、うちの文鳥・チュッチュは容姿も瞳も可愛いのだが、鳥目であるのは間違いない。
電気を消すと周囲が見えないらしい。
・・・いや、普通の文鳥は、電気を消したら動けなくなるそうなんだが、うちのチュッチュは、大暴れする。
「ヂュヂュヂュヂュヂュ~~~!!!」
と雄叫びをあげながら飛びまわるので、あちらこちらにドタバタとぶつかっている。
それどころか、明かりをつけたらとんでもないところにいる時がある。
一度なんかは、タンスと壁の隙間に入っていたので、見つけるのに大騒ぎだった。
・・・どうやってあんな狭いところに入ったんだよ・・・。
ところで、すべての哺乳類は夢を見るらしい。
鳥はどうだか知らないが、多分見ている証拠(?)に、寝言を言う。
夜籠に戻して電気を消したらすぐに寝てしまうようだが、夜中に目を覚ますこともあるらしい。
普通の場合はそのまますぐ寝ちゃうんだろうが、その日は怖い夢でも見たようで、夜中にいきなり暴れ出した。
「チュッチュ」
声をかけてもダメ。
しかたがないので明かりをつけたらやっと状況がわかったようで、羽根を上下させて落ち着いた。
人間ならば、目をつぶっていて目を開けたら、家の側にある街頭の明かり程度でも十分周囲の見分けがつくもんだ。
やっぱりチュッチュは鳥目なんだなと気付く瞬間。
さてさて。
近所の御陵にたむろっている鳥がいる。
でかくて青くて首が長い。
泣き声は「ギャァッ!!」
である。
しかもこの鳥、夜も普通に飛ぶんだわ。
わんこの散歩をさせていると、頭上を
「んぎゃぁっ!!」
とでかい影が飛んでいく。
まがまがしい・・・。
昼間も御陵の森にでかい青い鳥が集まっているのは、なんか、
「災害の前触れ」
みたいな感じがして、あんまし感じよくない。
そういう感性はなにも私だけのものじゃないと思う。
なにしろ、「青鷺の火」という妖怪が存在するんだから。
鳥山石燕の「今昔画図続百鬼」には、
「青鷺の年を経しは、夜飛ぶときはかならず其羽ひかるもの也。目の光に映じ嘴とがりてすさまじきとなり」
と説明されている。
すさまじいんだそうですよ、奥さん。
・・・しかし、この話しをすると、大概、
「鳥って鳥目なんちゃうん?」
という反応が返ってくる。
そうだよな・・・。
青鷺は鳥目じゃないんだろうか?
調べてみたら、同じ「鷺」であるところの、「五位鷺」はまさに夜行性らしい。
青鷺は夜も活動できるが、基本的には昼行性らしい。
つまり、鷺類は瞳孔が人間並に開くんだろう。
ってことは、多分、暗がりで見る鷺の瞳は大きくて可愛いんだろうね。
・・・でも、容姿がイマイチなんだなぁ。
ん~~、惜しいなぁ、惜しい!!
-----
--------
TITLE: 蜘蛛
BASENAME: 2622342
DATE: 09/25/2006 17:24:46
-----
BODY:
最近、家の中に蜘蛛が多い。
特に、小指の爪ほどの小さい蜘蛛は毎日5~6匹目にする。
掃除をしていると、毎日必ず最低一匹は目の前をウロチョロして邪魔をしてくれる。
掃除機をあてている時なんかにチョロチョロされると吸い込んでしまいそうなので、まずは隅っこに追いやってからおもむろに掃除機をゴロゴロとやるわけだが・・・。
この現象、うちだけではなく、ご近所・・・少なくとも、このブロック全体でおきているらしい。
その割にはくもの巣が増えたということはないので、多分、徘徊性の蜘蛛だろう・・・と調べてみたら、どうも「ハエトリグモ」の1種らしい。
地味な黒と白のボディだが、そのコントラストがなかなかに美しい。
徘徊性の蜘蛛というのは巣網を作らないので、身軽じゃなければ獲物を捕らえられないのだろう。
ぴょんぴょんと飛ぶように移動する姿は、軽やかで愛らしい。
しかも!
この蜘蛛、蚊を食べてくれるらしいのだ♪
いや~、確かに今年の夏は、あんまり蚊が出没しなかったが・・・。
君のおかげかぁ。かわいい奴め。
・・・というわけで、私は蜘蛛が嫌いじゃない。
理科の授業で、
「蜘蛛は昆虫ではない」
なんて習ったが、
「だからなんやねん」
という話しである。
・・・ほんま、だからなんなんだろう?
?????
まぁ、いいけど。
さて、蜘蛛の伝承には、大きく三つの系統があると思う。
一つは、糸を出すことからの連想で機織の乙女に関するもの。
もう一つは、その姿かたちからか、蜘蛛を化け物(敵)とするものである。
最後に、交尾の後、雌が雄を食べちゃうところから、「恐ろしい女」の喩えとなることもある。
他にもその出産風景・・・つまり、「蜘蛛の子を散らすように」と表現されるように、無数の子供が腹から飛び出すことからの連想か「多産」の象徴という考え方があると思うが、神話・伝承・物語になっている例をわたしは知らない。
日本の蜘蛛伝承は二つ目のものが圧倒的に有名だろう。
日本書紀にも「土蜘蛛」が登場するが、それは朝廷にまつろわぬ民の暗喩であろうといわれる。
ギリシャ神話では、蜘蛛はもともと美しい乙女であったとされる。
機織の上手でそれを鼻にかけたため、アテナイの怒りを買い、蜘蛛に姿を変えられたのだそうだ。
アテナイとは、ギリシャの首都の名にもなるほどの力ある女神である。
この女神の怒りを買うほどの機織の名手を、虫に変えるとはもったいない話しだと思う。
人間の姿のまま美しい織物をどんどん量産させる方がどれだけ有益かわからんっちゅうに。
さて、この機織娘の名を「アラクネ(Arachne)」という。
英語で蜘蛛類の動物のことを、「Arachnid」というのはここから来ている。
つまり英語圏の「蜘蛛」は、機織の美女の影を背負っているといえるだろう。
山の中で女郎蜘蛛の巣を見かけることがあるが、光線の具合からか、それはそれは美しい金色に光っていることもあって、まさに、「機織上手の後裔」と唸ってしまう。
・・・が、一つの巣に目立っているのは雌だけなんだよね。
でかくて黄色くて立派だからそっちばっかりに目が行っちゃう。
よ~く見ると、小さくて地味~な雄もいたりするんだが・・・。
昆虫や鳥の場合、たいがいは雄の方が美しい声だったり、羽根の色が美しかったり、角が立派だったりするんだが・・・蜘蛛は、雌の方が格段に立派で・・・その上、雄は食べられちゃうんだなぁ・・・。
私と旦那が何度生まれ変わっても、蜘蛛にはならないように祈ろう(笑)
というわけで、私は決して蜘蛛が嫌いじゃない。
けどさ。
あんまりでかいのに、顔の上を這われるのは、決して歓迎しないんである。
アシダカグモである。
ゴッキーを食べてくれる蜘蛛だから、もちろん嫌いじゃない。
どっちかというと好きである。
この蜘蛛がいるということは、ゴッキーがいるということでもあるから、アシダカグモには、
「うちにいて!そして、ゴッキーを全部食べちゃって、食べちゃって!!」
と、黄色い声でお願いしたいくらいである。
でもね・・・。
でかいのよ、君は。
私の手くらいの大きさがあるんだから、並じゃないのよ、君は。
それを理解して欲しい。
寝ている私のほっぺたをつつくのは、やめて欲しいわけである。
いや、害があるわけじゃないんだが、
「ぎょ!!」
としてしまうのは、決して私の肝っ玉が小さいからというわけじゃないと思う。
「ギョギョッ!!」
としてしまうのは、私だけが悪いんじゃないぞ、アシダカくん。
お世話になっているくせに、スキンシップを拒否するということが、どれだけ恩知らずかはわからんでもないんだが・・・。
堪忍してください・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ぐけん
EMAIL: higanbana-10@hotmail.co.jp
DATE: 09/25/2006 23:25:44
蜘蛛の見た目が美しかったら・・・・・・きっとみんな受け入れたに違いない。
いや、せめて窓のどまん前に巣を張りさえしなければ、蜘蛛大歓迎なのである。
しかし、蜂だけはどうしても捕まえてくれんので、そこのところの勇気をもう少し出してほしい。
などと思う今日この頃。
-----
COMMENT:
DATE: 09/26/2006 07:49:17
女郎蜘蛛くらいの立派な蜘蛛の巣ならば、あるいは。
もう随分前ですが、貴船川そばで虻にしつこくつきまとわれて、うんざりしてたら、蜘蛛の巣に・・・。
大暴れしとりましたが、粘着性の網にしっかりホールドされてるようで(笑)
虻がOKなら、蜂もあるいは・・・。
どうなんでしょうね?
-----
--------
TITLE: 私の気持ちもわかってください
BASENAME: 2622343
DATE: 09/26/2006 18:42:39
-----
BODY:
今朝、ふとしたきっかけで、同期入社だった男子社員のことを思い出したら、その顔が頭から離れなくなってしまった。
私が新卒入社してすぐに配属された課は、100名もいる巨大課だった。
そのうち、男性社員は10名ほど。
同期入社は11名。うち男子社員は3名。
この比率なら、男子社員は多少容姿がどうこうでも、それなりにモテるものだろうが、そういうもんなのかどういうもんなのかはわからないが、2名の同期男子は結構なハンサムくんだった。
一人は甘すぎて濃すぎるマスクに好みが別れるところだろうが、もう一名は万人受けするタイプの顔だった。
洗練された物腰を身につけたすらりとした長身。
整ったノーブルな顔立ちに、いつも品の良い微笑みを浮かべていた彼は、女性社員に・・・まったくモテなかった(笑)
嫌われていたわけじゃない。すこぶる「愛されて」いた。
が、恐ろしいほど完璧にモテなかった。
それは彼の性格に原因がある。
彼は、おだやかで親切で明るくて邪気がなくて・・・そしてそれを補って(?)あまりあるほど間抜けだったのだ。
当然その気質は仕事にも反映する。
でも、忙しくて殺伐とした雰囲気に、偏った男女比率が生み出した奇妙な不健康さの中にあって、彼は一種の清涼剤だった。
仕事がどれだけできなくて、邪魔でも、だからこそ、彼は「愛されて」いたわけである。
その間抜けぶりをイチイチ説明するのはめんどくさいので、一つのエピソードを紹介しておきたいと思う。
同期入社11名で懇親旅行に出たときのことだ。
夜はもちろん宴会。
宴会場は女子用の大部屋である。
・・・そんな中、真っ先に寝てしまった男がいる。
もちろん、彼だ。
ま~だ宵っぱなだし、ビール2杯ほどしか飲んでないはず。
酒につぶれたわけではない証拠に、寝顔はやすらかで、健やかだ。
「ま、いつものことだし」
てなわけで、宴会は続く。
大騒ぎの中、起きるそぶりもみせずスヤスヤと眠る高貴な男前は、悲しいほどに場違いだった。
そのうち同期中で一番の美人が酔いつぶれてしまった。
それだけならばまだしもだが、彼女の着ていた服が吐瀉物で汚れてしまったので、女性社員全員で彼女を男子用の小部屋に連れていき一番奥に布団を敷いて寝かせ、服を脱がせて、服を洗って風呂場に干した。
そして・・・宴会は続いたわけである。
こういう宴会の場合、おひらきは、みんなが寝てしまったことによるものが多いだろうと思う。
この場合も例外ではない。
私も自分がいつ眠ったか知らない。
気付いたら朝だった。
畳の上での雑魚寝なので、そうそうゆっくりは眠れなかったらしく、目ざめたのは結構早朝だった。
酔いつぶれた社員が心配なので、横にいた女子を起こして小部屋に行ってみる。
・・・彼女は、起きていた。
夏にも関わらず、布団を顎の下まで引き上げ、戸惑った表情をしている。
理由は明白。
部屋の入口付近に、倒れこむように寝ている「彼」がいたからである。
「彼女」も、「彼」が何かをしたとはまったく思わなかったらしい。
ただ、状況が飲み込めない。
そして、横に男が寝ているのに、素っ裸で布団から出るわけにはいかなかったらしい。
私達は慌てて服を着せ、それから「彼」を起こした。
案の定というか・・・つまり、彼は、夜中に目を覚まし、男女が雑魚寝している状況に気付き、
「結婚前の男女が同じ部屋で寝るのはよくないな」
と判断したらしいんである。
そして寝ぼけたまま、男子用の小部屋に辿り着き、布団を敷く気力もないまま、眠りに落ちてしまった、と。
この状況で、誰も彼を疑わないのだ。
その程度に彼は、「善良で間抜け」だった。
さて、彼を思い出したのにも理由がある。
わかる人にはわかるかもしれない。そう。
以前から「だぁあああ!!」と叫ばされ通しの銀行員さんから、電話が入ったのだ。
登記簿の書き換えが終わったから権利書をとりにきてくれという電話だった。
この電話でのやりとりを逐一書くのもめんどくさいので、ちょっとだけ。
「それで、費用は結局いくらになりましたか?」
「見積もり通りです」
「見積もり金額以上のお金は持参する必要ないんですね?」
「はい」
「それでは、持参するものは、預り証と、○○○円だけですね?」
「はい」
・・・この会話の後、
「見積もり金額に上乗せになったのは、○○○円だけですね?」
という確認を2度、した。
「本当に、預り証とお支払いするお金以外に、あと持っていかなくてはいけないのは○○だけですか?」
という確認も2度、した。
最初から必要金額と必要書類などを確認してから電話してくれたら1分で済む内容だ。
それを、後から必要な金額と書類をバラバラ「思い出す」から、こう長くなるし、私も何度も確認せざるを得ないんだっちゅうの。
ったく・・・。
でも、彼はまったく物怖じすることなく、ハキハキと、
「はい!」
と答えてくれた。
とほほほ・・せめてもう少し、申しわけなさそうにしてくれたらいいのに・・・。
そして、彼は、いかにも、「そういえば」という感じでこう切り出した。
「で、ですね・・・お支払いは、お口座から引き落とすことができるんですが」
「いえ、既に現金で用意しておりますから、持ってきます」
「引き落としの方が簡単なんです」
・・・簡単って、誰にとってやねん・・・
「いや、持っていきますんで」
「こういう場合、通常は引き落としになるんです」
「・・・つまり、引き落としにさせてくれ、と?」
「はい!!!」
「いつの引き落としになりますか?」
「できれば明日に!」
「・・・そういうことは、最初から言うてくださいね・・・」
そう、何度も何度も叫んでなるもんか・・・と、ぐっ・・・・・・・と抑えたわけである。
ぐっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っとね。
・・・でも、もし耳の良い人が聞いていたら、
「ギリリ」
という、奥歯を噛み締める音が聞こえたはずだ。
ま、耳がよくても鈍感だったら、それがなんなのかわかんないだろうけどね~ね~、ね~~~~~(T_T)
でもさ・・・。
だから、彼がこう切り出した時、私は考えた。
「いつご来店されますか?」
そもそも、彼は私の担当ではない。
たまたま最初に電話した時、応対してくれたというだけだ。
つまり、他の担当者に代わってもらってもなんの問題もないということ。
前回店に行ったとき、隣の窓口では、若いお姉ちゃんがしごくはきはきてきぱきと応対してはったのを見たんである。
今後、利率の変更などの相談は・・・できれば、しっかりした人にお願いしたい。
・・・そう考えてしまうのは、私が心の狭い人間だからですかっ!?神様??
そんなわけで、私は慎重に答えたのだ。
「今ちょっと忙しくて、予定がたたないんです。何かのついでの時にお邪魔したいんですが、前もって連絡しないといけませんか?」
「はい。ワタクシがいないこともありますので・・・」
「○○さんがおられなくても、書類をいただいて、預り証を渡すだけですから問題ないんじゃないですか?」
「えぇ・・・そうですが・・・だいたいいつごろか教えていただけますか?」
・・・まぁね。
確かに、事務引継ぎをするにしても、いつごろかわかったほうが良いだろう。
そこで私は、曖昧な返事をすることにした。
「えぇっと・・・多分、28日・・・」
「28日の午前ならば、ワタクシ、おります!!」
「いや、28日ならば、午後になっちゃうんです。すいません。どなたかに引継ぎをお願いします」
「担当は私ですしね・・・どうしても午前になりませんか?」
「ならないですね~~~」
「28日以降でご都合の良い日はありませんか?」
「・・・・・」
なんで、そういう変なところで責任感が強いんだよ(T_T)
私だって、今回でお付き合いが終りならば、あなたでいいんだけどさ。
今後も相談したいから、担当者を変えたいんだよ。
でも、私はこう見えても平和的人間である。
「担当者変えて欲しいんです!」
なんていうトゲのある言葉は、なるべく使いたくないんである。
そんなわけで、とりあえず、結論を先延ばしにすることにした。
今、「他に都合の良い日はない!」と言ったとしても、押し問答になるだけだと思ったからだ。
「それじゃ、ちょっと検討してからまたお電話します」
「よろしくお願いします!」
・・・で、時間を置いて、今朝もう一度電話したわけだ。
「すいません。どうしても都合がとれなくて、やはり28日の午後に・・・」
「はい!そうではないかと思ってワタクシの予定を変更しました。28日、お待ちしております!」
え゛っ!!!!!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
熱心で一生懸命なのは、とっても素敵なことだと思うんです。
でも・・・・・・。
私の気持ちも・・・わかってください・・・・・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 09/26/2006 22:24:58
のりちゃんさんが 銀行に行かはるのは・・・
28日の 午前ですかね・・・(苦笑) やっぱり。
-----
COMMENT:
DATE: 09/26/2006 23:15:57
ねぇ(笑)
多分、彼としては、私が「うるさい客」だし、一度怒鳴っちゃったこともあるもんだから、他の人に押し付けるのは悪い・・・という気持ちもあるんでしょうね(笑)その気持ちはわかりますし、その男気は買いますよ(^^ゞ
でも・・・あんまりにも・・・なんというか、世間ずれしてないというか・・・もっとはっきり言えば、間抜けだと思いません(涙)??
こういう人は、個人的には好きですが、事務的な処理をする上では、パートナーにしたくないなぁ、と思いつつ、28日の午後、彼に会ってきますです(笑)
怒鳴るかもなぁ。怒鳴っちゃうかも(笑)
-----
--------
TITLE: 生まれたときから怒りん坊
BASENAME: 2622344
DATE: 09/27/2006 19:20:45
-----
BODY:
私の頭の形はいびつだ。
もし、つるつるにしたら、さぞかし不細工だろうと思う。
もちろん、今のところ、尼さんになる予定も、パンクスに走る予定もないが・・・。
この先、旦那が、
「To be or not to be」
なんてことをつぶやきはじめたら、
「尼寺へ行け!」
といわれる前に、しばらく身を隠そうと思っている。
・・・それくらい、歪んでいるんである(笑)
母に言わせると、これは私の性格に原因があるそうだ。
赤ん坊の時、私は左ばかりを向いて寝ていたそうなのだ。
「赤ん坊の頭は柔らかいので、頭の形を良くするためには、定期的に寝返りを打たせたほうが良い」
という知識を、育児書から得ていた母親は、
「これじゃ、左の頭が絶壁になっちゃう!」
と、私の頭を持って右に向かせようとするらしいんだが、その度に、私は、
「ぐいっ!」
と母の手を押し退けて、左を向いたんだそうだ。
何度も
「くい」(母が右を向かせる音)
「ぐいっ!」(私が依怙地に左を向く音)
を繰り返したらしい。
まさに根競べ(笑)
そのうち、母親がやってくるだけで、
「ぐいぐいっ!!」
と左の方に頭を固定して手足をふんばる様子を見せ始めたとか。
しかも、
「ギヌロ!」
と、貞子顔負けの目で睨んだそうな。
その上、母は言う。
「まだ首据わってなかったのにやで!」
・・・母上。
ネタに入りはじめてますね(笑)?
首据わってない赤子が、母親を睨みますかっての!!(←そういう問題じゃ無!!)
てなわけで、どこまでが本当かよくわからないんだが、私は生まれた時からの頑固者で、怒りん坊だったらしいのだ。
人間の性格ってのは、いつどこで形成されるのか。
90%以上は環境によるという。
それは本当かもしれないと思う。
だが、こういう話を聞くと、
「生まれ持っての性格ってのもあるよなぁ」
と、つくづく思うのだ。
もう一つ、「生まれ持っての性格」というものを感じさせる例がある。
小学校の時、女番長がいた・・・。
というと、大概、
「あんたのことか?」
と聞かれるんだが、はっきり言うけど、私は大人しい子供でした。
だったんです!本当に!!!
ということで、女番長がいた。
彼女は力が強く、運動神経が良いということもあったが、何より、死ぬほど負けず嫌いだった。
体育の授業で、縄跳びを何回跳べるか競争をしたことがあったが、彼女は2位の子の3倍以上を跳んだ。
はっきりした回数は覚えてないんだが、1000回以上跳んだと思う。
大人なら大したことはないかもしれないが、子供でこの回数はすごかった・・・と思う。確か。
そのこともすごいんだが、もっとすごかったのは、最後の方の彼女の表情だ。
真っ赤になって、歯を食い縛り、汗だくで、まさに、
「鬼気迫る」
という言葉しか思い浮かばない形相だったのだ。
何に臨むにも、彼女は全力投球だった。
そして、いつも、ダントツトップだったのだ。
さて、彼女が赤ん坊の頃、彼女は近所で、
「噂のタネ」
だった。
「とても有名な赤ん坊」
だったと、級友の母親連中は口をそろえて言っていた。
・・・とにかく、「泣かない」赤ん坊だったらしい。
お腹がすいても泣かない。
おむつが濡れても泣かない。
寂しくても泣かない。
しかし、とはいっても、意志表示をしないわけではなかったらしい。
なんと。
「顎で指図した」
らしい。
ほんまかいな(笑)
彼女を乳母車に乗せた母上が、道端で長時間立ち話なんかをしていると、
「くいくいっ!!」
彼女が顎をしゃくるんだそうな。
すると、話し相手をしていた奥さんが、こういうわけだ。
「ちょっと、真理ちゃんお腹すいてるんちゃう?あごで指図してるよ」
一人で長時間放置していると、顔を真っ赤にし、怒りを露にした表情で天空を睨んでいたという話も聞いた。
彼女は小学4年生の時に転校したから今どうしているか知らない。
でも、どんな環境でその後彼女が過ごそうと、気弱にはなってないような気がする。
まぁ、年頃になって、女らしくなることはあるかもしれないが、
何があっても、気弱にはなってないと思う(笑)
そして、そんなわけで、私は38年間生きてきたが、生れついたまま、怒りん坊で、頑固なのであった。
治す努力をしてないわけじゃないのよ。
そりゃそうよ。
でもねでもねっ。
生まれつきだから、しょうがないのよぉ~~おぉ。
・・・こんな反省のないことを言ってるかぎりは、絶対、怒りん坊は治らないと思う(笑)
-----
--------
TITLE: 悪い予言
BASENAME: 2622345
DATE: 09/28/2006 21:08:58
-----
BODY:
何度もなんども書いているけれど、私は心霊現象懐疑派だ。
だけど、心霊現象がないと思ってるわけじゃなく、どっちかというと、
「あるんじゃないかな~」
と思っている。
ただ、何度も言うけれど、
脅迫じみた霊視などをする「霊能者」が嫌いなだけ。
「霊能」を利用しようとする人々が苦手なだけ。
なんである。
だから、霊能者や占い師さんの存在を否定するつもりはまったくない。
反対に、存在した方が良いと思っている。
例えば、
「キツネに取り憑かれた」
と信じている女の子がいるとして、彼女の両親もそれを信じていたら、
医者が、
「そりゃ、ヒステリー症状です。治療しましょう」
というよりも、
霊能者が、
「キツネに憑かれてますが、大丈夫。祓えば治りますよ」
と言うほうが、同じ治療行為をしたとしても、治りは早いし、病人やそのご家族も納得すると思うのだ。
ただ、ここで、霊能者が、悪い暗示を与えないことは大事だと思う。
「でも、こういう霊は油断するとまたとり憑くんです」
なんてことを言おうもんなら、この患者さんは、す~ぐ再発しちゃうだろうと思う。
一般的に、「良い予言」よりも「悪い予言」の方がよく当ると言われる。
それは、多分、人は良い暗示よりも、悪い暗示に影響を受けやすいということだと思う。
んでもって、私は、占いというものをまるまる信じてはいないが、それはあると思っている。
例えば占星術。
私は結構好きだったりする。
かといって、「獅子座の性格はこう」なんてのを信じてるわけじゃないんだけど・・・。
なんて言うんだろうか・・・。
だって、星の移動が人の運命を支配するなんて、美しい~・・・と。
まぁ、それだけなんだけど。
私は、「占いというのは統計学だ」なんていう主張は胡散臭いと思っている。
それよりは、「占いは占いだ!」と言ってくれるほうが、なんぼか納得できる。
大体、統計学だなんていうけど、
「獅子座は誇り高く、王者の気質」
なんてのは、「獅子」のイメージそのものじゃん。
まず統計学ありきじゃなくて、まず星座のイメージありきだよね、と思う。
もし統計学ならば、乙女座は乱暴者で・・・なんてこともありえるはずだが、そうはならない。
星座のイメージ。
星座にまつわる神話のイメージに沿ったものになっている。
で、私は中学生の頃、ホロスコープを作ったりする程度に占いに凝っていた。
その程度の知識なんだが・・・。
占星術において、木星は「吉星」である。
「大吉星」である。
この星座は、12年が公転周期らしい。
12星座も12年で1周する。
ということは、一つの星座の方向に1年間留まるということになる・・・はずだ、確か。
で、ホロスコープというのは、自分の太陽星座から見て、1つ目の星座は自分自身を、二つ目の星座はお金のことを・・・という具合に決まっていて、生まれたとき、各々の星座の方向にどういう象意を持つ惑星が存在したか、で占うもの・・・だと思う、確か(笑)
最近はなんだか複雑になってるようだが、私が凝っていた時はそんな感じだった。
つまり、獅子座生まれの私にとって、乙女座にある水星が、私の金運を象徴するというわけ。
水星は、マーキュリー。
知識・弁舌の神だが、確か、泥棒の神様でもあったはず(^^ゞ
どんな金運なのか、ようわからん。
まぁ、そういうわけで、木星が移動するとき、星占いのコーナーの予言を見るとなかなかに面白い。
例えば、木星が乙女座に移動する時、獅子座の占いを見ると、「金運がアップします」なんて具合に書かれていることが多いわけ。
実家にいたころだから、もう10年以上前だけど、当時毎日新聞の「今日の占い」は当ると言われていた。
オカルト関係が大嫌いで、まったく信じていない母でさえ、
「あんまり見たくない」
と言っていた。
つまり、「悪い予言」に溢れていたのである。
何気なく自分の星座の予言を見たら、
「旅立ちは凶」
とあったその日、母は旅行の予定だった。
結果、天候が悪化、飛行機は飛ばなかった。
そんなこたぁ、その日の天気見りゃぁある程度わかるでしょうよ、台風来てたんだからさ・・・と思いつつも、悪い言葉なんてのは聞いて気分良いわけないんだから、見ないのが正解だと思う。
そんなこともあって、私はこの占いを絶対見なかったが、木星が移動する日、
「さすがにこの日ばかりは悪いことは書かないだろう」
と見てみたのである。
・・・・・正直、感心しました(笑)
詳細は覚えていないが、例えば、乙女座からてんびん座に木星が移動した場合。
獅子座の私にとって、てんびん座は3つ目の星座だから、友人などを意味することになる・・・はず(笑)
だから、一般的な占いのコーナーには、「友人運がアップします」てなことが書かれていたのだが・・・。
いや~、本当に、感心しました。
毎日新聞の占いでは、獅子座について、
「金運に注意しましょう」
とされていた。
他の星座も一緒。
「自分自身の行動が凶を招くかも」
「友人関係に注意」
などなど。
っかぁ~~~っ!
たまらんね。
久しぶりに実家に帰った時、毎日新聞の占いを見たら、担当者が変わっていてなんとなくホッとした。
と、今日、なんでこんな話しをしているかといいますと、久しぶりに阪急の方へ出かけてきたからだ。
その昔、20年くらい前、かっぱ横丁には占いのコーナーがあった・・・今もあるか知らないがその前を通ってないから未確認。
当時まだ学生だった私は、友人の付き添いで、このコーナーに入ったのである。
普通、占い師さんってのは、お金を出さない人の運勢などは見ないと思うが、ここの占い師のおばちゃんは違った。
私の顔を見ると、満面に笑みを浮かべて、
「あなた、良い結婚ができる顔してるわ~」
と言ったのだった。
友人の相談は、彼氏と別れるかどうかという内容だったが、その応対も占いというよりもカウンセリングに近く、親身な対応をされていた。
当時、私は友人が占い鑑定してもらうのに付き合うことがたびたびあったのだが、大体2つのことが共通していた。
1.誰にでもあてはまることを言う
2.そして、被占者がそれを肯定すると、「ほらね」という態度をとる
例えば、以前、テレビで見た「占い師」さんは、こういうことをやっていた。
(以下占い師=占 被占者(被害者?)=被)
占「あなた、今、大事に思ってることがあるでしょ?」
被「?」
占「わからない?」
被「あ!」
占「そう、それよ」
被「はい」
占「ね?」
あほらし~~~(笑)
本当に二人の話しがかみ合ってるのかさえわからん(笑)
他にもこんなのがあった。これは占い師さんじゃなくて、霊能者さんだったと思う。
霊「あなたの身近に海に深く関係する人がいますね」
被「あ!私の遠縁のおじが漁師をしていました」
霊「ね?」
ばっかじゃないの~~~??
私の身近にだって、ダイビングが好きな友人がいるし、
大体、身近ってどこまでよ?
・・・まぁ、こういうことをやるんである。
一番よく見聞きしたのは、
「あなた、人から誤解されやすい性格ね?」
っていうパターン。
よく・・・っていうか、ほとんどすべての占い師さんがこれを口にしたと思う。
自分が思ってる自分と、他人が思ってる自分に、差異があるのは当然なんだけどね~。
私だって、自分のことを我慢強い性格だと思ってた時期があったけど、他人から「短気だ」「短気」だ、といわれてやっと最近自覚したってことがあるくらいで・・・。
それ以外にもいっぱいあるに決まってる。
それを「他人に誤解されやすい」という風に認識しちゃうのは、若さゆえだとしてもね(笑)
でも、この時、友人が占ってもらった占い師さんは、そういうことは一切口にせず、ごく具体的な話しをされていたんで、これはよい意味で感心したのだった。
で、今、幸せであるところの私は、この占い師さんに、
「あたりましたよ~!良い結婚しました~」
と報告したいものだが、確かその占いコーナーは、曜日によって担当者が違ったし、そのおばちゃんの顔を覚えてないので・・・断念(笑)
こういう占い師さんばっかりだったらいいと思うんだ、私。
-----
--------
TITLE: 私はそれをケジメられない
BASENAME: 2622346
DATE: 09/29/2006 08:46:09
-----
BODY:
自分で言うのもなんだけど、私はどっちかというと、ケジメのある方だと思う。
「こう」と決めたら、誘惑には強い。
20年以上にわたる、学生生活・会社人生活の中で、寝坊して遅刻したことは一度もなかった。
約束の時間に遅れることは、何か事故があったとき以外はない。
どんな早朝でも、
「起きる」
と決めたら、体調が悪いんでないかぎり、起きる。
ダイエットにしても、48キロまで痩せると決めたら、目標になるまで、食餌制限は気にならない。
日数が決まっていれば、絶食も平気。
テレビでおいしそうな料理を紹介していても、お腹をぐ~ぐ~鳴らしながら、なんということもなくそれを眺めていることもできる。
横で辰巳拓郎(古いね、どうも(笑))が、
「おいしんぼう、万歳!」
と叫んでいても、まったく気にならない。
一度、「こうする」と決めたら、簡単に頭にスイッチを切り替えることが出来るんだと思う。
単純な脳みそでよかった(笑)
・・・ところが、である。
これだけは、どうしてもケジメられないものがあるのだ。
困った。
今日まで、私の生活はそのモノに向って集約されてきた。
それは・・・ピカチュウ。
昨日、ポケモンの新バージョンが発売されたのであ~~る!!
私は決してゲーマーじゃない。
というか、ゲームなんてのは、そこから得た知識が役に立つことがそれほどあるわけじゃない・・・世界が閉じられてる・・・と感じるので、どっちかというと、「時間の無駄」と考えてしまう。
でも、ポケモンだけは別なんである。
なんとなれば、ピカチュウが登場するからなのだ~~~!
ピカチュウを知らない人もいないことはないだろうから、説明すると、
でんきねずみポケモン。
黄色くて、賢くて、強くて、可愛くて、優しくて、勇気があって、智恵もあって、まっすぐで、正直で、天才的で、親切で、美しくて・・・とにかく、最高に可愛いポケモンなのである!!!!!
毎年ポケモン映画を一人で見に行く大人は、そうそういないと自負しているし、毎週木曜日に放映のテレビアニメだって、欠かさず見ている。
声援だって惜しまない。
「ピカチュウ危ない!」
「あ~~~、サトシのばかばか、それはロケット団だっつぅの。ピカチュウがさらわれたらどうすんの~~!?」
・・・いや、なんや言うても対象は小学生以下のお子様たち。
どんな危機があろうとも、最終的にはハッピーエンドだってわかってるんだけど、それでも毎回手に汗握ってしまう。
それが、私(笑)
そのピカチュウが、新しいグラフィックスで帰ってきたぁ!!
今日は、大阪にあるポケモンセンターに飛び込んだ・・・ら、長蛇の列だったんで、いそいできびすを返して、百貨店のおもちゃ売り場でソフト購入。
恥かしげもなく、電車の中では、うれしそうに、袋の中をチラチラ見たり、我慢できずにビニールの包装を破って中の説明書を読んでみたり。
駅から家まではダッシュ!!!!!
あとはピカチュウをゲットするだけさぁああああ!!
・・・で、結局、昨日中にはピカチュウゲットならず。
どこに生息してるのかはわかったんだけど、ゲーム進行上、どうしてもその場所には行けなかったのだ。
普段なら11時ごろにはおやすみするこの私が、夜中2時まで粘ったのになぁ(T_T)
そう。
ゲームを始めると、他のことが手につかなくなるのだ。
「掃除しなきゃ」
とか、
「ご飯の用意しなきゃ」
とか、
「あれやらなきゃ」
と分かっているのだが、
「このステージをクリアしてから」
となってしまう。
ずるずるずる・・・なのだ。
昨日だって、強烈な睡魔に襲われなかったら、きっと一睡もせず続けてただろう。
だいたい、今朝気付いたら、携帯には不在着信とメールが溜まっていた。
昨日に限って、お誘いメールを入れてくる友人が二人も・・・。
まったくもう、知ってるくせに!!!!!
・・・でも、ゲーム中、私はそれにまったく気付かなかった。
ケジメられないんである。
だから、一昨日までは、大変だった。
仕事を前倒しで終わらせたり、ゲームに夢中になっているに違いない3日分の食事について計画をたて、下準備(作っておいて冷凍する・・・とか・・・不良主婦だけど)をしたり、不測の事態に対応できるように、危機管理をしてみたり。
今日だって、やるべきことは、全部先に済ませてしまおうとしているんである。
体操・掃除・洗濯・買い物&ウォーキング・食事の仕度。
そして、このブログ。
今日に限って、朝からブログをあげるのは、そういうわけなのです。
この歳になって、ここまで熱中するものがあるってのは・・・ガキっぽいでしょうか(笑)
さ、掃除にかかるか!!
こんな内容でも
-----
--------
TITLE: 生まれ出ずる悩み
BASENAME: 2622347
DATE: 09/30/2006 11:31:41
-----
BODY:
私は生まれてこの方、悩んだ記憶がない。
まぁ、いやなことはすぐ忘れてしまうから、忘れただけかもしれないが、
大体、即断即決だ。
脊髄反射で生きていると言っても過言ではない・・・かも(^^ゞ
当然、失敗も多い・・と思うけど、自覚なし(笑)
あぁだこうだと悩んで決めて、後で後悔するよりも、
その場の瞬間的な判断で決めて、それに努力する方が、私には向いている。
せっかちなのだ。なんにしても。
仕事の上ではこれは困ったことなんだが、私の仕事は今までも今現在も、事務的要素が強いので、「反復」が多い。
つまり、「慣れる」仕事なんである。
だから、ある程度場数を踏めば、瞬間的判断や勘は、「勘」であって、「勘」ではなくなる。
「瞬間的」であって、「瞬間的」ではない。
その瞬間に、過去のそれなりの経験が詰め込まれているからだ。
企画や開発の仕事をしていたら、この性格は、むちゃくちゃマイナス要素だっただろうから、仕事探しの時に、
「事務職」
を脊髄反射で選んだのは、間違ってなかった。
私、エライッ!!!
・・・こんな風なので、この性格で損をしたと実感したことはまだない(笑)
でも、多分、他人さんから見たら、いろいろと取り損なってるんだろうな・・・。
ただ・・・これは、むちゃくちゃ偏見なんだけど、世の多くの「悩み」は、人がそれを「悩む」ことによって生まれ出てきているように見えるんだ。
どんな単純なことでも、人がそれを悩めば、それは立派な悩みになる。
それを、悩まずに「判断」すれば、それは悩みにはならない。
そういうことも多いんじゃないかなぁ。
絡み合った糸を解きほぐしてみれば、案外単純なことであることは、とても多いのではないかと思う。
もちろん、「多くのことは」であって、そうでないことも、多数あるというだろうことは想像がつく。
そういう方々にとっては、私のこの能天気さは、許せないほどのことだろうとも思う。
「単にあんたが経験不足なだけじゃ!」
「あんたが恵まれてるだけだ!」
「世の中にはいろいろな事例があることを知っておけ!」
と罵倒されちゃうかもしれない。
すいません。
あるんだろうなぁとは想像しているんです。
ただ、それが実感としては湧かない。
そして、私は自分の実感でしかものごとを判断できない、考えられない、浅い人間なので・・・。
今は、私の「浅い経験」から知っている「悩み」をベースに話しを進めてます。
すいません。
・・・と反省はしているんだが、それでもなお、「無駄な悩み」が多いなぁ・・・などと思うのである。
いや、単に、私が相談を受ける悩みに「どうでもいい悩み」が多いだけ、というこれまた単純なことかもしれないけどれど(笑)
「『悩』まずに、『考』えたら?」
とアドバイス・・・のつもりなんだけど・・・するようにしてるんだが、そうすると、大概、怒られちゃうんだな。
真剣に相談に乗ってないというように思われちゃうらしいです。
・・・多分、日頃の行いが悪いんでしょう。ふふ。
でも、最近ちょっと思う。
「悩む」ということに、一種のマゾッホ的快感があるんではないか、と。
私は、今まで、この快感を感じ損ねてきたんではないか、と!!!
・・・と、なんでこんなことを書いているかというと。
今、超~、悩んでいるからである。
私、ゲームの中では、結構悩むんです。
いや、パートナーにするポケモンを選ぶんですけどね。
ピカチュウはいいんですよ、ピカチュウは。
これは絶対だから。
しかし、それ以外が・・・。
ピカチュウは、いつも、「ももちゃん」と名付けてました。
一番最初に飼ったハムスターの名前です。
で、ねずみっぽい可愛いのをあと2体、雌雄で選びます。
これが、「ちびちゃん」と「ちびおくん」です。
ええ、ももちゃんの子供ですわ。
で、犬っぽいポケモンの中で一番賢そうなのを、「びーこ」ちゃん。
はい。うちのわんこですね。
で、プリチーな鳥ポケモンを「チュッチュ」タン。
うちの文鳥です。
主力のポケモンの名前は、「てつお」。
旦那ですね。
力強い味方ですが、可愛くはありません。
ムキムキのゴッツいキャラです。
ま、主力なんでしょうがないけど。
可愛くないので、「てつお」だけは、呼び捨てです。
一番過酷な戦闘に出してやります。わっはっは。
さて、今回のポケモン。
全体的に可愛めのグラフィックなんで、悩むんですね。
どのポケモンをチュッチュにするか、びーこにするか、と。
あ、ちなみに、今回、どうしても女の子のピカチュウをゲットできなかったので、雄のピカチュウをグループに加え、「ちびお」と名付けました。
あとは、ちびとももちゃんとびーことチュッチュを決めなきゃ・・・。
あぁ、悩む、くぅ、悩むなぁ。
でへへへへ。
今日のこの内容。
世の中の真剣に悩んでおられる方々には、すごく不快かも。
申しわけありません
-----
--------
TITLE: 悲しみよこんにちは
BASENAME: 2622348
DATE: 10/01/2006 09:23:45
-----
BODY:
社会人になりたての頃だったか。
マルキ・ド・サドの「美徳の不幸」を皮切りに、マゾッホの「毛皮を着たビーナス」、ポリーヌ・レアージュ「O嬢の物語」、バタイユ「マドモワゼル・エドワルダ」、ナボコフ「ロリータ」、ヘンリ・ミラー「北回帰線」・・・日本人では、団鬼六「花と蛇」、沼正三「家畜人ヤプー」・・・などという、
「あんた、何を勉強しようとしてるねん」
な系統の本ばかりを立て続けに読んだ時があった。
別に何がしたかったわけじゃないのだが、私は当時、会社帰りにある本屋さんの、本棚の左端から、目についた本を片っ端から購入して読んでいたので、「そういうコーナー」にある本の、有名な作品ばかりを手にとっていたらそうなったというだけのこと。
「アウトロー」のコーナーとかそんなんじゃなかっただろうか。
あと、その中には「チャタレイ夫人」なんかもあって、この本を「アウトロー」に分類する書店の店員さんとは気が合わないな、なんて思ったことも覚えてる(笑)
一時期、私にとって、この本の男主人公であるメラーズは、理想の男だったからだ(笑)
大体、「森の番人」という設定が、そもそも、超かっこいいと思いません?
いや~・・・大時代チックだ(どこがじゃ(笑))
私が読んだ「チャタレイ夫人」は、問題部分がカットされたものだったので、全文を読んだらまた違う感想を持つかもしれないし、結婚してしまった今では、当時とまったく違う感想を持つとは思う。
しかし、細くて筋肉質という外見と、無口で自分の仕事に忠実という人物像は、今でもかっこいいと思う。
ストーリーは別として。
まぁ、とりあえず、「性的に倒錯している(稚拙な表現ですんません)」とされる小説ばかりを読んでいた時期があったわけだ。
そして、その後、「少年少女が読んでもいい本(笑)」に戻ったわけだが、その一冊目が、サガンの「悲しみよこんにちは」だった。
そして、感じたのは、
「この主人公(多分作者も)、怖ぇ・・・・」
だった。
いわゆるサディズム文学とされる作品。
上記の中ならば、サド・バタイユ(?)・団鬼六となるだろうか。
サディズムもマゾヒズムも紙一重だと思うんで、このあたりの区別は「能動」と「受動」くらいでしか分類できないんだけども・・・。
には、大いなるサービスを感じる。
自身の感受性と文学性に加えて、読者にどれだけ楽しんでもらえるかというサービスとアピールを過剰なほどに感じた。
マゾヒズム文学は、この中ならば、マゾッホ・レアージュ・沼正三・・・としていいだろうか。
彼等の作品にもサービスと、そして無私がある。
無私と端的に言ってしまえば、誤解を受けそうだけれど、「他人から見た自分」というものをギリギリまで強く感じている気配がある。
ナボコフやミラー。
二人とも、作品が母国で発禁処分を食らったという共通点があるが、彼等の作品には強引なほどの押しと同時に、他人の表情を伺う気弱さがある。
これらの作品に共通するのは、「迷い」だ、と私は思う。
そんな作品を読んできたあと、サガンを読むと、そこにあるのが、
「迷いのない『私』」
であることに、軽い衝撃を感じてしまったのだ。
確か、この作品は、サガン自身が少女の時代に書かれたものじゃなかったろうか。
美少女独特の自信と、客観性の欠落。
そして、何よりも、
「この世の中に生きていく上で『正解』がある」
と信じている人間の「ブレ」のなさがあると感じた。
それが、
「怖ぇ」
と感じさせたのだと思う。
戸惑い、迷い、遠慮ゆえの気遣いを持つ作品を読み続けた後に、この作品は、かなりの衝撃だった。
前者はおずおずと言う。
「世の中は多面体だ。正解などはありえないのではないでしょうか」
後者はきっぱりと言う。
「正しいものは正しいんです。間違ってるものは間違ってます」
ま、そういう風に感じたんだと思う。
さて。
私は、今、ロールプレイングゲームにはまっている。
任天堂の「ポケモン」だ。
強いピカチュウを捕まえ、「でんきだま」を持ったピカチュウを捕まえて、体力増強の薬を最大限に与え、手塩にかけて育てた私だ。
・・・が。
RPGってのはね。
ストーリー通りにしか進まないのよ。
私みたいに、
「ストーリー進行はこうだけど、ちょっと違うことやってみたらどうなるんだろ?」
なんて、妙な好奇心を持ってしまうと・・・・。
ストーリーがクラインの壺(T_T)
どこにも進めなくなってしまいました~~~~~~~(>_<)
こうなると、一からやり直さねばなりません。
それ以外、方法はないわけでございます。
だって、進まないんだもの。
クリアできないもの・・・(T_T)
くすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすん。
ゲームは高らかに言う。
「正解はあるのです。というより、正解のルート以外は『ナシ』なのです」
でもね、実際の人生に正解はないし、何度もやり直しが効くもんなのよっ!!
私はリアルに生きたいわっ!!!!!!
・・・・・とさんざグチった後、イチからプレイしなおします(T_T)
ピカチュウ探し、がんばろっと・・・。
しくしくしくしくしくしくしくしくしくしく・・・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 10/02/2006 00:26:56
ポケモンがRPGとは知りませんでした。なぜかタマゴッチといっしょになっておりました。
しかし、ありゃまー。ストーリー進行に逆らうとそんなことになるんですかー!それはプログラム的にはバグってものですよね。ゆるせません!
お話し変わってサドは「悪徳の栄え」を読んだことがあります。こちらもゆるしてくれないのよね(笑)。
-----
COMMENT:
DATE: 10/02/2006 13:37:34
多分、バグじゃないと思うです(^^ゞ
ゲーム中、博士から「リッシ湖へ行ってくれ」と頼まれたんだけど、それを無視して次の町へ行ったんですよねσ(^^)
で、帰ってきてもう一度博士に会ったら、「なにもないよ~平和だよ~」と(笑)
で、どこにもいけなくなっていた、と。
頼まれごとはさっさとすませようってことでしょうか(~_~)
で、「悪徳」も読んだんですが、記憶に残ってないんですよね。
サディズムにしても、マゾヒズムにしても、「美の世界を実現する」という「目的」は一緒だと思うんですよね。
それぞれの立場が違うだけで。
サド侯爵は、サディズム側からの視点でありながら、受身の女性を主人公するところがすごいかな、と(笑)
-----
--------
TITLE: 秋の蝶
BASENAME: 2622349
DATE: 10/02/2006 12:22:07
-----
BODY:
昨日からの雨で、ぐっと秋らしさが増した。
今日も、なるべく早くゲームにとりかかろうと、朝からバタバタと家事をこなし、わんこの散歩に出たのは、11時ごろ。
玄関のドアをあけると、季節はずれのモンキチョウがフワフワと飛んでいた。
畑の多い田舎だから、モンシロチョウはまったく珍しくないんだが、モンキチョウはあまり見かけない。
秋の細い雨でも、こんな小さな蝶にとっては、大きな雨粒に感じるだろうに。
雨宿りもせず、ふわりふわりと旋回を繰り返している。
私とわんこが横を通っても驚きもせず、自分の踊りに没頭しているかのようだ。
この時期、蝶にとってはもう最後の季節だろう。
産卵場所を探しているのだろうか?
それとも、お嫁さんを探しているのだろうか?
いや、そうではなく、単にご飯を探しているだけ?
私のベランダには、今、野菜類はないが、少しはずれれば畑もある、同じブロック内に花の咲く庭もある。
か弱い羽根でも十分移動っできる距離だ。
ほんの少し気にはなったが、蝶の気が向けば、その方向へ飛んでいくだろうと決めて、散歩に出た。
うちのびーこは、去年の冬、病気をした。
心臓があまり強くないということで、あまり長時間の散歩は禁じられている。
とは言っても、家の中ばかりですごすには若い犬だ。
だから、毎日の散歩は朝晩15分くらいずつ。
15分の散歩を終えて帰ってきても、家の前では、まだ黄色い羽根がひらりひらりと漂っていたのだ。
「保護して河原にでも連れていったほうがいいのかな?」
と思ったが(蝶が畑を荒らす害虫でもあるということは知っているけれど)、捕まえようとしたら捕まらない。
でも、私が手を伸ばせば届く距離で、彼はふわふわとさまよっている。
気になってしまうので、追いやるようにして、斜め向かいの庭の、木の下に連れていくと、やっと幹に落ち着いた。
さて、天気予報では、昼から雨はあがるらしい。
普段の私ならば、先に昼ごはんを済ませて、雨がやんでから買い物と散歩に出ようとするところだが、今日は事情が違う。
少しでも早くゲームにかかりたいので、雨の中、傘をもって家を出る。
くだんの蝶は、まだ同じ幹でじっとしている。
濡れた羽根を乾かそうとしているのだろう。
私の買い物は、ウォーキングを兼ねているので、40分くらい歩く。
早足で歩いて40分だから、一周4キロ程度だと思う。
買い物を済ませて帰る途中・・・家から1キロほどの場所で、雨に打たれた小さな黄色いものが目に入った。
それは、ひと夏の命をまっとうした、モンキチョウだった。
道路の真中にあると自転車にひかれてしまいそうなので、指でつまんで、草むらに置く。
・・・道路の真中で自転車に踏み潰されて雨に流されようと、草むらに置かれようと、バクテリアに分解されるのは同じこと。
蟻に運ばれるかもしれないが、それにしても結局は同じことだ。
食物連鎖の一端を担うことに変わりはない。
いやもしかしたら、自転車の車輪にその細胞の一部がくっついて、遠くに運ばれるほうが、何か良いことがある、という理屈もあるのかもしれない。
理性ではそう思う。
が、感覚的に、
「自転車に踏まれるのは痛ましい」
という思いを持つのも、人間というものだろうと思う。
ただでさえ感性が枯渇気味の私は、蝶にとっては余計なお世話だとしても、とりあえず、道の横の草むらに移動させることにしている。
ここで感情を無視してしまったら、もっと感性が左よりになってしまいそうだから。
それでも、死にかけの、まだ命の残った個体であれば、最後を心地よい空間で過ごせることに喜びはあるかもしれない。
でも、そのモンキチョウは、完全に魂を失っていた。
無駄なことだとは思う。
しかし、家に着くと、さきほどのモンキチョウは、また私の家の前に戻ってきていた。
何があるわけでもないのに。
待っているかのように、ふわふわと飛んでいた。
ほわりほわりと私の周りを3周ほどしたろうか。
そして、また斜め向かいの庭木の幹に戻り、羽根を休めた。
あまりにも、不思議な符合ではなかろうか。
家の前でモンキチョウが私を待っていたことと、このモンキチョウの亡骸が。
何か意味があるのではないだろうか。
玄関のモンキチョウは、仲間の埋葬を訴えていたのではないのか?などと。
それとももしかしたら・・・。
しばらく会っていない友の「思い」が、蝶の姿をして現れたのかも・・・と。
懐かしい友の顔をいくつか頭に浮かべてみる。
まったくピンとは来ないのだが、この小さく可愛らしい虫が、友の魂だと考えることは、少しだけ楽しい。
小川未明の童話に、
「胡蝶の夢」
と題されたものがある。
月夜の夜、綺麗な少女が老夫婦を訪ねる。
手を怪我したと泣いているので、包帯を巻いてやるのだが・・・。
次の日、包帯を巻いた胡蝶が夫婦の庭で遊んでいたという話しだ。
子供の頃にこの物語を読んだ時、
「つまり少女は胡蝶の精だったのだな」
と納得したのだが、今はそれを疑問に思っている。
「胡蝶が少女になったのではなく、少女の魂が胡蝶になったのではないのか」
と。
耳袋だったろうか。
今昔だったかもしれない。
ある男が、寝ている男を何気なしに見つめていると、口から蝶ちょが飛び出していく。
しばらくすると蝶ちょは戻ってきてまた口の中に戻っていき、男は目を覚ます。
男は夢を見ていたらしいのだが、それは、蝶が見た景色であった。
という話しがある。
夢の中では立派な欄干と見えたものが、穂で出来たものである、とかそういうスケールダウンはあるが、状況はまったく同じだった、と。
蝶が人の魂の化身ではないかという考えは、私独特のものではなかろう。
単なる偶然だ。
本当は単なる偶然なのだけれど・・・。
秋の雨は、私を夢想的にさせて仕方がないのだ。
-----
--------
TITLE: 泣いた赤鬼
BASENAME: 2622350
DATE: 10/03/2006 08:06:13
-----
BODY:
この童話が大っ嫌いだった。
まず、鬼が人間と仲良くしたいと思う気持ちがわからない。
鬼・・・民俗学的な鬼ではなく、童話的鬼は、人間とはまったく別の生き物だ。
民話・童話の中で、鬼とは人を喰らう凶暴な生き物とされているが、この鬼は違った。
つまり、鬼の世界では「型破り」だったということだろう。
人間にあてはめてみると、「人間社会」に違和感を感じている人ということになるだろうか。
違和感を感じるなら、その違和感を口にすればいいのに。
自分の属する社会から逃げ出して、自分より弱い種族の仲間に入ろうというのがよくわからなかった。
なかなか友達を作れない人が、「理解者」としてのペットを飼うというのは、わかるようにも思うけれど、やはり、なんだか「違う」というような気がしてしまう。
動物の思考は、人間とは違うだろう。
いくら人間社会に適応できないといったって、その人の思考は他の動物よりは、まだしも人間と似ていると思う。
もし、そのペットが話すことができたら、彼はペットを「理解者」とは呼ばないんじゃないかと思うんだけど。
動物を擬人化することは、動物を愛することとは違うと思う。
・・・いや、たまにやってますけどね、σ(^^)も(笑)
しかもその上、この赤鬼は孤独ではなかった。
青鬼というよき友がいたのである。
つまり、この赤鬼の場合、
たとえば、公園に集まる雀の群れに、
「こっちにおいで!」
と呼びかけて、雀が寄ってこないことを悲しんでいるようなものなんじゃないか。
そんなの当然だ!!!
次に、大した努力もしてないくせに、その成果があがらないからといって嘆く赤鬼がいやだった。
そりゃ雀だって飼えば慣れる(でも野鳥を飼うことは禁止されてます)。
毎日ご飯をくれる人には慣れるけれど、そうなるまでにはそれなりの工夫やら、苦労やらがあるはずだ。
なのに、この赤鬼は、
「お菓子あります」
なんていう貼り紙一つしただけ。
もっと他にアピール方法があるんじゃないだろうか。
病気をしている人のところに、「鬼にしか作れない薬」をあげるとか。
もっと積極的な方法があったはずじゃなかろうか。
そういう工夫をせずに、嘆く赤鬼の甘さが嫌いだった。
一番いやだったのは、青鬼の提案に、結果を考えずにヤスヤスと乗ってしまう、考えの足らなさ加減が、どうしても許せなかった。
青鬼を悪者に仕立てた場合、赤鬼は人間に溶け込めても、青鬼は・・・最良でもずっとつまはじきにされるのがオチだということくらい、少し・・・いや、ほ~~~んのちょっぴりっ!!考えたらわかること。
そういう、「他人(鬼)への配慮のなさ」が、我慢できないほどいやだった。
そして、青鬼が去っていった後、泣いただけで探しもしない、このふぬけぶりは、もう、辟易という感じがした。
ファーストインプレッションが、「赤鬼最悪!」だったので、その後、
「ひろすけ童話」
という言葉を聞いただけで、拒否反応を示すようになってしまった。
それが変わったのは、ここ3年ほどのことだ。
文鳥を飼い始めた直後、本屋へ行ったら、「いもとようこ特集」をやっていた。
いもとようこさんは、貼り絵の手法(?)で、可愛らしい挿絵を描かれる方だ。
「きゅるん」と可愛い絵が苦手な私だが、一冊の絵本だけは、
「うぉお、かわえ~~」
と思った。
もっと正確にいうと、
「うちのチュッチュに似てる~♪」(←どうしょうもないほどの飼い主ばか)
と思ったわけだ。
それが、「むくどりの夢」である。
これも、「ひろすけ童話」。
母を亡くした子むくどりと父むくどりの、何気ないエピソードがそのすべてだ。
子むくどりは母が死んだことを知らない。
ある日、母が迎えにきた夢を見て目が覚めると、夢の中で母に見えたものは枯葉だったのだ。
子むくどりは、一生懸命の努力をし、その枯葉が落ちてしまわないように、木の枝に繋ぎとめる。
そして、それを父に話すと、父は黙って、「まじまじと」、子の顔を見つめるのだ。
私はこのくだりが好きだ。
母のおもかげを、なんでもない枯葉に見つけ、それを一生懸命大事にする幼い鳥と、そんな我が子を、「まじまじと」見つめる父親。
子のいじらしさと、親の万感の思いが、このシーンに凝縮されているように思えてならない。
この絵本を読んでから、もう一度、「泣いた赤鬼」を思い返してみた。
赤鬼と子むくどりを重ね合わせてみる。
・・・そうか。
赤鬼は、子供だったんだな。
そう思うと、反対に、青鬼のとった行動の方がひどく思えてくるから不思議だ。
赤鬼に、もっと実際的な方法を教えて、二人仲良く、そして人間とも仲良くやっていく方法を二人で考えれば良かったのに。
でも、多分、青鬼も子供だったんだ。
「まじまじと顔を見つめる」大人がいなかったんだ、きっと。
この物語は、赤鬼が泣いて終っているが、この後、きっと赤鬼は青鬼を探しに行くだろう。
青鬼もきっと赤鬼のところにこっそり戻ってくるだろう。
・・・な~んて思ってたら、既に、その辺を、一條裕子さんが漫画にしてはったんですけどね・・・。
さて。
「あれ?もうポケモンは終わったの?ゲームの話題じゃないんだ?」
と思ってくださった方、すいません
いえ、これ、ゲームからの発想なんです。
ポケモンというゲームは、6匹のポケモンと一緒に、野生のポケモンや、敵やライバルなどと戦って、最終的にポケモンチャンピオンに勝利して、ポケモンマスターになればクリアなんですけどね。
私は、その6匹のポケモンを、自分の身の周りの動物や人間で固めて、チャンピオンに挑みたいんですよ。どしてもっ!!!
ということで、一度やり直したことにより、
今のところ、
ゴウカザル・・・てつお(旦那)
ピカチュウ・・・ももちゃん(初代ハムスター)
ヌオー・・・ちびお(ももちゃんの子供)
ルカリオ・・・びーこ(わんこ)
まで決まってるんですけど・・・これから先が決まらない。
ちびは、本当に4頭身のすらりとした美形ハムだったので、とにかく綺麗で可愛いポケモンにしたいんですが・・・今回のポケモンの中におらんのですわ。
ニューラがそれに近いんだけど、ニューラって、どう見ても猫だしなぁ。
泣き声が、「にゃ~~~ん」だし(笑)
猫ポケモンにハムスターの名前付けるのは・・・まぁ
「これはハムスターだ、ハムスターなんだ!!」
と自分を洗脳すれば良いことなんだけど・・・もう少し考えます。
で、一番の問題は、チュッチュだ。
鳥ポケモンは、何種類かいるが、
ふくろう・かもめ・むくどり・オウムをそれぞれモデルにしているらしい。
強いのは、ふくろうとかもめあたりだが、かわいくな~い!!!
で、むくどりポケモンと、オウムポケモンを見比べてみると、むくどりポケモンの方がチュッチュに似てるんですね。これが。
でも、イマイチ強くないっていうか、こう、「華」がない。
どこにもいるポケモンなんで・・・。
いや、文鳥だって珍しくないけど、チュッチュは珍しいんです!
絶対!!!
びーこの名をつけた、「ルカリオ」ってのは、伝説のポケモンで、ゲーム中一体しか手に入らないものだから、これは満足してるんだけど・・・。
チュッチュが・・・ねぇ。
どうしたらいいんだぁああああああ!!!!!!!
・・てなことで、昨日の晩、1時間ほど眠れなかった私でありました。
あぁ、眠た(笑)
今日には決定くださなきゃなぁ。
さ、家事すませてポケモンしよっと!
-----
--------
TITLE: ススキ
BASENAME: 2622351
DATE: 10/04/2006 13:19:21
-----
BODY:
もうすぐ中秋の名月。
いつも通る商店街には、「月見団子」のポスターがでかでかと貼られている。
月見団子って、楕円形の団子に、線状にしたこしあんをくるりと巻いただけの、素人でも簡単に作れそうなシロモノなのに、結構いい値がする。
季節モノだから仕方ない・・・といわれそうだが、正直、買う気はしないなぁ。
ほしけりゃ自分で作るし。
それに、三方の上にピラミッド型につまれた丸い団子の方が、ずっと「月見団子」という感じがする。
っていうか、子供の頃は、あれこそが「月見団子」だと思っていた。
ちなみに、あの団子、13個積むのが正式なんだそうだ。
近所の奥さんの説明では、
「一年は12ヶ月でしょ?だから12個と、もう1個はお月様の分」
らしい。
団子1つずつが暦の月それぞれの持分というのは分かりづらいが、月は1ヶ月で一度満ち欠けするから、
結局は、一年のうちに表れる「満月」の数に、今現在見えている満月にもう1個プラスして御供えするということじゃないだろうか。
・・・と、またまた話しがそれてしまった。
そんなわけで、もうすぐ中秋の名月だ。
甘いものが苦手な私としては、団子はどうでもいいのだが、ススキを飾りたいと思い、近所でススキの生えている場所がないかと探してみた。
ススキといえば、河原に生えているイメージがあるんだが、近所の河原は、いやがらせのように葦ばっかり生やしている。
葦もススキもあんまり変わりはないと思うけれど、葦の穂はゴツゴツとしていて無骨だし、茎だってぶっとい。
おつき様としても、すらりとしたススキの姿を見るのと、ぶりぶり左右に穂を広がり散らかした葦の姿を見るのとでは、気分が違うだろう。
結構探し回ったんだが、どうにもこうにも、見つからないのだ。
線路をまたぐ跨線橋の脚から生えているススキを発見。
・・・が、それをとろうとしたら、線路を越えなければいけない。
跨線橋があるくらいだから当然踏み切りはなく、線路に立ち入ったら電車とめちゃうかもしれないので、断念。
田圃の縁に生えるススキ発見。
・・・でも、生えているのか、育てているのかがわからない。
田圃に人がおられたら聞くところだが、生憎人影なし。
その後ぐるりぐるりと河原を含めて周ってみたが、ほんに見つからない。
今年の中秋の名月は土曜日なので、旦那に山へでも連れていってもらうかなぁ。
ところで、ススキは漢字にすると「薄」だ。
すらりとした姿が、何か薄幸なムードを醸しだしているので、「薄」なのだと思っていた。
が、きちんと確認してみたら、これが大ハズレ。
「薄」とう文字には、「叢生する植物」という意味があったのだ。
そして、日本において、「叢生する植物」の代表が、「ススキ」だったというわけ。
叢生してるというわりには、うちの近所ではまったく見つからへんぞ~~~(T_T)!!!!
うそつきっ!!!
・・・乱獲されちゃったのかなぁ。
かやぶき屋根を葺き替えるようとしても、材料を調達するだけで大変なのだと聞いたことがある。
あまり知られていないが、かやとはススキなど、背の高い草の総称である。
かやという植物があるわけじゃない。
そう考えると、河原でぼよんぼよんと元気一杯にさざめている葦も大切にしないといけないのかもしれない。
「こんな草いらんっ!!」
なんて言ったらあかんのだろうなぁ。
でも、そうは言っても、秋にはススキだよね。
ススキや~~い。
-----
--------
TITLE: 危険な兆候
BASENAME: 2622352
DATE: 10/05/2006 12:43:57
-----
BODY:
ポケモンゲームにかまけて、買い物ウォーキング以外は家に籠もっているのがいけないのだろうか。
どうも、思考回路がぶっとんできているような気がする。
凶暴になるというわけじゃないので、それほどの害はないとは思うが・・・。
歩きながらニマニマしてみたり、いきなり意味のわからないリアクションをとってしまったりするので、
道ですれ違う人に精神的危害を加えてしまうかもしれない。
私の場合、その兆候はひとり言に表れる。
「ひとり言くらい誰でも言うって。そんなに心配しなさんな」
と慰めてくださろうとしたあなた!
・・・ありがとうございます
でも、私のひとり言は、なかなかに手ご込んでいるのでございます。
たとえば。
「チュッチュたん(文鳥の名前)かわい~ね~~~~。可愛すぎて、きゅい~んでちゅよ~~~」
「え?
『美しさはちゅみ(罪)ってやつかぁ?』
って?」
「えええ?
『微笑みさえちゅみか?』
って??」
「えええええええ?
『黒いバラの花トゲがあるように私を包み込んでいくんかぁ?意味わからんわぁあああああ!!!』
ですってぇええええ?
いや~~ん、チュッチュたん、ツッコミ手キビシーーーーーッ!!!」
(アニメ『パタリロ』のエンディングテーマを知らない人には、まったくもって意味不明であろうことをお詫びします)
・・・とまぁ、こういう、長いながい繰言を一人ぼっちの部屋で文鳥相手に、のたうちまわりながらやっているおばちゃんを想像してください。
・・・ね?
危ないでしょう??
今朝、掃除途中のひとり言。
「びーこ(わんこの名前)びーこ、びーこは落ち着きがないねぇ。」
「『お~ちつき忘れた あほ犬は~ 裏のお山に捨てましょうか♪(←歌を忘れたカナリアはのメロディーで)』
・・・・・・・って言われてるで?!」
「どうするどうする?どうする?びーこっ!!!!」
「ん?
『どないもこないも、ママ(私のこと)が言うてること理解できるんならアホ犬違いますがな』
って言うた?ん~、そのと~~~りっ!!」
「びーこ、なかなかうまいカエシするやん。ん~、アホ犬じゃなかったね~、びーこたん」
・・・朝日の中、玄関先で一人、犬を相手に小粋なステップを踏みながら歌を歌い、ひとり言するおばちゃんの姿を想像してみてください。
・・・ね?
なんか、怖いでしょう?
そう。
自分でも、ちょっと怖い。
これはいかんとしみじみ思う。
そんなわけで、ゲーム中心の生活から、脱出するべく、本日、これから、鍛えに鍛えた、華麗なるメンバーで、ラスボス・・・じゃなかった、ラストの対戦相手、ポケモンチャンピオンに戦いを挑んでまいります!!
いくよっ!てつお、ももちゃん、びーこ、ちびお、ちび、チュッチュ!!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 桃紫ねむり
DATE: 10/05/2006 13:22:38
ちゃんと話す相手がいるのですから、ひとりごとではないと思いますよ(笑)。
子供だった僕はパタリロ本人のどこが美しいのか理解できませんでした。
・・・違うって。
-----
COMMENT:
DATE: 10/05/2006 22:33:46
慰め、ありがとうございます(笑)
パタちゃんは、平安時代に行けば、結構な美形かと思うのですがね(~_~)
ハムスターを飼っておられるんですね。
実は、うちら夫婦は、ジャンガリアンがご縁で知り合ったんですよ。
ねむりさんちのジャンも、幸福を運ぶハムスターでありますように。
そして、これが一番大事なことですが・・・。
元気で長生きしますように(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 散歩中の拾いモノ
BASENAME: 2622353
DATE: 10/06/2006 17:10:06
-----
BODY:
40分の散歩の間に、
な~んも発見のない日もあれば、
「お、こりゃ発見やん」
「おおお、これはオモイロイで」
という日もあるわけで。
今日は後者のようでござるんです。
自動販売機の中味の入れ替え場面に遭遇することは、そんなに珍しいもんじゃない。
機械の扉を開けて、各ラックの上から、ガチャコンガチャコンと商品を投入しているのは、大体若いお兄ちゃんだ。
メーカーによって、その兄ちゃんのタイプが、ある程度分類できるのは面白い。
なぜだかわからないが、コカコーラの兄ちゃんは、細身の人が多い。
んで、「スカッと爽やか」に相応しく、アッサリスッキリした醤油顔(古いなぁ)の男前が多いと思う。
サントリーはおっちゃんが多い。
「おっちゃ~ん」
と気軽に声をかけたくなるような雰囲気のおっちゃんだ。
んで、なんでかしらんが、ダイドーは機敏そうで小柄な兄ちゃんが多い。
これが、単なる偶然か、私の勘違いか、それとも社風なのかは知らないが、とりあえず、自動販売機の前で、そのメーカーのロゴが入った車が止まったら、
「長身ハンサム爽やか風!」
とか、
「おっちゃん土手鍋風!」
とか、
「こじんまりしたキビキビ兄ちゃん!」
などとアテモノをするのが習慣になってしまった。
そして、大体当るんですよ、うふっ!
・・・で、今日は、偶然にも、散歩途中にあるダイドーの自動販売機すべてにおいて、商品入れ替え作業中にぶち当たってしまった。
どうやら、「冷た~い」から、「暖か~い」に入れ替える作業中のようで、いつもよりいろいろなところを操作しておられる。
そして、ふふふふふ。
やはり、どの兄ちゃんも、マイクロハンサムだったのでございます。
これも私の偏見なんだけど、小柄な兄ちゃんには整った顔が多くありません?
長身の兄ちゃんって、どうも大味な顔の人が多いような気がする。
トムクルーズとか、ジャニーズの面々とか。
綺麗に整った顔の人は、170センチあるかないかの人が多いような。
・・・私は、身長フェチなんで、顔よりも身長なんですけどね。
さて、アテモノがあたったことに満足して歩いていると、今度は、ジーンズがむちゃくちゃ似合うスッキリした後姿の兄ちゃんを発見。
リュックを背負ってそこにビニール傘を差している。
ここまでは良い。
・・・しかし、挙動不審である。
キョロキョロ周りを見回しながら、手にした紙になにやら書き込んでいる。
下田さんちの庭を覗き込んで、またメモしている。
う~ん。怪しい。
怪しい男性に近寄るのは危険な場合も多いが、なにしろごく近所のことだし、うちの町内は、大声出して誰も助けに出てこないってことはないだろう・・・ってことで、様子を見ることにした。
場合によっては大声出して脅かしてやろうと、そっと近づく。
手に持っている紙はどうやら地図らしい。
真剣な横顔は悪い人物でなさそうに見える。
周囲を見渡してはまた何かメモしている。
・・・と、胸になにやらロゴらしきものがあるのに気付いた。
「ゼンリン」
な~んだ、地図の会社じゃん!
・・・・・ここで、
「な~んだ、ヤレヤレ」
とそこから立ち去るのが普通なんだろうが、わたしゃおばちゃんなのであった。
「地図の調査ですか?」
兄ちゃんの仕事の邪魔をしてしまうのである。
めんどくさそうな表情もせず、教えてもらった話しによると、ゼンリンさんでは、こうやって調査員が自分の目と脚で確認しておられるんだそうだ。
いや、調査員が目でチェックしているだろうとは思っていたが、車を使うと思ってた。
そうか~、徒歩で調査してるんだなぁ。地図が高いのは当然だわ。
・・・そこで、納得して立ち去るのが、普通のおばちゃんなんだろうが、私ゃ、大阪のおばちゃんなんである。
「で?近所のおばちゃんに聞きたいこと、なんかありません?」
ずいずいと売り込んでしまうところ、自分でもなんとかしたいと思いつつ、反射的にやってしまう(^^ゞ
・・・聞きたいことがあるわけないよね(笑)
地図ってのは、見たままを図形にするわけで。
しかしまぁ、自分がいつも使ってる地図の製作現場に居合わせられるなんて、ちょとラッキー!
次にゼンリンから大阪の地図が出たら、絶対買おうと決めたんであった。
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 10/06/2006 19:19:04
>男前兄ちゃん
たまに現場工事してる兄ちゃんの中には目のさめるような男前がありますなあ
勝手に「この兄ちゃんはどこぞの劇団に属しててプロをめざしてるんやなあ」
とか想像してます(^o^)
まあ 目の保養、目の保養...
きたないもん見るより綺麗なもの見た方が徳した気分になります(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 10/06/2006 20:53:47
わはははははっ!!
確かに、綺麗なものを見ると、ちょっと気分がアップしますよね。
で、工事現場は、結構宝の山だと私も思います。
実は、私、二の腕の筋肉フェチでして。
重い資材をかつぐ兄ちゃんの二の腕の筋肉が程よい弾力を持ちつつパツパツしてるのを見ると、もう、
「キ~~~ッ」
ってなりますわ(笑)
言いませんけど。
-----
--------
TITLE: ドンドンヒャララ、ドンヒャララ♪
BASENAME: 2622354
DATE: 10/07/2006 23:16:45
-----
BODY:
一日、なんだかなにもかものタイミングが悪い日もあれば、やたらめったらタイミングのよい日もある。
私の場合、前者と後者の頻度は同じくらいだと思うのだが、前者の場合は、大したことではない舞台で発揮される。
本を買いに行こうと思っていたら、行く先々で信号が赤だった・・・とか。
その点、後者は、割と重要な場面で発揮されることが多いような・・・気がするだけかもしれない(笑)
今日の場合、すべては鮎から始まった。
この夏も、鮎の塩焼き目当てで何度も吉野へ通った。
これまではあちこちのお店でいただいていたが、去年、あるお店を見つけてから、そこばっかりだ。
吉野川沿いにある「しいたけの宿」さん。
天然鮎を丁寧に焼いておられるので、皮がパリハリッ!はらわたにがうま、身はほろほろ、骨までパリパリなんである。
値段も500円と手ごろだし。
なにより、鮎を焼いてるおっちゃん、おばちゃんが、本当に自分の仕事を愛しておられるのが、ものすごく心地よい。
で、この三連休、珍しく旦那が暦通りに休めるということで、ダメモトでおっちゃんに電話してみたわけだ。
「今年はもう、鮎終わっちゃいましたよね?」
と。
答えは、ありがたいものだった。
「あんたら来はるなら焼こうと思ってました」
おっちゃん、ありがと~~~~(T_T)!!!
ということで、張り切って吉野へ。
懇意にさせていただいている葛城の神社のお祭も今夜なので、帰りにこちらへも参列させていただくことにする。
しいたけの宿さんに到着したのは2時前。
おっちゃんは、店の前に座って、すでに鮎を用意してくださっている。
以前はお店でいただいていたんだが、最近は持ち帰りにしてもらっている。
吉野には綺麗な清流があちこちにある。
川の縁に腰掛けて、脚を流れにつけながら食べる鮎は格別なのだ。
今日は、桜木神社の前を流れる清流でいただくことにした。
鮎の塩焼き・・・とくに、おっちゃんの焼いてくれる鮎の塩焼きは五感で楽しめる。
金色に照る皮。
ほろ甘い香り。
しっとりさっくりとした歯ごたえ。
苦味のある上品な甘み。
そして、歯を立てた瞬間の、「サクッ」という音。
毎度のことなのだが、一口目に、五感がすべて驚いてしまう。
今日の鮎は、多分、おっちゃんの言う、
「特別の鮎」
だったと思う。
どういう風に特別なのか、具体的にはわからないのだが、内蔵の苦味が上品で、この時期の鮎にしては例外的に骨が繊細で食べやすいのだ。
・・・私は、鮎は骨までいただくことにしている。
毎年何十匹と食べるのに、骨を残したら、鮎に申しわけないような気がするのだ。
それに、鮎は骨や頭も香りがよくて、きちんと火が通っていれば、おいしくいただくことができる。
とはいえ、落ち鮎のシーズンともなると、塔が立ってくるので、骨をそのまま食べるのはちょっと難儀だ。
なので、家に持ち帰って油で揚げ、骨せんべいにして食べている。
が、今日の鮎は、そのまま骨までパリパリと食べられた。
おいしい、ほんと~に、おいしい。
正直なところ、これだけでも、今日一日を「すっごい良い日」にするだけに足りたと思う。
しかし、良い日というのは、立て続けにうれしいことが起きるもんなのだ。
懇意の神社でのお祭は夜8時催行である。
その時2時過ぎ。
時間が余りすぎ。
どうやって時間をすごそうかというところで、ふと思い出した。
曽爾にある門僕神社のお祭は確か今ごろだったはず。
ちょい遠いような気はするのだが、行ってみようということになった。
神社につくと、
「秋祭り」の垂れ幕は下がっているが、静かだ。
「お祭、終わっちゃったかな?」
と、隣にあるお店で聞いてみた。
お祭は明日らしい。
この神社の秋祭りには、「すこ餅」という、特別の御供えが奉納される。
ずいきに餅と柿をいろどりよく差していき、てっぺんに鶏頭の花が飾られる。
どうやら女性の姿を模しているらしいのだ。
これをして、「人身御供の名残だ」という話しもあるが、実際のところはわからない。
神に清浄な乙女が仕えるというのは格段珍しい話ではないから、「奉仕の乙女」の名残かもしれないとも思う。
とにかく、お祭が明日なら、この「すこ餅」は今日作られるはず。
このことを聞いてみると、
「あぁ、今公民館で作ってるんちゃうかな」
とのこと。しかも、見学させていただけるらしい。
急いで公民館に行ってみると、すこ餅はさきほど出来上がったということで、既に樽の中にしまわれていたのだが、氏子総代さんの一声で、私達部外者の目の前に解禁。
ありがとうございますだ~~~
そして、「頭屋さんのところに、神輿が行ってるはずだから見るべし」
とのアドバイスもくださった。
またまた急いで、教えていただいた頭屋さんのところへ駆けつけると、神輿の前に法被姿の男性が集まっている。
割り込んで、
「神輿、見せていただいて良いですか?」
と尋ねると、
「ええで~、壊さへんなら、触ってもええで~」
とのこと。
いや、ここで、
「ありがとうございます」
と素直に見せていただいたらいいんだが、ついつい・・・やっちゃうんである。
「え?べたべた触ってもいいんですか?」
「おお、べたべたしてええで」
「でろんでろん触ってもいいんですね?」
「おう、でろんでろんせえ!」
「べったりべったりは?」
「ええで!!」
・・・・ほんまにええんかいな・・・・
「・・・いや、しませんけどね・・・」
「なんじゃそりゃ~!」
はい、ツッコミありがとうございます。
どうやら、すっごいノリの良い人達のようですね。
そうしていると、別のおっちゃんが、
「獅子舞するで、ここが一番のビュースポット」
と、案内してくださる。
このお祭の獅子舞は「無形文化財」に指定されているほどのもの。
お祭本番じゃないのに見れるなんて、ラッキーだ。
さすがに、太鼓のリズムも笛の演奏も堂に言っているのだが、なにより、獅子舞の動きのダイナミックなこと。
小刀を持ってポーズを決められると、ずいぶんな迫力である。
獅子舞にはいろいろな意味があるのかもしれないが、この村のお祭において、獅子舞を「悪魔祓い」と称しているようだ。
村のおじさんに聞いてみると、やはり、
「あぁ、これは魔除け」
とのことだった。
納得。
「なるほど、あれで悪魔を祓うわけですね」
・・・この不用意な一言が、まずかった、いやうまかった。
おっちゃんたちの間で、さざめきが広がったのだ。
「この人、『あれで』って言うたで」(←聞こえよがしにひそひそ)
「あの人、『あれで』って言うたらしいで」(←わざとらしくこそこそ)
「ちょっとちょっと、あの人、『あれで』って言うたってさ」(←もう、演技がましいことこの上なくひそこそ)
「『あれで』ってなんやぁ!!!!」(←おっちゃんたち、声を揃えて)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
むっちゃノリがええんですわ(笑)
部外者の私としては、おっちゃんたちほどのテンションにはなれそうもございません。
「いやいやいや、『あれで』っていうのは、『あの小刀で』っていう意味ですし」
「わはははははははは!」(←一斉に)
ほんまに、気の合う村の人達でございます(^^ゞ
この神社のお祭は、「知る人ぞ知る」お祭なのです。
特に、民俗学的な価値は随分なものでしょう。
しかし、おっちゃんたちにとっては、まさに、
「村の鎮守の神様の~、今日はめでたいお祭日」
なんでしょうね。
もし、なにもかもが10分ずつ遅れていたら、私達はすこ餅を見せていただくことも、獅子舞を見学することも、おっちゃんたちの、息のあったツッコミを聞くこともできなかったでしょう。
明日の本番、参加できないのはひっじょ~に残念ですが、
「来年はおいで」
「来年きたら、踊らしたるわ」
と、またまたほんまか冗談かわからない(冗談だって)言葉に見送られて、帰ったのでございました。
あ~~、むっちゃ充実した一日だった!
-----
--------
TITLE: 落語会
BASENAME: 2622355
DATE: 10/08/2006 19:51:09
-----
BODY:
ここのところ、落語が人気のようだ。
天神橋筋にできたのは、「繁昌亭」だったっけ。
毎日寄席が開かれているらしい。
桂枝雀さんが活躍されていたときは、毎月、朝日放送の「枝雀寄席」の観覧に行っていたし、独演会にも脚を運んだものだが、亡くなられてからは、進んで自分から寄席のチェックをすることはなくなってしまった。
枝雀さんの死は、ほんっとに悲しかった。
実家が大阪で中華料理屋を営んでいる後輩曰く、うつむきながら一人でひとり言を繰り返す、舞台の上ではまったく別人であるところの、「枝雀さん」を何度か見かけたということ。
光と闇のダイナミズムに押しつぶされてしまったのだろうか、などと本当に悲しく思う。
そんな枝雀さんについて、
「米朝師匠をして、『わしを越えよった』と言わしめた天才である」
と教えてくださったのが、笑福亭純瓶さんだ。
独演会や講演会などの時、声をかけてくださるのだが、今日は、純瓶さん自らプロデュースする落語の会であった。
去年だったか、中島らも原作の、「寝ずの番」という映画が公開されたのをご存知の方はどれくらいおられるだろうか。
大物落語家の臨終に際してのドタバタ劇だ。
この大物落語家のモデルが、笑福亭松鶴さん。
その邸宅を演芸ライブホールに作り変えたのが、現在の「無学亭」なのだそうだ。
つまり、「笑福亭」の名を持つ落語家さんにとって、このライブホールは聖地なのだらしい。
演者は4名。
すべて新作ばかり。
「カラオケ」ならぬ、「カラクゴ(空落語)」ボックスができたら、という発想のものから、ゲームセンターを舞台としたものなど。
「コント」としても十分通る内容じゃなかろうか。
コントは通常、複数の人が演じる。
それぞれの役割を演じ分けるわけで、感情移入をしようと思えば、それはそれほど難しいことじゃないだろう。
しかし、落語家さんは、それを一人でするわけだ。
瞬時に別の人格に変わらなくてはいけない。
いたぶる側といたぶられる側。
ボケとツッコミ。
それを交互に、演じ分けるのは、・・・高度な脳みその働きを要求されるんじゃないかな~・・・などと考えてしまうのだが・・・実際のところどうなんだろう。
今回純瓶さんが演じられた落語は、
主人公・その彼女・ゾンビが登場したのだが、このゾンビというのが、ゲームの中にいるという設定。
下手な演者が演じようとしたら、何がなんだかわからなくなってしまうに違いないシチュエーションだ。
そこをさらりと演じわけ、なおかつ笑わそうというわけだから、落語とは本当に技術を必要とすると思う。
そして、「一人で演じる」ということの利点は、アドリブがどんどん脹らむというところにあるんじゃないだろうか。
客の反応によって、どんどん話しが脹らんでいっているのが見ていてわかる。
枝雀さんの落語は、だから、いつも予定を大幅にオーバーしていた。
多分、そもそもの台本にはないであろう場面の方が、私には、そして多くの客にとっては面白かった。
なにしろ、「今目の前にいる客を笑わせるために」、付け加えたシーンなのだから。
もし、(そんな落語家さんがおられるかどうかは知らないが)「お金儲けのために」落語をしようというのなら、時間通りに終わる方がよっぽど良いだろう。
しかし、私が見た今までの落語家さん、そしてもちろん今日の演者であった落語家さんたちは、観客を喜ばせるために、自分の時間を削ることを楽しんでおられるように見える。
本当に落語を愛しておられるんだろうな、と思う。
・・・セコい話しだが、今日のギャラを勝手に計算してみたら、一人一万円あるかどうかというところだ。
30~40分の舞台で1万円とは、決して高いギャラじゃない。
台本を作ってもらて、練習して、舞台に脚を運んで・・・。
それで、1万円なのだから。
落語を盛り上げていきたいという思いがあってこそのことだろうと思う。
ありがたいなぁ。
旦那と二人、お互いに「笑い合う」ことはあっても、他の人に「笑わせていただく」のは、なんだか久しぶりだった。
さて、すべての話しが終わって、ホールを出ると、玄関のところで純瓶さんがお客さんすべてに挨拶をされていた。
私達がお辞儀をすると、
「あ、どうもどうも。そういえば、今度ね・・・」
と、私と純瓶さんの共通の知り合いの話しになる。
このとき、私は、
「一人のおばちゃんの顔」
をして話しているわけだ。
すると横から旦那が、
「それって、こないだのと同じ人?」
などと、話しに割り込んでくる。
「ちゃうがな」
・・・このセリフを言うときの私は、
「夫のボケにツッコむ、妻の顔」
になるわけ。
考えてみれば、私だって、瞬時に、「演じ分け」て生きているのだな、とふと気付く。
人生が落語の舞台と同じなのならば・・・。
観客に笑っていただける舞台を勤めたいもんだ。
-----
--------
TITLE: 彩雲
BASENAME: 2622356
DATE: 10/09/2006 22:09:42
-----
BODY:
虹は、本当に七色なんだろうか。
以前から疑問に思っていたことだ。
三原色とその中間色ならば、
赤・オレンジ・黄色・緑・青・紫
の6色のはず。
それが、いわゆる
「虹色」「レインボーカラー」
となると、
赤・橙・黄・黄緑・緑・藍・紫
となってしまう。
なんか納得いかない。
しかし、自然の中で見る虹はおぼろげで、「緑・青・紫」なのか、それとも果たして「黄緑・緑・藍・紫」なのか、判断がおぼつかない。
つまり見る人によっては、6色だし、見ようによっては12色くらいに見えるんじゃないかという気もしてしまう。
今日の夕方、痛いくらい旦那に背中を叩かれて、旦那の人差し指の方向を見ると、彩雲が出ていた。
彩雲や虹は雨上がりの空に出るものだと思っていたので、今日のような乾燥した空に出るというのはちょっと意外だった。
彩雲とは・・・細かい定義はよく知らないが、虹が雲に反射したようなもんじゃないかと思う。
雲が虹色に染まって、そりゃぁ綺麗だった。
・・・写真はどうやら露光がすぎて、太陽光なんだかどうだかよくわかんなくなっちゃったんですが、この光っている部分が虹色だったと想像してください・・・
彩雲は瑞兆だという。
しかし、虹は・・・、虹はどうだろうか?
虹を「幸せの約束」と見るのは、多分、聖書に由来するんじゃないだろうか。
大洪水の後、やっと水がひいて、ノアが方舟から降りたとき、空を明るく染めていたのは虹だった。
虹は、神の、
「二度と洪水を起こさない」
という誓約の証なのだ。
だから、虹が空にかかっているかぎり、人類が洪水で滅びることはない、というわけ。
そう考えると、虹が七色とされるのは、「7」を完全数としている聖書と関係があるのかもしれない。
しかし、日本では、虹はどうやら良いイメージを持たれていないように思われる。
そもそも、「虹」という漢字は虫ヘンだ。
虹は、虫・・・虫は虫でも、長虫、つまり、蛇と近いものだと考えていたらしい。
ちなみに、「霓」という字も「にじ」と読む。
「虫兒」という字も同じ。
これは、二重のニジの外側の方の弧を指す。
二重のニジが出来たとき、外側のニジは、内側のニジと対象の並びになる。
つまり、外側から紫・藍・緑・黄緑・黄色・橙・赤となるわけだ。
色も内側のニジよりおぼろげになることが多いようだ。
こちらも、やはり「虫ヘン」で表されている。
やはり、細長く伸びた鮮やかな色合いは、空を走る蛇を連想させるのだろう。
日本書紀の雄略天皇紀でも、虹は象徴的な登場の仕方をする。
雄略天皇の娘である栲幡皇女は、伊勢の斎宮でした。
伊勢の斎宮・・・つまり、巫女さんの親玉ですね(笑)
巫女とは神の嫁なわけですから、栲幡皇女もまた清らかな乙女でした。
伊勢の斎宮に近寄ることが出来るのは、限られた男性だけなのです。
しかし、その一人である「湯人」の子供を、他ならぬ斎宮が身ごもった・・・と、讒言した男がありました。
告げ口野郎の名前は、阿閉臣国見。
斎宮に横恋慕していたのだか、それとも、湯人その人にうらみがあったのか。
理由はわかりません。
しかし、斎宮は、その讒言のために、自らの命を奪ったのでした。
雄略天皇が皇女を心配して伊勢へやってきた時、斎宮がいるはずの部屋に栲幡皇女はおられませんでした。
五十鈴川を探すと・・・、闇夜にも関わらず、鮮やかな虹がかかっているのが見えたのです。
皇女は静かな姿で命を消しておりました。
そして、その下を探らせると、鏡が出てきたと言います。
それが何を意味しているかはわかりません。
しかし、結局、皇女は妊娠などしておりませんでした。
まぁ、こういう話しである。
罪のない皇女の死体のそばから、虹が立っていたというわけ。
しかも、その虹は、闇夜に光輝いていた、と。
ちょっとでも科学の授業をまじめに受けていた人間ならば、
「そんなわけあれへんやろ」
と大木こだま風のツッコミを入れることは間違いないだろう。
虹ってのは、光が乱反射してできるもの。
光源のない闇夜に虹がたつはずがない。
しかし、そんなこたぁ、古代の人だって、経験的にわかっていたはずだ。
なのに、あえて、「闇夜に鍋をぬく」・・・じゃなくて、「闇夜に虹」を描いてみせたわけだ。
そして、それは、決して吉兆ではなかったろう。
鮮やかな色合いをした長い蛇。
大空をうねる大きな蛇が運んでいるのは、いったいなんなのだろう。
それは、間違いなく「常ならぬもの」ではあったろう。
鮮やかな虹を、
「幸福の橋」と、動かぬものに見るよりも、
「大空をうねる蛇」と躍動的なものに見る感性を私は好きだ。
それが運ぶものが、吉であれ、凶であれ、蛇は何かをもたらしてくれる。
今日の彩雲は、雲に反射して、細やかに震えていた。
それは太陽の光を受けて、ささやきのように、柔らかく、優しく、ほのかながら、その光は鮮烈に何かを訴えているようだ。
旦那がカメラを構えて走り回っている。
頬が太陽の光で照っている。
人が太陽ならば、その人なりの「虹」を出現させることもあろうと思う。
それが吉兆だか凶兆だか、私にはわからない。
しかし、できるだけたくさんの虹がある人生の方が、・・・・私は、いいな。
---
後記
ちょいと辞書をひいてみたら、彩雲は虹が反射したもんじゃなくて、雲の水蒸気によって太陽光が回折して起きるものなのだそうです。
それならば、乾燥した空に出て当然ですね。
ていうより、乾燥してる方が雲の水蒸気も活発にたちのぼるだろうから、よけいに彩雲が出やすいかも。(←またいい加減なことを言う(-"-))
んでもって、虹も「光の乱反射」じゃなくて、「光の回折」によって出来るそうです。
そっか、乱反射じゃ、光の帯などができるわけないか、はずかし~(^^ゞ
---------
というわけで後記
「三原色とその中間色ならば、赤・オレンジ・黄色・緑・青・紫の6色のはず」
なんて書いておりますが、旦那からツッコミが入りました。
光の三原色は、「赤・緑・青」だそうです。
確かに、カラーコードは、RGBですよね(^^ゞ
RED・GREEN・BLUE。
ということは、カラーコードを見れば、三原色とその中間色がわかるはず。
ということで確認してみました。
赤(FF0000)・緑(00FF00)・青(0000FF)が三原色。
中間色は、
黄色(FFFF00)・水色(00FFFF)・赤紫(FF00FF)。
虹の色は、
赤(FF0000)、橙(FF6600)、黄(FFFF00)、黄緑(66FF00)、緑(00FF00)、青(0000FF)、紫(6600FF)。
じぇんじぇん虹と関係ないみたいですね(^^ゞ
発色しやすい色とかそういう要素も考えなくてはいけないようで。
うみゅみゅ(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 10/16/2006 11:10:27
昨日、神戸の海上を航行中に彩雲を見つけました。
ここでのお話を「受け売り」で子供に話していたら
周りにおった おっちゃん おばちゃんまでが
「なるほど~ そうか~ ふんふん」と耳を傾けてくれて
浅知恵の私は大焦りでした(苦笑)
私も写真に撮りましたが 目で見た感動には足らないですね。
-----
COMMENT:
DATE: 10/16/2006 20:22:37
そうなんです!
写真にすると感動が激減しますよね・・・。
ほんと、目で見た彩雲は、言葉を失うくらい綺麗でした。
ところで・・・もしかして、
6色と7色の話ししました??どうやら大間違いをしでかしてるようです、σ(^^;)
・・・・・旦那曰、
「光りの三原色は、赤・緑・青やから、三原色とその中間色は、赤オレンジ黄色・・・とはならへんで」
と思いっきりツッコミが入っております(T_T)
ちょっと勉強して、後で追記しますね(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 10/17/2006 10:03:41
周りには 大人の聴衆はいたのですが(笑)(^^;;
とりあえずは 我が子 相手にだったので
『あれはな~ 雲の水蒸気にな~・・・』でした(笑)
『なんで あんな色なん?』と 長女(6年)には聞かれましたが
『それは まだ あんたらには難しいねん』言うときました(苦笑)
でも、確かにあの不思議な色合いは 人間を魅了しますよね。
次は オーロラ見てみたいです♪(そりゃ日本では無理~)
-----
COMMENT:
DATE: 10/17/2006 15:00:13
北海道では条件がそろえばオーロラの観察が可能だとか聞きましたが。
でも、色鮮やかなのを見たければ、もっと北へ行かねばだめでしょうね。
私もオーロラを見たいんですけどね(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 夜中にドッキリ
BASENAME: 2622357
DATE: 10/10/2006 13:58:54
-----
BODY:
私は寝起きが良い。
目覚まし時計が鳴ると同時に目が覚める。
それどころか、目覚まし時計が鳴ろうとする「タメ」の音で、目が覚めることもある。
そして私は毎朝旦那の目ざめる時間に目覚まし時計を合わせる。
起きたらすぐに旦那を起こして、朝ごはんの用意をする。
そんなわけで、旦那は目覚まし時計を合わせる必要は、まったくっ!!ないはずだ。
ないはずなのに、どういう理由かはしらないが、起きる15ないし30分前に目覚まし時計をセットしていることが、よく、ある。
そして・・・起きない・・・(-"-)
もちろん、私はすぐに起きる。
私と旦那は縦に並んで寝ているので、旦那の目覚ましをとめようと思ったら、立ち上がらなくてはいけない。
せっかく気持ちの良い朝の眠りが壊される。
「起きられないなら目覚ましかけるな!!!!!!」
と思うのだが・・・。
なんでだかしらないが、かけたいらしい。
なんでだか知らないが、かけたいらしい。
なんでだか知らないが!!!!!!!!!
それだけじゃないのである。
その目覚まし時計は壊れてるっぽいのだ。
だから、よく音が変だったりする。
本来ならば、「ピピピピピピピ」となる仕様のはずだが、このごろは、
「デデデデデデデデブビビビビ」
というような、低くくぐもった声をたてやがる。
そして、時々、セットした時間ではまったくない時間に鳴ったりするのだ。
昨日はいやな夢を見た。
私はトイレに座っている。
その耳のそばで、何か不気味な顔が低い声で笑っているのだ。
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐふふふふふぐぐふぐふぐふぐふ」
何がうれしいのだか、悲しいのだか、なんとも言えない声で笑っている。
私はトイレから逃げようとするのだが、扉を開けるとまた扉が、それを開けるとまた・・・という具合で、そこから逃げることができないのだ。
心臓をドクドク言わせながら目を覚ますと、その笑い声はまだ聞こえる。
起き上がって音源を捜すがわからない。
旦那はすやすやと寝ている。
そのうち、音はやんだ。
気にはなったが、目を覚ましてよく聞くと、そんなに不気味な音でもなかったし、そばに旦那がいることだし、なにより眠かったので、また寝てしまった。
再び同じ音で目が覚めたのは朝の5時45分ごろ。
今度はその音が何か、はっきりわかった。
・・・・旦那の目覚ましの音じゃん・・・。
も・ち・ろ・ん!!
旦那は起きない。
起きられないなら、目覚ましセットするなぁああああああああああ!!!!!!
だいたい、夜中に目を覚ましたときというのは、頭が半分寝ているので、幻覚を見やすいし、周囲が暗いから、多くのものに「不気味」のフィルターがかかる。
子供の頃、枕元にあるスタンドの電気をつけて立ち上がったら、目の前に不気味な顔がぼ~~~っと浮かんだので、腰を抜かしたことがあった。
いやいや、幽霊じゃないんですよ。
自分の顔が鏡に映ったんです。
が、光源が足元にあるので、下から光があたった状態になったわけ。
子供のころ、懐中電灯を顎の下にあてて、スイッチを入れて、
「お~ば~けだぞ~~~」
ってやりませんでした?
あれを、無意識にやってしまってたというわけ。
しかも、当時のスタンドって青っぽい光だったもんだから、青白い顔に見えちゃうしさ~、
「ひょぃぽいぺ~~」
とかなんとか。
あれほど情けない叫び声はないだろうというほど、ひどい声をあげてしまったもんだ。
ひょいぽいぺ~~~。
つい最近も、夜中に目を覚ましてふとパソコンデスクを見ると、なにやら青白い光がほわっと点いたり消えたりしている。
そして、そこには青白い顔をした幽霊が・・・。
ぎょぇぴろぴ~~~!!!!!
ってよく見たら、携帯電話の、「メール受信お知らせネオン」が光っていただけで、青白い顔に見えたのは、パソコンデスクに置いてあったパンフレットの模様が顔に見えただけなんだけども。
見た瞬間の、
「ンドキィッ!!」
は、心臓によくない。
ぎょえぴろぴ~~~!!!!
というわけで、夜中にドッキリしなくて済むように、携帯電話のネオンはオフにして、旦那の目覚まし時計は新しいのを買おうと思っている次第である。
でも、本当は、どうせ起きないんだから、目覚ましセットしなきゃいいと思うんだけどね。
けどね、けどね、けどね~~~!!!!!
ということで、今日は意味もなく、野の花の写真を。
子供の頃、大好きだった花ですが、今見ても可愛いと思う。
あぁ・・・なごむなぁ(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: momotan
DATE: 10/10/2006 14:38:04
こんにちは~~!!
のりちゃんのお話のテンポはついつい楽しさの中に弾き困れてしまいます。
「おきないならんか目覚ましかけるなぁぁぁ」
ウンウン。分かります。
それと青白い顔も......あはっ。昔よくやったもん~~!!
楽しい記事ありがとうございますっ
-----
COMMENT:
DATE: 10/10/2006 18:44:03
わかっていただけますか(笑)
momotanさんの旦那様も、目覚ましでは起きない方ですか?
疲れてるんだろうなぁとは思うんですが・・・なら、目覚まし・・・セットせにゃいいのに・・・(笑)
青白い顔、子供の頃、
「どれだけ怖い顔になれるか」
と競争したことがあります(~_~)
-----
--------
TITLE: キンモクセイの輝く頃
BASENAME: 2622358
DATE: 10/11/2006 13:40:53
-----
BODY:
キンモクセイの花を知らない人はないんじゃないだろうか。
地味な花だ。
小さくて黄色くて、雨に当るとすぐに落ちる。
樹自体もなんの変哲もない。
葉はどこにでもあるような照り葉。
それほど高くなることのない庭木。
この樹木を他の庭木と顕かに区別しているのは、なんといってもその香りだろう。
香りの高い花としては、春の沈丁花、夏のクチナシもある。
しかし、夏のクチナシは重たすぎる。
それぞれの花を女性に模してみたらどうだろう。
沈丁花は、若々しい少女だ。
頬をピンク色に上気させ、楽しくて仕方ないように笑っている、あどけない少女だ。
それに比べると・・・クチナシは、どうもこう・・・、
色白なのは良いが、どうもこうも、動作がどんくさそうというか、重たいというか(笑)
品はあるんだけど、どうも重々しすぎるという印象がある。
匂いの重さもさることながら、あの散り方がいかんのだと思う。
「はらり」と落ちるならばまだ儚げでよいのだけれど、クチナシの場合は、
茶色くなってしわしわしわ~~~~~~~~~って・・・。
な~んかねぇ(笑)
では、キンモクセイはどうだろう。
美少女でも美女でもないと思える。
決して醜いわけではない。
顔立ちは整っている。
しかし、その美しさに誰も気付かない。
人の噂になることもない。
そんな女性を思い浮かべてしまう。
少女漫画なんかでは、めがねっ娘がめがねを取ると実は美少女・・・な~んて設定がありがちだけれど、ちょうどそんな感じ。
花開き、匂いたたせるときだけ、彼女はめがねをとり、いつもひとつにくくっていた髪の毛をほどいて、風になびかせるわけだ。
周囲の人はみなびっくり!!
ま、そんなイメージがあるのだ。
なにしろ、花自体が地味でもう・・・。
しかし、近づいてよく見ると、5枚の花弁はぽってりと厚く、その形もくるりと丸くてよく出来ている。
色もパステルカラーのオレンジ色で、大変に可愛らしい。
しかし、遠くから見ると、どうしようもなく地味に見えるのはなぜだろうか。
多分。
多分、香りの印象を際立たせるためではなかろうか。
だって、あの香りに、ラフレシアみたいな花がついててごらんなさい?
嫌味だったらございません。
あの一見地味な花だからこそ、あの香りが特別なものであると意識されるのではないかと思う。
だからね。
・・・なんだかこう、ツイてないことが続くことってある。
そういう時には、こう思うことにしている。
「あぁ、キンモクセイね」
と。
きっとなんかでかい良いことがくるんだろう、と期待しようというわけだ。
その「良いこと」を際立たせるため、今ついてないんじゃないかね、とね。
とはいいつつ、今のところ、いろいろとツイてるんですわ(笑)
タイミングも良いし。
ということは・・・、あんまりこう、よいことはないのかもなぁ・・・。
でも、諦めてはいけません。
なにしろ、バラの香りも、香水になるほど良いですからね(笑)
月下美人も、いい香り。
なので、ツイてる時にはこう思うことにしている。
「ツイてるなぁ、こりゃそのうち、どかんと良いことが起きるに違いないで」
ま、何をどう考えるかは、人の勝手なんである。
はっはっは。
-----
--------
TITLE: 酒となにかと旦那と私
BASENAME: 2622359
DATE: 10/12/2006 13:08:16
-----
BODY:
いやね。
他人様からはよく、
「優しい旦那様で良いわねぇ~え」
なんてことを言われるんすけどね。
わたしゃそれはちょっとどうかと思うんですよ。
旦那の場合、
「人が喜ぶ顔を見るのがうれしくてしかたない」
ってだけでね。
こう、髪の毛を肩まで伸ばした3年B組の教師が、耳に髪の毛をかき上げ、かきあげ言うようにね、
「人が~、憂しむと書いて~、優しいと~、読むんだぁ。
つまりぃ、人とは悲しむほど、他人に優しくできるんだぁ!!」
っていうのが優しさの本質だとしたらですよ、旦那のは「優しい」というんじゃないんじゃないか、なんてね。
特に、妻である私に対しては、
「喜ぶ顔をみるためならなんだってする」
くらいには、いろいろとね、やってくれたりするわけですよ。
しかしまぁ、それは優しいってのとは、もう、まったくねぇ・・・いて、いてて☆⌒(>。≪)
ちょ、ちょっとお客さん(゜ロ゜)!
小石投げないでくださいよ。
わたしゃなにも、それが不満だってぇんじゃないんですから。
堪忍してくださいよ。
え?そうですよ。そらそうでしょう。
それで不満でってぇなら罰があたりますよ。そりゃそうです、そりゃそうでしょう( ̄ー ̄)。
ま、そんなわけでね。
私が喜ぶことならなんでもしてくれるってのは、ありがたいと思ってるんですわ。私もね。
しかしねぇ、それでね、旦那に病気になられたら困るじゃありませんか。
例えば、一緒にレストランに入るとしますわね。
で、でてきた料理を見ると、旦那が注文したものが、私の好物だったとしますわ。
そうするってぇと、自分は半分しか食べずに、私に半分よこしてくるわけです。
そりゃ、私はうれしいですよ。
でもあなた、旦那は私の1.5倍くらいの大きさなわけですからね。
半人前の料理でお腹がいっぱいになるわきゃないんですよ。
まぁ、私は断らずにその料理、もらっちゃいますよ。
旦那は私が喜ぶのを見たくて、その料理をくれるわけですから。
ここで断ったら、却って悪いというやつでね、しょうがないから、食べる。
もう、しょうがないから・・・いで☆ ̄(>。☆)、いでで、いでででで・・・
ちょ・・・ちょっとお客さん、中石投げるのやめてくださいよ(>_<。)\。
わたしゃそれが不満だって言ってるわけじゃないんですから。
そりゃそうです。そらそうでしょう。
これで文句言ったら罰があたりますよ。そりゃそうです( ̄ー ̄)。
それでまぁ、旦那がお腹すかしてちゃ可哀想だから、私のご飯をあげるわけですよ。
おかず?おかずも少しあげますよ。
でもまぁ、白ご飯を余分にあげることが多いですわね。
炭水化物は腹にもつからね。
そういうわけでね。へへノ(´д`)。
まぁ、そんなわけですが、一番困るのはねぇ。
夜寝る前なんかに一緒にビデオなんぞを見てるじゃないですか。
いや、ビデオじゃなくて、DVDね。
えぇ、ついこないだデッキを買ったんですよ。大安売りしてたんで、えぇ。
で、私はこう、日本酒なんかを飲みながら見てるわけですわね。
旦那は、まぁ、御茶とか、時どきはチュウハイなんかをね。呑みながらね。
そうすると、おいしそうな料理が出てきたりするわけですよ。
こっちは、いい塩梅にアルコールが回ってるからね。
お腹がすいてくるわけですよ。
うまそうだなぁ・・・(´ρ`)・・・てなもんですな。
でね、旦那に言うわけですよ。
「サンドウィッチ買ってきて(^_-)☆」
なんてね。
もっちろん冗談ですよ。
夜中にねぇ、そんな、もうこれを見終わったら寝ようという時にね、そんな旦那に、コンビニまで行ってこいなんて、本気で言うわきゃないじゃないですか。
冗談なんですけどねぇ。
旦那はそれを冗談と受け取らないんですわ。
すぐに服を着替えてね。その上に、
「サンドウィッチだけでええんか?」
なんて聞いてくるんっすわヽ(  ̄д ̄;)ノ
しょうがないじゃないですか。
しょうがないから、
「そんじゃ、チーズも~」
なんて答えるわけですよね、私もね。
そうすると、いそいそ買いにでかけて、帰ってきたのを見たら、サンドウィッチとチーズだけじゃなく、スナック菓子とかもね、買ってきているわけですよ。
もう、仕方ないから、食べますよ。私はね。
全部ね。
えぇ、えぇ、食べますよ。
もう、しょうがないからねぇ。
・・・そんなわけで、太っちゃうんですよねぇ。
「夜中にそんなカロリー高いもの、食えねぇ!」
とはいえないざんしょ?
ねぇ、せっかく買ってきてくれてるのに。
それでまた、ダイエットせにゃならんわけですわ。
旦那が、買い物にさえ行かなければこんな苦労はしないんですけどねぇ。
はぁ。まぁ、仕方ないですよ。
妻ですからねぇ。
苦労しますわ、本当に・・・。
・・・って、・・・・・・・えっ Σ(°口°;)!!
そ・・・その大石、まさか・・・私に投げようってんじゃ・・・(°°;))
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
に・・・逃げろ~~~っε=ε=ε=ε=ヘ(;^O^)ノ
てなわけで、今日は顔文字をたくさん使ってみました。
しかし・・・はぁ、昨日の夜中に食べすぎて、ほんまに胃が重いっす。
まじめに体重も増加傾向にあるんで、ちょっとセーブしなきゃなぁ。
-----
--------
TITLE: あなたに神の御恵みを
BASENAME: 2622360
DATE: 10/13/2006 12:52:14
-----
BODY:
God bless you.
直訳すれば、
「神があなたを祝福しますように」
だ。
さようならを意味する、
Good bye
は、この言葉から来ているんだそうな。
BYEは、Bless youの略。
だから、本当は、
Good bye
じゃなくて、
God bye
が正解なんだろう。
日本語の「さようなら」は、「さようならば、御免つかまつる」などというおいとまの言葉の略式だそうだ。
私は、日本語が好きだし、キリスト教のような一神教よりも神道のようなパンセイズム・アニミズムの方がずっと好きだ。
一神教というのは、すなわち他の神を否定するということに繋がる。
だから、キリスト教が布教される過程で、その国土着の神々は、「悪魔」「魔女」と姿を変えた。
カナンの神、ベルゼブルは、館(Baal)の主という名を、蠅(Beel)の王と変名せられ、強力な悪魔とされた。
北欧の美と豊穣の女神であったフレイヤは、淫乱な魔女とされた。
ちなみに、英語でFridayは、フレイヤの日という意味。
13日の金曜日が不吉とされるのも、金曜日が「魔女フレイヤの日」であることと、彼女が13人の魔女と一緒にサバトを開くことからだ、という説を聞いたことがあるのだが、ことの真偽はともかく、フレイヤは、そもそもそれだけ人気が高かったということだろう。
そこまで徹底的に貶めなければならないのは、彼女の光がさぞかしまぶしかったからであろうと思う。
自分の神、自分の正義を絶対的ならしめるために、誰かの神・誰かの正義を悪とするやり方は、あまり好感の持てるものではない。
しかし、そう思っても、別れ際に、
「あなたに神の御恵みを」
と祝福しあって別れるなんて、英語やキリスト教もなかなか素敵だと思う。
日本の神道は、一般的には「汎神教・パンセイズム」だと説明される。
「大辞林」によれば、汎神論・パンセイズムとは、
「すべてのものに神が宿っているとしたり、一切万有の全体がすなわち神であるとしたり、総じて神と世界との本質的同一性を主張する立場(後略)」
とある。
同じく、「精霊信仰・アニミズム」は、
「事物には霊魂(アニマ)など霊的・生命的なものが偏在し、諸現象はその働きによるなどとする世界観。また、原始宗教・民間信仰における雑多な神霊の信仰(後略)」
と説明されている。
日本の神道は純然たる(?)パンセイズムではなく、この両者がいい塩梅に混じったものではないか、と私個人は思っている。
私は、日本的信仰に慣れてしまっているから、一神教的な、
「あなたに神の御恵みを」
の意味をイメージするのは難しい。
しかし、時に、
「神はあなたをどれほど愛されていることでしょう」
と嘆息したくなる人物を見かける。
それほどではなくても、
「あなたは神に愛されておられるのでしょうね」
と言いたくなる人には、結構頻繁に出会う。
村のお祭を見学して、氏子さんすべてに、
「神様はあなた方を愛されてるのでしょうね」
と言いたくなることは、珍しくない。
さて、東吉野村のある村で、秋の祭りが開催されるということを民話の本で知った。
興味深いのだけれど、正確な開催日や時間がわからないし、部外者が見学しても良いのかどうかもわからない。
そこで、村役場に問い合わせを入れると、すぐに資料をコピーして送ってくださった。
そして、「詳しい日時などは区長に問い合わせてください」と、区長さんの氏名と電話番号が付記されていた。
早速問い合わせの電話を入れると、丁寧に時間などを教えてくださり、お祭の内容まで教えてくださった。
そして、
「このお祭について、どこでお知りなさったんかな?」
と尋ねられたので、民話にその神社の神様が美女であると書いてあった旨を答えると、本当に嬉しそうな声をなさった。
「そう、美人なんです」(←断言)
と。
そして、
「餅撒きもしますんで、是非来てください」
と。
加えて、
「お祭の時期ならば、もみじが綺麗です」
その上に、
「天気も良いです」
と。
思わずため息が出た。
「天気も良いです」
という言葉は、神への無垢な信仰と信頼がなければ出る言葉ではなかろう。
そんなわけで、私の貧困な頭で思いつくかぎり丁重なお礼を言って、電話を切るとき、図らずも、こういいたくなったわけだ。
「Good Bye」
と。
-----
--------
TITLE: ひとつの季節が終り、そして始まる
BASENAME: 2622361
DATE: 10/14/2006 09:54:36
-----
BODY:
私の一年は、
牡蠣の季節・鮎の季節の二つで構成されているといっても過言ではない。
6月~10月初旬は鮎の季節。
9月下旬~4月は牡蠣の季節。
ともに、前者は夏の、後者は冬の季語でもあったりする。
ちなみに、夏場・・・つまり、Rのつかない月に牡蠣を食べないのは、当るからというよりもなお、「産卵のシーズンなので水っぽくてまずい」というのが理由なのだそうだ。
ちなみにちなみに、旦那曰く、「Rのつかない月」というのは、英語でもラテン語でもドイツ語でもの話しじゃなくフランス語の話しだそうで、
つまり、
9月(septembre)、10月(octobre)、11月(novembre)、12月( decembre)
そして、
1月(janvier)、2月(fevrier)
を差していたんだそうだ。
3月(mars)、4月(avril)もRはつくんだが、そういう屁理屈は
「メッ!!」
だそうで、牡蠣が食べられるのは、9月~2月までというのが正解なんだそうだ。
でも、今は、3月や、4月も、
「Rがつくじゃ~ん」
ということで、じゃんじゃん牡蠣が食べられているのはありがたいことである。
従って、5月の私は、非常に手持ち無沙汰だったりする。
今はオイスターバーなんてのが出来て、一年中、牡蠣を食べられるから、5月はこういうお店に行けばよいわけなんだが・・・高いよっ!!
つい先日、友人達と食べに行ったら・・・いやまぁ、次から次へと豪快に、注文しちゃぁ食べ、注文しちゃぁ食べてたからなんだが、お会計は一人1万円弱!
しかも、1割引のクーポン使ってですよ?
その後、喫茶店で二次会して、5年ぶりくらいにカラオケなんぞへも行ったので、私の一ヶ月のおこづかいのほとんどがそれで消えちゃいました(T_T)
というわけで、庶民にはそうそう足を運べる場所じゃあないのである。
来来亭でカキフライ定食を頼んだら、カキフライ4つにご飯にラーメンがついて950円だもんなぁ。
オイスターバーでは、カキフライ4つで2000円弱したっけ。
・・・やっぱり、オンシーズンは、来来亭で良いや、私は。
が、もっと「おいしい」手があるんである。
いや、
「自分で作ればええやん!」
といわれそうだけど、フライものって、自宅でカラリと揚げるのは結構難しいんだな。
油の温度が低いんだろうと思うけど、どうもカラリと揚がらない。
それと、もうひとつ、主婦の皆さんには同意してもらえるかと思うんだが、自分で作ると、おいしさが半減しません?
特に工夫を凝らす場合、頭の中で出来上がりをイメージしながら調理しているわけで、作っている過程で頭の中で食しちゃうってのもあると思う。
あと、作っている途中にいろいろな匂いを嗅ぐから、嗅覚では既に味わってしまっているというのもあるだろう。
結局、「サプライズが足りない」ってことじゃないだろうか。
というわけで、好物・・・特に、鮎の塩焼きとカキフライは、他人が作ったものを食べたいの、私。
てなわけで、おいしい「手」とは。
うどん屋をやってる友人のところに生牡蠣を持ち込んで、フライにしてもらう・・・。
ふふ・・・ふふふ・・・ふふふふふふふふふ・・・・。
さて、そういうわけなのだが(どういうわけなんだかようわかりませんが)、牡蠣といえば、ちと気になることがある。
そうそう、食あたりが・・・じゃなくて、この文字だ。
「牡蠣」の文字のうち、「蠣」という漢字それ自身で、「かきという二枚貝」を意味する。
しかし、私達が普段、「カキ(二枚貝の)」と言うとき、自然に「牡蠣」という字をあてるだろう。
「牡」は「オス」。
つまり、「オスのカキ」と書いて一般的に「カキ・牡蠣」と呼んでいるわけだ。
カキの牡と牝で味が違うとか、牝のカキは食べられないとか、牝のカキは小さいとかそういう話は聞かないから、これは・・・ひどいひどい、差別だわ、差別だわっ!!
と、ちょいちょいと「牡蠣」「牝蠣」で検索してみたら・・・。
な~んだ、両方の表記があるではないですか。
ということは、うちのIME(つまり漢字変換ソフト)が、差別主義なだけなのね。
まぁ、それはそうとして、もうちょい詳しくつっこんでみたら、なんと。
蠣は、雌雄同体らしい。
つまり、ひとつの個体に、男性性と女性性を持ち合わせているわけ。
カタツムリもこれである。
・・・しかしあれですね。
牡蠣・牝蠣の場合は、水中で産卵するから、他の魚介類のように、牝が卵を産みつけ、その上から牡が精子をふりかける・・・という形で実現するんでしょうが、陸地に棲むカタツムリは、やっぱりちゃんと交尾するんだろうなぁ。
ということはあれだよなぁ。
こう、昨日まで、
「お前とオレとは、男の中の男、いつまでも友達だぜ」
とか言ってた友人が、こう、急に、
「なんだかお前が恋しいぜ」
とか言われたりして、こう、怪しい雰囲気に・・・とか・・・・・。
う~んう~~んう~~~~~~ん。
そういうのって、すげ~いやだぁあああ。
油断できへ~~~ん・・・。
いや、話がそれました。
・・・・・・てなことで、カキは実際は、牡牝蠣なわけだ。
で、夏場が牡蠣の産卵の時期ということは、多分、夏場には牝蠣が増えて、それ以降は牡蠣が増えるってことなんだろう。
うん。スッキリ。
ということで、そろそろ牡蠣の季節が本格的に始まる。
サクサク食べるぞ~~~!!!
***
後記
え~、朝、勘違いして、Rのつく月というのはラテン語のことだと書いておりましたが、旦那に再確認したらフランス語とのこと。
改めてお詫びいたしますだ
-----
--------
TITLE: 燃やす
BASENAME: 2622362
DATE: 10/15/2006 07:45:54
-----
BODY:
現代日本の宗教的シーンにおいて、「燃やす」という行為には、大きく三つの意味があるように思う。
ひとつは、「明かりをつける」ため。
もうひとつは、「罪ケガレなど悪いものを清める」ため
最後のひとつは、「願い事を天にあげる」ため
だ。
明かりをつけるというのは、「燈明をあげる」という行為が如実にそれを説明しているだろう。
お仏壇に蝋燭をあげるのも同じ。
罪ケガレを清めるための炎というのは、たとえば、人形(ひとがた)などのお焚き上げ。
作法には多少の違いがあるだろうが、一般的には、人形に罪とケガレを移し、その人形を燃やすことで、罪ケガレが祓われるという考え方だ。
そして、最後の「願いを天にあげるため」というのは、例えば、護摩の炎などはそれにあたるんじゃないかと勝手に想像している。
護摩を見たことがないという人は多いだろう。
昨日、山伏をしている友人に、「護摩壇を組むので見に来ませんか?」と誘われて、お邪魔してきた。
丸太を井桁に組み、比婆をセットするというだけのシンプルなものだが、なかなかに荘厳である。
そして、祭りの当日は、真中に炎を点し、願い事を書いた護摩木をここに放り投げて焼くのだ。
本当の意味は知らないが、基本的には、炎や煙に乗って願い事が天に届くという考え方に基づく行為じゃないかと思っている。
さて。
一昔前まで、死人を焼くという習慣はなかった。
死んだ状態のまま棺に入れて土葬していた。
もっと前は、川に流したり、野辺の捨てて、鳥の餌にしていた。
本来的には、私はこれは正しい葬送の方法だと思う。
エネルギーには限りがある。
エネルギーは増えたり減ったりしない。
ただ、太陽の光があり、重力があるから、ぱっと見た目には、エネルギーが増えたり減ったりしているように見えるだけだ。
もし、太陽がなければ、生物が生きるために消費するエネルギーを補填する術はない。
だから、人の死体だとて、鳥の餌に、バクテリアの餌にして、エネルギーを循環させるのが自然だとは思う。
火葬にしてしまえば、人の肉体に残るエネルギーはすべて「燃焼エネルギー」へと変換されてしまう。
大変もったいない。
それに川へ死体を流すことや、鳥の餌にすることにも意味がある。
古代、「常世」・・・つまり天国という名詞と置き換えてもさほど違いはないだろう・・・は、海の向こうにあると考えられていた。
川に流すのは、常世へ死体を運ぼうという意志だろう。
そして鳥は、魂を運ぶと考えられていた。
鳥にその肉を食わせることによって、常世にその魂を運ぼうという考え方だったんじゃなかろうか。
死人の体は・・・もし許されるならば、野辺で鳥の餌になるか、川に流すのが自然だ、と私は思う。
かといって、現代日本において、かなりのパーセンテージで火葬が行われているのには意味がある。
人間という生き物は、すべて
「死ぬ定め」を背負って生まれてきたのと同時に、
「死を理性的に理解し」「死を恐れる」という、
究極のアンチノミーを抱えた、か弱い存在なのだと思う。
だから、なるべく長く生きることが出来るように、そのか細い脚で踏ん張って、智恵を絞って進化してきた。
だから、現代日本では火葬が理想的とされているのだろう。
それは、伝染病などを蔓延させないため。
伝染病をなるべく早期に封じ込めるためだ。
そのエネルギーでどれだけのバクテリアが満腹する(?)か知れない、その大きな死体を、あたら炎の餌にしてしまうことは、確かにもったいないことだけれど、人が歩んできたひたむきな道を、私は否定したいと思わない。
そして、炎や煙に乗って願い事が天に届くという考え方ができるのならば、人の魂もまた、炎と共に天まで上り詰めることが出来るだろう。
さて、護摩壇を組むにあたって、私は箒でもってちょこちょこっと清めただけだが、旦那は丸太を持って手伝っていた。
結構不安定な丸太を組み上げていくのだようだ。
護摩壇は、炎で崩れる運命なのだ。
刹那的なものだからこそ、天に軽々と昇りつめることが出来るのかもしれない。
さて、私は、地上から抹殺したい、燃やしてしまいたい恥かしい過去がいくつか、ある。
そりゃもう、こっぱ微塵に消し去りたいやつである。
思い出すと、
「んぎゃ~~~!!」
と叫びたくなるようなやつである。
燃やせるもんなら、ぼうぼう燃やしてしまいたい!!
・・・が、ふと思った。
燃やして消えたらいいけど、天に届いちゃうかもしれないじゃん・・・・・・。
こ・・・こわ~~~~~~。
川に流したりしても、常世に届いちゃうかもしれないし・・・!!
と、いうことで、死ぬまでもっていくことに決めました(T_T)
私が死んだら、燃やさずに、地面に埋めてください。
バクテリアに食わせてください、お願いします・・・。
あぁあああああ、でも、バクテリアがそれを食って、バクテリアをみみずが食べて、それを鳥が食べて、お空に運んじゃったら・・・!!!!
ぎゃ~~!!
・・・どどど、どうすればいいんでしょう(笑)?
TITLE: 凹
BASENAME: 2622363
DATE: 10/16/2006 19:18:07
-----
BODY:
凸があれば凹がある。
電子は、プラスを帯びたものとマイナスを帯びたものがある。
酸素はプラス、水素はマイナス。
これだって、ある種、凸凹だ。
でこぼこだから結びついて物質を構成する。
男があれば女がある。
「成り成りて成り余れるところ一処ある」ものと、「成り成りて成り合はぬところ一処ある」ものが一組で生まれ出たからこそ、「成り余るれる処を、成り合はぬところに刺し塞ぎて」、そのことによって国が生まれたわけだ。
つまり、「成り余れるところ」が、「凸」で、「成り合はぬところ」が「凹」。
山があれば海はある、谷もある。
盆地なんかは、まさに、「ボコッ!」という感じがする。
で、私はその、ボコッ!が結構好きである。
今日、高野山中腹盆地にある天野。
この天野に鎮座する、丹生都姫神社の例祭を見学してきた。
往古・・・というほどもない、まだほんの100年くらいまでは、このお祭の時、この神社から和歌の浦に鎮座する玉津嶋神社へ、神の渡御があったということを聞いて、非常に興味を持ったのだ。
丹生都姫神社の凸・・・もとい、男神である高野御子明神、狩場明神が、
玉津嶋神社の女神である衣通姫に懸想して通っていたことから、神事の時に渡御が行われたとされているそうだ。
これはなかなかロマンティックな伝承だとは思う。
でも、もしこれが現代の話しなら、ストーカー規制法にかかっちゃうかも(^^ゞ
難しい時代だよなぁ。
ストーカー行為か、単に恋する者の行為かを分ける基準って難しいと思う。
たとえば、「つきまとい等」にあたる行為のひとつとして、
「その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと」
なんてのがある。
つまり例えば、だ。
私が、レオ様に(しつこくレオ様ファン)、
「あの・・・昨日、○○っていうレストランでお食事されてましたよね」
と言ったとする。
これが、下手したら「つきまとい等」にあたっちゃうわけだ。
だけどさぁ、ストーカーの本質とは、結局は客観性の欠如だと思うんだな。
行為じゃないと思う。
「こんなことしたら相手がどう思うだろう」
という想像力の欠如が、その人をして、「ストーカー」にさせる、と思うわけ。
自分が誰かをストレートに恋しして、相手が自分をいやがっているようなことがあったとして。
もし、相手の気持ちを慮るという発想があれば、結局は諦めるしかない・・・という発想に辿り着くと・・・苦しいだろうけど・・・思う。
しつこくアプローチなんかはしちゃいけない。
反対に、誰かを恋してて、相手にその気がありそうならば、例えば、家の近所で待ち伏せしていて、偶然を装って声をかける・・・なんてことを繰り返したとしても、
「つきまとい等」
とは呼ばれないだろう。
アプローチの方法と認識されるんじゃなかろうか。
というわけで、ストーカーの本質とは、「相手がいやがっている」ということに無神経であるというところじゃなかろうかと、そういいたいわけ。
で、だから、高野御子明神の行為は決してストーカーではないわけ・・・って、説明が長いよ(笑)??
そんなわけで、今日私達が参加したのは、一途な恋から始まった儀式が行われていたお祭なわけだ。
とはいえ、実際のところ、もっと深い意味がありそうなわけで、私はどっちかというとそのことに興味を持ったんだけどね。
このお祭の儀式や、それに使われる御供え品などが、我が近所の神社のお祭と微妙に似ているのだ。
なので、私はロマンティックでもなんでもないんだが・・・。
高野御子明神の軌跡をたどって、丹生都姫神社から玉津嶋神社まで旅してみた。
本来は徒歩と船での渡御だったろうが、40キロほどの道のりを往復する時間がないので、旦那の運転する車で移動する。
窓を開けて走ると、乾いた風が入ってくる。
高野明神は、こんな秋の風に吹かれながら、恋する人の元へ通ったのだろうか。
何がどうというわけではないんだけど、ちょっと満足(~_~)
その後、玉津嶋神社の神職さんにお話を伺い、裏にある奠供山に登ってよいか尋ねてみると、
「絶景ですよ」
と教えていただいたので、頂上まで3分ほどの山を登る。
たった3分で、まさに絶景だ。
目前に和歌の浦が広がる。
両端に小高い山(そもそもは海中の島であったらしい)がせり上がり、ゆるやかで女性らしい
「凹」
を形作っている。
玉津嶋神社には女神が二柱祭られているのだが、この景色はまさに、柔らかでたおやかな女性を思わせる。
そして、「凸」は・・・。
凸のない凹は何か寂しい。
ツッコミのないボケが寂しいように。
恋人と別れを告げたばかりの人が寂しいように。
高野明神の訪れのない衣通姫のように、だ。
じっと目を凝らしてみた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
いた。
凸が。
宇宙を背に背負った太陽が、大きな体を小さい光りにまとめて、凹に迫りつつある。
和歌の浦の美女神に迫る男神が、その時まさに、恋を達成させようとしつつあったのだ。
-----
--------
TITLE: 手掘りのトンネル
BASENAME: 2622364
DATE: 10/17/2006 14:31:59
-----
BODY:
なんだか知らないが華のある人ってのはいるもんである。
そういう人は、普段いい加減でも、要所要所ではバッチリ決めたりする。
たとえば、普段は
「こいつ、いつ仕事してんねんやろ」
というほどいつもふざけてて、きっちりと仕事をしていないように見えるけれど、重要なプレゼンではバッチリ成功させる人って、たまにだけどいるでしょ?
うちの旦那は・・・。
ちょっとそういうところがあったりする、と、妻のひいき目ながら思う。
ということで、昨日のブログの中で、言及しようと思っていたのに、書いているうちにまったく違う結論になってしまったんで、書き損ねてしまったネタを・・・。
どう~せ私は無計画な文章書きさぁ~~ってあかんや~~~ん(T_T)
・・・・・・・・・すぐ話しそれちゃうなぁ(^^ゞ
てなわけで、和歌山県は橋本市にある、「芋谷の手掘りトンネル」である。
トンネルってのは、長い長い空洞である。
これぞまさに「凹」という結論にもっていこうと思ってたのに、書いてるうちにまったく違う話題になってしまいまひた。
なんであぁなるんでしょ(^^ゞ
ま、とにかく、トンネルである。
昔、中学生くらいの頃だったか。
ちょっと物知りの友人がこんなことを言っていた。
「世界中のマカロニをすべてたてにつなげた長さ」
と、
「世界中のスパゲティーをすべて縦につなげた長さ」
はまったく同じである、と。
なぜならば、
「マカロニの真中をくりぬいたものがスパゲティーだからなんだよ~ん」
という話しであった。
わっはっはっは。
スパゲティの製造工程を見たら、これがどんなにアホらしいホラかわかるってもんだが、当時は信じていた。
うふふふふ。
・・・ま、パスタといえば、マカロニとスパゲティしか知らなかった時代の話しのことである。
トンネルの穴の土は・・・どこへ行くんでしょうね(笑)
ま、それはいいとして、昨日のこと。
祭りが12時ごろに終わって、家路に着く途中、寄りたい場所が思いつかず、かといって平日の昼間せっかくの旦那の有給を家でごろごろで終わらせるのがもったいないと、紀見峠の旧道を通ることにした。
と、偶然目にした、
「手掘りのトンネル」
という文字。
こりゃ見ておくべ、というか、
「なんかトピックスがなかったらもったいない」
てなばかりに、行ってみた。
細い道である。
もし私が運転手をしていたら、間違いなく脱輪していた。
しかも、道の脇は田圃で、多分野生動物が作物を盗んだろう。
ちょっと大した電圧の電流が流れる電線が張り巡らせてあったりして(T_T)
正直、トンネルにいくだけで、ちょっとした、
「ドキドキ」
だ。
しかも・・・トンネルは・・・。
くら~い、まがりくねってい~る、せま~い。
その上に!!!
「落石注意」
という古いふるいふる~い看板が!!
ら・・・落石ならええんですけど・・・。
ららら・落盤はしませんよね・・・びくびくっ!
となりそうな佇まいだ。
でもここまで来て帰るのは勿体無いので、とりあえず通ってみる。
中は真っ暗。
足元に水がたまっているのさえ見えない。
旦那がトンネルの中の写真を撮ろうとしていたが、暗すぎてピントが合わないらしい。
出口を向けるとやっとピントが合うくらいで、トンネルの壁を撮影しようと思ってもなかなかシャッターが降りず、なんとか1枚撮影できただけらしい。
このままでは危ないので、ヘッドランプをつけると、トンネルの天上はどうやら岩肌そのもの??
これで、飛行石でも光ってたら、私はすぐにでもシータになってたろうが、残念ながらトンネルはまったく光らなくて真っ暗だし、横にいるのは、パズーじゃなかった(T_T)
トンネルを越えてもやっぱり山道。
別に何もなさそうなので、道を戻る。
で、ですね。
家に帰ってきてネットで調べてみたら、ここは、ハイキングコースの一部で、普段は山登りの人が使っておられるようですね。
で、結構有名な心霊スポットでもあるとか(^^ゞ
で、で、で、で、しかもですよ。
たまたまシャッターが降りた、たった一枚の写真の被写体の真中にこういう文字が書かれていたりすると・・・。
心霊懐疑派の私としては、
「旦那ってすごい!」
などと思ってしまうんである。
1.心霊懐疑派どころか、心霊現象否定派で、他人が「自分の霊感」について喧伝していると、わざわざ横に行って、事細かにその「心霊現象」について科学的説明をほどこすような人間が。
2.オートフォーカスの一眼レフカメラのピントが合わずにシャッターが降りてくれないほど暗いトンネルの中で。
3.たまたま偶然シャッターを下ろしたところに。
4.冗談で書かれたであろうとはいえ、こういうツボな文字が書かれている。
こりゃ、すごい偶然だと思いません?
生半可な「霊能者」ではこうは行きますまいよ。
・・・もちろん、仕込みやヤラセじゃなければね。
昨日の旦那の場合、私は横で見ていたから知っているが、真暗闇の中で、無造作にシャッターをきろうとしていた。
それなのに、こんな、職業霊能者でさえ叶わないほどツボなことをやってくれるなんて!!
こういうのを、「華」というのであろう・・・って、ほんまかいな(^^ゞ
____
後記
無責任に「心霊スポット」なんて書いてしまったことを反省して、ちょっと追記。
このままじゃ、地元の方や、このトンネルを掘られた方に失礼ですよね(^^ゞ
普通にハイキングをしておられる方がほとんどだろうに・・・。
すんません。
ダンナの撮影した文字があまりにも・・・だったんで、そっちばっかりクローズアップしてしまいましたが、別に、全然不気味な場所ではありません。
むしろ、田圃が広がり、栗の実が落ちていたりして(もちろん中味は既に誰かが持って帰った後でしたが(T_T))、のどかで平和な雰囲気でした。
「落石注意」とのことですから、上に注意する必要はありそうですが、通った感じ、そうそう石も落ちてきそうじゃありませんでした。
確かに、このトンネルの構造は、人の平衡感覚を狂わせてしまうところがあると思います。
まっすぐじゃないんで。
下は土だし。真暗だし。
「トンネルとは綺麗なカマボコ型のものだ」
という先入観のある私達には、
「くらっ」
とさせられるものがあるかもしれません。
止ったエスカレータを降りようとすると、
「くらっ」
としますよね?
あれと一緒です。
で、普通に、
「橋本市 手掘り トンネル」
で検索してみたら、たとえば、こういうブログがひっかかります。↓
http://blogs.yahoo.co gakuryoukinoko/36744208.html
書かれているように、のんびりした場所なんですよ(#^.^#)
しかも、「真田幸村が掘った」とか、「楠木正成公が掘った」なんて話しも残ってるとか??
こっちの方がツボかも(~_~)
楠公さんのトンネルだったらうれしいなぁ。
真田幸村が高野山から大阪入りするときならば、ここにトンネルを掘ったとしても、おかしくないですしね。
そんなわけで、ここを通られる皆さん。
「史跡」として、このトンネルを観察してみてください。
その方が有益だと思います(#^.^#)
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 10/17/2006 22:47:16
う~ん
あのトンネルの写真(文字のあるほうじゃなく最初のポッカリ黒い穴のね)
だいぶやばいんじゃないでしょうか?
じっと見てたら吐き気してきた...
よ~ 事故もおこさずご無事で御帰還
さすが蛇にみこまれただけある(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 10/18/2006 14:27:27
猫さんがやばいと思ったのは、「嬉しい予感」かもしれませんよ(~_~)
心霊スポットってのは、ほんの一面で、ここは、普通のハイキングコースみたいです。
ただ、狭いし暗いので、そういう風に思われちゃうんですね。
それよりも、本文に追記しましたが、このトンネル、
「楠公さんが掘った」とか、「真田幸村が掘った」という伝承もあるらしいです。
どうです?行ってみたくなりません?
ほんと、行ってみたら、なんてことない平和な風景ですよ(笑)
-----
--------
TITLE: 田舎の気品
BASENAME: 2622365
DATE: 10/18/2006 14:31:59
-----
BODY:
上品だと言われる街がある。
大阪ならば帝塚山という地域がそれにあたる。
このあたりを歩くとそれは静かだ。立ち並ぶ大きな家の中から大音量で芸能ニュースの音が聞こえてくることはないし、道端で立ち話をしている奥様方の姿もない。
それに比べると我が町内は、悲しいくらいに「田舎」である。
どこがどれくらい田舎かというと、区長の地位をめぐって、地主の本家と分家が真剣な喧嘩する程度にだ。
買い物のためにちょっと出かけると、最低でも2人以上の知人と顔をあわせ、立ち話になってしまう。
以前、仕事でご一緒した、いかにも上品そうな奥様に、用事があるので家の場所を尋ねたら、
「宝塚です。いえ、住所は西宮ですが、もう、ほとんど宝塚です」
と、やたらと「宝塚」に住んでいることを強調しておられた。
宝塚=上流
西宮=中流
てなイメージでももっておられるんだろう。
でも、前者が上品で後者が下品かというと、私はそうは思わない。
確かに物静かな人の方が上品だが、それは人を煩わせないから上品なのであって、静かであるということが即ち上品というものではないだろう。
誰かを助けるために大声をあげることを下品だとは思えない。
つぅか、大声をあげるべきところで、
「私はそんな下品なことできないざます」
なんて、やるべきことをやらないほうが下品だっつの。
品とは他者のことをどれほど気遣えるかにかかっているのではないだろうか。
我が町内は、すこぶる治安が良い。
市内では侵入盗の被害が増えているそうだが、うちの地区では被害がまったくないそうだ。
それはそうだろう。近所の家を怪しい人が覗きこんでいたら、
「ちょっと兄ちゃん、なにやってんの」
と、誰かが声をかけるだろうから。
隣家の奥さんは、ほんの少し、ガラが悪い。
「びーこ」という名の我が家の雌犬を、「びー公」という雄犬であると長年勘違いしていたらしい。
息子さんを送り出すとき、七変化する声を聞くことができる。
つまり、迎えにきてくれた息子の友達に対する、
「いつもごめんなぁ。ありがとう。ちょっと待ってな」
という優しげな声と、
「おどりゃ、いつまで友達待たせんねん。」
という、ドスの効いた声だ。
とは言っても、決して下品な印象じゃない。
自分のことより他人のことを優先しておられるのがわかる。
もう9年ぐらい前の夏のこと。
私たち夫婦は引っ越してきたてだった。
私は、旦那と一緒に家を出たために鍵を持つのを忘れてしまった。
牛乳や生魚、腐り易い食材を山ほど買い込んで家に帰ってきたのに、どうしても家に入ることができない。
旦那が帰ってくるまで待つしかないんだが・・・。
私はよい。
でも、暑い季節に牛乳や生魚を冷蔵庫に入れずに置いておくのは、大変危険だっつぅの。
途方に暮れていると、お隣の奥さんが出てきて、
「うちにおいで~や」
と誘ってもらった。
これだけでも十分親切だが、私が感激したのは、ここからだ。
奥さんと話しをしていると、坊ちゃんが小学校から帰宅した。
「お菓子をもらった」
とお母さんに報告している。
そして、私の顔を見ると、ちょっと考えてすぐ笑顔になり、手にしていたお菓子のうち3つを私の手に乗せてくれた。
彼がもらったのは「おこし」という大阪名物のお菓子5個。
私に3つくれたら彼の手には2つしか残らない。
でも、いつも母親から、人には親切にしなさいと言われているのだろう。
彼の動作は自然だった。
・・・小学生の坊ちゃんが、ですよ??
私だったら、1個だけ
「はい」
と手に乗せて、そそくさと自分の部屋に入っちゃうなぁ~。
えらいなぁ。ほんと、偉い。
それは、家族に向けられるべき愛情を近所の誰かにも分ける余裕があるということ。
彼自身が家族以外の多くの人から愛情を注がれていることの結果なんだろう。
本来、そういう行動をして、
「上品」
と呼ぶんだろう。
・・・・・なんでこんな話しをしてるかというと、だ(笑)
今日の晩ご飯はお好み焼なんである。
目分量なので、豚肉の量とか、生地の量とか・・・とかく不公平になりがちなんである。
どのお好み焼を旦那のにして、どれを自分のにするか。
「愛情」と「品」と、「食い意地」
が、せめぎ合うのだ、激しく!!!!!!!
・・・・・そして、結局、食い意地が勝つんだけどね、多分ね。
ははははのは・・・(T_T)
-----
--------
TITLE: 母の哀しみ
BASENAME: 2622366
DATE: 10/19/2006 17:23:48
-----
BODY:
私の兄弟は弟が一人いるだけ。
ということはつまり、両親にとっては、「一人娘」である。
私は決して親不孝な娘というわけじゃないと思う。
あまりにも理不尽だと思うこと以外は、別に口答えすることもなく聞いたほうだと思うし、門限も守った。
禁止事項を破ったこともなかったと思う。
ただ、良い娘かというと・・・どうもそうではないらしい。
「オルセー美術館展へ一緒に行こう」
と母に誘われたので、昼前に待ち合わせをし、二人でJRに乗った。
私は芸術・美術がわからない。
どっちかというと苦手だ。
が、嫌いってわけじゃなく、好きな絵は好きだし、気に入った絵を2~3時間眺めているのは苦痛じゃない。
そんな程度。
さて、「一緒に行こうと誘われる」ということは、つまり「一緒に見よう」「感想を語り合おう」ということだろうと思う。
ので、お互いのペースは違うのだけれど、なるべく足並みを合わせるように見ていく。
これでも一応、気を使っているのだ。
モネの「アパルトマンの一隅」と題された絵を見て母が言う。
「いや~、これ、モネにしては面白いタッチやね」
と。
しかし・・・わたしゃタッチなんかさっぱりわからないのである。
「う~ん、ごめん。私、モネの絵は、テート美術館にある睡蓮しか見たことないから、タッチがどんなんか、わかってへんわ」
「・・・そう・・・」
題名は忘れたが、女の子が風船を追いかけている姿を俯瞰した絵を見て母が言う。
「いや、これユニークやわ。珍しい構図やね~。こんなん他にないんちゃう?」
だが、私はこの構図をどこかで見たことがあるような気がした。
私は美術が苦手だが、苦手だという意識があるからこそ、熱心に絵画展に脚を運んだり、ディアゴスティーニの「グレートアーティスト」を全巻そろえたりしていたのだ。
「まったく同じじゃないけど、子供が遊ぶのを俯瞰した絵って確か近代の画家が書いてたと思う・・・えぇっと、キリコだったかなぁ」
「・・・そう・・・」
これまた題名は忘れたが、スーラの絵を見て母が言う。
「いや~、これ見て?遠くで見たら一つの絵に見えるけど、近くで見たら点々やん!面白いねぇ~~!!」
「あれ?スーラって点描画が多いんちゃうの?私、スーラは点描画以外見たことないわ。」
「・・・そう・・・」
この後、母は黙ってしまった。
私の対応が悪かったのだろうことは想像がつくのだが、かといってどう答えたらよいのかようわからないのだ。
「うん、わかるわかる」的な答えをしたらいいんだろうな~とは、うっすら理解できるんだけど・・・。
そういうのって、こっぱずかしいじゃん!!
だって、「わからないわからない」なのにさぁ(T_T)
それに、うちの母は、幼稚園児である私のおもちゃ箱に、
「柄があった方が喜ぶと思って」
と、ピカソの「ゲルニカ」を貼り付けたような芸術感覚なんである。
(裏は、ルソーの「眠るジプシーの女」だった。確か)
芸術音痴と芸術音痴が二人そろって、
「わかる」
わけないじゃん(笑)
しかしまぁ、その後はランチである。
食べものに関しては、結構意見が合うのだ。
「うわ、これおいし~ね~~!!」
「うん。銀杏もほくほくで大きいしね!」
これで、母の調子も少し戻ってくるのである。
本当は、この後、花鳥園へ行こうと思っていたのだが・・・それならば、話しも盛り上がると思ったんだが・・・時間がなくなってしまった。
食事がコース式だったので、時間がかかったのだ。
そこで、神戸の百貨店で買い物をしようということになった。
母が同窓会に着ていく服が欲しいというので、見立てて欲しいんだそうだ。
母の選ぶ服はいつも大体同じだ。
地味なジャケットと、花柄でプリーツのついたスカート。
なので、「いつものと同じようなのを選ばないように」と釘をさした。
しかし、いつも同じようなタイプの服を着ていると、冒険するのが難しいらしい・・・ということは私にもよくわかる。
母が選ぶ服に対して、
「腹が実際以上に出ているように見えるからやめたほうがいい」
とか、
「その服はよっぽどスタイルと姿勢がよくないと食われるからやめたほうがいい」
とか、
「若く見えるし似合うからそれにしたらいい」
とか。
誠実かつ有益なアドバイスをした・・・つもりでいた。
私は。
しかし、なぜなんだかしらないが、母は私と服を選びにきて、服を買ったためしがない。
いつも最後に、
「・・・今日はいいわ・・・」
と結論するんである。
そして、
「あんたの服を買うたるから選び」
といわれるんだが・・・欲しくないんである。まったく。
「スカートは?」
「はかへんしなぁ。あ、ジーンズなら買うて欲しい」
「・・・ジーンズは、また専門店に行った時にしぃな」
「わかった」
「シャツは?」
「ユニクロのやつが6枚もあるからこれ以上いらんなぁ・・・」
「カバンとかいらん?」
「私はどこへ行くにもリュックやしなぁ・・・」
「アクセサリーとかいらんか?」
「邪魔になるしなぁ・・・」
「・・・・・・そう・・・・・・・・・」
わかるんである。多分、わかるんである。
弟の嫁さん・・・つまり義妹はお母さんと姉妹のように連れ立って買い物に行くんだそうだ。
で、おそろいのシャツとかを買うんだそうだ。
でもね?
私と母の服装の趣味は、まったく違うんである。
おそろいにしようとしたらどちらかが譲歩せにゃならんのだ。
趣味じゃない服なんて、着ないでしょ??
・・・とはいえ、なんか申しわけない感じはする。
盛り上がりに欠けてしまうので、こう切り出してみる。
「服はいらないけど、食品街でなんか買ってほしいな~♪」
と。
母がちょっと嬉しそうな表情をしたので、エレベータで降りる・・・が、洋菓子コーナーへ行こうとするので、
「あの、お母さま、ワタクシ、お惣菜がほしいな♪」
というと、少しがっかりした顔に。
その上、私がほっけの開きを手にした時にゃぁ・・・。
さすがに申しわけなくなって、それを置き、三田屋のベーコンとウィンナを買ってもらったが、母としては、洋菓子屋さんで、プチフールをキャッキャいいながら選ぶ・・・というような図を期待してたんだろうな。
・・・こうなるのがわかってるので、私は母と一緒のときは、「ショッピング」という選択をあまりしないんだけどねぇ・・・。
私は決して、人の心の機微に無関心とか、気遣いする気がまったくないとか、そういうわけじゃないんだが・・・、どうもうちの母親は、割りを食らってるような気がする。
結婚式のとき、打ち掛けやドレスで体をぎゅ~ぎゅ~に締め付けられているにも関わらず、次がれた酒はすべて飲み干し、出された料理は真っ先に平らげていた私に対して、
「新婦がお酒をあおりなさんな」
とか、
「ガツガツ食べたらあかん!」
などと、式の間中ハラハラと新婦を見守っていたためか、本来感動するはずの花束贈呈の時、心から「やっと終わった~~~」というホッとした表情をしていた母だ。
私が学生時代、
「何かあったら相談するんやで」
と言うたび、
「別に、何も困ってないで~」
と、気の抜けた返事を娘から返されていた母だ。
さぞかし張り合いがないだろうなぁとも思う。
ここらへんで、いっぱつ、こう、可愛い娘らしい反応をしてみたいと思うんだが・・・。
「いや~ん、わかるわかるぅ。このタッチマネっぽくないね♪」
「わぁい。のりこ、花柄のスカートが欲しい~、おそろいにしよ?」
「わぁい、のりこ、このガトーがいい、お母さんはどれがいい?」
・・・なんてやってる私を想像すると・・・。
こわい、こわいこわいこわい!!
何か裏があるやろ?
なんかたくらんでるやろ~~~~???
・・・と・・・。
そうなりませんかね?
つうか、そんなセリフ、さぶいぼがでます(T_T)
無理です、不可能です。インポッシブルです!!
・・・どうしたもんですかねぇ・・・。
こんな娘です。
勘弁してくださいませ。
ま、諦めてるみたいですけどね(^^ゞ
悪いなぁ、ほんと。
-----
--------
TITLE: 夕映えの梵鐘
BASENAME: 2622367
DATE: 10/20/2006 15:18:02
-----
BODY:
高野山は丹生都姫神社のお祭の前夕、私達夫婦はこの神社とゆかりの深い友人と赤く染まった天野の空を眺めていた。
丹生都姫神社の駐車場には、なぜだか梵鐘がある。
いや、この大きさならば、「半鐘」と呼ぶべきなんだろうか。
「大辞林」では、半鐘は「小型の梵鐘」と説明されているから、半鐘も梵鐘のうちなんだろうが。
その違いは、大きさよりも、それが存在する場所に顕著に現れるんじゃないだろうか。
梵鐘というと、通常お寺の鐘楼にぶらさがっている。
半鐘は、火の見櫓とか・・・田圃の真中などの櫓に釣られていることが多い。
その役割も違う。
梵鐘は、宗教的意義が大きい。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
平家物語のかたりはじめだが、この「鐘の声」は、梵鐘の音のことであって、決して半鐘の音ではない。
梵鐘の「梵」という文字は、「梵語」・・・つまりサンスクリット語でいう、「Brahma 」。
ブラフマンとは、ヒンズーの最高神の一人だが、「清浄」という意味もあるらしい。
ちなみに、ヒンズーの最高神は、シヴァ、ブラフマン、ヴィシュヌ。
シヴァは破壊と再生の神であり、リンガ・・・つまり男根をそのシンボルとする。
この神が日本へやってきて、「大黒天魔王」と呼ばれ、「大黒様」となった。
修験道で神聖視されている「第六天魔王」も同じ神だという話しを聞いたことがあるが、どうもはっきりしない。
第六天魔王とは、あの織田信長が、武田信玄への手紙の中で自らを「第六天魔王」と呼んだことで知られている。
ヴィシュヌは、七変化だ。
ラーマ・ヤナの主人公もヴィシュヌの化身だといわれる。
タイ国王が、「ラーマ○世」を名乗ることからも、この神の人気を伺いしれるだろう。
この中で一番地味なのが、ブラフマンだろう。
しかし、このブラフマンを意味する、「梵」は、「梵語」「梵鐘」などにその名を残している。
梵鐘の「梵」は、「清浄」という意味で、「梵鐘」とは、「清めるための鐘」という意味のようだが、
梵語の「梵」は、そのもの「ブラフマン」という意味のようだ。
「梵語」とは、「ブラフマンの言葉」になる。
ブラフマンは、本当は、最重要な神なんである。
・・・というわけで、梵鐘は、その空間を清めるために撞かれるのだということだろう。
大晦日に除夜の鐘が撞かれるのも、新年を迎えるにあたっての、「清め」の意味があるのだろう。
・・・・・・・つまり。
梵鐘とは、そういうたいしたもんなんである。
それに対して半鐘は、村の中でのさまざまな情報伝達のためのツールだったようだ。
その代表が、火事の時。
八百屋お七が、火の見櫓に昇り、半鐘をついているシーンは有名だろう。
自分が起こした火事を知らせるために、半鐘をつく乙女。
このアンビバレンツを、私達は、恐ろしいともいじらしいとも思う。
その他にも、「津波がくる」とか。
半鐘とは「清め」の反対。
人々の情念や愛慕、憎悪、恐怖、そういうものが入り混じったシーンに登場する器具であったといえるだろう。
緊急の場合を知らせるために鳴らしたようだ。
さて、人がショックを受けたときに、それを表現するために、
「ガーンッ!!」
てな擬音を使ったりする。
これは、頭を殴られた音なんだろう。
つまり、頭が半鐘もしくは梵鐘の変わりとなったということ。
・・・かなぁ?
本日、ウォーキングの途中、やんごとなき事情でスーパーのトイレに駆け込んだのだが・・・トイレットペーパーがなかった。
ガーンッ!!!!!!
途端に、頭の中に半鐘がジャンジャンとなり始めた。
梵鐘じゃなく、半鐘だった。
トイレには、清めのための梵鐘の方がよいのかもしれないが、この緊急時に、
「ンゴォ~~オオオゥオゥオウオオオオン」
なんて悠長な音を鳴らしてる余裕はないんである。
こういう場合の「ガ~~ンッ!!」は間違いなく半鐘である。断言。
さて、15日の夕方、私達は夕日の中で梵鐘を見つめていた。
この梵鐘は、天野のどんな事件を知らせてきたんだろう。
この長閑な村にも、歴史の中に埋もれたさまざまな物語があり、この鐘はそれを見てきたのだろうと思う。
良いことも、悲しいことも、この鐘は知っているに違いない。
私は、半鐘を覗きこむ。
しかし、夕日を背にしたそれは暗く静かで、その表情を見分けることはできなかった。
・・・・・・・・・。
ということで、トイレットペーパーをどうしたか、聞かないでくださいね♪
-----
--------
TITLE: あきそうび
BASENAME: 2622368
DATE: 10/21/2006 20:32:43
-----
BODY:
薔薇の花ほど、多くのイメージを持って語られる花は珍しいんじゃないだろうか。
八坂書房の「世界シンボル事典」で、「バラ」をひいてみると、2頁半のボリュームで説明されている。
バラの花のハイカラなイメージから、そして、「バラ」とカタカナ表記することから、「明治ごろ輸入された」と思われがちだが、実はこの花、古くから日本に存在する。
「バラ」とは、「茨」なんである。
「大辞林」で調べてみると、現在のバラは、野生のものを交配改良したものがほとんどのようだから、そもそも日本にあった「バラ」と、私達のイメージする「バラ」とは別者かもしれないが、日本原産のバラと、ヨーロッパ、中国原産のバラを交配したのが現在のバラだそうだから、少なくとも、面影は残っているだろう。
少なくとも平安時代では、「バラ」「薔薇」といえば、赤色をイメージしたらしい。
「薔薇色」を「ばらいろ」と読まずに、「しょう(そう)びいろ」と読んだ場合、これは襲(かさね)の色目の名を表すことになるからだ。
表が紅、裏が紫。陰暦四月に用いる色合いだった、と大辞林には記されている。
また、「薔薇(そうび)」は、春の季語だが、
「冬薔薇(ふゆそうび)」という単語は、冬の季語とされている。
しかし、ギリシャ神話で、美の女神アフロディテ(ローマ神話ではビーナス)と深く関連づけられていることを考えると、「茨」がクローズアップされている日本のバラは、なんだか少し哀れに思える。
アフロディテとバラの関係は、重層である。
まず、ビーナスが海の泡から生まれたとき、神々はこの比べるものない美しさを持つ女神の誕生を祝って、バラの花を創造したのだという話しがある。
そして、彼女の恋人であったアドニスが死んだとき、その血がバラに花に化したという神話もある。
それゆえ、バラには美のイメージとともに、死のイメージも重なる。
しかし、死のイメージは、再生に繋がるものである。
だからこそ、古代ローマでは、バラの花を死者への供養とする「ロザリア祭り」が行われてきたのだ。
また、英和辞典などで、「バラ」の英訳であるところの、「ROSE」を引いたことのある人ならば、
「under the rose」
という連語が、「秘密に」という意味を持つことを知っているだろう。
これは、古代ギリシャにおいて、バラはワインの酔いを醒ます効果があると信じられていたからだそうだ。
ひいては、「陶酔のために秘密を口外することを防ぐ」ともされているらしい。
そんなわけで、酒の神であるデュオニソスの祭りにおいて、参加者はバラの冠をかぶっていたとされているそうな。
・・・・・・・・う~~~~む・・・・・いたそうだ・・・。
キリスト教においては、キリストが磔にされたとき、茨の冠をかぶらされたことから、キリストの象徴とも考えられているらしい。
また、聖母マリアと関連付けられたことから、純潔の象徴となった。
・・・どうでもいいけど、デュオニソスって酒の神であると同時に、淫蕩の神なんですけどね・・・。
純潔と、淫蕩・・・・・・・・・・・。
ま、つまり、バラとはそれだけ多彩なイメージを持つのである。
私は、どっちかというと、バラは淫蕩のイメージを持ってしまうんだが、これは多分、女性器の比喩をバラの花で現した挿絵を見たことがあるからだろう。
ジャン・ド・ベルグ作の、「イマージュ」という・・・。
いかにもフランス文学!!!な小説だが、確か、本国で出版当時、発禁処分をくらったといういわくつきの作品だったはず。
ま、簡単に言えば、「調教モノ」なんですね(笑)
日本では、富士見文庫から出てたはず。
とはいえ、私がそれを読んだのは20年ほど前だから、今は品切れかもしれませんが。
その他、錬金術の世界、秘儀での使われ方など、薔薇について調べ出したら、1年では足りないくらいなようだ。
花言葉だって、薔薇の場合は、トゲにまで意味を持たせている。
薔薇の棘の花言葉は、「厳格」。
・・・まんまじゃん(笑)
そういや、「薔薇の名前」なんていう小説が一時期流行ったなぁ・・・。
あれも、宗教学も、中世の歴史も知らない人間にはちんぷんかんぷんな内容だったはずだ。
さて、今日、私達夫婦は、花の博覧会記念公園へ出かけてきた。
旦那が新しいレンズを購入したので、何か綺麗な写真を撮りたい!!
ということになったのだ。
正面の大通りの両端には菊の花などが彩りよく咲いている。
山一面のコスモスも壮観だ。
しかし、私達が一番長時間、足を止めたのは、薔薇園であった。
通常6~7月がこの花の最盛期だと思うのだが、秋に咲く品種もあるのだろう。
薔薇園には、赤・黄・オレンジ・ピンクの薔薇が季節を忘れて咲き誇っていた。
薔薇の花はそれ自体が迷路だ。
じっと見つめていると、自分が小さく小さくなって花弁の間をさまよっているような気持ちになる。
薔薇の香りは鼻腔を直接なでるような重厚さがあるのに、澄み切っているのが不思議だ。
「そこそこ、そこに立って、早く!」
旦那が私の肩を押す。
だからさ・・・。
薔薇は美と淫蕩と純潔の花なんだってばさ。
無自覚にその花と比較されるようなことはしたくないんである。
たらたらと旦那に随わずにいたのだが、旦那はまったく気付かない。
私の腕を掴んで、
「はい、こっちむく、パシャ!!」
てなもんである。
旦那にとっての薔薇は、淫蕩でも純潔でも、はたまた美の化身でもないのだろう。
「綺麗な花」
ただ、それだけ、多分。
もしかしたらそれが一番正しい、花の観賞法なのかもしれない。
・・・けどね・・・。
・・・・・けどね。
--------
TITLE: ムコと大シュウトメ
BASENAME: 2622369
DATE: 10/22/2006 22:24:29
-----
BODY:
秋は綺麗だ。
もみじはもちろんのことだが、黄金にうねる稲穂の波、風にゆらめく一面のコスモス、オレンジの水玉模様をちりばめた柿の木。
目にするものすべてが落ち着いた鮮やかさで心を打つ。
私はこの時期の明日香がとても好きだ。
さて、90歳になるばあさまが、ここんとこちょっとウツ気味らしい。
若い相手ならば、一緒に飲みにいくとか、どこかにでかけるとか、いろいろな工夫があるのだが、ばさまは90歳。
10分歩くだけで疲れてしまうほど体力が衰えている。
そうじゃなくても、ばさまは驚くほどの心配性なんである。
何か事・・・特に、未知のことを起こすに際して、その1週間ほど前から、
「こういうことが起きたらどうしよう。こんなハメになったらどうしよう」
と悩みまくり、当日にはすでに疲れきっているなんてことはまったく珍しくない。
祖父が戦死してから、なんだかよくわからないがいろいろあったらしく、女手一つで、父を含めて3人の子供を育てた・・・というわけで、勝気なタチなはずなんだが、特に歳をとってから、それ以上に心配性が顔を出してきた。
そんなわけで、ウツ状態だと聞いても、何か気のきいたプレゼントでもするのが一番無難なのだ。
しかし、旦那の考えは違う。
「どっか連れてったら元気になるで」
と、母や私の心配を、あっさり切り捨ててしまう。
しかし、祖母を乗せて運転するのは、かなり大変だ。
ちょっと車線変更でもしようものなら、
「あぶなくないか、ゆっくり走ればいいんやからうろうろ車線変更したらあかん」
ちょっとスピードを出そうもんなら、
「あぶないあぶないあぶないあぶない」
渋滞なんかしていようもんなら、
「なんでこんなに進まへんのやろ。何があったんやろ。もういやや、しんどいからもう帰りたい・・・帰りたい・・・」
ということで、1時間もドライブをすると、運転手はともかく、祖母自身が疲れきってしまうんである。
それは相手が誰でも一緒だ。
血がつながっていようが、いなかろうが、同じように心配し、うるさく口出しをし、運転手本人ともに疲弊してしまう。
それを説明するんだが、旦那は、簡単に答えてしまう。
「大丈夫」
と。
結婚直後、当時は休みの多い職場にいた旦那は、休みをとってばさまを観光地に連れて行ったりしていたらしい。
その経験からの
「大丈夫」
なのだとは思うが、当時と今では、ばさまの体力は段違いだ。
そのことを言うが、旦那はすっぱり答える。
「大丈夫」
と。
でかくてのっそりした旦那に、
「大丈夫」
と繰り返されると、母も私も、
「そうかなぁ???」
という気になってしまう。
そして、不思議なことに、それはばあさまにも作用するんである。
去年の春、ちょっと遠出をしてあやめを見に行ったが、確かにその時は、
「大丈夫」
だった。
夏を越すごとに、冬を越すごとに、ばさまの体力は如実に落ちている。
だからこそ、今のうちにどこかに連れていきたいという気持はあるのだが、それが難しいんである。
そんなわけで、今回は私も母も、
「ちょっと難しいんではないか」
と考えていた。
だが、旦那は違う。
「大丈夫」
なんであるわけだ。
で、ばあさまに、ドライブに行くかと聞いてみると、
「行く」
と。
てなわけで、本日、明日香~天理へとドライブとなった。
車に乗るなり、ばあさまは、
「てつおさん(旦那)の運転は丁寧やし、上手やから、安心していけるわ~」
と言った。
どうやら、これまでの旦那との付き合いから、
「てつおさんの運転は絶対安心」
という、確信に至ったらしい。
ばさまの性格は、一旦、
「これは大丈夫」
と決めたら、多少乱暴なことをしようとも、まったく気にならないところがある。
「こりゃ、本当に大丈夫かもだわ」
と、少しだけ安心。
ばあさまは体力が落ちているので、2時間ほどのドライブでも疲れてしまう。
・・・が、旦那が、
「ここは官幣大社やから」
というと、途端に元気になったりする。
戦前の教育を受けたばあさまにとって、「官幣大社」という文字は、なによりもありがたいらしいんである。
他人が嬉しそうな表情をするのがうれしくてたまらないタチの旦那は、
「それじゃもう一つ官幣大社を」
と言い出す。
が、私にも母にもわかる。
これ以上、ばあさまを歩かせるのは無理だ、と。
これ以上歩かせたら、疲れて、
「もうしんどい、帰る・・・」
となる可能性が大きいのだ。
が、旦那はそういうことに頓着するタチじゃない。
「自分が嬉しいことは他人も嬉しい」
「自分が好きなことは他人も好き」
てな人なんである。
私と母に、
「無理むり・・・」
といわれながらも、
「とりあえず通るだけ」
と無理やり連れていくんである。
大丈夫かいな・・・。
・・・で、大丈夫なわけだ(笑)
旦那の、周囲の誰にも遠慮せず、周囲の意向をまったく汲まない能天気さは、なんだか伝染するんである。
祖母は大喜びで車から降り、はしゃいで周囲を見回していた。
・・・さすがに、駐車場から本殿まで歩くのはしんどいらしく、鳥居のところから周囲を見回しただけだったが、石碑の文字を読み、鳥居を見、木漏れ日を鑑賞し、はしゃいだまま帰宅した。
その上、家に帰って、新聞の「今日の星占い」のコーナーを見たら、ばあさまの星座は、
「神社仏閣に行くと願いが叶う」
てなことが書かれていたらしい。
それで、祖母の元気は倍増(笑)
「ものすごい偶然」
「ものすごい偶然はありがたいこと」
「ありがたいことはすごいこと」
てなわけらしい。
そもそも。
旦那の
「大丈夫」
には、なんの根拠もなかったと思う。
いや、旦那にとっては一応根拠はあったと思うんだが、客観的に見てそれは、軽くパンチしたら破れちゃいそうな「根拠」だと思う。
でも、でかくて気性にムラがなく、おだやかでぬんぼ~~~としている旦那が、
「大丈夫」
と押し切れば、大丈夫になってしまうもんなのかもしれない。
今日、田圃の多い明日香の村は、まさに黄金の波だった。
田一面の稲穂が風に揺れる光景を見て不快を感じる人は滅多にいないだろう。
風になびくのではあるが、細い茎に重い稲穂をつけているため、軽やかに舞うことはない。
まず茎が揺れた後に稲穂がうねるように風に随う。
それは穏やかで、柔らかく、何か幸福な感じがする。
多分、人間でも一緒なのだ。
でかくてのんびりしてて、のそ~~~っとしている男を見て、
せかせかしたり心配になったり、グチグチ言いたくなったりはしないんだろう。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 10/23/2006 02:46:11
こんばんは。すんごい時間の訪問です(^^;)
旦那さまの「大丈夫」の一言が、おまじないの言葉のように感じました。
お婆様いつまでもお達者で♪
昨日ダイエーで‘絶対日焼けしない帽子’を買いました。近いうちにお見せしますね(笑)。
-----
COMMENT:
DATE: 10/23/2006 07:20:37
ばあさまへのエール、ありがとうございます(~_~)
ジンベェザメとか、シロナガスクジラとか、アフリカ象とか。
うちの旦那は、そういう感じなんですね。
でかくて、の~~ん、としてて、穏やかなんで、根拠のない安心感が(笑)
で、「絶対日焼けしない」とはどういう構造なのか??
むちゃくちゃ気になります。楽しみにしてますね(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 青春と死の影
BASENAME: 2622370
DATE: 10/23/2006 14:44:03
-----
BODY:
なんだかやたらと重いタイトルを見て、
「何を語りだすのか」
とびびっておられる方、・・・・・大丈夫です。
なんといっても、語り手は私なんでございますから(笑)
いや、毎日更新しつつも、
同じタイトルを二度も使いたくない!
という、妙なこだわりもありまして、ストレートなタイトルをつけたくないんざます。
では、直接的なテーマはなにか。
「青春」と「死の影」に共通するテーマは???
そう!!!!
「にきび」です!!!!!
ドドドドドン(ずっこける音)
・・・・って、わかるか~~~~~~!!!!!
というツッコミが聞こえてきそうだ(笑)
「にきびは青春のシンボル」
な~んて言われても、40を前にしたおばちゃんの鼻の頭ににきびができたら、
「いや~ん、私って青春?」
と、スキップを踏んでる場合じゃない。
私が子供の頃は、
「顔の中心に出来たにきびは命とり」
なんて脅されたもんなのだ。
そして、顔の中心に出来たにきびを、「めんちょう」と呼んでいた。
漢字で書くと、「面疔」。
しかし、大辞林で、「面疔」を調べると、
「顔面にできたせつ(やまいだれに『節』)」
と説明されていて、
そいじゃあ・・・と、
「せつ」を調べてみると、
「黄色葡萄球菌の感染によるできもの。一つの毛包の化膿性炎症。フルンケル」
とあり、これが複数個の隣り合った毛包の炎症になると、痛みや発熱が伴なったりする、「よう(やまいだれに『離』に似た見たこともないややこしい字(笑))」となる。
「めんちょう」になると、大概痛いから、多くの場合は、「せつ」じゃなくて「よう」なんだろう。
ということで、
「脂腺の活動が盛んになって毛孔がつまるためにできる」
と説明されているところの「にきび」と、
「黄色葡萄球菌の感染による化膿性炎症」
であるところの「めんちょう」は、
別者と考えるべきかもしれない。
しかも、大辞林では、「めんちょう」について、「顔の真中」ではなく「顔」にできるもの・・・としているから、
「顔の真中にできるにきび」=「めんちょう」
は大間違いだということになるだろう。
が、「めんちょうは命とり」というのは、実は嘘じゃないようだ。
またしても、大辞林の説明だが、こう書いてある。
「(めんちょうは)かつては炎症が頭蓋内に及んで脳膜炎などを起こすことが頻繁にあり、恐れられた」
・・・「頻繁に」・・・って・・・こわ~~~。
ちなみに、
そんじゃ、「脳膜炎ってどれくらいの致死率よ?」と、「脳膜炎」をひいてみたら、
「髄膜炎の旧称」って書いてあったのには、少し笑いました。
それなら、めんちょうの説明のところに、「髄膜炎を起す」って書くべきでしょうに。
ぬかったな??
・・・ま、とりあえず、脳膜炎にしろ髄膜炎にしろ、かつては「恐ろしい病気」であったに違いない。
ブドウ球菌は食中毒の原因としてよくニュースなんかで耳にするが、実際は、人体や自然界にはありふれた菌らしいから、たかが「めんちょう」とはいえ、疎かにしちゃいかんってことだろう。
炎症を悪化させるような行為は慎むべきだ。
さて。
あなたはにきびができたらどうしますか?
清潔にして、にきび薬を塗る。
多分それが正解でしょう。
つぶしちゃいけません。
跡が残ることがあります。
しかし、この歳になって、にきび薬を買っても、使い切ることはないだろうから、超もったいないんだな~~~。
・・・で、今朝のこと。
鏡を見たら、鼻の右側に「赤いにきび」ができているのに気付いた。
この時点で、私は、
「めんちょう」=「顔の中心にできるにきび」
だと思っていた。
つまり、このとき、私は、自分の鼻にできているものを、「めんちょう」とは認識していなかった。
で、正直なところ、中学~高校時代、いやというほどにきびをつぶしたけども、別に跡も残ってないし、この歳になって、跡が残るもくそも気にならへん・・・。
てなことで・・・・・・。
つぶしました。
こうね、両手の人差し指でもって、
「ぶっちゅっ」
とね。
白い油脂みたいなものを絞りだして(う・・・汚い話しですいません)、いっちょ上がり。
・・・で、今さきほど、ブログのネタが思いつかないので、「にきび」をテーマに調べたというわけ。
ぎょぎょぎょっ!!
知らずに、掃除中の雑巾触った手で、めんちょうをつぶしてたやんか~~~~~!!!!!!!
ぎゃぎゃぎゃ~~~!!!
ということで、慌ててオキシドールしました(T_T)
・・・今もう一度確認してみたら、炎症は終息に向っているようですが・・・。
いやいや、まったく。
迷信もバカにせず、ちゃんと調べてみなきゃいけませんな(>_<)
-----
--------
TITLE: ミスリード
BASENAME: 2622371
DATE: 10/24/2006 17:38:57
-----
BODY:
ミスリード。
そもそもの意味は、「人を誤った方向に導くこと」程度の意味なんだが、
いろいろな場面で活用・応用されていると思われる。
たとえば、推理小説。
真犯人は別にいるのに、他の誰かを怪しく描き出すことによって、読者を「ミスリード」しているものは多いだろう。
もしくは、真犯人をして、「この人が犯人のはずがない」と思い込ませるとか。
私は、読んだアガサ・クリスティーのミステリーは、ほとんどこれだった。
特に有名な作品をあげても、「アクロイド殺し」「オリエント急行殺人事件」「そして誰もいなくなった」など、このタイプのものは多いと思う。
ま、そりゃそうだろう。
最初から犯人が犯人らしく登場して、なんの工夫もないまま、
「やっぱり犯人でしたぁ!」
では、誰も読まないだろからなぁ(笑)
お笑いでも、この技術はよく使われていると思う。
ボケ役が、ミスリードをして、ツッコミ役が、「そっちかい!」とツッコむとか。
小説の中とか、お笑いのワンシーンでのミスリードは、なんの問題もないと思う。
問題は・・・、最近のニュースって・・・。
ミスリードが多くないですか???
いや、新聞記事のミスリードというと、別の意味になるので注意しておくが、そっちじゃない。
つまり、リード=見出しと、本文があまりにも違っている場合、
「リードのつけかたをミスったね?」
てな意味で(多分)、ミスリードと呼ぶんだが、私が言うミスリードは、推理小説などで使われるほうの「ミスリード」である。
・・・今朝、ニュースをチェックしていたら、
「う~~~ん・・・」
と頭を270度くらいひねってしまったものがあったもんで・・・。
いくら楽しいことを考えようとしても、これが頭から離れません(T_T)
ので、まったく気持ちのよい話題じゃなくて申し訳ない。
どうもカルト的というか、偏狭的な考え方になっちゃって・・・やだなぁ。
今晩よく寝て、頭リフレッシュさせます。
てなことで、今日は勘弁してもらって、この記事について、ちょっと。
九州の中二自殺事件で、亡くなった少年をいじめた同級生が謝りにきたという記事だ。
私が読んだのは、読売ニュース
http://headlines.yahoo.co hl?a=20061022-00000212-yom-soci
だが、リンク先が消される可能性もあるんで、少し引用。
「福岡県筑前町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、同級生が「先生がからかっていたので、自分たちもしていいと思った」などと、遺族に告白していることが分かった。」
この記事を読んで、この同級生のことを、「反省したんだな」「えらいな」と思う人はどれくらいいるだろうか?
「なんでこんなことしたんだ?」
「○○くんもやってたからやりました」
「人のせいにするな!!」
てな会話が許されるのは、小学生くらいまでだと思う。
本文には、
「同級生たちは「悪いことを言ってしまった」と涙をためて謝ったという。」
と書いてあるんだが、
「先生がからかっていたから」
なんて言い訳をしている時点で、なんだか胡散臭い気がしてしまうわけだ。
わけだ・・・が。
問題は、本当にこの同級生が、
「先生がからかっていたので、自分たちもしていいと思った」
というニュアンスで、謝りに来たのだろうか?
ということなんだ。
たとえば、
「(先生が率先していじめたという記事を踏まえて)確かに、先生がからかったことがいじめの端緒だったかもしれません。しかし、それに乗っかっていじめた僕達はなんてバカだったんでしょうか。悪いのは僕達です。許してください」
という言葉だったとしても、それを、
「先生がからかっていたので、自分たちもしていいと思った」
と略しても、嘘じゃない。
ニュアンスはまったく変わってしまうが、内容を変えたことにはならない。
主旨を変えたことにもならないかもしれない。
この記事は、学校や、教育委員会、調査委員会に対する、
「態度をひきしめてもらいたい」
というご遺族の要望を結びに持ってきているから、この結論に導くために、
「生徒達は謝った」
ということと共に、
「先生がやっていた」
という文言をどうしてもいれたかったんじゃないのか。
こういう歪みが、当該生徒たちひいては自殺した生徒までも傷つけることを考えもせずに。
そうじゃないのか???
違うのか?????
・・・そうだと思いたいんですけどね。
そうじゃなきゃ、亡くなった生徒さんも浮かばれないよね。
いや・・・・・・・・・・・でも、もっといやな想像があるんだな。
これが、カルト的で、偏狭的なんだけど。
確か、イラクでの人質事件があったとき、
マスコミは、「イラクから自衛隊を撤収すべきだ」と大げさなほどに騒ぎ立てたのに、
世論は、「自らの意志で危険地帯へ行った人間と、その家族が、その命を救うためというだけの目的で、日本の政治的態度についてうるさく言うのはおかしい。彼等の行動がどれだけ日本政府に迷惑をかけていると思っているんだ!」という調子が大勢だった。
はっきり言えば、人質となった人達とその家族が大たたきされていた。
この相違を見て、どこかの新聞記者が、
「マスコミが世論をリードできなくなった」
と嘆いて(?)いたのをはっきりと覚えている。
なぜなら、私はそれを読んで、内心快哉を叫んだからだ。
それは、ネットの普及が大きいだろう。
新聞媒体であれば、一紙しか読んでないようなふつ~の小市民は、その新聞の誘導するように思考してしまうことが多いだろうが、ネットならば、ただで読み比べできる。
2chなどの巨大掲示板にいけば(その内容が偏ったものであるかもしれないという意識は忘れてはならないけれど)、いろいろな人の意見を目にすることができる。
一つの媒体・一つの流れの意向にのみ縛られることがなくなったわけだ。
が、だ。
この巨大掲示板を逆手にとれば・・・。
今までの、「マスコミのリード」よりも悪いことになるんじゃないか、と思う。
たとえばさ。
クイズ番組(?)の中で、過去の万引き(窃盗)体験を告白したために、ネット上で大騒ぎになった女優がいたけれど・・・この事件、まだひきずってるんですよね。
1年半以上ひきずってるはず。
確かに、万引きは罪だし、被害を受けた店はつぶれた・・・ということを女優本人があっけらかんと告白したなんてのは、想像力の欠如以外のなにものでもないと思う。
思う。思うのは置いといて。
これをノーチェックで放送した放送局の倫理観ってのにも首をひねるでしょう?
もちろん、罪は償うべきだが、こんな騒ぎになる前に償えるのと、今の状況では、本人にとって大違いだろう。
女優の過去の犯罪を知ったならば、放送をやめ、女優自身に、きちんと償うようアドバイスするという方法もあったはずだ。
確かに。
ちょっと前までは、「万引き」は少年の通過儀礼であり、「誰でもやっていること」的な取り扱いをされることが結構あったような気は、・・・確かにする。
研ナオコが、
「万引きなんかしたことない」
というモト冬樹さんに対して、
「あんたおかしいよ」
というセリフを・・・何かの番組ではきつけたのを見た。
・・・私は、この歌手が出たらチャンネルを変えるけどね。
「誰でもやること」だから、誰かを困らせてもよいってな発想は、どう考えてもおかしいし、なにより!!
「誰でも」やってないっつぅの!!!!!
・・・こういう風潮だったからこそ、放送局はこの若い女優の発言を問題視しなかったのかもしれない。
いや、だから、犯罪をおかした女優が、その犯罪が「現行犯」でしか逮捕できないことを理由に、もしくは時効であることを理由に、罪に問われないのは仕方ない、それをテレビで放送したテレビ局がおかしい・・・という結論をもってこようってんじゃない。
私が言いたいのは、もし、テレビ局が故意に彼女のこの発言をノーカットで流したのなら、という可能性だ。
その女優の所属するのは、「でかい」「強い」会社で、このプロダクションの意向は、番組作りを左右するなんて噂もある。
それを快く思わない放送局が、わざと、この会社所属の女優の発言をノーチェックで放映した。
当然、ネット上で大たたきに合うことを見越して。
・・・そういう想像だ。
まぁ、この事件については、今に終息するだろうとは思う。
人は「飽きる」からだ。
てか、この事件の場合、女優本人がこのことについてきちんと申し開きをして、被害を受けたお店のオーナーさんなりにちゃんと謝罪と償いをすれば治まるだろうと思うんだけど・・・なんでしないんだろう?
もちろん、犯罪は消えないけれど、それなりの道は拓ける可能性も高いと思うんだけど・・・なんか理由があるのかしらん。
まぁ、この騒動は、女優のバックにプロダクションという大きな力が働いているから、まだ救いがある。
彼女は、「一人」じゃない。
しかし、今回の自殺事件において、同級生の謝罪が同じような理由で、編集されたのならば・・・などと。
この同級生たちの心の傷は、想像できる以上に深いんじゃないかと思う。
いじめられて自殺した子供は帰ってこないんだから、その償いとして、いじめた生徒も傷つくべきだなんていう意見もあるかもしれないけど・・・。
でも、傷つけていいのは、自殺した生徒本人であって、
「新聞」が、「自らの利益」のために、いじめた生徒を傷つけてもいいという議論は、やっぱり筋違いだとは思う。
もちろん、新聞社が、理由なくそういうことをするわけはない。
ラテン語に、「クイ・ボノ」ってな成語がある。
「Qui bono」。
推理小説では、「アリ・バイ」と同等の意味があるんだそうだ。
言葉としては、「アリバイ」の方がずっと有名だが、この言葉の意味自身は大概の推理小説(多分現実の事件でも)においては登場する。
クイ・ボノ。
「誰が得をするのか?」
という意味である。
ちなみに、「アリ・バイ」とは「alius ibi」で、「他のところに」という意味になる。
この記事のせいで、
ネット上などで、「同級生は反省してない」という騒ぎになったら・・・・・、
誰が得をするか。
問題の教師と、学校側???
この両者に新聞報道を書き換えるだけの力はないだろうから、この記事が、故意に同級生を「自分の罪を他人のせいにする反省のない子供たち」と思わせるような内容なのは、多分、この記事を書いた記者の腕がないんだろう。きっと。
でも・・・。
私は、「巨悪論」ってのは、支持しない。
たとえば石油の値段の上下を操れる人物や組織がいると聞いても、
「ま、あるかもね」
とは思う。
けども・・・、世界を操る人物や組織とまで規模が広がると、
「ぶふっ!!」
と、鼻毛の10本くらい吹き飛ばせるくらいの勢いで、鼻笑いしたくなる。
でも、例えば・・・。
今回の事件の裏に・・・。
てな具合・・・。あぁ、偏狭的だ。
でもね。
こういう妙な考えになるような記事、最近、多くないです??
新聞記事をチェックしながら、頭をブンブン振りたくなること、最近毎日のようにあるんですけど・・・。
けど、明日は、ちゃんとします。
すいません
せめて、写真くらいは、綺麗なのを。
花博記念公園の写真です。
===
後記
この後、検索してたら、やな記事発見・・・。
http://www.hokkaido-np.co Php/kiji.php3?&d=20061022&j=0022&k=200610220665
結局、いじめた生徒に反省はなかったどころか・・・という内容なんだけども。
北海道新聞かぁ。
・・・う~~~~ん・・・。
やりきれない・・・。
はよ寝よう・・・(T_T)
TITLE: 転失気
BASENAME: 2622372
DATE: 10/25/2006 13:15:42
-----
BODY:
夫婦でドライブ中、私が殊勝な声で、
「ごめんな・・・」
というと、
旦那は、憮然とした表情で肩を落とし、
「ガスだけにしてや・・・」
と、窓を開ける。
旦那は、私が素直に謝るのは、
「おならをがまんできない!」
という時だけだ、と思い込んでいて、
その思い込みは、実際のところ、正しい(笑)
2日ほど前のニュースで、夫婦喧嘩のアンケートをとったら、
「先に怒り出すのは妻、先に謝るのは夫」
という傾向がわかった・・・とあった。
うちも、怒り出すのは私が先だ。
というより、私達夫婦において喧嘩というのは、私が一方的に怒っていて、旦那が正座をして、両手を太ももにガシッと置き、ちょっとふてくされた表情をしながら頭を落とし、嵐が過ぎ去るのを待っている・・・という状態を指す。
その代わり、謝るのも私が先。
・・・というより、怒っているうちにスッキリしてきて、
「言い過ぎたな~」
と思い始める。
そこで、
「言い過ぎた、悪い!言い過ぎた部分だけ忘れて!それ以外については、以後気をつけるように!以上!!」
と、
「謝る」
わけだ。
喧嘩の後でさえも、私が、しおらしい姿で、
「ごめんね・・・」
なんぞということはない。
ちなみに、どういう原理かは知らないが、私が怒り終わると、十中八九旦那は即行で眠り込んでしまう。
私が怒ってるのを聞いていると、眠くなってくるのだそうだ。
「次からは絶対こんなことせんとってや!」
「うん・・・ぐ~~~」
てなこともあったと思う。
・・・まぁそんなわけで、私がしおらしくするのは、その後に続く爆音を相対的に際立たせる効果を考えてだけのことで、それ以外の場合にはありえない。
そして、旦那はそれをよ~く知っているのだ。
ちょっと前、多分、「トリビアの泉」で、妻がはじめて夫の前でおならをしたのはいつかというアンケートをとっていた。
その集計結果によると、結婚1年後が一番多く、4割ほどの奥さんがこれにあたるようだ。
他の順番は覚えてないが、「結婚当初から」「3年後くらいから」「まだしたことがない」なんてのが続いていたように思う。
それでふと思ったんだが、私が旦那の前で初めておならをしたのは、いつだったろうか??
それがよく思い出せない。
結婚したてのころ、喧嘩するほどのこともない、つまらないことで腹を立てていた私は、なかなか寝付けなかった。
隣の部屋を見ると、旦那が軽いいびきをかきながら安らかに寝ている。
なんとなく、ムカ~~~!!!
それを見て、余計に眠れなくなったので、
「にぎりっ屁」を、寝ている旦那の鼻先で解放し、
すやすや寝ていた旦那が眉をしかめて「いやいや」をしたのを見届けて、スッキリした気分で眠りについた。
・・・ということがあった。
私達夫婦は、未だに一緒に風呂に入っている。
それは、一緒に入ったほうがガスの燃費がよいからというのもあるが、背中の流し合いをする方がすっきりするからというのもある。
ある日、
「一度に出るおならの量ってどれくらいだろう?」
という疑問を持った私は、お風呂の中で放屁し、洗面器で受けてみた。
いわゆる、「水中置換法」ってやつである。
その日、繊維質のものをたっぷり食べたのかなんなのかは覚えてない。
結果的に、たった4回ほどの放屁で、洗面器の中の水はほぼ無くなってしまった・・・のだが・・・。
この お な ら が た っ ぷ り 詰 ま っ た 洗 面 器、
こ の 後、ど な い す ん ね ん・・・。
困り果てているときに、計らずも旦那が帰ってきた。
私が風呂に入っているので、旦那も入って・・・きたら、洗面器が風呂桶に浮かんでいる。
かけ湯をするために、旦那は洗面器に手をかける。
思わず、風呂桶から退却しようと、へりに手をかける私。
不思議そうに、洗面器を持ち上げようとする旦那。
慌てたため、風呂桶のへりからすべり落ちる私。
「うわっ!!!」
洗面器から飛び出た臭気に驚く旦那・・・。
その場から逃れようともがいて、溺れそうになる私・・・。
あれはまさに、阿鼻叫喚といって差し支えない程度の惨状であった。
・・・が、それが正確にいつだったか。
最初の放屁より前だったか後だったか。
それがどうしても思い出せない。
でも・・・。
私が、他人の前でおならをしたのは、旦那が始めてなんである。
それまでは、たとえ長くつきあった彼氏であっても友人であっても、その人の前で、無遠慮に、
「ぶばっ!!」
なんてことはなかった。
面前でおならをするようになったきっかけというのが、絶対にあったはずだと思う。
思うのに思い出せない。
まぁ、夫婦で四六時中一緒にいるわけだから、ハズミで、
「ぶっ」
となって、それからは遠慮がなくなる・・・というパターンじゃないかと思うんだけどね。
さて、ここで問題です。
タイトルの、「転失気」とはなんでしょう?
・・・って、問題にもなりませんわね(笑)
そう。おならのことである。
「てんしき」と読む。
現在でも使われているのかどうか知らないが、上方落語のタイトルにもなっている。
病気をして、往診にきてもらったお医者さんに、
「てんしきはありますか?」
と聞かれた和尚さんの勘違いドタバタ劇である。
和尚さんは、「てんしき」がなにかわからないまま、慌て、騒ぎ、勘違いをし、小僧さんを巻き込んでおおわらわ!
てやつだ。
結局お医者さんに、
「転失気とはおならのことじゃ」
と教えてもらって、めでたしめでたし・・・なんだが・・・。
お医者さんもさぁ・・・。
「転失気はありますか?」なんていわずに、最初から、「おならはでますか?」って聞いてやれよ、と思う。
ほんと、おならってやつは・・・。
人を悩ませ、騒がせ、慌てさせる、困ったやつである・・・って、私が悪いんだよなぁ、やっぱし(笑)
-----
--------
TITLE: 万華の鏡
BASENAME: 2622373
DATE: 10/26/2006 13:04:25
-----
BODY:
子供の頃から、鏡があまり好きではなかった。
「そりゃ、そのぽっこりした腹や、太い太ももが露に映るもんねぇ」
ってそういう理由じゃない。
そうじゃない。
違うってば!!
違うの!!!!!!
・・・し・・・心外だなぁ・・・。
まぁ、それもちょっとはあるけど(あるんかい)、
鏡というのは、なんだか怖いものだという感覚はないだろうか?
「鏡は真実を映す」
なんていう話がある。
だから、ホラーなどでは、魔性のものが鏡に映らないことで、その本性を知られてしまう・・・などというのが、定番だ。
だ、か、ら、怖い。
例えばですよ。
夜、旦那が帰ってくる前に一人で鏡を見ていたとしましょうよ。
で、ふと鏡ごしに自分の背後を見ると、知らない女性が覗き込んでいる。
え?いつの間にこんな人が入ってきたの?
こんな人知らないけど・・・と。
そ・・・・・・・っと振り返ってみると誰もいない。
見間違えかしら?
と鏡を見ると、彼女は依然、そこにいる。
どわわわわわわわわわ~~~!!!!
こ・こ・こわああああああああああっ!!
そんなわけで、鏡はなんだか怖いんである。
一人旅のとき、安いビジネスホテルに泊まったら、
ベッドの前面に鏡があって、起き上がるたびに鏡に映った自分が目に入るというデザインの部屋だったもんで、
その日はまんじりともできなかった。
いや、まんじりともできなかったのはその日のうちだけで、日付が変わった途端に寝たけども。
って、ぐっすり寝とるがな!!!(←自己ツッコミ)
まぁ、眠れなかったというのは嘘だけど、なんとなく落ち着かなかったのは本当。
どうも、鏡は怖い。
三面鏡なんか最悪だ。
子供の頃、家族全員が寝ている部屋の奥に、母の嫁入り道具であるところの三面鏡が置いてあった。
アンティークとかそういうのではない。
三人姉妹の真中で、あまり結婚費用をかけてもらえなかった母の三面鏡は、ベニヤ板かなんかで出来たような、簡単な作りのものだった。
しかも、私のおしめを置いておいたら酸化したんだとかなんだとかそういう理由で、鏡の下部分はまだらに赤く焼けていた。
正直なところ、「怖い」というより、「庶民的」な感じのするシロモノだったのだが、
その両サイドの鏡がちょうど平行になって、綺麗な合わせ鏡となっている時、
それはまったく印象を変えた。
左の鏡が右の鏡に映り、それが左の鏡に映り・・・。
悲しいほど正確な間隔で枠を立てた、透明な回廊が出来上がっている。
私はその回廊に立つのは御免だといつも思っていた。
合わせ鏡をして自分を映すと、左から13番目に死に顔が映る。
なんていう迷信があったが、確かに、鏡にはそんな魔が潜んでいると思わせられる。
あぁ、鏡は嫌いだ。
ところで、私は一時期、万華鏡を作るのに凝っていた。
作る・・・と言ってもキットを購入して、多少アレンジを加えるだけなのだが。
万華鏡といっても、最近では、いろいろなものがある。
試験管のような透明の筒の中にグリセリンと色とりどりの「具」を入れ、「具」がグリセリンの中をゆっくりと落ちるのを、筒を通して見るタイプのものを最近ではよく見かける。
筒の先にステンドグラスの円盤が中心をずらして2枚設置されており、これを回すことによって、景色を変化させるというものもある。
私が好きなのは、偏光板を使ったもの。
写真がそれだ。
これも、グリセリンの中にプラスティック板を入れてあるので、景色がゆっくり変わって、なかなかに優雅である。
が、考えてみたら、万華鏡というものは、合わせ鏡のヴァリエーションの一つだ。
もし、合わせ鏡の魔というものがあるのならば、万華鏡をじっくり眺めてみたら、どこか一つだけ、他の三角形とは模様を異にするものがある・・・なんてことも起こり得るかもしれない。
それは奇妙なことだが、それをして「怖い」という感覚にはならないのが不思議だ。
結局人間は、人が怖いんだろうと思う。
鏡が怖いんじゃないんだな。
鏡といえば、
「鏡には左右逆に映る。なのに何故上下逆さには映らないのだろう?」
という命題があったりする。
これに対する、スッキリした答えを私は聞いたことがない。
私はその答えを「知っている」んだが、それを人に説明して納得してもらったためしが、あんましない。
結局、
「鏡は左右逆に映す」
という前提自体が間違っているのだ。
人はほぼ左右対称に出来ているゆえに、そういう勘違いをするだけ。
まず、鏡上の映像が、「なに」に対して、「左右対称」なのかを考えてほしい。
その答えは、
「自分が鏡の世界に入り込んだと仮定した姿」に対して。
となる。
まず、鏡の前に立って、自分の姿を映してみて欲しい。
そして、鏡の前に立ったまま、
「鏡の中に立って、まっすぐこちらを見ている自分の姿」
を想像してもらいたい。
・・・確かにその姿は、鏡像とは左右逆になっている。
それでは次に、寝転んだ姿を映してもらいたい。
そしてそのまま、
「鏡の世界に横にスライドする形で移動した自分の姿」
を想像して欲しい。
その姿と、今、鏡に映っている自分の姿を重ねてみたらどうだろう。
先ほど自分の足があったところに頭がきていて、頭があったところに足がきていることになるのがわかるだろうか。
つまり、この場合、鏡は上下逆に人を映しているということになるわけだ。
って、きっとほとんどの人が、
「その説明じゃわからん」
って言うんだろうなぁ(T_T)
「よくわかった!」
っていう方がおられたら、メールかコメントください。
今後の励みにします(笑)
・・・まぁ、そういうわけで、鏡が映し出しているのは、決して、「こちらの世界のコピー」ではないということ。
そのことがまた、人に奇妙な感覚を催させるのだろうと思う。
自分が見えているものとほぼ同じものがそこにあって、その一部が、もしくは根本的な何かが一つだけ違っていた場合、人は何か奇妙に感じるものなのだ。
自分が見えているこの世界と、他人の目から見るこの世界。
果たして同じものなのだろうか。
それは、鏡の世界を見比べるよりもはるかに違いが多いだろう。
・・・まったく同じものを見ているはずなのに・・・である。
さてさて。
山伏をしている友人がいるのだが、彼の修業する山に、老練の行者さんがいる。
一度、お山でお会いしたとき、
「うわ、山の神様だ!!」
と思ったぐらい、穏やかで、静かで、清らなかな雰囲気の老人である。
多分、お年70歳はくだらないと思うのだが、背筋がピンと伸びて、足取りも非常に軽やか。
素敵な行者さんなのである。
その山神様が、手作りの篠笛(横笛)をプレゼントしてくださった。
毎日練習をして、なんとか音は出るようになったのだが、正直、
「上手」
とは口が裂けてもいえないようなていたらくである。
先生がいるわけじゃないので、自己流だし、音がちゃんと出ない。
特に「シ」の音が、すっげ~音痴だ。
そんな状態だから、あまり長時間練習するのは、ちょい恥かしい。
それでも、一応、毎日練習はしている。
が、家の奥の部屋で練習しているし、騒がしい町内なので、誰も気にしていないだろうと思っていた。
が。
今朝、一曲演奏して、さぁわんこの散歩にでようかと思っていると、近所の奥さんが私を手招きしているのに気付いた。
なんだろ・・・と寄っていくと、
「・・・うまくならへんなぁ・・・あんた・・・」
「え゛??・・・ななな・なにがです?」(←すでに腰がひけ気味・・・)
「ふ・え」
「ええええ?私が吹いていると、なぜわかるんです?どこかの小学生かもしれないじゃないですか」(←見苦しいこと極まりない開き直り)
「い~え、あんたの笛です~。だって、あんたの家から聞こえてくるも~~ん」
「そそそ・・・そんなにはっきり聞こえるんですか?」
「うん。『あの子、笛下手やなぁ』って、みんなの噂」
「う・噂??」
「うんうん。『歌はそれほど音痴じゃないのになぁ』って、言うてるよ~」
「歌ぁ???ううう、歌ってなんですのん?」
「よく掃除しながらでっかい声で鼻歌歌ってるやん」
「き・・・聞こえてるんですか???」
「丸聞こえ」
「なんで聞こえるんです?だって、他のおうちから、話し声とかあんまり聞こえてきませんやん」
「だ~って、あんた声でかいもん」
・・・・・・・・・・・
ドド~~~ン!!!
他の人の声がモレ聞こえないからといって、自分の声も漏れないと思ったら大間違いなんである。
そんなわけで、ちょっとおセンチに、〆てみたい。
人はみな、鏡の世界に住んでいる。
鏡は魔物。
鏡は決してそのままを映さない。
つぅか、声がでかいのって、ほんっと損だ!!!!!
-----
--------
TITLE: 美醜の基準がわからない
BASENAME: 2622374
DATE: 10/27/2006 13:42:04
-----
BODY:
風邪ひきました。
どうも体が重いな~と思ってたら、先ほどから熱が。
明日・あさっての連休はちゃんと遊びたいので、今日は短めに。
さて。
動物園で、たくさんの鳥を見て、
「やっぱり、文鳥ほど可愛い鳥はおらんなぁ」
と思ったのは、家に文鳥がいるからである。
ま、「親ばか」とか「飼い主ばか」と呼ばれる、あの病気である。
で、ペットショップなんかで文鳥を見ると、
「いや~~~、うちのチュッチュより可愛くないわ~」
と思ってしまうわけである。
思うだけならまだしも、たま~に、口にしてしまったりする。
私の声はでかくて通るので、周囲の人の耳に入り、哀れむような笑みで見られたりしたこともある。
隣に立っていた、私と同じ年代の女性がこちらを向き、
「うちの子の方がもっと可愛いですけどね~」
といわれたときは、お互い笑顔のままにらみ合ってしまった(笑)
そのくせ、桜文鳥の写真を100枚見せられて、
「どれがチュチュちゃんかあててごらんなさい?」
なんていわれた日にゃぁ、あてる自信は半分くらいしかない。
まぁ、模様である程度は区別つくだろうけど、その模様だって、換羽のたびに多少変わるしね・・・。
もちろん、桜文鳥の実物100羽の中からチュッチュを選べといわれたら、さすがにわかると思うんだが・・・。
まぁ、結局、私がチュッチュを「世界で一番可愛い文鳥だ」と感じるのは、その容姿によるものじゃないんだということだ。
脚の上げ下げが優雅だとか、くちばしで羽を整えるしぐさが気品に満ちているとか、小首をかしげる姿が比類なく愛らしいとか、そういうところを見て、
「可愛い」
と判断しているわけだ。
私は、昔から美醜の基準が人と違っていたような気がする。
だから、大勢の人が、
「あの人男前やね」
と言う人を見て、
「ほぉ、あれが男前という生き物か」
なんて驚くこともしばしば。
女性でも一緒。
資生堂のコマーシャルを見て、旦那に、
「なぁ、一人だけ浮いてない?伊東美咲は美人やし、栗山千明も別嬪さんやし、篠原涼子も綺麗やからさぁ~~?」
と言って、
「えびちゃんは美人やろ?」
と驚かれた、ということがある。
実際、初めて、あのコマーシャルを見たとき、彼女だけ地味だと感じたのだ。
ただ、その後、彼女が話すところを何度か見て、
「あ、美人だった」
と考えを改めた、ということだけは付け加えておく。
結局・・・なんてのかな。
美醜なんて主観でしょ?
大体、「かわいい」って言葉からして、外観とは関係ない言葉じゃんと思う。
「かわいい」
漢字でかくと、「可愛い」。
つまり、「愛すべき」という意味だ。
愛すべき相手というならば、そりゃ、自分ちのペットが一番「愛すべき」に決まってる。
仕事や用事があって、旦那が寝た後までパソコンを打ってたら、
「ご~、ご~、ご~~」
と規則正しい軽いいびきをたてていた旦那が、突然、
「んごぴっ!」
なんていう頓狂な音をたてたりするのだが、それを聞いて、
「かわい~~」
なんて思ってしまうのも、当然っちゃぁ当然なのだ。
わんこの散歩のとき、はしゃぎすぎて、首輪で首がしまり、
「けほっ!」
とか言ってるのを見て、
「あほかわい~」
と思うのも、自然なことなわけなんである。
「可愛い」ってのは、思いっきり主観重視の言葉なんである。
それにさぁ、「美人だ」「ハンサムだ」ってのが褒め言葉だってのはわかるんざますよ。
でも、誰に対しても、その賛辞を送る人が多いと思う。
「綺麗ですね~」
とか、
「男前ですね~」
とか、ほんまにそう思ってるんかいな・・・というぐらい、たくさんの人にこのセリフを奏上しちゃう人って、結構な数いてると思う。
けなすよりは褒めるほうがいいと思うけど・・・。
私はどうも、他人に対して、
思ってもいない、
「綺麗ですね~」
とか、
「男前ですね~」
などというセリフを簡単にはいえない人間なので、困っちゃうのだ。
本当に、その人を綺麗だハンサムだと思うならば言えるんだけど・・・。
思わなきゃいえないのだ。
その上私は、言葉には気をつけねばならんと気をつけているというのに、結構な失言野郎なんである。
OL一年目のときのこと。
ある先輩が、自分の生まれた時の話しをしていたんである。
「生まれたとき、すっごい不細工でさ~、親がすごい心配したみたい」
とおっしゃるんで、
「よかったですね。人並みに育って」
と答えてしまったんである。
・・・だって、「人並み」って、決してけなした言葉じゃないですよね???
しかし・・・。
その時の職場の空気の冷え込んだこと。
私は入社したてて知らなかったが、この先輩OLは、「美人」で通ってたらしい。
もっと正確に言えば、「ちやほやされてた」らしい。
いや、確かに、可愛らしい雰囲気の人なんだけども・・・。
私は、美人だとは思ってなかったんですね。
あの時、私はなんていえばよかったんだろう(>_<)
もっとひどいのは、義母が、私の弟の結婚式の写真を見て、
「お嫁さん、美人やね~~~~」
と心から感嘆の声をあげたのを聞いて、
「え?美人なんですか???」
と素ぅで答えてしまった。
・・・意地悪な小姑やん(笑)
義妹はスッキリした容姿で、感じのよい笑顔が素敵な女性ではあるんだが・・・。
なんてんだろ。
義母の
「美人やね~~~」
という心からの感嘆は、伊東美咲レベルの美人を想像させてしまったもんで、そのギャップからそういう反応になっちゃったんだけども・・・。
やっぱし、感じ悪いよな~~~・・・(T_T)
そんなわけで・・・、美醜の基準ってのは人それぞれなわけだから、他人に同意を求めるのは・・・危険だと思うに至ったわけである。
どうぞ、私に
「あの人綺麗やね?」
などという問いかけをしないでくださいね・・・(T_T)
さ、寝ようっと。
だるだる~~~。
-----
--------
TITLE: 金の光りに銀の波
BASENAME: 2622375
DATE: 10/28/2006 20:31:43
-----
BODY:
曽爾高原の入口に位置する「お亀ケ池」には、物悲しくも、不思議な伝承が残っている。
今日、曇天の下、私達は、曽爾高原のススキを見に遠出をしてきたのだ。
毎年この時期になると、河内の岩湧山に登る。
この山のススキも有名なのだ。
が、今年は、夏に傷めた膝が、イマイチすっきりと治らない。
登りはいいんだけど、下りが心配なので、「山」はやめて「高原」にした。
岩湧山は、山の頂上部分がススキに覆われている。
だから、普通の山の景色を見ながら登っていると、突然ススキ野原が出現することになる。
曽爾高原は、高原全体がススキに覆われていた。
一目で見渡せる丘全体が銀色の波で揺れている。
それは、なんとも幻想的な光景だった。
その風景の片隅に、ぽっかりと、少し茶色味の強い瓢箪の形をした塊がある。
それが、お亀ケ池。
この池の名は、美しい女性の名に由来する。
この曽爾に住む心の優しい父子がいた。
ある夜更け、彼等の扉を叩く音と、か細い助けを求める声を聞いた二人は、そこに人形のように美しい女性の姿を見る。
彼女の名はお亀。
太郎村の娘だが、道に迷い、寒さゆえに病気にかかってしまったらしい。
父子・・・特に息子は、彼女を熱心に看病した。
そして、病が癒えてからも、彼女は父子の情に甘え、娘はこの家を立ち去れずに、そのまま、息子の妻となったのだ。
お亀は働き者で、父子によく仕えた。
二人は・・・いや、三人は幸せだったんだそうだ。
しかし。
いったい何が原因なのだろう。
ある秋の夜、お亀が池のふちで自分の髪を直していた。
が、ふと気付くと、自分の姿が映るはずのところに、男の姿がある。
凛々しく濃い眉毛、鼻筋の通った上品な顔立ちながら、口元はきりりとひきしまり、目は優しく涼しげな男性だ。
女なら誰でも憧れてしまうような・・・。
お亀は、我も、時間も、そして家族のことも忘れて見惚れていた。
我も、時間も、そして、家族のことも。
池の中から声が聞こえる。
「今夜八つの刻、太郎路が池に来ておくれ」
その日を境にお亀は変わった。
ふっくらと若々しく、人形のようだった容姿は尖って冷たくなり、あれほどよく働いた手足は、今は力が抜け、腑抜けのようになってしまった。
だが、夜になると、彼女が人目を忍んで家を出て行く姿が目撃されるのだった。
夫が聞くと、
「早く子供ができるようにと、水垢離をしております」
と答える。
そんなことが続いた次の夏、雨の降りしきる六月のこと。
お亀は男の子を出産した。
そして、産んで間もないというのに、
「私の責任は果たしました。これでおひまをいただきます」
と言い放つと、どこへともなく出て行ったのだった。
可哀想なのは、なんといっても生まれたての子供だろう。
生まれたなり、母に捨てられたのだから。
夫も随分哀しんだ。
そして、母を、父を求めて泣く子供を連れて、いつしか太郎路池へと脚を向けていた。
「お亀~、お亀よ~」
我知らず、自分を捨て去った妻の名を呼んでいた。
すると。
どこから飛び出てきたのだろう。
険しい瞳をしたお亀が、乳飲み子を奪い、その口に我が乳をあてがったのだ。
「お亀」
しかし、喜んではいけなかった。
お亀は、我が子を見ることもせず、
「二度と私を探さないで下さい」
と言い、子供を夫に押し付けるようにしてまた去ってしまったのだ。
翌晩、子供がまたしてもどうしても泣き止まない。
夫はまた、自然に太郎路池に向かっていた。
しかし・・・。
妻は本気で怒っていた。
「あれほど言うたに・・・!!!」
言い終わらぬうちに、その姿を大蛇に変え、夫に襲い掛かったのだ。
子供は命をとりとめた。
しかし、その夫は、大蛇の毒気にあてられ、病に倒れて、死んだ。
そして、その後、この太郎路池は「お亀ケ池」と呼ばれるようになったのだ。
こんな話しである。
話しを聞いただけでは、お亀という女性がよくわからない。
彼女が見たという、美しい青年の正体もわからない。
青年が太郎路の主であるとしても、彼に見込まれたお亀が、かつて自分を大事にしてくれた夫を殺してしまうというのがよくわからない。
生まれた子供は主の子供なのか、夫の子なのか。
・・・彼女の仕打ちを見るに、夫の子なのかもしれない。
しかし、それならばなぜ、彼女は妊娠する前に、夫を捨てなかった?
そうすれば、少なくとも、子供を不幸にすることはなかったろうに。
一つ考えられるのは、あるエピソードが、意図的に欠落させられているということだ。
つまり、
お亀はなかなか妊娠しなかった。
そのことで、周囲からひどく扱われていた。
それならば、このお話の後半にある彼女の態度も納得がいく。
お亀は意地になっていたのだ。
なんとしても子供を生んで、自分につらく当った男達を見返し、そして、彼等を捨て去る。
・・・子供はとんだとばっちりなんだけど・・・。
しかし・・・。
優しい舅と夫が、不妊を理由に彼女をいじめたりしたのだろうか。
お亀の美貌だけを気に入った親子が、勝手な思惑から彼女を嫁にし、そして子を成せない彼女をいじめたのか?
行き倒れの女性を助けようとする親子が??
今度はそちらが納得できない。
実は・・・。
私は、とてつもなく・・・その時はそう思ったのだが・・・恐ろしい実話を、当の本人から聞いたことがある。
もう15年ほど前になるだろうか。
私の結婚より5年以上前だったと思う。
詳細な情報は省くが、ある時代の恩師とばったり出会い、二人でお酒を飲んだことがあったのだ。
恩師は当時から2年ほど前に、お見合い結婚された・・・と噂を聞いていた。
それまでは、授業に熱心で、遅くまで授業の準備をするような先生だったのだが、結婚してからは定時でいそいそと帰ってしまう・・・とも、別の教師からも聞いていた。
そんなわけで、盃を持つなり、私はまずお祝いを言ったわけだ。
「そういや、結婚なさったんですってね。おめでとうございます」
と。
しかし・・・、恩師からの言葉に、気まずい沈黙が流れた。
「いや・・・、1年前に別れたんや」
う゛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つ・・・次の言葉が見つからんやんけ。
は・・・話しをそらそう。話しを。
てなわけで、私は、自分の仕事の話し、
とはいえ、もともとが無責任なキャラクターなので、話しをそらしまくっているうちに、私はこの話題を忘れてしまった。
そんなノリに、恩師も調子を取り戻したのだろうか。
「シャレならんで~~~!!」
と言い出したのだ。
離婚の詳細について語ろうというわけだ。
つまり、こういうこと。
奥さんは、彼氏がいた。
しかし、もろもろの理由から、親に結婚を反対され、引き裂かれた。
その直後、見合いをした相手というのが恩師だったというわけだ。
彼女の精神がいつから壊れ出したかはわからないという。
結婚当初、奥さんは幸せそうだったそうだ。
それがいつからか、口数が減り、笑うことも滅多になくなった。
そのうち、奥さんが妊娠した。
「幸せな家族になろうな」
恩師はそう言ったんだそうだ。
しかし、奥さんの答えは、恩師にとってはあまりにも突拍子もないものだった。
「・・・でも、これ、あなたの子かしら?」
恩師と結婚してから1年ほど。
月数からいえば、間違いなく父親は恩師だったそうだし、奥さんが浮気しているような兆候もなかったんだそうな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
シラフだったら、どう反応したらよいかわからないところだが、生憎私は酔っ払っていた。
「うわっちゃ~~~~、いたたたたたた~~~~!!!!いたいっすね~~~。だ~~~はははははは!!!!!」
人でなしチックに大笑いし、恩師の背中をバンバンとたたいてしまった私に、
恩師も、
「今は笑えるけどな~~、が~~はははは!!」
と笑って答えたが、その目が笑っていなかったことは、酔って判断能力の鈍った私にもわかった。
恩師とはその後、笑って別れて、二度と会っていない。
風の噂では、相変わらず飄々と授業をなさってるそうだ。
次の結婚はされてないらしい。
お亀ケ池の伝承を聞いたとき、私の頭をよぎったのは、この恩師の顔だった。
お亀が見た美しい男の姿は、本当に池の主だったのだろうか。
・・・もし、その姿が、彼女が誰よりも愛した・・・結ばれ得ぬ男の姿だったとしたら、お亀の夫にとっても、その父にとっても、なによりお亀にとって、なんて悲しい話だろう。
安珍と清姫のように。
愛する男に裏切られ、愛する男と自らの身を恋の炎で焼き殺してしまうという話しはいくつかあるようだ。
葛城の「野口神社」にも同義の伝説が残っている。
安珍が清姫にまったく思いをかけていないのならまた話しは違うのだが、物語の中で、安珍もかわいらしい清姫を憎からず思っていたとしているから、この恋物語は、ある種、二人が結ばれて決着する。
しかし。
お亀は・・・。
愛する者と引き裂かれたまま、引き裂いた者達を憎み、自分を憎み、果てには自分を優しく愛してくれた夫まで、そして自らが産んだ子さえ憎み、憎しみの毒で、夫を殺してしまったお亀は。
なんて孤独なんだろうか、と。
我が家から曽爾は遠い。
片道3~4時間程度だろうか。
曽爾を出たころには、既に暗くなっていた。
前後に車が存在しない、暗い山道をひたすら走っていると、世界が閉鎖されてしまったような錯覚に陥る。
自分が誰なのか、横でハンドルを握っているのが誰なのか、ふとした瞬間に、わからなくなってしまう。
今までの記憶が、すべて夢だったかもしれないと思えてくる。
もし、旦那と出会う前に、ひょっと間違って、他の誰かと結婚していたら、
そして、今横にいるのが、「旦那」でない夫だとしたら・・・。
ふとそんな考えが浮かんで、身震いする。
私は、生まれる前からこの旦那と結婚すると決まっていたと思っている。
私は旦那のために作られたし、旦那は私のために作られた。
というより、多分、もともと一つだったんだ、とそう勝手に思っている。
だから、こうやって、安定して座っていられるのだ。
それが、夢だったら。
もし、今、横にいるのが、旦那じゃなく、他の男性で、
「現実」の夫はその男性だったら?
そんな考えが浮かんでしまう。
暗がりの中、考えれば考えるほど、「それ」が真実であるという錯覚が大きくなっていく。
横を見るのが恐ろしいとさえ思えてくる。
・・・・・・・
その不安を一瞬で消し去ってくれたのは、おなじみのあの、旦那の言葉なんですけどね。
「は~~~~、お腹すいた」
・・・ほんまにもう、気が抜けるぜ・・・。
しかしその時、その、なんの工夫もない、新しさもない、芸のない気の抜けたセリフが、私にとっては、高原から見返した天からこぼれ落ちていた金色の太陽光のように、まっとうで明るいものに感じられたのだ。
-----
--------
TITLE: 盗人萩
BASENAME: 2622376
DATE: 10/29/2006 16:34:32
-----
BODY:
オーストラリア出張のおみやげに買って来たブーメラン。
飛ばしてみたいのだが、狭い空き地では危険だし、たとえ広い公園でも人がいたら危ない。
なかなか飛ばす機会がなかった。
ちなみにその他に旦那が買ってきたのは、オーストラリアにある100円均一ショップのようなお店で購入したという、ボールペン5本セット、小さいコアラやカンガルーのマスコットなど。
私に対しては、リクエストに答えて、アボリジニーアート風のTシャツを2枚。
それから、ホンモノのアボリジニーアート壁掛け。
なぜだかわからないが、皮でできたリュック。
リュック以外持たない私に、
「フォーマルなところに行くとき、このリュック背負っていったらいいで」
と買ってきてくれたのだが・・・。
いや・・・フォーマルな場所に行くときは、いくら私でも、ハンドバッグをもっていきますけど・・・。
とはいえ、まぁ、気持ちは嬉しいので、一応、セミフォーマル・・・という感じの時にデビューさせる予定です(笑)
さて、今日、天気予報ではくもりということだったが、朝おきてみたら、かなり気持ちのよい空。
わんこがかかりつけの動物病院で、ワールド牧場のただ券をもらっていたので、急遽でかけることになった。
ただ券で入ったとしても、駐車場代千円や、ソフトクリーム代、そしてなにより、中にいる動物の餌代で、想像以上にお金を遣ってしまうのが、この牧場だったりするんだが・・・。
今日の私達の主たる目的は、ブーメラン。
「餌くれ~」と寄ってくるヤギの頭を、餌もやらずになで。
「餌くれ~」と寄ってくる子馬の頭を、餌もやらずになで。
「餌くれ~」と寄ってくる豚の頭を、餌もやらずになで。
「餌くれ~」と寄ってくるラマの頭を、餌もやらずになで。
・・・と足早に通り過ぎ、頂上付近にある広場にやってきた。
芝生などを綺麗に養生している広場は人がいっぱいでブーメランはなでられないが、ちょっと荒れた広場には誰もいない。
チャンスである。
しかし・・・、キディランドなどに行くと、子供でも上手に投げられるブーメランなんかが置いてあるが、それでさえも綺麗にU字に投げるのは難しい。
ましてや、普通のなんの工夫もないブーメランを、カーブさせるのは、かなり至難である。
旦那は野球をやっていたので、なかなかにいい肩をしてるんだが・・・。
くるくると回転しながら飛んできたブーメランは、私の右腹のそばを通り抜け、天にカーブを切って高い位置で、ひらりと身をそらせる。
・・・まではいいのだが、ここから急に失速し、少しだけ旦那の方に戻りつつも落下する。
何度やっても同じ。
まぁ、私がやると、曲がりもしないんで、それでもいい方だとは思うんだが、これじゃあ猟は無理だ。
しかも、あろうことか、ブーメランは方向をなくし、草むらにまぎれて見えなくなってしまったんである。
まむしがいる可能性もあるので、
「のりこはそこで待ってて」
と、旦那が一人でくさむらに入る。
5分、10分ほどごそごそしていたろうか。
やっと草むらから出てきた旦那の表情は半ベソだった。
ブーメランが見つからなかったのかな?
と思うが、高くあげた右手には、きちんとそれが握られている。
どしたんだろう?
しかし・・・。
・・・草むらからすべての姿を現した旦那の姿を見て・・・。
私ゃ、大爆笑してしまいました。
こんなん→
片足の膝付近だけでこの量。
胸のあたりまで、この惨状。
「うわ、子供がおる!!!」
本当に泣きそうになっている旦那を指差して、馬鹿笑いしてしまった私は人でなし。
・・・ですが、バチはしっかりあたりました。
なにしろ、このズボンとシャツを洗濯するのは、私ですからね・・・。
二人がかりでこの掃除をしたのだが、優に30分はかかってしまった。
あぁくたびれた。
ひっつきむしというと、オナモミの実が有名かと思う。
サツマイモのような形の緑の実にイガイガがたくさんついていて、それが絡まると、ちょっぴり痛い。
髪の毛に絡まると、最悪に痛い。
しかも、とれない(T_T)
しかし、服にびっしりつくということはないし、なにより取り易い。
だが、今日旦那に「ひっつい」た、ひっつきむしは、かなり手強いのだ。
なにしろ、これを衣服から取り除こうとする指先に「くっつく」んだから。
くっつきむしの名にはじないくっつきぶりだ。
でも、花はすっごい可愛いんですけどね(トップにある写真)。
その名を盗人萩という。
なんで「盗人」なのかはわからないが、闇にまぎれて家に近づこうとした盗人が、このクッツキムシをくっつけて家に帰ったため、脚がついた・・・とかいう昔話でもあるのかもしれない。
とにかく。
人や動物に「くっつく」ことにより遠くに運ばれる。
そうして、自分達の生態圏を広げていく。
・・・という巧妙な手口で、この草たちは繁栄してきた。
が・・・。
「だ~れが協力してやりますかっての」
私は、子供っぽいほど、天邪鬼なんである。
「お願い、私を運んでください」
と素直にお願いされりゃ、ちょっとくらい重たいものでも運ぶことはやぶさかじゃないが、こういうコスっからい手で遠くまで運ばれようなんて、日本男子の名折れじゃわい!!
と、日本男子でもない、ただの雑草に因縁をつけ、その場で、ぜ~~~んぶ、はがしてやったのだ。
どわ~~はっはっはっはっは!!!!!!
ざまぁみろ!!!!!!
ぜいぜいぜい。
ま、そんなわけで、その場で固まったまま、旦那はシャツの、私はズボンのヒッツキムシを、すっかり除去してやったわけであるが・・・。
自分のシャツをチャカチャカと触っているごっつい男と、その股間付近を、しゃがんだ恰好でチュクチュクといじくっている女・・・というカップルを見て、通り過ぎていった家族づれが、どう思ったかは定かじゃない。
子供たちに悪い影響を与えてないことを祈りたい(笑)
そして、帰宅。
ジーンズを脱ぐと・・・脱ぐと・・・。
どうやってこんなとこにくっつくねん!!!!!!!
ってなほどジーンズにすっぽり覆われた靴下の上端に、こいつはいやがったのである。
敵ながらやるな!!!
・・・とはいえ、近所でクッツキムシが繁殖した日にゃぁ、気楽にわんこの散歩にも行けなくなっちゃうので、ゴミ箱に捨てました。
許せ、ヌスビトハギ!
-----
COMMENT:
AUTHOR: yaramaika2006
DATE: 10/29/2006 17:23:44
一言 おもしろ~い!!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 10/29/2006 18:59:42
我が家の息子のズボンかと思いました(笑)
格闘に 主婦魂で勝利! お疲れ様でした。(^^)
-----
COMMENT:
DATE: 10/30/2006 08:11:12
>yaramaika2006さん
ありがとうございます。
こんなブログを書いてますが、根っこには、国や習慣などと関係ない、生の人間同士の交流というようなものを思ってはおります。
お互い、張り切りたいですね(~_~)
>325さん
ほんっと、大変でした(^^ゞ
子供の頃、毎日にように、ひっつきむしを体中にくっつけて家に帰ったもんでしたが・・・。
あれ、どうしてたんだっけ。自分で取った記憶はあんまりありません(-"-)
母の苦労を今さらながらに知りました(笑)
-----
--------
TITLE: トイレタリー
BASENAME: 2622377
DATE: 10/30/2006 13:06:26
-----
BODY:
毎日の掃除の中で、一番力を入れるのはどこですか?
私の場合、トイレです。
トイレは閉じられた空間であり、しかも狭いので、そこそこ力を入れれば、そこそこ綺麗になる。
そして、いわゆる「水周り」と呼ばれる中で、一番「汚れ難い」場所なので、ちょっと力を入れれば、かなり綺麗になるということもある。
大体、他の「水周り」が、掃除困難すぎるのだ。
台所なんかは、なるべく揚げ物をしない我が家でさえ、す~ぐ油でねちゃねちゃしてくる。
換気扇なんか悲惨だが、そうでなくても、お盆などを1ヶ月ほど使わずにいると、気付けばねっちゃりなんである。
や~ねぇ、もう。
風呂だって、すぐカビが侵入してくるのがやになる。
それから、水垢。
風呂の椅子は、洗っても洗っても、な~んかすぐに黒くなってくるんだよね~。
タイルの目地の汚れは、カビと水垢と・・・え~っと、石鹸カスバリアだっけ?
ったくもう。しつこいったら。
その点、トイレは、汚れる原因はそれほどない。
便器はともかくとして、だ。
「個室の中が、す~ぐうんこまみれになる」
とか、
「気付けば、おしっこ汚れがこびりついている」
ということは・・・ない。ないないない。
ないっつぅより、あったらむっちゃいやだ(T_T)!!!
便器と、水タンクの上部分と、洗面台さえ気をつけてれば、あとはそれほど汚れることはないのだ。
便器の中は、いわゆる、「洗浄剤」を使うと、驚くくらい、いろいろなものがこびりつかずにいてくれる。
毎日1度だけ、ブラシでこするように洗うだけで、あとはそれほど汚れない。
だから、あとは狭い個室の中を雑巾がけすれば、結構ピカピカ感を楽しむことができるわけだ。
・・・・・・・が・・・・・・・・・。
皆さん、便器の蓋カバーとか、マットとか・・・どれくらいの頻度で洗います?
便座カバーなんかは、毎週月曜日に取り替えております。
タオルは、2日に1度。
でもね・・・。
蓋カバーとか、マットとかって、気付けば1ヶ月ほどそのまんま、となりがちなんですよね~。
汚いかしら??
だってさ~~~・・・、他の洗濯物と一緒に洗うのは、なんかためらわれちゃう。
いや、便座カバーは、他の洗濯物と一緒に洗うけど。
マットは、なんか・・・なんかためらわれる。
1ヶ月も放置してたりするから、特にためらわれるんだけどね(をいをい)。
そうすると、そうそう頻繁に洗うのは、水がもったいないというか。
本当は、他の洗濯物と一緒に頻繁に洗うのがいいんだろうなぁ・・・と思うんだけど、うちのカバーやマットは、じゅうたん状のものだった。
そういうのって、あんまり洗うと毛が抜けちゃいそうで・・・。
ご近所を見渡しても、頻繁にトイレマットやトイレカバーが干してあるお宅なんかないから、
「ま、こんなもんでしょ?」
と自分を納得させていた。
でも、不本意ではあった。なんとなく。
さて、最近の100円均一ショップは、随分充実している。
100円で、随分のものがそろうのだ。
今年、正月をちょっとお洒落に迎えるべく、ランチョンマットや、コースター、お屠蘇注ぎ、雑煮椀、コップなどをそろえたのだが、〆て八百円だった。
ちょっと工夫すれば、千円で、随分なことができるんである。
しかし、まさか・・・と思ってたら、あるもんですわ。
蓋カバー・マット・ペーパーホルダー・便座カバー。
すべて100円。
2揃え購入しても、800円!!!!!
タオル地だから、頻繁に洗うのがためらわれないし、擦り切れてきたら、買い換えるのもそんなに勿体無いと思わずにすむ。
てなわけで、傷んできている古いカバーは、今日の資源ごみ回収に出しました。
全部オニュー!!!!!
これから毎週洗うぞ~・・・・・って、それでもまだ、汚いかしら(^^ゞ
他のお宅では、どれくらいの頻度で洗ってるんだろうなぁ・・・。
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 10/30/2006 22:37:21
ちなみに・・・
マット類は(風呂上りマットは別。これは毎日ですよね?)
よほどのことが無い限り(粗相があった時とかは随時)1週間に1回ですね。
同居の我が家はマット類だけで10枚ほどありますから(笑)
一気に ゴガガガーーーーッッと いきます!
-----
COMMENT:
DATE: 10/31/2006 18:26:47
だ~~~(^^ゞ
やっぱし、私はだらしない奥さんだったか(笑)
ちなみに、風呂上りマットも2日に1度です。
わっはっは~(笑ってごまかす(笑))
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 10/31/2006 21:28:56
我が家の風呂マット毎日は理由があります(笑)
義父と旦那の水虫くんです(苦笑)
あの足 見たら 毎日洗わないと・・・って
半分以上 強迫観念からですっっ(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 11/01/2006 08:03:54
まぁ、家庭の事情はそれぞれ・・・ってことですね(笑)
-----
--------
TITLE: 悲しい秋
BASENAME: 2622378
DATE: 10/31/2006 17:46:53
-----
BODY:
奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋はかなしき
・・・・・・・・・・
こんな和歌を詠んだ猿丸太夫には、時代を超えて苦情を言ってやりたい。
俳句に季語があるように、季節を象徴する事物がある。
冬は、雪や枯葉。
春は東風、桜、入学式など。
夏は海、川、山、太陽、ひまわり、鮎、鮎、鮎、鮎、鮎・・・それから、鮎かな?
では、秋は??
私は、秋といえば紅葉を思い出していた。
そう、思い出して、いた。
今日、正倉院展を見た帰り、志賀直哉旧邸そばにある喫茶店で御茶をしたいという友人と共に、奈良公園を横切った。
相変わらず、鹿せんべい売り場付近の鹿たちは、獲物を物色・・・じゃなくて、鹿せんべいを買ってくれそうな観光客に甘えたような表情を見せてうろついている。
私は決して鹿せんべいは買わない。
2年ほど前、軽い気持ちで購入して、偉い目にあったことがあるのだ。
この春生まれたのだろう。
まだ背中のブチ模様が消えないバンビたちは、恐る恐ると人のそばまで寄ってくるが、こちらがなんらかのアクションがあると、びくっとしたように逃げていく。
それでも、食べものが欲しいのだろうか、また、びくびくした様子を見せながら近寄ってくる。
その姿は非常に愛らしく、微笑ましい。
しかし、ごっつい体に相応の頑丈な歯で持って、
「鹿せんべ~くれ~~~」
と、シャツの裾を噛んでくる牡鹿については、図々しいと思うよりも、軽い恐怖さえ感じてしまう。
真面目に喧嘩したら、絶対負ける。
でも、私は意地っぱりなので、そういう厚かましいしかには、絶対やらない!!!
だ~れがやるもんですかっての!!!!
・・・と、ムキになって、そのでかい鹿を無視していたら・・・。
「ぶび~~ん」
妙な音がしたので、シャツの裾を見ると、くだんの牡鹿がシャツを引っ張って、引きちぎりそうな勢いで伸ばしていた。
メリヤス地のシャツはだら~~~~ん・・・となっている・・・。
・・・もう、着れんがな(T_T)
くっ!!
150円の鹿せんべいを惜しんで、1000円(購入価格は特売500円)のシャツを失くしてしもうた・・・(>_<)
許すまじ、牡鹿!!!
てなことで、今日も鹿せんべいを購入するつもりなく、友人と歩いていた。
購入するつもりはないっつうに。
購入するつもりないっつの!!!!
鹿の写真を撮ろうと、群れに寄っていった途端・・・。
集まってくるな~~~~~~!!!!!!!
ちょっとびびるやんか~~~~!!!!!!
私が食べものを持ってないと知ると、解散しちゃうんですがね。
それにしても、すごい食い意地だ。
鹿のイメージは人によってそれぞれだろう。
「白鹿」なんて言葉があるとおり、スマートで神々しくて、凛々しいという感想を持つ人は結構多いと思う。
なぜか悲しげな瞳に注目して、「薄幸の美女を思い出させる」という人もおられるんじゃなかろうか。
しかし、私は、ストレートに、
「鹿は食いしん坊!」
と決め付けている。
まったく、遠慮ってもんがないのか、と、同族嫌悪的に僻目で見ていたりする。
友人も、鹿にせんべいをあげようというタイプではないので、二人して、小鹿の姿を愛でるだけ愛でて公園を通り過ぎようとしていると・・・。
「ぶひぇ~~~~~~~~~~~~~ん」
気の抜けた屁のような、間抜けな声がどこからともなく、聞こえてきた。
「な・・・なにあれ?」
「鹿・・・の・・・声・・・???」
信じがたい思いで振り返った私達の左後ろにいた鹿が、また口を動かした。
「びえぇふぇ~~~~~~~~~~~ん」
・・・間違いない・・・。
この鹿が鳴いている。
夏の山を歩いていると、
「きりきりきりきりきり~~~」
と、細く悲しげな声が聞こえてくることがある。
かじかがえるだ。
この、美しくもの悲しい声の主を、
「かじか」
つまり、
「河鹿」
と呼び始めたのは、誰だ。
呼び出して、正座させたい。
そして、二つの声を交互に両方の声を聴かせて、
「ど・こ・が・似てるんですか?500文字以内で説明せよ!!!」
と、問い詰めたいとさえ思ってしまう。
それくらい、それは、私のイメージの中の「鹿の声」とはかけ離れていたのだ。
あの鹿だけがああいう声なのだ、とそう思おうとした。
しかし・・・。
「みひょえ~~~~~~~~~」
今度は、右から、いかにも気楽そうな声が聞こえてくる。
まさか・・・。
「ひょわ~~~~~~~」
その声の源を振り向くと、瞳だけは寂しそうな動物がこちらを見ながらもぐもぐとしている。
鹿の声って、こうなのか?
これのどこが悲しいのか???
「山の中で聞いたら悲しいんちゃう?」
友人はそうフォローする。
しかし、私はこういいたい。
「鳴く鹿の 声きいたとき、ほんまに悲しかったわ!!」
と。
冬は雪。
春は桜。
夏は太陽。
秋は・・・、私の頭の中で、
秋のイメージは、食いしん坊な鹿の口から発せられる「ぶふぇ~~~~~~~~~~」という芸術性のまったく欠けた声に固まってしまいつつあるのは、どないしたらいいんでしょうか。
秋は芸術の秋じゃなかったのか!
秋は食欲の秋・・・だから、まあいいんだろうか・・・。
いやだあ~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!
-----
--------
TITLE: 久方ぶりのひ~~~!!
BASENAME: 2622379
DATE: 11/01/2006 17:45:18
-----
BODY:
実は、私は激辛大好きおばちゃんだ。
ココ一番屋のカレーは、10辛がスタンダード。
お店によって、多少は唐さが違うので、足りないときは、それに、「飛び辛スパイス」をかけることもある。
うどん類などには、表面が真っ赤になる程度の一味がベスト。
カレーうどんにも同じ程度の一味をかける。
普通のお店にある、「激辛ラーメン」では満足したことがない。
それにプラスオンして、辛味調味料をかける。
いわんや、「ピリ辛ラーメン」をや。
全然あかんのである。
とはいっても、なんにでも一味をかけるってわけじゃない。
一時、「マヨラー」と呼ばれる人達がクローズアップされていたが、彼等は、バナナとか、ショートケーキにもマヨネーズをかけるとかで、思いっきり異彩(?)を放っていた。
その点私は、ふつ~の、へいぼ~んな、どこにで~もいる、辛いもの好きなんである。
紅茶やコーヒーに一味を振ったりはしない。
野菜のおひたしなんかにも振らない。
ただ、「辛くあって欲しいもの」が、中途半端に辛いのがいやなの。
キムチ鍋なんかは、汗で前が見えなくなる程度には辛くあって欲しい。
そしてもちろん、辛いもの好きの私は、辛いものに強い私でもある。
私がパクパクと水なしで完食してしまう程度のカレーを、ほとんどの友人が、
「ひ~~~~~っ!!!」
と言う。
我ながら、多少麻痺してきてんじゃないかと思うこともある。
そして、一緒に激辛モノを食べた友人のほとんどが、私のことを、
「生まれたときから辛いもの好き」
と勘違いするのだが・・・それくらい辛いものが平気なのだが・・・。
実は違う。
キッカケがあったのだ。
あれは、8年くらい前になるか。
旦那と一緒に、バンコク旅行をしたときのことだ。
現地で働いている父の知人が案内してくれたお店は、
「旅行客仕様」
ではなかった。
現地の、ちょっとリッチな人達が行く店。
つまり、日本人その他外国人の舌に合わせた店ではないっていうこと。
ここで出てきた唐辛子が、ひじょ~~~~~~っにっ!!
刺激的であった。
その名を、
「プリッキー・ヌー」。
「ねずみの糞」
という意味なんだそうだ。
ねずみの糞にしては大きいような気もするが、熱帯の国では、ねずみもこれくらいの糞をするのかもしれない。
チャーハンにちりばめられていたうちの一つを飲み下した途端。
「ひ~~~~~~~~~っ!!!!!!!!」
汗はだくだく。
舌はひりひり。
心臓ばくばく。
本当に、嘘でも冗談でもなく、こんな感じだった。
ほんまに辛い。
のた打ち回りそうなほど、辛い。
恥かしげもなく、顎が裂けそうなほどに口を開け、舌をびろ~~~~~~んと出して、
「ひ~、は~、ふ~~~~(T_T)」
という状態を10分ほど続けねばならなかった。
この状態のままで、寝ているお子様の頭上で、
「お~~~ば~~~け~~~だ~~~~ぞ~~~~~~~~」
とやったら、間違いなく、彼(女)の一生のトラウマになることは請け合い!!
という程度のひどい姿だったと思う。
水なんか飲んだって、なんの助けにもならないので、念のため。
・・・しかし。
周囲を見回すと、現地のお高級な方々は、その劇薬を、お上品に召し上がっておられる。
私のように、
「どひ~、どひゃ~~、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁ・・・びき~~~っ!!」
と騒いでいる人間はだ~れも、いない。
・・・なんか口惜しい。
私は、いらんところでだけ、負けず嫌いなんである。
しかし、もう一本を試してみるも、やっぱり同じ惨状。
「私は絶対戻ってくる!そして、あんたを、あんたを、あんたを、あんたを、あんたを~~~~~(心の中で店中の人達と、プリッキーヌーを指差す)、
見返してやるのじゃ~~~!!!!!」
そう、その時、誓ったのだった。
日本へ帰ってきた私は、まず、うどんにかける一味の量を増やした。
辛い料理を積極的に作るようにした。
ココ1番屋のカレーは、3辛から始めた。
そして、すこ~しずつ、辛いもの大好きになっていったわけである。
正直、もう、負ける気はしていなかった。
クーデターやら、他に旅行したい場所がたくさんあるやら、で、バンコクにリベンジはなかなか叶わなかったが、次に行った時には、絶対、涼しい表情で、プリッキーヌーの20や30はぱくついてやろうと思っていた。
・・・しかし・・・。
先日、曽爾高原へ行った帰り、宇陀にある、「道の駅 針テラス」に立ち寄った。
そこで見つけた、「辛唐辛子」なるシロモノ。
冷奴の薬味にしようと、3本ほどを輪切りにしたんである。
で、ちょっと味見と、1本分くらい・・・。
どひ~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!!!!!!
こここ、この刺激的な辛味は、懐かしいプリッキー・ヌー!!!
え?日本で栽培されてんの?
それとも、似たような辛さの唐辛子が栽培されてんの?
でも、この辛さは・・・あれ・・・だと思うけどなぁ・・・どうなんだろ?
しかも・・・全然勝ててないし(T_T)
水ごくごく。
舌べろ~~~ん。
くっ!!
リベンジには早かったようね。
見てろよ、バンコク!いやさプリッキー・ヌー!!
これから毎日、これ食べて、来年には・・・いや、再来年には、笑いながら、水なしで50本食べてやる!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: くみちょ
DATE: 11/02/2006 00:28:21
ザ・ソース っていう からーい調味料があります。
ハバネロを原料として、それより3000倍辛いといわれているそうです。
値段も辛いようで、25~30万ほどするらしいですが・・・(笑)
生きてるうちに試してみるといいかも(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 11/02/2006 13:50:11
25万!!!
辛さよりも値段にびっくりですわ(笑)
ハバネロって、世界一辛いって言われてるんですよね?
でも、そんなに辛いかなぁ。
ホットドッグの上に乗ってるのをひとかけら食べただけなんですが、あれなら、プリッキーヌーを食べるよりずっと楽だったと思いますわ。
しかし、あれの3000倍となると・・・。
食べてみた~~~い(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 粗品進呈
BASENAME: 2622380
DATE: 11/02/2006 13:26:46
-----
BODY:
「来店プレゼント」
てなハガキが、とどく。
自動車販売センターからは、2ヶ月に1度くらいの頻度で。
キッチンセットは結構重宝しているし、手作り醤油はなかなかおいしかった。
ドライヤーは、お店に行ったのが遅くて品切れになっていたのが残念だ。
電気屋さんの来店プレゼントも、なかなかシャレている。
クーラーバックは便利だし、お茶碗セットも使い勝手が良さそうだ。
そんなわけで、私達は、欲しいものがあっても、ハガキが届くのを待ってたりする。
粗品だけもらって、何も買わずに帰ってくるのは・・・ちょい、厚かましいような気もするので・・・ま、やれといわれたら、なんのためらいもなくできるんだけどね(^^ゞ
でも、まぁ、ものをもらっておいて、なにも買わないというのは・・・ギブ&テイクに叶わないことは、なんとなく気持ちが悪いので、ハガキが来るのを待ってから、電気屋さんにでかけている。
で。
欲しいものを待ってます。
今欲しいのは、電磁波治療器っていうんだろうか?
電磁波マッサージの、パッドである。
膝や足首などを痛めたときなど、かなり活躍してくれる。
連続使用は2回が限度なんだらしいが、気付いたら2時間くらいマッサージ器を動かしていることがある。
却って筋肉やら骨やらによくないのかもしれないが、心地よいよな~、あれ。
あのパッドが、もうそろそろくっつきづらくなってきているのだ。
まだ太ももなんかだったらいいが、膝のような曲線部分にあてると、すぐにぺろ~んと落ちてくる。
しかたがないので、バンダナで縛っているが、どうもスカスカとした感じがする。
ロングライフパッドと書いてあったが、なにしろもう5年も同じパッドを使っているわけで。
パッドの寿命なんてのは、多分長くて2年くらいだろうから、うちの子は、随分な「ロングライフ」となっているわけだ。
今買い換えても、決してもったいなくも贅沢でもない。
てなわけで・・・。
昨日、やっと、電器屋さんから、キャンペーン中粗品進呈のハガキが届いたんである。
もらえるのは・・・。
夫婦茶碗。
・・・いらねぇ・・・・・・・。
このチェーン店で買うより、も少し遠くにある大手チェーン店のが200円ほど安かったんだな・・・。
夫婦茶碗も、今あるのが割れたら使うけど、いつ割れるかはわからない。
なにしろ無骨だが頑丈なのがとりえ!
という、・・・まぁ、持ち主に似た茶碗なんである。
200円。
びっみょ~~~~だ。
別のチェーン店に行くガソリン代と、粗品と、200円と。
どれがどうしたらどっちが安くてお得か。
今、私にとって、最大の悩みである。
これが。
すんません。
悩みのない奴で(^^ゞ
-----
--------
TITLE: 世の中にかほどうるさきものはなし
BASENAME: 2622381
DATE: 11/03/2006 08:29:35
-----
BODY:
世の中に かほどうるさきものはなし
ぶんぶ ぶんぶと 夜も眠れず
江戸川柳だ。
確か、吉行淳之介氏か、伊丹十三氏が、著書の中で紹介されていたと記憶しているんだが、昔読んだ本の多くが、
古本屋に売却するか、人に貸したまま却ってこないか、
で、手元に置いてない状態なので、確認できませんでした。
すんません。
で、だ。
この川柳。
二通りの読み方がある。
まず一つ目。
世の中に 蚊ほどうるさきものはなし ブンブブンブと夜も眠れず。
これは、私にも記憶がある。
夏の夜、電気を消して寝ていたら、耳元で、
「ぷぃ~~~~~~ん」
ガバッ!!!
いけない、このまま寝てしまったら、朝には手足に赤い腫れ物が!!
電気をつけて、蚊を探し、たたき殺して、やっと安心して眠れる・・・。
蚊取りマットなどがまだなかった時代のことである。
今ならば、「禁鳥リキッド」のスイッチをつけて、
「あとは任せたで~」
てなもんだが・・・。
そして、もう一つの読み方。
世の中に、かほどうるさきものはなし。
文武・文武、と夜も眠れず
詠み手の長屋には、うるさい浪人がいたんでしょうね(笑)
彼らが集まって、夜通し、
「文武の道とは!」
とか論議をしてたんでしょう。
そりゃうるさいや(笑)
さて。
うるさいセールスにも、幾通りかあって、対処方法はそれぞれに異なる。
まず、相手の言い分がもっともである場合。
これは、購入するに吝かではない。
この間、我が家では、デジタルテレビを購入した。
2011年に、地上アナログ派の配信が終了するということもあるが、なによりも、使っていたテレビが壊れたのだ。
「今、お買い時ですよ」
というセールストークは、まさに、
「あったり~~~」
なんである。
次に、会社が合法的で、セールスマンが悪質な売り込みをする場合。
これは、会社に直接訴えたらよろしい。
新聞のセールスやらでしつこいことは結構多いが、この場合、本社に苦情を言えば、一発でおさまりました。
会社が非合法で、セールスマンも悪質な場合。
これは、無視するに限る。
相手してもしょうがないので、
「今忙しいので~」
とか。
「興味ないです~、ごめんなさ~~ぁあああああい(←必要以上に間延びさせるのがコツ)」
とか。
相手を刺激しない程度~に、無視するのが吉かと。
ここらへんは、対処はそれほど難しくない。
問題は・・・。
会社は合法的だが道理が通ってない。
セールスマンも悪気はないが、話しにならないてな場合である。
そう、NHK!!
あんたのことじゃ!!!!!!!
世の中にかほどうるさきもんはないっちゅうねん。
NHK。
公共放送の存在価値って、今現在あるんだろうか??
昔のドラマは、面白かったけど。
でもまぁ、宮崎あおいが主人公だっていうから、来年の大河は見るかもしらんけど・・・。
いやまぁ・・・何が言いたいんだかわかりませんが(笑)
なんにせよ、公共放送って形はもうやめてもいいんじゃないかとは思う。
公共だからこそ作れる番組なんてのは、もうそんなにないでしょ?
だってさ。
以前、我が家が、ケーブルテレビと契約を結んだら、早速営業の人がやってきた。
「ケーブルテレビと契約を結びましたね?NHK衛星受信料支払ってください」
ということだった。
意味がわからないので、なぜ払わなくてはいけないのかと尋ねると、
「法律で決まってます」
という。
それじゃ条文を見せろというと、
「決まってるたら決まってるんです!」
てな回答で、まったく要領を得ない。
結局追い返した後、調べてみると、ケーブルテレビと契約すると、NHK衛星も受信できるようになるということがわかったので、ケーブルテレビに依頼して、NHK衛星にスクランブルをかけてもらった。
つまり、
「ケーブルテレビと契約を結んだら、NHK衛星の受信料を払わなくてはいけない」
ってのは間違いなわけだ。
「ケーブルテレビにスクランブルをかけてもらう」
という選択肢がちゃ~んとあるんだからさ。
しかし、セールスの兄ちゃんに悪気があるわけではないんだろう。
単に
「NHKの受信料を払うべきなのは法律で決まっていること。僕は悪いことはまったくしていない」
ということばかりを主張していた。
世間知らずのボンボンなんだと思う。
でも・・・これが一番困るっての。
私は払わなかったけど、素直な奥さんなら、スクランブルの存在も知らずに、見もしないNHK衛星の受信料を支払ってると思うぞ。
これは・・・やっぱり悪質なセールスにあたると思う。
我が父が単身赴任していた時のこと。
父の赴任先は、通勤するには遠いが、片道3時間程度という場所。
忙しい時は、土日も会社。
忙しくなければ、我が家に帰宅。
そういう日常だったため、テレビは購入してなかった。
その日も、仕事が終わって、深夜1時に帰宅。
風呂に入っていると・・・。
「ピンポーン」
不審に思いつつも、応対すると、
「NHKで~す。受信料払ってくださ~い」
だったそうだ。
「うちはテレビ置いてませんけど」
と答えると、
「確認します」
と家に上がりこもうとしたそうな。
深夜1時でっせ??
結局受信機(つまりテレビね)がなかったので、すごすごと帰ったそうだが・・・。
室内アンテナテレビなんてものが普通に普及していた時代のことだけども、非常識極まりないっちゃぁ極まりないと思う。
私は、一人暮らしをしてすぐに、NHKの地上波と契約を結んだ。
大河ドラマを見ていたので、別に抵抗はなかった。
が、その後半年で結婚。
表札を変えた途端、やってきた。
そう。NHKの営業が、だ。
「引越してこられたんですか?NHK受信料払ってください!」
「え~っと、引っ越していった人の受信料は解約になりました?」
「え~~っと、それは・・・・・」
「それを確認してから来んかい!!!!!」
「は?」
「解約してない元住人は、引っ越してきた人間の奥さんじゃ!!!!!!!!」
「つまり、結婚なさったんですか?」
「その通り」
「は~い、わかりました~ぁ」
・・・自分の失礼さをわかってんのか、おんどりゃぁ!!!!
ほんま、どうしょうもないと思うんである。
さて、我が家ではデジタルテレビを購入した。
古いテレビが壊れたからの処置であって、別に、
「綺麗な画面が見た~~い」
てなわけじゃあなかった。
だから、ケーブルテレビとデジタル放送の契約は結んでない。
ところが、やってきたんですわ。
ピンポ~ン。
「NHKで~す」
「いつもNHKの受信料を支払ってくださってすいませ~ん。この度は、契約変更のことで伺いました~」
てなことでしたわ。
「デジタルテレビを購入になられましたね?」
「買いました」
「NHK衛星放送の受信料の支払い契約書を書いてください」
「なんで?」
「デジタルテレビを購入されましたよね」
「買いましたが?NHK衛星は受信できませんよ」
「ケーブルテレビを受信してますよね?」
「でも、スクランブル掛けてもらってますよ」
「デジタルテレビになったら、スクランブルかけられないんです」
「はぁ?」
意味がわからんので、確認してみた。
「デジタルテレビで受信する内容と、アナログテレビで受信する内容が、変わるんですか?契約内容が一緒でも?」
「はい。お支払いください」
「ケーブルテレビとの契約は、アナログのままでも??」
「は?」
「だから、ケーブルテレビとの契約は、アナログのままなんですけど」
「デジタルテレビを購入したのに、ケーブルテレビとの契約はアナログのままなんですか?」
「そうですけど?」
「チャンネルは2ケタのままなんですか?3ケタのチャンネルを見てませんか?」
「自分の契約くらいわかってますっつぅの。デジタル契約はし・て・ま・せ・ん!!」
「そうですかぁ。あれぇ??わかりましたぁ!」
てなことで追い返したんだけども・・・。
これも、悪質だよね。
「ケーブルテレビと契約している人間がデジタルテレビを購入したら、自動的にNHK衛星放送の受信料を支払わねばならぬ」
とういような言い方だった。
私はうるさい人間なのでいちいち確認するけども、疑わない人ならば、NHK衛星が受信できない状態でも、契約を結んでたんじゃじゃかろうかと思う。
そんなん、詐欺やんか。
NHKといえば、まぁ、公営放送かもしれないけどさ。
セールスは、「悪質」だと思うぞ!!!!!!!!!
「悪質」不払い者には、裁判所を通して督促をするってなことを息巻いておっしゃってますけども・・・。
まず、てめぇの尻を拭けよ、と。
とりあえず、ケーブルテレビには、
・デジタル契約にしたら、本当にNHK衛星のスクランブルをかけられないのか
・だとしたら、なんでデジタル放送にはスクランブルかけられないのか
という質問メールを出してみました。
放送が面白ければ受信するんだけどねぇ。
プチ怒りモードなんで、写真はのどかなのを選びました。
ほほ。
===
後記
ケーブルテレビさんから回答が来ました。
+++
弊社J:COM TVデジタルサービスへご契約頂いた場合には、NHK衛星放送受信にスクランブルをかける事ができません。
NHK衛星放送含めたデジタル放送は、デジタル放送対応機器に装着されたB-CASカード(弊社限らずデジタル放送をご視聴いただく場合に必要なカード)にて信号を制御するシステムとなっております。
弊社J:COM TVデジタルサービスへご変更頂いたさいは、専用のSTB(デジタルチューナー機器)を設置させて頂くこととなりますが、そのSTBもB-CASカードにて制御されております。
現状、B-CASカードの装着はデジタル放送をご視聴頂くための共通制度となっており、その制御は弊社ケーブルテレビ側にて行なうことができません。
何卒、ご了承頂きたく存じます。
+++
なるほど。
それじゃ、B-CASカードのIDにて、NHKに、衛星放送のスクランブルをかけてもらえばいいってことか・・・と思ったんですが。
考えてみればですね。
「民法が見たいから」と、テレビを購入すれば、自動的にNHK地上波を受信してしまい、NHK地上波の契約を結ぶことを余技なくされ。
「WOW WOWが見たいから」と、パラボラアンテナを購入すれば、自動的にNHK衛星を受信してしまい、NHK衛星の契約を結ぶことを余技なくされ。
という形態で、なんの営業努力もせず、不祥事続きでもつぶれない、公共放送のこと。
ケーブルテレビとデジタル契約を結んだ日にゃぁ・・・。
・・・スクランブルかけてくれるわきゃないわなぁ・・・。
つぅことで、
「NHK衛星を受信したくないから」
という理由だけで、ケーブルテレビと、デジタル契約は結ばないことにしました。
え~~~え、依怙地ですとも。
依怙地ですよ~~~だ。
でも、NHK衛星受信料を支払いたくないのよ、私は!!!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/04/2006 01:28:48
ネタならごめん(笑)
「ぶんぶぶんぶ」の歌は、確か松平定信への皮肉やったかと。
「元の濁りの田沼恋しき」と並ぶ、名歌?やね(笑)
NHKなぁ。ほとんどの職員クビにして、緊急災害時の報道だけに限定して税金で運営してくれるんが一番効率がえーんやが。つか、ラジオだけで十分やん( ̄m ̄)
-----
COMMENT:
DATE: 11/04/2006 08:32:57
さっすが国語の先生!
ネタちゃいます。知りませんでしたわ。
へ~、はっきりしたターゲットがあったんや、φ(..)
NHK。
ほんま災害時のニュースは早いんですよね(^^ゞ
しかし、今回の、
「デジタルテレビに換えたら、NHK衛星のスクランブルをかけられない」
勘違いなのか、故意の説明不足なのか・・・。
考えようによっては、やっぱし詐欺だと思うんで、どっかにちゃんと苦情を言うべきだとは思うんだけど、どこに言えばええのんかわからない・・・。
NHK本社に言うても、もみ消されたらおしまいですしね~~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/05/2006 00:18:27
たれ込み先
1.総務省
2.新聞(読者欄とか)
3.痛快エブリデイ、怒りの相談室( ̄m ̄)ノ
-----
COMMENT:
DATE: 11/05/2006 22:26:30
わはははは!!
まぁ、新聞が一番いいかもしれませんね。
怒ってるだけじゃなにも進展しないし、具体的に、ちょっとアクションおこしてみるか~。
・・・てかね。
これを機会に、「NHK受信料」で検索かけてみたら、いろいろなサイトが見つかったですわ。
怒ってる人は、ほんまにかなりむちゃくちゃ怒ってはるみたいです。
でも、極端にはしるのもやですもんね(^^ゞ
ま、順当に、穏当に(笑)
-----
--------
TITLE: チーズ・フォンデュ
BASENAME: 2622382
DATE: 11/04/2006 20:16:17
-----
BODY:
チーズにベストマッチなのは、小麦粉だと思う。
パスタ・お好み焼・・・なんにしても合うが、特に、パン生地とあわせるのが一番私の好みに合う。
パン生地とチーズの組み合わせ方にもいろいろある。
ピザやピザトーストのように、パンの上にチーズを乗せるタイプ。
チーズまん、チーズパンのように、パンでチーズをくるむタイプ。
そして・・・・・。
お天気が良いので、今日は六甲山牧場へ。
目的は、羊でも、馬でも広い牧場でもなく、
「チーズ・フォンデュ」
なのであった。
だったら、別に天気がよくなくてもいいじゃん・・・。
ま、そうなんですけどね。
ま、オプションもあった方がいいだろうということで、天気の日を選んだわけだ。
さて、チーズ・フォンデュを知らない人は、もうそうそういないと思う。
とろけるタイプのチーズを白ワインなどと一緒に土鍋にいれ、溶かす。
それに、一口大にカットしたパンや野菜やお肉・ウィンナなどを絡めて食べるのが、この料理だ。
スイスの郷土料理とも言えるものらしい。
あつあつのチーズもうまいが、鍋にできたおこげをこすりとるのが、うま~~い。
それにしても、このチーズ・フォンデュ。
これは、チーズをからめたパンなのか。
それとも、パンをくるんだチーズなのか。
さてさて。
私は仏教をよく知らないが、「大聖歓喜自在天」と呼ばれる仏様がおられる。
俗に、「聖天さん」とか、「歓喜天」とも呼ばれているが、阿弥陀さんやお不動さんと違って、この仏像を見たことがある人は少ないだろう。
この仏像は、所謂「秘仏」となっていることが多いのだ。
正しい理由はわからない。
「力が強すぎる」
という話しを聞いたことがある。
でも、私はただ単に、
「お子様の教育上よくないから」
と思っている。
なぜならば、この仏像は、男女が結合した姿で顕されているからだ。
詳しい名称は忘れてしまったが、
その昔、人を食う魔王がいて、困った人々が、観音様に助けを求めたのだ。
観音様は美しい女性に化けて、魔王の元へ。
魔王は観音様に一目惚れしてしまい、后になるように懇願するのだが、
観音様は、「后になってほしければ、悪業をやめるように」と命令するわけだ。
で、魔王はその言葉を受け入れ、それからは人々の願いを聞き入れる守護仏となったと。
その逸話から、この仏は、男女交合の形で現されるようだ。
このお話が、仏教のいつの時点で挿入されたのかは知らない。
多分、お釈迦様存命中にこんな話しはなかったろうと思う。
しかし、バンコクの通称「お守り横丁」には、男女が結びついているお守りがあったし、モンゴルのお守りに、双身の象のものがあったから、少なくとも、中国で大成される以前からあったには違いないんじゃなかろうか。
いや、知らないけど。
しかし、双身の神・仏は、もっと原始的なものではないかと思う。
例えば、中国の、フギとジョカは、双頭の蛇だ。
彼等は男女一体の神なのである。
彼等の下半身がどうなっているかは知らないが、そのイメージは歓喜天と重なる。
日本の最初夫婦神・イザナギ・イザナミも、同時に生まれた。
そして彼らは、性交により、国を生み出した。
道祖神が双身で示される場合があることもご存知の方は多いかもしれない。
特に、信州では、男女が結合した姿の道祖神がまま見られるそうな。
男女の抱擁というのは不思議なものなのだ。
女は男に包まれていると見えて、実は男をくるんでいる。
その反対もまたしかり。
そのことは、何もフィジカル面だけではない。
双体の男女は、メンタル面においても、くるみ・包まれているものなのだと思う。
それでこそ、その二人は、仏として神として、大いなる力を発揮するのではなかろうか。
てなことで、チーズ・フォンデュ。
この料理は、一見、パンをコアとしたチーズの形をとるが、口に入れると、実は、パンがチーズを抱擁し、そのサクッとした口あたりが、チーズのコクをひきたてていることに気付くんである。
まさに、チーズとパンの、歓喜天。
チーズ・フォンデュとは、なかなかに力のあるフーヅなんである。
肥りそうだけどね・・・。
-----
--------
TITLE: コレクター
BASENAME: 2622383
DATE: 11/05/2006 21:35:50
-----
BODY:
「愛」を定義することは可能だろうか。
確かに、辞書をひけば、「愛」を簡潔に定義している。
たとえば、三省堂の「大辞林」ならば、
「対象をかけがえのないものと認め、それに引き付けられる心の動き。また、その気持ちの表れ。」
などと定義されている。
確かにそれは、愛の本質に近しいかもしれない。
しかし、それが愛なのだと言われて、具体的に「愛」を想像できるだろうか。
なぜならば、ここには、「愛」は定義されていても、
「愛情表現」にまでは言及されていないからだ。
相手をいつも見つめていたい、と、いつもそばにいようとする愛情表現もあるだろうし、
相手を愛しているからこそ、相手を自由にさせようとする愛情表現もあるに違いない。
その愛情表現を「愛」と受け止められるかどうかは、受けてが、送り手を愛しているかどうかにかかっているんじゃなかろうかと思う。
極端な話し、ジョン・ファウルズの「コレクター」という小説がある。
残念ながら、文庫にはなってない。
私が確認しているのは、白水社の単行本のみ。
小説を読むまでもないというならば、映画化されている。
話しによると2本ほど映画化されたそうだが、私が観たのは、テレンス・スタンプが主演しているもの。
原作と肉薄している・・・と私は思う。
ストーリーは、非常に、分かりやすい。
フレディは蝶を集めることだけにしか興味のない、気の弱い男だ。子供の頃はいじめられっこだった。
そんな彼が、ある日、サッカーくじ(だったと思う)で、大金を手にする。
それを機会に、彼はかつてからの野望を実現しようと具体的な計画を練るのだ。
その野望とは・・・。
美しい美大生・ミランダを「我がもの」にするということ。
といっても、エステに通い、スタイリストをつけてファッションセンスを身に着け、会話を磨き・・・というプラス思考じゃない。
彼はまず、地下室のある、集落から遠く離れた一軒家を手に入れる。
ワゴン車を購入する。
・・・そして・・・、彼女を追い回し、人気のないところで、彼女にエタノールを嗅がせ、略取したのだ。
目を覚ましたミランダは、自分が完全に、見知らぬ男の捕らわれの身になっていることを知る。
部屋の鍵は外からかけられ、窓はない。
地下室なのだ。
しかし、部屋の中には、彼女の欲しいものはすべて揃っている。
贅沢な服も、好きな画家の画集も。
しかし、一番欲しいものだけがなかった。
自由だ。
フレディは、彼女に暴行したりはしない。
彼女を女王のように扱う。
貴婦人として、美しく、気高く、最高の女性として扱う。
だから、ミランダが彼から逃げるため、彼を誘惑しようとすると、絶望し、怒るのだ。
「君を見損なった!」
と。
ある日、彼女は隙を見て逃げ出す。
しかし、外は雨。
助けてくれる人はいない。
彼女は雨の中、途方にくれて・・・。
病に倒れてしまう。
ここで、フレディは、一つのジレンマに悩むこととなる。
このままミランダをほうっておいたら、彼女は死んでしまうかもしれない。
でも、医者に・・・第三者に見せたら、自分が彼女を誘拐したことが露見する。
自分が逮捕されることよりも、ミランダを失うことが恐ろしいのだ。
彼は苦悩し、逡巡し、とうとう、一つの決心をする。
病院に電話をするのだ。
だが、遅すぎた。
ミランダは、病のため、息を引き取ってしまう。
フレディは、悲しみ、苦しみ、後悔する。
自分達は幸せになれるはずだった。
何が間違っていたのだろう。
どこで錯誤があったのだろうか。
そして、彼はある答えに行き着く。
「ミランダが自分を愛さなかったからいけないのだ。
ひいては、自分を愛してくれるような、優しく弱く大人しい女を選ばなかった自分が間違っていたのだ」
そして、彼は、街に出る。
自分を愛してくれるような、美しく、弱く、大人しい女性を見つけるために。
・・・こんな話しである。
さて、ここであなたに聞きたい。
フレディは、ミランダを愛していなかったのか?
これは難問なのだ。
昔、初めてこの物語に触れたとき、私は、簡単に決断を下した。
「フレディのミランダに対する気持ちは愛情じゃない」
と。
しかし、今は思う。
「これも一つの愛なのだろう」
と。
たとえば、スェーデン・シンドロームという言葉がある。
凶器を持った男に虜にされた女は、多くの場合、男に恋心を抱くというのだ。
つまり、虜になった女は怖くてしかたがない。
でも、もし、この男のことが好きならば、その恐怖は和らぐのだ。
愛する人から受ける理不尽な仕打ちは、ある程度許容できる。
・・・だから、彼女は、自分に言い聞かせるわけだ。
「私は彼を愛している。私は彼を愛している」
たとえば、松田洋子さんの、「完全なる飼育」というドキュメンタリーがある。
竹中直人で映画化されているのだが、土台となったのは、「実話」だ。
この「物語」の中で、誘拐された女子高生は、犯人である男をいつしか愛するようになっていく。
いや、「愛している」と思い込むようになっていく。
男と少女は、「二人きりの愛の世界」を築いていく。
不自然な形で。
もちろん、男がしたことは犯罪だ。
少女は、不自然な生活の中で、恐怖の中で、
「犯人を愛すること」
でしか心の平穏を得られないような状況の中で。
彼を愛し、愛の生活を築いていく。
それは、今私達の価値基準の中で、「愛」とは呼べないと言う人が多いだろう。
でもね。
そんなこと言ったら、本当に「愛」というものが出現したのは、近代も近代。
女性が自活できる世の中になって、やっと、「愛」と呼べるものが生まれたということになるんじゃないの?
結婚しなければ女が生きていけない時代においては、女は男の虜になった状態と、そう大差ない状態に置かれていたのじゃないかと思う。
愛の定義は、虚である、としみじみ思う。
「コレクター」の愛は、それをして「愛」と呼べないことはないのだと思う。
一つの対象物を、同じ時、同じ場所から見た場合、見える景色はまったく同じはずである。
ではここで。
(それは不可能だけれど)もし、同じ場所、同じ時間から、私とあなたが同じものを見たとする。
しかし、あなたの脳に映っている画像と、私の脳に映っている画像が・・・一緒だとは限らない。
私の「赤」と、あなたの「赤」が同じ「赤」だとは限らない。
同じ色を見ても、私の瞳のレンズを通した後と、あなたの瞳のそれを通過した後、同じ風合いをしていると断言することは出来ない。
だからどんな定義も虚なのだ。
私の心のフィルターは、他の人とはまったく違うだろうから。
そして、あなたの心のフィルターも。
人の心は、様々で、多分、同じものは一つとしてないのだろうから。
もっともっと極端な話しをすれば、私の愛犬に対する気持ちは愛か?愛鳥への気持ちは?
愛犬の私に対する気持ちは?愛鳥の私に対する気持ちは?
それは「愛」とは呼べないかもしれないと自覚している。
しかし、その気持ちの中に、確かに「愛」は実在しているのだ。
な~~~んで、こんな話しをくどくどしてるんでしょうか。
・・・。
私は、この一月ほど、ず~~~~っと、ポケモンをプレイしている。
ポケモンというゲームは、チャンピオンを倒して自分が新しいチャンプになったらおしまいじゃない。
いや、一応、「ゲームクリア」なんだが、その後、ポケモン図鑑を完成しなければいけない。
ゲーム中に存在するすべてのポケモンをすべて捕まえなければいけない。
これが大変。
一つのソフトでしかプレイしないのに、7種類ほどあるソフトのある特定のものにしか出現しないポケモンとかあるし、ソフトの中でもある特定された時間、ある特定された場所でしか、しかも、かなり低い頻度でしか出現しないポケモン。
進化させないといけないポケモン。
進化するために、最低3時間はかかるポケモン。
大変なのだ。
今回のゲームにおいては、特に、490種類もポケモンがいるんである。
そこまでして、なんで図鑑を完成しないといけないのか。
それは、「ゲームを完璧な形で終わらせたい」という気持ちの表れでもある。
しかし、それだけでもないかもしれない。
結局、それが、「コレクター」としての気持ちと似ているのだと思う。
だから、一つ一つのポケモンに愛着などはない。
ただ、「そこにあればいい」んである。
「図鑑が埋まってればいい」のだ。
そうかんがえると、「コレクションしたい」という気持ちは愛とは関係ないんだよね。
でもさ。
図鑑に空きがあった場合、そこにいるべきポケモンのために、私は睡眠時間を削り、あちこちを調べ、努力し・・・と、「愛」に近しい行動をとるわけだ。
コレクターといっても、例えば、
「ピカチュウ商品はすべて集めたい」
という、「コレクター」もいる。
これの場合、ピカチュウに対する、異常なまでの愛情とも言えるかもしれない。
収集欲と愛。
その境界線は、あるようでない。
そんな気がするのだ。
-----
--------
TITLE: ことことことこと
BASENAME: 2622384
DATE: 11/06/2006 13:54:41
-----
BODY:
私は料理の基本がなってない。
そもそも、私と母の味覚には大きなへだたりがある。
私はクセのあるものが好きだし、母は嫌い。
ぶっちゃけた話し、私は酒呑み、母は下戸。これが大きいかと思う。
例えば、母はニンニクが大嫌い。
料理に微量入っていてもすぐに気付く。
みょうがなどもダメなようだ。パクチーが大丈夫なわけはない。
また、たんぱく質の加工品が苦手だ。
チーズは見るのもいや。
シーチキン・ハム・ベーコン・ソーセージ、すべてNG。
どんなにきちんと作られたものでも、ダメなんだそうだ。
大きなジャンルでは、中華料理が苦手だ。
反対に、私はそれらのものが好きだったから、学校で「家庭科」を習い始めた後は、外食しておいしいと思ったものは、自分勝手に再現するようになった。
卵料理や、野菜の煮方など、基本中の基本は母から教えてもらったが、母が作ったことのないものは、母から教えてもらうわけにはいかないのだ。
グラタンなど、どうやって作ったらいいか想像のつかないものは、さすがにレシピ本を見たと思うが、それ以外は、だいたいで作ってしまっていた。
それでまずけりゃ本で調べるんだが、食べられないこともないものが出来上がるのだ。
だから、私の料理は、本当の本当に我流である。
その傾向は一人暮らしを初めてから加速した。
実家と違って、食材が満足にない。
親元にいる時は、冷蔵庫に大概の食材がそろっていたが、私一人の冷蔵庫は、大したものが入っていなかった。
だから、「適当な料理」を「あり合わせの食材」で作ってきたわけ。
ブロッコリーの代用品としてニンジンを使うのなんて、朝飯前だったりするのだ。
どうだ、驚いたかぁあああ!!!!
それで、旦那も文句を言わなかったから、私はこの年になるまで、本当に料理の基礎を知らずに来てしまった。
そんなわけで、この間、ふとつけたテレビを見て大ショック!!
タレントさんが同じ料理を作って、味を競うというような主旨の番組で、その料理がブリ大根。
番組の主旨上、調理過程よりも味見に重点を置かれているのだが・・・。
それでさえ、「基本」として紹介されていた調理手順に、
「しもふり」
ってのがあったのだ。
煮込む前、ブリにお湯をかけ、さっと熱を通しておくという作業のことらしい。
これで、臭みがとれるとか。
へぇ・・・。
見たことも聞いたこともなかったさ。ふっ。
私のブリ大根は、もっと単純だ。
ダシでブリと大根をことこと煮込んでアクをとる。
大体火が通ったら、日本酒を投入してまた煮込む。
沸騰したら、砂糖・みりん・しょうゆ・しょうがを投入して、圧力鍋に移し、湯気がたったら弱火で15分。
・・・すいません・・・
これは、基本のなってないブリ大根だったようで(T_T)
それでも、特に臭みを感じなかったのは、私の鼻と舌が鈍感なんでしょう。
ははははのは。
さて。
昨日は甥っこの七五三の祝いで、実家主催で外食だった。
そこで出た、豚の角煮。
むちゃうま。
で、スーパーをぶらぶら見てたら、豚バラブロックがあったので、ついつい買ってしまいました。
ブロックを8等分したので、旦那5キレ、私3キレってところか。
手順はブリ大根とほぼ同じ。
ただ、豚バラは、ブリと比べて格段にアクと油が出るので、ダシで一旦煮込んだら、そのダシは全部捨てる。
あとは、ごく適当。
先日作ったおでんのだしを残してあったので、これを再利用。
で、今現在、ことことことことことことことこと・・・。
どんな味に出来上がっているか、ちと不安。
レシピ見たほうがよかったかなぁ(^^ゞ
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/07/2006 01:16:16
ブリ大根は作れるんやけど、豚の角煮の美味しいのが作れへん。
あの、箸で刺しただけでホロッと肉が崩れていくんが理想なんやけど、どうも固くなるねんなぁ。
味は、まぁまぁ美味いんやが…
ちなみに霜降りはやってやす( ̄m ̄)ノ
-----
COMMENT:
DATE: 11/07/2006 08:41:42
いろいろやってますね~まんぼさん。
で、角煮に圧力鍋は使ってます?
昨日の角煮は、ホロッと出来上がりました(#^.^#)
んまい!
一緒に煮込んだ大根が、これまたうまうま~~~。
しかし、霜降りを知らなかったのは恥だなぁ~~(^^ゞ
うちの母はやってなかったと思う(と、母にも恥をかかせる娘(笑))
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 11/07/2006 13:39:53
角煮・・・ですが
最初の 脂抜きの際に
(私は、ですが)出汁ではなくて
お湯で、その中に ニンニクと生姜を入れてます。
臭みが早く抜けるような気がしています。
(なんか 生姜の話ばかりですいません)(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 11/08/2006 15:35:03
やっぱりいろいろなレシピがありますね(^^)
うちの場合は、豚肉に臭みを感じないので、しょうがは「臭み消し」というより、「香りづけ」で入れるんです。
だから、最後に入れるんですね。
・・・などと書いていると、いろいろな香菜を試したくなってきました(笑)
セロリとか。
でも、いろいろ実験するには、豚バラブロックは高いですねぇ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/10/2006 00:00:45
我が家に圧力鍋はないねんなぁ。うーむ、圧力鍋がえーんかねぇ。
ま、またなんか考えよう( ̄m ̄)
-----
--------
TITLE: 吐息が熱い
BASENAME: 2622385
DATE: 11/07/2006 08:31:11
-----
BODY:
というても、決してハーレクイン的な話しをしようというんじゃなく、単に、風邪ひいたんですわ(T_T)
ほんっと、年です。
もう、疑いようもなく年です。
風邪ひきの兆候がわかるようになってきました。
今までは、朝起きたら、
「ドド~~ン!」
と熱があって、
「ババ~ン!」
と寝たら、次ぎの日には、
「スカッ!!!」
だったんですがね・・・。
最近は、どう~も、朝起きるのがだるいな~というのがうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじ・・・
まだまだ、続いてうじじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじ・・・
と続いて、
じわ~~~~んっと咽喉が痛くなったり、関節が痛んだりして、のわのわ~~~っと熱が出る。
で、治るときも、
しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく・・・と、ちょ~~~っとずつ治ってくんですね。
くっ(>_<)
先週あたりから、ど~~~も、朝、布団から体をひっぺがすのがきついなぁと思ってたんだけども、昨日の朝起きたら、声がかすれている・・・。
学生時代なら、声がかすれてたら、張り切って、中村あゆみ(知ってますかね?ハスキーボイスの歌い手さん)を熱唱したりしたもんだが、今、「翼の折れたエンジェル」を歌っても、誰も知らない可能性が高いので、やめた。
でも、一日首にスカーフを巻いてたらおさまったんで、念のため、寝るときもタオルを巻いて寝ておいた。
で~~~も~~~~~~~。
朝起きると、えらいさぶいし、手足が痛い。腰も痛い。
熱をはかると、超微熱(笑)
はぁあ、これから、じくじくじくじくじくじくじくじくじくじくじくじく・・・っと体調悪い日が続くんだろうか。
大爆発はしないんだけど。
あぁ~~~~、年だわぁ(T_T)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 11/07/2006 13:35:09
紅茶はお嫌いですか?
お嫌いでなければ・・ですが
生姜入りの紅茶が おすすめです。
市販でジンジャーティーもありますが
パック紅茶でもいいので ちょびっと
生姜をプラスされるとそれだけでOKです。
身体ホカホカ。 喉もポカポカ。
お大事になさってください。
-----
COMMENT:
DATE: 11/08/2006 15:31:42
しょうがはいいですよね。
私は葛湯に摩り下ろしたしょうがを入れたりします。
なんだか、今年は、ジンジャーティーが流行してるみたいで、あちこちで話題になってますね(~_~)
-----
COMMENT:
AUTHOR: 325
DATE: 11/08/2006 23:58:19
話題に・・・知らなかった(^^::
私はこれでここ数年ほんまに風邪知らずです。
紅茶のカテキンがなかなかいいみたいです。
話題になるぐらいだから きっと効き目があるんですね。
私の気のせいではなかった(笑)よかったです。
-----
--------
TITLE: 性
BASENAME: 2622386
DATE: 11/08/2006 15:17:43
-----
BODY:
大岡越前の有名なエピソードに、女と性欲の話しがある。
原本がどこにあるのかは知らない。
大岡越前のお裁きは、一休さんのトンチと同じく、元ネタは別にあることが多いので、もしかしたら、他の人のエピソードの上書きかもしれないが、つまりこんな話しである。
ある日、越前は母親に「母上、女性はいくつになるまで女性なんでしょうか」と尋ねるのだ。
すると母は黙ったまま、火鉢の灰をかき回す。
つまり、「灰になるまで」ということだ。
いわんや男性をやってとこだろうか。
私は早くに進学が決まったので、高校生の3学期に運転免許を取得した。
その教習所には、問題のある教官がいたのだ。
教習中、触ってくるんですね。
手やら太ももやらを、ぺたぺたと。
今ならば、これはれっきとしたセクハラとして、問題になるだろうが、当時は、「セクハラ」なんて言葉はなかったし、「力」のある男が、目下の女を触るのは、半ば「役得」的に扱われていた時代だった。
話しがそれてしまうが、新卒で大手保険会社で働いていたとき、なぜかある調査役に気に入られてしまい、宴会のたびに触られた。
スカート(当時、ジーンズを履いて出社しようもんなら、上役に呼び出されてくどくど説教。仕事中はどうせ制服に着替えるんだから・・・と言って聞いてもらえるような社風ではなかった)の上から太ももを触るくらいなら、
「ギロリ」
で我慢してやってたが、スカートの中に手を突っ込まれた日にゃぁ、手元にあった座布団をひっつかんで、それで横面を張り倒してやった。
ら。
次ぎの日、別の上司から、 「私が」 怒られた。
「調査役は、君に甘えてるんじゃないか。どうしてもっと母親のような愛情で包んであげられないんだ」
と。
「あんな脂ぎった子供を産んだ覚えはありませんが?」
と答えたら、こうだ。
「だから女は出世できないんだよ」
相手を立てることと、セクハラを甘んじて受けることが同列に語られていた時代があったのだ。
今じゃ信じられないけどさ。
っていっても、まだあれから20年も経ってはいない。
たった20年弱で、時代は変わるもんである。
・・・とまぁ、そんなわけだから、教官が触ってくるってことを教習所に訴えても、改善はされなかった。
ただ、その教官は当時60を越えたお年であった。
だから、私も、
「まぁ、おじいちゃんが孫を可愛がるつもりで触ってるのかなぁ?」
などと自分を言い聞かせていたのだ。
が。
同級のクールな秀才にこの話しをすると、
「甘いあまい、あんたって、ほんっとに甘いわ。年とって性欲が消えるなら、なんで色ボケってのが存在すると思うわけ?」
と、するどいツッコミが返ってきた。
それ聞いて、一気にこの教官のおさわりに嫌悪感。
しかし、この教官、タチの悪いことに、
「触らないでください」
と、拒否すると、ハンコをくれないんである。
ハンコは欲しい。
しかし、触られるのは、シャクに触る。
私は一計を案じた。
用意するのは、赤のサインペン。
これだけ。
これで、両手に、
ぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつぽつ・・・・。
赤い斑点を無数につけた。
そして、教習の時間中、
ぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼり・・・。
かきむしってやったのだ。
教官は、触るどころか、体をドアにくっつけるようにして、私から離れていた。
教習が終わって、
「ハンコくださいます?」
と、教官の方に身を乗り出してやったら、
「ひぃぃ・・・。合格です・・・」
とか言って、びびりながら押印していた。
わっはっはっは!!!
ざま~ミロ。
ま、そんなこともあって、私は、
「年をとれば性欲が衰えるわけじゃない」
ってことは、「知って」いる。
んだが・・・。
「好きな俳優さんは?」
と聞かれたら、
う~ん、岸部一徳とか、藤村俊二とか、寺尾聰??
と、枯れ気味の俳優さんばっかりあげてしまうのは、なぜなんだろう。
どうも、私は、老け専なんである。いや、あった。
20代後半まで、夢の中で恋人として登場するのは、決まって谷啓だった。
いや、谷啓さんは好きだけど、恋人の対象じゃあよね・・・。
そう思っても、夢の中で、手をつないで並木道を歩いている相手は、いつだって決まって谷啓だった。
で、正直なところ、それがいやじゃなかったりした(笑)
それが、30代も半ばになってくると、今度は・・・。
ぐっと若い俳優さんにキャーキャー言いたくなってくるんですね・・・。
これ、なんでなんでしょ??
まぁ、レオ様は、「グッと若い」というほど若くないんだけど。
実は・・・最近、ひゃ~ひゃ~言いたい俳優さんができちゃったの。うふ♪
吊り気味の目、細い鼻梁、尖ったくちびる。
棒のような長身。
・・・藤井隆じゃないですよ(好きだけど)。
こないだ、デス・ノートの前編をテレビで放映していたんだが、これに出演していた、「エル」の人。
検索してみたら、松山ケンイチさんというらしい。
きゃ~~~。
うつくし~。
人形にして持ち歩きた~~~い。
が。
プロフィールを見たら・・・。
21歳ですよ、21歳(笑)
息子と言うてもおかしくない年齢ですがな(^^ゞ
どうも私は、恋愛対象としてもおかしくないくらいの年代はあかんらしい(笑)
結局、一緒にあっさりしゃべりながらお酒を呑めそうな年代に目が向いちゃうようで。
色気関係なしに話しができるのが良いらしい。
いや、同じ趣味の男友達は同年代が多いけど、趣味仲間じゃない場合は、年が離れてた方が楽しい。
思わぬ話も聞けるしね。
この年になるともう、色とか恋とかの話しがめんどくさくてめんどくさくてめんどくさくてめんどくさくてめんどくさくて・・・。
同年代(前後3歳くらい)の異性に、好みの女について語り始めたりされた日にゃぁ・・・。
あんたの好みなんか知るかっつぅの・・・と言い放ちたくなったりして困るんである(笑)
楽しく飲めないじゃんね。
私は女である。
が、もし、むすこに、
「お母さん、女性はいつまで女性なんでしょう?」
と尋ねられても、
「灰になるまで女性」
とは答えないだろう。
「お母さんはもう、女やめたで」
って答えそうだ。
私は、これでも女なんである。多分。
-----
--------
TITLE: 異類婚
BASENAME: 2622387
DATE: 11/09/2006 16:48:43
-----
BODY:
夕鶴なんかは有名な話しだろう。
「鶴の恩返し」というほうがわかりやすかろうか。
つまり、人間が、人間以外のものと結婚することを、「異類婚」と呼ぶ。
日本の昔話を見ると、この手の話しは山ほどある。
浦島太郎の物語も、実は、この類に入る。
風土記逸文では、乙姫の別名を「亀姫様」と呼んでいる。
浦島太郎が釣りをしていたら、五色の亀が釣れる。
逃がしてやっても、また釣れる。
「おっかしぃなぁ」
と、逃がさずに船に寝かしておくと、いつの間にやら亀は消えて、美しい乙姫様が座っていました。
ってな形で、乙姫様が登場することを考えても、
乙姫様=亀姫様の正体は、亀なんだろう。
しかし・・・まぁ、鶴女房は良いにしても、亀女房・・・。
どっちも長寿だけど・・・。
亀・・・ねぇ。
いや、あかんことないけどさ。
亀・・・亀・・・亀・・・。
いや、あんまりリアルに想像するのもなんですが。
こうね。
亀をね、こう、上向きに寝かせるでしょ?
そうすると、亀は起き上がろうとして、両手両脚を、
「ゆ~らゆ~~らた~らたら」
って動かすじゃないですか・・・。
浦島太郎と乙姫様の結婚を想像しようとすると、どうも、亀のこの姿が浮かんできて、浦島太郎も物好きじゃのぅと・・・。
まぁ、いいけど。
羽衣天女を妻にしたという話しも各地に残っている。
これも異類婚の一種だ。
人間の女性と異類の男性が結婚するという話しでは、男性側が蛇であることが圧倒的に多いような気がする。
所謂、苧環型と呼ばれる、三輪の主と玉依姫の結婚がその代表だろうか。
玉依姫のところに美しい男性が訪ねてきて二人は結婚するが、男の正体がわからない。
玉依姫が何度聞いても男は答えない。
ある日、一計を案じた玉依姫は、男の袖に糸のついた針を刺しておき、朝になってその糸を追いかけてみた。
糸は三輪山へと続いていたので、男は三輪山の主であるとわかった。
三輪山の主ってのは、大物主命。
蛇さんである。
もしくは八股の大蛇の物語のように、乙女が大蛇の生贄となるという話しも結構多い。
これは、昔、神迎えの神女が、川の側の小屋で神を待った・・・という話しを寓話化したものなのかもしれない。
川の神=蛇と考えるのは、まったく不自然じゃないから。
その点、人間の男は、本当に数多くの動物やら妖怪やら天女やらを嫁にしているから、蛇以外のヴァリエーションをあまり持たない女性側としては、ちと羨ましい。
妖怪を嫁にしたのは、二口女の話しが有名だろう。
「物を食べない女房が欲しい」
といっている男のところに、本当に何も食べない女の人が嫁いできた。
確かに何も食べない。
何も食べないのに、たくわえの米が減っていく。
「おかしい」
いや、おかしいって、嫁さんが食べてるに決まってるんだけど、男はいつものように畑仕事にでかけるふりをして、天井裏に隠れた。
すると、確かに嫁さんが食べてたのは食べてたんだけど、食べてたのは嫁さんの顔についてる口じゃなく、頭の後ろについてた口だった。
と。
意味わからん(^^ゞ
てか、男が留守にする時間があって、その間にたくわえの米がなくなるなら、嫁さんが食べてるに決まってるんだから、天井裏に隠れたりせず、
「食べてるやろ?」
と聞けばよかったと思うんだが・・・。
てか、まず、「物を食べない女房が欲しい」という考えがわからない。
つまりこの話しは教訓とかなんとかじゃなく、
「ちょっとおかしな男性が、ちょっとおかしな幻覚を見た」
ってことでいいのかもしれない(笑)
しかし、私があらゆる「異類婚」の中で、もっとも悲惨だと思うのは、「魚女房」の話しだ。
正直者で心の優しい漁師がいた。
彼は、たくさん魚を釣っても、自分が食べるもの以外は、海に返してやるのだった。
ある日、彼のところに、美しい女が訪れ、嫁にしてくれという。
喜んで結婚し、二人は幸せに暮らした。
女は美しい上に、料理上手だった。
特に、味噌汁がうまい。
しかし、男がいくら尋ねても、その作り方を教えてくれない。
男が漁に出ている最中に調理をし、帰宅するとすぐ、暖かい味噌汁を出してくれるのである。
男は気になって、気になって、気になって。
ある日、漁に出かけるふりをして、天井裏(また天井裏かよ(笑))に隠れたのだ。
女房は亭主が見えなくなったのを確認すると、すりばちを出してきて、味噌を入れた。
そして、おもむろに自分の尻をまくると・・・。
「ご~りご~りご~~~り」
自分の尻で、味噌を捏ね始めたのであった。
・・・・・混ぜたね?
い~~や、かくしても、だめ!
絶対混ぜてる。
自分のうんととを混ぜてるでしょ?
いっくら、味噌がうんととに似てるっていっても、お母さんにはわかるんですからねっ!!!
・・・でも、男にはわからなかったんである。
「うまいなぁ」
と食ってたんである。
真実を知った男は、
大ショ~~~ック!!
「なんて汚いことをするんだ!」
激怒して、嫁を追い出してしまった。
すると女は、
「私は魚です。あなたが優しい方なので、嫁になりにきました」
と言い残して海に戻ってしまった。
彼女の残した黒塗りの小箱には黄金がぎっしり詰まっていたそうな。
魚女房は、男に恨みがあったわけじゃなく、恩返しがしたかったようで。
その割には、うんこ喰わせるってのが解せないんだけども、魚のうんととってのは、汚いもんじゃないのかもしれない。
多分。
ダシが効いてそうだしね(笑)
しかし、人間のうん・・・・・。
今日のニュースをチェックしていたら、
「女性が結婚相手に望むこと。結婚したくないと思う男性のタイプ」
「男性が結婚相手に望むこと。結婚したくないと思う女性のタイプ」
というアンケート結果が記載されていた。
女性が結婚相手に望むのは、「優しさ」だそうで、これがダントツ50%弱を占めたそうな。
反対に、結婚したくない男のタイプは、これまたダントツで、「暴力男」。
男性は、女性に、「家族を大切にしてくれること」を望み、
「浮気性」の女性が避けているそうだが、これは、「ダントツ」ってほどの大差ではない。
まぁ。
女性にとっての配偶者の存在と、男性にとっての配偶者の存在の、存在感は、
女性にとっての「それ」の方がでかいんでしょうね。
男の暴力を怖がり、優しさを求めるんだから。
家庭以外に逃げ場を持たない女性が多いのかも。
てなことを考えていた時、ふっ・・・と、この魚女房の話しが浮かんだんざますわ。
暴力男への最高の復讐になるよなぁ・・・と。
なにしろ、男は、
「うまいうまい」
って食べるそうだし(笑)
昔話ってのは、いろいろな教訓を含んでいるものである・・・のか?
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/09/2006 23:56:49
ご飯を食べへん女房が欲しい言うんは、僕の聞いた話では亭主がすごいケチで、結婚したら食費が余分にかかるから結婚せーへん言ってたところに、女が私はご飯を食べませんから結婚してくださいて言ってきたとか言う話やったなぁ。
ただ、留守中に食べるなら、別に前の口から食べても一緒やんとは思う( ̄m ̄)
-----
COMMENT:
DATE: 11/10/2006 08:17:20
なるほど、それなら筋が通ってる(笑)>ケチ
昔話って、俵藤太のムカデ退治が、藤原秀郷の平将門誅伐を、暗に示したものだったりするように、何かをぼかして物語にしてる場合もありますよね。
そんでもって、例えば、四谷怪談で、伊衛門が、赤穂浪士なのに仇討ちに参加しなかったと説明されているのは、当時の人にはそれだけで「伊衛門=悪人」と納得されるため・・・と清水義範さんが書いておられますけども、そういう、「当時のお約束ごと」ってのもあると思うです。
それを考えた場合、どう~も、頭に口があるってのがなんなのか、ピンときませんねんわ。
ヘンな話し(笑)
-----
--------
TITLE: 臭い考
BASENAME: 2622388
DATE: 11/10/2006 13:12:52
-----
BODY:
「におい」考
ではありません。
「くさい」考
でございます。
考えてみれば、子供の頃からずっと、いつも近所には川が流れていた。
そして、そこには、くさがめが住んでいた。
そして、たま~に、その亀が車にひかれたりなんかしていたんである。
思えば、子供の頃は、車に轢かれた動物をよく見たもんだ。
いや、今でも車で遠出をすると、山に隣接する幹線道路などで轢死体を見かけることがあるが、昔はもっと・・・通学路などの狭い道でも、結構それを見かけたような気がする。
それは、うじがたかったりして、グロテスクともいえるものだったが、私達子供はそれを見て、
「死」
というものを実感として知ったのではないかという気もする。
少なくとも、私達にとって、「死」は、バーチャルな世界のものではなかった。
・・・また話しがそれてしまったが、その亀の死体は、必ず、ひどい臭いがあったものだ。
「クサガメ」という名前と、その緑っぽい姿から、
「草亀」
という文字を連想しがちだし、それは間違ってはいない。
しかし、辞書などで、「くさがめ」をひいてみると、
「草亀」という漢字と並んで、「臭亀」という漢字が表記されている。
そう、クサガメとは、「臭い亀」なのだ。
脇のところに臭腺があるのだそうな。
他に、「臭」という漢字のつくものはないのか・・・。
とページをめくってみたら、
「臭木」
と呼ばれる木もあるらしい。
「臭物」
というのは、ニンニクや韮などを呼ぶ女房言葉だそうだ。
辞書にはなかったが、「臭虫」と呼び習わされている虫がいる。
そう。
カメムシである。
カメムシなのだ。
この時期、河原から飛来するカメムシが、洗濯物について困るのだ。
白い衣類が好きらしく、旦那のブリーフや、バスタオルなどには、必ず1~2匹がちんまりとくっついている。
刺激すると臭気を発するので、殺すわけにはいかない。
警戒させないように、ゆっくりと洗濯物を振り、そのころんとした、色合いがもう少し明るければ、「可愛い姿」をいえないこともない、その厄介な虫を振り落とし、そのまま室内に取り込む。
虫は一旦ベランダの床に落ちるが、思いなおしたように、ベランダに残っている別の洗濯物にくっつく。
この作業を、ベランダの洗濯物すべてを取り込むまで続けなければならないのだ。
夕方になるまでに取り込めば、被害は小さいんだが、気温が低くなってきたので、3時ごろに取り込んだのでは、まだ乾ききってないものもあるのだ。
ったく。
香りというものは不思議なものだ。
ある特定の香りをかいだだけで、忘れていた過去の記憶が呼び覚まされるということがある。
私の場合、アラミスの香水の香りを嗅ぐと、中学生時代の恩師の声が耳元に甦る。
どんな先生だったか、顔は思い出せないのだが。
別に憧れの先生というわけでもなかったが。
なぜか、その香りだけは印象に残っている。
そんなわけで、私がカメムシを敵視するのは、過去の苦い思い出に直結しているからという理由もあるのかもしれない。
それは、高校生の時だった。
私の実家から徒歩5分ほどのところに、偏差値50程度・・・つまり、ごくごく平均的な成績の生徒が集まる公立高校があった。
私は、実は中学時代まで、結構「優等生」であった。
で、自分自身は勉強嫌いで、授業時間以外は一切勉強しなかった。
その分、授業中に、要点は自分なりに押さえるんである。
メリハリがある、と言っていただけたらありがたい(笑)
今でもそれは同じで、資格試験を受けるときなども、「この時間に勉強する」と決めたら、それ以外は、一切勉強しない。
そんなだから、試験勉強といっても、授業中に押さえた要点をさらっと復習する程度しかしなかった。
そんなわけで、試験前、我が家に同級生が集まって、勉強会になることが多かったのだ。
私は、人に教えるのが得意じゃないが、級友達にとっては、自分ひとりでうんうん言いながら勉強するよりは、私がいる方が、まだ張り合いがあったらしい。
そして、高校生になり、我が家近くにあるごく平均的な高校に級友の実に10名弱が通うようになってからは、土曜日などに、元級友が我が家に立ち寄るということが定期的にあった。
といっても、すぐにクラブ活動などが始まり私の帰宅が遅くなったので、そういう習慣は、3ヶ月で終わったが。
その後も、思い出したように、我が家に元級友達が集まっていた。
それは、私が高校一年生の今ごろのことだ。
その頃になると、元旧友達が新しい友人を連れてくるようになったので、多いときは、10名以上が集まるようになっていた。
くだらない話しをしながら、私は耳掻きを手にとり、おもむろに耳垢を掻き落とそうとしたんだと思う。
耳の奥で、よく知った臭気がした。
「ドキ」
その当時、
「寝てるうちにゴキブリの幼虫が耳の中に入り、耳垢を食べながら成長。
ごそごそという音が気になって耳鼻科へ行くと、立派に成長したゴキブリが、耳の中を這いずり回っていた」
などという、多分「都市伝説」がまことしやかにささやかれていた。
そんなことがありえるのかどうかは知らない。
ただ、それは、「ありえそう」な話しなのであった。
そんな噂が真実味をもって語られていたとき、自分の耳を掃除していたら、耳の奥でカメムシ臭がしたとなったら。
「耳の中でカメムシが育ってる!」
と考えても不自然じゃありませんでしょう??
耳掻きを耳から抜く。
臭気は治まる。
しかし、耳掻きをつっこんで、垢をこそぎ落とそうとすると・・・。
・・・・・・ぷ~~~~~~ん・・・・・・・・
くく・臭い(T_T)
「ちょ・・・ごめん。私の耳の中、ちょっと見てみてくれへん?」
そこにいた友人に頼んだ。
「なに?」
怪訝そうな表情をしながら、私の耳の中を覗き込む友人。
「臭くない?」
「・・・カメムシ臭??」
「うん」
「なんで?」
「耳の中に、カメムシがいてるかもしれへん(>_<)」
大騒ぎ。
その日集まっていたのは、口は悪いが、情に厚く、親切なタチの級友ばっかりだった。
そして、彼らは、とっても、「雑」だった。
そんな彼等に、かわるがわる耳を覗き込まれ、耳掻きを突っ込まれ・・・。
当人である私は、今にも胸が張り裂けそうな思いで、友人達のなすがままになっていた。
「うわ、耳掻きも臭くなってる!」
「ほんまや」
「絶対カメムシおるで・・・って、なぁ、耳の中より、耳掻きの方が臭くない?」
「・・・くさい・・・(一同)」
「この耳掻き、どこにおいてあったん?」
そう聞かれてふと思いついた。
私は、ハサミも、耳掻きも、定規も、ペン立てに入れていた。
そのペン立ては手作りのもので、空き缶にフェルトを貼ったもの。
内側まで貼ったフェルトは、保温に良いだろう。
・・・まさか・・・
ぺん立てから、ハサミを抜いてみた。
くさっ!!!
ペンを抜いた。
臭っ!!!!
定規・・・くっさ~~~~(T_T)
すべて抜き取り、ペン立てを覗き込むと・・・。
なんと、3匹ものカメムシが、ころんころんころん・・・と暖をとっていたのであ~~~る。
どこから入ってん(>_<)
気は良いが、口の悪い友人達が、それをかの学校で言いふらしてくれたので、この事件に立ち会わなかった元級友たちが、
「カメムシのおったペン立て見せてや」
とかわるがわる我が家に立ち寄ったことは言うまでもない。
そして、
「うわ、まだ臭いな!」
「どんくさ~」
「とろくさ~~」
と、馬鹿笑いをしてくれたのも、当然のこと。
耳の中でカメムシが成長していると疑ったときの胸の高鳴り(笑)
真相がわかった後の、級友達のあざけり。
その後、何度も繰り返しからかわれることのうるささ(^^ゞ
そういう思い出がすべて、このカメムシの臭いに直結してるんである。
それだけでも忌々しいちゅうに、この虫、衣類を食うこともあるらしい。
っていうか、衣類につく虫は、カメムシの一種なんだそうだ。
あぁ、できるなら、すべてふんづかまえて、海に流してやりたい。
ふんづかまえても、臭いを放たないのなら。
できるなら、できるなら・・・。
しかし、この勝負。
どこをどう工夫しても、カメムシが有利なのだった。
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/11/2006 01:35:10
こんばんは。本日は夜更かし中でございます(^^)
臭い考の話しと↓のうんととのお話を合わせて読んだせいか、 臭い と いい匂い の境界はどのへんなのかな?なんて考えてしまいました。
自分のうんととは生まれたときからずっと嗅いでおりますので慣れがあります。したがって本当は臭いんだけどある意味 いい匂い だったりしますよね。えへへ。
カメムシの臭いだって慣れると いい匂い で認識されるのでしょうか。そこまでは無理かな(^^;
ところで体調はすっかり良くなられましたか?寒暖の差がここ数日激しいですが、周囲に風邪ひきが多いにかかわらず私はいたって元気であります(^^)/
-----
COMMENT:
DATE: 11/11/2006 10:30:47
でも、自分のうんととも、臭いが変わるでしょう?
ニンニク食べた次の日。
野菜ジュースしか飲まなかった次の日。
じみへんって漫画だったと思いますが、
自分のうんこの臭いはくさくない。妻のうんこはくさい。娘のうんこはくさくない。
つまり、自分が愛するもののうんこはくさくないのだ・・・と結論を出した後、うんこをした後、一度トイレから出て、もう一度トイレに入ってみたら・・・くさい!!
オレは自分のことも愛せない人間だったのか~~!!
ってなオチのものがありました(笑)
ちなみに私は、旦那のうんこの臭いも、自分のうんこの臭いも、くさいです(笑)
-----
COMMENT:
DATE: 11/11/2006 10:31:48
体調は、すっきりすっかりというわけにはいきませんが、こういう時ほど、出歩くとよくなるんで、月曜日、ちゃきちゃき歩きましょう!
雷丘は初体験なので、すごい楽しみです(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 初恋の終わり方
BASENAME: 2622389
DATE: 11/11/2006 12:41:28
-----
BODY:
雨の上に、旦那が仕事。
夕方から呑み会なので、ゆっくりネタを拾ってるヒマもない。
ってことで、思い出話で御茶を濁そうか・・・と(^^ゞ
最近、そんなばっかですが・・・。
さて。
初恋ってのは、ロクな終わり方をしない、な~んてことを言う。
初恋の定義てのもいろいろあって、
「初めて好きになった人」
という意味で捉えることもあろうし、
「初めてつきあった人」
という意味で捉えることもあろうと思う。
当然、私は、どっちもロクな終わり方をしていない(笑)
初めてつきあったのは、高校の時のことで。
友達の彼氏の友達ってやつだった。
学園祭に行って、ちょいと気に入られて~~~・・・ってな形で始まったが、
二度ほどデートした後、連絡が来なくなったな~と思いつつ忙しいので気にしてなかったら、そのまま自然消滅。
あれをつきあったと言っていいのかどうかわからないが、一応デートってやつもしたので、まぁ、一応、つきあったということにしとこうかと思う。
今でもそうだが、当時はもっと察しが悪かったので、いろいろと食い違いがあったのだ。
映画を見終わって、歩き廻っていたら、
「のどが渇かない?」
というので、
「自販機あそこにあるよ」
と答えた。
しばらくして、
「お腹すかない?」
と聞くので、
「私はすかない」
と答えた。
「歩きっぱなしで疲れない?」
なんていうので、
「まったく、ぜんぜん、ちっとも」
と答えた。
「喫茶店でも入らない?」
と聞かれたので、
「あぁ、お腹すいてるんや。遠慮せんと、一人で食べて?私、ちょっと見てきたいもんがあるから、30分後にここで待ち合わせしよか?」
と答えたら、
「いや・・・いい」
といわれた。
私は知らなかったのだ。
普通のデートっていうのは、一緒に喫茶店に入って向き合って座り、うふうふとか言いながらもじもじ話しをするもんだということを。
その後、彼の友達・・・つまり、私の友人の彼から、友人に対して、
「あの子(私のことだ)って、いっつもあんな感じ?」
という確認が来たそうで、友人からくどくどと叱られたものである。
まぁ、今となっては良い思い出である。
しかし、本当に悲惨だったのは・・・。
小学生時代、片思いしていた相手との思い出である。
彼は、所謂、「超人気者」だった。
スポーツ万能で、背が高くハンサムで、明るく親切だった。
男子生徒の間では、リーダーで、みなに慕われていた。
クラスの雰囲気というのは、リーダーの性格によって変わるものだと思う。
「弱い者は守るべき」
「自分が出来ることは、めんどくさがらずにやるべき」
という信念を持つ男の子がリーダーをすれば、クラス全体の雰囲気がそういう風に染まってくるもんである。
運動会の時、なぜかリレーの選手に選ばれた私は、なんとしたことか、バトンを落としてしまい、せっかくトップだったのに、結果は2位か3位となってしまった。
当然、他の選手にネチネチと責められたんだが、彼が、
「ええ加減にせ~や。こいつも反省しとるやろ」
と仲裁してくれたことは忘れられない。
私の性格上、自分の失敗を人に庇われるのは、むちゃくちゃいや!!!!!なのだが、これはむちゃくちゃ嬉しかったなぁ。
惚れてる人に庇ってもらうって、嬉しいよね?
その後、他の選手に、
「言い過ぎてごめんな~」
といわれたことは、まったく嬉しいと思わなかったもんなぁ(笑)
ま、そんなわけで、彼の周りには、いつもたくさんの人がいた。
クラスの女子のほとんどが、彼に憧れていたと思う。
そして、そのこととはまったく関係なく、私と彼は、「ご近所」だった。
ご近所もご近所。
うちの隣の隣、が、彼の家だった。
うちの家の前で、彼がお兄さんとキャッチボールをしているのが見えた。
私のピアノ演奏について、
「最近うまくなったなぁ」
などと褒めてもらったときは、
「ふっふ~~~~ん」
と一日、スキップしていたような・・・。
ちゃんと覚えてないけど、とにかく、すごく嬉しかったなぁ。
そんなわけで、まぁ、ちょっとばかり、他の女子をリードしている・・・つもりになっていた私であった。
が。
その恋は、ある日、いきいなり、思いもせぬ形でシャットアウトとなった。
・・・この話しをするのは、これが初めてである。
いや、当事者は知ってると思うけど、そこにいなかった人に話すのは、本当に初めてだ。
私と彼は、家だけじゃなく、席も近かった。
というより、前と後。
私の後ろの席が彼の席だった。
その日、私は、何をしていたかは忘れたが、椅子の上に立ち上がって何か作業をしていた。
そして座ろうとして勢いよく座席に飛び降りた瞬間・・・。
「ぶばっ!!!」
んなもん、ごまかしようがあるかいってなほどの音量で・・・。
・・・・・・・・でただよ・・・・・・・・・・。
振り返ったときの彼の目の丸さ加減が今もありありと思い出される。
音が大きかった分、臭いはさほどじゃなかったと思うんだけど・・・。
好きな人の前で、いや、好きな人の顔の前で大音量の放屁・・・なんてのは、いくら私でも、許容できる話じゃないんざます。
しかし、やっちまったことは消せない。
とすると・・・。
彼を好きだという「明らかでない事実」を捻じ曲げるしかないんだなぁ。
てなことで、私はそれを境に、
「彼が好き」
という気持ちを抹殺した。
そしてそのまま転校。
そのまま転校。
・・・私の初恋は、終わったのである。
初恋ってのはロクな終わり方をしない、と、誰かが言った。
ほんま、その通りだと思う。
さて、彼の苗字はかなり珍しいものだった。
ふと思いついて、さきほど彼の氏名で検索をかけてみたら・・・。
ヒットしましたねぇ。
いや~~、本人かなぁ。
船舶に関する技術者みたいだ。
小学生時代、彼は決して成績優秀な生徒じゃなかったけれど、噂に聞くところでは、中学校に入ってから猛勉強を始めたそうな。
その結果、容姿・身長の高さ・運動神経の良さは変わらないのに、まったくモテなくなってしまったと聞いたから、性格が暗くなっちゃったのかしらん。
でも、かなりの進学校・・・中学校から一人行けるかいけないかという程度の進学校・・・東大寺だったか、灘だったか、星光だったか、そこらへんの高校に進学したって話しだから、なんらかの技術者になっててもおかしくないなぁ。
連絡をとろうと思えばとれなくもなさそうである。
が、もちろん。
絶対連絡をとったりするもんかって話しなんである。
・・・ふっ・・・
-----
COMMENT:
AUTHOR: りょりょ。@エヌアール
DATE: 11/12/2006 10:28:58
はじめまして。
ビジネス の無職の部から遊びに来ました。
(ビジネスなのに無職というところが気に入っています。)
初恋って、年を取ってから思い出すと、
何やってんだぁ。。。と、恥ずかしいやら、悔しいやら・・・。
今ならもっと、うまくやったのにとか思っちゃいます。
ま、うまくいったら「おもしろくない」のかもしれませんが・・・。
-----
COMMENT:
DATE: 11/12/2006 13:00:25
はじめまして。
「無職」という分類がありましたっけ(^^ゞ
なかなか、シャレてますね(笑)
初恋に限らず、後から考えれば、
「あのときああやってればなぁ」
と思うこと、たくさんありますよね。
でも、その時、うまくやってなかったから、今の自分があるんでしょうね(~_~)
-----
--------
TITLE: 呪術
BASENAME: 2622390
DATE: 11/12/2006 12:17:21
-----
BODY:
大体、なんにおいても、「楽してできる」ものを、私は信じていない。
しかるに、雑誌の裏などに載っている広告の見出しやキャッチフレーズには、大体頭に「楽して」がくっついている。
「楽して頭に入る」
「楽して痩せる」
「楽して幸せになる」
でもさでもさでもさ。
例えば、「楽して頭に入る」ためには、
「覚えたいもの」
を、テープに吹き込んだりする作業が必要になる。
テープに吹き込むときに、ある程度頭に入るんじゃないの??
・・・胡散臭い。
まぁ、確かに、寝ている間にでもなんでも、何度も聞いていれば、なんとなく頭に入ると思うから、
「睡眠学習」
ってのも、あながちインチキだとは思ってない。
でも、そればっかりに頼って、人生楽しいだろうかと思う。
なんのために覚えるのか?
それに興味があるからだろう。
興味があるのならば、自分で普通に文字を追いかけて、頭に入れていく作業こそが面白いんじゃないんだろうか。
どう~も、「楽して覚える」ってのは、本質的なところでズレていると思う。
「楽して痩せる」
てのも、なんか変な話しだ。
人はなぜ肥るのか、脂肪蓄えられるからだ。
なぜ蓄えられるのか。
余剰にカロリーを摂取するからだ。
余剰に摂取したカロリーを脂肪にしないためにはどうしたらいいか。
燃焼すればいい。
そのためには、運動をすればいい。
筋肉がつくし、カロリーをも消費する。
結局、痩せるために有効なのは、
「摂取カロリーを減らす」
「運動をする」
特に、運動をすると、即時的にカロリーを消費できるとともに、筋肉を増やすことで長期的にカロリー消費量を増やすという一石二鳥になる。
が、「楽して痩せる」と謳う広告は、
「摂取カロリーを増やさずに」
「運動をせずに」
痩せるという方法があると言う。
・薬でカロリーを摂取させない(吸収させない)。
・薬でカロリーを消費する。
大体こういうことになっている。
でもね??
それってさ。
よしんば、言う通りの薬効があったとしても、薬をやめたら元の木阿弥なんじゃないだろうか。
やっぱし・・・胡散臭い・・・。
OL時代、ある同僚が、
「グレープフルーツジュースを飲んだら痩せるんだって」
と、機会あるごとにグレープフルーツジュースを飲んでいた。
そして、「グレープフルーツジュースを飲んだら痩せる」という安心感から、ばかすか食べて、どかすか脂肪を溜め込んでいた(笑)
大体、彼女の摂取するグレープフルーツジュースのカロリーだけで、彼女が運動によって消費するカロリーとつりあっていたんじゃなかったかな(笑)
グレープフルーツだって、十分糖分が含まれてるぞ。
さて。
最後に、
「楽して幸せになる」
ってのはどうだろうか。
いや、今、テレビで「陰陽師」を放映してるからこんなテーマを思い出したんだけど・・・。
萬斎様、綺麗だわ♪
それとは関係なく、まじない・占い・呪い・・・などをする人の心には、
「楽して幸せになりたい」
という願いがあるだろう。
かなり古い本なんだが、我が家には、
「お札」の本がある。
私は・・・一人旅の時、幽霊に遭遇するのが怖くて、旅行の前には必ず
「幽霊を撃退する」
というお札を書いて、もっていっていた(^^ゞ
友人に書いてもらったこともある。
それくらい、私は幽霊が嫌いだ。
もう一度言うけど、幽霊が嫌いだ。
ぜひとも、幽霊さんにも私を嫌ってもらい、私の目の前に現れて欲しくないもんである。
お願いね♪
幽霊さん、絶対ね。約束よ♪
・・・まぁ、それは良い。
いや、良くない、絶対会いたくない。
本当~に、会いたくない。
幽霊さんにだけは会いたくない。
・・・まぁ、それは置いといて。
いや、置いておけないけど。
絶対会いたくないし。
・・・・・・キリがないので、このへんで。
で、改めて、そのお札の本を見ると、
「素敵な異性とご縁を結ぶ」
だとか、
「モテモテになる(古い表現・・・古い本じゃからして)」
だとか、
「成績アップする」
などという、
「楽して幸せになる」
に類する願い事に溢れている。
これまた、本質からズレてるわな。
素敵な異性とご縁を結んだって、自分がその「素敵な異性」とつりあうほど素敵じゃなきゃ、長続きしないだろうし。
いくらモテたって、つまんない異性にちやほやされてもちっとも嬉しくない。
街中を行くカップルを見ると、体外、
「お似合い」
なことが多いと思う。
品の良い笑顔の男性の横には、賢そうな笑顔の女性がいる。
他人に迷惑をかけることを平気でやる男性の横には、自分勝手な主張をする女性がいる。
素敵な異性と付き合いたければ、
素敵な異性にモテたければ、
自分が素敵にならにゃしょうがない。
自分は素敵だと思うのに、素敵な異性にモテないならば、運が悪いとか、人の見る目がないと怒るよりは、
客観的に本当に自分が素敵なのかどうか考えたほうが早いし、精神的にも楽だし。
結局、自分が変わったほうが、長い目で見りゃ得なんじゃないかと思うけど、それが難しいんだろう。
だから、人は呪術的なものに、惹かれてしまうのかもしれない。
ただ、本当は、
「楽して幸せになる」
ことは、すごく簡単なんじゃなかろうか。
幸せとは主観的なものだから。
「私は幸せ」
と心から思えた瞬間、幸せになってるんだね(笑)
と、いうわけで。
カロリー消費のことは明日10キロほど歩くし、それ以外も後から考えるとして、今からカキフライをいただきま~す。
うわ~~、ほんっと幸せ~~~~~!!
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/12/2006 23:07:44
今日旦那と有馬の方を歩いてみましたが、けっこうちゃきちゃき歩けました。最近体重増加がもの凄くて体力も衰えてるのではと心配でしたが、どうも筋肉量が増えたせいみたいです。これでちょっと安心してます(^^)
私もはいからうどんと牛丼食べて体力つけました。ではおやすみなさい♪
-----
COMMENT:
DATE: 11/13/2006 06:14:29
おはようございます。
はいからうどんって初めて聞きます。
ハイカラなんでしょうね(笑)
まぁ、いろいろと無理せず行きましょう(~_~)
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/16/2006 22:39:14
ハイカラうどん、関東弁?で言うと、たぬきうどん?( ̄m ̄)
あのオイスターバーの牡蠣フライは、美味かった( ̄¬ ̄)ジュル
-----
COMMENT:
DATE: 11/17/2006 18:31:40
たぬきうどんでしたか(笑)
オイスターバーのはおいしかったですね~~!!
あ~~~、甦るぅうう。
まぁ、近所のスーパーで買えば、あれ一粒分の値段で、8つ食べられるんですけどね(笑)
-----
--------
TITLE: 愛すべきおっちょこちょい、この丘に眠る
BASENAME: 2622391
DATE: 11/13/2006 22:19:15
-----
BODY:
日本書紀・古事記に登場する中で、どの天皇が一番好きか、と聞かれたら・・・。
垂仁天皇は別格なんだが、その次に好きなのは、雄略天皇だ。
「短慮で残酷」
日本書紀にはそう書かれている。
確かに、短慮というのは当っているかもしれない。
しかし、その分、他人からそれを指摘されると子供のような素直さでそれを受け入れ、反省する純粋さがあり、それが彼の短所をカバーして余りあるのだ。
例えば、狩りのとき、天皇は、
「狩猟の際、新鮮な料理を食べるのは楽しいけれど、自分で作るのとどちらが楽しいだろう?」
と家臣に尋ねられた・・・なんて話しがある。
家臣はその意味するところを探りかね、誰も答えなかったと。
そりゃさぁ、短気な天皇の、意味不明の質問に返事するのは勇気がいるよね。
的外れな答えをしたら、
「何いうとんねん、ドカ~~~~ンッ!!!」
何されるかわからない。
それならば、黙ってるほうが無難てなもんだ。
しかし、だ~~~~れも返事しないならしないで、天皇としては、ムカついちゃうんですね。
御者の大津馬飼を斬ったってんですから、確かに、短慮で残酷。
それは確か。
しかし、天皇の怒りは治まらず、群臣皆ビクビクしながら帰宮。
その話しを聞いた皇后は、
「あなたは、宍人部を設けたくてそんな質問をされたのね?
でも、そんなのわかるわけないぢゃない。黙ってるのも無理はないでしょ。
今からでも遅くないから、宍人部を設ける話をしなさいな。膳臣長野は料理上手だから彼を任命したらいいわ」
と、シャキシャキと天皇に意見をしたわけ。
そうすると、無邪気な天皇は、
「うわ~、君って良いこというなぁ♪」
素直に言うことを聞いたってんです。
確かに、斬られた大津馬飼は災難。
でも、雄略天皇の心は、純粋で素直だったのではなかろうか。
もし、彼の群臣に、彼を心から愛する人がいれば、きっともっと違う面を見せたのではないかと思う。
「彼を心のから愛して」いたかどうかはわからない。
しかし、雄略天皇を心から信頼し、尊敬し、天皇のために精一杯努力する男がいた。
その名こそ、「小子部スガル」。
雄略天皇を上回るお人よしで、素直で単純。
楽天的で、力持ち。
ただし、彼は、無類のオッチョコチョイだったのだ。
彼の最初の失敗は、
天皇が集めるように支持した、「蚕(こ)」を、「子」と勘違いしたこと。
そして、「子を集める」という命令を、
「な~んか変な命令だな~~??」
と思うこともせず、素直に、実行したことだ。
「おっしゃる通りいたしました~」
単純な笑顔で、スガルが庭一杯の子供を指し示したとき、天皇は、大爆笑したという。
意味不明の質問に誰も返事をしなかったというだけで、刃物を抜いた天皇が、スガルのとんでもない失敗には、怒るどころか大笑いをし、
「この子供達はお前が育てよ」
と、スガルに「小子部連(ちいさこべのむらじ)」という姓を賜ったのだ。
よほど、スガルを愛していたのだろうと思う。
そして、スガルもまた、天皇に喜んでもらいたくて、一生懸命になるタチなのだったろう。
さて、彼の次の失敗は、「日本霊異記」に記されている。
天皇が皇后といっしょに寝所にいる時。
つまり・・・夫婦のことの真っ最中、彼はずかずかと入り込んだのだ。
なんの用事があったのかは知らないが・・・。
夫婦の寝室に入り込むというのは・・・。
それは、もう、デリカシー云々以前の問題のはずなんだが・・・。
やっぱし、天皇は怒らなかった。
ただ、慌てて、
荒天の空を指差し、
「今すぐ、雷を捕まえてこい!」
と体よく追い払っただけで済ませたのだ。
スガルは追い払われたんである。
決して、
「本気で雷を捕まえてこいと命じられた」というわけじゃなかった。
だいたい、そんなことできたら、人間ちゃいますやんって話しである。
しかし、これをまじめに受け取り、
「よし、やってみるぞ!」
と頑張っちゃうのがスガルなのだ。
・・・な~んか、いい奴(^^ゞ
で、やってきたのが、明日香にある小さな丘。
天に向って、
「お~~~い、雷~~~、捕まえてやるぞ~」
そんだけで捕まえられたら世話はないんだが・・・。
捕まっちゃうのである。
多分、単純でシンプルな彼の言葉には、大いなる呪力が籠もってたんだろう。
いきなり大きな稲光がしたかと思うと、雷神が・・・。
ドサッ!!
スガルの目の前に落ちてきた。
そこをむんずとひっつかまえ、
「天皇様~~~、捕まえました~~ぁ」
と・・・また、夫婦の寝所に持って行ったらしい。
・・・ったく。
ほんまに、反省も後悔も悪気もない男なんである。
ビカビカ光る雷を見た雄略天皇は、
「返してきなさい」
と、スガルに突っ返したのだが、これは、
「また、いいとこ邪魔しやがって!」
という怒りからか、本当に雷が怖かったのか。
多分・・・後者だとは思う。
スガルが死んだとき、雄略天皇は、この丘にスガルの墓を立て、
「雷を捕まえたスガルの墓」
という墓標を立てた。
しかし、それをみた雷神が良い気になろうはずがない。
「あの墓標、壊したる」
とばかりに、ガラガラ~~~!!
と・・・雷電だけを落としたつもりが・・・。
自分も一緒に落ちちゃったという、オチ(笑)
しかも、雷電で割けた墓標が、雷神をうま~いこと挟んだからさぁ大変。
「うっ、動けない(T_T)」
挟まれたまま泣きっ面の雷神をみた天皇は笑いながら雷神を天に放しておやりになり、新しい墓標を立てたという。
そこには、
「生きても死んでも雷を捕まえたスガルの墓」
と書かせたと。
雄略天皇は、スガルのことを、本当に愛したのだと思う。
スガルもまた、心から無欲に天皇を慕い、彼のために命を投げ出したのだと思う。
そして、そのスガルの墓があったとされるのが、明日香にある「雷丘」。
この丘に興味を持ってくださった「ひるさん」を誘って、今日は女二人でぶらりと多武峰から明日香を散策し、この雷丘に登ってみた。
登るのに5分もかからない、小さな丘だが、頂上に立つと、周囲の景色が広く見渡せる。
樹木が刈り払われて、ちょっとした広場だ。
こんな場所なら、雷神も惹かれて落ちてくるのかもしれない。
ふと見ると、稲の刈り取りが終わった棚田は、金でも青でもない、なんだかシンプルで素直な表情をしている。
山に立ち並ぶ柿の木は、赤い実をたわわに、軽々とぶらさげ、
「きょん」
とした素朴な表情で突っ立っている。
雄略天皇の昔から、明日香はこんな村だったのだろうか。
もしそうなら。
多分、天皇は、
「スガルが雷を捕まえたところだから」
明日香の雷丘を墓に選んだのではないかという気がする。
素朴で素直で気の良い村。
そんな場所をこそ、天皇はスガルに捧げたかったのではなかろうか。
そんな気がして、ふと気付くと、明日香の空は、金色の光を称えていたのだった。
-----
--------
TITLE: 木の花
BASENAME: 2622392
DATE: 11/14/2006 13:59:49
-----
BODY:
「働」「榊」「畑」「辻」「峠」「〆」・・・
これらの漢字に共通するのが何か、ご存知だろうか。
人が動くから、「働く」
神に捧げる木だから、「榊(さかき)」
田を火で焼いて野菜を植えるから「畑」
十字路にあるから、「辻」
山を上って下るところにあるから「峠」
封筒などに「〆」というしるしをつけるから、それそのものをして、「〆」
意味が非常にわかりやすく、説得力のある、形・なりたちの漢字たちだ。
ご存知の通り、現在使われる漢字のほとんどは、中国が起源だ。
アルファベットなどの表音文字と違い、表意文字であるから、形やなりたちを見れば、その意味がある程度わかる。
だから、漢字圏の人とは、「筆談」がある程度可能になる。
便利でありがたい文字だといえると思う。
しかし、日本人はわかっているつもりでも、中国人には、
「そんな漢字は知らぬ!」
といわれる漢字がある。
そう、つまり、日本で作られた漢字。
それを国字と呼ぶ。
魚ヘンの漢字。
たとえば、「鰯 」「鰤」「鮭」 「鱈」「鰹」 なども、国字にあたる。
「いわし」といえば、弱い魚。
「かつお」といえば、堅い魚。
日本人的感覚では、しっくりくるが、これは世界的に認知される感覚ではないかもしれない。
さて、その「国字」に、「椛」という文字がある。
さて、なんて読むでしょうか・・・。
って、写真を見れば一目瞭然か(笑)
木に咲く花を、「もみじ」と呼ぶ。
それは、実際に赤く紅葉するもみじを見れば、しごく納得の行くことではある。
そもそも、「紅葉」=「こうよう」と書いて、「もみじ」と読むことも、なんだか不思議だ。
いわゆる、「もみじ」という樹木は存在しないんだそうな。
辞書で「もみじ」を調べると、
「イロハモミジおよびその近縁のカエデ類の別名」
と説明されている。
つまり、私達が普通に、
「もみじ」
と読んでいるものは、多分、「カエデ」なんだろう。
カエデにとっては、多少心外なことかもしれない。
しかし、その姿は、春の桜と比較して勝るとも劣らず美しい。
一面にただピンク色に染まる桜と比べると、赤から黄、黄緑へのグラデーション、なによりその赤の燃え上がる炎のごとき激しさは、涼しいというより寒い気温の中で、一際熱くその存在を際立たせている。
まさに、木の花。
昨日、雷丘に登るついで・・・といってはなんだが、多武峰中腹にある、談山神社に参ってきた。
中大兄皇子と中臣鎌足が、蘇我入鹿を討つための相談をこの山でしたというエピソードばかりが有名だが、それ以前から、この山は、信仰の対象であったらしい。
中大兄皇子と中臣鎌足は、神の宿る山で、自分達の天下のための相談をしたのだ。
つまり多分、この山の神は、彼等の味方となるであろうと思われる神であったのだろう。
そして、大化の改新の成功後、中臣鎌足は「藤原」という氏姓をいただき、一代で大いに躍進し、藤原氏は当代随一といっていい、有力部族へと成長するのだ。
面白いのは、この神社に伝わる絵巻に残る、中臣鎌足の出生にまつわる伝説だ。
推古天皇のところに、白い狐が鎌を咥えて登場する。
それによって、「聖人君子」の誕生を予知されるわけだ。
鎌足公の「鎌」は、ここから来ている、と伝説は説明する。
そして私は不思議に思う。
鎌を打ち込んで祈願をするしきたりが、存在するからだ。
有名なのは、真田幸村公だろう。
大阪天王寺にある鎌八幡は、大阪夏の陣に臨んで、幸村公が鎌を打ち込み、
「家康討伐」
を祈願したという木が残るお寺だ。
現在では、古来の意味は変化し、「縁切りの寺」に変貌をとげているようだが、境内にある木には、数多の鎌が打ち込まれている。
鎌足公の
「鎌」
も、何か願いのこもった鎌ではなかったのだろうか。
其れも多分、苛烈でひたむきな・・・。
私は、例にもれず(??)、陰謀・策謀の影にはいつもその氏が見え隠れする、
「藤原氏」
をあまり好きではない。
菅原道真公の左遷。
早良親王の配流。
井上内親王の幽閉。
すべて、今では、無実の罪を着せられた結果だとされている。
その、「無実の罪」を讒訴したのは・・・。
すべて、藤原氏である。
私は、だから、藤原氏にあまり良い印象を持つことができない。
しかし。
その藤原氏の祖である鎌足公は・・・。
どんな願いをその細い一人身に具現してきたのだろうかとも思う。
彼の妻は、天智天皇の妻であった女性だという。
下衆な言い方をすれば、「お古」である。
しかし、万葉集に残る、鎌足の妻への歌は、素直な愛情に溢れている。
「玉櫛笥みもろの山のさな葛 さ寝ずはつひに有りかつましじ」
つまり、
「みもろの山の蔦のように、ついには一緒に寝たいと思わずにいられないのです」
という意味の歌だ。
しかもそれだけじゃない。
実は、その前に、未来の妻・・・鏡大王からは、こんな和歌が贈られているのだ。
「玉櫛笥 覆ひを易み明けていなば君が名はあれど我が名し惜しも」
こんな明るくなってから(私の家から)お帰りになられては、困ります。
あなたの名は別によいけれど、私の名に傷がつきますわ!
ってなつれない歌である。
こういう言われ方をしているってことは、鏡大王は、決して鎌足公に体を許してないだろう。
かなり強烈な嫌い方だといえるんじゃなかろうか。
それに対しての答えが、
「だって好きなんだも~ん」
なんだから。
鎌足公の心根の朗らかさ、素直さ、そして、人を愛するまっすぐさが伝わってくる。
鏡大王にしてみれば、天皇の妻であったのが、いくら当代一流の人とはいえ、その家臣に下げ渡されたわけで、そりゃぁ良い気はしなかったに違いない。
だからこその、つれない仕打ち。
決して、鎌足公自身がいやだったわけではなかろう。
その証拠に、後に、鎌足公が病に倒れると、山階寺を発願。
夫の快癒を祈ったというのだから。
侮辱的ともいえる仕打ちを気にせず、大らかに鏡大王を愛した、鎌足公。
それは、一見、子供のような無邪気さと感じさせる。
しかし、その心に燃えていたのは・・・。
一振りの鎌に篭められた熱い願いだったのではないか、と思えて仕方がない。
昨日、談山神社のもみじは、まだ見ごろではなかった。
しかし、十三重の塔横に立つ低くどっしりとしたカエデは、美しく色を染めていた。
それは、赤や黄色の明るい色を発色していたが、下から見上げると、その葉たちは、赤く、激烈に燃えている。
それが、なんとなく。
私には、鎌足公その人を思いださされてしかたがなかったのだ。
-----
--------
TITLE: ただ君を愛してる
BASENAME: 2622393
DATE: 11/15/2006 18:07:10
-----
BODY:
何がきっかけなのかさっぱりわからないが、今朝から頭の中をずっと周っていた歌だ。
このワンフレーズしか知らない、それどころか大塚愛さんが歌っているということ以外、タイトルさえ知らないというのに。
雑巾かけている時も、
お好み焼をひっくり返している時も、
トイレで力んでいる時さえも、
「た~だ~きみを あいしぃてるぅ」
「た~~だぁきぃみをぅ あぁいしぃてぇるぅうう」
って、うるさいっちゅうねん。
今まで、この現象に悩まされた記憶の中で、一番しつこかったのが、
「ブルックボンド紅茶」
のCMだった。
当時、「少女のような男の子」というキャッチフレーズ(?)で、人気だった黒田勇樹さんが、スコットランドキルトを身に纏い、
「ブルックボンド ブルックボンド ブルクボンド ブルックボンド ブルックボンドみてみてプリーズ」
と歌いステップを踏むというだけのCMなんだが、この歌がもう、頭中をまわるまわるまわるまわるまわるまわる・・・。
しかも、この
「みてみてプリーズ」
の部分で、黒田くんは、手を前に差し出し、小首をかしげるんだが、この仕種までが、私に乗り移ってくるので困った。
歌は頭の中で周るだけで済むのだが、このポーズが私の体を操るのだ。
私の奇行には、慣れてしまっている同僚さえ、
コピーをとっている私が、いきなり右手を伸ばして小首をかしげた日にゃぁ、
両肘を90度にまげてこぶしを顎の下でそろえ、
「ぴゃ~」
と叫び声をあげた。
まだ職場でならば、
「いや、ブルックボンド紅茶の霊が乗り移ってさぁ」
と、言い訳もできるが、道を歩いているときさえ、ブルックボンド紅茶の霊がいきなり憑依するので、ほんとに困ったもんだ。
さて、川原泉という漫画家をご存知だろうか。
最近、「笑うミカエル」という彼女の漫画が映画化されたから、ご存知の方も多いんじゃなかろうか。
短編マンガが多く、ストーリーが単純なので、マンガが苦手な私も、彼女の作品は何作か知っている。
その中のひとつ「小人たちが騒ぐので」という作品の中で、
この「歌が頭の中からはなれない現象」を「ディラン効果」と呼ぶと書かれていた。
ディランってなんだろう・・・と、この際、ちょっと調べてみることにした。
辞書には載ってない。
ネットで検索してみると、
「頭の中で同じ歌が何度も流れる現象をディラン効果という」
とい説明は山ほど出てくるんだが、その典拠がどこにあるかは書かれていない。
書かれているとしたら、
「川原泉さんのマンガに載ってたんだけど」
という説明だけ。
こ・・・これは・・・。
この言葉自体が、川原泉さんの創作でわ??
しかし、ネット上のサイトでは、さも、
「一般的な心理用語である」
的な書かれ方をしているんだなぁ。
新しい言葉というのは、こういう風に作られ、広まっていくものなのかもしれない、とちょっと感心。
似たようなパターンとして、
「ギャランドゥ」
がある。
もう7~8年前のことになろうと思うが、後輩の女の子と好みのタイプの異性について話していると、
「ギャランドゥだけはいやなんですよ」
と言うセリフが飛び出した。
「ギャランドゥってなんぞや」
と尋ねると、
「腹毛」
のことだと言う。
彼女は私より10歳ほど若いピチピチの女の子なので、秀樹がギャランドゥを歌っていた当時、まだ幼稚園にも行ってないんじゃないかな。
だから、そのまま下の毛につながっているに違いないと確信させる、秀樹のあの生え揃った黒々とした腹毛を実際に見たわけじゃないと思う。
しかし、
「ギャランドゥ」という言葉は知っている。
「腹毛」
として、認知しているんである。
つい最近、秀樹本人が、テレビで、
「ギャランドゥを腹毛のことと勘違いしている人が多くて困る。ギャランドゥというのは、『ギャル アンド ドゥ』という意味で、魅力的な女の子のことなのに」
と口をとがらせておられたのを観たんだが・・・。
残念ながら、もう、
ギャランドゥ=腹毛
は定着してしまっている感がある。
いくら、秀樹が、「ギャランドゥというのは魅力的な女の子のことだ」と力説しても、可愛い女の子に向って、
「君って、ギャランドゥだよね!」
なんぞと言おうもんなら、
「はぁああ(-"-)???」
という殺伐とした反応が返ってくることは請け合いだ(笑)
ま、そんなわけで、ディラン効果に悩んだ一日ではあった。
ディラン効果とは何か?
それは、「同じフレーズが何度も頭の中を回る現象」のことである。
それは、昔からはっきり決まっている多分心理用語であり、最近ある漫画家によって創作された言葉では決してないのである(笑)
-----
--------
TITLE: クレイマー
BASENAME: 2622394
DATE: 11/16/2006 18:20:58
-----
BODY:
クレイマーと呼ばれる人達の場合は、常識的に考えてクレームの対象とはならない事物について(自ら苦情の種を作って)、その販売業者および販売店に苦情をいい、その結果、なんらかの見返りを得るか、得ようとするわけだ。
だから、私はクレイマーじゃないと思う。
思うが、おかしな商売をされた場合に、
「まぁ、いいか」
と納得することは、あんましない。
宅配便の「時間指定」が、クロネコヤマト便だけのサービスであったとき。
私は日中働いているので、夜間に配達指定をしているにも関わらず、家に帰ってきたら、
「隣家預かり」
の通知書が入っていたことがあった。
旦那が長期出張していたので、洗濯物などが定期的に届いていたときのことだ。
お隣の奥さんは気の良いひとだが、それでも、夜分に帰ってきて、荷物を受け取りに隣を訪問するのは気がひける。
しかし、次の日は早朝から出勤だ。
二度までは見逃したが、三度目にそうされたとき、地域の窓口に電話を入れた。
時間指定があるからクロネコヤマト便を選んでるんであって、それが守られないなら、郵パックの方が安いんである。
しかし、どうも、そういう自覚がないらしい。
「時間指定」はあくまでサービスなので、「サービス」の部分まで苦情を言われてもという感覚だったんだろう。
電話口のお姉ちゃんが、
「担当者に注意いたします。でも、時間指定はサービスであり、無料のことですので」
などと言うので、
「わかりました。話しにならんので、本社に苦情を言います。あなたのお名前は?」
と確認したら、すぐに、支社長(?)が電話応対に出て、その後菓子折りを持って、謝罪にこられた。
とりあえず、その後は時間指定通りに荷物が届くようになったが、菓子折りまでもってこられたってことは、多分、私がクレイマーである可能性を考えてはったんちゃうかしら。
菓子折りをいただいたのは、この時だけだけども。
まぁ、結構うるさい消費者にあたるんじゃないかと思う。
さて、今日、サラダにしようとアボカドを購入した。
アボカドとゆで卵、カニカマ、山芋の短冊をマヨネーズで混ぜ合わせた、簡単なサラダだ。
いつも野菜を購入する八百屋には、アボカドなんてぇハイカラなもんはないので、スーパーで購入した。
アボカド一つ138円。
しかし、熟しすぎている感じの、そして一回り小さいアボカドが2つで168円になっている。
そりゃ、2つ168円のを選ぶでしょう。
しかし、帰ってきて割ってみると・・・中味、カビだらけやがな・・・。
安物買いの銭失いとはこのことである。
しかし、こりゃ困るので、商品を持って店を再度訪ねた。
青果担当者に、
「これ、カビてたんですが」
と、差し出すと、
「あら~、これ、安くなってたやつでしょ?古いから安いんだよね~」
という態度であった。
とはいえ、もちろん、
「返金するか取り替えます」
とは言われたんだけどね。
でも・・・私はひっそりムカついたんである。
そんなわけで、
「今日のおかずに使いたいので、取り替えでお願いはしたいんですが、ただ、貴店の消費期限管理について確認させていただけせんか?」
と言った途端、
・・・店員さんの態度が変わった(笑)
担当者曰く、
「野菜など青果類には、消費期限などは普通ない。見た目で判断している」
「アボカドなどは、割ってみないとわからない部分があるので、今回は失敗してしまった」
ということだった。
そして、
「足を運んでいただいたことでもありますし、差額はいただきません。この二つをお持ち帰りください」
と、138円のアボカドを二つ手渡された。
やり~、100円ちょっと、得しちゃった~♪
・・・とは言いながらも、
「青果類には消費期限などは普通ない」
というのがちょ~っと引っかかったので、この際、調べてみることにした。
私は法学はまったくやってないし、あの独特の言い回しは頭こんがらがってしかたないので、間違ってたら申しわけない。
さて、いわゆる、消費期限・賞味期限というのは、
「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」
通称「JAS法」に定められているらしい。
しかし、
法令データ提供システム↓
http://law.e-gov.go cgi-bin/idxsearch.cgi
にある、
「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」
http://law.e-gov.go htmldata/S25/S25HO175.html
をみても、「消費期限」「賞味期限」という名称は登場しない。
この改正法令は、平成15年7月31日に公布・施行されたってことだから、まだ反映されてないのかも。
しょうがないので、都道府県やらJETROやらの説明を読んでいると、大体こういうことらしい。
消費期限とは、
「劣化速度が速い食品」において、「容器包装の開かれていない製品が表示された保存方法に従って保存された場合に、摂取可能であると期待される品質を有すると認められる期限を示す年月日をいう。」
賞味期限とは、
「劣化速度が比較的緩慢な食品」において、「定められた方法により保存した場合において、期待されるすべての品質の保持が十分に可能であると認められる期限を示す年月日をいう。ただし、当該期限を超えた場合であっても、これらの品質が保持されていることがあるものとする。」
くだいて言えば、
「消費期限」とは、腐り易いものが、ほぼ間違いなく腐らずにいられる期限。
「賞味期限」とは、腐り難いものが、ほぼ間違いなく腐らずにいられる期限。
ってことである。
それじゃあ、青果は腐り難いものか、腐り易いものか、って話しだ。
それがどうも曖昧だ。
目安として、
消費期限は、製造日を含めておおむね5日以内に消費すべき食品に表示されるという記述があるのを見ると・・・。
野菜はどないやねん。
というか、製造日って、いつになんのん(笑)?
ジャガイモやカボチャなどは、上手に保存さえすれば、一年くらいなら食べることができる。
米だってそうだ。
「当らない役者」を「大根役者」というように、
大根は古くなっても「腐らない」ってことだろうし。
実際問題、今日ほかに購入した「もやし」の袋のどこを見ても、消費期限は書かれていない。
もやし、は、どう考えても、「加工日から5日以内に消費すべき食品」だが、書かれていないということは、青果は消費・賞味期限ともに記載の義務はないってのは本当なんだろう、と一応納得。
しかし、あれですねぇ。
納得したなら納得したで・・・。
100円のこととはいえ、ゴリ押しして、値引きさせるって、ちょっとクレイマーっぽいかしら(^^ゞ
やぁね~、もう(笑)
===
後記
ま・・・負けました(T_T)
さきほど、「いつもいく」「庶民的な」「スーパー」に行くと、アボカド・・・しかも大きくて立派なものが置かれていました。
しかも、1つ78円。
二つでは?
そう。156円。
くっ・・・(T_T)
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/16/2006 22:46:59
まぁ、野菜なんかは実際問題、見分けるんが難しいんやろねぇ。
その辺のは結局、消費者側が判断せーていうことなんやろね。
-----
COMMENT:
DATE: 11/17/2006 18:33:28
お、ありがとうございます。
私の解釈が大きく間違ってないか、まんぼさんに教えてもらおうと思ってたとこ(笑)
法律の条文って、どうも苦手で・・・。
慣れもあるとは思いますが、あれをすらすら読める人は尊敬しますわ。
ま、確かに野菜は難しいですね。
アボカドだけじゃなく、タマネギなんかも切ってみなきゃわからんとこありますしね~。
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/19/2006 01:02:40
一応、調べてみた。詳しくは、
http://www.mhlw.go qa/syokuhin/kakou2/index.html
ようは、消費期限にしろ、賞味期限にしろ、記載が必要なのは〝加工品〟であるていうこと。
なので、生鮮食料品である野菜には、消費期限も賞味期限もないねんね。
もちろん、腐ったモノを売られても買う側は困るので一応対処法はあるんやけど、それは民法ていう別の法律のお話になる>ようは、不良品を売ったら、交換や返品の義務があるていうことね
これで納得したかぁ?
-----
COMMENT:
DATE: 11/19/2006 08:33:19
おお、このサイト、具体的でわかりやすい!
ありがとうございます~~かなりサーフィンして調べたつもりでしたが、このサイトはよう見つけませんでした。
しかし、カキが加工食品扱いされるとか、果物の中でミカン(正確にはカンキツ類だけど)とバナナが特別扱いとか・・・。
面白い。
こういうのを観ると、「食品衛生法ってどんなん?」と、ちょっと読んでみたくなるけど、読んでみたら、
「んがぁ~~~!」
と叫ぶほど意味不明なんだろうなぁ(笑)
-----
--------
TITLE: DEATH NOTE
BASENAME: 2622395
DATE: 11/17/2006 19:15:20
-----
BODY:
もう、今日朝からこのテーマソングが頭を流れて流れて・・・
って話しじゃない(笑)
観てきました。
松山ケンイチくんを・・・じゃなくて、「DEATH NOTE」を。
「正義とはなにか」というテーマにおいては、表現や物語が陳腐になってしまうのは仕方がないと思う。
「愛とはなにか」「正義とはなにか」「善とはなにか」
答えが出るはずのないものである。
法で裁けない悪人・・・いや、「悪とはなにか」とか言い出したらもう、キリがないので、とりあえず、「悪人」と表現させてください・・・は確かに存在する。
少年法で14歳以下の少年が裁けないのがいかがなものかということは、今議論になっているとおりだ。
しかし、法が裁けない悪人を、「誰かの正義」でもって裁くことができるかどうか、という話だ。
冤罪や人権のことなどを考えれば、確かに、法整備は必要だ。
しかし、それがために、誰が見ても明らかに「悪人」と判断される人間が、罪に問われることがないということも起こり得る。
この物語では、極端な話し、
「自分の正義」でもって人を裁こうとする、夜神月
と、
「法の正義」でもって人を裁こうとする、L
という対立になるんじゃないかと思うんだけどさ・・・。
いくら死刑囚ってったって、自分の計画のために、公開の場でそれを殺すLだって、結局は、
「自分の正義」で人を殺してんだよね(笑)
ことの是非は別として、だ。
この二人は、決して、対極じゃない。
時々挿入される、「統計学」的な推理にしても、誰にでもわかりやすい物語に使おうと思ったら素人目にもチープになるのは仕方がない。
「正規分布では」
って、サンプル数いくつやねん・・・とか言い出したら、キリがないよね。
大学時代から大学院にかけて、ずっと生物学を研究してきた同僚が、
「ミトコンドリア・イブ」を観たあと、暴れていたのを思い出すが・・・。
専門的な目で物語を見ちゃいかんのでしょう多分(笑)
正義なんてものを定義することは無理だ。
したがって、「これが正義だ」と言い切った途端、歪みが生じるのはしかたないのではないかと思う。
人類はいくつもの矛盾を抱えて誕生した。
愛他の精神を持ちながら、何かを殺さずには生きられない。
死の恐怖を知りながら、必ず死ぬ運命にある。
本当に平和な世界をリアルに想像できますか?
本当に平和になろうとすれば、すべての人類が、滅私的愛他精神を持たなくてはいけない。
しかし、本当に、滅私的愛他精神を持った人間が、ものを食べられるか?息をできるか?平気でその場に存在できるか?
・・・できやしないのだ。
私達は、息をするたび、歩くたび、微生物を殺しながら生きている。
生きるために、多くの生命を殺して摂取する。
私達は、幾多もの命を奪いながら、生きている。
でも、それをいつも気にし続けるわけにはいかないから、忘れているだけなのだ。
「真の平和」などは、絵に描いた餅だ、と思う。
思う、思うからこそ。
人は、平和を願わなければならない。
どうしたら平和になるかを真剣に考えるべきなのだ。
平和のために、自分に何ができるか、と、真摯に生きるべきなのだ。
「真の平和」などというものが存在し得ないと知りながら。
それが、人として生まれたすべての者に背負わされたものなのだと思っている。
・・・ま、なかなかそれを実行できませんが(笑)
ま、そんなわけで、この映画を観て、
「こんなテーマは今までに語りつくされてきたもんでうんぬんかんぬんちんたらかんたら・・・」
という反応は、オトナゲないと思う。
おとなげないぞっ!!!!!
・・・でも、私が、映画館に見に行く~なんてことを言うと、冷笑が返ってくること、返ってくること。
ほっといてよっ!!!
・・・まぁ、それはそれとして。
そんなこんなで、私は、松山ケンイチくん(と藤村俊二)を観たくて映画館に足を運んだ。
が、観ているうちに、加賀丈史もいいこと!!!!!!!
ストーリーには全く感情移入できなかったけど、登場人物に感情移入しちゃう、しちゃう。
いや、前作を見て、松山ケンイチくんのLがあまりにも好みだったので、ネットでイメージ検索したり、彼が載っている雑誌を購入したりしたんだが、素顔は、ごく正統派の「イケメン」なんですね。
それが・・・。
映画の中では、決してイケメンじゃないのに、猫背なのに、変な表情するのに・・・。
むちゃくちゃカッコイイ~~~!!!
暗い映画館の中で、何度かハンカチを噛みながら、
「キ~~~~~~ッッッ!!」
ともだえそうになってしまった。
いや~~、ピカチュウ以来の「メチャはまり」になりそうな予感です(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 11/17/2006 21:53:45
ふむふむ、のりちゃん様の好みが更に分からなくなっていきますね。
顔の好みというよりは、その人が醸しだす雰囲気ですか?
のりちゃん様のつかみどころのないツボにはまったわけでんな。笑
-----
COMMENT:
DATE: 11/18/2006 07:45:07
自分ではすごくよくわかるんですけどね~。
「アンテナにきたら好み」
「アンテナにこなかったら別に好みじゃない」
う~ん、わかりやすい(笑)
ある程度、わがままな人が好きだというのはあるかも。
みんなが「和菓子食べたいね」と言う話しになってるのに、まったく人の話しを聞かず、
「みなさん、ケーキ食べたくないですか?」
などと言い出しても、周囲が、
「えしゅうさんがああいうてるし・・・ケーキにするか・・・」
と、諦めたりとか(爆)
映画のLも有無を言わせない存在ですし。
旦那に、
「Lが、『ぴっかぁ』とか言いながら電撃かましてくれたら、悩殺されちゃう~~」
と言ったら、海より深いため息をついてました(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/19/2006 01:05:23
ま、僕も逆転裁判に法律的に突っ込みだしたら、キリがないもんな(笑)
のりちゃんは、空気を読まへん人がお気に入りとφ(..)めもめも
-----
COMMENT:
DATE: 11/19/2006 08:43:04
そうでしょうねぇ(笑)>逆転裁判
旦那に、「一晩たって、映画の魔法が解けたら、矛盾点ばっかりが気になってくる~」と訴えたら、
「矛盾があるものやからこそ、今、デスノートが存在せえへんのやろな。矛盾がないもんやったら作れるやろ」
と、味も素っ気もない、面白みもない正論を吐かれて、うっすらムカつきました(笑)
で、(またまた)そうかも>空気読まない人が好き
そもそも空気読まない人は苦手なんですけど、惚れるのは空気読めない、いや読めてもそれを気にしない人だなぁ(笑)
わがままとか、空気読まないとか、それだけだったら、その人は単なる嫌われ者になっちゃうと思うんですよ。
それで社会に受け入れられるということは、それを補ってあまりある才能だか魅力がある、と。
そこに惹かれれるんでしょね。多分・・・たぶんね・・・。
-----
--------
TITLE: 豊穣の祭り
BASENAME: 2622396
DATE: 11/18/2006 20:28:26
-----
BODY:
吉野川をさかのぼると、季節はすでに初冬だ。
川を覗き込むと、澄んだ水に赤や黄色の葉が映っている。
冷たい炎がゆらめいて、背筋に冷たい衝撃が走る。
川の神が泣いている。
なぜかふとそんな考えが頭に浮かぶ。
哀しんで泣くのではない。
いや、かなしんで泣くといっても間違いではない。
かなしいとは、本来、「愛しい」に通じた。
「美しい」「愛しい」ものを、往古の人は、「かなしい」と表現したのだ。
この哀しい季節、日本の各地で、「亥の子祭り」が開催されている。
古来、猪は多産の象徴とされてきたんだそうな。
つまり、多産=豊穣 だろう。
しかし、動物っていったら、大概多産だと思うんだけど・・・。
ということは、つまり、古代の日本人にとって一番身近な動物は猪だったということだろうか。
多産・豊穣・・・女性の象徴とされる動物が猪だというのは、あんまり嬉しくない・・・といったら、猪に失礼だろうか・・・。
関係ないけど、よく出される薀蓄的問題に、「肉」を音読みと訓読みで読んでみましょうってなものがある。
「え~っと訓読みは『にく』でしょう?でも、音読みは知らないわぁ」
そういうのが普通じゃないだろうかと思う。
残念でした。
「にく」は音読みなのだ。
訓読みは、「しし」。
そう、肉付きの良い人を指して「ふとりじし」などという、あの「しし」は、「肉」なんである。
さて、ここで考えてほしい。
「しし」という音についてだ。
「しし」という言葉から連想する動物は?
・・・まぁ、「獅子」ではないかと思う。
しかし、「ししおどし」で追い払う動物は、「獅子」じゃない。
てか、古来ず~っと、日本に野生の獅子がいたことはないはずだ。
それでは、「ししおどし」で追い払わなければならなかった「しし」とは?
そう。まず、「いのしし」だ。
そして、もう一種類。
そう。
「しか」だ。
日本人にとって、「肉」といえば、「鹿」か「猪」だったってことだろう。
なんにせよ、日本人にとって、猪や鹿は、とてもとてもとても身近な動物だったのだと思う。
彼等は、田を荒らす害獣であった。
しかし、それと同時に、その体は食糧となり、毛皮は防寒具ともなった。
以前、研究会で、「毛皮は軽い鎧ともなり得る」というお話を伺ったばかりだ。
その害獣を多産の象徴として、大切にする。
その大らかさこそが、日本の心だったんじゃないかと思う。
・・・が、さ。
それなら、多産・豊穣の象徴を猪にせず、鹿にしてくれてもよかったんじゃないか、と。
まぁ、猪も可愛いとはいえないこともないけどね・・・。
「君って、カモシカのような脚だね」
なんていわれたら、
「ぶほ~~~っ!」
と鼻息荒くするほど嬉しいが、
「君って、イノシシのような鼻だね」
なんぞといわれたら、違う意味で、
「ぶほ~~~~~っ!!!!!!」
と鼻息ふっかけそうになってしまう。
ここはひとつ、鹿の方向で再検討願えませんでしょうかねぇ??
さて、今日、東吉野村三尾にある厳島神社の、「亥の子祭り」を見学してきた。
亥の子の祭りは、一般的には、田の神に豊穣の感謝を捧げるお祭で、収穫祭とも重なる。
だが、この厳島神社のお祭はちょっと違うようだ。
この神社の神様である弁天様はあまりに美しいために嫉妬をされたという。
そのため、出雲にすべての神様が集まる10月、一人取り残されてしまったので、神無月の中、三尾の厳島神社だけは神様がおられたという。
だから、10月の亥の子のときは、盛大にお祭をしたんだそうな。
「東吉野の民話」によると、「亥の子」の語源は、「居残り」だったという。
本日見学させていただいたお祭は、村の役員さんが10人ほどと、神主さんだけのひっそりとしたお祭だった。
まずは、大祓え。
本殿の扉が開かれる。
そして、献饌。
このとき、厨から、バケツリレー方式で、供物が神殿に運ばれる。
氏子さんたちは、みな、口に榊の葉を咥えておられる。
あとで聞くと、これは、「無言で運ぶ」ためなのだそうだ。
すべての神饌が献じられたら、祝詞奏上。
祝詞の言葉を注意して聞いていたのだが、距離があったのと、この後に行われる餅撒き目当てに集まった人達の話し声でよく聞こえませんでひた(T_T)
が、とぎれとぎれに聞こえた言葉の中には、とくに「豊穣を祈る」というような文言はないようだった。
どちらかというと、村内安全や厄払いてきな文言が耳に入ってきたように思う。
そりゃそうかもしれない。
そもそも「亥の子祭り」は、「居残り」の弁天様を祭るものなのだと伝えられてきているわけだし・・・。
地元の方に伺ったところ、この村に田畑は皆無なのだそうだ。
いや、家庭菜園程度の畑を持っておられる方はおられるそうだが、多くの方が林業で生活を営んでおられるんだそうな。
一般的には、「田の神」が秋に山に帰って名を変えたものだと考えられている「山の神」についても、村のご老人に伺うと、
「林業の安全を守る神様だ」
と説明してくださった。
この神社の「亥の子祭り」は、単なる「豊穣の祭り」ではなかったということだろう。
祝詞の後、玉串奉奠。
徹饌、閉扉。
この日、山の神祭りもあわせて行われたのだが、これは「祓え」だけが、神社裏にある山で行われたことだけが違った。
夜、旦那に用事ができてしまったので、お祭後の餅撒きには参加できなかったが、村の静かな祭りは、同じ空間に存在するだけで背筋が伸びた。
村の人達の生活にとって、本当に大切な神様のためのお祭なのだ。
参列された方々の思いは真剣だった。
おいとましようとして空を見上げると、暗い空に白いモノが舞っている。
白くてはかない・・・。
雪のさきぶれ虫。
「ユキムシ」
だ。
大阪の街中では決して見ることのできない、この儚い虫が、ささやかな声で、しかし、確かなひびきで雪の季節の到来を予言している。
かなしい季節が、凛々しい厳しさをその表情に纏い、晴れやかな笑みを浮かべたようだ。
↓をクリックしてくださったらう
れしいです
-----
COMMENT:
AUTHOR: ひる
DATE: 11/19/2006 23:53:11
この一週間で紅葉もすこし進んだようですね。行ってこられたのですね、神在月の厳島神社(^^)
村の役員さんと神主さんだけの少人数で営まれる行事。長い年月をひっそりと伝承されていることに感動します。
林業の安全を守る神として崇められてきたことも、土地柄が感じられていいですね。また職業に対する厳しさも感じられます。ああ、いいもの見てこられたのですね~~。
-----
COMMENT:
DATE: 11/20/2006 14:26:34
生憎の曇り空でしたが、紅葉は綺麗でした。
吉野は標高もたかいので、明日香よりも紅葉が早いですしね。
お祭というのは、「何かを繰り返すことなのだ」と誰かがおっしゃってました。
だから、本当は、開催日や内容を変えちゃいけないんだ、と。
とはいえ、祭りを催行する側の事情があって、昔通りのしきたりを守るのは難しいでしょうね。
そのことを考えると、なんだか、「お祭を見学した!」という感じがものすご~くしましたよ(#^.^#)
今度は、どこかのお祭(派手なのじゃなく、昔ながらのもの)にご一緒しましょう!
-----
COMMENT:
AUTHOR: 落王
EMAIL: u-dia@m5.kcn.ne.jp
DATE: 11/20/2006 23:19:49
こんばんは!
東吉野へ行かれたのですね。
私は用事があったので行けませんでした。賑やかな秋祭りとは違って観光客のない本当に静かな儀式ですね。
こういう貴重な行事の方が良いものです。そして村の方からお話を聞くのも楽しいもの。確か当日は肌寒く午後は雨になったような気がします。
冷えませんでしたか?
最近思うのは神社の維持。今後、村の付き合いが減っていったり、若者が出て行ったり、また残っても行事の簡素化など神社の維持が困難になっていきそうな気がします。
村として神社を維持していくのは結構な出費もありますからね。近い将来、荒れ果てた神社が増えてしまわないか心配でもあります。
だからこそしっかりと行事を続けておられる方々には大変だろうなぁと頭が下がります。
-----
COMMENT:
DATE: 11/21/2006 10:56:58
心の籠もったお祭でした(#^.^#)
氏子の皆さん、とても神様を大切にされているなぁと。
それと同時に・・・献饌のとき、運ぶ方々はみな榊の葉を加えて「しゃべらない」ようになさってるんです。
一人の氏子さんが、榊の葉をどこかで落としたらしく、慌ててそこにあった「南天」の葉をちぎって口にくわえておられたんですね。
なんか、ほのぼのとしてました。
神社の維持は本当に大変なようです。
決まった収入があるわけではありませんから、村人の善意や寄附、そして、神職さんの会社勤めから得るお給料などで、なんとか維持なさっているところが多いと聞きます。
昨日、近所の神社の境内を、「青年会」の青年たちが掃除してくれていました。
熱心に箒を使う姿をみて、「頼もしいなぁ」なんて思いましたよ(#^.^#)
-----
--------
TITLE: 食い意地と女の体裁
BASENAME: 2622397
DATE: 11/19/2006 19:14:55
-----
BODY:
我が家の玄関には食い意地のはったお嬢さんが寝そべっている。
愛犬びーこ、雌、雑種6歳である。
飼い主には従順で、「すわれ」「待て」は、ほぼ完璧にできる。
「すわれ」というのは、散歩中、向こうから他の犬が歩いてきた時などに有効だ。
犬同士にも好き嫌いの感情や、相性はあるらしく、相性の悪い犬同士が路上で鉢合わせすると、飼い主でさえ手こずる喧嘩になってしまう。
そんなとき、「すわれ」と命令し、びーこを座らせている間に、相手の犬に遠ざかっていただくというわけだ。
「待て」というのは信号待ちのときなどに必須の命令だ。
これはとても大事な訓練なので、折を見ては命令をし、きちんと履行できたら褒める。万が一できなければ叱るを繰り返している。
食事のときも、必ず「待て」をかけて、「よし」というまでは食べさせないようにしている。
びーこは食い意地がはっているので、「まだかなまだかな」と、とてもそわそわしている様子ではあるが、私が「よし」というまでは、ドッグフードに口をつけることはない。
・・・ま、「私が見ていれば」という条件はつくけども。
その他、見知らぬ人が玄関先に立つと、途端に警戒の声をあげるので、番犬としては、とても有効。
明るくて素直な性格なので、忙しくてかまってあげられないときも怒ったり拗ねたりしない。
一日中、引き紐につながれたまま、寝そべって待っている。
そんなわけでついついこちらの都合のよい時だけ可愛がることになってしまって申し訳ないと思っている。
概ね、可愛いペットである。
さて、びーこは去年、腹水がたまるという病気にかかり、それ以降、獣医さんから指定された処方食だけを食べている。
直径一センチほどの俵型で黄土色をした、まったくヴァリエーションのないそのドッグフードは、見るからに魅力のないシロモノである。
ためしに少しかじってみたが、味にパンチはなく、カスカスとした舌触りが食欲をそそらない一品であった。
しかし、彼女にとっては、これを食するのが一番の楽しみらしい。
普段であれば、そばに寄っていくと、
「なでれ」
とばかりに頭を差し出してくるのだが、食事を目の前にし、「よし」を待っているときに近寄ると、
「はやくはやく」とばかりに手をベロベロと舐めてくるのだ。
びーこはとても耳が良いから、通り過ぎていく人の足音や近所の人の足音にはまったく無反応でも、旦那や私の足音がすると、耳をピンと立て、犬小屋から飛び出し、大喜びで出迎える。
私や旦那の足音と、他の人の足音の違いが私にはまったくわからないのだが。
しかし、こんなによい聴覚をしているびーこだが、ドッグフードを小屋の前に置かれている時、私が小声で、「よいしょ」とでも言おうもんなら、大急ぎで食べ始める。
「よいしょ」と「よし」
確かに似ているが、言葉の長さも違うし、なによりイントネーションが全く違うと思う。
それでも、期待と食い意地でいっぱいの耳には、「よし」と聞こえてしまうのだろう。
意地悪をして、5分ほども待たせると、大きな口からよだれを垂らして悲しそうな表情になる。
その姿を見ていると、
「お嬢さん、あまりにも意地汚く見えますよ」
と注意したくなるのだが、本人はまったく気にしていない。
5年ほど前の節分のとき、豆まきをしたのだが、ほんの2分ほど目を離したら、玄関の豆が一粒残らず消えていた。
さてはびーこが食べたなと推理はつくが、少量の豆ならば犬の体に毒ということはなかろうし、豆をそのままにしてその場を離れた私も悪いので、仕方がないかとそのまま一緒に遊んでいると、ふと靴箱の隅に何かを見つけたらしい。
首がしまりそうな勢いで口を靴箱の隙間にあて、白目をむいて舌を伸ばしている。
両方の前脚を交互に必死で掻いて、少しでも前に出ようと大騒ぎだ。
・・・引き紐はゴムじゃないんだから、伸びないっつの・・・。
何があるんだろう・・・と、びーこの舌の先に目をやると・・・。
豆が一粒。
豆一粒のためにここまで滑稽な姿をさらしてよいのか、お嬢さん。
まったく食い意地がはっている。
この話しをすると、
「犬なんだからしかたないよ。恥かしいとか、かっこつけたいって感情は人間だけのもんじゃないの」
などといわれることがある。
しかし、そうではない。
犬にだって恥の概念はあるし、恥かしいと思ったらそれをごまかそうとする心の動きがあるのだ。
ごくまれに、だが、私の足音を聞き間違えて、玄関に立った途端、吠えてくることがある。
そんなとき、
「びーこ、誰に吠えてるん」
と声をかけ、扉を開けると、びーこはありもしない方向を向いて吠えている。
「私が吠えてるのは、ママに対してじゃありません。この空間に変なものがいるから吠えてるんですよ~」
と言っているつもりなのだろう。
目が不自然に泳いでいるので、ごまかしているのは一目瞭然なのだが、とにかく、犬も誤魔化そうとするという証左になると思う。
ついこないだのこと、散歩の途中、はしゃぎすぎたびーこは、溝の縁で足をすべらせて落ちてしまった。
「大丈夫?」
と声をかけると、彼女はすっくと立ち上がり何事もなかったようにスタスタと歩き出した。
ケガしていないか確認するため立ち止まらせようとして、
「びーこ」
と声をかけても振り向かない。
少し時間を置いてから、ちょっとだけ大きな声で、
「びーこ」
ともう一度呼ぶと、はじめて気付いたように、立ち止まり、ことさらに賢そうな表情をして私を見上げた。
「なにかあったんですか?」
ととぼけているつもりのようだが、それが却っておかしい。
しかし、犬にも恥かしいという感情があるのは間違いないと思う。
ということは、食べ物を前にしたときのハッスルぶりは・・・。
あれは、もう、「我を忘れている」という状態なのか、それとも、食べ物のことだけは話しが別なのか。
食べ物というものは、罪作りなものだなぁとしみじみ思う。
しかし、食べ物を見たときのびーこの目の輝きを見ると・・・。
食べ物ってのは、ちょっとくらいの不幸ならば吹き飛ばしてしまえるパワーがあるよな、と思う。
そして、ふと思う。
私も、大なり小なり、びーこと同じような姿をさらしているんじゃなかろうか、と。
・・・詳細はかたりたくないけれども。
ええ、絶対語りませんとも。
でもね・・・。
仕事が忙しかったんだったか、私生活でいろいろあったんだったか、随分長い間、「鬱」状態が続いたことがあった。
うつ状態といっても、死にたくなるというような重度のもんじゃないんだが、気分が晴れないというか、些細なことに過敏に反応してしまうというか、自覚がある分、厄介だった。
その長いうつ状態を打破したのは、母の一言だったんである。
その一言とは・・・。
「のりこ~~~、今晩は、カレーよ~~~」
・・・な・・・情けない・・・(T_T)
ほんっと、食べ物にはパワーがある、と思う次第である。
写真は子供の頃のびーこ。
もとの飼い主さんのお宅で撮影されたものです。
このころは、タレ耳だったよなぁ、そういえば。
-----
--------
TITLE: 苦情窓口のお姉さん
BASENAME: 2622398
DATE: 11/20/2006 13:27:06
-----
BODY:
実は、私は苦情受付をしていたことがある。
・・・つまり、雨でネタが拾えないので、昔話で御茶を濁そうというわけ。
見逃して~~~(T_T)
で、なんの苦情を受け付けていたかというと、ある求人情報誌に関する苦情だ。
当時、バブル崩壊直前。
まだ人手不足の時代だった。
だからこそかもしれないが、雇用条件を偽って求人したり、会社概要を偽って求人したり、職種を偽って求人したり・・・、そういう困った会社があったのだ。
もちろん、雑誌に載せる前に、疑わしいものは確認を入れたり、ハネたりするのだが、それでも1冊の求人誌に、いくつか問題のある案件があってしまうのだ。
校閲をし、苦情を受け付け対応をし、偽装記事を載せた会社をブラックリストに載せる・・・それが私のいた部署の主な仕事だった。
私は、そもそも編集の求人に応募し、採用されたはずだったんだが、ようわからんうちに引き抜かれて、リスト整理とチェック、苦情受付をしていた・・・。
課長二人と係長、私一人という不思議な構成の課だったので、電話応対はほぼ私一人の仕事であった。
契約社員だったから、給料はバカ安い。
課長たちもそれを気にしてたのか、週に一度はおいしいお店に飲みに連れていってもらってたんで、当時は特に不満に思ってなかったが、契約満了となって、ピキッとなった(笑)
契約満了になっても、なんだかんだでなかなか辞めさせてもらえなかったことと・・・私の後任の人が、「副長」という肩書きを持った人であったからだ。
本来副長クラスのやる仕事を、時給うん円でやらせたんかよ!!
まぁ、そういう企業姿勢ってのは、営業にも表れてしまうもんで、もし、校閲がかからなかったら、求人誌の優に3割は、問題求人となってたんじゃないかと思う。
というわけで、今日は、うけた苦情の中で、ネタになりそうなのをいくつか・・・。
電話をかけてきたのは、高校生くらいの男の子だったと思う。
苦情の内容は、「いきなり解雇された」というもの。
詳しいことは忘れたが、労働基準法っていうのは、労働者に優しく、雇用主に厳しくできている。
基本的に、労働者がいきなりやめても問題にはならないが、雇用主がいきなり解雇をしたら、指導が入ってしまうんである。
労働基準法に違反した広告主には、その行為が違反であることを伝えて、できれば直していただく・・・もちろん、一介の雑誌会社になんの権限もあるわけじゃないが、その求人を記事にした責任として、きちんと伝える・・・というのがスタンスだ。
・・・本当のところを言うと、その「伝える」役割を担うのが、その広告をうけてきた営業マンなので・・・、そもそもおかしな求人広告を受けてくる営業マンが、きちんとした指導をするかどうかは、わかったもんじゃないんだけどね・・・。
ただ、その時強く感じたのは、「トップセールスマン」になる人は、みな誠実で働き者であったということだ。
読者の声を誠実に伝え・・・その結果広告主から叱責されることになっても・・・、広告主の要望にも真摯に答え、調整する。
それが信頼となって、次からも仕事をもらえる・・・その積み重ねがセールスの成績に表れるのだと思う。
口がうまいだけでトップセールスマンになれるほど、世の中、見る目がないわけじゃないのだ。
だから、問題のある広告は、特定の営業マンから出されることが多く、それ故に、問題が改善されることも少なく、結果的に、その広告主はブラックリストに載ってしまう・・・ということになることが多い。
ブラックリストに載せるためには、どういった問題行為があったのか、となるべく具体的に詳細に残しておく必要がある。
「いきなり解雇された」
という理由だけでは、後から見ても何がなにやらわからんので、
・雇用主と労働者の間にどういったやりとりがあったか
・トラブルがなかったか
・どういう状況で解雇を言い渡されたか
などを、なるべく詳細に聞き取らなくちゃいけない。
個人的な話しなので、あまり詳しい事情は言いたくないというのを、
「それでは対処のしようがないから」
と、いろいろ工夫して聞き出すわけである。
その結果わかったのは・・・。
労働者はほとんど出勤していなかった。
理由は、朝起きられなかったから。
遅刻したら、行く気がなくなるので休んだ。
30日ほど前に採用されてから出勤したのは3日だけだ。
ある日出勤したら、「もう来なくて良い」と言われた。
という「事情」だった。
・・・・・・う~~~~~む・・・・・・・。
でもさ。
こういう事情でも、「いきなり解雇」はやっぱし違反だったんですわ、確か。
はっきり覚えてないが、確か、1ヶ月は猶予を持たなきゃいけなかったはず。
「おまえはまったく会社に出てこないから、あと1ヶ月でやめてもらう」と言うならOK。
だけど、まったく会社に出てこない人間に、いつそれを通知するってのよ、ねぇ?
その電話に対しては、まったく私個人の感想として、
「そりゃクビになってもしかたありませんよね♪」
と言ってしまい、あとで課長に注意されたんだが・・・。
学生相手の求人が多かったせいか、そういう、
「そりゃあんたが悪いんやろ」
的な苦情は半数近くあった。
人間ってのは、ほんと、自分に甘いものだとしみじみ思ったもんである。
さて、掲載したら一番問題があるのが、
「その求人自体が違法」
というものだ。
たとえば、「春を売る仕事」などの求人。
しかしそれはもちろん、求人する側もわかっているから、例えば、
「ホールスタッフ募集」
「営業募集」
などと誤魔化して記事にする。
だから、審査室には、いわゆる春を売ることで商売をしているお店などが載っている情報誌がたくさんあった。
「怪しい」と思う広告の住所と、「春を売っている店」の住所をつきあわせてチェックするのだ。
それで、大概は大丈夫だったのだが・・・。
ある日、雑誌発売から2日目の朝から、ある求人について、苦情が3件、立て続けに入った。
「社長秘書募集」
となっていたのだが・・・。
いざ面接に行ってみると、社長が現れ、
「募集しているのは、私的な秘書なんだ」
とのたまった、というわけだ。
私的な秘書といえば聞こえはいいが、そのエロ親父・・・もとい、社長が本当に求めているのは、「愛人」なわけだ。
これは・・・チェックしようがない・・・(T_T)
でも、当然、広告を載せた媒体になんの責任もないわけじゃない。
その広告主は即座にブラックリストに載せ、読者には謝罪。
それ以上どうしょうもないんだが、このときは、結構参った。
相手が怒るのはもっともだ。
二人きりの部屋で、脂ぎったオヤヂから、愛人云々とくどかれることの不快さは想像して余りある。
自分にゃ関係ないことなんだが、妙に鬱が入ってしまったのを覚えている。
そして昼すぎ、また電話が入った。
苦情の対象を聞くと、例の「愛人広告」である。
瞬間的に、謝る態勢に入る私。
「許せない」と怒る読者。
が・・・よくよく聞いてみたら、彼女の怒りの理由は別にあったのだ。
電話をかけ、彼女が会社の扉を開けた途端・・・。
「帰れ!!」
と、手で追い払われたんだそうだ。
・・・そりゃぁ・・・・・・・・・。
社長の好みじゃなかったんだろう。
気持ちの悪い親父に口説かれるよりは、嫌われるほうが、よっぽどいいとは思う。
かといって、
「良かったですね~~~」
ともいえない。
「営業から苦情を伝えておきますので」
と伝え、謝罪して話しを終えたが、彼女に事情を知らせた方がよかったのか、とたまに思う。
常識的に考えれば、伝えるべきじゃないとは思うけれど。
「秘書に応募したのに、門前払いを喰らった」
のと、
「きもい親父に、愛人になることを断られた」
のと、どっちが救われますかね?
・・・私なら、後者だ。
なにはともあれ、
「世の中、いろいろな人がいるなぁ」
ということを学んだ1年間だった。
もう一度、あの仕事をあの時給でやれと言われたら、まっぴら御免だけどね(笑)
-----
--------
TITLE: きわどい言葉
BASENAME: 2622399
DATE: 11/21/2006 14:26:52
-----
BODY:
イタリア旅行から帰ってきた後輩が、まず私に言ったセリフは、
「マナガツオってどういう意味だと思います?」
であった。
割と有名な話しなんで、彼女が何を言いたいのかわかったが、
「魚の種類。スズキ目。白身のあっさりした味わいは、煮付けにGOOD!ちなみに私の大好物」
とすっとぼけてやったら、
「そういう意味じゃないですよぉ~~ぅ」
と身もだえしていた(笑)
言うまでもなく、彼女の言いたいのは、
「イタリア語で『マナガツオ』というと、どういう意味になるか」
である。
これはまぁ、イタリア旅行の際に覚えておいて損はないと思うので説明すると、
「マナガツオ」は、「男性器」を意味するイタリア語と非常に似た発音なわけである。
後輩曰く、正確には、
「マナガ~ツォ」
らしいんだが(笑)
ちなみに、女性器は、「コーノ」だという。
河野さんと一緒にイタリア旅行するときは、街中で大声で呼ばないように気をつけねばならぬのだそうな。
ということは、河野洋平氏も、外相時代にはさぞかしつらい目に合われたのではなかろうかと同情さしあげる次第である・・・って、そんなことないか(笑)
ま、とりあえず、日本語ではおかしくもなんともない言葉が、海外では
「おいおいおい!」
てな意味になるのは珍しいことじゃない。
海外へ行くまでもないこともある。
たとえば、私の手相は、「枡掛け」と呼ばれる珍しいものらしい。
感情線と頭脳線がつながって、手のひらを横切っているものをそう呼ぶのだそうで、説明によれば、
「豊臣秀吉も、織田信長も、楊貴妃も、クレオパトラもこの手相だった」
んだそうな。
どうやって調べたんだよっ!!!!!!!
まぁ、つまり言いたいのは、男ならば天下取り、女ならば傾城に、この手相をした人が多いということだろう。
最近聞いた話では、「吉凶の偏差が激しい」んだそうだ。
しかし、それを初めて聞いた当時・・・中学三年生の時だ・・・は、なかなかに興奮したもんだ。
なにしろ、
「豊臣秀吉や織田信長と同じ手相(冷静になったらすこぶる疑わしいんだが)」
だというわけなんだから。
そんなわけで、翌日、学校につくなり、
「なあなぁ、聞いて!私の手、枡掛けっていうねん!」
と発表したわけだ。
私の心積もりとしては、ここで、誰かから、
「枡掛けてなに?」
という質問が飛んで、
「すごい珍しい手相で、豊臣秀吉とかもそうやってんて」
と答え、
「へぇ~」
と感嘆の声があがる・・・はずだった。
が、結果は予想外だった。
仲良かった男子が、慌てて飛んできて、
「女のくせに意味不明なこと言うな!」
と拳固で私の頭をこづいたのだ。
まったく気付かなかったのだが・・・。
思春期の男子において、「マス」とは、自慰行為、つまり、「マスターベーション」を意味することが多い・・・というか少なくとも私の時代ではそうだったと思う。
で、その行為を行うことを、「かく」と表現したわけだ。はい。
そういうシチュエーションにあって、
「私の手、マスカケって言うねん」
というのは・・・。
確かに、、、きわどいわ(笑)
しかし、「ますかけ」のイントネーションは・・・まぁいいか。
とにかく、焦らせたらしいから、反省。
さて、例によって、なんでこんな話しをしているか、というとだ。
今日、買い物に出かけるとき、咽喉の具合がイマイチなんで、首を保護するものを捜していたのだ。
とはいえ、今ごろからマフラーというのもちょっと恰好悪い。
スカーフを巻いてもいいけど、ジャージみたいなスウェットの上下を着て、首だけきどってスカーフ・・・てのもアンバランスだ。
悩んだ末に、タートルネックのセーターを着ることにした。
で、ふと思ったわけだ。
「こういうの、昔は『トックリのセーター』って呼んだよなぁ」
と。
そして、次いでこう思ったわけだ。
「そういや、タートルネックのタートルって亀のことだよなぁ」
そのまま思考は、まっすぐに進んだわけだ。
「で、ネックは首よなぁ」
そして、壁にぶつかるわけなんである。
「ということは、タートルネックって、直訳したら、亀首ですかぁ???」
いやはや。
きわどい言葉は世の中に溢れてるもんであることなのである。
ふふふ。
↓をクリックしてくださったらう
れしいです
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/22/2006 11:39:21
ちょい大人向けの雑誌に、タートルネックを脱ぎかけの頭の方を少し出した兄ちゃんの写真が、某手術の広告でよー出てたなぁ( ̄m ̄)>週刊プレイボーイとか
-----
COMMENT:
DATE: 11/22/2006 18:35:50
あ・・・確かに・・・。
確かに、「形」も、似てるわけだ(笑)
不憫なセーターだなぁ。
-----
--------
TITLE: 私はダジャレが嫌いだ
BASENAME: 2622400
DATE: 11/22/2006 18:29:26
-----
BODY:
私は、ずいぶん好き嫌いのはっきりした人間だと思う。
好きなものはすごく好きだし、嫌いなものは誰がなんと言おうが嫌い。
一度好きになると、それを嫌いになることはまずないし、反対に一度嫌いになるとそれを嫌いじゃなくなったことは一度だってない。
頑固なまでの好き嫌い感なんだが、その基準は、非常に曖昧。
「美しい」と思うものは好きだし、
「醜い」と思うものは嫌い。
そんなわけで、好きな政治家ってまずいないなぁ(笑)
郵政解散総選挙のとき、何がなんだかようわからんかったので、
「とりあえず、表情が一番卑しくない人(が党首をしている党)に投票しよう」
と決め、政策はまったく無視して、表情ばかりを見ていた。
「この人は何考えてるんかさっぱり見えんな」
と思う人はいたんだけど(笑)
でも、あの当時、安倍さんは品のある表情をしておられるように見えた。
が、こないだ久しぶりに動画で見たら・・・、もとから笑顔があんな風に方頬だけのものでしたっけ??
左頬だけで笑ってはりません?
びっくりしたなぁ。
それにしても、離反組の某亀井静香氏の表情は、卑しいを通り越して清々しかった!!
あの人ぁすごい。
客観的に「オレってみっともないんじゃないかな」という感覚がなくてもできる職業なんだなぁ、政治家って。
と、感心して、思わず、好きになりかけてしまった(笑)
とりあえず、美しいも醜いも主観の問題であって、基準なんかありゃしない。
なのに、こんなに頑固では、生きていくのに支障があるんだが・・・。
これも性格なんで仕方ない、と、最近は諦めている。
理性より先に、体が反応しちゃうんだもん・・・(子供の言い訳)
諦めてはいるが、困ってしまうこともある。
というのも、私はダジャレがすげ~嫌いなのだ。
そして、私は嫌いなものに遭遇すると、表情が思いっきりこわばってしまい、それが他人にも明らかにわかってしまうのだ。
だから、ダジャレ大好きなおじさんが参加する宴会などに行くと・・・。
マジで空気を固まらせてしまうことが、ある。
大体私は、「盛り上げ役」としてコンパなどに呼ばれていたくらいで、それまですごく賑やかにしゃべくっているわけだ。
それが、おぢさんが、ダジャレを言った瞬間に黙り込み、殺気だった目でおぢさんを睨みつけてしまうんで、いやでもその不機嫌が他人にも気付かれてしまうのだ。
話しはいつものように逸れるが、私は結婚するまで、「盛り上げ役」として、随分コンパに呼ばれたが、その後、男性から電話がかかってくるなどのアプローチがあったことは、一度もない。
いっちどっ!!!!!も、ない。
それなのに、なんで呼ばれるたび、コンパに出席していたかというと、呼んでくれた人に対する義理というのもあったが、こういう席では、女性の方が、金額を安く設定されていることが多いからだ。
自慢じゃないが、私は、今まで生きてきて、割り勘負けしたことは、ただの一度もないと断言できる。
その上、女性の会費が安いとなれば、バカ喰いしてやるのだ、グイグイ飲んでやるのだ(だから余計にモテないんだな、今気付いた(笑))
飲むし飲むし、飲むし、喰うし。
その上、誰よりよくしゃべる(想像するとすこぶる迷惑な奴)。
ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふふふ!!!!
私よりたくさん食べて、飲むってやつぁ、挑戦してこ~~~~いっ!!(←嘘ですけど)
それはさておき、私はダジャレが大嫌い。
宴会などでは、オヤヂがダジャレを言いそうになった瞬間トイレに立つとか耳を塞ぐとかでなんとか対処しているが・・・困るのは、無意識に目に入ってくる「ダジャレ」である。
旦那の運転でどこかに出かけている時。
「お腹すいたんか」
と聞かれることがある。
突然、不機嫌そうに黙りこくるんだそうだ、私は。
自分では全く無意識なんだが・・・。
そういう時、大概、通り過ぎたところに、お店の看板などがあったりするのだ。
例えば、
「来夢来人」
とか。
「風恋人」
とか。
「歩絵夢」
とか。
・・・・・・・・だぁああああ!!!
書いてるだけでムカついてくるっ!!!
なんで漢字にする必要があんねん!!
「ライムライト」
じゃいかんのか。
「フレンド」
でええやんけ。
「ポエム」
・・・は、カタカナでもなんか恥かしいわぁあっっっ!!!!!!
冷静になると、そんなに怒る必要なんかまったくない。
わかってるのに、見た瞬間。
ムッ(-"-)
としてしまうんだから・・・私って、本当に大人になれないガキだと思う。
さて、今朝、旦那が出かけるときに、何気なくこんなことを言った。
「熊野古道のクマかわいいなぁ」
なんじゃそりゃ?
「熊野古道にクマがいてるん?」
「いや、熊野古道のポスターのクマ」
「なんやそれ」
「クマがドキドキしてる絵があって、『クマのコドウ』って書いてあんねん」
つまり、「熊の鼓動」で「クマノコドウ」かい?!
だ~~か~~~ら~~~~、私はその手のダジャレが大っキライだっての!!!!
そんなわけで、今朝、私は
(-"-)
な表情をして旦那を送り出したはずだ。
で、旦那が駅についた頃、携帯に送られてきた画像が、これ。
か・・・かわいいぢゃん。
こ・・・困るなぁ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/23/2006 01:01:03
ダジャレは日本の文化です( ゚ロ゚)ノ
てなわけで、僕は好きやなぁ(笑)
落語もダジャレ言うんは地口落ちそのものやし、和歌の掛詞なんていうのも、ようは単なるダジャレなんを一つの技法に高めてるわけやし。
僕としては、ダジャレは文化の一つなんで、大切にしていきたいなぁ(^^)
ま、強制はしないんで、のりちゃんは好きなようにしたらえーんやが(笑)
ただ、個人的には、ダジャレがなくなると、日本語としての表現が貧しくなる気がするなぁ。
ちなみに、ダジャレと親父ギャグは似て非なる物やしな( ̄m ̄)
-----
COMMENT:
DATE: 11/23/2006 08:17:34
言われてみれば(笑)
私が嫌いなのは、「ダジャレ」じゃなくて、「おやぢギャグ」かも。
落語の地口はキライじゃないし、例えば、和歌で、「みるめ」を「海松布」と、「見る目」にかけてるってのもキライじゃありませんわ。
「クマのコドウ」も、やじゃなかったしね(笑)
でも、「風恋人」なんかのセンスは、「掛詞」に近いのかもしれませんが、すげ~キライ(笑)
要するに、私のわがまま??
-----
COMMENT:
AUTHOR: まんぼう
DATE: 11/23/2006 11:25:08
「風恋人」なんかは、ダジャレというか、当て字やからねぇ。
センスが寒ければ、凍死できるぐらいの威力はあるな(笑)
「浪漫」みたいに、通用されるような当て字もあれば、「夜露死苦」みたいな、ある意味ネタとして残るのもあるしねぇ( ̄m ̄)
-----
COMMENT:
DATE: 11/23/2006 13:36:44
まぁ、好き嫌いやセンスなんてのは、理屈で論じられるもんじゃありませんけど、
結局、ダジャレがキライとか親父ギャグがキライとかじゃなく、
「寒い」
のがキライなのかもしれませんね~、うん。納得(笑)
そういや、昔、自分の名前を、難しい漢字に置き換えるというのが流行しました。
私の旧姓は、「オチアイ」なんですが、「汚血愛」ってな漢字をいただきましたねぇ。
・・・さっぶ~~~(笑)
でも、これは、なんだか笑えちゃうσ(^^)
う~ん、わがままだなぁ(爆)
-----
--------
TITLE: 犬の十戒
BASENAME: 2622401
DATE: 11/23/2006 13:28:02
-----
BODY:
ネット上で広まったものらしく、最近知ったのだが、
「犬の十戒」というものがある。
内容は、こんなもの。
多少のヴァリエーションがあるけど、内容的にはすべて一緒だ。
1.私の一生は15年程しかありません。ほんのわずかな時間でもあなたと離れていることは辛いのです。
私のことを飼う前にどうかそのことを考えてください。
2.私が「あなたが私に望んでいること」を理解できるようになるまで時間が必要です。
3.私を信頼して下さい。それだけで私は幸せです。
4.私を長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで下さい。
あなたには仕事や楽しみがありますし、友達だっているでしょう。
でも、私にはあなただけしかいないのです。
5.時には私に話しかけて下さい。
たとえあなたの言葉そのものはわからなくても、私に話しかけているあなたの声で理解しています。
6.あなたが私のことをどんな風に扱っているのか気づいて下さい。
私はそのことを決して忘れません。
7.私を叩く前に思い出して下さい。
私にはあなたの手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど、私はあなたを噛まないと決めているということを。
8.私のことを言うことをきかない、頑固だ、怠け者だと叱る前に他に原因がないかとあなた自身考えてみて下さい。
適切な食餌をあげなかったのでは?
日中太陽が照りつけている外に長時間放置していたのかも?
心臓が年をとるにつれて弱ってはいないだろうか?
などと
9.私が年をとってもどうか世話をして下さい。あなたも同じように年をとるのです。
10.最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送ってください。
「見ているのがつらいから」とか「私のいないところで逝かせてあげて」
なんて言わないでほしいのです。
あなたがそばにいてくれるだけで、私にはどんなことでも安らかに受け入れられます。
そして・・・どうか忘れないで下さい。私があなたを愛していることを。
作者は不詳だということだけれど、多分、間違いなく、犬を飼ったことがある人の作だろうと思う。
内容的に重複しているところもあるので、複数の人の手によるものの可能性も高いんじゃないかな。
てか、これも2ch発かも。
題名は、「犬の」なんだが、「感情」のある動物を飼うときには、心に留めておきたい内容ではあると思う。
犬からの語りかけとして表現されているので、ちょっと違和感を感じてしまうけど(笑)
・・・なにしろ、もしうちのびーこになんでもいいから10個願い事を聞いてあげるといおうもんなら、「ご飯ほしい」「ご飯ほしい」「ご飯ほしい」「ご飯ほしい」「ご飯ほしい」「ご飯ほしい」「ご飯ほしい」「ご飯ほしい」「そういや遊んで欲しいかも」「ご飯ほしい」となることは火を見る以上に明らかだから(^^ゞ
便宜上、犬からのお願い事のような文章になっているけれど、
「犬を飼う前に知っておくべきこと」
であると思う。
例えば、7番目の戒律(?)。
犬は、その気になれば飼い主を殺すことだってできるかもしれないが、それでも飼い主に従順を示している・・・ということなどは、ごく当たり前のことなのに、忘れがちなことだと思うし、動物を飼う上で、8番目の戒律は間違いなく必須だ。
ペットの様子を観察し、具合が悪そうなら病気を疑うのは、動物を「パートナー」として飼う人間には当然のことだと思う。
それにしても、様子がおかしいときに、「この怠け者」って怒られるのは犬くらいじゃなかろうか。
文鳥の様子がおかしいとなれば、誰だってまず病気を疑うと思う。
犬とはそれだけ、「人」と近しい感覚で見られている動物だということなんだろう。
確かに、犬は仮病もつかうしね(笑)
3年ほど前の、ある夏のこと。
夏ばてしたのか、びーこは食欲がなかった。
散歩では嬉しそうに元気一杯で歩くんだが、それ以外のときは、なんだかちょっとだるそうだった。
去年、病気をしてからは、主に処方食に制限しているが、当時は、いろいろなドッグフードを食べさせていた。
値段的なこともあって、ドライタイプが多かったが、生の方がおいしいんだろうね。
そんなわけで、試しに、と、生のドッグフードをあげてみると、大喜びでペロリと食べた。
食欲がない以外は、少しだるそうなくらいなので、とりあえずしばらく生タイプのドッグフードを続けたが・・・。
3日ほどしても、ドライタイプのものを食べようとしない。
しかし、どうも・・・食欲がないようには思えないのだ。
元気だって普段と変わらないくらいになっていたし。
大体、ご飯を入れる容器を出してくると、大ハシャギするし、私が餌箱をごそごそしている間、よだれを垂らしている。
なのに、ドライタイプのものを容器に入れて出すと、
「はぁ~~~っ・・・・」
ため息をついて前脚に顎を乗せ、あらぬ方を向く。
なんか・・・変だぞ。
しかし、普段よりは少しだるそうに見えないこともないので、ためしに、ドライタイプのものに生タイプのものを混ぜたら、喜んで食べた。
これを3日ほど続けた。
そして、どこからどう見ても、普段と変わらないびーこになったと見えたので、またドライフードを容器に盛ると・・・。
「ふぅ~っ・・・」
いかにもだるそうな表情を作り、前足を投げ出して、体をぴちゃりと床に投げ出す。
・・・おかしい・・・。
子供の頃から、びーこのしつけは新聞紙で行った。
丸めた新聞紙で壁や床を叩き、音によって、「いけない」ことを知らせるのだ。
びーこだけかもしれないが、大きな音を怖がる。
「新聞紙」は、びーこのしつけにおいては絶大な力があった。
だから、この時も、私はまず新聞紙を丸めて持ち出した。
びーこは、それを見た途端、跳ね上がった。
そして・・・ガツガツ食べたんですね。ドライフードを。
それからは、普通に、ドライフードも食べたし、だるそうな様子もしんどそうな様子も見せなかった。
多分、その3日ほど前からは、「仮病」状態だったんだと思う。
犬に、そういう「人間に近い知恵」があるからこそ、人は犬に対して、「怠けてるんじゃないか」という疑いを持っちゃうんだと思う。
そういう意味では、
「明らかに仮病なのに、病気かと大騒ぎする」
のも、
「病気なのに、怠けてると叱る」
のも、同列の間違いだといえるかもしれない。
「犬の表情をちゃんと見てない」
ってことなんだから。
「愛」を定義するのは不可能だというのは、私の持論だけれど、
「相手のことをよく見る」ということは、「愛」に不可欠ではないかとも思っている。
さて、問題は、10個目の戒律だ。
いや、問題はって言っても、この言葉自体が変だとかおかしいとか言うんじゃないんだけど。
自身の体験として、
「ペットロスは辛い」
と身に染みて思う。
根本的に、「喪失感」は、「そのもの」が戻ってこないかぎり、完全には補填できるもんじゃない。
でも、「そのもの」は、もう、この世にないんだから、どうしようもない。
だから、こう・・・。
もう少し、ペットロスの人間向けの言葉に代えてもいいんじゃないかと思うわけなんですわ。
たとえば、
「どうか忘れないで下さい。私があなたを愛していることを。」
じゃなくて、
「どうか忘れないで下さい。愛するあなたと暮らすことができて、私がどれだけ幸せだったかということを。
あなたが哀しめば、私も哀しむのだということを」
なんて。
私は、今まで4匹のハムスターを見送ったんだけど、一番辛さが少なかったのは、ちびだった。
もちろん、彼女を愛してなかったんじゃない。
ただ、3年近く・・・ジャンガリアンハムスターの平均寿命といわれていた2年より1年も長く生きた上に、まったく苦しまず、「大往生」で逝ってしまったからだ。
思い出せば、本当に親孝行だった。
病気知らずで、私を心配させたことは一度もなかった。
その点、一番悲しかったのは、ちび雄だ。
2歳のとき、つまり、平均寿命を超えたとき、頬袋が腫れて手術をした。
ただでさえ高齢なのに、麻酔。
どれだけ心配したか。
結果的に手術は成功し、それから半年以上も生きたのだから、ハムスターとしては長寿だと思うのだけれど。
逝くことになった日。
私の手の上で遊んでいた彼は、じゅうぶん遊んだ後も、降りようとしなかった。
えでも、当時働いていた私は、やることがたくさんあった。
無理やりちび雄をケージに戻し、風呂に入っていると、旦那が私を呼びにきたのだ。
「ちび雄が探している」
と。
慌てて出て行くと、彼は自分の小屋の前で倒れていた。
旦那曰く、さっきまで、上をみながらうろうろし、誰かを探しているようだったという。
手のひらにちび雄を乗せると、荒い息をしているのがわかる。
20分ほど、小さな背中をなでていただろうか。
突然、瞳を開いたと思うと、4本の脚で立ち上がり、まっすぐに私の目を見た。
ハムスターも泣くことがあるのだろうか。
2つの瞳に涙が盛り上がってきたかと思うと、痙攣して、倒れた。
そして、そのまま、逝ってしまったのだ。
彼が最期に何を伝えようとしたのか、私にはわからなかった。
だけど、最期に私を求めてくれたのだということはわかった。
それが、あんた、辛いのなんのってもう!!!!!!
あれからもう、6年以上たった。
今では、「あいつは幸せだったろうな」と思える。
でも、当時はそれどこじゃなかった。
「もっとしてあげられることは一杯あったはず」
なんて思っちゃってもう。
しんどい、しんどい。
犬と違って、ハムスターは単独生活する動物だ。
それが、人間と、仮にも信頼関係・愛情関係を結んだわけだ。
それが、幸せなことなのか、不幸なことなのか。
そんなこた、人間に生まれた私にはわかろうはずがない。
わからない上は、「幸せだったんだろう」と思うべきじゃないかと思うんだわさ。
人間だって生きていかねばならないんだから。
一生懸命愛情を注いだ動物のことを、「人間に飼われて狭い世界に捕らわれて不幸だったんじゃないか」なんて後悔とともに思い出してたら・・・。
そういうタイプの人間は、動物を飼っちゃいけません。
飼い主の不幸は、ペットにも伝染すると思うしね。
だけど、彼(女)を失った当初はそういう思いに捕らわれちゃうもんなんだな。
うちのペットたちは、まだ「若い」といってよい年齢で、まだ別れのことは差し迫った問題ではない。
が、別れのことは想定しておかねばならないだろう。
いつかはやってくるんだから。
そう思うと、なお、この10番目の戒律は、ぜひとも直してほしいもんだ、と思う。
犬のために、じゃなく、
人間のために。
-----
--------
TITLE: 直会
BASENAME: 2622402
DATE: 11/24/2006 20:41:37
-----
BODY:
神事などのあと、それに携わった人達を労うための食事会を「直会(なおらえ)」と言う。
そこでは、お祭に関連した食事をいただくことが多い。
たとえば、年越しのお祭であればお蕎麦。
新嘗祭では、新米など。
今日、私達は、河内二ノ宮恩智神社の、「御供所神事」を見学させていただいてきた。
神事の詳細は↓のレポートにて。
http://www.norichan jinja/kenkou/onji-gokusho.htm
簡単に説明すると、秋祭りで使われる、餅の人形(ひとがた)を作るという神事だ。
この人形を作るのは、「御供所の社家」である13人。
お祭が始まった、西暦900年代くらいから、代々世襲で受け継がれてきた人達なのだ。
彼等は、御供を調製する「御供所」に一度入ると、お手洗いに行くこともできない。
と説明されている。
ので、かなり粛々としてよその人間には立ち入りづらい神事を想像していた・・・のだが・・・。
神事中、氏子さんのうちの誰かが話し相手になってくださる(笑)
御供所さんも、旦那がカメラを向けたら、ポーズまでとってくださる。
その上、祭りが終わったあと、直会にまで呼んでいただいてしまった・・・。
お礼を言うつもりで、集会所にあがらせていただくと、宮司さんが、
「この汁は珍しいんだから、飲んでいきなさい」
と、配膳をしてた女性に、
「この人達にもあげて」
と声をかけてくださった。
配膳の女性が、席を用意してくださった。
すると・・・、神事に参加していた人達の輪に普通に入れてしまうんですね。
しかも、私達が座らせていただいたのは、「御供所社家衆13人」の輪。
神事中は、さすがに、あまりお話ができなかったので、このとき、いろいろと教えていただけたのはラッキーだった。
それでわかったのは、
本当に・・・というのも変なのだが、この御供所さんたちは、今まで血のつながった人達に伝わってきたこと。
子供ができなければ、親類から、次の御供所さんが選ばれてきたんだそうだ。
言葉にすると簡単だが、それが千年以上。
並ではない。
しかも、この神事は祝日ではない。
現に、今日も平日だ(旦那は振替休日だったけど)。
仕事を休んで神事に参加する。
それを普通にこなしておられるのだ。
一人の社家さんがおっしゃった。
「朝廷などに守られた春日大社さんと違って、ごく普通の村社で、こんなに立派な神社はない」
と。
氏神様をとても大切にされているのを感じる。
それに、皆さん、この神社の歴史によく通じてらっしゃる。
私のように、神社が好きな人間は別として、自分の地域を守る鎮守の神様でさえ、その歴史を詳しく知っている人はそうそういないんじゃないだろうか。
直会に出された汁は、人形餅を茹でた汁に、人形餅を揚げた油を受けた菜っ葉とブリと人形餅に使われていた餅が入ったものに、白味噌を溶いたもの。
甘くて暖かく、親しみやすい味のものだ。
そして、神事で使われたものを利用しているところに、「祭り」が強く意識せられる。
なのに、今日いきなり見学させてもらった私達が普通に混じってる、この不思議さよ(笑)
氏子さんたちの、村の仲間同士の結束と、他所者をなんの抵抗もなく受け入れる大らかさ。
直会に出された汁と同じ、暖かさと親しみがある。
最後に多分、氏子総代さんなのだろう。前の席に座っておられた方が、挨拶をされた。
「天気予報では雨でしたが、今年も御供所晴れで」
そんな言葉が耳に残った。
言葉にははっきりと出さない。
だが、この人達の心には、はっきりと神様が存在している。
そう感じる。
直会ではお酒も出るから、ちょっとした馬鹿話もでるわけだ。
そうすると、他の人が、それを指して、
「バチ当るで」
などと言う。
この人達の心の中には、自分達を叱り、導く神が間違いなく存在する。
そして、その神が、厳しい存在であると同時に、それ以上に愛情深い存在である、と、無意識に信じておられるのだと感じるのだ。
直会の後、社家さん達の中の最長老に見える方からのお話しがあった。
次の責任者に対する申し送りのようだ。
そして、こう締めくくられた。
「これからもこの神事は残っていくのは間違いありません。今まで通りに」
確信に満ちた言葉だ。
「予言」
ふと、そんな言葉が頭にひらめいた。
本来、予言とはそうしたものかもしれないと。
1000年の間、連綿と同じ様式を繰り返してきた祭りだ。
この先1000年も、2000年も、繰り返されるのだろう。
「神」とはそうしたものかもしれない、などと思う。
この人達の人間関係が、「神」の力を強め、「神」の存在が、人間をなお美しくする。
神と人が繋がっている。
そのことが、確信に近い鮮やかさで感じられる。
直会の後、本殿にて再度の参拝をする。
雲が去って、真っ青な空が見え、自然と背筋が伸びる。
天から柱が降りてきている。
そう、思う。
ここには、天と地を繋ぐ、太くて大きく、美しい柱が立っているのだ。
-----
COMMENT:
AUTHOR: かまど
DATE: 11/25/2006 20:40:23
全てのものを捨てずに料理に使かわれているのは、なんかうれしく感じました。
-----
COMMENT:
DATE: 11/25/2006 21:00:20
そうなんですよ。
お湯まで捨てないんですもんね。
なんだか、まさに「手作り」という感じでしょう?
アットホームで、なのに長い伝統を厳しく守られてきている。
すごいことだと思います。本当に。
-----
--------
TITLE: 猫かぶり
BASENAME: 2622403
DATE: 11/25/2006 17:03:05
-----
BODY:
去年の春、私は風邪ひきの仔猫を拾った。
文鳥を飼っているくせに、なぜ仔猫を連れて帰ったのか、自分でもわからない。
多分、文鳥を飼っている人にこの話しをしたら、すごく怒られると思う。
そう。
本当に無責任なことをしたのだ、私は。
そもそも、衝動的に動物を飼うのはいけないことだと思う。
動物と共同生活をするために、どんな準備が必要か、どんな覚悟が必要か、それをちゃんと知ってから、彼等を迎えるべきだと考える。
が、その時、ことは緊急を要していた。
もし、私が仔猫を見捨てたら、彼女は間違いなく死ぬだろう。
そして、私は彼女と目を合わせ、はずみでもって触れ合ってしまった。
「なんとかなる」
そう思った。
不思議とそう確信できた。
そして確信は現実となった。
仔猫が家にきてたった一日で、里親さんが見つかったのだ。
「飼い猫を18歳(だったと思う。それ以上生きたら猫又になるといわれる歳だ)で亡くしたばかり」
ということで、そろそろ猫が飼いたいと考えておられた矢先だということだった。
その上、
「情が移ったら大変だし、病気の世話もしたいから」
とすぐに引き取ってくださったから、文鳥にも仔猫にも、さほどのストレスをかけずに済んだのだった。
「これはご縁だ」
そう思う。
「仔猫と里親さんのご縁に、私が一つのパーツとして組み込まれたのだ」
そう感じる。
だから、仔猫も里親さんも、そして私も幸せなんだと思う。
ご縁が、きちんとした形で結ばれたのだから。
さて、ゲームのしすぎで肩こりがマックスになった私と、
激しい咳をした途端筋を痛めた旦那は、
昨日、カイロプラクティクスの施術を受けてきた。
実は、このカイロプラクティクスの先生こそ、仔猫の里親さんなんである。
私は、生き物を誰かに任せたら、その飼い方などについて一切口出しするもんじゃないと思っている。
生き物の飼い方に「正解」はない。
人それぞれが、その人なりの愛情を動物にそそぎ、動物はその動物なりの信頼を人に傾ける。
それを、部外者があれこれ言うべきじゃないと思うのだ。
それに、だいたい、里親さんは、私などよりずっと猫の生態や、猫の考え方などに詳しいのだ。
だから、施術を受けにいっても、私の方から猫のことを聞くことはない。
が、里親さんとしては、私に猫の現在を報告するべきだと考えてくださってるらしい。
いつも、猫の話しになる。
内容は、「本当にいい猫だ。もらえて本当に幸せだ」というようなことが多い。
が、昨日は少し違った。
「変わった猫なんですわ~~~~」
というのが、それ。
確かに、我が家にいた時も、仔猫は随分甘えただった。
いつも私か旦那にくっついていたし、私と旦那が文鳥のいる部屋の中にいて、扉を閉ざしているときは、扉の外でじっと待っていた。
でもそれは、
「仔猫だから」
だと思っていたし、仔猫を里親さんのおうちに送り届けた後、里親さんも、
「半年もしたら、ベタベタしてくれなくなると思います」
とおっしゃっていた。
が・・・。
半年たっても、一年たっても、一年半たっても・・・。
まだ、ベタベタしてるんだそうな(笑)
猫というのは、集団生活をしないそうで、いきおい、群れで暮らす犬とは、飼い主に対する態度も違う。
犬は飼い主に絶対だし、飼い主がそばにいないと寂しくてしかたないようにしているが、猫は一人でも平気。
猫にとって飼い主は、「仲間」や、「パートナー」とはならぬものだ、と、そういう風に聞いていた。
が・・・、かの猫は、いつまでたっても、飼い主を「大切な存在」と位置づけているようなのだそうな。
特に、奥さんがそばにいると、必ず抱っこしてもらいたがり、抱っこされると、乳を飲むような、「チュッチュッチュ」という音を立てるのだそうな。
里親さんによると、「これは母親に甘えている証拠」ということ。
寝るときは、奥さんの布団に入り、人間のように上を向いて寝る。
布団を顎の下までかけてもらい、上向きのまま寝るんだそうだ。
そして、だんだん熱くなってくるらしく、少しずつ上にずれていき・・・。
夜中には、奥さんの布団の枕元で腹を出して寝てることになるんだそうだが・・・。
「変な奴でしょう~~??」
って聞かれても、猫をちゃんと飼ったことのない私にはわからない。
「生まれてすぐに母親から引き離されて捨てられたことが原因でしょうか?」
と聞くと、
「多分」
とおっしゃる。
ただ、私の家にきた当時、彼女は決してガリガリじゃなかった。
そこそこに肉がついていたし、食べ物を見てもガッツく様子はなかった。
それに、彼女は、とても大きな声で鳴いていたのだ。
野良猫になりたて、不安でしかたがない、という風だった。
つまり、捨てられて、それほど間がなかったんじゃないかと思う。
我が家では、鳥がいるために、いつもいつもべたべたしているわけにはいかなかったけど、里親さんのうちにいってから、2人のお子さんが争うように遊んであげてくださったと言う。
スキンシップが不足していたのは、たぶん、長くても1週間。
多分、まる一日あったかないかというのが正解だと思う。
それでも、今だに甘えが抜けない。
それは、もちろん、猫の性格にもよるとは思う。
思うけれども、幼児期の経験というのが、性格に大きな影響を与えているということの証左ともなるかもしれない。
母によれば、私は、
「愛情をたっぷり受けて育った」
んだそうだ。
父方の祖母と同居だったし、母方の祖父母とも近所だった。
近所の人達も子供を大切にしてくださる方たちばかりだった。
年上のいとこも私のことをすごくかわいがってくれた・・・ということだそうな。
私が、親に対して、あまり甘えたり相談したりしないのは、
「幼児期の愛情が足りてたから」
なのかもしれない。
そして、旦那に対して甘えたくなるのは、決して幼児期の体験が原因じゃないってことでしょうね(笑)
甘えれば、すぐにカキフライやら、チーズやら、鮎の塩焼きやらを買ってきてくれるということが、原因の一つかもしれない。もちろん。
でも、なにより、夫婦ってそういう風なもんじゃないんですかね?
私はたぶん、旦那に対して、一番自分をさらけ出し、そして同時に、一番猫をかぶって見せてるんだと思う。
そして、多分、旦那もまた、同じようにしてるんじゃなかろうか。
猫の話しを聞きながら、な~んかそんなことを考えてました。
写真は、里親さんが送ってくださった写真。
確かに無防備な寝相だ(笑)
-----
COMMENT:
AUTHOR: anne猫
DATE: 11/25/2006 18:27:54
うちの猫は飼って12年ぐらいなるおばあさん猫やかえど
すご~い甘えたです
ここの整体さんとこのネコちゃんみたいに大体、家にいたら付いて廻るし
夜は私の横で人間の子みたいに寝てます
私にとっても至福の時で猫のゴロゴロを子守唄代わりに寝ています
でも妹二人んとこの猫はここまで甘えたではないので生まれもった性格が左右するんじゃないでしょうかねえ?
え~とうちのわんちゃんも甘えたですね
かわいいです
癒されてるとおもいますよ ペット達には
だから長生きしてほしんだけどね
-----
COMMENT:
DATE: 11/25/2006 19:24:44
なんか、ペットの話しをしているときって、みんな目がだれ~~んと下がってますよね(笑)
うちのわんこは、甘えたということになるんでしょうか?
まぁ、普通になでてもらいたがり、普通にかまってもらいたがりって感じです。
でも、やっぱり可愛いですよね。
文鳥は、すぐに私の服の中に入ってこようとします。
晩秋から初春にかけてのこの時期、あまりベタベタすると、産卵しよるんで、なるべく控えてるつもりですが・・・。
かといって、まったく一緒に遊ばないでいると、私も寂しいし、文鳥も寂しい。
頭の痛い季節が始まりましたわ~~。
-----
COMMENT:
DATE: 11/25/2006 20:56:47
読み返したら、まったくレスになってませんでした(^^ゞ
人間の性格は、生まれつきが1割で、あとの9割が環境によって形成されるって言いますよね。
だから、猫さんちの猫ちゃんも(ややこしい言い方?(笑))、カイロの先生んちの猫ちゃんも、甘えん坊の要素があり、なおかつ、甘えさせてもらえる環境にいるってことで、猫さんが癒されてるのと同じくらい、猫ちゃんも癒されてるんでしょう(#^.^#)
わんこも同じ。
ほんま、長生きして欲しいもんですよね~!!
-----
--------
TITLE: 雨の日曜日
BASENAME: 2622404
DATE: 11/26/2006 17:01:46
-----
BODY:
2週続けて、日曜日は雨。
友人たちと紅葉の季節の京都を散策する予定だったんだが、旦那の風邪が治りきってないし、私も風邪の気味があるんで(伝染ったんだなぁ・・・ふぅ)、予定を延期にした。
雨の中、どこかへ出かける気もしないが、家にこもりっきりなのも、つまらない。
買い物に行くったって、欲しいものもないし・・・と、考えて、カラオケに行ってきた。
・・・体を動かしたかったんですね、つまりは(笑)
でも、雨なので野外を動きたくない。
ボーリングは、何度かやったことがあるけど、ガーターばっかりで、
「つまんない」
のである。
会社の慰安会でボーリング大会などが催されていたけど、はっきり言って、
「まったく慰安にならんのじゃ!」
というくらい。。。私は下手くそなんである。
というわけで、カラオケ。
旦那と二人なので、2時間もいれば十分。
1時間無料券があったので、飲み放題プランをつけても一人千円以下。
大した運動にはならないけども、気分転換するには、いい。
しかし・・・。
それにしても、私達は新しい歌を、見事なくらい知らないってことがわかったなぁ。
歌の終りにその曲が歌われた年が出るんだが、よくても、1980年代。
古いのになると、1960年台だったりする。
私が生まれたのは、1968年だから・・・なんでそんな歌知ってんだよ?ってなくらい古いんである。
私は、歌詞には大きく分けて2種類あると思う。
メッセージソングとストーリーソングだ。
井上陽水の歌などは、メッセージソングが多い。
日本で最初のミリオンセラーを記録したという、「氷の世界」なんかは、比喩を含めてメッセージだらけの歌だ。
陽水さんがどういう意味でそう歌うのかよくわからないのも結構あるんだが、
「人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな だけどできない理由は やっぱりただ自分が怖いだけなんだな」
多分今、他の人がこんなセリフを吐いたら、
「いまさら、そういう工夫のないこと言うてなんになるん?」
とバカにしてしまいそうになるが、この歌を始めて聞いたのは、20年ほど前。
当時、思春期まっただ中だった私は、随分考えさせられてしまったものだった。
歌われたのは、30年ほど前。
今とは世相がまったく違うから、現代の感覚でこの歌を斬ることは出来ない。
学生運動だとか、マルキシズムとか、そういうことをまったくわからない私には、多分、まったく理解できない何かがそこにはあるんじゃないかとも思う。
あの時代、「人を傷つけたいな」と言う思いは、どんなところから飛び出したんだろうかと思う。
私は、人を傷つけたいと思わない。
反対に「相手を傷つけなきゃ、こちらの思いを伝えられない」ような人と付き合いたくないと切に願っている。
それは、「自分が怖いから」というよりも、「いつも楽しい気持ちでいたい」というだけの単純な理由からだと思う。
人を傷つけるには、こちらもしんどい思いをせねばならないのだ。
そして、ストーリーソング。
当時のものでは、たとえば、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」なんかは、ストーリーソングそのものなんじゃなかろうか。
都会へ旅立つ男と、待っている女。
どんどん都会の生活に染まっていく男。
でも、ただ待っているしかない女。
そして、別れ。
物語がものすごくシンプルに描かれていて、今でもこの歌を好きな人は多いんじゃなかろうか。
遠距離恋愛は(交通の便が良くなり、連絡手段が増えた今でも)、物語になり易いし、このテーマの歌は、これからも作られていくだろうが、多分、今後もこの歌は残ってくんじゃないかなと思う。
で、だ。
雨の降る日に、必ず口ずさんでしまう歌がある。
イルカさんの、
「雨の物語」
だ。
私はイルカさんの歌は、この歌と、「なごり雪」しか知らない。
なごり雪は、いろんなシーンで歌われるから知ってて当然だとは思うんだけど、なんで「雨の物語」を知ったのか・・・それがまったく思い出せない。
思い出せないが、雨が降ると、つい口ずさんでしまう。
歌いだしはこうだ。
「化粧する君の その背中がとても小さく見えてしかたないから
まだ僕は君を愛しているんだろう
そんなことふと 思いながら」
この歌詞が、妙に好きで・・・。
この歌詞の部分さえ空んじてしまえば、後はサビの部分だけだから、それで覚えてしまったんだろうと思う。
この二人が今どういう状況にあるのかはわからない。
でも、恋人の背中を見ながら、
「まだ僕は君を愛しているんだな」
と一人ごちる男の心に、なんの迷いもないはずがないと感じられる。
二人はこれから別れてしまうんだろうか。
それとも、別れの予感を感じてるところなんだろうか。
ふとした自分の心の動きから、自分の気持ちを慮ることがある。
私の場合、
「料理番組を見ていたら 食べてみたくてしかたないから
私はおなかがすいているんだろう」
などという、雅趣も切なさもない例しか思い浮かばないが・・・。
確かに、何かふっとした瞬間に、
「あぁ、私はこの人が好きなのだな」
と思い知ることはあると思うのだ。
だが、私が旦那のことを好きなのは別に驚くにあたらない、見たそのまんまのことで、なんの発見もない。
つまり、私達二人の間には、なんの「哀しみ」もないんである。
ロミオとジュリエット効果という言葉があるとおり、恋は障害があるほど燃え上がるというところがある。
が、私達の場合、結婚してるし、別になんの問題もないし、いつも一緒だし・・・。
障害のありようがなくて、ということは、燃え上がりようもないし、別にそれでなんの不満もない。
それなのに、私は雨が降るたびに、この歌を口ずさんでしまう。
さて、雨のカラオケで、私はこの歌を選んだ。
旦那がこの歌にどんな感想を抱くか・・・と思ってたら、トイレに行きやがった(-"-)
ま、なんていうか、大体想像はつくんだけどね。
多分、こんなん↓
「いややな」
「なにが?」
「化粧する女の人はいややな。そんなん塗って、誤魔化して、なぁ?」
旦那の心に、小雨の降る日はないんだろう。
そんなことふと思たのだった。
-----
--------
TITLE: 都市伝説
BASENAME: 2622405
DATE: 11/27/2006 17:57:46
-----
BODY:
私が子供の頃、子供の間で広く恐れられていたのが、「口裂け女」だった。
有名な都市伝説だから知らない人はまずいないと思うけれど、一応は説明しておくと、
トレンチコートを着たロングヘアーの女性、綺麗な瞳、スレンダーな体形。
しかし、何か違和感がある。
口に大きなマスクをはめているのだ。
だが、全体的な印象は、そのマスクの下の唇も、その他の部位と同じく洗練されて美しいと思わせるに十分。
これが「口裂け女」の姿だ。
そんな姿をした女性が近づいてきたら、逃げなくてはいけない。
彼女と目が合い、
「私、キレイ?」
と聞かれたら身の破滅だ。
自分の印象通りに、
「キレイだと思います」
と答えたら、彼女は
「これでもかぁ?」
とマスクを剥ぐ。
マスクの下の口は裂けていて頬の端にまで至っていて、それは恐ろしい。
その上、口裂け女は、「見た者を殺す」といわれていた。
反対に、
「キレイじゃない」
と答えたら、その場で殺されるんだそうな。
それが本当なら、大変な大量殺人鬼である。
常識で考えたら、本当にそんな殺人鬼がいるならば、もっと現実的な騒ぎになるはずだとわかるんだが、それが真実だと思うのが子供の頭の不思議さだ。
2組のよっちゃんは、「見た」というし、
同じクラスのあきちゃんは、「襲われたという話しが新聞に載ってた」と言う。
私は、「小学生新聞」しか読んでなかったので、
「あまり詳しいことを書くと子供が怖がるから、小学生新聞には口裂け女のことはあまり載ってないんだな。でも、大人の新聞には詳しいことが載ってるんだ」
と一人で勝手に納得していた。
彼女達の話しによると、口裂け女は犬が嫌いなので、犬を連れていると襲わないという話しだ。
ポマードがキライなので、
「ポマード」
と叫ぶと逃げて行くらしい。
また、べっ甲飴が好きなので、それをいつも持ち歩き、襲われたらそれを差し出せば許されるとも聞いた。
とりあえずの退避方法がわかったので、私はそれほど恐れてなかった。
そして、別の理由があって、「口裂け女なんてのは、単なる噂だ」という確信に近い気持ちがあった。
ある日、近所にあった親戚の家から帰る途中、夕暮れの中で、白いマスクをした髪の長い女性に出会ったのだ。
でも、周囲には大人がたくさんいたし、私もなんてことなく彼女とすれ違って、家に帰った。
そのことを次の日、クラスの友達に、こんな風に話した。
「昨日なぁ、家の近所で口裂け女みたいな恰好をした人に会ったで~」
が。
その次の日、隣のクラスから、女の子が数人、
「話しを聞きたい」
と押し寄せたのだ。
なんの話しかというと、もちろん、「口裂け女の話し」だ。
いつの間にやら、
「3組ののりこちゃんが、口裂け女に会った」というのが噂になっていたのだ。
たった1日で、
「口裂け女のような姿をした人に会った」
という言葉が、
「口裂け女に会った」
に変わってしまうのだ。
ということは、他の噂も、こういう風にして、広まったデマじゃないのか。
私はそう思った。
「口裂け女より噂のが怖い」
子供だてらに身震いしたもんだ。
さて、今になって、口裂け女の噂の出所がどこかなどという研究を見かける。
恐怖漫画がもととなったとか、いやその前に女性の口が裂けるという事件があたとか、諸説あって、はっきりしない。
しかし、それが小学生の口を介して広がり、またたく間に全国区になった、という伝播経路については、疑われていないようだ。
都市伝説の多くは、ラジオやテレビなどが発信元となり、それが人の口を介して、「さも真実らしい話」として広がっていく、と考えられている。
でも、果たしてそうなんだろうか?
というのも、私は同じ小学生のとき、ちょっと不思議な体験をしているのだ。
当時、
「りんごをかじると歯茎から血が出ませんか?」
というセリフのCMが、テレビからよく流れていた。
確か、歯磨き粉のコマーシャルだ。
歯槽膿漏を予防するとかいう触れ込みだった。
頻繁に流れていたから、
りんごを見るたびに、「歯茎から血が出ませんか?」という問いかけが思い浮かぶほどに、私の頭には定着していた。
ある日、図画工作の授業の後、私は汚れたパレットを洗っていた。
パレットといっても画家の使うようなオシャレなのじゃなくて、小学生が使う、白くて、二つ折になっているものだ。
これは、二つ折りになった両端に小さな区切りが作られている。
そう、ちょうど、「歯」のように。
そこに各色の絵の具を置いて、絵を描く。
使い終わったら、古い歯ブラシでそれをキレイに洗う。
その様子は、ちょうど、「歯を磨くと、歯茎から血が出る」様子とよく似ていた。
ふと閃いた私が、パレットを磨きながら、
「リンゴをかじると~、歯から血が出ませんかぁ?」
と歌うと、これが予想以上の級友の耳に止ったらしく、思いの他の大受け。
かなり気をよくしたもんである。
さて、その後、学校は夏休みに突入した。
少し遠くにいる親戚の家に遊びに行って、宿題の「夏休みの思い出」の絵を書き、パレットを洗っていると、
「リンゴを食べると、歯茎から血が出ませんか?」
後からいとこが問いかけてきた。
思わず、ギョッ!
「なにそれ?」
と聞くと、
「学校で流行ってるんだよ」
という答え。
最初、私のギャグが広まったのかと思った。
しかし、その親戚が住んでいたのは、滋賀県。
私が住んでいたのは大阪府。
そんな遠くまで、クラスの一握りの人間しか聞いてないギャグが広まるだろうか?
ちょっと考えづらい。
それよりは、「リンゴをかじると」のCMがそれだけ印象深く、パレットを磨く行為は、それを彷彿させるに十分だった、と考える方が自然だ。
こんな形で広まった都市伝説も、多分あるんじゃないかと思うんだよね。
私は心理学を知らないので、間違っているかもしれないが、ユングが提唱した「集団的無意識」というものがある。
つまり、人類は、長い歴史の中でたくさんのものを共存してきた。それが深層意識に積み重ねられている。
この人類共通の深層意識をして、集団的無意識という。
例えば、世界の神話を広く見てみると、同じようなモチーフが散見される。
日本神話の中の、イザナギの黄泉の国探訪と、
ギリシャ神話の中に、オルフェウスの冥界探訪は、とてもよく似ている。
中でも、洪水神話は、世界中に見られるらしい。
それを、
「一つの神話が、各国に伝播して、各地に似たモチーフの神話が存在するようになった」
という前提で研究すると、比較神話学になるんだろう。
が、これを、「集団的無意識の結実」と見ることも、勿論可能なわけだ。
例えば、愛する妻を亡くして、「死の国」に彼女を呼び戻しに行きたいと考える男は、世界中にいただろう。
それを物語にする男も少なからずいたに違いない。
その物語の中のいくつかが残り、各地で見られてもなんの不思議もない。
でも、本当に不思議じゃないのか?
私はどちらかというと、「世界中の人々が、パートナーを失うことを哀しむ」ことに不思議を感じる。
パートナーを失うと悲しいのは、彼等が助け合って生きていたからだろう。
しかし、集団生活をまったくしない動物だったら?
たとえば、ハムスターのように、一晩かけてパートナーを見つけ、交尾をすませ、また一人の生活に戻るような動物ならば?
すべての人類が、多少の様式の違いはあれど、少なからず同じような思考をし、同じような生活をしていることにこそ、私は不思議を感じる。
そう考えるとき、「集団的無意識」というものが存在するならば、それは人間特有のものなのだ、と強く思う。
「人間」って言葉は、普段思っている以上に重い言葉だよな、と思う。
-----
--------
TITLE: 改革
BASENAME: 2622406
DATE: 11/28/2006 17:09:06
-----
BODY:
風邪ひいて、ねむくてしかたない。
で、やっと今、今朝のニュースを見ると、なんでも、郵政造反議員が11人、自民党に復党だとか。
安倍内閣発足当時、ちらっとこの話しが出たとき、
「冗談でしょ」
と思ったもんだ。
だってさ、当時の新聞記事では、
「参院選に臨み、票が欲しいから」というのが、復党論の理由だったんだもん。
復党させたりしたら、小泉内閣の「改革」に乗せられて自民党を支持した人は、みな逃げるでしょ?
復党で得られる票より、復党で逃げる票のがずっと大きいんじゃないの?
と。
確かに、衆院選で乗せられた人も、少し冷静になってるから、衆院選のときほど、自民党が議席数を伸ばすことはないだろうか、少なくともがっくり減じることはなかろうと。
が、復党なんかさせたら、大幅減となってもおかしくないぞ・・・。
だから、私は、
「冗談でしょ」
と思ったわけだ。
が、話しはどんどん現実味を増し、今朝、復党11人だそうな。
なんじゃそりゃ?
正直、あの衆院選で、私はなにがなにやらわからなかった。
だから、「テレビなどを見ていて、一番下衆な表情をしなかった人が多い党に入れる」と決めたほどだ。
党の方針の本質が具体的にはさっぱり見えなかったからだ。
正直、民主の岡田代表の顔は好きだったんだよね、私。
少なくとも、「保身」とか「我利」に固まった人の表情には見えなかった。
ただ、「代表」の顔でもないと思ったけど(^^ゞ
それに引き換えると、小泉さんは、「あにかんがえてんだかわかんない」表情の人で、この人に信頼を寄せるのは賭けだんな、と思わせられた。
下卑てるとか下衆だとかも全く思わなかったんだけど・・・なんてのか・・・心を許せないと思わせる何かもあった。それが政治家として良いか悪いかは別として。
それでも、蓋を開けたら、自民党の圧倒的勝利で、そして、やっぱり何か変わったと思う。
少なくとも、3年前、新聞の紙面(私はネットでチェックしてるからパソコンの画面だけど)に、これほど「談合」などのニュースが出ることはなかった。
この手のニュースが「悪いこと」という意識が強まって、それが表面に出やすくなったのは、「進歩」だと思う。
けど、今朝、
「造反議員11人が復党」した。
なんじゃそりゃ?
いや、復党した議員の言い分はよくわかりますよ。
どんな意見を持っていたって、力のない議員の立場のままじゃそれを実現できないから、自民党に戻る。
そりゃそうでしょ。
そりゃわかる。
でも、受け入れる自民党側は、あに考えてんの?
なんの得があんの???
見えないところで何がおきてんの?
人間社会は、長い歴史の中で、少しずつ、遠回りしながらでも、進歩してきているというのが私の持論だ。
もし、たった20年前に亡くなった方が、今生き返っても、世の中の変化にずいぶんびっくりするだろうと思う。
携帯電話の普及・喫煙者への扱い、そして女性の扱いなどなど。
「何も変わらない」
というのは嘘だ。
人間は、生活を少しずつ少しずつ変えて行っている、間違いなく。
一昔前、地球にとって、人間は「がん細胞だ」という人がいた。
今もいるのかな。
確かに。
人間は自分達のために地球を破壊してきたとは思う。
が、今、私達はそれに気付いてきている。
そしてそれをなんとかしようと願い、そう努力しようとしている。
知性を持った動物が、
「自分達の寿命を延ばそう」
ひいては、
「少しでも安楽な生活をしよう」
と願うのは、特段おかしなことじゃない。
ただ、その結果として、自分達の基礎・土台である地球が汚染されているということに気付かない・・・いや、そのことに目を塞いできてしまった。
私は研究者でもないし、知識の深い者じゃないけれど、ある一点に向って疾走してるときに、周囲を見渡せという方が無理だと思うんだよね。
速度を緩めたとき、初めて周囲の景色が見え始める。
見る余裕が出てくるからだ。
そして、はじめて、「あ、ちょっと方向転換しなきゃな」と気付く。
それはしかたないじゃん、と思う。
でも、ここでちゃんと方向転換できなきゃダメだけど。
とりあえず、方向転換しようという目に見える努力はあるんだから、
「人間は地球の・・・」
ってのは、どうにもこうにも悲観的過ぎる意見だと思う。
日本にだって言論規制がないとは言わない。
世論が操作されているのは、TMの例だけじゃないだろう・・・ってか・・・。
なんで、あれ、今までバレなかったの??
「棒読みはやめてください」ってのには笑っちゃうけど、もっと追求されるべき事件だと思う。
いやまぁ、それはそうとして、とりあえず、日本程度に、「自由にものを言える国」であれば、少しずつでも、より良い方向に進んでいけるだろう、と私は、私は、私は思っている。
「迷走するだけじゃないのか?」
という疑念もあろうと思う。
が、私はそうは思わない。
人はそんなにバカじゃない。
日本におけるウーマンリブの動きに大きな影響を(目に見える形で)与えた人物の一人は、間違いなく田嶋陽子教授だろう。
彼女の登場は、かなり強烈だった。
私は、今はもう、「相手の意見を遮って自分の意見を言い合う」のは討論でもなんでもないと思っているので、テレビでやってるような討論番組は見ないが、当時は、TVタックルを毎週見ていたのだ。
そして、1年ほど経ったころだろうか。
「あれ?」
と思った。
「女だけに家事を押し付けるな」
という意見は、まぁ、良い。
けどなんで、育児もしてない、介護もしてない専業主婦が大手を振って、会社勤めをしている夫に家事を押し付けてるんだ?
自分の裁ききれない家事を、仕事から帰ってきた旦那にも手伝ってもらうのは、もちろんアリだろうけど、
昼寝して、井戸端会議をしてる奥さんが、家事を旦那に押し付けるのが当然のこと・・・という風潮にさえなっていた。
当時、世の中の大半・・・ってことはないと思うんだけど、かなり多くの人間が、
「女権運動とは、女が家事をしなくなることだ」
と思い込んでいたように見えた。
ウーマンリブの本質とは、「女である」というだけで、男と扱いやチャンスに格差をつけられるのがおかしい、ということなはず。
女であったって、同じ能力を持つ男とは同じチャンス、同じ扱いをうけるべきだ、ということなはず。
決して、「女は男より特権を与えられるべきだ」ということじゃない。
ある男と、仕事においてまったく同じ能力を持っている女がいたとして、
女であるというだけでチャンスを与えられない。
出世のときに、なんの理由もなく「男であるというだけで」男が先に出世する。
そうでなくとも、給料に格差がある。
こういう現象がおかしい。
というのがそもそもの出