| 1954年・第4回スイス大会 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ブラジルのワールドカップから4年、ヨーロッパのサッカーシーンに衝撃的な事件が起こっていた。ハンガリー代表が国際マッチにおいて、4年間無敗と28連勝という偉大な記録を打ち立てたのだ。“マジック・マジャール(魔法使いのハンガリー人)”をいつ誰が敗るのか?ワールドカップの開催年度の間に、ヨーロッパのサッカーファンの話題をさらう事になる。 母国イングランドは、国際マッチで無敗を誇っていたウェンブリーにハンガリーを招き、連勝記録をストップさせようと目論んだ。圧倒的なホームの大歓声に圧されたハンガリーは、先制ゴールを許してしまう。しかし、結果は、“メイジャー(少佐)”と呼ばれるプスカシュのハットトリックを含む、3−6の圧勝に終わった。怒りが治まらないイングランドは、リベンジとばかりにブタペストへと赴く。しかし、この試合では1−7と力の差をまざまざと見せつけられてしまう。抜群のキープ力を誇るハンガリーの前に、イングランドのパスサッカーは子供扱いにされた。この衝撃のニュースがヨーロッパ全土へ伝えられると、ワールドカップ・スイス大会の大きな呼び物となる。 コチシュ、チボール、ヒデクチ、プスカシュ、軍隊が所有するチームで鍛えられたハンガリーの選手たちは、役割を明確にして、得点パターンを持っていたことが大きな強味だった。ツートップのプスカシュとバロターシュをウイング的に機能させ、中央のコチシュやヒデクチが2列目から飛び出して来る。コチシュやヒデクチのポジションは、登録上フォワードとなっているが、実質的にはミッドフィルダーとしての役割を与えられており、中央を5人のミッドフィルダーで埋めるMMシステムのキープ力と、ツートップの突破力がハンガリーの大きな武器となっていた。ベルリン・オリンピック以降のヨーロッパのサッカーシーンは、ブンデスリーガから広まったWMシステムが主流となっているが、中盤を厚くしたハンガリーのMMシステムに対応できなかったようである。このMMシステムは、イニシャルが同じことから、マジック・マジャール・システムとも呼ばれたようだ。 スイス大会に登場したマジック・マジャールは、周囲の注目を浴びる中、アジアから初出場となったハンガリーを相手に9−0の大差で勝利する。ヨーロッパ最強を誇るハンガリーの相手にしては、韓国は役不足と批判的な見方がほとんどだった。ワールドカップにサッカーを習いに来るものではないと、韓国に対する厳しい報道が行われている。第2戦では、強豪ドイツを8−3でノックアウト。不満の声を掻き消すには充分なパフォーマンスだったが、西ドイツのリープリッヒによるキッキングで、プスカシュの左足は大きく腫れ上がってしまい、試合出場は不可能となった。 プスカシュを失ったマジック・マジャールだが、それでもMMシステムの機能を維持して、次々と強豪チームを倒して行く。準々決勝では、前回準優勝のブラジルと対戦。ヒールリフトを編み出したテクニシャンのジジや、マウリーニョなど攻撃力の高い選手を誇るブラジルだったが、中盤の激しいマークで潰されて出鼻を挫かれる。開始早々にヒデクチとコチシュのゴールでリードしたマジック・マジャールは、4−2のスコア以上の内容でブラジルを圧倒した。前線に強力なフォワードを並べ、個人技による戦いが常識だった時代に、いち早く中盤の組織戦術を持ち込んだマジック・マジャールは、誰の目にも無敵のサッカーに見えただろう。 準決勝では、世界最強を二分する王者ウルグアイと対戦。ビクトル・アンドラーデを中心に、持ち前のハードタックルで応戦してくるウルグアイとの試合は、延長戦にもつれ込む均衡した展開となり、“ローザンヌの死闘”と呼ばれた。延長終了間際に、コチシュの2ゴールで辛くも勝利したマジック・マジャールは、前評判通りに連勝記録を更新して、ワールドカップの決勝戦へと辿りつく。しかし、その決勝戦に勝ち残ったもうひとつのチームは、1次リーグで完敗を喫した西ドイツだった。マジック・マジャールは、負傷の癒えないプスカシュを投入すると、打倒西ドイツに全力を注ぐ。試合開始と同時に速攻を仕掛けたマジック・マジャールは、チボールとプスカシュのゴールで2点のリードを奪うことに成功した。しかし、1次リーグの大敗からMMシステムの対向策を考えていた西ドイツは、中盤からの飛び出しを警戒してマークを厚くしていた。ゴールデン・パターンを封じ込められたマジック・マジャールは、延長戦を戦った準決勝の疲れもあり、ついに連勝記録に終止符が打たれる。 |
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