This is real Pele's story. He is fighting. The enemy is Maradona.
この物語は50%のノンフィクションと50%のフィクションによって構成されています。
[SFR公認]Pele & Maradona

ベッケンバウアーの独白の巻


2006年ワールドカップ開幕を前に大会組織委員会フランツ・ベッケンバウアーがインタビューに応じてくれた。かつてドイツの皇帝と称されたベッケンバウアーは、ワールドカップに3回出場して、優勝1回、準優勝1回の好成績を収めている。バイエルンミュンヘンでもチャンピオンズカップ3連覇の偉業を成し遂げた。現役時代は、その甘いマスクで女性の人気も高く、プレイボーイとして浮名を流している。数々の女性問題に振り回され、それでもサッカーシーンのトップに在り続けた不滅の男。思いもしない長時間にわたる独白でベッケンバウアーが胸の内を明かしてくれた。




「ドイツには私の居場所が無かった」

私はスポーツ選手の本質として、常に、全ての事柄に対して潔くありたいと思っている。この話は死ぬまでに1度話しておきたいと思っていたんだ。そう、あれはある日突然、平穏な私の日常を破壊した。「あなたの子供を授かりました」と書かれた手紙が女性から届いたんだ。身に覚えある人間なら脳天から爪先までイカヅチが突き抜ける思いがする。一体何時の話だ?相手は誰だ?手紙を読んだ妻からは「あなたのことを信じているわ」と言われ、さらにプレッシャーが圧し掛かるんだ。全身から嫌な汗が噴き出し、一晩で2、3歳ほど老化したような酷い疲れを感じた。チャンピオンズカップの決勝戦でもそんなに緊張しなかったよ。初めて、この手の問題にぶち当たった時はどう対処して良いのか解らなかった。誰にも相談できないまま1人で悩みぬいた。話が法廷まで縺れ込むと最悪だ。私は1人で決着を付けるため、直接相手の女性に会うことにした。



「1人認知すると後が大変だぞ」

私が法廷で「この女性に会ったことは1度も無い」と発言すると、その言葉だけがメディアを独り歩き、私のイメージはすっかりガタ落ちしてしまった。応援してくれていたファンも掌を返し、ライバルクラブのサポーターも火に油を注ぎまくった。裁判の一部始終が誌面に掲載されると、相手はあの手この手で私を貶めようとする。私は迂闊な発言ができず、物言えぬサンドバックと化していた。見かねたチームメイトのフォクツは「絶対に認知するなよ。例え本当の子供であっても認知するな。1人認知すると後が大変だぞ。」とアドバイスをくれたんだ。しかし、私は自分の責任を果たさなければならないと思い、ある女性との間に生まれた子共を認知することにした。血液鑑定の結果、その子共は私の子供であることも確認されたんだ。



「一緒に北米でやらないか?」、ペレからの誘いだった。

1人目を認知した途端に2人目、3人目、4人目が次々名乗りだした。1度も会ったことのない女性もいるし、1度も訪れたことのない国の女性までいるんだ。フォクツの言ったことは本当だった。私がそのことに気付いた時にはもう手遅れだった。ライバルチームを応援する記者達はここぞとばかりに私を扱き下ろした。妻にはすっかり愛想をつかされてしまい、死ねと言われたよ。休日は娘にもなじられる有様だ。すでにドイツには私の居場所が無くなっていた。周囲の喧騒から逃げ出したいと思っていたとき、ペレから電話を受けたんだ。「北米でやらないか?」。私は藁にもすがる思いでペレの誘いを承諾した。ニューヨークについて、コスモスと契約した後、ペレと話をして思わず噴き出した。何故だと思う?ペレも私と同じだったんだよ(笑)。

コスモスでの私達は正に羽の生えた鳥のようだった。ヨーロッパと違って、私達への注目度は低く、久しぶりにプライベートを満喫できた。ペレとは毎週のようにナイトクラブへ出かけていた。ペレは遊び場を開拓するのも早くて、私はペレの後ろを付いていくばかりだった。



メキシコワールドカップ決勝戦の日は一睡もできなかった。

あのときほど女性を恐ろしいと思ったことは無い。私は3人目の隠し子を認知した時、関係を長引かせることは決して良くないと重々理解していたので、一定の金額を渡すことでその場で決着を付けようとしたんだ。親子が成人して不自由なくやっていくには十分な金額を渡すと申し出た。しかし、相手は受け取ろうとしなかった。「子供が成人するまで定期的に会いにくること。養育費は分割で支払うこと。」と誓約書を叩きつけてきた。それもワールドカップの決勝戦を戦うドイツ代表宿舎にだよ。彼女はメキシコ人でコスモス時代の付き合いだったんだ。迂闊だった。まさか3年後にドイツ代表(当時は西ドイツ)の監督としてワールドカップを戦うなんて思ってもいなかったからね。コロンビアの開催が流れたとき、まさかと思っていたら、そのまさかさ。決勝戦の前日の夜、私は一晩中叫んでいた。うぉぉぉぉぉーーー。うぉぉぉぉぉーーー。体中から気力が抜け出し、冷や汗でビッショリ濡れて一睡もできなかった。生も根も尽きて、どん底の思いでアステカスタジアムに入った私には、もはやマラドーナと戦う気力は残っていなかった。



イタリアワールドカップ決勝戦は最高の勝利だった。

私はアメリカの知人に相談して最高の弁護士を紹介してもらえた。このままではメキシコに通い続けなければならない。それだけは避けたかった。驚いたことに、その弁護士はすぐに私の愛人の素性を掴んでいた。「新しい男がいる。貴方を金づるにしているのはその男だ。」弁護士からダーティーな手法を提案され、私は躊躇した。それを見た弁護士は念を押した。「その弱みに付け込まれるのです。」私には他に選択肢がなかった。決断を下さなければならなかった。弁護士にお願いすると、元レスラーの男達を数人雇い、すぐに愛人の下へ送り込んだ。「作戦は成功です。」弁護士から連絡を受けたのはイタリアワールドカップ決勝戦の前日だった。長く暗闇を彷徨っていた私に光が差し込んできた。私はマラドーナを攻略するために選手達とミーティングを行った。そして、あの日、母国チームをワールドカップチャンピオンに導くことになった。大会閉幕後、会場に駆けつけていたペレが私の下にやってきて「おめでとう」と言ってくれたんだ。彼は全てを知っていたから私も嬉しかった。



ペレとは時々話し合った。

ペレから「家族が50人いる」と打ち明けられたとき、私は笑いが止まらなかった。私ならとっくに倒れているだろう。誰もペレには叶わないよ。FIFAで20世紀最高の選手を選出したとき、私達は迷わずペレを押したんだ。若い人たちにペレの偉大さが伝わっていないのは残念だ。

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